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知音 2023年9月号を更新しました


夜 風  西村和子

銅鑼一打全天の夏至告げ渡る

プロコフィエフ耳に焼肉喰らひ夏至

蹲る薪小屋味噌蔵螢飛ぶ

酔眼を凝らせば消ゆる螢かな

沢音の泡立つあたり草螢

宵山の風を袂に姉小路

夕風のいつしか夜風鉾提灯

宵山の路地より圖子ずしへ亡き人と

 

五体投地  行方克巳

一昔二昔はや螢の夜

ししむらはししむら思ひ螢の夜

螢の夜含み笑ひのそれは「駄目ノン

山荘に朝一クール宅急便

あめんぼの五体投地の水固き

蟬の屍と同じ数だけ蟬の穴

休暇明け心変はりの我にひとに

休暇明け大人びしことひとりごち

 

蟻の穴  中川純一

蟻の穴二つ並んで大わらは

青梅雨の仁王のかひな拗くれる

青葉闇法語ならざる烏啼き

人待てば四万六千日の星

泣きながら抱かれて祭浴衣かな

めづらしく女将が舞へり夏座敷

網戸替へ外がすつきり見えてゐる

行列の汗の背中の進まざる

 

 

◆窓下集- 9月号同人作品 - 中川 純一 選

昼顔のあつけらかんと縺れあふ
井出野浩貴

七七忌寺領離れぬ黒揚羽
森山淳子

立葵白きばかりが暮れ残り
松井洋子

文字摺や遠流の島の能舞台
前田沙羅

椎の花胸騒ぎして振り返る
林奈津子

螢火を導く螢ありにけり
山田紳介

ダービーの美しき脚揃ひけり
鴨下千尋

山峡に灯連なり懸り藤
石澤千恵子

艶々の整列桐箱のさくらんぼ
影山十二香

キタキツネ行く初夏の滑走路
大塚次郎

 

 

◆知音集- 9月号雑詠作品 - 西村和子 選

レース着て鎌倉駅へ老姉妹
牧田ひとみ

たれかれの亡きことに慣れ胡瓜揉
井出野浩貴

青蜥蜴引き返すとき迷ひなく
岩本隼人

いつ見ても何も起こらず蟻地獄
田代重光

梅雨滂沱中洲を消してしまひけり
廣岡あかね

町の名の旧きを守り神輿舁く
藤田銀子

昼顔へしつかりおしと声をかけ
佐貫亜美

母の日の卓なれど子の好きな物
島野紀子

柏餅子ども等はもう帰らざる
黒羽根睦美

黒日傘たたむ素性を明かすごと
松枝真理子

 

 

◆紅茶の後で- 知音集選後評 -西村和子

玉葱や専業主婦と濃く記す
牧田ひとみ

「専業主婦」とは職に就かずもっぱら家事に当たる主婦、「主婦」とは一家の主人の妻、一家を切り盛りしている婦人と定義されている。私自身も専業主婦であった時代が長かったが、今の若い女性は結婚しても子育て最中でも、専業主婦という境遇を通す人は少ない。この言葉自体私達の年代が最後であろうと思うことしきりだ。
何かの折に職業や身分を書かねばならぬ状況だったのだろう。得に職業もない、若い時の仕事を続けているわけでもない。専業主婦と思ったとき、「濃く記す」という表現に誇りと開き直りのようなものをこめたのだろう。
玉葱は夏の季語だが、家庭の野菜籠には一年中あるものだ。旬を迎える夏は甘味が強く生でも食べられるが、どの季節でも西洋の鰹節といわれるくらい料理には欠かせないものだ。そのありふれた野菜である玉葱を季語として配した点に、この句の味わいがある。

 


梅雨滂沱中洲を消してしまひけり
廣岡あかね

「出水」という季語は梅雨の豪雨によって河川が氾濫することをいうが、今年も各地で被害が起きた梅雨だった。梅雨時の雨が降り止まない時、多摩川の中洲がみるみるうちに沈んでしまったことを私達も目にした。ニュース画面でもこういった情景は梅雨時だからこそ見られる。
中洲であるということがはっきり見えていたのに、見る間に消えてしまったという豪雨の激しさを描いている。

 

 

昼顔へしつかりおしと声をかけ
佐貫亜美

昼顔は近くの草や金網に絡みついて、はかなげな花を咲かせる。頼りなげなその花は、女性の性格や生き方にも譬えられ、映画やテレビドラマの題名としても親しい。登場する女性は美人で自立せず、はかない魅力に満ちているので、男性としては放っておけない存在なのだろう。
そんな昼顔の本質をまともに描くのではなく、目にするとついこんなふうに声を掛けたくなるという具合に打ち出しているこの句も、写生が根底にあるということを忘れてはなるまい。作者の声が聞こえてくるようではないか。