コンテンツへスキップ

2025年9月のネット句会の結果を公開しました。

◆特選句 西村 和子 選

アナベルの白一色の避暑の町
鈴木ひろか
アナベルは紫陽花の一品種、箱根の強羅公園のアナベルロードが知られています。作品としては場所はどこでもよいのですが、避暑地に咲くアナベルの清楚な白は、都会の猛暑を忘れさせてくれます。色で涼しさを表現した句です。(井出野浩貴)

 

夜濯や観覧車の灯消ゆる頃
(夜濯ぎや観覧車の灯消ゆる頃)
平田恵美子
夜濯をしながら遠くの観覧車を見やると、いつもより遅い刻限だったためか、観覧車の灯が消えるころに行きあったのでしょう。たとえば葛西臨海公園の観覧車などは、周辺の町からよく見えます。観覧車に乗っている人は、夜濯をしている人に眺められているとは夢にも思わないことでしょう。人の営みのもの悲しさがそこはかとなく漂います。(井出野浩貴)

 

鉾宿の薄暗がりの細面
板垣もと子
想像が広がる句です。祇園囃子が聞こえてくる「鉾宿の薄暗がり」は、千年前の暗がりにつながっているかのようです。その薄暗がりに浮かぶ「細面」は、あの世から祇園祭を見に戻ってきた人なのかもしれません。(井出野浩貴)

 

飾り山笠わいわい見つつ宇治金時
木邑杏
祭の句は、それぞれの特徴や雰囲気の違いが表現できるかどうかが大切です。この句は博多祇園山笠です。「わいわい見つつ」が豪快な祭の雰囲気に適っています。「宇治金時」がいかにもおいしそうです。(井出野浩貴)

 

親方は素手なり鉾の縄がらみ
小野雅子
縄絡みは、釘を使わず縄のみで鉾を組み立てる手法です。作業している親方の「素手」に焦点を当てたことで臨場感が出ました。鉾立には設計図がないと聞きます。長年の知恵は「素手」から「素手」へと伝承されていくのでしょう。(井出野浩貴)

 

鉾見んと錦市場を通り抜け
板垣もと子
「錦市場」という地名が効果的です。錦市場には旅行者も大勢来ていますが、人混みの中、「鉾見んと錦小路を通り抜け」ることは、京都の地理を熟知した地元の人でなければできないかもしれません。旅行者であれば、大路のどこかに陣取って目当ての鉾を待つしかないと思われます。(井出野浩貴)

 

対岸の雲も染まりし大夕焼
鏡味味千代
大河か大きな湖の対岸なのでしょう。「対岸の雲も」ということは、水面も見事に染まっているのです。原則として「夕焼」や「西日」に安易に「大」はつけないほうがいいと思いますが(季語の中にすでにその意味が含まれているので)、この句の場合はすっきりまとまっています。(井出野浩貴)

 

月見草散りて花びらもう透けず
松井洋子
夕日をかすかに透かしていた花びらが、ひとたび散ってしまえばもう光を透かすことがないことを目にとめ、作者は薄ら闇のなかたたずんでいます。季語「月見草」の力で、昼と夜がゆきあう頃のはかない心持が表現できました。(井出野浩貴)

 

大茅の輪くぐり明日を恃みをり
小野雅子
北野天満宮の大茅の輪でしょうか。関東では、俳句をやっていなければ茅の輪をくぐったことのない人のほうが多いことでしょう。わざわざくぐりに行っても、「明日を恃む」とまでは思わないかもしれません。この句には、毎年の節目として茅の輪くぐりをしている人の息づかいが感じられます。(井出野浩貴)

 

修道女日がな一日草を刈る
辻敦丸
修道院の菜園の草を刈っているのだと想像しました。黒い修道服を着ての作業は、いかに修道の柱が祈りと労働であるといえども、厳しいものでしょう。炎天下を黙々と働く修道女への畏れのようなものが感じられます。(井出野浩貴)

 

生垣を洩るる灯や盆休み
森山栄子
「生垣を洩るる」から旧家のことであろうと想像されます。この「灯」は盆提灯かもしれませんし、帰省した家族でにぎわう居間や厨の灯であるのかもしれません。なんとはなしに仏様の気配も感じられます。季語を「盂蘭盆会」ではなく「盆休み」としたのもよかったと思います。(井出野浩貴)

 

先頭はピンクの日傘登校班
松井洋子
ひと昔前は、日傘を差すのは大人だけでした。数年前からちらほら高校生が差しているのを見るようになりましたが、この句の場合は小学生、「先頭」ですから通学班長です。親に差すように言われた優等生タイプの女の子でしょうか。それとも大人の真似をしたいおしゃまな女の子でしょうか。今年のような猛暑が今後も続けば、学童の日傘もごく当たり前のものになっていくのでしょう。(井出野浩貴)

 

◆入選句 西村 和子 選

ドローン飛ぶ植田の上空二メートル
辻本喜代志

願ふこと無くても四万六千日
箱守田鶴

プールから引き抜く足の重さかな
中山亮成

乱吹く滝トロッコ列車現はるる
(吹雪く滝トロッコ列車現はるる)
千明朋代

献花台白の溢るる原爆忌
(献花台の白きに溢れ原爆忌)
宮内百花

夕焼雲待つこと多き老の旅
千明朋代

鉾宿に塩飴たんと盛りてあり
(鉾建や宿に塩飴たんと盛り)
小野雅子

短冊のくるくる回る鉄風鈴
石橋一帆

微睡みの昼の夏掛やはらかき
福島ひなた

日傘たたむ掌に日の火照りかな
五十嵐夏美

射干に雨の滴の残りたる
水田和代

水鉄砲思はぬ所までおよび
(水鉄砲思はぬ距離におよびけり)
片山佐和子

クレヨンの青と緑の暑中見舞
鈴木ひろか

滝音にしばし聞き惚れ佇める
飯田静

立ち尽し見送る母の日傘かな 
松井洋子

ハンガーのパキンと割れし極暑かな
森山栄子

水割りに胡瓜差したる安酒場
板垣源蔵

涼しさや葉末葉末の雨しずく
小野雅子

眼裏にいまも鮮やか遠花火
若狭いま子

一心に蜜吸ふ浅黄斑かな
飯田静

新婚の部屋は四階新松子
中山亮成

とげぬき地蔵お参りあとのかき氷
若狭いま子

世界地図太平洋のあを涼し
三好康夫

旅終はるソフトクリーム手に垂らし
小野雅子

朝焼へ出てゆく舟と帰る舟
小野雅子

サイレンの音夕凪を攪拌す
(サイレンの音の夕凪攪拌す)
鎌田由布子

蓮ひらく力か水面ゆれにけり
(蓮ひらく力か水面ゆられけり)
片山佐和子

はたた神六方踏みて去りにけり
奥田眞二

炎天に差し出す杖の一歩かな
片山佐和子

雲ひとつ無き暁へ蝉の声
松井洋子

千曲川大きく曲がる青田かな
石橋一帆

避暑の径なにか咥へて栗鼠過る
鈴木ひろか

睡蓮を揺らし真鯉のひるがへり
若狭いま子

鴉みな口開けしのぐ大暑かな
若狭いま子

サンダルの跡のくつきり日焼けして
鎌田由布子

風鈴のりんりんりんとやけっぱち
木邑杏

いく度も覚めて水飲む大暑の夜
若狭いま子

父の日やサイロの匂ひ蘇り
佐藤清子

夏深し眺めるのみの旅案内
小野雅子

切麻の玉砂利に舞ひ御禊かな
辻敦丸

立ち止まる君に日傘をさしかくる
鈴木ひろか

人居らぬ部屋に首振る扇風機
小野雅子

感嘆の声を掻き消し瀑布かな
(感嘆の声掻き消しぬ瀑布かな)
鏡味味千代

手作りの団扇両手にフェスティバル
深澤範子

麻暖簾くぐり人無きワンルーム
(麻暖簾くぐる人無きワンルーム)
平田恵美子

飛魚の羽七色に照る夕
鏡味味千代

凌霄花空家を守るやうに咲く
水田和代

昼寝覚しばらく富士を見下ろして
森山栄子

戦火生き花火嫌ひの姉妹
箱守田鶴

喪心を隠しおほすやサングラス
松井洋子

きりぎしに水音微か夏つばめ
辻敦丸

制服の一人はのつぽ大夕立
森山栄子

赤松に通奏低音のような蝉
石橋一帆

赤信号長く感ずる大暑かな
若狭いま子

梅雨晴間トロッコ列車またカーブ
(カーブ多きトロッコ列車梅雨晴間)
千明朋代

咲き満ちて梢の撓ふ百日紅
福島ひなた

新しき日傘くるくる何処へ行こ
(新しき日傘くるくる何処いこか)
鈴木ひろか

サングラス外し大聖堂に入る
片山佐和子

暮れなづみ子ら賑やかに蛍狩
石橋一帆

通勤の右も左も青田波
深澤範子

クロールの息継ぎ出来し日の記憶
奥田眞二

緑蔭の木椅子の脚のささくれて
(緑蔭の木の椅子足のささくれて)
千明朋代