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2024年1月のネット句会の結果を公開しました。

◆特選句 西村 和子 選

ハッサム邸鏡のなかの冬帽子
藤江すみ江
「ハッサム邸」は神戸の異人館の一つ、重要文化財に指定されているのでご存知の方も多いと思いますが、知らなくてもこの名前から居留地などに建てられた西洋館だろうと想像できます。
館の中には、暖炉や飾り棚とともに大きな鏡が残されています。商談やパーティに訪れた人々を華やかに暖かく映していた鏡が、今は寒い外から入って冬帽子を被ったまま見学している人を映しています。「冬帽子」という季語が、この西洋館の昔と今を巧みに描き出しています。(高橋桃衣)

 

手袋をまづ放り込み旅支度
田中優美子
支度の最初に手袋が頭に浮かんだというのですから、今住んでいるところはまだ手袋をするほどの寒さではないけれども、旅行先はとても寒いところなのでしょう。もう雪が積もっているところかも知れません。手袋を忘れては楽しい旅も台無しと手袋をまずはバッグに入れ、後はそこでしたいこと、見たいところを思い浮かべながら、あれこれ支度するのも旅の楽しみです。(高橋桃衣)

 

底冷の事務所に一人外は雨
辻本喜代志
エアコンをかけても事務所の床は冷たいものです。一人でいればなおさら。スチールの机もロッカーも冷え冷えとして寒さが這い上がって来ます。しかも外は雨。早く切り上げたいけれども仕事はなかなか終わらない、そんな作者の嘆きが聞こえてくる句です。(高橋桃衣)

 

銃眼を覗けば肥後の山眠る
森山栄子
「銃眼」とは、敵が攻めてきた時に内側から鉄砲を打つための穴。そこから肥後の山が覗けるというのですから、熊本城のことでしょう。2016年の地震で甚大な被害を被った熊本城ですが、幾年もかけて復旧したようです。今、銃眼から見る肥後の山々は、静かに冬を迎えています。熊本城も落ち着きを取り戻し、厳かに佇んでいることでしょう。(高橋桃衣)

 

研ぎ出せる月超然と応天門
荒木百合子
「応天門」は平安京大内裏、朝堂院の南の正門。国宝の絵巻物「伴大納言絵詞」は、この門が焼かれた「応天門の変」を描いたものです。その後再建された応天門はまた消失し、現在は明治に入って模して作られた平安神宮の門を指します。
「月」は秋の季語ですが、「研ぎ出せる」から、もう秋も終わりの頃の冷やかな月を感じさせます。昔から絶えない権力争いを、月は超然と眺めているのでしょう。(高橋桃衣)

 

欅より高く吹かれし木の葉かな
板垣もと子
欅の梢の上まで舞い上がる木の葉。これだけを描いて、欅の高さ、木の葉の軽さ、北風の強さ、空の広さ、辺りの寒さまでが見えてきます。どこの欅であるとか、どうしてそこにいるのかというような説明を省き、焦点を絞ることで、逆に読者の想像は広がります。(高橋桃衣)

 

頭下げまた頭下げ冬の暮
田中優美子
「頭下げ」は、感謝や挨拶のお辞儀をしているとも、謝っているともとれますが、この句は嬉しく何度もお辞儀をしているとは感じられません。それは「冬の暮」という季語が、日が暮れた途端の寒さ、寂しさ、頼り無さを感じさせるからです。この寒さは、何度も頭を下げなければならなかったという心の中の寒さでもあるでしょう。読み手にひしひしと迫ってくる実感の句です。(高橋桃衣)

 

鼻歌や金柑甘く煮含めて
小野雅子
金柑の甘露煮を上手に作り、満足し悦んでいる様子が「鼻歌」から見えてきます。甘くつややかに、ふっくらできあがったことも伝わってきます。「煮詰めて」ではなく「煮含めて」であることがポイントです。(高橋桃衣)

 

あららぎの十一月の影を踏む
辻敦丸

 

夕空をかき混ぜてをり鷹柱
森山栄子

 

頷いて時に酌して年忘れ
森山栄子

 

 

◆入選句 西村 和子 選

初時雨マトリョーシカが駆けてゆく
松井伸子

松手入れ一樹に四人掛りなる
鈴木ひろか

初紅葉隣の赤子よく育ち
(初紅葉隣の赤子良く育ち)
鈴木ひろか

凩や夫の背中を見失ひ
飯田静

新品のシャツの手触り小六月
(新品のシャツの手触り小春かな)
岡崎昭彦

展示して一層手入れ菊花展
三好康夫

立冬や大楠は地を鷲づかみ
松井伸子

寒昴涙見せぬと誓ひけり
田中優美子

大川をめぐりて群れて百合鷗
(大川を群れてめぐりて百合鷗)
若狭いま子

養生のさくらに微かなる冬芽
松井伸子

日当たりて窓一面の照紅葉
板垣もと子

旅ごころ皸薬塗りながら
小山良枝

神おはす如くに銀杏黄葉す
板垣もと子

ロボットの動きめくなり着ぶくれて
(ロボットの動きなりけり着ぶくれて)
鎌田由布子

一点の雲なかりけり七五三
(七五三一点の雲なかりけり)
千明朋代

園小春手作りショップ点点と
(小春の園手作りショップ点点と)
五十嵐夏美

人ごみに紛れ別れの冬帽子
小野雅子

御手洗の手拭きまつさら花八手
(御手洗の手拭き真つさら花八手)
森山栄子

水煙や秋天なほも広くなり
(水煙や秋天なほも広く見せ)
荒木百合子

陸橋を渡れば東京冬ぬくし
穐吉洋子

晴れわたる水面や空や鳥渡る
(晴れわたる水面の空や鳥渡る)
松井洋子

園服の子も御正忌に集ひをり
水田和代

引く鴨の水脈美しく絡み合ひ
(美しく引く鴨の水脈絡み合ひ)
藤江すみ江

虚空より降りて来たりし冬の鷺
(虚空より降り来たりたる冬の鷺)
千明朋代

握力の弱りし右手冬ざるる
(握力の弱るる右手冬ざるる)
穐吉洋子

暮早し銀座開店準備中
(暮早し開店準備の銀座かな)
鏡味味千代

佇めば広沢の池時雨けり
若狭いま子

副賞に二つ添へられ亥の子餅
(副賞に二つ添へらる亥の子餅)
辻敦丸

霜けぶりをり大原の朝の木々
(霜はけむりに大原の朝の木々)
板垣もと子

陣羽織衿より咲きぬ菊人形
(陣羽織の衿より咲きぬ菊人形)
松井洋子

首かくと曲げて乾びぬ鵙の贄
田中花苗

諸手上げ銀杏黄葉を仰ぎけり
(諸手上げ銀杏黄葉を見上げけり)
板垣もと子

先頭はねじり鉢巻き川普請
福原康之

マフラーの巻き方図解ややこしや
荒木百合子

音軽く一輌車過ぐ紅葉山
松井洋子

着ぶくれてぶつかつて謝りもせず
小山良枝

密やかに目覚めて気づく冬の雨
岡崎昭彦

珠算塾ありし辺りや酉の市
(珠算塾ありし辺りや酉の町)
箱守田鶴

改築の校舎いよいよ冬休み
(改築の校舎いよよと冬休み)
鎌田由布子

秋夕焼イーゼル古りし絵画塾
(秋夕焼古イーゼルの絵画塾)
荒木百合子

セーターの紅よりも落暉濃き
(セーターの紅よりも濃き落暉)
鎌田由布子

悴みてひと文字ひと文字を刻む
小野雅子

名残り惜しみ茶房出づれば小夜時雨
若狭いま子

地下鉄を出で凩の只中へ
飯田静

冠木門雪吊の縄ふと香り
(冠木門雪釣の縄ふと香り)
木邑杏

無職の身恥ぢず勤労感謝の日
(無職の身恥じず勤労感謝の日)
中山亮成

あるなしの風に散りたる紅葉かな
飯田静

登呂遺跡前のバス停冬麗
宮内百花

番らし後に先へと浮寝鳥
(番かな後に先へと浮寝鳥)
深澤範子

水鳥を芯に置きたる水輪かな
小山良枝

名取川渡り切らざる時雨かな
辻本喜代志

子等の声遠ざかりゆく落葉径
飯田静

寒禽の声の超えゆく雑木林
(雑木林寒禽の声頭上超ゆ)
中山亮成

初紅葉朝日まづ差す丘の家
鈴木ひろか

海上に一条の道秋落暉
鎌田由布子

酉の市出でて夜空を取り戻す
小山良枝

初時雨切岸を負ふ海人の墓
(初時雨切岸負ふや海人の墓)
奥田眞二

木枯や打ち上げられしガラス瓶
岡崎昭彦

タンカーの明石大門を冬の靄
平田恵美子

行き過ぎて花柊と気づきけり
小山良枝

「あの頃」と言ふことやめむ星冴ゆる
田中優美子

満月の明るく寒さ忘れをり
水田和代

コスモスのかくも群れゐてなほ寂し
荒木百合子

直政の兜は血色菊人形
千明朋代

玄関の奥まで射しぬ秋夕日
(秋夕日玄関までも射しにけり)
穐吉洋子

桜島の灰をかぶりし蜜柑もらふ
若狭いま子

 

 

◆今月のワンポイント

切れを作ろう

「や」「かな」「けり」といった切字を使わなくても、五七五の韻律を生かすことで「切れ」を作ることができます。「切れ」や「間」があることで、散文的な言い方からメリハリのある句になり、感動がどこにあるかがよくわかる句になります。余韻も生まれます。
今回の入選句で学んでみましょう。

原句:副賞に二つ添へらる亥の子餅
添削句:副賞に二つ添へられ亥の子餅
原句の「添へらる」は終止形ですのでここで切れてはいますが、「副賞に二つ添えられる。/亥の子餅」では不自然です。作者は「添えられている」と表現したかったのだと思いますが、それでしたら正しくは「添へらるる」です。
これを添削句のように「添へられ」としますと、ここで一旦切れができ、読者は何が添えられているのだろうと考え、一呼吸あって、ああ「亥の子餅」なのかと合点することになります。

原句:小春の園手作りショップ点点と
添削句:園小春手作りショップ点点と
意味は全く同じですが、「小春の園」はリズムがなく、ぼんやりした印象になります。「園小春」と五音で言い切り、間を作ると、情景が鮮やかに立ち上がってきます。

高橋桃衣