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◆特選句 西村 和子 選

朝採りのレモンも並べケーキ店
板垣もと子
国産のレモンを使うこだわりのケーキ屋さん。たくさん仕入れて使いきれなかったレモンを、店頭に並べたのだろうか。朝採りということで土地柄がわかるし、直接は言っていないが、ウィンドーに並ぶケーキも見えてくるようだ。(松枝真理子)

 

秋ともし褪せて千切れし栞紐
小野雅子
秋の夜に読書をする人は多いだろうが、作者もその一人。手に取った本は栞紐が褪せてちぎれてしまっているし、手ずれで少し黒ずんでいる。しかし、栞紐がちぎれるほど何度も読んだお気に入りの本だから、作者は全く気にならない。秋灯下の幸せな時間。どんな本なのだろうかと想像が広がる。(松枝真理子)

 

初秋や掌にのりさうな沖の船
小山良枝
小さく見える沖の船を、「掌にのりさうな」と具体的に表した。その船が実際にどのくらいの大きさかはわからないが、小さくてもはっきりと見えるのは、空気が澄んでいるから。こんなところにも作者は秋を感じているのである。(松枝真理子)

 

かき氷反省会の賑やかに
森山栄子
反省会というとふつう湿っぽくなりがちだが、賑やかな反省会だという。
きっと何らかの成果をおさめ、また次へつなげるための反省会なのだろう。かき氷を突きながらということで、高校生が放課後学校の近く店に集まっている姿を想像した。かき氷から想像される鮮やかな色彩も、賑やかな雰囲気とリンクする。(松枝真理子)

 

ふつと雨止みて音無き野分前
松井洋子
天気予報では、数日前から台風情報を伝えている。いよいよ接近してきたようなので心配で外を見ていと、降っていた雨がふと止んだようだ。窓を開けてみると、音もなく静か。嵐の前の静けさというが、それを実際に感じて句に仕立てた。作者の不安な気持ちも伝わってくる。(松枝真理子)

 

農道の轍を残し草茂る
若狭いま子
舗装されていない農道。軽トラックが通ることができるくらいの道幅だろうか。中七の「轍を残し」で、狭い道に草が繁茂している様子を表現している。(松枝真理子)

 

幹に葉に殻にも乗りて空蝉は
田中花苗

 

秋澄むや遺品に砥石彫刻刀
松井伸子

 

ゆるやかに花閉ぢゆけりからすうり
松井伸子

 

夏の果て医師とて病ひまぬがれず
千明朋代

 

万歳をさせて脱がせて汗のシャツ
箱守田鶴

 

 射的屋の音湿つぽき村祭
中山亮成

 

 

◆入選句 西村 和子 選

花合歓の彼方や伊豆の海光る
小松有為子

赤松の幹の際やか西日射し
田中花苗

樋溢れ落つる雨音厄日なる
水田和代

高層の窓に映りて大花火
鎌田由布子

白川を辿れば芙蓉咲き初めし
板垣もと子

アカシアの花房揺らし香り立つ
(アカシアの花房を揺らして香り立つ)
深澤範子

羽田上空飛行機と大花火
鎌田由布子

夕立や満員電車の窓曇り
(夕立や満員電車の曇り窓)
板垣源蔵

広ごりて窄みて海月ただよへる
藤江すみ江

動く星ひとつありけり天の川
箱守田鶴

書に倦みて猫を眺める夜長かな
中山亮成

台風の前触れの雨畑に浸む
水田和代

蓮の花遠まなざしに清々し
藤江すみ江

いつまでも長男の嫁墓参り
松井伸子

瞬間に散るや開くや大花火
小松有為子

百日紅散りぢり無風昼下がり
(百日紅散り散り無風昼下がり)
三好康夫

主亡き書斎の机秋立ちぬ
飯田静

夏の果雲の切れ間にさす夕日
鎌田由布子

秋の雲地上に影を落とさざる
(秋の雲地上に影を落とさずに)
鏡味味千代

蝉声の野外劇場包みけり
鈴木ひろか

山の日や何処へも行けず当番医
深澤範子

満月の夜にしづしづと蝉生る
(蝉生る満月の夜にしづしづと)
藤江すみ江

気に入りの夏服どれも色褪せし
(気に入りの夏服どれも色褪せて)
千明朋代

昼寝して空を眺めてひと日過ぐ
(昼寝して空を眺めてひと日かな)
石橋一帆

涼新た鉢の底より水流れ
(鉢底より流るる水や涼新た)
森山栄子

ざりがにの弾かれしごと後退る
(ざりがにの弾かるるごと後退る)
小松有為子

台風や公園の池毳立たせ
鏡味味千代

蓮の実の飛ぶや盆地の日差濃く
飯田静

筑波嶺の見えぬ一日や秋の雨
(筑波嶺の一日見えぬや秋の雨)
穐吉洋子

満月や真横に並ぶ雲三すじ
辻敦丸

見送りし子はどのあたり夕月夜
松井洋子

好投手泣き崩れたる夏の雲
松井洋子

診察を待つこどもらに秋の蝉
福原康之

山霧の晴れしゴンドラ終着駅
飯田静

納骨を見下ろしてゐる法師蝉
松井伸子

油蟬鋼のやうな声音かな
小山良枝

西瓜割り通行止めの札を立て
箱守田鶴

コピー機のエラー発生朝曇り
穐吉洋子

涼新たヨーグルト喉すべりゆき
小野雅子

用水路超えて枝撥ね百日紅
(用水路超えて撥ぬる枝百日紅)
三好康夫

妻となるひと連れて来し川床座敷
板垣もと子

家族総出の自由研究夏休
五十嵐夏美

夏期講習塾の隣はチョコ工場
五十嵐夏美

さざれ波色なき風の跡見えて
田中花苗

向日葵のぶっとく伸びて子沢山
佐藤清子

ヘッドライト一瞬照らす虫の闇
田中花苗

触れなむとすれば夢覚め明易し
三好康夫

桔梗咲く折り目正しき母に似て
(母に似し折り目正しき桔梗咲く)
穐吉洋子

乗船を待つ間に褪せし秋夕焼
小山良枝

底紅や隠者のごとく街に住み
小野雅子

潮の香をまとふ野分の兆かな
(潮の香をまとふ野分のはしりかな)
奥田眞二

ひとり居の気まま風船葛揺れ
(ひとり居の気まま風船葛揺る)
水田和代

水を吸ふ黄揚羽の翅ふるへをり
石橋一帆

甲板に恋の始まるソーダ水
小山良枝

母のバッグ祖母の日傘で出勤す
五十嵐夏美

朝顔を数へて並ぶ登校児
穐吉洋子

◆特選句 西村 和子 選

早起きの男の子加はり梅を干す
佐藤清子
梅を干す時期は、毎年土用のころからであるから、ちょうど夏休みの始まりの時期と重なる。男の子はお手伝いのために早起きをしたのであろう。まだお手伝いを楽しいと思える年齢の子どもであることがわかる。毎年欠かさず梅干しを作る作者にとっては、興味を持って手伝ってくれることがこの上ない喜びである。(松枝真理子)

 

含羞草あれよあれよと葉を畳み
藤江すみ江
含羞草は刺激をすると、反応して細かい葉をたたみはじめる。ドミノ倒しのように、順番になめらかに。その様子を「あれよあれよ」と表現した。含羞草があたかも虫のように詠まれているところが、おもしろい。(松枝真理子)

 

当てにせぬ人現れて草を刈る
水田和代
草刈りを一人で始めた作者。すると、突然現れて、だまって草を刈り始める人が…。
この人物は読み手の想像に任されるが、「当てにせぬ人」と少し突き放した言い方をしているところが、近い間柄なのだと思わされる。このあと、お互いに黙々と草を刈り終えたのであろう。(松枝真理子)

 

夕張の夕焼け色のメロン食ぶ
穐吉洋子
オレンジ色の果肉が特徴の夕張メロンであるが、その色を「夕焼け色」としたところに工夫がある。産地の夕張は炭鉱町としてかつてはにぎわっていたが、炭鉱の閉山後は過疎化が進んだ。「夕焼け色」は北の大地の夕焼けだけでなく、そんなことまでも思いださせる。(松枝真理子)

 

茄子漬の色良く出来て朝ご飯
深澤範子
茄子の漬物の鮮やかな色が視覚に訴えてくる。下五の「朝ご飯」からは、「茄子がうまく漬かった。さあ、朝ごはんにしましょう」と、台所で作者がいそいそと家族の朝食を用意している光景が見えてくる。日常の些細な喜びを掬い取った句である。(松枝真理子)

 

夏草の威張り放題のび放題
五十嵐夏美
作者の家の庭の光景であろうか。雑草という名の植物は実際には存在しないが、この夏草はいわゆる雑草のたぐいであろう。どんどん増えてどんどん伸びるのがこの夏草。うっとうしいなあと思いながらも、その生命力には驚くばかり。中七下五の「~放題」のリフレインが効いている。(松枝真理子)

 

夜更けまでいかづち天を駆けめぐる
若狭いま子

 

梅雨の星一つ大きくむらさきに
深澤範子

 

日に向けてからころ鳴らすラムネ玉
中山亮成

 

涼しさや人待つ椅子の整然と
小山良枝

 

北国の地魚地酒暑気払
鈴木ひろか

 

ゆふぐれを灯して昏き盆提灯
小山良枝

 

 

◆入選句 西村 和子 選

涼しさや甲羅沈めて緑亀
(涼しげに甲羅沈めて緑亀)
板垣源蔵

一歩踏み入るや涼しき地獄峡
巫依子

揚花火スカイツリーを真向かひに
箱守田鶴

誰が置きし柄杓や八ヶ岳やつの岩清水
奥田眞二

花火落ち川面を風の渡りくる
(花火落ち川面に風の渡りくる)
箱守田鶴

音立てて烏降り来る朝曇
松井洋子

夏休風呂の窓より父子の声
鈴木ひろか

岩絵の具さらりと溶きて鹿子百合
木邑杏

水着着せられマネキンに海遠く
小山良枝

信号はいつも赤なり梅雨暑し
千明朋代

全力で飛び立つ雀梅雨深し
三好康夫

蜘蛛の巣の吹かるるたびにきらめけり
小山良枝

葛餅に刺す黒文字の香の仄か
森山栄子

蟬時雨脳の芯まで空つぽに
(蟬時雨脳(なづき)の芯も空つぽに)
辻本喜代志

風死すや九回裏の一点差
奥田眞二

草むしる両手の指の絆創膏
(草むしる左右の指の絆創膏)
三好康夫

雨しとど噴水誰も振り向かぬ
(雨しとど誰も振り向かぬ噴水)
松井伸子

笑ひ声聞こえてひとりアイスティー
石橋一帆

金魚釣ばしゃばしゃと手を突込んで
(ばしゃばしゃと手突込んで金魚釣)
福原康之

さざれ波寄せて蓮の葉揺れやまず
田中花苗

朝焼や寝たりぬままに外に出でて
水田和代

水脈を引き蛇の鎌首水面切る
中山亮成

雨涼し残されし日々慈しみ
(涼雨なり残されし日々慈しむ)
千明朋代

帰宅してなほ耳底に滝の音
(滝の音帰宅してなほ耳の底)
荒木百合子

音辿り屋根の隙間の遠花火
五十嵐夏美

土用波テトラポッドに体当たり
若狭いま子

珠紫陽花浅葱色にも濃き淡き
藤江すみ江

半夏生雨に浮かんでをりにけり
小山良枝

夏霧や音戸の瀬戸の波荒く
松井洋子

黒服のシャネルの売り子涼し気な
(涼し気なシャネルの売り子黒き服)
中山亮成

鯨島までを往復管弦祭
巫依子

涼しさや潮目くつきり色違へ
宮内百花

合歓の花夕空よりも紅深き
(夕空より深き紅なり合歓の花)
松井洋子

暮れ残る岬の涯の雲の峰
松井洋子

大いなる黒蝶来たりアガパンサス
藤江すみ江

塾通ひする子ら誰も日焼けして
(塾通ひする子の皆日焼けして)
鎌田由布子

軍配を涼しく受けて勝ち名乗り
箱守田鶴

光縒るごとくに空へ夏の蝶
小山良枝

青梅雨の岩宿遺跡音を絶え
千明朋代

夏草に傾いてあり捨小舟
森山栄子

機嫌よく生きたし生ビール美味し
水田和代

電線も黒き影持ち夏の暁
松井洋子

押入のものみな洗ふ夏はじめ
佐藤清子

原野ゆく電車一両花さびた
鈴木ひろか

この暑さかなわんなぁと鳩の尻
木邑杏

朝凪や一本道を灯台へ
森山栄子

羽衣のごとくなびいて金魚の尾
(羽衣のごとくなびゐて金魚の尾)
福原康之

暑気払ついでに四股を踏んでみる
森山栄子

管弦祭三度巡りて海昏し
巫依子

海霧ごめの軍用艦の岩のごと
鈴木ひろか

封筒に切手のあまた夏見舞
森山栄子

朝凉やベンチに一人ひとり掛け
石橋一帆

遠雷や犬いちはやく耳を立て
若狭いま子

幻の南瓜みやげに友来たる
佐藤清子

うたた寝や泳ぎ疲れし昼下がり
板垣源蔵

夏の午後ロビーの自動ピアノかな
鈴木ひろか

異国語溢れ表参道蝉しぐれ
中山亮成

母の日のわれいつまでも娘なる
箱守田鶴

蓋とれば葛うすうすと鱧の椀
(蓋とれば葛うすうすと鱧の艶)
小野雅子

山巓の空に現る夏燕
三好康夫

春の夕赤子の声の隣より
藤江すみ江

始まりを待つ間にビール干しにけり
巫依子

添書きに見栄を少々夏見舞
森山栄子

バンカラの応援ひびき夏盛ん
深澤範子

起重機のゆつくり動く夏の空
三好康夫

◆特選句 西村 和子 選

万緑や騎手振り落とし走りゆく
小原濤声
実際は深刻な場面なのだろうが、あえて馬の躍動感に注目したい。騎手を振り落とし、本能に任せて全速力で走ってゆく馬の姿は、生命力あふれる「万緑」という季語と響き合う。万緑の中を疾走する視線の先には何があるのだろうか。読み手に見える景色もどんどん広がっていく。(松枝真理子)

 

濛濛と欅並木の驟雨かな
森山栄子
由緒ある寺の参道など、成熟した欅並木を想像した。にわか雨が降り出すと、樹下は急にうす暗くなり、茂った葉の間を潜り抜けてきた雨粒によってもやがかかったように見えたのであろう。枝を形よく大きく張り、小ぶりの葉を密に茂らせる欅の特徴を踏まえていて、作者の観察眼が光る句である。(松枝真理子)

 

宍道湖の夕焼へ船まつしぐら
若狭いま子
作者は船に乗っているのか、それとも岸に立って見ているのか。どちらとも読めそうだが、ここでは岸から見ていると解釈した。作者は宍道湖の見事な夕日に見入っていたのだろう。ふと船に目を向けると、夕日に向かってぐんぐん進んでいるように見える。
湖を包みこむような夕日に、吸い込まれていくようでもある。その様子を「まつしぐら」と簡単なことばで的確に表現した。(松枝真理子)

 

初夏や路面電車のミント色
板垣もと子
風のここちよい「初夏」の句。路面電車の色を、「ミント色」と言い切ったことが成功した。若葉の季節にミントの清涼感がマッチしている。(松枝真理子)

 

昼前の日差しに窶れ白菖蒲
松井洋子
花菖蒲は朝早い時間の方が綺麗だということで、午前中に菖蒲園に足を運んだ作者。菖蒲園には多くの品種が咲いていて、その色も、紫や青、白、黄色など変化に富んでいる。なかでも、白菖蒲は光があたるとより美しく見えそうなものであるが、よほど日差しが強かったのであろうか、作者の目にはすでに寠れているように映ったのだ。漢字で表記したことで、その「窶れ」ぶりが強調されている。(松枝真理子)

 

桑熟るる後継ぎの無き家ばかり
巫依子
かつて桑の実を摘んで遊んだ子どもたちは、進学や就職を機に都会へ出て行ってしまい、大半は戻ってこないのだろう。季語からは、そんな土地柄が想像できる。また「桑の実」ではなく「桑熟るる」としたことで、その子たちが成長してある程度の年齢になり、一方で故郷の町が寂しくなっていくという時間の経過までも表現した。作者も故郷を離れた一人なのであろうが、帰りたいという気持ちがないわけではないのだ。それも季語が語っている。(松枝真理子)

 

紫陽花や猫には猫の道のあり
小山良枝
季語の「紫陽花」から、鎌倉の路地裏を想像した。歩いていると、思いもよらないところからひょいと猫が顔を出し、横切っていくことがある。道を作ったのは人間の勝手な都合であり、猫には猫の道があるのだろう。この辺りに棲みついたのは、実は猫の方が先なのかもしれない。(松枝真理子)

 

小豆島望む窓辺の生ビール
平田恵美子
小豆島を望むということで、作者は海岸沿いのレストランにでもいるのだろう。日差しが燦燦と入る窓から眺める、瀬戸内の穏やかな海。日本の地中海といわれる乾燥した気候である。生ビールが美味しいのは間違いない。(松枝真理子)

 

咲き初めてはやも零れぬジャカランタ
松井洋子

 

渋滞の橋のざわめき川床灯る
松井洋子

 

御田植やひらりひらりと吹き流し
板垣もと子

 

柴又の土手に憩へば草いきれ
若狭いま子

 

 

◆入選句 西村 和子 選

スリッパの床に吸ひつく梅雨湿り
若狭いま子

潮騒や枇杷成り放題取り放題
森山栄子

緑濃き伊吹の風を胸深く
田中花苗

葡萄若葉水の匂ひの光透く
(葡萄若葉水の匂ひの透過光)
荒木百合子

さくらんぼ残さず十の紙コップ
平田恵美子

緑さすベンチに癒す目の疲れ
若狭いま子

髪洗ふストレッチャーに乗りしまま
(ストレッチャー乗りたるままに髪洗ふ)
穐吉洋子

立ち話定家葛の花香り
飯田静

ミサの鐘こずえ揺するや島の夏
(ミサの鐘こずえ揺するや島は夏)
辻敦丸

鷺佇てるうしろを舞妓夕薄暑
松井洋子

新緑に触れつつ曲がる登山バス
若狭いま子

白靴の音高らかに夫癒えし
(白靴の音高らかに夫癒ゆる)
小野雅子

赤き花幽かに浮かべ夏の霧
鈴木ひろか

下闇を鈴つけ歩く老爺かな
飯田静

新宿の路面びしゃびしゃ走り梅雨
(新宿や路面びしゃびしゃ走り梅雨)
辻本喜代志

炎天下立食ひ蕎麦に長き列
辻本喜代志

緑陰や見知らぬ人に話しかけ
鈴木ひろか

香辛料強き紅茶や梅雨に入る
(スパイスの強き紅茶や梅雨に入る)
松井洋子

海峡を抜ける小船へ皐月波
(海峡を抜ける小船や皐月波)
鎌田由布子

梅雨入と一行のみの日記かな
(梅雨入りと一行のみの日記かな)
穐吉洋子

白南風や二駅ほどを歩きたる
松井伸子

屈託のなき笑ひ声緑の夜
(くつ託のなき笑ひ声緑の夜)
宮内百花

アガパンサス莟膨らみ梅雨きざす
飯田静

著莪咲けり津波避難の磴険し
(著莪咲けり津波避難の険し磴)
奥田眞二

マロニエの並木抜ければ富士見坂
鎌田由布子

たをやかに風をうべなふ蓮青葉
(たをやかに風うべなへり蓮青葉)
石橋一帆

赤銅の夏の満月沈みたり
(赤銅の夏満月は沈みたり)
辻敦丸

梅雨晴や谷戸の清水のささ濁り
(梅雨晴や谷戸の清水の笹濁り)
福原康之

草茂る手つかずのまま事故物件
板垣源蔵

南蛮の花の高々畑囲む
水田和代

マロニエの咲きて五輪の話など
鎌田由布子

サイレンの音の遠くに梅雨深し
鎌田由布子

朝顔や家に縁側ありしころ
石橋一帆

五月雨やアールグレーを濃く熱く
(五月雨のアールグレーティー濃く熱く)
板垣もと子

コンクリの隙より覗く百日草
(コンクリの隙間より百日草覗く)
水田和代

庭先へ雀降り立つ梅雨晴間
小野雅子

手花火にへっぴり腰の園児かな
板垣源蔵

筆太に百歳万歳風薫る
藤江すみ江

紅の刷毛より昏るる合歓の花
森山栄子

躾糸丁寧に取り更衣
鏡味味千代

卯の花や口数多き今日の母
飯田静

暮れなづみ大山蓮華白極む
千明朋代

探しものばかりしてをり桜桃忌
小山良枝

祭着の程よく褪めて古老なる
箱守田鶴

新しき白靴軽く一万歩
深澤範子

教室に梅干の壺並びをり
宮内百花

梅雨冷や脚ひくひくと痙攣し
若狭いま子

窓磨きカーテン洗ひ梅雨迎ふ
小山良枝

桑の実に舌を染めたる下校かな
巫依子

力瘤自慢し合ひて玉の汗
深澤範子

還暦の子と酌む父の日のシャンパン
奥田眞二

蛍火のひとつを追つてまたひとつ
巫依子

金堂の雨だれ太し走り梅雨
(金堂の太き雨だれ走り梅雨)
三好康夫

首里城は修復途中花梯梧
(首里城や修復途中花梯梧)
穐吉洋子

山車の撥くるくる廻し祭の子
箱守田鶴

雨音のまたも高鳴り梅雨籠り
小野雅子

風に散り風に舞いつつ竹落葉
田中花苗

のけぞつて方向転換蝸牛
田中花苗

唐突に仙人掌の花咲かせたり
(唐突に仙人掌の花咲かせをり)
巫依子

地下鉄へ鬼灯市の籠さげて
(地下へ入る鬼灯市の籠さげて)
小山良枝

絽の半纏着こなし祭の風を切る
箱守田鶴

◆特選句 西村 和子 選

母の日の吾に届きし一句かな
板垣もと子
作者は京都の方ですが、東京に住む息子さんは今ボンボヤージュに在籍しています。だいたいにおいて、男は「母の日」にプレゼントを贈るようなことは好まない傾向がありますが、俳句を贈るというのは味わいがあります。この句は、さりげなく事実だけを詠み、余計な説明をしていないおかげで、読者も静かな喜びを味わうことができます。(井出野浩貴)

 

新緑やトンネル抜けて遠野郷
深澤範子
「遠野」という地名は、すぐさま河童や座敷童を連想させます。トンネルを抜けた途端に、殺風景な現代社会から豊かな民俗の世界にタイムスリップするかのような愉しい句です。「新緑」がひときわ美しいことでしょう。(井出野浩貴)

 

立葵友と会ふ日のいつも晴れ
森山栄子
「立葵」の咲くころは、雨が降ったり、真夏のように太陽が照りつけたりすることが多いと思いますが、「いつも晴れ」というすっきりした表現は、梅雨晴の日の心地よい風を感じさせてくれます。まっすぐに伸びた「立葵」の姿が重なります。(井出野浩貴)

 

夏来る手足の長き少年に
鎌田由布子
手も足も長い今風の少年が涼しげです。「夏来る」から十代の少年の躍動感が想像されます。近年の夏は猛暑と豪雨ばかりですが、このような風の吹き抜けるような句も詠みたいものです。(井出野浩貴)

 

普段着も混じりて子供神輿かな
小山良枝
大人たちは揃いの法被を着て神輿をかついでいるわけです。「子供神輿」が練り歩くうちに沿道で見ていた子供たちが引き寄せられ、だんだん担ぐ人、付き従う人が増えていったのでしょう。「普段着も混じりて」から雰囲気が自然に伝わってきます。(井出野浩貴)

 

名画座を出でて黄昏リラの花
穐吉洋子
名画座の闇を出れば外は薄闇につつまれていています。どこからか漂ってくる「リラの花」のにおいが、映画の余韻ともあいまって、異界に運んでくれるかのようです。ヨーロッパの古い映画を見たのでしょうか。(井出野浩貴)

 

青嵐ドクターヘリの発たんとす
小野雅子
ドクターヘリの出動ですから、命を救うために一刻を争うような事態です。深刻な状況ではあるけれども、「青嵐」を搔き消すようなヘリコプターの轟音には、たのもしさと躍動感があります。もし「青嵐」以外の季語だったらこうはいかないでしょう。(井出野浩貴)

 

芍薬の花びら幾重まだ開く
小野雅子
「芍薬」を詠んだ一物仕立ての句として、コロンブスの卵のような句です。下五の「まだ開く」に臨場感があります。リズムのよさが心地よく、花の美しさに見とれている感じが伝わってきます。(井出野浩貴)

 

カレンダーさつとめくりて五月来る
田中優美子
日常のなんでもないことを詠んでいます。二月から十二月まで、どの月でもカレンダーをめくって新しい月を実感するわけですが、一年でもっとも美しいイメージのある「五月」以外では句にならないでしょう。俳句はつくづく日常の詩なのだと思わされます。(井出野浩貴)

 

喧噪へ栴檀の花しんと散り
田中花苗
都会の街路樹の栴檀でしょう。初夏の明るさと街の喧噪の中を、淡い紫の花びらが静かに散っていくさまが美しく描かれました。上五と中七下五のコントラストが効果的です。(井出野浩貴)

 

◆入選句 西村 和子 選

ひと言を今も悔やめり桜桃忌
(ひと言を今も悔やみぬ桜桃忌)
田中優美子

幸せの口の形のチューリップ
(幸せのわの口の形チューリップ)
福原康之

化粧坂鶯老を鳴きにけり
(化粧坂鶯老いを鳴きにけり)
奥田眞二

青葉風玄界灘を吹き渡る
木邑杏

噺家の愛想笑ひの夏羽織
(噺家の愛想笑ひや夏羽織)
宮内百花

校庭の歓声消えて夏の暮
鎌田由布子

おにぎりの海苔ぱりぱりとこどもの日
田中優美子

老犬の歩めばポピー散りかかり
松井洋子

上がり上がり上がり切つたる雲雀消ゆ
(上がり上がり上がり切りたる雲雀消ゆ)
三好康夫

今様の破れジーパン夏に入る
(今様の破れジーパン夏始む)
穐吉洋子

軽暖やすぐばれる子の小さき嘘
飯田静

切り返す羽根すつきりと夏燕
田中花苗

薄衣古格を守る手振りかな
小原濤声

寝過したかとふためいて昼寝覚め
藤江すみ江

大学病院出て新緑のきはやかや
(大学病院出て新緑のきはやかさ)
荒木百合子

夏来たる赤銅色の漢どち
木邑杏

旅立ちの卯月ぐもりの車窓かな
巫依子

カンカン帽連ねて祭ふれ太鼓
箱守田鶴

芍薬へ夫呼び子呼び猫を呼び
小野雅子

手拍子のどつと起こりぬ神輿渡御
小山良枝

ぬばたまの闇ひびかせて牛蛙
平田恵美子

指でさし身振りで伝へ支那薄暑
福原康之

五月闇考へ続けること大事
田中優美子

髪を切る鋏軽やか薄暑かな
深澤範子

ラベンダー咲いて辺りを清めけり 
松井伸子

子雀の翅震はせて餌を欲る
(子雀の翅振るはせて餌を欲る)
中山亮成

細枝を啣へ忙しき河鵜かな
藤江すみ江

藤の花さ揺らぐ頃よ母逝きぬ
(藤の花さ揺らぐ頃に母の逝く)
中山亮成

幼子の好きなパプリカ夏来る
鎌田由布子

芍薬の開ききつたる軽さかな
小野雅子

新築の棟を凌ぐや鯉幟
三好康夫

蛍火や老いても姉妹手をつなぎ
(蛍火や老いても姉妹手をつなぐ)
平田恵美子

少女らは何でも楽し走り梅雨
松井伸子

薫風や船首彩る信号旗
鈴木ひろか

糸瓜忌や遺品に地球儀仕込み杖
(糸瓜忌の遺品に地球儀仕込み杖)
箱守田鶴

夕風に祭の垂のひるがへり
(夕風に祭の垂のひるがえり)
若狭いま子

十薬や学生はみな無表情
宮内百花

島一つ夕日に染り聖五月
木邑杏

卯の花腐し電線の鳩動かざる
松井洋子

突き出でしプラットホーム南吹く
森山栄子

大木の茂れる名主屋敷跡
五十嵐夏美

亡き夫の扇子や風の膨らみて
(亡き夫の扇子は風の膨らみて)
平田恵美子

子等の声空に響いて夏近し
深澤範子

お茶好きな母でありけり新茶汲む
箱守田鶴

けふもまた通るこの道花樗
水田和代

昼顔の色淡くして寂しげな
松井伸子

もう一段脚立を上がりみどり摘む
三好康夫

古寺巡礼夏うぐひすを友として
(古寺巡礼夏うぐひすを友にして)
辻本喜代志

荒神輿角を大きくまはりけり
小山良枝

畦焼きの煙揺らして一両車
辻敦丸

山滴る伊予見峠と言ふ峠
三好康夫

紺青に白き航跡夏来る
(紺青に白き航跡夏はじめ)
辻敦丸

◆特選句 西村 和子 選

アネモネや少女は顔を二つ持つ
小山良枝
思春期の少女、子供と大人の両方の顔を持つ年齢の少女でしょう。季語が効いています。「アネモネ」はギリシャ語で「風の娘」を意味するそうですが、まさに風のように自在に顔を変えることが想像されます。「アネモネ」という音韻にも惹かれます。(井出野浩貴)

 

ミルキーの包みも交じり花の塵
松井洋子
だれでも知っているロングセラーのミルキーは、その包み紙の色も花びらのようです。どこかの花筵から風に運ばれてきたのでしょうか。なんでもないことですが、家族の平和な花見の一景色が描けました。(井出野浩貴)

 

春田打つ境界線まで日暮れまで
辻本喜代志
「境界線まで」は空間、「日暮れまで」は時間のことですが、リズムよく繰り返されています。田打は重労働なのでしょうが、春を迎えた喜びと働くことの充実感が、調べのよさからおのずと感じられます。(井出野浩貴)

 

兄弟と見ゆる三人チューリップ
藤江すみ江
いまどき珍しくなった三人兄弟の雰囲気が季語から感じられます。童謡の一節「なーらんだ なーらんだ 赤白黄色」がすぐに連想され、子供たちの年齢や、似ているようで微妙に性格の違うことなども想像されます。(井出野浩貴)

 

梅散るや袂ふくよか孔子像
千明朋代
早春のまだ寒い頃に咲く梅の清冽で凛としたたたずまいは、孔子のような徳の高い君子を思わせます。この句の「袂ふくよか」は、孔子の悠揚迫らぬ知性の深さの象徴でしょう。上五の「梅散るや」と響きあっています。(井出野浩貴)

 

老人と赤子早起き山笑ふ
小山良枝
老人も赤子も世間の時間の流れからすこし離れた時間を生きているということでしょう。春になって山に緑が兆すように赤子は成長し、老人はせわしない生産の時間からやや距離をおいて、赤子の成長や自然の運行をゆったり見ることができるのです。季語「山笑ふ」が効いています。(井出野浩貴)

 

春雷のずしんずしんと近づけり
辻本喜代志
「雷様」と言い慣わしてきたように、人は雷に天の意思を読み取ってきました。雷は夏のものというイメージがあるだけに、「春雷」には不穏なものを感じることもあるかもしれません。この句は「ずしんとずしんと」というオノマトペに心理状態が表されています。(井出野浩貴)

 

花時計植ゑ替へられて夏近し
鎌田由布子
花時計の花の植え替えられたことに気づくことはあまりないかもしれません。ところが作者は春の花が初夏の花へ植え替えられた瞬間に気づいたのです。何気ない光景に感じた季節の移り変わりを詠み、晩春の光のまぶしさを感じさせます。(井出野浩貴)

 

さよならの声こだまする春夕焼
松井洋子
山に囲まれた町で、学校帰りの子供たちが元気な声でさよならを言いあっているのでしょうか。「春夕焼」には、「夕焼」「夏夕焼」「冬夕焼」とは異なる、郷愁を誘うのどかなイメージがあります。すこやかな明日への願いが感じられます。(井出野浩貴)

 

大いなる野望を抱き入社式
深澤範子
季語の本意に忠実に詠まれた句です。現代ではこの句のような青雲の志をいだく新入社員は少ないかもしれません。遅かれ早かれ壁にぶつかり挫折する若者も多いことでしょうが、心を病まない程度にがんばってもらいたものです。(井出野浩貴)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

江の島の路地うら猫と春の蝿
奥田眞二

車窓より三条四条春の暮
鈴木ひろか

船笛に活気づく島桜散る
(船笛に活気づく島散る桜)
宮内百花

雨雫堪へて花の蕾かな
藤江すみ江

花の雨大橋とほく灯り初む
(花の雨とほく大橋灯り初む)
巫依子

花筏船尾の渦に崩れたる
(船尾渦に崩れゆきたる花筏)
板垣源蔵

閉ざされしままの空き家に花の雨
穐吉洋子

雲ひかり山はればれと牧開き
松井伸子

花ふぶき川へ石畳へ髪へ
小野雅子

遅桜一葉住みしこのあたり
(遅桜一葉住まひしこのあたり)
箱守田鶴

対岸の山並やはら養花天
小野雅子

関門の渦の大きく先帝祭
鎌田由布子

見上げゐる亀の鼻先藤の花
福原康之

踏切の先の駄菓子屋陽炎へり
森山栄子

永き日や磯にささやくささら波
奥田眞二

石鹸玉ひとりが好きな幼かな
鈴木ひろか

桜餅ほほばる川風心地よく
箱守田鶴

夢に見し町に暮らすや桐の花
巫依子

山櫻文字のかすれし道しるべ
辻敦丸

風光る色取り取りのランドセル
鎌田由布子

はなびらに埋もれ蝶のまどろめる
小野雅子

羊の毛刈る小さき手に手を添へて
福原康之

通勤は島から島へ豆の花
宮内百花

耕耘機春泥こぼしつつ帰る
若狭いま子

富士見ゆる方へ巣箱を掛けにけり
小山良枝

茉莉花の甘たるき香に目覚めたり
(茉莉花の甘つたるきに目覚めたり)
五十嵐夏美

はね橋を抜けて海へと春疾風
小野雅子

糸柳釣人たれも背を曲げて
(糸柳釣師たれもが背を曲げて)
千明朋代

暖かや文字の大きな時刻表
飯田静

自治会に相次ぐ訃報春寒き
三好康夫

肩上げの娘が運ぶ桜餅
(肩上げの娘お運び桜餅)
千明朋代

雨傘を忘れて帰る花月夜
(雨の傘忘れて帰る花月夜)
巫依子

失ひし物を数へて明け易し
(失ひし物数へゐて明け易し)
福原康之

口数の少なきふたり花の雨
巫依子

春暁や真下に止まる救急車
穐吉洋子

春の野にゆつくり溶けてゆく心地
松井伸子

パンジーの花壇を跨ぎ郵便夫
松井洋子

花の雲ベンチに句帳スケッチ帳
平田恵美子

天守へと吹き上りたる花吹雪
松井洋子

池の面をゆるり回遊花筏
松井伸子

花楓水面に枝を差し伸ばし
飯田静

うららかや子が父を待つ赤信号
小野雅子

川底の影もひとひら桜散る
小野雅子

鎌首をもたげ日陰の蝮草
松井伸子

花筏向かうの橋にも人が立ち
小野雅子

桜貝少女小説読みしころ
箱守田鶴

円窓の遠くに庭師花楓
鈴木ひろか

ウィンドにカナリア色の春コート
(ウィンドーにカナリア色の春コート)
鎌田由布子

踏み出せば押し返しくる春の土
田中優美子

巣燕に車庫を取られてしまひけり
松井洋子

紫木蓮見知らぬ人に会釈され
松井洋子

荒川に飛び込むが如鯉幟
板垣源蔵

スピードを上げし車窓へ若葉触れ
板垣もと子

囀や園児の声に重なりて
五十嵐夏美

糸桜裏参道は山の中
鈴木ひろか

 

◆特選句 西村 和子 選

お涅槃の法螺貝島に鳴り渡り
巫依子
作者は尾道の人。法螺貝は密教僧が唐より伝え、真言宗や天台宗などの法要で使われるそうです。「島に鳴り渡り」というのですから、瀬戸内の小さな島が思われます。釈迦の遺徳によって、凡俗の煩悩も清められそうです。(井出野浩貴)

 

春めくや路面電車のたまご色
飯田静
白でも茶でもなく「たまご色」という色のやわらかさが、季語「春めく」と、また「路面電車」ののどかさと響きあいます。殻の色のことだと思いますが、卵黄の色もそこはかとなく想像されます。これから生まれるものというイメージも重なります。(井出野浩貴)

 

予備校の窓にぽつりと春ともし
奥田眞二
これは2月か3月でしょうか。「ぽつり」というのですから、受験日直前、自習室でひとり勉強をしているのか、少人数で特別講習を受けているかといったところでしょう。「春ともし」に作者のやさしい視線を感じます。(井出野浩貴)

 

野遊やいつのまにやら死の話
千明朋代
「野遊」と「死の話」の落差に一瞬虚を突かれます。けれども、自然の中に身を置けば、生きることも死ぬことも同列のことなのかもしれません。力みなく軽やかに詠んだことで成功しています。(井出野浩貴)

 

自転車を下りて仰ぐや今日の花
森山栄子
自転車で桜の下をゆくのは気持がよいことでしょう。自転車を停めてゆっくり花を仰げば、ひときわ心に沁みることでしょう。句では「下りて仰ぐ」しか言っていないのですが、またこれから花の下を走ってゆくのだろうと想像されます。(井出野浩貴)

 

ルービックキューブ軽やか水温む
宮内百花
ルービックキューブの面をどうしたらささっと揃えられるのか不思議です。その軽やかさはたしかに春めいています。その内容と「水温む」とは関係ありませんが、その取り合わせの飛躍がルービックキューブの名人の手つきのようです。(井出野浩貴)

 

新しき自転車春風よ続け
田中優美子
新年度、新しい自転車で通勤するようになったのか、それとも休日にサイクリングを楽しんでいるのか、いずれにしても気持のよい季節です。「春風よ続け」のリズムが心の弾みを伝えます。命令形の妙味です。(井出野浩貴)

 

掌を開くやうなはくれん昼の月
(手を開くやうなはくれん昼の月)
奥田眞二
「はくれん」(白木蓮)の色と、うっすらと見える「昼の月」の色と、雲の色、微妙に異なる白が重なり、三月の空の色が見えてきます。「掌を開くやうな」もまた、春という命の始まりの季節を象徴しているようです。(井出野浩貴)

 

母妙にやさしくなりて春寒し
藤江すみ江
高齢の御母堂なのでしょう。「妙に」というのですから、かつてははっきりものをおっしゃる方だったのだろうと想像されます。「やさしくなりて」は体が衰えてきたからなのでしょうか。季語「春寒し」に作者の心情が託されています。(井出野浩貴)

 

春の風ハシビロコウの羽ふはり
鈴木ひろか
ハシビロコウは置物のように何時間もじっと動かず獲物を待ち続けることで知られています。おかしみのある鳥です。その動かぬ鳥の羽が「ふはり」となびいた瞬間をとらえました。「春の風」のいたずらのようです。「秋の風」では句になりませんね。(井出野浩貴)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

枝垂れ枝をなぞるごとくに春の雪
(淡雪の枝垂れ枝なぞるごと降りぬ)
荒木百合子

手作りの竹笛鳴らす梅日和
(手作りの鳥笛鳴らす梅日和)
藤江すみ江

来ては去り去ればまた来る百千鳥
田中花苗

春浅しハーブティー赤透きとほる
(春浅し赤のハーブティー透きとほる)
深澤範子

初蝶は生垣離れずに飛べる
三好康夫

ご詠歌の調べのせたる涅槃西風
巫依子

水温む川鵜なかなか浮いて来ぬ
(水温み川鵜なかなか浮いて来ぬ)
小松有為子

観音に詣でしよりの春ひと日
(観音さま詣でしよりの春ひと日)
箱守田鶴

引越しや春を載せては降ろしては
松井伸子

ハイヤーで立寄る涅槃桜かな
三好康夫

一番に猫が見つけて初蝶来
小野雅子

富士山の頂小さく花杏
飯田静

春耕やこれより月日早くなり
辻本喜代志

誇りとは驕らぬことよ紫木蓮
田中優美子

咲き初めしはくれん早も散りそむる
松井洋子

レストラン女ばかりよ山笑ふ
(レストランは女ばかりよ山笑ふ)
平田恵美子

鉄つくる煙突高し鳥曇
福原康之

野遊びや思ひ出話聴きながら
深澤範子

煙突の煙どこまで春の雲
福原康之

紫木蓮我に囁き返しけり
(我だけに囁き返し紫木蓮)
田中優美子

冴返る肩に背筋に力込め
鎌田由布子

窓越しの海越しの富士冬茜
藤江すみ江

片栗の花の散らばるなぞへかな
(片栗の花の散らばるなぞえかな)
飯田静

春北風気を引き締めて踏み出しぬ
五十嵐夏美

冴返る東京タワー指呼のうち
鎌田由布子

病院を囲む木蓮仄白き
穐吉洋子

髪ほどくやうに吹かるる花ミモザ
田中花苗

残る鴨胸光らせて水を切り
田中花苗

涅槃桜築地の外の町寂れ
(涅槃桜築地の外は寂れ町)
三好康夫

花街の塀を辿れば白椿
(花街の黒塀辿れば白椿)
中山亮成

冴返るサイレンの音遠くより
(サイレンの音の遠くに冴返る)
鎌田由布子

子どもらの買ひ物買ひ食ひ春休
(子らだけで買ひ物買ひ食ひ春休)
宮内百花

歩道橋揺れおさまらず春北風
(歩道橋の揺れおさまらず春北風)
松井洋子

さわさわと水膨らみぬ春の川
千明朋代

かばかりの風を抱き込み糸柳
五十嵐夏美

連翹の咲いて八人家族かな
水田和代

静かなる湾の逆巻き冴返る
鎌田由布子

春北風や軍馬の去りし水飲場
福原康之

いぬふぐり何か聞きたく話したく
松井伸子

大名の庭に枝垂るる濃紅梅
福原康之

柔らかくご飯炊き上げ菜種梅雨
箱守田鶴

初蝶の黄のじぐざぐに追ひ抜かれ
(初蝶の黄のじぐざぐに追い抜かれ)
小野雅子

初蝶のフロントガラス掠めけり
穐吉洋子

この道は何処まで続く春浅し
深澤範子

隅田川逆波立てて春疾風
若狭いま子

砂浜に拾ふひとひら桜貝
(砂浜にひとひら拾ふ桜貝)
木邑杏

明日へはちきれんばかりや桜の芽
(桜の芽明日へとはちきれんばかり)
小山良枝

夜明け前こゑを残して鳥帰る
小松有為子

いつせいに色踊りだすチューリップ
(いつせいに踊りだす色チューリップ)
平田恵美子

 

 

◆特選句 西村 和子 選

踏切に貨車が零せし氷雪
辻本喜代志
踏切のあたりに氷雪が落ちているのを見て首を傾げたのでしょう。通り過ぎた列車を見ると貨物車で、きっと北国から荷物を運ぶ途中、屋根から氷雪を落としたのだと思い当たったのです。アンテナを張っていれば、踏切を待つあいだにも句材を拾うことができるのですね。(井出野浩貴)

 

献燈は落語協会梅まつり
小山良枝
見たままをはからいなく詠んだ自然体の句です。季語「梅」が生き生きしていて、早春の喜びを伝えてくれます。けれども、これがもし「桜」だったら、ややうるさい感じがするかもしれません。自然体とはいえ、無意識のうちにセンサーが働いている句です。(井出野浩貴)

 

沈丁花やオフイス街は三連休
箱守田鶴
こちらも自然体です。連休でひっそりしたオフィス街を通りかかったとき、「沈丁花」の香りに驚いたのです。人通りの多い平日は、なかなか花に立ち止まる余裕もないことでしょう。(井出野浩貴)

 

春風や紙飛行機を遠くまで
松井伸子
おだやかなあたたかい「春風」に紙飛行機が似合います。ほんわかとした幸福感を感じればよいのですが、そこには春愁の気配もあります。「紙飛行機を遠くまで」飛ばすとき、遠く過ぎた子供の頃、父も母も若かった頃も思い出されるかもしれません。(井出野浩貴)

 

住職は二十七代梅の花
鈴木ひろか
戦乱などで系譜がたどり切れない寺も多いようですから、二十七代とはっきりわかるのは稀有なことでしょう。この「梅の花」も何度か植え替えられたものでしょうが、寺の伝統を受け継いでいるかのようです。季語の清らかさが寺のたたずまいを語ります。(井出野浩貴)

 

北上川曇りのち晴れにはか雪
辻本喜代志
岩手県から宮城県を流れる北上川、その地名が効いています。実際の天気予報のフレーズだったかどうかはわかりませんが、土地柄が伝わってきます。何よりもリズムのよさが魅力的です。(井出野浩貴)

 

春時雨橋を渡りて下鴨へ
小野雅子
この句も下鴨という地名が効いています。町名でもありますが、おのずと古都を代表する下鴨神社が思い浮かびます。橋の下を流れる賀茂川の水、通り過ぎてゆく「春時雨」、いずれもしっとりと古都を包み込んでいます。(井出野浩貴)

 

福寿草ひとつが咲いて百咲いて
佐藤清子
「ひとつ」の次がいきなり「百」というのが表現の妙です。リズムがよく、いかにも春を呼ぶ花という感じがします。「たんぽぽ」でもよさそうですが、それではいささか庶民的すぎるでしょう。この句は新年の季語「福寿草」が効いています。(井出野浩貴)

 

東京の夜景煌めき冴え返る
鎌田由布子
「冴返る」は立春を過ぎたあとにぶり返した寒気のことですから、両義的です。この句についていえば、ふるえるような寒さの中に煌めく夜景でもあり、ようやく訪れた春を喜ぶように煌めく夜景でもあります。東京そのものが明暗、善悪と常に両義的な顔を見せる街ということかもしれません。(井出野浩貴)

 

空き部屋の真夜のもの音冴返る
若狭いま子
「冴返る」には、五感が研ぎ澄まされる感じがあります。かすかな「真夜のもの音」をとらえたのも、冷え切った空気があればこそです。詠んでいる内容は異なりますが、加藤楸邨の「冴えかへるもののひとつに夜の鼻」を連想しました。(井出野浩貴)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

芽柳や浮御堂まで橋二つ
木邑杏

春雨の長崎の街窓の下
水田和代

古看板半分剥がし春疾風
若狭いま子

朽葉もたげ萱草の芽のうすみどり
田中花苗

雨風に打たれし夜も冬牡丹
(雨風に打たれし夜あり冬牡丹)
藤江すみ江

紅に染まりて一人梅の道
三好康夫

誰よりも深々と礼初稽古
(誰よりも深く礼する初稽古)
田中優美子

堰越ゆる飛沫らららら暖かし
小野雅子

土を持ちあげ片隅の蕗の薹
(土を持ちあげ庭の片隅蕗の薹)
若狭いま子

菜の花や山の斜面の滑り台
鈴木ひろか

永き日や待合室に手話弾み
松井伸子

東雲の色ほのかなり冬牡丹
藤江すみ江

駅までを歩きて別れ春の雨
(駅までを歩くと別れ春の雨)
小野雅子

石段に弁当つかひ春の雲
小野雅子

栗鼠跳んで椿零るる切通し
田中花苗

福寿草竹ひごをもて囲ひたる
(竹ひごをもて囲ひたる福寿草)
福原康之

春風や嵐電暇さうに走り
荒木百合子

梅林を鳥の泳いでをりにけり
小山良枝

おつとりとゆつくりと咲くうちの梅
荒木百合子

針箱に母の手紙や春浅し
森山栄子

ゆふぐれの紅梅色を深めたり
小山良枝

老幹を嬉しがらせよ梅真白
巫依子

菜の花や声の明るく保育園
飯田静

若緑三百年の松雄々し
中山亮成

春立つや奥の細道書写始む
千明朋代

梅散るや作務僧会釈して去りぬ
(梅散るや作務僧会釈して去れる)
田中花苗

残る鴨一直線に水脈を引く
(残る鴨湖一直線に水脈を引く)
木邑杏

自転車をドミノ倒しに春一番
(自転車をドミノのごとく春一番)
福原康之

心許なき傘を手に雪風巻
福原康之

潮風の渡る離宮の花菜かな
飯田静

春来る何も打ち明けられぬまま
田中優美子

春兆す駆けまはる子の耳真つ赤
松井洋子

外套も着ず忘れ物届けくれ
藤江すみ江

うららかやあひるめんどり飼はれゐる
(うららかやあひるめんどり飼はれゐて)
松井伸子

梅まつり何処から来たと問はれけり
鈴木ひろか

春の雪バロックギター音厚き
(音の厚きバロックギター春の雪)
宮内百花

上機嫌なる人声や春立てり
藤江すみ江

 

◆特選句 西村 和子 選

無造作といふ巻き方も春ショール
箱守田鶴
防寒具で寒さを凌いでいた冬とは違い、春はショールのあしらい方も人それぞれ。ふわっと軽く、おしゃれに、あるいは何ということもなく肩に。
朝晩は冷えても昼間は暖かくなった頃の軽快な気分が、よく伝わってきます。(高橋桃衣)

 

衣も食もごつたに並べ果大師
藤江すみ江
弘法大師の忌日の21日に毎月開かれる縁日の中で、12月は年末ということもあり、骨董、雑貨、衣類などに加え正月用品も売られ、多くの人が訪れて最も賑わいます。
その商品の並べようを、「衣」「食」という大まかな表現で描いています。
普通は具体的に一つのものに絞って詠むことで、詠まないところまで想像させるものなのですが、売られているものが「衣」か「食」かという程度にしか見分けられないほどの無秩序な並べ方なのです。カオスのような市が眼前に広がります。(高橋桃衣)

 

寒昴熱き拳を握りしめ
田中優美子
「拳を握る」は、緊張したり、残念がったりする時の様子に使われますが、「熱き」から、また「寒昴」という季語からも、怒りを抑えるより決意のようなものを感じます。
凍空に青く光る昴を見上げる作者には、思うところがあるのでしょう。自分の中の熱い血潮に気づいたのではないでしょうか。(高橋桃衣)

 

推敲に夜の更けにけり膝毛布
平田恵美子
俳句の推敲をしているうちに、夜が更けてしまったのでしょう。暖房はつけていても、じっと座っていると足は寒くなりますから、膝毛布は必需品。ちょっと手を伸ばして何かを取ろうとすると落ちそうになったりして、膝毛布の温かさに気づくものです。
そんな日常の一コマですが、実感があります。(高橋桃衣)

 

気力十分体力半分小正月
小野雅子
お正月が終わって半月。女正月なのだから何か自分へのご褒美のようなことをしようとあれこれ考えて、さてやろう、出かけようとして、体が気持ほどついていけないことに気づいたということでしょう。「気力十分」「体力半分」と対句でリズムがよく、おかしみもあり、字余りは気になりません。体力が衰えているのではなく、気力の方が十分過ぎたのかもしれませんね。(高橋桃衣)

 

母たのし着ぶくれし子を肩ぐるま
松井伸子
お父さんでしたら見かけることもありますが、お母さんが肩ぐるましているというのですから、とても行動的なお母さんを想像します。それが「母たのし」という表現になったのでしょう。冬の寒い外を、子供よりも楽しんでいるお母さんの顔も動きも目に浮かびます。(高橋桃衣)

 

絵馬と絵馬触れ合ふ音の春近し
飯田静
冬の間、重なり合って風ににぶつかり合い、カラカラと鳴っていた絵馬が、徐々に「触れ合ふ」ほどの柔らかい音になってきたという、聴覚で春の到来を感じ取った句です。(高橋桃衣)

 

龍うねるごとくどんどの煙かな
小山良枝
燃え上がるどんどの火の先は煙。どんどの火について詠む人が多いなか、うねりながら龍のように空に昇っていく煙に注目したのは、実際に見に出かけたからこそです。足で稼いで発見した句といえるでしょう。(高橋桃衣)

 

読み札が足らぬ騒ぎや歌留多取
(読み札が足らぬ騒ぎや歌留多取り)
佐藤清子
歌留多を取り合って、最後に1枚余ってしまった絵札。そこで初めて読み札が足りないことに気づいて、さあどこに行ったかと、あちこち探し始めた様子が伝わってきます。もしかしたら、去年のお正月に無くなってしまったのかもしれません。賑やかなお正月の光景が感じられます。(高橋桃衣)

 

雲もなく音もなく明け初御空
松井洋子

 

前髪をふわっと仕立て初鏡
佐藤清子

 

金粉の躍る年酒を酌みにけり
鈴木ひろか

 

 

◆入選句 西村 和子 選

あかときの先触れとして初鴉
千明朋代

主査主任主事と並びて事務始
森山栄子

菰ぬちに霊気こもれり寒牡丹
小山良枝

ライブフェス果てていつそう息白し
田中優美子

口出しはせぬと決めたり朱欒剥く
(口出しはせぬと決めし夜朱欒剥く)
宮内百花

青空へ寒紅梅の浮きたてり
(青空へ寒紅梅の浮きてをり)
水田和代

止むと見せまた初雪のしまきけり
松井洋子

いさぎよく雨の上がりて年あらた
(いさぎよく雨の上がりて年はじめ)
奥田眞二

着膨れし人波わけて三番街
松井洋子

カーテンの隙間一条初明り
鎌田由布子

いちめんにかがやく墓石松の内
三好康夫

大寒の風に音消ゆ発車ベル
穐吉洋子

地に触れて初雪すぐに消えにけり
田中花苗

マスカラを少し濃い目に初鏡
(マスカラを少し濃い目に初化粧)
深澤範子

ままごとの如し独りの節料理
(ままごとの様や独りの節料理)
小松有為子

読経終ふ宿坊の朝深雪晴
板垣源蔵

日脚伸ぶ園児の遊びきりもなく
水田和代

初明りペルシャ絨毯浮き立たせ
鎌田由布子

花小袖賽銭放る腕白き
辻本喜代志

照れ臭き本音添へたる初便
田中優美子

目覚めたる街の匂ひや春近し
(目覚めだす街の匂ひや春近し)
五十嵐夏美

青空へ柏手響き残り福
小野雅子

塵ひとつ留めぬ禅寺初参
(塵一本留めぬ禅寺初参)
荒木百合子

長良川大きく蛇行して小春
藤江すみ江

二十回縄跳びできて春隣
水田和代

初景色船の行方を見届けし
(初景色船の行方を見届けり)
巫依子

所在なく帰る鴉も大晦日
松井洋子

ああ雪と声に出でたり朝の窓
小野雅子

大寒のやさしき雨になりにけり
五十嵐夏美

ぽん菓子の弾ける音も果大師
藤江すみ江

玄関にすらりと立ちて春ショール
箱守田鶴

すれ違ふ人や破魔矢の鈴鳴らし
田中花苗

新春の風をはらみて日章旗
辻敦丸

諦めるなかれと光る寒昴
田中優美子

百合鴎日射しを得たる胸ゆたか
藤江すみ江

吟行のついでに開く初みくじ
(吟行のついでと開く初みくじ)
辻本喜代志

ハミングとスープの匂ひ春隣
松井伸子

寒晴れの首都高遥か川光る
中山亮成

買初と言へど古本二三冊
小山良枝

目標の日に七千歩日脚伸ぶ
飯田静

髪切つて背筋のばして春近し
五十嵐夏美

寒晴やクレヨンの凧ピカソ風
木邑杏

洋風の卓に戻りて四日かな
(洋風な卓に戻りて四日かな)
鎌田由布子

念入りに車を洗ひ初出勤
深澤範子

風冴ゆる皆黙したる乗合船
板垣源蔵

あはあはと空に溶けゆく冬桜
若狭いま子

終点は吾が町寒の月天心
森山栄子

青空へ鳴り出しさうな氷柱かな
小山良枝

大根の煮もの酢のものお漬物
平田恵美子

べた凪が隔つ初島初景色
福原康之

窓一面冬枯ばかり汽笛鳴る
辻本喜代志

枯蔦や白壁あみだくじ模様
鈴木ひろか

投句期限書き込みにけり初こよみ
(投句期限印書き込み初こよみ)
荒木百合子

サンドイッチの色の取りどり街小春
飯田静

梁高き宮司の座敷実千両
水田和代

寒月に襟を立てたる刑事かな
板垣源蔵

枯れきつてゑのころ草の機嫌よく
小山良枝

雑巾をかくるが日課ちやんちやんこ
小山良枝

波がしら仄かに染めて初日の出
小松有為子

小春日やまだあたたかき人形焼
福原康之

添削で俳句入門読始
千明朋代

寒菊の倒れしままに咲きゐたり
若狭いま子

寛解の足取強く四温晴
五十嵐夏美

初富士や一の鳥居は海に立ち
田中花苗

盃の双魚よ泳げ年酒注ぐ
荒木百合子

◆特選句 西村 和子 選

安政の天守令和の煤払ふ
松井洋子
江戸時代には多くの城に作られていた天守ですが、現存しているのは十あまり。これは安政に再建された伊予松山城の天守でしょう。
この句の工夫は、「安政」「令和」という元号で天守の最初と今を、そしてその間を見てきた天守と1年分の埃を、対句の形で描いたことです。
「安政の大獄」など、幕末の動乱からもう170年。近代化後の日本の様々な歩みを思わせます。(高橋桃衣)

 

軋みつつ傾く車窓冬の濤
松井洋子
電車が「軋」む時のキーキーした音が、「軋み」「傾く」の「K」音からも湧き上がってきます。カーブを曲がる窓の向こうには激しい冬の濤。厳しく荒涼とした海辺も見えてきます。多くを言わないことで、読み手に想像させる句。(高橋桃衣)

 

失敗も悔いも句材や年歩む
田中優美子
小さな感動を書き留めましょうとよく言われますが、辛いことはパスしてしまいたいもの。でもあえてそれを句にしようと思うとは、自分を客観的に見ることができ、俳句という表現手段を自分のものにした証拠です。
本音で作った句は、読み手の心に刺さります。読み手を振り向かせます。
背筋を伸ばして新しい年に進みましょう。(高橋桃衣)

 

しぐるるや比叡みるみる遠ざかり
荒木百合子
しぐれてきて比叡山が見えなくなったことを、「みるみる遠ざかり」と表現したことで、今まで眼前にはっきりと見えていた比叡山がはるかになっていく、という時雨の降り様が想像できます。時雨といえば京都、その情緒を感じさせる句です。(高橋桃衣)

 

高々と晴れて伊吹の雪いまだ
藤江すみ江
私のように関東に住んでいる者には、新幹線で関ヶ原を越える車窓から覗く伊吹山ですが、名古屋や濃尾平野の人々にとっては「伊吹おろし」という寒風の源、身近な山でしょう。
今日の晴れあがった空の向こうにくっきりと見える伊吹山に、まだ雪はありません。でもそろそろ白くなるのだろうなと思うような風が吹き抜け、日差しは明るくても冬の到来を感じる頃なのだろうと想像されます。(高橋桃衣)

 

腕時計ちらと見る人暮早し
鈴木ひろか
すっと暮れていく冬の夕方は、急に寒くなり、淋しく、なんとも落ち着かない一時です。腕時計をちらと見た人も、辺りの急激な変化にはっとし、心許なさも覚えたのではないでしょうか。そんな気持が、腕時計をちょっと見るという具体的な仕草から、浮かび上がってきます。(高橋桃衣)

 

降り立てば初雪見上ぐれば美空
板垣もと子
電車を降りた時に、初めて辺りに敷いている雪に気づいたのでしょう。この雪は作者にとっては今年初めての雪。なんてきれいなんだろうと感じた作者の心が出ています。晴れわたった青空と、雪の清浄な白さの対比が印象的な句。(高橋桃衣)

 

四つ角に台車ぶつかる節季かな
小山良枝
「節気」は季語では歳末のこと。正月用品を買う人の波が毎年テレビで紹介されるアメヤ横丁のようなところを想像しました。客もすごい数ですが、店の人も次々と商品を運び込んでいるのでしょう。賑う様子を具体的に一つ描くことで、全体の熱気まで伝わってきます。(高橋桃衣)

 

鼻歌は六甲颪ねぎ刻む
鏡味味千代
38年振りに2度目の日本一に輝いた阪神タイガーズ。作者はファンなのか、それとも調子が良く覚えやすいので、テレビに溢れて耳に焼き付いてしまったのかもしれません。
葱を刻むのもリズムよく、料理も、へい、お待ち!と出来上がったようです。(高橋桃衣)

 

サキソフォン深く静かに十二月
田中花苗
今年中にせねばと気持も忙しくなる「師走」ではなく「十二月」としたことで、この一年をゆっくり顧みる作者が想像されます。
公園で練習しているテナーサキソフォンでしょうか。あるいはCDやコンサートなのかもしれませんが、静かに独奏しているサキソフォンの低音が辺りを震わせ、作者の心に語りかけてくるかのようです。(高橋桃衣)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

介護士の一心にチェロクリスマス
(一心にチェロ弾く介護士クリスマス)
若狭いま子

一夜にて白一色や初景色
(一夜にて白一色に初景色)
深澤範子

病室も電灯消してクリスマス
三好康夫

暖簾潜る時枇杷の花ふと香り
(暖簾を潜る枇杷の花ふと香り)
木邑杏

水占の文字じわじわと野菊晴
藤江すみ江

親友とハグして別れ大晦日
田中優美子

煤払掛け声揃ふ大手門
三好康夫

不景気と云へど賑はふ街師走
(不景気と云えど賑はふ街師走)
穐吉洋子

投票を済ませ入院年の暮
五十嵐夏美

数へ日や何か忘れてゐるやうな
鈴木ひろか

冬薔薇魔女の一撃食らひけり
奥田眞二

なだらかな富士の稜線冬夕焼
鎌田由布子

社会鍋現る銀座四丁目
小山良枝

末枯や遠くに選挙カーの声
五十嵐夏美

初雪のスキポール空港旅一人
(初雪のスキポール空港一人旅)
鎌田由布子

寒波来る盛塩固く尖りけり
小山良枝

朝まだき生きよ生きよと寒鴉
(朝まだき生きろ生きろと寒鴉)
小野雅子

珈琲を豆から挽いて霜の朝
巫依子

大空の半分は晴小雪舞ふ
(大空の半分は碧小雪舞ふ)
平田恵美子

厄払ふごとくに布団たたきけり
鏡味味千代

褒められて色深めけり冬の薔薇
箱守田鶴

公園に広がり銀杏落葉の黃
板垣もと子

一様に軍服古りし社会鍋
鈴木ひろか

逢魔が時椋の乱舞の魔界めく
(魔界めく椋の乱舞や逢魔が時)
中山亮成

雨音に目覚め大つごもりの朝
(雨音に目覚むる大つごもりの朝)
巫依子

羽子板市五重塔に月かかり
箱守田鶴

聴き上手榾を継ぎつつ返しつつ
松井伸子

冬の雷仔犬の耳の不意に立ち
(仔犬の耳不意に立ちたる冬の雷)
松井洋子

冬晴の市より望む本願寺
飯田静

犬同伴茶房満員クリスマス
(犬同伴の茶房満員クリスマス)
若狭いま子

冬麗や日矢の一条浮御堂
(冬麗や一条の日矢浮御堂)
木邑杏

青空を透かし銀杏の冬木の芽
飯田静

水洟を拭いて宮司の立ち上がる
水田和代

木箱はみ出る新巻の尾鰭かな
(新巻の木箱はみ出る尾鰭かな)
中山亮成

冬の星寄せ来るマウナ・ケア山頂
奥田眞二

冬の夜の止まりしままの置時計
鎌田由布子

早々と投句出揃ひ初句会
森山栄子

ケバブ売る男怪しげ年の市
中山亮成

遠富士のくっきり浮かみ冬落暉
田中花苗

大将の自慢の魚拓燗熱く
巫依子

時雨傘さすほどもなく南座へ
小松有為子

髪を切り染めて心の年用意
箱守田鶴

新年句会ブラインドかつと開け
森山栄子

母からの土鍋健在冬至粥
飯田静

凩や古木は仙人の化身
松井伸子

赤信号突つ切る車年詰まる
鏡味味千代

玻璃越しの日をたつぷりとシクラメン
穐吉洋子

屋上に聖夜の夜景一望す
(屋上より聖夜の夜景一望す)
若狭いま子

◆特選句 西村 和子 選

ハッサム邸鏡のなかの冬帽子
藤江すみ江
「ハッサム邸」は神戸の異人館の一つ、重要文化財に指定されているのでご存知の方も多いと思いますが、知らなくてもこの名前から居留地などに建てられた西洋館だろうと想像できます。
館の中には、暖炉や飾り棚とともに大きな鏡が残されています。商談やパーティに訪れた人々を華やかに暖かく映していた鏡が、今は寒い外から入って冬帽子を被ったまま見学している人を映しています。「冬帽子」という季語が、この西洋館の昔と今を巧みに描き出しています。(高橋桃衣)

 

手袋をまづ放り込み旅支度
田中優美子
支度の最初に手袋が頭に浮かんだというのですから、今住んでいるところはまだ手袋をするほどの寒さではないけれども、旅行先はとても寒いところなのでしょう。もう雪が積もっているところかも知れません。手袋を忘れては楽しい旅も台無しと手袋をまずはバッグに入れ、後はそこでしたいこと、見たいところを思い浮かべながら、あれこれ支度するのも旅の楽しみです。(高橋桃衣)

 

底冷の事務所に一人外は雨
辻本喜代志
エアコンをかけても事務所の床は冷たいものです。一人でいればなおさら。スチールの机もロッカーも冷え冷えとして寒さが這い上がって来ます。しかも外は雨。早く切り上げたいけれども仕事はなかなか終わらない、そんな作者の嘆きが聞こえてくる句です。(高橋桃衣)

 

銃眼を覗けば肥後の山眠る
森山栄子
「銃眼」とは、敵が攻めてきた時に内側から鉄砲を打つための穴。そこから肥後の山が覗けるというのですから、熊本城のことでしょう。2016年の地震で甚大な被害を被った熊本城ですが、幾年もかけて復旧したようです。今、銃眼から見る肥後の山々は、静かに冬を迎えています。熊本城も落ち着きを取り戻し、厳かに佇んでいることでしょう。(高橋桃衣)

 

研ぎ出せる月超然と応天門
荒木百合子
「応天門」は平安京大内裏、朝堂院の南の正門。国宝の絵巻物「伴大納言絵詞」は、この門が焼かれた「応天門の変」を描いたものです。その後再建された応天門はまた消失し、現在は明治に入って模して作られた平安神宮の門を指します。
「月」は秋の季語ですが、「研ぎ出せる」から、もう秋も終わりの頃の冷やかな月を感じさせます。昔から絶えない権力争いを、月は超然と眺めているのでしょう。(高橋桃衣)

 

欅より高く吹かれし木の葉かな
板垣もと子
欅の梢の上まで舞い上がる木の葉。これだけを描いて、欅の高さ、木の葉の軽さ、北風の強さ、空の広さ、辺りの寒さまでが見えてきます。どこの欅であるとか、どうしてそこにいるのかというような説明を省き、焦点を絞ることで、逆に読者の想像は広がります。(高橋桃衣)

 

頭下げまた頭下げ冬の暮
田中優美子
「頭下げ」は、感謝や挨拶のお辞儀をしているとも、謝っているともとれますが、この句は嬉しく何度もお辞儀をしているとは感じられません。それは「冬の暮」という季語が、日が暮れた途端の寒さ、寂しさ、頼り無さを感じさせるからです。この寒さは、何度も頭を下げなければならなかったという心の中の寒さでもあるでしょう。読み手にひしひしと迫ってくる実感の句です。(高橋桃衣)

 

鼻歌や金柑甘く煮含めて
小野雅子
金柑の甘露煮を上手に作り、満足し悦んでいる様子が「鼻歌」から見えてきます。甘くつややかに、ふっくらできあがったことも伝わってきます。「煮詰めて」ではなく「煮含めて」であることがポイントです。(高橋桃衣)

 

あららぎの十一月の影を踏む
辻敦丸

 

夕空をかき混ぜてをり鷹柱
森山栄子

 

頷いて時に酌して年忘れ
森山栄子

 

 

◆入選句 西村 和子 選

初時雨マトリョーシカが駆けてゆく
松井伸子

松手入れ一樹に四人掛りなる
鈴木ひろか

初紅葉隣の赤子よく育ち
(初紅葉隣の赤子良く育ち)
鈴木ひろか

凩や夫の背中を見失ひ
飯田静

新品のシャツの手触り小六月
(新品のシャツの手触り小春かな)
岡崎昭彦

展示して一層手入れ菊花展
三好康夫

立冬や大楠は地を鷲づかみ
松井伸子

寒昴涙見せぬと誓ひけり
田中優美子

大川をめぐりて群れて百合鷗
(大川を群れてめぐりて百合鷗)
若狭いま子

養生のさくらに微かなる冬芽
松井伸子

日当たりて窓一面の照紅葉
板垣もと子

旅ごころ皸薬塗りながら
小山良枝

神おはす如くに銀杏黄葉す
板垣もと子

ロボットの動きめくなり着ぶくれて
(ロボットの動きなりけり着ぶくれて)
鎌田由布子

一点の雲なかりけり七五三
(七五三一点の雲なかりけり)
千明朋代

園小春手作りショップ点点と
(小春の園手作りショップ点点と)
五十嵐夏美

人ごみに紛れ別れの冬帽子
小野雅子

御手洗の手拭きまつさら花八手
(御手洗の手拭き真つさら花八手)
森山栄子

水煙や秋天なほも広くなり
(水煙や秋天なほも広く見せ)
荒木百合子

陸橋を渡れば東京冬ぬくし
穐吉洋子

晴れわたる水面や空や鳥渡る
(晴れわたる水面の空や鳥渡る)
松井洋子

園服の子も御正忌に集ひをり
水田和代

引く鴨の水脈美しく絡み合ひ
(美しく引く鴨の水脈絡み合ひ)
藤江すみ江

虚空より降りて来たりし冬の鷺
(虚空より降り来たりたる冬の鷺)
千明朋代

握力の弱りし右手冬ざるる
(握力の弱るる右手冬ざるる)
穐吉洋子

暮早し銀座開店準備中
(暮早し開店準備の銀座かな)
鏡味味千代

佇めば広沢の池時雨けり
若狭いま子

副賞に二つ添へられ亥の子餅
(副賞に二つ添へらる亥の子餅)
辻敦丸

霜けぶりをり大原の朝の木々
(霜はけむりに大原の朝の木々)
板垣もと子

陣羽織衿より咲きぬ菊人形
(陣羽織の衿より咲きぬ菊人形)
松井洋子

首かくと曲げて乾びぬ鵙の贄
田中花苗

諸手上げ銀杏黄葉を仰ぎけり
(諸手上げ銀杏黄葉を見上げけり)
板垣もと子

先頭はねじり鉢巻き川普請
福原康之

マフラーの巻き方図解ややこしや
荒木百合子

音軽く一輌車過ぐ紅葉山
松井洋子

着ぶくれてぶつかつて謝りもせず
小山良枝

密やかに目覚めて気づく冬の雨
岡崎昭彦

珠算塾ありし辺りや酉の市
(珠算塾ありし辺りや酉の町)
箱守田鶴

改築の校舎いよいよ冬休み
(改築の校舎いよよと冬休み)
鎌田由布子

秋夕焼イーゼル古りし絵画塾
(秋夕焼古イーゼルの絵画塾)
荒木百合子

セーターの紅よりも落暉濃き
(セーターの紅よりも濃き落暉)
鎌田由布子

悴みてひと文字ひと文字を刻む
小野雅子

名残り惜しみ茶房出づれば小夜時雨
若狭いま子

地下鉄を出で凩の只中へ
飯田静

冠木門雪吊の縄ふと香り
(冠木門雪釣の縄ふと香り)
木邑杏

無職の身恥ぢず勤労感謝の日
(無職の身恥じず勤労感謝の日)
中山亮成

あるなしの風に散りたる紅葉かな
飯田静

登呂遺跡前のバス停冬麗
宮内百花

番らし後に先へと浮寝鳥
(番かな後に先へと浮寝鳥)
深澤範子

水鳥を芯に置きたる水輪かな
小山良枝

名取川渡り切らざる時雨かな
辻本喜代志

子等の声遠ざかりゆく落葉径
飯田静

寒禽の声の超えゆく雑木林
(雑木林寒禽の声頭上超ゆ)
中山亮成

初紅葉朝日まづ差す丘の家
鈴木ひろか

海上に一条の道秋落暉
鎌田由布子

酉の市出でて夜空を取り戻す
小山良枝

初時雨切岸を負ふ海人の墓
(初時雨切岸負ふや海人の墓)
奥田眞二

木枯や打ち上げられしガラス瓶
岡崎昭彦

タンカーの明石大門を冬の靄
平田恵美子

行き過ぎて花柊と気づきけり
小山良枝

「あの頃」と言ふことやめむ星冴ゆる
田中優美子

満月の明るく寒さ忘れをり
水田和代

コスモスのかくも群れゐてなほ寂し
荒木百合子

直政の兜は血色菊人形
千明朋代

玄関の奥まで射しぬ秋夕日
(秋夕日玄関までも射しにけり)
穐吉洋子

桜島の灰をかぶりし蜜柑もらふ
若狭いま子

 

 

◆今月のワンポイント

切れを作ろう

「や」「かな」「けり」といった切字を使わなくても、五七五の韻律を生かすことで「切れ」を作ることができます。「切れ」や「間」があることで、散文的な言い方からメリハリのある句になり、感動がどこにあるかがよくわかる句になります。余韻も生まれます。
今回の入選句で学んでみましょう。

原句:副賞に二つ添へらる亥の子餅
添削句:副賞に二つ添へられ亥の子餅
原句の「添へらる」は終止形ですのでここで切れてはいますが、「副賞に二つ添えられる。/亥の子餅」では不自然です。作者は「添えられている」と表現したかったのだと思いますが、それでしたら正しくは「添へらるる」です。
これを添削句のように「添へられ」としますと、ここで一旦切れができ、読者は何が添えられているのだろうと考え、一呼吸あって、ああ「亥の子餅」なのかと合点することになります。

原句:小春の園手作りショップ点点と
添削句:園小春手作りショップ点点と
意味は全く同じですが、「小春の園」はリズムがなく、ぼんやりした印象になります。「園小春」と五音で言い切り、間を作ると、情景が鮮やかに立ち上がってきます。

高橋桃衣