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2025年7月のネット句会の結果を公開しました。

◆特選句 西村 和子 選

丸盆の柾目の美しき昭和の日
森山栄子
ビュッフェスタイルの食事では、今も長方形のお盆は欠かせないが、家で客にお茶を出すのが主な「丸盆」は、使う人が少なくなってきた。
杉だろうか、欅だろうか。どちらにしても、本漆の、造りのよいものに違いない。柾目の美しいこの丸盆も、茶托も、茶碗も、作者は大切に使い続けて来たのだろう。嫁いでからの作者の歴史も、遠くなっていく作法も、「昭和の日」が語っている。(高橋桃衣)

 

都心より富士山消えて夏兆す
鎌田由布子
「夏兆す」は「夏めく」と同様、夏らしくなってきたなあという思いの初夏の季語。日差しが強くなってきた、木々が茂り出した、というのは如何にも夏の到来を感じさせるが、この句は、富士山が消えたという。
雲が富士山を隠したということだろうか。確かに寒い時期よりは雲は湧きやすい。朝は全貌を現していたのに、午後は全く見えなくなることもよくある。
しかし「都心」という少々曖昧で抽象的な言い回しから、高速道路、再開発の高層ビル、狭い敷地の三階建の家などで、今ではすっかり富士山が見えなくなってしまった東京を言いたいのではないか。
「炎暑」や「風死す」では絶望感が漂うが、季語は「夏兆す」。まだまだ東京に未来があると作者は思っているに違いない。(高橋桃衣)

 

紫に明けゆく那智の夏の海
若狭いま子
那智勝浦を訪れ、海を臨む宿に泊まり、朝早く目覚めた時の感動だろう。
水平線まで静かな夏の海が白んでいく様子を、「紫」と色で表現したことで、熊野那智大社を背にした海の神々しさをも感じさせる。
「那智」という固有名詞がよく効いている句。(高橋桃衣)

 

半日蔭蛍袋の好きな場所
水田和代
「蛍袋」は、山野草として好まれる花である。
うちの近くでは、道路との境の、日のよく当たるところに植えられて、毎年元気に咲くのだが、日が強すぎないだろうかと、見ている方が心配してしまうような可憐な花だ。
そのような花には「半日蔭」が好ましく、ほっとすると作者も思っているのだろう。(高橋桃衣)

 

夏野ゆく男言葉の娘どち
小野雅子
男の子に逞しさを、女の子にしとやかさを求めた時代から、男の子に優しさを、女の子に逞しさを願うようになり、そして男女ではなく、それぞれの個性に合わせて、と言われるようになってきた昨今だが、やはり娘盛りの子が男言葉を使うと、振り返ってしまう。
でも、ここは「夏野」。これから山を越えるのかもしれない。娘たちの、逞しい二の腕や日焼けした顔、健やかな汗まで目に浮かんでくる。(高橋桃衣)

 

房州に雲盛上がり夏来る
辻本喜代志
毎日房州を眺めて住んでいるのだろう。今まで、たなびくように山々にかかっていた雲が、入道雲のように盛り上がってきたという、雲の形、出方に、季節の変化を感じた句。(高橋桃衣)

 

日焼けして国籍不明男の子たち
鎌田由布子
昨今は、男子でも日焼け止めクリームを塗る割合が増えてきたようだが、やはり夏の海辺には、競うかのように日に焼けている男子がいる。皮膚の色で国籍がわかるという時代ではなくなりつつあるが、区別がつかないほど日焼けしている、ということなのだろう。(高橋桃衣)

 

クレソンの花や水音聴いてゐる
飯田静
クレソンは、ヨーロッパから持ち込み、養殖していたものだが、清流の中に自生するようになったものも見かける。夜より昼が長くなると、頭頂部に白い花を複数つけるそうだが、この句からは、その小さな白い花が、水の音を聴いていると言っただけで、辺りの静けさを描いている。(高橋桃衣)

 

粗悪品掴まされたる夏の夜
板垣源蔵
夏の夜に買い物をしたところ、買ったものが粗悪品だったという。「粗悪品」を「掴まされた」というのだから、冷房の効いたデパートや整然と物が並んでいる店ではなく、露店のような少々雑な売り方をしているところが想像される。
「夏の夜」は、「熱帯夜」のような寝苦しさ、息苦しさではなく、昼の異常な暑さが少し収まり、ほっとした気分の季語なのだが、それでも粗悪品を買わされてしまった、というのは、夏祭の夜の縁日でのことだったのかもしれない。(高橋桃衣)

 

春惜しむ煙突残し湯屋廃業
宮内百花
お風呂屋さんが廃業したことは、周りの人の口に乗っているので知っている。経営していた人はいなくなり、人気はない。しかし建物はまだ解体されていない。煙突もそのままで、今までのように煙を出しそうだ。そんな様子が「煙突残し」で、はっきりと伝わってくる。
「春惜しむ」は、廃業を惜しむ作者の心そのものだろう。(高橋桃衣)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

聖五月愛の賛歌を原詞にて
(愛の賛歌原詞にて聴く聖五月)
石橋一帆

 

柚の花や丘の上なるカフェテラス
(柚の咲く丘の上なるカフェテラス)
板垣もと子

 

到来のおすそわけなる五加飯
(到来のおすそわけなる五加木飯)
若狭いま子

 

祭着の背中を叩き送り出す
箱守田鶴

 

青葉風飛行機雲の末の溶け 
木邑杏

 

夕暮の中洲に白し遅桜
(夕暮の中洲に白む遅桜)
若狭いま子

 

天蓋は楓若葉や露天の湯
木邑杏

 

讃岐富士仰ぎ一息溝浚へ
(讃岐富士仰ぐ一息溝浚へ)
三好康夫

 

しのびきて鴉すばやく枇杷さらふ
若狭いま子

やませ吹く村の外れに飢饉の碑
若狭いま子

 

マロニエの花の並木をピンヒール
(マロニエの並木に響くピンヒール)
千明朋代

 

夏蒲団ふんわり軽くたよりなき
若狭いま子

 

鈴蘭の鈴をふるはす風立ちぬ
松井洋子

 

色づきて蛍袋に気づきけり
水田和代

 

老練は水を濁さず溝浚へ
三好康夫

 

夏の霧高層ビルを二分して
鎌田由布子

 

鳳凰の濡れても揺れても夏祭
(鳳凰の濡れても揺れても夏祭り)
箱守田鶴

 

寝返りを打つや夏掛裏返り
(寝返りを打つ間に夏掛裏返り)
若狭いま子

 

足の爪切るにも難儀春寒し
(足の爪切るに難儀や春寒し)
穐吉洋子

 

晴れてきて車窓のプラタナス緑
板垣もと子

 

薔薇園のソフトクリーム買ふ列へ
(薔薇の園ソフトクリーム買ふ列へ)
松井洋子

 

姉真紅妹真白薔薇を選る
小野雅子

 

助っ人の多き神輿や揉みに揉む
箱守田鶴

 

美術館でて本物の初夏の空
片山佐和子

 

揚羽蝶気のある素振りして去りぬ
鏡味味千代

 

もそもそと蛍袋は会議中
松井伸子

 

通勤の右も左も懸り藤
(通勤路右も左も懸り藤)
深澤範子

 

桐の花五三五七と咲き揃ひ
佐藤清子

 

手拍子で囃せば神輿さらに揉む
若狭いま子

 

あそび場を見守つてゐる合歓の花
松井伸子

 

手作りの時計復活柿若葉
佐藤清子

 

投了の一礼深く青時雨
森山栄子

 

実家無く故郷も無く柿の花
飯田静

 

祖母の事母の事など梅漬ける
鎌田由布子

 

玄関に飾る冑の緒を締めぬ
(玄関に飾る冑の緒を締める)
平田恵美子

 

飛び石は亀の形よ夏の川
(飛び石は亀の形して夏の川)
小野雅子

 

一日はいつも雨なり三社祭
(一日はいつも雨なる三社祭)
箱守田鶴

 

景気よく母の草笛鳴つてをり
宮内百花

 

葉裏より覗いて落とす実梅かな
水田和代

 

唯我独尊泰山木は花掲げ
中山亮成

 

新緑の道を抜ければ背筋伸び
鏡味味千代

 

小満や老いを養ふ肉を食ふ
(小満や老いを養ふ肉を食み)
小野雅子

 

川幅を狭め新緑猛々し
(川幅を狭め新緑たけだけし)
小野雅子

 

マロニエの花中庭を明るうす
(中庭をマロニエの花明るうす)
五十嵐夏美

 

若楓枝うち広げ風を受け
松井洋子