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知音 2020年9月号を更新しました

ゲルニカ  行方克巳

凌霄の火柱に蝶あそびけり

鉋屑の風こそばゆき三尺寝

裸子に父の胡坐の玉座かな

人買の目をして妻の裸見る

ゲルニカの馬が嘶き昼寝覚め

化けて出れば逢ひたきものを半夏雨

泳ぎけり無明長夜に抜手切り

晩緑やあと十年で片が付く

 

大禍時  西村和子

鮎茶屋の屋根草そよぐ丈となり

背越鮎京もここらは川滾ち

雨音にまさる瀬音や鮎を焼く

鮎の骨抜きて指まで水白粉

騙す気はてんから無きに天道虫

不思議とも思はず無邪気天道虫

初蟬の気息奄奄大禍時おおまがどき

胸奥へ鬼哭啾啾夜の蟬

 

◆窓下集- 9月号同人作品 - 西村 和子 選

鳰の浮巣天地創造幾日目
井出野浩貴

しみじみと一人なりけり青時雨
石山紀代子

利休忌に手向くる一枝黒椿
山田まや

細やかに庭石菖の風刻み
大橋有美子

クレマチス薄紫は母の色
小池博美

お屋敷の螺旋階段薔薇盛り
林 良子

北斎の夕立写楽の男ゆく
井内俊二

久女伝じつくり読めば梅雨深し
松枝真理子

葵橋浄むるごとく青しぐれ
野垣三千代

わがままに生きて日傘のフリルかな
永井はんな

 

◆知音集- 9月号雑詠作品 - 行方 克巳 選

ぼんやりと異国のニュース昼寝覚め
くにしちあき

夏蒲団風に晒して冷ましけり
石山紀代子

上水は江戸へ真つ直ぐ夏木立
植田とよき

蘭鋳のスパンコールの乱反射
中津麻美

籠居の耳聡くなり若葉風
島田藤江

かき氷みたいな色のキャベツかな
國領麻美

聞くとなき隣の話暑苦し
高橋桃衣

蚕豆や鈍感力といふものも
志磨 泉

子を抱いて離れの母へ柚子の花
大橋有美子

西瓜には豚の尻尾のやうな蔓
柊原淑子

 

◆紅茶の後で- 知音集選後評 -行方 克巳

十薬にとがめられたる立ち話
くにしちあき

家々に水道のなかったころ、共同の井戸の周りに集まっての女たちのおしゃべり(井戸端会議)は日常茶飯事のことであった。色々と情報を交換するという場でもあり、懇親の場ともなっていたのだ。さて、家路を急ぐ夕まぐれ、たまたま出会った知人との立ち話。すぐに終るはずがなかなか放免してはくれない。他人の悪口なども出ようというもの。十薬の花が白々と咲いている足元に目を落としつつ早く切り上げなければと思う。この句、十薬でなければ活きてこない。

 

金魚見る体だんだん小さくして
中津麻美

水槽の金魚を眺めている時は、いうならば人間目線である。はじめに何匹かの金魚を何となく見ていたのが、とある一匹に興味を持つ。すなわちその一匹の金魚との対話が始まるのである。人間目線がだんだん金魚目線になってくる。中七下五はその時の作者姿勢であり、心のかたちでもある。

 

春の地震かそかなるものいま過ぐる
島田藤江

寝ていても、テレビを見ていても地震を感じると、私はすぐに部屋の片隅に吊ってある江戸風鈴を見る。まれに本当の地震でもないのに体に何か揺れを感じる時がある。そういう時は風鈴の舌はピタッとして動かない。もう地震の揺れが私の体から去ったあとでも、風鈴の舌が微妙に揺れていることもある。さて、地震の微弱な揺れが遠ざかった今、作者の体を過ぎてゆく、このかすかなる揺れは何なのだろう。