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2025年11月のネット句会の結果を公開しました。

◆特選句 西村 和子 選

遺影より似顔絵親し秋彼岸
若狭いま子
最近はにこやかな表情の遺影が多くなったとはいえ、よそ行きの取り澄ました表情の遺影のほうが主流です。それよりも似顔絵のほうに親しみを感じたということから、生前の故人との関係が伝わります。いまは悲しみより懐かしさのほうがまさっているのでしょう。「秋彼岸」の明るくからっとした空気が似合います。(井出野浩貴)

 

誰も来ずどこへも行かず秋彼岸
片山佐和子
昔は、墓参りの帰りに親戚の家に寄ったり寄られたりということが多かったでしょうし、おはぎをつくって近所にお裾分けしたりということもあったでしょう。最近はそういうことがめっきり少なくなりました。静かな「秋彼岸」、作者はひとり亡き人と対話をしているようです。(井出野浩貴)

 

物の角はつきりしたる涼新た
鎌田由布子
秋になったことを実感した一瞬です。暑い夏はまぶしくてものがはっきり見えにくいという面もあるのですが、それよりも心理的なものが多く作用しているでしょう。「物」ではなく「物の角」とした点、説得力があります。すがすがしい心持を、季語「涼新た」が語っています。(井出野浩貴)

 

猫じやらし否否と揺れ諾とゆれ
小野雅子
いたるところに生える猫じゃらし、雑草と言われる草の中では親しみやすくどこかユーモラスです。こんなふうに詠まれると、たしかにそんな揺れ方をしているように感じられるから不思議です。コスモスや女郎花が揺れてもこんなふうには見えないでしょう。対象をよく見ておもしろい発想が生まれたのだと思います。(井出野浩貴)

 

海賊の潜みし小島いわし雲
小野雅子
どこで詠まれた句かはわかりませんし、どこであってもよいのですが、瀬戸内海にあまた浮かぶ小島が思い浮かびます。よく晴れた秋の穏やかな海に、かつては海賊の根城があったのです。その頃も秋には今のように鰯雲が広がっていたに違いありません。空と海と時間の広がりを感じます。(井出野浩貴)

 

桐一葉寺と見紛ふ門構へ
鈴木ひろか
新古今集のころより、桐の大きい葉が落ちるさまに、人は秋を感じ物思いにふけっていました。さらに元をたどれば唐詩の「一葉落ちて天下の秋を知る」の「一葉」は桐の葉のことだと言います。どんなに立派な門構えの家でも、それだけでは寺と見紛うことはないでしょう。「桐一葉」の負う伝統がそのように感じさせたのかもしれません。(井出野浩貴)

 

稲光明石大橋雲の中
平田恵美子
世界一の吊橋と言われる明石海峡大橋に、雷雲が覆いかぶさるように広がっています。そこを切り裂くように稲光が走り、遅れて雷鳴がとどろきます。この句は動詞を使わず、明石大橋という固有名詞を活かし、大きな情景を見せてくれます(井出野浩貴)

 

スカイツリー色なき風を突き抜けて
箱守田鶴
スカイツリーもまた世界一高い塔と言われ、竣工以来、多くの人が句に詠んでいます。類想に陥る危険が大いにあるのですが、この句は「色なき風を突き抜けて」が巧みで類想を抜け出しました。色なき風が吹きわたる下界と、スカイツリーが屹立する秋の高い空とのコントラストが鮮やかです。(井出野浩貴)

 

助手席の犬の目覚めし秋日和
森山栄子
いつも愛犬を助手席に乗せているのでしょう。気持よい眠りから覚め、飼い主である作者を見上げます。言葉は交わせなくても気持は通いあう、その静けさが季語「秋日和」から伝わってきます。もし犬ではなくわが子の目覚めであったら、この季語ではないでしょう。季語の機微を味わいたいものです。(井出野浩貴)

 

大絵馬の墨痕淋漓秋麗
森山栄子
地元の由緒ある神社でしょうか。新年に向けて奉納される大絵馬ができあがり、大筆で文字が書かれてゆきます。季語「秋麗」と「墨痕淋漓」という言葉が相俟って、雄渾な筆遣いや墨の匂い、澄み切った空気まで感じさせてくれます。(井出野浩貴)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

爽やかやネクタイ揺るる女高生
(ネクタイの爽やかに揺れ女高生)
深澤範子

リハビリを終へて確かや虫の声
(リハビリを終へて確かに虫の声)
辻敦丸

足跡は消えて渚は秋の風
辻敦丸

薄紅葉寺の老犬愛想よき
松井洋子

桐一葉さらりとわれも生きむかな
鈴木ひろか

世に疎くなりし妹背の月見かな
奥田眞二

日おもてを伝ひてゆけり秋の蝶
(日のおもて伝ひてゆけり秋の蝶)
平田恵美子

台風の近づく雨の不気味なる
(台風の近づく細雨不気味なる)
三好康夫

星々の呼び交はすやう虫すだく
福島ひなた

爽やかやシンク拭き上げ夫出社
(爽やかにシンク拭き上げ夫出社)
宮内百花

声小さくなりたるは愚痴秋暑し
三好康夫

子等の声遠くに聞こえ薄原
鈴木ひろか

秋晴の赤松林かがやけり
松井伸子

新涼や朝一番の深呼吸
深澤範子

朝顔のしぼみて赤み差しにけり
福島ひなた

小海線一時間待ち秋桜
鈴木ひろか

戸を開けし腕へ夜風虫の声
(戸開くれば腕へ夜風虫の声)
板垣もと子

糸瓜ひとつ届かぬ高さにて太る
小野雅子

マジシャンにみんな騙され秋うらら
(マジックにみんな騙され秋うらら)
板垣もと子

図書館の閑けさ破る秋の雷
佐藤清子

人も木も草も水欲る残暑かな
板垣もと子

とことことこ塩辛蜻蛉したがへて
(をさな児とことこ塩辛蜻蛉したがへて)
小野雅子

秋茜ロープウェイとすれ違ひ
(秋茜ロープウェイのすれ違ひ)
千明朋代

朝露や熱き息吐き犬戻る
松井洋子

時計塔秋の夕日を背負ひたり
(時計塔秋の夕日を背負ひけり)
片山佐和子

虫の音の和して今宵は降るごとく
福原康之

秋風を部屋に満たして荷物待つ
(秋風を部屋に満たして待つ荷物)
福島ひなた

秋雨の包む木の香の音楽堂
鈴木ひろか

北海道両手広げて花野風
(北海道両手広げて花野かな)
深澤範子

水引の花を潜りて猫白し
(水引の花潜りをる猫白し)
宮内百花

馴れし道見失ひたり秋深し
(馴れし道ふと見失ひ秋深し)
箱守田鶴

覚むるたび独りと思ふ夜長かな
(目覚むたび独りと思ふ夜長かな)
平田恵美子

丹沢を遠見に秋を惜しみけり
松井伸子

秋ゆけり木石の声聞くとなく
(聞くとなく木石の声秋ゆけり)
奥田眞二

峡の田の案山子揶揄ふ鴉かな
穐吉洋子

冷やかや昨日と違ふ靴の音
靴の音昨日と違ふ冷やかさ)
辻本喜代志

豪商の白壁に沿ひ藤袴
鈴木ひろか

長き夜や遠きネオンの赤潤み
松井洋子

整備士の準備体操秋日和
森山栄子

指先のびつくりしたる秋の水
(指先をびくりとさせて秋の水)
五十嵐夏美