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◆特選句 西村 和子 選

喉仏大きく動き生ビール
深澤範子
喉仏の動きだけを言うことで、ビールを豪快に飲んでいる様子から、泡の細やかなビールの色、ピッチャーの重量感や冷たさ、喉ごしの清涼感を描き出している。なんとも気分がいいし、生ビールが飲みたくなる句だ。
生ビール、瓶ビール、缶ビールは、中身は違わないのだそうだが、場所柄や雰囲気は違う。昨今は家でも生ビールが飲めるようだが、この句はやはりビアガーデンのようなところを想像したい。(高橋桃衣)

 

ちぬ釣りや夜間飛行の赤ランプ
辻 敦丸
「ちぬ」は黒鯛のこと。黒鯛は海老や蟹、小魚などを餌にしているので、岸に近い磯や堤防といったところでも釣れる。
この景色は東京湾か大阪湾のような、夜の帷が下りても飛行機は赤いランプを点灯しながら離着陸を繰り返し、街はまだまだ動いているようなところを感じさせる。
そんな夜の片隅で、かたや餌を探している黒鯛と、釣ろうとしている人間・・・海風の涼しい、都会の一夜景である。(高橋桃衣)

 

急にもの言はなくなりし昼寝かな
西山よしかず
昼食が済んで、テレビを消してちょっと横になり、全くこの頃の世の中はねえとか、いつまで暑さが続くのかねえ、などと取り止めもなく話していた声がぱたっと止まって、眠っている。
夜の就寝だったら、よほど疲れている様子だが、昼寝である。あれ、寝ちゃったなと思った作者も、うつらうつらしている。
気張らずに暮らしている夫婦の夏の一日が見えてくる句。(高橋桃衣)

 

百年を踏み固めたる土間涼し
牛島あき
こう言われて、なるほどと思った。土間を作る時にも、土を叩いたりして固めて平らにしただろうが、それでも一朝一夕にして現在のようになった訳ではない。
百年の間、外に出て戻って部屋に上がる度に、あるいは炊事や仕事をする度に、この土を踏み固めて来たのだ。土間の石のような固さ、平らかさには、この家の百年の歴史が詰まっている。それを、「百年を踏み固めた」と表現したところが巧みである。
悲喜こもごもの歴史を何も語ることなく、涼しい風を通わせている土間である。(高橋桃衣)

 

地底より湧き上がりたる蝉時雨
宮内百花
蟬時雨とは、木々でたくさんの蟬が鳴いている様子を時雨に喩えたものだが、作者は蟬時雨が地底から湧き上がっている、と感じた。上から降るだけではなく、地面に反響するほどの声だということだ。それを、「湧き上がりたるかのごとく」などと遠回しに言うのではなく、湧きあがっている、とストレートに言ったことで、声の勢いが感じられ、印象も鮮明となった。蟬の一生を考えると、「地底」という言葉にも説得力がある。(高橋桃衣)

 

アイスコーヒーすつぽかされたかも知れぬ
森山栄子
喫茶店で待ち合わせているが、時間を過ぎても相手が来ない。氷は溶け、薄くなってしまったアイスコーヒーは、もう飲む気にもならない。そんな不味そうな色も味も、待ち合わせの場所も、撫然とした気持ちもはっきりと読者に伝わってくるのは、「アイスコーヒー」だからこそ。(高橋桃衣)

 

通信障害復旧未だ街溽暑
長谷川一枝

 

夕涼み羽田空港指呼のうち
鎌田由布子

 

七月やいつてきますの声弾み
水田和代

 

上方の和事よろしき夏芝居
箱守田鶴

 

校庭に映画の準備夕焼雲
牛島あき

 

鼻筋に白を引かれて祭の子
黒木康仁

 

 

 

◆入選句 西村 和子 選

岩のごと牛横たはる大夏野
(岩のごと牛の横たふ大夏野)
若狭いま子

みづうみの端より白雨来たりけり
小野雅子

朝涼し挨拶をして男の子
(朝涼し挨拶をして男子過ぐ)
水田和代

台風の余波の雨音また強し
水田和代

昼寝覚めはや夕刊の届く頃
長谷川一枝

施餓鬼棚飯山盛に供へあり
巫 依子

沢音の夜空へ響く螢狩
小山良枝

宵宮の人垣分けて救急車
松井洋子

まれびとと蛍待つなり橋の上
長谷川一枝

縁てふ字を割つて入る夏暖簾
(縁とふ字を割つて入る夏暖簾)
小山良枝

縞馬に見惚れて汗を忘れけり
松井伸子

短夜や階段上がるハイヒール
岡崎昭彦

掛小屋に四万六千日の風
箱守田鶴

もののふの化身かきらり黒揚羽
鈴木ひろか

青芝や天井高きフランス窓
飯田 静

夏帽子車に映る我ひしやげ
鏡味味千代

顎上げて目を閉ぢてゐる大暑かな
三好康夫

対岸の都心の明かり宵涼し
鎌田由布子

泣き止みし子に見せてやる金魚かな
矢澤真徳

雨上がり晩涼の時賜りし
水田和代

短夜や己が寝言に目覚めたる
(短夜や己が寝言に目覚めたり)
岡崎昭彦

桔梗の紫と白雨上がる
板垣もと子

三絃の音にほたほた凌霄花
(三絃の音にほたほたと凌霄花)
松井洋子

冷さうめん盛大に卓濡らしつつ
小山良枝

下校児の奇声喚声夏に入る
(下校子の奇声喚声夏に入る)
藤江すみ江

青芝に聴くや管楽八重奏
飯田 静

小流れへみな傾ぎたる百合の花
鈴木ひろか

かなかなの声透きとほる雨上がり
鈴木ひろか

通院の五年過ぎたり時計草
鎌田由布子

群れ咲きて寂しさ募る黄菅かな
松井伸子

遠雷やピアノの音色やや変はり
佐藤清子

籐椅子や我と齢を重ねたる
(籐椅子や我と齢を重ねたり)
岡崎昭彦

雨雫湛へ百日紅のフリル
藤江すみ江

大緑蔭少年像は空を指し
鏡味味千代

日除してばた足指導保育園
飯田 静

来年の約束もして螢の夜
小山良枝

初めての俳句指折り夏休み
鏡味味千代

地図持たぬ旅してみたし夏の雲
田中優美子

仮定法過去完了や雲の峰
山田紳介

雀鳴き朝かと思ふ昼寝覚
若狭いま子

療養の朝の検温蝉時雨
飯田 静

星祭母の水茎懐かしき
鈴木ひろか

男でも女でもなしソーダ水
鎌田由布子

水引の裾にふれたり旅衣
西山よしかず

梅雨上がる借りつぱなしの女傘
奥田眞二

酔芙蓉不老も不死も味気なし
荒木百合子

飛行機の発着臨むバルコニー
鎌田由布子

葛切のはかなき色を啜りけり
緒方恵美

こざかしく葉つぱに紛れ子かまきり
長谷川一枝

錆びてなほ回り教会の扇風機
(教会の扇風機錆びてなほ回り)
宮内百花

嬬恋のキャベツどすんと届きけり
牛島あき

四十雀首かしげたる枝の揺れ
鈴木紫峰人

 

 

 

◆今月のワンポイント

「歴史的仮名遣いは辞書を引いて調べよう

知音では、歴史的仮名遣いを用います。

五七五の韻律や切れを生かし、余韻ある表現をするには文語が不可欠で、その文語の表記には歴史的仮名遣いがふさわしいと思うからです。

(詳しくは西村和子著『添削で俳句入門』164頁をお読みください。)

今回、「舫いゐる」と表記された句がありました。

「もやう」と国語辞典を引いてみると、

「もやう 舫う モヤフ」

とあります。これは歴史的仮名遣いでは「もやふ(舫ふ)」と書くということです。

「いる」(舫っている、ということですから「居る」の項です)を引いてみましょう。

「いる 居る ヰル」

とあります。この「ヰ」はひらがなでは「ゐ」のことですので、歴史的仮名遣いでは「ゐる」と書きます。

ですので、「舫いゐる」は正確には「舫ひゐる」となります。

同様に「植える」を引くと、「うえる 植える ウヱル」とあります。この「ヱ」は「ゑ」のことで、「うゑる(植ゑる)」と書くということです。

このように、辞書には歴史的仮名遣いがカタカナで記されていますので、辞書を引いて確認する習慣をつけましょう。

なお、カタカナが記されていない言葉は、歴史的仮名遣いと現代仮名遣いが同じであるということです。

高橋桃衣

◆特選句 西村 和子 選

あぢさゐの色のはじまるあしたかな
長谷川一枝
七変化とも言われる紫陽花は、土のP Hによっても、また時間が経つにつれても、色が変化することはよく知られている。
紫陽花ではまず、渡辺水巴の「紫陽花や白よりいでし浅みどり」という、紫陽花の毱に色が兆した時を詠んだ句が思い出される。
こちらの句はどのような色とは言っていない。しかし、色が付き初めるのは朝だという。鬱陶しい梅雨であっても、朝は万物にとって一日の始まり。新たな明るい気分で紫陽花を眺める作者である。(高橋桃衣)

 

あと何年しやがめるかしら草むしり
鈴木ひろか
70歳の壁、80歳の壁などという言葉をよく耳にするが、言われても人ごとのように思う。しかし階段を上がったり、買い物袋を提げて家まで歩いたりという時に、以前はこんなではなかったのに、と気づくことがある。
作者は草むしりしながらそれを感じた。しゃがむ格好は結構きつい。立ち上がる時も足腰に負担がかかる。痛みを感じる時もある。「あと何年」という引き算の考え方が出てくるのももっともだ。
そう言いつつも、目の前の雑草を取らずにはいられない、まだまだ元気な様子も伝わってくる。(高橋桃衣)

 

青楓六条院の庭うつし
千明朋代
光源氏の邸宅であった六条院は架空のもので、モデルと言われている河原院も、跡と記された碑があるのみ、源氏物語の文面や絵巻などから考証して作られたという模型を見たことがあるから、模して作った庭もあるに違いない。
光源氏を、光源氏をめぐる女性達を、当時の美意識を想い造られた庭とあれば、植えられている青楓の艶やかさも、細やかな葉の揺れ方も、いかにもと思えてくることだろう。
京都の楓は関東のものよりも、葉が小ぶりで優美であることも付け加えておきたい。(高橋桃衣)

 

 青蔦や島の神父の紙芝居
牛島あき
カソリックの教会がある島というと五島列島だろうか。教会を這う蔦の蒼さと、島を取り囲む海の碧さが見えてくる。子供も多そうで、過疎とは無縁なところのようだ。そして、教会で祈るばかりではなく、島に暮らす人々と積極的に交わり、島に溶け込んでいる神父さんの様子や人柄も伝わってくる。
「青蔦」が、この島の心身ともに健やかな暮らしを象徴しているようだ。(高橋桃衣)

 

子の服の記憶鮮やかグラジオラス
佐藤清子
江戸時代に日本にもたらされたグラジオラスは、南アフリカ原産といわれる鮮やかな夏の花である。ひと昔前の家の庭にはよく植えられていたので、この名前は懐かしさと共に、ちょっとした古さをも感じさせる。この服も、昨今のようなファッショナブルなものではないだろう。
作者の家にもグラジオラスが植えられていたに違いない。しかし今、グラジオラスを眺めて、はっきり思い出しているのは、子供の服の色や模様や形だけではない。庭で遊んでいる子供の仕草や声、グラジオラスの咲いている日向の明るさや匂い、即ち若くて充実していたあの日々なのだ。それを描くのに「子の服」だけに絞ったところが巧みである。(高橋桃衣)

 

香の薄くなりたる母の扇かな
矢澤真徳
扇といえば白檀の香がなんとも麗しく上品だが、香は徐々に薄れていき、しまっておいたものを取り出したり、広げた時にそこはかとなく香るほどになってゆく。
作者にとっては愛着の品なのだろう。香が薄くなっていく歳月をも愛おしむように手にしている。
そんな思いを嗅覚で捉えた句。(高橋桃衣)

 

青竹をさらさら出づる冷酒かな
小山良枝
熱燗は冬、温め酒は秋、冷し酒、冷酒(ひやざけ)、冷酒(れいしゅ)は夏などと、それぞれ季語となっている日本酒だが、冷酒(れいしゅ)は冷蔵の技術ができて以後のもの。
よく冷えた日本酒を青々とした竹の酒器で汲むのだから、想像するだけでも美味しそうだ。手に取った青竹は冷えて濡れているだろう。汲めばさらさらと音もして、涼やかだ。口に含めば青竹の香もするだろう。視覚、触覚、聴覚、嗅覚、そして味覚と、五感全てが満足するのは、酒好きだけだろうか。(高橋桃衣)

 

夕日ちりばめたる茅花流しかな
牛島あき

 

紫陽花も磴も濡れをり谷戸の朝
鈴木ひろか

 

グラジオラスつぎつぎ咲いて楽しさう
松井伸子

 

暮れきらぬうちより螢二つ三つ
巫 依子

 

朝な朝な涼しきうちの正信偈
三好康夫

 

茅の輪屑散らして車座の小昼
小野雅子

 

観音の細身におはす文字摺草
牛島あき

 

 

 

◆入選句 西村 和子 選

つば反らし横顔きりり夏帽子
荒木百合子

遠近の声の張り合ふ雨蛙
(遠近の声が張り合ふ雨蛙)
三好康夫

薔薇の名を諾ふイングリッドバーグマン
千明朋代

群青のゴジラ現る夕焼雲
田中優美子

夏萩のむらさき淡き摩崖佛
(夏萩のむらさき薄き摩崖佛)
辻 敦丸

幻のごとく消えたり梅雨夕焼
田中優美子

み仏の衣流麗緑さす
(み仏の衣裳流麗緑さす)
木邑 杏

青梅や仏に小さきたなごころ
小山良枝

どこまでも静寂初夏の日本海
五十嵐夏美

大沼を嵐気がおほひ青時雨
千明朋代

まだ知らぬ部屋のありけり夏館
山田紳介

万緑の山頂にして風の中
(万緑の山頂にをり風の中)
鈴木紫峰人

プール掃除年長組の賑やかな
(賑やかなプール掃除の年長組)
飯田 静

新緑の息漲れり峡の駅
(峡の駅新緑の息漲れり)
小松有為子

並走の小田急京王夏つばめ
牛島あき

時の日もペースメーカー順調に
穐吉洋子

緑蔭のベンチに座り石に坐し
藤江すみ江

あげパンの手書きの看板路地薄暑
(あげパン屋手書きの看板路地薄暑)
中山亮成

濡れてより卯の花の白清々し
佐藤清子

万緑やおいらと名乗る四年生
宮内百花

駆けて来る素足伸びやか女学生
深澤範子

行きに見し鷺のまだゐる植田かな
(行きに見し鷺ぽつねんとゐる植田)
小野雅子

耕運機静かに帰る夏至の夕
(夏至夕べ静かに帰る耕運機)
森山栄子

海峡のタンカー込み合ひ梅雨深し
鎌田由布子

神官の三人がかり茅の輪立つ
(神官の三人がかり茅の輪立て)
西山よしかず

西方の守護神白虎青嵐
木邑 杏

幼な児は涙をためて昼寝覚
(みどり児は涙をためて昼寝覚)
矢澤真徳

声出して「ドラえもん」読む夏の夜
宮内百花

里山の影おほいなる螢かな
牛島あき

足首を鞭打つて車前草の花
牛島あき

ほうたるのひとつに声をひそめたる
巫 依子

暗がりの白の際やか半夏生
飯田 静

梅雨の傘傾けながら古書店街
(梅雨の傘傾けつつ行く古書店街)
箱守田鶴

ボッティチェリの腰のうごきよサンドレス
(ボッティチェリの線のうごきよサンドレス)
松井伸子

真直ぐな雨脚泰山木の花
三好康夫

レコードはエディットピアフ夏館
田中優美子

一刷毛の白の際やか半夏生
五十嵐夏美

産屋めく月下美人の開く夜は
板垣もと子

取り出す句帳鹿の子を誘ひけり
奥田眞二

八橋をふうはり渡り梅雨の蝶
鈴木ひろか

七変化極める前の青が好き
鈴木ひろか

打ち寄する珊瑚を拾ひ沖縄忌
若狭いま子

初螢ふうはりと落ちふつと消え
松井洋子

漢ひとり鉄砲百合を担ぎ来る
小野雅子

十薬を咲かせエジプト大使館
松井伸子

梅雨寒し朝より暗き純喫茶
森山栄子

猫も人も外に出たがる夏至の夕
チボーしづ香

虫干の風に座りて母のこと
小野雅子

幼なき指ぽんと桔梗の蕾割り
(幼なの指ぽんと桔梗の蕾割り)
藤江すみ江

木道のまだまだ続く黄釣船
飯田 静

吾が妬心隠し通して単帯
小野雅子

梅雨の蝶白光らせて轢かれけり
(梅雨の蝶白光らせて轢かれにけり)
松井洋子

貝殻の埋まるピザ窯夏夕べ
宮内百花

はんざきの眼開いてたぢろがず
深澤範子

枇杷の実を滑り落ちたり雨雫
板垣源蔵

空青く富士なほ蒼く涼しけれ
鈴木ひろか

栗の花匂ふ山上駐車場
三好康夫

天平の手斧の跡や蝉の殻
奥田眞二

本塁打吸ひ込みにけり大夕焼
(本塁打ぐわと吸ひ込む大夕焼)
鈴木ひろか

噴水や起承転結くりかへし
若狭いま子

垂直に五臓六腑へ生ビール
牛島あき

紫陽花や美大の門の罅深き
(紫陽花や美大の門に深き罅)
小山良枝

白の浮き立つ暮れ方の山法師
若狭いま子

蛍狩存外空の明るかり
巫 依子

新しき傘を広げる梅雨の入り
(新しき傘ぱっと広げる梅雨の入り)
箱守田鶴

人声のしだいに消えて蛍沢
(人声のしだいに果てて蛍沢)
巫 依子

小さければ小さき水輪のあめんばう
小野雅子

焼酎呷るビニール越しの梅雨の空
(焼酎呷りビニール越しの梅雨の空)
中山亮成

噴水の剣のごとく上がりけり
(噴水の剣のごとく噴き上がり)
矢澤真徳

寝の浅き旅の朝の新茶かな
奥田眞二

夏草や道すぐ出来てすぐ消えて
緒方恵美

木立より一瞬涼気走りけり
松井伸子

爪皮に跳ねる五月雨先斗町
(爪皮の跳ねる五月雨先斗町)
辻 敦丸

リハビリの廊下を行き来梅雨籠
(リハビリに廊下を行き来梅雨籠)
若狭いま子

みどり児のみぢかき手足夏に入る
矢澤真徳

梔子の一花咲きては一花錆び
鎌田由布子

 

 

 

◆今月のワンポイント

「語順を変える」

同じことを言っていても、語順によって印象も余韻も違ってきます。今月の句で見てみましょう。

 

(原 句)賑やかなプール掃除の年長組
(添削句)プール掃除年長組の賑やかな

どちらも字余りですが、原句の下五の字余りは重たい感じになります。賑やかにしては年寄りくさい年長組です。
字余りは、上五ですとそれほど気になりません。また「賑やかな」で終わりますと、賑やかな情景が残ります。

 

(原 句)峡の駅新緑の息漲れり
(添削句)新緑の息漲れり峡の駅

「新緑の息/漲れり」より「息漲れり」と一気に言う方が、張り詰めた感じがより出ます。切れも心地よく響きます。
音読してみましょう。

 

(原 句)夏至夕べ静かに帰る耕運機
(添削句)耕運機静かに帰る夏至の夕

詠みたかったのは夏至の夕べの情緒でしょう。どちらが余韻が出るでしょうか。

 

(原 句)紫陽花や美大の門に深き罅
(添削句)紫陽花や美大の門の罅深き

「門に」ですと、その後に「ある」という言葉が省略されていて、 “美大の門に深い罅がある”という句になります。説明しているみたいですね。
せっかく「美大」→「門」とクローズアップしているのですから、この後は「深き」より「罅」と実景を詠み、最後に罅が深いと詠むことで、美大の歴史や通った学生達といったことを、読者に想像させる方が効果的です。

高橋桃衣

◆特選句 西村 和子 選

食べぬ日もあるさと笑ひ月涼し
宮内百花
「月涼し」は、猛暑の昼が終わってほっと見上げた月が涼し気に見えるということであるが、人生を達観したような心の涼しさをも感じさせてくれる。
食べられないのではなく、食べないと笑い飛ばしているところに、この人物の矜持を読み取りたい。(高橋桃衣)

 

透けながら重なりながら若楓
牛島あき
初夏の楓を下から見上げると、光に透けた葉は薄く柔らかく、重なり合っているところは少し濃く見える。どちらも形も色も光も美しい。このような情景を詠む人は多いが、この句の眼目は「ながら」のリフレインにある。透けたり重なったりしているという、風に揺れる葉の動きも、昨日よりも今日、今日よりも明日と徐々に青楓となっていく様も想像できる。(高橋桃衣)

 

噴水を見てをり心晒しつつ
荒木百合子
昨今はさまざまな仕掛けの噴水があるが、そうは言っても次々と上がっては落ちてくる水を眺めるものである。その繰り返しに、私達は見ているようで見ていない、水音を聞いているようで聞いていないといった無我の境地になったり、取り留めもなく考え始めたりする。それはまた、心が素となる時でもある。
作者は噴水を涼しく眺めているうちに、そんな自分の心に気づいた。嬉しいことも悲しいこともわだかまりも、誰にも気兼ねせず好きなだけ噴水に心を開いて、ひとりの時間を過ごしている自分に。(高橋桃衣)

 

玄関の涼しかりけり父母の家
矢澤真徳
一読、土間のような日本古来の入り口を思い浮かべるが、そうでなくてもいい。玄関が涼しいということから、玄関の静けさも、すっきりとした設いも、落ち着いた家の佇まいまでも見えてこよう。
暑い中を訪ねて行って涼しいなあと思ったのか、思い出の中の涼しさか、どちらにしても実感に裏打ちされた「涼し」である。
実家と言わずに「父母の家」としたことで、作者が別所帯となってからも、自分達のペースで日々を送っているご両親の様子が思い浮かべられる。(高橋桃衣)

 

ピッチャーは少女五月の風に立つ
鈴木紫峰人
今は、高校野球以外は男女の差無く公式戦に出られるのだそうだから、男女混合の試合はよく見られる光景となっているのかもしれない。それでも数多の男子を凌いでマウンドに立ったのが少女であったことに、作者は感動したのだ。
「は」という助詞からその発見と感動が、「五月」から輝かしい光と若さが、「風に立つ」から凛々しさが伝わってくる。(高橋桃衣)

 

蕺菜に家がじわじわ囲まるる
若狭いま子
十薬とも言われ古くから民間薬として知られる蕺菜は、梅雨のころに穢れのない白い十字の花を掲げていると心を奪われるが、あの蔓延り方はすごい。しっかり根を取り去らないと、とんでもないところまで這って行って繁茂する。
庭に蕺菜が生えている家に住んでいる作者から見ると、蕺菜が日に日に周囲をかため、攻め寄ってくるように思えるというのだ。「囲まるる」という受け身の言い方でその圧迫感が、「じわじわ」で繁茂するスピードが、実感としてよく伝わってくる。(高橋桃衣)

 

薫風の抜けて子の部屋がらんだう
松井洋子
「薫風」は新緑の香りを届けてくれるような心地よい風であるから、薫風が抜けていく部屋に不満があるわけではない。でも、風がさあっと吹き抜けてゆくほど片付けられて主のいなくなった子供部屋は、やはりどこか空虚だ。「がらんだう」は母の心の空虚さでもある。でも季語は「薫風」。離れたところで今、子供は生き生きとした日々を送っていることを諾う作者である。(高橋桃衣)

 

梅雨きざす三味線半音狂ひたり
鏡味味千代

 

朴の花終の一花は雲となる
緒方恵美

 

対岸の羽田空港大夕焼
鎌田由布子

 

母の日の赤き造花を今も捨てず
鈴木紫峰人

 

母の日の花舗の外まで色溢れ
松井洋子

 

 

 

◆入選句 西村 和子 選

夏来る瞬間移動の魚(さかな)追ひ
(夏来る瞬間移動の魚を追ひ)
宮内百花
もちろん魚は“うお”と読みますが、「…の…を…する」という言い方は説明的ですので、一つでも助詞を省けるよう工夫しましょう。

葉桜やとんがり屋根に風見鶏
岡崎昭彦

白き帆の消えては浮かぶ卯波かな
緒方恵美

自転車の制服かすめ夏燕
小野雅子

雨水を弾き梅の実端正に
宮内百花

昼寝覚め今ここどこと分かるまで
箱守田鶴

老鶯に耳濯がるる堂の朝
小野雅子

風の道人間の道蛇の道
山田紳介

隊列のⅤ字際やか鶴帰る
藤江すみ江

母の日の黄金色なるワインかな
小山良枝

江戸切子グラス磨きて夏に入る
(江戸切子のグラス磨きて夏に入る)
千明朋世

若葉雨降り残したる楡の下
長谷川一枝

ざる蕎麦を待てば老鶯谷渡り
鈴木ひろか

観音のまぶたぴくぴく若葉風
黒木康仁

着付師の汗に曇れる眼鏡かな
小山良枝

薫風や口笛の音外づれたり
藤江すみ江

濠端の柳絮舞ふ中人走る
(濠端の柳絮舞ふ中走る人)
辻敦丸

通勤の遠く近くに懸り藤
(通勤路遠く近くに懸り藤)
深澤範子

新緑の古墳や鷺の巣のいくつ
(新緑の古墳や鷺の巣の数多)
飯田 静

竹落葉大寺の門朽ち果てて
飯田 静

高々と雨にけぶりて花楝
緒方恵美

桐の花高し磐梯山遥か
若狭いま子

パイナップル一本芯の通りたる
森山栄子

太陽が大きくなつてきて立夏
松井伸子

垂直の火の見櫓よ夏きたる
岡崎昭彦

山裾の風のこまやか花卯木
(山裾の風こまやかに花卯木)
緒方恵美

夏帽子斜めにかぶる銀座かな
鏡味味千代

信号はピヨピヨカッコウ若葉風
三好康夫

手つかずの畑となりけり栗の花
水田和代

三門の眼下一面若楓
小野雅子

青葉若葉迫り来カーブ曲るたび
藤江すみ江

夜の青葉大きな月の登りけり
荒木百合子

老松は地を這ひ芯は天を指し
小野雅子

屋上庭園しんと卯の花腐しかな
若狭いま子

磴上る法衣筍抱へゐる
鈴木ひろか

一羽また一羽とびたつ花は実に
牛島あき

トンネルを出るや伊那谷若葉風
黒木康仁

鉢植に水を弾みて立夏かな
三好康夫

夏きたる朝湯の窓を開け放ち
岡崎昭彦

花樗盛りの空の仄暗く
小山良枝

花時計植ゑ替へられて夏に入る
(花時計植ゑ替へられて夏はじめ)
鎌田由布子

白薔薇に秘密打ち明けたくなりぬ
田中優美子

春の猫モディリアーニの女の目
(モディリアーニの女の目をして春の猫)
矢澤真徳

水色のショーウインドウ夏兆す
(水色のショーウィンドウ夏初め)
松井伸子

緑さすフルーツサンド専門店
田中優美子

子らの声はづみ胡桃の花そよぐ
鈴木紫峰人

春の雨医師のことばに励まされ
千明朋代

禅林の生き生き四方の山滴る
小野雅子

夕時の一声真近時鳥
水田和代

磨かれし玻璃戸の歪み新樹光
飯田 静

東山椎の若葉の噴き暴れ
荒木百合子

飛び石にまた降る雨や花菖蒲
辻 敦丸

愚痴を聞くだけは得意よ水羊羹
(愚痴を聞くだけは得意と水羊羹)
鏡味味千代

緑蔭を抜けて明るき瀬音かな
松井洋子

喉元に葉先鋭き菖蒲風呂
辻 敦丸

奥つ城を鎮め卯の花腐しかな
鈴木ひろか

菖蒲湯に浸りて生まれ変はりたる
千明朋代

俄雨草葉に隠れむら雀
(俄雨草葉に隠るむら雀)
辻 敦丸

単線の一両電車若葉風
飯田 静

花束のやうにパセリを括りけり
鈴木ひろか

青葉若葉へ晋山の矢を放ち
巫 依子

花胡桃揺れて舞妓の挿頭めく
鈴木紫峰人

茉莉花の香に包まるる廃墟かな
飯田 静

一回り小さくなりぬ夏の富士
鎌田由布子

初夏や高く遠くに子等の声
深澤範子

茄子の苗植ゑて菜園らしくなり
佐藤清子

金堂の屋根の勾配若楓
飯田 静

藤の花大きく揺れて留守の家
深澤範子

乳母車春風に頬染めて行く
鈴木紫峰人

警備員詰所閉ざされ桜の実
小野雅子

樟若葉奥より鴉飛び出しぬ
三好康夫

青空へ若葉に浮力ありにけり
小山良枝

 

 

◆今月のワンポイント

「歳時記を読む・調べる・確かめる」

今回「夏初め」で詠んだ句が2句ありました。
夏に入った頃、という季節感ですが、その頃の季語には、「夏に入る」「「夏兆す」「夏めく」「夏浅し」などあり、それぞれ少しずつニュアンスが違います。
何となく知っているから使うというのではなく、他にどのような季語があるのか、どこが違うのか、どの季語が詠もうとしていることにぴったりなのか考えましょう。
また立項されている季語(一番最初に載っている季語)と傍題(その後に載っている季語)は、関連はしていても全く同じ意味とも限りません。歳時記の説明をよく読み、例句を鑑賞しましょう。
電子辞書は、ピンポイントで季語を調べるにはすばやく重宝ですが、本の歳時記は、引いたページの前後の季語も目に入ります。似たようでもアプローチの違う季語、知らない季語に出会うこともできます。
時間のある時、推敲する時は、是非本の歳時記を開いてみましょう。

高橋桃衣

◆特選句 西村 和子 選

囀の降りくるところ立子墓所
梅田実代
星野立子の名句、〈囀りをこぼさじと抱く大樹かな〉をふまえて詠んだ句だろうか。
鎌倉の寿福寺にある立子の墓を訪れると、聞こえてくる鳥の歌が、すべてこの墓へ向けられているような感覚にとらわれたのだ。
ほがらかなさえずりが、立子の素直で明るい作風と響き合う。

 

春灯や帯うつくしき新刊書
緒方恵美
新刊書だから、作者は発売を待ちかねていたのだろう。
さっそく購入したその本は、装丁がなかなか素敵で、とくに帯のセンスがいい。
「春灯」のやわらかい光がその美しさを引き立て、本の内容を示唆している。
ジャンルは恋愛小説と想像した。

 

花楓知らぬ間に子は育ちけり
宮内百花
つい昨日までおむつを替えていたような気がするのだが、子どもはいつの間にか成長してたくましくなっているものだ。
我が子の成長にふと気付いたとき、母としては嬉しく、それでいて少し淋しいような気持ちにとらわれる。
花楓の咲きようがそんな母親の心情を語っている。

 

子供らを転がしてゐる春野かな
小山良枝
中七を「遊ばせてゐる」とせず、「転がしてゐる」としたところに工夫がある。
1~2歳の未就園児だろうか。ベビーカーや抱っこ紐からおろして、自由にさせてやっているのだろう。
「春野」であるから、柔らかい日差しの中、大人たちがおおらかな気持ちで見守っていることも想像できる。

 

褪せながら散りながらなほ紫木蓮
田中優美子
散っていく紫木蓮に着目したところが新鮮である。
「ながら」「ながら」「なほ」と調べを工夫することで、紫木蓮の散りぎわの特徴をうまく表現している。

 

とどまらぬ時間のごとく花筏
矢澤真徳
水面を覆い、形を変えながら流れていく花筏。
単にきれいだと思って立ち止まった作者だが、そのうちに水の流れがあたかも時の流れのように見えてきた。さらには、花の散りざまや流れゆく水から、諸行無常を感じたのだろう。
花吹雪や水辺の美しい光景も目に浮かんでくる。

 

対岸へ渡る術なく桜狩
小山良枝

 

地球儀を回して春を惜しみけり
鎌田由布子

 

桜蘂降り止み雨の降り止まず
巫依子

 

山吹を揺らす買物袋かな
小山良枝

 

 

◆入選句 西村 和子 選

オルガニストの指先光るイースター
松井伸子

おぼろ夜やつまづくやうに物わすれ
奥田眞二

暮れなづむ川面煌めき遅ざくら
松井洋子

新しき机届きぬ春の風
長坂宏美
(新しき机届きて春の風)

豆の花丈競ふかに真つ直ぐに
水田和代
(豆の花丈競ふかに真直ぐ伸ぶ)

飛花落花連子格子の中に見て
板垣もと子

せせらぎに跳ねる陽光水草生ふ
中山亮成

花の雲五重塔を浮かべけり
板垣もと子

蜂蜜の匙をあふるる日永かな
牛島あき

ゆくりなく声掛けられて花楓
長谷川一枝
(花楓ゆくりなく声掛けられて)

廃村に共同墓地や芦の角
長谷川一枝

杓よりも小さき仏花御堂
緒方恵美

海峡の流れの速し先帝祭
鎌田由布子

雪解や鳥の祭のやうな村
山内雪
(雪解や鳥の祭りのやうな村)

雲の影ゆるり移ろひ山笑ふ
岡崎昭彦

太陽をしかと受け止めチューリップ
田中優美子

苗木市土の匂ひを広げたる
鈴木ひろか

二輪草子供等の声何処より
飯田静
(何処より子供等の声二輪草)

薔薇園に薔薇色の風吹き渡り
山田紳介

連翹の地より噴き上ぐ真昼かな
巫依子

和蠟燭灯して湯宿竹の秋
木邑杏

鍬浸けし水の濁りや春の山
梅田実代

古墳より望む海峡木の芽風
三好康夫

ヒヤシンス硝子は声を遮りぬ
小山良枝

連翹や鬼方吉方気の流れ
巫依子
(連翹や鬼方吉方の気の流れ)

春惜しむ飛行機雲を追ひかけて
鎌田由布子
(飛行機雲を追ひかけて春惜しむ)

したたかな心は見せず垣通
小野雅子

伝言板消えて幾年春寒し
穐吉洋子

鮮やかに空色映す忘れ潮
鈴木ひろか
(鮮やかに映す空色忘れ潮)

奇声には奇声で返し鳥の恋
松井洋子

水温む筆の動きのやはらかく
松井伸子

おひさまに素直に応へチューリップ
田中優美子

洞窟の安らぎに似て春眠し
小山良枝

山一つ越えて湖百千鳥
鈴木ひろか

蒲公英の茎を伸ばして絮飛ばす
穐吉洋子
(蒲公英の茎を伸ばして絮毛飛び)

生れしまま傷ひとつなきチューリップ
矢澤真徳

木道の先の湿原百千鳥
飯田静

プードルの毛足刈り込み夏近し
鎌田由布子

藤咲くや崖の底なる不動尊
梅田実代

ボールより本が友だち黄水仙
松井洋子

庭を掃く雛僧一人涅槃の日
千明朋代

チューリップ優等生のごとく咲き
田中優美子

叡山のあぶり出されし山桜
黒木康仁
(比叡山あぶり出されし山桜)

ふらここの揺れ残りけり五時の鐘
鈴木ひろか

ひつたりと閉ざせる校門飛花落花
箱守田鶴

手習ひの一点一画日永し
鈴木紫峰人
(手習ひの一点一画日永かな)

薔薇園のいちばん奥で待ち合はす
山田紳介

逃れてはまた波に寄り磯遊び
矢澤真徳

ベンチまだ濡れてをるなり春の山
鏡味味千代

富士箱根一望の春惜しみけり
奥田眞二

ゆるやかに曲る渡良瀬風光る
穐吉洋子

いつまでも流れて来さう花筏
板垣もと子

瞬きの馬の眼に春の雲
穐吉洋子
(瞬きす馬の眼に春の雲)

湧き水の音や紫蘭の咲き初めし
飯田静

山笑ふリュックの鈴の鳴り通し
鈴木ひろか

野遊びや爪の中まで黒くして
鏡味味千代

日の当たる壁を動かぬ春の蠅
鈴木紫峰人

鳥雲に道場よりの声高く
深澤範子

花冷や紅茶茶碗に金の縁
小山良枝

春惜しむ旅の話の尽きぬなり
鎌田由布子

やはらかき風にも花の舞ひあがる
小野雅子

眼裏に薄紅残る花疲
鈴木ひろか

山門の小さく見ゆる桜かな
緒方恵美

高瀬舟今も舫ひて花の昼
藤江すみ江

青空へぱつちり開き花水木
若狭いま子

振袖の帯胸高に八重桜
長谷川一枝

薄霞東京タワー紅く染め
穐吉洋子
(東京タワー薄霞紅く染めにけり)

幾度ものぞき込みては雪割草
千明朋代

生れくる言葉のごとく石鹸玉
矢澤真徳

ステッキの歩み確かに花は葉に
巫依子

過ぎ去りしあと一陣の花吹雪
巫依子

飛花落花幹に箒を立てかけて
小野雅子

春の夢たわいなけれど懐かしや
奥田眞二

夏近しテラスの椅子を磨き上げ
鎌田由布子

切り紙のごときつぱりと紫木蓮
荒木百合子

うららかや子の髪ひだまりの匂ひ
鏡味味千代

園庭に桜蕊降る日曜日
飯田静

筍山黄色き声の降つてくる
梅田実代

薔薇園の作業員みな無口なる
山田紳介

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選

苗木市土の匂ひを広げたる ひろか
緑さす招待状に切手貼り 優美子
新入生いつもの犬に吠えらるる 松井洋子
野遊やあそこにあれが咲いた筈 あき
☆野遊びや爪の中まで黒くして 味千代
土をいじったり、野草を摘んだり、童心に帰っていきいきと遊んでいる様が微笑ましいですね。

 

■飯田 静 選

野遊びや爪の中まで黒くして 味千代
海峡の流れの速し先帝祭 由布子
賑やかな妻で幸せヒヤシンス 眞二
囀の降りくるところ立子墓所 実代
☆住む人の転変よそに糸桜 百合子
人生にはさまざまなことが起こりますがそれらをじっと見つめて毎年咲いてくれる糸桜。桜であることに明るさもあります。

 

■鏡味味千代 選

誘はれて公園体操飛花落花 百合子
雲の影ゆるり移ろひ山笑ふ 昭彦
とどまらぬ時間のごとく花筏 真徳
生れくる言葉のごとく石鹸玉 真徳
☆賑やかな妻で幸せヒヤシンス 眞二
こちらも幸せな気持ちになる句でした。ヒヤシンスから、賑やかなだけでなく、清楚な艶やかさもある奥様であることが想像できます。

 

■千明朋代 選

牡丹の芽芯に秘めたる炎かな
地球儀を回して春を惜しみけり 由布子
桃の花ひまに青空見え隠れ 一枝
チューリップ夜には夜の色したる 優美子
☆豆の花ひとつ咲けば十さいて 清子
霜を避け突風から護り長い冬を越して、次々と力ずよく咲いていく春の訪れと迎えた喜びをよく現わしていると思いました。

 

■辻 敦丸 選

この更地何のありしか花水木 味千代
走り根に傾ぐ石段春祭 栄子
とりどりのマスク行き交う商店街 穐吉洋子
幼児の小さきスコップ春の土 飯田静
☆菜の花の明るさだけが暮れ残り 依子
文部省唱歌の傑作、朧月夜を思いだします。

 

■三好康夫 選

花の雲五重塔を浮かべけり もと子
春灯や帯うつくしき新刊書 恵美
自家製の塩味強き桜餅 穐吉洋子
苗木市土の匂ひを広げたる ひろか
☆手習ひの一点一画日永し 紫峰人
日永にどっぷり浸かって手習いをしている様子が、「一点一画」に上手く表現されております。

 

■森山栄子 選

ゆるやかに曲る渡良瀬風光る 穐吉洋子
山門の小さく見ゆる桜かな 恵美
屋上を窓に見下ろし春の雪 林檎
咲き満ちてより白藤の軽きこと 実代
☆鍬浸けし水の濁りや春の山 実代
田畑を耕した後のほっと和らいだ気持ちが感じられると同時に、土や水、春の匂いなど五感への刺激が心地良い句だと思いました。

 

■小野雅子 選

水温む筆の動きのやはらかく 伸子
をろがみて雛納むる一日あり 朋代
雨上がるにはかに薔薇の匂ひ立ち 紳介
ふらここの揺れ残りけり五時の鐘 ひろか
☆児の手がつかむ花冷の聴診器 いま子
6か月位の赤ん坊かなと思いました。この頃は何にでも興味深々で、触り口にします。花冷えの聴診器に、診察室の様子や窓から見える桜など、連想が広がりました。

 

■長谷川一枝 選

児の手がつかむ花冷の聴診器 いま子
油絵のいろは教はりチューリップ 味千代
花守に守られゐるも花の徳 百合子
賑やかな妻で幸せヒヤシンス 眞二
☆牛たちの出発間近桜東風 紫峰人
毎年の行事かと思いますが、桜東風が牛たちの成長を見守っているような・・・

 

■藤江すみ江 選

木々は手を大きく拡げ桜東風 紫峰人
杓よりも小さき仏花御堂 恵美
眼裏に薄紅残る花疲 ひろか
春夕焼洗濯物の染まりをり 穐吉洋子
☆子供らを転がしてゐる春野かな 良枝
子供達が春の野原に遊んでいる光景を 主語は春野で 子供らを転がしてゐらと表現しているところが 良いと思いました

 

■箱守田鶴 選

落第に母は動ぜず養花天 雅子
花冷の夜のベンチに煙草の火 いま子
薔薇園のいちばん奥で待ち合はす 紳介
賑やかな妻で幸せヒヤシンス 眞二
☆日曜日桜の路を通り抜け 範子
近くの桜並木が満開である。だが普段はゆっくりお花見が出来ない。今日は日曜日、花がおわらないうちに、いや、もう散り始めているのかも、その中を念願通りに通り抜けて満足した一日なのでしょう。

 

■山田紳介 選

花冷や紅茶茶碗に金の縁 良枝
チューリップ優等生のごとく咲き 優美子
ふぞろいのクッション三つ春の暮 昭彦
仁和寺へ参る花人ばかりなり もと子
☆初めての街のやうなり花水木 いま子
通りに花水木の花が咲き満ちる。見慣れたこの街が、知る人など誰もいない異郷の地の如く見えて来始める。

 

■松井洋子 選

桜蘂降り止み雨の降り止まず 依子
豆の花ひとつが咲けば十咲いて 清子
子供らを転がしてゐる春野かな 良枝
春潮の厚み増したる夜更けかな 味千代
☆咲き満ちてより白藤の軽きこと 実代
一読して、日に照り映える花の白さや甘い香りまで伝わってくる。咲き満ちて軽くなったという詠み手の発見には、昂揚した気持ちも反映されたのだろう

 

■緒方恵美 選

雨上がるにはかに薔薇の匂ひ立ち 紳介
暮れなづむ川面煌めき遅ざくら 松井洋子
ステッキの歩み確かに花は葉に 依子
牡丹の芽芯に秘めたる炎かな
☆眼裏に薄紅残る花疲 ひろか
薄紅色の桜の素晴らしかった様を、巧みに季語「花疲」に託している。

 

■田中優美子 選

蜂蜜の匙をあふるる日永かな あき
ウイスキーグラスに菫一括り 眞二
さくら散る散るや紅深めつつ 雅子
風光る口数多き今日の母 飯田静
☆薔薇園のいちばん奥で待ち合はす 紳介
素敵な待ち合わせですね。薔薇園の奥へ奥へと読み手の心も誘われていきます。物語を感じる句だと思いました。

 

■チボーしづ香 選

旅鞄ひよいと担げば風光る 林檎
雲の影ゆるり移ろひ山笑ふ 昭彦
牛たちの出発間近桜東風 紫峰人
壺焼の栄螺香ばし浜の茶屋 亮成
☆瞬きの馬の眼に春の雲 穐吉洋子
長閑な春の様子が感じられる自然で良い句

 

■黒木康仁 選

旅鞄ひよいと担げば風光る 林檎
雪解や鳥の祭のやうな村
水音に耳傾けて蓮華草 飯田静
児の手がつかむ花冷の聴診器 いま子
☆ひつたりと閉ざせる校門飛花落花 田鶴
閉校になったばかりなのでしょうか無音の中を桜がこれでもかと散っています。

 

■矢澤真徳 選

をろがみて雛納むる一日あり 朋代
真つ向に春疾風受け電車待つ 雅子
叡山のあぶり出されし山桜 康仁
春雨や石灯篭も傾きぬ 康仁
☆結婚の話の土産蕨餅 範子
有名店のお洒落なお菓子ではなく、出来立ての蕨餅を買ってきたという青年の、実直で飾らない人柄を想像しました

 

■奥田眞二 選

旅疲れ花にかまけて西ひがし 有為子
嫌はれる勇気なぞ無しチューリップ 優美子
連翹の地より噴き上ぐ真昼かな 依子
咲き満ちてより白藤の軽きこと 実代
☆子供らを転がしてゐる春野かな 良枝
擬人化もまあ雄大、嬉々として遊び戯れている幼い子供たちの様子が絵のように読み取れて素敵です。

 

■中山亮成 選

草笛は靴箱の上入学す 百花
脇道に入ればせせらぎ花明り 雅子
眼裏に薄紅残る花疲 ひろか
児の手がつかむ花冷の聴診器 いま子
☆新社員回転ドアに深呼吸 栄子
新社員の緊張感を感じます。

 

■巫 依子 選

水温む筆の動きのやはらかく 伸子
一畳の書斎に飾る桜草 味千代
東京といふかげろふの中にをり 恵美
山笑ふリュックの鈴の鳴り通し ひろか
☆苗木市土の匂ひを広げたる ひろか
苗木市に出かけ、視覚ではなく、まず嗅覚に捉え…が、リアリティーがあっていいなと思いました。

 

■佐藤清子 選

みちのくに住まひ移して聖五月 範子
木道の先の湿原百千鳥 飯田静
棚霞筑波の裾を隠しけり 穐吉洋子
したたかな心は見せず垣通 雅子
☆落第に母は動ぜず養花天 雅子
「落第」に暗い印象がないことに気づきます。養花天という季語が全てを説明しているようで惹きつけられました。お子さんに対する思いと覚悟が明るくて力強くて頼もしいです。

 

■水田和代 選

棚霞筑波の裾を隠しけり 穐吉洋子
つきつぎにトンネル抜ける山笑ふ 栄子
和蠟燭灯して湯宿竹の秋
富士箱根一望の春惜しみけり 眞二
☆草笛は靴箱の上入学す 百花
草笛を拭いて遊んでいた子どもが入学をして、喜びとちょっと寂しい気持ちが靴箱の上の草笛に託されています。

 

■梅田実代 選

今年までかもしれぬ茶を摘みにけり 和代
廃村に共同墓地や芦の角 一枝
子供らを転がしてゐる春野かな 良枝
地球儀を回して春を惜しみけり 由布子
☆新入生いつもの犬に吠えらるる 松井洋子
ユーモアが感じられて楽しい御句です。新入生の小ささ、初々しさが見えてきます。

 

■鎌田由布子 選

山門の小さく見ゆる桜かな 恵美
杓よりも小さき仏花御堂 恵美
春のオリオン夜間飛行の掠めたる 栄子
山笑ふ窓といふ窓開け放ち 宏実
☆リラ咲いてリラのかをりの降る街に 伸子
リラの花咲く素敵な街を想像しました。リラは私の大好きな花です。

 

■牛島あき 選

おぼろ夜やつまづくやうに物わすれ 眞二
地球儀を回して春を惜しみけり 由布子
庭小さしされど山吹容赦なき 田鶴
山門の小さく見ゆる桜かな 恵美
☆屋上を窓に見下ろし春の雪 林檎
作者の立ち位置の設定にオリジナリティーを感じました。その立体感に浮かび上がる「春の雪」の柔らかさが素敵です。

 

■荒木百合子 選

気に入りの春服選び美容院 範子
賑やかな妻で幸せヒヤシンス 眞二
この更地何のありしか花水木 味千代
とどまらぬ時間のごとく花筏 真徳
☆生れしまま傷ひとつなきチューリップ 真徳
チューリップは自己完結性という言葉が似合う花と思いますが、それはこの句の印象とよく重なっています。

 

■宮内百花 選

褪せながら散りながらなほ紫木蓮 優美子
庭小さしされど山吹容赦なき 田鶴
結婚の話の土産蕨餅 範子
眼裏に薄紅残る花疲 ひろか
☆洞窟の安らぎに似て春眠し 良枝
縄文時代以前の人々の洞窟暮らしに思いを馳せると、仄暗く穏やかな風の吹きこむ洞窟でまどろむ時間は、大層素敵に思われる。

 

■鈴木紫峰人 選

ふらここの揺れ残りけり五時の鐘 ひろか
春灯や帯うつくしき新刊書 恵美
雲の影ゆるり移ろひ山笑ふ 昭彦
湧き水の音や紫蘭の咲き初めし 飯田静
☆生まれくる言葉のごとく石鹸玉 真徳
子どもが吹いて遊んでいる石鹸玉は、その子の思いをのせた言葉のようだとん、きらめく一瞬をとらえている。

 

■吉田林檎 選

花筏殿またも先駆けに 松井洋子
うららかや指丸く持つクリームパン 良枝
D51の膚つめたし飛花落花 実代
ふらここの揺れ残りけり五時の鐘 ひろか
☆蜂蜜の匙をあふるる日永かな あき
日永の概念に形を与えるとこんな感じなのかもしれません。蜂蜜に映える日差しも感じられます。

 

■小松有為子 選

山門を額と見立てて花盛り すみ江
銀鱗の煽れば揺らぐ花筏 松井洋子
鮮やかに空色映す忘れ潮 ひろか
地球儀を回して春を惜しみけり 由布子
☆おぼろ夜やつまづくやうに物忘れ 眞二
突然に起こる物忘れに嘆きつつも暮らしに躓かぬように気をつけたいです。

 

■岡崎昭彦 選

揺れやすきものにお下げと罌粟の花 実代
生れくる言葉のごとく石鹸玉 真徳
連れ合ひの手招きに見る山桜 チボーしづ香
対岸へ渡る術なく桜狩 良枝
☆ぽつねんと眺める春の海の果 眞二
陽光と潮の香を感じる句です。

 

■山内雪 選

苗木市土の匂ひを広げたる ひろか
新社員回転ドアに深呼吸 栄子
古墳より望む海峡木の芽風 康夫
眼裏に薄紅残る花疲 ひろか
☆高瀬舟今も舫ひて花の昼 すみ江
高瀬舟が今もあるのかと驚いていたら季語の花の昼で力が抜けた。

 

■穐吉洋子 選

新しき机届きぬ春の風 宏実
みどりごの乳飲むちから春や春 真徳
囀の降りくるところ立子墓所 実代
春灯や帯うつくしき新刊書 恵美
☆海峡の流れの速し先帝祭 由布子
あの痛ましい壇ノ浦の戦いで入水した幼帝安徳天皇の祭りを峡の流れの速しで上手く読み上げていると思います。

 

■若狭いま子 選

伝言板消えて幾年春寒し 穐吉洋子
牡丹の芽炎の恋をまだ知らず
落第に母は動ぜず養花天 雅子
東京といふかげろふの中にをり 恵美
☆春灯や帯うつくしき新刊書 恵美
書店の春灯に新刊書の帯がうつくしく映えていて、おのずと本の内容にも期待がふくらんできます。本を手に取りパラパラとページを開いたり、手近の書架の本をあれこれ物色する心ときめくひと時が伝わってきます。

 

■松井伸子 選

ゆるやかに曲る渡良瀬風光る 穐吉洋子
地球儀を回して春を惜しみけり 由布子
振袖の帯胸高に八重桜 一枝
廃村に共同墓地や芦の角 一枝
☆一畳の書斎に飾る桜草 味千代
広ければ広いなりに本やノートが散らばります。すっきりと集中できる空間!

 

■長坂宏実 選

みちのくに住まひ移して聖五月 範子
野遊びや爪の中まで黒くして 味千代
太陽をしかと受け止めチューリップ 優美子
とどまらぬ時間のごとく花筏 真徳
☆五千歩もすれば気が晴れ山若葉 あき
新緑の季節に散歩をすると、憂鬱な気分も晴れ晴れとするので、とても共感できました。

 

■木邑杏 選

咲き満ちてより白藤の軽きこと 実代
飛花落花幹に箒を立てかけて 雅子
春灯や帯うつくしき新刊書 恵美
緑立ついよよ吾子の手離す時 百花
☆オルガニストの指先ひかるイースター 伸子
復活祭の喜び、パイプオルガンを弾く奏者の指先にも優しい光が差している。イースターが効いている。

 

■鈴木ひろか 選

油絵のいろは教はりチューリップ 味千代
雨上がるにはかに薔薇の匂ひ立ち 紳介
咲き満ちてより白藤の軽きこと 実代
春灯や帯うつくしき新刊書 恵美
☆新社員回転ドアに深呼吸 栄子
会社に入る回転ドアの前で緊張を解く為の深呼吸。自分が新入社員だった頃を思い出します。

 

■深澤範子 選

うららかや子の髪ひだまりの匂ひ 味千代
チューリップ夜には夜の色したる 優美子
咲き満ちてより白藤の軽きこと 実代
這ひ這ひが立つちに代はり夏近し チボーしづ香
☆みどりごの乳飲むちから春や春 真徳
春が来た喜びとみどりごの生きる力の力強さを感じている喜びが伝わってきます。

 

◆今月のワンポイント

「無駄を省こう」

十七音しかない俳句ですから、言わなくてもわかる言葉をわざわざ入れたり、表現にダブりがあったりすることは、とてももったいないことです。
逆に、意識しすぎて無理な省略をしていることもあります。言葉としておかしかったり、読み手に伝わらない場合がありますので、こちらも要注意です。
今回入選にいたらなかった句の中から、先生の指摘のあった句を共有しておきます。
どういうところが無駄なのか、考えてみるとよいでしょう。

菜の花の明るさだけが暮れ残り

風立ちて畦の火が走り出す

水の中ちよこまか動くおたまじやくし

をろがみて雛納むる一日あり

多摩川にビル影うかび

松枝真理子

◆特選句 西村 和子 選

一番に咲き星組のチューリップ
若狭いま子
幼稚園もしくは保育園の園庭での光景。
クラスごとにチューリップを育てていたのが、最初に星組のチューリップが咲いたのだ。星組の子どもの得意げな顔、他のクラスの子どものうらやましそうな顔など、園児の様々な表情、さらには園庭で遊ぶ子供たちの声までも聞こえてくる。(松枝真理子)

 

日の丸の白地の黄ばみ紀元節
中山亮成
建国記念日に日章旗を掲げようと出してみると、黄ばんでいるのに気付いた。旗はかなり古いが、簡単に買いかえるようなものでもない。このまま大事に使い続けていくのだ。積み重ねてきた年月の重みが感じられる。(松枝真理子)

 

句敵の声の聞こえて山笑ふ
三好康夫
ひそかに句敵としているライバルがいるのだろう。句会から遠ざかっていたその人が、久しぶりに句会に出席して名乗りをあげた。名乗りの声が元気そうで、作者はほっとしたのだ。
「山笑ふ」が作者の気持ちの象徴であると同時に、土地柄や句会の雰囲気なども語っている。(松枝真理子)

 

初蝶や手押しポンプは水弾き
松井伸子
季語「初蝶」と手押しポンプの取り合わせが成功している句。
ポンプから勢いよく噴き出す水と初蝶が響きあい、水のきらめきが立ち上がってくるようだ。
生命力にあふれ、躍動的な季節のはじまりが感じられる。(松枝真理子)

 

苗札を立てて半信半疑なり
小山良枝
いま、まさに種をまき終えた作者。苗札をたててみて、何だか妙な気分になる。
本当にここに芽が出てくるのだろうか? あんな小さな種から?
はからいのない素直な表現が、功を奏している。(松枝真理子)

 

雛の客とてなき二人暮らしかな
奥田眞二
子どもが巣立ち、夫婦二人の暮らしを送っているのだろう。
昔は雛祭りをにぎやかに祝ったことを思い出し、そして、今は雛祭りといって出かける予定も、誰かが訪ねてくる予定もないのだと、あらためて思う。
淡々とした措辞から、作者のしみじみとした心情が伝わってくる。
作者はこの穏やかな暮らしを存外気に入っているにちがいない。(松枝真理子)

 

でこぼこのつぎはぎ道路冴返る
森山栄子

 

卒園児夢を叫びて着席す
鏡味味千代

 

三階の出窓にトルソーおぼろの夜
緒方恵美

 

主義主張なきにはあらず蕨餅
梅田実代

 

雪解や線香あげに来しと言ふ
山内雪

 

最終ホール静まり返り百千鳥
鈴木ひろか

 

 

◆入選句 西村 和子 選

春の波小さき足跡追ひかけて
鎌田由布子

このCD返せぬままに卒業す
梅田実代
(そのCD返せぬままに卒業す)

風待ちの鳥のやうなる白木蓮
巫依子

菜の花や地裁に並ぶ百の窓
梅田実代

江ノ電に鳶の伴走うららけし
鈴木ひろか

下萌や堆肥のにほふ農学部
牛島あき

降り立ちて海の匂ひと若布の香
飯田静
(降りたれば海の匂ひと若布の香)

卒業を果たせぬ出征学徒ありき
奥田眞二
(卒業を果たせぬ出征学徒あり)

ふたみ言交はし別るる梅の下
小野雅子

はくれんの灯り初めたる宵の雨
松井洋子
(はくれんの灯り初めたる雨の宵)

曲水や笙聞こえ来る太鼓橋
木邑杏

木々なべて湖畔に斜め水の春
佐藤清子
(木々すべて湖畔に斜め水の春)

ここは何処旅に目覚めし白障子
藤江すみ江
(旅に覚め白障子ここは何処と)

軽やかにトレモロ奏で雪解水
荒木百合子
(軽やかにトレモロ奏づ雪解水)

ざくざくと残雪踏めり星ふる夜
鈴木紫峰人

囀や音楽堂の高みより
松井伸子

千代紙の小箱に納め紙雛
鈴木ひろか

あたたかや木の香槌音釘打つ音
松井伸子
(あたたかや木の香槌音釘の音)

鼻筋の通る横顔雛納め
飯田静

芽柳の枝きらきらと触れ合へる
板垣もと子
(きらきらと芽柳の枝触れ合へる)

幼子の声に膨らむ猫柳
小野雅子

OLと呼ばれし昔春手套
長谷川一枝

何入れるでもなき小箱春灯
藤江すみ江

春寒く空白多き予定表
梅田実代
(春寒く余白の多き予定表)

囀りの上に囀り切通し
緒方恵美

ひとまはりふたまはりして鳥雲に
小山良枝

初ざくら祝結婚の木札下げ
長谷川一枝
(祝結婚と木札ありけり初ざくら)

春浅き川音かすか露天の湯
岡崎昭彦
(春浅し川音かすか露天の湯)

鳥返る空には空の時流れ
山田紳介

公会堂朽ちゆくままに養花天
梅田実代

点三つ目鼻ほほ笑む紙雛
松井洋子
(点三つの目鼻ほほ笑み紙雛)

ごめんねと言ひて覚めたり春の夢
田中優美子

子がはねてボールがとんで春の土
松井伸子

窓開けて耳をすませば鶯か
チボーしづ香

てふてふを追ひ掛ける子を追ひ掛ける
山田紳介

釣り人のひとり離れて春の湖
小野雅子

天狗岩どつしり構へ山笑ふ
深澤範子
(山笑ふどつしり構へ天狗岩)

目の慣れて土筆ここにもあそこにも
松井洋子

小綬鶏や海を見晴らす展望台
飯田静

消防車のサイレンちぎれ春一番
牛島あき

巷塵を一掃したり夜の春雷
板垣もと子
(巷塵を一掃したる夜の春雷)

ロープウェーより風光る港町
巫依子

お向ひの今日も灯らず沈丁花
森山栄子

花人の遠巻きにして大道芸
箱守田鶴

春の風若草山を駆け登り
辻敦丸
(春風の若草山を駆け登り)

沈丁が咲いたと声の弾みをり
松井伸子
(沈丁が咲いたよと声弾みをり)

若き日の父母の面影古雛
松井洋子

春の水追ひつ追はれつ急ぎゆく
矢澤真徳

三味線草雨の匂ひの残る路地
緒方恵美

梅園へ誘ふ看板唐棣色
板垣もと子

仕舞湯の窓に大きく春の月
長谷川一枝

深々と黙礼をして卒業子
山田紳介

啓蟄やコロコロ笑ふ女どち
飯田静
(啓蟄やコロコロ笑う女どち)

地下鉄へ降りつつ畳む春ショール
小野雅子

使はざる鉛筆あまた土筆生ふ
松井伸子

古雛や父手作りの笏を持ち
松井洋子

真つ新のシャツより白き初蝶来
松井洋子

鞠手鞠つるす転がす雛祭
木邑杏
(鞠手鞠つるす転がす雛祭り)

春日差幼なの会話たどたどし
藤江すみ江
(たどたどし幼なの会話春日差し)

夕東風やおいでおいでと赤提灯
奥田眞二

エプロンのまま見送りぬ新入生
鏡味味千代
(新入生エプロンのまま見送りぬ)

柱錆び鉄路は錆びず鳥の恋
吉田林檎

ギャルソンのエプロンきりり百千鳥
梅田実代

柴犬の眼きりりと春の宵
深澤範子

薔薇の芽やことばの欠片つながらず
松井伸子

亀鳴くを聞きしと髭の翁かな
深澤範子

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選

一番に咲き星組のチューリップ いま子
初蝶や手押しポンプは水弾き 伸子
地図帳の開いてありぬ卒業期 実代
てふてふを追ひ掛ける子を追ひ掛ける 紳介
☆振り仮名を附す入学の子の名簿 眞二
入学と言うと、入学する側から詠まれがちですが、この句の場合、先生側から詠まれているところに目を引かれました。子供だけでなく、先生も緊張感を持って臨んでいるのですね。

 

■飯田 静 選

下萌や堆肥のにほふ農学部 あき
啓蟄や箪笥にえらぶ萌葱色 あき
振り仮名を附す入学の子の名簿 眞二
手足得て杭に掴まる蛙の子 亮成
☆一番に咲き星組のチューリップ いま子
幼稚園で組ごとに植えたチューリップ。星組の子供たちの自慢げな顔が浮かびます。

 

■鏡味味千代 選

春めくや螺鈿細工の夜光貝
仕舞湯の窓に大きく春の月 一枝
苗札を立てて半信半疑なり 良枝
囀りの上に囀り切通し 恵美
☆古色もて雛の傷の癒えにけり 栄子
古びて少し茶色がかってきた雛人形。その色と傷の色が似ていて、傷が目立たなくなったのでしょう。面白い視点と、普通は古くなったことを儚く思うところですが、傷が癒えたと、むしろ長い間大切にされていた愛情を感じさせる心にひかれました。

 

■千明朋代 選

春めくや螺鈿細工の夜光貝
何入れるでもなき小箱春灯 すみ江
落ちながら堰をはやして春の水 あき
吹かるれば鳴らむばかりのあせびかな いま子
☆目の慣れて土筆ここにもあそこにも 松井洋子
句に出来なかった私の実感を、現わしていたので、びっくりしました。

 

■辻 敦丸 選

貝母咲く荘子を語る友一人 朋代
磯遊び絵を描きたる潮と岩 新芽
釣り人のひとり離れて春の湖 雅子
風待ちの鳥のやうなる白木蓮 依子
☆ひとまはりふたまはりして鳥雲に 良枝
惜別の感頻りの句。

 

■三好康夫 選

夕飯の支度忘れてゐる遅日 百合子
仕舞湯の窓に大きく春の月 一枝
蕨摘む小気味よき音手に受けて 一枝
ロープウェーより風光る港町 依子
☆島山の笑い出したる架橋かな 依子
春本番の瀬戸大橋が目に浮かびました。

 

■森山栄子 選

卒業や胸のメダイを交換し 実代
ギャルソンのエプロンきりり百千鳥 実代
旅人に住みなす者に初桜 依子
目の慣れて土筆ここにもあそこにも 松井洋子
☆春愁やいつもと同じバスに乗り 紳介
いつもと同じバスに乗り、日常と言えるルーティンの中でふと春愁を感じた作者。繊細な感覚が自然な表現で描かれている一句だと思います。

 

■小野雅子 選

春愁やいつもと同じバスに乗り 紳介
鳥帰る空には空の時流れ 紳介
あたたかや木の香槌音釘打つ音 伸子
何入れるでもなき小箱春灯 すみ江江
☆菜の花や地裁に並ぶ百の窓 実代
菜の花は巡る季節の象徴であり生命の息吹。地裁は人を裁くところ。そこには憎しみや悲しみ、苦しみ等の不条理がいっぱい。百の窓は百の悲劇だ。

 

■長谷川一枝 選

一番に咲き星組のチューリップ いま子
三月の空に起伏のありにけり 良枝
薔薇の芽やことばの欠片つながらず 伸子
梅園へ誘ふ看板唐棣色 もと子
☆このCD返せぬままに卒業す 実代
場面は違いますが、「返してね」の一言が言えず、未だにそのままです。

 

■藤江すみ江 選

ひと刷毛の白き雲行く春の海 敦丸
庭掃いて春の日差を掃き寄する 雅子
啓蟄や引越し車行き交ひて 康仁
消防車のサイレンちぎれ春一番 あき
☆祈りさへ届かぬ戦禍涅槃雪 味千代
戦争のニュースばかりで胸が痛む日々ですが なかなか句に詠むには難しいです 涅槃雪の季語も適切と思います。

 

■箱守田鶴 選

囀の上に囀切通し 恵美
一人づつ労ひながら雛納 良枝
下萌や堆肥のにほふ農学部 あき
啓蟄の土をつけたる犬の鼻 ひろか
☆一番に咲き星組のチューリップ いま子
星組のみんなで育てたチューリップであることが嬉しい、他の組に先がけて咲いたのが誇らしい。17文字で幼稚園の楽しさを語っている。

 

■山田紳介 選

明るき明日頼むこころや種袋 百合子
花冷えや両手に包みマグカップ 和代
花冷えの指先頬に当てて見る 由布子
下萌や堆肥のにほふ農学部 あき
☆一番に咲き星組のチューリップ いま子
「星組」が良いですね。園児の笑顔が浮かんで来るよう。

 

■松井洋子 選

囀や音楽堂の高みより 伸子
蕨摘む小気味よき音手に受けて 一枝
春寒く空白多き予定表 実代
夜に沈みゐてはくれんの明るさよ 依子
☆庭掃いて春の日差を掃き寄する 雅子
「春の日差を掃き寄する」という表現が詠み手の喜びをよく表している。清々しくなった庭に揺れる木洩れ日が見えてくるようだ。

 

■緒方恵美 選

飛び立ちて行く宛のなし小灰蝶 真徳
行間のやうなひと日を初燕 依子
回廊の角に梵鐘風光る 栄子
小綬鶏や海を見晴らす展望台 飯田静
☆照らされしもの皆丸く春の月 味千代
照らされしもの皆丸く春の月そう言えば、春の月の潤んだ感じから照らされたものが「丸く」見えるとは、言い得て妙だ。

 

■田中優美子 選

卒業を果たせぬ出征学徒ありき 眞二
二歩三歩過ぎて沈丁花へ戻り 田鶴
白木蓮蕊を晒して散りにけり 穐吉洋子
霞より出でて一羽の鳥となる 恵美
☆しやぼん玉ひとつ大事に吹きし頃 伸子
子どもの頃、しゃぼん玉ひとつに大切に息を吹きこむだけで、とてもわくわくした。同じように、飴玉ひとつもらうだけで、歌をくちずさむだけで、満たされたあの頃。大人になって、できることは増えたはずなのに、なぜか幸せになるのは難しくなった気がする。深く考えさせられる句でした。

 

■チボーしづ香 選

春寒く空白多き予定表 実代
一枚の版画に夜の雑木の芽 依子
貝殻を探す小さき手春の浜 由布子
侵攻に子を抱き春泥逃げまどふ いま子
☆春の水追ひつ追はれつ急ぎゆく 真徳
雪解けで水笠が増す川の水は勢いを増す、しかしこの句は春の柔らかさをうまく言い表している。

 

■黒木康仁 選

てふてふを追ひ掛ける子を追ひ掛ける 紳介
ひとまはりふたまはりして鳥雲に 良枝
啓蟄の土をつけたる犬の鼻 ひろか
誰が為の残業春の雪しまく 優美子
☆南仏の空に大隊雁帰る チボーしづ香
日本の雁はシベリアへ帰りますが、フランスの雁はどこへ帰るのでしょうか?まさかあの地では……。

 

■矢澤真徳 選

手足得て杭に掴まる蛙の子 亮成
庭掃いて春の日差を掃き寄する 雅子
仕舞湯の窓に大きく春の月 一枝
消防車のサイレンちぎれ春一番 あき
☆子がはねてボールがとんで春の土 伸子
たとえばサッカーをしている子供たち。ボールと同じくらい飛び跳ねている様子が浮かんできます。見ている作者の心の華やぎが、春の土、という言葉に凝縮しているような気がしました。

 

■奥田眞二 選

落ちながら堰をはやして春の水 あき
日の丸の白地の黄ばみ紀元節 亮成
海行かば謳ふ漢や春憂ひ 一枝
苗札を立てて半信半疑なり 良枝
☆囀りの上に囀り切通し 恵美
音の響く地形の切通での聴覚の一瞬をお上手に句にされた、敬服です。

 

■中山亮成 選

啓蟄の土をつけたる犬の鼻 ひろか
春まつり昔玩具の貝屏風 ひろか
落ちながら堰をはやして春の水 あき
蟄居せし間に春に追ひ越され 味千代
☆耕しの金鍬濯ぐ背戸の川 雅子
昔の日本の原風景に好感を持ちました。

 

■髙野新芽 選

菜の花や地裁に並ぶ百の窓 実代
去年の実を垂らす街路樹木の芽風 紫峰人
雪の果て止まるが如く散る如く 昭彦
庭掃いて春の日差を掃き寄する 雅子
☆忘れ雪玄界灘の海蒼き 朋代
季節外れの気象に自然の壮大さを感じる句でした。

 

■巫 依子 選

はくれんの灯り初めたる宵の雨 松井洋子
冴返る隣人の訃が新聞に
てふてふを追ひ掛ける子を追ひ掛ける 紳介
一番に咲き星組のチューリップ いま子
☆春の夢辻褄合はせしたくなり 優美子
夢だから辻褄が合うはずなんて無いのはわかっていても、思わず辻褄合わせしたくなるほど・・・そんなある日の春の夢の実感に共感。

 

■佐藤清子 選

仕舞湯の窓に大きく春の月 一枝
三味線草雨の匂ひの残る路地 恵美
ざくざくと残雪踏めり星ふる夜 紫峰人
武蔵野の樹々を透かして春浅し 昭彦
☆梅が香に誘はれしまま芭蕉庵 康仁
梅の季節は特別という想いに共感しました。探梅に始まって満開となるまで楽しんだと感じます。そしてランチは芭蕉庵でお蕎麦というコースでしょうか。それにしても一番美味なのは近寄って嗅ぐ梅の香りですね。

 

■水田和代 選

吹かるれば鳴らむばかりのあせびかな いま子
花ミモザ閉門時間迫るなり 味千代
夕飯の支度忘れてゐる遅日 百合子
武蔵野の樹々を透かして春浅し 昭彦
☆少しづつ闇に変はりぬ春の海 紳介
海の暮れていく様子を美しく描いていると思いました。春ののどかさが感じられます。

 

■梅田実代 選

落ちながら堰をはやして春の水 あき
何入れるでもなき小箱春灯 すみ江
地下鉄へ降りつつ畳む春ショール 雅子
なにやらを咥へ飛び立ち雀の子 一枝
☆明るき明日頼むこころや種袋 百合子
閉塞感の漂う昨今、これから芽を出し花を咲かせ実をつける種の入った袋に明るき明日を頼むこころに共感しました。

 

■鎌田由布子 選

長閑なり土手より臨むお城山 栄子
江ノ電に鳶の伴走うららけし ひろか
囀りの上に囀り切通し 恵美
分譲の幟の並ぶ四温晴 栄子
☆春光のスポーツカーと耕運機 雅子
スポーツカーと耕運機の取り合わせが面白いと思いました。

 

■牛島あき 選

蕨摘む小気味よき音手に受けて 一枝
手足得て杭に掴まる蛙の子 亮成
しやぼん玉ひとつ大事に吹きし頃 伸子
春泥へ水色の長靴履いて 和代
☆ロープウェーより風光る港町 依子
「風光る港町」が素敵!高い所から港町を見下ろすという構図に思わず引き込まれました。ロープウェーと言うからには、神戸のような大規模な港町かと思われますが、鄙びた漁港の波のきらめきも目に浮かびました。

 

■荒木百合子 選

啓蟄や箪笥にえらぶ萌葱色 あき
大の字に寝て温かき子供かな チボーしづ香
宵闇の庭にほのかなミモザの黄 いま子
夜に沈みゐてはくれんの明るさよ 依子
☆風待ちの鳥のやうなる白木蓮 依子
春先に白く大きな蕾が目立つ白木蓮。微妙に同じ方向に揃って傾く蕾は本当にこの句の感じですね。

 

■宮内百花 選

照らされしもの皆丸く春の月 味千代
消防車のサイレンちぎれ春一番 あき
春光のスポーツカーと耕運機 雅子
鏡文字すつかり消えて進級す 実代
☆鳥帰る空には空の時流れ 紳介
人は北帰行の空を見上げ、鳥たちを見送ることしかできない。上空ではどのような時間が流れているのだろう。鳥の気持ちを想像させる一句。

 

■鈴木紫峰人 選

梅東風や暖簾潜りし四人連れ もと子
千代紙の小箱に納め紙雛 ひろか
発つ一羽追ひて一羽や梅七分 雅子
古雛や父手作りの笏を持ち 松井洋子
☆はくれんの灯り初めたる宵の雨 松井洋子
はくれんが春の宵の中、一つ二つと開き初め、白い、明るい光となって作者の心をも照らしてくれるように感じました。

 

■吉田林檎 選

公会堂朽ちゆくままに養花天 実代
春愁やいつもと同じバスに乗り 紳介
句敵の声の聞こえて山笑ふ 康夫
使はざる鉛筆あまた土筆生ふ 伸子
☆お向ひの今日も灯らず沈丁花 栄子
お向かいさん、どうしているのかしら?と気になる日々。疫病の流行る世の中ではなおのこと気になります。それでも沈丁花は着々と花を咲かせ、香りを放っている。その対比が面白いと思いました。

 

■小松有為子 選

啓蟄や箪笥にえらぶ萌葱色 あき
春浅き川音かすか露天の湯 昭彦
真つ新のシャツより白き初蝶来 松井洋子
夜に沈みゐてはくれんの明るさよ 依子
☆四月馬鹿大阪で聞く標準語 味千代
思わず笑ってしまいました。歯切れの良さが素敵です。

 

■岡崎昭彦 選

鳥帰る空には空の時流れ 紳介
指笛や川面転がる小さき春 敦丸
照らされしもの皆丸く春の月 味千代
夕東風やおいでおいでと赤提灯 眞二
☆春の夢さつさと覚めて朝支度 優美子
さっぱりとした作者の性格が見えるようで思わず笑みが漏れる句でした。

 

■山内雪 選

啓蟄や赤子の眼きょろきょろと 飯田静
消防車のサイレンちぎれ春一番 あき
蕨摘む小気味よき音手に受けて 一枝
鳥帰る空には空の時流れ 紳介
☆啓蟄の土をつけたる犬の鼻 ひろか
そこいらじゅうクンクンやってきた事がわかり、啓蟄のエネルギーを感じる。

 

■穐吉洋子 選

侵攻に子を抱き春泥逃げまどふ いま子
下萌や堆肥のにほふ農学部 あき
振り仮名を附す入学の子の名簿 眞二
祈りさへ届かぬ戦禍涅槃雪 味千代
☆日の丸の白地の黄ばみ紀元節 亮成
今は祝日に国旗を掲げる家も少なく箪笥に閉まったまま、紀元節に出してみるとすっかり黄ばんだ国旗、人生の黄昏を感じます。

 

■若狭いま子 選

卒業を果たせぬ出征学徒ありき 眞二
戦ひの終結祈る白木蓮 穐吉洋子
蕨摘む小気味よき音手に受けて 一枝
梅が枝を持ちて羽衣舞ひにける
☆でこぼこのつぎはぎ道路冴返る 栄子
足弱の身にとってこの句の道路事情が痛切な実感として伝わってきます。

 

■松井伸子 選

深々と黙礼をして卒業子 紳介
幼子の声に膨らむ猫柳 雅子
振り仮名を附す入学の子の名簿 眞二
公会堂朽ちゆくままに養花天 実代
☆春の風若草山を駆け登り 敦丸
わくわくと春の喜びが伝わってきます。若々しくて躍動感に満ちて読む者も心弾みます。

 

■長坂宏実 選

梅が枝を持ちて羽衣舞ひにける
しやぼん玉ひとつ大事に吹きし頃 伸子
散歩道肩に触れたる猫柳 範子
たんぽぽに摘む楽しさを教はりて 百花
☆てふてふを追ひ掛ける子を追ひ掛ける 紳介
暖かな親子の様子が目に浮かびます。

 

■木邑杏 選

夜に沈みゐてはくれんの明るさよ 依子
侵攻に子を抱き春泥逃げまどふ いま子
あたたかや木の香槌音釘打つ音 伸子
ざくざくと残雪踏めり星ふる夜 紫峰人
☆リハーサルの舞台に残る余寒かな 味千代
本番に備えてリハーサルをするのだが、観客のいない劇場は暖房も無く寒さが堪える。余寒ですね。

 

■鈴木ひろか 選

苗札を立てて半信半疑なり 良枝
小綬鶏や海を見晴らす展望台
霞より出でて一羽の鳥となる 恵美
お向ひの今日も灯らず沈丁花 栄子
☆桃の花子へのひと言飲み込みぬ 百花
「大人になってきた子へかける言葉の難しさ」に同感。季語の桃の花に親の愛情を感じる。

 

■深澤範子 選

吹かるれば鳴らむばかりのあせびかな いま子
白木蓮蕊を晒して散りにけり 穐吉洋子
夜半さめて春の嵐や又三郎 真徳
降り立ちて海の匂ひと若布の香
☆てふてふを追ひ掛ける子を追ひ掛ける 紳介
春の情景が浮かんできて、いい句だと思いました。リフレインも効いていると思います。

 

 

◆今月のワンポイント

「推敲について」

句ができるとほっとしてそのまま出してしまいがちですが、必ず推敲するようにしましょう。
時間がなくても、最低限、漢字や仮名遣いの間違いがないか見直してください。
余裕があれば、「てにをは」を確認したり、語順を入れ替えたり、違う言葉に置き換えたりしてみます。
あまりやりすぎると、結局元の句がよかったということもよくありますが・・・・・・。
何はともあれ、「できた!」と思ったその後、締切間際の5分間がとても大事なのです。
松枝真理子

◆特選句 西村 和子 選

バス停は岬南端春隣
鈴木ひろか
春を先取りしたくて、海へと足を延ばした作者。
バス停が岬の南端にあるという事実を淡々と詠んでいるが、それが「南端」であること、また軽やかな措辞が季語の「春隣」と響き合っている。
岬の先に広がる海の光景も見えてくる。
(松枝真理子)

 

園庭の子等皆薄着梅ふふむ
飯田静
通りかかった園庭をのぞくと、元気に子どもたちが遊んでいる。
その動きをなんとなく目で追っていると、存外薄着なのに気付いた。
ふと見ると、園庭の隅の梅がふくらんで開花間近である。子どもの方が大人よりも早く春を感じているのだ。
「梅ふふむ」とこれから成長する子ども達がリンクしていて、希望に満ちた明るい句である。
(松枝真理子)

 

三日月のいよよとんがり冴返る
藤江すみ江
春の月は「朧月」いう季語もあるように、かすんで見えることも多い。
だがそれと違い、この夜の三日月はますます尖ってみえた。それは寒の戻りで空気が澄み切っていたからでもあるし、作者の心象風景でもあろう。
「冴返る」の季語がよく効いている。
(松枝真理子)

 

城壁の石組固く梅白し
板垣もと子
作者の住んでいる町の城を詠んだ句と想像した。
城壁の石組みをまじまじと見て、その技術に圧倒されるばかりでなく、城が作られた時代にまで思いを馳せる作者。
「梅白し」からは、武士の凛とした立ち姿が思い浮かび、先人達の思いや覚悟までも伝わってくる。
(松枝真理子)

 

薔薇の芽の赤ぽつちりとみつちりと
小野雅子
句の前半と後半、それぞれに表現の工夫が見られる句である。
まず、「赤き薔薇の芽」ではなく、「薔薇の芽の赤」としたところに工夫がある。
これによって焦点が絞られ、読み手にはくっきりと薔薇の芽の赤みが見えてくる。
また、「ぽつちりと」「みつちりと」と促音を含んだリフレインが、薔薇の芽の様子を的確に表している。
(松枝真理子)

 

浮かびてはまた一句消ゆ風邪の床
田中優美子
風邪といっても程度は様々だが、作者の風邪はかなりひどかったようだ。
床に臥していると、いろいろな思いが巡る。俳句がふっと浮かぶ場合もあるが、書き留めておくほどの気力はない。うとうとしている間に消えてしまい……ということが何度か繰り返される。そして後から思いだそうとしても思い出せず、「惜しかった!名句だったかもしれないのに!」と思うのだ。
俳句を作る人なら誰もが共感する句である。
(松枝真理子)

 

リボン縦結びやバレンタインデー
森山栄子
小学校高学年、もしくは中学生くらいの子が、手作りのチョコレートを作ったのだろう。
なれない手つきでラッピングすると、どうしてもリボンが縦結びになってしまうのだが、母親から見るとなんとも微笑ましい。
季語以外の記述が「リボン縦結びや」だけであるにもかかわらず、光景がよく見えてくる。
省略のよく効いた句である。
(松枝真理子)

 

一水の光を返し猫柳
緒方恵美

 

自画像のあご尖りたる余寒かな
梅田実代

 

見送りの声の伸びやか春の朝
鏡味味千代

 

雪煙より現るる対向車
山内雪

 

梅散るや雨の香のこる散策路
岡崎昭彦

 

 

 

◆入選句 西村 和子 選

水草生ふきららきららと水光り
松井伸子

春雪の寺に幽閉されしかに
巫依子

春の夜の下りホームに別れけり
鎌田由布子

春の月遠きものほど美しき
田中優美子

春立つや登校の子等背筋伸び
穐吉洋子
(春立つや登校子等の背筋伸び)

剥落の不動明王節分会
千明朋代

大雪の道をなんとか車椅子
深澤範子

途中から襟立て歩く余寒かな
鈴木ひろか

売り声の行つたり来たり焼き芋屋
長坂宏美
(焼き芋を売る声の行つたり来たり)

長安にむかし仙人春惜しむ
松井伸子
(惜春やむかし仙人長安に)

揉み合うて野焼の火と火風と風
牛島あき

春の昼みんな帰つてしまひけり
山田紳介
(春昼やみんな帰つてしまひけり)

参拝を終へて見上ぐる冬夕焼
千明朋代

引綿のやうに夕雲春浅し
森山栄子

春の雨結論すこし先延ばし
長谷川一枝

立春大吉買物カート満載に
若狭いま子

無人駅乗客もなく春の月
鏡味味千代

山焼の熱気思はず退りけり
木邑杏
(山焼や熱気思はず退りけり)

うつつなき母枕辺の雛あられ
奥田眞二

山小屋の王者の如く暖炉燃ゆ
深澤範子

梅が香やちちはは元気なりし頃
小野雅子
(梅が香やちちはは元気だつた頃)

早春の人まばらなる珈琲店
岡崎昭彦
(早春や声まばらなる珈琲店)

かの銀杏ひこばえ育つ実朝忌
奥田眞二

雪の夜の底に集配所の灯る
梅田実代

春ショール物産展の人波へ
田中優美子

客を待つ庭整へて雛の家
水田和代
(客を待つ庭整ひて雛の家)

寒晴れや大東京の果ていづこ
山内雪
(寒晴れや大東京の果てはどこ)

金縷梅の小声なれども陽気なり
小山良枝

急ぎ来る白鳥羽を怒らせて
宮内百花

風の音止みて風花とぎれけり
三好康夫

家鳴りの大きくひとつ冴返る
田中優美子

介護士の手のひら赤し寒戻る
松井洋子
(介護士の赤き手のひら寒戻る)

地図に無き径に迷へば茨の芽
松井洋子

黙々と飯平らげし受験生
鏡味味千代
(黙々と飯平らげる受験生)

ふらここを押す手の小さくこそばゆく
松井伸子
(ふらここを押す手ちひさくこそばゆく)

鏡面の輝き放ち薄氷
鎌田由布子

春寒し郵便受けのひんやりと
若狭いま子

お手植ゑの梅の蕾のひとならび
飯田静

凍返るたびに菜畑の色深め
松井洋子

雪解けて足跡のまづ透けにけり
鏡味味千代
(雪解けに足跡のまづ透けにけり)

教室にひとり残りて春の昼
山田紳介

青竹の茶杓の軽き初点前
千明朋代

冴返るこの頃増えし独り言
穐吉洋子
(冴返るこの頃増えぬ独り言)

幼子の尻もちとんと春の土
鈴木ひろか

春寒し石階降りるピンヒール
飯田静
(春寒し階降りるピンヒール)

囀や半熟玉子流れ出し
小山良枝

紅梅の遠目にほのとうちけぶり
荒木百合子

海からの風の和らぎ春めきぬ
鎌田由布子

室の花油彩の赤を使ひ切り
辻敦丸

自転車の轍重なる春の土
飯田静

盛り塩のやうに残れる春の雪
松井伸子

猫柳ふふむと見せてなほ固し
小松有為子

囀に呼び止められし大欅
飯田静

はためきてシーツ光れり春一番
松井洋子

仰ぎても青空ばかり初雲雀
長谷川一枝
(見上げても青空ばかり初雲雀)

子の点てし茶のまろやかに春隣
鈴木紫峰人

 

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選

恐竜の胃石のまろし春眠し 百花
ランドセル春の陽光跳ね返し 由布子
揉み合うて野焼の火と火風と風 あき
濃紅梅小さく咲きて香の深し 洋子
☆雪解けて足跡のまづ透けにけり 味千代
言われてみれば確かにそうですね。人か動物か分かりませんが、生き物の体温や息づきが足跡に宿っているようです。春の訪れを感じさせてくれる作品でした。


■飯田 静 選

時の気に匂ひ失せたる水仙花 依子
素通りや雪掻いて待つ郵便車
かの銀杏ひこばえ育つ実朝忌 眞二
梅ふふむ子等の手作り樹木札 ひろか
☆幼子の尻もちとんと春の土 ひろか
歩き始めたばかりなのでしょう。嬉しそうに歩いているうちについた尻もちを春の土が優しく受け止めてくれました。秋でも冬でも夏でもこの句は成り立たないとおもいました。

 

■鏡味味千代 選

伊豆の山遥けく望む実朝忌 眞二
蕗味噌を舐めつ疎開の話なぞ 眞二
春の月遠きものほど美しき 優美子
蒲生野の雪深々と石佛 敦丸
☆待春と題の出てより春親し 栄子
春の季語を意識し出すと、急に身の回りにこんなにも春が溢れていることに気づきます。他の季節と比べて、春は殊にそれを感じます。

 

■千明朋代 選

独活きざむ刃先指先渋きかな 田鶴
北天にデネブ輝き冬終る 真徳
つくばひに水琴窟に春兆す 栄子
子の灯す蝋燭ほのと雪あかり 紫峰人
☆鳥帰る柩にそっと比良の地図 百合子
亡くなった人の魂が、鳥と一緒に行く光景が描かれていると思いました。

 

■辻 敦丸 選

囀は田の神様の露払ひ 康仁
仰ぎても青空ばかり初雲雀 一枝
仏の座ながめ終はりて耕せり 実代
自転車の轍重なる春の土 飯田静
☆幼子の尻もちとんと春の土 ひろか
凍解けの土草が萌えはじめた春の喜びが生き生きと感じられる。

 

■三好康夫 選

自画像のあご尖りたる余寒かな 実代
天井に日の斑遊ばせ春炬燵 恵美
朝市の若布一盛り家苞に いま子
裸木の神経のごと枝の張り 亮成
☆素通りや雪掻いて待つ郵便車
残念。待ちましょう。

 

■森山栄子 選

自画像のあご尖りたる余寒かな 実代
カフェに待つ次の上映夕永し 林檎
子羊の余寒の中を生まれ来る チボーしづ香
花八手いつも何かを探しをり 優美子
☆恐竜の胃石のまろし春眠し 百花
恐竜のいた遥かな時間、胃石が形作られるまでの時間、いずれもゆったりとした流れがあり、春眠しというと言う季語と響き合っていると感じました。

 

■小野雅子 選

揉み合うて野焼の火と火風と風 あき
恐竜の胃石のまろし春眠し 百花
待春と題の出てより春親し 栄子
春や春ピザ生地宙に舞ひにけり 眞二
☆うつつなき母の枕辺雛あられ 眞二
お母様は病の床に伏しておられ、ほぼ夢の中にいらっしゃるのでしょうか。ひな祭りですよと伝える優しいお心に胸をうたれました。私も母に付き添いましたが、もっと優しくできなかったかと悔いばかりが残っています。

 

■長谷川一枝 選

冴返るこの頃増えし独り言 穐吉洋子
自転車の轍重なる春の土 飯田静
とれたての菠薐草に日の温み 松井洋子
蜆汁相も変はらぬ箸使ひ ひろか
☆種物屋季節外れのポスターも 良枝
近くに大型店が出来たので、小さな種物屋さんは暇になったのか古いポスターもそのままに。

 

■藤江すみ江 選

蜆汁相も変はらぬ箸使ひ ひろか
一水の光を返し猫柳 恵美
その影を束ねて着地スキージャンプ 栄子
とれたての菠薐草に日の温み 松井洋子
☆凍返るたび菜畑の色深め 松井洋子
ずっと日々 菜畑を眺めている作者  その変化を見逃すことのない作者の眼を感じます。

 

■箱守田鶴 選

うつつなき母の枕辺雛あられ 眞二
天井に日の斑遊ばせ春炬燵 恵美
幼子の尻もちどんと春の土 ひろか
餅花や皺しわの手もみじの手 範子
☆パンジーや笑ひ上戸の老姉妹 いま子
ご姉妹は昔から笑い上戸だったのでしょう。齢をとってもそのまんま。同じことを一緒に笑える仕合せがパンジーのように明るい。

 

■山田紳介 選

ハンカチのKの刺繍や春めける 清子
花八手いつも何かを探しをり 優美子
パンジーや笑ひ上戸の老姉妹 いま子
しゆるしゆると足袋の摺足初茶湯 朋代
☆大試験地下鉄四番出口より もと子
五十年前、東京で受験した時に東京住まいの兄が案内してくれた。前日最寄り駅から大学までの道程を一緒に歩いてくれ、この新宿厚生年金会館を目標にする様に、何回も念を押された。文字通り昨日の事のように覚えている。

 

■松井洋子 選

ランドセル春の陽光跳ね返し 由布子
揉み合うて野焼の火と火風と風 あき
家鳴りの大きくひとつ冴返る 優美子
掌にうつす大地の鼓動たがやせり 実代
☆雪の夜の底に集配所の灯る 実代
雪の夜の底という表現で、雪の深さ、冷たさ、暗さなどが一気に伝わってくる。そこに灯る明かりは、その地に生きる人たちの命のように感じられた。

 

■緒方恵美 選

引綿のやうに夕雲春浅し 栄子
春空や真青つらぬくけやきみち 昭彦
青竹の茶杓の軽き初点前 朋代
室の花油彩の赤を使ひ切り 敦丸
☆冬ざるる檻の中なる喫煙者 穐吉洋子
中七が端的に状況を表している。時代の流れですね… そのやるせなさを季語が代弁している。

 

■田中優美子 選

てのひらを重ねるやうに芽吹きけり 林檎
途切れたる話のすき間囀れる 田鶴
薔薇の芽の赤ぽつちりとみつちりと 雅子
またしても大嘘つかれ大雪よ 範子
☆春の雨結論すこし先延ばし 一枝
やんわりと降る春の雨に、そう結論を急ぐことでもないと思った作者。繊細な心理がうかがえます。

 

■チボーしづ香 選

梅散るや雨の香のこる散策路 昭彦
時の気に匂ひ失せたる水仙花 依子
一水の光を返し猫柳 恵美
春浅し初瀬の川の水速し 康仁
☆椿掃くそのままにとの声あらば 百合子
落ちたばかりの花びらが豪華で美しい椿の花を惜しむ声が印象深い。

 

■黒木康仁 選

人類は宇宙を目指しいぬふぐり 良枝
落語でも聞きに行かうか雪催 有為子
ぬくぬくし布団に籠る日の匂ひ 敦丸
幼子の尻もちとんと春の土 ひろか
☆仰ぎても青空ばかり初雲雀 一枝
初めて雲雀の声を聴いたのでうれしくなって見上げたのですが、そこには青空だけが残っていた。一種の空虚感でしょうか。

 

■矢澤真徳 選

雪解けて足跡のまづ透けにけり 味千代
発願のお百度参り涅槃西風 朋代
揉み合うて野焼の火と火風と風 あき
雪の夜の底に集配所の灯る 実代
☆相席の夫婦の会話しじみ汁 宏実
相席の人の会話は聞こうとしなくても耳に入ってしまうときがあります。少しの泥臭さまで旨味になっているしじみ汁のような夫婦の会話だったのかな、と想像しました。いかにもおいしそうで、実は味が抜けているしじみの身も気にせず箸でつつけるのも夫婦のいいところかな、とも思います(しじみの身など食べない上品なご夫婦だったかもしれませんが)。

 

■奥田眞二 選

冴えかへる小童黙る骨拾ひ 康仁
山小屋の王者の如く暖炉燃ゆ 範子
疫神に朝寝の日々を賜りぬ 依子
雪礫投げし如くに梅咲きぬ もと子
☆ハンカチのKの刺繍や春めける 清子
ハンカチを四つに折り畳んだらKの字の刺繍が表れて出た。 プレゼントされた作者のイニシャルであろうか、はたまたあの時のーーなんて物語を考えてしまう。

 

■中山亮成 選

自転車の轍重なる春の土 飯田静
とれたての菠薐草に日の温み 松井洋子
春ショール物産展の人波へ 優美子
日常といふ名の平和草青む 百花
☆爪立ててすがる子猫の鼓動かな 百合子
情景がうかび、鼓動が効いてます。

 

■髙野新芽 選

海からの風の和らぎ春めきぬ 飯田静
鳥声のひと際空の春めける 雅子
春の月遠きものほど美しき 優美子
雪晴れの木立の影は水墨画 亮成
☆深き傷持ちてものの芽ふくらめり 松井洋子
春の期待と生命力が感じられる素敵な句でした。

 

■巫 依子 選

黙々と飯平らげし受験生 味千代
しゆるしゆると足袋の摺足初茶湯 朋代
相席の夫婦の会話しじみ汁 宏実
雪の夜の底に集配所の灯る 実代
☆雪もよひ木べらに潰すだまの数 実代
今夜は冷え込みそうだからホワイトシチューにしましょう・・・と、市販のルーを使わずに丁寧に作っている感じがいいですね。そうでありながらも、潰すだまの数ひとつひとつに、天候が悪くなっていくことへの鬱屈のようなものも感じられ、心憎いですね。

 

■佐藤清子 選

山小屋の王者の如く暖炉燃ゆ 範子
深き傷持ちてものの芽ふくらめり 松井洋子
春宵のランプ数多に小樽駅 紫峰人
幼子の尻もちとんと春の土 ひろか
☆バス停は岬南端春隣 ひろか
まるでグーグルアースで焦点を合わせて行くように岬の南端にたどり着けました。故郷のバス停なのかもしれません。すっきりと言葉少なところが心地良く感じます。間もなく春が訪れる岬への想いが伝わってきました。

 

■水田和代 選

成人式かつてあの子は利かん坊 範子
浅き春みな福耳の羅漢さま 恵美
亡き父の夢まで見たる風邪の床 優美子
子羊の余寒の中を生まれ来る チボーしづ香
☆途切れたる話のすき間囀れる 田鶴
話が途切れてしんとした時に、鳥が合間を埋めるように囀り、また会話が戻ってきたのでしょう。一瞬がよく書けていると思いました。

 

■梅田実代 選

一水の光を返し猫柳 恵美
子の覗きゐる早春のポストかな 栄子
パンジーや笑ひ上戸の老姉妹 いま子
薔薇の芽の赤ぽつちりとみつちりと 雅子
☆人類は宇宙を目指しいぬふぐり 良枝
道端の小さく可憐な犬ふぐりの青から遠く広大な宇宙への発想の飛躍が見事です。

 

■鎌田由布子 選

落語でも聞きに行かうか雪催 有為子
三日月のいよよとんがり冴返る すみ江
一水の光を返し猫柳 恵美
バス停は岬南端春隣 ひろか
☆城壁の石組固く梅白し もと子
梅の花が咲いているがまだ寒さが残っている感じが石組固くから感じられました。

 

■牛島あき 選

薔薇の芽の赤ぽつちりとみつちりと 雅子
春の夜の下りホームに別れけり 由布子
仰ぎても青空ばかり初雲雀 一枝
声少し落とす予報士冴返る 康夫
☆バス停は岬南端春隣 ひろか
潮の匂いの風や眩しい海光がありありと想像され、「春隣」より相応しい季語があるだろうかと思いました。

 

■荒木百合子 選

海苔舟の帰り来海をしたたらせ 雅子
山小屋の王者の如く暖炉燃ゆ 範子
日矢射して凍雲に穴ひらきけり 栄子
揉み合うて野焼の火と火風と風 あき
☆仰ぎても青空ばかり初雲雀 一枝
子供の頃、畑が沢山あった西賀茂に蓬摘みに連れて貰い、あとの蓬餅作りも楽しみでした。青空に雲雀の声、懐かしいです。

 

■宮内百花 選

ふらここを押す手の小さくこそばゆく 伸子
ひと粒のミモザの花のひかりかな 伸子
鳥帰る柩にそつと比良の地図 百合子
梅ひとつ咲きて記憶の戸を叩く 眞二
☆人類は宇宙を目指しいぬふぐり 良枝
まるで犬ふぐりのように、宇宙から見たら人間は何と小さな存在か。しかし、宇宙を目指すチャレンジ姿勢もまた、踏まれても立ち上がる犬ふぐりのようだ。

 

■鈴木紫峰人 選

幼子の尻もちとんと春の土 ひろか
とれたての菠薐草に日の温み 松井洋子
初蝶の吾を一回りして空へ 良枝
海苔舟の帰り来海をしたたらせ 雅子
☆揉み合うて野焼きの火と火風と風 あき
野焼きの紅蓮の炎が目に浮かぶようです。

 

■吉田林檎 選

バス停は岬南端春隣 ひろか
塩漬けの塩の結晶春浅し 由布子
リボン縦結びやバレンタインデー 栄子
冬ざるる檻の中なる喫煙者 穐吉洋子
☆自画像のあご尖りたる余寒かな 実代
自画像なのに、という点に面白みがあります。自分の横顔の特徴に改めて気づく感じに今さら感があり、春の寒さと響き合います。

 

■小松有為子 選

日脚延ぶ下校のチャイムはや鳴りて 一枝
天井に日の斑遊ばせ春炬燵 恵美
待春と題の出てより春親し 栄子
途切れたる話のすき間囀れる 田鶴
☆新聞のよもや来るとは吹雪の日
悪天候をついて届けて下さる配達員さんに脱帽ですよね。素直に詠まれていて好感です。

 

■岡崎昭彦 選

藁を食む牛よ羊よ春日和 チボーしづ香
マニキュアの赤を手に取り春隣 由布子
仏の座ながめ終はりて耕せり 実代
古書店に出会ひありけり蝶の春 林檎
☆雪解けて足跡のまづ透けにけり 味千代
春の雪は薄っすらと積もり、足跡を薄く残す。

 

■山内雪 選

フィアンセの話となりぬ春帽子 紳介
カフェに待つ次の上映夕永し 林檎
ふとん屋の盆梅ふふむアーケード 栄子
種物屋季節外れのポスターも 良枝
☆掌にうつす大地の鼓動たがやせり 実代
大げさな表現のようでついつい肯いてしまった。

 

■穐吉洋子 選

山小屋の王者の如く暖炉燃ゆ 範子
室の花油彩の赤を使ひ切り 敦丸
人類は宇宙を目指しいぬふぐり 良枝
立春や子の声弾むまあだだよ 飯田静
☆朝日昇るごと稜線の野焼きかな
朝日が昇るにつれ稜線が照らされていく様子を野焼きに見たてみごと。

 

■若狭いま子 選

日常といふ名の平和草青む 百花
幼子の尻もちとんと春の土 ひろか
黙々と飯平らげし受験生 味千代
県境は地図上のこと蕗の薹 あき
☆春眠に天寿全うしたりけり あき
老いの身なれば、あやかりたい最期です。

 

■松井伸子 選

うつつなき母枕辺の雛あられ 眞二
春北風や電話の中の風の音 一枝
山小屋の王者の如く暖炉燃ゆ 範子
海苔舟の帰り来海をしたたらせ 雅子
☆藁を食む牛よ羊よ春日和 チボーしづ香
「牛よ羊よ」の表現に温かいまなざしを感じました。当たり前が当たり前として輝く世の中でありますように。

 

■長坂宏実 選

マニキュアの赤を手に取り春隣 由布子
寝不足の目には眩しき春日かな 味千代
古書店に出会ひありけり蝶の春 林檎
藁を食む牛よ羊よ春日和 チボーしづ香
☆浮かびてはまた一句消ゆ風邪の床 優美子
風邪で寝込んでいる時、何か考えようとしてもまともにいかない様子が伝わってきました。

 

■木邑杏 選

吹かれたる芽柳に頬さすらるる いま子
浅春のツェルニーの指もつれたる 実代
一水の光を返し猫柳 恵美
山小屋の王者の如く暖炉燃ゆ 範子
☆春風に野生を乗せて馬頭琴 伸子
モンゴルの大草原を馬頭琴になった野生の馬が春風の中を駆け抜けていく。

 

■鈴木ひろか 選

子羊の余寒の中を生まれ来る チボーしづ香
雪煙より現るる対向車
花八手いつも何かを探しをり 優美子
今朝散りし山茶花跨ぐ赤き靴 真徳
☆介護士の手のひら赤し寒戻る 松井洋子
冷たい水で洗う事も多いと思われる介護士の働く手が見えるようです。

 

 

 

◆今月のワンポイント

「多読のすすめ」

多作多捨はみなさん実行なさっていると思うのですが、なかなか手が回らないのが多読です。

多読と言っても、何から読めばいいのかわからない方もいらっしゃるかもしれません。

まずは、西村和子先生や行方克巳先生の句集、そして好きな俳人がいればその人の句集を読むのがよいと思います。幅広く名句に触れたいのであれば、両先生の共著『名句鑑賞読本』がおすすめです。

優れた句を読んでいると、言葉の使い方や表現方法の工夫に気づきます。それが自らの栄養となり、今後の句作に大いに役立つことでしょう。

松枝真理子

◆特選句 西村 和子 選

席題の出て静かなり置炬燵
森山栄子
今までにぎやかにおしゃべりをしていたメンバーが、席題が出された途端に句作モードに入ったのである。
置炬燵で句会をするのであるから、気の置けない仲間であり、しかも少人数だということもわかる。また、部屋の様子も想像できる。
炬燵のぬくもりと相まって、ほのぼのとした感じも出ている。
(松枝真理子)

 

冬帽子ともに戦ひともに老い
山田紳介
品のよい中折れ帽をかぶっている作者を想像した。
人生の苦楽を共にしてきたという思いがあるのだろう。
それが「ともに戦ひ」「ともに老い」と、リフレインを効果的に使った表現に結びついた。
また、「冬帽子」に人生の味わいも感じられる。これが「夏帽子」では、このような感慨は伝わってこないだろう。
(松枝真理子)

 

元朝の風を待つなり大漁旗
梅田実代
穏やかな元日の朝。漁港に停泊している漁船には、豊漁と安全祈願のための大漁旗と日の丸がそれぞれ掲げられている。
大漁旗が大きくなびくのを見たくて、風を待っている作者。
それは、これからはじまる一年への希望のようにも感じられる。
(松枝真理子)

 

成人式娘はビジネススーツ着て
小野雅子
新成人の女性は成人式に振袖で出席するのが当然のような風潮があるが、世の中にはそのような女性ばかりではない。
とはいえ、成人式にビジネススーツを着ていくのはかなりの勇気がいることであろう。それくらいなら出席しないという選択もできる。だが、あえて出席するところに彼女の矜持が感じられる。そして、作者もそんな娘を誇らしく見守っているのだ。
(松枝真理子)

 

自販機が音産み落とす霜夜かな
牛島あき
しんしんと冷える夜、あたたかい飲み物を買おうとした作者。
「ことん」と出てきたその音が、まるで産み落とされたように思え、それを素直に表現した句である。
夜の自販機は明々と光りを放ち、その辺りはどこか異次元めいているが、この句にもなんとも言えない不思議な空気感が漂っている。
(松枝真理子)

 

吹きながら七草粥に温まる
若狭いま子
粥を食べて温まるのではなく、吹きながら温まるという表現が斬新である。
ふうふうと粥を吹く作者の顔を湯気が撫でる様子が思い浮かび、読み手まで湯気に包まれて温かくなってくるような気がしてくる。
また、七草粥であることから、年末年始の忙しさから解放され、作者が自らを労っている様子も見えてくる。
(松枝真理子)

 

紙垂煽りなほうねり立つどんどの火
松井洋子
どんど焼きを見物している作者。一瞬吹いた風により炎が紙垂に燃え移った様子を「紙垂煽り」と省略を効かせ、それによって炎の勢いが増した様を「うねり立つ」とした。
観察の眼が効いて、かつ表現巧みな句である。
(松枝真理子)

 

父の手をいつ離せしか枯野道
梅田実代

 

一湾に潮満ち来たる淑気かな
緒方恵美

 

薪ストーブ囲みて森の朗読会
千明朋代

 

寒梅を生けてマスターもの静か
水田和代
(寒梅を生けてマスター物静か)

 

公園の機関車無音冬ざるる
森山栄子

 

 

◆入選句 西村 和子 選

犬だけの写真となりぬ年賀状
梅田実代

男らの料理はおしやれ牡蠣ごはん
松井伸子

黒豆に草石蚕の赤負けてゐず
佐藤清子

渡良瀬の白きさざ波初景色
千明朋代

出初式埠頭隅々まで使ひ
小山良枝

初詣わづか二段を支へられ
若狭いま子

侘助の昨日の白を掃きにけり
水田和代

くもり無き玻璃真四角の初明り
松井洋子

着ぶくれの上に福顔揺れてをり
鏡味味千代

短日のヘッドライトに目を射られ
中山亮成

歳晩や時報に合はす腕時計
長谷川一枝

今年こそ明窓浄机初仕事
千明朋代

樂局のごとし霰の散る跳ねる
荒木百合子

処置室へ見送りてより初時雨
黒木康仁
(処置室へ見送りてふと初時雨)

洗ひ立て作業着昆布のごとく凍て
山内雪
(洗ひ立ての作業着昆布のごとく凍て)

たをやかに稜線白し初浅間
岡崎昭彦
(たをやかに稜線白く初浅間)

屠蘇を酌む夫の座に夫居らざるも
穐吉洋子
(夫の座に夫居らざるも屠蘇を酌む)

寒四郎竹林の青冴えにけり
中山亮成
(寒四郎竹林の青冴え冴えし)

出で立ちは忍者の如し秋の旅
深澤範子
(出で立ちは忍者の如く秋の旅)

対岸の都心の明かり去年今年
鎌田由布子

蠟燭の炎おほきく春隣
小山良枝

初暦表紙を颯と取り去りし
三好康夫
(表紙颯と引き取り去りし初暦)

臘梅や三時過ぎれば日の翳り
小山良枝

伏流水あまたを孕み山眠る
牛島あき
(伏流のあまたを孕み山眠る)

初挽きのこけし雪みる眼をもらひ
緒方恵美

只ならず文字の乱れし賀状かな
荒木百合子

三条の珈琲店に春着の娘
板垣もと子
(三条の珈琲店に晴着の娘)

薬包紙もて風邪の子に折りし鶴
長谷川一枝
(風邪の子にくすり紙もて折りし鶴)

玄関に猫が出てきて御慶かな
山内雪

風花や海見はるかす丘に立ち
鈴木紫峰人
(風花の海見はるかす丘に立つ)

初時雨待合室の大時計
黒木康仁

冬夕焼背負ひ部活の子ら帰る
松井洋子

異教徒の吾も紛れて聖夜弥撒
若狭いま子

少し開く障子の奥の寿老人
鈴木ひろか

遺骨のみ残されし家凍てにけり
巫依子

暗闇に火を焚く匂ひ年立ちぬ
巫依子

お隣の雪掻く音に目覚めけり
山田紳介
(お隣の雪掻く音で目覚めけり)

豪州へ書き込む吾子の初暦
松井洋子
(豪州へと書き込む吾子の初暦)

寒稽古琵琶湖に拳打ちつけて
吉田林檎

久々の寒紅薄く誕生日
飯田静

極月や亡き人に似し喪主の声
板垣もと子

雨音の乾いてゐたり朴落葉
小山良枝

石段のしたたか濡れて落椿
小山良枝
(落椿石段したたかに濡れて)

機上より初富士の裾ひろびろと
森山栄子

面高のベールに透けて聖夜弥撒
若狭いま子
(面高の顔ベールに透けて聖夜弥撒)

ひざまづき冬の牡丹を目の高さ
緒方恵美

対岸のビル黒々と初日影
若狭いま子

初場所や行司の威厳ことさらに
箱守田鶴

表札を息子に変へて年新た
穐吉洋子

枯蔦や煉瓦煤けし港町
森山栄子

探梅や登りつめたる湖明り
牛島あき
(探梅の登りつめたる湖明り)

枯芝のやはらかく子を受け止めて
小山良枝

福寿草つぶやけば幸来るやうな
小野雅子

 

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選

洗ひ立て作業着昆布のごとく凍て
とんど焼注連燃え尽きて崩れざる 伸子
自販機が音産み落とす霜夜かな あき
越してきし扉に小さき注連飾り
☆つがひ鴨一つの眠り分け合へる 百合子
静かに寄り添って眠っている様子が微笑ましいですね。また、眠りとは形の無いものですが、それを分け合っているという発想がユニークでした。

 

■飯田 静 選

読初や厨に椅子を持ち込んで 栄子
表札を息子に変へて年新た 穐吉洋子
今年こそ明窓浄机初仕事 朋代
薪ストーブ囲みて森の朗読会 朋代
☆歳晩や時報に合はす腕時計 一枝
最近は腕時計を着用する人は少なくなってきているようですが昔ながらの腕時計を愛用している作者は大晦日の12時の時報に合わせて新年を迎えることが習慣なのでしょう。

 

■鏡味味千代 選

岬行きバスはガラガラ春を待つ ひろか
青空を仰ぎてよりの初詣 林檎
幼子と呼べる日わずか去年今年 百花
枝打ちの切口あらは寒の入
☆元朝の風を待つなり大漁旗 実代
前向きで景気の良い句だな、と思いいただきました。風がないから待つのではなく、必ず大きく旗を揺らす風が来るのを信じていることが元朝というおめでたい言葉で察せられます。そして空は青。今年は良い年になるように、という祈りも聞こえます。

 

■千明朋代 選

樂曲のごとし霰の散る跳ねる 百合子
カフェオレの程よき甘さ温かさ 田鶴
仰け反れば拍手喝采獅子頭 味千代
寒梅の白き花びら白き黙 清子
☆帰京の子寒オリオンを越えゆきぬ 松井洋子
帰京の子を送る寂しさと幸あれと祈る気持ちをを、このようにメルヘンチックに表現しているのに驚きました。

 

■辻 敦丸 選

毛糸編む巷の噂持ち寄って 田鶴
母は子の目線にしゃがむ寒牡丹 眞二
枝打ちの切口あらは寒の入
凩や転居通知をポストまで
☆寒稽古琵琶湖に拳打ちつけて 林檎
空手の寒稽古でしょうね。雪を被った比良の山脈を望遠。情景が良く現れている。

 

■三好康夫 選

寒晴やいちばん遠く富士を置く 恵美
襖絵の虎が振り向く冬座敷 あき
出初式埠頭隅々まで使ひ 良枝
夕飯の用意にゆとり日脚伸ぶ 田鶴
☆送信を押して仕事を納めたり 味千代
このような仕事納めもこれから増えるのでしょうね。

 

■森山栄子 選

雪解けていつもの街に戻りけり 紳介
枝打ちの切口あらは寒の入
山の湯のともしび分かつ軒つらら 眞二
自販機が音産み落とす霜夜かな あき
☆対岸の都心の明かり去年今年 由布子
対岸より臨む都心の灯。キリリとした空気の中、その瞬きはまるで息遣いのように感じられたのではないでしょうか。明かりの与えてくれる安心感や人々の営みへの祈りといった感慨が伝わってきます。

 

■小野雅子 選

渓谷の木橋石橋寒の水
侘助の昨日の白を掃きにけり 和代
父の手をいつ離せしか枯野道 実代
元朝の風を待つなり大漁旗 実代
☆風に乗るトドの咆哮冬怒涛 紫峰人
北国の厳しい寒さ。色彩を失った猛吹雪の中、トドの咆哮が聞こえます。慟哭しているのは自分かもしれない。

 

■長谷川一枝 選

初点前帯に袱紗の下ろし立て ひろか
克己の矢番ふ手凛々し初射会 優美子
薪ストーブ囲みて森の朗読会 朋代
初詣わづか二段を支へられ いま子
☆初売や赤き法被に糊効かせ ひろか
初売りに賭ける商人の心意気が糊効かせに表現されていると思いました。

 

■藤江すみ江 選

お隣の雪掻く音に目覚めけり 紳介
一湾に潮満ち来たる淑気かな 恵美
筆談といふ会話あり冬萌ゆる 良枝
鳶の腹赤く染めあげ冬夕焼 松井洋子
☆自販機が音産み落とす霜夜かな あき
「音産み落とす」という表現がいかにも自販機のあの音であり しかも静かで寒い霜夜 良い句だと思いました。

 

■箱守田鶴 選

ぼろ市の路に食み出る盆栽屋 亮成
とんど焼注連燃え尽きて崩れざる 伸子
待春や炒りたての豆香を放ち 和代
送信を押して仕事を納めたり 味千代
母癒えて春菊の根の土払ふ もと子
春菊の種を撒いてからお母さんは体調をくずされた。暫く臥せっておられたが 元気になって春菊の収穫をされている。その様子が17文字にぎっしり、そして 土を払うというこまかい描写に喜びがあふれています。

 

■深澤範子 選

送信を押して仕事を納めたり 味千代
箸枕ふたつとなりて四日かな 昭彦
つがひ鴨一つの眠り分け合へる 百合子
元日を身内の声を聴かぬまま 依子
☆探梅や今日も句帳の白きまま 一枝
句作に苦戦している様子が良く表れています。今の自分と重なるので頂きました。

 

■山田紳介 選

初乗や誰がどつちのどこに乗る 実代
辛いことばかりでもなく冬紅葉 優美子
幾度も捨てむとしたる冬帽子 一枝
数の子を齧つて祖父の齢越ゆ 真徳
☆読初や厨に椅子を持ち込んで 栄子
ちょっとした空き時間、軽い気持ちで読み始めたのに、知らない間にドップリとその世界へ入り込んでしまう。

 

■松井洋子 選

自販機が音産み落とす霜夜かな あき
送信を押して仕事を納めたり 味千代
雨音の乾いてゐたり朴落葉 良枝
母癒えて春菊の根の土払ふ もと子
☆初挽きのこけし雪みる眼をもらひ 恵美
面相筆で描いた一筋のこけしの眼。それは雪を見るためという。詠み手の優しい心持ちが伝わる。

 

■緒方恵美 選

左手を伏せし弥勒に寒椿 康仁
雪の夜の雲綻びて星一つ 敦丸
つがひ鴨一つの眠り分け合へる 百合子
侘助の昨日の白を掃きにけり 和代
☆山の湯のともしび分かつ軒つらら 眞二
一読して、山奥の鄙びた湯の光景が浮かぶ。季語の斡旋が巧みだ。

 

■田中優美子 選

溢れくる想ひに湿り白マスク 雅子
取札の傷もゆかしや歌がるた 眞二
まづ子らの誕生日書き初暦 松井洋子
延命はせじと決めたり花八手 いま子
☆四枚目で笑顔がそろう初写真 昭彦
マスク生活の今、「笑顔がそろう」瞬間は殊更特別に思えます。口々に「目をつぶっちゃった」「逆光になってない?」など言い合って撮り直している状況も浮かび、心が温まるなあと思いました。

 

■チボーしづ香 選

一瞬の静寂ののち時雨かな 真徳
初海苔や箱にぎつしり黒光り ひろか
娘らは吉と大吉初もうで 昭彦
大いなる闇に消ゆるや夜の雪 紳介
☆送信を押して仕事を納めたり 味千代
今風な仕事納めを軽快に表現しているのが良い。

 

■黒木康仁 選

犬だけの写真となりぬ年賀状 実代
風の音や三日の夜の一人酒 昭彦
独楽紐をきつちり巻いて勝負顔 伸子
寒暁の箒星めく機影かな
☆虎落笛神代以来の節奏づ 康夫
虎落笛のなんとも悲しき寂しさはそういえば神代からずっと続いてきたんですね。神代に惹かれました。

 

■矢澤真徳 選

エレベーター聖菓片手に若き父 穐吉洋子
樂曲のごとし霰の散る跳ねる 百合子
雪解けていつもの街に戻りけり 紳介
凩や転居通知をポストまで
☆自販機が音産み落とす霜夜かな あき
静かな冬の夜、遠くに自販機の音を聞いている。きっと飲み物かなにかを売っている自販機なのだが、あの独特の音を何度も聞いているうちにそこから物の形は消えて、音だけがイメージとして残る。そうか、自販機は音を産み落としているんだ、と本当にそう作者には思えたのだろう。

 

■奥田眞二 選

極月や亡き人に似し喪主の声 もと子
送信を押して仕事を納めたり 味千代
読初や厨に椅子を持ち込んで 栄子
筆談といふ会話あり冬萌ゆる 良枝
☆初夢に携帯履歴魑魅魍魎 康仁
この句拝読してついほほが緩みました。取り合わせの初夢がなんとも言えません。このような諧謔の句私は好きですし、作って見たいものです。

 

■中山亮成 選

しまひ湯に脚揉みほぐす寒の入 いま子
ひざに来し泣初の子の髪にほふ 実代
襖絵の虎が振り向く冬座敷 あき
息災と一句添へられ年賀状 由布子
☆薪ストーブ囲みて森の朗読会 朋代
静謐な空間が感じられ、ポエジーがあります。

 

■髙野新芽 選

渡良瀬の白きさざ波初景色 朋代
暗闇に火を焚く匂ひ年立ちぬ 依子
初雪の化粧砂ほど鉢植ゑに 一枝
ひざまづき冬の牡丹を目の高さ 恵美
☆地吹雪の祝津の浜や色失せて 紫峰人
吹雪の荒々しさと浜の寂しさを両方感じる素敵な句でした。

 

■巫 依子 選

成人式娘はビジネススーツ着て 雅子
丁寧にベシャメルソース煮る四日 松井洋子
先行きのこと思ひ出す四日かな 優美子
自販機が音産み落とす霜夜かな あき
☆初挽きのこけし雪みる眼をもらひ 恵美
職人さんが、今年最初にこけしに眼を描き入れる瞬間。そのこけしが、雪をみる眼を貰うとは、なんとも素敵な表現。

 

■佐藤清子 選

また毛糸編んでみたいと思ふ日々 田鶴
延命はせじと決めたり花八手 いま子
早梅に薄綿ほどの日差かな 良枝
独楽紐をきつちり巻いて勝負顔 伸子
☆伏流水あまたを孕み山眠る あき
山は眠っていると言いながらも生きている。伏流が豊かに流れていて、水音まで聞こえてくるようです。まもなく春がくると約束してくれているようで好きです。

 

■水田和代 選

取り込みし干し菜ひと束日の匂 雅子
諦めたいときもあるよね蜜柑剥く 優美子
あやしげにそらんじてをり手毬唄 伸子
衣擦れの音も賑やか初仕事 味千代
☆盛んなる湯気割り餅を搗きにけり 味千代
大勢でした餅つきが懐かしいです。湯気を割って搗くという措辞がとてもいいと思いました。

 

■梅田実代 選

侘助の昨日の白を掃きにけり 和代
伏流水あまたを孕み山眠る あき
雨音の乾いてゐたり朴落葉 良枝
つがひ鴨一つの眠り分け合へる 百合子
☆青空を仰ぎてよりの初詣 林檎
新年らしく晴々とした句だと思いました。よい一年になりそう。

 

■鎌田由布子 選

着ぶくれて鏡の中の小顔かな 一枝
前掛に探る釣銭悴める 栄子
一湾に潮満ち来たる淑気かな 恵美
冬の夜や鼓動のごとき古時計 昭彦
☆襖絵の虎が振り向く冬座敷 あき
京都のお寺で見た襖絵を思い出しました。

 

■牛島あき 選

雨音の乾いてゐたり朴落葉 良枝
つがひ鴨一つの眠り分け合へる 百合子
母は子の目線にしゃがむ寒牡丹 眞二
寒稽古琵琶湖に拳打ちつけて 林檎
☆初挽きのこけし雪みる眼をもらひ 恵美
新年初のこけし作り。眼を描いてもらったこけしは雪を見る!何てロマンチックなんでしょう。背景の風土にも想像をかきたてられました。

 

■荒木百合子 選

たおやかに稜線白し初浅間 昭彦
食積や黒豆母に褒めてほし もと子
今年こそ明窓浄机初仕事 朋代
丁寧にベシャメルソース煮る四日 松井洋子
☆成人式娘はビジネススーツ着て 雅子
ビジネススーツとは頼もしい。大昔の私の時は高校山岳部の山小屋へ友人と行き、お酒をお猪口一杯飲んで帰ってきました。この句で懐かしく思い出しました。

 

■宮内百花 選

つがひ鴨一つの眠り分け合へる 百合子
くもり無き玻璃真四角の初明り 松井洋子
鳶の腹赤く染めあげ冬夕焼 松井洋子
干し笊の影みつしりと春隣 実代
☆独楽紐をきつちり巻いて勝負顔 伸子
上五中七で、独楽に丹念に紐を巻き付ける指がクローズアップされ、その後一転、下五では、真剣な表情で独楽を構える子どもの姿がありありと脳裏に浮かぶ。緊張感があり、情景が良く思い浮かぶ一句。

 

■鈴木紫峰人 選

前掛に探る釣銭悴める 栄子
喜寿の夜やホットワインを傾けて 朋代
取り込みし干し菜ひと束日の匂 雅子
初射会おのれの弱さしかと射ん 優美子
☆帰京の子寒オリオンを越えゆきぬ 松井洋子
子どもの成長を見守り祈る親の心が伝わります。

 

■吉田林檎 選

衣擦れの音も賑やか初仕事 味千代
出初式埠頭隅々まで使ひ 良枝
前掛に探る釣銭悴める 栄子
一湾に潮満ち来たる淑気かな 恵美
☆寒紅をさしていちにち籠りたる 一枝
誰に見せるでもない寒紅。一人暮らしの女性を思いました。人に見せなくてもシャキッとした暮らしぶりが表れています。

 

■小松有為子 選

元朝の風を待つなり大漁旗 実代
今年こそと決めたることをもう忘れ 一枝
あやしげにそらんじてをり手毬唄 伸子
独楽紐をきつちり巻いて勝負顔 伸子
☆出初式埠頭隅々まで使ひ 良枝
華やかさと緊張感の中の出初式がより大きく詠まれていますね。

 

■岡崎昭彦 選

寒風やひっそり長し渡月橋 百合子
つがひ鴨一つの眠り分け合へる 百合子
着ぶくれて鏡の中の小顔かな 一枝
山の湯のともしび分かつ軒つらら 眞二
☆送信を押して仕事を納めたり 味千代
仕事納めの日、他の社員は年末の挨拶を交わして帰宅した後、一人残って最後の仕事を終え、さあやっと正月休みだという解放感に浸った瞬間。

 

■山内雪 選

寒稽古琵琶湖に拳打ちつけて 林檎
冬帽子ともに戦ひともに老い 紳介
雪解けていつもの街に戻りけり 紳介
賞状のごとく運べよ鍋焼は 実代
☆虎落笛神代以来の節奏づ 康夫
虎落笛は神代の頃から変わらず鳴っていると思うと、深く静かな感動がわいてきた。

 

■穐吉洋子 選

自販機が音産み落とす霜夜かな あき
成人式娘はビジネススーツ着て 雅子
幼子と呼べる日わずか去年今年 百花
初海苔や箱にぎつしり黒光り ひろか
☆水源の落葉村人浚ひをり いま子
落ち葉で水源が詰まってしまったら飲み水は勿論の事、田畑にも水が行かなくなってしまう、村人の命の水源が上手く流れる様に、落葉浚いは大事である。

 

■板垣もと子 選

自販機が音産み落とす霜夜かな あき
ぼろ市の路に食み出る盆栽屋 亮成
早梅に薄綿ほどの日差かな 良枝
樂曲のごとし霰の散る跳ねる 百合子
☆幾度も捨てむとしたる冬帽子 一枝
冬帽子と作者のこれまでを思う。捨てたいという気持ちと捨てたくないという気持ちを何回も起こさせる冬帽子。作者の半生の冬を共に過ごし、言葉が喋れたら一杯話してくれそうな冬帽子の句と思った。何歳ぐらいの方の句だろう。

 

■若狭いま子 選

襖絵の虎が振り向く冬座敷 あき
玄関の小さな靴の御慶かな 穐吉洋子
取札の傷もゆかしや歌がるた 眞二
夕飯の用意にゆとり日脚伸ぶ 田鶴
☆蟹食ふや段々なりふり構はずに 紳介
蟹好きは、蟹を食べ始めると会話もとぎれ、甲羅から身を取り出すなど食べることに熱中してゆく様子がよく表現されています

 

■松井伸子 選

幾つもの病名抱へ年歩む 穐吉洋子
玄関に猫が出てきて御慶かな
冬帽子ともに戦ひともに老い 紳介
初売や赤き法被に糊効かせ ひろか
☆頑張れといふ呪ひ解く初湯かな 優美子
気持ちよい句。新しい年を伸びやかに自分らしく生きたいものです。

 

■長坂宏実 選

老いし手を通しやりけりちゃんちゃんこ
幾度も捨てむとしたる冬帽子 一枝
初乗や誰がどつちのどこに乗る 実代
四枚目で笑顔がそろう初写真 昭彦
☆冬の夜や鼓動のごとき古時計 昭彦
いまはなき祖母父の家で聴いた古時計の音をおもいだしました。静かな冬の夜は少し怖く感じたものでした。

 

■木邑杏 選

取り込みし干し菜ひと束日の匂 雅子
元朝の風を待つなり大漁旗 実代
侘助の昨日の白を掃きにけり 和代
白足袋のこはぜ四枚の緊張感 田鶴
☆日の光迎へ入るるや寒牡丹 眞二
藁囲いを透かして差し込む柔らかな光、その光を寒牡丹の花びらが迎え入れている。

 

■鈴木ひろか 選

越してきし扉に小さき注連飾り
玄関に猫が出てきて御慶かな
ひざに来し泣初の子の髪にほふ 実代
青空を仰ぎてよりの初詣 林檎
☆独楽紐をきつちり巻いて勝負顔 伸子
紐を巻いているうちに徐々に気持ちが高ぶってくる様子がよくわかります。

 

 

 

◆今月のワンポイント

「切れを大切に」

感動を表現したり、言いたいことを際立たせたり、余韻を持たせたり、調べを整えたりと「切れ」の効果はいくつか挙げることができます。

「や」「かな」「けり」といった切れ字を用いるだけでなく、「間」によっても切れを作ることができますから、意識して句作なさるとよいかと思います。

また、選に入った句を見て、どこに切れが生じて、どんな効果をもたらしているのかを考えてみるのもよい勉強になることでしょう。

霜柱俳句は切字響きけり  石田波郷

松枝真理子

◆特選句 西村 和子 選

寒鯉や池に石橋太鼓橋
飯田静
橋のリフレイン、中七下五のiの音の連なりが、声に出すとリズミカルで心地よい句である。
凝った造りの二つの橋からは立派な庭園の池だということがわかり、寒鯉の季語から人気のない冬の静かな庭園が見えてくる。
(松枝真理子)

 

突然のスローモーション初雪は
矢澤真徳
「突然のスローモーション」とまず置かれていて、読み手は少しとまどう。何がスローモーションなのだろうか。しかも突然とは。
読み進むと、下五で種明かしがされる。ゆっくりと降ってくる雪に合わせるように、作者の眼には街の様子や人の動きがゆっくりと見えたのである。
省略が効いていて、斬新な倒置表現が成功した句である。
(松枝真理子)

 

雪婆お初天神この辺り
奥田眞二
雪婆を見たとき、作者は誰かしらの魂が浮遊しているような気がしたのではないだろうか。
しばらく目で追っていたが、見失ってしまうとここが「曾根崎心中」の舞台であるお初天神の近くだということに思い当たる。
そして、あの雪婆はお初だったのではないかと思いを巡らしているのだ。
季語を「雪螢」「綿虫」ではなく、「雪婆」としたことも計算の上のことだろう。
(松枝真理子)

 

初雪の機内放送着陸す
鎌田由布子
飛行機がいよいよ着陸体制に入るころ、機長からのアナウンスが入った。搭乗のお礼とともに、到着地では今年初めての雪が降っていることを告げたのだ。
中七の後の軽い切れが、機内放送から着陸までの時間の経過、その間の作者の弾んだ気持ちを表している。雪景色の空港、雪の世界へと足を踏み出す作者の姿まで想像できる。
(松枝真理子)

 

見るほどにつくりものめく烏瓜
田中優美子
烏瓜を見つけた作者であるが、立ち止まってまじまじと見入ってしまった。
色といい形といい質感といい、見れば見るほどまるで人間の手で作られたもののように思えてくるのである。
小さな発見を素直に詠んでいて、読み手の誰もが共感できる句である。
(松枝真理子)

 

師の選に初めて入りし納め句座
山内雪
納め句座とは、その年の最後の句会のことである。歳時記には掲載のないことが多いが、句会に参加する者として、積極的に使いたい季語である。
師走の忙しい中、時間をやりくりしてやっと参加できたその納め句座で、作者は初めて先生の選に入ったというのだ。その感激は想像に難くない。
納め句座がこのネット句会であったならば、初句会で特選に入り、作者のさらなる喜びはいかばかりだろうか。
(松枝真理子)

 

夜祭をむささびが見下ろしてゐる
松井伸子
秩父の夜祭のような大きな祭ではなく、集落の小さな夜祭を想像した。
一気に読み下す形が幻想的な光景を表すのに効果的に働き、読み手には暗闇から夜祭を見つめているむささびの姿が見えてくる。
さらには、むささびの目で夜祭を見ているような気もしてくるから不思議である。
(松枝真理子)

 

冬麗や早足誘ふスニーカー
岡崎昭彦
寒波が去り、久しぶりにおだやかな日である。
家に籠もってばかりではよくないと、お気に入りのスニーカーを履いて外に出た作者。
澄んだ空気が気持ちよく、冬のやわらかい日差しに魔法をかけられたように、気がつくとどんどん早足で歩いていたのだ。
「冬麗」の季語がよく効いている句である。
(松枝真理子)

 

耳飾り揺れてセーター真くれなゐ
松井伸子

 

煮えきらぬ難波男や近松忌
奥田眞二

 

落葉降るコントラバスの音に合はせ
長谷川一枝

 

帰り来し遺骨に障子開け放ち
巫依子

 

のぞみ号発車遅るる師走かな
巫依子

 

アパートの二階の端の聖樹の灯
吉田林檎

 

冬の川プラスティックの光りけり
小山良枝

 

 

◆入選句 西村 和子 選

いつせいに河口めざして都鳥
若狭いま子

日本語の通じる犬と日向ぼこ
梅田実代

短日の重きカーテン引きにけり
小野雅子

冬めくや車窓の先に空くすむ
岡崎昭彦
(冬めくや車窓の先にくすむ空)

残業や窓の向かうはクリスマス
田中優美子

鳥鳴けば少し明るき冬の雨
鏡味味千代

水鳥の水輪かさなる日和かな
梅田実代

窓枠にサンタクロースより手紙
森山栄子

木々の影くつきり朝の冬日差
箱守田鶴

白鬚橋くぐる曳船暮の秋
若狭いま子

霜晴やしだいしだいに海の色
巫依子

黄落の光を纏ひ市電来ぬ
松井洋子
(黄落や光を纏ひ市電来ぬ)

枇杷の花昔の切手持て余し
小山良枝

物干しを占領したり吊し柿
佐藤清子

皮手套選る節くれの指伸ばし
松井洋子

木枯や三解脱門吹き抜くる
梅田実代
(木枯の三解脱門吹き抜くる)

雲垂れて濃尾平野を時雨かな
矢澤真徳
(雲垂れて濃尾平野の時雨かな)

建てつけの悪き玄関虎落笛
山内雪

白銀に時に紫枯尾花
箱守田鶴

冬晴れの上総相模を一望す
鎌田由布子

ジョギングの少年ひとり冬夕焼
鈴木紫峰人

光りつつ千木の聳ゆる冬夕焼
千明朋代
(光りつつ千木の聳ゆる冬夕焼け)

師走の音溢るる町へ飛び込みぬ
鏡味味千代
(音溢るる町へ飛び込む師走かな)

西安の秋の正午の太鼓かな
若狭いま子
(西安の正午の秋の太鼓かな)

大川に沿ひつ離れつ枯野行く
三好康夫

嵯峨菊の乱れと優雅枯れてなほ
荒木百合子
(枯れてゆく嵯峨菊の乱れと優雅)

ベートーヴェンひびく窓辺の冬木立
緒方恵美

前列に冬至なんきん並べ売り
木邑杏

黒々と汽車過ぎ行くや冬の暮
山田紳介

休み時間告げるチャイムや寒桜
鏡味味千代

物干の下にちんまり日向ぼこ
板垣もと子

見送りて振り向きたれば雪蛍
若狭いま子

教会の大掃除して年暮るる
チボーしづ香
(教会の大掃除して年暮れる)

溪紅葉鉱山跡へ九十九折
森山栄子

クリスマス選び新車の届きけり
水田和代

霜柱敵とばかりに踏みにけり
鏡味味千代

徳川の墓を守るべく冬の鵙
梅田実代

冬ざれや自転車に蔓絡みつき
小山良枝

この波の彼方の島もクリスマス
松井伸子

クリスマスソング汽笛の消えてまた
梅田実代

番犬の大きな欠伸冬ぬくし
鎌田由布子

家中の布団干したる帰国かな
小山良枝

捥ぎたての柚子だけ置いて帰りけり
山田紳介

文机に小さき加湿器賀状書く
飯田静

大老の歌碑や冬日の届かざる
小松有為子

山眠る極彩色の来迎図
小山良枝

ハープより始まる二幕聖夜劇
鏡味味千代

年忘れ鬼も華やぐ大歌舞伎
岡崎昭彦

年ゆくか江ノ電つぶやき海に出づ
奥田眞二

かなしみを柚子湯の柚子に語りけり
田中優美子

山日和不意に翳せる長元坊
松井洋子
(長元坊不意に翳せる山日和)

葉牡丹の渦解れゆく日差しかな
小野雅子
(葉牡丹の渦解けゆく日差しかな)

崖の上の瀟洒な館冬怒濤
鈴木紫峰人
(崖の上の瀟洒な一軒冬怒濤)

極月やベイブリッジに休みなく
松井伸子

数へ日の鳩よろこばす水たまり
梅田実代

白髪をすつぽり覆ひ冬帽子
小野雅子

ハート抱く硝子の天使クリスマス
飯田静

冬の月こころ澄むまで窓に佇ち
若狭いま子

極月を鳴いて気の済む鴉かな
緒方恵美

石蕗の花時間止まりし屋敷かな
飯田静

十二月巣鴨駅前婆集ひ
中山亮成

一つづつ過去へ消えゆく除夜の鐘
奥田眞二
(除夜の鐘過去へ消えゆく一つづつ)

波頭つんつん尖り冬の海
鎌田由布子

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 

ほつほつとみどりの混じる枯野かな 一枝
読み掛けの本を横目に賀状書く 一枝
大根炊く相撲中継ながめつつ
冬ぬくしマリア観音像に艶 百花
☆塗箸の貝きらきらと十二月 恵美
十二月はクリスマスや忘年会など特別な食事の機会が多い月です。十二月ならではの華やぎがあって好きな句でした。


■飯田 静 選

玻璃越しの光に和みシクラメン すみ江
小包にあれもこれもと冬ぬくし すみ江
息白し通学カバン斜交ひに 栄子
積み上げし机上整へ事始 雅子
☆番犬の大きな欠伸冬ぬくし 由布子
コロナでピリピリしている中、平和な景です。


■鏡味味千代 選

極月の締切ふたつ残しをり 和代
葉牡丹の渦ほぐれゆく日差しかな 雅子
一つづつ過去へ消えゆく除夜の鐘 眞二
小包にあれもこれもと冬ぬくし すみ江
☆この波の彼方の島もクリスマス 伸子
クリスマスは、知らない誰かの幸せをも考える日だと思います。どこか知らない国の会ったこともない人にも、クリスマスが穏やかに来るように。そんな祈りを感じる句でした。


■千明朋代 選

今更のことの治まる小春の日 有為子
病む夫の喜寿の朝なり霜の華 有為子
命愛し山河ことさら薬喰 雅子
空つ風に子らの飛び出す持久走 清子
☆菰をまく松の竜鱗雄々しけり 亮成
松の堂々たる姿を詠い立派と思いました。


■辻 敦丸 選

音はみな谺となりて山眠る 恵美
枇杷の花昔の切手持て余し 良枝
いつせいに河口めざして都鳥 いま子
この海の付箋のごとし牡蠣筏 依子
☆包丁に体重のせてけふ冬至 あき
古くから無病息災、災厄を祓うために柚子湯に入ったり、粥や南瓜を頂く習慣がある。この句は敢えて南瓜の文字を入れていないが、冬至の日の光景が醸し出されてくる。


■三好康夫 選

仰がずに居れぬ青空より木の葉 あき
一つづつ過去へ消えゆく除夜の鐘 眞二
凍星や秘めたるままが良きことも 味千代
大福に残る米粒小六月 良枝
☆音はみな谺となりて山眠る 恵美
思い切りよく詠めている。


■森山栄子 選

波頭つんつん尖り冬の海 由布子
鳥鳴けば少し明るき冬の雨 味千代
爺と仔犬もつれつつ行く冬小径 すみ江
葉牡丹の渦ほぐれゆく日差しかな 雅子
☆短日の重きカーテン引きにけり 雅子
日差しを求める冬。短日と重きという言葉が響き合っていて、そこに実感が込められていると思います。


■小野雅子 選

老い桜はや冬の芽の溢れけり 眞二
煮えきらぬ難波男や近松忌 眞二
初雪の機内放送着陸す 由布子
夜祭をむささびが見下ろしてゐる 伸子
☆窓枠にサンタクロースより手紙 栄子
「サンタクロースはいるの」と聞かれ「信じなくなったら来なくなるんだよ」と答えた。三人の子供たちは長い間サンタクロースの存在を信じ「夜中に窓が開いた」と言ったこともある。お手紙はいいな。私もやってみたかった。


■長谷川一枝 選

小包にあれもこれもと冬ぬくし すみ江
寒鯉や池に石橋太鼓橋 飯田静
ハープより始まる二幕聖夜劇 味千代
切干の縺れほどいてゐるところ 良枝
☆やり残しのメモ書きなほす年用意 林檎
あれもこれもと書く連ねたメモ、何度もチェックを付け見分けられなくなりもう一度しっかり書き直した。暮れの忙しない様子が実感できました。


■藤江すみ江 選

クリスマスツリー天辺の星見つからぬ 栄子
白鬚橋くぐる曳船暮の秋 いま子
鴨もぐり小鴨がもぐり水蒼き 朋代
この海の付箋のごとし牡蠣筏 依子
☆帰り来し遺骨に障子開け放ち 依子
亡くなられた方へ、障子の向こうの親しみのある景色をみせてあげようと、障子を開けた優しさとその時の心情がみえ、いい句と思いました。


■箱守田鶴 選

番犬の大きな欠伸冬ぬくし 由布子
初雪の機内放送着陸す 由布子
音はみな谺となりて山眠る 恵美
建てつけの悪き玄関虎落笛
☆枇杷の花昔の切手持て余し 良枝
枇杷の実はは食べるのに、咲いている花ををみたことがありません。枇杷の花の切手も使われずにあるのでしょう。目立たない花なのでしょうか。 干支の切手なども時をすぎると使いにくくなります。共感の出来る句です。


■深澤範子 選

蜜柑剥くラメのマニキュア母の指 飯田静
読み掛けの本を横目に賀状書く 一枝
包丁に体重のせてけふ冬至 あき
残業や窓の向かうはクリスマス 優美子
☆白葱の光の棒や籠の中 紫峰人
白葱のつやつやとした光景が目に浮かびます。


■山田紳介 選

かなしみを柚子湯の柚子に語りけり 優美子
短日の重きカーテン引きにけり 雅子
霜柱敵とばかり踏みにけり 味千代
シナトラを聴きたるあの日クリスマス 一枝
☆飾りたきほどに美し霜柱 新芽
霜柱のことを「敵とばかり踏みにけり」とした別句がありましたが、その理由がこの句でしょうか。余りにも美しいので壊さずにはいられないのかも知れない。


■松井洋子 選

だましだまし眼使ひて冬籠 雅子
老い桜はや冬の芽の溢れけり 眞二
師の選に初めて入りし納め句座
凍星や秘めたるままが良きことも 味千代
☆帰り来し遺骨に障子開け放ち 依子
私も同じような経験がある。小さくなって帰宅した父に久しぶりの庭を見せたいと思ったのだ。その時の障子の白さや日差しが目に浮かぶ。


■緒方恵美 選

鴨のこゑまつたき入日惜しみけり 洋子
綿虫の目交過り日に溶けて 亮成
白葱の光の棒や籠の中 紫峰人
番犬の大きな欠伸冬ぬくし 由布子
☆犬の子の半額セールクリスマス 由布子
そういうセールがあるのを初めて知った。何とも言えぬ不憫さがなぜか心に残る一句。


■田中優美子 選

ハープより始まる二幕聖夜劇 味千代
風邪の子の染み一つなき肌かな 味千代
花八手通ひなれたる貸本屋 一枝
見送りて振り向きたれば雪螢 いま子
☆クリスマスソング汽笛の消えてまた 実代
港町の夜と思いました。汽笛の間だけ途絶えたクリスマスソングがまた耳に届く。作者は、船を見送ったあとなのか、そこに乗っていたのは誰なのか、そしてクリスマスソングを聞く心境は? 夜空の下、黒々と広がる海を思い浮かべながらたくさんの想像が広がり、心惹かれます。


■チボーしづ香 選

年忘れ鬼も華やぐ大歌舞伎 昭彦
建てつけの悪き玄関虎落笛
共にとるランチも奇縁冬うらら 林檎
煤のなき寺に叩きの煤払い 康仁
☆初雪の機内放送着陸す 由布子
簡潔に情景を読んでいる、私も同様な経験をしたことがあるので親近感を持った。


■黒木康仁 選

大声で君の名呼ぶや冬の海 範子
見送りて振り向きたれば雪螢 いま子
捨て置きのベンツに積もる散りもみぢ 百合子
犬の子の半額セールクリスマス 由布子
☆番犬の大きな欠伸冬ぬくし 由布子
なんともユーモアのある情景に冬ぬくしという季語がぴったりのように思いました。


■矢澤真徳 選

神官の悴み急ぐ石畳 百合子
触れたき手まだまだ遠きクリスマス 優美子
日記買ふ手間も嬉しき銀座かな 味千代
狐穴ありしや六本木あたり 伸子
☆白鬚橋くぐる曳船暮の秋 いま子
地名がとても効いている句だと思います。ずっと昔から変わらない人間の営みが、季節感とともに詠みこまれた味わい深い句だと思いました。


■奥田眞二 選

白葱の光の棒や籠の中 紫峰人
残業や窓の向かうはクリスマス 優美子
レントゲンエコーバリウム暮易し 良枝
包丁に体重のせてけふ冬至 あき
☆犬の子の半額セールクリスマス 由布子
単にクリスマスセールをしているペットショップの光景かもしれませんが私にはこの後のお子様たちの喜びが目に浮かび幸せな気持ちになります。昔子犬のシーズーが家に来た時の姉弟がキャッキャ喜んだ姿を思い出しました。


■中山亮成 選

寒鯉や池に石橋太鼓橋 飯田静
溪紅葉鉱山跡へ九十九折 栄子
今日よりは目高内住み避寒とて 百合子
山眠る極彩色の来迎図 良枝
☆「難民」の言葉のよぎりクリスマス 伸子
テレビでみる難民のニュースの現実に驚くことが多いです。各地で起こる難民のことを考えると、平和な日本のクリスマスに複雑な思いを禁じえません。


■髙野新芽 選

見送りて振り向きたれば雪螢 いま子
冬晴れや揺らぐことなき水たまり 昭彦
仰がずに居れぬ青空より木の葉 あき
師走の音溢るる町へ飛び込みぬ 味千代
☆冬の雨土の匂ひを呼び覚ます 味千代
冬独特の土の匂いを感じとった素敵な句だと思いました。


■巫 依子 選

初雪の機内放送着陸す 由布子
犬の子の半額セールクリスマス 由布子
秒針の音の大きくなる秋思 栄子
冬椿身ほとりそつと温めて 百合子
☆狐穴ありしや六本木あたり 伸子
昔から、人をだますずるいものの象徴とされてきた狐。六本木という地の人間模様に、これはもうきっと狐の仕業に違いないと・・・。そんな作者の想像が、狐穴ありしやという飛躍を生んだのであろう一句。なんともユニーク!


■佐藤清子 選

竈の火絶やさず一日味噌作る 和代
天井の高き館や室の花 飯田静
小包の蓋に一筆霙よと 雅子
波頭つんつん尖り冬の海 由布子
☆塗箸の貝きらきらと十二月 恵美
師走の忙しい中でバタバタすることもなく塗箸の貝のきらきらというところに着目して楽しんでいる余裕のの持ち方に惹かれます。また来る年も明るく感じ形も響きも好きです。


■水田和代 選

冬麗や早足誘ふスニーカー 昭彦
冬椿身ほとりそつと温めて 百合子
鎌倉へロングブーツは母のもの 伸子
帰る子を見送るための日向ぼこ もと子
☆その瞳泣くことなかれ冬の星 優美子
亡くなった子どもさんのことでしょうか。冬の星が悲しみを誘います。


■梅田実代 選

葉牡丹の渦ほぐれゆく日差しかな 雅子
山眠る極彩色の来迎図 良枝
飾りたきほどに美し霜柱 新芽
見るほどにつくりものめく烏瓜 優美子
☆塗箸の貝きらきらと十二月 恵美
イルミネーションが輝き、イベントの多い十二月。そんな月にきらきらしているのが塗箸の貝というのが意外性があり、慎ましくも日々を大切に丁寧に送る暮らしを思わせて惹かれました。


■鎌田由布子 選

極月の締切ふたつ残しをり 和代
日本語の通じる犬と日向ぼこ 実代
白鬚橋くぐる曳船暮の秋 いま子
花八手通ひなれたる貸本屋 一枝
☆信号を渡る托鉢冬うらら 雅子
以前に京都で見た光景と重なりました。


■牛島あき 選

皮手套選る節くれの指伸ばし 洋子
白菜を抱き上ぐ外葉踏みしだき 洋子
冬うらら櫟と楢の林抜け 一枝
ハート抱く硝子の天使クリスマス 飯田静
☆突然のスローモーション初雪は 真徳
そう言われてみれば確かに! 非凡な表現力に心を掴まれました。


■荒木百合子 選

残業や窓の向かうはクリスマス 優美子
病む人の両手で啜る玉子酒 真徳
煮えきらぬ難波男や近松忌 眞二
犬の子の半額セールクリスマス 由布子
☆霜晴やしだいしだいに海の色 依子
京都に生まれ育ち、山は毎日見るけれど海は非日常の私。車窓に海が見えると「あっ。海!」と新鮮です。この句は未だ見たことのない景ながら、きっとそうでしょうと私に思わせるのです。


■宮内百花 選

極月を鳴いて気の済む鴉かな 恵美
塗箸の貝きらきらと十二月 恵美
病む夫の喜寿の朝なり霜の華 有為子
窓という窓を綺麗に冬夕焼 宏実
☆白葱の光の棒や籠の中 紫峰人
日差しを浴びて、白い部分がほんのりと透き通っているように感じられる。「光の棒」としたことで、土籠からはみ出た白葱が、冬の太陽の柔らかな日や雪に埋まっていた白い部分が、思う存分太陽の恵みを受け、喜んでいるようだ。


■鈴木紫峰人 選

見送りて振り向きたれば雪螢 いま子
煮えきらぬ難波男や近松忌 眞二
冬の虹古墳の丘へ触れにけり 栄子
冬椿身ほとりそつと温めて 百合子
☆光りつつ千木の聳ゆる冬夕焼 朋代
荘厳な冬の風景が描かれ、夕焼けの色が心に広がります。


■吉田林檎 選

いにしへの唄口遊む息白し 昭彦
この波の彼方の島もクリスマス 伸子
初雪の機内放送着陸す 由布子
ハープより始まる二幕聖夜劇 味千代
☆短日の重きカーテン引きにけり 雅子
太陽が昇っている時間があまりに短いのでカーテンを閉めるのも憂鬱。そのカーテンの重さからは物理的なものだけではなく心理的な重さも感じられます。


■小松有為子 選

凍星や秘めたるままが良きことも 味千代
年忘れ鬼も華やぐ大歌舞伎 昭彦
行ってみたきものに古書市年惜しむ
黄落や古道と伝ふ石まろく 栄子
☆仰がずに居れぬ青空より木の葉 あき
景の大きさと色彩、自然のいたずら。楽しい御句ですね。


■岡崎昭彦 選

鴨もぐり小鴨がもぐり水蒼き 朋代
今更のことの治まる小春の日 有為子
霜晴やしだいしだいに海の色 依子
老い桜はや冬の芽の溢れけり 眞二
☆寒風に吹きしぼらるる船の旗
「吹きしぼらるる」に惹かれました。


■山内雪 選

一つづつ過去へ消えゆく除夜の鐘 眞二
だましだまし眼使ひて冬籠 雅子
教会の大掃除して年暮るる チボーしづ香
冬ざれや自転車に蔓絡みつき 良枝
☆花八手通ひなれたる貸本屋 一枝
一読なつかしさでいっぱいになった。花八手の例句を読んでみて益々この句が好きになった。


■穐吉洋子 選

建てつけの悪き玄関虎落笛
冬夕焼セピアカラーに街を染め 由布子
山呼べば冬の支度と又三郎 敦丸
セロテープ褪せし字引や冬に入る 栄子
☆蜜柑剥くラメのマニキュア母の指 飯田静
女性は幾つになってもおしゃれはしたいものですよね。ラメ入りのマニキュアにお洒落なお母さま様子が伺えます。


■板垣もと子 選

朝まだきカーブミラーに霜の花 一枝
一塵の迷ひも捨てよ寒昴 優美子
セロテープ褪せし字引や冬に入る 栄子
耳飾り揺れてセーター真くれなゐ 伸子
☆夜祭をむささびが見下ろしている 伸子
ムササビの寂しさと夜祭の賑やかさとが1句の中にあり、物語のようです。


■若狭いま子 選

むせび泣く女の所作も近松忌 眞二
一つづつ過去へ消えゆく除夜の鐘 眞二
指のごと風切り羽を広げ鷹 百合子
コート衿立てゐれば直し呉るる人 百合子
☆竈の火絶やさず一日味噌作る 和代
この句より、かつて味噌作りをしていた体験が甦ってきました。麹や大豆の調達から塩加減まで忙しく過ごしました。手間をかけて仕上がった味噌は手前味噌ながら、香りもよくおいしく感じました。今は既製品しか味わえませんので、とても羨ましく思います。


■松井伸子 選

帰り来し遺骨に障子開け放ち 依子
風邪の子の染み一つなき肌かな 味千代
皮手套選る節くれの指伸ばし 洋子
師の選に初めて入りし納め句座
☆包丁に体重のせてけふ冬至 あき
何と戦っているのか目に見えるようです。一番初めに印象に残りました。


■長坂宏実 選

冬晴れや揺らぐことなき水たまり 昭彦
冬ぬくしマリア観音像に艶 百花
番犬の大きな欠伸冬ぬくし 由布子
ガシガシの冬至南瓜を切る音か もと子
☆日記買ふ手間も嬉しき銀座かな 味千代
来年への期待や銀座でのお買い物のわくわくした気持ちを感じました。

 

 

◆今月のワンポイント

「類句について」

先生から類句のご指摘がありましたので、みなさんと共有したいと思います。

白葱の光の棒や籠の中

白葱の光の棒をいま刻む   黒田杏子

俳句は十七音の短詩であり、たくさんの句を作っていく上で類句は避けられないものです。
もし指摘されたら、難しく考える必要はありません。単に引っ込めるだけのことです。つまり、その句を結社誌や俳句大会などに投句しなければよいのです。
類句は誰にでもありうることですが、句会に出せば選者や仲間がきちんと指摘してくれますので、恐れずに句を作り続けていくことが大切です。

松枝真理子

◆特選句 西村 和子 選

ひと雨のあとの日ごとの柿落葉
緒方恵美
雨があがり、柿の葉の落葉に気づいた作者。きれいに色づいたまま散る柿の葉は、ことさら目をひく。一度散り始めると、落葉はどんどん加速していくが、その様子を「日ごとの」と表現した。柿落葉の鮮やかな色が、かえって冬のうら寂しい感じを際立たせている。(松枝真理子)

 

万国旗低きに張りて運動会
小松有為子
運動会の定番の万国旗だが、この句のポイントは「低きに張りて」である。わざわざ低くするということは、運動会の主役は小さい子どもたち、幼稚園か保育園の運動会なのだろう。子どもたちの精一杯の姿だけでなく、心を砕いて準備をしてきた先生や保護者の姿も見えてくる。(松枝真理子)

 

底冷えの駅に一番星きれい
小野雅子
しんしんと足元から冷える日、作者は一日の予定を終えて帰路につくべく電車を待っている。ふと仰いだ空には一番星が瞬いていて、思いがけないプレゼントのように感じられた。「きれい」という素直な表現が、一番星と響き合って効果的である。足元から頭上、星空の彼方へと視線が大きく広がっていく。(松枝真理子)

 

芋茎ゆで煮付酢の物炒め物
千明朋代
たくさんの芋茎を少しも無駄にはしないという、作者の主婦としての矜持が感じられる。「料理上手な人は俳句もうまい」というのは師のことばであるが、作者のような人のことであろう。旬の野菜などの季語で同じような句ができるかもしれないが、芋茎が成功している。音読してもリズムのよい句である。(松枝真理子)

 

カメラマン屈んでばかり七五三
鏡味味千代
少し前までは、家庭での行事でシャッターを押すのは父の役目であったが、この頃の七五三参りでは、プロのカメラマンを帯同している家族をよく見かける。この句もそんな光景を詠んでいるのであろう。「屈んでばかり」に作者の観察の目が利いている。着飾っている子どもを追うカメラマンの懸命な様子が見えてくる。(松枝真理子)

 

木の葉髪くすり飲んだと声掛けて
長谷川一枝
ある程度年齢を重ねた夫婦の光景であろう。夫が薬を飲み忘れていると気付いた作者。賢明な作者は、ストレートに指摘するのではなく、「薬飲んだ?」とさりげなく尋ねるふりをしているのだ。季語の木の葉髪から、夫婦の年齢だけでなく、暮らしぶりなどまで想像できる。(松枝真理子)

 

カーテンの房の豊かに冬館
小山良枝
カーテンは部屋の防寒の重要なアイテムである。房飾りの立派なカーテンは、庭に面した大きな窓にかけられていて、ひだのたっぷりとられた厚手で重厚なものだと想像できる。カーテンの房を詠むことで、カーテンのかけられた部屋の様子、そして冬支度を終えた洋館のたたずまいが見えてくる。さらにはクリスマスの飾りで彩られる様子にまで想像が広がる。(松枝真理子)

 

草枯れて枯れて幾何学的模様
松井伸子
土手や野原の枯草の様子を想像した。「枯れて」を重ね、草の枯れきった様子を表現したところに工夫がある。それらの草が折れたり傾いたりしている様が、作者には「幾何学的模様」に見えたのである。幾何学的模様が人為的な形だけに、破調の形も成功している。また、Kの音の連なりが小気味よい。(松枝真理子)

 

かへりみし処にまたも雪螢
巫依子
どのような場面かはわからないが、ふと振り返ったときに雪螢を見つけた作者。つい今しがた自分が歩いてきたあたりを雪螢が浮遊しているのである。また前を向いて歩き出すが、雪螢の姿はまったく見られない。だが、再び振り返ると同じように雪螢がふわふわしているのだ。予期せぬ時に遭遇する雪螢は、探そうと思うとなかなか見つけられないものである。雪螢の特性をうまく表現している。(松枝真理子)

 

閻王の口中真赤冬紅葉
三好康夫

 

七五三ついでに母も褒められて
梅田実代

 

立冬やペダル踏むとき深呼吸
松井伸子

 

素うどんの湯気や勤労感謝の日
梅田実代

 

大鳥居再建未だ七五三
穐吉洋子

 

吾が影を連れて初冬植物園
飯田静

 

◆入選句 西村 和子 選

誇るべき何ものもなし冬の虹
山田紳介

大いなる洗濯板よ秋の雲
小松有為子
(大いなる洗濯板や秋の雲)

山茶花や父の好みし白一重
荒木百合子

空港に別れて一人雪もよひ
鎌田由布子

ランドセル落葉を蹴つて楽しさう
鎌田由布子
(落葉蹴つて楽しき頃やランドセル)

ベランダの月光集めハーモニカ
箱守田鶴
(ベランダの月光をハーモニカに集め)

銀杏黄葉並木かつては滑走路
飯田静
(銀杏黄葉並木のかつて滑走路)

数字より大切なこと冬銀河
田中優美子

秋の日やふふんふふんと夫の留守
長谷川一枝
(秋の日や鼻唄ふふんと夫の留守)

深秋の誰にも会はぬ散歩かな
森山栄子

藁焼きの煙むらさき冬隣
辻敦丸
(藁焼きの紫立ちぬ冬隣)

椅子の皮張り替へ冬に入りにけり
小山良枝

冬の靄スワンボートは尻並べ
松井洋子

加茂川の飛石渡る小春空
木邑杏
(飛石で渡る加茂川小春空)

蒲の絮弾けてよりのむくつけき
牛島あき
(むくつけく弾けてよりの蒲の絮)

甘藷掘の畑一枚賑やかに
佐藤清子

加茂川の流れ大らか草紅葉
木邑杏

ひとつづつ肩の荷下ろし冬仕度
田中優美子
(ひとつづつ肩の荷下ろし冬用意)

峡もみぢトロッコ列車最徐行
荒木百合子
(峡はもみぢトロッコ列車は最徐行)

秋茜石の温みに翅を伏せ
中山亮成

冬の夜をつんざき走る赤色灯
田中優美子

ことのほか山暮れ易し地酒酌む
小山良枝
(ことのほか山暮易し地酒酌む)

焙煎の香の芳しき小六月
飯田静

茸狩り声掛け合ひて山に入る
穐吉洋子

ゆで卵きれいに剥けて今朝の冬
長谷川一枝

しぐるるやただいまと言ひ部屋灯す
吉田林檎
(しぐるるやただいまと言ひ灯す部屋)

白壁の旧家さざんくわ散り敷ける
水田和代

黄落や朽ちゆくものに日の当たり
牛島あき

庭椅子に主のをらず冬に入る
鎌田由布子

冬服のボタン全開男の子どち
吉田林檎

ゆうらりと皇帝ダリア垣根越し
佐藤清子

街の灯の瞬き残る冬の朝
穐吉洋子

飛騨望む合掌造り冬支度
奥田眞二
(飛騨望む合掌造りの冬支度)

冬めくやがさがさ畳む包装紙
若狭いま子

秋の薔薇おつかれさまと声掛けて
長谷川一枝

公園の砂場埋められ年の暮
鎌田由布子

自転車を連ね登校豊の秋
森山栄子
(自転車を連ね通学豊の秋)

ファミレスの隅に句談義小鳥来る
山内雪

紅葉且つ散る草庵に待ち侘びぬ
巫依子

夜の雨いつしか霰屋根を打ち
鈴木紫峰人
(夜の雨いつか霰の屋根を打ち)

大利根を渡りて武蔵冬に入る
穐吉洋子

遠まはりして柊の花の道
緒方恵美

茸取れば掌に吸ひ付いてくる湿り
荒木百合子

黄昏の街へコートを翻し
小野雅子
(黄昏の街へコートを翻す)

おはやうと言へる幸せ今朝の冬
田中優美子

来年の暦を売りに消防士
チボーしづ香
(消防士来年の暦売りに来る)

温室の硝子磨かれ冬に入る
飯田静

不用品仕分け時かけ冬隣
千明朋代
(不用品の仕分け時かけ冬隣)

冬ぬくし猫の守れる登り窯
松井洋子
(冬ぬくし猫の守りたる登り窯)

綿虫の水色となる近さまで
小野雅子

物置の木馬も時に日向ぼこ
松井伸子

冬の虹見るため車止めにけり
山田紳介

冬紅葉隙の青空結晶す
三好康夫

乗り合はす三つ子の白き毛糸帽
若狭いま子
(乗り合はす三つ子や白き毛糸帽

落人の祠は小さし空つ風
緒方恵美

朝露や何か動いて牧草地
深澤範子

茶の花や表札いまも旧町名
長谷川一枝

柚子ひとつ貰ふつもりが二十ほど
佐藤清子

パンプスの響きも乾き冬の月
吉田林檎

ジェット機の爆音籠る冬の雲
松井洋子

猟銃音牛舎へ牛を追ひをれば
山内雪

焼きたてのベビーカステラ酉の市
箱守田鶴

風吹いて地蔵のつむり寒さうな
松井伸子
(風吹いて地蔵のつむの寒さうな)

並びたる祖父母の若く七五三
千明朋代

山茶花や雨戸を繰りて今日はじまる
梅田実代

冬晴や影のはみ出すかくれんぼ
飯田静
(冬晴や影のはみ出すかくれんぼう)

朴散るや女工哀史の峠路
奥田眞二

秋の昼カステラへ刃をゆつくりと
森山栄子
(カステラへ刃をゆつくりと秋の昼)

私は私主張しづかに石蕗の花
荒木百合子
(「私は斯う」主張しづかに石蕗の花)

将来と未来の違ひ銀杏散る
田中優美子
(「将来」と「未来」の違ひ銀杏散る)

旅先のスーパーに買ふ冬林檎
小山良枝

綿虫の行方受話器を持つたまま
小野雅子

かりがねや野末に遅き月出て
松井洋子

冬の雨池の形に発光す
板垣もと子
(冬の雨池の形に白光す)

篠笛のまにまに紅葉散りにけり
木邑杏
〈篠笛のまにまに紅葉散り行けり〉

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 

柚子ひとつ貰ふつもりが二十ほど 清子
鯛焼きを割つて喧嘩の始まりぬ 林檎
パンプスの響きも乾き冬の月 林檎
チョコレート移動販売十二月 和代
☆冬晴や影のはみ出すかくれんぼ 飯田静
隠れたつもりでも、影で分かってしまうところが微笑ましいですね。子供たちの明るい声が聞こえてきそうです。


■飯田 静 選

哺乳瓶を放さぬ仔牛小鳥来る
朴散るや女工哀史の峠路 眞二
水鳥やしづかに進む私小説 良枝
職人は光を残し松手入 優美子
☆落人の祠は小さし空つ風 恵美
平家の落人でしょうか。人目を避けているために堂々と先祖を祀ることができない寂しさを感じます。


■鏡味味千代 選

凩や客ぞんざいに入り来る 松井洋子
職人は光を残し松手入 優美子
褒めらるることを嫌がり七五三 実代
街の灯の瞬き残る冬の朝 穐吉洋子
☆茶の花や表札いまも旧町名 一枝
昔は花を愛で、また自宅用の茶を採取するため、隣家との境界に茶の木を植えていたと聞きました。きっとそれは旧町名の頃。言葉にはしなくとも、家も昔ながらの建物であり、住んでいる方の様子も伺えます。でもきっとこの表札が変えられる時、茶の木も一緒になくなってしまうような、そんな危うさもあります。


■千明朋代 選

銀杏落葉今日といふ日を歩みたり 百花
秋の薔薇おつかれさまと声掛けて 一枝
ひそひそとひそひそひそと落葉散る 恵美
水鳥やしづかに進む私小説 良枝
☆いにしへのいしの暖炉は日を忘れ 良枝
かねがねさびしく思っていた使われない暖炉、こういう表現を見てとてもうれしくなりました。


■辻 敦丸 選

光悦寺しじま笹鳴き止みしかば 眞二
夜の雨いつしか霰屋根を打ち 紫峰人
冬の川一筋の意地貫きて 新芽
蝦蟇口に護符を忍ばせ神の留守 味千代
☆冬の海異国の文字を運び来て 味千代
船便、懐かしい言葉。冬の港には世界中からクリスマスの贈り物、カードが運ばれて来た。


■三好康夫 選

新蕎麦の喉の奥まで香りたり 真徳
小春日の電車に父と幼子と 雅子
冷まじや林武の絵具箱 依子
お返しと泥付き大根二本呉れ 一枝
☆りんご剥く妻の眼鏡の赤き縁 昭彦
赤が印象的、お元気な奥様の動きが見えるようです。


■森山栄子 選

小春日の電車に父と幼子と 雅子
神渡し湖を磨いてゆきにけり 良枝
父がゐて母ゐて熊手もつ子ゐて 眞二
冬日差す父の形見の顕微鏡 紳介
☆アラビアの街を見て来し月冴ゆる もと子
アンデルセンの「絵のない絵本」のように、月が人々の暮らしを眺めながら巡っている情景を思い浮かべました。月冴ゆるという季語とモスクの尖塔のイメージが響き合い、スケールの大きな一句と感じ入りました。


■小野雅子 選

ひと雨のあとの日ごとの柿落葉 恵美
帯解けば安堵の息や七五三 味千代
小夜時雨祇園白川巽橋 眞二
猟銃音牛舎へ牛を追ひをれば
☆落葉掻くまた掻くその日来るまでは 依子
その日が来るまでは生きなければならない。落葉掻くという日々の仕事を淡々とこなしていく姿に真実があると思いました。


■長谷川一枝 選

しぐるるやただいまと言ひ部屋灯す 林檎
加茂川の飛石渡る小春空
冬晴や影のはみ出すかくれんぼ 飯田静
綿虫の行方受話器を持ったまま 雅子
☆凩や客ぞんざいに入り来る 松井洋子
句を読んで、なるほどなそんなふうに入って来る様子にクスリとしました。


■藤江すみ江 選

加茂川の飛石渡る小春空
ことのほか山暮れ易し地酒酌む 良枝
蒲の絮弾けてよりのむくつけき あき
子犬の耳跳ねてもみぢのドッグラン 百合子
☆冬晴や影のはみ出すかくれんぼ 飯田静
幼い影にちがいありません 映像が 自然に浮かんでくる佳い句と思います。


■箱守田鶴 選

遠回りして柊の花の道 恵美
牛待たせベンチに寝たる案山子かな 百花
ポケットにあげると木の実差し込まれ 百花
退院の母に緋木瓜の帰り花 いま子
☆素うどんの湯気や勤労感謝の日 実代
質素な素うどん、 でも うどんを本当に味わうにはこれが一番でしょう。あつあつを食べながら元気に働けることを感謝する、まさに勤労感謝の日にぴったりの昼餉、と感じます。


■深澤範子 選

物置の木馬も時に日向ぼこ 伸子
空港に別れて一人雪もよひ 由布子
ゆで卵きれいに剥けて今朝の冬 一枝
ひとつづつ肩の荷下ろし冬仕度 優美子
☆おはやうと言へる幸せ今朝の冬 優美子
平凡な幸せを噛みしめている様子が、良く表れている句だと思いました。


■山田紳介 選

冷まじや林武の絵具箱 依子
哺乳瓶を放さぬ仔牛小鳥来る
水鳥やしづかに進む私小説 良枝
ほろほろと日がな山茶花零れけり いま子
☆深秋の誰にも会はぬ散歩かな 栄子
本当は会いたいのか、会いたくないのか。或はそのどちらでもあるのかも知れない。


■松井洋子 選

乗り合はす三つ子の白き毛糸帽 いま子
身ぬちより灯ともるやうに柿熟るる 百合子
神渡し湖を磨いてゆきにけり 良枝
職人は光を残し松手入 優美子
☆りんご剥く妻の眼鏡の赤き縁 昭彦
新婚家庭だろうか。間近から妻を眺めているその視線に愛情が溢れている。とても微笑ましい句。


■緒方恵美 選

紅葉狩寺の大門額となし
冬の川一筋の意地貫きて 新芽
寒菊の風は鞴の風のやう 伸子
黄昏の街へコートを翻し 雅子
☆街の灯の瞬き残る冬の朝 穐吉洋子
誰もが出会った事のある普遍的な日常を、さりげなく詩に昇華している。


■田中優美子 選

焼きたてのベビーカステラ酉の市 田鶴
冬日差す父の形見の顕微鏡 紳介
りんご剥く妻の眼鏡の赤き縁 昭彦
七五三ついでに母も褒められて 実代
☆褒めらるることを嫌がり七五三 実代
子ど私も、「かわいいね」などと言われると、からかわれている気がして無性に恥ずかしくなりそっぽを向くような子だった。しかし時が経てば、それすらも甘えることのできた、微笑ましい時分の思い出だったのだと思う。リアリティのある句は、記憶を呼び覚ますと同時に、そのときの気持ちを客観的に見つめさせてくれる。


■チボーしづ香 選

乗り合はす三つ子の白き毛糸帽 いま子
ポケットにあげると木の実差し込まれ 百花
柚子の苗大地に託し冬籠 伸子
古びたる文庫蔵裏柿たわわ 清子
☆空港に別れて一人雪もよひ 由布子
空港で一人見あげる空が雪模様と一人薄ら寒い様子が感じられる。


■黒木康仁 選

役を終へ足音を待つ冬田かな 新芽
冬晴や影のはみ出すかくれんぼ 飯田静
銀杏落葉今日といふ日を歩みたり 百花
風待つてゐても飛べぬぞ渡り鳥 優美子
☆鉄塔に絡みつきたる冬夕焼 松井洋子
冬の寒々とした鉄塔に冬の夕焼が絡みつくという表現に驚きがありました。


■矢澤真徳 選

大鳥居再建未だ七五三 穐吉洋子
冬ぬくし猫の守れる登り窯 松井洋子
ひとつづつ肩の荷下ろし冬仕度 優美子
焼きたてのベビーカステラ酉の市 田鶴
☆素うどんの湯気や勤労感謝の日 実代
素うどん、という言葉と、湯気と、勤労感謝の日、という言葉が、互いが互いの触媒となって、若々しさや、さらには希望まで溢れ出てくるような気がした。


■奥田眞二 選

椅子の皮張り替へ冬に入りにけり 良枝
草枯れて枯れて幾何学的模様 伸子
商店街てふ花道を七五三 実代
りんご剥く妻の眼鏡の赤き縁 昭彦
☆尾根歩くための青空小六月 あき
起伏の少ない尾根歩きは楽しいものです。それも冬の温かい晴れた日、この青空われのもの、尾根歩くため、の表現がお上手だと思います。


■中山亮成 選

子犬の耳跳ねてもみぢのドッグラン 百合子
冬晴や影のはみ出すかくれんぼ 飯田静
ポケットにあげると木の実差し込まれ 百花
焼きたてのベビーカステラ酉の市 田鶴
☆どんぐりを埋めて未来思うらし 栄子
子供のころ同じようなことをしたような。


■髙野新芽 選

銀杏落葉今日といふ日を歩みたり 百花
くれなづむ光紅葉をほどきゆく 優美子
冬の雨土の匂ひを呼び覚ます 味千代
冬の海異国の文字を運び来て 味千代
☆ねぶた来る武者は悪鬼を踏み潰し 亮成
ねぶた祭りの迫力と祭りの意味合いの両方が伝わってくる素敵な句だなと思いました。


■巫 依子 選

菊花展入場券を栞とす 一枝
冬日差す父の形見の顕微鏡 紳介
褒めらるることを嫌がり七五三 実代
底冷えの駅に一番星きれい 雅子
☆綿虫の水色となる近さまで 雅子
何処からともなく現れて宙を舞っている綿虫。白くボーッとした感じは、雪螢とも呼ばれる綿虫。でも、近づいた時、それは白ではなく仄かに青みがかっている。水色となる近さという表現が、言い得て妙。


■佐藤清子 選

冬日差す父の形見の顕微鏡 紳介
わだかまり水に流してカンナ咲く 範子
藁焼きの煙むらさき冬隣 敦丸
あとがきを終へしペン先十三夜 敦丸
☆柚子の苗大地に託し冬籠 伸子
鉢植えを地植えにしたのでしょうか。柚子への愛着が伝わってきます。柚子仕事も楽しみですね。私は前の住処に置いてきた柚子の木への思いが重なり愛おしく感じました。


■水田和代 選

ランドセル落葉を蹴つて楽しさう 由布子
哺乳瓶を放さぬ仔牛小鳥来る
猟銃音牛舎へ牛を追ひをれば
ひそひそとひそひそひそと落葉散る 恵美
☆何度でも立ち上がれとぞ冬落暉 雅子
思いどうりにいかないことがあるときも、冬の夕日を見ていて勇気づけられることがあります。


■梅田実代 選

自転車を連ね登校豊の秋 栄子
大いなる洗濯板よ秋の雲 有為子
冬日差す父の形見の顕微鏡 紳介
ひと雨のあとの日ごとの柿落葉 恵美
☆遠まはりして柊の花の道 恵美
柊のように目立たないけれども可憐な花のために遠回りする作者の心持ちに惹かれました。

 

■鎌田由布子 選

山茶花の生垣つづく京の町 いま子
冬晴や影のはみ出すかくれんぼ 飯田静
冬日差す父の形見の顕微鏡 紳介
白壁の旧家さざんか散り敷ける 和代
☆自転車を連ね登校豊の秋 栄子
長閑な通学風景が映画のようでした。


■牛島あき 選

黄昏の街へコートを翻し 雅子
柚子ひとつ貰ふつもりが二十ほど 清子
秋茜石の温みに翅を伏せ 亮成
空港に別れて一人雪もよひ 由布子
☆素うどんの湯気や勤労感謝の日 実代
「素うどん」という懐かしい言葉と、長くて難しい季語との組み合わせが、見事に決まっていると思います。


■荒木百合子 選

綿虫の水色となる近さまで 雅子
柚子ひとつ貰ふつもりが二十ほど 清子
父がゐて母ゐて熊手もつ子ゐて 眞二
藁焼きの煙むらさき冬隣 敦丸
☆シュトラウスの音符のごとく落葉舞ふ 真徳
昔、シュトラウスの子孫の方の指揮でワルツやポルカを聞くコンサートがあり、その指揮者の軽やかで優雅な身のこなしをこの句で思い出しました。


■宮内百花 選

職人は光を残し松手入 優美子
蜻蛉のふはりと浮きて光りたり 昭彦
褒めらるることを嫌がり七五三 実代
自転車を連ね登校豊の秋 栄子
☆焼きたてのベビーカステラ酉の市 田鶴
焼きたてのベビーカステラ。甘くて温かくてふわふわとしていて、幸せの色である黄色。それだけしか言っていないのに、酉の市の賑わいが見え聞こえてくるようです。


■鈴木紫峰人 選

もうこんなにこまっしゃくれて七五三 百合子
あとがきを終へしペン先十三夜 敦丸
たじろがぬ魚影や冬の五十鈴川 味千代
篠笛のまにまに紅葉散りにけり
☆パレットも遺作のひとつ冬灯 依子
画家の苦悩や熱情が残るパレット。冬灯が優しく包んでいる。このように詠まれて、画家は嬉しいだろうなとおもいました。


■吉田林檎 選

カーテンの房の豊かに冬館 良枝
パレットも遺作のひとつ冬灯 依子
冬めくやがさがさ畳む包装紙 いま子
柚子ひとつ貰ふつもりが二十ほど 清子
☆身ぬちより灯ともるやうに柿熟るる 百合子
熟した柿の色を内側から灯がともっていると感じた作者。「身ぬちより」で始まるから作者自身のことと思ったら柿のことだったという意外性とその見立ての説得力で心地よく読み終わります。


■小松有為子 選

寒風に出るなり曇る眼鏡かな チボーしづ香
錦なす楓紅葉の遅速かな もと子
秋の暮見知らぬ猫に懐かれて 松井洋子
温室の硝子磨かれ冬に入る 飯田静
☆パンプスの響きも乾き冬の月 林檎
寒い夜の乾く靴音が聞こえます。「き」の韻を踏むことの巧みさ。


■岡崎昭彦 選

母の家を辞したる朝の冬の虹 実代
一面の昨日と違ふ苅田かな 範子
フルートのやがて滑らか冬ぬくし 雅子
ひと雨のあとの日ごとの柿落葉 恵美
☆素うどんの湯気や勤労感謝の日 実代
「素うどん」の潔い感じがとても良いと思いました。


■山内雪 選

商店街てふ花道を七五三 実代
褒めらるることを嫌がり七五三 実代
冬ぬくし猫の守れる登り窯 松井洋子
あとがきを終へしペン先十三夜 敦丸
☆空港に別れて一人雪もよひ 由布子
空港とあるから、簡単には会えぬ人を見送ったのであろうか。季語がせつない。


■穐吉洋子 選

冬晴や影のはみ出すかくれんぼ 飯田静
月蝕や冬の空行く金の船 もと子
筥迫の今にも落ちさう七五三 田鶴
おはやうと言へる幸せ今朝の冬 優美子
☆朴散るや女工哀史の峠路 眞二
「あゝ野麦峠」を思い出します。朴の朽ちて行く様はまるで主人公「みね」を象徴したかの様です。


■板垣もと子 選

カーテンの房の豊かに冬館 良枝
ジェット機の爆音籠る冬の雲 松井洋子
鉄塔に絡みつきたる冬夕焼 松井洋子
綿虫の水色となる近さまで 雅子
☆尾根歩くための青空小六月 あき
小六月の青空を歩いているような感じがする。


■若狭いま子 選

八掛はマスタード色冬ぬくし 雅子
カーテンの房の豊かに冬館 良枝
パンプスの響きも乾き冬の月 林檎
ランドセル落葉を蹴つて楽しさう 由布子
☆自転車を連ね登校豊の秋 栄子
稔り田の広がる田園の道を学生が軽快にペダルを踏んで走り行く。通行人に会うとどちらからともなく挨拶を交わす。そのような朝は清々しい気分になれます。前途洋々の若人や実りの秋の風景が好きです。


■松井伸子 選

ゆで卵きれいに剥けて今朝の冬 一枝
遠まはりして柊の花の道 恵美
綿虫の水色となる近さまで 雅子
紅葉の木立ちの向こう郵便車 昭彦
あとがきを終へしペン先十三夜 敦丸
丁寧な作業のあとの解放感が十三夜とひびき合ってホッとします。


■板垣源蔵 選

黄昏の街へコートを翻し 雅子
朝風呂の湯やや熱く秋深し 昭彦
千歳飴ぎゅっと抱へて人力車 田鶴
秋茜石の温みに翅を伏せ 亮成
☆水鳥やしづかに進む私小説 良枝
ゆったりとした時間の流れとそれを思う存分楽しんでいる様子が伝わって来ました。


■長坂宏実 選

焼きたてのベビーカステラ酉の市 田鶴
黄昏の街へコートを翻し 雅子
ゆで卵きれいに剥けて今朝の冬 一枝
七五三ついでに母も褒められて 実代
☆鯛焼きを割つて喧嘩の始まりぬ 林檎
うまく半分に割れずに、大きい方が欲しいと喧嘩をする様子が微笑ましいです。

◆今月のワンポイント

「音読をしよう」

句帳に書き留めたことばをそのまま投句することはまれで、多くの場合は推敲をすることになります。助詞を変えたり、順番を入れ替えてみたり、ああでもないこうでもないとやっていると、どんどんわからなくなってくるものです。
そんなときは、音読をしてみるのがおすすめです。
例として、今回の入選句から抜き出してみます。

原句:ベランダの月光をハーモニカに集め

添削句:ベランダの月光集めハーモニカ

原句:飛石で渡る加茂川小春空

添削句:加茂川の飛石渡る小春空

いずれもまったく同じ内容ですが、声に出して読んでみるとその違いがおわかりになるかと思います。一方、特選句の

閻王の口中真赤冬紅葉

芋茎ゆで煮付酢の物炒め物

などは、音読するとリズムがよく、定型詩の良さが感じられる句です。
次回からはぜひ、音読をしてから投句してみてください。

松枝真理子

◆特選句 西村 和子 選

秋ともし心弱れば句も弱り
小野雅子
俳句実作者、それもかなり本気の作者の感慨ですね。弱らなくても、イライラしたり、忙しすぎると句が弱りますね。心が弱ったときになぐさめてくれるのは自然界の花鳥です。人事を詠むのが得意であるとしても、いっとき心を自然界に遊ばせると慰められると思います。(中川純一)

 

少しばかり採れて明日は零余子飯
千明朋代
少しばかり、という言葉がきいています。職業的にむかごを採取したのではなくて、年に一度位場所を知っていてそれを採取したけれど少しだったというわけです。でも明日はむかご飯にしよう、季節を味わおうというわけです。(中川純一)

 

自転車の離陸できさう秋日和
田中優美子
自転車が飛ぶというと、ETという映画を思い出しますけれど、あれとは別に気持ちのよい秋空に飛び上がって紅葉の山々を見下ろす鳥のような気分をふと味わう気がしたのでしょう。離陸できそう、という言い方に工夫がある、というのか、ひらめきがありますね。(中川純一)

 

小鳥来るそろそろ旅の話など
長谷川一枝
コロナで旅行がずっとできなかったけれど、最近感染者数が減ってきて、出かけようかという気分に。仲間内でも話題になったということでしょう。(中川純一)

 

この糞は熊かもしれず茸狩
山内雪
熊の糞はべたーっと広がった形だったとおもいます。コロコロうんちではありません。それがあったら近くに熊がいるということですから、長居はしないほうがよいです。茸刈で熊に襲われた人が今年は沢山いました。(中川純一)

 

コスモスの角を曲がりて胸騒ぎ
巫 依子
コスモスで胸騒ぎというのは唐突です。角を曲がった、というところがくせものです。楽しい気分でいたのが急に景色が変わったことが心に棘のように刺さったのでしょう。(中川純一)

 

帰れなくなつてもいいか大花野
田中優美子
気持ちがとても大きくなって、ずっとこのままいたいという花野です。癒される、こだわりから解放される気持ちでしょう。ずっといたい、というのではなくて、リスクがあってもここにいたいという少しだけ思いつめた様子もあります。若さでしょう。(中川純一)

 

背伸びして足のつりたる夜寒かな
奥田眞二
わびしいかんじです。でも克巳先生もよく寝ていて足がつるのだから俳人の素質です。とくに寒いとつりやすいようです。また、何かの金属を薬で補充すると改善するということもききました。(中川純一)

 

風の無い時をコスモス力溜め
巫 依子
風に吹かれるてなすがまま、そうみえるコスモスですが、風のない時には自立していると見立てています。少しわかりにくい言い方ですけれど、そう表現しないと言えないと作者は感じているようです。(中川純一)

 

躙り口まで月光に導かれ
緒方恵美
茶室の入り口でしょうか?とても静かな月明りを感じます。古典的なシーンですね。(中川純一)

 

休業のはずが閉店昼の虫
山内 雪
日限を決めずに休業とかいた紙が貼ってあったのでしょう。少し具合が悪いのかと思っていたら閉店という表示になってしまった。健康問題なのか、経済的なことなのか、両方か。若い店主ではないと思われます。長く通った店だったとわかります。(中川純一)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

かばかりの風をとらへて萩ゆるる
佐藤清子

 

かへりみて積丹ブルー秋の海
鈴木紫峰人
何々ブルーという海はあちこちにあるけれど、しゃこたん岬はとても有名です。

 

こほろぎや何処からとなく父の声
(こほろぎや何処からともなく父の声)
深澤範子
コオロギの声に耳を貸していると、ふとお父様の声がしたように感じたということでしょう。

 

稲光一瞬遠きビル現るる
若狭いま子

 

解体の都営住宅月照らす
(月照らす解体の都営住宅)
中山亮

 

行く秋や御手洗の杓割れしまま
板垣もと子

 

自画像に一筆加へすがれ虫
辻 敦丸

 

子規句集書き終へにけり暮の秋
(子規句集書き終へたるは暮れの秋)
穐吉洋子
筆写しているのでしょうか。素晴らしい試みですね。それが完結したのが秋の暮れであったところが子規の忌とも少し重なって感慨深いというわけでしょう。

 

秋晴や演歌流るる造船所
(秋晴れて演歌流るる造船所)
松井洋子

 

色変へぬ松の威容も浜離宮
木邑 杏

 

青空にぶらさがりたる榠櫨の実
梅田実代

 

大仏の手のふつくらと菊日和
緒方恵美
大仏の手はいつだってふっくらしているけれど、菊の盛りの晴れた日には特にそのふっくらした手が親しみを感じさせるということを自然な言い方で表現しています

 

届きたる宛名達筆今年米
(達筆の宛名で届く今年米)
長谷川一枝

 

能舞台ありし邸や鰯雲
荒木百合子

 

父祖の地をたづね歩くや秋茜
(父祖の地をたづね歩く日秋茜)
千明朋代

 

旅心誘ふ機影や秋澄めり
中村道子

 

きのこ飯一人暮らしの娘来て
岡崎昭彦
学業のためか、仕事のためか、未婚だけれども一人暮らしをしている娘さんが久しぶりにお父さんを訪ねてきたので、きのこ飯を作ってもてなしたというわけです。同じような気持ちを私も最近 茸飯帰りの遅き娘待ち という句で詠みましたので、親しみを覚えます。

 

林檎園延々岩木山浮かべ
(岩木山浮かべ林檎園延々)
小野雅子

 

飛行機の音軽やかに菊日和
(飛行機の軽やかな音菊日和)
箱守田鶴

 

十月や句会の後のロシアティー
深澤範子

 

秋うらら鞄枕にひと眠り
(秋うらら鞄枕にひと寝入り)
飯田静

 

星今宵ボート漕ぎ出す二人かな
中山亮成
なんだか天の川の織姫と彦星みたい。ロマンチックでよいですね。

 

たれかれに撫でさせる猫秋うらら
梅田実代
普通は犬です。猫は嫌な人にはふーっといいますよね。でもこの猫は人慣れしていて、それに年取っているのだろうと思います。子猫ではない。それが秋うららというところに表れています。

 

禅林の空より一枝初紅葉
板垣もと子

 

海風に墓碑銘薄れ秋深し
(海風に薄る墓碑銘秋深し)
木邑 杏

 

秋寒や郵便局にひと休み
松井伸子
一休みするところとして、郵便局というのは珍しい。都会ではなくてのんびりしたところでしょう。

 

雨の日の石蕗ことさらに黄なりけり
水田和代

 

身にしむや塀に解体予定表
荒木百合子

 

内海の鏡のやうな秋日和
鎌田由布子

 

群青の海に一条月明り
鎌田由布子

 

とんかちの音のいつまで秋の暮
藤江すみ江

 

秋の雨宇治十帖を閉ぢたれば
小野雅子

 

ドア越しに胡桃割る音父の部屋
(ドアのむかう胡桃割る音父の部屋)
矢澤真徳

 

実紫夕べの雨に艶増せり
穐吉洋子

 

むせかへることも醍醐味燗熱く
(飲みむせぶことも醍醐味燗熱く)
島野紀子
酒豪ですねえ。

 

ちちろ鳴く書架に未読の歎異抄
奥田眞二

 

解散におうと応へて鰯雲
箱守田鶴

 

行く秋を蝶きらきらと縫ひゆけり
松井伸子
行く秋を縫うという言いかたを見出したのが手柄です。

 

蜜柑剥くマニキュア塗りしこともなく
(蜜柑剥く爪を飾りしこともなく)
森山栄子

 

冷まじや一茶旧居に窓一つ
緒方恵美

 

木の実落つ観音堂に人待てば
小野雅子

 

配達の人の胸にも赤い羽根
小山良枝
コロナで配達人はとても忙しいですね。でもその胸に赤い羽根をつけている人ならイライラしたかんじではないということが伝わります。

 

虫時雨またたく星に呼応して
小野雅子

 

秋の山聞きおぼえなき鳥のこゑ
岡崎昭彦

 

街灯の切れしままなり月今宵
藤江すみ江

 

三姉妹南瓜煮るにも姦しく
佐藤清子
女性は姦しいということで、ストレス発散できて長生きできるのだと思います。

 

ひそひそとこつんと木の実落ち急ぐ
三好康夫

 

天高し三角屋根の風見鶏
飯田静

 

筑波嶺のすつきり見えて柿日和
長谷川一枝

 

手の甲の静脈青しそぞろ寒
板垣もと子
自分の手の甲の静脈が青く浮き出ていることがふとわびしく思われたのでしょう。手がふっくらしていた娘ざかりはとうに過ぎてしまったという寂しさ。男性は頭頂の髪に感じる。

 

高層のビルより低く夕月夜
鎌田由布子

 

天高しホテルの窓の海を向き
鎌田由布子

 

見上ぐれば飯桐の実の真紅
(見上げれば飯桐の実の真紅)
中山亮成

 

蟷螂の首をもたげて何か言ふ
深澤範子

 

茜空雑念忘れ心澄む
(茜空雑念忘れ澄む心)
板垣源蔵

 

むかご採るほろとこぼれて逃げにけり
荒木百合子

 

菊供養小菊の束をもて参ず
箱守田鶴

 

甘藷蒸すたび聞かさるる疎開悲話
(疎開悲話甘藷蒸すたび聞かさるる)
島野紀子
現在では甘藷は繊維も多く、健康食だといわれていますが戦時には米を得られないので代用食という意味合いで、腹を膨らませるためにわびしく食べていたという気分です。もちろん現在売られている甘藷のように甘かったのではないでしょう。疎開で嫌な思いをしていたときみじめな気持ちで食べたものは戦後70年を経ても嫌な思い出につながるので嫌いだという人が多いです。田舎暮らしに慣れていたのではなくて、都会から田舎に疎開した人です。

 

干し柿の間より顔出す峡の人
穐吉洋子

 

パソコンを窓辺に運ぶ良夜かな
吉田林檎
仕事は夜も終わらないけれども、名月が出ているのだからそれを時には見たいという俳人らしい気持ちが自然に詠まれています

 

眼裏に鞍馬のもみじ燃えにけり
(眼裏に鞍馬のもみじ燃えて旅)
奥田眞二
11月末に鞍馬山登山に誘われていて楽しみにしています。伝説の山ですけれども、紅葉はとてもきれいだそうです。

 

一瞬を永遠として星流る
矢澤真徳

 

絵描き歌はたと途切れて秋入日
宮内百花

 

秋の朝魔女の掃き目の箒雲
(秋の朝魔女の掃き目か箒雲)
辻 敦丸

 

短日や食事の刻のすぐに来る
箱守田鶴

 

秋深き大桟橋に「飛鳥Ⅱ」
木邑 杏

 

観覧車一周釣瓶落しかな
鏡味味千代

 

葛の花威勢よき葉に見え隠れ
(葛の花威勢よき葉に見へ隠れ)
小松有為子

 

冬温かひざ掛けをまた落としたる
(冬温かしひざ掛けをまた落としたる)
チボーしづ香
庭にでているのでしょうか?ひざ掛けをしているけれど、それほど寒くはないので、おしゃべりに夢中になるとすぐにずり落ちてしまう。ちょっとしたことですが、季節感があります。

 

星となる者を運ぶや月の舟
(星とならむ者ら運ぶや月の舟)
矢澤真徳

 

稲雀一羽残らず電線に
長谷川一枝

 

照紅葉振り向く君の頬赤く
髙野新芽

 

爽やかに荷の重ければ置けよとぞ
吉田林檎

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選

境内の光集むる椿の実 穐吉洋子
十月や句会の後のロシアティー 深澤範子
自転車の離陸できさう秋日和 優美子
休暇明あおえんぴつをあたらしく 実代
☆ふうはりと帽子にしたき朝の月 有為子
うっすら浮かぶ、柔らかそうな月だったのでしょうね。月を帽子にしたいという発想が新鮮でした。

 

■飯田 静 選

秋晴や演歌流るる造船所 松井洋子
茸山毒なきものの慎ましく 雅子
軒に干す今日は百個の蜂屋柿 伸子
パソコンを窓辺に運ぶ良夜かな 林檎
☆新米や故郷自慢少しだけ 田鶴
新米の頃お米の話題になったのでしょうか。思わず故郷のお米の美味しさを口にしたのでしょう。遠慮がちに。

 

■鏡味味千代 選

霧の海進むべき道閉ざされて 新芽
三姉妹南瓜煮るにも姦しく 清子
塗剥げし鳥居冬日の撫で上げて 島野紀子
石仏の小さきてのひら木の実降る 恵美
☆大仏の手のふつくらと菊日和 恵美
良き日に大仏様にお参りしたのですね。天気も良く、お参りに行ってみたら菊祭りが開催されていたのでしょうか。大きな大仏様の手が、いつもよりふっくらと見えたことで、満たされた幸せな気持ちがわかります。

 

■千明朋代 選

むかご採るほろとこぼれて逃げにけり 百合子
秋天へスケルトンのエレベーター 由布子
虚ろなる目の老人よ秋の雨 チボーしづ香
はちきれんばかりの栗の下ぶくれ 伸子
☆星となる者を運ぶや月の舟 真徳
メルヘンのようで、悲しい句だと思いました。

 

■辻 敦丸 選

七五三社殿横切る緋の袴
柿の実の灯りたるごと熟したり 味千代
秋時雨明日は元気になるつもり 紳介
曼珠沙華ひとつ黄色の道しるべ 百花
☆鰯雲無口になりし逆上がり 百花
逆上がりを頑張っている様子がありありと。応援したくなります。

 

■三好康夫 選

大仏の手のふつくらと菊日和 恵美
かばかりの風をとらへて萩ゆるる 清子
秋の雨宇治十帖を閉ぢたれば 雅子
ぬくき乳搾る体験草の花 あき
☆いつまでも引つこみ思案芙蓉の実 良枝
わかるなあ!

 

■森山栄子 選

月影や鳩の足跡夥し 依子
くの字くの字枯蟷螂の歩きけり
休業のはずが閉店昼の虫
新米や故郷自慢少しだけ 田鶴
☆躙り口まで月光に導かれ 恵美
月光を頼りに茶室へと進んでゆく。躙口を開けるとどんな宇宙が待っているのだろうかと想像が膨らむ句。

 

■小野雅子 選

手を入れて里の温みや今年米 松井洋子
ペグを打つ音の響いて秋の山 宏実
秋霖や愛の言葉を刻む墓碑
石仏の小さきてのひら木の実降る 恵美
☆躙り口まで月光に導かれ 恵美
夜の茶事である。躙り口まで導くのは月光。静寂。幽玄のひととき。

 

■長谷川一枝 選

秋興や一区間てふ旅の窓 依子
虚栗小さき山に積まれをり 道子
頃合にコーヒーの出る良夜かな 栄子
冷まじや一茶旧居に窓一つ 恵美
☆甘藷蒸すたび聞かさるる疎開悲話 島野紀子
身内には辛い思い出があるので、絶対に甘藷を食さない人がいます。

 

■藤江すみ江 選

届きたる宛名達筆今年米 一枝
パソコンを窓辺に運ぶ良夜かな 林檎
稲刈の鎌の子縄の子喋りの子 百花
胸にちよと手を振り返し運動会 実代
☆子の急に手を離したる花野かな 良枝
広々とした花野に誘われたかのような子供の一瞬  解放感 躍動感に溢れている句です

 

■箱守田鶴 選

ざはざはと山猫軒の秋の風 紫峰人
休業のはずが閉店昼の虫
秋うらら影見て直す寝癖かな 一枝
少しばかり採れて明日は零余子飯 朋代
☆実家より鈴虫分けて貰ひけり 良枝
実家から貰うのは日用品とか食べるものとか 実用的なものが普通なのに、鈴虫とは風流で面白いですね

 

■深澤範子 選

蜜柑剥くマニキュア塗りしこともなく 栄子
積ん読の一冊開く夜長かな 由布子
きのこ飯一人暮らしの娘来て 昭彦
帰れなくなつてもいいか大花野 優美子
☆小鳥来るそろそろ旅の話など 一枝
コロナも少し減ってきて、今時の感じが良く表わされていると思いました。

 

■中村道子 選

手を入れて里の温みや今年米 松井洋子
小鳥来るそろそろ旅の話など 一枝
静けさやひとり朝餉の新豆腐 昭彦
人ひとり会はぬ山路や草紅葉 紫峰人
☆大仏の手のふつくらと菊日和 恵美
秋晴れの温かい陽射しの中、大仏様の大きなふっくらとした手に抱かれてみたい……

 

■山田紳介 選

焼き立てのバゲットを抱く秋思かな 良枝
子の急に手を離したる花野かな 良枝
頃合にコーヒーの出る良夜かな 栄子
蜜柑剥くマニキュア塗りしこともなく 栄子
☆大き桃大きな箱で届きけり 深澤範子
小学生が作った様な一句、それを訳知りの大の大人が詠む。こんなに何でもないことを、切れ字まで入れて言い切ると不思議な魅力が生まれる。

 

■松井洋子 選

冷まじや一茶旧居に窓一つ 恵美
晩秋や同居の話突然に 和代
パソコンを窓辺に運ぶ良夜かな 林檎
ゆく秋の水輪とどかぬ向かふ岸 実代
☆休暇明あをえんぴつをあたらしく 実代
青鉛筆をいっぱい使った夏休みの子どもの絵日記。青い空や海の広がる所へたくさん連れて行ってもらったのだろう。健やかで楽しい夏の景が読み手にも浮かんでくる。繰り返す「あ」の音がリズミカルで心地よい。

 

■緒方恵美 選

静けさやひとり朝餉の新豆腐 昭彦
パノラマを車窓に広げ鰯雲 新芽
川音に心遊ばせゐのこづち 朋代
秋夕焼ため息の色塗り替えて 源蔵
☆頃合にコーヒーの出る良夜かな 栄子
簡潔な言い回しの中に、お洒落な雰囲気の漂う句。上五の「頃合に」が効いている。

 

■田中優美子 選

走る背をあと少し押す律の風 新芽
行く秋を蝶きらきらと縫いゆけり 伸子
小鳥来るそろそろ旅の話など 一枝
「よくねる」の宿題すませ秋の朝 実代
☆休暇明あをえんぴつをあたらしく 実代
夏休みに、青い空や海の絵をたくさん描いたのだろうなと思います。夏の思い出と、次なる秋の「青」の爽やかさも感じる、可愛らしくも清々しい句だと思いました。

 

■チボーしづ香 選

目覚むれば六腑重たき夜寒かな 林檎
むかご採るほろとこぼれて逃げにけり 百合子
曼珠沙華ひとつ黄色の道しるべ 百花
かばかりの風をとらへて萩ゆるる 清子
☆芋の露ときをり風をころがして あき
芋の上のつゆが風に落ちる様を美しく表現している

 

■黒木康仁 選

行く秋の猫逝きし夜へ付箋貼る 雅子
何もかも見て来たやうな秋の蝶 紳介
くの字くの字枯蟷螂の歩きけり
芋の露ときをり風をころがして あき
☆稲光一瞬遠きビル現るる いま子
都会での孤独でしょうか。稲光の中遠くを見る、音のない光だけの世界。

 

■矢澤真徳 選

ふうはりと帽子にしたき朝の月 有為子
晩秋や同居の話突然に 和代
天高しホテルの窓の海を向き 由布子
流木に腰を降ろして秋の海 由布子
☆恋をして風に抗ふ蜻蛉かな 栄子
あやうい様子に力強さを感じるのは、不安があっても迷いはないからだろう。

 

■奥田眞二 選

晩秋や同居の話突然に 和代
子の急に手を離したる花野かな 良枝
筆圧の弱き手紙よ小鳥来る 依子
鰯雲無口になりし逆上がり 百花
☆水澄みて空澄みて橋うつくしき 伸子
河童橋の光景が、四万十川の何もない沈下橋が目に浮かびました。読んで心地よい詩的な素晴らしい句と鑑賞しました。

 

■中山亮成 選

甘藷蒸すたび聞かさるる疎開悲話 島野紀子
秋ともし心弱れば句も弱り 雅子
草紅葉寒立馬の脚太きかな 田鶴
一遍の仮寓の跡も花野なか 松井洋子
☆大仏の手のふつくらと菊日和 恵美
大仏を拝む心持ちが「手のふつくら」に表れています。菊日和の穏やかな空気が良く合っています。

 

■髙野新芽 選

ロゼの色にしぼみて朝の酔芙蓉
風呂敷のリボン結びの新酒かな 一枝
鯨ひぞむ地球岬や秋の波 紫峰人
旅心誘ふ機影や秋澄めり 道子
☆秋夕焼ため息の色塗り替えて 源蔵
季節の情景と心象が融合された心地よい好きな句でした

 

■巫 依子 選

頃合にコーヒーの出る良夜かな 栄子
観覧車一周釣瓶落しかな 味千代
ちちろ鳴く書架に未読の歎異抄 眞二
小鳥来る気ままな二人暮らしかな 眞二
☆ざはざはと山猫軒の秋の風 紫峰人
ざはざはというオノマトペがいいですね!宮沢賢治の世界に飛び込んだような気分ですね。

 

■佐藤清子 選

大仏の手のふつくらと菊日和 恵美
色変へぬ松へ経読むそびらかな もと子
筑波嶺のすつきり見えて柿日和 一枝
内海の鏡のやうな秋日和 由布子
☆観覧車一周釣瓶落しかな 味千代
観覧車一周で360°パノラマの風景が見えてくるようです。ゆっくり回転しているのに対し釣瓶がすとん!ときて惹かれました。

 

■水田和代 選

新米の俵むすびよ母の手よ 眞二
日本晴りんご食べさす信濃牛
禅林の空より一枝初紅葉 もと子
小鳥来るそろそろ旅の話など 一枝
☆筑波嶺のすつきり見えて柿日和 一枝
澄み切った秋空に筑波嶺が遠く見え、近景の柿が実っている様子が目に見えるようです。気持ちのいい秋の日が詠まれていると思いました。

 

■梅田実代 選

かばかりの風をとらへて萩ゆるる 清子
条幅の一画ごとの秋気かな 雅子
冷やかや後ろ姿の肖像画 良枝
子の急に手を離したる花野かな 良枝
☆届きたる宛名達筆今年米 一枝
ただでさえ楽しみに待っている今年米、それが達筆の宛名で届く喜び。

 

■木邑 杏 選

少しばかり採れて明日は零余子飯 朋代
秋のこえ朝湯の湯気のやや熱く 昭彦
積ん読の一冊開く夜長かな 由布子
筑波嶺のすつきり見えて柿日和 一枝
☆この町のポスト小さき小鳥来る
住人が片寄せあって住んでいる町の小さなポスト町を出て行った家族の便りがもう来る頃か

 

■鎌田由布子 選

木の実落つ観音堂に人待てば 雅子
空堀や赤のまんまの風に揺れ
かばかりの風をとらへて萩ゆるる 清子
天高し菊の御紋の御用邸 一枝
☆石仏の小さきてのひら木の実降る 恵美
木の実の落ちる音が聞こえてきそうです。

 

■牛島あき 選

大仏の手のふつくらと菊日和 恵美
曼珠沙華ひとつ黄色の道しるべ 百花
はちきれんばかりの栗の下ぶくれ 伸子
萩は実にパンツの裾に靴紐に 一枝
☆恋をして風に抗ふ蜻蛉かな 栄子
恋は恋でも蜻蛉の恋は人間と違う。造化の神の意のままの蜻蛉は、本能さながらに風に抗っている。その哀れさのなんと美しいこと!

 

■荒木百合子 選

山里の夕影長し藁ぼっち 穐吉洋子
秋蝶は死にたり翅を閉ぢぬまま 百花
草紅葉寒立馬の脚太きかな 田鶴
霧立ちて朱の欄干の彼の世めく 栄子
☆手を入れて里の温みや今年米 松井洋子
新米には陽光がなお残っているような温みがあると思いますが、それがお里から送られてきたというので更に心理的な温かみも加わっているのですね。しみじみとした嬉しさ、幸せが感じられます。

 

■宮内百花 選

からつぽの心からつぽの刈田道 優美子
石蕗の花日陰にありて尚明かし すみ江
とんぼうや村の人口一人減り
行商を終ふる挨拶秋の暮 松井洋子
☆秋晴や演歌流るる造船所 松井洋子
秋晴れの気持ちの良い空の下、船の建造音に交じり流れる演歌の歌声。小さな造船所なのか、はたまた大型客船を造る造船所なのか。気の抜けない作業の中にも、造船所の和やかな雰囲気が伝わってくる。

 

■鈴木紫峰人 選

燻製を仕込む香りや小鳥来る
解散におうと応へて鰯雲 田鶴
旅心誘ふ機影や秋澄めり 道子
石仏の小さきてのひら木の実降る 恵美
☆絵描き歌はたと途切れて秋入日 百花
子どもたちが絵描き歌を歌っていたのに、その歌が途切れた。不思議におもって外を見ると秋の太陽が燃えんばかりに今、まさに沈もうとしている。子どもたちは沈む太陽の美しさに、思わず見とれてしまったのだろう。歌声と美しい入日のハーモニーが心に残る句です。

 

■吉田林檎 選

鰯雲無口になりし逆上がり 百花
天高し三角屋根の風見鶏
秋寒や郵便局にひと休み 伸子
秋晴れて演歌流るる造船所 松井洋子
☆風呂敷のリボン結びの新酒かな 一枝
一升瓶を風呂敷で包むのもお洒落ですね。きれいに結んであることと思います。そういう方が選んだ新酒なら美味しいと思います。味を形で表現した一句。

 

■小松有為子 選

躙り口まで月光に導かれ 恵美
絵描き歌はたと途切れて秋入日 百花
稲光一瞬遠きビル現るる いま子
甘藷蒸すたび聞かさるる疎開悲話 島野紀子
☆茸山毒なきものの慎ましく 雅子
毒茸はほとんどが派手な色をしていますよね。人生にも通じるご心境かとも思われて惹かれました。

 

■岡崎昭彦 選

人ひとり会はぬ山路や草紅葉 紫峰人
名月や一句を得たる得意顔 優美子
たれかれに撫でさせる猫秋うらら 実代
小鳥来るそろそろ旅の話など 一枝
☆秋桜一眼レフの連写音
音と色と空気感を感じる句と思いました。

 

■山内雪 選

頃合にコーヒーの出る良夜かな 栄子
自転車の離陸できさう秋日和 優美子
筆圧の弱き手紙よ小鳥来る 依子
大仏の手のふつくらと菊日和 恵美
☆身にしむや塀に解体予定表 百合子
解体される建物が季語身にしむにより想像できた。

 

■穐吉洋子 選

手の甲の静脈青しそぞろ寒 もと子
七五三社殿横切る緋の袴
今日の月離宮の松に影落とし 亮成
大仏の手のふつくらと菊日和 恵美
☆軒に干す今日は百個の蜂屋柿 伸子
秋の日に映える柿簾、一日に百個剥くのも大変ですね、そろそろ干し柿も店先に並ぶ頃かな?

 

■板垣もと子 選

掘り立ての芋供えられ元興寺 康仁
行く秋を蝶きらきらと縫ひゆけり 伸子
秋草のささめく庭に彳みぬ 朋代
とんかちの音のいつまで秋の暮 すみ江
☆勝つほどに怖くなりけり海縲廻し 良枝
「怖くなりけり」で、この勝負をしている作者と共に怖くなりそうな気がした

 

■若狭いま子 選

「熊出るぞそれでも行くか」茸狩
秋深し「駒形どぜう」に舌を焼き
はちきれんばかりの栗の下ぶくれ 伸子
水澄みて空澄みて橋うつくしき 伸子
☆パソコンを窓辺に運ぶ良夜かな 林檎
パソコンをしながらのお月見、まさに今風ですね。名月に魅せられる思いは、いつの世も同じようですね。

 

■松井伸子 選

蜜柑剥くマニキュア塗りしこともなく 栄子
少しばかり採れて明日は零余子飯 朋代
川音に心遊ばせゐのこづち 朋代
旅心誘ふ機影や秋澄めり 道子
☆霧立ちて朱の欄干の彼の世めく 栄子
薄霧の街に降り立ちてふと不思議の街にいる!とこの秋強く思いました。共感致しました。

 
 
 

◆今月のワンポイント

「写生句にこそにじみでてくる本当の個性とは」

皆さん写生ということをよく言われるし、意識もすると思います。花鳥諷詠・客観写生というと、草花や鳥を丁寧にデッサンするだけのように聞こえますけれど、人間も自然界の一員ですから、心を写生するということもあります。

ただ、絵を本気でやろうとする人が、写生で物の形や光の加減、素材感の表現をはじめに叩きこまれるように、あるいはピアニストが毎日ハノンを弾くように、俳句でも言葉による正確な写生が大切だといわれます。

写生にも有情と非情(非人情)があるとされます。一時期、やたらに感情をあらわして形の崩れた俳句が流行った時期に虚子が非人情の句を提唱して、自らも例を示したことがあったそうです。

その穴は日除の柱立てる穴  高浜虚子

はその代表的なものです。当時の弟子の間で、これほど乾いた表現をする弟子がそれほどいたわけではありません。むしろ逆だったかもしれません。清崎敏郎先生は、虚子晩年の弟子ですけれども、弟子の中では花鳥諷詠を重んじてそれを通した作家です。試しに似たような趣の写生句を上げると、

年木樵る音か続きてゐしがやむ  清崎敏郎

先日奥多摩の山登りをしていて、斧の音というよりは電動のこぎりの音がずっとしていましたが、そのとき頭に浮かんだのがこの句です。虚子は穴について述べていて、敏郎は音について詠んでいます。ですが虚子が非人情句としていると感じるのは、「日除の穴」というのが人間生活の中での行いだとわかっていても、非常に乾燥した言い方であることです。一方、敏郎の句は「木を樵る音」だけしか言っていないのですが、正月むけの薪を切る山人の暮らしを感じさせます。つまり非人情ではないと感じられるのです。それは作者の心が表れているからです。

このように俳句表現は、敢えて感情を表に出さなくても、気持ちを表すことができるのが不思議なところです。

気持ちを対象に向けるとき、あるいは対象からのメッセージを受ける心のありようが表現に表れてくるのはその作者の表現のスタイルが独自なものかどうかという点につながっています。

皆さんには、そういう独自のスタイルをだんだんに見つけていってほしいと思っています。俳句は中断することなく作り続けることが望ましいので、また知音投句なども毎月締め切りがあります。今回の作品でも、心が弱ると俳句も弱るというのがありました。調子が悪いときには無理しなくてもよいのです。ですが、少しずつでも自分だけの表現や見方を探していってください。それは各人異なっているはずで、個性となるものです。

技巧が目について誰が詠んでも同じという気がするが、ちょっと技のある句は目を引きやすいのです。そういう句から表現の幅を広げるために必要な技を学ぶこともあってよいのですが、やはり最終的には自分の表現、つまり心が表れてくる表現を発見してください。

半年間でしたけれど、皆さんの俳句を拝見できて楽しかったです。
またいつか皆さんの句をどこかで拝見することを楽しみにしています。

中川純一