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2021年3月のネット句会の結果を公開しました。

◆特選句 西村 和子 選

弟の彼女現る三日かな
鏡味味千代
【講評】正月三が日の元旦はしめやかに過ごし、二日は親しきが集まり打ち興じる(今年は別として)のが、大方の現在の正月のイメージだと思います。では、三日と言えば、そのどちらでもないある種独特の感懐のある一日だと言えましょう。祝祭と日常、即ち、「ハレ」と「ケ」の間、マージナルな一日でもあります。
そんな日に訪れたのが、「弟の彼女」という、何とも微妙な存在。親族と他人の中間に位置する、まさに境界人、マージナルマンだと言えます。三日の登場人物としてふさわしい選択です。
この句は、淡々と事象を述べているように見えて、季題が計算され尽くされています。と言っても、決して技巧や作為は全くありません。とても繊細な季題感覚が、自ずと湧いて出たような気分が滲み出ています。(中田無麓)

 

かばかりを小声で囃し若菜粥
小野雅子
【講評】さまざまな解釈が成立する句です。それは囃すという言葉の多義性にあります。囃すという意味は、文字通りお囃子を奏する、音曲の調子を取ることのほかに、盛んに言い立てるという意味があります。さらに転用して、うまくその気にさせるという意味も生じています。筆者は囃すを最後の「その気にさせる」と受け取りました。
囃すことでよりうまく物事が運ぶという妻の才覚が嫌味なく感じられます。そんな夫婦間の出来事であることや少しずつ前に進むという明るさも一句から見えてきます。慎ましさと希望、二つのニュアンスをくみ取って、若菜粥という季題が大きな存在感を示しています。(中田無麓)

 

初メール沖にいますと返信来
山内 雪
【講評】一読して圧倒的なリアリティに目を覚まされました。漁師さんでしょうか、漁に年末年始なんてないということでしょう。中七が秀逸です。「沖にいます」という簡潔明瞭にして余計な修飾のない言葉は、穏やかな関西の風土で寝正月を決め込んでいた筆者などからは、金輪際出てこない言葉です。やはり事実には想像を超えた力があります。
深読みに過ぎることは承知の上で、筆者が注目したのは、「返信来」という下五の収め方です。「来」から想像するのは、「群来」という言葉です。北の海へ大挙して押し寄せる鰊の群れを彷彿とさせ、「沖」が決して瀬戸内の穏やかな海ではなく、厳しい絶海であることがそれとなく想像できて巧みです。(中田無麓)

 

二条より上(かみ)は雪らし寒の雨
西村みづほ
【講評】上五中七の言葉の流れが潔く、格調高い句姿になりました。一見、推量をこっそりと声にしたような表現の中に、京都を象徴する大景が広がって見えてきます。貴船、鞍馬、桟敷が岳、雲取山と重なる、雪に烟った山並みが見えてきます。蓋し、句柄の大きな叙景句だと言えましょう。
地名の選択も秀逸です。二条通りを渡り、北すればほどなく上京。北山もより一歩近づき、眼前に立ち現れてきます。京都の市街地は平らかなようで、北へゆくほど標高が上がります。そういう肌感覚が身についていれば、「二条より上」とは、諾えるし、共感できる地名の選択です。
蛇足ながら、JR京都駅は標高約28m。金閣寺は同約100mに立地しています。ついでに言えば、二条通は標高約42mです。(中田無麓)

 

凧揚げの鴟尾より高く上がりけり
荒木百合子
【講評】鴟尾(しび)とは、古代の宮殿や仏殿の天辺に据えられた飾り物を指します。後世には鬼瓦や鯱鉾などに取って代わられます。勢い、奈良とその近郊がイメージされることになります。東大寺、唐招提寺、興福寺といった大寺が専ら代表選手と言ったところでしょう。高さを推定する物差しに、この鴟尾を持ってきたところが技ありです。凧の高さも相当なもので、碧空の広がりと奥行きが無限です。
スケール感ばかりではありません。読み手には奈良の風景が即座に立ち上がってきます。どこで凧を揚げているかと想像すれば、筆者は東大寺なら広大な飛火野、唐招提寺なら西の京の田畑を思い浮かべます。このように奈良という土地からは凧の高さに見合った、野の広がりも見えてくるのです。
一見、何のケレン味もない、平明な写生句に見えて、鴟尾という一語がとても饒舌に背景を語ってくれているのです。仮に鴟尾を塔に置き換えてみればどうでしょう? 改めて、一語の持つ力に思いが至るでしょう。(中田無麓)

 

物言ひも水入りも無く正月場所
箱守田鶴
【講評】正月場所の句と言えば、厳かで、清らかで、前向きなニュアンスを持つのが通り相場ですが、この句にはそういった類想イメージがありません。それどころか、観客の誰もが期待する土俵上のドラマである、物言いも水入りもないと言うのです。だが、そこが却って新鮮です。
特筆する取り組みもなく、淡々と過ぎる十五日間は、果たして退屈な時間なのでしょうか? 否、作者はかなり肯定的に捉えていると筆者は考えます。物言いは、行司生命を脅かしかねません。また、物言いも心理的、肉体的な負荷を力士に与えます。そんなリスクもなく、無事場所が終わったことへの安堵、平穏が何より尊いという思いが上五中七に込められているようにも思います。
それは、神事を嚆矢とする相撲の祈りに通じるものかもしれません。疫禍にあって尚更そんな気がします。(中田無麓)

 

女正月故郷はよく笑ふ町
島野紀子
【講評】つくづく俳句は季題に語らせる文芸だということが、この句を鑑賞すれば納得させられます。一句の中に先鋭な主張も、研ぎ澄まされた感覚もあるわけではありません。むしろ、俳句としては敬遠されるむきのある、どちらかと言えば抽象的な一句ですが、それでいて印象鮮やかなのは、女正月という季題の選択が絶妙だからです。古風な季題ですが、小正月の主婦の解放感は今に通じるところがあります。そこに市井の人の日常が息づいていることで、読み手は共感を覚えます。
この季題を活かすための余韻が中七下五と解釈すれば、一句の構成は極めて巧みです。よく笑う町とは、笑芸で著名な某大都市でなくても一向に構いません。どこにでもある庶民的な街角であればよいのです。深い抱擁に包まれているような町であれば。(中田無麓)

 

節穴の銃眼めける日向ぼこ
牛島あき
【講評】日向ぼこは、平穏の象徴というイメージがありますが、歳時記の例句を見れば、老いはともかくとして、意外にも病や死といったシリアスな主題に近い句も多いことに驚かされます。
この句も、平穏に潜む危機を比喩によって巧みに言い留めています。日溜まりへ銃口が狙いを定めていると言いますから、これは穏やかではありません。
おそらくは実景であり、客観写生に徹した表現ではありますが、銃眼という連想ですでに、作者の心情が顕在化されているとみます。文字通り、現代はだれもが知らず知らずのうちに銃口を向けられている…。そんな時代なのかもしれません。(中田無麓)

 

積ん読の天辺に猫煤払ひ
山内 雪
【講評】煤払は、古くは、神棚など神宿る場所から始める習わしだったとも言われます。堆く積まれた書物は、作者にとっては神棚の寓意でもあり、一句からは静穏で文を好む作者の人柄が偲ばれます。
一方で、煤払を面倒だと思う人間臭さも同居しています。乱暴に箒を掛ければ、積ん読の塔はすぐに崩れてしまいかねません。結構厄介なものです。そこに猫がいるおかげで、「職務放棄」の口実ができたわけで、ある意味猫様様です。積ん読の天辺に居る猫は、一時、作者にとっての神様にあたるわけです。
一瞬の心情の機微が、ささやかな諧謔味を伴って、描き出されている好句だと感じ入りました。(中田無麓)

 

園庭に声のちらかる五日かな
梅田実代
【講評】園庭には、文字通り庭や庭園と、保育園や幼稚園の遊び場という二つの意味がありますが、どちらに取っても一句は成立します。筆者は後者と受け取りました。
「五日」とは現代では、かなりの難季題です。延々と正月行事が続いていた昔ならともかく、今ではすでに仕事が始まっているところが大半です。そんなとりとめもない一日を巧みに詠まれました。
一句のポイントは「ちらかる」という動詞にあります。「ちらかる」とは、「物が乱雑に広がる」など、どちらかと言えば負のニュアンスの色濃い言葉です。ところが、この句にはそのようなマイナスイメージが一切ありません。むしろ、戻ってきた活気を好意的に受け止めています。「ちらかる」とかなで表記したこともその現れでしょう。子どもたちの様子を優しく見守る目が穏やかです。(中田無麓)

 

◆入選句 西村 和子 選
( )内は原句

航跡の光乱るる久女の忌
小山良枝
久女の句風と生き方が、十七音のなかに巧みに描かれています。上五中七の大景からは写生に徹して秀麗な句風が窺えます。また「光乱るる」から、決して順風とは言えなかった生涯が垣間見えます。忌日の俳句は、こう詠みたいものです。

門松の大仰にして人をらず
小野雅子

悴みてまた履歴書を破りけり
田中優美子

励まさる母の編みたるセーターに
(母編みしセーター着ては励まされ)
荒木百合子

春風や声出して読む中也の詩
山田紳介
中原中也の詩は、感傷的ながら難解で、しかもネガティブなものが多いので、音読には多少の勇気が要りますよね。でも、中也ファンの背中を押してくれるのが春風だったら、思わず声に出してしまいます。季題の力です。因みに筆者は、「朝の歌」や「早春散歩」かな? と思いました。そういう想像の楽しみもあります。

書き入れて落着く居間の初暦
(予定書き落着く居間の初暦)
中村道子
何か予定がないと落ち着かないとは、いかにも日本人らしい性ではありますね。誰しもが共感できることと思います。本当は自身が落ち着いたのですが、それをカレンダーに仮託したところも巧みです。

湯ざめして何の答も見つからず
(湯ざめして何の答えも見つからず)
矢澤真徳

眉太く描いて華やぐ初鏡
佐藤清子

冷たき手温めて襁褓替へにけり
稲畑実可子

雪ふはり私信ことりと届きけり
小山良枝

捨てかぬるもののひとつに歌がるた
奥田眞二

冬麗の大寺の門広やかに
荒木百合子

大寒や波蹴立て来る警戒船
梅田実代

この町に四半世紀や初御空
飯田 静

冬薔薇いま人生を折り返す
深澤範子

切り岸の龍王神へ初詣
巫 依子

風花や生駒山系雲黒き
(風花や生駒山系黒き雲)
中山亮成

初日射したる本棚の無門関
(初日影射したる棚の無門関)
三好康夫

何処からかスラブ舞曲や春の風
山田紳介

蝋梅や花とびとびに置くごとく
緒方恵美

小春日やお日様の香を纏ひたる
長坂宏実

秣食む瞳大きく息白く
牛島あき

初場所の柝の音冴えけりことのほか
奥田眞二

雑踏を縫つて真赤なショールかな
深澤範子

土曜日の砂場にぎやか目白来る
松井洋子

どつかりと冬田ぽつかり昼の月
田中優美子

年酒注ぎくれよ檜の香をあふれしめ
梅田実代

白鳥のひと掻き強し迫り来る
宮内百花

コンビニの塀の裏より羽子の音
松井洋子

自衛隊演習冬の空揺らし
鏡味味千代

御降の消えゆく海の暗さかな
巫 依子

菅笠の顎紐締めて初稽古
長谷川一枝

借景の富士のぼんやり小六月
鎌田由布子

童顔の中也よ春の雪ふはり
山田紳介

金屏風開けば蘭陵王の舞ふ
長坂宏実
何とも絢爛豪華な色彩世界ですね。一読して眩いばかりの極彩色が目に飛び込んできます。客観写生に徹して、名詞の力を100%ひきだすことができました。

初鏡眉に白髪の混じりをり
穐吉洋子

餅ふくらむひつくりかへりさうなほど
(ひつくりかへりさうなほど餅ふくらめり)
小山良枝

寒禽の声に磨かれ空の青
小野雅子
動詞をいかに適切に用いるかは、作句の要諦の一つですが、簡単そうでなかなかの難題です。この句は、「磨く」という動詞の選択が実に適切です。このたった一語の働きによって、一句に生命が宿り、躍動感と煌めきが生まれました。

新聞をじつくり読んで女正月
森山栄子

起き出してともあれ母に御慶かな
田中優美子

普段着のままに迎へしお正月
長谷川一枝

一面の雪となりけり駐機場
鎌田由布子

弾初の息をゆたかに遣ひけり
小山良枝

やはらかき音たて俎板始かな
(やはらかき音して俎板始かな)
小野雅子

牡蠣打ち(割り)のおばちやん五人衆元気
(牡蠣小屋のおばちやん五人衆元気)
深澤範子

初旅は雪の草津と決めてをり
(初旅は雪の草津と決めてある)
千明朋代

出囃子は真室川音頭初高座
長谷川一枝

指十本もてぴしぱしとずわい蟹
木邑 杏

鴨川の飛石伝ひ冬日和
鎌田由布子

朝刊に折り畳まれし寒気かな
(朝刊に折り畳まれし寒さかな)
緒方恵美

日脚伸ぶ定時退社の人まばら
長坂宏実

幼子の道草を待つ春を待つ
稲畑とりこ

乾きものちよこちよこ並べ女正月
小山良枝

リモートの画面へお辞儀初講座
松井洋子

どんど火の風打ちはらひ打ちはらひ
巫 依子

退庁の背に降りかかる霙かな
田中優美子

雪止むを待ちて離陸とアナウンス
(止む雪を待ちて離陸とアナウンス)
鎌田由布子

嫁が君尻たくましく走り去り
小山良枝

湯気立てて島の嫗の頼もしき
森山栄子

埋み火を起こして母の朝始まる
(埋み火を起こして母の朝始む)
箱守田鶴

優勝の男泣き見て泣初め
松井洋子

今さらと言ふたび寒き唇よ
(今さらと言ふたび寒し唇よ)
田中優美子

寒鴉河内弁でも習うたか
黒木康仁

闇汁や納所坊主なっしょぼうずは嘘付かず
島野紀子

侘助の小さくなりたる花零す
水田和代

春遅々と仕掛絵本のかちと閉ぢ
(春遅々と仕掛絵本のかちと閉じ)
稲畑とりこ

風花や母の生家の在りし駅
稲畑実可子

寒明やチェロの低音よくひびき
小山良枝

追羽子の空で一息ついて落つ
箱守田鶴

七福神五福巡りて祝酒
中山亮成

下校の子銀輪連ね日脚伸ぶ
長谷川一枝

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選
図書館の蔵書検索冬深し      一枝
大寒の夜をサイレンの赤き音    優美子
家計簿へその日のメニュー初日記  静
毛糸編むやうやく心整うて     栄子
☆新聞をじつくり読んで女正月   栄子
特別なことをしなくても、新聞を隅々までじっくり読める時間の余裕、心の余裕が女正月に叶っていると思いました。実感のこもった作品です。

 

■山内雪 選
大寒や波蹴立て来る警戒船     実代
両の手に白菜双子の如く抱き    清子
自衛隊演習冬の空揺らし      味千代
切り出され泳ぐ天然氷かな     あき
☆葉牡丹のゆるびなき日の続きけり 和代
ゆるびなき日と詠んでとても寒い日である事が分かる。

 

■飯田静 選
弟の彼女現る三日かな       味千代
春風や声出して読む中也の詩    紳介
乾きものちよこちよこ並べ女正月  良枝
野水仙活けて去来の二畳の間    恵美
朝刊に折り畳まれし寒気かな    恵美
朝刊を手にとると冷たいのですが、未明から新聞を折り畳む作業をし配達をする人の苦労を重ね合わせました。

 

■鏡味味千代 選
羅漢笑む赤の千両黄の千両     眞二
どんど火の風打ちはらひ打ちはらひ 依子
街の灯や冬夕焼を追ひ抜いて    新芽
一面の雪いちめんの月明かり    恵美
☆幼子の道草を待つ春を待つ    とりこ
子の道草を待つ時間の流れと、春を待つ時間の流れが、確かにとても似ていると思いました。子を待っている間に、周りを見渡すと、風や匂いに小さな春の訪れを予感したのでしょう。

 

■千明朋代 選
大寒や桟敷へ突っ込む負け力士   田鶴
金屏風開けば蘭陵王の舞ふ     宏実
小腔の不気味さ寒の骨拾ひ     みづほ
只管打坐修するごとく寒の鯉    眞二
☆餅ふくらむひつくりかへりさうなほど 良枝
ふっくらと膨らんでいる様子が見事に表しているのでいただきました。

 

■辻 敦丸 選
かばかりを小声で囃し若菜粥    雅子
雪ふはり私信ことりと届きけり   良枝
眉太く描いて華やぐ初鏡      清子
風花や母の生家の在りし駅     実可子
☆邪の文字のど真ん中へと弓始   すみ江
彼是の蔓延る邪、そのど真ん中を射るべし。

 

■三好康夫 選
風花やパン屋の薄き木の扉     とりこ
白鳥のひと掻き強し迫り来る    百花
初メール沖にいますと返信来    雪
追羽子の空で一息ついて落つ    田鶴
☆賀状書くだけの付き合ひ二十年  一枝
この距離感、良いじゃないですか。幸せならば……。

 

■森山栄子 選
冬の雨静かに大地起こしけり    和代
風花や義母の持ち来し古写真    とりこ
退庁の背に降りかかる霙かな    優美子
朝刊に折り畳まれし寒気かな    恵美
☆大寒や世は釣鐘のごとしづか   真徳
銘文の刻まれた釣鐘を思うと、宙に浮いている地球の今のように感じられた。大寒という季語が一句をきりりと引き締めている。

 

■小野雅子 選
悴みてまた履歴書を破りけり    優美子
冷たき手温めて襁褓替へにけり   実可子
弾初の息をゆたかに遣ひけり    良枝
朝刊に折り畳まれし寒気かな    恵美
☆一面の雪いちめんの月明り    恵美
雪はすべてを被い、醜い汚いものは純白の雪の下に隠される。そこには皓々と月の光があるばかり。月光に照らされた雪景色より美しいものを私は知らない。

 

■長谷川一枝 選
大寒の夜をサイレンの赤き音    優美子
羅漢笑む赤の千両黄の千両     眞二
追羽子の空で一息ついて落つ    田鶴
邪の文字のど真ん中へと弓始    すみ江
☆雪吊のサインコサインタンジェント 杏
何と言ってもサインコサインタンジェントのリズムの良さに惹かれました。

 

■藤江すみ江 選
初春の乳歯のごとき白さかな    とりこ
指十本もてぴしぱしとずわい蟹   杏
寒明やチェロの低音よくひびき   良枝
初句会猫にもらひし一句提げ    雪
☆朝刊に折り畳まれし寒気かな   恵美
早朝の掌の実感が詠まれている触覚より生まれた句で読み手にも寒さが伝わる。

 

■箱守田鶴 選
賀状書くだけの付き合ひ二十年   一枝
冬薔薇いま人生を折り返す     範子
冬眠の蟇でありけり掘り出され   あき
初句会猫にもらひし一句提げ    雪
☆まあるくて白くて甘い京雑煮   紀子
話にはいつも聞いているが食べたことのないお雑煮です。憧れています。

 

■深澤範子 選
友恋し友煩はし年の暮       朋代
目の覚めるやうな白飯はや三日   朋代
湯ざめして何の答も見つからず   真徳
一面の雪いちめんの月明かり    恵美
☆冬の雨静かに大地起こしけり   和代
冬の雨が、春の芽吹きに備えて、大地に生命力を与えてくれていることを上手く詠まれていると感じました。

 

■中村道子 選
赤べこの軽き頷きのどけしや    すみ江
朝刊に折り畳まれし寒気かな    恵美
幼子の道草を待つ春を待つ     とりこ
顔上げて笑ふ羅漢に初時雨     眞二
☆追羽子の空で一息ついて落つ   田鶴
打ち方により空に留まるようにして落ちる羽根の一瞬を「一息ついて」と表現されたことに共感しました。羽根突きをした頃の情景を懐かしく思い出します。

 

■島野紀子 選
門松の大仰にして人をらず     雅子
寒禽の声に磨かれ空の青      雅子
しぐるゝや歴史全集査定ゼロ    康仁
うら寂し二つ一つと冬灯消え    新芽
☆あいうえお表を片手に子は賀状  百花
懐かしく愛おしくそんな時あったなと。「お」のくるりが反対向きます。そばで教えられるときは意外に短い、楽しんでください。

 

■山田紳介 選
両の手に白菜双子の如く抱き    清子
秣食む瞳大きく息白く       あき
餅ふくらむひつくりかへりさうなほど 良枝
青空に剥がしてみたき冬の月    味千代
☆弟の彼女現る三日かな      味千代
ドラマチックな一句。正月に登場する彼女だから、将来を約束した仲でしょうか。家の者は皆あれこれと気を遣い、特にお父さんは一日中鏡ばかり見るかも知れない。何だか向田邦子のホームドラマみたいだ。

 

■松井洋子 選
弟の彼女現る三日かな       味千代
即発の犬引き離す冬帽子      雅子
弾初の息をゆたかに遣ひけり    良枝
追羽子の空で一息ついて落つ    田鶴
☆節穴の銃眼めける日向ぼこ    あき
銃眼という緊張感のある言葉を使いながら、のどかな縁側での日向ぼこを詠っている。板塀の節穴を銃眼に見立てるという遊び心が動くほどの上天気だったのだろう。

 

■緒方恵美 選
大仏のおん眼差しや初雀      眞二
寒梅や願ひ重なる絵馬の数     敦丸
御降の消えゆく海の暗さかな    依子
反り橋を仰ぎて渡る淑気かな    康夫
☆街の灯や冬夕焼を追ひ抜いて   新芽
冬の夕焼はたちまちに薄れてゆく。街の灯はそれ以上に一斉に点る。「追い抜いて」の措辞が、的確にその光景を捉えた写生句となっている。

 

■田中優美子 選
大仏のおん眼差しや初雀      眞二
雪ふはり私信ことりと届きけり   良枝
包丁を離さぬままに初電話     良枝
山茶花の袋小路に迷ひ込み     雅子
はつゆきの光をかへし冬の蝶    真徳
☆湯ざめして何の答も見つからず  真徳
入浴中、一日のあれこれや明日の不安をつい考える。風呂から上がって、湯ざめをするまで考えても、結局答えは出なかったけれど、それでも明日はやってくる。もどかしさと切なさを感じました。

 

■長坂宏実 選
友恋し友煩はし年の暮       朋代
とんど焼灰と捨てたき事ばかり   康仁
隣国は近くて遠し雑煮椀      実代
月光の忘れ物かも霜柱       眞二
☆図書館の蔵書検索冬深し     一枝
広くて人気のない図書館の様子が目に浮かびます。

 

■チボーしづ香 選
雪道を一途に通ひ四十年      範子
かるたとり坊主めくりに悲鳴あげ  一枝
ゆっくりと港へ入りぬ春の月    紳介
ばらばらに唄ふ園児や春近し    実可子
☆リモートの画面にお辞儀初講義  松井洋子
コロナで画面講義がここ一年余儀なくされているている今日この頃。画面にお辞儀する礼儀正しさが微笑ましいのと今の非常事態がよく読まれている。

 

■黒木康仁 選
かばかりを小声で囃し若菜粥    雅子
寒禽の声に磨かれ空の青      雅子
大仏のおん眼差しや初雀      眞二
薄氷のじわじわほぐれ十一時    すみ江
☆白鳥のひと掻き強し迫りくる   百花
白鳥伝説が思い浮かびました。何か意思があって近づいてきたかのような。

 

■矢澤真徳 選
ストーブ背に引つ詰め髪の女香具師 松井洋子
病み祓ひ日干し七種八分粥     敦丸
朝刊に折り畳まれし寒気かな    恵美
山茶花の袋小路に迷ひ込み     雅子
☆春風や声出して読む中也の詩   紳介
ふっと口から出てきたような中也の詩は、長い推敲の末の賜物だと言う。
そこに中也の才能があるのだろう。どこからともなく柔らかく吹く春風にも、作者は同じような印象を持たれたのかも知れない。

 

■奥田眞二 選
門松の大仰にして人をらず     雅子
弟の彼女現る三日かな       味千代
寒鴉河内弁でも習うたか      康仁
一面の雪いちめんの月明かり    恵美
☆起き出してともあれ母に御慶かな 優美子
幸せの情景が浮かびます。もしかすると介護をされているご母堂かもしれませんが、可愛がってくださった方にご挨拶、なにはともあれ、に優しさを感じます。

 

■中山亮成 選
寒卵こつん甘めの出し巻に     雅子
帰京する吾子へカレーを炊く三日  松井洋子
下校の子銀輪連ね日脚伸ぶ     一枝
風花や母の生家の在りし駅     実可子
☆熱燗を2合半と決め金曜日    康仁

明日休みで、飲みすぎないよう自重する可笑しさ、安堵した金曜日の風景が
感じられます。

 

■髙野 新芽 選
次の世に住む星捜す冬北斗     朋代
冬夕焼赤茜黄の緑青        味千代
曇天に小さき灯ともし冬桜     百合子
明らかに嘘の返事や冬木の芽    百花
☆弾かれざる黒鍵いくつ春隣    実代
ピアノの軽やかな音色と春への期待が伝わってきました。

 

■巫 依子 選
弟の彼女現る三日かな       味千代
餅ふくらむひつくりかへりさうなほど 良枝
積ん読の天辺に猫煤払ひ      雪
園庭に声のちらかる五日かな    実代
☆明らかに嘘の返事や冬木の芽   百花
目の前の景に、じっと冬の寒さを耐え忍んでいる木の芽という真(まこと)があるからこそ、今返された言葉の微かなブレに、それが明らかに嘘の返事だと気づいてしまう…。心にくい取合せの一句ですね。

 

■佐藤清子 選
数へ日の仕事さておきパイを焼き  朋代
涸沼の地肌の粘土赤らびて     亮成
野水仙活けて去来の二畳の間    恵美
ゆつくりと港へ入りぬ春の月    紳介
☆麻の葉の模様の刺し子冬籠    静
刺し子に夢中になって気がつくと家に籠もっていたのでしょうか。麻の葉のということはご家族の健やかな成長に願いを込めておられるのですね。刺し子している時の楽しさに共感します。

 

■西村みづほ 選
友恋し友煩はし年の暮       朋代
リモートの画面へお辞儀初講座   松井洋子
喰積をつつつき夫婦にはあらず   依子
つかの間は母でない我枇杷の花   百花
☆初句会猫にもらひし一句提げ   雪
「猫の句を詠んだ」と記述しないで、「猫にもらひし」とされたところが巧みだなと感心しました。「提げ」も懐に温めておられる景がよく表現なされていて素晴らしいと思いました。初句会のワクワク感や目出度さ、作者の気持ちも出ていて俳味があって感銘をうけました。
17文字すべて美しく季語もよく効いていて秀句と拝読致しました。
勉強させて頂きました。大好きな句です。

 

■水田和代 選
灯台の明滅著き去年今年      依子
冷たき手温めて襁褓替へにけり   実可子
ゆつくりと港へ入りぬ春の月    紳介
寒風に踏ん張る吾子の赤き靴    穐吉洋子
☆毛糸編むやうやく心整うて    栄子
毛糸を編んでいる最中に、予期しないことがあったのでしょうか。ようやくで時間の経過がわかります。

 

■稲畑とりこ 選
包丁を離さぬままに初電話     良枝
猫の足よぎりし譜面弾き始む    実代
指十本もてぴしぱしとずわい蟹   杏
行儀よく犬も並びて初詣      道子
☆初日記赤字で記する備忘欄    道子
何かとても大事なあるいは嬉しいことを書いたのでしょう。色を描いただけなのに、内容まで想像できる素敵な句だと思いました。

 

■稲畑実可子 選
電線の影ひつそりと冬田かな    優美子
水道管破裂をちこち寒の入     依子
初詣孫に借りたるお賽銭      杏
大寒や波蹴立て来る警戒船     実代
☆さくら色の通知のうすく春隣   実代
届いたのはさくら色の薄い封筒。なにかよき知らせだったことが伝わってきます。一句を通しての淡い色合いに、静かに湧き上がる喜びと、新生活への不安と期待が滲みます。

 

■梅田実代 選
赤べこの軽き頷きのどけしや    すみ江
食べ終へし大皿の如古暦      康夫
整へる二重叶結や雪催       実可子
春遅々と仕掛絵本のかちと閉じ   とりこ
☆弾初の息をゆたかに遣ひけり   良枝
楽器を弾く上で呼吸は大切です。演奏の主役ではない息に焦点を当てたこと、それをゆたかに遣ったという表現に惹かれました。

 

■木邑杏 選
両の手に白菜双子の如く抱き    清子
どんど火の風打ちはらひ打ちはらひ 依子
朝刊に折り畳まれし寒気かな    恵美
横町の薄き箒目淑気満つ      松井洋子
☆初春の乳歯のごとき白さかな   とりこ
真っ白な乳歯は生命に満ち溢れている。初春を迎える喜びもまた。

 

■鎌田由布子 選
雑踏を縫つて真赤なショールかな  範子
二条より上は雪らし寒の雨     みづほ
短日や獣道めく女坂        栄子
行儀よく犬も並びて初詣      道子
☆初雪や東茶屋街石畳       杏
初雪に日ごろの喧騒がかき消された東茶屋街が目に浮かぶようでした。

 

■牛島あき 選
この町に四半世紀や初御空     静
初凪や置きたるごとき富士の山   眞二
天網のつひに破れたる夜の雪    松井洋子
目の覚めるやうな白飯はや三日   朋代
☆夜半の冬ヘッドライトが道描き  新芽
ヘッドライトに照らし出されて道が現れる。寒さを感じながら目を凝らして運転する集中力が伝わってきた。

 

■荒木百合子 選
白鳥のひと掻き強し迫り来る    百花
両の手に白菜双子の如く抱き    清子
御降の消えゆく海の暗さかな    依子
日脚伸ぶ夕方よりの畑仕事     和代
☆寒禽の声に磨かれ空の青     雅子
冬空の美しい青さには唯々見入ってしまいますが、あれは寒禽の声が磨いているのだとおっしゃるのですね。空の青が一層魅力的になります。

 

■宮内百花 選
弟の彼女現る三日かな       味千代
冷たき手温めて襁褓替へにけり   実可子
湯気立てて島の嫗の頼もしき    栄子
女正月橋を渡れば旅のごと     栄子
☆寒禽の声に磨かれ空の青     雅子
身の引き締まるような冷たい空気を震わす、雄鶏の明けの鋭い鳴き声。
その声に空が磨かれ、一層青さを増していくという表現の巧みさや捉え方に大変惹かれました。

 

■穐吉洋子 選
悴みてまた履歴書を破りけり    優美子
初日射したる本棚の無門関     康夫
猫だけが自由に外出ロックダウン  しづ香
下校の子銀輪連ね日脚伸ぶ     一枝
☆秣食む瞳大きく息白く      あき
今年は丑年、酪農家で牛を飼っている人でなければ中々読めない句、牛に対する愛着も良く表れていると思います。

 

◆今月のワンポイント

「大景を詠む」

絵に静物画、人物画、風景画など、さまざまなジャンルがあるのと同じで、俳句にも人事句、叙景句、行事の句といった、複数のジャンルがあります。どれが良いかという優劣はつけられませんが、最近は大景を詠んだ句が少なくなっているという声をよく耳にします。大景を詠んだ句とは、「荒海や佐渡に横たふ天の川(芭蕉)」や「駒ヶ岳凍てて巌を落しけり(前田普羅)」などが、好例です。名句と言われるだけあって、格調が高く、しかも鮮やかな情景再現力が素晴らしいです。今月の特選句には、大景を描いて、しかも緊張感を失わない作例がいくつかありました。曰く、「初メール沖にいますと返信来」、「二条より上(かみ)は雪らし寒の雨」、「凧揚げの鴟尾より高く上がりけり」。いずれの句も、1点を起点に空間の広がりが豊かに感じられます。以下は私見ですが、大景に接すると、人は謙虚に、敬虔になります。知らず知らずのうちに本質をつかむ訓練ができます。結果、無理・無駄のない端正な句姿が生まれます。皆様の俳句のジャンルの一つとして、大景を詠むことをお勧めします。(中田無麓)