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知音 2025年12月号を更新しました


奥 山    西村和子

台風の来るぞ来るぞと逸れにけり

宮士に風ありとも見えず雁渡し

良しくれ七堂伽藍浮くばかり

撥捌き三者三様月の宴

手筒花火ほてりしづめの山の雨

金然きの小鉢も遺作菊膾

鎌倉の秋を惜しまんスニーカー

門川の水澄む町に深入りす

 

どぶろくの酔ひざまし  行方克巳

どぶろくや切つた張つたのなき世にて

とぶろくが目当てなるべし二三人

だめもとの話どぶろく糸をひき

どぶろくや割に合はざる世を渡り

どぶろくや三日 天下をそしるなく

どぶろくの茶碗の闕けのえも言はず

どぶろくの酔ひのにはかにかけめぐり

名水の此はどぶろくの酔ひざまし

 

色なき風 中川純一

阿弥陀堂色なき風へ明けはなち

露草の青も百花のそのひとつ

藪蘭の盛りは数をたのみかな

瓢箪のくびれみめよくぶらさがり

白無垢の裾を憚り秋時雨

七代目継ぎし偉丈夫今年酒

預かりし猫の甘噛み秋日和

人生のノートまつさら天高し

 

◆窓下集- 12月号同人作品 - 中川 純一 選

今生の花火病室のテレビより
小池博美

舞ふよりも吹かれて来たり秋の蝶
山田まや

木槿咲く旧家に山羊の鳴いてゐし
吉田しづ子

漣に揺れてゐるかに黄釣舩
佐瀬はま代

言ひ残すことあり流灯岸に寄る
小林月子

白木槿薄化粧して逢ひに行く
影山十二香

虫の音のかさなりそむる家路かな
井出野浩貴

雨雲を散らし水掛祭かな
小山良枝

夜業終ふ墨汁のごと神田川
田代重光

一列の海水帽に道譲る
國領麻実

 

 

◆知音集- 12月号雑詠作品 - 西村和子 選

工場の閉鎖の噂大西日
井戸ちゃわん

子規の庭に生まれ一生蜆蝶
田中久美子

東京音頭ふたたびみたび盆踊
廣岡あかね

歌姫のその後を知らず罌粟の花
松枝真理子

ガラス戸を磨き上げたり獺祭忌
影山十二香

祇園会やはぐれて酒舗に待ち合はす
藤田銀子

盤石を分けてたばしり水の秋
前田沙羅

汗ばむやややこしき字を書き写し
立川六珈

山百合や壊すほかなき家なれど
本田良智

かまきりの抜け殻風に葬られ
辰巳淑子

 

 

◆紅茶の後で- 知音集選後評 -西村和子

祭太鼓昼餉の支度急かさるる
井戸ちゃわん

祭に参加する立場ではなく、家庭でその人らを支える側の俳句である。祭の句というと、加勢したり見に行ったりする句が多いが、その点でも類想のない作品。
祭太鼓が聞こえてきて、そろそろ神輿や山車が出る時間になったのだろう。神輿を担ぐ若者や、山車を曳く子供達の腹ごしらえをしなければならない。そんな家庭の主婦の発想だ。単に、見物に行く家族を送り出すにしても、まず「昼餉の支度」というわけだ。いろいろな支度に手を貸したり、後片付けをしたり、家の中も祭の日は結構忙しい。作者は見物にさえ行かないのかもしれない。

 

句碑に添ひ歌碑に傾き曼珠沙華
前田沙羅

九十九回目のみちの会で、向島百花園に行った折の作。園内には曼珠沙華が目立った。それをこのように描写したことで、句碑や歌碑がたくさんある場所柄を描いており、「添ひ」と「傾き」の使い分けに、具体的な描写が工夫された作品。
大雑把な写生句では、こうはいかない。一つ一つに目を止め、足を止め、心を止めてこそできた作品である。

 

自転車に空気を入れむ雲の峰
磯貝由佳子

句会にもよく自転車で来る作者らしい句。自転車に空気を入れようと思うのは、これからでかけようとする意志の表れ。折しも入道雲がむくむくと育っている暑い日。こんな日は私なら日傘を差してバス停まで、という思いになるのは年齢のせいだ。まだ六十代前半の作者は、どんなに暑くても夏帽子を被って、自転車で出かける方が手っ取り早いのだろう。そんな若さを感じ取った俳句。