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知音 2025年8月号を更新しました


明日句会    西村和子

入梅や呼びかけきたる故人の句

梅雨の蝶墓碑銘探しあぐねしや

青梅雨のあたりを払ふ豪華船

薔薇園の卓に師弟か恋人か

木下闇濃くなる日暮遅くなる

ハンカチにアイロンかけて明日句会

踏切を渡りおほせず梅雨の蝶

ボクシングジムすれすれに梅雨のバス

 

梅雨籠り  行方克巳

四月馬鹿五、六、七月馬鹿馬鹿馬鹿

横柄な出目金に遊ばれてゐる

だんまりの父子のひと日茄子の花

思ひ出の真帆や片帆や水芭蕉

金光明最勝王経梅雨滂沱

秋津島梅雨曼荼羅の濃絵なし

どつこいしよと立つて歩いて梅雨籠り

誰も知らぬ一日旅めく山法師

 

アマリリス 中川純一

天道虫弁当箱の縁歩く

青梅雨や気つけに一つチョコレート

尾のきれし守宮もたもたへなへなと

六月来ポールモーリア今も好き

駅頭に迎へくれをり白絣

調律の遅々と進まぬアマリリス

目もて追ふ蠅虎と歯を磨く

跳ねてみせ蠅虎の我に狎れ

 

 

◆窓下集- 9月号同人作品 - 中川 純一 選

朧夜や息するやうに嘘をつき
平手るい

ハイヒールかつかつ鳴らし新社員
中津麻美

薫風や糸切りばさみ音軽く
松枝真理子

えごの花散つて先師の一句あり
江口井子

理髪師に頭預けて目借時
田代重光

自販機の水をまた買ひ新社員
大橋有美子

風光る中折帽の母若く
松井伸子

田植時逆さに映る鳥海山
折居慶子

山笑ふ遺跡の下にまた遺跡
竹見かぐや

厚化粧して現れし新社員
茂呂美蝶

 

 

◆知音集- 8月号雑詠作品 - 西村和子 選

キャンパスの深閑として椎の花
井出野浩貴

虚子像になんじやもんじやの花盛り
影山十二香

フランスパン抱へ短パン美少年
佐貫亜美

眉の濃き男の子まぐはし若葉風
牧田ひとみ

ひとり来て石に坐るも花の客
高橋桃衣

青蔦や白い扉の雑貨店
井戸ちゃわん

煙草購ふやうに薔薇選るサングラス
石原佳津子

雛飾る一人娘の巣立ちても
松枝真理子

多摩川の浅瀬きらきら薄暑光
くにしちあき

同僚に出会す神田祭かな
塙 千晴

 

 

◆紅茶の後で- 知音集選後評 -西村和子

桜の一句教へて教師廃業す
井出野浩貴

六十を待たずして教職を退いた作者にしてみれば、「廃業」という一語に思いをこめたに違いない。定年退職の折の句であったなら、こうは言わないだろう。「退職」とか「定年」とかいう言葉には、人生の時が至って職を退いたという思いがこめられるが、「廃業」には自らの意思が感じられる。
桜の花が咲く前に、桜の一句を黒板に書いて教えたのだろう。その一句は誰の句だろうと、想像が広がっていく。芭蕉の句かもしれないし、自作かもしれない。いずれにしても生徒たちは桜の花が咲く頃になると、その句を思い出すだろう。それも何年か先のことかもしれない。
「教師とは、海に向かって石を投げ続けるようなものだ。」と、長い間教職にあった人に聞いたことがある。大方の石は戻ってこないが、時々忘れたころに波に乗って戻ってくることがあると、感慨深いものだそうだ。

 

むつつりと武蔵鐙の花擡げ
影山十二香

「武蔵鐙(あぶみ)の花」は歳時記には載っていないが、以前鎌倉の吟行で江口井子さんに教えていただいた。都から離れた、武蔵の国で作られた鐙に似ているということから、この名がついたのだろう。華奢とか華やかとかいうものからは程遠いに違いない。従って、この句の「むつつりと」「擡げ」は、その本質に迫っているといえよう。花は全てが「咲く」とか「ひらく」ものではないのだ。

 

こんな生き方もあるさと姫女菀
くにしちあき

姫女菀は初夏によく見かける雑草だが、名前は優雅だ。しかし、どこにでも見かけるせいか、貧相で俳人しか目に止めない花でもある。その花を見つめていたら、こんな声が聞こえてきたのだろう。ありふれた花ゆえに、誰も目を止めたり足を止めたりしないが、こんな生き方も気楽なものだ。対象に目を止め、足を止め、心を止めないと、本当の姿は見えてこない。そんなことを教えられた句。