明日句会 西村和子
入梅や呼びかけきたる故人の句
梅雨の蝶墓碑銘探しあぐねしや
青梅雨のあたりを払ふ豪華船
薔薇園の卓に師弟か恋人か
木下闇濃くなる日暮遅くなる
ハンカチにアイロンかけて明日句会
踏切を渡り果せず梅雨の蝶
ボクシングジムすれすれに梅雨のバス
梅雨籠り 行方克巳
四月馬鹿五、六、七月馬鹿馬鹿馬鹿
横柄な出目金に遊ばれてゐる
だんまりの父子のひと日茄子の花
思ひ出の真帆や片帆や水芭蕉
金光明最勝王経梅雨滂沱
秋津島梅雨曼荼羅の濃絵なし
どつこいしよと立つて歩いて梅雨籠り
誰も知らぬ一日旅めく山法師
アマリリス 中川純一
天道虫弁当箱の縁歩く
青梅雨や気つけに一つチョコレート
尾のきれし守宮もたもたへなへなと
六月来ポールモーリア今も好き
駅頭に迎へくれをり白絣
調律の遅々と進まぬアマリリス
目もて追ふ蠅虎と歯を磨く
跳ねてみせ蠅虎の我に狎れ
◆窓下集- 9月号同人作品 - 中川 純一 選
朧夜や息するやうに嘘をつき
平手るい
ハイヒールかつかつ鳴らし新社員
中津麻美
薫風や糸切りばさみ音軽く
松枝真理子
えごの花散つて先師の一句あり
江口井子
理髪師に頭預けて目借時
田代重光
自販機の水をまた買ひ新社員
大橋有美子
風光る中折帽の母若く
松井伸子
田植時逆さに映る鳥海山
折居慶子
山笑ふ遺跡の下にまた遺跡
竹見かぐや
厚化粧して現れし新社員
茂呂美蝶
◆知音集- 8月号雑詠作品 - 西村和子 選
キャンパスの深閑として椎の花
井出野浩貴
虚子像になんじやもんじやの花盛り
影山十二香
フランスパン抱へ短パン美少年
佐貫亜美
眉の濃き男の子まぐはし若葉風
牧田ひとみ
ひとり来て石に坐るも花の客
高橋桃衣
青蔦や白い扉の雑貨店
井戸ちゃわん
煙草購ふやうに薔薇選るサングラス
石原佳津子
雛飾る一人娘の巣立ちても
松枝真理子
多摩川の浅瀬きらきら薄暑光
くにしちあき
同僚に出会す神田祭かな
塙 千晴
◆紅茶の後で- 知音集選後評 -西村和子
桜の一句教へて教師廃業す
井出野浩貴
六十を待たずして教職を退いた作者にしてみれば、「廃業」という一語に思いをこめたに違いない。定年退職の折の句であったなら、こうは言わないだろう。「退職」とか「定年」とかいう言葉には、人生の時が至って職を退いたという思いがこめられるが、「廃業」には自らの意思が感じられる。
桜の花が咲く前に、桜の一句を黒板に書いて教えたのだろう。その一句は誰の句だろうと、想像が広がっていく。芭蕉の句かもしれないし、自作かもしれない。いずれにしても生徒たちは桜の花が咲く頃になると、その句を思い出すだろう。それも何年か先のことかもしれない。
「教師とは、海に向かって石を投げ続けるようなものだ。」と、長い間教職にあった人に聞いたことがある。大方の石は戻ってこないが、時々忘れたころに波に乗って戻ってくることがあると、感慨深いものだそうだ。
むつつりと武蔵鐙の花擡げ
影山十二香
「武蔵鐙(あぶみ)の花」は歳時記には載っていないが、以前鎌倉の吟行で江口井子さんに教えていただいた。都から離れた、武蔵の国で作られた鐙に似ているということから、この名がついたのだろう。華奢とか華やかとかいうものからは程遠いに違いない。従って、この句の「むつつりと」「擡げ」は、その本質に迫っているといえよう。花は全てが「咲く」とか「ひらく」ものではないのだ。
こんな生き方もあるさと姫女菀
くにしちあき
姫女菀は初夏によく見かける雑草だが、名前は優雅だ。しかし、どこにでも見かけるせいか、貧相で俳人しか目に止めない花でもある。その花を見つめていたら、こんな声が聞こえてきたのだろう。ありふれた花ゆえに、誰も目を止めたり足を止めたりしないが、こんな生き方も気楽なものだ。対象に目を止め、足を止め、心を止めないと、本当の姿は見えてこない。そんなことを教えられた句。