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知音 2020年3月号を更新しました

血の管  行方克巳

初寝覚黄泉平坂より電話

雑煮椀洗ふひとりの水つかふ

風呂吹を吹いて不器用あひ似たり

血の管の耐用年数寒の雨

寒の水愚直の十指焠ぐべく

大寒の我に一瞥ホームレス

大寒や術なき木偶の足づかひ

死神に耳うちされてあたたかし

 

芹 鍋  西村和子

みちのくの星は大粒春隣

根合せをせむとや芹鍋の棒根

芹鍋や鬚根くはしく洗ひあげ

芹鍋や酒豪健啖うち揃ひ

芹鍋や酒一滴は血の一滴

芹鍋や六腑に清気巡りたる

芹鍋や旅程延ばせし甲斐ありし

芹鍋や宵の星降る裏小路

 

◆窓下集- 3月号同人作品 - 西村 和子 選

冬うららとんびの声も波音も
高橋桃衣

冬晴や海へ曳きたる富士の裾
井出野浩貴

駅前の広場に蘇鉄冬うらら
井内俊二

ゐずまいを正すてふこと今朝の冬
島田藤江

隠しより新札熊手選りながら
藤田銀子

高舞へる鳶を仰ぎて納め句座
前山真理

靴の泥流れに濯ぎ小六月
大橋有美子

夫はテレビ吾は居眠り夜の長き
井戸ちゃわん

竹馬にピエロが乗つて野分あと
植田とよき

金風や歩いてほぐす身の疲れ
山田まや

 

◆知音集- 3月号雑詠作品 - 行方 克巳 選

瞬きて工事現場の聖樹かな
佐貫亜美

待降節の死やアフガンに殉じたる
江口井子

警備所の名は供溜冬紅葉
帶屋七緒

吹き溜る枯葉に菓子パンの袋
菊田和音

吐き出せぬ言葉のみ込み悴める
鈴木庸子

街宣車だらだら走る師走かな
田中優美子

綾取の子の指こんなにもやはらか
石原佳津子

ダンボール踏んで束ねて十二月
吉田しづ子

冬帽子かぶれば齢添うてきし
笠原みわ子

無表情とは年の瀬の警備員
中川純一

 

◆紅茶の後で- 知音集選後評 -行方 克巳

少年は帝となりぬ落葉踏み
佐貫亜美

沼津御用邸での作。作者は広々とした御用邸の庭を落葉を踏みながら歩いている。屋敷のどこかの部屋に、少年であった日の天皇(昭和天皇か平成天皇がいずれかであろう)の写真が飾られていたのかも知れない。少年は自分と同じようにこの庭の落葉を踏み、石蕗の花に目を止めつつ歩いたにちがいない。そんな少年の日の天皇にひょっこり会えるような気もする。他の子供と特徴の差異があろうとも思われない一少年が、やがて日本で唯一の天皇という存在になるのである。

テロップに訃報流るる冬夕焼
江口井子

「中村哲氏を悼む」という前書がある。雑詠欄の前書は誌面の都合でほとんどはカットされてしまうが、この場合はどうしても必要な前書である。(私達は句集などにもほとんど前書を用いることがないのだが、一句一句の独立性を損なわない限りにおいて前書は有効に活用すべきだとこのごろ私は考えるようになった。)中村さんはアフガンで身命を賭して現地の人々のために働いた。それなのに考え方を異にする人らの凶弾に倒れたのである。多くの日本人が世界各地にちらばって恵みの少ない人々のために働いていることを思えば、私たちの生活上の不平不満は取るに足らないことだ。

御愛用のちゃんちゃんことぞ仕立よき
帶屋七緒

皇室のどなたか(天皇かも知れない)が着用されたというちゃんちゃんこが展示されている。一口にちゃんちゃんこというが、流石にその仕立には念が入っている。そんじょそこらのちゃんちゃんことは格が違うのである。