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2022年7月のネット句会の結果を公開しました。

◆特選句 西村 和子 選

食べぬ日もあるさと笑ひ月涼し
宮内百花
「月涼し」は、猛暑の昼が終わってほっと見上げた月が涼し気に見えるということであるが、人生を達観したような心の涼しさをも感じさせてくれる。
食べられないのではなく、食べないと笑い飛ばしているところに、この人物の矜持を読み取りたい。(高橋桃衣)

 

透けながら重なりながら若楓
牛島あき
初夏の楓を下から見上げると、光に透けた葉は薄く柔らかく、重なり合っているところは少し濃く見える。どちらも形も色も光も美しい。このような情景を詠む人は多いが、この句の眼目は「ながら」のリフレインにある。透けたり重なったりしているという、風に揺れる葉の動きも、昨日よりも今日、今日よりも明日と徐々に青楓となっていく様も想像できる。(高橋桃衣)

 

噴水を見てをり心晒しつつ
荒木百合子
昨今はさまざまな仕掛けの噴水があるが、そうは言っても次々と上がっては落ちてくる水を眺めるものである。その繰り返しに、私達は見ているようで見ていない、水音を聞いているようで聞いていないといった無我の境地になったり、取り留めもなく考え始めたりする。それはまた、心が素となる時でもある。
作者は噴水を涼しく眺めているうちに、そんな自分の心に気づいた。嬉しいことも悲しいこともわだかまりも、誰にも気兼ねせず好きなだけ噴水に心を開いて、ひとりの時間を過ごしている自分に。(高橋桃衣)

 

玄関の涼しかりけり父母の家
矢澤真徳
一読、土間のような日本古来の入り口を思い浮かべるが、そうでなくてもいい。玄関が涼しいということから、玄関の静けさも、すっきりとした設いも、落ち着いた家の佇まいまでも見えてこよう。
暑い中を訪ねて行って涼しいなあと思ったのか、思い出の中の涼しさか、どちらにしても実感に裏打ちされた「涼し」である。
実家と言わずに「父母の家」としたことで、作者が別所帯となってからも、自分達のペースで日々を送っているご両親の様子が思い浮かべられる。(高橋桃衣)

 

ピッチャーは少女五月の風に立つ
鈴木紫峰人
今は、高校野球以外は男女の差無く公式戦に出られるのだそうだから、男女混合の試合はよく見られる光景となっているのかもしれない。それでも数多の男子を凌いでマウンドに立ったのが少女であったことに、作者は感動したのだ。
「は」という助詞からその発見と感動が、「五月」から輝かしい光と若さが、「風に立つ」から凛々しさが伝わってくる。(高橋桃衣)

 

蕺菜に家がじわじわ囲まるる
若狭いま子
十薬とも言われ古くから民間薬として知られる蕺菜は、梅雨のころに穢れのない白い十字の花を掲げていると心を奪われるが、あの蔓延り方はすごい。しっかり根を取り去らないと、とんでもないところまで這って行って繁茂する。
庭に蕺菜が生えている家に住んでいる作者から見ると、蕺菜が日に日に周囲をかため、攻め寄ってくるように思えるというのだ。「囲まるる」という受け身の言い方でその圧迫感が、「じわじわ」で繁茂するスピードが、実感としてよく伝わってくる。(高橋桃衣)

 

薫風の抜けて子の部屋がらんだう
松井洋子
「薫風」は新緑の香りを届けてくれるような心地よい風であるから、薫風が抜けていく部屋に不満があるわけではない。でも、風がさあっと吹き抜けてゆくほど片付けられて主のいなくなった子供部屋は、やはりどこか空虚だ。「がらんだう」は母の心の空虚さでもある。でも季語は「薫風」。離れたところで今、子供は生き生きとした日々を送っていることを諾う作者である。(高橋桃衣)

 

梅雨きざす三味線半音狂ひたり
鏡味味千代

 

朴の花終の一花は雲となる
緒方恵美

 

対岸の羽田空港大夕焼
鎌田由布子

 

母の日の赤き造花を今も捨てず
鈴木紫峰人

 

母の日の花舗の外まで色溢れ
松井洋子

 

 

 

◆入選句 西村 和子 選

夏来る瞬間移動の魚(さかな)追ひ
(夏来る瞬間移動の魚を追ひ)
宮内百花
もちろん魚は“うお”と読みますが、「…の…を…する」という言い方は説明的ですので、一つでも助詞を省けるよう工夫しましょう。

葉桜やとんがり屋根に風見鶏
岡崎昭彦

白き帆の消えては浮かぶ卯波かな
緒方恵美

自転車の制服かすめ夏燕
小野雅子

雨水を弾き梅の実端正に
宮内百花

昼寝覚め今ここどこと分かるまで
箱守田鶴

老鶯に耳濯がるる堂の朝
小野雅子

風の道人間の道蛇の道
山田紳介

隊列のⅤ字際やか鶴帰る
藤江すみ江

母の日の黄金色なるワインかな
小山良枝

江戸切子グラス磨きて夏に入る
(江戸切子のグラス磨きて夏に入る)
千明朋世

若葉雨降り残したる楡の下
長谷川一枝

ざる蕎麦を待てば老鶯谷渡り
鈴木ひろか

観音のまぶたぴくぴく若葉風
黒木康仁

着付師の汗に曇れる眼鏡かな
小山良枝

薫風や口笛の音外づれたり
藤江すみ江

濠端の柳絮舞ふ中人走る
(濠端の柳絮舞ふ中走る人)
辻敦丸

通勤の遠く近くに懸り藤
(通勤路遠く近くに懸り藤)
深澤範子

新緑の古墳や鷺の巣のいくつ
(新緑の古墳や鷺の巣の数多)
飯田 静

竹落葉大寺の門朽ち果てて
飯田 静

高々と雨にけぶりて花楝
緒方恵美

桐の花高し磐梯山遥か
若狭いま子

パイナップル一本芯の通りたる
森山栄子

太陽が大きくなつてきて立夏
松井伸子

垂直の火の見櫓よ夏きたる
岡崎昭彦

山裾の風のこまやか花卯木
(山裾の風こまやかに花卯木)
緒方恵美

夏帽子斜めにかぶる銀座かな
鏡味味千代

信号はピヨピヨカッコウ若葉風
三好康夫

手つかずの畑となりけり栗の花
水田和代

三門の眼下一面若楓
小野雅子

青葉若葉迫り来カーブ曲るたび
藤江すみ江

夜の青葉大きな月の登りけり
荒木百合子

老松は地を這ひ芯は天を指し
小野雅子

屋上庭園しんと卯の花腐しかな
若狭いま子

磴上る法衣筍抱へゐる
鈴木ひろか

一羽また一羽とびたつ花は実に
牛島あき

トンネルを出るや伊那谷若葉風
黒木康仁

鉢植に水を弾みて立夏かな
三好康夫

夏きたる朝湯の窓を開け放ち
岡崎昭彦

花樗盛りの空の仄暗く
小山良枝

花時計植ゑ替へられて夏に入る
(花時計植ゑ替へられて夏はじめ)
鎌田由布子

白薔薇に秘密打ち明けたくなりぬ
田中優美子

春の猫モディリアーニの女の目
(モディリアーニの女の目をして春の猫)
矢澤真徳

水色のショーウインドウ夏兆す
(水色のショーウィンドウ夏初め)
松井伸子

緑さすフルーツサンド専門店
田中優美子

子らの声はづみ胡桃の花そよぐ
鈴木紫峰人

春の雨医師のことばに励まされ
千明朋代

禅林の生き生き四方の山滴る
小野雅子

夕時の一声真近時鳥
水田和代

磨かれし玻璃戸の歪み新樹光
飯田 静

東山椎の若葉の噴き暴れ
荒木百合子

飛び石にまた降る雨や花菖蒲
辻 敦丸

愚痴を聞くだけは得意よ水羊羹
(愚痴を聞くだけは得意と水羊羹)
鏡味味千代

緑蔭を抜けて明るき瀬音かな
松井洋子

喉元に葉先鋭き菖蒲風呂
辻 敦丸

奥つ城を鎮め卯の花腐しかな
鈴木ひろか

菖蒲湯に浸りて生まれ変はりたる
千明朋代

俄雨草葉に隠れむら雀
(俄雨草葉に隠るむら雀)
辻 敦丸

単線の一両電車若葉風
飯田 静

花束のやうにパセリを括りけり
鈴木ひろか

青葉若葉へ晋山の矢を放ち
巫 依子

花胡桃揺れて舞妓の挿頭めく
鈴木紫峰人

茉莉花の香に包まるる廃墟かな
飯田 静

一回り小さくなりぬ夏の富士
鎌田由布子

初夏や高く遠くに子等の声
深澤範子

茄子の苗植ゑて菜園らしくなり
佐藤清子

金堂の屋根の勾配若楓
飯田 静

藤の花大きく揺れて留守の家
深澤範子

乳母車春風に頬染めて行く
鈴木紫峰人

警備員詰所閉ざされ桜の実
小野雅子

樟若葉奥より鴉飛び出しぬ
三好康夫

青空へ若葉に浮力ありにけり
小山良枝

 

 

◆今月のワンポイント

「歳時記を読む・調べる・確かめる」

今回「夏初め」で詠んだ句が2句ありました。
夏に入った頃、という季節感ですが、その頃の季語には、「夏に入る」「「夏兆す」「夏めく」「夏浅し」などあり、それぞれ少しずつニュアンスが違います。
何となく知っているから使うというのではなく、他にどのような季語があるのか、どこが違うのか、どの季語が詠もうとしていることにぴったりなのか考えましょう。
また立項されている季語(一番最初に載っている季語)と傍題(その後に載っている季語)は、関連はしていても全く同じ意味とも限りません。歳時記の説明をよく読み、例句を鑑賞しましょう。
電子辞書は、ピンポイントで季語を調べるにはすばやく重宝ですが、本の歳時記は、引いたページの前後の季語も目に入ります。似たようでもアプローチの違う季語、知らない季語に出会うこともできます。
時間のある時、推敲する時は、是非本の歳時記を開いてみましょう。

高橋桃衣