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◆特選句 西村 和子 選

心地良き言葉ばかりやそぞろ寒
鏡味味千代

【講評】「心地良き言葉」とは、社交辞令のようなうわべだけの言葉のことでしょう。「ばかり」に否定のニュアンスがある上に、季語「そぞろ寒」が心情を代弁しています。作者が求めているのは、真実を穿つ言葉、触れれば血の出るような言葉なのでしょう。俳句も「心地良き言葉ばかり」になってはいけませんね。(井出野浩貴)

 

水底にしんと日の射す初もみぢ
緒方恵美

【講評】上五中七から秋の澄んだ水が見えてきます。「初もみぢ」を見てから水底をのぞきこんだのか、それとも水影から「初もみぢ」に気がついたのか、いずれにしても、秋の高く青い空までおのずと思い浮かびます。(井出野浩貴)

 

転びても泣かぬ児を褒め草紅葉
松井洋子

【講評】木々の紅葉は美しいものですが、さまざまな草の色づきにもしみじみとした味わいがあります。「草紅葉」という地面に近いところにあるゆかしい季語が、「転びても泣かぬ児」の低い視線と響きあうようです。(井出野浩貴)

 

何処からか羽根のふはりと秋の空
鏡味味千代

【講評】どんな鳥の羽根かは明確にされていません。ふわりと落ちてきた羽根は、青く澄んだ秋の空のはるかな高みから来たのかもしれません。折しも、北の地から渡り鳥がやってくる季節です。はるかなるものにふと思いを馳せたのでしょう。(井出野浩貴)

 

啄木鳥の音のジャズめきニューヨーク
小山良枝

【講評】セントラルパークの啄木鳥でしょうか。啄木鳥が木を突く音の形容として、新鮮でおもしろい句です。言われてみれば、そんなふうに聞こえるかもしれません。「啄木鳥」と「ニューヨーク」という意外な組み合わせが詩を生みました。思えば、ジャズも異文化の混淆から生まれた音楽でした。(井出野浩貴)

 

新米の光こぼさぬやうよそふ
小山良枝

【講評】炊く前の新米を掌にすくう場面はよく描かれますが、この句は炊き立ての新米です。「光こぼさぬやう」という表現に、杓文字をそっと扱う手つきが表現できました。(井出野浩貴)

 

豆畑の枯れそめ山は藍深め
小野雅子

【講評】豆は熟れると茎を土から引き抜いて収穫します。「枯れそめ」ということは、収穫されないまま冬を迎えたものかもしれません。そのうら寂しい畑を見下ろしている山の色が藍を深めたようだったというのです。季節のゆきあいの微妙なところを表現できました。(井出野浩貴)

 

魂迎遠くで父の声がする
深澤範子

【講評】盆の夕方、戸口で迎え火を焚いているのでしょう。虚子に「風が吹く仏来給ふけはひあり」という句があります。この句の場合は「仏」ではなく「父」ですから、いっそう身近に「けはひ」ではなく「声」を感じたわけです。なぜか「母の声」では成り立ちそうもありません。(井出野浩貴)

 

蜻蛉や空に結界あるがごと
黒木康仁

【講評】蜻蛉は自由に空を飛んでいるように見えますが、じっくり見ていると急に方向転換したり引き返したりしていることがわかります。生物学的にはテリトリーということでしょうが、それを「結界のごと」と表現した点がおもしろい句です。(井出野浩貴)

 

星ひとつふたつ流れて中也の忌
緒方恵美

【講評】中原中也の忌日は十月二十二日です。「星ひとつふたつ流れて」は、その季節の澄んだ夜空を思わせ、奔放な青春を過ごし三十歳で早世した中也の生涯と響きあうようです。(井出野浩貴)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

( )内は原句
鹿尻を振りつつ車止めにけり
奥田眞二

星月夜夢判断の書の古りて
森山栄子

午後の日の移るは早し曼珠沙華
松井洋子

台風のあとを追ふかに上京す
山内 雪

師と仰ぐ人すでに亡し彼岸花
黒木康仁
(師と仰ぐ人すでになし彼岸花)

歩を進め行くほど鰯雲壮大
藤江すみ江
(鰯雲歩を進め行くほど壮大)

すぢ雲やはや届きたる今年米
辻 敦丸
(すじ雲やはや届きけり今年米)

色鳥や京はせいぜい五階建
島野紀子

夜更けまでビルの灯消えず秋の雨
飯田 静

新走り酌む莫逆の差し向ひ
奥田眞二

(あら走り酌む莫逆の差し向ひ)

盆の月めがね橋より出(い)で来たる
深澤範子

(盆の月めがね橋より出て来たる)
文語「来たる」に合わせて文語「出(い)づ」を使いましょう。

言葉交はすだけで嬉しき秋日和
鏡味味千代

(言葉交はすだけで嬉しや秋日和)

ままごとの皿にこんもり櫟の実
飯田 静

スマホ手に尻を牡鹿に小突かるる
奥田眞二

(手にスマホ尻をさ鹿に小突かるる)

秋の航宮居に舳先向けしより
森山栄子

(秋の航お宮に舳先向けしより)

紫苑剪る握りつやめく花鋏
松井洋子

女といふ重荷脱ぎ捨て秋桜
鏡味味千代

(女性とふ重荷脱ぎ捨て秋桜)
「女性」は社会的文脈で使う言葉です。有島武郎の小説は『或る女』でしょうか、それとも『或る女性』でしょうか。

身を捩る鮭の遡上を岸辺より
小野雅子

色なき風出土の杯のざらついて
森山栄子

台風の真つ只中に電話来る
深澤範子

秋の朝花見小路に塵の無く
鏡味味千代

縮緬を展べて耀ひ秋の水
藤江すみ江

(縮緬を展べて耀ひ水の秋)

身に入むや武人埴輪の向かう傷
辻 敦丸

(身に入むや武人埴輪の向かひ傷)

山葡萄甘しよ帰り道遠し
山田紳介

(山葡萄甘きよ帰り道遠し)

釣堀の水の流るる藤袴
千明朋代

手捻りの一子相伝小鳥来る
飯田 静

引く波は泡を残して秋の声
小山良枝

(去る波は泡を残して秋の声)

ワッと叫ぶやうに開きし海桐の実
奥田眞二

曼殊沙華女体神社の名もをかし
箱守田鶴

(曼殊沙華女体神社と名もをかし)

風に揺るる長さに剪りて秋桜
松井洋子

(風に揺る長さに剪りて秋桜)
「長さ」という体言を修飾しているので連体形「揺るる」に。

喧噪に紛ふことなく秋の蝉
中山亮成

いつせいに鷗散りけり海桐の実酒
小山良枝

竜胆の蕾きりきり左巻き
小野雅子

考に似し人に歩を止め秋の暮
松井洋子

村人の立てし幟に蜻蛉来
山内 雪

大空を使ひ切つたる鵙の声
緒方恵美

細長く風吹きゆけり芒原
矢澤真徳

糸屑のやうに果てけり曼殊沙華
千明朋代

漬物の重石に由来秋日和
森山栄子

見沼野にはぐれて聞くや荻の声
箱守田鶴

(見沼野にはぐれて聞くや荻野声)

茶の花や箒目みだし寺の猫
松井洋子

言ふべきを呑み込みにけり暮の秋
鏡味味千代

癌検査再検査とぞそぞろ寒
中山亮成

蔦絡む塀の長々大使館
飯田静

ありなしの風に揺れそむ藤袴
小野雅子

(ありなしの風に揺れそみ藤袴)

目につくは鴉ばかりや秋の暮
山内 雪

焼栗の煙目にしむ鼻にしむ
黒木康仁

(焼栗の煙が目にしむ鼻にしむ)

武者窓を突き抜け走る稲つるび
辻 敦丸

(武者窓へ突き抜け走る稲つるび)

山葡萄採る時兄の逞しき
山田紳介

水音に少し遅れて添水鳴る
緒方恵美

議事堂を浮かび上がらせ秋灯
飯田静

コスモスの親しき高さ南阿蘇
森山栄子

寝しづまる甍今宵の月に映え
松井洋子

音もなく星も流れて遠花火
巫 依子

不在なる母の軒先秋の薔薇
三好康夫

雨脚の強くなりけり山葡萄
山田紳介

木犀や朝を知らせる街の音
長坂宏実

(金木犀朝を知らせる街の音)
上五も下五も名詞という型もありえますが、上五を「や」で切る型の方が効果的なことが多いようです。

我が窓に飛んできたりぬいぼむしり
千明朋代

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選
オーストラリア在住、50代、知音歴5年
畦を行くちちろの声を踏まぬやう  田鶴
人生にピリオド幾つ水引草     依子
煙立つ一つ一つの墓の秋      真徳
何処からか羽根のふはりと秋の空  味千代
☆牛蒡引く田舎の父の匂ひする   範子
牛蒡の土の匂いと無骨な様を、お父さんに重ねたのでしょう。
飾り気のない素直な表現と季語が良く合っていると思いました。

 

■山内雪 選
北海道天塩郡在住、60代、知音歴3年
畦を行くちちろの声を踏まぬやう  田鶴
細長く風吹きゆけり芒原      真徳
「座禅中禁入門」木の実落つ    眞二
議事堂を浮かび上がらせ秋灯    静
☆糸屑のやうに果てけり曼朱沙華  朋代
なるほど枯れたら糸屑のようになりそう。当たり前のことかもしれないが、新鮮だった。

 

■飯田静 選
東京都練馬区、60代、知音歴9年
畦を行くちちろの声を踏まぬやう  田鶴
午後の日の移るは早し曼珠沙華   洋子
鈴鳴らす人の歩かぬ栗の道     宏実
啄木鳥の音のジャズめきニューヨーク  良枝
☆大空を使い切つたる鵙の声    恵美
雲一つない青空に鵙の甲高い声が響いている景を思い浮かべます。

 

■鏡味味千代 選
東京都足立区在住、40代、知音歴9年
冷やかや朝の雨音しろじろと    康夫
虫の音のふと聞こえふと消えてをり  優美子
手捻りの一子相伝小鳥来る     静
新米の光こぼさぬやうよそふ    良枝
☆「座禅中禁入門」木の実落つ   眞二
木ノ実が落ちる音を感じられるくらい、その場がしんとしているのでしょう。
ただ、入門を禁じている人間世界には関係なく、木ノ実は音を立てて落ちているのだと、可笑しみも感じました。

 

■千明朋代 選
群馬県みどり市在住、70代、知音歴3年
稲架かけてお天道さまの匂かな   田鶴
新米の光こぼさぬやうよそふ    良枝
寝しづまる甍今宵の月に映え    洋子
星ひとつふたつ流れて中也の忌   恵美
☆吹き寄せや黄瀬戸の土鍋冬ぬくし  すみ江
暖かいおいしそうな吹き寄せが現れました。

 

■辻 敦丸 選
東京都新宿区在住、80代、知音歴4年10ヶ月
転びても泣かぬ児を褒め草紅葉   洋子
茶の花や箒目みだし寺の猫     洋子
糸屑のやうに果てけり曼殊沙華   朋代
新米の重さつくづく水の国     栄子
☆そしてまた金木犀の香る頃    依子
時の流れの速さを実感する。

 

■三好康夫 選
香川県丸亀市在住、70代
大空を使ひ切つたる鵙の声     恵美
秋水の細くこぼるる音重し     洋子
雨脚の強くなりけり山葡萄     紳介
洗車する親子の会話天高し     道子
☆台風の真つ只中に電話来る    範子
台風に電話の音。緊張感が見事に詠まれている。

 

■森山栄子 選
宮崎県延岡市在住、40代、知音歴10年
十月や大歳時記を取り出して    一枝
虫の音のふと聞こえふと消えてをり  優美子
星ひとつふたつ流れて中也の忌   恵美
木犀や朝を知らせる街の音     宏実
☆手捻りの一子相伝小鳥来る    静
ひたむきに作陶に打ち込む姿、柔らかな光が差し込んでいる窓。小鳥来るという季語に希望を感じます。

 

■小野雅子 選
滋賀県栗東市在住、70代、知音歴7年
水底にしんと日の射す初もみぢ   恵美
台風の真つ只中に電話来る     範子
漬物の重石に由来秋日和      栄子
柿たわわここふるさとと決めやうか  田鶴
☆稲架けてお天道さまの匂かな   田鶴
実りの秋への賛歌。「お天道さま」の措辞に自然への畏怖と感謝が感じられます。

 

■長谷川一枝 選
埼玉県久喜市在住、70代、知音歴6年
あら走り酌む莫逆の差し向ひ    眞二
色鳥や京はせいぜい五階建     紀子
新米の光こぼさぬやうよそふ    良枝
名月よと掛け来る電話父さん子   すみ江
☆そしてまた金木犀の香る頃    依子
17文字の中に物語がひとつ潜んでいるような感じを持ちました。

 

■藤江 すみ江 選
愛知県豊橋市在住、60代、知音歴23年
赤蜻蛉の赤も寂しき峡の秋     真徳
啄木鳥の音のジャズめきニューヨーク  良枝
ありなしの風に揺れそむ藤袴    雅子
茶の花や箒目みだし寺の猫     洋子
☆畦を行くちちろの声を踏まぬやう  田鶴
声を踏まぬやう この表現上手だなあと感心しました。
通りすがりに聞こえ来る虫の音 邪魔をしたくないという作者のやさしさを感じます。

 

■箱守田鶴 選
東京都台東区在住、80代
転びても泣かぬ児を褒め草紅葉   洋子
新米の重さつくづく水の国     栄子
山葡萄採る時兄の逞しき      紳介
議事堂を浮かび上がらせ秋灯    静
☆売れぬかも知れぬ牛行き秋終はる  雪
大切に育てた牛を売りに出した。乳牛として食肉として最後には皮革として人間の役に立つ牛が哀れだ-売れても売れなくても。

 

■深澤範子 選
岩手県盛岡市在住、60代、知音歴約10年
水底にしんと日の射す初もみぢ   恵美
冬近し遠見の富士に白きもの    眞二
人生にピリオド幾つ水引草     依子
竜胆の蕾きりきり左巻き      雅子
☆新米の光こぼさぬやうよそふ   良枝
新米のつややかさが伝わってきます。美味しいにおい、湯気も感じられます。

 

■中村道子 選
神奈川県大和市在住、80代、知音歴2年7か月
夜更けまでビルの灯消えず秋の雨  静
稲架かけてお天道さまの匂かな   田鶴
大空を使ひ切つたる鵙の声     恵美
売れぬかもしれぬ牛行き秋終はる  雪
☆コンビニの主役も変はりおでん鍋  新芽
気が付くといつの間にかコンビニのカウンター近くにおでん鍋が湯気を立てている。
季節の移り変わりを実感させる句だと思いました。

 

■島野紀子 選
京都府京都市在住、50代、知音歴9年
「座禅中禁入門」木の実落つ    眞二
水音に少し遅れて添水鳴る     恵美
午後の日の移るは早し曼珠沙華   洋子
道端の終はり知らずの胡桃採り   しづ香
☆売れぬかもしれぬ牛行き秋終はる  雪
珍しい牛の市場の景、新年を前に牛を高値で売りたいがどうなるんだろうという不安が、秋終わる落ち葉の中で思案するのが浮かぶ。

 

■山田紳介 選
岡山県津山市在住、団塊の世代、知音歴20年
銀杏の落ちて校舎の静けさよ    宏実
漬物の重石に由来秋日和      栄子
糸瓜に相談しても埒の明かず    良枝
海めざし転がつてゆく檸檬かな   良枝
☆そしてまた金木犀の香る頃    依子
何があっても季節だけは前へ進んで行く。「そしてまた」と付け加えるだけで、万感が籠る。

 

■松井洋子 選
愛媛県松山市在住、60代、知音歴3年
境界線「陸軍」とあり大花野    一枝
大空を使ひ切つたる鵙の声     恵美
日溜りを拾ひつつゆく花野かな   良枝
引く波は泡を残して秋の声     良枝
☆新米の光こぼさぬやうよそふ   良枝
湯気立ててつやつやに炊き上がった新米のご飯。中七で詠み手の心情まで十分に伝わってくる。

 

■緒方恵美 選
静岡県磐田市在住、70代、知音歴6ヶ月
柏槙の葉越しに秋の陽の欠片    眞二
忘れ得ぬことの数々水引草     依子
縮緬を展べて耀ひ秋の水      すみ江
日溜りを拾ひつつゆく花野かな   良枝
☆新米の光こぼさぬやうよそふ   良枝
平明で簡潔な言い回しの中に、新米の艶・美味しさ更に香りまでを巧みに表現した一句。

 

■田中優美子 選
栃木県宇都宮市在住、20代、知音歴14年
星月夜夢判断の書の古りて     栄子
犬と人と猫のごろごろ日向ぼこ   新芽
新米の光こぼさぬやうよそふ    良枝
その中の一花閉ぢざり濃竜胆    雅子
☆心地良き言葉ばかりやそぞろ寒  味千代
聞こえだけがよく中身の伴わない言葉の、胸の奥が冷えていく感覚が表されていると思いました。

 

■長坂宏実 選
東京都文京区在住、30代、知音歴1年
畦を行くちちろの声を踏まぬやう  田鶴
蔦絡む塀の長々大使館       静
売れぬかもしれぬ牛行き秋終はる  雪
コンビニの主役も変はりおでん鍋  新芽
☆日溜りを拾ひつつゆく花野かな  良枝
少し寒い中にも暖かさを感じ、秋の花の香りも伝わってきます。
そんな花野に行ってみたいと思いました。

 

■チボーしづ香 選
フランスボルドー在住、70代
ままごとの皿にこんもり櫟の実   静
夜を寒み来し方の悔いふたつみつ  雅子
細長く風吹きゆけり芒原      真徳
不在なる母の軒先秋の薔薇     康夫
☆啄木鳥の音のジャズめきニュ―ヨーク  良枝
啄木鳥とジャズ面白い組み合わせとニュ―ヨークで閉めておしゃれな句。

 

■黒木康仁 選
兵庫県川西市在住、70代、知音歴4年
色鳥や京はせいぜい五階建     紀子
大空を使ひ切つたる鵙の声     恵美
細長く風吹きゆけり芒原      真徳
松手入鋏の捌き小気味好し     亮成
☆海めざし転がってゆく檸檬かな  良枝
海の青色、レモンの黄色、空の青さもみえてきて、檸檬のいきおいに爽やかさも感じられます。

 

■矢澤真徳 選
東京都文京区在住、50代、知音歴1年
畦を行くちちろの声を踏まぬやう  田鶴
転びても泣かぬ児を褒め草紅葉   洋子
大空を使ひ切つたる鵙の声     恵美
ミルクティーに生姜ぷかりと日曜日  栄子
☆不在なる母の軒先秋の薔薇    康夫
不在なるがゆえにいっそう母が大切に育てた秋の薔薇に母の存在を感じ、
薔薇の美しさが鮮やかに目に入ってくる。

 

■奥田眞二 選
神奈川県藤沢市在住、80代、知音歴8ヶ月
色鳥や京はせいぜい五階建     紀子
目につくは鴉ばかりや秋の暮    雪
夫の歩を待ちたる道の草の花    道子
洗車する親子の会話天高し     道子
☆啄木鳥の音のジャズめきニューヨーク  良枝
お洒落な句ですね。コロナ禍のN.Yにこのような刻が流れると良いですが。

 

■中山亮成 選
東京都渋谷区在住、70代、知音歴8年
曼殊沙華明日香の里は畦かさね   雅子
熟柿剥くこのペティナイフ人刺さず  眞二
夫の夜具そつと見にゆく夜寒かな  道子
茶の花や箒目みだし寺の猫     洋子
☆星月夜夢判断の書の古りて    栄子

ロマンの溢れる一句です。

 

■髙野 新芽 選
東京都世田谷区在住、30代、知音歴2ヶ月
言葉交はすだけで嬉しき秋日和   味千代
秋うらら見沼田んぼのドッグラン  田鶴
啄木鳥の音のジャズめきニューヨーク  良枝
ミルクティーに生姜ぷかりと日曜日  栄子
☆音もなく星も流れて遠花火    依子
シンプルな中に綺麗な情景が目に浮かびました。

 

■巫 依子 選
広島県尾道市在住、40代、知音歴20年
吹き寄せや黄瀬戸の土鍋冬ぬくし  すみ江
畦を行くちちろの声を踏まぬやう  田鶴
細長く風吹きゆけり芒原      真徳
新米の光こぼさぬやうよそふ    良枝
☆星月夜夢判断の書の古りて    栄子
星の明るい夜空を見上げていると、誰しもが日常の次元から乖離しがち。とかく若い頃はその感も強く、日常の次元ではあり得ないようなことが登場する夢を見るにつけても、夢判断に心惹かれ、そうした本に夢中になってみたり。この句の作者も、年を経た今、星月夜を見上げ、もう今となっては古びてしまったそうした書籍を開くこともない自分に、若かりし頃の自分を思い出し、ちょっとした感傷に浸っているのではないでしょうか。それもまた、星月夜ゆえのノスタルジーとも。

 

◆今月のワンポイント

「季語が動く」

季語が動く、という評を受けることが誰にでもあるでしょう。取り合わせの句では起こりがちなことです。では、動かぬ季語を見つけるにはどうしたらよいのでしょうか。捷径があろうはずがありませんが、先人の名句をたくさん読み、いわく言い難い呼吸を体に染みこませることが一番ではないかと思います。

生涯のいま午後何時鰯雲  行方克巳

うつしみは涙の器鳥帰る  西村和子

人生のある感慨を季語に託している点、空を仰いでいる点が共通していますが、この両句の季語を交換することはできるでしょうか。

答えは言わないでおきましょう。大切なのは、人の句を読むときも、自分の句を推敲するときも、その季語が最適かどうか常に考え続けることでしょう。(井出野浩貴)

※連絡
・2021年1月号から西村和子先生が「知音集」の選を担当されます。入選句を中心に必ず投句をしましょう。

・12月の「NHK俳句」に知音の仲間が出演するので是非ご覧ください。
Eテレ
12月20日(日)午前6:35~7:00

12月23日(水)午後3:00~3:25

◆特選句 西村 和子 選

静かなる時間もありて運動会
山田紳介

【講評】喚声と音楽でにぎやかな「運動会」ですが、にぎやかさや活気を詠もうとすると常識的な発想に陥り、うまくいかないものです。この句はふと訪れた「静かな時間」に着目し、そういえばそういうこともあったなあと読み手の記憶を蘇らせてくれます。季語の力によって、おのずと澄んだ秋の空気や秋空の高さなども感じられます。(井出野浩貴)

 

天翔ける羽衣のごと秋の雲
長谷川一枝

【講評】見立てがおもしろい句です。羽衣伝説は世界各地に存在するそうですが、天女は白鳥の化身とされていることが多いようです。冬にやって来る白鳥のさきがけとしての秋の雲といったところでしょうか。雲の白さのみならず、空の青さが見えてきます。(井出野浩貴)

 

グランドを猫が走るや運動会
山田紳介

【講評】「静かなる時間」の句と同様、意外な一場面を切り取り成功しました。猫はただグランドを横切っただけで、トラックを走っているわけではないでしょうが、どことなくおかしみがあります。(井出野浩貴)

 

背中みな遠くなりゆく花野かな
小山良枝

【講評】だれの背中でしょうか。吟行をともにしている仲間の背中でしょうか。それとも、これまでかかわりがあり、すでに鬼籍に入った人たちの背中でしょうか。筆者にはどうも後者のように感じられます。美しい「花野」は、遠からず冬を迎え「枯野」となっていきます。作者は去りゆく影に目を凝らしているのかもしれません。(井出野浩貴)

 

毬栗や走り出したら止まらぬ子
鏡味味千代

【講評】元気よく親よりも先を走り、呼んでも走りやめない子と、地べたに落ちている毬栗とが、気持ちよい秋の空気を伝えてくれます。動いているものと静止しているものとの対照が効いています。(井出野浩貴)

 

覚えなき痣のひとつも台風禍
森山栄子

【講評】台風という、人智によっては制御できない自然の猛威に身をすくめ、家に籠もっていると、いつのまにか痣ができていたことに気づいた。理屈上はこの痣と台風とは関係がないのかもしれませんが、微妙な心理が伝わってきます。台風に苦しめられる九州の人ならではの句です。無事に台風の季節が終わることを祈ります。(井出野浩貴)

 

銀座にも名のなき通り小鳥くる
小山良枝

【講評】「銀座にも名のなき通り」があるというちょっとした発見が、「小鳥くる」によって詩にふくらみました。日比谷公園なども近くですから「小鳥」(アトリやジョウビタキなどの渡り鳥)を見かけることもあるのかもしれませんが、実際にどうかということよりも、「小鳥」が来るころの季節の空気を感じます。季語が抜群に効いています。(井出野浩貴)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

( )内は原句
新涼やポテトサラダに酢を足して
飯田 静

話また途切れて秋の扇かな
奥田眞二

倦むでなく慣れ合ふでなく秋の潮
鏡味味千代

潮騒の透き通りたる秋の昼
辻 敦丸

敬老の日や父在さば盤寿なり
島野紀子
(父在さば盤寿なりけり敬老の日)

江の島の路地のら猫とねこじやらし
奥田眞二
(江の島の蜑路地猫とねこじやらし)
「蜑路地」は「蜑の路地」と言うべきでしょう。ただし、観光地としてにぎわう江ノ島ですからただの「路地」が適切でしょう。

茫茫のハーブ刈る手に赤とんぼ
小野雅子

墓碑の名を継ぐ手立て無く秋彼岸
箱守田鶴
(墓石の名継ぐ手立て無く秋彼岸)

積読のまたも増えたる残暑かな
松井洋子

白き鳩一羽交じりて園の秋
鏡味味千代

(白き鳩一羽交じりて秋の園)

西空に弓張り月の影淡き
中山亮成

(西の空弓張り月の影淡き)

もとほれば音色の変はり虫の原
小野雅子

(もとほれば曲想変はり虫の原)
「曲想」はやや擬人化が過ぎました。

新涼や朝餉の菜のひとつ増え
松井洋子

朝食の紅茶熱々秋深し
田中優美子

そぞろ寒早起きの顔洗ひをり
三好康夫

枕辺の本の増えゆく夜長かな
中村道子

(枕辺に本の増えゆく夜長かな)
「の」でも「に」でも通じるときは、たいてい「の」の方がよいようです。「に」は場所の説明になってしまうからです。

金の風銀の風吹く芒かな
矢澤真徳

ゆく夏や有給休暇余りたる
長坂宏実

(ゆく夏や余りたる有給休暇)
五七五のリズムを基本にしましょう。

エプロンを染めて頬張る黒葡萄
飯田 静

だんまりを決めてひたすら栗を剥く
森山栄子

蜜豆が一番人気山のカフェ
深澤範子

(蜜豆の一番人気山のカフェ)

心臓の形に湧きて秋の雲
田中優美子

寄り道をせずに帰らむ草の花
飯田 静

土器をもろ手に受けて菊の酒
小野雅子

置いてきぼりくらつたやうな秋夕焼
田中優美子

曼珠沙華老いの坂にも交差点
黒木康仁

水澄みて水の深さを失へり
緒方恵美

自販機のコーンポタージュ夏の果
長坂宏実

(自販機のコンポタージュや夏の果)

くすぐりて百日紅を悶えさす
小野雅子

鬼城忌の窓をも揺らす豪雨かな
鏡味味千代

夕さりて句集閉づればかなかなかな
小野雅子

数珠玉や子らはゲームに夢中なる
松井洋子

(数珠玉や子らはゲームの話して)
「話して」では冷静な感じですね。

勉強が好きになりさう涼新た
田中優美子

千円の理髪に足りて涼新た
山内 雪

(千円のカットに足りて涼新た)

控へ目な香り気高き茗荷の子
藤江すみ江

(控へ目な気高き香り茗荷の子)
原句は、「香り」を修飾する語句がやや長すぎるようです。

群がりてゐてひそやかに吾亦紅
緒方恵美

秋時雨アルハンブラのなつかしき
千明朋代

群青に眠れる町や月今宵
松井洋子

秋の日やどの舟も人待つやうに
小山良枝

数珠玉や宅地となりし水源池
松井洋子

どうしても好きになれずよ秋海棠
田中優美子

(どうしても好きになれずに秋海棠)

天来の叫び声もて鵙来たる
三好康夫

(天来の叫び声もて初鵙来)

途中から調子変はりし虫の声
中村道子

(途中からリズムの変はる虫の声)

むらさきの東京タワー九月尽
矢澤真徳

満開の紅をこぼして萩の風
飯田 静

海近き闇が音たて野分かな
奥田眞二

(海近き闇が音する野分かな)
「音がする」は口語的です。「かな」止めのときは文語がいいでしょう。

てのひらの梨よき名前よき重み
森山栄子

露けしや腹まで濡れて犬帰る
松井洋子

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選
灯を消してちちろと同じ闇にゐる  恵美
静かなる時間もありて運動会    紳介
新涼や朝餉の菜のひとつ増え    洋子
むらさきの東京タワー九月尽    真徳
☆魂送熾火はすでに闇の色     栄子
夜の闇の静けさの中に、先祖の霊を無事に送り終えた後の余韻が漂っているようです。。

 

■山内雪 選
無知といふ悔しさ今も流れ星    優美子
銀座にも名のなき通り小鳥くる   良枝
蝿が来て指を舐めだす親の家    康仁
どこまでも一直線の夏野かな    範子
☆亡骸のまぶた下ろしてより白夜  優美子
白夜とはあの世のことかもと思った。そんな感動のある句だった。

 

■飯田静 選
子供には子供の秘密鳳仙花     良枝
心臓の形に湧きて秋の雲      優美子
滴りや山より出づる命水      範子
群青に眠れる町や月今宵      洋子
☆水澄みて水の深さを失へり    恵美
透明なことばかりに意識がいってしまいますが、ふとその深さに意識を映した作者の発見を感じました。

 

■鏡味味千代 選
話また途切れて秋の扇かな     眞二
一滴の一書に滲む夜の秋      栄子
てのひらの梨よき名前よき重み   栄子
秋夕焼渋谷の街に混ざり合ふ    洋
☆亡骸のまぶた下ろしてより白夜  優美子
白夜がきいていると思いました。こういう白夜の使い方もあるのだな、と。
とても個人的な句で、逆に選んでしまって良いのかと迷うほど。遺された方、逡巡したあげくの、心の穏やかさを感じました。

 

■千明朋代 選
もとほれば音色の変はり虫の原   雅子
山の端に落ちる夕日や葉月潮    亮成
一滴の一書に滲む夜の秋      栄子
知らぬ間にスキップするや運動会  紳介
☆鳥威湖国の空に跳ね返る     雅子
鳥威の音が響いている様子が、目の前に浮かびました。

 

■辻 敦丸 選
倦むでなく慣れ合ふでなく秋の潮  味千代
灯を消してちちろと同じ闇にゐる  恵美
静かなる時間もありて運動会    紳介
覚えなき痣のひとつも台風禍    栄子
☆だんまりを決めてひたすら栗を剥く  栄子
今夜は栗ご飯と言われ唯々栗を剝いた覚えがある。

 

■三好康夫 選
背中みな遠くなりゆく花野かな   良枝
朝獲れの若狭秋鯖昼の酒      眞二
踏切の音高らかに秋の昼      道子
群がりてゐてひそやかに吾亦紅   恵美
☆坂道の歩みゆつくり萩の花    静
坂道がいいわけでもよい。萩の花に甘えてゆっくり歩こう。

 

■森山栄子 選
新涼や朝餉の菜のひとつ増え    洋子
柳散る街の季節の移るべく     田鶴
水澄みて水の深さを失へり     恵美
鳥威湖国の空に跳ね返る      雅子
☆王座なき王座の間なり星月夜   すみ江
ヨーロッパの王宮の栄枯盛衰を思い浮かべました。広間の闇にはさまざまな時代の煌めくような出来事が込められている。そんな想像が膨らみます。

 

■小野雅子 選
子供には子供の秘密鳳仙花     良枝
墓洗ふ父の戦歴読みながら     道子
群青に眠れる町や月今宵      洋子
秋の日やどの舟も人待つやうに   良枝
☆曼殊沙華老いの坂にも交差点   康仁
曼殊沙華は死人花ともいいイマージがよくなかったが、広辞苑によると梵語では天井に咲く花の名という。曼殊沙華と老いの坂との取り合わせが深い含みとなって感じられる。

 

■長谷川一枝 選
月代や空に汀のある如し      栄子
覚えなき痣のひとつも台風禍    栄子
魂送熾火はすでに闇の色      栄子
水澄みて水の深さを失へり     恵美
☆話また途切れて秋の扇かな    眞二
久し振りに集まったクラス会、仲の良かった方とは遠い席。
お隣さんとは話題が続かず間が持てなく、つい扇子に手がいってしまいがち・・・。

 

■藤江 すみ江 選
茫茫のハーブ刈る手に赤とんぼ   雅子
灯を消してちちろと同じ闇にゐる  恵美
群青に眠れる町や月今宵      洋子
利尻嶺を雲の目隠し夕とんぼ    雪
☆毬栗や走り出したら止まらぬ子  味千代
快活な子供の映像と 季語の毬栗が良く調和した句と思います。

 

■箱守田鶴 選
灯を消してちちろと同じ闇にゐる  恵美
仰臥漫録未だ戻らず獺祭忌     一枝
毬栗や走り出したら止まらぬ子   味千代
やはらかに野菜干し上ぐ秋日かな  洋子
☆勉強が好きになりさう涼新た   優美子
やっと涼しくなるとさあやろうという気分になる学生時代は勉強を、である、今だって何かしそびれていたことを、そう思いながら齢をとってしまった、思うところを簡潔に表現されている。

 

■深澤範子 選
勉強が好きになりそう涼新た    優美子
無知といふ悔しさ今も流れ星    優美子
どうしても好きになれずよ秋海棠  優美子
水澄みて水の深さを失へり     恵美
☆栗を剥く年に一度と唱へつつ   味千代
栗ご飯の準備でしょうか?本当に栗を剥くのは大変!
私も先日、大変な思いをしたばかりで、実感がこもっていたので頂きました。

 

■中村道子 選
灯を消してちちろと同じ闇にゐる  恵美
天翔ける羽衣のごと秋の雲     一枝
海光の照らす網元今朝の秋     栄子
曼珠沙華老いの坂にも交差点    康仁
☆子供には子供の秘密鳳仙花    良枝
子供の頃鳳仙花の種を取って面白がって遊んだ。
鳳仙花には子供の秘密が隠れているような気がしてきた。

 

■島野紀子 選
秋夕焼渋谷の街に混ざり合ふ    洋
「倶会一処」古ぶ墓石や草の花   眞二
無知といふ悔しさ今も流れ星    優美子
水澄みて水の深さを失へり     恵美
☆マチネーの跳ねて秋暑の街騒へ  洋子
堪能した夢の世界から現実に戻る戻される暑さ。
束の間だったけど夢の時を過ごせた感慨が伝わります。

 

■山田紳介 選
茸飯そこはかとなく土の色     良枝
白萩の揺るるを上がり框より    田鶴
心臓の形に湧きて秋の雲      優美子
出口なき恋よ台風圏のごと     優美子
☆その房の顔ほどもありマスカット  静
「顔ほども」が生々しく独創的な比喩。
この句を読んで以来、マスカットを食べるたびに人の顔を思い出してしまう。

 

■松井洋子 選
月代や空に汀のある如し      栄子
ひとつ家にふたつの厨夕月夜    恵美
鳥威湖国の空に跳ね返る      雅子
背中みな遠くなりゆく花野かな   良枝
☆銀座にも名のなき通り小鳥くる  良枝
コロナ禍で人通りが減ったからだろうか、銀座にも無名の通りがあったことにふと気付いた。その詠み手の心情を季語がよく語っている。

 

■緒方恵美 選
敗荷や有髪の僧の南無阿弥陀    眞二
飲み余すワインに募りゆく秋思   眞二
海近き闇が音する野分かな     眞二
鳥威湖国の空に跳ね返る      雅子
☆月代や空に汀のある如し     栄子
中七から下五に到る大胆な比喩が見事。壮大な一句。

 

■田中優美子 選
樹木葬それもありねと敬老日    田鶴
うるうると月昇り来て固まりぬ   田鶴
秋の日やどの舟も人待つやうに   良枝
覚えなき痣のひとつも台風禍    栄子
☆一滴の一書に滲む夜の秋     栄子
思わず零れた涙が頁に滲む。センチメンタルな様子と、夏の終わりをしみじみ感じる「夜の秋」が調和していると思いました。

 

■長坂宏実 選
秋を待つ稲は直立不動なり     康仁
だんまりを決めてひたすら栗を剥く  栄子
樹木葬それもありねと敬老日    田鶴
金の風銀の風吹く芒かな      真徳
☆子は来たり子は帰りたり秋彼岸  朋代
お彼岸に祖母の家に遊びに行った日々を思い出しました。
たった1日でしたが楽しみに待っていてくれていたなあと、懐かしく感じました。

 

■チボーしづ香 選
話また途切れて秋の扇かな     眞二
孫の茶の客となるなり敬老日    眞二
旅疲れ色なき風の五番街      敦丸
鳴く虫も刺す虫もみな百花園    田鶴
☆夏の夜の座敷わらしのひたひたと  範子
夏には欠かせぬお化け話とても雰囲気が出ています。

 

■黒木康仁 選
だんまりを決めてひたすら栗を剥く  栄子
うるうると月昇り来て固まりぬ   田鶴
水澄みて水の深さを失へり     恵美
滴りや山より出づる命水      範子
☆毬栗や走りだしたら止まらぬ子  味千代
毬栗に元気な幼子を重ねて見ているような、ほのぼのとした秋の昼下がりの気分ですね。

 

■矢澤真徳 選
茸飯そこはかとなく土の色     良枝
爽やかや机は空の明るさに     良枝
ひと夜さの主役の変はり法師蝉   静
群がりてゐてひそやかに吾亦紅   恵美
☆倦むでなく慣れ合ふでなく秋の潮  味千代
夏の後、冬の前の海が目の前に広がるように感じた。

 

■奥田眞二 選
くらげくらげ海月だらけの水族館  範子
邪を嘲笑ふごと石榴裂け      雅子
父と児の動画の電話小鳥来る    静
うるうると月昇り来て固まりぬ   田鶴
☆置いてきぼりくらつたやうな秋夕焼  優美子
どうして秋の空の暗くなるのは早いのだろう、夕焼けがまだ光って居たいのに、取り残された夕焼け、置いてきぼりとは上手な表現で感心しました。

 

■中山亮成 選
灯を消してちちろと同じ闇にゐる  恵美
小鳥来て仏具みがきの案内も来   雪
「倶会一処」古ぶ墓石や草の花   眞二
数珠玉や子らはゲームに夢中なる  洋子
☆やはらかに野菜干し上ぐ秋日かな  洋子

穏やかな秋の日に野菜を干しているところが、やはらかにという表現に上手く言いえてると思いました。

 

■髙野 洋 選
子供には子供の秘密鳳仙花     良枝
グランドを猫が走るや運動会    紳介
自販機のコーンポタージュ夏の果  宏実
木陰にも綻び見つけ秋に入る    味千代
☆水澄みて水の深さを失へり    恵美
「深さを失う」という言葉で水の透明さ、美しさの情景を表すことが面白いと感じました。

 

◆今月のワンポイント

「常識のラインから一歩ずれる」

特選句「静かなる時間もありて運動会」は、運動会はにぎやかなものという常識から少しずれたことで佳句となりました。逆に、架空の句ですが「暮るるまで元気いっぱい運動会」のような常識まみれの句に対しては、「だから何なんですか」という感想しか湧かないことでしょう。ということは、自分の句に対しても「だから何なんですか」と批判的な目で読み返すように心がければ、自選力が高まりますし、知らず知らず作句力も高まるのではないでしょうか。
(井出野浩貴)

◆特選句 西村 和子 選

( )内は原句

生き急げ生き急げとて法師蟬
田中優美子

【講評】八月下旬から九月にかけてやかましく鳴きつのる法師蟬に、夏が終わったことを実感する人は多いでしょう。秋は滅びへと向かう季節であり、蟬の成虫としての命の短さもあり、おもしろい鳴き声であるがゆえに、かえってあわれをそそられます。「生き急げ」と訴えてくるように聞こえるのは、作者自身の心の反映でもあるでしょう。<繰事のつくつく法師殺しに出る>と詠んだのは三橋鷹女。俳句は、季語におのれを反射させる装置のようです。(井出野浩貴)

 

落蟬の羽ばたき土をうつばかり
三好康夫

(落ち蟬の羽ばたき土をうつばかり)
【講評】死にゆく秋の蟬を観察して過不足のない言葉で描写しています。「羽ばたき土をうつばかり」のリズムがよいために、読み終わったあとも、落蟬の翅が土を打つ音がくりかえし聞こえてくるように感じられます。「羽搏き」ではなく「羽ばたき」、「打つ」ではなく「うつ」と平仮名を適切に配したことも効果的です。(井出野浩貴)

 

人体は水より成れる夏の森
山田紳介

【講評】汗をかいては水を飲み、また汗をかいては水を飲む暑い夏でした。「人体は水より成れる」に実感がこもっています。下五は一見したところ上五中七と無関係なようですが、雨が降るたびに水は大地に吸収さえ、「夏の森」では絶えず草木が水を吸い上げています。「夏の森」もまた、ひとつの生命体であるかのようです。アニミズム的な感覚が魅力の一句です。(井出野浩貴)

 

一軒のために橋あり盆の月
緒方恵美

【講評】ふたとおり考えられます。ひとつは対岸に一軒だけある家のために、橋がかかっている場合。もうひとつは、小川に沿って家並みが続き、各戸へ渡るための小さな橋がかかっている場合です。読者はそのどちらを思い描いてもいいのですが、「盆の月」という季語から、前者を思い浮かべる人が多いかもしれません。村はずれにぽつりと立った一軒の家が盆の月に照らされている光景が浮かびあがります。季語が効いています。(井出野浩貴)

 

火襷の瓶に一輪涼新た
緒方恵美
【講評】火襷の入った素朴な備前焼の花瓶に、秋の花が一輪差されています。静かで押しつけがましくない美しさが、初秋の涼しさと通いあいます。「びん」「いちりん」の音もすがすがしく、内容と調べが調和しています。(井出野浩貴)

 

秋めくや藪蘭揺らす日の影も
小野雅子
【講評】秋の日が藪蘭を揺らしているように感じられた一瞬です。光に満ちていても、どこかに衰えの兆しがあり、影もこれまでとはどこか違って弱々しい。いよいよ秋らしくなってきたなあと実感したのです。あるときふと感じられた季節の移ろいを、さりげなく表現しました。(井出野浩貴)

 

水打つて今日の診療始まりぬ
深澤範子
【講評】打水というと、家や店の前に水を打つ姿がまず思い浮かびますが、この句は病院の前への打水ですから類例がなさそうです。大病院ではなく、自宅に隣接して開業している医院であることや、おそらく何代か続いているか、一代目にしても開業して久しい医院であろうということ、街の人に親しまれている医院であろうことが想像できます。このように、場所や人のたたずまいが浮かんでる句には魅力があります。(井出野浩貴)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

( )内は原句
草むらの虫の音ちから増えし朝
小野雅子
(草むらの虫の音ちから増す朝)
「増す」だとどんどん力強くなっていくような印象をあたえそうです。

無条件といふも条件終戦日
箱守田鶴

何度でも告げたき言葉夏の星
田中優美子

トロンボーン半音なめらか夏の森
山田紳介

予備校の避難訓練秋暑し
島野紀子

和紙に透く明かり八月十五日
緒方恵美

新しき墓石は一字雨蛙
森山栄子

花街の簾を叩く大夕立
飯田静

今朝の秋小豆をさつと茹でこぼし
小山良枝

夕焼や居間の窓より海が見え
山内雪

青田にも広報放送響きけり
黒木康仁
(青田にも市の広報の響きけり)
「広報」だけではまず「広報紙」を思い浮かべてしまうでしょう。

明け方の屋根叩く雨梅雨明ける
中村道子

冷えきらぬままの麦茶を飲み干せり
長坂宏実

流灯の手放してより美しく
小山良枝

夜の秋電話の声の少し嗄れ
田中優美子

(夜の秋電話の声の少し枯れ)

閉園の日まで夜毎の花火かな
飯田静

オーブンの窓覗きゐる颱風圏
小山良枝

夕菅や裏の家より子らの声
森山栄子

大き目のブローチ選び夏至夕べ
深澤範子

冷麦にみどりうすべにニタ三筋
藤江 すみ江

(冷麦にみどりうすべにニ糸三糸)
「二糸三糸」は無理があるようです。

耳裏に風が歌ふよ夏帽子
矢澤真徳

(耳裏で風が歌ふよ夏帽子)
音読してどちらが心地よいか試してみましょう。

呟きてつくつく法師去りにけり
奥田眞二

束ねても寂しかりけり盆花は
小野雅子

法師蟬浮世つまらんつまらんと
田中優美子
(法師蟬浮世はつまらんつまらんと)
原句は字余りでした。

布袋草分けて通るや利根の風
長谷川一枝

梨剥くや今日は外出せぬと決め
長坂宏実

(梨剥くや今日は外には出ぬと決め)
「外には出ぬ」では庭にも出ないように思えます。

駅を出てすぐに参道蟬時雨
森山栄子

死人花畦を行進するごとく
箱守田鶴

円窓の影も歪みぬ大西日
鏡味味千代

信号待ちの間も扇子忙しなし
藤江すみ江

(信号待ちせし間も扇子忙しなし)
「せし」は過去ですが、現在形がよいでしょう。

小鋏の鈴を鳴らして今朝の秋
緒方恵美

遠雷や止まらぬジェットコースター
長坂宏実

霧の朝なれば珈琲濃く熱く
小山良枝

腹切りやぐらかなかなの輪唱す
奥田眞二
(腹切りのやぐらかなかな輪唱す)
「腹切りやぐら」という言葉を崩さないようにしましょう。

白猫の不意に浮かびぬ夜の秋
松井洋子

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■森山栄子 選
雑草にひらく鳴声きりぎりす    康夫
木漏れ日を暗号として夏木立    康夫
診療所前を住処に雨蛙       範子
夜の秋電話の声の少し嗄れ     由美子
☆揚げられて嫌はれてゐる海月かな  洋子

最近では水族館でも人気の海月だが、揚げられてだらしなく広がっている様は、漁師や釣り人を更に落胆させるのだろう。揚げられて嫌はれてという繰り返しが効いていて、リズム良く読みくだすことができる。


■小山良枝 選

盆用意せつかちな父はや夢に    雅子
爽やかや林檎酒の泡たちのぼり   雅子
聞き上手頷き上手吾亦紅      田鶴
和紙に透く明かり八月十五日    恵美
☆小鋏の鈴を鳴らして今朝の秋   恵美

小鋏を使う音と鈴のかすかな音の重なりが心地よく、秋を呼び寄せたかのようです。作者の丁寧な暮らしぶりも伝わってきました。


■山内雪 選

青柿や抱つこ嫌がる歳となり    味千代
長き夜やまだ小説の中に居て    味千代
叩かれて西瓜は音を買はれけり   恵美
不機嫌の欠片残さず髪洗ふ     洋子
☆みつ豆や都会に出る気まるで無く  栄子

みつ豆の時代感がとてもよく出ていると思う。


■飯田静 選

流灯の手放してより美しく     良枝
空揺らし玉蜀黍をもぎにけり    良枝
布袋草分けて通るや利根の風    一枝
円窓の影も歪みぬ大西日      味千代
☆小鋏の鈴を鳴らして今朝の秋   恵美

愛用の鋏で育てた花を切って生けるのが日課なのでしょうか。


■鏡味味千代 選

和紙に透く明かり八月十五日    恵美
一軒のために橋あり盆の月     恵美
梨剥くや今日は外出せぬと決め   宏実
空揺らし玉蜀黍をもぎにけり    良枝
☆流灯の手放してより美しく    良枝

あの世の人のために灯を流すのだと聞く。手放してから美しくなるのであれば、それはきっと手放したことで灯が既にあの世のものになってしまったのだ。
故人との思い出もずっと美しい。


■千明朋代 選

固唾呑み引揚げ話聴く猛暑     一枝
米寿てふ未知の余生や星月夜    眞二
冷麦にみどりうすべにふた三筋   すみ江
父母のまなざし背ナに盆用意    雅子
☆全開の窓一幅の蝉時雨      栄子
蝉時雨という音を、一幅の絵に見立てたことにこういう見方もあるのかと思いました。


■辻 敦丸 選

土用波崩るるまでをせり上がり   真徳
落蝉の羽ばたき土をうつばかり   康夫
聞き上手頷き上手吾亦紅      田鶴
叩かれて西瓜は音を買はれけり   恵美
☆小鋏の鈴を鳴らして今朝の秋   恵美

やんちゃ坊主のシャツの綻びや釦をつけているお袋を思い出す。


■三好康夫 選

峰雲や久しく街に出てをらず    良枝
呟きてつくつく法師去りにけり   眞二
火襷の瓶に一輪涼新た       恵美
何処へとも言はず出かけぬ洗ひ髪  洋子
☆辛きこと語らぬ妣や終戦日    朋代

季語「終戦日」の重さが哀しい。

 

■小野雅子 選
門火焚く素焼の皿に跡重ね     栄子
ページ繰る音かすかなりそれも秋  敦丸
長き夜やまだ小説の中に居て    味千代
思ひ出の中の百日紅とは違ふ    伸介
☆一軒のために橋あり盆の月    恵美

滋賀の北には名水が多く、醒ヶ井の地蔵川は、まさにこの風景。「盆の月」に、何代も受け継いできた、川とともにある暮らしが見えてきます。


■長谷川一枝 選

久々の家族団らん西瓜切る     しづ香
なほ奥に黒子の如き夏木立     康夫
地蔵堂ねきの闇より秋の蝶     眞二
風を描くための登高画板負ふ    紀子
☆門火焚く素焼の皿に跡重ね    栄子

毎年大事な方をお迎えする門火、下五の「跡かさね」の描写に心打たれました。


■藤江 すみ江 選

一軒のために橋あり盆の月     恵美
降りそめし雨にくず咲く切通    眞二
炎天や宅配の荷も熱帯びて     味千代
祈る夏「被爆ピアノ」の音色かな  道子
☆流灯の手放してより美しく    良枝

思い出の流灯と重なり 同感し 上手に詠まれていると思いました。

 

■箱守田鶴 選
土用波崩るるまでをせり上がり   真徳
叩かれて西瓜は音を買はれけり   恵美
水戸に行く土用鰻を食べに行く   範子
思ひ出の中の百日紅とは違ふ    伸介
☆遠雷や止まらぬジェットコースター  宏実
最近のジェットコースターは非常に高い処から落下するので、ここで遠い雷を
同じ高さで感じる、そのスリルをたのしもう。


■深澤範子 選
何度でも告げたき言葉夏の星    由美子
ページ繰る音かすかなりそれも秋  敦丸
叩かれて西瓜は音を買はれけり   恵美
山形のだしをかけたる冷奴     朋代
☆さつちやんのお鼻はここよ天花粉  田鶴
さっちやんの可愛らしさが目に浮かびます。そして、お孫ちゃんでしょうか?さっちゃんが、みんなに愛されている様子も伝わってきます。

 

■中村道子 選
さつちゃんのお鼻はここよ天花粉  田鶴
閉園の日まで夜毎の花火かな    静
木漏れ日を暗号として夏木立    康夫
海原へ壜送りだす星月夜      良枝
☆叩かれて西瓜は音を買はれけり  恵美
「音を買はれ」に、確かに…と合点。今はカットした西瓜を買っていますが、一個の西瓜を買うときはいつも叩いて音を確かめていました。

 

■島野紀子 選
門火焚く素焼の皿に跡重ね     栄子
青田にも広報放送響きけり     康仁
人体は水より成れる夏の森     伸介
何処へとも言はず出かけぬ洗ひ髪  洋子
☆書を曝し親に話せぬ暮し向き   雪
思春期の母として複雑な思いで採った句ではあるが、何か好きなもの、何か惹かれてやまぬものがあるのは最上の幸せだとも再認識した一句。


■山田紳介 選
星ひとつ溢すや真夜の天の川    眞二
無花果の掌に雛ほどの重さかな   良枝
空揺らし玉蜀黍をもぎにけり    良枝
失くしたくなきものばかり夏の暮  由美子
☆和紙に透く明かり八月十五日   恵美
8月15日はどうしても炎天下を想像しがちだが、どの家にもこんな夜が来たに違いない。

 

■松井洋子 選
一族の要ゆるがず生身魂,      雅子
羽搏きの無音を曳きて黒揚羽    真徳
布袋草分けて通るや利根の風    一枝
一軒のために橋あり盆の月     恵美
☆叩かれて西瓜は音を買はれけり  恵美
西瓜は少々の大きさの違いや見目よりも、完熟の澄んだ音のものが好まれる。その価値ある音を買われているという俳味のある句。

 

■緒方恵美 選
一族の要ゆるがず生身魂      雅子
夕闇の迫る道のべおけら鳴く    敦丸
不機嫌の欠片残さず髪洗ふ     洋子
降りそめし雨にく葛咲く切通    眞二
☆流灯の手放してより美しく    良枝

水面を流れる灯籠は、本来の幽玄さに加え哀れに美しい。簡潔な表現の中に情感の漂う一句。

 

■田中優美子 選
叩かれて西瓜は音を買はれけり   恵美
一軒のために橋あり盆の月     恵美
聞き上手頷き上手吾亦紅      田鶴
空揺らし玉蜀黍をもぎにけり    良枝
☆オーブンの窓覗きゐる颱風圏   良枝
せっかくの休日なのに台風。今日はお菓子でも焼こうかしら、と声が聞こえてきそうです。風吹き荒れる実際の窓の外の風景と温かいオーブンの窓の中の対比が印象的です。年々被害が激しくなる台風ですが、この句にはどこかほっとする雰囲気があって救われる気がします。

 

■長坂宏実 選
青空へ玉蜀黍の刺さりさう     雅子
死人花畦を行進するごとく     田鶴
海原へ壜送りだす星月夜      良枝
水打つて今日の診療始まりぬ    範子
☆長き夜やまだ小説の中に居て   味千代
秋の涼しい夜、夢中になって小説を読んでいる姿が浮かび、共感を覚えました。

 

■チボーしづ香 選
閉園の日まで夜毎の花火かな    静
豊かなる最期の髪を洗ひけり    洋子
草取りに追はれてますとメール来る  田鶴
秋風やアラブに風は天の息     紀子
☆霧の朝なれば珈琲濃く熱く    良枝
瞬間を簡潔に読む俳句の表現がしっかりとしている上に情景を浮かび上がらせている。

 

■黒木康仁 選
叩かれて西瓜は音を買はれけり   恵美
夜の秋電話の声の少し嗄れ     由美子
なほ奥に黒子の如き夏木立     康夫
朝焼や路上に猫の欠伸して     一枝
☆辛きこと語らぬ妣や終戦日    朋代
96才の母は健在ですが、全く同じです。

 

■矢澤真徳  選
久々の家族団らん西瓜切る     しづ香
濡れながら秋夕焼の窓磨く     良枝
空揺らし玉蜀黍をもぎにけり    良枝
木漏れ日を暗号として夏木立    康夫
☆火襷の瓶に一輪涼新た      恵美
高温で焼かれた備前の壺の静けさと一輪の花のみずみずしさ。静けさも涼のうちなのだと思う。

 

■奥田眞二  選
新しき墓石は一字雨蛙       栄子
長き夜やまだ小説の中に居て    味千代
炎天のいづこにありや夏の芯    真徳
夏期手当出せる喜び診療所     範子
☆木漏れ日を暗号として夏木立   康夫
陽の欠片が葉のそよぎにチカチカ動きます。SOSでないとよいですが。

 

◆今月のワンポイント

「ひとり吟行のすすめ」

新型コロナウイルス蔓延のため、吟行句会は減りました。それならば、人混みを避け、ひとりで吟行をしてみましょう。電車の混む時間帯を避け、ひとりで野山を歩いていれば安心です。インターネット句会の参加者のみなさんの中には、前から実践している人が多いかもしれませんが。ひとりで吟行していて困るのは、花や鳥や虫の名を教えてくれる人がいないことです。そのかわり、だれにも気兼ねすることなく、気に入った場所に長居をすることができます。最大の問題は、出句の締切時間がないため、集中力を高めにくいことです。これは、「きょうは5句」「きょうは10句」とノルマを決めて自分に鞭打つしかないでしょうね。
(井出野浩貴)

◆特選句 西村 和子 選

シャッターの降りしままなり梅雨晴間
箱守田鶴

【講評】久しぶりの「梅雨晴間」に買い物に出かけたところ、シャッターを降ろしたままの店に気づいたのでしょう。今年詠まれた句なので、新型コロナウイルス感染拡大防止のために営業自粛をしている店や、それに伴う経営難で閉店を余儀なくされた店のことが連想されます。もちろんそのような状況を無理に読み取る必要はありません。「梅雨晴間」の明るさとシャッターを降ろしたままの店とのコントラストが効いています。(井出野浩貴)

 

仕切り屋の姉に任せてかき氷
森山栄子

【講評】「みんな、小豆でいいわね。あ、〇〇ちゃんは莓だったわね」というような声が聞こえてきます。性格は何十年経っても変わりません。かき氷くらいのことですから、みんな「まあ、いいか」と苦笑し、姉に任せる気楽さを楽しんでもいるのでしょう。季語「かき氷」が場の雰囲気や「仕切り屋の姉」の人物像を語っています。さりげなく置かれた季語がよく働いています。(井出野浩貴)

 

ソーダ水負けず嫌ひでありし頃
田中優美子
【講評】「一生の楽しきころのソーダ水」(富安風生)はこの季語の特性を見事に活かした句ですが、この句を詠んだとき風生は六十代でした。実際には若い頃は楽しいことばかりではないということを、この句の「負けず嫌ひでありし頃」は語っています。「ありし」という過去形が、過ぎゆく青春を振り返る気配を漂わせています。「ソーダ水」の泡のように、みんな消えていくのでしょう。(井出野浩貴)

 

林間学校シスター袖をたくし上げ
奥田眞二

【講評】ミッション系の学校でしょうか。シスターが肌を人目にさらすことは通常はまずないことと思われますが、林間学校ということで、袖をたくし上げてテントを張りや飯盒炊爨を生徒と一緒にしているのでしょう。「林間学校」は、類想から抜け出すのが難しい季語ですが、観察の目が利いた新鮮な句となりました。(井出野浩貴)

 

注ぎわけて少し足らざる麦茶かな
小山良枝
【講評】こういうこと確かにあるなあと読み手に思わせてくれます。意外に詠まれていない場面で虚を突かれました。麦茶もペットボトルで買う家庭が増えていますが、この句の「少し足らざる」からは、家で煮出して冷やしたものではないかと想像されます。過不足のない言葉運びで「麦茶」と、「麦茶」の出される場面を巧みに表現しています。(井出野浩貴)

 

夏空の遠く夏潮なほ遠く
田中優美子
【講評】リフレインが寄せては返す波の音を思わせ、内容と一致して効果を上げています。この句は今年詠まれたことで、実際には違うのかもしれませんが、新型コロナウイルス感染拡大防止のために閉鎖された海水浴場を思わせます。やがて疫病の記憶が薄れていったとしても、青春時代の「夏空」「夏潮」を詠んだ句として鑑賞できるはずです。すなわち、普遍的な詩情がこの句には宿っています。(井出野浩貴)

 

観音も病み上がりなり梅雨晴間
黒木康仁
【講評】人を苦しみや災厄から救ってくださるという観音様のお顔が「病み上がり」のように見えたというのです。「病み上がり」だからこそ、いっそう慈愛に満ちているのでしょう。「梅雨晴間」も人をほっとさせてくれという点で、慈悲深い観音様と響きあうようです。新型コロナウイルス蔓延の今年であればなおさらです。(井出野浩貴)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

( )内は原句
なすび漬庫裡の板の間磨きあげ
小野雅子

烏賊干してひときは沖の青さかな
森山栄子

小満や昨日と違ふ山の青
深澤範子

大いなる蝶羽撃かせ夏の雲
藤江すみ江

ソーダ水思ひ出少しづつ戻る
山田紳介

足もとの闇這ひのぼりビヤホール
小野雅子

遠野郷かなたこなたに懸り藤
深澤範子

木下闇沼の匂ひの何処より
小山良枝

水溜まりみたいな釣堀金魚釣る
箱守田鶴

模擬試験始まりぬ汗ひかぬまま
島野紀子

古書店の間口一間夏の月
緒方 恵美

夏衣真一文字にルージュ引く
鏡味味千代

(夏衣真一文字に引くルージュ)
「引くルージュ」は名詞句、「ルージュ引く」は動詞句。後者の方が臨場感があります。

雨受けよ光放てよ夏木立
田中優美子

幾条の地層晒して滝落つる
飯田 静

(幾千の地層晒して滝落つる)

涼しさや点されてゆく滑走路
小山良枝

夜濯の母の二の腕仄白き
松井洋子

自らの影と知れるか蜻蛉は
藤江すみ江

(自らの影と知りしか蜻蛉は)
「知りしか」は「知っていたのか」、「知れるか」は「知っているのか」。この句の場合は現在形で表現したほうがよいでしょう。

に出ても同じ暗さや梅雨の寺
矢澤真徳

(外も内も同じ暗さや梅雨の寺)
「も」があれば、「内」は不要です。

梅雨落暉赤城の山に抱かれて
千明朋代

梅雨深し水滴伝ふジャムの瓶
飯田 静

島人と間違へられし日焼かな
小山良枝

(島人と間違はれたる日焼かな)
原則として「間違ふ」は自動詞、「間違へる」は他動詞として使いましょう。

我が町の上を空路や夕薄暑
飯田 静

(我が町の上に空路や夕薄暑)
助動詞「を」は「に」よりも広がりを感じさせます。たとえば<炎天を槍のごとくに涼気過ぐ>(飯田蛇笏)。

隠れたる小流れいくつ紫陽花園
松井洋子

夏場所や化粧廻しの波しぶき
箱守田鶴

軽鳧の子や時には親を従へて
長谷川一枝

水影に凭れて終の未草
緒方 恵美

暮れなづむ中禅寺湖や赤蜻蛉(または銀やんま)
千明朋代

(暮れなずむ中禅寺湖や蜻蛉とぶ)
飛んでいるのは明らかなので、名詞だけで表現した方が引き締まります。

一切の水を集めて滝碧し
飯田 静

梅雨晴や番瀝青ペンキ屋は白ひろげゆく
小山良枝

(梅雨晴や番瀝青屋は白ひろげゆく)

ゑぐられし淵の轟音出水川
松井洋子

(ゑぐられし淵の轟音出水後)
「出水後」は説明的に感じられます。

夜濯やふと後悔の記憶など
鏡味味千代

(夜濯ぎやふと後悔の記憶など)

弟の樟脳舟の傾ぎけり
小山良枝

夏帽子あみだにかぶり島の橋
奥田眞二
(夏帽子ちよつとあみだに島の橋)
「あみだかぶり」の「かぶり」は省略したくないところ。逆に「ちよつと」はなくてもよいでしょう。

金魚赤しアクロバットが得意なり
深澤範子

露天湯の外は内海くらげ浮く
松井洋子

亡き父の主治医へ送る夏見舞
田中優美子

夕焼に明日のことを頼みをり
山内 雪
(夕焼に明日のことを頼んでる)
口語が効果的なこともありますが。

一人来て白蓮を撮る女かな
三好康夫

曉の雲綻びて梅雨の星
辻 敦丸

花の如く揺れて漂ひサーファー等
山田紳介

スピーチに泡の消えゆくビールかな
森山栄子

流木の屍のごとし出水後
松井洋子

何の日かわからぬ連休今日大暑
箱守田鶴

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選
夏館太平洋の波静か        静
挨拶を少しためらふサングラス   道子
サーファーの獲物追ふごと波を見て  伸介
亡き父の主治医へ送る夏見舞    由美子
☆林間学校シスター袖をたくし上げ  眞二
普段は物静かなシスターの、林間学校でのなり振りかまわない奮闘ぶりが伝わってきました。シスターが効いていて、俳諧味のある作品です。


■チボーしづ香 選

五月晴寄席密やかに再開す     味千代
燃え尽きし送り火かこひ込み独り  田鶴
自らの影と知れるか蜻蛉は     すみ江
注ぎわけて少し足らざる麦茶かな  良枝
☆共犯の目くばせ母と昼ビール   雅子

女性が昼にビールを飲む時ちょっと気遅れするのを、軽く目配せで救った感じがよく出ている。


■山内雪 選

仕切り屋の姉に任せてかき氷    栄子
島人と間違へられし日焼かな    良枝
注ぎわけて少し足らざる麦茶かな  良枝
何の日かわからぬ連休今日大暑   田鶴
☆ソーダ水思ひ出少しづづ戻る   伸介
ソーダ水の泡が少しづづ消えるように過去を思いだす。


■深澤範子 選

形代の行方はいづこ川流る     道子
島人と間違へられし日焼かな    良枝
夏帽子あみだにかぶり島の橋    眞二
スピーチに泡の消えゆくビールかな  栄子
☆流木の屍のごとし出水後     洋子
本当に今年もあちこちで洪水が発生、その惨状が良く読まれていると思いました。


■山田紳介 選

ゆるやかに団扇あふぎて聞き上手  恵美
ソーダ水負けず嫌ひでありし頃   由美子
梅雨晴や番瀝青ペンキ屋は白ひろげゆく  良枝
積読の本の百冊梅雨に入る     範子
☆舟虫の邪心のごとく散りにけり  栄子

追いやっても追いやっても、何事もなかったように何処からか湧いて来る舟虫、「邪心のごとく」の直喩が素晴らしい。


■飯田静 選

梅雨寒や話すに遠し椅子の距離   敦丸
夜濯の母の二の腕仄白き      洋子
ゆるやかに団扇あふぎて聞き上手  恵美
水影に凭れて終の未草       恵美
☆古書店の間口一間夏の月     恵美
間口一間で細々商いを続けている店の、奥まで月の光が差し込んでいる景を思い浮かべました。


■三好康夫 選

挨拶を少しためらふサングラス   道子
夏場所や化粧廻しの波しぶき    田鶴
サーファーの獲物追ふごと波を見て  伸介
弟の樟脳舟の傾ぎけり       良枝
☆古書店の間口一間夏の月     恵美

「市中は物のにほひや夏の月 凡兆」を思い出しました。「間口一間」がいいですね。


■鏡味味千代 選

雲の色空の色して四葩かな     由美子
涼しさや点されてゆく滑走路    良枝
星涼しそこそこ安穏なる一生    雅子
寅さんは振られて旅へ月見草    すみ江
☆いざ六方踏まむと夏の雲湧けり  眞二

夏の力強い雲と、六方を踏む役者さんの力強さ。しなやかさと若々しさが、確かによく似ていると思いました。


■森山栄子 選

蛇衣を脱ぐまなこ二つ残しつつ   朋代
万緑に埋み微笑の摩崖仏      雅子
古書店の間口一間夏の月      恵美
涼しさや点されてゆく滑走路    良枝
☆軽鳧の子や時には親を従へて   一枝
可愛らしい軽鳧の子が成長していく過程の一場面。自分の経験と合わせて感じ入りました。


■奥田眞二 選

五月晴寄席密やかに再開す     味千代
骨一本折れたる傘や大夕立     宏実
雨受けよ光放てよ夏木立      由美子
雨もよい急ぐでもなく蝸牛     雅子
☆風鈴や通し土間ある蕎麦処    恵美
蕎麦処がぴったりの情景描写で、涼しさの漂う表現に感服です。


■千明朋代 選

手探りの暮し改革朝曇       静
梅雨寒や話すに遠し椅子の距離   敦丸
水影に凭れて終の未草       恵美
夏空の青は海とは違ふ青      由美子
☆遠野郷かなたこなたに懸り藤   範子

木に懸かった藤の情景が、遠野郷という場所で一層美しく目に浮かびます。とても幻想的で絵のようだと思いました。


■藤江 すみ江 選

スマホ見てはしやぐ少女ら凌霄花  道子
満開の石楠花の道秋田駒      範子
ゑぐられし淵の轟音出水川     洋子
烏賊干してひときは沖の青さかな  栄子
☆青葉雨絵筆の擦れる音かすか   栄子

とても繊細な音への気付きと 青葉雨の音がマッチしています。

 

■箱守田鶴 選
涼しさや点されてゆく滑走路    良枝
サーファーの獲物追ふごと波を見て  伸介
鍬形の脚ふんばつて採られけり   真徳
流木の屍のごとし出水後      洋子
☆葉の海の育てたるもの蓮の花   康夫
不忍の蓮の池で此の句と全く同じ情景を目にした、何とか句にしようとこころみたができない、こうゆう表現もあるのだと共感した。


■小野雅子 選
ゆるやかに団扇あふぎて聞き上手  恵美
水中花最後の泡を放ちけり     洋子
ソーダ水思ひ出少しづつ戻る    伸介
林間学校シスター袖をたくし上げ  眞二
☆涼しさや点されてゆく滑走路   良枝
濃紺に暮れてゆく夏。滑走路に点々と青や黄の誘導灯が点ってゆく。夜間飛行の気分がよくでていると思います。

 

■島野紀子 選
木下闇沼の匂ひの何処より     良枝
仕切り屋の姉に任せてかき氷    栄子
呼び水の一滴として雨蛙      栄子
夜濯やふと後悔の記憶など     味千代
☆飽きられてなほも咲きたる水中花  洋子
命のなきものは何故か飽きる、確かにそうだと再認識した。咲き続ける水中花が美しくそして悲しい。

 

■長谷川一枝 選
亡き父の主治医へ送る夏見舞    由美子
仕切り屋の姉に任せてかき氷    栄子
古書店の間口一間夏の月      恵美
風鈴や通し土間ある蕎麦処     恵美
☆ゆるやかに団扇あふぎて聞き上手  恵美
言い淀んでいると、風を送りながら「そう、そうなの・・・」とやさしく聞いてもらい胸のつかえがとれたような・・・。


■田中優美子 選
いざ六方踏まむと夏の雲湧けり   眞二
もしかして世話女房かも胡瓜揉み  眞二
幾条の地層晒して滝落つる     静
みんみんの脱殻探す四連休     宏実
☆まだ恋を知らぬコーヒーゼリーかな  良枝
中学生~高校生くらいの少年を想像しました。具体的な描写がなくても、コーヒーゼリーの甘さとほろ苦さがじわじわと効いてくる不思議な魅力のある句でした。

 

■松井洋子 選
烏賊干してひときは沖の青さかな  栄子
幾条の地層晒して滝落つる     静
燃え尽きし送り火かこひ込み独り  田鶴
梅雨寒や話すに遠し椅子の距離   敦丸
☆いざ六方踏まむと夏の雲湧けり  眞二
上五中七で雲の様子がありありと目に浮かんでくる。夏雲に投影された、詠み手の中に漲る生命力が感じられる。

 

■辻 敦丸 選
幾条の地層晒して滝落つる     静
風鈴や通し土間ある蕎麦処     恵美
夏帽子あみだにかぶり島の橋    眞二
挨拶を少しためらふサングラス   道子
☆登りたる天狗の山の落し文    道子

邑楽の天狗山ですか、奥三河の天狗の奥山ですか。落し文も見なくなりました。懐かしい思いの句です。

 

■中村道子 選
飽きられてなほも咲きたる水中花  洋子
もがきたる獲物引き摺り蟻の道   味千代
灼熱の庭の木陰に猫涼む      しづ香
亡き父の主治医へ送る夏見舞    由美子
☆ゆるやかに団扇あふぎて聞き上手  恵美
ゆっくりと団扇を動かしながら話を聞いて下さる人の容姿が見えるようです。身近にこういう方がいたら私も話を聞いていただきたいです。

 

■緒方恵美 選
いざ六方踏まむと夏の雲湧けり   眞二
紅さして白髪もよし五月晴     道子
万緑に埋み微笑の摩崖仏      雅子
一切の水を集めて滝碧し      静
☆曉の雲綻びて梅雨の星      敦丸
そう言えば、今年の梅雨は長かった。偶然にも目にした早暁の星は作者にとって、きっと「心の晴間」だったのだろう。温かい一句。

 

■黒木康仁 選
いざ六方踏まむと夏の雲湧けり   眞二
古書店の間口一間夏の月      恵美
舟虫の邪心のごとく散りにけり   栄子
烏賊干してひときは沖の青さかな  栄子
☆ほの白し茅の輪をとほる道一本  栄子
茅の輪くぐりをするとき、なぜか人は神妙になる。それを白き道と見ておられたのがおもしろく思いました。

 

■矢澤真徳 選
ゆるやかに団扇あふぎて聞き上手  恵美
かちわりや注ぐスコッチ己が時   眞二
もがきたる獲物引き摺り蟻の道   味千代
舟虫の邪心のごとく散りにけり   栄子
☆烏賊干してひときは沖の青さかな  栄子
獲ってきたばかりの烏賊を干しながら、一息つこうとふと遠くの海を眺めると、白い色ばかり見ていた目に輝くような海の青が鮮やかに入ってきた。白と青、近と遠、夏の浜辺を舞台にコントラストがはっきりしたリアルな情景が描かれている。

 

■長坂 宏実 選
ソーダ水思ひ出少しづつ戻る    伸介
名残雨ぽつり弾けし山法師     敦丸
注ぎわけて少し足らざる麦茶かな  良枝
月見草若き役者の命絶ち      静
☆ゆるやかに団扇あふぎて聞き上手  恵美
木陰で世間話をしている情景が目に浮かびます。

 

 

◆今月のワンポイント

「余計な説明をしない」

今回の特選句<シャッターの降りしままなり梅雨晴間><夏空の遠く夏潮なほ遠く><観音も病み上がりなり梅雨晴間>は、新型コロナウイルス蔓延という状況下で詠まれた句かと思われますが、もしかしたらまったく関係ないのかもしれません。詠まれた背景が曖昧なのは、きわめて短い俳句という文芸形式では当然のことであり、決してマイナスにはなりません。逆に、たとえば「コロナ禍」のような状況を説明する語を使うと、常識的な結論に誘導されてしまい、詩としてのふくらみが失われるおそれが大きくなるでしょう。例外はもちろんありますが、原則として余計な説明は控え、いつの時代にも通用する句を詠みましょう。

(井出野浩貴)

◆特選句 西村 和子 選

達人は腰を下ろさず登山帽
島野紀子

【講評】上五中七までなんのことか明かさず溜めを作り、下五の季語で決めるという形が功を奏しています。腰を下ろさないのは山登りしている人なのですが、「登山帽」に焦点を当てたところが巧みです。年季の入った登山帽と、日焼けした顔が見えてきます。(井出野浩貴)

 

蚊遣香書庫に亡父の気配ふと
松井洋子

【講評】匂いが記憶を呼び起こす作用をしています。「蚊遣香」「書庫」「亡父」が響きあい、リアリティがあります。もうすぐお盆が来るころの、夏の終わりの空気を感じます。季語は民族の記憶庫なのだということを再認識させられます。(井出野浩貴)

 

風音のして絵の中の夏木立
藤江すみ江
【講評】絵の中の風景を詠むのは難しいものです。この句は、絵の中に風が吹いているように見えたのでしょうが、現実の世界でも風が吹いていたのかもしれません。外の世界の「夏木立」と絵の中の「夏木立」が共鳴しあっているように感じられます。「風音」が現実と絵の中の世界を媒介する役割を果たしています。(井出野浩貴)

 

靴音を吸ひこむ夏至のロビーかな
小山良枝

【講評】一年でいちばん昼間の長い「夏至」は梅雨のさなかですが、それでも陽光がおのずと思い浮かびます。いっぽう、「靴音を吸ひこむロビー」は歴史のある重厚なホテルの暗がりを思わせます。嫌みなく対照の妙を効かせ、余韻のある句に仕立てました。(井出野浩貴)

 

紫陽花や人と別れて人の中
緒方恵美
【講評】都会で暮らしていると、親疎はさまざまですが、毎日何人もの人と会って別れます。ふだんは意識しないことですが、作者はそのことにふと気づいたのでしょう。「紫陽花」はほどよく心理的な陰翳を受け止めてくれます。取り合わせがほどよいと思います。(井出野浩貴)

 

父の日かさうかワインの届きけり
奥田眞二
【講評】音読するとリズムのよさがわかります。「さうか」の力の抜き方は、真似しようと思ってもなかなかできないでしょう。「父の日」や「母の日」に何かが届くという類想句はごまんとありますが、この「さうか」で生きた句になりました。<卒業といふ卒業かとも思ふ>(行方克巳)に通ずるものがあります。(井出野浩貴)

 

半夏生愛でて庭師に褒めらるる
箱守田鶴
【講評】「半夏生」は葉の一部が白くなるため「片白草」の別名も持つ不思議な草です。とはいえ花は目立たず地味ですから、まじまじと見つめるのは俳人くらいかもしれません。思いがけず、庭師に目が高いと褒められたのでしょう。ほかの草花ではこういうことはなさそうです。季語の動かない句です。(井出野浩貴)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

( )内は原句
梅雨に入るテールランプの連なりも
小山良枝

枝折戸の奥紫陽花の養生中
箱守田鶴

我に喝夏至の朝の茶熱く濃く
三好康夫

梅雨晴間芝刈ロボット作業中
藤江すみ江

吹かれては水に触るるや合歓の花
山田紳介
(風吹けば水に触るるや合歓の花)
原句は「風」と「合歓の花」と主語が二つあります。受け身を使って主語を統一するとわかりやすくなるという好例です。

草の香を振り撒き過ぐる草刈機
中村道子

河鹿笛一村すでに眠り落つ
緒方恵美

青竹を突くやすらりと水羊羹
小野雅子

竹皮を脱ぎてこの世のうす緑
奥田眞二

芍薬の一花冷たき掌
小野雅子

海桐咲く摩文仁の波はレクイエム
奥田眞二
(摩文仁の波はレクイエム海桐咲く)
原句七五五から五七五への添削です。計十七音であっても七五五はぎこちないので七七五の字余りのほうがよいくらいです。もちろん五七五がベストです。

今日こそとメロンの尻を押してみる
森山栄子

札幌に着いてより掛けサングラス
山内 雪

遠くから誰か呼ぶなり合歓の花
山田紳介

雨音に負けじと蟇のこゑ高し
中村道子

奥の間の柱に蛇の衣留めて
小野雅子

泰山木咲いて休校解かれたる
飯田 静

あしらひの葉のみづみづし夏料理
小山良枝

難しい話はあとでソーダ水
深澤範子

血縁も地縁も増えて溝浚ふ
松井洋子

殿様の愛でしこの庭花菖蒲
飯田 静

何か言ひたげにきらめき春の星
深澤範子

明日は良き母になりたし星涼し
鏡味味千代
(明日は良き母になりたや星涼し)
「なりたや」は文法的には「なりたしや」が正しいでしょう。それでは字余りですから「なりたし」が適切というわけです。ちなみに、「人生劇場」(佐藤惣之助作詞)という歌に「おれも生きたや仁吉のように」とありますが、これも「生きたし」か「生きたしや」であるべきでしょう。ついでに言うと、同じ歌の「やると思えばどこまでやるさ」は「どこまでもやるさ」でなくてはなりません。

郭公や丘より牛の降りてきし
山内 雪

菩提樹の花ひと夜さの雨に降り
長谷川一枝
(ひと夜さの雨に降りしく菩提の花)
たしかに歳時記の傍題に「菩提の花」もありますが、「菩提樹の花」のほうが上等でしょう。

雷鳴や頭上を走り家揺らし
中村道子

葉柳や雨の匂の風となり
小野雅子

十薬や気が付けば歯を食ひしばり
飯田 静

灯涼し団地の窓の瞬きて
森山栄子

夏帯をきりり酔うてはならぬ日の
小野雅子

ブロックに雨しみとほる桜桃忌
森山栄子

またひとつ想ひ閉ぢ込め濃紫陽花
田中優美子

今月も句会は休み五月闇
山内 雪

黒南風や中止延期の報届く
長谷川一枝

目をそらす人には蛇も目をそらす
三好康夫

引き返すこともありけり道をしへ
緒方恵美

助手席に忘れてきたる夏手套
小山良枝

まなかひに鎌倉の海茅の輪くぐる
奥田眞二
(茅の輪くぐるや鎌倉の海はまなかひ)
原句は七八四ですから無理がありました。

若葉して同じ緑の見当たらず
鏡味味千代

夕暮れの空の色より夏来る
田中優美子

まだ誰も入らぬプールの青さかな
小山良枝

苔の花咲き初め雨を呼びにけり
奥田眞二

子の髪を結はふ朝や梅雨に入る
森山栄子
(子の髪を結はふ朝やけふ梅雨入)
「梅雨に入る」とすっきり言うだけで、今日のことを表せますね。

五月来る何かいいことありさうな
深澤範子

走馬灯伊勢物語読みふけり
長谷川一枝

夏燕今日はまつりか婚礼か
黒木康仁

見るだけで痒くなりたる合歓の花
山田紳介

杖となり磁針となりて登山の子
島野紀子

夏の蝶竹百幹の中に消ゆ
緒方恵美

囀りもどこか忙しき六本木
矢澤真徳

灯涼し萬年筆の影淡く
小山良枝

梅雨に入る返すあてなき女傘
奥田眞二

飛花落花北上川の橋の上
深澤範子

花びらを揺らさず菖蒲風に揺れ
松井洋子

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。


■矢澤真徳 選

梅雨に入るテールランプの連なりも 良枝
靴音を吸ひこむ夏至のロビーかな  良枝
紫陽花や人と別れて人の中     恵美
梅雨に入る返すあてなき女傘    眞二
☆病葉の落ちて艶めく仏蘭西車   良枝
車には不思議とお国柄が出る。個性を競う仏蘭西車はどこか女性的な感じがあるので、病葉は一点の紅だったのかもしれない。
現代の車ではなく、シャンソンが似合う少しクラシックな車を想像してみた。


■鏡味味千代 選

外つ国の言葉で歌ひ巴里祭     伸介
丸き地球四角に区切り田を植うる  洋子
親友と呼べるひとゐて聖五月    由美子
囀りもどこか忙しき六本木     真徳
☆風が風呼んで抜けゆく夏座敷   恵美

開け放した座敷に心地よい風が吹いてくる。風が風を呼ぶという表現に、座っている女性の髪のたなびく様も見えるよう。


■小山良枝 選

引き返すこともありけり道をしへ  恵美
魔法のごと子を眠らせて若葉風   栄子
目をそらす人には蛇も目をそらす  康夫
血縁も地縁も増えて溝浚ふ     洋子
☆蚊遣香書庫に亡父の気配ふと   洋子
静かな夜の書庫に、お父様を偲んでおられる作者を、蚊遣の仄かな香りが包んでいるようです。


■三好康夫 選

蚊遣香書庫に亡父の気配ふと    洋子
一斉に舞ふ蛍火の静寂かな     洋子
六月や不足なけれど人恋し     雅子
木道を幾つも辿り雲の峰      栄子
☆風が風呼んで抜けゆく夏座敷   恵美
調べが良くて、明るい。


■飯田静 選

芍薬の一花冷たき掌        雅子
一斉に舞ふ蛍火の静寂かな     洋子
またひとつ想ひ閉ぢ込め濃紫陽花  由美子
木道を幾つも辿り雲の峰      栄子
☆明日は良き母となりたし星涼し  味千代

子育ては忙しい。仕事を持っていれば尚更である。つい言葉を荒げることも多くなるが、寝顔を見ながら明日は優し母になろうと思う日々なのであろう。


■藤江すみ江 選

あしらひの葉のみづみづし夏料理  良枝
拡幅の道辺泰山木の花       康夫
魔法のごと子を眠らせて若葉風   栄子
丸き地球四角に区切り田を植うる  洋子
☆夏燕今日はまつりか婚礼か    康仁
夏燕の燥いで飛び回る姿を的確に表現している句です。


■小野雅子 選

歓声や夏空ブルーインパルス    宏実
血縁も地縁も増えて溝浚ふ     洋子
一斉に舞ふ蛍火の静寂かな     洋子
紫陽花や人と別れて人の中     恵美
☆父の日かさうかワインの届きけり 眞二

母の日に比べて影のうすい父の日。思いがけなく好物が届いて、ニマニマされているお顔が見えます。


■森山栄子 選

まだ誰も入らぬプールの青さかな  良枝
紫陽花や人と別れて人の中     恵美
父の日かさうかワインの届きけり  眞二
よく光る身を持てあまし大蛍    洋子
☆血縁も地縁も増えて溝浚ふ    洋子

地域総出で溝浚いをしている景でしょうか。その土地にもすっかり馴染み、愛着をもって逞しく働いている姿を想像しました。


■深澤範子 選

遠くから誰か呼ぶなり合歓の花   伸介
休憩に伸ばす筋肉登山道      紀子
冷やし飴句会帰りの甘さかな    田鶴
梅雨に入る返すあてなき女傘    眞二
☆くちびるを触れてはならぬ花氷  良枝
花氷のひんやりした美しさにくちびるを触れてみたい気が逆に良く伝わってきました。


■山内雪 選

難しい話はあとでソーダ水     範子
魔法のごと子を眠らせて若葉風   栄子
夏帯をきりり酔うてはならぬ日の  雅子
草刈の男追ひかけ蝶一頭      真徳
☆達人は腰を下ろさず登山帽    紀子
達人の登山帽を眩しく見上げる作者が見える。


■奥田眞二 選

明日は良き母になりたし星涼し   味千代
夏帯をきりり酔うてはならぬ日の  雅子
見るだけで痒くなりたる合歓の花  伸介
夜濯ぎや幾度と調子外る歌     味千代
☆山小屋のとば口侍る藤寝椅子   すみ江

一日の行程を終えた達成感の安らぎを、山小屋とは異質の藤寝椅子を配したことに感服。


■中村道子 選

夕暮の所在無さ気の立葵      静
見つからぬガラスの欠片梅雨曇   栄子
風が風呼んで抜けゆく夏座敷    恵美
夜濯ぎや幾度と調子外る歌     味千代
☆難しい話はあとでソーダ水    範子

汗を拭きながら暑い外から入った喫茶店。冷たいソーダ水を飲んで一息ついてから難しい話を聞きましょう、という雰囲気がストレートに伝わってきます。ソーダ水は喉も身体も心も癒してくれる。軽快な句。それほど深刻な話ではないのかも…。

 

■辻 敦丸 選
夕暮の所在無さ気の立葵      静
泰山木咲いて休校解かれたる    静
夏潮のリズムに合はせたらい舟   味千代
またひとつ想ひ閉ぢ込め濃紫陽花  由美子
☆朽ち果てし戦車デイゴの花のもと  眞二
これは沖縄ですか。それとも...。
戦後75年、此の戦車に乗っていた若人に思いを馳せずにいられない。
     


■箱守田鶴 選
梅雨晴間芝刈ロボット作業中    すみ江
泰山木咲いて休校解かれたる    静
幼児の額に汗して外遊び      静
白黒の午後の名画座梅雨に入る   静
☆梅雨に入る返すあてなき女傘   眞二
突然の雨、傘を拝借して帰宅した。うっかりしている内梅雨に入ってしまった。
時間がたつと返しずらい。しかも女傘である。気持ちがよくわかる。

 

■山田紳介 選
竹皮を脱ぎてこの世のうす緑    眞二
あしらひの葉のみづみづし夏料理  良枝
郭公や丘より牛の降りてきし    雪
葉柳や雨の匂の風となり      雅子
☆ブロックに雨しみとほる桜桃忌  栄子
「桜桃忌」と呟く時、過ぎ去った自分自身の若かった頃に思いを重ねているような気がする。今年もまたあの長雨の季節になった。

 

■黒木康仁 選
徒な余生許せよ沖縄忌       眞二
竹皮を脱ぎてこの世のうす緑    眞二
遠くから誰か呼ぶなり合歓の花   伸介
郭公や丘より牛の降りてきし    雪
☆シャワーきつく愛想笑ひを刮げとる  雅子
汗を流すだけのシャワーではなく、その日は何があったのか。「刮げとる」に悔しさが伝わってきました。


■松井洋子 選
梅雨に入るテールランプの連なりも  良枝
河鹿笛一村すでに眠り落つ     恵美
芍薬の一花冷たき掌        雅子
ブロックに雨しみとほる桜桃忌   栄子
☆紫陽花や人と別れて人の中    恵美
親しい人と紫陽花を見た帰りだろうか。下五で雑踏の中の孤独が端的に表されている。その孤独感と季題の紫陽花がよく響きあっていると思う。

 

■田中優美子 選
泰山木咲いて休校解かれたる    静
丸き地球四角に区切り田を植うる  洋子
若葉して同じ緑の見当たらず    味千代
囀りもどこか忙しき六本木     真徳
☆何か言ひたげにきらめき春の星  範子
春のしっとりとした闇に浮かぶ星は、少し潤んで見えます。まるで意思を持って光っているかのように。作者がそれを「何か言いたげ」と捉えたのは、作者自身に秘めた思いがあるからなのではと想像が膨らみました。

 

■緒方恵美 選
夕暮の所在無さ気の立葵      静
白黒の午後の名画座梅雨に入る   静
一斉に舞ふ蛍火の静寂かな     洋子
見つからぬガラスの欠片梅雨曇   栄子
☆丸き地球四角に区切り田を植うる  洋子

天体規模の大きさとその一部の営みの対比が面白い。

 

■島野紀子 選
泰山木咲いて休校解かれたる    静
風が風呼んで抜けゆく夏座敷    恵美
紫陽花や人と別れて人の中     恵美
草刈の男追ひかけ蝶一頭      真徳
☆血縁も地縁も増えて溝浚ふ    洋子
見知らぬ街に住むことになった作者の、当時の不安もすっかり消えたすがすがしい一句。すっかり土地の人が溝浚へで伝わります。

 

■長谷川一枝 選
徒な余生許せよ沖縄忌       眞二
父の日かさうかワインの届きけり  眞二
血縁も地縁も増えて溝浚ふ     洋子
明日は良き母になりたし星涼し   味千代
☆夜濯ぎや幾度と調子外る歌    味千代
明日は早朝の新幹線、今晩のうちに洗濯を片付けて、久し振りの旅に気が付くと歌っている自分に子供みたいと・・・。

 

■長坂 宏実 選
青竹を突くやすらりと水羊羹    雅子
ダンガリーシャツ似合ふ男の釣忍  雅子
白シャツの胸に葡萄酒こぼしけり  良枝
まだ誰も入らぬプールの青さかな  良枝
☆ほうたるの闇を動かぬカメラマン  洋子
暗闇の中の蛍の淡い光と、草陰で息を潜めているカメラマンの様子がよくわかります。

 

■チボーしづ香 選
青竹を突くやすらりと水羊羹    雅子
散水に戯る庭の野菜かな      味千代
雨音に負けじと蟇のこゑ高し    道子
囀りもどこか忙しき六本木     真徳
☆まだ誰も入らぬプールの青さかな  良枝
夏の暑さとプールの水の清涼感をうまく表現している

 

 

◆今月のワンポイント

「声に出して推敲を」

特選句七句に共通することはなんでしょうか。それは、調べがいいということです。音読したとき無理がなく心地よいということです。
歌人吉野秀雄はこんなふうに書いています。

シラベが人を打つか打たぬかで、歌の勝負は決まる(内容の是非はあまりにも当然事だからわざと触れない)。人を打つシラベは作者の「全人間」を示す。ただその示し方が、事務的でなく、象徴的であるから、詩歌的感覚に欠けた者には、ほんとうの評価がしにくいというだけの話だ。
(「歌よみのひとりごと」)

歌を俳句に置き換えても、まったく同じことだと思います。調べとは音韻を整えるだけのことではありませんが、最低限投句の前に声に出して読み返し、何度でも推敲しましょう。
(井出野浩貴)

◆特選句 西村 和子 選

ハンカチをぱんと叩いて明日へ干す
小山良枝

【講評】「ぱんと叩いて」ですから、縁をレースで飾ったおしゃれ用のものではないでしょう。一日の 汗を吸ったハンカチではあるまいかと想像されます。「ハンカチ」と「ぱんと」で韻を踏みリズムよ く詠まれています。「明日へ干す」に生活の手応えがあります。「明日へ」の「へ」は<運動会午後へ 白線引き直す>(西村和子)の「へ」と同じ使い方です。このように、助詞の使い方を名句から学び たいものです(井出野浩貴)

 

少年の静脈透けて衣更
小野雅子

【講評】中学生でしょうか。季語から白の半袖ワイシャツから出る細い腕が想像されます。この年頃 には、同世代の少女よりも華奢で繊細な少年がいるものです。幼虫が蛹を経て成虫となるように、十 年後にはまったく違う青年となっているかもしれません。そこにもののあわれがあります。現代では、「衣更」よりも「更衣」の表記のほうが一般的でしょう。(井出野浩貴)

 

裸ん坊羽交ひ締めして爪を切る
鏡味味千代
【講評】 臨場感のある句です。親の覚悟のようなものを感じます。「羽交ひ締め」という言葉に一瞬ぎょっとし ますが、怪我をさせないように利かん坊の爪を切るのは、たいへんなことでしょう。いま「利かん 坊」という言葉を使いましたが、この句は「裸の子」ではなく「裸ん坊」という少し突き放した言葉 を使った点が効果的です。押しつけがましくなく愛情がにじみ出ています。(井出野浩貴)

 

野遊びや俳句初心者引き連れて
山内雪

【講評】「野遊び」という、世の中から距離を置いたゆったりした季語が生きています。「俳句初心 者」が初々しい気持で草花や野鳥の名を覚え、句帳に認めている様子が見えてきます。「引き連れて」 ですから、作者はこのグループのリーダーなのでしょう。リーダーだからといって肩肘張ることなく、 この句のように自然体で詠みづづけるとよいでしょう。(井出野浩貴)

 

風薫る音楽室に忘れ物
山田紳介
【講評】音楽室はたいてい校舎の最上階の奥にあり、見晴しがよいものです。忘れ物は筆箱かリコー ダーか。すぐに取りに来ないところを見ると、貴重品ではないのでしょう。その忘れ物も、窓から 入ってくる薫風に吹かれています。この句はたいしたことを言おうとしていないのですが、季語と物と が響きあって、ひとつの世界を作っています。だいたいにおいて、俳句ではたいしたことを言おうとし ないほうがよいようです。(井出野浩貴)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

( )内は原句
紫陽花の埋め尽くさんと遊女の碑
箱守田鶴

自らの花粉に汚れ百合の花
小山良枝

一段と色濃く掲げ山桜
深澤範子

青嵐メタセコイアの毛振りかな
黒木康仁

母の日の母の願ひのたわいなく
山田紳介

姫女苑ほめられもせず咲きにけり
緒方恵美

本に身の入らぬ卯の花腐しかな
小山良枝

本棚の隅に聖書や月朧
飯田 静

ガレージを無断借用水鉄砲
島野紀子

礼状に御の字いくつ柿の花
緒方恵美

京ことば新茶ゆるゆる注ぎ分けて
小野雅子

さざなみのひろがるやうに貌佳草
小山良枝

魂の話などして粽解く
奥田眞二

オーデコロン犬にそつぽを向かれをり
小野雅子

麦秋の中へ単線消えゆけり
松井洋子

墨の香の心地良きかな朧の夜
飯田 静

風薫る父の癖字のなつかしき
山田紳介

スケボーの子ら飛び上がる蝶の昼
中村道子

その影も群を曳きゆく目高かな
森山栄子

はつなつの碧を深めて潮満つ
松井洋子

入学式まづ讃美歌を歌ひけり
鏡味味千代

この辻はいつも風ある夏柳
緒方恵美

かはほりや空に余光の熱りなほ
小野雅子

ソーダ水飲むたび顔をしかめたり
鏡味味千代

夕闇のもの言ひたげな額の花
小山良枝

ひととせの早きを嘆じ新茶汲む
奥田眞二

この森の王の如くに黒揚羽
山田紳介

飛びさうな蒲公英の絮チャイム鳴る
中村道子

飲み干して最後の甘きレモン水
長坂宏実

山鳩のこゑひとしきり余花の谷
緒方恵美

子らに声掛けて串打つ初鰹
松井洋子

老鶯や朝の水面の乱反射
小山良枝

乗客の眼鏡曇らす梅雨湿り
(乗客みな眼鏡曇らす梅雨湿り)
長坂宏実
字余りにしてまで「みな」を言う必要があるかどうか。眼鏡をかけていない乗客もいるはず。

素手濡らしつつ紫陽花を剪りにけり
(紫陽花を剪る素手を濡らしつつ)
箱守田鶴
原句は五五五の字足らずです。できた句は一度声に出して読んでみましょう。 リズムがおかしいときはすぐにわかります。

老桜芭蕉句碑ある豆腐店
(老桜芭蕉碑のある豆腐店)
千明朋代
「芭蕉碑」はいささか無理な省略です。

疫病を知らぬごとくに耕せり
(疫病を知らぬかのごと耕せり)
山内 雪
声に出して読めば、どちらが調べがよいかわかります。

気の早き蛙鳴き初む日照雨かな
(気の早き蛙鳴き初む日照雨して)
松井洋子
虚子の<遠山に日の当りたる枯野かな>の型です。「15音の名詞節+かな」と いう型を活用しましょう。なお、「鳴き初むる」と連体形にすべきところです が、音数を重視して終止形「鳴き初む」で代用しています。

祭笛聞こえず風の音ばかり
(祭り笛聞こえず風の音ばかり)
箱守田鶴

祭果つ待つてゐたかに父逝きぬ
(祭り果つ待つてゐたかに父逝きぬ)
千明朋代
送り仮名の問題です。「神田祭り」「葵祭り」ならば、ちょっとおかしいなと 感じますね。

児の熱を払はむ団扇ゆるゆると
(児の熱を払ふ団扇のゆるゆると)
箱守田鶴
「払はむ」と意志の「む」を入れることによって、親の願いが伝わります。

草の棘木の棘怖し夏はじめ
(草の棘木の棘怖や夏はじめ)
三好康夫
終止形「怖し」で切れますから、無理に「や」を使う必要はありません。

夏立つやいささか重き旅衣
(夏立つやいささか重し旅衣)
辻 敦丸
立つや/いささか重き旅衣」と上五で一度切ります。終止形「重し」のまま だと、「夏立つや/いささか重し/旅衣」と三段切れになってしまいます。

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■山内雪 選
魂の話などして粽解く       眞二
麦の秋ショッピングモール囲ひけり  洋子
信号のあふれ渋谷の薄暑かな    良枝
その影も群を曳きゆく目高かな   栄子
☆老桜芭蕉句碑ある豆腐店     朋代
芭蕉碑のある豆腐店に一気に引き込まれた。老桜が句を包み込んでいると思う。

■鏡味味千代 選
自らの花粉に汚れ百合の花     良枝
江戸風鈴造りて佐竹通りなる    田鶴
寝転べば空の降りくる清和かな   栄子
この辻はいつも風ある夏柳     恵美
☆麦秋や一人高ぶる心の音     康夫
昔の思い出か、いつけ読んだ物語の風景か。金色になった麦の風景に、何かを思い出して心を熱くする。
私は特に麦の畑には縁遠く、麦畑はなんだか西洋の風景のように思えて、この句に共鳴した。

■三好康夫 選
落つる日のひと時座する植田かな  敦丸
紫陽花の埋め尽くさんと遊女の碑  田鶴
ソーダ水飲むたび顔をしかめたり  味千代
陽炎の坂帰らねば帰らねば     栄子
☆茶畑の畝ふかぶかと暮れゆけり  栄子
かたじけなさに涙こぼるる。

■小野雅子 選
母の日の母の願ひのたわいなく   伸介
母の日の母正論を吐きにけり    伸介
自らの花粉に汚れ百合の花     良枝
小でまりに花びらほどの虫とまる  道子
☆茶畑の畝ふかぶかと暮れゆけり  栄子
茶畑は整然と刈りこまれ、畝の間は人ひとり通れる程の幅しかない。暮れかかると、まず畝が黒々と沈んでゆく。景が見えてきます。

■小山良枝 選
茶畑の畝ふかぶかと暮れゆけり   栄子
校章の臙脂きはだち更衣      洋子
礼状に御の字いくつ柿の花     恵美
山鳩のこゑひとしきり余花の谷   恵美
☆風薫る音楽室に忘れ物      伸介
学生時代の一場面を思い出しているのでしょうか。音楽室に忘れものを取りに戻ったところ、皆の歌声やピアノの音の余韻が残っていたのかもしれません。爽やかな風が感じられる作品でした。

■奥田眞二 選
荒れ果てし庭の片隅松の芯     静
京ことば新茶ゆるゆる注ぎ分けて  雅子
柿若葉口とがらせて文句言ひ    一枝
ふらここや姉より妹高く振れ    範子
☆朝な朝な花と戯れ夏に入る    静
手塩にかけて育てられているさまを、戯れとは素敵です。
疎ましいこと多き昨今ほのぼのとした気持ちを頂きました。

■中村道子 選
裸ん坊羽交ひ締めして爪を切る   味千代
児の熱を払はむ団扇ゆるゆると   田鶴
その影も群を曳きゆく目高かな   栄子
山鳩のこゑひとしきり余花の谷   恵美
☆落つる日のひと時座する植田かな  敦丸
まだ植えて間もない細い苗が並ぶ田。水面に斜めに映る夕日の色と静寂。情景が目に見えるようです。
「ひと時座する」の表現が気に入りました。その田植えをした方ならば、安堵の思いを抱いて眺めているのかも知れません。

■山田紳介 選
魂の話などして粽解く       眞二
芍薬の危きほどにゆるびけり    良枝
その影も群を曳きゆく目高かな   栄子
かはほりや空に余光の熱りなほ   雅子
☆この辻はいつも風ある夏柳    恵美
さらに堀があり、白壁があり、そしてそこに行けば懐かしい人達に会えそうな気がする。私は倉敷のとある辻のことを思い出してしまった。  

■辻 敦丸 選
小でまりに花びらほどの虫とまる  道子
茶畑の畝ふかぶかと暮れゆけり   栄子
一瞥が縁の始まり金魚玉      康夫
この辻はいつも風ある夏柳     恵美
☆芍薬の危きほどにゆるびけり   良枝
見事に開いた芍薬、落ちる時は潔い。その寸前を詠んでいる。

■黒木康仁 選
革命のエチュード街は青嵐     雅子
かはほりや空に余光の熱りなほ   雅子
この森の王の如くに黒揚羽     伸介
子らに声掛けて串打つ初鰹     洋子
☆麦秋の中へ単線消えゆけり    洋子
麦畑の中ローカル線の単線がどこまでも一直線に… 

■森山栄子 選
落つる日のひと時座する植田かな  敦丸
小橋古り袂最も緑濃し       すみ江
ソーダ水飲むたび顔をしかめたり  味千代
飛びさうな蒲公英の絮チャイム鳴る  道子
☆魂の話などして粽解く      眞二
粽解くという季語の斡旋に惹かれた。
転生という言葉が脳裏に浮かんだが、詠みぶりが飄々としているのも魅力。

■松井洋子 選
母の日の母の願ひのたわいなく   伸介
スケボーの子ら飛び上がる蝶の昼  道子
入学式まづ讃美歌を歌ひけり    味千代
忘れゐし出会ひと別れ余花の雨   一枝
☆この辻はいつも風ある夏柳    恵美
 一読して爽やかな初夏の風が感じられた。美しい葉柳も眩しいばかりである。

■箱守田鶴 選
母の日の花束笑顔の配達員     雅子
かはほりや空に余光の熱り顔    雅子
B29飛行機雲や麦の秋        眞二
囀りや鞍掛山の大合唱       範子
☆入学式まず讃美歌を歌ひけり   味千代
中学高校一貫のミッションスクール、希望して入学を果たしたとはいえ、入学式に讃美歌をまず歌うのにびっくりしている様子がうかがえる。これから新しい体験を沢山することだろう。       

■藤江 すみ江 選
墨の香の心地良きかな朧の夜    静  
信号のあふれ渋谷の薄暑かな    良枝  
この辻はいつも風ある夏柳     恵美  
この森の王の如くに黒揚羽     伸介  
☆茶畑の畝ふかぶかと暮れゆけり  栄子
夕暮に続く茶畑の景色が ありありと浮かんできて好きな句です。

■チボーしづ香 選
夏の虫網戸の穴をすり抜けて    宏実  
祭笛聞こえず風の音ばかり     田鶴  
風薫る音楽室に忘れ物       伸介  
よちよちの吹き飛ばされし夏帽子  すみ江  
☆落つる日のひと時座する植田かな  敦丸
庭仕事が好きで没頭している間にふと気づくと日が落ち始め一息つく一瞬に自然の壮大さや美しさに心身共に包み込まれる。そんな感じが出ている。

■緒方恵美 選
落つる日のひと時座する植田かな  敦丸  
茶畑の畝ふかぶかと暮れゆけり   栄子  
芍薬の危きほどにゆるびけり    良枝  
かはほりや空に余光の熱りなほ   雅子  
☆小橋古り袂最も緑濃し      すみ江
平明でリズムの良い句である。「小橋古り」の措辞により、橋に覆い被さるような新緑の景が浮かぶ。
毎年見られる光景ではあるが、自然の尊さを改めて実感させられる。

■深澤範子 選
京ことば新茶ゆるゆる注ぎ分けて  雅子  
本棚の隅に聖書や月朧       静  
この森の王の如くに黒揚羽     伸介  
夫に子に小満の夜の静かなり    栄子  
☆寝ころべば空の降りくる清和かな  栄子
のどかな清和の様子が伝わってきました。

■島野紀子 選
紫陽花の埋め尽くさんと遊女の碑  田鶴  
ふらここや姉より妹高く振れ    範子  
箱庭の浜に貝殻増えゆけり     良枝  
本に身の入らぬ卯の花腐しかな   良枝  
☆信号のあふれ渋谷の薄暑かな   良枝
夏の暑さと、重なり合う信号の暑苦しさ。
それも町の賑わい・熱気とした気持ちが季語に生かされている。

■長谷川一枝 選
母の日の花束笑顔の配達員     雅子
紫陽花の埋め尽くさんと遊女の碑  田鶴
山門へ新種をならべ牡丹寺     洋子
風薫る音楽室に忘れ物       伸介
☆この森の王の如くに黒揚羽    伸介

日盛りでも薄暗き森の中をゆうゆうと過ぎる大きな蝶を思い浮かべました。

■長坂 宏実 選
スプリンクラー箱庭ほどの虹架かり  味千代  
ごめんねと言ひつつ今日も冷奴   雅子  
おのがこと鯉と思ひゐる金魚    田鶴  
子らに声掛けて串打つ初鰹     洋子  
☆信号のあふれ渋谷の薄暑かな   良枝
車や人が多い渋谷の様子が浮かんできます。信号を待つときの人混みの中の暑さを思い出しました。

■飯田静 選
スプリンクラー箱庭ほどの虹架かり  味千代
ごめんねと言ひつつ今日も冷奴   雅子
おのがこと鯉と思ひゐる金魚    田鶴
子らに声掛けて串打つ初鰹     洋子
☆信号のあふれ渋谷の薄暑かな   良枝
車や人が多い渋谷の様子が浮かんできます。信号を待つときの人混みの中の暑さを思い出しました。

 

◆今月のワンポイント

「ひとつまみのスパイスを」

たとえば、
<春宵の夫婦たまには手をつなぎ>
という句があるとします。それは結構なのですが、 作品としては善人すぎてあまりおもしろくないようです。
<春宵の夫の莨を盗み吸ふ>(西村和子)
と 比べてみてください。
今回の特選句
<裸ん坊羽交ひ締めして爪を切る>
に注目しました。「羽交ひ締め」などという、すわ虐待かと誤解されそうな表現が、親の必死な形相を想像させ、巧まざるユーモアを生んでいます。か わいい、かわいいとは言っていないのに、愛情が伝わってきます。
(井出野浩貴)

◆特選句 西村 和子 選

春の川雲の流れに追ひつけず
小山良枝

【講評】雪解けで水嵩を増し迸る川も春の川には違いないが、季語としては明るくのどかに流れる川が「春の川」の本意である。
作者は穏やかな春の景色を眺めているうちに、川の流れより雲の流れの方が速いことに気づいた。雲は遥か遠くにあるからゆっくり動いているように見えるのだけれども、この川の流れよりは速い。それほどに川がゆったりと流れていることを、逆に川が追いつけないと言ったところにこの句の工夫がある。
輝きつつ緩やかに流れる川の面に映っている雲も、川の流れを追い越しているだろう。大きな景色が読む人の眼前にも広がる句である。(高橋桃衣)

 

亀鳴くや逆しまに見る世界地図
小野雅子

【講評】亀は鳴くのかというと、うちの亀はキイと鳴くとか、鼻水も出すとかいう話になっていくが、そういうことではない。日本人の詩心として昔から空想を楽しんできた、のどかな春の季語なのである。
古代の世界地図にしても空想に満ちている。正確だという現代の世界地図も逆さまに見たら、今まで誰も気づかなかった島を見つけるかもしれない。亀だって鳴くような、うららかな春なのだから。(高橋桃衣)

 

花韮の小径おとなの知らぬ道
松井洋子
【講評】 明治期に日本に入ってきた花韮は、韮のような匂いがするが食用ではなく、桜が咲く頃に植え込みなどに群れ咲く園芸種である。紫がかった白い6弁の花の形から「ベツレヘムの星」とも言われている。
(俳人協会「俳句の庭」第6回 ベツレヘムの星 西村和子 参照)
https://www.haijinkyokai.jp/reading/post_6.html

子供達はこっそり家を通り抜けたり、公園の植え込みや野原を突っ切ったり、自分達だけの秘密の道を作る。花韮が星のように咲いているこの小径も、秘密基地へと続いているのだろう。(高橋桃衣)

 

春夕焼言の葉ときに役立たず
田中優美子

【講評】夕焼といえば夏の季語だが、日暮れも遅くなり、のんびりとしてまだ外にいたいような頃の夕焼は、暖かく優しく、心が満たされるような気持ちになる。
作者にはそれを伝えたいと思う人がいる。言葉は気持ちを表現して伝える道具なのに、今日はうまく使えない。役に立たないなあ。でも、この柔らかく、寄り添ってくれるような春夕焼を眺めれば、私の気持ちはわかってくれるに違いない。
「役立たず」と言って自分に苛立っているのではない。仕方ないなあと受け入れているように感じられるのは、「春夕焼」という季語が大いに語っているからである。(高橋桃衣)

 

巣箱掛く海が光となる高さ
小山良枝
【講評】鳥は不安定な細い木や、蛇などが来やすい枝のある場所には巣を作らないので、巣箱を掛けるのは前が開けている太い木が良いらしい。
海が見渡せるところに作者は巣箱を掛けた。これでどうだろうと振り返ってみると、海面が光のように煌めいている。
「海が光となる高さ」が何メートルなのか、ということは問題ではない。ここだと思った高さをこのように表現したのである。この輝く海が見える所ならば、きっと鳥は入って巣を作ってくれるだろうという、確信に満ちた高さなのである。(高橋桃衣)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

( )内は原句
春風へ補助輪はづし漕ぎ出す
松井洋子

青空や残る桜に残る風
田中優美子

残照へみづを曳きゆく春の鴨
森山栄子

花の雨けぶり包める伊吹山
辻 敦丸

すめらぎの兜鎭めし山笑ふ
黒木康仁

水温む啄木の歌復唱す
深澤範子

陽炎や鏡持たざる鳥獣
小山良枝

花疲れワインほどよく冷えにけり
奥田眞二

疫病の報に横文字春寒し
山内雪

花筏奇声を上げて過ぎにけり
三好康夫

春筍や鐘ゆるるんと東山
辻 敦丸

遠足のをらず産寧坂広し
島野紀子

鳥雲にクレーン腕を上げしまま
松井洋子

囀や手を振れば来る渡し舟
松井洋子

シャボン玉一つは風に乗りにけり
山田紳介

骸骨の踊る一軸北斎忌
箱守田鶴

田打機や鷺ひき連れて前進す
松井洋子

山焼きや編み上げブーツきつく締め
鏡味味千代

つばくらめけふ開店の茶房かな
小山良枝

さ丹塗の鳥居の前を花筏
三好康夫

春光や弁当売りの声若し
長坂 宏実

朧月その猫の名はスフィンクス
小野雅子

校門に子らを待ちたるチューリップ
松井洋子

様々なかけらの光る浜うらら
小山良枝

春日傘三つ並んで歩きをり
深澤範子

公園の隅の手植ゑの山桜
鏡味味千代

木蓮の蕾何をか守りたる
田中優美子

蒼天を打ち鳴らしたり揚雲雀
小野雅子
(蒼天を打ち鳴らしたり朝雲雀)

行くほどにまた花に逢ふ嵯峨野かな
奥田眞二
(小径ゆきまた花に逢ふ嵯峨野かな)

春ともし何してゐても浮かぶ顔
田中優美子
(何しても浮かぶ顔あり春ともし)

鳥曇ペーパーウェイトひんやりと
森山栄子
(ひんやりとペーパーウェイト鳥曇)

水音へ枝のなだるる花月夜
藤江すみ江
(水音へなだるる枝の花月夜)

何処より祇王寺に花舞ひ来たる
奥田眞二
(何処より祇王寺に花まひ来る)

我が記憶おぼつかなしや花は葉に
長谷川一枝
(花は葉におぼつかなしや我が記憶)

葉を分けて蕾数へてシクラメン
小野雅子
(葉を分けて蕾数ふるシクラメン)

雪解ける音に目覚むる朝かな
鏡味味千代
(雪解ける音で目覚むる朝かな)

欄干に旅人凭れ花筏
三好康夫
(欄干に凭れる旅人花筏)

屈強なり剪定をする男どち
千明朋代
(屈強な剪定をする男どち)
「屈強な剪定」と続いてしまいますので、上五で切りましょう。

半島の果てまで来たり春の旅
山田紳介
(半島の果てまで来たる春の旅)

花冷や屋根裏走るものの音
中村道子
(花冷や屋根裏走る物の音)

花疲れお薄の碗の手にやさし
奥田眞二
(手にやさしお薄一服花疲れ)

たんぽぽの絮吹く一句得ぬままに
奥田眞二
(たんぽぽの絮吹く句案得ぬままに)

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■山内雪 選
花冷や屋根裏走るものの音     道子
春夕焼三陸の海燃えてゐる     範子
売り切れの本を待つ日々春深し   宏実
亀鳴くや逆しまに見る世界地図   雅子
☆囀や手を振れば来る渡し舟    洋子

一読景が見え鳥の声も聞こえてきた。うらやましい暮らしである。

 

■小野雅子 選
春風へ補助輪はづし漕ぎ出す    洋子
囀や手を振れば来る渡し舟     洋子
高きより高きへ散りぬ山桜     紳介
シャボン玉一つは風に乗りにけり  紳介
☆花びらを踏むくれなゐの鳩の足  良枝

鳩は身近かすぎて普段気にもとめないが、花の終わりを惜しむ作者の前に鳩が歩いてきた。足の紅に目をとめたところが素敵です。

 

■小山良枝 選
残照へみづを曳きゆく春の鴨    栄子
ひとり居のインターフォンに春の鳥  雅子
春の夜やラジオのノイズ甘やかに  優美子
花桃や母の茶碗の小さきこと    洋子
☆囀や手を振れば来る渡し舟    洋子

時刻表がある訳でなく、手を振れば来る渡し舟とは長閑ですね。季語の明るさと相まって、ゆったりした時間の流れが感じられる作品でした。

 

■田中優美子 選
春風へ補助輪はづし漕ぎ出す    洋子
高きより高きへ散りぬ山桜     紳介
雪解ける音に目覚むる朝かな    味千代
葉を分けて蕾数へてシクラメン   雅子
☆売り切れの本を待つ日々春深し  宏実

まさに自分の実感。巣籠の日々に、読もうと思っていた話題作を探したらものの見事に売り切れ。
入荷を待つうちに、季節は進んでいきました。春だからこそ、待ち遠しい気持ちのもどかしさや少し気だるい感じ、それでも楽しみだという微妙な心の動きが表されていると思います。

 

■三好康夫 選
ざく切りの男の料理春の宵     宏実
ドーナツの穴も平らげ亀の鳴く   味千代
雪解ける音に目覚むる朝かな    味千代
亀鳴くや逆しまに見る世界地図   雅子
☆囀や手を振れば来る渡し舟    洋子

応えるもののある嬉しさ。

 

■藤江すみ江 選
花びらの追ひかけてをり三輪車   田鶴
春筍や鐘ゆるるんと東山      敦丸
春の川雲の流れに追ひつけず    良枝
巣箱掛く海が光となる高さ     良枝
☆高きより高きへ散りぬ山桜    紳介

 聳え立つ山桜の一樹を眺めていると、斜面に吹かれていったという真実が詩になっています。

 

■千明朋代 選
春陰や元気よそほひつつ電話    雅子
残照へみづを曳きゆく春の鴨    栄子
桜狩やましさちらと顔を出し    康仁
蒼天を打ち鳴らしたり揚雲雀    雅子
☆花に酔ひ人を恋する余生かな   眞二

私の理想を現わした句で、とても見事と思いました。

 

■チボーしづ香 選
青き踏む疫病の世をうれひつつ   道子
春の雷そつと耳打ちそれつきり   田鶴
春の川雲の流れに追ひつけず    良枝
物忘れ許し許され木の芽和え    雅子
☆思ひ切る剪定鋏光らせて     雅子

果樹の選定は少しずつ出た実を惜しまずに切らなければならない。
その思い切りと実際の木を切るがかかっていて旨いと思った。  

 

■森山栄子 選
さざなみのかたち残りて白子干   良枝
巣箱掛く海が光となる高さ     良枝
春の川雲の流れに追ひつけず    良枝
花楓手帳にしかとパスワード    一枝
☆ドーナツの穴も平らげ亀の鳴く  味千代

虚と虚、空と空というのだろうか。飄々とした詠みぶりに惹かれた。

 

■松井洋子 選
思ひ切る剪定鋏光らせて      雅子
がうがうと渦に乗り入れ花筏    康夫
残照へみづを曳きゆく春の鴨    栄子
ざく切りの男の料理春の宵     宏実
☆高きより高きへ散りぬ山桜    紳介

「高きへ散りぬ」で見事に山桜が表現されている。飛花しか描かれていないことにより、かえって背景の山や空、風や花の香まで想像が広がった。

 

■深澤範子 選
花桃や母の茶碗の小さきこと    洋子
すぐ食べよやつぱりやめよ桜餅   優美子
雨の日がだんだん好きに翁草    栄子
様々なかけらの光る浜うらら    良枝
☆がうがうと渦に乗り入れ花筏   康夫

花筏が突然、渦に巻き込まれていく様子が眼に浮かぶ。映像が見えて来る句だと思う。

 

■辻 敦丸 選
残照へみづを曳きゆく春の鴨    栄子
ドーランの下は哀愁花の雨     すみ江
花疲れお薄の椀の手にやさし    眞二
桜蕊ふる未来に希望託しけり    宏実
☆花韮の小径おとなの知らぬ道   洋子

遠い昔疎開先の子が沢山の秘密を教えてくれた。あの小径はその一つだった。

 

■長谷川一枝 選
花に酔ひ人を恋する余生かな    眞二
春筍や鐘ゆるるんと東山      敦丸
ひと本の田打桜や開墾地      雅子
物忘れ許し許され木の芽和え    雅子
☆巣箱掛く海が光となる高さ    良枝

「海が光となる高さ」の描写に惹かれました。        

 

■鏡味味千代 選
春ともし何してゐても浮かぶ顔   優美子
囀や手を振れば来る渡し舟     洋子
骸骨の踊る一軸北斎忌       田鶴
つばくらめけふ開店の茶房かな   良枝
☆春の夜やラジオのノイズ甘やかに  優美子

ラジオの音は甘やかだ。聞いていて、まるで誰かと会話しているような気持ちにもなって、心地よい。
楽しい番組なのだろう。春の夜の季語でそれが察せられる。

 

■島野紀子 選
思ひ切る剪定鋏光らせて      雅子
春ともし何してゐても浮かぶ顔   優美子
囀や手を振れば来る渡し舟     洋子
花韮の小径おとなの知らぬ道    洋子
☆みどりともあをともつかぬ春の川  良枝

河川敷も賑わう春、河原のみどりはたまた空の青を春の川は映しているのでしょうか。

 

■黒木康仁 選
歯の抜けし跡に小さき春の闇    味千代
高きより高きへ散りぬ山桜     紳介
入学児すこし反り身でVサイン   道子
やはらかき木の芽田楽蔵座敷    雅子
☆田打機や鷺ひき連れて前進す   洋子

 田を掘り返していくその後ろからミミズかなんかが飛び出してくるので鷺が追いかけるそんなのどかな景色ですね。

 

■中村道子 選
春風へ補助輪はづし漕ぎ出す    洋子
少年の口笛上手し風光る      洋子
亀鳴くや塞ぎし井戸に空気穴    洋子
蝶の翅無音のリズムきざみけり   良枝
☆物忘れ許し許され木の芽和え   雅子

歳を重ねると本当に物忘れが多くなります。笑ってしまうような物忘れもあるけれど、少々困る物忘れもあります。お互い様と許しつつ暮らす日々に「木の芽和え」がピリッと効いている感じがしました。

 

■箱守田鶴 選
田打機や鷺ひき連れて前進す    洋子
花韮の小径おとなの知らぬ道    洋子
すめらぎの兜鎮めし山笑ふ     康仁
雨の日がだんだん好きに翁草    栄子
☆つばくらめけふ開店の茶房かな  良枝

町はずれのいつもの散歩道、今まで気が付かなかったが小さな喫茶店が開店するという。しかも今日、燕の来る日にだ。散歩の途中に立ち寄りたい気持、よくわかる

 

■長坂宏実 選
花疲れワインほどよく冷えにけり  眞二
朧夜に書くエンディングノートかな  道子
ひとり居のインターフォンに春の鳥  雅子
シャボン玉一つは風に乗りにけり  紳介
☆花びらを踏むくれなゐの鳩の足  良枝

散った桜の花びらを気にせず踏みながら、鳩がテケテケと歩いていく情景が浮かんできました。

 

■山田紳介  選
花楓手帳にしかとパスワード    一枝
亀鳴くや逆しまに見る世界地図   雅子
朧月その猫の名はスフィンクス   雅子
花冷や屋根裏走るものの音     道子
☆春の夜やラジオのノイズ甘やかに  優美子

 全てが薄い膜で被われたような春の宵には、アナログラジオのノイズすら心地よく感じられる。「甘やかに」がぴったり。

 

◆今月のワンポイント

「花韮」と「韮の花」

「馬酔木の花」を「花馬酔木」、「林檎の花」を「花林檎」などと5音に収めるために「花」を頭に持ってくることがあります。
しかし「韮の花」と「花韮」は同じものではありません。他にも「大根の花」と「花大根」、「茗荷の花」と「花茗荷」などはそれぞれ別の植物です。
頭に「花」をつける時には注意が必要です。
(高橋桃衣)

◆特選句 西村 和子 選

休校の子らを誘ひて蓬摘
森山栄子
【講評】新型コロナ蔓延防止のため、春休みを待たずに休校になった。数日ならば嬉しい休みも、だんだん退屈になり体を持て余してくる。兄弟喧嘩も始まる。自分の子供だけではない。親が働いている子もいる。そんな子供達をなんとかしてあげたいと思いついたのが蓬摘み。近くの土手や原っぱの蓬は今がちょうど摘みごろ。日差しも風も気持ちよく、喧嘩することも忘れてせっせと摘んでいる子供達の様子も、手の中の蓬の香りも伝わってくる。帰ってから作る草餅も、この春の思い出の一つとなることだろう。(高橋桃衣)

 

春雨の色眠たげの東山
辻 敦丸
【講評】「春雨」は3月から4月にしとしと降り続く雨で、春の艶やかな情緒を感じさせる季語である。この句は「眠たげ」という言葉で、春雨の降りかたも、ぼんやりと見える東山の趣も描くことに成功しているが、さらに春雨の「色」と言ったことで、水彩絵具を溶いたような、柔らかく淡い彩りを読者に感じさせてくれる。
「春雨」はまた、木々の芽吹きを助け、花を開かせる雨でもある。京都の町並も、辻から眺める東山も、この雨に包まれて一段と春が深まっていくようだ。(高橋桃衣)

 

草餅や湯呑に郷土力士の名
森山栄子
【講評】 鶯餅、椿餅、桜餅などに比べて草餅は、手作りの温かみある素朴な餅である。お茶も、薄手で小ぶりな煎茶茶碗より、厚手で寸胴な湯呑がぴったりだ。しかもこの土地で皆が応援している力士の名が入った湯呑である。近くで摘んで搗いた蓬餅は色も香りもよく柔らかく、両手で包み持つ湯呑はあたたかい。視覚、嗅覚、触覚で、住む地への愛情を表現した句である。(高橋桃衣)

 

朝桜昨日と違ふ道選び
田中優美子
【講評】開花を待ち望み、咲けば風雨に落ち着かず、散り急ぐことを惜しみ、私たちの心を捉えて放さない桜。初桜から遅桜、葉桜になるまで、また1日の中でも朝桜、夕桜、夜桜、とそれぞれの風情を愛でて飽きない桜である。その中で、朝桜は明るく、新しく、1日の始まりに生きる力を与えてくれる。出勤の途中に出会うだけでも心が弾んでくる。
「昨日と違う道」は、桜が見たくていつもと違う道を選んだ、というだけではない。朝桜から元気と希望と勇気をもらった作者は、昨日を引きずることなく、今日という新しい一日に挑もうとしているのである。(高橋桃衣)

 

強東風やしつかと根付きスカイツリー
箱守田鶴
【講評】完成前には東日本大震災があり、634メートルという高さを不安がられたスカイツリー。いつの間にかそんな心配も忘れられ、すっかり東京の景色の一つになりきっている。
世界中で塔はタワーで、ツリーという名称のものはないというが、スカイツリーは天へ向かっていく木である。だからこそ植えて8年経ち、強風にもどっしりと構えている姿に、「根付き」という言葉が出たのだ。しかもこの風が台風ならば、じっと耐えているだけだが、強風でも「東風」である。風の向こうには明るい未来、希望がある。(高橋桃衣)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

( )内は原句

最北の原野つらぬく雪解道
山内雪

伊那谷の花悠々と湛へたり
鏡味味千代

春の日やファンデーションを変へてみる
深澤範子

夜の潮静かに満ちて春の旅
山田紳介

かんばせのうすがみはがし雛飾る
長谷川一枝

空に溶けみづうみに溶け春の山
小野雅子

どの児より担任が泣き卒園式
松井洋子

春の灯の終の一つとなりにけり
山田紳介

雛飾るあの頃のこと子に聞かせ
長谷川一枝

初桜今日は昨日と違ふ朝
田中優美子

なじみたる数珠つまぐりて堂の春
小野雅子

涅槃西風逆らひ流され飛ぶ一羽
箱守田鶴

境内のしじま畏み朝桜
田中優美子

春休み路地一面に線路描き
箱守田鶴

コンビニへチューハイ買ひに夕桜
田中優美子

堂縁に老尼の草履ふきのたう
小野雅子

ここからはアリスの国ぞ落椿
松井洋子

触れし手へつつつと雫雪柳
三好康夫

草餅屋土人形のおつとりと
森山栄子

朧月めがね橋より出て来たる
深澤範子

ふらここの揺るる公園昼の月
中村道子

春雨に頭濡らして鳥ちょんちょん
小野雅子

彼岸寺住職替はり猫をらず
箱守田鶴

優雅には遠く白鳥鳴き交はす
山内雪

花冷えや休館続く美術展
長谷川一枝

日常の貴きを知る春の風邪
長坂宏実

世話好きは母系の血筋チューリップ
島野紀子

壁紙の模様に飽きて春の風邪
鏡味味千代

鶯のここぞといふ時鳴きくれし
箱守田鶴

白木蓮はくれんの蕾ビロード花サテン
藤江すみ江
(白れんの蕾ビロード花サテン)
「白れん」は「白蓮(びゃくれん)」のことになりますので、「白木蓮」または「はくれん」と表記しましょう。

おほ空へらせん階段春の鳶
小野雅子
(おほ空のらせん階段春の鳶)
大空へ上って行くのですから、「へ」です。

忘却は時のはからひ涅槃西風
松井洋子
(忘却てふ時のはからひ涅槃西風)

ふらここを大海原へ漕ぎくれし
藤江すみ江
(ふらここを大海原へ漕ぎくれし日)

風の匂ひ雨の音にも三月来
深澤範子
(風の匂ひ雨の音色や三月来)

うたた寝の腕の痺るる春炬燵
中村道子
(うたた寝の痺るる腕や春炬燵)

ひらかんと枝垂桜の息とめし
千明朋代
(咲きなんと枝垂桜の息とめし)

舞ひ降りて何処に行きし春の雪
辻 敦丸
(舞ひ降りて何処にあるや春の雪)

踏み出さぬ人の背を押す桜まじ
鏡味味千代
(踏み出さぬ人の背中押す桜まじ)

地に触るる枝垂桜の枝の先
千明朋代
(地に至る枝垂桜の枝の先)

春風や剣玉の音小気味よき
藤江すみ江
(小気味好き剣玉の音春の風)

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小野雅子 選
要締め雛の扇のおさまりぬ   洋子
コンビニへチューハイ買ひに夕桜 優美子
風光るぶるんと母の耕耘機   優美子
雉啼きてなほ薄明を引き留むる 康夫
☆最北の原野つらぬく雪解道  雪

北国の暮らしは厳しく、半年は雪との闘いに明け暮れる。春が兆すと道が溶け始める。
最北の原野、ここにも人の暮らしがある。

 

■三好康夫 選
世話好きは母系の血筋チューリップ 紀子
風花や古代史講座たけなはに  雪
古雛や埃ひとつもなき調度   洋子
壁紙の模様に飽きて春の風邪  味千代
☆なじみたる数珠つまぐりて堂の春 雅子

コロナウイルスのために不安な世の中、やっぱり、この安心は代えがたいものがある。

 

■藤江すみ江 選
どの児より担任が泣き卒園式  洋子
父の手の藁で束ぬるほうれん草 道子
堂縁に老尼の草履ふきのたう  雅子
蝶の昼猫は薄目をまた閉ぢて  雅子
☆触れし手へつつつと雫雪柳  康夫

雪柳のひと片を雫と表現したところが いいなと思いました 雪柳のあの軽い花びらの実感だと思いました。

 

■箱守田鶴 選
どの児より担任が泣き卒園式  洋子
母の言ふ通りに雛を飾りけり  紳介
草餅や湯呑に郷土力士の名   栄子
ランナーの集団春雨跳ね上げて 雅子
☆コンビニへチューハイ買ひに夕桜 優美子

我が家でも飲み物は各自調達してくる。彼らも夫々夕桜を見上げているだろう。
チューハイの缶をかかえ、こよなく日常の中にある愛すべき夕桜、こんな花見が大好きだ。

 

■中村道子 選
最北の原野つらぬく雪解道   雪
春眠や本に隠れて昼休み    宏実
しづかさや木肌にあそぶ春日影 すみ江
草餅や湯呑に郷土力士の名   栄子
☆春休み路地一面に線路描き  田鶴

新型コロナウイルス感染症の拡大を防ぐため、外出の制限が続いた今年の春休み。
路地いっぱいに線路を描く子供の姿が浮かぶ。早く電車に乗って自由に出かけたい。私も…。

 

■長谷川一枝 選
世話好きは母系の血筋チューリップ 紀子
忘却は時のはからひ涅槃西風  洋子
休校の子らを誘ひて蓬摘    栄子
春休み路地一面に線路描き   田鶴
☆おほ空へらせん階段春の鳶  雅子

ピーヒョロローと気持ちよさげに鳴きながら碧空を悠々と転回する鳶。この昏迷した状況をふと忘れさせてくれました。

 

■森山栄子 選
牛飼の村に白鳥大鳴きす    雪
酢をきかすポテトサラダや山笑ふ 朋代
雛飾るあの頃のこと子に聞かせ 一枝
堂縁に老尼の草履ふきのたう  雅子
☆空に溶けみづうみに溶け春の山 雅子

大景がゆったりと詠まれ、穏やかな心持ちになる。山笑うと表される春の山容が、空に溶けていく一相のように感じられた。

 

■鏡味味千代 選
春山を我がものとして養蜂家  雅子
鳥雲に船影遅遅と南南東    敦丸
草餅や湯呑に郷土力士の名   栄子
報はるることなけれども初桜  優美子
☆雉啼きてなほ薄明を引き留むる 康夫

雉の尾の先に薄明があるかのような、一服の琳派の絵のような句だと思いました。  

 

■チボーしづ香 選
参道に人足途切れ風光る    田鶴
落ちてなほ椿の色のあざやかに 一枝
風の匂ひ雨の音にも三月来   範子
蹠より寒戻りくる畳かな    洋子
☆夜の潮静かに満ちて春の旅  紳介

夜の静けさに春の旅を満喫する旅人の心がよく出ている。

 

■松井洋子 選
空に溶けみづうみに溶け春の山 雅子
風の匂ひ雨の音にも三月来   範子
春風や剣玉の音小気味よき   すみ江
雉啼きてなほ薄明を引き留むる 康夫
☆春の川渡りきりたるチューバの音 味千代

高校生だろうか、チューバを練習している音が対岸から聞こえる。かなり肺活量が要ると思われるが、いつまでも一人で吹いている。春光を浴びて流れる川とチューバの音、若々しい力が感じられた。

 

■千明朋代 選
雉啼きてなほ薄明を引き留むる 康夫
ここからはアリスの国ぞ落椿  洋子
春の川渡りきりたるチューバの音 味千代
鶯のここぞといふ時鳴きくれし 田鶴
☆春雷や耳立てたまま猫眠り  雅子

猫の緊張したまま眠る様子が今の日本の惨状を現わしているように思いました。

 

■辻 敦丸 選
最北の原野つらぬく雪解道   雪
父の手の藁で束ぬるほうれん草 道子
雉啼きてなほ薄明を引き留むる 康夫
ふらここの揺るる公園昼の月  道子
☆蹠より寒戻りくる畳かな   洋子

大乗寺の広い畳は各別でした。遠い昔の思い出です。 

 

■黒木康仁 選
春山を我がものとして養蜂家  雅子
ここからはアリスの国ぞ落椿  洋子
春休み路地一面に線路描き   田鶴
風光る初めて寄りし和菓子店  道子
☆蝶の昼猫は薄目をまた閉ぢて 雅子

のどかな春の昼の光景が目に浮かんできます。下五によって余韻が。        

 

■島野紀子 選
春山を我がものとして養蜂家  雅子
鳥雲に船影遅遅と南南東    敦丸
牛飼の村に白鳥大鳴きす    雪
酌をする手のぎこちなく春袷  味千代
☆忘却は時のはからひ涅槃西風 洋子

認知症を近親者に持つ方か、このように思ってもらえるお年寄りは幸せだな、徳を積んでこられた若き頃だったんだろうなと背筋を正しました。

 

■田中優美子 選
鳥雲に船影遅遅と南南東    敦丸
忘却は時のはからひ涅槃西風 洋子
壁紙の模様に飽きて春の風邪  味千代
ひらかんと枝垂桜の息とめし  朋代
☆春雷や耳立てたまま猫眠り  雅子

犬は雷を怖がりますが、なるほど猫ならこんなこともあり得そうです。一瞬、本当かしらと疑いましたが、泰然自若、気ままな猫なら耳を立てたまま寝入っていそうです。
可愛らしい様子が目に浮かびました。

 

■深澤範子 選
どの児より担任が泣き卒園式  洋子
朝桜空の孤独へ寄り添へる   優美子
強東風やしつかと根付きスカイツリー 田鶴
落ちてなほ椿の色のあざやかに 一枝
☆検診の数値まづまづ夫の春  雅子

日頃の旦那さまの健康を気遣う様子がうかがわれる。検診の数値がまずまずだったとほっとした様子が伝わって来る。

 

■山田紳介 選
空に溶けみづうみに溶け春の山 雅子
父の手の藁で束ぬるほうれん草 道子
ここからはアリスの国ぞ落椿  洋子
納むるをはや話しつつ雛飾る  洋子
☆伯山の語れば春の闇深く   味千代

このアナーキーで、刃物のように鋭い伯山のパフォーマンスを聞いて、私も同じ様な感想を持ちました。 

 

■長坂 宏実 選
花冷えや休館続く美術展    一枝
コンビニへチューハイ買ひに夕桜 優美子
蹠より寒戻りくる畳かな    洋子
壁紙の模様に飽きて春の風邪  味千代
☆水仙を揺らしバス停までダッシュ 栄子

少し暖かくなってきた頃の、すがすがしくて爽快な日の出来事かなあと思いました。

 

■山内雪 選
花冷えや休館続く美術展    一枝
風光るぶるんと母の耕耘機   優美子
蹠より寒戻りくる畳かな    洋子
ふらここの揺るる公園昼の月  道子
☆おほ空へらせん階段春の鳶  雅子

見えるはずのないらせん階段が一瞬見えました。

 

◆今月のワンポイント
「季語を選ぼう」

「季語が動く」と言われることがあります。これは季語を別のものに置き換えても、その句が成り立つということです。
「風花や古代史講座たけなはに」
は、実際に風花が舞ったので詠まれたのかもしれませんが、
「春風や古代史講座たけなはに」
とすることもできます。
季語の持っているイメージ、季節感がその句を力強く語ってくれる、そのような説得力のある季語を選びましょう。(高橋桃衣)

◆特選句 西村 和子 選

流氷の来たなと婆の言ふ寒さ
山内 雪
【講評】接岸は何時と毎年ニュースになる流氷。接岸するや、流氷原となった海を眺めに、砕氷船に乗りに、観光客はやって来る。しかしそこに暮らす人々にとっては、波音の無くなった海から押し寄せてくる寒さをじっと耐えなければならない時なのである。
「婆」という言い方から、その地にたくましく生きている人が見えてくる。冬の寒さも知り尽くしている人の覚悟とも取れる一言だからこそ、尋常でない寒さも伝わってくる。(高橋桃衣)

 

薄氷に風の記憶と夜の記憶
小野 雅子
【講評】池などに張った氷は、木の葉や泡や泥などを包み込んでいるが、この薄氷は凍っていった時の記憶も閉じ込めているという。表面を波打つように凍らせる風の鋭さ、厚みを増して凍っていく夜の静寂、空の星の輝き……木の葉や泡を解き放つように、それらの記憶も少しずつ手放しながら、春の日差しに解けていく薄氷である。(高橋桃衣)

 

春の野に開く「純情小曲集」
山田 紳介
【講評】 「ふらんすへ行きたしと思へども…」など教科書で習った懐かしい萩原朔太郎の詩集である。「じゅんじょうしょうきょくしゅう」と声にして読めば、拗音のやわらかいリズムは心地よく、「小曲」からは、次々と軽やかな音楽が聞こえそうだ。
今作者は若草の野に来ている。手にした詩集を開けば、序に「やさしい純情にみちた過去の日を記念するために」とある。それはまた作者にとっても、やさしい純情にみちた過去の日を思う時間でもある。(高橋桃衣)

 

へらへらとつくろひ笑ひみずつぱな
黒木 康仁
【講評】水のように薄く流れ出る鼻汁。寒さで出ることもあるけれども、大の男が水洟を垂らしているのは侘しい。それに気づいて、つくろい笑いするしかない。なんとも情けないなあと、自嘲している様子を「へらへら」という擬態語で描いている。

へろへろとワンタンすするクリスマス 秋元不死男
ひらひらと月光降りぬ貝割菜     川端茅舎
鳥威しひかひかひかときらめける   清崎敏郎
ちかちかとはたゆらゆらと灯涼し   西村和子

など、オノマトペは効果的に使うと感覚的に本質を描き出すことができる。(高橋桃衣)

 

新玉葱しゃりしゃり刻み母元気
小野 雅子
【講評】玉葱は収穫してからしばらくの間は風にあてて乾燥させるが、新玉葱は早取りしてすぐに出荷するので、水分が多く、皮が薄くてやわらかい。その新鮮さが「しやりしやり」から伝わってくる。しかも生で食べると血圧を下げると言われる玉葱である。巷に出た新玉葱を早速買ってきて、刻もうと台所に立つ母親の気持ちの張りも見えてくる。(高橋桃衣)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

( )内は原句

仁左衛門の献梅早も真白なり
松井洋子

冴返る遺族年金申請書
田中優美子

遠つ国の歌なつかしき春の鳥
小野雅子

春昼のバス一人乗り二人降り
箱守田鶴

針供養男はカメラ持つばかり
長谷川一枝

一瞬を生きよと光る寒昴
田中優美子

梅の蕊びびびびびびと風の中
三好康夫

包装紙きれいに畳み春隣
森山栄子

囀りや子供のゐない公園の
箱守田鶴

どこからか校歌流るる春野かな
山田紳介

指さしてこれは椿と子に教へ
長谷川一枝

春昼や無音テレビの診療所
中村道子

鳥の影騒ぎ桜の芽の静か
箱守田鶴

いぬふぐりあの日の海の色したる
田中優美子

迸ること楽しくて春の川
小野雅子

丸太積むトラック冬の靄を来る
山内 雪

嘴の濡れてきらきら水温む
藤江すみ江

奥山を越えて降り来し春の雪
黒木康仁

宿坊の絨毯厚く春寒し
鏡味味千代

下ばかり見て下萌に気づきけり
田中優美子

菜の花や雨の予報の誤たず
三好康夫

追ひかけてゐるのはどつち春の野に
山田紳介

春浅し優しい嘘もやはり嘘
鏡味味千代

息抜きが本気になりて春の宵
長谷川一枝

針納めメリケン針と呼びしもの
箱守田鶴

春浅し岩根の声の密やかに
鏡味味千代
(岩々の声密やかに春浅し)
まだ寒さが緩んでない浅春。上五に持っていくと、より締まった感じになります。

折小さき海鮮弁当春めけり
藤江すみ江
(折小さし海鮮弁当春めけり)
海鮮弁当の折が小さいのですから、上五で切らずに続けましょう。

真夜中の冬満月の明るさよ
深澤範子
(深夜二時冬満月の明るさよ)
時間を説明せずに、深夜の雰囲気として詠みましょう。

枝打ちの母の鉈音日脚伸ぶ
田中優美子
(枝打ちの母の鉈の音日脚伸ぶ)
鈴、笛、虫など心に訴えるように響いてくるものは音(ね)、鉈は(おと)です。

絵馬堂の軒をはみ出し盆梅市
松井洋子
(絵馬堂の軒を余りて盆梅市)
「余り」を「はみ出し」としますと、より具体的で、情景が目に浮かびます。

被災地にすつくと立ちて桃の花
深澤範子
(被災地やすつくと立ちて桃の花)
「桃の花」に焦点が絞られるように詠みましょう。

試験中降る雪の音聞こえさう
小野雅子
(大試験降る雪の音聞こえさう)
音なく降る雪の音が聞こえそうなほどの静かさを詠んでいるのですから、中心になる季語は「雪」にしましょう。

羽田発つ窓を流るる春ともし
辻 敦丸
(羽田発つ機窓流るる春ともし)
「羽田発つ」で飛行機だろうと想像できます。

とりあへず明日は生きむ春の星
田中優美子
(とりあへず明日は生きる春の星)
「生きむ」は生きよう、という自分の意志、決意です。

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■鏡味味千代 選
くるくると回る仔犬や春近し  宏実
春寒や誰にも会はぬ散歩道   道子
都会へのあこがれ少し受験生  雅子
嘴の濡れてきらきら水温む   すみ江
☆春の夜の心して書く手紙かな 道子

心して書く手紙は夜になることが多い。心の内を吐露したい時には特に。1人の時間にじっくりと。
春の夜とあるので、内容は何か嬉しい便りなのか。もしくは、大事な人へしたためているのか。

 

■三好康夫 選
春寒や誰にも会はぬ散歩道   道子
丸太積むトラック冬の靄を来る 雪
春隣みやげ屋並ぶ女坂     洋子
恋猫の声の真似して爺と婆   雪
☆包装紙きれいに畳み春隣   栄子

丁寧に詠まれていて、気持ちが良い。

 

■小野雅子 選
春浅し岩根の声の密やかに   味千代
水鳥のほどよき距離を保ちけり 栄子
包装紙きれいに畳み春隣    栄子
三月十一日また降り積もる春の雪 範子
☆春立つや万葉集の相聞歌   一枝

相聞歌といえば額田王と大海人皇子を思い浮かべる。この二人と天智天皇はややこしい関係。
人目もはばからず歌ってのけた二人を人びとは支持し、歌が万葉集に収められた。
相聞歌を読むと私たちも万葉人に連なっているのだと思う。
さあ春だ。近江の蒲生野にも草が萌え始める。

 

■藤江すみ江 選
どこからか校歌流るる春野かな 紳介
ブロンズの麒麟の背に春の雲  洋子
その色も被り心地も春帽子   田鶴
絶望も希望もなくて寒オリオン 優美子
☆春隣みやげ屋並ぶ女坂    洋子

季語の春隣に内容がぴったり合っていて、自然に風景が浮かびます。

 

■箱守田鶴 選
寒椿卒寿へ廻す回覧板     洋子
絎台の小さき針山針供養    朋代
迸ることたのしくて春の川   雅子
冴返る遺族年金申請書     優美子
☆枝打ちの母の鉈音日脚伸ぶ  優美子

この庭木の枝打ちは長年母の仕事、いや、趣味だったかもしれない。
とはいえ鉈を使うには高齢だ。
少し日が伸びたからこそ決心して始めたのだろう。
だがいつまでも鉈の音は続いている。手伝えばよいのにその気がない息子。

 

■松井洋子 選
薄氷に風の記憶と夜の記憶   雅子
立春の護符のはみ出す回覧板  栄子
針供養男はカメラ持つばかり  一枝
包装紙きれいに畳み春隣    栄子
☆耕運機相模の山の忘れ雪   敦丸

大きな景の力強い句。目の前の耕運機は、眠っていた黒い土を起こしながら大きな音を立てて進む。
その背景の山々にはまだ斑雪も見られ、風も冷たい。しかしすでに春は動き出している。

 

■長谷川 一枝 選
いぬふぐりあの日の海の色したる 優美子
耕運機相模の山の忘れ雪    敦丸
春寒し被爆の使徒の身動がず  洋子
枝打ちの母の鉈音日脚伸ぶ   優美子
☆定小屋の礎石白梅散りそむる 洋子

定小屋の礎石でひとつの光景が思い起こされました。旧き良き時代行事のあるたびに掛っていた芝居小屋。それがいつ頃からだろうか忘れ去られてしまった。ただ傍らの白梅は変わらず咲き、そして散り始めた。

 

■山内 雪 選
温泉の湯気迷ひつつ春空へ   味千代
春の星ふつと田舎にゐるやうな 宏実
猫に餌やるなと春の神の宮   雅子
春昼や無音テレビの診療所   道子
☆追ひかけてゐるのはどつち春の野に 紳介

春の野のおおらかさが感じられる。        

 

■辻 敦丸 選
指さしてこれは椿と子に教へ  一枝
菜の花や雨の予報の誤たず   康夫
立春の護符のはみ出す回覧板  栄子
餺飥を囲み話題は春一番    味千代
☆息抜きが本気になりて春の宵 一枝

忙しい日々、一寸息抜きにと始めた事が面白くなり時を忘れて、こんな事ありました。      

 

■中村道子 選
どこからか校歌流るる春野かな 紳介
ブロンズの麒麟の背に春の雲  洋子
春立つや万葉集の相聞歌    一枝
都会へのあこがれ少し受験生  雅子
☆いぬふぐりあの日の海の色したる 優美子

今、あちこちに犬ふぐりの花がたくさん咲いている。日の光によって薄くも濃くも見える犬ふぐりの花。作者にとって多分特別な「あの日の海の色」はどんな色だったのだろうと想像しました。
多分瑠璃色に輝く美しい海の色……。

 

■黒木康仁 選
耕運機相模の山の忘れ雪    敦丸
陽の光薔薇の新芽の開く音   範子
嘴の濡れてきらきら水温む   すみ江
春浅し優しい嘘もやはり嘘   味千代
✩春一番物干し竿の落つる音   道子

昭和のなごやかな風景が見えるようです 。

 

■千明朋代 選
とりあへず明日は生きむ春の星 優美子
梅の蕊びびびびびびと風の中  康夫
絶望も希望もなくて寒オリオン 優美子
花びらの濃淡梅の散り敷ける  雅子
☆春浅き川に佇む鷺の影    道子

私も鷺の立っている姿を句にしたいと思っているのですが、この句は情景が見えるようで感心しました。       

 

■森山栄子 選
その色も被り心地も春帽子   田鶴
日日に目薬さして寒の明け   康夫
春の夜の心して書く手紙かな  道子
迸ること楽しくて春の川    雅子
☆薄氷に風の記憶と夜の記憶  雅子

一読、絵本のようだと思った。薄氷の表面の風紋や不透明さは、一夜の出来事のあらわれであり、形を結ぶまでに映した景色をも想像させる一句。        

 

■チボーしづ香 選
温泉の湯気迷ひつつ春空へ   味千代
針供養男はカメラ持つばかり  一枝
正客問ひ亭主戸惑ふ春茶会   朋代
香りたち隠せぬ我の桜餅    宏実
☆指さしてこれは椿と子に教へ 一枝

親子の温かい心の感触と春ののどかさがシンプルに表現されているのがとても良いと思います。

 

■田中優美子 選
水鳥のほどよき距離を保ちけり 栄子
立春の護符のはみ出す回覧板  栄子
包装紙きれいに畳み春隣    栄子
春浅し優しい嘘もやはり嘘   味千代
☆ある朝の北半球の春野かな  紳介

「北半球」という大きな視点が面白い。春が訪れ、穏やかな野の風景が望めるのも、地球が回り、季節の巡りがあってこそのこと。当たり前すぎて普段は意識しないが、それ自体が奇跡的なことだと気づかされる。

 

■深澤範子 選
冴返る遺族年金申請書     優美子
春浅し優しい嘘もやはり嘘   味千代
いぬふぐりあの日の海の色したる 優美子
春昼のバス一人乗り二人降り  田鶴
☆その色も被り心地も春帽子  田鶴

きっとパステルカラーの春らしい素敵な帽子なのでしょう。とてもお似合いで気に入っているご様子。
春が近づいてきて、うきうきした感情が伝わってきます。

 

■長坂 宏実 選
ふきのたう初物香る句会かな  範子
バレンタイン無くなれ義理のチョコ包み 雅子
春寒や誰にも会はぬ散歩道   道子
春一番物干し竿の落つる音   道子
☆昔日を犬も偲ぶか夜の梅   康仁

ずっと寄り添っていたであろう愛犬と一緒に夜の梅を、静かに眺めている様子が伝わってきます。    

 

■山田紳介 選
蝋梅山茱萸三椏女神統ぶ    朋代
春の夜の心して書く手紙かな  道子
包装紙きれいに畳み春隣    栄子
曖昧がよけれ人の世かぎろへる 朋代
☆遠つ国の歌なつかしき春の鳥 雅子

行ったことのない遥か遠く国の歌、聞くだけで故郷の懐かしい顔が浮んで来る。
歌に託された思いに国境はない。「春の鳥」が効果的。

 

◆今月のワンポイント
「季語は語る」

季語は単なる約束事や季節のシンボルではありません。文学上の奥行きと、共通の体験という幅を持つ凝縮された言葉です。
詠もうとした思いを託せる季語を吟味し、季語に雄弁に語ってもらいましょう。
西村和子著「添削で俳句入門」(NHK出版より)

◆特選句 西村 和子 選

冬の虹みづうみにれ寸足らず
小野 雅子
【講評】夕立などの後に見ることの多い「虹」は夏の季語だが、冬にも立つことがある。寒々しい空に現れる冬の虹は七色も淡いが、幸運にも出会えた喜びと、儚く消えた後の寂しさは心に残るものである。
時雨が通り過ぎた湖に虹が立った。それだけでも印象的な光景であるが、このように言われると、堂々とした夏とは違い、片脚が空の彼方に架かるほどの大きさでもない虹の様子が伝わってくる。まるで湖が未熟児のような虹を産んだかのようだ。そしてこの後すぐに消えてしまうことも想像できる。「寸足らず」の手柄である。(高橋桃衣)

 

春休み持てる分だけ本を借り
長坂 宏実
【講評】夏休みのように宿題や課題もなく、冬休みのように寒さや親戚の集まりもなく、春休みは自分の為の時間がたっぷり。さあ本を借りて帰ろう。でも無理してまで持つことはない。読み終わったら返して、また次を借りればいいのだから。「持てる分だけ」という表現からそんな声が聞こえてくる。(高橋桃衣)

 

あたたかや麒麟の舌のらりるれろ
三好 康夫
【講評】麒麟は首も足も長いが、舌も長くて50センチほどもある。その舌で木の枝や葉を巻き込んで口に入れモグモグするのだから、よく舌を噛まないなあと感心していたが、その舌の丸め方を、「らりるれろ」と言われて、なるほどと思った。
Rの発音の舌なのだ。これならば口に収まる。しかもRの音は柔らかな響きを持っている。のんびりと反芻する麒麟の舌は、春ののどかさと響き合っている。暖かなひと日、反芻している麒麟を眺めていた作者には、らりるれろ、と語りかけてくる麒麟の声が聞こえたに違いない。(高橋桃衣)

 

暖かや牛舎の屋根を猫歩み
山内 雪
【講評】牛の面倒は毎日みる必要があるので、牛舎は人の住まいからそれほど離れてはいないだろう。だから時には飼い猫も牛舎を歩き回っている。食用牛は繋がれたまま太らされることも多いと聞くが、この句にはそのような悲惨さは感じられない。暖かくなって青々としてきた牧場で、牛は草を食んで自由にしていることだろう。日の燦々と当たる屋根の上の、この猫のように。(高橋桃衣)

 

暖かと言ひて娘の訪ひくるる
小野 雅子
【講評】 今日は暖かいわねと言って娘がやって来た、というのであれば、暖かい日だから実家にでも行こうと思って来たということだろうが、来てくれた、というのだから、さりげなく様子を見に来てくれた娘の気持ちが、作者には何よりも「暖か」に感じられたということなのである。(高橋桃衣)

 

◆入選句 西村 和子 選

( )内は原句

子の言葉振り切つて行く初仕事
鏡味 味千代

不自然に自然装ふ受験の子
島野 紀子

水仙や岬を廻る風の音
冨士原 志奈

山並の王冠の如初景色
森山 栄子

退職の話切り出す冬の暮
長坂 宏実

室咲や美容師に告ぐ密事
小野 雅子
(室咲や美容師に言ふ密事)

あたたかや寺の幟に惚け封じ
黒木 康仁
(あたたかや寺の幟にゃ惚け封じ)

成人の日ぞ還暦の警備員
冨士原 志奈

冬の星森に木霊を眠らせて
小野 雅子

瓦礫へとエンドロールのごとく雪
黒木 康仁
(瓦礫へと雪降りゆきつエンドロール)

逆さ富士袈裟斬りにせり鴨三羽
鏡味 味千代
(逆さ富士袈裟斬りにする鴨三羽)

藪叫ぶ伊吹颪や旅枕
辻 敦丸
(藪叫ぶ伊吹颪か旅枕)

服薬を規則正しく冬籠
小野 雅子

冬満月我にピアノが弾けたなら
長谷川 一枝

初場所や一万人の拍手浴び
鏡味 味千代

廃校に兎ゐぬ小屋残りたる
冨士原 志奈
(廃校に兎なき小屋残りたる)

愛されることなかりしか浮寝鳥
山田 紳介

初雀駒送りの如ついばみて
森山 栄子
(コマ送りの如ついばみて初雀)

暖かや虎が真白き腹を見せ
黒木 康仁

ファックスで届く清記や冬ごもり
山内 雪

あたたかや川面にゆるる橋のかげ
三好 康夫

あたたかや鰐うす目して動かざる
松井 洋子

暖かやすることもなき日曜日
山田 紳介

暖かや楽屋の窓も開け放ち
鏡味 味千代

音もなく降る雨ぬくし母の庭
松井 洋子

暖かや井戸端会議復活す
長坂 宏実

あたたかや振り子ゆるりと大時計
中村 道子

度の合はぬ眼鏡外して暖かし
小野 雅子

牡蠣割れば三陸の潮匂ひけり
冨士原 志奈
(牡蠣割れば三陸の潮匂ひ初む)

あたたかや雁木に船の過ぎし波
三好 康夫

暖かや舟こぐ爺の鼻眼鏡
辻 敦丸

初場所や贔屓力士は小兵なり
長谷川 一枝

北国育ち手が覚えをる頰被
小野 雅子
(北国の手が覚えをる頰被)

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■山内 雪 選
初電話語尾より訛りはじめたる   栄子
どなたかな父に問はれし春おぼろ  康仁
あたたかや墓苑に逢うて二従兄弟  康夫
成人の日ぞ還暦の警備員      志奈
☆松過の門のすつぴんめいてをり  志奈

門松や注連飾りのなくなった門をすっぴんとはいかがなものか、と思いきやこの比喩はおもしろいと納得してしまった。

 

■小野 雅子 選
犀の子の角の萌しもあたたかし   洋子
春休み持てる分だけ本を借り    宏実
暖かや牛舎の屋根を猫歩み     雪
暖かや夫にやさしき看護生     雪
☆子の言葉振り切つて行く初仕事  味千代

辛い。子育てしながら仕事をしているお母さん、皆の胸を打つ句だと思います。でも、それも一時、子供はあっという間に大きくなり、すべてが思い出に。初仕事に緊張感があるところも好きです。

 

■森山 栄子 選
山眠るメタセコイヤの雨しづく   敦丸
鼻先を風に委せる狐かな      志奈
春休み持てる分だけ本を借り    宏実
冬の虹みづうみに生れ寸足らず   雅子
☆易々と生きられぬとて日向ぼこ  優美子

易々と生きられぬとは、様々な出来事を経てこその感慨だと思う。厳しさのある措辞に日向ぼこという季題が加わり、軽みや人間行動の普遍性といった奥行きが感じられた。

 

■三好 康夫 選
服薬を規則正しく冬籠       雅子
ドロップ缶振ればゴトゴトあたたかし 洋子
北国育ち手が覚えをる頬被     雅子
冬の虹みづうみに生れ寸足らず   雅子
☆暖かと言ひて娘の訪ひくるる   雅子

すらすらと詠まれていて、親子の情が伝わってまいります。いいですね。

 

■藤江すみ江 選
逆さ富士袈裟斬りにせり鴨三羽   味千代
犀の子の角の萌しもあたたかし   洋子
音もなく降る雨ぬくし母の庭    洋子
七草や米の白さを際立たせ     範子
☆暖かや虎が真白き腹を見せ    康仁

昼寝であろうか、猛獣の無防備な姿に作者は温かみを感じている。
着眼が素晴らしいです。

 

■鏡味 味千代 選
暖かや虎が真白き腹を見せ     康仁
室咲や美容師に告ぐ密事      雅子
あたたかや麒麟の舌のらりるれろ  康夫
寒禽の雲の光れるあたりまで    優美子
☆春休み持てる分だけ本を借り   宏実

「持てる分だけの本」の量が、春休みの長さを表している。この本を返す頃には、新しい学年、新しい環境になっていることだろう。
そして本の中を旅した分、自分も少し新しくなっている。夏と冬と比べるとちょっと地味な、でも等身大の幸せを感じる春休みらしい句だと思いました。

 

■長谷川 一枝 選
暖かや楽屋の窓も開け放ち     味千代
暖かき女医のひとことさりげなく  道子
底冷や經典朗々日没偈       敦丸
あたたかや麒麟の舌のらりるれろ  康夫
☆音もなく降る雨ぬくし母の庭   洋子

下五の母の庭で、一人暮らしをしている母上を遠くから優しく見守る作者の暖かい心を感じました。

 

■島野 紀子 選
叡山の藍を浮かべて冬霞      雅子
山人の古び狸の古びる夜      志奈
底冷や經典朗々日没偈       敦丸
牡蠣割れば三陸の潮匂ひけり    志奈
☆暖かと言ひて娘の訪ひくるる   雅子

今日はお出かけ日和でどこ行こう?で浮かんだ母の顔。お嬢さんの優しさが季語と重なって共感出来ました。        

 

■千明 朋代 選
あたたかや戸口漂ふ夕餉の香    すみ江
暖かやすることもなき日曜日    紳介
ドロップ缶振ればゴトゴトあたたかし 洋子
あたたかや答なき問ひそのままに 優美子
☆音もなく降る雨ぬくし母の庭   洋子

草花を好みお庭の手入れが行き届いている素敵なお母様の庭。雨が降り一層草木が生き生きしている様子が目に浮かびました。      

 

■松井 洋子 選
寒禽の雲の光れるあたりまで    優美子
冬の虹みづうみに生れ寸足らず   雅子
初電話語尾より訛りはじめたる   栄子
おほかたは手に持つだけの春ショール 紳介
☆受験子の帰りを待ちぬ一番風呂  紀子

詠み手の気持ちの強さが伝わる佳句。受験子の帰りを今か今かと待っている家族は描かず、一番風呂にすべてを語らせているところが魅力だ。我が家の十余年前の実景でもあり、懐かしく微笑ましく思った。

 

■山田 紳介 選
あたたかや「の」の字のーとに書きつらね 一枝
冴ゆる夜のどこの誰でもない私   味千代
あたたかや雁木に船の過ぎし波   康夫
制服の採寸終へてあたたかし    洋子
☆あたたかや麒麟の舌のらりるれろ 康夫

もし麒麟が人間の言葉を話すとしたら、きっと「らりるれろ」に違いない。楽しい想像の一句。 

 

■辻 敦丸 選
不自然に自然装ふ受験の子     紀子
あたたかや雁木に船の過ぎし波   康夫
北国育ち手が覚えをる頬被     雅子
冴ゆる夜のどこの誰でもない私   味千代
☆おほかたは手に持つだけの春ショール 紳介

似合うかな...、気恥ずかしいのか時折見かける風景である。       

 

■中村 道子 選
あたたかや鰐うす目して動かざる  洋子
暖かや舟こぐ爺の鼻眼鏡      敦丸
北国育ち手が覚えをる頬被     雅子
冬の星森に木霊を眠らせて     雅子
☆大寒に生まれし命抱きしめる   優美子

一年で最も気温が低い時期と言われる大寒に生まれた赤ちゃん。両腕に抱いた赤ちゃんの柔らかく温かな感触、匂い、生命の神秘。
これから歩む人生に思いを馳せ、その愛おしきすべての思いを「命抱きしめる」と表現されたことに惹かれました。        

 

■深澤 範子 選
ラジオより流るる師の声あたたかき すみ江
暖かや夫にやさしき看護生     雪
冬の虹みづうみに生れ寸足らず   雅子
愛されることなかりしか浮寝鳥   紳介
☆暖かや舟こぐ爺の鼻眼鏡     敦丸

舟下りだろうか? 暖かな一日、船頭さんは鼻眼鏡でのんびりと舟を漕ぐ。ゆったりとした情景が浮かんでくる一句である。船頭の唄も聞こえてくるようである。

 

■チボーしづ香 選
あたたかや戸口漂ふ夕餉の香    すみ江
冬雲のひとつはぐれてしまひけり  優美子
逆さ富士袈裟斬りにせり鴨三羽   味千代
どなたかな父に問はれし春おぼろ  康仁
☆春休み持てる分だけ本を借り   宏実

状況と季節感が明快で、喜びとやる気の感情も素直に詠まれている。

 

■黒木 康仁 選
あたたかや鰐うす目して動かざる  洋子
あたたかや麒麟の舌のらりるれろ  康夫
牡蠣割れば三陸の潮匂ひけり    志奈
北国育ち手が覚えをる頬被     雅子
☆逆さ富士袈裟斬りにせり鴨三羽  味千代

湖という詞を使わずに湖が浮かび出てきます

 

■長坂 宏実 選
暖かや楽屋の窓も開け放ち     味千代
春の雪手早く替ふる墓地の花    道子
暖かや行きたき旅の締め切られ   朋代
休み前葱の大束買ひにけり     範子
☆度の合はぬ眼鏡外して暖かし   雅子

度が合わない眼鏡を外すことで疲れがふっと軽くなる様子がよく分かりました。春の暖かい気候の中ではそのまま寝てしまいそうです。      

 

■冨士原 志奈 選
度の合はぬ眼鏡外して暖かし    雅子
春休み持てる分だけ本を借り    宏実
暖かや子より教はる童歌      味千代
初電話語尾より訛りはじめたる   栄子
☆ドロップ缶振ればゴトゴトあたたかし 洋子

ドロップ缶は、確かに軽やかな音ではなく、ゴトゴト。でも、確かに、他のどの季節でもなく、春のあたたかさを感じます。

 

■田中 優美子 選
あたたかや振り子ゆるりと大時計  道子
服薬を規則正しく冬籠       雅子
おほかたは手に持つだけの春ショール 紳介
子の言葉振り切つて行く初仕事   味千代
☆初電話語尾より訛りはじめたる  栄子

郷里への電話だと分かる。忘れたつもりでも、つい出てしまう訛りに愛しさを感じました。

 

 

◆今月のワンポイント
「季重なりを避けるため歳時記を読もう。季語を知ろう。」

初心のうちは、季重なりに注意しましょう。それは、あなたが季語であることを知らずに用いている場合が多いからです。その結果、一句の中に季語が二つも三つもある、というような句が出来てしまうのです。
歳時記をくりかえし読んで、季語にどんな言葉があるかをよく知ってください。そうすれば大方の季重なりが避けられるでしょう。季重なりにならないよう注意しているうちに、季語の多様さも大切さもわかって来るでしょう。
季語は一句の中心となる言葉です。そこに焦点が集まっているのだと言ってもいいでしょう。季語によって、私達は一句に描かれたものの周囲の空気や、空の色や風の冷たさ、暖かさ、その他の様々な気配を想像することができるのです。ですから一句に季語はひとつで充分なはずです。二つも三つもあると、焦点が二つにも三つにもなって、結局は何を言わんとしているのか、ぼやけてしまうということになるのです。
まして、季節の違う季語が一句の中に二つ以上あると、一体どういう時期なのか、わからなくなることがあります。
ひとつの物事に焦点を合わせて、的確に表現する、この練習をしておくと、やがて想像の世界が広がってゆく奥深い俳句も作れるようになります、季語は、その核となる重要な言葉ですから、季語を知ることがまず大切なのです。
西村和子著「添削で俳句入門」(NHK出版より)

今回の投句には、季重なりが多々見られました。
「おぼろ」は春の季語ですので「春おぼろ」と言う必要はありません。
また、「神楽」「ラムネ」「進級」は季語だと知らずに使われたように思います。