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2025年5月のネット句会の結果を公開しました。

◆特選句 西村 和子 選

いつ来てもひとりの墓所や春落葉
森山栄子
常緑樹は一年中緑の葉をつけているが、春に芽が生まれると、順繰りに落とす。紅葉が散るような華やかさもなく、目立たない。
春落葉が積もったままになっているこの墓所は、かつて功績をあげた人の墓所なのだろう。墓石も立派、周りに植えられた常盤木も年月を経て大きくなった。
栄華や功績を称えられた墓所が、今は訪れる人もなく春落葉に包まれているという静寂な情景を、この句から誰もが想像できる。(高橋桃衣)

 

悠長な島の言葉や春の昼
鎌田由布子
島の住民の喋り方が悠長だと気づいたのは、作者の耳慣れた都会の話し方は忙しないということだ。
「春の昼」は明るく穏やかで、眠気を誘われるほどのんびりとしている。電車や船を乗り継いで訪れた作者には、島の春の昼の時間の進み方が、別世界のように思われたことだろう。(高橋桃衣)

 

繋ぐ手を放しスキップ卒園す
鈴木ひろか
幼稚園か保育園を卒業する子供の、独立心、嬉しさ、そして子供の未来への作者の眼差しを感じさせる、省略の効いた作品。(高橋桃衣)

 

雛あられ桃色だけを選りにけり
深澤範子
白、桃色、緑、黄色とカラフルな雛あられを、幼い子は一粒ずつ摘まんで口に運ぶ。それも、この子は桃色ばかり選って摘まんでいるという。
大人は一度に何粒か摘まむし、桃色がいいなと思っても、それだけを選び続けることはしない。いかにも幼児らしい行動だ。
もちろんこの子は女の子。雛あられの向こうには、お雛様が飾られているだろう。子供の成長を喜んでいる作者の気持も感じられる。(高橋桃衣)

 

春光の湖渡りゆくトウシューズ
木邑杏
「春光」は本来は春の光景、景色ということだが、この句は春の光が満ち満ちている湖ということだろう。そのような湖を渡るかのようにバレリーナがつま先を立てて踊っている、あるいは春光の中の湖を眺めているうちにバレリーナが踊っている姿を想像したのかもしれない。どちらにしても、春の躍動感とトウシューズが響き合っている。また、「トウシューズ」と一点に絞って描いたことで、読者の想像は広がっていく。(高橋桃衣)

 

初燕仰ぐぽかんと口開けて
森山栄子
春になると飛来する燕。去年の巣に来ることも多く、人家や駅などの軒に巣を作るので、人に親しい鳥である。
初燕だ、と目で追いかけるが、燕は縦横無尽に飛ぶので、仰ぐほど見上げてしまう。だから気づくと口が空いているのだ。「ぽかんと口開けて」はリアルだし、おかしみもある。(高橋桃衣)

 

階段を上れば銀座春の雲
石橋一帆
銀座は地下鉄の街だ。地下鉄を降りて、階段を上っていくと、街が広がる。高いビルの上に空。そこには春の雲がふんわりと浮かんでいる。
「春の雲」というだけで、穏やかな光もショーウィンドウの春色も見えてくる。作者の心躍りも感じられる。(高橋桃衣)

 

検査着の丈は短し冴返る
板垣源蔵
「冴返る」は春になってぶり返す寒さをいうが、心の寒さ、不安も感じさせる。
検査着を着るだけでも不安な状況なのに、その検査着の丈は短く、包んでくれるような温かみはない。病院の廊下も待合室も、冬に戻ったように寒々としていて、落ち着かない。そんな作者の気持が伝わってくる。
「冴返る」は春の季語だ。だんだん春らしい日になっていく。検査の結果はわからないが、よい方に向かっていくだろう。(高橋桃衣)

 

楽しさをこらへきれずに囀れり
松井伸子
「こらへきれず」とためらわずに表現したことで、どのように囀っているのかがよく伝わってくる句になった。この表現に辿り着くまでに試行錯誤をした感じがしない。最初から作者にはそう思えたのかもしれない。(高橋桃衣)

 

宮邸の門の閉ざされ花万朶
板垣もと子
「宮邸」だから宮様の邸宅ということだろう。そのような邸宅は敷地も広く、塀や垣の木々も高く、門も普段閉められているから中の様子は窺えないが、門の近くに桜が今を盛りと咲いているのは、道路を行き交う人や車からも見える。
街騒と隣り合った静寂を感じさせる句である。(高橋桃衣)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

花冷えや梅ヶ枝餅のほかほかと
宮内百花

我もまた人待つひとり駅の春
(我もまた人待つひとり春の駅)
片山佐和子

失恋をあざ笑ふ如朧月
板垣源蔵

春日差心の中も陽が差して
深澤範子

庭覆ひ歩道へ枝垂れ桜かな
(庭覆ひ歩道へ枝垂る桜かな)
板垣もと子

新社員出社階段駆け上る
(駆け上る階段新社員の出社)
辻本喜代志

小流れの飛び石隠し野芹生ふ
松井洋子

段もなく箪笥の上の立雛
辻本喜代志

満開の花上弦の昼の月
鈴木ひろか

霏々と降りはたと止みたり牡丹雪
若狭いま子

水温む足音に鯉寄り来たる
(水温み足音に鯉寄り来たる)
鎌田由布子

風光る商店街の特売日
板垣源蔵

春潮やタンカー短き水尾を曳き
松井洋子

かたかごや人の気配に花震へ
(かたかごの人の気配に花震へ)
飯田静

ほの暗き路地を明るく桜草
若狭いま子

末黒野の一本道へ出でにけり
水田和代

風光る洗濯物が空を舞ひ
松井伸子

風光るアウトレットに人溢れ
鎌田由布子

うつすらと髭らしきもの卒業子
五十嵐夏美

タクシーを遠回りさせ桜見に
(タクシーを遠回りして桜見ゆ)
穐吉洋子

卒業の朝の鏡へ直立す
(卒業や朝の鏡へ直立す)
平田恵美子

朝には雨に変はりぬ春の雪
鈴木ひろか

てんでんにおいでおいでと雪柳
五十嵐夏美

目の笑ふ馬形埴輪春深し
宮内百花