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2025年12月のネット句会の結果を公開しました。

◆特選句 西村 和子 選

寅さんの声がしさうよ草紅葉
片山佐和子
寅さんとは、もちろん映画「男はつらいよ」の車寅次郎のことである。その寅さんの声がしそうだというのだ。場所は具体的には言っていないが、読者は自分の知っている寅さん像からイメージすることができる。また季語の「草紅葉」は、笑顔の中にもどこか哀愁のある寅さんの表情を思い出させる。(松枝真理子)

 

閉め切って座れば蜜柑欲しくなる
水田和代
障子や襖を閉め切った部屋ということで、和室に座っている姿を思い浮かべた。時期的に、炬燵が出してあるかもしれない。ひと仕事終えてほっとしたところに、急に喉の渇きを覚え、口寂しくなった。そんなとき、蜜柑は手軽に食べられて、水分もとれる果物である。この場面では、蜜柑以外の果物は考えられない。(松枝真理子)

 

色なき風わが身を抜けてゆきにけり
森山栄子
秋風は金風や素風、色なき風ともいう。あえて作者が「色なき風」を使い、そしてその風が「わが身」を抜けていったということで、何か心の中にあるわだかまりのようなものがすっと昇華したのだろう。具体的なことは言わず、読み手の想像力を信頼して詠んだ句。(松枝真理子)

 

流れ星祈りの言葉口にせず
小野雅子
流れ星が消える前に願い事を唱えるとその願いが叶うとはよく言われていることだが、作者はあえてそれをしなかったのである。叶えたいことが何もないわけではない。むしろ、切に願っていることがあるのだ。軽々しくその願いを口にはできない作者の想いが「祈りの言葉」という表現にもこめられている。(松枝真理子)

 

不意に来て零余子を引いて帰りたる
森山栄子
ふらっとやってきて、零余子を引く手伝いをして、とくに何をするわけでもなく帰っていった。不意にやってきたのは誰とは言っていないが、季語の「零余子」が作者との関係性を想像させる。(松枝真理子)

 

コスモスの丘を登れば大西洋
鎌田由布子
コスモスが一面に咲いた丘、その向こうに広がる海の景色を想像した。だが、この丘の場所はアメリカ大陸なのかヨーロッパなのかどこかはわからない。とはいうものの、大航海時代にコロンブスが新大陸を発見して以降、さまざまな史実に関わりのあった大西洋である。太平洋とは趣が異なる海に、作者はなんとも言えない詩情を覚えたのだろう。(松枝真理子)

 

眼裏にクリムトの絵や露しぐれ
鎌田由布子
一般的に、クリムトの絵は、金箔や銀箔を多用し装飾性の高い作品で知られる。だが、この句の季語は「露しぐれ」であるから、作者のイメージはいささか違うのである。華やかな絵を描く一方で、美と死の隣り合う世界を強く意識していたと言われるクリムト。感受性の高い作者は、そのような絵がずっと印象に残っているのだろう。(松枝真理子)

 

相寄りて歪となりぬ芋の露
小野雅子
芋の露は里芋の葉に宿った露であるが、大粒で光があたるととても美しい。葉が揺れると、露もぷるんと揺れたり、葉脈を伝って窪みに集まってきたりする。そんなとき、真ん丸の形のよい露同士が触れ合い、どちらも歪みを生じたのだ。よく観察していないとこのような句はできない。(松枝真理子)

 

指温め今日の診療始まりぬ
深澤範子

 

秋風やカーペンターズ口ずさみ
鏡味味千代

 

 

◆入選句 西村 和子 選

爽やかや革靴並べ磨く午後
鈴木ひろか

秋夕日十字架高くトラピスト
木邑杏

そぼ降るや盗人萩のうひうひし
千明朋代

新米を納めし蔵の古りにけり
佐藤清子

救急のサイレン重き夜寒かな
中山亮成

晩秋の筑波二峰もくっきりと
穐吉洋子

溢しつつ紫蘇の実こいでをりにけり
佐藤清子

小鳥来る籠の文鳥首傾げ
(小鳥啼き籠の文鳥首傾げ)
福島ひなた

さやけしや新図書館に椅子多く
平田恵美子

芒原賢治の声が聞こえ来る
深澤範子

枝に枝重ね千年銀杏黄葉
(枝に枝重ね千年銀杏紅葉)
飯田静

愛の羽根回覧板に挟まれ来
小野雅子

猫の腹しみじみ温し秋の暮
石橋一帆

敵味方帰りは同じ落葉踏む
福原康之

クレーンもけふは休日昼の虫
(クレーン車もきょうは休日昼の虫)
平田恵美子

雁渡し一両列車の釜石線
深澤範子

直角に曲がる参道薄紅葉
飯田静

露草を愛で一生を理科教師
松井洋子

鈍色にびいろの雲の重みや冬近し
福島ひなた

手のひらにもらひし栗の五粒ほど
石橋一帆

紅葉づりて頂白し岩木山
鈴木ひろか

歌碑を訪ふ木の実踏むこと許されよ
(歌碑訪ふと木の実踏むこと許されよ)
三好康夫

爽やかや村内放送朝を告ぐ
鏡味味千代

取り込みしタオル香りぬ金木犀
(取り込みしタヲル香りぬ金木犀)
鏡味味千代

秋雲を乗せてなだらか駒ヶ岳
木邑杏

修道院今も鉄柵冬の蝶
(冬の蝶今も鉄柵修道院)
福原康之

秋果積みさらに積み上げ里祭
鏡味味千代

秋高し待合室に老い自慢
小野雅子

ひっそりとネオンの灯る路地の秋
辻本喜代志

行きずりの人と旅して秋惜む
若狭いま子

荒神の灯ゆらゆら秋の雨
辻敦丸

鎌倉やどの谷戸行くも荻の風
奥田眞二

抜け道も袋小路も一葉忌
箱守田鶴

自転車に箒とバケツ秋彼岸
中山亮成

盆踊り口説くが如き老いの唄
奥田眞二

ポケットに小銭じゃらじゃら一葉忌
箱守田鶴

彼岸花一夜の雨に消えにけり
三好康夫

鬼の子の自問自答も宙ぶらりん
箱守田鶴