短 日 行方克巳
十一月十四日伊藤伊那男逝く
小春日の縁側問へばすでに亡き
午後の日のふたたびみたび帰り花
つくづくとしみじみと日の短かさよ
日短か天動説をうたがはず
鴨鍋の煮え立つまでをくだ/\と
一人とは一日の黙や笹子鳴く
今生の見ぬもの潔し年の暮
数へ日の無用の用に身繕ひ
鬼おろし 西村和子
夜明より雲垂れこむる憂国忌
着膨れて焦らず駈けず追ひ抜かず
大仏の胸板広き初しぐれ
綿虫や立子旬碑より虚子旬碑へ
吊るし売る孫の手枯蔓鬼おろし
山内の突貫工事銀杏散る
連筆を掲げ小春の門前市
凩や駅前喫茶潰れきう
黄 落 中川純一
黄落の差し交すあり聳ゆるも
黄落の一息つけば塔の見え
風走り黄落第落第二楽章へ
巫女総出銀杏落葉を掃き寄せて
酢茎嚙む乱杭なれど歯は丈夫
川筋を歩くこんな日冬麗ら
小春日の成田詣の長命酒
冬麗や犬にも浴びせ護摩煙
◆窓下集- 1月号同人作品 - 西村和子 選
月天心雲の大河を今し超ゆ
井出野浩貴
尼僧らのベール純白梅雨明ける
田中久美子
ゆく夏や湖畔に馬を佇ませ
高橋桃衣
読みて思ひ思ひては読む夜長かな
山田まや
零るるにまかせ白萩今盛り
影山十二香
のんびりと鴉が啼いて柿日和
井戸ちゃわん
見るうちに蜻蛉の庭となりにけり
藤田銀子
薬箱検め秋の深みたる
廣岡あかね
秋薔薇寡黙噴水絶え間なく
くにしちあき
女郎花日照りつづきにへこたれず
中野トシ子
◆知音集- 1月号雑詠作品 - 中川純一 選
本を売りはらひさばさば秋刀魚焼く
井出野浩貴
つかまへてみれば残像雪螢
小山良枝
盆踊やぐら組まねば輪になれず
前田沙羅
金風や歩いてほぐす身の疲れ
山田まや
三越も松屋も久し秋日和
佐瀬はま代
ドーナツの箱は横長小鳥来る
米澤響子
獺祭忌メジャーリーグに日本人
井内俊二
日の本に女性首相や天高し
江口井子
秋刀魚焼く海なき街に半世紀
大野まりな
秩序なき風をよろこび萩の花
松枝真理子
◆紅茶の後で- 知音集選後評 -中川純一
英語より漢字覚えよ夜学生
井出野浩貴
夜学生たちは仕事を終え、疲れた体で学ぼうとやってくる。その貴重な時間に、教員浩貴さんは単なる生きる方便としてだけではなく、真の教養を身に着けさせようとする。担当科目は国語・古文なのだろう。そこには千年の昔から日本人の精神を形作ってきた思考、思想の源がある。だが、昨今は、日本語で言える言葉まで英語で、さもそれが正統であるかのように言う風潮が溢れ、しかも往々に略語だ。生徒たちは英語を覚えるのが勉強だと思い込んでいるが、それは思考するために縦横に使える熟語である訳はない。自分の頭で考えるための漢字を覚えてほしいと見守る教員なのである。
小鳥くるひたすら祈り働けば
小山 良枝
生きること本来の意味が最近は人工知能などで置き換えられるような風潮の中、清々しい一句である。祈る、働く、そこには支えあうとか愛し合うことも含まれることも、敢えて巧まない表現と言葉の流れに表れている。その人間の営みを見に来たように、美しい小鳥たちが到来して歌っている。欧州名画のような光景だ。真っ直ぐな句には力がある。
歳時記に二本の栞夜は長し
前田 沙羅
携帯用の歳時記には栞がないことが多い。手持ちの大型の講談社の新日本大歳時記歳時記は栞が二本ある。二つを同時に使えるので今まさに作句中の句に入れようとしている季語と、もう一つ参考にする季語と交互に見ることもできよう。腰を据えて句を練っている作者に秋の夜長は充実している。