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◆特選句 西村 和子 選

尾を立てて犬も潜れる茅の輪かな
松井洋子
【講評】ご主人と一緒について茅の輪くぐりのワンちゃん。嬉しくて尾が立っている。周りの皆が笑ってみている、そんな光景。(中川純一)

 

灯して過ごす一日秋黴雨
飯田 静
【講評】秋という言葉の印象は、秋晴れの高い空、澄んだ空気。でも今年は長雨の秋であった。その上、新型コロナウィルスの流行で外出できず、家にいる時間が長い。薄暗い中でずっと本を読むと目に悪い、そう親から言われたのは今でも気になる。でもそんな日が毎日続いて慣れてしまったような穏やかな響きがこの句にはある。(中川純一)

 

鳳梨切るその細腕の勇ましき
長坂宏実
【講評】鳳梨はほうり、普通そうは言わず、パイナップルのこと。皮がとても固い。実は私も毎日ヨーグルトと一緒にパイナップルを食べている。切り身になったのを買うのではなくて、丸ごと一つ買ってきて自分でさばいている。かぼちゃほどではないけれど、難しいのは皮をどのくらいの厚さに切るかということ。薄いと、茶色い縁が残るが切りすぎるともったいない。芯をどのくらい切り捨てるかも同様に大切。大ざっぱに縦に4つ切込みをいれるのが、まあスリルのあるところである。それをなんなくこなすエレガントな女性。見ている方が怖い、ということ。私が見ていると口を出して嫌がられそうに思える。(中川純一)

 

無邪気とも無神経ともカンナの黄
梅田実代
【講評】カンナの黄色。あけらかんと明るい。翳りというものが感じられない。第一印象は無邪気。でもなんだか無神経な気もしてきた。作者の脳裏に何をいっても動じないような人の顔が一瞬浮かび上がったのかも。(中川純一)

 

地蔵盆知らぬ子一人混じりをり
小山良枝
【講評】村の子は皆小さいころからお爺ちゃんに連れられて地蔵盆に来ていた。そこへ都会から来た子が今年は混じっていて、いちいち目を見張っている。でも周りの子供は、これはこういう意味なんだとか、色々教えてやっている様子が見える。(中川純一)

 

落蟬のいまだ眼光失はず
松井洋子
【講評】これを書いている机の上のパソコンの横にも、拾ってきた落蟬がいる。それは仰向けで足を閉じて死んでいるのではなくて、生きたままのような形でいたので、興味を持ったのだ。そう、眼光を失っていない。(中川純一)

 

そこここに団扇残され考の書庫
松井洋子
【講評】 浅学にして「考の書庫」というのがどういう意味なのかわからないと、ずいぶん悩みました。でもある方が、それは「かう」と読んで、「亡き父」という意味の言葉なのだと親切に教えてくださいました。そうすると、とてもよくわかります。つまりお父様は生前本が好きなインテリで、書庫に沢山の立派な本が残されている。しかも、ところどころに団扇が残されている。冷房などない時代だから、読みたい本があるとそこで座って団扇で仰ぎながら読んでいて、終わるとそのまま団扇を置いて書庫を出たお父様だったのでしょう。夢中で読んでいたということもわかる。とても懐かしい、そしてお父様のお人柄と時代背景が、まるで日本映画のように彷彿とされるのでした。聞き慣れない言葉ですが、この場合はお父様の人柄を言い表しているのでしょう。この場合はぴったりですが、あまり一般的でない言葉は注意して使うべきだとは思います。(中川純一)

 

名人は短く速く捕虫網
矢澤真徳
【講評】虫取りに慣れている人は、無駄に網を振り回したりせず、最短距離、つまり最短時間で狙った昆虫をとらえる。それも獲物には傷をつけないように。「昆虫すごいぜ」の香川照之のみならず、子供でも練達の子はそういう動作をする。(中川純一)

 

秋の初風乗りこなし一輪車
牛島あき
【講評】「あきのはつかぜ」という7文字が上に来ている。そのあとは5+5という構成になっている。そのリズムの危なっかしさで一輪車を表現しようという野心的な試みと見えます。きっと乗っているのは子供か若い女性なのでしょう。筋肉男子とは思えません。この句会にはなかなかの冒険句があります。(中川純一)

 

マジックで爪を塗りをり夏休
梅田実代
【講評】小さな女の子。夏休みでお母さんの真似をして、マニキュアごっこの時間。マジックインクを使うところが子供。だが、洗い落とすのは大変でお母さんの仕事になってしまう。けれども、成長を嬉しそうに見ている若いお母さんである。(中川純一)

 

真夜中のサイレン遠き秋出水
小野雅子
【講評】今年は、というよりも最近数年間、気象庁の予想をはるかに越える大雨が発生して、被害がでている。真夜中のサイレン。真っ暗なのにどうやって避難するのであろうか。ただ、その音は幸い、かなり遠い。しかし相手は洪水である。不安な夜。(中川純一)

 

 

◆入選句 西村 和子 選
( )内は原句

おほかたの家事を済ませて月涼し
飯田 静
きっとよい奥様なのだろう。次から次に何かの家事があって片づけないとならない。まあ、今日のところはここまで、として差支えないという時刻になってお月さまがきれいな夜空を見上げる。

バスの中通り抜けゆく秋の風
髙野新芽
バスは新型コロナウィルスの流行で、窓を開けていることが多い。冷房とは違う自然な秋風が通ってくるのは気持ちがよい。

銀輪の駆け抜けたるや蟬しぐれ
岡崎昭彦

豪雨去り庭にさやかな虫の声
小野雅子

秋の夜の酔客の歌もの悲し
(秋の夜酔客の歌物悲し)
 鏡味味千代
悲恋の歌であろうか。酔って歌っているというのは、決して沈み込んでいるお客さんではない。けれども歌っているのは、何やらわびしい歌。加山雄三みたいな歌ではない。石川さゆりあたりか

秋暑し三分間を待ち切れず
山田紳介
即席ラーメンではなかろう。何かの検査キットであろうか。

終電の遠ざかりゆく夜の秋
(終電の遠ざかるなり夜の秋)
森山栄子

梨を剥く住めば都と思ひつつ
(住めば都と思ひつつ梨を剥く)
木邑 杏
梨が旨い地方に移り住んだ作者なのだろう。知音集でお名前を探すと東京在住のようだが。ということは忙しなくて人の住む所ではないとは思えないような東京暮らしだけれども、日本中の食べ物が集まっているのも事実ということか。私の家族の一人は、わざわざ網走から魚を取り寄せても、東京で売っている魚が一番新鮮で旨いといって歯牙にかけない。

杉の根の香りもろとも岩清水
森山栄子
旨そうな水である。私は北海道に住んだので、河や山の水を飲まない方がよいと叩きこまれているけれど、なんといっても本来清水は長い地層を通るうちにろ過されていて、きれいな上に、ミネラルもあるし、それに森の香まであるのが自然で極上。ちなみに網走の水道の水はとても旨い。その源泉を見学したけれど、それこそ山清水であった。

青空の膜剥がれたる今朝の秋
田中優美子
青空の膜が剥がれる、とは、大胆な表現。心の膜もはがれたような気がしたのであろう。

台風の近づく街の雲速し
穐吉洋子

浜晩夏足裏の砂さらはるる
(浜晩夏足裏の砂のさらはるる)
箱守田鶴

葉脈に茎に血の筋槍鶏頭
三好康夫
槍鶏頭の花というのは鶏冠のような形ではなくて槍の穂先のような形。種類が沢山あるようだが、ものによっては茎も真っ赤、そして葉の葉脈は毒々しいまでに真っ赤に走っている。それを血の筋と言ったわけであるが、まさにその通りの種類の槍鶏頭がある。

螺旋階段にて秋風とすれ違ふ
長谷川一枝
言うまでもないけれど、避難階段のらせんではなかろう。由緒正しい屋敷だろうか。秋風とすれ違うというのは、そこを歩いた貴族とすれ違っている気分を感じさせる。そう取りたい私なのでした。

キッチンの床軋みをる残暑かな
小野雅子

チョコレートぱきんと割りて涼新た
田中優美子

姥捨の眼下に諏訪湖水の秋
木邑 杏

空蟬の風にからころ石畳
中山亮成

山麓の風のまにまに青芒
鈴木紫峰人

舌垂るる犬と目の合ふ残暑かな
(舌垂るる犬と目合はす残暑かな)
奥田眞二

犬は気孔がないからいつもはあはあしている。それでも暑いと涎をたらして哀れである。そんな犬がこちらを見上げた時に目が合った。添削された形のほうが無意識なしぐさがかえって生生しい

猪肉を買ひどら焼きも持たさるる
梅田実代

朝霧に触れて曇れる庭鋏
矢澤真徳
早起きして庭木の手入れか、はたまた何かの秋の花枝を切っているのか。鋏自体も外にあったので冷たくなっていて曇りやすいような季節感。

判定はアウト秋暑の土煙
牛島あき
夏の甲子園とは言うけれど、暦の上で秋となっても野球試合は行われている。果敢な滑り込みだがアウトと審判の拳が伸ばされた。

木々よりも草に鳴くもの増えて秋
緒方恵美
この句を頭に近所を歩いてみると、実は木の上で鳴く虫のなんと多いことか、気づかされた。

オルゴールの中に仕舞へり鍬形虫
(オルゴールの箱に仕舞へり鍬形虫)
宮内百花
子供にとって、クワガタムシは宝物。オルゴールの箱といっても音を出す部分と何かを容れる部分が分かれている高級オルゴールである。クワガタが眠る箱から、どんな音楽が流れるのであろうか?想像すると楽しい。

夏の月ゆつくり出でて遠野郷
深澤範子

カフェの椅子避暑の腕を軽く乗せ
森山栄子

かき氷爆心地より戻り来て
宮内百花
重い。爆弾が落ちたというのは、原爆のことだとすぐに想像できる。

強情を隠しおほせし単帯
(強情を隠しおほして単帯)
森山栄子

手ぬぐひに堂々と紋秋祭
(手ぬぐひに紋の堂々秋祭)
鏡味味千代

終戦日父の戦死も知らぬまま
中村道子

存分に鳴いて身の透く法師蝉
緒方恵美

釣り人は何を見つむる秋の波
(釣り人は何見つむるか秋の波)
髙野新芽

側溝の水音高く今朝の秋
長谷川一枝

無言館出れば現し世蝉時雨
(無言館出れば現し身蝉時雨)
黒木康仁

ぐんぐんと海から丘へ野分雲
鎌田由布子

レース終へ涙まじりの汗ぬぐふ
長谷川一枝
フィールドで走る競技であろう。色々あるけれど、足で走る本来の競走のかんじ。

雨音のだんだん勝り秋風鈴
小山良枝

夏の川吾子はざぶざぶ先を行く
(夏の川ざぶざぶ先を行きし吾子)
宮内百花

花火果つはらからいつかたれか欠け
(花火果つ親族のいつかたれか欠け)
千明朋代

寄る波の音やはらかに今朝の秋
緒方恵美
地味だが、気持ちは抵抗なく伝わる。

熱々のはうじ茶一杯秋深し
(秋深むほうじ茶を一杯熱々を)
木邑 杏

青きまま枝に朽ちたるトマトかな
チボーしづ香
そういうこともあるのか。若死にした人を思わせる。自然界であれば、人間以外のものは、大人になって子孫を残せる割合はむしろ少ない。一部植物のほうがその割合は多いけれど、天候不順を避けるすべはない。

地祭の祝詞の声の涼しけれ
藤江すみ江

朝顔の蕾より濃く咲きにけり
田中優美子

秋黴雨赴任地へ父送り出し
飯田 静

夏草やビデオショップのありし場所
長坂宏実

金糸草長々伏せる雨の日々
小松有為子

いにしへの祭祀めきたり大文字
(古への祭祀めきたる大文字)
荒木百合子

刻まれし父の戦歴墓洗ふ
中村道子
軍隊では位の高い人であったのか、あるいは色々な地で戦われたのか。記憶のお父様は物静かであったのか。いろいろ想像が膨らむ。

手作りの句集仕上がり夏の月
千明朋代
それはよかったです。私もあるグループでは表紙版画をいちいち刷ったりして作っています。

秋風に紙垂ひらひらと地鎮祭
藤江すみ江

秋霖の中やドクターヘリ待機
小野雅子

手花火の子らも交じりて魂迎
森山栄子
家族で集まっている。子供たちは退屈してしまうので、線香花火を与えるとよろこんでいる。昔からの風景。

初秋や艇庫久しく開かぬまま
松井洋子

水羊羹正座苦手な男の子
深澤範子

天の川乳飲み子の息確かむる
宮内百花

入つてはならぬ部屋あり夏館
山田紳介
よほど大きな格式高い館なのであろう。

半日を失せ物捜し汗しとど
長谷川一枝

風鈴の鳴らず揺れをり夕浅間
矢澤真徳

夕蟬のジジとつぶやく庫裡の窓
辻 敦丸

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選

チョコレートぱきんと割りて涼新た 優美子
手も爪も父に似通ひ鳳仙花 栄子
ピタゴラスイッチに鍬形虫のよく動く 清子
野分だつ風に混じりぬバジルの香
☆無邪気とも無神経ともカンナの黄 実代
無邪気も一つ間違えれば無神経と取られかねません。明るいけれど、見方によっては毒々しいカンナの黄色との取り合わせが鮮やかでした。

 

■飯田 静 選

銀輪の駆け抜けたるや蝉しぐれ 昭彦
前略と置きて思案やつくつくし 眞二
無言館出れば現し世蟬時雨 康仁
水羊羹正座苦手な男の子 深澤範子
☆手花火の子らも交じりて魂迎 栄子
迎火に親子三代揃って賑やかに集っている景を浮かべました。

 

■鏡味味千代 選

無言館扉の先に夏の庭 康仁
前略と置きて思案やつくつくし 眞二
判定はアウト秋暑の土煙 あき
かき氷爆心地より戻り来て 百花
☆先頭の少年会釈精霊船 百花
夏だからでしょうか。生と死のコントラストの見える句を多く選んでしまいました。死者を送る精霊船の列の先頭にいるのは生に満ち溢れる少年。その少年がペコリと頭を下げた。動作を入れることで、より生が際立ち、生と死のコントラストも鮮やかに描かれます。列の先頭を務めるのは喪主であると聞きました。お辞儀をすることで、まだ少年であるのに、一家の代表としての振る舞いを身につけてきている様子も、句の背後のストーリーを感じさせます。

 

■千明朋代 選

名前なき夏の星にも願ひかけ 味千代
風鈴の短冊くるりくるくるり 味千代
雷除けお札三角衿に差し 田鶴
青空の呼吸に触るる秋の朝 優美子
☆この人の父母眠る墓拝む 依子
義理の関係の微妙なところを「この人」で言い当てて感心しました。

 

■辻 敦丸 選

釣り人は何を見つむる秋の波 新芽
八月の空を見てゐる観覧車 恵美
手作りの句集仕上がり夏の月 朋代
あの夏に残すものあり画学生 康仁
☆青きまま枝に朽ちたるトマトかな チボーしづ香
地球規模の自然災異でしょうか。昨日、此の3年葡萄の出来が思う様に出来ないと言ってきた。2か月前にカリフォルニアの友人が植物の成育が悪いと電話を掛けてきた。如何すべきか。

 

■三好康夫 選

一台は爺にあてがひ扇風機
夏の川吾子はざぶざぶ先を行く 百花
舌垂るる犬と目の合ふ残暑かな 眞二
長身の一歩一歩や登山靴 百合子
☆無言館出れば現し世蟬時雨 康仁
個性ある写生俳句です。

 

■森山栄子 選

倍々に増えて一丁新豆腐 あき
アイスコーヒー含みて立てる喪服かな 実代
木々よりも草に鳴くもの増えて秋 恵美
八月の空を見てゐる観覧車 恵美
☆雨音のだんだん勝り秋風鈴 良枝
秋風鈴の物悲しい音色に被さる雨音。次第に風鈴の音色は途切れがちになり存在感を失っていく。雨音、秋風鈴という二つの音を表現し、そこには静かな時間が流れていて、しみじみと感じ入りました。

 

■小野雅子 選

その事も秋の扇にたたみけり 恵美
尾を立てて犬も潜れる茅の輪かな 松井洋子
螺旋階段にて秋風とすれ違ふ 一枝
前略と置きて思案やつくつくし 眞二
☆地蔵盆知らぬ子一人混じりをり 良枝
夏休みの最後の楽しみは地蔵盆。お坊様のお説教は足が痛いが、それが終わればおやつや友達との遊びが待っている。みんな顔見知りのはずなのに知らない子がひとり。夏休み中に引っ越ししてきたのか、それとも…。あの世この世を超えて子供はみんな友達なのだ。

 

■長谷川一枝 選

おしやべりの途切るる間なし盆用意 松井洋子
そこここに団扇残され考の書庫 松井洋子
コスモスを引き起こし綱回しけり 康夫
前略と置きて思案やつくつくし 眞二
☆大門の鋲に西日の溜まりたる 百合子
中々沈まない夏季の西日、その様子を大門の鋲によく詠まれていると感心しました。

 

■藤江すみ江 選

門の鍵あけつぱなしや石榴の実 良枝
満天の星を肴にビール酌む
雨脚の闇に遠のき揚花火 チボーしづ香
身を反らし流るる川や鮎の簗 真徳
☆ほほづきや初めて鳴らせたるあの日 田鶴
遠い日の同じ体験を思い出しました。ほほづきを口に含み鳴らすに至るには、種を上手に取り除くという根気が必要。しかも鳴らすことも大変。難しかったことを懐かしく思い出す一句です。

 

■箱守田鶴 選

夏草やビデオショップのありし場所 宏実
かき氷爆心地より戻り来て 百花
青虫の食べ残したる葉も茹でて 紫峰人
バスの中通り抜けゆく秋の風 新芽
☆供花すべて鬼灯とせり七回忌 有為子
故人は鬼灯がよほどお好きだったのでしょう。鬼灯だけを供えて皆さんで偲んでいる様子がよくわかります。

 

■深澤範子 選

蜩や皿洗ふ窓にいつも来て 田鶴
朝顔の蕾より濃く咲きにけり 優美子
満天の星を肴にビール酌む
桔梗の莟へこます出来心 あき
☆落蝉のいまだ眼光失はず 松井洋子
情景がよく見えてきます。

 

■中村道子 選

八月の空を見てゐる観覧車 恵美
盆の月寝むづかる児を宥めつつ 有為子
豪雨去り庭にさやかな虫の声 雅子
地蔵盆知らぬ子一人混じりをり 良枝
☆レース終へ涙まじりの汗ぬぐふ 一枝
今年はオリンピックが開催されいつもよりたくさんの汗が流された。その汗とともに流れる涙には、たくさんの意味と感情が含まれているだろうことを想像します。

 

■山田紳介 選

刻まれし父の戦歴墓洗ふ 道子
アイスコーヒー含みて立てる喪服かな 実代
天の川乳飲み子の息確かむる 百花
覗きみて石榴に美しき奈落 良枝
☆梨を剥く住めば都と思ひつつ
こう言う諺を呟きたくなるのは、寧ろ新しい土地に馴染めないでいる時で、57の破調はその満たされない気分の故でしょうか。心の中の屈託とは無関係に、手先だけは目の前の作業に集中している。

 

■松井洋子 選

真夜中のサイレン遠き秋出水 雅子
カフェの椅子避暑の腕を軽く乗せ 栄子
広げたるおもちゃ二部屋秋暑し
語り部に三角座りの子らに汗 百花
☆箱眼鏡下唇は川の中 百花
子どもの姿だろう。川の中の世界に夢中になるあまり、唇まで浸かっていることに気づいていない。その様子を微笑ましくも頼もしく見ている親の気持ちまで読める。

 

■緒方恵美 選

手ぬぐひに堂々と紋秋祭 味千代
朝霧に触れて曇れる庭鋏 真徳
空蟬の風にからころ石畳 亮成
名前なき夏の星にも願ひかけ 味千代
☆飛び跳ねてみんな妖精秋夕焼 新芽
一般的には、秋夕焼は淡く、儚いものとされる。それを踏まえた上で、元気な子供たちを「妖精」と喩えた作者の感性で素晴らしい詩に昇華されている。

 

■田中優美子 選

夏痩せのあるじ癖毛の得手勝手 百合子
かき氷爆心地より戻り来て 百花
落蟬の片羽は青空を差し 実代
今生の縁に洗ふ墓のあり 依子
☆だれかれと告げたくなりし秋の虹 一枝
夏と違い、青空の勢いが少し衰えた頃の虹は、美しさとともにどこか寂しさも覚えます。独りでその儚い美しさと出会った作者の中にも、何かしらの寂寥があったのでしょうか。心象風景にはっとする句だと思いました。

 

■長坂宏実 選

寝るまでの自由な時間秋の雨
マニュキュアの剥げて疲れて秋の暮れ
友だちにすぐになりけり夏館 紳介
一台は爺にあてがひ扇風機
☆女子会と言ふ婆たちのあつぱつぱ
おばあちゃん達の楽しそうな様子が浮かんできます。「女子会」と「あっぱっぱ」の組合せにユーモアを感じました。

 

■チボーしづ香 選

舌垂るる犬と目の合ふ残暑かな 眞二
向日葵のブーケの届く誕生日 由布子
秋の夜の酔客の歌もの悲し 味千代
雲の峰虫取りの子ら隊を組み 味千代
☆風鈴の短冊くるりくるくるり 味千代
短冊がくるり揺れる状況を素直にすっきり表現されている。

 

■黒木康仁 選

前略と置きて思案やつくつくし 眞二
おしやべりの途切るる間なし盆用意 松井洋子
強情を隠しおほせし単帯 栄子
八月の空を見てゐる観覧車 恵美
☆朝採りのきうりがぶりと出勤す 深澤範子
「がぶり」に若さ、勢いが見えてきます。そして胡瓜の青臭さも伝わってきました。

 

■矢澤真徳 選

バスの中通り抜けゆく秋の風 新芽
覗きみて石榴に美しき奈落 良枝
大門の鋲に西日の溜まりたる 百合子
舌垂るる犬と目の合ふ残暑かな 眞二
☆アイスティーレノンの座りしベンチにて 朋代
どんなベンチだろう、なぜアイスティーなんだろう、想像を膨らませた先に居るのはレノンに思いを馳せる人である。想像の構造が二重にも三重にもなって面白い。レノンはどんな思いでそのベンチに座っていたのだろうか。

 

■奥田眞二 選

あの夏に残すものあり画学生 康仁
炎日や音取り戻す夕餉時 松井洋子
鳳梨切るその細腕の勇ましき 宏実
秋霖や礼状を書く手暗がり
☆判定はアウト秋暑の土煙 あき
甲子園の状況でしょう。判定はアウト、と切って読むと、土煙に一年間の練習の末の悲喜が読み取れます。

 

■中山亮成 選

チョコレートぱきんと割りて涼新た 優美子
雨音のだんだん勝り秋風鈴 良枝
姥捨の眼下に諏訪湖水の秋
冷たさの一撃眉間にアイスバー 田鶴
☆舌垂るる犬と目の合ふ残暑かな 眞二
散歩の折、同感いたします。

 

■髙野新芽 選

人柱星の手向けに眠らしめ 依子
今生の縁に洗ふ墓のあり 依子
青空の膜剥がれたる今朝の秋 優美子
言の葉を尽くすよりこの蟬時雨 優美子
☆一粒の青葉時雨や小さき庭 昭彦
青葉の上に拡がる小さな世界がとても可愛らしく、句から情景が浮かんできました。

 

■巫 依子 選

秋黴雨赴任地へ父送り出し
地蔵盆知らぬ子一人混じりをり 良枝
病床の仮の住まいや秋立ちぬ 穐吉洋子
盆の月寝むづかる児を宥めつつ 有為子
☆その事も秋の扇にたたみけり 恵美
どうやら世間には「言わずもがなのこと」というのがあるようですね。ただ「その事も」とのみ語り、それを「秋の扇」にたたむ・・・必要最小限の言葉の選択にして、なんとも意味深な感じが滲み出ています。

 

■佐藤清子 選

戦争を語る媼や夾竹桃 由布子
寄る波の音やはらかに今朝の秋 恵美
その事も秋の扇にたたみけり 恵美
とろとろの煮びたしの茄子益子鉢 敦丸
☆おほかたの家事を済ませて月涼し
「おほかたの」の使い方が好きです。さらさらと沢山の家事を片付けた後、月を眺めたのでしょう。とても品格のある句だと感じました。

 

■水田和代 選

山百合や眼下に里の開けきて 栄子
木々よりも草に鳴くもの増えて秋 恵美
いにしえの色と思へり百日草 朋代
判定はアウト秋暑の土煙 あき
☆語り部に三角座りの子らに汗 百花
戦争の語り部の話を聞く体育館の暑さと真剣さが汗でよく現わされています。

 

■梅田実代 選

灯して過ごす一日秋黴雨
八月の火を使はざる夕餉かな 良枝
朝採りのきうりがぶりと出勤す 深澤範子
寄る波の音やはらかに今朝の秋 恵美
☆その事も秋の扇にたたみけり 恵美
女性が失った恋を忘れようとしているのでしょうか。その事、としか言わないことで想像をかき立てられます。

 

■木邑 杏 選

女子会と言ふ婆たちのあつぱつぱ
八月の空を見てゐる観覧車 恵美
飛び跳ねてみんな妖精秋夕焼 新芽
浜晩夏足裏の砂さらはるる 田鶴
☆覗き見て柘榴に美しき奈落 良枝
柘榴の実の何とも言えない美しさ、奈落に引き込まれていく。

 

■鎌田由布子 選

千羽鶴死者の群れめく原爆忌 百合子
夏痩せの顔の寂しと紅を引く 百合子
刻まれし父の戦歴墓洗ふ 道子
わが鼓動ほどの地震あり盆の月 林檎
☆おしやべりの途切るる間なし盆用意 松井洋子
久しぶりに実家に帰っての盆用意、懐かしい面々とおしゃべりの尽きない様子が目に浮かびます。

 

■牛島あき 選

稔り田の一粒一粒の一枚 林檎
青虫の食べ残したる葉も茹でて 紫峰人
すがりつく浮き輪の匂い次の波 昭彦
尾を立てて犬も潜れる茅の輪かな 松井洋子
☆進みけり西日に向かふ一本道 味千代
やがて沈む西日に向かう一本道は残り少ない人生の象徴にも思え、昂然と進む作者の姿に憧れます。的外れだったらごめんなさい!

 

■荒木百合子 選

舌垂るる犬と目の合ふ残暑かな 眞二
前略と置きて思案やつくつくし 眞二
杉の根の香りもろとも岩清水 栄子
雨音のだんだん勝り秋風鈴 良枝
☆子の恋の淡々しさや夏期講座 朋代
子は別の人格という一方で、遺伝子の共有部分もあります。この句の感情の揺れ具合と微妙な距離感に共感致します。

 

■宮内百花 選

墓洗ふ男の指の薄よごれ 依子
敗残の世に露草の夜明けあり 眞二
無言館出れば現し世蟬時雨 康仁
落蝉のいまだ眼光失はず 松井洋子
☆繋ぎし手今年はクロールしてをりぬ 味千代
母親と長男の間柄でしょうか。去年まではよく繋いでいた手も、今年はクロールをするほどに成長し、少し恥ずかしさも出てきたのか、あまり手も繋がなくなった。子の成長は嬉しいけれど、少し切ない母の心情。

 

■鈴木紫峰人 選

言の葉を尽くすよりこの蟬時雨 優美子
秋涼し妣の羽織を身ほとりに 雅子
初秋や艇庫久しく開かぬまま 松井洋子
紫蘇刻む香り一入涼新た 眞二
☆地蔵盆知らぬ子一人混じりをり 良枝
地蔵様が子どもになって、みんなと遊んでいるような、座敷童が一緒に遊びたいと来ているような、不思議な可愛らしさを感じました。

 

■吉田林檎 選

長身の一歩一歩や登山靴 百合子
朝顔の蕾より濃く咲きにけり 優美子
終電の遠ざかりゆく夜の秋 栄子
地蔵盆知らぬ子一人混じりをり 良枝
☆存分に鳴いて身の透く法師蝉 恵美
法師蟬はどんな時でも翅が美しく透き通っていますが、作者は存分に鳴いたからと感じ取った。「身の透く」とあるので翅だけではなく全身透いたと感じたのかもしれない。秋の蝉ではあるが夏の名残を背負った法師蝉のありようが具体と詩情をもって描かれていると思います。

 

■小松有為子 選

手も爪も父に似通ひ鳳仙花 栄子
ニューバランス履きてバイクの盆僧来 松井洋子
青田風写真の中を吹くも良し 康仁
存分に鳴いて身の透く法師蝉 恵美
☆その事も秋の扇にたたみけり 恵美
十人十色百人百様とか、実に様々な事柄を経たその後に静かに扇をたたむという「悟り」に近いご心境でしょうか・・・。

 

■岡崎昭彦 選

杉の根の香りもろとも岩清水 栄子
水音も風音も秋吹かれゆく 和代
風鈴の短冊くるりくるくるり 味千代
青空の呼吸に触るる秋の朝 優美子
☆終電の遠ざかりゆく夜の秋 栄子
やや涼しさを含んだ南風に乗って微かに聞こえる終電の音に、暑かった夏の終わりを感じる。

 

■山内雪 選

前略と置きて思案やつくつくし 眞二
夏草やビデオショップのありし場所 宏実
わが鼓動ほどの地震あり盆の月 林檎
二度三度獄の塀越え大揚羽 松井洋子
☆蜩の蜂起の山となりにけり あき
その声を蜩の蜂起と表現したところに惹かれた。

 

■穐吉洋子 選

ニューバランス履きてバイクの盆僧来 松井洋子
千羽鶴死者の群れめく原爆忌 百合子
語り部に三角座りの子らに汗 百花
前略と置きて思案やつくつくし 眞二
☆「赤毛のアン」のそばかすのごと梨の肌
「アン」のそばかすは梨の斑点と似ていますよね、以前小4の子に「ばあちゃんの西瓜切る手は皺だらけ黒い点々西瓜と同じ」と詠まれた事を思い出しました。

 

◆今月のワンポイント

「言葉遣いについて」

今回の特選句に、亡きお父様のことを「考」(こう)と読ませた句がありました。亡き母のことは、「妣」(ひ、訓読みでは、はは)と読ませます。この妣は良く俳句で見かけますが、考は最近の句会のはやりでしょうか。先日両方が一句に入っている句を見ました。まあ、意味がわからなくはないけれど、音読してみると、気分でないなあということは参加者皆さんの一致した意見。そういう難しい言葉が好きな選者もいます。逆に反感を覚える人もいるとおもいます。大学院のころ、一生懸命前もって調べて教授と討論したときに、「おりこうさんだね」と馬鹿にされたことが悔しかったことを今でも覚えています。虚子は、難しい知らない言葉を使われると、調べないとならないので、時間をつかうけれど、まあそれで新しい知識を得たのだからよしとするということを書いています。風生はもともと大変な知識人ですから、それでも知らない言葉を使われると、反感を覚えざるを得なかったようです。子規はどうだったのか。聞いてみたいです。

ようするに「鼻につく」使い方をすると、読者の胸に落ちないということがあります。昔19歳のころ「若葉」にはいって誌面をみると、知らない言葉、知らない字が沢山あって、驚きました。そのころの自分はまだ知らないことが沢山あるのはあたり前ですから、だんだんに学んでいきました。そして、年齢を重ねて自分なりに勉強してもさらに小難しい言葉がでてくると、もうあきらめるしかないなあと思います。

平明で味わいのある句が一番であるのは明白です。でも短い俳句では、季語だけでなくて、色々な意味を包含する言葉をつかうのもよいケースは多々あります。秋櫻子が万葉集などの古典からいろいろ使ったとか、逆に誓子は現代語を使ったとか、旧来のやり方でない言い方で俳句の枠組みを広げたともいえます。

一方、このごろは俳句を一般に広めるために、あえて若者やタレントさんの使う言葉を入れるのも流行っているようです。私としては一番嫌なのは妙な略語です。「軽トラ」は軽自動車のトラックという意味ですけれど、季語などは時代を経て磨かれている言葉が多いのに、こういう言葉が同居すると、興ざめします。オリパラなどという言い方も参加選手を馬鹿にしているように思います。

そこで、皆さんに最近得た情報を一つ最後にお知らせします。

網走川の河口部にもあって、船着き場ではあったし、眺めもよくて駐車場も広く待ち合わせにも都合がよいので、よく行ったのが「網走道の駅」でした。鉄道の駅とは結構離れていました。北海道では車で移動するので、あちこちにそういう「〇〇道の駅」があることを知りました。すべて売店があって、地元の特産物を売っています。この「道の駅」はわれらがネット句会選者の和子先生が大嫌いな言葉だそうです。この言葉がはいっている句は必ず落とすそうです。本人から聞いたのではないけれど、どうも確かな情報のようです。お気をつけあそばせ!

(中川純一)

◆特選句 西村 和子 選
( )内は原句

煮えきらぬ音ひきずつて梅雨の雷
牛島あき
【講評】煮え切らない音、それはどんな音だろうか。特に雷の場合。言葉とすれば、一般的には人の発言がきっぱりしていないことに使われる。しかも、ひきずるというからには、どうもみっともないなあという感じだ。ガラガラピッシャーンという勇ましくて、さも大雷という風ではないということであろう。ずるずるひきずって、一体いつになったら結論をだすのだろうというような。とすると、これは作者が何か割り切れない気持ちを抱えていて、それが投影されているとみるべきだろう。(中川純一)

 

身代を潰してしまひ更衣
鎌田由布子
【講評】一代で苦労を重ねて築いた身代、というよりも、親から引き継いだ身代のようだ。なぜなら自分が築いた身代を潰したのであれば、優雅に更衣などと洒落ている気分ではないだろうから。もしそうなら、それはすごいけれど。第一印象としては、どちらかというと、懲りない性分の二代目で、身代を自分の放蕩で潰したけれども、季節の変わり目だから夏物のお洒落な涼しい服でもだして、鰻でも食べて、気持ちを切りかえようというようなかんじ。つまり、好感をもってその人物を見ている。(中川純一)

 

取つて置きグラスに注ぐ冷酒かな
鎌田由布子
【講評】いいですねえ。冷酒であるから、おちょこではなくて、グラスに注ぐ。それもワイングラスではなくて、切子ガラスかなにか相当に凝ったガラス。江戸切子とか、値段もとんでもなく高価な、家宝のようなものもあるらしい。そういう気分を味わうというわけである。冷でこそ味を楽しめる銘醸酒であることは言うまでもない。(中川純一)

 

七夕の役所忙しや入籍す
髙野新芽
【講評】おめでとうございます!七夕に入籍なんて、ロマンチック!そのお役所は、なんだか忙しそうでめでたいゆったりした雰囲気ではない。ちょっとしたことだけれども、自分たち二人だけが世の中で幸せなこの瞬間ということが際立ってくるわけである。(中川純一)

 

梅雨の駅車輌一灯だにもなし
巫 依子
【講評】これはどういうことだろうか。長い車輛のどこにも明かりがついていないということか?雨で薄暗いのに、まだ昼だということで明かりがついていないことが不満だということなのか。都会の電車であれば、痴漢防止とか、スマホを見る人々のために、昼間でも電気をつけているように思うが、島の電車は顔見知りが多くて、そもそも短いし、節約していて昼は灯さない。ただ、「だにもなし」というのがなにか、憎々しい、投げつけるような言いざまであるところがひっかかる。島ののんびりした光景というわけでもなさそうである。この「だしもなし」が単に全くないということと感じるのであれば、だれも人がいない駅ということだが、評者にはあまり面白くはない。この評には、依子さんから激しいダメ出しがくるか?(中川純一)

 

朗らかや朝一番の蝉の声
三好康夫
【講評】朝から明るい気分になる蝉声なのであろう。こういう朝はご本人も気持ちがよい。寝不足で蝉がうるさくて起きたというのではなくて、すでに早起きしていると、蝉が丁度鳴き始めて挨拶のように聞きなしたということだ。こんな朝を迎えるという事は作者の生活態度もきっちりと朗らかなのである。(中川純一)

 

梔子の花耳たぶの柔らかさ
箱守田鶴
【講評】くちなしはそれほど背が高いわけでなく、花に触れることができるので、その花びらに触れてみた。すると耳たぶのように柔らかいという。色合いも優しい白で、手触りに厚みもあるということが表現されている。(中川純一)

 

アイスティー乾して人いきれの中へ
(アイスティー干して人いきれの中へ)
田中優美子
【講評】束の間の休憩。暑さしのぎと水分補給、それに糖分も。それを飲み干すと、即座に人いきれの中へ仕事に出るという、若い女性。最近よく見かけるテレビのCMではアイスクリームをたべてから、よしっと肩慣らしをして仕事にかかる女優さんがいるが、それよりも動きがあって活動的だ。(中川純一)

 

白日傘太平洋へひらきけり
緒方恵美
【講評】明るい句です。絵画のように、白と青い海と晴れた空が広がっている。ひらきけり、という表現がすぐれている。ここに人の動作があるのみならず、光景が開けることも描けている。「白日傘」、と「ひらきけり」が音の上でも共鳴していて、その間に太平洋がある配置も絶好。(中川純一)

 

夕立あと天使の羽のごとき雲
田中優美子
【講評】天使の羽のごとき雲とは、まあ素敵ではないか。何か希望を感じさせるようだ。(中川純一)

 

冷房に誘はれ要らぬもの買ひて
(冷房に誘はれいらぬもの買ひて)
髙野新芽
【講評】新婚家庭のお買い物だろうか。エアコンを買いにいったともとれるけれど、電気屋でなくともよい。冷房がきいていて、気分がよくなって、ちょっと気の利いたようなものを衝動買いしてしまったわけだ。でも買い物の楽しさというのはそれ自体、気持ちがよいということも含まれる。下世話な例で恐縮だが、素敵なしゃもじだと、けっこう高価なのをつい買ってきて、結局いつもの使い慣れたしゃもじをいつも使っていて、飾り物になっているというのがあって、苦笑を禁じ得ない。(中川純一)

 

戸に粽厨に護符の大暑かな
島野紀子
【講評】粽は京都の祇園祭りの時期に八坂神社で売られる厄除けのお守りで、この句の内容からすると、端午の節句で食べるものとは違う。玄関先にかけておく茅の小さな飾りのようだ。台所には護符もあり、大暑、疫病のこの夏の感じがある。(中川純一)

 

横断の足の縺るる溽暑かな
小山良枝
【講評】おっと危ない。このごろいらいらした運転者が増えているようで毎日のようにテレビのニュースで乱暴運転の映像が流れる。まあそういう車には遭遇しなかったので、事なきを得た。それにしても暑くてぼ~っとしてしまう。踏切でなくてよかった。(中川純一)

 

遠ざかる船のごとくに夏入日
矢澤真徳
【講評】真っ赤な入日が真正面に見えている光景。光の筋が自分の目からずっと続いて水平線の入日まで航跡のように伸びている。それを遠ざかる船とみなしたのは、青春性を含んでいよう。今日は入日が何か暗示的な姿に見えるというわけだ。(中川純一)

 

 

◆入選句 西村 和子 選
( )内は原句

七月の机上の帆走カリブ海
(七月や机上の帆走カリブ海)
辻 敦丸
カリブ海には一度だけ行ったことがある。アルーバ島というオランダ領の島だったと思う。ハワイとちがって飛行機も乗り継ぎで簡単には行けない。陽ざしが肌に痛いほど強い。帆走したら気持ちがよかろう。といってもコロナ全盛のこの時期、気分だけでも味わうなにかの画像を見ているのであろう。カレンダーかもしれないけれど。

餌を運ぶ蟻の交代せはしなき
(餌を運ぶ蟻の交代せはしなく)
小野雅子
なるほど。一つの蟻が大きな蝉の羽などを運んでいるのは記憶にあるけれど、交代してまで運ぶというのは一つのものでは運べない大物か。社会性に優れて生き延びてきた蟻は、独り占めなど考えないで皆で運んで、皆で恩恵を味わうのだが、上から見ていると、何やら不憫という気持ちのようだ。

門川に弥勒のごとく海芋咲く
中山亮成

夏帽子森の中なるパン屋まで
長坂宏実
素敵なパン屋ですね。手作りの香りたかい発酵パン。

ムール貝開けばハート巴里祭
宮内百花
そもそも真っ黒な貝なのだが、開けば白というか、輝きと光沢もあるムール貝。それがハートの形だとみなすのは、まあ、浮かれているパリジャン、パリジェンヌらしい。

真つ新の氷旗吊り梅雨晴間
松井洋子

風鈴や忘れたころの余り風
(風鈴へ忘れたころの余り風)
黒木康仁

声出せば涙となりぬ夏の星
小野雅子

跳び箱を七段とんで靴白し
(七段の跳び箱をとぶ靴白し)
松井洋子
小学校も高学年の体操が得意な男の子。みんな驚くジャンプだ。ちなみに、私はこれをやって転げて腕の骨を折りました。

沙羅の花こぼれて朝のすがすがし
(沙羅の花こぼれて朝のすがしけれ)
佐藤清子

茅萱の穂や雲上の舞台めく
(雲上の舞台のごとし茅萱の穂)
千明朋代

夏に入る今の自分に向き合ひて
(今の自分向き合ひながら夏に入る)
深澤範子
定年後に診療所を開設し、休みには登山にいそしむ元気印満々の範子さん。その多忙の中、無理し過ぎては長続きしないということを自戒の言葉として大切にしていらっしゃる様子だ。具体的な夏の食べ物だとか、野山の景色ではなくて、「夏に入る」というところがよい。

サーカスの空を旋回夏つばめ
森山栄子

坂道のだらだら続く油照
小山良枝

水天の濃鼠迫り梅雨に入る
(濃鼠の水天迫り梅雨に入る)
鎌田由布子

遠野郷河鹿の声のいづこより
(いづこより河鹿の声か遠野郷)
深澤範子

梅雨出水帰るに帰れなくなりぬ
巫 依子
電車が動かなくなっているということか?停電で一灯もなく。

溝萩を束ねて水を含ませて
箱守田鶴

万緑や濠に向きたる千の窓
梅田実代
大手町の御堀端の大きなビルのようだ。大きな光景をうまくまとめて描いている。千の窓という言い方がとても生きている。

投げやりしままの眼鏡や夏の風邪
田中優美子
コロナでなくてよかった。でもやる気が何も起きない。

五月雨や卍に狂ふおろち川
黒木康仁

防波堤覆さむと夏怒涛
鈴木紫峰人
激しいです。今年はこういう光景がニュースで沢山流れています。

片蔭に執して歩き遊びけり
(片影に執して歩き遊びめく)
荒木百合子

表札に一筋ひかる蜘蛛の糸
中村道子

遠き日の記憶はつかに百日草
長谷川一枝

青ぶだう畑の中をローカル線
(青ぶだう畑中抜けるローカル線)
長谷川一枝

夏霞橋の尖端白灯す
(夏霞架橋の尖端白灯す)
中山亮成

沢蟹採る子らの短パン水びたし
(沢蟹採る子らの短パンみな濡れて)
松井洋子
この句の原句の下五は「みな濡れて」であるのだが、和子先生が添削すると「水びたし」となって、とても映像がはっきりしてくる。意味は同じなのにこれほど印象が変わるということを注視しなくてはならない。「みな濡れて」は状況の説明であり、「水びたし」はかっちりした描写である。その違いを鑑賞しながら、かつ学びたい。

風来てはうら返りゆく青田波
(来ては風うら返りゆく青田波)
牛島あき

沢蟹の蟹の骸を越えて行き
鏡味味千代
自然界では死は身近である。それもすぐに食べられてしまうのだが、この骸はさらされている。それを何事もないように越えて歩く同類の沢蟹。なまじ海よりも清流であるために、凄惨である。

一番の馳走なりけり滝の音
千明朋代
滝見茶屋での実感。

店の子が横をすり抜け金魚玉
梅田実代

いま一度気を張り生きむ土用太郎
(いま一度気を張り暮らす土用太郎)
島野紀子

腕組みて茅の輪をくぐり老夫婦
(腕組みて茅の輪くぐれり老夫婦)
中村道子
たがいにいつお迎えがくるかわからないけれど、それまでなるべく元気で仲良く暮らそうね、という素晴らしいご夫婦ですね。心の持ちようが健康維持にも大切。

渓谷をゆく鬼百合に見下ろされ
森山栄子
鬼百合の花はとても目につく。渓谷を歩きながら見上げる旅にそれが仰がれる。ずいぶんと谷が深い様子も表している。

濁流に中洲呑まるる梅雨の末
小松有為子

足もとに眠る犬撫で夏の月
(足もとで眠る犬撫で夏の月)
長坂宏実

色褪せし母の形見の黒日傘
(母形見色の褪せたる黒日傘)
穐吉洋子
白や明るい色の日傘ではなくて、黒の日傘。実は黒が一番日を遮る効果は高いので実用的でもあり、また独特の風格もある傘なのであろう。その色が褪せているというのは、長い時間の、そしてその間の苦労なども想像させる。

こんな奴どこにもゐるよやぶからし
(やぶからしどこにもゐるよこんな奴)
長谷川一枝

ワイパーがぐいつと拭ふ大夕焼
矢澤真徳

ところてん少し違ふと気持覚め
(少し違ふと気持の覚めてところてん)
荒木百合子

振り売りの媼炎暑にたぢろがず
奥田眞二

夏風邪や出窓の光わづらはし
田中優美子

叡山の黒く静もり大夕焼
(叡山の黒く静もり大夕焼け)
小野雅子
京都の句は、なんでも歴史の重みを感じさせる。季語だけでなくて、さらなる追加の舞台設定がありますね。「黒く静もり」がよい。

火起こしの香の残りたる団扇かな
長坂宏実

トラクターはたと止まりぬ落し角
(落し角はたと止まりぬトラクター)
山内雪
大きくて音もすごいトラクター。人間味はないと見えていたそれがはたと止まった。なんとそのわけは、存在感のある鹿の角が行く手に、転がっていたから。運転しているのは人間なのだから。

貴婦人の館なりけり花柘榴
千明朋代

風入れの紋付に未だ仕付け糸
箱守田鶴

思ひ出での帝国ホテル夏炉燃ゆ
(夏炉燃ゆ帝国ホテル思ひ出で)
千明朋代

波音のやはらかくなる梅酒かな
小山良枝
ほろ酔い気分が素敵。

綿菓子のやうにふんはり夏の月
鎌田由布子

水に触れ石段に触れ黒揚羽
山田紳介

青葉雨橋の上にて別れたる
小野雅子

冷し酒夫の弱音を聞いてをり
(冷酒酌みつつ夫の弱音を聞いてをり)
小野雅子
大人の女性にとっては、男ってなんて馬鹿なの?ということ。それは腕力とか、体力とか強いのは確かだし、また精神力・忍耐力だって強いと思う時もある。だが、安心して話せる相手が妻だからといって、せっかくの酒がまずくなる不満と弱音の数々。自分で解決しろよっ!だがそれを聞くのも“良妻”の役目か。そういう場面もこれからの社会ではなくなっていくのかもしれない。逆に疲れている夫にご近所の不満とか色々言ってさらに疲れさせる奥さんというのもテレビドラマなどでは出てくるが。

子と母に緑蔭の時止まりたる
藤江すみ江

観音の滝と呼ばれて閑かなり
巫 依子

梅雨の月目掛け飛行機上昇す
鎌田由布子

溽暑なり思考能力停止中
(溽暑なる思考能力停止中)
鎌田由布子

海の日の波打ち際の音激し
水田和代

どくだみへ濁流嵩を増しゆけり
小野雅子

まだ少し空の映れる青田かな
長谷川一枝
大分伸びてきた田んぼのかんじ。面白い把握と表現である。

水一筋真夏の森を貫きて
山田紳介

土用芽に雨上がりたる雫かな
牛島あき

病院の西日眩しき談話室
穐吉洋子

サンドレス肩のきれいな小麦色
荒木百合子

鶏の土を蹴散らす暑さかな
小山良枝

おたまじゃくし見ぬ間にゐなくなりにけり
(おたまじゃくし見ぬ間にいなくなりにけり)
チボーしづ香
お散歩コースの池か、ご自宅の庭か。だんだん大きくなるなあと見守っていたのに急に全くいなくなった。蛙になったら水から出てあちこち散らばって生きてゆくのだから当然であるけれど、あんなに沢山いたのが、見えないというのが自然界の不思議である。ま、よく探せば小さな蛙が草むらに紛れていたのかもしれないけれど、第一印象はこの句の感じ。

ビーチボール投げくれし歯の白さかな
梅田実代
見るからに健康そうな日焼けのお兄さん!

夏雲の広ごるばかり遠野郷
深澤範子

紫陽花の光を得たり備前焼
(紫陽花てふ光を得たり備前焼)
森山栄子

白蓮の散りかけて持ちこたへゐる
(散りかけて持ちこたへゐる白き蓮)
荒木百合子

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選

蛇の衣まだ柔らかき腹あたり
向日葵も首くたびれてをりぬべし 林檎
蝶の脚ふんはりとあり合歓の花 すみ江
煮えきらぬ音ひきずつて梅雨の雷 あき
☆表札に一筋ひかる蜘蛛の糸 道子
力強い写生句です。たった一筋の蜘蛛の糸をも見逃さない、俳人の目を感じました。

 

■飯田 静 選

漆黒の海に連なり烏賊釣火 由布子
火起こしの香の残りたる団扇かな 宏実
四股を踏む子の膝高し半ズボン 百花
跳び箱を七段とんで靴白し 松井洋子
☆柄の太き考の傘借る白雨かな 松井洋子
ご実家に行かれ帰り際に振り出したにわか雨。亡くなられた父上の傘を借りしばし思い出に浸られたのでしょう。

 

■鏡味味千代 選

野萱草漢の唄の哀しくて 一枝
まだ少し空の映れる青田かな 一枝
あれもこれももののはづみやほたるの夜 朋代
子の数の長靴干され梅雨明くる 松井洋子
☆病院の西日眩しき談話室 穐吉洋子
西日というとあまり良いイメージを抱かないのだが、ここは病院。時間も季節も建物の外でいつの間にか過ぎてしまう。しかし西日はそんな病院の中にも入り込み、季節と時間の実感を与えてくれる。それが談話室であることに楽しさを感じ、また「眩しき」にも疎ましさを感じず、まるで喜んでいるかのような印象を受ける。蛍の句も、蛍の持つ悲しみのイメージではなく蛍のマイペースな惚けたような様子が表れていて好き。

 

■千明朋代 選

息絶えし毛虫絢爛たる衣 百合子
短夜や独りの部屋は泣くために 雅子
白日傘太平洋へひらきけり 恵美
風鈴や忘れたころの余り風 康仁
☆新茶汲む九十五歳の母と汲む 深澤範子
輝ける今の一瞬を映した素晴らしい句だと思いました。

 

■辻 敦丸 選

池底の濁りを脱ぎて白蓮
七夕や今宵宴は雲の上 穐吉洋子
表札に一筋ひかる蜘蛛の糸 道子
風鈴や忘れたころの余り風 康仁
☆蟬の声我を童へ引き戻し 康仁
蝉の種類も少なくなった様ですが、初蟬の声と共に遠い昔を回想します。

 

■三好康夫 選

沢蟹の蟹の骸を越えて行き 味千代
子の数の長靴干され梅雨明くる 松井洋子
新茶汲む九十五歳の母と汲む 深澤範子
言葉なく眼で笑ふソーダ水 深澤範子
☆大寺の案内の僧の日焼顔
日焼けした案内僧の単純な笑い顔、大きな声が頼もしい。

 

■森山栄子 選

戸に粽厨に護符の大暑かな 島野紀子
牛が来る海霧の襖をすり抜けて
ワイパーがぐいつと拭ふ大夕焼 真徳
大地蹴り夏空を蹴り逆上がり 味千代
☆短夜や萬年筆に指汚し 良枝
暑さもやわらぎ、ひとりごころを得て筆が走るようになる頃にはもう夜明けが近づいている。

 

■小野雅子 選

誰彼の背遠ざかる夏木立 康夫
戸に粽厨に護符の大暑かな 島野紀子
子の数の長靴干され梅雨明くる 松井洋子
火起こしの香の残りたる団扇かな 宏実
☆夏蝶とおんなじ風に吹かれけり 紳介
夏の炎天下ありなしの風を蝶と分け合っていると読みました。小さな蝶も人間も同じ生き物、自然と一体です。

 

■長谷川一枝 選

曇天の厚きを低く夏燕 実可子
明け易し閃きたるや朝の膳 昭彦
病院の西日眩しき談話室 穐吉洋子
サーカスの空を旋回夏つばめ 栄子
☆ややありて夫も夕焼を言つてをり 実代
微妙な間合いに、日常のお二人の関係が垣間見られたように思いました。

 

■藤江すみ江 選

煮えきらぬ音ひきずつて梅雨の雷 あき
跳び箱を七段とんで靴白し 松井洋子
大地蹴り夏空を蹴り逆上がり 味千代
打水の静寂過る一刹那 由布子
☆老猫の小さき骨壷梅雨あがる 雅子
梅雨あがるという季語が良いです。天寿を全うした愛猫を誉め称える気持ち、ペットロスに負けないからっとした気持ちを感じます。

 

■箱守田鶴 選

風鈴や忘れたころの余り風 康仁
新茶汲む九十五歳の母と汲む 深澤範子
ビーチボール投げくれし歯の白さかな 実代
大地蹴り夏空を蹴り逆上がり 味千代
☆達筆の遺書や知覧に合歓の花 眞二
合歓の花の盛りに知覧を飛び立つ特攻機、遺書を残して。きっと母上へ宛ててでしょう。若いのに達筆であるのがいっそう哀しい。戦争は何も解決しないのになくならない。人間はあまりに愚かです。

 

■深澤範子 選

砂利道の小さな点よ雨蛙 しづ香
子の数の長靴干され梅雨明くる 松井洋子
ひと夏をうつろのままに蛍籠 栄子
病院の西日眩しき談話室 穐吉洋子
☆鳥に夏空人間に握り飯 林檎
情景も見えますし、ユーモア溢れる面白い句だと思いました。

 

■中村道子 選

自転車の少女立ち漕ぎサンドレス 雅子
大地蹴り夏空を蹴り逆上がり 味千代
緑濃き国立競技場眠る 亮成
熱の児の身のやり場なき大暑かな 松井洋子
☆子の数の長靴干され梅雨明くる 松井洋子
我が家の前の家にも小さい長靴が干してありました。子供さんの数だけ干された大小の長靴は家庭の温もりを感じますね。梅雨の明けた喜びとともに。

 

■山田紳介 選

蹠に石の丸さや夏の河 松井洋子
汕頭のハンカチいまだ封切らず 一枝
新茶汲む九十五歳の母と汲む 深澤範子
金魚玉ひとり娘で育てられ 恵美
☆白日傘太平洋へひらきけり 恵美
光と影、空と海、無限と微小、現在と過去、在るものと無いもの。単純な構造の一句だが、その単純さ故か想像はどこまでも広がって行く。

 

■松井洋子 選

店の子が横をすり抜け金魚玉 実代
牛が来る海霧の襖をすり抜けて,
鉄骨は巨大な積木雲の峰 あき
星一つ落ちて摩文仁の夜光虫 眞二
☆白日傘太平洋へひらきけり 恵美
多くを語らず、白日傘と太平洋を対比させて端的に詠まれた大きな景の句。一読して真っ白な砂浜と透き通った海が見えてくる。

 

■緒方恵美 選

坂道のだらだら続く油照 良枝
隠れ世の闇より出づる梅雨の月 依子
ひと夏をうつろのままに蛍籠 栄子
とうすみの蝶の羽影に釣られ飛び すみ江
☆七夕や今宵宴は雲の上 穐吉洋子
時事句はめったに選ばないが、さすがににコロナ・豪雨と続くと共感する。雲上では、3密・ノーマスク・お酒・カラオケetcとさぞ無礼講なのでしょう。

 

■田中優美子 選

ムール貝開けばハート巴里祭 百花
夜濯のハンガーぽつと掛けにけり 林檎
七夕の短冊背より上に吊り 味千代
こんな奴どこにもゐるよやぶからし 一枝
☆ワイパーがぐいつと拭ふ大夕焼 真徳
大粒の雨のあと、ワイパーで拭えばフロントガラス一面の夕焼。「ぐいつと」という言葉の勢いと大夕焼のダイナミックさに心が洗われます。車中から夕焼を楽しむという視点も好きです。

 

■長坂宏実 選

自転車の少女立ち漕ぎサンドレス 雅子
声出せば涙となりぬ夏の星 雅子
夕涼やひとつふたつと庭灯る 昭彦
病院の西日眩しき談話室 穐吉洋子
☆大地蹴り夏空を蹴り逆上がり 味千代
勢いがあって、若々しさがとてもよく表現できていると思いました。

 

■チボーしづ香 選

いつの間に雨音止みて瑠璃の声 すみ江
蠅払ふ牛のしっぽのタクトかな 穐吉洋子
網戸ごしぬるき光の夏の月 優美子
大地蹴り夏空を蹴り逆上がり 味千代
☆うれしきこと言ふ母の亡く夜の秋 紫峰人
母親の死の寂しさを秋の寂しさに掛けて今の作者の心がよく読めている。

 

■黒木康仁 選

紫陽花の光を得たり備前焼 栄子
一番の馳走なりけり滝の音 朋代
凌霄や通るばかりの無人駅 良枝
しづかさや夏蝶の来て草揺れて 恵美
☆柄の太き考の傘借る白雨かな 松井洋子
実家へ行き、帰らなければならぬのに夕立にあい、亡父の傘を借りた。恐らく母を一人実家に残して。後ろめたさを感じつつといった風景が見えそうですね。

 

■矢澤真徳 選

鶏の土を蹴散らす暑さかな 良枝
沢蟹採る子らの短パンみな水びたし 松井洋子
輪になつて蕎麦を啜るや子供の日 深澤範子
子と母に緑蔭の時止まりたる すみ江
☆大地蹴り夏空を蹴り逆上がり 味千代
夏空を蹴っているということは、まだ出来ない逆上がりの練習中でしょうか。次こそ、と応援したくなってきます。

 

■奥田眞二 選

ネックレス汗の鎖骨に波打ちて 栄子
立ち話長々サマードレスかな しづ香
老猫の小さき骨壺梅雨あがる 雅子
七夕の役所忙しや入籍す 新芽
☆あれもこれももののはづみやほたるの夜 朋代
まさに「言ひおほせて何かある」です。文字表現も最後の「夜」一文字がこの句を余計引き立たせています。

 

■中山亮成 選

青ぶだう畑の中をローカル線 一枝
星一つ落ちて摩文仁の夜光虫 眞二
あれもこれももののはづみやほたるの夜 朋代
漆黒の海に連なり烏賊釣火 由布子
☆北斎を小布施にとどめ栗の花 田鶴
北斎が長く逗留した小布施にこと記憶にありました。栗の花にひかれました。

 

■髙野新芽 選

夕立あと天使の羽のごとき雲 優美子
夏霧の山の頂溶かしたり 味千代
風鈴や忘れたころの余り風 康仁
水一筋真夏の森を貫きて 紳介
☆門川に弥勒のごとく海芋咲く 亮成
独特な世界に惹き込まれました。

 

■巫 依子 選

煮えきらぬ音ひきずつて梅雨の雷 あき
風来てはうら返りゆく青田波 あき
大地蹴り夏空を蹴り逆上がり 味千代
夏の雲夜にも白を失はず 味千代
☆梔子の花耳たぶの柔らかさ 田鶴
梔子の花といえば、普通ならその香りに意識がいきがち。けれどもこの句は、余計なことをいっさい述べずに、ただただ梔子のその花の在り樣を、触覚的に捉えて表現している。え?そうなの?と、確認してみたくなりました。

 

■佐藤清子 選

熱の児の身のやり場なき大暑かな 松井洋子
五月雨や卍に狂うおろち川 康仁
七月の晦日詣でを八坂まで 島野紀子
白日傘太平洋へひらきけり 恵美
☆金魚玉ひとり娘で育てられ 恵美
ひとり娘で幸福な環境で育てられたのでしょうか。その反面、ご本人にしてみれば不自由で退屈、寂しさもあったと推察します。見れば金魚玉のようなのでしょうか。さらりと言ってて好きです。

 

■水田和代 選

堰越えの躍る銀鱗夏旺ん あき
横断の足の縺るる溽暑かな 良枝
観音の滝と呼ばれて閑かなり 依子
子の数の長靴干され梅雨明くる 松井洋子
☆達筆の遺書や知覧に合歓の花 眞二
達筆の遺書がとても悲しいです。優しい合歓の花が寄り添っています。

 

■梅田実代 選

波音のやはらかくなる梅酒かな 良枝
足もとに眠る犬撫で夏の月 宏実
まだ少し空の映れる青田かな 一枝
誰彼の背遠ざかる夏木立 康夫
☆まひるまの清閑にあり夏椿 依子
夏椿の気高さが際立ちます。

 

■木邑 杏 選

切り株にのっぺらぼうの梅雨茸 穐吉洋子
捕虫網そんなにひよいと渡されても 実代
プリントの肌にくつつく小暑かな 味千代
沢蟹採る子らの短パンみな水びたし 松井洋子
☆貴船川床瀬音につるむ京ことば 眞二
京都の夏、貴船川床の瀬音にはんなりとした京ことばが入り混じる。

 

■鎌田由布子 選

人生のいまロスタイム夕焼濃し 眞二
大地蹴り夏空を蹴り逆上がり 味千代
緑陰の小径に置かれ乳母車 実可子
自転車の少女立ち漕ぎサンドレス 雅子
☆大寺の案内の僧の日焼顔
大寺の若い僧侶は読経より雑用が多くて日焼けしている点が滑稽でした。

 

■牛島あき 選

うれしきこと言ふ母の亡く夜の秋 紫峰人
輪になつて蕎麦を啜るや子供の日 深澤範子
持ち上げて今朝も尻押すメロンかな 実代
隠れんぼべろ出し茗荷いち見つけ 穐吉洋子
☆ムール貝開けばハート巴里祭 百花
開いたムール貝の形にハートを見る作者はきっと幸せいっぱいな方。「巴里祭」のお洒落な語感が素敵です。

 

■荒木百合子 選

まだ少し空の映れる青田かな 一枝
水に触れ石段に触れ黒揚羽 紳介
ビーチボール投げくれし歯の白さかな 実代
透く翅に傷みの見えて蟬歩く 有為子
☆四股を踏む子の膝高し半ズボン 百花
遥かな子育ての日々とその頃の私にあった若い親としてのエネルギーを思い出して、いいなあと思うのです。

 

■宮内百花 選

厳格な母の思ひ出ソーダ水 由布子
夏川や浸しし足の透きゆける 松井洋子
金魚玉ひとり娘で育てられ 恵美
沢蟹の蟹の骸を越えて行き 味千代
☆星一つ落ちて摩文仁の夜光虫 眞二
摩文仁でかつて失われた数多の命の数ほど夜光虫が闇の中で光っている。「星一つ落ちて」の言葉が、そんな情景を物語っているようです。

 

■鈴木紫峰人 選

ところてん少し違ふと気持覚め 百合子
沙羅の花千のひとつの落花かな 依子
蚊遣火と子の読みさしの夢十夜 栄子
しづかさや夏蝶の来て草揺れて 恵美
☆牛が来る海霧の襖をすり抜けて
根釧地方の海霧の中で生きる酪農家は牛が家族。たくましく海霧の中を牛が顔を見せてくれる。今日もこの牛たちとこの地で生きていく確かな思いを感じました。

 

■吉田林檎 選

ムール貝開けばハート巴里祭 百花
梔子の花耳たぶの柔らかさ 田鶴
カステラのざらめぱらりと昼の雷 敦丸
河童忌や乾ききつたる掌 良枝
☆波音のやはらかくなる梅酒かな 良枝
映画「海街diary」ですずちゃんが梅酒を入れながらお姉ちゃんたち1人1人に「甘め?すっぱめ?」と聞いていたシーンを思い出しました。海近くに暮らしながら毎年梅酒を作っている。梅酒を飲んでいると気分が和らぎ、波音も柔らかく感じる。そういう暮しの中の梅酒を思いました。

 

■小松有為子 選

表札に一筋ひかる蜘蛛の糸 道子
万緑や濠に向きたる千の窓 実代
幾重にも雲の重なり梅雨夕焼 由布子
七夕の短冊背より上に吊り 味千代
☆煮えきらぬ音ひきずつて梅雨の雷 あき
聞こえたような気のせいのような雷鳴を”煮え切らぬ”と詠まれたことの素晴らしさ!

 

■岡崎昭彦 選

カステラのざらめぱらりと昼の雷 敦丸
風来てはうら返りゆく青田波 あき
水に触れ石段に触れ黒揚羽 紳介
遠ざかる船のごとくに夏入日 真徳
☆火起こしの香の残りたる団扇かな 宏実
炭の香と起こした火で火照った顔少し先の破れた団扇に、夏の楽しい夕餉を感じます。

 

■山内雪 選

夏霧の山の頂溶かしたり 味千代
ところてん少し違ふと気持覚め 百合子
身代を潰してしまひ更衣 由布子
人生のいまロスタイム夕焼濃し 眞二
☆金魚玉ひとり娘で育てられ 恵美
季語金魚玉で選んだ。この季語のおかげで景が見えたと思った。

 

■島野紀子 選

夏帽子森の中なるパン屋まで 宏実
冷房に誘はれ要らぬもの買ひて 新芽
一滴の飲み水下さい梅雨出水 田鶴
清掃を終へたる水路蛇泳ぎ 百花
☆一番の馳走なりけり滝の音 朋代
非日常と涼しさの贅沢。五感すべてで味わい尽くしてください。

 

 

◆今月のワンポイント

「俳句における取り合わせ」

先月は省略について述べましたが、今月は追加についてと予告していましたね。原則として、器の小さい俳句では省略が大切であることは言うまでもありません。ただ、何か物足りないということがあります。作者のイメージをもっと明確にするには、今目の前にはないのだけれど、記憶の中でその対象と強いつながりを感じさせるものがあったはず。そんなケースです。デッサンで形を整えるだけでなくて、たとえば影を入れるだけで存在感が増すようなことでもあります。

影を一ついれて全体を描く句にはこんな句があります。

青麦に走り穂一つ見ゆるかな   虚子 

畑の大部分の青麦の中に、はやばや穂になりつつあるのが見える。そういうことなのですが、とても広い麦畑に風が吹いて、穂を際立たせているのがはっきり感じられます。

三つ食へば葉三片や桜餅     虚子 

桜餅を食べることを描写するのに、それをつまむ麗人の細い指だとか、菓子皿が素敵だとか言いたくなります。虚子はあえて、食べたら葉が三枚残っていると付けています。でも三つも食べるほど美味しい、嬉しそうな顔が目に浮かびます。

水馬流るる黄楊の花を追ふ    素十

よく見る光景なのですが、ここに何の花びらを追わせますか?黄楊の黄色い小さな花びらだから、水馬が獲物かと思って追うさまが目にうかびます。薔薇はもちろんダメ、桜でもダメです。

塵取に凌霄の花と塵少し     素十

ここで凌霄の花は嘱目だったかもしれないし、我々のレベルでも言えるでしょうが、「塵少し」をいうことで凌霄の花が際立つという技はかなりの上級です。

素十の句は嘱目かもしれないが、虚子は、ほぼ兼題から想像で作っていると思います。想像といっても、実景の記憶をたどり、さらに、句のしつらえに一番ぴったりな素材をもってきています。つまり記憶の中から一番ぴったりくる光景を組み合わせています。

ここに上げた例句はやや古典的で、最近流行っている付け合わせとは大分雰囲気が違っていると思いますけれども、上質であることは明白です。日頃の観察、それだけでなくて、構図についてもそれが作り物然とならない作り方というのは、個性を出すために必要です。「まあそうだね、うまくまとめたね」というくらいでは、実は少し気が利く人なら思いつく、つまり、個性ではないということになります。

第一歩はよく見て、それを見た自身の心に何が映っているのかを正確に把握することなのですが、それに慣れたら、あえて見えていないものを構築するということも句柄を広げます。試してみてください。

(中川純一)

◆特選句 西村 和子 選

雲の峰てつぺんきらと光りたる
田中優美子
【講評】もくもくと盛り上がった入道雲を見上げる作者。圧倒してくるその巨体。作者はそれを目でなぞり上げていって、そのてっぺんに、真珠のような輝きが少しだけ点っているのを見出す。わだかまりが溶けるように。このように読み砕いては、台無しであるともいえます。つまり、この句はそういう心理的なものを内包していますが、それを露わにしていないからこそ読者にその光景を追体験させてくれます。(中川純一)

 

通夜の門うす明かりして濃紫陽花
奥田真二
【講評】この場合の通夜は、葬儀場やお寺ではなくて、個人のお宅で行われている。個人も愛した紫陽花が咲き盛っている。そこに玄関の灯が及んでいるのが、死者からの挨拶のようでもある。抑えられた表現がよい。(中川純一)

 

晩年のおしやれもよきか衣更
千明朋代
【講評】若い頃はお洒落して派手なものを着なくとも、神から与えられた体そのものの輝きが十分にある。だが、年を経た現在、むしろ派手なもの、あるいは派手ではなくとも、お洒落であることがすぐに目につくものを身に纏うのが他人にもよい印象を与え、そして何より自分自身がまだ老いこんでいないという気持ちを保つよすがにもなる。(中川純一)

 

籠居の実梅を漬けて煮て干して
梅田実代
【講評】お名前にぴったりの句!沢山お庭に梅の実がなったのか、梅干しだけでなくて、いろいろな料理に使ってみよう。どうせコロナで籠っているのだから時間はたっぷりある。やってみると結構楽しい。そんな若さがうかがえる。私は同人句会の兼題だったので、食品店で袋入りになっているのを買ってきたが、結構量が多い。梅干しは手間がかかるしコツがいりそうなので敬遠。それで二回にわけて、ジャムを作りました。あの酸っぱいところが健康に良さそう!(中川純一)

 

サックスの音六月の雨の中
矢澤真徳
【講評】サキソフォンの音色はセクシー、特にアルトサックス。つまり作者はジャズを聴いている。実演だろうか。長雨の外とは全く別の妖艶な音の世界である。路上ライブとは思えない。こういう句は結構難しい。なぜなら、サックスの代わりに、別の楽器または作曲者の名前をもってきてもなり立つのではないかということ。それに「音」という言葉をわざわざ入れるべきなのかどうか。それらをすべて含んで、音、流れ、内容が読者に実感をもって受け取られるかどうかというのが一句のポイントである。(中川純一)

 

踊りの輪商店街は細長き
箱守田鶴
【講評】地域の盆踊りは公園などで櫓をたてたりして町民が大きな輪になって踊れるようなことが多い。しかしここでは、道に沿って細長く輪を作って踊っているという。親しい人々なのであろう。浅草の商店街だと聞くとなるほどと納得できる。(中川純一)

 

冷奴けふはたつぷり歩きけり
小山良枝
【講評】たっぷり歩いた一日。お腹もある程度すいたのであるけれども、暑い一日の後、帰宅して、夕刻にいきなり脂っこいものを食べる気分ではなく、一番合って居るのは冷奴だという。体を動かし、また訪ねた場所での出会いなどの心地よい満足感がしみじみわいてくるという訳だ。(中川純一)

 

茗荷の子座敷童も元気なり
黒木康仁
【講評】座敷童とは、一種の妖怪みたいなもので、詳しくは深澤範子さんがご存じだが、住人に害を加えるというわけではない。庭で育てている茗荷の子をつんできて、豆腐にでも合わせていると、なんだか座敷童も声をかけてきそうな気分。もう彼等とのつきあいに慣れておられる作者なのであろう。(中川純一)

 

横顔の方が美し百合の花
鏡味味千代
【講評】とくに鼻筋の綺麗な人でこういうことがある。一方、百合の花も真正面は大きく開いた花びらの中に、毒々しいともいえる蕊が見えて、すこし激しすぎる。この場合は百合が対象で、横から見た方がエレガントだと言っている。そう思いながら女性にもそういう人がいると思ったのである。(中川純一)

 

枇杷熟れてゐるなり君のゐない朝
山田紳介
【講評】
この句、若い人の句のように見える。心にある人を「君」という呼び方をするところが若い。でも俳句は作者名も前書のようなもので、大切な鑑賞の礎である。紳介さんは、お医者さまで、壮年の責任あるお立場ながら、人生の悔いも覚える年齢であるらしいことは、知音誌上で毎月拝見する作品から想像できる。そういう方の句としては表現とリズムが若い。

でも鑑賞を試みてみよう。枇杷の熟れてきたころの色合いというのはとても優しい。梅よりも穏やかな色合いで、赤味は少なくて優しいのだ。その形も梅とちがって、うりざね顔のようだ。それを見上げて、いつも心の中にすんでいる女性を思っている。

この句の甘い響きからすると、朝の空を見上げると思い出す、記憶の中のいつまでたっても若い日の姿のままの女性だと思われる。あの、優しい美しい目をした……。「君のゐない朝」それはたまたま今日いないというわけではなくて、あの日いつまでも一緒にいたい、そうなるのだろうと思っていた人を偲ぶ言い回しだ。一句の中でここだけが若き日の口語になっているのは、思わず呟いた独り言だから。

元気で頑張って過ごしていても、若い頃は意識していなかった死という事を意識する年齢である。しかも医者であれば、生死の境目はあっという間の出来事であるのを何度も身近に見てきている。あの世で会おうというのではないが、別れてこんなに年月が経つのにいつも心にある存在なのである。この思いは自分の脳が死んで滅びない限り消えない。(中川純一)

 

更衣プリーツの襞立ち上がり
森山栄子
【講評】大人の女性でもよいし、女子学生の制服でもよい。おろしたてのスカートのプリーツは折り目がしっかり立ち上がっていて、独特の華やかさがある。学生の場合は毎日着るので、それがすぐに緩んでくるわけだ。衣更えの季節だけの清潔感。(中川純一)

 

金魚玉声持たぬ魚美しき
箱守田鶴
【講評】美しい人だが口を開くと幻滅、なんというわけではないが、金魚はパクパクしても声が聞こえないのでそういうことはない。とくに金魚玉といわれる、昔ながらの金魚鉢の丸いガラスを通してみる琉金は優雅で、口を開けていても綺麗だ。声を持たない、という言い方で、かすかにそれが人間から見れば不自由という感覚も示している。でもそれが優雅なのだと。その感覚が面白い。(中川純一)

 

◆入選句 西村 和子 選
( )内は原句

白南風や港街より鉄路伸び
小山良枝

今年また夏菊母の供花とせり
奥田真二

子等は来ず大人ばかりのこどもの日
深澤範子
(子等来ずに大人ばかりのこどもの日)

父の日や形見の指輪中指に
(父の日や形見のリング中指に)

長谷川一枝

一面の田水を打つて青葉風
木邑 杏

青芝に一つは吾子のランドセル
(青芝や一つは吾子のランドセル)

梅田実代

目瞑れば見え初めにけり青葉風
(目瞑れば見え初め来たり青葉風)

藤江すみ江

夏木立見えればきみの家近し
山田紳介

側溝の流れの早き芒種かな
緒方恵美

郭公や入笠山の雨上がり
長坂宏実

筑波嶺の麓ゆたけし麦の秋
佐藤清子

雨雫こぼし実梅の二つ三つ
飯田 静

紫陽花やしばらく頭休めたし
小山良枝

梅雨晴間テレビ(ラジオ)体操気合ひ入れ
(梅雨晴間気合ひを入れて体操す )

深澤範子

早苗束違はず投げる元球児
宮内百花
その昔は高校野球選手、それもピッチャーとして鳴らした彼。早苗束を植える間隔にぴったりに投げている。それもどこか農民というのとは違う腕の振りで。最近は苗箱というもので機械にぴったり収まるものがあって、こういう光景はあまりないらしいが。

夏薊真直ぐの雨受け止めて
深澤範子

夕さればひと飛び長きつばくらめ
松井洋子

差し伸べし手を遠ざかりゆく螢
巫 依子

冷房のカフェの主の蝶ネクタイ
鎌田由布子
スターバックスのような店ではなくて本格的な喫茶店。若い頃はもてただろうという雰囲気のマスター。チョッキを着て蝶ネクタイをした銀髪のマスターなのであろう。冷房もきいていて、別世界のような気分。

早苗束ほどよき場所に投げらるる
中村道子

おほかたは鳥に残して(さむ)枇杷を捥ぐ
(おほかたは鳥に残せる枇杷を捥ぐ)

水田和代

雲を寄せつけず泰山木の花
牛島あき

緑陰の古書市江戸を行き来して
小野雅子

ひとところ歓声上がる螢狩
(螢狩歓声上がるひとところ)

松井洋子

緑蔭を貴人のやうな犬連れて
飯田 静

水郷を風の巡れり麦の秋
(水郷に風の巡れり麦の秋)

森山栄子

柚の花や植ゑて育てて半世紀
千明朋代

大夕焼高層ビルの燃えさうな
(大夕焼高層ビルの燃えさうに)

鎌田由布子

ダム放流燕もしぶき浴びにけり
(ダム放流燕もしぶき浴びてをり)

穐吉洋子

寝転んで潮騒遠し夏至の朝
山田紳介

十薬の花にゆつくり夜が来て
緒方恵美

山登り北アルプスは雲の中
(山登北アルプスは雲の中)

長坂宏実

睡蓮は座し河骨は背伸びして
(睡蓮は座す河骨は背伸びして)

牛島あき

諍ひも団欒も透け古簾
小野雅子

佃島盆唄呻くごとくにも
(佃島盆唄呻くごとくなり)
箱守田鶴

夏至の夜ローズマリーの香の強く
鏡味味千代

五月雨傘傾げ背中のチェロケース
(五月雨傘たおし背中のチェロケース)

梅田実代

短夜やぼんやり灯る置き時計
岡崎昭彦

紫陽花を挿す雨雫そのままに
(紫陽花を挿す雨垂れをそのままに)

森山栄子

聖五月窓と言ふ窓開け放ち
深澤範子

紫陽花や路地の子供の声消えて
箱守田鶴

ポニーテール揺らし駆けだす梅雨の駅
松井洋子

話なきこと快き端居かな
(会話なきこと快き端居かな)

田中優美子

マラッカの風の吹き抜け夏館
(マラッカの風の吹き抜く夏館)

鎌田由布子

緑さす材木置き場兼ねし駅
山内 雪

トラックに信号隠れ雲の峰
(トラックに隠る信号雲の峰)

藤江すみ江

雨の日の思ひ出ばかり金魚草
緒方恵美

落葉松の天を覆ひて山滴る
長坂宏実

ラベンダー畑より人立ち上がる
(ラベンダー中より人の立ち上がる)

水田和代
富良野を思い出す。一面のラベンター畑に花を見るか香りをかぐために屈んでいた人がいたのに気づかなかった。立ち上がるとそこに人がいたことがわかる。この表現で大変広い畑だとわかる。空気も綺麗で、そこにラベンダーの薄紫色が広がり、香りが漂っていることがわかる。他の畑でない季語が生きている。「畑」というのが必要。ジャガイモの花だって薄紫色で香りもよいけれど、こうは行かない。

梅雨晴の川だうだうと濁りをり
吉田林檎

溝浚へ噂たちまち拡がりぬ
小山良枝

誰とゐても何処にゐても梅雨曇
巫 依子

じやがいもの花の泡立つ富良野かな
(じやがいもの花の泡立つ富良野の野)

奥田英二

アンデスの山よりの風罌粟の花
(罌粟の花アンデスの山よりの風)

深澤範子

拭き上げし床を喜ぶ素足かな
鏡味味千代

麦穀焼鬼火の如く連ねたり
三好康夫

梅雨の蝶ふはりと止まり動かざる
中村道子

なだらかな丘一面のラベンダー
水田和代

短夜の浅き眠りのまたも覚め
(短夜の浅い眠りのまたも覚め)

鈴木紫峰人

紫陽花の白に陰影宿りそむ
吉田林檎

新緑や詩人の山家朽つるまま
(新緑や詩人の山家朽ちるまま)

森山栄子

舫ひ網解きて棹差し夏に入る
(舫ひ網解きて夏へと棹を差し)

箱守田鶴

漆黒の海原漁火の涼し
(真つ黒の海原漁火の涼し)

巫 依子

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選

青茄子のはりつめたるを真二つに 真徳
医師の背の窓いっぱいの青楓 朋代
合歓咲いて空の吐息のやうな風 あき
早苗束ほどよき場所に投げらるる 道子
☆横顔の方が美し百合の花 味千代
確かに正面から見るより、横から見た方が百合の花のすっきりしたシルエットが際立ちますよね。潔い表現も百合の花に合っていると思いました。

 

■飯田 静 選

水郷を風の巡れり麦の秋 栄子
登り来しスカイツリーよ夏至の月 田鶴
十薬の花にゆつくり夜が来て 恵美
青芝に一つは吾子のランドセル 実代
☆新緑のキリンも背伸びする高さ 味千代
若葉の勢いよく伸びている景を思い浮かべました。

 

■鏡味味千代 選

青芝に一つは吾子のランドセル 実代
青茄子のはりつめたるを真二つに 真徳
梅干してより空ばかり見てをりぬ 良枝
響きたる般若心経五月闇 康仁
☆夕さればひと飛び長きつばくらめ 松井洋子
燕も帰路を急いでいるのだろうか。夕方になると、ということは、この燕をいつも目にしているのだろう。作者と燕との心の距離が伺える。もしかしたら、夕方になってひと飛び長くなっているのは、作者のことなのかもしれない。

 

■千明朋代 選

マラッカの風の吹き抜け夏館 由布子
蟾蜍吾にもひとつの歌袋 雅子
香水の一滴二滴そして魔女 恵美
鈴蘭や葉を傘にして雨宿り 宏実
☆蜜豆のさらさら進む時間かな 良枝
蜜豆のおいしさを時間であらわしていて、感心しました。

 

■辻 敦丸 選

思ふまま好きにさせてと捩れ花 一枝
田一枚キャンバスにして夏木立 一枝
五月雨や本の積まれたピアノ椅子 昭彦
幼児にその名問はれて額の花
☆若竹におそれへつらひなかりけり 眞二
若竹の自由奔放、摂津山城の大方はその様でした。

 

■三好康夫 選

泉湧くこの村かつて原始林
避けやうともせぬ老猫に夏来たる すみ江
時の日や父の時計は動かざる
母逝きて青葉目にしむ畑仕事 紫峰人
☆目が合ひて男の子の逸らす水鉄砲 道子
やさしい男の子。大人をよく見ている賢い男の子。男の子と作者の心の触れ合い。

 

■森山栄子 選

青田波雨の気配を伝えをり 優美子
あの頃と同じ夢見て合歓の花 紳介
正解なく不正解なく髪洗ふ 実代
チャイの盃放る路上の朝曇 実代
☆早苗束ほどよき場所に投げらるる 道子
一年に一度の作業でありながら、手慣れた様子で早苗束を放ってゆく景が直ぐに立ち上がりました。

 

■小野雅子 選

十薬の花にゆつくり夜が来て 恵美
田の水へ母の夏帽子を被り 百花
蛍火に夫囲まれてをりにけり 松井洋子
なだらかな丘一面のラベンダー 和代
☆金魚玉声持たぬ魚美しく 田鶴
水槽を泳ぐものでは金魚が一番好き。優雅な鰭は見飽きることがありません。「声」がないことが美しさを際立たせているのですね。

 

■長谷川一枝 選

早苗束ほどよき場所に投げらるる 道子
腕より長く伸びたる草を引く 康夫
青茄子のはりつめたるを真二つに 真徳
梅雨晴の倒木へ降る鳥の声 松井洋子
☆緑陰の古書市江戸を行き来して 雅子
古書を探す様子を江戸を行き来してと表現したことに心惹かれました。

 

■藤江すみ江 選

翅運ぶ蟻のお祭り騒ぎかな あき
カーブ抜け夏潮の香の立ち上がる 依子
荒波を抜けきし太さ初鰹 良枝
白南風や港街より鉄路伸び 良枝
☆新緑や詩人の山家朽つるまま 栄子
新緑の眩しさと朽ちるままの山家の対比が鮮やかです。その光景が目に浮かんでくる一句です。

 

■箱守田鶴 選

しりとりで賑はふ夜のさくらんぼ 清子
蛍火に夫囲まれてをりにけり 松井洋子
青梅雨や新潮文庫の栞紐 栄子
小雨降る空の明るさ花菖蒲
☆青芝に一つは吾子のランドセル 実代
そろそろ新入生の返ってくる時間、おやつの用意も出来て手持無沙汰だ。お母さんは家を出て青芝の気持ちの良い広場にまで来てしまった。芝生の上にランドセルがいくつか放り投げてある。その中に確かに自分の子供のもある。でも子供らの姿はない、遊び惚けているのかな? きっと。

 

■深澤範子 選

誰とゐても何処にゐても梅雨曇 依子
睡蓮は座し河骨は背伸びして あき
横顔の方が美し百合の花 味千代
小燕は親の気配に囃し立て 康仁
☆思ふまま好きにさせてと捩れ花 一枝
捩れ花ってそんな感じですよね!

 

■中村道子 選

ダム放流燕もしぶき浴びにけり 穐吉洋子
母逝きて青葉目にしむ畑仕事 紫峰人
ラベンダー畑より人立ち上がる 和代
立葵婦人服店セール中 味千代
☆身の丈に余る餌食や蟻の道
たくさんの蟻がぞろぞろと列を作り、大きな獲物を担いて忙し気に歩く様子がパッと目に浮かびました。ふと、高齢になった私も余分な物を大事に抱えて日々暮らしているのかも…と思ったりしました。

 

■山田紳介 選

白南風や港街より鉄路伸び 良枝
末の子の挨拶上手糸瓜咲く 実可子
小上がりに稚児を寝かせて夏館 実可子
秘むるべきものは秘めよと夏の雨 真徳
☆飛び込めば真夏の海の静かなり 味千代
真夏の太陽が照りつけ、熱風が吹き過ぎて、波が逆巻いたとしても、海の中だけは全く別の世界だ。その無音の世界を過ぎて、もう一度、波の外へ飛び出して行く。

 

■松井洋子 選

ででむしや十万億土一人旅 眞二
朝凪や空の散らばる潮だまり 雅子
五月雨や本の積まれたピアノ椅子 昭彦
母を焼く山青葉なり若葉なり 紫峰人
☆青芝に一つは吾子のランドセル 実代
子育ての頃、同じ景を見たことがある。青芝の上に放られた数個のランドセル、少し離れて道草の子ども達の声。緑かがやく青芝が午後の日に映えて美しい。

 

■緒方恵美 選

若竹におそれへつらひなかりけり 眞二
捩り花小さきも風にたぢろがず 朋代
木下闇声出せば葉に千の耳 雅子
短夜やぼんやり灯る置き時計 昭彦
☆合歓咲いて空の吐息のやうな風 あき
「空の吐息」の措辞が面白い。合歓の木は大木にして群生する場合が多く、風を生むに相応しい句材であろう。

 

■田中優美子 選

ぺりぺりと剥がしてみたき夕焼雲 実代
葉がくれに見送る母や額の花 味千代
新緑のキリンも背伸びする高さ 味千代
美男美女うち揃いたるなすびかな 穐吉洋子
☆初夏や空のほかには何もなし 昭彦
夏の空がことのほか好きなのでとても心に響きました。朝、もくもくの雲を元気よく浮かべる青空、日盛りの昼、そして何より夕暮れのグラデーション。一日中見ていても飽きない空の色こそ、夏を告げるシンボルだと思います。

 

■長坂宏実 選

翅運ぶ蟻のお祭り騒ぎかな あき
五月雨や本の積まれたピアノ椅子 昭彦
聖五月窓と言ふ窓開け放ち 深澤範子
梅雨に入る濡れて楽しげ二人乗 松井洋子
☆薔薇を撮る人七色の薔薇の中 松井洋子
色鮮やかな薔薇園にいる人の優しい気持ちが伝わってきました。

 

■チボーしづ香 選

竿一本ばったきちきち噴きあがる
初夏や空のほかには何もなし 昭彦
差し伸べし手を遠ざかりゆく蛍 依子
ででむしや十万億土一人旅 眞二
☆飛び込めば真夏の海の静かなり 味千代
同じような思いをした事を思い出させる明快な句

 

■黒木康仁 選

舫ひ網解きて棹差し夏に入る 田鶴
胸に風受けて茅の輪へ踏み出せり 優美子
サングラス言葉の礫遠ざけて 良枝
木下闇声出せば葉に千の耳 雅子
☆蔦茂る朽ちることしかできぬビル 味千代
人はどうなんでしょう。人も朽ちることしかできないような気がするのですが。そんな思いが湧いてきました。

 

■矢澤真徳 選

わが居場所持ち運びたる日傘かな 林檎
枇杷熟れてゐるなり君のゐない朝 紳介
紫陽花やしばらく頭休めたし 良枝
誇りもせず落胆もなくえごの花 朋代
☆抱へたる秘密手放し夏の海 優美子
秘密を抱えるということは何物かにとらわれていることなのだと気付かされました。

 

■奥田眞二 選

ぺりぺりと剥がしてみたき夕焼雲 実代
蔦茂る朽ちることしかできぬビル 味千代
父の日やパイプ煙草のそのむかし 一枝
サックスの音六月の雨の中 真徳
☆早苗田を千人針と見える日に 康仁
能登の棚田が目に浮かびます。 千人針に見えるとはなかなかユニークな発想ですが、見える日に想うこと、歴史のかなたの悲しい思いでしょう。

 

■中山亮成 選

紫陽花を生けてホームの一人部屋 しづ香
溝浚へ噂たちまち拡がりぬ 良枝
ぺりぺりと剥がしてみたき夕焼雲 実代
マラッカの風の吹き抜け夏館 由布子
☆葉桜や新設道路三陸に 深澤範子
震災から10年ようやく復興された道路に色々な感慨が浮かびます。

 

■髙野新芽 選

夕立あと草葉を滑る粒ひとつ 昭彦
梅雨晴の倒木へ降る鳥の声 松井洋子
庭先の一輪挿して朝茶かな 一枝
ほつほつと樹の立つてゐる泉かな 実可子
☆隅田川熱き地表に身をよじり 田鶴
猛暑でまいる様子を人ではなく川で表現されることで、温暖化や環境問題も表現しようとされていると感じ、とても良い句だなと思いました。

 

■巫 依子 選

時の日や父の時計は動かざる
ディオールの赤きマニキュアパリー祭 由布子
緑蔭を貴人のやうな犬連れて
夏至の夜ローズマリーの香の強く 味千代
☆飛び込めば真夏の海の静かなり 味千代
キャンプや海水浴や、とかく人の集まる真夏の海辺の喧噪。しかして、飛び込めばそこには・・・真夏の海のもうひとつの側面が・・・。多くを語らずも、飛び込まずにいる時の場の喧噪をも想像させ、対比がよく効いている。真夏の海の恐ろしさのようなものも感じる。

 

■佐藤清子 選

ダム放流燕もしぶき浴びてをり 穐吉洋子
母逝きて青葉目にしむ畑仕事 紫峰人
雨しとど凌ぐ術なき鉄線花 有為子
香水の一滴二滴そして魔女 恵美
☆諍ひも団欒も透け古簾 雅子
ご家族の長い年月を透かし見ていた古簾がとても良く効いていると思います。諍ひは風通し良く団欒とのバランスも良いと感じます。とても素晴らしい句だと思います。

 

■水田和代 選

医師の背の窓いっぱいの青楓 朋代
拭き上げし床を喜ぶ素足かな 味千代
梅雨晴の川だうだうと濁りをり 林檎
青芝に一つは吾子のランドセル 実代
☆ダム放流燕もしぶき浴びにけり 穐吉洋子
雄大なダムの放流と、小さな燕の動きが見えてくるようです。

 

■梅田実代 選

マラッカの風の吹き抜け夏館

マラッカの風の吹き抜け夏館 由布子
おほかたは鳥に残して枇杷を捥ぐ 和代
梅雨晴や打てばヒットの草野球
蜜豆のさらさら進む時間かな 良枝
☆荒波を抜けきし太さ初鰹 良枝
荒波にもまれた初鰹、何とも美味しそうです。

 

■木邑 杏 選

青梅雨や新潮文庫の栞紐 栄子
雫してしづくの中の青葉かな 依子
青茄子のはりつめたるを真二つに 真徳
朝凪や空の散らばる潮だまり 雅子
☆緑陰の古書市江戸を行き来して 雅子
緑陰の古書市っていいなぁ、江戸時代を探すのではなく行き来している。至福の時間。

 

■鎌田由布子 選

水郷を風の巡れり麦の秋 栄子
三角の庭を縁取り韮の花 栄子
供へたる夫の好物鯖刺身 穐吉洋子
紫陽花を生けてホームの一人部屋 しづ香
☆キャンパスを抜けるマラソン緑さす
日吉の銀杏並木を想像しました。

 

■牛島あき 選

箒目の光と影や梅雨晴れ間 百合子
荒波を抜けきし太さ初鰹 良枝
青芝に一つは吾子のランドセル 実代
リラ冷えや主を連れて犬戻る
☆甘藍の十二単を脱がしたる 穐吉洋子
「十二単」が面白いです。そう言われてみれば、確かに!

 

■荒木百合子 選

緑蔭を貴人のやうな犬連れて
枇杷熟るる枝を持ち上げ通りけり 和代
拭き上げし床を喜ぶ素足かな 味千代
朝凪や空の散らばる潮だまり 雅子
☆母逝きて青葉目にしむ畑仕事 紫峰人
大事な人が亡くなると、季節の移ろいが一入身にしみます。何であれ共に見ることはもう叶いません。日常的な畑仕事で句をおさめていらっしゃるところに、お気持ちが深く表れていると思います。

 

■宮内百花 選

ぺりぺりと剥がしてみたき夕焼雲 実代
踊り子の昼の顔なりパリー祭 由布子
抱へたる秘密手放し夏の海 優美子
十薬や女人の苦悩尽きもせず 依子
☆山あぢさゐきりりとイネの面影す 百合子
イネの父シーボルトが妻の名から学名をつけた紫陽花。野趣に溢れた山紫陽花に、二人の子として生まれ西洋医学を身につけたイネの人生が重なり合うようです。

 

■穐吉洋子 選

まくなぎの囃し立てたる戦かな 康仁
もう打つた?それが挨拶梅雨に入る あき
踊り子の昼の顔なりパリー祭 由布子
さみどりの雨粒ひかる走り梅雨 一枝
☆山登り北アルプスは雲の中 宏実
北アルプスは山を登る人にとっては憧れの名峰(槍ヶ岳をはじめ乗鞍岳、奥穂高岳等々)が連なり一度は登ってみたい山々です。この句の様に殆どが2,500m以上で頭は雲の中、足腰を痛めてからは見るだけの山になってしまいましたが、健脚であれば登っていない山に登ってみたいです。

 

■鈴木紫峰人 選

早苗束違わず投げる元球児 百花
枇杷熟るる枝を持ち上げ通りけり 和代
拭き上げし床を喜ぶ素足かな 味千代
飛び込めば真夏の海の静かなり 味千代
☆自転車の後の寝息緑雨かな 味千代
子供を迎えに行き、自転車に載せ、走っていると、あんしんしたのか、寝息が聞こえてくる。頑張った一日が終わることを癒すように、雨が優しく降っている。子育ての頃が懐かしく思い出されます。

 

■吉田林檎 選

夜濯ぎや土まみれなる練習着 雅子
田一枚キャンバスにして夏木立 一枝
短夜やぼんやり灯る置き時計 昭彦
差し伸べし手を遠ざかりゆく蛍 依子
☆黴の家花瓶の水を新しく 康夫
ずっと住んでいるこの家を住み替える予定はないけど、きちんと慎ましく暮らしている。それもただ節約するだけではなく花瓶に花を挿すくらいの余裕はあるのだ。花瓶の水はこまめに替えないと花が枯れてしまう。地味な作業だけど、それを続けることで心が整う気がする。「替えにけり」などではなく「新しく」とした点に作者の引き締まった心持ちが表れています。

 

■小松有為子 選

田一枚キャンバスにして夏木立 一枝
夕さればひと飛び長きつばくらめ 松井洋子
大瑠璃や木陰をひろう遊歩道 昭彦
合歓咲いて空の吐息のやうな風 あき
☆漂ひて自由を語る海月かな 新芽
大海原を気ままに漂う海月が羨ましくなる御句ですね。

 

■岡崎昭彦 選

医師の背の窓いっぱいの青楓 朋代
荒波を抜けきし太さ初鰹 良枝
梅雨晴の川だうだうと濁りをり 林檎
わが居場所持ち運びたる日傘かな 林檎
☆青梅雨や新潮文庫の栞紐 栄子
まだ栞紐が付いていた頃の愛着のある文庫本の、一番好きな章に差し掛かるところで栞紐を挟み、ふと窓の外を見ると繁った樹々に雨が降っていた。

 

■稲畑実可子 選

十薬や女人の苦悩尽きもせず 依子
街薄暑待ち合はす店閉めてをり 百合子
六月の汚れ拭き上げ大玻璃戸 雅子
白南風や港街より鉄路伸び 良枝
☆抱へたる秘密手放し夏の海 優美子
秘密の内容を具体的に言っておらず、読み手に想像を託している点がいいと思いました。季語の置き方も爽やかで、この句の人物の心情に寄り添っているように感じられました。

 

◆今月のワンポイント

「省略について」

俳句は言うまでもなく器が小さいです。でも季語という舞台背景があるので、それなりの奥行があります。ですからもっと長い文章よりも印象を強く表現することも可能です。そのためには、肝心な事をきっちり表現する一方で、不必要なことは省略する必要があります。言わなくてもよいことを詰め込むと、肝心のメッセージが隠れないまでも、力を失います。今月の投句の中から具体例を挙げてみましょう。

窓若葉先師の像の静かな目     森山栄子

この句を読者として読んだ場合の心の動きを一緒に想定してみましょう。まず、「窓若葉」ということは窓の外に若葉がある明るい気分をもたらします。
「先師の像」人物の像、言葉からすると銅像か石像なのですが、それでは窓の中の部屋にあるのは変だなあと感じます。すると絵画が壁に飾ってあるのでしょうか?
「静かな目」石像かなあ、絵画かなあ。おそらくは絵画の細部だろうと感じます。でもそれなら絵に近寄って見ている気分になります。ところが、そのことと、目を窓の外に向けているという設定の矛盾が読者を不安定な気分にさせます。
  →窓という言葉で、読者の目を窓とそこから見える外の景色に引き付けておいて、続けて「静かな目」という細部を言うことが矛盾を感じさせるのです。窓は不要です。
むしろ窓を削除した分で、「像」とは何かを明確にイメージできる言葉を加えるべきなのです。

絵の中の先師の目にも若葉光

などのようにするとイメージがでてきます。

ま、日本一のレッスンプロと自らおっしゃっている克巳先生の添削のテクニックにはとても及びませんけれども、あくまで読者を不安にさせる混乱を避けることが自身の句の焦点を明確にします。

次回は省略とは逆に実際にはないものを追加することについて述べてみたいと思います。(中川純一)

◆特選句 西村 和子 選

母の日の常より長き電話かな
小山良枝
【講評】お母さんは時々電話してくる。でも普段は娘も忙しいのだからとあまり長くは話さない。本当はできるだけ声を聴きたいのに。でも母の日はお互い遠慮なく長話をする。内容が複雑なわけではないのは言うまでもない。(中川純一)

 

噴水のためらひながら上がりけり
山田紳介
【講評】噴水に真向かう時の気分。今日はためらいながら上がっているように見える。それは心の反映だ。作者にもわだかまりがあるからそこに目が留まるのだ。若き恋のためらいなどではなくて、解決策のない中年のわだかまり。(中川純一)

 

からたちの棘しなしなと夏来る
牛島あき
【講評】生えたての枝のとげは柔らかいが、すぐに固くなって、誤って摑むと痛い目に合う。まだ若い、しなしなした緑の葉ととげ。これから夏が来る張りもある。(中川純一)

 

歓声を遠くこどもの日のベンチ
森山栄子
【講評】自分の関係者はいない。孫もコロナのために来てくれないのだ。引きこもっていても気鬱になるので、出かけた公園で子供の日の賑わいと若い親子を黙ってみている、ほのかな寂しさ。

上のように書いたところ、桃衣さんから森山栄子さんはまだ子育て中の若いお母さんで、お孫さんはいないとの注意をいただきました。
ただ、句に現れている文言だけですと、子供の日なのに、お母さんが離れてベンチにいて、「遠く声を聞いている」というのは何故なのだろう?というかんじ。これも特選に採った和子先生なら「子育てには、そんな時あるのよ!」ということがあるのかもしれないが、評者にはわからない。特に「遠く」という表現が自分と関係ないように聞こえるのだ。公園では、遊具で危ない真似をするかもしれないからそっぽを向いているのではないし。コロナ時代の昨今、くっつきあうのも気になるし。
栄子様失礼しました(中川純一)

 

衣更へて波止場に人を待つてをり
梅田実代
【講評】船が着くのを出迎える。会いたかった人を迎えに。今日は良い天気でもあるし、初夏の光がまぶしい。更衣した夏服の襟ぐりも大きくて、海風が胸にはいってくる。作者は若い女性だということがはっきりわかる句。(中川純一)

 

蛍の上がり切ることなかりけり
山田紳介
【講評】上の噴水の句と似ているが、作者は同じ。悩める世代。ふらふらと上がってゆく螢の光。空高く雌がいるわけではないから当然上がり下がりするのだが、それを見ていても、何か成し遂げられなかった運命みたいな気分になる。わかります~。と申し上げては失礼か?(中川純一)

 

子の声の響くトンネル夏来たる
稲畑とりこ
【講評】歩いて通るトンネル。鎌倉あたりにある。そこで共鳴する元気な子供たちの声。ああ夏が来た。そういう解放感。トンネルの向こうにはまぶしい光が小さく見えている。(中川純一)

 

キャンプ張る犬の相手をする係
梅田実代
【講評】キャンプを張る手順は大して込み入ってはいないけれど、要領の良くない人はいるものだ。慣れないところにきて、キャンキャンいっている犬でもなだめていて、そう言われて悪びれもしない、キャンプの楽しい風景。(中川純一)

 

額の花ちよいと持ち上げ勝手口
鏡味味千代
【講評】お勝手口の戸になだれかかるように額の花の枝が伸びている。それをちょいともたげてドアをあける小粋な姉さん。作者の姿を想像すると楽しい句になるのは、句のリズムがよいから。うっかりすると品位をそこねがちな「ちよいと」をうまく使った。(中川純一)

 

すき通るはなびら外れチューリップ
千明朋代
【講評】我が無粋を告白すると、「透き通る花びら」とは、どんなものなのか想像できない。チューリップの花びらは厚手で色も深いという表面的観察しかしてこないで馬齢を重ねた評者なのである。そこで和子先生にどうしてこの句が特選なのかお聞きしてみた。以下は回答。

若い頃、オフィスにチューリップを活けて毎日見ていた。するとチューリップの最後は「散る」とか「枯れる」とかではなくて、花びらが水分を失って薄くなって透けて、機械の部品のようにボトっと落ちることを観察した。これをじっと見ていた同僚の女性は悲しくなってきたと言った。彼女は画家志望で退社してスペインに絵を学びに行った。結婚祝いにスペインの木椅子を送ってくれてそれは現在でもリビングにある。
はじめは妙な句だと思ったが、よく読んでみると、その眼目は透き通って「外れる」という表現だと気づいた。採択するかどうか、選者を迷わせる句というのは、ほとんどないがこの句はそれにあたる。こういう句を投句の中に見るのは選者として嬉しいことなのだ。

というわけで、来年は自分でチューリップを活けて観察しなさいとの宿題までいただきました。それも黄色などではダメで、真っ赤なチューリップでなくてはと。(中川純一)

 

◆入選句 西村 和子 選
( )内は原句

尖塔の空へ空へと聖五月
飯田 静

白薔薇を髪にスー・チー氏の瞳
(白薔薇を髪挿すスー・チー氏の瞳)
森山栄子

父似なる眉生え揃ひ初節句
松井洋子
母親は、生まれたばかりの赤ちゃんは自分に似ているほうがずっと嬉しいようである。男の子は特に。でも、初節句を迎えて、改めてまじまじと見ると、父親に眉毛が似ていて、それが揃っているというのは、なかなか凛々しいもので、喜びがわいてくる。「生え揃ひ」が生きている。

夏隣なんぢやもんぢやの木と吹かれ
千明朋代

花マロニエ空港の朝はじまりぬ
木邑 杏

憲法記念日鬱々として和巳の忌
(憲法記念の日鬱々として和巳の忌)
黒木康仁

薔薇の香や目を細めては素描して
藤江すみ江
薔薇は複雑な形をしていて、絵の題材に好まれる。ただ、色が鮮やかなので、どうしてもそこにひかれてしまう。しっかりそれぞれの花びらの形状と光の当たり具合と影のでき方を描写しないと、つまらない絵になる。秘訣は目を細めて明暗を際立たせることなのである。

新緑や門扉のペンキ塗りなほす
中村道子

牡丹の一弁崩れたる音か
佐藤清子

風出でて枝垂桜に妖気ふと
鈴木紫峰人

児には児の言ひ分のあり若楓
飯田 静

夏鴨の羽にぎつしり雨の粒
小山良枝

自転車の少年すいと夏に入る
田中優美子

育てたるミニトマト詰めお弁当
木邑 杏
家庭菜園の収穫物か、朝採のものはとても美味しいし、無農薬なので健康にも安心。子供の弁当にそのつやつやしたミニトマトを詰めると色合いも元気になるし、蓋を開けてにっこりするのが想像できる。

絆創膏指になじまぬ薄暑かな
梅田実代

病室へニコライの鐘聖五月
飯田 静

先生と呼ばれし翁松の芯
森山栄子

店先に戸板一枚芹を売る
箱守田鶴

花は葉に自転車通学にも慣れて
長谷川一枝

朝五時の海のきらきら光り夏
矢澤真徳

厨窓開け放つ日の花菖蒲
水田和代

卯の花腐し明かりの消えぬ厚労省
奥田眞二

天窓へ夏月かかる午前二時
小野雅子

ときどきはわれも弱気に吊忍
長谷川一枝

梅雨入りや一年生は雨合羽
黒木康仁

たかが苺つぶすに奥歯かみしめて
奥田眞二

右旋回して一望の麦の秋
松井洋子

麦の秋各駅停車カタンコトン
木邑 杏

母の好み娘の好み更衣
梅田実代

船底に揺られ上京昭和の日
穐吉洋子

瀬戸内海見晴らす天守五月来ぬ
三好康夫

新緑のうねり溢るる東山
辻 敦丸

夏帽子わが白髪にふさはしき
中村道子

籐椅子の出されしままの隣家かな
矢澤真徳

夏蝶の思ひもよらぬ速さかな
稲畑とりこ

8の字に雨垂れくぐる夏燕
(8の字にくぐる雨垂れ夏燕)
牛島あき

祖母のこと知らず仕舞や著莪の花
森山栄子

石積みの波止の古りたる浦うらら
巫 依子

若葉風たまには夫と連れ立つて
長谷川一枝

新しき木の階段も梅雨に入る
(新しき木の階段も梅雨にいる)
木邑 杏

夏料理切子の鉢をまづ冷やし
鎌田由布子

橋挟み聖堂二つ風薫る
飯田 静

老いたれどをのこの日なり柏餅
奥田眞二

ひらがなの手紙猫宛茗荷の子
小野雅子

髪の毛のうねる広がる梅雨に入る
藤江すみ江

ビール干す決めねばならぬこと数多
山田紳介

鈍色の空に日のありらいてう忌
緒方恵美

雨水をたたへ眩しき代田かな
吉田林檎

蔦茂る島の産業遺跡かな
巫 依子

桜蘂降るさよならもなく別れ
田中優美子
読んでいて泣いちゃう。

初夏やぱりぱりと剥ぐ包装紙
小山良枝

葉桜の騒ぐ夜なりポストまで
箱守田鶴

母の日や不揃ひパンケーキうま
(母の日や不揃いうましパンケーキ)
鏡味味千代

風五月髪かきあげる指細き
木邑 杏

団子坂下にバス待つ薄暑かな
梅田実代

サングラスかけて大人の仲間入り
チボーしづ香

マネキンの横顔つんと夏帽子
緒方恵美

湖に写りて緑濃かりけり
佐藤清子

日の匂ひして連翹のまつさかり
鈴木紫峰人

せせらぎを遡りきて黴の宿
吉田林檎

長男のここぞと来たる田植かな
森山栄子

新築の家は真四角つばめ飛ぶ
松井洋子

名古屋城袈裟がけしたりつばくらめ
千明朋代

ほどほどの長さがよろし藤の花
長谷川一枝

紫陽花や布巾を吊るす給食室
梅田実代

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選

歓声を遠くこどもの日のベンチ 栄子
祖母のこと知らず仕舞や著莪の花 栄子
老鶯や字体ゆかしき消火栓 林檎
新築の家は真四角つばめ飛ぶ 洋子
☆ウイニングボールは母に聖五月 島野紀子
まさに、直球の中の直球ですね。このボールは、お母さんにとって何ものにも変え難い尊い贈り物だったと思います。季語を活かした清々しい作品でした。

 

■飯田静 選

新緑の島のあはひの水平線 依子
緑蔭に木椅子を並べカフェテラス 亮成
文字のなき異国の絵本夏兆す 実可子
床の間の軸掛け替へて夏座敷 由布子
☆万緑や水を生み継ぐ柿田川 有為子
水量が豊富で清らかな柿田川を思い出させる句です。生み継ぐ、という表現が巧みだと思います。

 

■鏡味味千代 選

頼家の面の話や余花の寺 飯田静
娘への要らぬ心配胡瓜揉む 飯田静
万緑や水を生み継ぐ柿田川 有為子
一病に春を味はひ春惜しむ 朋代
☆借景の富士の小さく夏座敷 由布子
小さいけれど富士が見えているということは、よく晴れ渡った気持ちの良い日なのでしょう。富士の見える座敷という矜持と、時節柄窓を開け放ちているのでしょうか、その清々しさを感じます。広重の絵のような一句です。

 

■千明朋代 選

尖塔の空へ空へと聖五月 飯田静
慶喜の楽水の書や松の花 清子
先生と呼ばれし翁松の芯 栄子
親鳥の来れば燕のさんざめく 栄子
☆木漏れ日の緑の先にある未来 新芽
夢のある未来が見えてきました。

 

■辻 敦丸 選

自転車の少年すいと夏に入る 優美子
ままごとの客なるママの夏帽子 穐吉洋子
ときどきはわれも弱気に吊忍 一枝
尻取のつづくバス停桐の花 松井洋子
☆右旋回して一望の麦の秋 松井洋子
セスナで飛んだ在りし日の米国生活を回想しました。

 

■三好康夫 選

自転車の少年すいと夏に入る 優美子
噴水のためらひながら上がりけり 紳介
花は葉に自転車通学にも慣れて 一枝
高尾山新樹の香り解き放ち
☆母の日の常より長き電話かな 良枝
情愛がある。

 

■森山栄子 選

尖塔の空へ空へと聖五月 飯田静
噴水のためらひながら上がりけり 紳介
右旋回して一望の麦の秋 松井洋子
突風を胸で返して夏つばめ 松井洋子
☆額の花ちよいと持ち上げ勝手口 味千代
額の花の楚々とした美しさと日常のさりげない仕草が生き生きと調和している句だと思います。

 

■小野雅子 選

粽解く母と娘にまた戻り 松井洋子
雪渓に触れきし蝶と思ひけり 良枝
牡丹の一弁崩れたる音か 清子
自転車の少年すいと夏に入る 優美子
☆好きという呪い解かれず夏に入る 優美子
切ない。人を好きになるのは理屈ではなく、まさに呪い。気が付けばもう夏。そんなこともあったなあと暫し感慨に浸る七十路の私でした。

 

■長谷川一枝 選

サングラスかけて大人の仲間入り チボーしづ香
店先に戸板一枚芹を売る 田鶴
老いたれどをのこの日なり柏餅 眞二
お休みを消して廃業夏に入る 味千代
☆白日傘二つ分なる小径かな 味千代
狭い路地を向こうから日傘をさして歩いてくる人、すれ違うときにお互いに日傘を傾ける。そんな光景が目に浮かびました。

 

■藤江すみ江 選

自転車の少年すいと夏に入る 優美子
たかが苺つぶすに奥歯かみしめて 眞二
逆転の人生学び山笑ふ 深澤範子
玩具屋の明日で閉店子供の日 穐吉洋子
☆噴水のためらひながら上がりけり 紳介
確かにそうだなあと読み手も納得する句です。素直さを感じます。

 

■箱守田鶴 選

鳥曇ワクチン接種一回目 深澤範子
鳥籠の鸚鵡争ふ愛鳥日 雅子
花は葉に自転車通学にも慣れて 一枝
キャンプ張る犬の相手をする係 実代
☆団子坂下にバス亭薄暑かな 実代
団子坂下 へ実際いったことがないのに目にうかび、薄暑を体感します。響きが良いのでしょうか。

 

■深澤範子 選

母の日の常より長き電話かな 良枝
子は父に仕舞ひしままの武者人形 雅子
噴水のためらひながら上がりけり 紳介
新築の家は真四角つばめ飛ぶ 松井洋子
☆尻取のつづくバス停桐の花 松井洋子
おばあちゃんとお孫さんでしょうか?バスを待っている間に尻取を楽しんでいる情景が浮かんできます。

 

■中村道子 選

花茨シャツに残りし刺の痕 百合子
キャンプ張る犬の相手をする係 実代
ままごとの客なるママの夏帽子 穐吉洋子
老いたれどをのこの日なり柏餅 眞二
☆万緑や水を生み継ぐ柿田川 有為子
日本三大清流の一つと言われている柿田川湧水地に行ったのは三年前の六月でした。富士山や箱根山、愛鷹山などに降った雨や雪が地下水となり湧き出し河川をつくっていると説明がありました。たくさんの木々や植物に囲まれた柿田川の風景は万緑という季語がぴったりだと感動しました。

 

■山田紳介 選

青葡萄鳴りだしさうな朝なりけり 良枝
太宰忌の変圧器より低き音 良枝
雪渓に触れきし蝶と思ひけり 良枝
祖母のこと知らず仕舞や著莪の花 栄子
☆青き日の青き恋はも苺はも 眞二
まさに宝塚調!(勿論誉め言葉です。)とはいえ中々ここまでは言えないです。「苺」の瑞々しさが際立つ。

 

■松井洋子 選

豆の花夫とは違ふ散歩道 道子
子の声の響くトンネル夏来たる とりこ
万緑や水を生み継ぐ柿田川 有為子
娘への要らぬ心配胡瓜揉む 飯田静
☆店先に戸板一枚芹を売る 田鶴
豊かな湧水の里の景色だろう。中七で店の構え等がよくわかる。瑞々しい芹の白い根っこまで見えてくるようだ。

 

■緒方恵美 選

芍薬の薄絹幾重ひらきそむ 雅子
川風に押し戻さるる石鹸玉 飯田静
娘への要らぬ心配胡瓜揉む 飯田静
日の匂ひして連翹のまつさかり 紫峰人
☆芥子の花ひらくを待たず風に溶け 優美子
芥子の花の繊細さを見事に表現し、詩に昇華させている。

 

■田中優美子 選

ぼうたんの花のひとつの破天荒 依子
噴水のためらひながら上がりけり 紳介
ままごとの客なるママの夏帽子 穐吉洋子
夏料理切子の鉢をまづ冷やし 由布子
☆髪の毛のはねて遊んで五月雨 宏実
天然パーマには辛い季節!起きるたびにあちこちへはねている髪にげんなりしていました。そんな癖っ毛を逆手にとった「はねて遊んで」の表現に楽しい気分になれました。切り取り方と表現次第で、何でも句材になる俳句の面白さを改めて感じました

 

■長坂宏実 選

新しき木の階段も梅雨に入る
夏料理切子の鉢をまづ冷やし 由布子
桜蘂降るさよならもなく別れ, 優美子
サングラスかけて大人の仲間入り チボーしづ香
☆ていねいに入れし新茶のみどりかな 道子
新茶の香りや温かさが伝わってきます。

 

■チボーしづ香 選

青梅や大井戸涸れしニの曲輪 栄子
船底に揺られ上京昭和の日 穐吉洋子
橋挟み聖堂二つ風薫る 飯田静
きざはしを百段登り花見かな 深澤範子
☆突風を胸で返して夏つばめ 松井洋子
状況が見える句。

 

■黒木康仁 選

口への字天を仰ぎし武者人形 敦丸
ビール干す決めねばならぬこと数多 紳介
鈍色の空に日のありらいてう忌 恵美
万緑や水を生み継ぐ柿田川 有為子
☆蜥蜴の背蛍光一閃消え去りぬ 百合子
蛍光一閃 この言葉にびっくりしました。ぴったりですね。蜥蜴の色だけでなく動きまであらわに。

 

■矢澤真徳 選

粽解く母と娘にまた戻り 松井洋子
鳥の舞ふ空の奥まで夕焼かな 新芽
初夏の空を湛へる田水かな 優美子
カーネーション売りつつおのが母のこと 田鶴
☆青葡萄鳴りだしさうな朝なりけり 良枝
一読して八木重吉の『素朴な琴』を思ったが、『素朴な琴』は、秋の美しさに感動し、琴が鳴り出だすことを想像しながら、自らも琴のように鳴り出だしたいと願う、純粋さに憧れる詩であろう。この句には、透明感のただよう秋にはない、むんむんとした青い生命力を湛える季節への素直な驚きがあり、その後ろにはやはりその季節のすばらしさに共鳴し、憧れる作者がいるのだと思う。

 

■奥田眞二 選

老鶯や字体ゆかしき消火栓 林檎
カーネーション売りつつおのが母のこと 田鶴
夏うぐひす忽那七島落暉中 松井洋子
草テニスまづは蚯蚓をつまみ出す あき
☆白薔薇を髪にスー・チー氏の瞳 栄子
先の大戦中ミュンヘンの学生達が反ナチスの白薔薇運動をおこし、ビラを撒いただけでギロチン刑になったことを思い出しました。おぞましいことのないよう願っています。

 

■中山亮成 選

青梅や大井戸涸れしニの曲輪 栄子
突風を胸で返して夏つばめ 松井洋子
蜥蜴の背螢光一閃消え去りぬ 百合子
屈む子や雀隠れに宝箱 百花
☆出刃光る胸板厚き初鰹 百花
省略されている情景が浮かび殺気さえ感じます。

 

■髙野 新芽 選

ただごとで無きてふ記憶出水川 田鶴
暫し聴け篠突く雨のほととぎす 敦丸
森を恋ふこころに添はぬ蝮草 有為子
寝の浅き旅の一日に汲む新茶 眞二
☆好きといふ呪ひ解かれず夏に入る 優美子
甘酸っぱい思い出に連れていってくれました。

 

■巫 依子 選

子の声の響くトンネル夏来たる とりこ
緑陰のベンチに開く「赤毛のアン」 一枝
桜蘂降るさよならもなく別れ 優美子
マネキンの横顔つんと夏帽子 恵美
☆葉桜や誰かに借りしままの傘 恵美
花の頃の華やいだ浮かれ気味の日々も過ぎ去り、いつもの日常に戻る時分でもある葉桜に変わる頃、ふと買った覚えのない・・・傘に目がいく。身に覚えのあるひとコマ。

 

■佐藤清子 選

ネモフィラの海のごとくにひたちなか 深澤範子
娘への要らぬ心配胡瓜揉む 飯田静
葱坊主それぞれひとりぼっちかな 朋代
新緑や門扉のペンキ塗りなほす 道子
☆豆の花夫とは違ふ散歩道 道子
一人散歩が良いとき寂し時があるように夫婦での散歩も気の合う時ばかりではないですね。ですが、年を重ねるごとに一緒に散歩できる人がいてくれるのは幸せなことです。

 

■水田和代 選

床の間の軸掛け替へて夏座敷 由布子
ベランダに打ち上げられし鯉のぼり 味千代
草も木も息切れしさう穀雨まつ 朋代
突風を胸で返して夏つばめ 松井洋子
☆父似なる眉生え揃ひ初節句 松井洋子
赤ちゃんの顔を見ては、誰々に似てると言って可愛がっていた様子が見えてきます。初節句の頃には眉が生え揃って父に似てきたのですね。愛情いっぱいの句で素敵です。

 

■稲畑とりこ 選

自転車の少年すいと夏に入る 優美子
すぐ飽きて憲法記念日の映画 良枝
たかが苺つぶすに奥歯かみしめて 眞二
夏帽子わが白髪にふさはしき 道子
☆テーブルを拭き紫陽花の向き正す 和代
紫陽花に正面はないけれど、美しく見える角度があるのですね。季節の中の生活を楽しんでいる作者に共感しました。

 

■稲畑実可子 選

噴水のためらひながら上がりけり 紳介
牡丹の一弁崩れたる音か 清子
玩具屋の明日で閉店子供の日 穐吉洋子
氷菓食ひインターネット不安定 林檎
☆麦飯を食ふただならぬ雨音に 林檎
麦飯なので定食屋さんか何処かでしょうか。窓の外の激しい土砂降りに驚くも、慌てても仕方ないかと食事を続ける。流れる時間の豊かさを感じました。麦飯と雨音の取り合わせも妙味があってよいと思いました。

 

■梅田実代 選

歓声を遠くこどもの日のベンチ 栄子
いにしへの覇府に葉桜そよぎけり 眞二
もう一人産めばと言はれ西日濃く 味千代
すぐ飽きて憲法記念日の映画 良枝
☆雪渓に触れきし蝶と思ひけり 良枝
ふと見かけた蝶が雪渓を思わせる涼やかさだったのでしょう。詩を感じました。

 

■木邑杏 選

からたちの棘しなしなと夏来る あき
出刃光る胸板厚き初鰹 百花
薄衣白檀の香の開きをり 味千代
サンダルの素足まぶしき雨上がり 真徳
☆娘への要らぬ心配胡瓜揉む 飯田静
もう娘も大人だからと思うのだけれど、胡瓜揉みをしているとやっぱり娘のことが心配になる。母親ですね、胡瓜揉みが効いている。

 

■鎌田由布子 選

突風を胸で返して夏つばめ 松井洋子
病室へニコライの鐘聖五月 飯田静
夏雲を映して田水さざめきぬ 優美子
子の声の響くトンネル夏来たる とりこ
☆緑蔭に木椅子を並べカフェテラ ス 亮成
緑蔭をぬける気持ち良い風を感じることができました。

 

■牛島あき 選

絆創膏指になじまぬ薄暑かな 実代
子の声の響くトンネル夏来たる とりこ
ベランダに打ち上げられし鯉のぼり 味千代
テーブルを拭き紫陽花の向き正す 和代
☆海亀の深き轍を横切りぬ 良枝
産卵場所を目指す海亀の姿を思いました。抑制のきいた写生表現で、命を繋ぐための渾身の足取りが熱く印象的です。

 

■荒木百合子 選

芍薬の薄絹幾重ひらきそむ 雅子
子は父に仕舞ひしままの武者人形 雅子
鳥の舞ふ空の奥まで夕焼かな 新芽
豆の花夫とは違ふ散歩道 道子
☆粽解く母と娘にまた戻り 松井洋子
懐かしい光景。そして母亡き今の私にとってはほんのりと羨ましい景色です。

 

■宮内百花 選

破れ巣を繕ふ蜘蛛は身重なり 康仁
夏の夜魔女の箒を納戸より 雅子
突風を胸で返して夏つばめ 松井洋子
青楓とんぼのやうな赤き翅 亮成
☆一病に春を味わひ春惜しむ 朋代
長い闘病生活にあっても、春を存分に味わい尽くす作者に共感を覚えます。

 

■穐吉洋子 選

夏うぐひす忽那七島落暉中 松井洋子
鍵盤を分かつ兄妹夏浅し 実可子
夏料理切子の鉢をまづ冷やし 由布子
雨上がり男を上げし松の芯 康仁
☆菜種梅雨マルコポーロを茶の友に 朋代
コロナ禍と長雨で家籠り、お茶を片手にマルコポーロと共に世界一周、無事世界一周できましたか?

 

■鈴木紫峰人 選

ぼうたんの花のひとつの破天荒 依子
汗となり子の乳となり我が血潮 百花
桜蘂降るさよならもなく別れ 優美子
捕虫網持ちて遠くへ駆けにけり 実可子
☆粽解く母と娘にまた戻り 松井洋子
もう自分は子を持つ母となっているが、実家に帰り、母のそばで粽をほどいていると、昔の様に自分が娘となっている。母を亡くしたばかりなので、この句は、涙を誘います。

 

■吉田林檎 選

歓声を遠くこどもの日のベンチ 栄子
長男のここぞと来たる田植かな 栄子
初夏やぱりぱりと剥ぐ包装紙 良枝
母の忌や香水の香の仄として 由布子
☆子の声の響くトンネル夏来たる とりこ
トンネルではどんな時にも声が響きますが、「子の声」「夏来たる」からそのトンネルを抜けると夏になるかのように感じられて言葉選びが効果的です。これからたくさん遊ぶぞ!とわくわくの止まらない子供達がトンネルに声を響かせて楽しむという経験は私にもありますが、それはやはり子供の頃の話。そういう楽しみ方を久しく忘れていました

 

■小松有為子 選

破れ巣を繕ふ蜘蛛は身重なり 康仁
万緑へ絵筆のうごき早まりて すみ江
突風を胸で返して夏つばめ 松井洋子
出刃光る胸板厚き初鰹 百花
☆借景の富士の小さく夏座敷 由布子
開け放たれた夏座敷に見える富士が小さいというところが良いですね。

 

◆今月のワンポイント

「自分らしい表現を」

ネット句会の皆様、はじめまして、中川純一です。これから半年間講評担当となります。自他ともに認めるがんこ爺ですから、多少厳しいコメントが書き散らしてあっても気にしないでよいです。
初めて皆さんの句を拝見した印象は、程度の違いこそあれ、型にはまらない俳句を心がけているようだということです。いいことです。みんな持っている遺伝子も、性別、年齢、人生経験が異なっているのですから、それぞれ他の人とは違う個性があります。それを他人が納得するように短い俳句で表現するのには、表現という行為に集中する必要があります。ですから表現というのは、始めこそ有名な句とか、先輩を真似ることから学んでいくのですが、早いうちに自分らしい表現を目指しましょう。それは風景や風物の写生でも、心中の表現でもあてはまります。期待しています。
(中川純一)

◆特選句 西村 和子 選

春風を乗せて各駅停車出づ
水田和代
【講評】文字通り駘蕩とした一句になりました。「春風」の季題が微動だにせず、東風にも、薫風にも置き換えが効きません。一句では各駅停車としか語られていませんが、おそらく読み手は、田園地帯を走る単線のローカル線をイメージすることでしょう。
長い停車時間の間はドア全開。おそらく窓も手動で開け閉てできるようなレトロ感溢れる車輛でしょう。駅でたっぷり春風を容れた列車がゆっくり動き出す…。そのスピードは春風と的確にシンクロしています。
一見誰にでも詠めそうな句に見えますが、夾雑物を省いて的確に景を描き出すことは、とても難しいことです。(中田無麓)

 

家中の時計合はせる日永かな
小野雅子
【講評】
日永」と時計の配合自体珍しく、筆者の知る限りでは<日永しと止まれる振子時計かな(三橋敏雄)>ぐらいです。ましてや家中の時計を合わせるという句想には、おそらく類想がなく、独創性の高い一句になりました。日永は夜長と並んで、情緒的、気分的表現と言われますが、掲句も日永の気分が、良い塩梅で滲み出ています。
ちょっと長くなった日を建設的なことに使おうという前向きな気持ちが素敵です。それでいて、家中の時計を合わせるという行為には、若干の自虐を伴なった滑稽味があります。
その微妙なアンサンブルこそが掲句独特の持ち味と言えます。(中田無麓)

 

鶯やアイロン掛けの手を休め
田中優美子
【講評】
解説の必要がない、至って句意の明瞭な句です。難しい言葉や衒学的な言い回しも全く見当たりません。それでいて一読後、どこかホッとした気持ちになるのは、作者の経験に裏打ちされた実感、春が来たことへの喜びが、字間、行間に籠められているからです。
一句の句材は、大方の経験することですが、とくに子育て真っ最中のお母さん(お父さん)には気を抜ける時がありません。そんな中、家事のさなかのわずかな時でも、手を止められることは無上の喜びだと思います。このひと時は鶯に向き合うことに集中したい…。季題に向き合う真摯な姿勢もまた素敵です。(中田無麓)

 

顔見知り多き老犬桃の花
松井洋子
【講評】
捉えどころがとてもユニークで面白く、思わず微苦笑を禁じ得ません。ご近所の誰彼となく、知られ、愛されているワンちゃんなのでしょう。それを「顔見知り多き」と表現したところに工夫があり、絶妙な詩心と俳味に昇華されています。
老犬と桃の花の取り合わせにも、何とも言えない妙味があります。邪気を払うとされる桃は、由来の中国的色彩をほのかに帯びています。老犬とは言えど、胡服をまとった仙人のイメージも被さってきて、杜子春の世界に遊ぶような豊かさを読み手に与えてくれるような心持ちにもなります。(中田無麓)

 

蕨出て薇の出て忙しき
牛島あき
【講評】
蕨も薇も春が来た喜びを感じさせてくれる山菜ですが、掲句にもその喜びが、少し工夫のある表現で描かれています。一句のポイントは「忙しき」。うれしいとか喜ばしいなど、直接的な感情表現では収まらない思いが「忙しき」に籠められています。アクを抜き、茹で、調理して、盛り付け、そしていただく…。作者は蕨や薇を見て、一瞬にしてそのプロセスを楽しんでいるのです。その結果が「忙しき」という一語に集約されているのです。忙しいという形容詞は、ひまがない、用が多いなど事実を客観的に伝える言葉に過ぎませんが、現状を肯定的にも、否定的にも用いられるという複雑な側面もあります。
掲句は季題と一つの形容詞だけで構成されている、極めてシンプルな構造です。省略を究めて、季題の力を存分に発揮させた試みは、大胆であり、巧みです。(中田無麓)

 

西行の捨てし都の桜かな
奥田眞二
【講評】
わずか17音で、時空の彼方に心を遊ばせることができる…。つくづくと俳句のよろしさを教えられる一句になりました。北面の武士というエリート職を捨て漂泊者となった西行の透徹したニヒリズムが、一句からまざまざと感じ取れます。
鑑賞のポイントは、「西行が何を捨てたか」を読み取ることにあります。西行が捨てたものとは、句面からは、「都」そのものとも、「都の桜」とも読むことが可能です。筆者は後者だと解釈しました。「西行と桜」と言えば、付き過ぎの極みですが、それを捨てるとなれば逆に西行の並々ならぬ意志が感じられます。
別離の思いを背負っているからこそ「都の桜」はひときわ冴え冴えとした美を放っています。その美意識は連綿と、掲句のような形で息づいています。(中田無麓)

 

四方よりさへづり降り来登城口
松井洋子
【講評】
描写力に富んだ一句になりました。囀が四方から降ってくるということで、おびただしい音量が容易に想像できます。この表現自体がまずもって素晴らしいのですが、その舞台が登城口であるというところも、心にくい設定です。登城口というからには、松山城のような山城でしょう。本丸までの道程への期待感が、囀に象徴されています。
音読すればわかる通り、掲句には「り」の音の連綿が効果的に働いています。四方よりの「り」、さへづりの「り」、降り来の「り」。快いR音の重なりが、読み手にも心地よく響いてきます。最初から作為的に用いると、往々にしてうまくはゆきませんが、好句には結果として、こういった余禄が付いてくるものです。(中田無麓)

 

水底は今日も晴れたり蜷の道
松井洋子
【講評】
「俳句とは尽きるところ表現である」ことを掲句から改めて教えたもらった気がします。通常、蜷の道で水底と来れば、常識的符合、即ちつきすぎで終ってしまいます。これだと単なる観察レポートにすぎません。一句を一編の詩たらしめているのが、「水底が晴れる」という捉え方です。「水浸しなのに晴れはないだろう」と余計なつっこみの一つも入れたくなる一見矛盾した叙し方に見えなくもないですが、おそらくほとんどの人がこの表現に納得できるでしょう。
水底まで遍く行き渡る日の光、そして澄んだ水…。そういった水中世界だけでなく、明るい日差しの地上の風景まで見えてくるところに工夫があり、巧みです。
大胆な独創表現は小難しい言葉を用いることではありません。小学生でもわかる言葉を用いても独創は生まれる…。この事実を掲句は証明しています。(中田無麓)

 

フライトも列車も逃し春の夢
田中優美子
【講評】
どちらかと言えば、心地よい寝心地をバックボーンとすることが多い「春の夢」の季題の句の中で、掲句は些か異彩を放っています。夢にもいろいろな種類があるそうですが、掲句の夢に近いのは、象徴夢、つまり現実追認の夢です。フロイトでもない筆者の勝手な想像ですが、疫禍の下、旅行すら満足にできないという現状認識が、このような夢を見させたのかもしれません。
掲句の句想がもしそこにあるなら、普遍的な素材を用いて現況を描ききられたところが巧みです。異色の春の夢は、疫禍が歴史に変わった時に、モニュメンタルな存在感を放つことでしょう。
あるいは疫禍にこだわる必要は無いのかもしれません。掲句の字面を追うだけで、屈託に満ちた青春性の一面を衒いなく詠んだ一句として成立します。(中田無麓)

 

桜蘂ふる少しづつうちとけて
小山良枝
【講評】
「桜蘂ふる」という季題には、時の移ろいや無常観と言ったニュアンスが色濃くにじみ出ています。そんなイメージを句意に反映させた作例も少なくありません。こういった概念を打破し、桜蘂ふるに新しい解釈を加えたのが掲句には、新鮮なものの見方があります。
地域によって異なりますが、入学や入社など、初顔合わせでお互いに緊張を解けずにいるのが、花の盛りの頃。それが桜蘂がふる頃になれば、多少なりともお互いが分かりかけてきます。文字通り、「うちとけて」くるのです。
滅びの美学であると同時に、より前向きになる象徴としての桜蘂。見方を少し変えるだけで、新しい世界が見えてくることを掲句から教わりました。(中田無麓)

 

雨音やきのふの花も散りをらむ
荒木百合子
【講評】
実体としての「花」は、一句の中に実在していません。作者の想念の中にのみ存在するものです。それが眼前に見たものの残像であっても…。それでも、掲句は客観写生の力強さ、確かな存在感を保っています。その理由は、作者の花への思いの強さに他なりません。
愛惜の情が、読み手にもひしひしと伝わってくるからです。
あまたの句の中で、すでに詠みつくされた感のある花の句に、新味を加えることは至難の業です。どの角度から詠んでも、類想の壁に跳ね返されます。そんな中で掲句が光を放つのは、花という季題が包含するものを全て咀嚼しながら、想念の中で平易に再構成させたところにあります。沈潜した静かなリズムを刻みながら、散りゆく花だけをキャンバスに描いて見せた表現力が確かです。(中田無麓)

 

花冷えや聞き返さるること増えて
小野雅子
【講評】
個人的なことで恐縮ですが、筆者も家内との会話で聞き返すことが多くなりました。原因はもちろん、加齢による聴覚の衰えです。掲句はこの現象を妻側から見たものです。その小さな恐れが、季題の「花冷え」に的確に昇華されています。さらに言えば、単に夫を案じているだけではなく、夫婦共通の課題として捉えていることが、字間から感じ取られ、温かみのある一句なりました。
花冷えという季題は、華やぎの中に潜む一縷の不安というニュアンスを包含します。季題の適切な斡旋によって、日常生活の中の機微を描き出したところに、掲句のいぶし銀のような魅力があります。(中田無麓)

 

囀を仰ぎひつくり返りさう
吉田林檎
【講評】
「こんなにシンプルでいいの?」と、掲句を読んで感じた方もおられるでしょう。その通り、句姿はシンプルこの上ない構造。一句の視覚的句材は、森の中に立っている作者のみ。それでいて、囀の高さと厚みに圧せられているような迫力を、読み手にまざまざと感じさせてくれます。事実作者は転倒寸前まで、視線を高みに据えています。
一句の後半部、口語のような表現には、一見稚拙に見えて、誇張を伴った俳味がにじみ出ています。ここが実は重要な鑑賞ポイントです。そこには芭蕉が行き着いた境地の一つ、「軽み」に通じる、俳句の一つの本質が潜んでいるように思います。(中田無麓)

 

◆入選句 西村 和子 選
( )内は原句

初端午父の兜も飾りけり
深澤範子

犬吠えて遠足の列膨らめり
松井洋子
観察の行き届いた句です。ひとくくりの集団に見えて、怖がる子、ちょっかいをかける子など、個々の子どもの諸相が自ずからイメージできることも巧みです。

動物園咆哮切なき春の暮
荒木百合子

姫女苑グリーンベルトに戦ぎたり
鎌田由布子

夏蝶の影に夏蝶従ひぬ
山田紳介
客観写生に徹しながら、前衛絵画のような幾何学的造形美に満ちた一句になりました。エッシャーのだまし絵を見ているようです。鑑賞するほどに実体と影の区別がなくなるような…。「夏蝶」の存在感が独創的に表現されています。

うららかや木漏れ日を縫ふ三輪車
長坂宏実

山吹やベンチのひとつづつ埋まり
稲畑実可子
薔薇ならカメラ好きも俳人も、こぞりたてるでしょう。が、山吹はそんな興奮とは無縁です。控え目で慎まやかな花の本質が描き切れています。

風に乗り雨にこぼるる雪柳
小松有為子

築地塀続く坂道春深し
飯田 静

うつすらと緑おびたる残花かな
小山良枝

桜散る聖女のやうな白孔雀
千明朋代

追ひかけて追ひかけられてしゃぼん玉
鎌田由布子

公園の移動販売木の芽風
飯田 静

鳥声や疎水に桜しべ頻り
小野雅子

水影のゆらぎゆらげる飛花落花
長谷川一枝

霾や広目天は筆を執り
(霾や広目天が筆を執り)
黒木康仁
忿怒の形相ながら、筆や巻物を持つ広目天。文武両道の象徴とも言えなくありません。その特異な存在感に注目した眼力にまず敬服いたします。インドから中国を経て東漸した四天王の来歴を語る「霾」という季題が生かされています。

植木鉢出しては入れて冴え返る
(冴え返り出しては入れる植木鉢)
チボーしづ香

春空やパラグライダー風つかみ
中村道子

二限目は実験畑に風光る
(二限目は実験畑に師風光る)
島野紀子

春日射窓を開けば遺影にも
(窓開けば春光射しぬ遺影にも)
龝吉洋子

残雪の峰々を越え鳥帰る
鈴木紫峰人

山の水沸かし珈琲桜散る
吉田林檎

肩に胸に風の軽さの春ショール
小野雅子

温かやゆつくり歩めば犬もまた
箱守田鶴

壁剥げし土蔵そこここ村の春
(壁欠けし土蔵そこここ村の春)
荒木百合子

春風へふはりシーツを干しにけり
木邑 杏
シーツの持つ量感と質感が「春風」と心地よく呼応しています。ふはりというオノマトペも、春風に相応しいです。一句にはあからさまに表現されていませんが、シーツの純白と空の青の対比にも、清潔感が満ちあふれています。

大鍋に湯の滾りをり筍堀
(大鍋に湯の煮えてをり筍堀)
梅田実代

男の子集ふパン屋や木の芽雨
(男の子等の集ふパン屋や木の芽雨)
飯田 静

糸桜午後の光にあはあはと
長谷川一枝

杉襖背に山桜いよよ照り
(山桜杉襖背にいよよ照り)
荒木百合子

公園のベンチに鴉春の昼
鎌田由布子

紙風船つけば思ひ出よみがへる
中村道子

われもまだ旅の途中や鳥帰る
(われもまだ旅ゆく途中鳥帰る)
矢澤真徳

名を呼ぶは誰そ春昼の大マスク
西村みづほ

五歳児に肩こりなくて春休
(五歳子の肩こりなくて春休)
稲畑実可子

早口の英語のごとく囀れる
小山良枝

老いの荷は軽きがよけれ涅槃西風
小野雅子

草若葉家族の歩幅まちまちに
(草若葉家族の歩幅それぞれに)
森山栄子

藤浪や誰も帰らぬままの家
巫 依子

春雷や龍の目光る天井画
中山亮成

風光る眉濃く引きてマスクして
長谷川一枝

弟は母にやさしく桜餅
(弟の母にやさしく桜もち)
小山良枝

曇る日は水のにほひの花蘇枋
小野雅子

T字路に車見送る落花かな
(T字路で車見送る落花かな)
鏡味味千代

明日は蝶になるやも知れず豆の花
(豆の花明日は蝶になるらしく)
田中優美子

蒲公英や点描画めく大草原
(蒲公英の点描画めく大草原)
鎌田由布子

洗濯物昼には乾く虚子忌かな
三好康夫

爪先に当たりからから春落葉
中村道子

風のふとゆるめば香る沈丁花
緒方恵美

ゆつたりと鯉の寄りくる日永かな
水田和代

花時や風車のまはる向う岸
稲畑実可子

アネモネや少女漫画の目の愁ひ
奥田眞二

矢絣もイスラム帽も卒園す
梅田実代

目印は三角屋根と花水木
飯田 静

風音の静まりてより花吹雪
松井洋子

懐かしの名曲喫茶春惜しむ
中山亮成

対岸も菜の花畠や渡し船
(対岸も菜の花畠や利根渡船)
長谷川一枝

散る花の下亡き父の帰り来る
(逝きし父散る花の下帰り来る)
黒木康仁

雉の鳴く家に泥棒入(い)りしとか
(雉の鳴く家に泥棒入りけり)
三好康夫

雲の端の透けて八十八夜寒
緒方恵美

春の夜別れののちの風ひえびえ
(友と別れ風ひえびえと春の夜)
矢澤真徳

春空へ抱き上げ旅に連れ出して
(春の空抱き上げ旅に連れ出して)
高野新芽

母の日のかな八文字の子の手紙
西村みづほ

春愁や鉛筆削りに屑あふれ
(春愁鉛筆削りに屑あふれ)
小野雅子

出港を見送る人も陽炎へる
巫 依子

人気なき修道院や桜散る
千明朋代

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選

躑躅咲く子育てに休みは無くて とりこ
蕨出て薇の出て忙しき あき
花の雨路上ライブに人ひとり
ゲルニカの図柄纏ひし大浅蜊 敦丸
☆明日は蝶になるやもしれず豆の花 優美子
豆の花の今にも翅を広げそうな形を言い得ています。また、幼い子供が成長していつかは蝶のように翔んでゆく日が来ることを予感しているようにも感じられ、奥行きのある作品だと思いました。

 

■飯田静 選

老幹の芯に脈あり山桜 松井洋子
合併に消ゆる村の名竹の秋 あき
かたかごを踏まずば行けぬ峡の家 穐吉洋子
囀りや色鉛筆の十二色 恵美
☆花冷や売りゆく牛に名は付けず 百花
生業とはいえ手塩に掛けて育てた牛を売ることの切なさを感じます。

 

■鏡味味千代 選

花冷や売りゆく牛に名は付けず 百花
寡黙なる野球少年若布干す 良枝
囀りや色鉛筆の十二色 恵美
出港を見送る人も陽炎へる 依子
☆ゲルニカの図柄纏ひし大浅蜊 敦丸
大きいといえど浅利。その浅利の殻にゲルニカの図柄を見たという視点が面白かった。ゲルニカは決して幸福な絵ではないけれど、ここでは「有名な絵を見た」程の扱いなので、浅利の味も満足のいくものだったことを伺わせる。

 

■千明朋代 選

面白き老い願ふなり花の塵 眞二
絶頂を剥がされにけりチューリップ 味千代
初桜散るとは知らぬ花いくつ 優美子
われもまだ旅の途中や鳥帰る 真徳
☆朧夜の銅のくびれし絵らふそく 恵美
美しい光景が、眼に浮かびました。

 

■辻 敦丸 選

犬吠えて遠足の列膨らめり 松井洋子
壁剥げし土蔵そこここ村の春 百百合子
囀りや色鉛筆の十二色 恵美
春炬燵払ひて居場所定まらず 田鶴
☆かたかごを踏まずば行けぬ峡の家 穐吉洋子
植物学的に興味深い花。群生は素晴らしい。

 

■三好康夫 選

築地塀続く坂道春深し
論語読む生涯講座春深し
動物園咆哮切なき春の暮 百合子
春愁や鉛筆削りに屑あふれ 雅子
☆鶯やアイロン掛けの手を休め 優美子
鶯の声に、アイロンをかける手を止める。手を休めるとなく次の声を待っている。ここに貴重な美がある。

 

■森山栄子 選

青空へあふるるばかり花水木 一枝
犬吠えて遠足の列膨らめり 松井洋子
フライトも列車も逃し春の夢 優美子
春の昼映画の中の海青し 優美子
☆花冷や売りゆく牛に名は付けず 百花
切ない内容ですが、牛の持つ湿り気を帯びた質感と花冷という季語の取り合わせに惹かれました。

 

■小野雅子 選

追ひかけて追ひかけられてしゃぼん玉 由布子
春炬燵払ひて居場所定まらず 田鶴
ゆつたりと鯉の寄りくる日永かな 和代
出港を見送る人も陽炎へる 依子
☆顔見知り多き老犬桃の花 松井洋子
道から見えるところに、いつも寝そべっている老犬。登校時や通院、通勤の皆が声をかけて行く。平和で穏やかな暮らしの一コマです。「桃の花」で幸福感倍増。

 

■長谷川一枝 選

うららかや木漏れ日を縫ふ三輪車 宏実
風に乗り雨にこぼるる雪柳 有為子
山藤の吹きなぶらるる高さかな 実代
夜桜の闇の奥にもまたさくら 松井洋子
☆花冷や売りゆく牛に名は付けず 百花
手許には置けない牛、名を付けると別れが辛くなるのでしょうね・・・。

 

■藤江すみ江 選

ひとひらの落葉影なす春障子 雅子
囀りや色鉛筆の十二色 恵美
犬吠えて遠足の列膨らめり 松井洋子
風音の静まりてより花吹雪 松井洋子
☆花冷や売りゆく牛に名は付けず 百花
季語の花冷と内容が調和しています。敢えて名は付けないというところに作者のやさしさ、切なさ、辛さ全てが含まれ、ドナドナの歌まで聞こえてきました。

 

■箱守田鶴 選

論語読む生涯講座春深し
曇る日は水の匂ひの花蘇枋 雅子
囀や色鉛筆の十二色 恵美
弁当持つ小さき膝に藤の花 松井洋子
☆顔見知り多き老犬桃の花 松井洋子
老犬ともなると飼い主の知らぬ人とだって挨拶を交わします。交際の広さに負けてしまいますね。桃の花とともに周囲の温かさやさしさがあふれています。大好きな切り口です。

 

■深澤範子 選

追ひかけて追ひかけられてしゃぼん玉 由布子
母の日のかな八文字の子の手紙 みづほ
牡丹の花のひとつに葉のあまた 依子
初桜散るとは知らぬ花いくつ 優美子
☆寄り合ひて地に寄り添ひて芝桜 優美子
芝桜の密にきれいに咲いている状況が上手く表現されていると思いました。寄り合ひて寄り添ひてのリフレインが効いています。

 

■中村道子 選

犬吠えて遠足の列膨らめり 松井洋子
寡黙なる野球少年若布干す 良枝
春雷や龍の目光る天井画 亮成
老いの荷は軽きがよけれ涅槃西風 雅子
☆母の日のかな八文字の子の手紙 みづほ
少し文字を覚え始めた幼子からの母の日の手紙。何て書いてあったのだろう…と、指を折りながら想像しました。私は少しですが子供たちからの手紙を大事にとってあります。肩たたき券もあります。もっと若い時から俳句を始めていたら、いろいろな思い出の句を残せたかもしれないと、いつも残念に思っています。楽しみですね。

 

■島野紀子 選

大鍋に湯の滾りをり筍堀 実代
日曜に店出す花屋春たけなは
田起しや額にきりり豆絞り
明日は蝶になるやもしれず豆の花 優美子
☆山の水沸かし珈琲桜散る 林檎
桜を見がてら訪れた山の湧水を汲んで帰ってのコーヒーはさぞかし美味しい事だろう。我が家の近くの大文字山にもペットボトル持参で登る方多いです。

 

■山田紳介 選

牡丹にうつつをぬかす家系かな 清子
名を呼ぶは誰そ春昼の大マスク みづほ
花の雨路上ライブに人ひとり
春愁や鉛筆削りに屑あふれ 雅子
☆桜蕊ふるすこしづつうちとけて 良枝
人と人が打ち解けるには、心の深いところで通じ合わなければならない。桜蕊が降り続くように、人間関係もまたひっそりと深まって行く。

 

■松井洋子 選

初蝶の風の誘ひに乗りきれず 恵美
草若葉家族の歩幅まちまちに 栄子
花冷や売りゆく牛に名は付けず 百花
鶯の破調に畝を平らにす 百花
☆窓といふ窓は運河へ初つばめ 実代
小樽の風景だろうか、とても気持ちの良い句。運河に向けて開かれる窓、そしてその運河を颯爽と飛ぶ初燕。春の小樽へまた行ってみたくなった。

 

■緒方恵美 選

桜蕊降るを払はぬ孤独かな 味千代
アネモネや少女漫画の目の愁ひ 眞二
春炬燵払ひて居場所定まらず 田鶴
音不意に耳をかすめて春蚊出づ 道子
☆咲き満ちてまだ咲き足らぬ花蘇枋 雅子
確かに蘇枋の花はびっしりと咲く。単純な言い回しで、その感を一層際立てた巧みな句である。

 

■田中優美子 選

家中の時計合はせる日永かな 雅子
囀りや色鉛筆の十二色 恵美
飛花落花六百五十本絶唱 味千代
ゲルニカの図柄纏ひし大浅蜊 敦丸
☆袴取る手間も愛ほし土筆煮る あき
手間すら愛おしいという言葉に、季節の味を心から楽しみにしていることが伝わります。

 

■長坂宏実 選

家中の時計合はせる日永かな 雅子
植木鉢出しては入れて冴え返る しづ香
春雷や龍の目光る天井画 亮成
風のふとゆるめば香る沈丁花 恵美
☆春風を乗せて各駅停車出づ 和代
夏や冬の各駅停車は本当に辛いものがありますが、唯一春だけはのんびりと気持ち良い時間を過ごすことができます。毎日長い時間電車に乗っているので、とても共感しました。

 

■チボーしづ香 選

稽古場に師匠の笑顔春袷 康仁
冴返るゴジラの睨む歌舞伎町 亮成
近寄れば息を潜める蛙かな 宏実
夜桜の闇の奥にもまたさくら 松井洋子
☆春炬燵払ひて居場所定まらず 田鶴
春に炬燵をしまったばかりの時は身の置き場が無くなる様子が良く詠われている。

 

■黒木康仁 選

泥まみれの蟇と目が合ふ夕まぐれ 朋代
人類と共存選ぶつばくらめ 新芽
春雷や龍の目光る天井画 亮成
ドアノブの袋の中に春筍 実代
☆残雪の峰々を越え鳥帰る 紫峰人
信州安曇野あたりの風景が目に浮かびそうです。コハクチョウの群がだんだん遠くへ。見送る人々の温かい眼差しも。

 

■矢澤真徳 選

自転車のペダル軋むや春の雷 優美子
うららかや木漏れ日を縫ふ三輪車 宏実
大鍋に湯の滾りをり筍堀 実代
紫木蓮少女の不意の沈思かな 依子
☆囀りや色鉛筆の十二色 恵美
いろいろな音色の囀りにいろいろな色の並ぶ色鉛筆を連想したのだろうか、あるいは、囀りの頃は万物が色を豊かにしていく季節だから、ふと色鉛筆で絵を描いてみたくなったのかもしれない。囀りと色鉛筆に共通するのは「心の華やぎ」ではないだろうか。

 

■奥田眞二 選

背少し曲がる歯科医師花曇 康夫
山藤の吹きなぶらるる高さかな 実代
明日は蝶になるやもしれず豆の花 優美子
化粧にも通学にも慣れ四月尽
☆里若葉みどりの諧調尽くしたる 百合子
緑、萌黄、若緑、など緑色に20種以上の呼称があるのは日本語だけだそうです。 この季節ことに雨あがりの日の光に映える林の遠望にこの句が身に沁みるのは日本人だからでしょうか。

 

■中山亮成 選

論語読む生涯講座春深し
遠出せぬ静かな日々や梅見月 範子
二月尽ピンクのリボン胸につけ 範子
知りたるはなんじゃもんじゃにかそけき香 すみ江
☆囀りや色鉛筆の十二色 恵美
様々な囀りを色鉛筆の十二色に例えたことに、感銘を覚えました。

 

■髙野 新芽 選

老いの荷は軽きがよけれ涅槃西風 雅子
名をつけし雛育ちけり鳥雲に 紫峰人
とどめなき春落葉掃く異人かな
初恋に時効なかりし花は葉に 優美子
☆合併に消ゆる村の名竹の秋 あき
憂いが、季語の哀愁と相まって感じられました。

 

■巫 依子 選

鶯や窓開け放ち開け放ち 優美子
咲き満ちてまだ咲き足らぬ花蘇枋 雅子
囀りや色鉛筆の十二色 恵美
話し合ひ途切れ途切れに花吹雪 宏実
☆母の日のかな八文字の子の手紙 みづほ
かな八文字の手紙は、「いつもありがとう」これしかない!!と。ちょっと考えさせられるところがまたユニーク。

 

■佐藤清子 選

窓といふ窓は運河へ初つばめ 実代
とつとつと余水零るる花の昼 康夫
野蒜掘る媼はひもじき記憶吐く 百花
蕗味噌をかの国夫に届けたし 穐吉洋子
☆大嘘を吹かれて笑ひ春の宵 範子
面白い大きな嘘を考えて大成功して笑いが取れたのでしょうね。皆を笑わせたご本人、笑いが止まらないでしょうね。こんな時期ですしいたずら心とエネルギーが伝わってきてスカッとします。

 

■水田和代 選

うつすらと緑おびたる残花かな 良枝
如月や鶯色の和菓子店 亮成
風のふとゆるめば香る沈丁花 恵美
対岸も菜の花畠や渡し船 一枝
☆息弾むかたくりの花山窪に 一枝
山登りで高鳴る息と、かたくりの花を見つけて弾む心がよく現わされてされていると思います。

 

■稲畑実可子 選

花冷や新居の窓に海すこし 良枝
囀やペンを滑らす紙コップ 実代
白藤や波風立たぬ日々を得て 依子
顔見知り多き老犬桃の花 松井洋子
☆犬吠えて遠足の列膨らめり 松井洋子
犬に吠えられて驚き寄り集まった様子を「列が膨らむ」と写生したところがすごいと思いました。子どもたちの年齢も、年少さんくらいかなあとなんとなく想像がつきますよね。

 

■梅田実代 選

犬吠えて遠足の列膨らめり 松井洋子
合併に消ゆる村の名竹の秋 あき
新人の手枕に待つ花筵 栄子
曇る日は水のにほひの花蘇枋 雅子
☆咲き満ちてまだ咲き足らぬ花蘇枋 雅子
たしかに、びっしりと花をつける花蘇枋は咲き満ちても咲き足らないように見えますね。リズムもよい。

 

■木邑杏 選

鶯やアイロン掛けの手を休め 優美子
明日は蝶になるやもしれず豆の花 優美子
大鍋に湯の滾りをり筍堀 実代
二月尽ピンクのリボン胸につけ 範子
☆泥団子艶やかなりて春深し 百花
泥団子を艶やかになるまで一生懸命に磨いた日、戸外にいてもずいぶん暖かくなりましたね。

 

■鎌田由布子 選

犬吠えて遠足の列膨らめり 松井洋子
霾や広目天は筆を執り 康仁
初蝶の風の誘ひに乗りきれず 恵美
対岸も菜の花畠や渡し船 一枝
☆老いの荷は軽きがよけれ涅槃西風 雅子
断捨離を心がける毎日、作者と同じ気持ちです。

 

■牛島あき 選

水底は今日も晴れたり蜷の道 松井洋子
弁当待つ小さき膝へ藤の花 松井洋子
紅椿落つや天狗の肩をよけ 林檎
囀を仰ぎひつくり返りさう 林檎
☆とつとつと余水零るる花の昼 康夫
「とつとつと」が作者ならではの静かな世界。雫の眩しさに「花の昼」の背景が広がる美しい句。

 

■荒木百合子 選

花冷や売りゆく牛に名は付けず 百花
合併に消ゆる村の名竹の秋 あき
春の虹八幡平の山覆ふ 範子
紫木蓮少女の不意の沈思かな 依子
☆夜桜の闇の奥にもまたさくら 松井洋子
昼と夜で違う表情を見せる桜。昼間の色を失った夜桜の持つ妖しさが、奥のもう一本の桜に気付くことで増幅されていく過程が極僅かな言葉で表現されていて感じ入ります。

 

■宮内百花 選

薬師寺の鴟尾に明星鐘おぼろ 眞二
老いの荷は軽きがよけれ涅槃西風 雅子
紫木蓮少女の不意の沈思かな 依子
行く春を敷きつめて売る道の駅 宏実
☆寡黙なる野球少年若布干す 良枝
野球部の練習を終えたユニフォームのまま、家業の若布干しを黙々と手伝っている島の中学生。島には高校がないので、中学校を卒業すると島を離れる、それまでの僅かな期間の島の暮らしの情景が淡々と語られているように感じました。

 

■穐吉洋子 選

再会の明日に待たるる月おぼろ 依子
出港を見送る人も陽炎へる 依子
平仮名のおさらひ続き花は葉に 由布子
野蒜掘る媼はひもじき記憶吐く 百花
☆風光る眉濃く引きてマスクして 一枝
自粛して家籠りが続き、化粧もほとんどしない事が多い、でもせめて眉を濃く引きマスクして、さあころなに負けず今日も一日頑張ろと気を引き締めている様子が伺えます。

 

■鈴木紫峰人 選

窓といふ窓は運河へ初つばめ 実代
春風へふはりシーツを干しにけり
小さき指鶴を上手に春の昼 由布子
われもまだ旅の途中や鳥帰る 真徳
☆さくらさくら江戸つ子気風の師の墓に 眞二
尊敬する気風の良い師を偲び、お墓参りに来た時、そこには桜が爛漫と咲いており、散り際の良い桜と師をかさねあわせ、さらに懐かしさが広がっていく。私も母が亡くなったばかりで、桜の咲くころには、母を思い出すことでしょう。桜の美しさが心に残る俳句です。

 

■吉田林檎 選

鶯やアイロン掛けの手を休め 優美子
夏蝶の影に夏蝶従ひぬ 紳介
公園のベンチに鴉春の昼 由布子
出港を見送る人も陽炎へる 依子
☆ゆつたりと鯉の寄りくる日永かな 和代
鯉は一年中泳いでいますが、季節によって見え方が全く違います。春の気分で見るとゆったり進んでいるように見えます。季語は「日永」なので、それはそれはゆったりと寄ってきていることがわかります。この句に出てくるのは日永という時候の季語と鯉。あれこれと詰め込んでいない点も「ゆったり」に通じます。

 

■小松有為子 選

うららかや木漏れ日を縫ふ三輪車 宏実
名をつけし雛育ちけり鳥雲に 紫峰人
雨音やきのふの花も散りをらむ 百合子
花冷えや聞き返さるること増えて 雅子
☆春風を乗せて各駅停車出づ 和代
コロナウイルスとの長い戦いに疲れた心をそっと包まれた様な気がしました。有難うです♡

 

 

◆今月のワンポイント

「平易に叙す」

今月の特選句を概観して改めて感じさせられたことがありました。すべての句に共通していますが、季題は別にして、小学生でもわかる平易な表現で叙されていたことです。
「各駅停車出づ」、「アイロン掛けの手を休める」、「家中の時計を合わせる」etc…。いずれもごく日常的で、誰にでもわかる叙述になっています。それでいてそれぞれが一編の詩たり得ています。
その理由は何かといえば、ひとつには季題への信頼が挙げられます。季題がしっかり理解できていれば、極端に言えば、あとは平易な表現で事足りるのです。
しかしながら、平易な表現とは、それはそれで非常に難しいことです。言葉を選び抜く努力と言葉の引き出しの豊かさが求められるからです。
小難しい言葉で句を飾りたてるのではなく、平易で的確な言葉を選び抜くことが大切だ…。自戒の念を多々込めながら、改めてそう思います。(中田無麓)

◆特選句 西村 和子 選

比良比叡一望にして麦を踏む
小野雅子
【講評】湖東には一面に麦畑が広がります。そこからの光景と見ました。大景が余すところなく描けていて、句柄の大きな一句となりました。言葉の選択にも無理無駄がなく、調べも美しく整っています。
黄金に輝く麦秋も捨てがたい光景ですが、「麦を踏む」頃の季節感もまた格別です。浅春の冷たい風の中での農作業は、のどかに見えて、根気のいる労働でもあります。そんな中、凛然と聳える連嶺は、作業の励みであり、尊崇の存在でもあります。透徹した空気を隔てて望む比良連峰には、おそらく残雪が輝いていることでしょう。一句から、想像がどんどん広がってゆきます。(中田無麓)

 

をさな児に紅取り分くるはうれん草
宮内百花
【講評】ほうれん草の象徴とも言える、赤い根元には糖分が多く、ほのかな甘みがありますが、これは在来種である東洋の品種に特有なものだそうです。最近では、西洋の品種や改良型が幅を利かせ、ほうれん草の紅を店頭で見かけることも少なくなりました。そんな貴重な紅の部分を幼い子どものために特別に取っておく…。そこには包み隠さぬ母心が滲み出ていて、読み手の心を打ちます。
ことさら滋養の面を取り上げなくても、「彩りから子どもの食欲をそそるように…」という風にも解釈できます。むしろ後者の方が自然かもしれません。いずれにしても、子を思う母の気持ちの解釈に優劣はありません。(中田無麓)

 

卒業や跳箱五段飛べぬまま
中村道子
【講評】「卒業の句は、明らかに語らずとも、小中高大のいずれかが自ずとわかる句がよい」。和子先生は常々そうおっしゃっていますが、掲句はそのお手本といえます。中七の表現から、卒業生は小学生であることが明白です。
小中高大いずれの教程であれ、例句に見る「卒業」の句は、当日の点景や感懐、あるいは将来の抱負といったものがモチーフになっている場合が多いです。が、掲句はいささか趣が異なります。どちらかと言えば、ネガティブなこと、即ち、ささやかな忸怩と悔恨がモチーフになっています。このような内省的な句想は「卒業」の句にあって却って新鮮です。少年少女期らしい屈託もまた、卒業の一面であることを読者に考えさせてくれます。(中田無麓)

 

閉校の知らせを添へし花便り
巫 依子
【講評】手書き文字でさえすっかり物珍しくなった昨今、「花便り」とは、古風で奥ゆかしいものになってしまいました。そのゆかしき「花便り」は、郷土から、それとも曾遊の地から届いたものでしょうか? いずれにしても、発信者、受信者双方にとって親しき土地からのものでしょう。その便りに閉校という一大事件が添えられているというのです。
人口減に伴う閉校は、都会ですら珍しいものではなくなってきました。ですが、掲句からは、磨き抜かれて黒光りする廊下を持つ木造校舎が見えてきます。満開の桜の下、かつては入学子で華やいだことでしょう。だが今は、花だけが咲き誇っているのです。
淡々と語る一句の叙法から、単なる郷愁や感傷に終らず、事実を真っ直ぐに見つめる作者の眼差しを感じます。(中田無麓)

 

蝶々の触れ合ひすぐに離れけり
山田紳介
【講評】誰もが一度ならず目にしたことがある光景ではありますが、それで一句を成すとなれば全く別。鋭い観察眼と強靭な観察力が必要です。掲句はその果実とも言えましょう。
素人の推測に過ぎませんが、蝶々の求愛活動の一環と見ました。求愛の相手が同性だったのか、はたまた見事にフラれてしまったのか? 想像をたくましくすると、その行為は極めて人間臭く、読後の微苦笑を禁じ得ません。
擬人化した深読みはともかく、触れ合って離れるという、活発で変化にとんだ動きは、ものみな躍動する春の風景の点景でもあり、そのシンプルな描出は巧みだと言えます。(中田無麓)

 

先付のさみどり美しき梅日和
梅田実代
【講評】句意はいたって平明ですが、この上ない眼福を頂戴したようで、読後感が爽やかです。さみどりの正体は、一句からは明らかではありませんが、「梅日和」の頃の季感から、菜の花やほうれん草がイメージできるでしょう。
掲句はあくまでモノに語らせながら、二重の喜びに溢れています。一つは、先付からくる、次々に出てくるであろう品々への期待感。今一つは、快い季節を迎える喜びです。この重層性が、一句の内容をより豊かなものにしてくれています。
加えて、さみどりに対する、梅の花の色。紅梅を想像すれば、その色彩効果は、より印象鮮やかです。(中田無麓)

 

人去るを待ちて母子の雛流し
小野雅子
【講評】ご存じの通り、雛とはもともとは、穢れや災厄を託した形代であり、「雛流し」は、その形代を流すことで穢れや災厄を追い払う風習です。雛流しを原型とする雛祭りが明るいものに変わったように、「雛流し」も現在では、華やかな行事に移り変わってきていますが、人が去るのを待って、母子だけで行うという掲句の「雛流し」からは、古のような敬虔な信仰が感じられます。
一句には語られていませんが、それには深い理由があるのでしょう。雛が背負った穢れや災厄の重みが「人去るを待ちて」という表現に巧みに映し出されています。言ってみれば「時間をずらした」ことだけを述べていながら、その奥底にある心模様まで滲み出させた、奥行きのある一句になりました。(中田無麓)

 

赤子にも老婆にも似てチューリップ
山田紳介
【講評】「チューリップ」の句に老婆が登場することに、まず意表を衝かれました。おそらく歳時記の例句には掲載がないでしょう。蓋し独創的な一句と言えましょう。
一見玄学的な雰囲気を醸し出す掲句ですが、赤子と老婆を象徴として捉えれば、赤子は無垢であり、老婆は爛熟と読み替えることもできます。多彩な色合い、蕾から落下に至る花の諸相…。当節流行りの言葉で言えば、作者は「チューリップ」にダイバーシティを見て取ったのだと思います。「チューリップ」の中に見た老婆とは、ケレンとは異なる冷静な直感なのでしょう。そこに医師である作者の透徹した視線を感じます。(中田無麓)

 

折紙の好きな手の摘む雛霰
奥田眞二
【講評】とりどりの色の重なりに妙味のある、華やぎに満ちた一句になりました。カラフルなことでは甲乙つけがたい、折紙と「雛霰」。万華鏡を覗くようなわくわく感があり、その煌めくような小さな色彩世界が、あどけない女の子の心の弾みを伝えることに、ひと役買っています。
視覚以外にも掲句を特徴づける感覚が触覚です。「雛霰」をつまむこと、折紙を折ること、いずれも、とても細やかな指先の動きです。この器用さを描くことによって、主役である女の子の人となりを巧みに表現しています。(中田無麓)

 

隣国の遠くて近し黄砂来る
飯田 静
【講評】日中国交正常化当時、両国の関係の枕詞として、「一衣帯水」という言葉が、盛んに用いられていたことを記憶されてる方も多いと思います。物理的距離と心理的距離が共に近接していた当時と今では事情は異なってきていますが、二千年に及ぶ両国の関係を言い当てているのが、中七の「遠くて近し」という表現です。
天気図の中では仲良く納まる、かの国の存在を改めて気付かせてくれるのが「黄砂」という現象です。掲句はそのような実感を何ひとつ衒うことなく素直に語って、共感できます。(中田無麓)

 

◆入選句 西村 和子 選
( )内は原句

春寒し窓の数ほど人住まず
箱守田鶴
高度成長期に一斉に建てられた団地でしょうか? 夢のLDKともてはやされた時代は遠く去り、人口減から空き家ばかりが目立っている…。そんなうら寂しい光景を「窓の方が数が多い」と表現しているところが巧みです。

落椿いまだ面会叶はざり
松井洋子

春塵や毘盧遮那仏の台座にも
長谷川一枝

水温む金管の音のいづこより
梅田実代

清明や花屋の多き町に嫁し
(清明や花屋の多き町に嫁す)
島野紀子

次の角曲がつてみたき春の宵
矢澤真徳
日常の中での心の軽い弾みを率直に述べて一句になりました。目的へ一直線に向かうのではなく、心を遊ばせながら過ごしたいという思いが共感を呼びます。一見無為とも見えるこんな時間こそが、値千金なのでしょう。 

一頭を先立て四人青き踏む
牛島あき

拝謁の大使の車列緑立つ
飯田 静

寸にして華秘むるなり牡丹の芽
奥田眞二

入園の子や振り返ることのなく
(入園の子の振り返ることのなく)
鏡味味千代
原句では「入園の子の」でしたが、和子先生が「入園の子や」に添削なさいました。どちらの表現でも、入園子の「気弱さを伴った凛々しさ」は、言い得ているのですが、一本調子になりがちな前者に比べて、後者では子どもの胸を張った姿勢が、よりイメージ豊かに読み手に伝わってきます。 

楠の上まで飛びてしやぼん玉
鎌田由布子

水仙のそよりともせぬひとところ
梅田実代

落日をとどめんばかり囀れる
(落日をとどめんとばかり囀れる)
箱守田鶴

雲ひとつなく初蝶の白さかな
巫 依子

高野槙色吹き返す雨水かな
長谷川一枝

電話口春の雨ねと吾子の声
(電話口「春の雨ね」と吾子の声)
鎌田由布子

母はあの窓より見るや春の空
黒木康仁
一句の内容は、この上なくシンプルですが、その内容は濃く、思いが深く籠められています。母君は、施設か病棟におられるのでしょう。その窓より見る風景やいかに…。同じような状況にあっても、常にそう思いを寄せる人は決して多くはないはずです。そこに作者の優しさと同時に、どうすることもできないという、忸怩の念も一句から感じられて、心を揺さぶられます。 

茶をはこぶからくり人形あたたかし
緒方恵美

月の水花大根を濡らしをり
矢澤真徳

十年の記録映像震災忌
佐藤清子

桐箱の肌やはらかし雛納め
稲畑実可子

手を振りておーい元気か春の雲
(おーい元気かと手を振り春の雲)
鈴木紫峰人

桜蘂ふる新しきキーホルダー
小山良枝

坪庭のにはかに翳り吊し雛
森山栄子

白龍のうねりや尾根の花明り
巫 依子

一斉に楠めがけしやぼん玉
鎌田由布子

逃水へ子はブレーキを踏まぬまま
小山良枝

なで牛の春たけなはを蹲る
箱守田鶴

春の園泣く子笑ふ子ねんねの子
鎌田由布子

鶯のほほほと助走してをりぬ
藤江すみ江

このカフェにしようかミモザに誘はれて
(このカフェにしやうかミモザに誘はれて)
島野紀子

辛夷の芽空にゆるびのなかりけり
緒方恵美
きっぱりと言い切った、潔さが身上の一句です。春の到来とは名ばかりの季節感が、直線的な句姿の中に、鮮やかに描写されています。中七下五の一切の飾りをそぎ落とした徐放の清々しさを学びたいものです。 

すつぽりと抜ける楽しさ野蒜採る
牛島あき

かつんかつんけん玉の音春日和
小松有為子

吊し雛嫗もつとも喜べり
森山栄子

証書置きもうどこへやら卒業子
松井洋子

仰ぎたる島の天蓋桜かな
巫 依子

鶴引くや夢の終りか始まりか
千明朋代

東京は近くて遠く春寒し
長谷川一枝

貝寄風やわたつみの秘す磁器陶器
(貝寄風やわたつみに秘す磁器陶器)
小野雅子

振り向けばあまりに怖し夕桜
田中優美子

摘みきたる緑鮮やか嫁菜飯
(摘みきたる緑の鮮度嫁菜飯)
木邑 杏

菜の花の咲きて海浜小学校
鎌田由布子

陽炎や路面電車の音のして
中村道子

三月や古稀よく似合ふ疋田染
(夢見月古稀よく似合ふ疋田染)
島野紀子

仕舞ふとき向ひ合せに内裏雛
緒方恵美

春炬燵書き写したる句を覚え
穐吉洋子

幼子の沈み込みさう芝桜
(幼きの沈み込みさう芝桜)
水田和代

菜の花や犀の尿のだうだうと
稲畑とりこ

帆柱をきらきら揺らし春の鳥
小山良枝

夕桜囁きほどのクラクション
鏡味味千代

春の雨演奏会の人まばら
千明朋代

匂鳥小枝を揺らし飛び立てり
鎌田由布子

風光るリボン結びはまだ苦手
森山栄子

葦焼の火や地平線舐めつくす
(葦焼の火の地平線舐めつくす)
箱守田鶴

春夕焼浮桟橋にひとり待つ
巫 依子

二十六聖人発ちぬ春の浜
宮内百花

坂道を急ぐ靴音春の闇
中村道子

擂鉢の音のこりこり木の芽和
(擂鉢の音こりこりと木の芽和)
緒方恵美

捨て鉢の隅にもものの芽のふたつ
西村みづほ

石垣のパズルの如く緑立つ
飯田 静

木瓜の花こんなに咲いてしまひけり
森山栄子

つちふるや島の鏝絵に日章旗
巫 依子

キューピーの泥まみれなり池普請
(池普請キューピー人形泥まみれ)
中山亮成

春兆す貫入の音小気味よき
(春兆す貫入音の小気味よさ)
長谷川一枝

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選

比良比叡一望にして麦を踏む 雅子
電話口春の雨ねと吾子の声 由布子
滑走路跡はキャンパス朝桜 実代
一頁残し下車せり花の雨 林檎
☆手水よりまた落ちてゆく落花かな 味千代
一枚の花びらを追う作者の目の動き、心の動きが見えてきます。風や水の流れのままに落ちてゆく花びらにある種の無常観を感じました。

 

■飯田静 選

閉校の知らせを添へし花便り 依子
幌たたみ春風乗せて人力車 田鶴
風光るリボン結びはまだ苦手 栄子
こぢんまり咲くもさだかに丁字の香 林檎
☆子の呉るる野花三月十一日 実可子
東日本大震災の時にはまだ生まれていなかったかもしれない子から貰う野花。癒えぬ震災の傷跡を忘れてはならないと思いました。

 

■鏡味味千代 選

持ち物の名前大きく新入生
風光るグラブ叩きてポジションへ 雅子
蕗の薹刻めば苦し父のこと 雅子
春の園泣く子笑ふ子ねんねの子 由布子
☆辛夷の芽空にゆるびのなかりけり 恵美
ぎゅっとした辛夷の蕾を見ようと空を仰ぐ。まだ寒さの残る早春。その寒さを表すかのようにゆるびない空。辛夷の芽と響き合って、この季節の空をよく表していると思いました。

 

■千明朋代 選

先付のさみどり美しき梅日和 実代
朽ちてより命の匂ふ椿かな 林檎
フリージアこの沈黙の心地よく 良枝
土筆煮る首のくたりよほろ苦き
☆桜さくらハチ公の瞳の寂しかり
満開の桜の下で寂しいハチ公の瞳に注目したのが心を打ちました。

 

■辻 敦丸 選

閉校の知らせを添へし花便り 依子
人去るを待ちて母子の雛流し 雅子
帰り来てまだよそゆきや春灯 実代
擂鉢の音のこりこり木の芽和 恵美
☆賽銭を放ちてぬくきたなごころ 優美子
落とさない様に握りしめていたお賽銭、お参りをした後のひと時を思い出します。

 

■三好康夫 選

落椿いまだ面会叶はざり 松井洋子
卒業や微分積分知らぬまま 一枝
山笑ふゴルフボールを吸ひ込みて 新芽
境内をひとまはりして梅日和 栄子
☆閉校の知らせを添へし花便り 依子
花便りと閉校の取り合わせがよかった。

 

■森山栄子 選

山笑ふゴルフボールを吸ひ込みて 新芽
風光るグラブ叩きてポジションへ 雅子
一頁残し下車せり花の雨 林檎
フリージアこの沈黙の心地よく 良子
☆夕桜囁きほどのクラクション 味千代
大気は水分を含み、景が優しくぼやけていくような桜の夕べ。クラクションさえ囁きのように感じられたのだろう。

 

■小野雅子 選

春の夜の夢は杖なく愚痴もなく 眞二
母はあの窓より見るや春の空 康仁
野に遊ぶ何もなかつたやうにまた 実代
遠足のあのねあのねの終はるまで 味千代
☆流れ来し土嚢に咲ける花菜かな 松井洋子
水害の跡でしょうか。土嚢が流れるのは余程のこと。そこに咲く花菜。希望が感じられる好きな句です。

 

■長谷川一枝 選

沈丁花どの通りにも売家あり 松井洋子
初桜肩車して背伸びして 味千代
風光るグラブ叩きてポジションへ 雅子
つちふるや島の鏝絵に日章旗 依子
☆野の花の卓布を広げ立子の忌 栄子
「まま事の飯もおさいも土筆かな」の句がすぐに浮かんできました。

 

■藤江すみ江 選

閉校の知らせを添へし花便り 依子
なで牛の春たけなはを蹲る 田鶴
花の蜜ラッパ飲みして雀の子 新芽
乳房へと話しかくる子木瓜の花 百花
☆入園の子や振り返ることのなく 味千代
すっかり親離れして新しい世界へ溶け込もうとしている我が子。反対にまだ子のことが心配で離れられない気持ち、親の気持ちが手にとるようにわかります。

 

■箱守田鶴 選

菜の花の咲きて海浜小学校 由布子
他人事のある日我が事花粉症
満を持し聖林寺仏出開帳 一枝
春場所や三番稽古の兄いもと 百花
☆夕桜囁きほどのクラクション 味千代
仕事帰りの車の中で見事な夕桜を目にした。静かに咲いて豪華である。家にいる妻にも知らせよう。散らさないようにクラクションを囁くように鳴らした。心優しい良い句ですね。

 

■深澤範子 選

春寒し窓の数ほど人住まず 田鶴
朽ちてより命の匂ふ椿かな 林檎
証書置きもうどこへやら卒業子 松井洋子
地のものとなりて椿のなほ光る 紳介
☆初桜肩車して背伸びして 味千代
お父さんにでしょうか? 肩車をしてもらって、初桜を愛でる様子が見えてきます。初桜の色、暖かい空気も伝わってきます。喜んで、はしゃいでいる様子も見えてきます。

 

■中村道子 選

比良比叡一望にして麦を踏む 雅子
人去るを待ちて母子の雛流し 雅子
幌たたみ春風乗せて人力車 田鶴
梅見客あしらふる猫社務所詰め 百合子
☆眼下にす多摩連山の山桜
たたみかけるような心地よいリズム感が良いと思いました。多摩の山々と満開の山桜の風景が広がります。

 

■島野紀子 選

春寒し窓の数ほど人住まず 田鶴
長閑しや風に虎舎の声混り 松井洋子
持ち物の名前大きく新入生
手水よりまた落ちて行く落花かな 味千代
☆仕舞ふとき向ひ合せに内裏雛 恵美
並んで飾られ、向かい合わせに片付けられ、内裏雛は本当に仲がよい。

 

■山田紳介 選

清明や花屋の多き町に嫁し 紀子
揚幕より一歩朧の世界へと 百合子
夕桜囁きほどのクラクション 味千代
花冷や玄関に箱積み上がり 良枝
☆フリージアこの沈黙の心地よく 良枝
黙っていても心が通じ合っている。或いは沈黙とは、この花自身の静けさとも読める。季語がぴったり。

 

■松井洋子 選

野の花の卓布を広げ立子の忌 栄子
凪の日の半旗の触るる花辛夷 とりこ
一頁残し下車せり花の雨 林檎
へうきんは隔世遺伝ひなあられ 実代
☆つちふるや島の鏝絵に日章旗 依子
戦前のものだろうか、島におめでたい日章旗の鏝絵。絵に込められた思いは今も見る者に伝わってくる。鏝絵の経た年月を季語が想い起こさせる。

 

■緒方恵美 選

仮縫ひの花嫁衣裳初桜
幌たたみ春風乗せて人力車 田鶴
夕桜囁きほどのクラクション 味千代
稜線の影ほのぼのと雪解風 雅子
☆春兆す貫入の音小気味よき 一枝
陶器の窯出しの際の写生句。貫入音は美しい音できっと小気味よかったのであろう。季語「春兆す」とぴったりである。

 

■田中優美子 選

雲ひとつなく初蝶の白さかな 依子
母はあの窓より見るや春の空 康仁
朽ちてより命の匂ふ椿かな 林檎
他人事のある日我が事花粉症
☆ライオンの立てば歓声いぬふぐり 味千代
立っただけで歓声を浴びる動物園の人気者。百獣の王と小さな小さないぬふぐりの対比が、のどかな一コマを際立たせていると思いました。

 

■長坂宏実 選

沈丁花どの通りにも売家あり 松井洋洋子
風立ちて大き帆となる白木蓮 百合子
花の蜜ラッパ飲みして雀の子 新芽
雪柳おとぎの国となる小路 味千代
☆春を待つハチ公像の花飾り 亮成
皆が来てくれるのをハチ公が待っているようで、とても優しい句だと思いました。

 

■チボーしづ香 選

梅林は帳のごとし何を秘す 朋代
人去るを待ちて母子の雛流し 雅子
春場所や三番稽古の兄いもと 百花
坂道を急ぐ靴音春の闇 道子
☆沈丁花どの通りにも売家あり 松井洋子
春の彼岸頃に咲く沈丁花と売家のコントラストで寂しさが感じられる。

 

■黒木康仁 選

路地うらら手押し車のたまり場に 依子
稜線の影ほのぼのと雪解風 雅子
坂道を急ぐ靴音春の闇 道子
浅間嶺にゆるりと並び春満月 真徳
☆帰り来てまだよそゆきや春灯 実代
何が始まるのでしょうか。日常から非日常への転換を暗示させる春灯。まだがいいのでしょうね。

 

■矢澤真徳 選

母はあの窓より見るや春の空 康仁
人去るを待ちて母子の雛流し 雅子
正体なく砂を抜かれし浅蜊かな 栄子
一頁残し下車せり花の雨 林檎
☆フリージアこの沈黙の心地よく 良枝
花がそうであるように人間もまた、言葉では伝えられないものを言葉以外の方法で伝えることができるのかも知れない。

 

■奥田眞二 選

仮縫ひの花嫁衣裳初桜
ふらここの双子姉妹よ空を蹴り 範子
春兆す貫入の音小気味よき 一枝
畦を来て出交はす雉のたぢろがず 有為子
☆朝寝して獏に喰はれし句の欲しき 有為子
このような諧謔味のあるしかも身につまされる句が好きである。脳の皴の減ってゆく昨今、メモ帳を置いておくが、朝見ると大体がっかりする。失礼、私の場合。

 

■中山亮成 選

茎立や幼早くも反抗期
風光るグラブ叩きてポジションへ 雅子
春の園泣く子笑ふ子ねんねの子 由布子
風光るリボン結びはまだ苦手 栄子
☆山茱萸や黄の渇筆の自在なる 百合子
春の彼岸頃に咲く沈丁花と売家のコントラストで寂しさが感じられる。

 

■髙野 新芽 選

白龍のうねりや尾根の花明り 依子
幼きの沈み込みさう芝桜 和代
一歩から春の光の一万歩 あき
葦焼の火の地平線舐めつくす 田鶴
☆朽ちてより命の匂ふ椿かな 林檎
朽ちることで、命が匂うという描写がとても新鮮で、気づきをくれました。

 

■巫 依子 選

落椿いまだ面会叶はざり 松井洋子
持ち物の名前大きく新入生
初桜肩車して背伸びして 味千代
遠足のあのねあのねの終はるまで 味千代
☆入園の子や振り返ることのなく 味千代
親と子の初めての別れでもある「入園」。泣くかなぐずるかな・・・と、親の方が気が気でなく身構えていたりするその日の朝。意外にも、振り返ることもなく園に消えて行った我が子に、親の方がポッツンと置いてきぼりにされたような、狐につままれた感じが伝わってきて、クスッとおかしみを感じてしまいました。

 

■佐藤清子 選

いつときは恋したことも桃の花 一枝
鶯のほほほと助走してをりぬ すみ江
遠足のあのねあのねの終はるまで 味千代
擂鉢の音のこりこり木の芽和 恵美
☆四阿に春告鳥のケキョケキョと 由布子
ままならない日々、春の穏やかな風景の中でケキョケキョが新鮮で滑稽で癒されます。数日前に行った涸沼の光景そのものでしたので共感もしました。

 

■西村みづほ 選

へうきんは隔世遺伝ひなあられ 実代
薄氷溶け出して空映したる しづ香
凪の日の半旗の触るる花辛夷 とりこ
三鬼忌やソプラノ音を外したる 紳介
☆地のものとなりて椿のなほ光る 紳介
落ち椿の一層の紅の美しさが描けている素晴らしい写生句と思い特選とさせて頂きました。 落ち椿お家のものとなるという風に描写したのは卓越だと感銘を受けました。

 

■水田和代 選

寸にして華秘むるなり牡丹の芽 眞二
比良比叡一望にして麦を踏む 雅子
永き日や層うつくしくモダン焼 良枝
たんぽぽの首ずらしつつ咲きにけり 林檎
☆仮縫ひの花嫁衣裳初桜
初桜の頃に花嫁衣装の仮縫いに手を通している、幸せいっぱいの句に、幸せのおすそ分けをいただきました。

 

■稲畑とりこ 選

賽銭を放ちてぬくきたなごころ 優美子
持ち物の名前大きく新入生
手水よりまた落ちて行く落花かな 味千代
デパートの幟の長し春の夕 実可子
☆春風やけふも貼り来し絆創膏 実可子
いつも絆創膏を貼っている春風のような人。取り合わせがなんとも爽快で惹かれました。

 

■稲畑実可子 選

持ち物の名前大きく新入生
境内をひとまはりして梅日和 栄子
春の園泣く子笑ふ子ねんねの子 由布子
夕桜囁きほどのクラクション 味千代
☆玻璃越しに花束の影春の宵 すみ江
玄関ドアの曇りガラス越しに、花束を手に帰宅したご主人の姿が見えたのでしょう。お誕生日か、はたまた結婚記念日か。微笑ましい景だと思いました。

 

■梅田実代 選

比良比叡一望にして麦を踏む 雅子
春寒し窓の数ほど人住まず 田鶴
石坂に倦み春泥の獣道 松井洋子
遠足のあのねあのねの終はるまで 味千代
☆つちふるや島の鏝絵に日章旗 依子
島の歴史、日本の歴史。そして季語から中国との歴史を想像させます。

 

■木邑杏 選

山茱萸や黄の渇筆の自在なる 百合子
風光るグラブ叩きてポジションへ 雅子
陽炎や路面電車の音のして 道道子
浅間嶺にゆるりと並び春満月 真徳
☆何よりも会へる喜び卒業す 新芽
卒業の今日みんなに会えることが何より嬉しい。コロナはつらかったですね。

 

■鎌田由布子 選

決心をひとつマフラーぎゆつと締め 優美子
ピノキオが踊りだしさう春の雪 朋代
卒業や微分積分知らぬまま 一枝
持ち物の名前大きく新入生
☆仮縫ひの花嫁衣裳初桜
結納を終えいよいよ嫁ぐ日が間近になった経過と期待と多少の不安が季語から感じられました。

 

■牛島あき 選

桜蘂ふる新しきキーホルダー 良枝
花の蜜ラッパ飲みして雀の子 新芽
夕桜囁きほどのクラクション 味千代
賽銭を放ちてぬくきたなごころ 優美子
☆古書店の看板の跡おぼろ月 優美子
かつてはよくお世話になった古書店だが、時代の趨勢で閉店してしまったのだろう。看板のあった所を見遣る作者の愛惜の念に、おぼろ月が優しい。

 

■荒木百合子 選

卒業や跳箱五段飛べぬまま 道子
桐箱の肌やはらかし雛納め 実可子
手際よき母の健在雛納め 実可子
雲の面にきつと居る筈初雲雀 康夫
☆畦を来て出交はす雉のたぢろがず 有為子
私にも似た経験。何年も前、京都大原の北の農道の前方にひょっこりと雉が出現。徐行、停車する先を悠々と横切り去りました。これは何?野生の威厳?と呆れていました。

 

■宮内百花 選

流れ来し土嚢に咲ける花菜かな 松井洋子
茎立や幼早くも反抗期
鶴引くや夢の終りか始まりか 朋代
辛夷の芽空にゆるびのなかりけり 恵美
☆南無阿弥陀目刺一連托生す 眞二
竹串や藁で連ねられた目刺が、運命を共にする仲間であるというその発想が面白いですね。また小さな目刺一匹一匹にも大切な命があることを改めて思い起こさせられる一句です。

 

■穐吉洋子 選

母似かな笑む目糸の目ひひなの目 眞二
春の園泣く子笑ふ子ねんねの子 由布子
つちふるや島の鏝絵に日章旗 依子
ウイッグをつけて不安や春一番 有為子
☆桃の花咲き満つ頃ぞ甲斐や今 雅子
甲斐の桃の花は有名ですよね。桃の花の咲き満つる頃は濃いピンクの絨毯を敷きつめた様に、まさに桃源郷です。今年はコロナで行けないのが残念ですね。

 

■鈴木紫峰人 選

南無阿弥陀目刺一連托生す 眞二
次の角曲がつてみたき春の宵 真徳
決心をひとつマフラーぎゆつと締め 優美子
あたたかや鳥居に長き一礼し 優美子
☆桐箱の肌やはらかし雛納め 実可子
雛を納める時の快い疲れと、桐の箱の肌触りのやはらかさにナルシシズムを感ずる。

 

■吉田林檎 選

水温む金管の音のいづこより 実代
蒲鉾の紅のふちどり春の雪 恵美
パイ生地にあんこたつぷり山笑ふ 和代
落第や音立てて食ふカレー煎 とりこ
☆春寒し窓の数ほど人住まず 田鶴
団地は取り壊すために住人を追い出すことはせず、自然と住人がいなくなるのを待っているのだそうです。確かに二世帯くらいしか住んでいる気配のない団地をたまに見かけます。別荘として売り出された豪華なマンションの可能性もありますが、「春寒し」からは前述のような団地が連想されます。夜になってもぽつりぽつりとしか灯らないような状況が中七下五の表現ですっきり伝わってくるのは、表現のうまさもありますが主観が入っていないからだと思います。作者の気分は「春寒し」に託されており、季語の力を信じた一句である点に魅力を感じました。

 

■小松有為子 選

つちふるや島の鏝絵に日章旗 依子
車座になりし花見の懐かしく
一頁残し下車せり花の雨 林檎
春の雷撤収早きキッチンカー 松井洋子
☆卒業や跳箱五段飛べぬまま 道子
私も同様でしたが、さらりと詠まれていて好感がもてますね。

 
 

◆今月のワンポイント

「主題を絞る」

作者が詠みたいものは何か? 作句の上で何よりも大切なのはこの一事ですが、実はこれが意外に難しいことなのです。もちろん、一句で最も重要なのは季題ですが、季題だけでは、それに含まれるイメージ、事物やその範囲、印象や色彩を追記することにしかなりません。即ち、既存の理解の範囲を超えられない、つまり、独創がないという結果に終わります。そこで、季題と並び立つテーマが必要になります。そしてそのテーマは往々にして一つのキーワードで表現できることが多いのです。逆に言えば、そのキーワードを見つけることこそ、主題を絞る大切なアプローチともなる訳です。
今月の特選句は、それぞれ明白な主題があり、それが一句を潔いものにしています。さらにそれぞれの句には、主題を解き明かす一語が包含されています。一望、紅、飛べぬ、閉校、さみどりと言った言葉です。季語と並び立つワン・ワードを探すこと。これもまた、作句の一つの方法論ではないかと筆者は考えています。(中田無麓)

◆特選句 西村 和子 選

冴返る無人のままの観覧車
緒方恵美
【講評】一見、どこにでもあるような光景を描いた、客観写生のようですが、不思議なパワーを秘めた一句になりました。近未来の黙示録的な世界のようで凄味があります。
「冴返る」時期なので、観覧車に乗る人もないだろう、という形而下的な解釈はこの句にはふさわしくありません。震災、疫禍、気候変動など、末法を感じさせる時代の流れが背景にあり、その象徴としての無人の観覧車なのでしょう。掲句の場合、決して飛躍した解釈ではないはずです。(中田無麓)

 

菜の花の村を通つて無言館
木邑 杏
【講評】無言館とは、長野県上田市にある戦没画学生の絵を集めた、小さな美術館です。日本画、洋画、絵の巧拙を問わない展示ながら、共通しているのは画学生の多くが20代の若さで戦死しているという、冷厳な事実です。コンクリート打ちっぱなしのモダンな建築ですが、絵を見てゆくうちに防空壕に飾られている気がすると、訪れたことがある人から聞いたことがあります。
そこまでの道筋が菜の花の村だったと掲句は語っています。その平和な風景と展示物のリアリティの落差が、一句を成すきっかけになったことでしょう。
この句の素晴らしさは、個人の主観や感情を表立って表さず、菜の花というモノに託しきったところにあります。その態度は潔く、俳句の骨法に適っています。(中田無麓)

 

ラメ入りの靴下届く聖夜かな
深澤範子
【講評】事実を淡々と述べているようでいて、クリスマスに贈られた靴下とは、いささか意味深でもあります。
元来、靴下はサンタさんからの贈り物を受け取る容器です。それを送ったというところに、送り主の洒落っ気が垣間見えてきます。ちゃっかりとおねだりするような、エスプリが利いているのです。そのきらりと光る機知が、ラメに巧みに表現されています。
贈り物を受け取った作者の微苦笑も見えてきませんか?(中田無麓)

 

春の虹くれなゐいつまでも残り
田中優美子
【講評】単に「虹」と言えば夏の季語になりますが、それ以外でも、季節の名を冠して、季題として立項されています。秋の虹、冬の虹と言った具合です。いずれの季節においても、夏とは異なる微妙なニュアンスの違いがありますが、「春の虹」には、夏の虹より淡く、儚く消えるという本意があります。
その「春の虹」に紅だけが、消えずに残っていると一句では語っています。では、このくれなゐの正体は何でしょうか? 筆者は希望と解釈しました。消えゆく虹の色の中で、最後まで残るくれなゐは、春という季節と相まって、好日的で、前向きな気分や勇気を読み手に提供してくれます。(中田無麓)

 

オブラートほどの明るさ春暁
小山良枝
【講評】オブラートとは、今ではすっかり懐かしいものになってしまいました。「オブラートに包む」という慣用句も通じなくなるかもしれません。
それはそれとして、比喩の働きがこの上なく巧みな一句になりました。けっして主張することのない柔らかな光の加減、皮膜のような薄さをオブラートとは、蓋し、言い得て妙です。凡そ美とは遠い存在の化学製品が、格調を持ってイメージされるのも技ありです。
比喩がずばり的を得ていますが、比喩の工夫を生かすも殺すも、比喩の叙法次第です。たとえば、「ごとく」とあからさまに言ってしまえば、興趣は半減します。といって、まるっきり暗喩にしても、表現上の飛躍が伴ってしまいます。直喩と暗喩の中間の微妙な表現での「ほど」という助詞を用いたところに、隠れた工夫があります。文字通りの「ほどのよい」選択だと思います。(中田無麓)

 

火を焚けば風のあつまる二月かな
緒方恵美
【講評】もとより容易に用いられる季題などはありませんが、「二月」は難季題の部類に入るでしょう。陰暦では仲春でも、陽暦では厳しい寒さが続きます。それでも陽光はすでに春色です。一見二律背反のように見えるこの両者を一句の中でどのように昇華させるか、ここに詠み手の力量が問われます。
掲句も、そんな行き合いの季節感が巧みに描き出されています。ポイントは中七。「あつまる」という動詞にあります。風を主語に据えた動詞の述部は数少なく、せいぜい、吹くか舞う、猛るくらいが関の山でしょう。その意味でもあつまるは、新鮮ですし、何よりも、物理現象を超えた人格まで感じることができます。
火にあつまる風は、まだまだ寒風ですが、てんでの向きの風は、ダイナミズムを感じさせます。そしてそれ自体が春の蠢動なのでしょう。(中田無麓)

 

朝のうち雪見障子を少し開け
深澤範子
【講評】雪見障子は障子の傍題として立項されていますが、作例は決して多くはありません。雪がほとんど降らない西国はもちろんのこと、多くの家屋には縁遠い存在であり、せいぜい神社仏閣でお目にかかる程度です。これでは、絵葉書俳句の域を出ることは困難です。
一方、掲句の雪見障子は生活に根差しています。少し開け、という主体的な動作から類推できます。と同時に、障子内で、筆者がなにをしているのか想像を逞しくもできます。
少し開けて外の風景を見るには、おそらく畳に端座している姿勢ではないかと推察されます。文机で書き物か読み物をしているのでしょうか。その間、ときおり目を外に移すと夜のうちに降り積もった雪が朝日に輝いているというのです。平穏で満ち足りた北国の生活のヒトコマが、格調高く切り取られています。(中田無麓)

 

そのひとつ悲鳴のごとく囀れる
梅田実代
【講評】囀りとは元来、繁殖期を迎えた雄鳥の求愛行動の一つです。その音声は、種類によってさまざまで、フルートのような美しい音色から、カケスのような耳障りなものまで、まさに多彩です。このようなアンサンブルの中にあって、悲鳴とは穏やかではありません。
掲句の良いところは、現象を結果として見るだけではなく、原因まで踏み込んでいる洞察にあります。そして読み手は、命をつなぐための懸命の行為に胸を打たれるのです。(中田無麓)

 

雛飾る下段にちよんとテディベア
小野雅子
【講評】誰もが知っているクマのぬいぐるみとお雛様、材料はたったこれだけのいたってシンプルな構造の一句です。しかし、掲句には時間的な経過の中に材料を置くという工夫があります。それによって、読み手には飾り手の動きがありありと見えてきます。
季題は「雛飾る」ですから、現在進行形の行為です。おそらくお母さんと小さな娘さんの共同作業なのでしょう。その作業の締めくくりとして、娘さんが最後に据えたのがテディベア。画龍点睛のように、お気に入りにぬいぐるみを置いて初めて、彼女の雛飾りは完成の域に達します。
時間の流れの中に一句を置くと、彼女のテディベアに対する思いはより、ひしと伝わってきます。すでに完成されたひな壇に置かれているテディベアを詠んでも掲句ほどの熱量は伝わってこないでしょう。(中田無麓)

 

梅の香へキスするやうに近づきて
松井洋子
【講評】特段の説明など必要としない、簡潔極まりない一句ですが、歳時記の数多の例句でも、梅の香を詠んだものは意外にも、取り上げられる例はあまりないようです。あまりにも常識の内にあり、作品が予定調和に行き着いてしまうこともその一因かと思われます。
掲句は、その難しい領域に一歩踏み込んで、古風な「梅の香」に清新なイメージを付加しました。中七のキスが一句のキーワード。ここから、梅への親しさ、愛情が、爽やかに表現されています。
「そう言えば、そうだな」と誰もが納得できる比喩は、簡単なように見えて難しく、熟考を経た結果の産物なのです。(中田無麓)

 

小包の中の小包蕗の薹
緒方恵美
【講評】蕗の薹の到来ものとは嬉しいものですね。梱包を開けるときの心躍りが伝わってくるようです。しかも、開梱してみれば、また小包が入っていると言います。ロシアのマトリョーシカのように。掲句はこの一瞬を鋭く捉えています。
ネット通販などでは、蕗の薹は、新聞紙で簡易包装した上で、ダンボール詰めにして発送することが多いようですが、ご丁寧にも小包につめた小包に慎重に格納して送られてきたと言うのです。
送り手が先様を思う心づくしと、それを素直に受け取る受け手の心の働きが一つになった素敵な瞬間を掲句は捉えて、間然しません。
そんな心の通い合う季節感として、蕗の薹ほど見事に適った季題はありません。(中田無麓)

 

珈琲を待つ間も楽し桃の花
水田和代
【講評】品種にもよりますが、桜と開花が重なりながら、その花期は桜よりかなり長いのが桃の花。散り急ぐことで妙に哲学的な桜と異なり、身近に感じられます。従って、勢いきって花見に出かけるというより、日常の中で、気づけば咲いていた…。そんな立ち位置の似合う花だと言えましょう。
掲句も、そんな日常の一コマのなかでの気づきをケレン味なく、素直に詠んで、季題のある一面の本意が押さえられています。桃の花が庭木なのか、果樹園のそれか、活けてあるのかは定かではありませんが、そこを詮索するのは野暮というものでしょう。(中田無麓)

 

◆入選句 西村 和子 選
( )内は原句

雪催ロシア料理が食べたくなる
(雪催ロシア料理が恋しかり)
深澤範子

子育ての記憶曖昧鳥雲に
鏡味味千代
母親ほどの実感がありませんが、なるほどそうだなあと思いました。「鳥雲に」という季題が実によく効いています。

春兆す夫の口癖ありがてえ
(ありがてえは夫の口癖春兆す)
千明朋代

うすらひや告げたきことを告げぬまま
長谷川一枝

春いちご今抜けし歯を見せくるる
梅田実代

佐保姫の息にふくらむ海の面
(佐保姫の息にふくらむ海面かな)
小山良枝

滅茶苦茶に朝日を乱し恋雀
三好康夫
「恋雀」の必死ぶりが伝わってきます。中七のような若干オーバー目の表現でちょうどいいと思います。あまり俳句には登場しない、滅茶苦茶という口語表現も、掲句の句想に適っています。

冬尽きて湯呑みの影の寸詰まり
辻 敦丸

消えかかり灯る電球寒夜かな
中村道子

山茱萸の花満開と独り言つ
水田和代
連れだって見に行くこともない山茱萸の花の本質が、下五の「独り言つ」という措辞に巧みに表現されています。

薄氷や餓鬼大将と子分たち
牛島あき

野火負ひて走る倒るるまで走る
小野雅子

声を掛けつつ寒肥を撒きにけり
(声掛けをしつつ寒肥撒きにけり)
深澤範子

夢でなく未来の話冬銀河
鏡味味千代

赤き蕾より白き梅開きたる
田中優美子

詫び状の遅くなりたり冴返る
宮内百花

手の中の土筆たちまち黒ずみぬ
小山良枝

産土の風のつめたき針供養
千明朋代

鉛直を身体は感じ大根引
宮内百花

豆撒や終の住処と決めし家
飯田 静

父の忌の蜜柑凍つてをりにけり
山内 雪

もう誰も住んでないのか梅の花
山田紳介

店頭に蠟梅ミシュラン二つ星
(店前に蠟梅ミシュラン二つ星)
島野紀子

春立ちぬ緊急事態続きつつ
(春立ちぬ緊急事態続きをり)
穐吉洋子

鳩は恩感じてをらぬ遅日かな
(鳩は恩感じてをらぬらし遅日)
稲畑とりこ

水底に渦の影揺れ春の川
松井洋子

枝先のつぼみのかたき野梅かな
千明朋代

春の海サルベージ船のゴジラめく
鎌田由布子

甘味処確かこの路地梅ふふむ
飯田 静

残雪を載せ八ヶ岳晴れがまし
(残雪を頂に八ヶ岳晴れがまし)
奥田眞二

すれ違ふ人悉く息白し
深澤範子

言の葉に刃ありけり冴返る
鏡味味千代

大寒の固き日弾く黒瓦
中山亮成

それぞれの燭をともして卒業す
梅田実代
「それぞれの燭」にひとりひとり異なる、行くと決めた道の寓意のように感じられ、卒業の句にふさわしいです。

薪割りに見とれてをりぬ寒鴉
山内 雪

きりぎしに波唸り来る実朝忌
辻 敦丸

まんさくや高嶺に添へる 雲ひとつ
(まんさくや高嶺に添ひし雲ひとつ)
緒方恵美

松明に闇の響動めくお水取
小野雅子

北風や負けじと歩幅大きくす
深澤範子

恋猫のラピスラズリのひとみかな
長谷川一枝

耳の底曇つてをりぬ黄砂降る
宮内百花

梅日和路面電車のよく軋み
松井洋子
伊予鉄の市内線ですね。「軋む」を不快ではなく、春への蠢動と感じたところに、心の弾みが窺えます。

手を繋ぐ先生真ん中梅ふふむ
木邑 杏

受験子を見送る星の残る朝
小山良枝

かたかごの妖精の羽根閃きて
藤江すみ江

梵鐘の余韻地を這ふ余寒かな
緒方恵美

初蝶や信号無視して消えゆけり
穐吉洋子

のんどりとぜんまい奥つ城の斜面
にしむらみづほ

春しぐれ聖母の髪を濡らすほど
牛島あき

雨粒の大きさ違へ春の雨
森山栄子

山手線巡る東京うららけし
中山亮成

草餅や引越の荷を待ちながら
小山良枝

托鉢の脚絆真つ白梅日和
(托鉢の脚絆真白や梅日和)
奥田眞二

白梅の蕾は赤き不思議かな
田中優美子

無言館行バスに三人のどけしや
(無言館へバスに三人のどけしや)
木邑 杏

樹木医の撫でて叩いて春来たる
飯田 静

息白し仔牛の名前エリザベス
(エリザベスてふ名の仔牛息白し)
山内 雪

駅裏に回つてみるや春の昼
山田紳介

犬駆けて沈丁の香を散らしけり
長坂宏実

寝ねがての雨垂れを聴く二月かな
(寝ねがてに雨垂れを聴く二月かな)
森山栄子

春一番軒のジーパン翻り
松井洋子

海賊の島の昔よ遠霞
巫 依子

ドラム缶滾り和布の変身す
木邑 杏

道草の渚に拾ふ桜貝
小山良枝

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選
薄氷の解けしところより漣     雅子
梅日和路面電車のよく軋み     松井洋子
生まれ来るものみな濡れて春の星  実代
小包の中の小包蕗の薹       恵美
☆何しても許されさうな春の昼   紳介
感覚的ではありますが、それほど長閑で気持ち良い春の午後だったのでしょう。類想の無い作品だと思いました。

 

■山内雪 選
雪催ロシア料理が食べたくなる   範子
冴返る無人のままの観覧車     恵美
春光をふはりと纏ひ鉋屑      真徳
駅裏に回つてみるや春の昼     紳介
☆卒業すインテグラルつて何だつけ みづほ
ついついのせられてしまった。一言でいえば共感である。

 

■飯田静 選
子の担ふ一人二役鬼やらひ     栄子
菜の花の村を通って無言館     杏
春光や半熟卵に銀の匙       雅子
海賊の島の昔よ遠霞        依子
☆受験子を見送る星の残る朝    良枝
受験のために早朝でかける子と見送る母、双方の緊張感が伝わってきます。

 

■鏡味味千代 選
春一番急げ最新刊発売       優美子
梵鐘の余韻地を這ふ余寒かな    恵美
切岸の無縁の墓も彼岸かな     眞二
犬駆けて沈丁の香を散らしけり   宏実
☆手を繋ぐ先生真ん中梅ふふむ   杏
年老いた先生を真ん中に、寄り添うように歩いているのか。もしくは保育園で子供が先生と手を繋いでいるのか。いずれにせよ、梅ふふむ で、手を繋いだ人の嬉しい気持ちがわかります。

 

■千明朋代 選
明日のこと大丈夫かも梅の花    優美子
文香を句集に挟み春近し      栄子
透明の花入れに挿す山茱萸黄    和代
グレンミラー聴きし針ども納めしや 田鶴
☆装丁の色合い淡く春めける    静
最近買った本で、とてもさわやかに思いました。そのことを、句にするとこの句なのかと感心しました。

 

■辻 敦丸 選
菜の花の村を通って無言館     杏
甘味処確かこの路地梅ふふむ    静
爪先に春の寒さの残りたる     由布子
梵鐘の余韻地を這ふ余寒かな    恵美
☆小包の中の小包蕗の薹      恵美
伯耆大山から友が送ってくれた朝取りの蕗の薹は、こんな梱包がしてあった。

 

■三好康夫 選
ヒヤシンス淡き光の根を垂らし   真徳
枝先のつぼみのかたき野梅かな   朋代
ぷつつりと便りなき友寒戻る    朋代
老梅の蕾に矜持ありにけり     眞二
☆般若心経唱へ写経や梅真白    一枝
心が洗われました。

 

■森山栄子 選
産土の風のつめたき針供養     朋代
火を焚けば風のあつまる二月かな  恵美
胎内の記憶あらねど春暁      良枝
消毒に手のひら濡らす余寒かな   あき
☆生まれ来るものみな濡れて春の星 実代
なるほど人間も動物も生まれてくるものは濡れている。春の星はた水の地球という感覚とも通じ合うような広がりのある句だと思う。

 

■小野雅子 選
春兆す夫の口癖ありがてえ     朋代
ヒヤシンス淡き光の根を垂らし   真徳
梵鐘の余韻地を這ふ余寒かな    恵美
枝垂梅切り揃へたる前髪に     栄子
☆生まれ来るものみな濡れて春の星 実代
春は生き物の生まれる季節。命のいとおしさ、未来への希望と祈りが詠まれています。
敬虔な気持ちになりました。

 

■長谷川一枝 選
二ン月の光ありけり聖ピエタ    眞二
ひそと水舐む後朝の浮かれ猫    眞二
切岸の無縁の墓も彼岸かな     眞二
樹木医の撫でて叩いて春来たる   静
☆大寒の固き日弾く黒瓦      亮成
大寒の固き日の表現が上手いなあと思い、それに続いての弾く黒瓦も目に浮かんできました。

 

■藤江すみ江 選
春光や半熟卵に銀の匙       雅子
めじろ目白ふらここ楽し蜜甘し   百合子
虚空飛ぶ鷹のようなる祖父なりき  朋代
小包の中の小包蕗の薹       恵美
☆犬駆けて沈丁の香を散らしけり  宏実
沈丁の香りは甘くつよい。犬が走ってそれを散らすという句です。犬の可愛らしさも同時に表現されています。

 

■箱守田鶴 選
細長く海峡の寒明けにけり     依子
産土の風のつめたき針供養     朋代
水底に渦の影揺れ春の川      松井洋子
雛飾る下段にちよんとテディベア  雅子
☆子育ての記憶曖昧鳥雲に     味千代
子育ては振り返ると反省の連続です。親は子どもと一緒に育って親になるのだから当然です。曖昧なのは立派に育てたからです。鳥雲に がよいですね。

 

■深澤範子 選
ひと椀に大粒ふたつ寒蜆      一枝
もう誰も住んでないのか梅の花   紳介
生まれ来るものみな濡れて春の星  実代
枝垂梅切り揃へたる前髪に     栄子
☆小包の中の小包蕗の薹      恵美
春一番の香り、蕗の薹が送られて来た。小包の中にさらに大事に小さい箱にまるで宝石のように包まれて。送った側と送られた側の喜びが伝わってきます。春の香りを楽しみながら、天ぷらにでもして召し上がった
のでしょうか? ありがとうのお礼の電話の様子まで想像されます。

 

■中村道子 選
子育ての記憶曖昧鳥雲に      味千代
樹木医の撫でて叩いて春来たる   静
寂寞と母亡き後の冬座敷      由布子
冴返る無人のままの観覧車     恵美
☆小包の中の小包蕗の薹      恵美
届いた小包の中から、また小包。大事に届けられた蕗の薹の香りが辺りに広がったことでしょう。「小包の中の小包」とたたみかけ、そのリズム感が作者の驚きと喜びを表現していると感じました。

 

■島野紀子 選
しりとりの「は」を欲しがる子春きざす 味千代
薪割りに見とれてをりぬ寒鴉    雪
春一番急げ最新刊発売       優美子
着膨れて他人の絵馬を読んでをり  田鶴
☆受験子を見送る星の残る朝    良枝
前泊せず試験開始一時間前着を目指すと、まだ星が残る早朝に家を出ますね。試験場に着くまでに疲れますね。それも受験の試練です。家事手付かずの一日を過ごされたと思います。私もです。共感の一句でしたので頂きました。

 

■山田紳介 選
そのひとつ悲鳴のごとく囀れる   実代
生まれ来るものみな濡れて春の星  実代
春眠や頰触れゆくは風ならむ    真徳
春の日の窓辺に開く手紙かな    優美子
☆梅の香へキスするやうに近づきて 松井洋子
目を瞑って、腰をかがめて・・。言われてみると、そっくり。

 

■松井洋子 選
ひそと水舐む後朝の浮かれ猫    眞二
たし算の指と相談春炬燵      味千代
梵鐘の余韻地を這ふ余寒かな    恵美
着膨れて他人の絵馬を読んでをり  田鶴
☆生まれ来るものみな濡れて春の星 実代
とても瑞々しい句。生れたての命と「春の星」がよく響きあっている。

 

■緒方恵美 選
魞を挿す舟の孤影に入日かな    亮成
春の雨艶増す黒き大甍       亮成
老梅の蕾に矜持ありにけり     眞二
犬駆けて沈丁の香を散らしけり   宏実
☆春光をふはりと纏ひ鉋屑     真徳
鉋屑という意外なものを主役にしたところが斬新。

 

■田中優美子 選
滅茶苦茶に朝日を乱し恋雀     康夫
樹木医の撫でて叩いて春来たる   静
梅の香へキスするやうに近づきて  松井洋子
小包の中の小包蕗の薹       恵美
☆しりとりの「は」を欲しがる子春きざす 味千代
答えに詰まって「は、は……」と探している子。窓の外を見ればうららかな陽気。ほら、気づいて、「はる」だよと思わず言いたくなります。一句の中に物語があって素敵です。

 

■長坂宏実 選
朝のうち雪見障子を少し開け    範子
胸のボタンひとつはづして春を待つ 一枝
春一番急げ最新刊発売       優美子
珈琲にウヰスキー足す余寒かな   依子
☆小包の中の小包蕗の薹      恵美
大事に包まれて渡された蕗の薹が春を運んでくれたような、明るい気持ちになります。

 

■チボーしづ香 選
冴返る無人のままの観覧車     恵美
女教師ふと薄氷を撫でてをり    栄子
受験子を見送る星の残る朝     良枝
七色の一脚と化し春嵐       敦丸
☆五歳児の腹なほまるく朧かな   百花
夜寝ている子の腹を見てまだ赤子と思い可愛さが増す気持ちが伝わってくる。

 

■黒木康仁 選
寂寞と母亡き後の冬座敷      由布子
雛飾る下段にちよんとテディベア  雅子
春の雨艶増す黒き大甍       亮成
観梅や気づけばかくも高くまで   実代
☆薄氷や餓鬼大将と子分たち    あき
ドラえもんに出てくる昭和の空き地が眼に浮かぶようです。

 

■矢澤真徳 選
うすらひや告げたきことを告げぬまま 一枝
うららかや封筒に貼る花切手    一枝
鉛直を身体は感じ大根引      百花
托鉢の脚絆真つ白梅日和      眞二
☆駅裏に回つてみるや春の昼    紳介
鄙びた田舎の、人影まばらなやや古びた駅舎を想像した。列車を待つ「半端な」時間に、他にすることもなく、用もないのに駅の裏に回ってみた、というところだろうか。秋でも夏でも冬でもない、のどかで平和な春の昼。それを満喫している作者の気分が伝わってくる。

 

■奥田眞二 選
般若心経唱へ写経や梅真白     一枝
ノーサイド冷めた紅茶の沁みる喉  敦丸
黙祷と車掌の号令花の坂      田鶴
着膨れて他人の絵馬を読んでをり  田鶴
☆春兆す夫の口癖ありがてえ    朋代
季語の選択がお上手だと思います。 東京は下町育ち、「ひ」の言えない粋なご主人さま、ほのぼのとした幸せを感じます。

 

■中山亮成 選
高階は帆のかたちして春の海    実可子
形見分けドレスに仕立て寒紅梅   一枝
托鉢の脚絆真つ白梅日和      眞二
春一番軒のジーパン翻り      松井洋子
☆甘味処確かこの路地梅ふふむ   静
やっとらしき所に行けた弾む心がリズムよく季語の梅ふふむで語られております。

 

■髙野 新芽 選
子育ての記憶曖昧鳥雲に      味千代
言の葉に刃ありけり冴返る     味千代
火を焚けば風のあつまる二月かな  恵美
七色の一脚と化し春嵐       敦丸
☆生まれ来るものみな濡れて春の星 実代
生命の神秘と春に生まれる命を感じられました。

 

■巫 依子 選
またひとり釣り糸垂るる日永かな  和代
受験子を見送る星の残る朝     良枝
生まれ来るものみな濡れて春の星  実代
火を焚けば風のあつまる二月かな  恵美
☆小包の中の小包蕗の薹      恵美
早春のある日に届いた小包。開くと、色々なものが入っている・・・その中には、またまた小包。開いてみると、なんと蕗の薹。日常の中のささやかな喜び。嬉しいとかなんにも書かれていないけれど、小包のリフレインと、大切に大切に届けられたその早春の産物から、十分に作者の感動が伝わって来ます。一句添えてお礼状が出せますね。

 

■佐藤清子 選
豆撒や終の住処と決めし家     静
産土の風のつめたき針供養     朋代
梅日和路面電車のよく軋み     松井洋子
うららかや息子は妻を贔屓して   とりこ
☆春光をふはりと纏ひ鉋屑     真徳
春光を浴びた鉋屑の柔らかさや匂いが伝わってきて感銘しました。
子供時代の日常にありふれた光景でしたから更に懐かしさも感じます。

 

■西村みづほ 選
草餅や引越の荷を待ちながら    良枝
春雷やケーキへ蠟のしたたりぬ   良枝
春光をふはりと纏ひ鉋屑      真徳
春光や半熟卵に銀の匙       雅子
☆樹木医の撫でて叩いて春来たる  静
樹木医の植物に対する愛情と、そして、医師としての厳しさが表れている佳句だと思いました。季語がよく効いていると思いました。完了の「たる」がよく句を引き締めていて、医師の人柄に繋がっていると思いました。

 

■水田和代 選
ヒヤシンス淡き光の根を垂らし   真徳
明日のこと大丈夫かも梅の花    優美子
磯に寄す潮より春の立ちにけり   眞二
樹木医の撫でて叩いて春来たる   静
☆小包の中の小包蕗の薹      恵美
丁寧に包まれた蕗の薹をいただいた嬉しさが伝わってきます。

 

■稲畑とりこ 選
父の忌の蜜柑凍つてをりにけり   雪
地下道をころげ余寒の紙袋     あき
草萌や海へ向きたる乳母車     良枝
春の日の窓辺に開く手紙かな    優美子
☆冬尽きて湯呑みの影の寸詰まり  敦丸
湯呑みの台形の影が、どうも寸詰まりに思える。それだけを写生した句だと思うのですが、「フユ尽きて」との取り合わせによって、湯呑みの冷たさと影の長さを感じさせるとともに、長い冬の終わりがいたることころにあることを気づかせてくれます。

 

■稲畑実可子 選
生まれ来るものみな濡れて春の星  実代
樹木医の撫でて叩いて春来たる   静
長子には長子の歩幅大試験     紀子
小包の中の小包蕗の薹       恵美
☆草萌や海へ向きたる乳母車    良枝
草の緑と海の青に、親と子の白のイメージが加わります。爽やかで瑞々しい一句。

 

■梅田実代 選
夏みかん酸っぱしこの世甘酸っぱ  朋代
二ン月の光ありけり聖ピエタ     眞二
まんさくや高嶺に添ひし雲ひとつ  恵美
草餅や引越の荷を待ちながら    良枝
☆言の葉に刃ありけり冴返る    味千代
人の何気ない言葉でも傷つくことはある。自分も知らず知らずのうちに誰かを傷つけているかもしれない。上五中七に共感、そして季語が動かないと思っていただきました。

 

■木邑杏 選
春光をふはりと纏ひ鉋屑      真徳
春一番軒のジーパン翻り      松井洋子
龍笛の音色に曳かれ梅見かな    清子
珈琲を待つ間も楽し桃の花     和代
☆寂寞と母亡き後の冬座敷     由布子
ひっそりとしてもの寂しい冬座敷。母上亡き後の冬座敷はまさに寂寞としているのでしょう。

 

■鎌田由布子 選
冴返る無人のままの観覧車     恵美
ひそと水舐む後朝の浮かれ猫    眞二
息白し仔牛の名前エリザベス    雪
雛飾る下段にちよんとテディベア  雅子
☆春光や半熟卵に銀の匙      雅子
柔かい春の光が朝食のテーブルを包み幸福感に満ちた句と思いました。

 

■牛島あき 選
ひそと水舐む後朝の浮かれ猫    眞二
ドラム缶滾り和布の変身す     杏
火を焚けば風のあつまる二月かな  恵美
小包の中の小包蕗の薹       恵美
☆春光をふはりと纏ひ鉋屑     真徳
くるりと生まれる鉋屑。透き通るようなその薄さ、木の香りを思い出させ、幸せな気分にしてくれた句。

 

■荒木百合子 選
ヒヤシンス淡き光の根を垂らし   真徳
梵鐘の余韻地を這ふ余寒かな    恵美
小包の中の小包蕗の薹       恵美
うららかや息子は妻を贔屓して   とりこ
☆菜の花の村を通って無言館    杏
春という字を絵にしたような菜の花の村を通って行った先は、戦没画学生の遺作を収集展示している無言館。思い余りて言葉足らずにならないところが好きです。私も行きたいと以前から思っているところです。

 

■宮内百花 選
冴返る焦土の痕跡壁一枚      田鶴
松明に闇の響動めくお水取     雅子
浅春のあえかなるもの息はじめ   新芽
長子には長子の歩幅大試験     紀子
☆生まれ来るものみな濡れて春の星 実代
読んだ瞬間に、とても幸せな気持ちになる一句でした。羊水から生まれ出るものは実際に濡れているということもありますが、それ以外の虫や植物にしても、命がこの世に誕生する奇跡の瞬間は、まるで濡れているかのように感じられます。そのことを、春の星というやわらかくしっとりとした季語がさらに詩へと昇華しています。

 

■穐吉洋子 選
湖は大白鳥のものとなり      清子
魞を挿す舟の孤影に入日かな    亮成
山手線巡る東京うららけし     亮成
虚空飛ぶ鷹のようなる祖父なりき  朋代
☆言の葉に刃ありけり冴え返る   味千代
刃の傷は治るが言葉から受けた傷は治らないと言われる程、言葉の刃は怖いですね。言葉を発する時は刃にならない様に気を付けたいものですね。

■鈴木紫峰人 選
ひそと水舐む後朝の浮かれ猫    眞二
きりぎしに波唸り来る実朝忌    敦丸
梅匂ふ恋貫きし人とゐて      紳介
寝ねがての雨垂れを聴く二月かな  栄子
☆うすらひや告げたきことを告げぬまま 一枝
告げたいことがあるのに、言えなかった自分の心の揺らぎ、迷いは、まるであの薄氷のように儚く弱いことだ。うすらひの季語の持つ危うさが句を生かしている。

 

◆今月のワンポイント

「モノに託す」

芭蕉に「言ひおほせて何かある」という有名な言葉があります。去来が其角の句を「言い尽くしている」と絶賛したのに答え、芭蕉が「言い尽くして何になるんだ」と言った言葉です。余情、余韻の美学を表現した言葉です。心の動きや感情を直接的に表現するのではなく、モノに託すことで、余情を生む、これもまた「言ひおほせて何かある」の一環と言えましょう。
今月の特選句には、モノが一句の中でよく働いているものが多く見受けられました。菜の花、ラメ入りの靴下、テディベア、小包等々。いずれも身の回りに転がっているものですが、一句の中で、心の動きを巧みに表現する触媒のような働きをしています。
俳句は畢竟、感情表現ですが、それを直接的に伝えるのは、メッセージに過ぎず、詩ではありません。十七音という制約をいかに豊かな世界にするかは、託すモノにかかっていると言っても過言ではありません。(中田無麓)

◆特選句 西村 和子 選

弟の彼女現る三日かな
鏡味味千代
【講評】正月三が日の元旦はしめやかに過ごし、二日は親しきが集まり打ち興じる(今年は別として)のが、大方の現在の正月のイメージだと思います。では、三日と言えば、そのどちらでもないある種独特の感懐のある一日だと言えましょう。祝祭と日常、即ち、「ハレ」と「ケ」の間、マージナルな一日でもあります。
そんな日に訪れたのが、「弟の彼女」という、何とも微妙な存在。親族と他人の中間に位置する、まさに境界人、マージナルマンだと言えます。三日の登場人物としてふさわしい選択です。
この句は、淡々と事象を述べているように見えて、季題が計算され尽くされています。と言っても、決して技巧や作為は全くありません。とても繊細な季題感覚が、自ずと湧いて出たような気分が滲み出ています。(中田無麓)

 

かばかりを小声で囃し若菜粥
小野雅子
【講評】さまざまな解釈が成立する句です。それは囃すという言葉の多義性にあります。囃すという意味は、文字通りお囃子を奏する、音曲の調子を取ることのほかに、盛んに言い立てるという意味があります。さらに転用して、うまくその気にさせるという意味も生じています。筆者は囃すを最後の「その気にさせる」と受け取りました。
囃すことでよりうまく物事が運ぶという妻の才覚が嫌味なく感じられます。そんな夫婦間の出来事であることや少しずつ前に進むという明るさも一句から見えてきます。慎ましさと希望、二つのニュアンスをくみ取って、若菜粥という季題が大きな存在感を示しています。(中田無麓)

 

初メール沖にいますと返信来
山内 雪
【講評】一読して圧倒的なリアリティに目を覚まされました。漁師さんでしょうか、漁に年末年始なんてないということでしょう。中七が秀逸です。「沖にいます」という簡潔明瞭にして余計な修飾のない言葉は、穏やかな関西の風土で寝正月を決め込んでいた筆者などからは、金輪際出てこない言葉です。やはり事実には想像を超えた力があります。
深読みに過ぎることは承知の上で、筆者が注目したのは、「返信来」という下五の収め方です。「来」から想像するのは、「群来」という言葉です。北の海へ大挙して押し寄せる鰊の群れを彷彿とさせ、「沖」が決して瀬戸内の穏やかな海ではなく、厳しい絶海であることがそれとなく想像できて巧みです。(中田無麓)

 

二条より上(かみ)は雪らし寒の雨
西村みづほ
【講評】上五中七の言葉の流れが潔く、格調高い句姿になりました。一見、推量をこっそりと声にしたような表現の中に、京都を象徴する大景が広がって見えてきます。貴船、鞍馬、桟敷が岳、雲取山と重なる、雪に烟った山並みが見えてきます。蓋し、句柄の大きな叙景句だと言えましょう。
地名の選択も秀逸です。二条通りを渡り、北すればほどなく上京。北山もより一歩近づき、眼前に立ち現れてきます。京都の市街地は平らかなようで、北へゆくほど標高が上がります。そういう肌感覚が身についていれば、「二条より上」とは、諾えるし、共感できる地名の選択です。
蛇足ながら、JR京都駅は標高約28m。金閣寺は同約100mに立地しています。ついでに言えば、二条通は標高約42mです。(中田無麓)

 

凧揚げの鴟尾より高く上がりけり
荒木百合子
【講評】鴟尾(しび)とは、古代の宮殿や仏殿の天辺に据えられた飾り物を指します。後世には鬼瓦や鯱鉾などに取って代わられます。勢い、奈良とその近郊がイメージされることになります。東大寺、唐招提寺、興福寺といった大寺が専ら代表選手と言ったところでしょう。高さを推定する物差しに、この鴟尾を持ってきたところが技ありです。凧の高さも相当なもので、碧空の広がりと奥行きが無限です。
スケール感ばかりではありません。読み手には奈良の風景が即座に立ち上がってきます。どこで凧を揚げているかと想像すれば、筆者は東大寺なら広大な飛火野、唐招提寺なら西の京の田畑を思い浮かべます。このように奈良という土地からは凧の高さに見合った、野の広がりも見えてくるのです。
一見、何のケレン味もない、平明な写生句に見えて、鴟尾という一語がとても饒舌に背景を語ってくれているのです。仮に鴟尾を塔に置き換えてみればどうでしょう? 改めて、一語の持つ力に思いが至るでしょう。(中田無麓)

 

物言ひも水入りも無く正月場所
箱守田鶴
【講評】正月場所の句と言えば、厳かで、清らかで、前向きなニュアンスを持つのが通り相場ですが、この句にはそういった類想イメージがありません。それどころか、観客の誰もが期待する土俵上のドラマである、物言いも水入りもないと言うのです。だが、そこが却って新鮮です。
特筆する取り組みもなく、淡々と過ぎる十五日間は、果たして退屈な時間なのでしょうか? 否、作者はかなり肯定的に捉えていると筆者は考えます。物言いは、行司生命を脅かしかねません。また、物言いも心理的、肉体的な負荷を力士に与えます。そんなリスクもなく、無事場所が終わったことへの安堵、平穏が何より尊いという思いが上五中七に込められているようにも思います。
それは、神事を嚆矢とする相撲の祈りに通じるものかもしれません。疫禍にあって尚更そんな気がします。(中田無麓)

 

女正月故郷はよく笑ふ町
島野紀子
【講評】つくづく俳句は季題に語らせる文芸だということが、この句を鑑賞すれば納得させられます。一句の中に先鋭な主張も、研ぎ澄まされた感覚もあるわけではありません。むしろ、俳句としては敬遠されるむきのある、どちらかと言えば抽象的な一句ですが、それでいて印象鮮やかなのは、女正月という季題の選択が絶妙だからです。古風な季題ですが、小正月の主婦の解放感は今に通じるところがあります。そこに市井の人の日常が息づいていることで、読み手は共感を覚えます。
この季題を活かすための余韻が中七下五と解釈すれば、一句の構成は極めて巧みです。よく笑う町とは、笑芸で著名な某大都市でなくても一向に構いません。どこにでもある庶民的な街角であればよいのです。深い抱擁に包まれているような町であれば。(中田無麓)

 

節穴の銃眼めける日向ぼこ
牛島あき
【講評】日向ぼこは、平穏の象徴というイメージがありますが、歳時記の例句を見れば、老いはともかくとして、意外にも病や死といったシリアスな主題に近い句も多いことに驚かされます。
この句も、平穏に潜む危機を比喩によって巧みに言い留めています。日溜まりへ銃口が狙いを定めていると言いますから、これは穏やかではありません。
おそらくは実景であり、客観写生に徹した表現ではありますが、銃眼という連想ですでに、作者の心情が顕在化されているとみます。文字通り、現代はだれもが知らず知らずのうちに銃口を向けられている…。そんな時代なのかもしれません。(中田無麓)

 

積ん読の天辺に猫煤払ひ
山内 雪
【講評】煤払は、古くは、神棚など神宿る場所から始める習わしだったとも言われます。堆く積まれた書物は、作者にとっては神棚の寓意でもあり、一句からは静穏で文を好む作者の人柄が偲ばれます。
一方で、煤払を面倒だと思う人間臭さも同居しています。乱暴に箒を掛ければ、積ん読の塔はすぐに崩れてしまいかねません。結構厄介なものです。そこに猫がいるおかげで、「職務放棄」の口実ができたわけで、ある意味猫様様です。積ん読の天辺に居る猫は、一時、作者にとっての神様にあたるわけです。
一瞬の心情の機微が、ささやかな諧謔味を伴って、描き出されている好句だと感じ入りました。(中田無麓)

 

園庭に声のちらかる五日かな
梅田実代
【講評】園庭には、文字通り庭や庭園と、保育園や幼稚園の遊び場という二つの意味がありますが、どちらに取っても一句は成立します。筆者は後者と受け取りました。
「五日」とは現代では、かなりの難季題です。延々と正月行事が続いていた昔ならともかく、今ではすでに仕事が始まっているところが大半です。そんなとりとめもない一日を巧みに詠まれました。
一句のポイントは「ちらかる」という動詞にあります。「ちらかる」とは、「物が乱雑に広がる」など、どちらかと言えば負のニュアンスの色濃い言葉です。ところが、この句にはそのようなマイナスイメージが一切ありません。むしろ、戻ってきた活気を好意的に受け止めています。「ちらかる」とかなで表記したこともその現れでしょう。子どもたちの様子を優しく見守る目が穏やかです。(中田無麓)

 

◆入選句 西村 和子 選
( )内は原句

航跡の光乱るる久女の忌
小山良枝
久女の句風と生き方が、十七音のなかに巧みに描かれています。上五中七の大景からは写生に徹して秀麗な句風が窺えます。また「光乱るる」から、決して順風とは言えなかった生涯が垣間見えます。忌日の俳句は、こう詠みたいものです。

門松の大仰にして人をらず
小野雅子

悴みてまた履歴書を破りけり
田中優美子

励まさる母の編みたるセーターに
(母編みしセーター着ては励まされ)
荒木百合子

春風や声出して読む中也の詩
山田紳介
中原中也の詩は、感傷的ながら難解で、しかもネガティブなものが多いので、音読には多少の勇気が要りますよね。でも、中也ファンの背中を押してくれるのが春風だったら、思わず声に出してしまいます。季題の力です。因みに筆者は、「朝の歌」や「早春散歩」かな? と思いました。そういう想像の楽しみもあります。

書き入れて落着く居間の初暦
(予定書き落着く居間の初暦)
中村道子
何か予定がないと落ち着かないとは、いかにも日本人らしい性ではありますね。誰しもが共感できることと思います。本当は自身が落ち着いたのですが、それをカレンダーに仮託したところも巧みです。

湯ざめして何の答も見つからず
(湯ざめして何の答えも見つからず)
矢澤真徳

眉太く描いて華やぐ初鏡
佐藤清子

冷たき手温めて襁褓替へにけり
稲畑実可子

雪ふはり私信ことりと届きけり
小山良枝

捨てかぬるもののひとつに歌がるた
奥田眞二

冬麗の大寺の門広やかに
荒木百合子

大寒や波蹴立て来る警戒船
梅田実代

この町に四半世紀や初御空
飯田 静

冬薔薇いま人生を折り返す
深澤範子

切り岸の龍王神へ初詣
巫 依子

風花や生駒山系雲黒き
(風花や生駒山系黒き雲)
中山亮成

初日射したる本棚の無門関
(初日影射したる棚の無門関)
三好康夫

何処からかスラブ舞曲や春の風
山田紳介

蝋梅や花とびとびに置くごとく
緒方恵美

小春日やお日様の香を纏ひたる
長坂宏実

秣食む瞳大きく息白く
牛島あき

初場所の柝の音冴えけりことのほか
奥田眞二

雑踏を縫つて真赤なショールかな
深澤範子

土曜日の砂場にぎやか目白来る
松井洋子

どつかりと冬田ぽつかり昼の月
田中優美子

年酒注ぎくれよ檜の香をあふれしめ
梅田実代

白鳥のひと掻き強し迫り来る
宮内百花

コンビニの塀の裏より羽子の音
松井洋子

自衛隊演習冬の空揺らし
鏡味味千代

御降の消えゆく海の暗さかな
巫 依子

菅笠の顎紐締めて初稽古
長谷川一枝

借景の富士のぼんやり小六月
鎌田由布子

童顔の中也よ春の雪ふはり
山田紳介

金屏風開けば蘭陵王の舞ふ
長坂宏実
何とも絢爛豪華な色彩世界ですね。一読して眩いばかりの極彩色が目に飛び込んできます。客観写生に徹して、名詞の力を100%ひきだすことができました。

初鏡眉に白髪の混じりをり
穐吉洋子

餅ふくらむひつくりかへりさうなほど
(ひつくりかへりさうなほど餅ふくらめり)
小山良枝

寒禽の声に磨かれ空の青
小野雅子
動詞をいかに適切に用いるかは、作句の要諦の一つですが、簡単そうでなかなかの難題です。この句は、「磨く」という動詞の選択が実に適切です。このたった一語の働きによって、一句に生命が宿り、躍動感と煌めきが生まれました。

新聞をじつくり読んで女正月
森山栄子

起き出してともあれ母に御慶かな
田中優美子

普段着のままに迎へしお正月
長谷川一枝

一面の雪となりけり駐機場
鎌田由布子

弾初の息をゆたかに遣ひけり
小山良枝

やはらかき音たて俎板始かな
(やはらかき音して俎板始かな)
小野雅子

牡蠣打ち(割り)のおばちやん五人衆元気
(牡蠣小屋のおばちやん五人衆元気)
深澤範子

初旅は雪の草津と決めてをり
(初旅は雪の草津と決めてある)
千明朋代

出囃子は真室川音頭初高座
長谷川一枝

指十本もてぴしぱしとずわい蟹
木邑 杏

鴨川の飛石伝ひ冬日和
鎌田由布子

朝刊に折り畳まれし寒気かな
(朝刊に折り畳まれし寒さかな)
緒方恵美

日脚伸ぶ定時退社の人まばら
長坂宏実

幼子の道草を待つ春を待つ
稲畑とりこ

乾きものちよこちよこ並べ女正月
小山良枝

リモートの画面へお辞儀初講座
松井洋子

どんど火の風打ちはらひ打ちはらひ
巫 依子

退庁の背に降りかかる霙かな
田中優美子

雪止むを待ちて離陸とアナウンス
(止む雪を待ちて離陸とアナウンス)
鎌田由布子

嫁が君尻たくましく走り去り
小山良枝

湯気立てて島の嫗の頼もしき
森山栄子

埋み火を起こして母の朝始まる
(埋み火を起こして母の朝始む)
箱守田鶴

優勝の男泣き見て泣初め
松井洋子

今さらと言ふたび寒き唇よ
(今さらと言ふたび寒し唇よ)
田中優美子

寒鴉河内弁でも習うたか
黒木康仁

闇汁や納所坊主なっしょぼうずは嘘付かず
島野紀子

侘助の小さくなりたる花零す
水田和代

春遅々と仕掛絵本のかちと閉ぢ
(春遅々と仕掛絵本のかちと閉じ)
稲畑とりこ

風花や母の生家の在りし駅
稲畑実可子

寒明やチェロの低音よくひびき
小山良枝

追羽子の空で一息ついて落つ
箱守田鶴

七福神五福巡りて祝酒
中山亮成

下校の子銀輪連ね日脚伸ぶ
長谷川一枝

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選
図書館の蔵書検索冬深し      一枝
大寒の夜をサイレンの赤き音    優美子
家計簿へその日のメニュー初日記  静
毛糸編むやうやく心整うて     栄子
☆新聞をじつくり読んで女正月   栄子
特別なことをしなくても、新聞を隅々までじっくり読める時間の余裕、心の余裕が女正月に叶っていると思いました。実感のこもった作品です。

 

■山内雪 選
大寒や波蹴立て来る警戒船     実代
両の手に白菜双子の如く抱き    清子
自衛隊演習冬の空揺らし      味千代
切り出され泳ぐ天然氷かな     あき
☆葉牡丹のゆるびなき日の続きけり 和代
ゆるびなき日と詠んでとても寒い日である事が分かる。

 

■飯田静 選
弟の彼女現る三日かな       味千代
春風や声出して読む中也の詩    紳介
乾きものちよこちよこ並べ女正月  良枝
野水仙活けて去来の二畳の間    恵美
朝刊に折り畳まれし寒気かな    恵美
朝刊を手にとると冷たいのですが、未明から新聞を折り畳む作業をし配達をする人の苦労を重ね合わせました。

 

■鏡味味千代 選
羅漢笑む赤の千両黄の千両     眞二
どんど火の風打ちはらひ打ちはらひ 依子
街の灯や冬夕焼を追ひ抜いて    新芽
一面の雪いちめんの月明かり    恵美
☆幼子の道草を待つ春を待つ    とりこ
子の道草を待つ時間の流れと、春を待つ時間の流れが、確かにとても似ていると思いました。子を待っている間に、周りを見渡すと、風や匂いに小さな春の訪れを予感したのでしょう。

 

■千明朋代 選
大寒や桟敷へ突っ込む負け力士   田鶴
金屏風開けば蘭陵王の舞ふ     宏実
小腔の不気味さ寒の骨拾ひ     みづほ
只管打坐修するごとく寒の鯉    眞二
☆餅ふくらむひつくりかへりさうなほど 良枝
ふっくらと膨らんでいる様子が見事に表しているのでいただきました。

 

■辻 敦丸 選
かばかりを小声で囃し若菜粥    雅子
雪ふはり私信ことりと届きけり   良枝
眉太く描いて華やぐ初鏡      清子
風花や母の生家の在りし駅     実可子
☆邪の文字のど真ん中へと弓始   すみ江
彼是の蔓延る邪、そのど真ん中を射るべし。

 

■三好康夫 選
風花やパン屋の薄き木の扉     とりこ
白鳥のひと掻き強し迫り来る    百花
初メール沖にいますと返信来    雪
追羽子の空で一息ついて落つ    田鶴
☆賀状書くだけの付き合ひ二十年  一枝
この距離感、良いじゃないですか。幸せならば……。

 

■森山栄子 選
冬の雨静かに大地起こしけり    和代
風花や義母の持ち来し古写真    とりこ
退庁の背に降りかかる霙かな    優美子
朝刊に折り畳まれし寒気かな    恵美
☆大寒や世は釣鐘のごとしづか   真徳
銘文の刻まれた釣鐘を思うと、宙に浮いている地球の今のように感じられた。大寒という季語が一句をきりりと引き締めている。

 

■小野雅子 選
悴みてまた履歴書を破りけり    優美子
冷たき手温めて襁褓替へにけり   実可子
弾初の息をゆたかに遣ひけり    良枝
朝刊に折り畳まれし寒気かな    恵美
☆一面の雪いちめんの月明り    恵美
雪はすべてを被い、醜い汚いものは純白の雪の下に隠される。そこには皓々と月の光があるばかり。月光に照らされた雪景色より美しいものを私は知らない。

 

■長谷川一枝 選
大寒の夜をサイレンの赤き音    優美子
羅漢笑む赤の千両黄の千両     眞二
追羽子の空で一息ついて落つ    田鶴
邪の文字のど真ん中へと弓始    すみ江
☆雪吊のサインコサインタンジェント 杏
何と言ってもサインコサインタンジェントのリズムの良さに惹かれました。

 

■藤江すみ江 選
初春の乳歯のごとき白さかな    とりこ
指十本もてぴしぱしとずわい蟹   杏
寒明やチェロの低音よくひびき   良枝
初句会猫にもらひし一句提げ    雪
☆朝刊に折り畳まれし寒気かな   恵美
早朝の掌の実感が詠まれている触覚より生まれた句で読み手にも寒さが伝わる。

 

■箱守田鶴 選
賀状書くだけの付き合ひ二十年   一枝
冬薔薇いま人生を折り返す     範子
冬眠の蟇でありけり掘り出され   あき
初句会猫にもらひし一句提げ    雪
☆まあるくて白くて甘い京雑煮   紀子
話にはいつも聞いているが食べたことのないお雑煮です。憧れています。

 

■深澤範子 選
友恋し友煩はし年の暮       朋代
目の覚めるやうな白飯はや三日   朋代
湯ざめして何の答も見つからず   真徳
一面の雪いちめんの月明かり    恵美
☆冬の雨静かに大地起こしけり   和代
冬の雨が、春の芽吹きに備えて、大地に生命力を与えてくれていることを上手く詠まれていると感じました。

 

■中村道子 選
赤べこの軽き頷きのどけしや    すみ江
朝刊に折り畳まれし寒気かな    恵美
幼子の道草を待つ春を待つ     とりこ
顔上げて笑ふ羅漢に初時雨     眞二
☆追羽子の空で一息ついて落つ   田鶴
打ち方により空に留まるようにして落ちる羽根の一瞬を「一息ついて」と表現されたことに共感しました。羽根突きをした頃の情景を懐かしく思い出します。

 

■島野紀子 選
門松の大仰にして人をらず     雅子
寒禽の声に磨かれ空の青      雅子
しぐるゝや歴史全集査定ゼロ    康仁
うら寂し二つ一つと冬灯消え    新芽
☆あいうえお表を片手に子は賀状  百花
懐かしく愛おしくそんな時あったなと。「お」のくるりが反対向きます。そばで教えられるときは意外に短い、楽しんでください。

 

■山田紳介 選
両の手に白菜双子の如く抱き    清子
秣食む瞳大きく息白く       あき
餅ふくらむひつくりかへりさうなほど 良枝
青空に剥がしてみたき冬の月    味千代
☆弟の彼女現る三日かな      味千代
ドラマチックな一句。正月に登場する彼女だから、将来を約束した仲でしょうか。家の者は皆あれこれと気を遣い、特にお父さんは一日中鏡ばかり見るかも知れない。何だか向田邦子のホームドラマみたいだ。

 

■松井洋子 選
弟の彼女現る三日かな       味千代
即発の犬引き離す冬帽子      雅子
弾初の息をゆたかに遣ひけり    良枝
追羽子の空で一息ついて落つ    田鶴
☆節穴の銃眼めける日向ぼこ    あき
銃眼という緊張感のある言葉を使いながら、のどかな縁側での日向ぼこを詠っている。板塀の節穴を銃眼に見立てるという遊び心が動くほどの上天気だったのだろう。

 

■緒方恵美 選
大仏のおん眼差しや初雀      眞二
寒梅や願ひ重なる絵馬の数     敦丸
御降の消えゆく海の暗さかな    依子
反り橋を仰ぎて渡る淑気かな    康夫
☆街の灯や冬夕焼を追ひ抜いて   新芽
冬の夕焼はたちまちに薄れてゆく。街の灯はそれ以上に一斉に点る。「追い抜いて」の措辞が、的確にその光景を捉えた写生句となっている。

 

■田中優美子 選
大仏のおん眼差しや初雀      眞二
雪ふはり私信ことりと届きけり   良枝
包丁を離さぬままに初電話     良枝
山茶花の袋小路に迷ひ込み     雅子
はつゆきの光をかへし冬の蝶    真徳
☆湯ざめして何の答も見つからず  真徳
入浴中、一日のあれこれや明日の不安をつい考える。風呂から上がって、湯ざめをするまで考えても、結局答えは出なかったけれど、それでも明日はやってくる。もどかしさと切なさを感じました。

 

■長坂宏実 選
友恋し友煩はし年の暮       朋代
とんど焼灰と捨てたき事ばかり   康仁
隣国は近くて遠し雑煮椀      実代
月光の忘れ物かも霜柱       眞二
☆図書館の蔵書検索冬深し     一枝
広くて人気のない図書館の様子が目に浮かびます。

 

■チボーしづ香 選
雪道を一途に通ひ四十年      範子
かるたとり坊主めくりに悲鳴あげ  一枝
ゆっくりと港へ入りぬ春の月    紳介
ばらばらに唄ふ園児や春近し    実可子
☆リモートの画面にお辞儀初講義  松井洋子
コロナで画面講義がここ一年余儀なくされているている今日この頃。画面にお辞儀する礼儀正しさが微笑ましいのと今の非常事態がよく読まれている。

 

■黒木康仁 選
かばかりを小声で囃し若菜粥    雅子
寒禽の声に磨かれ空の青      雅子
大仏のおん眼差しや初雀      眞二
薄氷のじわじわほぐれ十一時    すみ江
☆白鳥のひと掻き強し迫りくる   百花
白鳥伝説が思い浮かびました。何か意思があって近づいてきたかのような。

 

■矢澤真徳 選
ストーブ背に引つ詰め髪の女香具師 松井洋子
病み祓ひ日干し七種八分粥     敦丸
朝刊に折り畳まれし寒気かな    恵美
山茶花の袋小路に迷ひ込み     雅子
☆春風や声出して読む中也の詩   紳介
ふっと口から出てきたような中也の詩は、長い推敲の末の賜物だと言う。
そこに中也の才能があるのだろう。どこからともなく柔らかく吹く春風にも、作者は同じような印象を持たれたのかも知れない。

 

■奥田眞二 選
門松の大仰にして人をらず     雅子
弟の彼女現る三日かな       味千代
寒鴉河内弁でも習うたか      康仁
一面の雪いちめんの月明かり    恵美
☆起き出してともあれ母に御慶かな 優美子
幸せの情景が浮かびます。もしかすると介護をされているご母堂かもしれませんが、可愛がってくださった方にご挨拶、なにはともあれ、に優しさを感じます。

 

■中山亮成 選
寒卵こつん甘めの出し巻に     雅子
帰京する吾子へカレーを炊く三日  松井洋子
下校の子銀輪連ね日脚伸ぶ     一枝
風花や母の生家の在りし駅     実可子
☆熱燗を2合半と決め金曜日    康仁

明日休みで、飲みすぎないよう自重する可笑しさ、安堵した金曜日の風景が
感じられます。

 

■髙野 新芽 選
次の世に住む星捜す冬北斗     朋代
冬夕焼赤茜黄の緑青        味千代
曇天に小さき灯ともし冬桜     百合子
明らかに嘘の返事や冬木の芽    百花
☆弾かれざる黒鍵いくつ春隣    実代
ピアノの軽やかな音色と春への期待が伝わってきました。

 

■巫 依子 選
弟の彼女現る三日かな       味千代
餅ふくらむひつくりかへりさうなほど 良枝
積ん読の天辺に猫煤払ひ      雪
園庭に声のちらかる五日かな    実代
☆明らかに嘘の返事や冬木の芽   百花
目の前の景に、じっと冬の寒さを耐え忍んでいる木の芽という真(まこと)があるからこそ、今返された言葉の微かなブレに、それが明らかに嘘の返事だと気づいてしまう…。心にくい取合せの一句ですね。

 

■佐藤清子 選
数へ日の仕事さておきパイを焼き  朋代
涸沼の地肌の粘土赤らびて     亮成
野水仙活けて去来の二畳の間    恵美
ゆつくりと港へ入りぬ春の月    紳介
☆麻の葉の模様の刺し子冬籠    静
刺し子に夢中になって気がつくと家に籠もっていたのでしょうか。麻の葉のということはご家族の健やかな成長に願いを込めておられるのですね。刺し子している時の楽しさに共感します。

 

■西村みづほ 選
友恋し友煩はし年の暮       朋代
リモートの画面へお辞儀初講座   松井洋子
喰積をつつつき夫婦にはあらず   依子
つかの間は母でない我枇杷の花   百花
☆初句会猫にもらひし一句提げ   雪
「猫の句を詠んだ」と記述しないで、「猫にもらひし」とされたところが巧みだなと感心しました。「提げ」も懐に温めておられる景がよく表現なされていて素晴らしいと思いました。初句会のワクワク感や目出度さ、作者の気持ちも出ていて俳味があって感銘をうけました。
17文字すべて美しく季語もよく効いていて秀句と拝読致しました。
勉強させて頂きました。大好きな句です。

 

■水田和代 選
灯台の明滅著き去年今年      依子
冷たき手温めて襁褓替へにけり   実可子
ゆつくりと港へ入りぬ春の月    紳介
寒風に踏ん張る吾子の赤き靴    穐吉洋子
☆毛糸編むやうやく心整うて    栄子
毛糸を編んでいる最中に、予期しないことがあったのでしょうか。ようやくで時間の経過がわかります。

 

■稲畑とりこ 選
包丁を離さぬままに初電話     良枝
猫の足よぎりし譜面弾き始む    実代
指十本もてぴしぱしとずわい蟹   杏
行儀よく犬も並びて初詣      道子
☆初日記赤字で記する備忘欄    道子
何かとても大事なあるいは嬉しいことを書いたのでしょう。色を描いただけなのに、内容まで想像できる素敵な句だと思いました。

 

■稲畑実可子 選
電線の影ひつそりと冬田かな    優美子
水道管破裂をちこち寒の入     依子
初詣孫に借りたるお賽銭      杏
大寒や波蹴立て来る警戒船     実代
☆さくら色の通知のうすく春隣   実代
届いたのはさくら色の薄い封筒。なにかよき知らせだったことが伝わってきます。一句を通しての淡い色合いに、静かに湧き上がる喜びと、新生活への不安と期待が滲みます。

 

■梅田実代 選
赤べこの軽き頷きのどけしや    すみ江
食べ終へし大皿の如古暦      康夫
整へる二重叶結や雪催       実可子
春遅々と仕掛絵本のかちと閉じ   とりこ
☆弾初の息をゆたかに遣ひけり   良枝
楽器を弾く上で呼吸は大切です。演奏の主役ではない息に焦点を当てたこと、それをゆたかに遣ったという表現に惹かれました。

 

■木邑杏 選
両の手に白菜双子の如く抱き    清子
どんど火の風打ちはらひ打ちはらひ 依子
朝刊に折り畳まれし寒気かな    恵美
横町の薄き箒目淑気満つ      松井洋子
☆初春の乳歯のごとき白さかな   とりこ
真っ白な乳歯は生命に満ち溢れている。初春を迎える喜びもまた。

 

■鎌田由布子 選
雑踏を縫つて真赤なショールかな  範子
二条より上は雪らし寒の雨     みづほ
短日や獣道めく女坂        栄子
行儀よく犬も並びて初詣      道子
☆初雪や東茶屋街石畳       杏
初雪に日ごろの喧騒がかき消された東茶屋街が目に浮かぶようでした。

 

■牛島あき 選
この町に四半世紀や初御空     静
初凪や置きたるごとき富士の山   眞二
天網のつひに破れたる夜の雪    松井洋子
目の覚めるやうな白飯はや三日   朋代
☆夜半の冬ヘッドライトが道描き  新芽
ヘッドライトに照らし出されて道が現れる。寒さを感じながら目を凝らして運転する集中力が伝わってきた。

 

■荒木百合子 選
白鳥のひと掻き強し迫り来る    百花
両の手に白菜双子の如く抱き    清子
御降の消えゆく海の暗さかな    依子
日脚伸ぶ夕方よりの畑仕事     和代
☆寒禽の声に磨かれ空の青     雅子
冬空の美しい青さには唯々見入ってしまいますが、あれは寒禽の声が磨いているのだとおっしゃるのですね。空の青が一層魅力的になります。

 

■宮内百花 選
弟の彼女現る三日かな       味千代
冷たき手温めて襁褓替へにけり   実可子
湯気立てて島の嫗の頼もしき    栄子
女正月橋を渡れば旅のごと     栄子
☆寒禽の声に磨かれ空の青     雅子
身の引き締まるような冷たい空気を震わす、雄鶏の明けの鋭い鳴き声。
その声に空が磨かれ、一層青さを増していくという表現の巧みさや捉え方に大変惹かれました。

 

■穐吉洋子 選
悴みてまた履歴書を破りけり    優美子
初日射したる本棚の無門関     康夫
猫だけが自由に外出ロックダウン  しづ香
下校の子銀輪連ね日脚伸ぶ     一枝
☆秣食む瞳大きく息白く      あき
今年は丑年、酪農家で牛を飼っている人でなければ中々読めない句、牛に対する愛着も良く表れていると思います。

 

◆今月のワンポイント

「大景を詠む」

絵に静物画、人物画、風景画など、さまざまなジャンルがあるのと同じで、俳句にも人事句、叙景句、行事の句といった、複数のジャンルがあります。どれが良いかという優劣はつけられませんが、最近は大景を詠んだ句が少なくなっているという声をよく耳にします。大景を詠んだ句とは、「荒海や佐渡に横たふ天の川(芭蕉)」や「駒ヶ岳凍てて巌を落しけり(前田普羅)」などが、好例です。名句と言われるだけあって、格調が高く、しかも鮮やかな情景再現力が素晴らしいです。今月の特選句には、大景を描いて、しかも緊張感を失わない作例がいくつかありました。曰く、「初メール沖にいますと返信来」、「二条より上(かみ)は雪らし寒の雨」、「凧揚げの鴟尾より高く上がりけり」。いずれの句も、1点を起点に空間の広がりが豊かに感じられます。以下は私見ですが、大景に接すると、人は謙虚に、敬虔になります。知らず知らずのうちに本質をつかむ訓練ができます。結果、無理・無駄のない端正な句姿が生まれます。皆様の俳句のジャンルの一つとして、大景を詠むことをお勧めします。(中田無麓)

◆特選句 西村 和子 選

角打ちの足早に去る師走かな
緒方恵美
(角打ちの足速に去る師走かな)
【講評】「角打ち」とは、酒屋さんの店頭に設けられた立ち飲みスペースで、一杯ひっかけることを意味します。「かくうち」と読み、清酒が樽で流通されていた頃からある古い言葉ですが、粋な飲み方として再び注目されたのは、近年のことだと思います。そのため語感としては新しく、鮮度の高い句材と言えましょう。蓋し、師走の季感に適う行為であると思います。
この句の良さは、情景再現力が豊かなことにあります。店内の佇まい、客や店主の顔つきや話題、飲んでいる酒の種類など、様々なことに想像がふくらみます。切羽詰まった時期のそれぞれの人間模様が描けています。(中田無麓)

 

小三治の噺に惚れて葱鮪鍋
奥田眞二
【講評】飄飄とした味わいのある小三治師匠の、およそ面白くもないような表情と庶民的な葱鮪鍋が、絶妙なバランスで響き合っています。関西人の筆者には憧れでもある、「江戸の粋」の滲み出た、味わいがあります。
一句の中で注目したいのは「惚れる」という動詞です。一般に俳句の中では、過度に感情の先走った言葉は、避ける方がいいと言われます。「言いおほせて何かある」の範疇に含まれるからです。
下手に使うと「ド演歌」になってしまう危うさを持った言葉が生きているのも、「江戸の粋」という一句のコンセプトに忠実だからこそです。その意味で「惚れる」という言葉を用いることは巧みだと言えます。
因みに小三治師匠は「土茶(どさ)」の俳号を持つ俳人でもあります。
(中田無麓)

 

とどまればそこが故郷浮寝鳥
緒方恵美
【講評】一見、眼前の「浮寝鳥」の様子を写生しただけのように見えて、実はその内側に、時空の重層の厚みを感じさせる一句になりました。
「とどまればそこが故郷」とは、日本人なら、誰もが一度はあこがれる境地でしょう。西行、蕉翁を先達として、山下清画伯、そしてフーテンの寅さんに至るまで、さまざまな人とその境涯が思い浮かびます。そして、浮寝鳥もまたそんな風狂の境地の住人である、という思いに至るに及んで、ほのかな俳味が滲み出てくるのもこの句の魅力です。
(中田無麓)

 

突然に娘来て去る十二月
小野雅子
【講評】巧みなのが中七です。シンプルこの上ない叙述の中に、いろいろな想像がふくらんできます。
娘さんはおそらく、1分とて留まらなかったのでしょう。忙しい年末、お互いにゆっくりする暇などないはずです。そこをおして、せめて顔だけでも出そうという気持ちが伝わってきます。一瞬でも元気な顔を見せることこそ親孝行。一見、ぶっきらぼうに見えて細やかな愛情表現と受け止めました。「来て去る」という、愛想もなにもない表現が、かえって一句の完成度を高めていることも巧みです。(中田無麓)

 

ふはふはのパーマもふもふのセーター
巫 依子
【講評】一見してわかるように、技巧を尽くした一句です。ひらがなのオノマトペ、カタカナ語のリフレインで、言葉の構造美が生まれました。二句一章の句姿に、一分の隙もありません。
でもこの句の裏側に隠れているのは、暖かな字面とは裏腹の心象風景です。ふわふわ、もふもふの何かで鎧わなければならない何らかの事情も垣間見えてきます。パーマにセーターを合わせたのか、セーターにパーマを合わせたのか、どちらが先かはわかりませんが、過剰とも思える「暖かさの演出」の裏に、若干の危うさが含まれているような…。些か深読みに過ぎるとそしりも免れないとは思いますが、筆者はそのように解釈しました。(中田無麓)

 

街中の空気の重く十二月
千明朋代
【講評】昨年の歳末風景はまさしくそうでしたね。その雰囲気を、何一つ飾ることなく、「空気が重い」とそのまま有体に伝えたところが、この句の真骨頂と言えます。
一般に、十二月と言えば、忙しくも華やかなイメージを思い浮かべることが多いでしょう。それはそうなのですが、先の戦争の開戦日も十二月ですし、ケネディ暗殺も十一月の下旬でした。そして、年によっては、月別死者数が最も多くなる月でもあります。
そういうあれやこれやがオーバーラップしてくるところにこの句の深みがあります。そこに単に疫禍に留まらない普遍性が獲得できています。師走や極月ではなく、淡々と十二月と語っていることも凄味です。(中田無麓)

 

落日や枯野の果ての風車群
山内 雪
【講評】オランダかスペインあたりの海外詠とも、国内の風力発電の風車群とも、一句からは二通りの絵が浮かび上がってきますが、いずれにしても大景を描いて間然するところがありません。昨今、このような句柄の大きな句は貴重です。因みに筆者は、サロベツ原野にあるような、壮大な風車群をイメージしました。
風力発電の風車は、人間のスケールを超越した構造物です。単なる人工物の範疇を超え、神話の神々のような畏怖さえ感じます。そういった卓越した存在感を原野に置くことにより、黙示録のような世界観を読み手に示唆してくれています。その意味でも季題の「枯野」は雄弁です。(中田無麓)

 

とくと見る欄間の天女煤払ひ
森山栄子
【講評】いつも身近にありながら、普段は注意を払うこともない…。欄間等その最たるものでしょう。もちろんそこに天女が在しますことなど、はなから知りようもないケースも多いでしょう。年に一度そこへの橋渡しをするのが季題の「煤払ひ」です。一句の目線誘導が自然で、無理・無駄がありません。
「忙中閑あり」を端的に切り取った手際が鮮やかであるとともに、そこはかとなくとぼけた俳味があることがこの句の持ち味です。大阪弁で言えば「忙しいんか閑なんか、どっちやねん?」というツッコミを入れたくなる、上質な笑いの成分が含まれていることも魅力です。(中田無麓)

 

水鳥の百の矢印水脈曳いて
小野雅子
【講評】水鳥の存在を矢印と捉えた、比喩が絶妙です。もっとも受け取り方は様々で、水鳥の陣形とも、一羽ごとの形態とも、足の形状とも、読み手によって異なるでしょう。ただ、そんな解釈の違いを払拭して、共通して言えることは、水鳥の指向性です。渡りの方向、水面の雁行陣、一定の方向をひたむきに目指している姿が、即ち矢印なのだと思います。作者の本意かどうかは定かではありませんが、この比喩が形而下から形而上に躍り出た時、水脈もまた形而上の新たな意味を獲得します。
このような些か穿った見方をせずとも、この句を字義通りに解釈すれば、高みから見下ろした、スケール感のある一句になります。渺渺とした琵琶湖の湖面に、無数に浮かぶ鴨の陣。端正で大きな句柄には、読み手をして句世界に誘なってくれる描写力があります。(中田無麓)

 

スパイスティーきりり芝生の霜きらり
田中優美子
【講評】対句表現が見事に決まった一句です。しかも、味覚の「きりり」と視覚の「きらり」をわずか一字の違いで表現し分けた鋭敏な言語感覚が素敵です。
二句一章仕立ての句ですが、「スパイス」と「芝生」のS音の韻を踏んでいることも、一句を音読して心地よい理由の一つです。
ついつい技法に目が行きがちですが、この句が素晴らしいのは、時間と空間を具体的に説明することなく、描写できているところにあります。霜ですから時間帯は朝、「きらり」から天気は晴れ、窓越しに見ている作者は、暖かい部屋でお茶を楽しんでいる…。こういった情景が無理なく想像できます。どれだけのことを「モノ」に語らせるか…。作句の重要な眼目の一つです。(中田無麓)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

( )内は原句

毛糸編む母の十指のやはらかし
小山良枝

ふる里はストーブ列車走る頃
小野雅子

たれもかも攫はれ独り冬茜
箱守田鶴
攫ふとは、鬼籍に入った人を指すメタファーと受け取りました。さまざまなもの、こと、ひとを失い続ける年代の心象を、冬茜が的確に言い留めています。

窓を開け頬を冷まさむクリスマス
巫 依子
(窓を開け頬を冷まさむ聖夜かな)

降る雪や橋でつながる過疎の村
山内 雪
(降る雪や橋でつながる過疎二つ)
モノクロームの風景が鮮明に脳裏に浮かびます。原句の下五は、「過疎二つ」でしたが、些か抽象的です。実体のあるものに置き換える方が、イメージはよりくっきりとしてきます。

羽撃きてのちは悠然鶚舞ふ
藤江すみ江

クリスマスイブの車内の芳しき
長坂宏実
句意はいたって明瞭。情景再現性の高い一句です。注目したいのは「芳しき」です。香りや匂いが良いという意味だけではなく、美しいという意味にもなります。ビビッドなクリスマスカラーはもちろん、「今宵会うひとみな美しき」に通じるものがあります。

還暦と米寿の母娘たぬき汁
西村みづほ

ポインセチア昼の数だけ夜のあり
小山良枝
(昼の数だけ夜のあるポインセチア)

寒鴉悠々と飛び里を出ず
松井洋子

ビル谷間掛軸の幅寒オリオン
鏡味味千代
(ビル谷間掛軸のごと寒オリオン)
ビルの谷間を掛け軸と捉えた比喩が秀逸です。宵の口か明け方の景ですね。掛け軸の幅にちょうど収まった、三ッ星が無機質のビル街の格好のアクセントとして効いています。

打ちて消すハートの絵文字クリスマス
田中優美子
(打ちては消すハートの絵文字クリスマス)

除夜の鐘ローストビーフ焼ける頃
奥田眞二
(ローストビーフ焼ける頃なり除夜の鐘)

コスモスに山風遊ぶ遠野かな
深澤範子
(コスモスに遊ぶ山風遠野郷)

丼の縁欠けしまま去年今年
鏡味味千代
(丼の縁欠けてをり去年今年)

地球儀の青剥げてをり冱ててをり
田中優美子

セロリ食ふいちばん大きな音立てて
山田紳介
(セロリ食ぶいちばん大きな音立てて)

スケジュール増えては減りし師走かな
森山栄子

冬の川乾び水音いづこより
松井洋子

お燈明あげればかすか除夜の鐘
奥田眞二

初時雨あけぼの杉のほの明し
森山栄子

踏みしめて小気味良きかな霜柱
中山亮成

大作の点訳仕上げ十二月
長谷川一枝

大方はうつ伏してゐる落葉かな
三好康夫
(大方のうつ伏してゐる落葉かな)

初雪にして本降りとなりにけり
山田紳介

月を得て雪山ひとつ抽んでて
緒方恵美
(月を得て雪山ひとつ抽んづる)

荒らかに竹竿振つて柚子落とす
佐藤清子
(荒らかに竹竿振つて柚子落とし)

揚羽子や元禄袖の蝶のごと
西村みづほ

クリスマス星の煌めく音に似て
鏡味味千代
(ク・リ・ス・マ・ス星の煌めく音に似て)

短日の屋上庭園日の溢れ
中山亮成

ふた言目こそ本音なれ室の花
田中優美子
自然のようでどこか人工的な、そして常に仮面をかぶっているような室の花。その本質に迫る配合が魅力的な一句になりました。

来る人を待つあてもなく椿挿す
千明朋代
(来る人を待つあてもなく挿す椿)

出来ないと言ひ訳ばかり闇夜汁
長谷川一枝

園児等へ絵本貸し出し冬あたたか
飯田静

どんぐりを五つ数へて窓に置く
深澤範子

悴みて指消毒の列につく
山内 雪

病院に呼び出されけり冬夕焼
黒木康仁
(病院に呼び出され見る冬夕焼)

屋根裏の足音微か冬ごもり
チボーしづ香
(屋根裏の微かな足音冬ごもり)

窓ガラスさつと一拭き冬夕焼
長坂宏実

新酒酌むネット句会に託けて
佐藤清子
(託けてネット句会に新酒酌む)

インバネス翻るとき翳放ち
小山良枝

クリスマスイブの銀座の鴉かな
奥田眞二
(クリスマスイブの銀座のからすかな)

籠りゐし日々の空欄古暦
松井洋子

寒波来告ぐや船内アナウンス
巫 依子

冬星座見んとてしかと身ごしらへ
長谷川一枝
(冬星座見んとてしかと身繕ひ)

カレンダーゆつくり外し年惜しむ
奥田眞二

まとめ髪帰りは解いて冬菫
森山栄子

東天へ始発機光る霜の朝
松井洋子
大景を詠んで、しかも切れ味の鋭い一句。透徹した空気感も素敵です。

雑踏にケーキを買つてクリスマス
中山亮成
(雑踏でケーキを買つてクリスマス)

歳問はれそうか喜寿かと小六月
長谷川一枝

作業場はかつて繭倉藪柑子
飯田 静

忌籠りのはずが入院とは寒し
山内 雪

雪催バックミラーに救急車
島野紀子

つつぬけの冬空骨のごと機影
矢澤真徳

故郷より文左衛門の箱みかん
西村みづほ

おでん薄味東男に嫁げども
小山良枝

鐘楼を囲む高張り年用意
箱守田鶴

聞き返すマスクの医師の診断を
長谷川一枝
(マスク越し医師の診断聞き返す)

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選
数へ日や急な点訳頼まれて     一枝
揚羽子や元禄袖の蝶のごと     みづほ
屋根裏は子等の隠れ処竜の玉    静
作業場はかつて繭倉藪柑子     静
☆とくと見る欄間の天女煤払ひ   栄子
煤払いをしたことで、今まで間近に見たことのなかった欄間の天女をじっくり見ることが出来たのでしょう。楽しい煤払いですね。

 

■山内雪 選
寒鴉悠々と飛び里を出ず      洋子
月を得て雪山ひとつ抽んでて    恵美
白足袋のやうなひとひら山茶花散る 栄子
雪催バックミラーに救急車     紀子
☆クリスマスイブの銀座の鴉かな  眞二
銀座という場所の何を詠むか、それが鴉である所に惹かれた。

 

■飯田静 選
降る雪や橋でつながる過疎の村   雪
山眠る図書館蔵書の息遣ひ     田鶴
ふる里はストーブ列車走る頃    雅子
剃りあげし頭並びて御講凪     雅子
☆籠りゐし日々の空欄古暦     洋子
昨年は誰もが不毛かつ不安な一年を送りましたが。空欄という語がそれを物語っていると思いました。

 

■鏡味味千代 選
鯛焼の赤信号にさめゆきぬ     良枝
鋸の音返しくる冬の空       田鶴
始めるも辞めるも迷ふ年の内    宏実
ふた言目こそ本音なれ室の花    優美子
☆剃りあげし頭並びて御講凪    雅子
絵葉書のような句だと思いました。実際は違うのでしょうが、一人一人いろいろな表情をした御住職達が並んでしるような、、御講凪という季語でこんなにユーモラスな句ができるのですね。

 

■千明朋代 選
日の遠き庭の一枝冬紅葉      和代
クリスマス星の煌めく音に似て   味千代
月を得て雪山ひとつ抽んでて    恵美
また言葉足らずね君は室の花    優美子
☆除夜の鐘ローストビーフ焼ける頃 眞二
おいしそうな香りが漂ってきました。

 

■辻 敦丸 選
植替へて華やぐ鉢や年用意     道子
コロナ禍の帰る子を待ち布団干   洋子
剃りあげし頭並びて御講凪     雅子
落ちるまじ力込めたる冬紅葉    朋代
☆彫り深き忠魂碑あり朴落葉    康夫
何処の何方の碑か、寂寞感ひしひしとあり。

 

■三好康夫 選
数へ日や急な点訳頼まれて     一枝
聞き返すマスクの医師の診断を   一枝
インバネス翻るとき翳放ち     良枝
冬日さす柱の傷の深さかな     良枝
☆雑踏にケーキを買つてクリスマス 亮成
雑踏の中での自分の行動、自分の生活がきちんと詠まれている。

 

■森山栄子 選
ポインセチア昼の数だけ夜のあり  良枝
小麦粉に力いろいろ冬籠      良枝
鋸の音返しくる冬の空       田鶴
今生の選ばざる道枯木星      依子
☆地球儀の青剥げてをり冱ててをり 優美子
古くなった地球儀を見るうちに、あたかも地球を俯瞰しているような感覚をおぼえたのではないだろうか。日常から大景へと観念が大きく移動する様に魅力を感じた。

 

■小野雅子 選
クリスマス星の煌めく音に似て   味千代
角打ちの足早に去る師走かな    恵美
月を得て雪山ひとつ抽んでて    恵美
白鳥のいつも横向きなる孤高    恵美
☆屋根裏の足音微か冬ごもり    しづ香
身にしむ冬ごもり。そんな中屋根裏で微かな足音が、もしかして座敷童?春が待たれます。

 

■長谷川一枝 選
角打ちの足早に去る師走かな    恵美
この小路七戸三人きり霜夜     紀子
秋風や父と見紛ふベレー帽     範子
年賀欠礼寂しさやつと追ひつきて  味千代
☆発条の遺愛の時計冬銀河     静
ゼンマイ時計のカチカチ微かな音と、チカチカ瞬く冬銀河が響き、亡き人と交流しているように思いました。

 

■藤江すみ江 選
毛糸編む母の十指のやはらかし   良枝
植替へて華やぐ鉢や年用意     道子
黒々と光る新海苔今朝の膳     範子
雪虫や祖母の秘めたる恋を知り   味千代
☆秋風や父と見紛ふベレー帽    範子
私にも現実よく起こる事を 季語の秋風を生かし 上手に詠まれていると思います。

 

■箱守田鶴 選
風花の気のむくままに旅をして   新芽
毛糸編む母の十指のやはらかし   良枝
連弾の兄を泣かせてクリスマス   良枝
クリスマスイブの銀座の鴉かな   眞二
☆除夜の鐘ローストビーフ焼ける頃 眞二
ローストビーフの仕上がりと除夜の鐘を重ねる余裕、こんな大晦日をすごしたい。
お洒落な年の暮ですね。

 

■深澤範子 選
短日の屋上庭園日の溢れ      亮成
露天湯の内輪話や冬の月      道子
寒禽の口遊むやう歌ふやう     雅子
雪催バックミラーに救急車     紀子
☆小麦粉に力いろいろ冬籠     良枝
コロナで家に籠ることの多いこの頃。小麦粉を使った料理、パンやデザートを作ることも多くなっていることでしょう。小麦粉にも薄力粉、中力粉、強力粉とかいろいろありますよね?日常の何気ないところをピックアップして詠まれたところが素晴らしいと思いました。

 

■中村道子 選
降る雪や橋でつながる過疎の村   雪
ふる里はストーブ列車走る頃    雅子
毛糸編む母の十指のやはらかし   良枝
上州はかかあ天下ぞ根深汁     栄子
☆夜の闇ちよつとそこまでちやんちやんこ 宏実
寒い冬に暖かく動きやすいちゃんちゃんこは私も愛用しています。着替えるのも面倒だしすぐ近くだから。暗い夜なら知った人にも会わないだろうと、そのまま出かける。
ちゃんちゃんこの親しみやすい感じが出て楽しい句だと思いました。

 

■島野紀子 選
突然に娘来て去る十二月      雅子
鯛焼の赤信号にさめゆきぬ     良枝
始めるも辞めるも迷ふ年の内    宏実
出来上がり三時と書きて石焼藷   田鶴
☆還暦と米寿の母娘たぬき汁    みづほ
長寿日本の景、たぬき汁がとぼけていて和やか。
先日母上も娘さんも後期高齢者という保険証2枚を見てつくづく長寿国だと実感。

 

■山田紳介 選
連弾の兄を泣かせてクリスマス   良枝
インバネス翻るとき翳放ち     良枝
どんぐりを五つ数へて窓に置く   範子
ふはふはのパーマもふもふのセーター 依子
☆クリスマスもつを煮立たせ罪深く 依子
ケーキでも七面鳥でもなく、黙々ともつを煮込む。この季節行事が明るければ明るい程、自分には馴染めないと思っている人は多いのかも・・。

 

■松井洋子 選
冬ざるる作者無慈悲に死を与へ   味千代
突然に娘来て去る十二月      雅子
インバネス翻るとき翳放ち     良枝
聞き返すマスクの医師の診断を   一枝
☆ふるさとの新聞解いて冬林檎   栄子
真っ赤な林檎を包んでいた故郷の新聞。思わず手に取り、懐かしい地名の載った紙面に
見入ってしまう。その時の喜びを冬林檎がよく表している。

 

■緒方恵美 選
ビル谷間掛軸の幅寒オリオン    味千代
落日や枯野の果ての風車群     雪
気に入りのピアスまた失せ十二月  依子
籠りゐし日々の空欄古暦      洋子
☆降る雪や橋でつながる過疎の村  雪
上五の「降る雪や」は草田男の名句でお馴染みだが、続く中七・下五の何気ない言い回しが良く、まるで小津映画のワンシーンを観ているような情感の漂う写生句に仕上がっている。

 

■田中優美子 選
ポインセチア昼の数だけ夜のあり  良枝
ふるさとの新聞解いて冬林檎    栄子
丼の縁欠けしまま去年今年     味千代
初雪にして本降りとなりにけり   紳介
☆今生の選ばざる道枯木星     依子
もしもあのとき別の道を選んでいたら……。そんな、誰にでもある後悔を滲ませながらも、枯木の合間から見える星の明かりが、やはり自分の選んだ道はこれでよかったのだと諭してくれている句だと思いました。

 

■長坂宏実 選
ひとところ定まらず浮く柚子湯かな 優美子
鯛焼の赤信号にさめゆきぬ     良枝
独り居の集ふリモートクリスマス  依子
村中の人動き出す四温かな     和代
☆露天湯の内輪話や冬の月     道子
他の人がいない露天風呂で内輪話をひっそりとしている様子が浮かんできます。

 

■チボーしづ香 選
窓ガラスさつと一拭き冬夕焼    宏実
パソコンを閉ぢることなく聖夜明け 依子
反古を焚く朱文字ひときは年惜しむ 恵美
収まらぬ疫病に倦みて冬籠     洋子
☆一文字の五本括らる百八円    敦丸
スーパーで目に飛び込んできた様子が浮かび上がるシンプルでとても良い句。

 

■黒木康仁 選
降る雪や橋でつながる過疎の村   雪
侘助や障子に映る薄明かり     亮成
マスクからはみ出した目のきらきらと 田鶴
晩年を渡船の船長冬うらら     洋子
☆雪虫や祖母の秘めたる恋を知り  味千代
祖母の遺品を整理していたのでしょうか。雪虫に祖母の霊を感じました。

 

■矢澤真徳 選
毛糸編む母の十指のやはらかし   良枝
鯛焼の赤信号にさめゆきぬ     良枝
ふるさとの新聞解いて冬林檎    栄子
秋風や父と見紛ふベレー帽     範子
☆マスクからはみ出した目のきらきらと 田鶴
街に出ても会うのはマスクの人ばかり。目と耳しか出ておらず、どれも同じような顔かと思いきや、特に目は、その人の顔を想像させるに十分な情報を持っている。「はみ出した」とあるから子供か女性なのだろう。マスクをすればいたずらっ子の目は余計に光るし、マスクをしても美人は美人、なのだ。

 

■奥田眞二 選
冬ざるる作者無慈悲に死を与へ   味千代
年賀欠礼寂しさやつと追ひつきて  味千代
露天湯の内輪話や冬の月      道子
雪催バックミラーに救急車     紀子
☆反古を焚く朱文字ひときは年惜しむ 恵美
習字の朱筆添削であろうか。火に舞うひと時に一年回顧の思いが伝わる。

 

■中山亮成 選
降る雪や橋でつながる過疎の村   雪
打ちて消すハートの絵文字クリスマス 優美子
まとめ髪帰りは解いて冬菫     栄子
東天へ始発機光る霜の朝      洋子
☆作業場はかつて繭倉藪柑子    静

繭倉後ですから、古い建物ですが今も作業場として使っている。昔から今も続く人の営みが受け継がれる。藪柑子の控え目な雰囲気と相まってさびを感じます。

 

■髙野 新芽 選
日のあたる落葉の海を手に掬ふ   康夫
日溜りの吐息かすかな冬の蜂    敦丸
とどまればそこが故郷浮寝鳥    恵美
落日や枯野の果ての風車群     雪
☆海鳥を雲を滲ませ波の花     良枝
波の花という表現で、情景への想像を掻き立てられました。

 

■巫 依子 選
ふる里はストーブ列車走る頃    雅子
発条の遺愛の時計冬銀河      静
月を得て雪山ひとつ抽んでて    恵美
年賀状ポストに落つる音重き    宏実
☆籠りゐし日々の空欄古暦     洋子
コロナ禍の年の思い出の一句とも。空白ではなく空欄。わざわざ書き留める程のことは無かったかもしれないけれど、そこにも確かに日々の営みはあり、決して空白の日々では無い。

 

■佐藤清子 選
雪催義母の言の葉とがりたる    紀子
忌籠りのはずが入院とは寒し    雪
作業場はかつて繭倉藪柑子     静
母の声母の香りの黒コート     範子
☆月を得て雪山ひとつ抽んでて   恵美
月が出てきて雪山にかかった映像が想像できて美しさに感動しました。
「得て」と「抽んでて」の使い方が心地良く感じました。

 

■西村みづほ 選
クイーンの音量上げて師走入り   清子
言の葉を凍る指先にて綴る     新芽
独り居の集ふリモートクリスマス  依子
作業場はかつて繭倉藪柑子     静
☆落日や枯野の果の風車群     雪
琵琶湖に向かって並ぶ風車の景が浮かびました。風車の白や落日の枯野の色、よく見えてきます。

 

■水田和代 選
植替へて華やぐ鉢や年用意     道子
初時雨あけぼの杉のほの明し    栄子
作業場はかつて繭倉藪柑子     静
まとめ髪帰りは解いて冬菫     栄子
☆また言葉足らずね君は室の花   優美子
私がいつも思うことを句にされていて、一番に選びました。室の花がいいですね。

 

◆今月のワンポイント

「直喩と暗喩」

どちらも比喩ですが、「ごと」、「似て」、「さながら」などを用いて、例えるものと例えられるものの関係を明らかにする修辞法を直喩と呼びます。一方、そういった語を用いずに例えるのを暗喩(もしくは隠喩)と呼びます。
俳句で比喩の句は無数にありますが、多くは直喩です。直喩はわかりやすいのですが、言葉と言葉の間の緊張感が緩むという難点もあります。それでも、通じないのではという不安を払拭するために、どうしても直喩にしてしまうのです。
ただ、「ごとく」を外してみても案外一句の意味は通じるものです。言葉の切れ味が鋭く、力のある暗喩の効果を活かせられるものです。全部が全部ではありませんが、可能な句には、「ごとくを外す」という試みを実践してみましょう。(中田無麓)

◆特選句 西村 和子 選

母が袖持ちて御手洗七五三
三好康夫

【講評】シーンの切り取りがとても鮮やかです。歌川広重の江戸百のような、大胆な構図も魅力的で、袖の文様まで鮮やかに見えてきます。観察眼が行き届いています。一句の焦点が絞り込まれ、情景再現性が高いです。一般に七五三の句は、周囲の情景を盛り込みすぎて、印象散漫になりがちな傾向がありますが、その点でも潔い句になりました。(中田無麓)

 

木守や薄くなりたる母の肩
松井洋子

【講評】「木守」の季題がとても効果的に用いられています。徐々に萎え、錆色を深めてゆく姿を、ご母堂に重ね合わせたところに、深い慈愛の目が注がれています。句中、”薄い”という形容詞に注目しました。普通、薄いと言えば胸板を想像しますが、それを肩に用いることで、鎖骨あたりの筋肉まで、思いが至ります。蓋し、独創のある用い方と言えましょう。(中田無麓)

 

枯はちす往生際といふをふと
小野雅子

【講評】枯蓮から受ける印象は、人によって大きく異なります。ある人は潔いと感じる反面、ある人は刀折れ、矢尽きた無念のさまを感じ取ります。大方は、自らの感覚に引き寄せて、その見方で一句にしますが、この句は、その見方が偏らないところに独創があります。一段高いところから観察した上での客観性が光っており、そこがこの句を怜悧にしています。テクニカルな面では、「往生際」という強い言葉の後を「いふをふと」と穏やかな和語で引き取っているところが巧みです。(中田無麓)

 

北窓の光を好み一葉忌
森山栄子

【講評】夭折の文豪の慎み深い生涯が「北窓の光」に余すところなく、表現されています。美しく儚い光の有様がレンブラントの絵のようで、聖なる感覚まで引き起こされます。忌日の句は、往々にして季感に乏しくなりがちですが、季重なりになることなく、一葉忌の頃の季感が一句に滲み出ています。一句の言葉の選択にも、一切の無理、無駄がなく、句姿も非常に端正です。(中田無麓)

 

ベランダに立待月の二人かな
深澤範子

【講評】十六夜、立待、更待と一夜ごとの月の変化を詠み分けることは至難の業ですが、掲句は、立待らしさが活かされています。その一因は、ベランダというそれほど広くはない空間にあります。十五夜ほど満を持して対峙するものではなく、月の出にふと気が付けば、たまたま立待だった。そんなさりげなさが季題に適っています。二人の関係も、そんなさりげない阿吽の呼吸があるようで、素敵な一句になりました。(中田無麓)

 

正面にいつも父をる炬燵かな
小山良枝

【講評】解釈が分かれる句ではあります。「父」を家父長制下の尊厳あるものと受け取れる反面、行き場所とてない邪魔な存在と捉えることも可能です。その両義性を包含しながら掲句が力を持つのは、曖昧ではあっても圧倒的な存在感を放つ「父」に対しての作者の敬慕が現れているからです。その所以は季題の「炬燵」にあります。日本独特の曖昧な暖房具は、家族の象徴とも言えます。そう考えれば、「父」を通じて家族史を詠んでいるのでは? という思いに至りました。平明な詠みぶりのなかに時間的な重量が読み手の胸に迫ってきます。(中田無麓)

 

落葉道さらに落葉の降りしきる
山田紳介

【講評】平明、簡潔な写生に徹して、言葉に無理・無駄がありません。句の主題が夾雑物のない一景に収斂され、間然するところがありません。が、掲句の良さは写生に留まりません。心象風景としての「落葉道」とは、言わば心の澱を溜めた道。快くないあれやこれやが重なる時勢、季節にあって、落葉は決して、客観的な事物に留まってはいないはずです。(中田無麓)

 

青空といふほどでなく冬桜
小山良枝

【講評】「冬桜」の咲くころの気候のありようが、さらりとした詠みぶりの中に的確に表現されています。碧空に咲き誇る桜ではなく、慎ましやかな「冬桜」には、はんなりとした諧調のある空模様こそ似合います。掲句で注目したいのは一句の呼吸の豊かさです。17音のうち10音が、のびやかな響きのa音とo音で占められています。そこに明るさが生まれ、一句の情趣をより深いものにしています。(中田無麓)

 

冬めくや散歩の夫の背小さし
中村道子

【講評】夫婦の立ち位置に注目しました。夫の背が見えているとは、妻が数歩遅れて歩んでいるということですね。ここから、作者の年代、世代、そしてその佳き一面も垣間見えてきます。「背小さし」と感じたほんの一瞬に、夫婦の長い年月も感じられます。変化へのちょっとした戸惑いが「冬めく」という行き合いの微妙な季節感と呼応して、味わい深い一句になりました。(中田無麓)

 

上方の言葉やはらか年暮るる
箱守田鶴

【講評】自らの感じたことを素直に詠めば佳句になる、という見本のような一句です。一句に格段のことは語られ知ませんが、はんなりとした風情の中に、心を遊ばせていることが中七から明瞭に見えてきます。音韻も一句を通じてやわらかく、上方といういささか古風な言い回しと相まって、安息が感じ取れます。(中田無麓)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

( )内は原句
下り梁掛けてひとしほ水青し
森山栄子
(下り梁掛けてひとしほ水の青)

顔ほどの大きな梨の届きけり
深澤範子

菰巻や草加松原六百本
箱守田鶴

北へ北へバイクを飛ばし冬の海
巫 依子
(北へ北へバイク飛ばし冬の海)

菊くべて残り香淡く立ちにけり
中山亮成

新しき橋の架かれる枯野かな
山内雪

手水鉢空を映して冬に入る
緒方恵美

立山を見晴らすカフェや冬に入る
飯田 静

実南天雨の雫をつなぎたり
小山良枝

(実南天雨の雫をつなぎとめ)
実南天の赤と雫の透明感の色彩の対比が美しい一句です。下五「とめ」と静止状態で収められていますが、ここは、流れる状態のまま、一句を収める方が美しいでしょう。

大銀杏降る万の葉の無音かな
深澤範子

(大銀杏降る万葉の無音かな)

秋の日の木斛の葉を磨き上げ
中山亮成

(秋の日の磨き上げたる木斛の葉)
やがて落葉となる木斛の最後のきらめきを詠んで、深い感懐があります。原句では、修飾・被修飾の関係が一本調子になっていて、一句が木斛の葉の説明に終始するきらいがあります。下五の動詞連用形で収め、軽く余韻を残すと良いでしょう。

冬うらら歩いて通ふ整骨院
長谷川一枝

父母の淡くなりけり花ひひらぎ
小山良枝

すすき原賢治の声がどつとどど
深澤範子

菰巻の仕上げ確かむ一歩退き
箱守田鶴

幻のごとく柊咲きにけり
田中優美子

身に入むや特攻遺書の文字美しき
長谷川一枝

参道にちやんばらごつこ七五三
三好康夫

校庭の銀杏落葉へボール蹴る
中村道子

(校庭の銀杏落葉にボール蹴る)

腹満ちて膝を折る鹿冬暖か
島野紀子

湧水の初めは暗し末枯るる
小山良枝

わが庵のどの木も老いぬ小春空
千明朋代

(わが庵のどの木も老木小春空)

木枯や赤ちやうちんに八つ当り
奥田眞二

街角の公園四角桐は実に
箱守田鶴

(街角の四角な公園桐は実に)
そういえばそうだなと改めて納得。都会の公園は所詮人工物である、というややシニカルなニュアンスにも俳味があります。一句の感懐の主題は「公園」ではなく、「四角」だと思います。語順を入れ替えて、主題を明らかにすると良いです。

冬の月東京タワーに捕らはれて
鏡味味千代

花八手原子のやうな形して
千明朋代

団栗を踏みしだき行く天邪鬼
黒木康仁

落葉地に触るる音はた駈ける音
藤江すみ江 

猫の毛のもこもこ増ゆる冬来たる
チボーしづ香

(猫の毛のもこもこ増える冬来たる)

幸せはここにあるなり羽布団
長坂宏実

川と川出会ふ公園冬に入る
飯田 静

僧堂の軒をあかるく銀杏散る
松井洋子

炉開きや母の残せし小紋きて
千明朋代

(炉開きや母の残した小紋きて)

秋惜しむ黄昏時の大甍
飯田 静

初時雨板戸に閉店案内かな
奥田眞二

時勢の影響でしょうが、なんとも切ないですね。下五の「かな」は詠嘆として少し強すぎる印象があります。一句の後半を「店を閉づ報せ」ぐらいに抑制のきいた表現にしても良いかもしれません。

目の前を飛んできちきちばつたかな
深澤範子

滑り台冷たし子らの声高し
鏡味味千代

柊の花香りくる夕まぐれ
田中優美子

馬鈴薯掘る働かざる者食ふなかれ
山内雪

(働かざる者は食ふなと馬鈴薯掘る)
類想のあまりない、面白い一句です。「馬鈴薯」だからこそです。助詞の「と」は俳句の文法の上では、ちょっと曲者です。言葉同士を関連付けてしまい、理屈っぽくなってしまいます。潔く省いても一句は成立します。

走り去る後輪に舞ふ落葉かな
中村道子

神護寺の磴百段の散紅葉
西村みづほ

秋霖やジェット機発ちて水尾残す
松井洋子

(秋霖のジェット機発ちて水尾残す)

冬晴の八海山と対峙せり
鏡味味千代

夫の所作年寄めきて冬来たる
飯田 静

(冬来たる年寄めきて夫の所作)

掛け替へし杉玉濡らす初時雨
奥田眞二

落葉踏む訃報来たりし夜の明けて
箱守田鶴

(落ち葉踏む訃報来たりし夜の明けて)

心音良し肺の音良し天高し
山内雪

(心音良し肺音良しと天高し)

大けやき身震ひ一つ秋の暮
黒木康仁

コンビニの玉子サンドや文化の日
山田紳介

見つむれば見つめられたり星月夜
矢澤真徳

漱石忌教員室は伏魔殿
西村みづほ

(漱石忌教員室てふ伏魔殿)

冬ざれの陸橋渡るほかはなく
小山良枝

大木に当てし手のひら今朝の冬
森山栄子

吟行の二つ並びて冬帽子
松井洋子

(吟行らし二つ並びて冬帽子)

夢覚めて夢の中なる冬籠
田中優美子

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選
オーストラリア シドニー、50代、知音歴5年
幻のごとく柊咲きにけり      優美子
捨畑は何処も黄金泡立草      洋子
小春日の差し込むドールハウスかな  依子
滑り台冷たし子らの声高し     味千代
☆冬の月東京タワーに捕らはれて  味千代
東京タワーにひっかかるように出ている月を、捕らわれていると捉えたところに、
瑞々しい感性があります。作者の心象風景とも重なるような気がしました。

 

■山内雪 選
北海道天塩郡、60代、知音歴3年
室咲や半幅帯の娘どち       雅子
言葉てふ面倒事よ落葉踏む     優美子
かへるさはバスにたよらず野路の秋  依子
初時雨板戸に閉店案内かな     眞二
☆磔刑の如き案山子へ夕日かな   栄子
磔刑といえばイエスを連想するが、そこに案山子が出てくるおかしさにひかれた。

 

■飯田静 選
東京都練馬区、60代、知音歴9年
花八手原子のやうな形して     朋代
僧堂の軒をあかるく銀杏散る    洋子
柊の花香りくる夕まぐれ      優美子
焼芋の味恋しくも異国の地     しづ香
☆架け替へし杉玉濡らす初時雨   眞二
今年酒の出来上がり真新しい杉玉を 濡らす時雨に時の移り変わりを感じました

 

■鏡味味千代 選
東京都足立区、40代、俳句歴9年
大銀杏降る万の葉の無音かな    範子
身に入むや特攻遺書の文字美しき 一枝
十三夜地球に乗りて我は旅     朋代
北窓の光を好み一葉忌       栄子
☆僧堂の軒をあかるく銀杏散る   洋子
銀杏の葉がまるで光を放っているかのような美しい光景が目の前に広がりました。
穏やかな暖かい日なのでしょう。

 

■千明朋代 選
群馬県みどり市、70代、知音歴3年
見つむれば見つめられたり星月夜  真徳
髪置や慣れぬ草履のすぐ脱げて   静
架け替へし杉玉濡らす初時雨    眞二
焼芋の味恋しくも異国の地     しづ香
☆静夜思の詩文を吟ず秋の宵    亮成
こういう秋の宵を持ちたいものと思いました。

 

■辻 敦丸 選
東京都新宿区、80代、知音歴4年10ヶ月
戻したき時間のいくつ銀杏枯る   味千代
大根も透き通りゆく二人鍋     真徳
ねんねこの乳の匂を袖畳み     雅子
大木に当てし手のひら今朝の冬   栄子
☆焼芋の味恋しくも異国の地    しづ香
異国の・・・、昔むかし実感した彼是を思い出させてくれる句です。

 

■三好康夫 選
香川県丸亀市、70代、知音歴13年
新しき橋の架かれる枯野かな    雪
遠足の子どもら過ぎて鵙の声    康仁
漂ふは彷徨ふに似て雪蛍      恵美
川と川出会ふ公園冬に入る     静
☆木守や薄くなりたる母の肩    洋子
感謝の気持ちが溢れている。

 

■森山栄子 選
宮崎県延岡市、40代、知音歴10年
実南天雨の雫をつなぎたり     良枝
霜月や向き合ふことの山ほどに   範子
鳥居より鳩のこぼれて七五三    恵美
馬鈴薯掘る働かざる者食ふなかれ  雪
☆見つむれば見つめられたり星月夜  真徳
星を仰ぐうちに、ふと星々に見つめられているように感じたのだろうか。
光年という長い時間をかけて届いた光への畏敬と、懐かしいような、温かいような感覚。作者は明日への何かを蓄えることが出来たかもしれない。
星月夜という季語が人間のささやかな幸せと照らし合っている。

 

■小野雅子 選
滋賀県栗東市、70代、知音歴7年
云ひ了へて図星と知りし夜寒かな  栄子
湧水の里の豆腐屋冬に入る     栄子
冬ざれの陸橋渡るほかはなく    良枝
その中に速き一雲神の旅      恵美
☆大銀杏降る万の葉の無音かな   範子
京都御所にある大銀杏の黄葉がうかびました。水分の多い銀杏は降る時も積もる時も無音です。

 

■長谷川一枝 選
埼玉県久喜市、70代、知音歴6年
捨畑は何処も黄金泡立草      洋子
落葉地に触るる音はた駈ける音   すみ江
かへるさはバスにたよらず野路の秋  依子
漱石忌教員室は伏魔殿       みづほ
☆ねんねこの乳の匂を袖畳み    雅子
若き日の子育ての頃を懐かしく出し、乳の匂を袖畳の表現に惹かれました。

 

■藤江すみ江 選
愛知県豊橋市、60代、知音歴23年
哀しみのきつとこの色冬の海    味千代
葉を落とす力も滅し立ち枯るる   紀子
僧堂の軒をあかるく銀杏散る    洋子
見つむれば見つめられたり星月夜  真徳
☆花八手原子のやうな形して    朋代
ハ手の花を見るなり出来上がった句のように思えます。純真な素直な句ですね。

 

■箱守田鶴 選
東京都台東区、80代、知音歴20年
室咲や半幅帯の娘どち       雅子
大縄に子らの増えゆく冬日向    洋子
神護寺の磴百段の散紅葉      みづほ
青空といふほどでなく冬桜     良枝
☆あふられて富士より高く冬鴉   一枝
遠景の富士山、近景の冬鴉、あふられて富士より高く飛ぶはめになった鴉とは面白いですね。こんな瞬間を句にするのは難しいです。

 

■深澤範子 選
岩手県盛岡市、60代、知音歴約10年
ままごとの仕切屋のゐて赤のまま  静
冬の月東京タワーに捕らはれて   味千代
幸せはここにあるなり羽布団    宏実
吟行の二つ並びて冬帽子     洋子
☆十三夜地球に乗りて我は旅    朋代
地球に乗りてとは、なんと壮大な発想でしょうか? ここに感心致しました。

 

■中村道子 選
神奈川県大和市、80代、知音歴2年7か月
立山を見晴らすカフェや冬に入る  静
正面にいつも父をる炬燵かな    良枝
花八手原子のやうな形して     朋代
架け替へし杉玉濡らす初時雨    眞二
☆僧堂の軒をあかるく銀杏散る   洋子
日に当たり金色に輝きながら、はらはらと舞い落ちる銀杏の葉。僧堂の中から眺めている美しい映像は飽きることなく、さぞ心が和むことでしょう。

 

■島野紀子 選
京都府京都市、50代、知音歴9年
ままごとの仕切屋のゐて赤のまま  静
「ひ」の言えぬ親爺の〆や酉の市  眞二
秋雨やレクイエム聞く一日あり   朋代
焼芋の味恋しくも異国の地     しづ香
☆捨畑は何処も黄金泡立草     洋子
帰化植物の生命力の強さには圧倒されるがその代表格。
人の手の入らなくなった捨畑なら尚更。寂しくも美しい景色が浮かびます。

 

■山田紳介 選
岡山県津山市、団塊の世代、知音歴20年
今日からの赤はポインセチアの赤  田鶴
インバネス脱げば奈落の闇ならん  雅子
寂しさにキャンディ一つ秋の空   味千代
橋過ぎてすぐの十字路初時雨    恵美
☆大木に当てし手のひら今朝の冬  栄子
冬の大木に触れてみると、何処となくなつかしく、あたたかい。
世界の何処へでもつながっているような気がして来る。

 

■松井洋子 選
愛媛県松山市、60代、知音歴3年
菰巻の仕上げ確かむ一歩退き    田鶴
鰡の一撃離宮の静寂破りけり    亮成
ねんねこの乳の匂を袖畳み     雅子
その中に速き一雲神の旅      恵美
☆大銀杏降る万の葉の無音かな   範子
とめどなく降り頻る大銀杏。更にそれが無音であることに詠み手の心が動いた。
美しい静謐な景色が読み手の目前にも広がる。

 

■緒方恵美 選
静岡県磐田市、70代、知音歴6ヶ月
菊くべて残り香淡く立ちにけり   亮成
下り梁掛けてひとしほ水の青    栄子
神護寺の磴百段の散紅葉      みづほ
一口の白湯を味はふ冬の朝     味千代
☆湧水の里の豆腐屋冬に入る    栄子
豆腐は水で決まるとも言われる。冬に入り、冷たさの増した水の豆腐はさぞかし美味であろう。微妙な季節の移り変わりを言い得て妙。

 

■田中優美子 選
栃木県宇都宮市、20代、知音歴14年
新しき橋の架かれる枯野かな    雪
北へ北へバイクを飛ばし冬の海   依子
正面にいつも父をる炬燵かな    良枝
心音良し肺の音良し天高し     雪
☆滑り台冷たし子らの声高し    味千代
寒さもなんのその、むしろ「冷たい冷たい」とはしゃぐ子どもたち。あのエネルギーは
どこからくるのかな、と遠い目になりました。目の前の子どもたちと、かつては子どもだったはずの自分を重ね合わせて感じ入る句でした。

 

■長坂宏実 選
東京都文京区、30代、知音歴1年
冬の月東京タワーに捕らはれて   味千代
寂しさにキャンディ一つ秋の空   味千代
足裏をくすぐり合ふて冬日向    味千代
団栗を踏みしだき行く天邪鬼    康仁
☆焼芋の味恋しくも異国の地    しづ香
外国にいらっしゃるのでしょうか。寒い冬になると、特に日本の味が恋しくなるのだろうなぁと思いました。早く元の世界にもどりますように。

 

■チボーしづ香 選
フランス ボルドー、70代、知音歴3年
茶の花や噂話を又聞きす      味千代
父と手をつなぎ下げたる千歳飴   一枝
目の前を飛んできちきちばつたかな  範子
じじばばの語りに残る鉢叩き    敦丸
☆ ままごとの仕切屋のゐて赤のまま  静
選んだ句全て良いと思いましたが、この句は子の可愛さを上手に表現していて好きです。

 

■黒木康仁 選
兵庫県川西市、70代、知音歴4年
枯はちす往生際といふをふと    雅子
あふられて富士より高く冬鴉    一枝
架け替へし杉玉濡らす初時雨    眞二
漱石忌教員室は伏魔殿       みずほ
☆大根も透き通りゆく二人鍋    真徳
緩やかに過ぎゆくときと二人の物静かさが伝わってきました。

 

■矢澤真徳 選
東京都文京区、50代、知音歴1年
手水鉢空を映して冬に入る     恵美
神官の脇を走りて七五三      康夫
大けやき身震ひ一つ秋の暮     康仁
滑り台冷たし子らの声高し     味千代
☆戻したき時間のいくつ銀杏枯る  味千代
秋は時間を意識させる季節。もう一度味わいたい時間なのか、違うものにしたい時間なのか、もし時間を戻せる世界があるとしたら、それはどんな世界だろうか。

 

■奥田眞二 選
神奈川県藤沢市、80代、知音歴8ヶ月
今日からの赤はポインセチアの赤  田鶴
枯はちす往生際といふをふと    雅子
コンビニの玉子サンドや文化の日  紳介
大けやき身震ひ一つ秋の暮     康仁
☆焼芋の味恋しくも異国の地    しづ香
ザルツブルグの街角で焼き栗を求めたとき妻が「でも美味しい焼き芋が美味しいわ」と
変な呟きをしていたのを思い出しました。
味恋しくも、に異国暮らしの女性のノスタルジアをふつふつと感じます。(作者女の方でしょうね)。

 

■中山亮成 選
東京都渋谷区、70代、知音歴8年
庭の柚木ゆず湯にジャムにおすましに  朋代
身に入むや特攻遺書の文字美しき  一枝
大木に当てし手のひら今朝の冬   栄子
一遍の仮寓の跡も花野なか     洋子
☆捨畑は何処も黄金泡立草     洋子

担い手のない農村の現状を捉えていると思いました。

 

■髙野 新芽 選
東京都世田谷区、30代、知音歴2ヶ月
葉を落とす力も滅し立ち枯るる   紀子
父母の淡くなりけり花ひひらぎ   良枝
湧水の初めは暗し末枯るる     良枝
十三夜地球に乗りて我は旅     朋代
☆大木に当てし手のひら今朝の冬  栄子
手のひらから自然を感じる世界観が好きでした。

 

■巫 依子 選
広島県尾道市、40代、知音歴20年
架け替へし杉玉濡らす初時雨    眞二
咲きながら枯れてゆくなり山茶花は  優美子
幻のごとく柊咲きにけり      優美子
一遍の仮寓の跡も花野なか     洋子
☆霜月や向き合ふことの山ほどに  範子
霜が降り目に見えて季節の移ろいを感じる頃、今年もだんだん終わりに近づいて来ていると実感するも、あれもこれも自分はいったい…と、自分自身を内省し焦燥感にかられたりするのは、確かにこの頃なのかもしれないなと納得させられた。しかして、そう頭ではわかっていても、すぐにまた師走を迎え、実際何も向き合うことのできぬままに新しい年を迎えてしまったりすることも…なんだけれども。

 

■佐藤清子 選
群馬県水戸市、60代、知音歴2か月
亡きひとの声をたしかに石蕗の花  優美子
しぐるるや一撞一礼輪王寺     一枝
ままごとの仕切屋のゐて赤のまま  静
炉開きや母の残せし小紋きて    朋代
☆枯はちす往生際といふをふと   雅子
まるで死んだような枯れはちすの池である。だが、来年も池を膨らませて紅蓮が咲くことを確信してる余裕がおもいろいほど伝わってきました。

 

■西村みづほ 選
京都府京都市、60代、知音歴2か月
漂ふは彷徨ふに似て雪蛍      恵美
湧水の里の豆腐屋冬に入る     栄子
滝の糸一条の光を引きぬ      亮成
青空といふほどでなく冬桜     良枝
☆ねんねこの乳の匂を袖畳み    雅子
袖だたみと言う言葉が、赤ちゃんが待っているので素早く畳まれた景がうかがえて、
そして匂いと共に愛情も感じられて素敵な句だと思いました。

 

◆今月のワンポイント

「助詞を正しく用いる」

俳句の中で助詞を正しく用いることは、要諦の一つでもありますが、省いた方が良いことも、往々にしてあります。特に気を付けたいのは「に」と「と」。言葉の間の関係を明瞭にするために、入れたくなることも多いのですが、それが却って、知に働きすぎるという結果を招いてしまいます。
今月の句にもいくつか見受けられました。ことばの間に間を取り、両者の緊張関係を作り出すことが、韻文では大切です。省けるか否か、一句の推敲の時に、ぜひ、チェックしてみてください。(中田無麓)