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◆特選句 西村 和子 選

一番に咲き星組のチューリップ
若狭いま子
幼稚園もしくは保育園の園庭での光景。
クラスごとにチューリップを育てていたのが、最初に星組のチューリップが咲いたのだ。星組の子どもの得意げな顔、他のクラスの子どものうらやましそうな顔など、園児の様々な表情、さらには園庭で遊ぶ子供たちの声までも聞こえてくる。(松枝真理子)

 

日の丸の白地の黄ばみ紀元節
中山亮成
建国記念日に日章旗を掲げようと出してみると、黄ばんでいるのに気付いた。旗はかなり古いが、簡単に買いかえるようなものでもない。このまま大事に使い続けていくのだ。積み重ねてきた年月の重みが感じられる。(松枝真理子)

 

句敵の声の聞こえて山笑ふ
三好康夫
ひそかに句敵としているライバルがいるのだろう。句会から遠ざかっていたその人が、久しぶりに句会に出席して名乗りをあげた。名乗りの声が元気そうで、作者はほっとしたのだ。
「山笑ふ」が作者の気持ちの象徴であると同時に、土地柄や句会の雰囲気なども語っている。(松枝真理子)

 

初蝶や手押しポンプは水弾き
松井伸子
季語「初蝶」と手押しポンプの取り合わせが成功している句。
ポンプから勢いよく噴き出す水と初蝶が響きあい、水のきらめきが立ち上がってくるようだ。
生命力にあふれ、躍動的な季節のはじまりが感じられる。(松枝真理子)

 

苗札を立てて半信半疑なり
小山良枝
いま、まさに種をまき終えた作者。苗札をたててみて、何だか妙な気分になる。
本当にここに芽が出てくるのだろうか? あんな小さな種から?
はからいのない素直な表現が、功を奏している。(松枝真理子)

 

雛の客とてなき二人暮らしかな
奥田眞二
子どもが巣立ち、夫婦二人の暮らしを送っているのだろう。
昔は雛祭りをにぎやかに祝ったことを思い出し、そして、今は雛祭りといって出かける予定も、誰かが訪ねてくる予定もないのだと、あらためて思う。
淡々とした措辞から、作者のしみじみとした心情が伝わってくる。
作者はこの穏やかな暮らしを存外気に入っているにちがいない。(松枝真理子)

 

でこぼこのつぎはぎ道路冴返る
森山栄子

 

卒園児夢を叫びて着席す
鏡味味千代

 

三階の出窓にトルソーおぼろの夜
緒方恵美

 

主義主張なきにはあらず蕨餅
梅田実代

 

雪解や線香あげに来しと言ふ
山内雪

 

最終ホール静まり返り百千鳥
鈴木ひろか

 

 

◆入選句 西村 和子 選

春の波小さき足跡追ひかけて
鎌田由布子

このCD返せぬままに卒業す
梅田実代
(そのCD返せぬままに卒業す)

風待ちの鳥のやうなる白木蓮
巫依子

菜の花や地裁に並ぶ百の窓
梅田実代

江ノ電に鳶の伴走うららけし
鈴木ひろか

下萌や堆肥のにほふ農学部
牛島あき

降り立ちて海の匂ひと若布の香
飯田静
(降りたれば海の匂ひと若布の香)

卒業を果たせぬ出征学徒ありき
奥田眞二
(卒業を果たせぬ出征学徒あり)

ふたみ言交はし別るる梅の下
小野雅子

はくれんの灯り初めたる宵の雨
松井洋子
(はくれんの灯り初めたる雨の宵)

曲水や笙聞こえ来る太鼓橋
木邑杏

木々なべて湖畔に斜め水の春
佐藤清子
(木々すべて湖畔に斜め水の春)

ここは何処旅に目覚めし白障子
藤江すみ江
(旅に覚め白障子ここは何処と)

軽やかにトレモロ奏で雪解水
荒木百合子
(軽やかにトレモロ奏づ雪解水)

ざくざくと残雪踏めり星ふる夜
鈴木紫峰人

囀や音楽堂の高みより
松井伸子

千代紙の小箱に納め紙雛
鈴木ひろか

あたたかや木の香槌音釘打つ音
松井伸子
(あたたかや木の香槌音釘の音)

鼻筋の通る横顔雛納め
飯田静

芽柳の枝きらきらと触れ合へる
板垣もと子
(きらきらと芽柳の枝触れ合へる)

幼子の声に膨らむ猫柳
小野雅子

OLと呼ばれし昔春手套
長谷川一枝

何入れるでもなき小箱春灯
藤江すみ江

春寒く空白多き予定表
梅田実代
(春寒く余白の多き予定表)

囀りの上に囀り切通し
緒方恵美

ひとまはりふたまはりして鳥雲に
小山良枝

初ざくら祝結婚の木札下げ
長谷川一枝
(祝結婚と木札ありけり初ざくら)

春浅き川音かすか露天の湯
岡崎昭彦
(春浅し川音かすか露天の湯)

鳥返る空には空の時流れ
山田紳介

公会堂朽ちゆくままに養花天
梅田実代

点三つ目鼻ほほ笑む紙雛
松井洋子
(点三つの目鼻ほほ笑み紙雛)

ごめんねと言ひて覚めたり春の夢
田中優美子

子がはねてボールがとんで春の土
松井伸子

窓開けて耳をすませば鶯か
チボーしづ香

てふてふを追ひ掛ける子を追ひ掛ける
山田紳介

釣り人のひとり離れて春の湖
小野雅子

天狗岩どつしり構へ山笑ふ
深澤範子
(山笑ふどつしり構へ天狗岩)

目の慣れて土筆ここにもあそこにも
松井洋子

小綬鶏や海を見晴らす展望台
飯田静

消防車のサイレンちぎれ春一番
牛島あき

巷塵を一掃したり夜の春雷
板垣もと子
(巷塵を一掃したる夜の春雷)

ロープウェーより風光る港町
巫依子

お向ひの今日も灯らず沈丁花
森山栄子

花人の遠巻きにして大道芸
箱守田鶴

春の風若草山を駆け登り
辻敦丸
(春風の若草山を駆け登り)

沈丁が咲いたと声の弾みをり
松井伸子
(沈丁が咲いたよと声弾みをり)

若き日の父母の面影古雛
松井洋子

春の水追ひつ追はれつ急ぎゆく
矢澤真徳

三味線草雨の匂ひの残る路地
緒方恵美

梅園へ誘ふ看板唐棣色
板垣もと子

仕舞湯の窓に大きく春の月
長谷川一枝

深々と黙礼をして卒業子
山田紳介

啓蟄やコロコロ笑ふ女どち
飯田静
(啓蟄やコロコロ笑う女どち)

地下鉄へ降りつつ畳む春ショール
小野雅子

使はざる鉛筆あまた土筆生ふ
松井伸子

古雛や父手作りの笏を持ち
松井洋子

真つ新のシャツより白き初蝶来
松井洋子

鞠手鞠つるす転がす雛祭
木邑杏
(鞠手鞠つるす転がす雛祭り)

春日差幼なの会話たどたどし
藤江すみ江
(たどたどし幼なの会話春日差し)

夕東風やおいでおいでと赤提灯
奥田眞二

エプロンのまま見送りぬ新入生
鏡味味千代
(新入生エプロンのまま見送りぬ)

柱錆び鉄路は錆びず鳥の恋
吉田林檎

ギャルソンのエプロンきりり百千鳥
梅田実代

柴犬の眼きりりと春の宵
深澤範子

薔薇の芽やことばの欠片つながらず
松井伸子

亀鳴くを聞きしと髭の翁かな
深澤範子

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選

一番に咲き星組のチューリップ いま子
初蝶や手押しポンプは水弾き 伸子
地図帳の開いてありぬ卒業期 実代
てふてふを追ひ掛ける子を追ひ掛ける 紳介
☆振り仮名を附す入学の子の名簿 眞二
入学と言うと、入学する側から詠まれがちですが、この句の場合、先生側から詠まれているところに目を引かれました。子供だけでなく、先生も緊張感を持って臨んでいるのですね。

 

■飯田 静 選

下萌や堆肥のにほふ農学部 あき
啓蟄や箪笥にえらぶ萌葱色 あき
振り仮名を附す入学の子の名簿 眞二
手足得て杭に掴まる蛙の子 亮成
☆一番に咲き星組のチューリップ いま子
幼稚園で組ごとに植えたチューリップ。星組の子供たちの自慢げな顔が浮かびます。

 

■鏡味味千代 選

春めくや螺鈿細工の夜光貝
仕舞湯の窓に大きく春の月 一枝
苗札を立てて半信半疑なり 良枝
囀りの上に囀り切通し 恵美
☆古色もて雛の傷の癒えにけり 栄子
古びて少し茶色がかってきた雛人形。その色と傷の色が似ていて、傷が目立たなくなったのでしょう。面白い視点と、普通は古くなったことを儚く思うところですが、傷が癒えたと、むしろ長い間大切にされていた愛情を感じさせる心にひかれました。

 

■千明朋代 選

春めくや螺鈿細工の夜光貝
何入れるでもなき小箱春灯 すみ江
落ちながら堰をはやして春の水 あき
吹かるれば鳴らむばかりのあせびかな いま子
☆目の慣れて土筆ここにもあそこにも 松井洋子
句に出来なかった私の実感を、現わしていたので、びっくりしました。

 

■辻 敦丸 選

貝母咲く荘子を語る友一人 朋代
磯遊び絵を描きたる潮と岩 新芽
釣り人のひとり離れて春の湖 雅子
風待ちの鳥のやうなる白木蓮 依子
☆ひとまはりふたまはりして鳥雲に 良枝
惜別の感頻りの句。

 

■三好康夫 選

夕飯の支度忘れてゐる遅日 百合子
仕舞湯の窓に大きく春の月 一枝
蕨摘む小気味よき音手に受けて 一枝
ロープウェーより風光る港町 依子
☆島山の笑い出したる架橋かな 依子
春本番の瀬戸大橋が目に浮かびました。

 

■森山栄子 選

卒業や胸のメダイを交換し 実代
ギャルソンのエプロンきりり百千鳥 実代
旅人に住みなす者に初桜 依子
目の慣れて土筆ここにもあそこにも 松井洋子
☆春愁やいつもと同じバスに乗り 紳介
いつもと同じバスに乗り、日常と言えるルーティンの中でふと春愁を感じた作者。繊細な感覚が自然な表現で描かれている一句だと思います。

 

■小野雅子 選

春愁やいつもと同じバスに乗り 紳介
鳥帰る空には空の時流れ 紳介
あたたかや木の香槌音釘打つ音 伸子
何入れるでもなき小箱春灯 すみ江江
☆菜の花や地裁に並ぶ百の窓 実代
菜の花は巡る季節の象徴であり生命の息吹。地裁は人を裁くところ。そこには憎しみや悲しみ、苦しみ等の不条理がいっぱい。百の窓は百の悲劇だ。

 

■長谷川一枝 選

一番に咲き星組のチューリップ いま子
三月の空に起伏のありにけり 良枝
薔薇の芽やことばの欠片つながらず 伸子
梅園へ誘ふ看板唐棣色 もと子
☆このCD返せぬままに卒業す 実代
場面は違いますが、「返してね」の一言が言えず、未だにそのままです。

 

■藤江すみ江 選

ひと刷毛の白き雲行く春の海 敦丸
庭掃いて春の日差を掃き寄する 雅子
啓蟄や引越し車行き交ひて 康仁
消防車のサイレンちぎれ春一番 あき
☆祈りさへ届かぬ戦禍涅槃雪 味千代
戦争のニュースばかりで胸が痛む日々ですが なかなか句に詠むには難しいです 涅槃雪の季語も適切と思います。

 

■箱守田鶴 選

囀の上に囀切通し 恵美
一人づつ労ひながら雛納 良枝
下萌や堆肥のにほふ農学部 あき
啓蟄の土をつけたる犬の鼻 ひろか
☆一番に咲き星組のチューリップ いま子
星組のみんなで育てたチューリップであることが嬉しい、他の組に先がけて咲いたのが誇らしい。17文字で幼稚園の楽しさを語っている。

 

■山田紳介 選

明るき明日頼むこころや種袋 百合子
花冷えや両手に包みマグカップ 和代
花冷えの指先頬に当てて見る 由布子
下萌や堆肥のにほふ農学部 あき
☆一番に咲き星組のチューリップ いま子
「星組」が良いですね。園児の笑顔が浮かんで来るよう。

 

■松井洋子 選

囀や音楽堂の高みより 伸子
蕨摘む小気味よき音手に受けて 一枝
春寒く空白多き予定表 実代
夜に沈みゐてはくれんの明るさよ 依子
☆庭掃いて春の日差を掃き寄する 雅子
「春の日差を掃き寄する」という表現が詠み手の喜びをよく表している。清々しくなった庭に揺れる木洩れ日が見えてくるようだ。

 

■緒方恵美 選

飛び立ちて行く宛のなし小灰蝶 真徳
行間のやうなひと日を初燕 依子
回廊の角に梵鐘風光る 栄子
小綬鶏や海を見晴らす展望台 飯田静
☆照らされしもの皆丸く春の月 味千代
照らされしもの皆丸く春の月そう言えば、春の月の潤んだ感じから照らされたものが「丸く」見えるとは、言い得て妙だ。

 

■田中優美子 選

卒業を果たせぬ出征学徒ありき 眞二
二歩三歩過ぎて沈丁花へ戻り 田鶴
白木蓮蕊を晒して散りにけり 穐吉洋子
霞より出でて一羽の鳥となる 恵美
☆しやぼん玉ひとつ大事に吹きし頃 伸子
子どもの頃、しゃぼん玉ひとつに大切に息を吹きこむだけで、とてもわくわくした。同じように、飴玉ひとつもらうだけで、歌をくちずさむだけで、満たされたあの頃。大人になって、できることは増えたはずなのに、なぜか幸せになるのは難しくなった気がする。深く考えさせられる句でした。

 

■チボーしづ香 選

春寒く空白多き予定表 実代
一枚の版画に夜の雑木の芽 依子
貝殻を探す小さき手春の浜 由布子
侵攻に子を抱き春泥逃げまどふ いま子
☆春の水追ひつ追はれつ急ぎゆく 真徳
雪解けで水笠が増す川の水は勢いを増す、しかしこの句は春の柔らかさをうまく言い表している。

 

■黒木康仁 選

てふてふを追ひ掛ける子を追ひ掛ける 紳介
ひとまはりふたまはりして鳥雲に 良枝
啓蟄の土をつけたる犬の鼻 ひろか
誰が為の残業春の雪しまく 優美子
☆南仏の空に大隊雁帰る チボーしづ香
日本の雁はシベリアへ帰りますが、フランスの雁はどこへ帰るのでしょうか?まさかあの地では……。

 

■矢澤真徳 選

手足得て杭に掴まる蛙の子 亮成
庭掃いて春の日差を掃き寄する 雅子
仕舞湯の窓に大きく春の月 一枝
消防車のサイレンちぎれ春一番 あき
☆子がはねてボールがとんで春の土 伸子
たとえばサッカーをしている子供たち。ボールと同じくらい飛び跳ねている様子が浮かんできます。見ている作者の心の華やぎが、春の土、という言葉に凝縮しているような気がしました。

 

■奥田眞二 選

落ちながら堰をはやして春の水 あき
日の丸の白地の黄ばみ紀元節 亮成
海行かば謳ふ漢や春憂ひ 一枝
苗札を立てて半信半疑なり 良枝
☆囀りの上に囀り切通し 恵美
音の響く地形の切通での聴覚の一瞬をお上手に句にされた、敬服です。

 

■中山亮成 選

啓蟄の土をつけたる犬の鼻 ひろか
春まつり昔玩具の貝屏風 ひろか
落ちながら堰をはやして春の水 あき
蟄居せし間に春に追ひ越され 味千代
☆耕しの金鍬濯ぐ背戸の川 雅子
昔の日本の原風景に好感を持ちました。

 

■髙野新芽 選

菜の花や地裁に並ぶ百の窓 実代
去年の実を垂らす街路樹木の芽風 紫峰人
雪の果て止まるが如く散る如く 昭彦
庭掃いて春の日差を掃き寄する 雅子
☆忘れ雪玄界灘の海蒼き 朋代
季節外れの気象に自然の壮大さを感じる句でした。

 

■巫 依子 選

はくれんの灯り初めたる宵の雨 松井洋子
冴返る隣人の訃が新聞に
てふてふを追ひ掛ける子を追ひ掛ける 紳介
一番に咲き星組のチューリップ いま子
☆春の夢辻褄合はせしたくなり 優美子
夢だから辻褄が合うはずなんて無いのはわかっていても、思わず辻褄合わせしたくなるほど・・・そんなある日の春の夢の実感に共感。

 

■佐藤清子 選

仕舞湯の窓に大きく春の月 一枝
三味線草雨の匂ひの残る路地 恵美
ざくざくと残雪踏めり星ふる夜 紫峰人
武蔵野の樹々を透かして春浅し 昭彦
☆梅が香に誘はれしまま芭蕉庵 康仁
梅の季節は特別という想いに共感しました。探梅に始まって満開となるまで楽しんだと感じます。そしてランチは芭蕉庵でお蕎麦というコースでしょうか。それにしても一番美味なのは近寄って嗅ぐ梅の香りですね。

 

■水田和代 選

吹かるれば鳴らむばかりのあせびかな いま子
花ミモザ閉門時間迫るなり 味千代
夕飯の支度忘れてゐる遅日 百合子
武蔵野の樹々を透かして春浅し 昭彦
☆少しづつ闇に変はりぬ春の海 紳介
海の暮れていく様子を美しく描いていると思いました。春ののどかさが感じられます。

 

■梅田実代 選

落ちながら堰をはやして春の水 あき
何入れるでもなき小箱春灯 すみ江
地下鉄へ降りつつ畳む春ショール 雅子
なにやらを咥へ飛び立ち雀の子 一枝
☆明るき明日頼むこころや種袋 百合子
閉塞感の漂う昨今、これから芽を出し花を咲かせ実をつける種の入った袋に明るき明日を頼むこころに共感しました。

 

■鎌田由布子 選

長閑なり土手より臨むお城山 栄子
江ノ電に鳶の伴走うららけし ひろか
囀りの上に囀り切通し 恵美
分譲の幟の並ぶ四温晴 栄子
☆春光のスポーツカーと耕運機 雅子
スポーツカーと耕運機の取り合わせが面白いと思いました。

 

■牛島あき 選

蕨摘む小気味よき音手に受けて 一枝
手足得て杭に掴まる蛙の子 亮成
しやぼん玉ひとつ大事に吹きし頃 伸子
春泥へ水色の長靴履いて 和代
☆ロープウェーより風光る港町 依子
「風光る港町」が素敵!高い所から港町を見下ろすという構図に思わず引き込まれました。ロープウェーと言うからには、神戸のような大規模な港町かと思われますが、鄙びた漁港の波のきらめきも目に浮かびました。

 

■荒木百合子 選

啓蟄や箪笥にえらぶ萌葱色 あき
大の字に寝て温かき子供かな チボーしづ香
宵闇の庭にほのかなミモザの黄 いま子
夜に沈みゐてはくれんの明るさよ 依子
☆風待ちの鳥のやうなる白木蓮 依子
春先に白く大きな蕾が目立つ白木蓮。微妙に同じ方向に揃って傾く蕾は本当にこの句の感じですね。

 

■宮内百花 選

照らされしもの皆丸く春の月 味千代
消防車のサイレンちぎれ春一番 あき
春光のスポーツカーと耕運機 雅子
鏡文字すつかり消えて進級す 実代
☆鳥帰る空には空の時流れ 紳介
人は北帰行の空を見上げ、鳥たちを見送ることしかできない。上空ではどのような時間が流れているのだろう。鳥の気持ちを想像させる一句。

 

■鈴木紫峰人 選

梅東風や暖簾潜りし四人連れ もと子
千代紙の小箱に納め紙雛 ひろか
発つ一羽追ひて一羽や梅七分 雅子
古雛や父手作りの笏を持ち 松井洋子
☆はくれんの灯り初めたる宵の雨 松井洋子
はくれんが春の宵の中、一つ二つと開き初め、白い、明るい光となって作者の心をも照らしてくれるように感じました。

 

■吉田林檎 選

公会堂朽ちゆくままに養花天 実代
春愁やいつもと同じバスに乗り 紳介
句敵の声の聞こえて山笑ふ 康夫
使はざる鉛筆あまた土筆生ふ 伸子
☆お向ひの今日も灯らず沈丁花 栄子
お向かいさん、どうしているのかしら?と気になる日々。疫病の流行る世の中ではなおのこと気になります。それでも沈丁花は着々と花を咲かせ、香りを放っている。その対比が面白いと思いました。

 

■小松有為子 選

啓蟄や箪笥にえらぶ萌葱色 あき
春浅き川音かすか露天の湯 昭彦
真つ新のシャツより白き初蝶来 松井洋子
夜に沈みゐてはくれんの明るさよ 依子
☆四月馬鹿大阪で聞く標準語 味千代
思わず笑ってしまいました。歯切れの良さが素敵です。

 

■岡崎昭彦 選

鳥帰る空には空の時流れ 紳介
指笛や川面転がる小さき春 敦丸
照らされしもの皆丸く春の月 味千代
夕東風やおいでおいでと赤提灯 眞二
☆春の夢さつさと覚めて朝支度 優美子
さっぱりとした作者の性格が見えるようで思わず笑みが漏れる句でした。

 

■山内雪 選

啓蟄や赤子の眼きょろきょろと 飯田静
消防車のサイレンちぎれ春一番 あき
蕨摘む小気味よき音手に受けて 一枝
鳥帰る空には空の時流れ 紳介
☆啓蟄の土をつけたる犬の鼻 ひろか
そこいらじゅうクンクンやってきた事がわかり、啓蟄のエネルギーを感じる。

 

■穐吉洋子 選

侵攻に子を抱き春泥逃げまどふ いま子
下萌や堆肥のにほふ農学部 あき
振り仮名を附す入学の子の名簿 眞二
祈りさへ届かぬ戦禍涅槃雪 味千代
☆日の丸の白地の黄ばみ紀元節 亮成
今は祝日に国旗を掲げる家も少なく箪笥に閉まったまま、紀元節に出してみるとすっかり黄ばんだ国旗、人生の黄昏を感じます。

 

■若狭いま子 選

卒業を果たせぬ出征学徒ありき 眞二
戦ひの終結祈る白木蓮 穐吉洋子
蕨摘む小気味よき音手に受けて 一枝
梅が枝を持ちて羽衣舞ひにける
☆でこぼこのつぎはぎ道路冴返る 栄子
足弱の身にとってこの句の道路事情が痛切な実感として伝わってきます。

 

■松井伸子 選

深々と黙礼をして卒業子 紳介
幼子の声に膨らむ猫柳 雅子
振り仮名を附す入学の子の名簿 眞二
公会堂朽ちゆくままに養花天 実代
☆春の風若草山を駆け登り 敦丸
わくわくと春の喜びが伝わってきます。若々しくて躍動感に満ちて読む者も心弾みます。

 

■長坂宏実 選

梅が枝を持ちて羽衣舞ひにける
しやぼん玉ひとつ大事に吹きし頃 伸子
散歩道肩に触れたる猫柳 範子
たんぽぽに摘む楽しさを教はりて 百花
☆てふてふを追ひ掛ける子を追ひ掛ける 紳介
暖かな親子の様子が目に浮かびます。

 

■木邑杏 選

夜に沈みゐてはくれんの明るさよ 依子
侵攻に子を抱き春泥逃げまどふ いま子
あたたかや木の香槌音釘打つ音 伸子
ざくざくと残雪踏めり星ふる夜 紫峰人
☆リハーサルの舞台に残る余寒かな 味千代
本番に備えてリハーサルをするのだが、観客のいない劇場は暖房も無く寒さが堪える。余寒ですね。

 

■鈴木ひろか 選

苗札を立てて半信半疑なり 良枝
小綬鶏や海を見晴らす展望台
霞より出でて一羽の鳥となる 恵美
お向ひの今日も灯らず沈丁花 栄子
☆桃の花子へのひと言飲み込みぬ 百花
「大人になってきた子へかける言葉の難しさ」に同感。季語の桃の花に親の愛情を感じる。

 

■深澤範子 選

吹かるれば鳴らむばかりのあせびかな いま子
白木蓮蕊を晒して散りにけり 穐吉洋子
夜半さめて春の嵐や又三郎 真徳
降り立ちて海の匂ひと若布の香
☆てふてふを追ひ掛ける子を追ひ掛ける 紳介
春の情景が浮かんできて、いい句だと思いました。リフレインも効いていると思います。

 

 

◆今月のワンポイント

「推敲について」

句ができるとほっとしてそのまま出してしまいがちですが、必ず推敲するようにしましょう。
時間がなくても、最低限、漢字や仮名遣いの間違いがないか見直してください。
余裕があれば、「てにをは」を確認したり、語順を入れ替えたり、違う言葉に置き換えたりしてみます。
あまりやりすぎると、結局元の句がよかったということもよくありますが・・・・・・。
何はともあれ、「できた!」と思ったその後、締切間際の5分間がとても大事なのです。
松枝真理子

◆特選句 西村 和子 選

バス停は岬南端春隣
鈴木ひろか
春を先取りしたくて、海へと足を延ばした作者。
バス停が岬の南端にあるという事実を淡々と詠んでいるが、それが「南端」であること、また軽やかな措辞が季語の「春隣」と響き合っている。
岬の先に広がる海の光景も見えてくる。
(松枝真理子)

 

園庭の子等皆薄着梅ふふむ
飯田静
通りかかった園庭をのぞくと、元気に子どもたちが遊んでいる。
その動きをなんとなく目で追っていると、存外薄着なのに気付いた。
ふと見ると、園庭の隅の梅がふくらんで開花間近である。子どもの方が大人よりも早く春を感じているのだ。
「梅ふふむ」とこれから成長する子ども達がリンクしていて、希望に満ちた明るい句である。
(松枝真理子)

 

三日月のいよよとんがり冴返る
藤江すみ江
春の月は「朧月」いう季語もあるように、かすんで見えることも多い。
だがそれと違い、この夜の三日月はますます尖ってみえた。それは寒の戻りで空気が澄み切っていたからでもあるし、作者の心象風景でもあろう。
「冴返る」の季語がよく効いている。
(松枝真理子)

 

城壁の石組固く梅白し
板垣もと子
作者の住んでいる町の城を詠んだ句と想像した。
城壁の石組みをまじまじと見て、その技術に圧倒されるばかりでなく、城が作られた時代にまで思いを馳せる作者。
「梅白し」からは、武士の凛とした立ち姿が思い浮かび、先人達の思いや覚悟までも伝わってくる。
(松枝真理子)

 

薔薇の芽の赤ぽつちりとみつちりと
小野雅子
句の前半と後半、それぞれに表現の工夫が見られる句である。
まず、「赤き薔薇の芽」ではなく、「薔薇の芽の赤」としたところに工夫がある。
これによって焦点が絞られ、読み手にはくっきりと薔薇の芽の赤みが見えてくる。
また、「ぽつちりと」「みつちりと」と促音を含んだリフレインが、薔薇の芽の様子を的確に表している。
(松枝真理子)

 

浮かびてはまた一句消ゆ風邪の床
田中優美子
風邪といっても程度は様々だが、作者の風邪はかなりひどかったようだ。
床に臥していると、いろいろな思いが巡る。俳句がふっと浮かぶ場合もあるが、書き留めておくほどの気力はない。うとうとしている間に消えてしまい……ということが何度か繰り返される。そして後から思いだそうとしても思い出せず、「惜しかった!名句だったかもしれないのに!」と思うのだ。
俳句を作る人なら誰もが共感する句である。
(松枝真理子)

 

リボン縦結びやバレンタインデー
森山栄子
小学校高学年、もしくは中学生くらいの子が、手作りのチョコレートを作ったのだろう。
なれない手つきでラッピングすると、どうしてもリボンが縦結びになってしまうのだが、母親から見るとなんとも微笑ましい。
季語以外の記述が「リボン縦結びや」だけであるにもかかわらず、光景がよく見えてくる。
省略のよく効いた句である。
(松枝真理子)

 

一水の光を返し猫柳
緒方恵美

 

自画像のあご尖りたる余寒かな
梅田実代

 

見送りの声の伸びやか春の朝
鏡味味千代

 

雪煙より現るる対向車
山内雪

 

梅散るや雨の香のこる散策路
岡崎昭彦

 

 

 

◆入選句 西村 和子 選

水草生ふきららきららと水光り
松井伸子

春雪の寺に幽閉されしかに
巫依子

春の夜の下りホームに別れけり
鎌田由布子

春の月遠きものほど美しき
田中優美子

春立つや登校の子等背筋伸び
穐吉洋子
(春立つや登校子等の背筋伸び)

剥落の不動明王節分会
千明朋代

大雪の道をなんとか車椅子
深澤範子

途中から襟立て歩く余寒かな
鈴木ひろか

売り声の行つたり来たり焼き芋屋
長坂宏美
(焼き芋を売る声の行つたり来たり)

長安にむかし仙人春惜しむ
松井伸子
(惜春やむかし仙人長安に)

揉み合うて野焼の火と火風と風
牛島あき

春の昼みんな帰つてしまひけり
山田紳介
(春昼やみんな帰つてしまひけり)

参拝を終へて見上ぐる冬夕焼
千明朋代

引綿のやうに夕雲春浅し
森山栄子

春の雨結論すこし先延ばし
長谷川一枝

立春大吉買物カート満載に
若狭いま子

無人駅乗客もなく春の月
鏡味味千代

山焼の熱気思はず退りけり
木邑杏
(山焼や熱気思はず退りけり)

うつつなき母枕辺の雛あられ
奥田眞二

山小屋の王者の如く暖炉燃ゆ
深澤範子

梅が香やちちはは元気なりし頃
小野雅子
(梅が香やちちはは元気だつた頃)

早春の人まばらなる珈琲店
岡崎昭彦
(早春や声まばらなる珈琲店)

かの銀杏ひこばえ育つ実朝忌
奥田眞二

雪の夜の底に集配所の灯る
梅田実代

春ショール物産展の人波へ
田中優美子

客を待つ庭整へて雛の家
水田和代
(客を待つ庭整ひて雛の家)

寒晴れや大東京の果ていづこ
山内雪
(寒晴れや大東京の果てはどこ)

金縷梅の小声なれども陽気なり
小山良枝

急ぎ来る白鳥羽を怒らせて
宮内百花

風の音止みて風花とぎれけり
三好康夫

家鳴りの大きくひとつ冴返る
田中優美子

介護士の手のひら赤し寒戻る
松井洋子
(介護士の赤き手のひら寒戻る)

地図に無き径に迷へば茨の芽
松井洋子

黙々と飯平らげし受験生
鏡味味千代
(黙々と飯平らげる受験生)

ふらここを押す手の小さくこそばゆく
松井伸子
(ふらここを押す手ちひさくこそばゆく)

鏡面の輝き放ち薄氷
鎌田由布子

春寒し郵便受けのひんやりと
若狭いま子

お手植ゑの梅の蕾のひとならび
飯田静

凍返るたびに菜畑の色深め
松井洋子

雪解けて足跡のまづ透けにけり
鏡味味千代
(雪解けに足跡のまづ透けにけり)

教室にひとり残りて春の昼
山田紳介

青竹の茶杓の軽き初点前
千明朋代

冴返るこの頃増えし独り言
穐吉洋子
(冴返るこの頃増えぬ独り言)

幼子の尻もちとんと春の土
鈴木ひろか

春寒し石階降りるピンヒール
飯田静
(春寒し階降りるピンヒール)

囀や半熟玉子流れ出し
小山良枝

紅梅の遠目にほのとうちけぶり
荒木百合子

海からの風の和らぎ春めきぬ
鎌田由布子

室の花油彩の赤を使ひ切り
辻敦丸

自転車の轍重なる春の土
飯田静

盛り塩のやうに残れる春の雪
松井伸子

猫柳ふふむと見せてなほ固し
小松有為子

囀に呼び止められし大欅
飯田静

はためきてシーツ光れり春一番
松井洋子

仰ぎても青空ばかり初雲雀
長谷川一枝
(見上げても青空ばかり初雲雀)

子の点てし茶のまろやかに春隣
鈴木紫峰人

 

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選

恐竜の胃石のまろし春眠し 百花
ランドセル春の陽光跳ね返し 由布子
揉み合うて野焼の火と火風と風 あき
濃紅梅小さく咲きて香の深し 洋子
☆雪解けて足跡のまづ透けにけり 味千代
言われてみれば確かにそうですね。人か動物か分かりませんが、生き物の体温や息づきが足跡に宿っているようです。春の訪れを感じさせてくれる作品でした。


■飯田 静 選

時の気に匂ひ失せたる水仙花 依子
素通りや雪掻いて待つ郵便車
かの銀杏ひこばえ育つ実朝忌 眞二
梅ふふむ子等の手作り樹木札 ひろか
☆幼子の尻もちとんと春の土 ひろか
歩き始めたばかりなのでしょう。嬉しそうに歩いているうちについた尻もちを春の土が優しく受け止めてくれました。秋でも冬でも夏でもこの句は成り立たないとおもいました。

 

■鏡味味千代 選

伊豆の山遥けく望む実朝忌 眞二
蕗味噌を舐めつ疎開の話なぞ 眞二
春の月遠きものほど美しき 優美子
蒲生野の雪深々と石佛 敦丸
☆待春と題の出てより春親し 栄子
春の季語を意識し出すと、急に身の回りにこんなにも春が溢れていることに気づきます。他の季節と比べて、春は殊にそれを感じます。

 

■千明朋代 選

独活きざむ刃先指先渋きかな 田鶴
北天にデネブ輝き冬終る 真徳
つくばひに水琴窟に春兆す 栄子
子の灯す蝋燭ほのと雪あかり 紫峰人
☆鳥帰る柩にそっと比良の地図 百合子
亡くなった人の魂が、鳥と一緒に行く光景が描かれていると思いました。

 

■辻 敦丸 選

囀は田の神様の露払ひ 康仁
仰ぎても青空ばかり初雲雀 一枝
仏の座ながめ終はりて耕せり 実代
自転車の轍重なる春の土 飯田静
☆幼子の尻もちとんと春の土 ひろか
凍解けの土草が萌えはじめた春の喜びが生き生きと感じられる。

 

■三好康夫 選

自画像のあご尖りたる余寒かな 実代
天井に日の斑遊ばせ春炬燵 恵美
朝市の若布一盛り家苞に いま子
裸木の神経のごと枝の張り 亮成
☆素通りや雪掻いて待つ郵便車
残念。待ちましょう。

 

■森山栄子 選

自画像のあご尖りたる余寒かな 実代
カフェに待つ次の上映夕永し 林檎
子羊の余寒の中を生まれ来る チボーしづ香
花八手いつも何かを探しをり 優美子
☆恐竜の胃石のまろし春眠し 百花
恐竜のいた遥かな時間、胃石が形作られるまでの時間、いずれもゆったりとした流れがあり、春眠しというと言う季語と響き合っていると感じました。

 

■小野雅子 選

揉み合うて野焼の火と火風と風 あき
恐竜の胃石のまろし春眠し 百花
待春と題の出てより春親し 栄子
春や春ピザ生地宙に舞ひにけり 眞二
☆うつつなき母の枕辺雛あられ 眞二
お母様は病の床に伏しておられ、ほぼ夢の中にいらっしゃるのでしょうか。ひな祭りですよと伝える優しいお心に胸をうたれました。私も母に付き添いましたが、もっと優しくできなかったかと悔いばかりが残っています。

 

■長谷川一枝 選

冴返るこの頃増えし独り言 穐吉洋子
自転車の轍重なる春の土 飯田静
とれたての菠薐草に日の温み 松井洋子
蜆汁相も変はらぬ箸使ひ ひろか
☆種物屋季節外れのポスターも 良枝
近くに大型店が出来たので、小さな種物屋さんは暇になったのか古いポスターもそのままに。

 

■藤江すみ江 選

蜆汁相も変はらぬ箸使ひ ひろか
一水の光を返し猫柳 恵美
その影を束ねて着地スキージャンプ 栄子
とれたての菠薐草に日の温み 松井洋子
☆凍返るたび菜畑の色深め 松井洋子
ずっと日々 菜畑を眺めている作者  その変化を見逃すことのない作者の眼を感じます。

 

■箱守田鶴 選

うつつなき母の枕辺雛あられ 眞二
天井に日の斑遊ばせ春炬燵 恵美
幼子の尻もちどんと春の土 ひろか
餅花や皺しわの手もみじの手 範子
☆パンジーや笑ひ上戸の老姉妹 いま子
ご姉妹は昔から笑い上戸だったのでしょう。齢をとってもそのまんま。同じことを一緒に笑える仕合せがパンジーのように明るい。

 

■山田紳介 選

ハンカチのKの刺繍や春めける 清子
花八手いつも何かを探しをり 優美子
パンジーや笑ひ上戸の老姉妹 いま子
しゆるしゆると足袋の摺足初茶湯 朋代
☆大試験地下鉄四番出口より もと子
五十年前、東京で受験した時に東京住まいの兄が案内してくれた。前日最寄り駅から大学までの道程を一緒に歩いてくれ、この新宿厚生年金会館を目標にする様に、何回も念を押された。文字通り昨日の事のように覚えている。

 

■松井洋子 選

ランドセル春の陽光跳ね返し 由布子
揉み合うて野焼の火と火風と風 あき
家鳴りの大きくひとつ冴返る 優美子
掌にうつす大地の鼓動たがやせり 実代
☆雪の夜の底に集配所の灯る 実代
雪の夜の底という表現で、雪の深さ、冷たさ、暗さなどが一気に伝わってくる。そこに灯る明かりは、その地に生きる人たちの命のように感じられた。

 

■緒方恵美 選

引綿のやうに夕雲春浅し 栄子
春空や真青つらぬくけやきみち 昭彦
青竹の茶杓の軽き初点前 朋代
室の花油彩の赤を使ひ切り 敦丸
☆冬ざるる檻の中なる喫煙者 穐吉洋子
中七が端的に状況を表している。時代の流れですね… そのやるせなさを季語が代弁している。

 

■田中優美子 選

てのひらを重ねるやうに芽吹きけり 林檎
途切れたる話のすき間囀れる 田鶴
薔薇の芽の赤ぽつちりとみつちりと 雅子
またしても大嘘つかれ大雪よ 範子
☆春の雨結論すこし先延ばし 一枝
やんわりと降る春の雨に、そう結論を急ぐことでもないと思った作者。繊細な心理がうかがえます。

 

■チボーしづ香 選

梅散るや雨の香のこる散策路 昭彦
時の気に匂ひ失せたる水仙花 依子
一水の光を返し猫柳 恵美
春浅し初瀬の川の水速し 康仁
☆椿掃くそのままにとの声あらば 百合子
落ちたばかりの花びらが豪華で美しい椿の花を惜しむ声が印象深い。

 

■黒木康仁 選

人類は宇宙を目指しいぬふぐり 良枝
落語でも聞きに行かうか雪催 有為子
ぬくぬくし布団に籠る日の匂ひ 敦丸
幼子の尻もちとんと春の土 ひろか
☆仰ぎても青空ばかり初雲雀 一枝
初めて雲雀の声を聴いたのでうれしくなって見上げたのですが、そこには青空だけが残っていた。一種の空虚感でしょうか。

 

■矢澤真徳 選

雪解けて足跡のまづ透けにけり 味千代
発願のお百度参り涅槃西風 朋代
揉み合うて野焼の火と火風と風 あき
雪の夜の底に集配所の灯る 実代
☆相席の夫婦の会話しじみ汁 宏実
相席の人の会話は聞こうとしなくても耳に入ってしまうときがあります。少しの泥臭さまで旨味になっているしじみ汁のような夫婦の会話だったのかな、と想像しました。いかにもおいしそうで、実は味が抜けているしじみの身も気にせず箸でつつけるのも夫婦のいいところかな、とも思います(しじみの身など食べない上品なご夫婦だったかもしれませんが)。

 

■奥田眞二 選

冴えかへる小童黙る骨拾ひ 康仁
山小屋の王者の如く暖炉燃ゆ 範子
疫神に朝寝の日々を賜りぬ 依子
雪礫投げし如くに梅咲きぬ もと子
☆ハンカチのKの刺繍や春めける 清子
ハンカチを四つに折り畳んだらKの字の刺繍が表れて出た。 プレゼントされた作者のイニシャルであろうか、はたまたあの時のーーなんて物語を考えてしまう。

 

■中山亮成 選

自転車の轍重なる春の土 飯田静
とれたての菠薐草に日の温み 松井洋子
春ショール物産展の人波へ 優美子
日常といふ名の平和草青む 百花
☆爪立ててすがる子猫の鼓動かな 百合子
情景がうかび、鼓動が効いてます。

 

■髙野新芽 選

海からの風の和らぎ春めきぬ 飯田静
鳥声のひと際空の春めける 雅子
春の月遠きものほど美しき 優美子
雪晴れの木立の影は水墨画 亮成
☆深き傷持ちてものの芽ふくらめり 松井洋子
春の期待と生命力が感じられる素敵な句でした。

 

■巫 依子 選

黙々と飯平らげし受験生 味千代
しゆるしゆると足袋の摺足初茶湯 朋代
相席の夫婦の会話しじみ汁 宏実
雪の夜の底に集配所の灯る 実代
☆雪もよひ木べらに潰すだまの数 実代
今夜は冷え込みそうだからホワイトシチューにしましょう・・・と、市販のルーを使わずに丁寧に作っている感じがいいですね。そうでありながらも、潰すだまの数ひとつひとつに、天候が悪くなっていくことへの鬱屈のようなものも感じられ、心憎いですね。

 

■佐藤清子 選

山小屋の王者の如く暖炉燃ゆ 範子
深き傷持ちてものの芽ふくらめり 松井洋子
春宵のランプ数多に小樽駅 紫峰人
幼子の尻もちとんと春の土 ひろか
☆バス停は岬南端春隣 ひろか
まるでグーグルアースで焦点を合わせて行くように岬の南端にたどり着けました。故郷のバス停なのかもしれません。すっきりと言葉少なところが心地良く感じます。間もなく春が訪れる岬への想いが伝わってきました。

 

■水田和代 選

成人式かつてあの子は利かん坊 範子
浅き春みな福耳の羅漢さま 恵美
亡き父の夢まで見たる風邪の床 優美子
子羊の余寒の中を生まれ来る チボーしづ香
☆途切れたる話のすき間囀れる 田鶴
話が途切れてしんとした時に、鳥が合間を埋めるように囀り、また会話が戻ってきたのでしょう。一瞬がよく書けていると思いました。

 

■梅田実代 選

一水の光を返し猫柳 恵美
子の覗きゐる早春のポストかな 栄子
パンジーや笑ひ上戸の老姉妹 いま子
薔薇の芽の赤ぽつちりとみつちりと 雅子
☆人類は宇宙を目指しいぬふぐり 良枝
道端の小さく可憐な犬ふぐりの青から遠く広大な宇宙への発想の飛躍が見事です。

 

■鎌田由布子 選

落語でも聞きに行かうか雪催 有為子
三日月のいよよとんがり冴返る すみ江
一水の光を返し猫柳 恵美
バス停は岬南端春隣 ひろか
☆城壁の石組固く梅白し もと子
梅の花が咲いているがまだ寒さが残っている感じが石組固くから感じられました。

 

■牛島あき 選

薔薇の芽の赤ぽつちりとみつちりと 雅子
春の夜の下りホームに別れけり 由布子
仰ぎても青空ばかり初雲雀 一枝
声少し落とす予報士冴返る 康夫
☆バス停は岬南端春隣 ひろか
潮の匂いの風や眩しい海光がありありと想像され、「春隣」より相応しい季語があるだろうかと思いました。

 

■荒木百合子 選

海苔舟の帰り来海をしたたらせ 雅子
山小屋の王者の如く暖炉燃ゆ 範子
日矢射して凍雲に穴ひらきけり 栄子
揉み合うて野焼の火と火風と風 あき
☆仰ぎても青空ばかり初雲雀 一枝
子供の頃、畑が沢山あった西賀茂に蓬摘みに連れて貰い、あとの蓬餅作りも楽しみでした。青空に雲雀の声、懐かしいです。

 

■宮内百花 選

ふらここを押す手の小さくこそばゆく 伸子
ひと粒のミモザの花のひかりかな 伸子
鳥帰る柩にそつと比良の地図 百合子
梅ひとつ咲きて記憶の戸を叩く 眞二
☆人類は宇宙を目指しいぬふぐり 良枝
まるで犬ふぐりのように、宇宙から見たら人間は何と小さな存在か。しかし、宇宙を目指すチャレンジ姿勢もまた、踏まれても立ち上がる犬ふぐりのようだ。

 

■鈴木紫峰人 選

幼子の尻もちとんと春の土 ひろか
とれたての菠薐草に日の温み 松井洋子
初蝶の吾を一回りして空へ 良枝
海苔舟の帰り来海をしたたらせ 雅子
☆揉み合うて野焼きの火と火風と風 あき
野焼きの紅蓮の炎が目に浮かぶようです。

 

■吉田林檎 選

バス停は岬南端春隣 ひろか
塩漬けの塩の結晶春浅し 由布子
リボン縦結びやバレンタインデー 栄子
冬ざるる檻の中なる喫煙者 穐吉洋子
☆自画像のあご尖りたる余寒かな 実代
自画像なのに、という点に面白みがあります。自分の横顔の特徴に改めて気づく感じに今さら感があり、春の寒さと響き合います。

 

■小松有為子 選

日脚延ぶ下校のチャイムはや鳴りて 一枝
天井に日の斑遊ばせ春炬燵 恵美
待春と題の出てより春親し 栄子
途切れたる話のすき間囀れる 田鶴
☆新聞のよもや来るとは吹雪の日
悪天候をついて届けて下さる配達員さんに脱帽ですよね。素直に詠まれていて好感です。

 

■岡崎昭彦 選

藁を食む牛よ羊よ春日和 チボーしづ香
マニキュアの赤を手に取り春隣 由布子
仏の座ながめ終はりて耕せり 実代
古書店に出会ひありけり蝶の春 林檎
☆雪解けて足跡のまづ透けにけり 味千代
春の雪は薄っすらと積もり、足跡を薄く残す。

 

■山内雪 選

フィアンセの話となりぬ春帽子 紳介
カフェに待つ次の上映夕永し 林檎
ふとん屋の盆梅ふふむアーケード 栄子
種物屋季節外れのポスターも 良枝
☆掌にうつす大地の鼓動たがやせり 実代
大げさな表現のようでついつい肯いてしまった。

 

■穐吉洋子 選

山小屋の王者の如く暖炉燃ゆ 範子
室の花油彩の赤を使ひ切り 敦丸
人類は宇宙を目指しいぬふぐり 良枝
立春や子の声弾むまあだだよ 飯田静
☆朝日昇るごと稜線の野焼きかな
朝日が昇るにつれ稜線が照らされていく様子を野焼きに見たてみごと。

 

■若狭いま子 選

日常といふ名の平和草青む 百花
幼子の尻もちとんと春の土 ひろか
黙々と飯平らげし受験生 味千代
県境は地図上のこと蕗の薹 あき
☆春眠に天寿全うしたりけり あき
老いの身なれば、あやかりたい最期です。

 

■松井伸子 選

うつつなき母枕辺の雛あられ 眞二
春北風や電話の中の風の音 一枝
山小屋の王者の如く暖炉燃ゆ 範子
海苔舟の帰り来海をしたたらせ 雅子
☆藁を食む牛よ羊よ春日和 チボーしづ香
「牛よ羊よ」の表現に温かいまなざしを感じました。当たり前が当たり前として輝く世の中でありますように。

 

■長坂宏実 選

マニキュアの赤を手に取り春隣 由布子
寝不足の目には眩しき春日かな 味千代
古書店に出会ひありけり蝶の春 林檎
藁を食む牛よ羊よ春日和 チボーしづ香
☆浮かびてはまた一句消ゆ風邪の床 優美子
風邪で寝込んでいる時、何か考えようとしてもまともにいかない様子が伝わってきました。

 

■木邑杏 選

吹かれたる芽柳に頬さすらるる いま子
浅春のツェルニーの指もつれたる 実代
一水の光を返し猫柳 恵美
山小屋の王者の如く暖炉燃ゆ 範子
☆春風に野生を乗せて馬頭琴 伸子
モンゴルの大草原を馬頭琴になった野生の馬が春風の中を駆け抜けていく。

 

■鈴木ひろか 選

子羊の余寒の中を生まれ来る チボーしづ香
雪煙より現るる対向車
花八手いつも何かを探しをり 優美子
今朝散りし山茶花跨ぐ赤き靴 真徳
☆介護士の手のひら赤し寒戻る 松井洋子
冷たい水で洗う事も多いと思われる介護士の働く手が見えるようです。

 

 

 

◆今月のワンポイント

「多読のすすめ」

多作多捨はみなさん実行なさっていると思うのですが、なかなか手が回らないのが多読です。

多読と言っても、何から読めばいいのかわからない方もいらっしゃるかもしれません。

まずは、西村和子先生や行方克巳先生の句集、そして好きな俳人がいればその人の句集を読むのがよいと思います。幅広く名句に触れたいのであれば、両先生の共著『名句鑑賞読本』がおすすめです。

優れた句を読んでいると、言葉の使い方や表現方法の工夫に気づきます。それが自らの栄養となり、今後の句作に大いに役立つことでしょう。

松枝真理子

◆特選句 西村 和子 選

席題の出て静かなり置炬燵
森山栄子
今までにぎやかにおしゃべりをしていたメンバーが、席題が出された途端に句作モードに入ったのである。
置炬燵で句会をするのであるから、気の置けない仲間であり、しかも少人数だということもわかる。また、部屋の様子も想像できる。
炬燵のぬくもりと相まって、ほのぼのとした感じも出ている。
(松枝真理子)

 

冬帽子ともに戦ひともに老い
山田紳介
品のよい中折れ帽をかぶっている作者を想像した。
人生の苦楽を共にしてきたという思いがあるのだろう。
それが「ともに戦ひ」「ともに老い」と、リフレインを効果的に使った表現に結びついた。
また、「冬帽子」に人生の味わいも感じられる。これが「夏帽子」では、このような感慨は伝わってこないだろう。
(松枝真理子)

 

元朝の風を待つなり大漁旗
梅田実代
穏やかな元日の朝。漁港に停泊している漁船には、豊漁と安全祈願のための大漁旗と日の丸がそれぞれ掲げられている。
大漁旗が大きくなびくのを見たくて、風を待っている作者。
それは、これからはじまる一年への希望のようにも感じられる。
(松枝真理子)

 

成人式娘はビジネススーツ着て
小野雅子
新成人の女性は成人式に振袖で出席するのが当然のような風潮があるが、世の中にはそのような女性ばかりではない。
とはいえ、成人式にビジネススーツを着ていくのはかなりの勇気がいることであろう。それくらいなら出席しないという選択もできる。だが、あえて出席するところに彼女の矜持が感じられる。そして、作者もそんな娘を誇らしく見守っているのだ。
(松枝真理子)

 

自販機が音産み落とす霜夜かな
牛島あき
しんしんと冷える夜、あたたかい飲み物を買おうとした作者。
「ことん」と出てきたその音が、まるで産み落とされたように思え、それを素直に表現した句である。
夜の自販機は明々と光りを放ち、その辺りはどこか異次元めいているが、この句にもなんとも言えない不思議な空気感が漂っている。
(松枝真理子)

 

吹きながら七草粥に温まる
若狭いま子
粥を食べて温まるのではなく、吹きながら温まるという表現が斬新である。
ふうふうと粥を吹く作者の顔を湯気が撫でる様子が思い浮かび、読み手まで湯気に包まれて温かくなってくるような気がしてくる。
また、七草粥であることから、年末年始の忙しさから解放され、作者が自らを労っている様子も見えてくる。
(松枝真理子)

 

紙垂煽りなほうねり立つどんどの火
松井洋子
どんど焼きを見物している作者。一瞬吹いた風により炎が紙垂に燃え移った様子を「紙垂煽り」と省略を効かせ、それによって炎の勢いが増した様を「うねり立つ」とした。
観察の眼が効いて、かつ表現巧みな句である。
(松枝真理子)

 

父の手をいつ離せしか枯野道
梅田実代

 

一湾に潮満ち来たる淑気かな
緒方恵美

 

薪ストーブ囲みて森の朗読会
千明朋代

 

寒梅を生けてマスターもの静か
水田和代
(寒梅を生けてマスター物静か)

 

公園の機関車無音冬ざるる
森山栄子

 

 

◆入選句 西村 和子 選

犬だけの写真となりぬ年賀状
梅田実代

男らの料理はおしやれ牡蠣ごはん
松井伸子

黒豆に草石蚕の赤負けてゐず
佐藤清子

渡良瀬の白きさざ波初景色
千明朋代

出初式埠頭隅々まで使ひ
小山良枝

初詣わづか二段を支へられ
若狭いま子

侘助の昨日の白を掃きにけり
水田和代

くもり無き玻璃真四角の初明り
松井洋子

着ぶくれの上に福顔揺れてをり
鏡味味千代

短日のヘッドライトに目を射られ
中山亮成

歳晩や時報に合はす腕時計
長谷川一枝

今年こそ明窓浄机初仕事
千明朋代

樂局のごとし霰の散る跳ねる
荒木百合子

処置室へ見送りてより初時雨
黒木康仁
(処置室へ見送りてふと初時雨)

洗ひ立て作業着昆布のごとく凍て
山内雪
(洗ひ立ての作業着昆布のごとく凍て)

たをやかに稜線白し初浅間
岡崎昭彦
(たをやかに稜線白く初浅間)

屠蘇を酌む夫の座に夫居らざるも
穐吉洋子
(夫の座に夫居らざるも屠蘇を酌む)

寒四郎竹林の青冴えにけり
中山亮成
(寒四郎竹林の青冴え冴えし)

出で立ちは忍者の如し秋の旅
深澤範子
(出で立ちは忍者の如く秋の旅)

対岸の都心の明かり去年今年
鎌田由布子

蠟燭の炎おほきく春隣
小山良枝

初暦表紙を颯と取り去りし
三好康夫
(表紙颯と引き取り去りし初暦)

臘梅や三時過ぎれば日の翳り
小山良枝

伏流水あまたを孕み山眠る
牛島あき
(伏流のあまたを孕み山眠る)

初挽きのこけし雪みる眼をもらひ
緒方恵美

只ならず文字の乱れし賀状かな
荒木百合子

三条の珈琲店に春着の娘
板垣もと子
(三条の珈琲店に晴着の娘)

薬包紙もて風邪の子に折りし鶴
長谷川一枝
(風邪の子にくすり紙もて折りし鶴)

玄関に猫が出てきて御慶かな
山内雪

風花や海見はるかす丘に立ち
鈴木紫峰人
(風花の海見はるかす丘に立つ)

初時雨待合室の大時計
黒木康仁

冬夕焼背負ひ部活の子ら帰る
松井洋子

異教徒の吾も紛れて聖夜弥撒
若狭いま子

少し開く障子の奥の寿老人
鈴木ひろか

遺骨のみ残されし家凍てにけり
巫依子

暗闇に火を焚く匂ひ年立ちぬ
巫依子

お隣の雪掻く音に目覚めけり
山田紳介
(お隣の雪掻く音で目覚めけり)

豪州へ書き込む吾子の初暦
松井洋子
(豪州へと書き込む吾子の初暦)

寒稽古琵琶湖に拳打ちつけて
吉田林檎

久々の寒紅薄く誕生日
飯田静

極月や亡き人に似し喪主の声
板垣もと子

雨音の乾いてゐたり朴落葉
小山良枝

石段のしたたか濡れて落椿
小山良枝
(落椿石段したたかに濡れて)

機上より初富士の裾ひろびろと
森山栄子

面高のベールに透けて聖夜弥撒
若狭いま子
(面高の顔ベールに透けて聖夜弥撒)

ひざまづき冬の牡丹を目の高さ
緒方恵美

対岸のビル黒々と初日影
若狭いま子

初場所や行司の威厳ことさらに
箱守田鶴

表札を息子に変へて年新た
穐吉洋子

枯蔦や煉瓦煤けし港町
森山栄子

探梅や登りつめたる湖明り
牛島あき
(探梅の登りつめたる湖明り)

枯芝のやはらかく子を受け止めて
小山良枝

福寿草つぶやけば幸来るやうな
小野雅子

 

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選

洗ひ立て作業着昆布のごとく凍て
とんど焼注連燃え尽きて崩れざる 伸子
自販機が音産み落とす霜夜かな あき
越してきし扉に小さき注連飾り
☆つがひ鴨一つの眠り分け合へる 百合子
静かに寄り添って眠っている様子が微笑ましいですね。また、眠りとは形の無いものですが、それを分け合っているという発想がユニークでした。

 

■飯田 静 選

読初や厨に椅子を持ち込んで 栄子
表札を息子に変へて年新た 穐吉洋子
今年こそ明窓浄机初仕事 朋代
薪ストーブ囲みて森の朗読会 朋代
☆歳晩や時報に合はす腕時計 一枝
最近は腕時計を着用する人は少なくなってきているようですが昔ながらの腕時計を愛用している作者は大晦日の12時の時報に合わせて新年を迎えることが習慣なのでしょう。

 

■鏡味味千代 選

岬行きバスはガラガラ春を待つ ひろか
青空を仰ぎてよりの初詣 林檎
幼子と呼べる日わずか去年今年 百花
枝打ちの切口あらは寒の入
☆元朝の風を待つなり大漁旗 実代
前向きで景気の良い句だな、と思いいただきました。風がないから待つのではなく、必ず大きく旗を揺らす風が来るのを信じていることが元朝というおめでたい言葉で察せられます。そして空は青。今年は良い年になるように、という祈りも聞こえます。

 

■千明朋代 選

樂曲のごとし霰の散る跳ねる 百合子
カフェオレの程よき甘さ温かさ 田鶴
仰け反れば拍手喝采獅子頭 味千代
寒梅の白き花びら白き黙 清子
☆帰京の子寒オリオンを越えゆきぬ 松井洋子
帰京の子を送る寂しさと幸あれと祈る気持ちをを、このようにメルヘンチックに表現しているのに驚きました。

 

■辻 敦丸 選

毛糸編む巷の噂持ち寄って 田鶴
母は子の目線にしゃがむ寒牡丹 眞二
枝打ちの切口あらは寒の入
凩や転居通知をポストまで
☆寒稽古琵琶湖に拳打ちつけて 林檎
空手の寒稽古でしょうね。雪を被った比良の山脈を望遠。情景が良く現れている。

 

■三好康夫 選

寒晴やいちばん遠く富士を置く 恵美
襖絵の虎が振り向く冬座敷 あき
出初式埠頭隅々まで使ひ 良枝
夕飯の用意にゆとり日脚伸ぶ 田鶴
☆送信を押して仕事を納めたり 味千代
このような仕事納めもこれから増えるのでしょうね。

 

■森山栄子 選

雪解けていつもの街に戻りけり 紳介
枝打ちの切口あらは寒の入
山の湯のともしび分かつ軒つらら 眞二
自販機が音産み落とす霜夜かな あき
☆対岸の都心の明かり去年今年 由布子
対岸より臨む都心の灯。キリリとした空気の中、その瞬きはまるで息遣いのように感じられたのではないでしょうか。明かりの与えてくれる安心感や人々の営みへの祈りといった感慨が伝わってきます。

 

■小野雅子 選

渓谷の木橋石橋寒の水
侘助の昨日の白を掃きにけり 和代
父の手をいつ離せしか枯野道 実代
元朝の風を待つなり大漁旗 実代
☆風に乗るトドの咆哮冬怒涛 紫峰人
北国の厳しい寒さ。色彩を失った猛吹雪の中、トドの咆哮が聞こえます。慟哭しているのは自分かもしれない。

 

■長谷川一枝 選

初点前帯に袱紗の下ろし立て ひろか
克己の矢番ふ手凛々し初射会 優美子
薪ストーブ囲みて森の朗読会 朋代
初詣わづか二段を支へられ いま子
☆初売や赤き法被に糊効かせ ひろか
初売りに賭ける商人の心意気が糊効かせに表現されていると思いました。

 

■藤江すみ江 選

お隣の雪掻く音に目覚めけり 紳介
一湾に潮満ち来たる淑気かな 恵美
筆談といふ会話あり冬萌ゆる 良枝
鳶の腹赤く染めあげ冬夕焼 松井洋子
☆自販機が音産み落とす霜夜かな あき
「音産み落とす」という表現がいかにも自販機のあの音であり しかも静かで寒い霜夜 良い句だと思いました。

 

■箱守田鶴 選

ぼろ市の路に食み出る盆栽屋 亮成
とんど焼注連燃え尽きて崩れざる 伸子
待春や炒りたての豆香を放ち 和代
送信を押して仕事を納めたり 味千代
母癒えて春菊の根の土払ふ もと子
春菊の種を撒いてからお母さんは体調をくずされた。暫く臥せっておられたが 元気になって春菊の収穫をされている。その様子が17文字にぎっしり、そして 土を払うというこまかい描写に喜びがあふれています。

 

■深澤範子 選

送信を押して仕事を納めたり 味千代
箸枕ふたつとなりて四日かな 昭彦
つがひ鴨一つの眠り分け合へる 百合子
元日を身内の声を聴かぬまま 依子
☆探梅や今日も句帳の白きまま 一枝
句作に苦戦している様子が良く表れています。今の自分と重なるので頂きました。

 

■山田紳介 選

初乗や誰がどつちのどこに乗る 実代
辛いことばかりでもなく冬紅葉 優美子
幾度も捨てむとしたる冬帽子 一枝
数の子を齧つて祖父の齢越ゆ 真徳
☆読初や厨に椅子を持ち込んで 栄子
ちょっとした空き時間、軽い気持ちで読み始めたのに、知らない間にドップリとその世界へ入り込んでしまう。

 

■松井洋子 選

自販機が音産み落とす霜夜かな あき
送信を押して仕事を納めたり 味千代
雨音の乾いてゐたり朴落葉 良枝
母癒えて春菊の根の土払ふ もと子
☆初挽きのこけし雪みる眼をもらひ 恵美
面相筆で描いた一筋のこけしの眼。それは雪を見るためという。詠み手の優しい心持ちが伝わる。

 

■緒方恵美 選

左手を伏せし弥勒に寒椿 康仁
雪の夜の雲綻びて星一つ 敦丸
つがひ鴨一つの眠り分け合へる 百合子
侘助の昨日の白を掃きにけり 和代
☆山の湯のともしび分かつ軒つらら 眞二
一読して、山奥の鄙びた湯の光景が浮かぶ。季語の斡旋が巧みだ。

 

■田中優美子 選

溢れくる想ひに湿り白マスク 雅子
取札の傷もゆかしや歌がるた 眞二
まづ子らの誕生日書き初暦 松井洋子
延命はせじと決めたり花八手 いま子
☆四枚目で笑顔がそろう初写真 昭彦
マスク生活の今、「笑顔がそろう」瞬間は殊更特別に思えます。口々に「目をつぶっちゃった」「逆光になってない?」など言い合って撮り直している状況も浮かび、心が温まるなあと思いました。

 

■チボーしづ香 選

一瞬の静寂ののち時雨かな 真徳
初海苔や箱にぎつしり黒光り ひろか
娘らは吉と大吉初もうで 昭彦
大いなる闇に消ゆるや夜の雪 紳介
☆送信を押して仕事を納めたり 味千代
今風な仕事納めを軽快に表現しているのが良い。

 

■黒木康仁 選

犬だけの写真となりぬ年賀状 実代
風の音や三日の夜の一人酒 昭彦
独楽紐をきつちり巻いて勝負顔 伸子
寒暁の箒星めく機影かな
☆虎落笛神代以来の節奏づ 康夫
虎落笛のなんとも悲しき寂しさはそういえば神代からずっと続いてきたんですね。神代に惹かれました。

 

■矢澤真徳 選

エレベーター聖菓片手に若き父 穐吉洋子
樂曲のごとし霰の散る跳ねる 百合子
雪解けていつもの街に戻りけり 紳介
凩や転居通知をポストまで
☆自販機が音産み落とす霜夜かな あき
静かな冬の夜、遠くに自販機の音を聞いている。きっと飲み物かなにかを売っている自販機なのだが、あの独特の音を何度も聞いているうちにそこから物の形は消えて、音だけがイメージとして残る。そうか、自販機は音を産み落としているんだ、と本当にそう作者には思えたのだろう。

 

■奥田眞二 選

極月や亡き人に似し喪主の声 もと子
送信を押して仕事を納めたり 味千代
読初や厨に椅子を持ち込んで 栄子
筆談といふ会話あり冬萌ゆる 良枝
☆初夢に携帯履歴魑魅魍魎 康仁
この句拝読してついほほが緩みました。取り合わせの初夢がなんとも言えません。このような諧謔の句私は好きですし、作って見たいものです。

 

■中山亮成 選

しまひ湯に脚揉みほぐす寒の入 いま子
ひざに来し泣初の子の髪にほふ 実代
襖絵の虎が振り向く冬座敷 あき
息災と一句添へられ年賀状 由布子
☆薪ストーブ囲みて森の朗読会 朋代
静謐な空間が感じられ、ポエジーがあります。

 

■髙野新芽 選

渡良瀬の白きさざ波初景色 朋代
暗闇に火を焚く匂ひ年立ちぬ 依子
初雪の化粧砂ほど鉢植ゑに 一枝
ひざまづき冬の牡丹を目の高さ 恵美
☆地吹雪の祝津の浜や色失せて 紫峰人
吹雪の荒々しさと浜の寂しさを両方感じる素敵な句でした。

 

■巫 依子 選

成人式娘はビジネススーツ着て 雅子
丁寧にベシャメルソース煮る四日 松井洋子
先行きのこと思ひ出す四日かな 優美子
自販機が音産み落とす霜夜かな あき
☆初挽きのこけし雪みる眼をもらひ 恵美
職人さんが、今年最初にこけしに眼を描き入れる瞬間。そのこけしが、雪をみる眼を貰うとは、なんとも素敵な表現。

 

■佐藤清子 選

また毛糸編んでみたいと思ふ日々 田鶴
延命はせじと決めたり花八手 いま子
早梅に薄綿ほどの日差かな 良枝
独楽紐をきつちり巻いて勝負顔 伸子
☆伏流水あまたを孕み山眠る あき
山は眠っていると言いながらも生きている。伏流が豊かに流れていて、水音まで聞こえてくるようです。まもなく春がくると約束してくれているようで好きです。

 

■水田和代 選

取り込みし干し菜ひと束日の匂 雅子
諦めたいときもあるよね蜜柑剥く 優美子
あやしげにそらんじてをり手毬唄 伸子
衣擦れの音も賑やか初仕事 味千代
☆盛んなる湯気割り餅を搗きにけり 味千代
大勢でした餅つきが懐かしいです。湯気を割って搗くという措辞がとてもいいと思いました。

 

■梅田実代 選

侘助の昨日の白を掃きにけり 和代
伏流水あまたを孕み山眠る あき
雨音の乾いてゐたり朴落葉 良枝
つがひ鴨一つの眠り分け合へる 百合子
☆青空を仰ぎてよりの初詣 林檎
新年らしく晴々とした句だと思いました。よい一年になりそう。

 

■鎌田由布子 選

着ぶくれて鏡の中の小顔かな 一枝
前掛に探る釣銭悴める 栄子
一湾に潮満ち来たる淑気かな 恵美
冬の夜や鼓動のごとき古時計 昭彦
☆襖絵の虎が振り向く冬座敷 あき
京都のお寺で見た襖絵を思い出しました。

 

■牛島あき 選

雨音の乾いてゐたり朴落葉 良枝
つがひ鴨一つの眠り分け合へる 百合子
母は子の目線にしゃがむ寒牡丹 眞二
寒稽古琵琶湖に拳打ちつけて 林檎
☆初挽きのこけし雪みる眼をもらひ 恵美
新年初のこけし作り。眼を描いてもらったこけしは雪を見る!何てロマンチックなんでしょう。背景の風土にも想像をかきたてられました。

 

■荒木百合子 選

たおやかに稜線白し初浅間 昭彦
食積や黒豆母に褒めてほし もと子
今年こそ明窓浄机初仕事 朋代
丁寧にベシャメルソース煮る四日 松井洋子
☆成人式娘はビジネススーツ着て 雅子
ビジネススーツとは頼もしい。大昔の私の時は高校山岳部の山小屋へ友人と行き、お酒をお猪口一杯飲んで帰ってきました。この句で懐かしく思い出しました。

 

■宮内百花 選

つがひ鴨一つの眠り分け合へる 百合子
くもり無き玻璃真四角の初明り 松井洋子
鳶の腹赤く染めあげ冬夕焼 松井洋子
干し笊の影みつしりと春隣 実代
☆独楽紐をきつちり巻いて勝負顔 伸子
上五中七で、独楽に丹念に紐を巻き付ける指がクローズアップされ、その後一転、下五では、真剣な表情で独楽を構える子どもの姿がありありと脳裏に浮かぶ。緊張感があり、情景が良く思い浮かぶ一句。

 

■鈴木紫峰人 選

前掛に探る釣銭悴める 栄子
喜寿の夜やホットワインを傾けて 朋代
取り込みし干し菜ひと束日の匂 雅子
初射会おのれの弱さしかと射ん 優美子
☆帰京の子寒オリオンを越えゆきぬ 松井洋子
子どもの成長を見守り祈る親の心が伝わります。

 

■吉田林檎 選

衣擦れの音も賑やか初仕事 味千代
出初式埠頭隅々まで使ひ 良枝
前掛に探る釣銭悴める 栄子
一湾に潮満ち来たる淑気かな 恵美
☆寒紅をさしていちにち籠りたる 一枝
誰に見せるでもない寒紅。一人暮らしの女性を思いました。人に見せなくてもシャキッとした暮らしぶりが表れています。

 

■小松有為子 選

元朝の風を待つなり大漁旗 実代
今年こそと決めたることをもう忘れ 一枝
あやしげにそらんじてをり手毬唄 伸子
独楽紐をきつちり巻いて勝負顔 伸子
☆出初式埠頭隅々まで使ひ 良枝
華やかさと緊張感の中の出初式がより大きく詠まれていますね。

 

■岡崎昭彦 選

寒風やひっそり長し渡月橋 百合子
つがひ鴨一つの眠り分け合へる 百合子
着ぶくれて鏡の中の小顔かな 一枝
山の湯のともしび分かつ軒つらら 眞二
☆送信を押して仕事を納めたり 味千代
仕事納めの日、他の社員は年末の挨拶を交わして帰宅した後、一人残って最後の仕事を終え、さあやっと正月休みだという解放感に浸った瞬間。

 

■山内雪 選

寒稽古琵琶湖に拳打ちつけて 林檎
冬帽子ともに戦ひともに老い 紳介
雪解けていつもの街に戻りけり 紳介
賞状のごとく運べよ鍋焼は 実代
☆虎落笛神代以来の節奏づ 康夫
虎落笛は神代の頃から変わらず鳴っていると思うと、深く静かな感動がわいてきた。

 

■穐吉洋子 選

自販機が音産み落とす霜夜かな あき
成人式娘はビジネススーツ着て 雅子
幼子と呼べる日わずか去年今年 百花
初海苔や箱にぎつしり黒光り ひろか
☆水源の落葉村人浚ひをり いま子
落ち葉で水源が詰まってしまったら飲み水は勿論の事、田畑にも水が行かなくなってしまう、村人の命の水源が上手く流れる様に、落葉浚いは大事である。

 

■板垣もと子 選

自販機が音産み落とす霜夜かな あき
ぼろ市の路に食み出る盆栽屋 亮成
早梅に薄綿ほどの日差かな 良枝
樂曲のごとし霰の散る跳ねる 百合子
☆幾度も捨てむとしたる冬帽子 一枝
冬帽子と作者のこれまでを思う。捨てたいという気持ちと捨てたくないという気持ちを何回も起こさせる冬帽子。作者の半生の冬を共に過ごし、言葉が喋れたら一杯話してくれそうな冬帽子の句と思った。何歳ぐらいの方の句だろう。

 

■若狭いま子 選

襖絵の虎が振り向く冬座敷 あき
玄関の小さな靴の御慶かな 穐吉洋子
取札の傷もゆかしや歌がるた 眞二
夕飯の用意にゆとり日脚伸ぶ 田鶴
☆蟹食ふや段々なりふり構はずに 紳介
蟹好きは、蟹を食べ始めると会話もとぎれ、甲羅から身を取り出すなど食べることに熱中してゆく様子がよく表現されています

 

■松井伸子 選

幾つもの病名抱へ年歩む 穐吉洋子
玄関に猫が出てきて御慶かな
冬帽子ともに戦ひともに老い 紳介
初売や赤き法被に糊効かせ ひろか
☆頑張れといふ呪ひ解く初湯かな 優美子
気持ちよい句。新しい年を伸びやかに自分らしく生きたいものです。

 

■長坂宏実 選

老いし手を通しやりけりちゃんちゃんこ
幾度も捨てむとしたる冬帽子 一枝
初乗や誰がどつちのどこに乗る 実代
四枚目で笑顔がそろう初写真 昭彦
☆冬の夜や鼓動のごとき古時計 昭彦
いまはなき祖母父の家で聴いた古時計の音をおもいだしました。静かな冬の夜は少し怖く感じたものでした。

 

■木邑杏 選

取り込みし干し菜ひと束日の匂 雅子
元朝の風を待つなり大漁旗 実代
侘助の昨日の白を掃きにけり 和代
白足袋のこはぜ四枚の緊張感 田鶴
☆日の光迎へ入るるや寒牡丹 眞二
藁囲いを透かして差し込む柔らかな光、その光を寒牡丹の花びらが迎え入れている。

 

■鈴木ひろか 選

越してきし扉に小さき注連飾り
玄関に猫が出てきて御慶かな
ひざに来し泣初の子の髪にほふ 実代
青空を仰ぎてよりの初詣 林檎
☆独楽紐をきつちり巻いて勝負顔 伸子
紐を巻いているうちに徐々に気持ちが高ぶってくる様子がよくわかります。

 

 

 

◆今月のワンポイント

「切れを大切に」

感動を表現したり、言いたいことを際立たせたり、余韻を持たせたり、調べを整えたりと「切れ」の効果はいくつか挙げることができます。

「や」「かな」「けり」といった切れ字を用いるだけでなく、「間」によっても切れを作ることができますから、意識して句作なさるとよいかと思います。

また、選に入った句を見て、どこに切れが生じて、どんな効果をもたらしているのかを考えてみるのもよい勉強になることでしょう。

霜柱俳句は切字響きけり  石田波郷

松枝真理子

◆特選句 西村 和子 選

寒鯉や池に石橋太鼓橋
飯田静
橋のリフレイン、中七下五のiの音の連なりが、声に出すとリズミカルで心地よい句である。
凝った造りの二つの橋からは立派な庭園の池だということがわかり、寒鯉の季語から人気のない冬の静かな庭園が見えてくる。
(松枝真理子)

 

突然のスローモーション初雪は
矢澤真徳
「突然のスローモーション」とまず置かれていて、読み手は少しとまどう。何がスローモーションなのだろうか。しかも突然とは。
読み進むと、下五で種明かしがされる。ゆっくりと降ってくる雪に合わせるように、作者の眼には街の様子や人の動きがゆっくりと見えたのである。
省略が効いていて、斬新な倒置表現が成功した句である。
(松枝真理子)

 

雪婆お初天神この辺り
奥田眞二
雪婆を見たとき、作者は誰かしらの魂が浮遊しているような気がしたのではないだろうか。
しばらく目で追っていたが、見失ってしまうとここが「曾根崎心中」の舞台であるお初天神の近くだということに思い当たる。
そして、あの雪婆はお初だったのではないかと思いを巡らしているのだ。
季語を「雪螢」「綿虫」ではなく、「雪婆」としたことも計算の上のことだろう。
(松枝真理子)

 

初雪の機内放送着陸す
鎌田由布子
飛行機がいよいよ着陸体制に入るころ、機長からのアナウンスが入った。搭乗のお礼とともに、到着地では今年初めての雪が降っていることを告げたのだ。
中七の後の軽い切れが、機内放送から着陸までの時間の経過、その間の作者の弾んだ気持ちを表している。雪景色の空港、雪の世界へと足を踏み出す作者の姿まで想像できる。
(松枝真理子)

 

見るほどにつくりものめく烏瓜
田中優美子
烏瓜を見つけた作者であるが、立ち止まってまじまじと見入ってしまった。
色といい形といい質感といい、見れば見るほどまるで人間の手で作られたもののように思えてくるのである。
小さな発見を素直に詠んでいて、読み手の誰もが共感できる句である。
(松枝真理子)

 

師の選に初めて入りし納め句座
山内雪
納め句座とは、その年の最後の句会のことである。歳時記には掲載のないことが多いが、句会に参加する者として、積極的に使いたい季語である。
師走の忙しい中、時間をやりくりしてやっと参加できたその納め句座で、作者は初めて先生の選に入ったというのだ。その感激は想像に難くない。
納め句座がこのネット句会であったならば、初句会で特選に入り、作者のさらなる喜びはいかばかりだろうか。
(松枝真理子)

 

夜祭をむささびが見下ろしてゐる
松井伸子
秩父の夜祭のような大きな祭ではなく、集落の小さな夜祭を想像した。
一気に読み下す形が幻想的な光景を表すのに効果的に働き、読み手には暗闇から夜祭を見つめているむささびの姿が見えてくる。
さらには、むささびの目で夜祭を見ているような気もしてくるから不思議である。
(松枝真理子)

 

冬麗や早足誘ふスニーカー
岡崎昭彦
寒波が去り、久しぶりにおだやかな日である。
家に籠もってばかりではよくないと、お気に入りのスニーカーを履いて外に出た作者。
澄んだ空気が気持ちよく、冬のやわらかい日差しに魔法をかけられたように、気がつくとどんどん早足で歩いていたのだ。
「冬麗」の季語がよく効いている句である。
(松枝真理子)

 

耳飾り揺れてセーター真くれなゐ
松井伸子

 

煮えきらぬ難波男や近松忌
奥田眞二

 

落葉降るコントラバスの音に合はせ
長谷川一枝

 

帰り来し遺骨に障子開け放ち
巫依子

 

のぞみ号発車遅るる師走かな
巫依子

 

アパートの二階の端の聖樹の灯
吉田林檎

 

冬の川プラスティックの光りけり
小山良枝

 

 

◆入選句 西村 和子 選

いつせいに河口めざして都鳥
若狭いま子

日本語の通じる犬と日向ぼこ
梅田実代

短日の重きカーテン引きにけり
小野雅子

冬めくや車窓の先に空くすむ
岡崎昭彦
(冬めくや車窓の先にくすむ空)

残業や窓の向かうはクリスマス
田中優美子

鳥鳴けば少し明るき冬の雨
鏡味味千代

水鳥の水輪かさなる日和かな
梅田実代

窓枠にサンタクロースより手紙
森山栄子

木々の影くつきり朝の冬日差
箱守田鶴

白鬚橋くぐる曳船暮の秋
若狭いま子

霜晴やしだいしだいに海の色
巫依子

黄落の光を纏ひ市電来ぬ
松井洋子
(黄落や光を纏ひ市電来ぬ)

枇杷の花昔の切手持て余し
小山良枝

物干しを占領したり吊し柿
佐藤清子

皮手套選る節くれの指伸ばし
松井洋子

木枯や三解脱門吹き抜くる
梅田実代
(木枯の三解脱門吹き抜くる)

雲垂れて濃尾平野を時雨かな
矢澤真徳
(雲垂れて濃尾平野の時雨かな)

建てつけの悪き玄関虎落笛
山内雪

白銀に時に紫枯尾花
箱守田鶴

冬晴れの上総相模を一望す
鎌田由布子

ジョギングの少年ひとり冬夕焼
鈴木紫峰人

光りつつ千木の聳ゆる冬夕焼
千明朋代
(光りつつ千木の聳ゆる冬夕焼け)

師走の音溢るる町へ飛び込みぬ
鏡味味千代
(音溢るる町へ飛び込む師走かな)

西安の秋の正午の太鼓かな
若狭いま子
(西安の正午の秋の太鼓かな)

大川に沿ひつ離れつ枯野行く
三好康夫

嵯峨菊の乱れと優雅枯れてなほ
荒木百合子
(枯れてゆく嵯峨菊の乱れと優雅)

ベートーヴェンひびく窓辺の冬木立
緒方恵美

前列に冬至なんきん並べ売り
木邑杏

黒々と汽車過ぎ行くや冬の暮
山田紳介

休み時間告げるチャイムや寒桜
鏡味味千代

物干の下にちんまり日向ぼこ
板垣もと子

見送りて振り向きたれば雪蛍
若狭いま子

教会の大掃除して年暮るる
チボーしづ香
(教会の大掃除して年暮れる)

溪紅葉鉱山跡へ九十九折
森山栄子

クリスマス選び新車の届きけり
水田和代

霜柱敵とばかりに踏みにけり
鏡味味千代

徳川の墓を守るべく冬の鵙
梅田実代

冬ざれや自転車に蔓絡みつき
小山良枝

この波の彼方の島もクリスマス
松井伸子

クリスマスソング汽笛の消えてまた
梅田実代

番犬の大きな欠伸冬ぬくし
鎌田由布子

家中の布団干したる帰国かな
小山良枝

捥ぎたての柚子だけ置いて帰りけり
山田紳介

文机に小さき加湿器賀状書く
飯田静

大老の歌碑や冬日の届かざる
小松有為子

山眠る極彩色の来迎図
小山良枝

ハープより始まる二幕聖夜劇
鏡味味千代

年忘れ鬼も華やぐ大歌舞伎
岡崎昭彦

年ゆくか江ノ電つぶやき海に出づ
奥田眞二

かなしみを柚子湯の柚子に語りけり
田中優美子

山日和不意に翳せる長元坊
松井洋子
(長元坊不意に翳せる山日和)

葉牡丹の渦解れゆく日差しかな
小野雅子
(葉牡丹の渦解けゆく日差しかな)

崖の上の瀟洒な館冬怒濤
鈴木紫峰人
(崖の上の瀟洒な一軒冬怒濤)

極月やベイブリッジに休みなく
松井伸子

数へ日の鳩よろこばす水たまり
梅田実代

白髪をすつぽり覆ひ冬帽子
小野雅子

ハート抱く硝子の天使クリスマス
飯田静

冬の月こころ澄むまで窓に佇ち
若狭いま子

極月を鳴いて気の済む鴉かな
緒方恵美

石蕗の花時間止まりし屋敷かな
飯田静

十二月巣鴨駅前婆集ひ
中山亮成

一つづつ過去へ消えゆく除夜の鐘
奥田眞二
(除夜の鐘過去へ消えゆく一つづつ)

波頭つんつん尖り冬の海
鎌田由布子

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 

ほつほつとみどりの混じる枯野かな 一枝
読み掛けの本を横目に賀状書く 一枝
大根炊く相撲中継ながめつつ
冬ぬくしマリア観音像に艶 百花
☆塗箸の貝きらきらと十二月 恵美
十二月はクリスマスや忘年会など特別な食事の機会が多い月です。十二月ならではの華やぎがあって好きな句でした。


■飯田 静 選

玻璃越しの光に和みシクラメン すみ江
小包にあれもこれもと冬ぬくし すみ江
息白し通学カバン斜交ひに 栄子
積み上げし机上整へ事始 雅子
☆番犬の大きな欠伸冬ぬくし 由布子
コロナでピリピリしている中、平和な景です。


■鏡味味千代 選

極月の締切ふたつ残しをり 和代
葉牡丹の渦ほぐれゆく日差しかな 雅子
一つづつ過去へ消えゆく除夜の鐘 眞二
小包にあれもこれもと冬ぬくし すみ江
☆この波の彼方の島もクリスマス 伸子
クリスマスは、知らない誰かの幸せをも考える日だと思います。どこか知らない国の会ったこともない人にも、クリスマスが穏やかに来るように。そんな祈りを感じる句でした。


■千明朋代 選

今更のことの治まる小春の日 有為子
病む夫の喜寿の朝なり霜の華 有為子
命愛し山河ことさら薬喰 雅子
空つ風に子らの飛び出す持久走 清子
☆菰をまく松の竜鱗雄々しけり 亮成
松の堂々たる姿を詠い立派と思いました。


■辻 敦丸 選

音はみな谺となりて山眠る 恵美
枇杷の花昔の切手持て余し 良枝
いつせいに河口めざして都鳥 いま子
この海の付箋のごとし牡蠣筏 依子
☆包丁に体重のせてけふ冬至 あき
古くから無病息災、災厄を祓うために柚子湯に入ったり、粥や南瓜を頂く習慣がある。この句は敢えて南瓜の文字を入れていないが、冬至の日の光景が醸し出されてくる。


■三好康夫 選

仰がずに居れぬ青空より木の葉 あき
一つづつ過去へ消えゆく除夜の鐘 眞二
凍星や秘めたるままが良きことも 味千代
大福に残る米粒小六月 良枝
☆音はみな谺となりて山眠る 恵美
思い切りよく詠めている。


■森山栄子 選

波頭つんつん尖り冬の海 由布子
鳥鳴けば少し明るき冬の雨 味千代
爺と仔犬もつれつつ行く冬小径 すみ江
葉牡丹の渦ほぐれゆく日差しかな 雅子
☆短日の重きカーテン引きにけり 雅子
日差しを求める冬。短日と重きという言葉が響き合っていて、そこに実感が込められていると思います。


■小野雅子 選

老い桜はや冬の芽の溢れけり 眞二
煮えきらぬ難波男や近松忌 眞二
初雪の機内放送着陸す 由布子
夜祭をむささびが見下ろしてゐる 伸子
☆窓枠にサンタクロースより手紙 栄子
「サンタクロースはいるの」と聞かれ「信じなくなったら来なくなるんだよ」と答えた。三人の子供たちは長い間サンタクロースの存在を信じ「夜中に窓が開いた」と言ったこともある。お手紙はいいな。私もやってみたかった。


■長谷川一枝 選

小包にあれもこれもと冬ぬくし すみ江
寒鯉や池に石橋太鼓橋 飯田静
ハープより始まる二幕聖夜劇 味千代
切干の縺れほどいてゐるところ 良枝
☆やり残しのメモ書きなほす年用意 林檎
あれもこれもと書く連ねたメモ、何度もチェックを付け見分けられなくなりもう一度しっかり書き直した。暮れの忙しない様子が実感できました。


■藤江すみ江 選

クリスマスツリー天辺の星見つからぬ 栄子
白鬚橋くぐる曳船暮の秋 いま子
鴨もぐり小鴨がもぐり水蒼き 朋代
この海の付箋のごとし牡蠣筏 依子
☆帰り来し遺骨に障子開け放ち 依子
亡くなられた方へ、障子の向こうの親しみのある景色をみせてあげようと、障子を開けた優しさとその時の心情がみえ、いい句と思いました。


■箱守田鶴 選

番犬の大きな欠伸冬ぬくし 由布子
初雪の機内放送着陸す 由布子
音はみな谺となりて山眠る 恵美
建てつけの悪き玄関虎落笛
☆枇杷の花昔の切手持て余し 良枝
枇杷の実はは食べるのに、咲いている花ををみたことがありません。枇杷の花の切手も使われずにあるのでしょう。目立たない花なのでしょうか。 干支の切手なども時をすぎると使いにくくなります。共感の出来る句です。


■深澤範子 選

蜜柑剥くラメのマニキュア母の指 飯田静
読み掛けの本を横目に賀状書く 一枝
包丁に体重のせてけふ冬至 あき
残業や窓の向かうはクリスマス 優美子
☆白葱の光の棒や籠の中 紫峰人
白葱のつやつやとした光景が目に浮かびます。


■山田紳介 選

かなしみを柚子湯の柚子に語りけり 優美子
短日の重きカーテン引きにけり 雅子
霜柱敵とばかり踏みにけり 味千代
シナトラを聴きたるあの日クリスマス 一枝
☆飾りたきほどに美し霜柱 新芽
霜柱のことを「敵とばかり踏みにけり」とした別句がありましたが、その理由がこの句でしょうか。余りにも美しいので壊さずにはいられないのかも知れない。


■松井洋子 選

だましだまし眼使ひて冬籠 雅子
老い桜はや冬の芽の溢れけり 眞二
師の選に初めて入りし納め句座
凍星や秘めたるままが良きことも 味千代
☆帰り来し遺骨に障子開け放ち 依子
私も同じような経験がある。小さくなって帰宅した父に久しぶりの庭を見せたいと思ったのだ。その時の障子の白さや日差しが目に浮かぶ。


■緒方恵美 選

鴨のこゑまつたき入日惜しみけり 洋子
綿虫の目交過り日に溶けて 亮成
白葱の光の棒や籠の中 紫峰人
番犬の大きな欠伸冬ぬくし 由布子
☆犬の子の半額セールクリスマス 由布子
そういうセールがあるのを初めて知った。何とも言えぬ不憫さがなぜか心に残る一句。


■田中優美子 選

ハープより始まる二幕聖夜劇 味千代
風邪の子の染み一つなき肌かな 味千代
花八手通ひなれたる貸本屋 一枝
見送りて振り向きたれば雪螢 いま子
☆クリスマスソング汽笛の消えてまた 実代
港町の夜と思いました。汽笛の間だけ途絶えたクリスマスソングがまた耳に届く。作者は、船を見送ったあとなのか、そこに乗っていたのは誰なのか、そしてクリスマスソングを聞く心境は? 夜空の下、黒々と広がる海を思い浮かべながらたくさんの想像が広がり、心惹かれます。


■チボーしづ香 選

年忘れ鬼も華やぐ大歌舞伎 昭彦
建てつけの悪き玄関虎落笛
共にとるランチも奇縁冬うらら 林檎
煤のなき寺に叩きの煤払い 康仁
☆初雪の機内放送着陸す 由布子
簡潔に情景を読んでいる、私も同様な経験をしたことがあるので親近感を持った。


■黒木康仁 選

大声で君の名呼ぶや冬の海 範子
見送りて振り向きたれば雪螢 いま子
捨て置きのベンツに積もる散りもみぢ 百合子
犬の子の半額セールクリスマス 由布子
☆番犬の大きな欠伸冬ぬくし 由布子
なんともユーモアのある情景に冬ぬくしという季語がぴったりのように思いました。


■矢澤真徳 選

神官の悴み急ぐ石畳 百合子
触れたき手まだまだ遠きクリスマス 優美子
日記買ふ手間も嬉しき銀座かな 味千代
狐穴ありしや六本木あたり 伸子
☆白鬚橋くぐる曳船暮の秋 いま子
地名がとても効いている句だと思います。ずっと昔から変わらない人間の営みが、季節感とともに詠みこまれた味わい深い句だと思いました。


■奥田眞二 選

白葱の光の棒や籠の中 紫峰人
残業や窓の向かうはクリスマス 優美子
レントゲンエコーバリウム暮易し 良枝
包丁に体重のせてけふ冬至 あき
☆犬の子の半額セールクリスマス 由布子
単にクリスマスセールをしているペットショップの光景かもしれませんが私にはこの後のお子様たちの喜びが目に浮かび幸せな気持ちになります。昔子犬のシーズーが家に来た時の姉弟がキャッキャ喜んだ姿を思い出しました。


■中山亮成 選

寒鯉や池に石橋太鼓橋 飯田静
溪紅葉鉱山跡へ九十九折 栄子
今日よりは目高内住み避寒とて 百合子
山眠る極彩色の来迎図 良枝
☆「難民」の言葉のよぎりクリスマス 伸子
テレビでみる難民のニュースの現実に驚くことが多いです。各地で起こる難民のことを考えると、平和な日本のクリスマスに複雑な思いを禁じえません。


■髙野新芽 選

見送りて振り向きたれば雪螢 いま子
冬晴れや揺らぐことなき水たまり 昭彦
仰がずに居れぬ青空より木の葉 あき
師走の音溢るる町へ飛び込みぬ 味千代
☆冬の雨土の匂ひを呼び覚ます 味千代
冬独特の土の匂いを感じとった素敵な句だと思いました。


■巫 依子 選

初雪の機内放送着陸す 由布子
犬の子の半額セールクリスマス 由布子
秒針の音の大きくなる秋思 栄子
冬椿身ほとりそつと温めて 百合子
☆狐穴ありしや六本木あたり 伸子
昔から、人をだますずるいものの象徴とされてきた狐。六本木という地の人間模様に、これはもうきっと狐の仕業に違いないと・・・。そんな作者の想像が、狐穴ありしやという飛躍を生んだのであろう一句。なんともユニーク!


■佐藤清子 選

竈の火絶やさず一日味噌作る 和代
天井の高き館や室の花 飯田静
小包の蓋に一筆霙よと 雅子
波頭つんつん尖り冬の海 由布子
☆塗箸の貝きらきらと十二月 恵美
師走の忙しい中でバタバタすることもなく塗箸の貝のきらきらというところに着目して楽しんでいる余裕のの持ち方に惹かれます。また来る年も明るく感じ形も響きも好きです。


■水田和代 選

冬麗や早足誘ふスニーカー 昭彦
冬椿身ほとりそつと温めて 百合子
鎌倉へロングブーツは母のもの 伸子
帰る子を見送るための日向ぼこ もと子
☆その瞳泣くことなかれ冬の星 優美子
亡くなった子どもさんのことでしょうか。冬の星が悲しみを誘います。


■梅田実代 選

葉牡丹の渦ほぐれゆく日差しかな 雅子
山眠る極彩色の来迎図 良枝
飾りたきほどに美し霜柱 新芽
見るほどにつくりものめく烏瓜 優美子
☆塗箸の貝きらきらと十二月 恵美
イルミネーションが輝き、イベントの多い十二月。そんな月にきらきらしているのが塗箸の貝というのが意外性があり、慎ましくも日々を大切に丁寧に送る暮らしを思わせて惹かれました。


■鎌田由布子 選

極月の締切ふたつ残しをり 和代
日本語の通じる犬と日向ぼこ 実代
白鬚橋くぐる曳船暮の秋 いま子
花八手通ひなれたる貸本屋 一枝
☆信号を渡る托鉢冬うらら 雅子
以前に京都で見た光景と重なりました。


■牛島あき 選

皮手套選る節くれの指伸ばし 洋子
白菜を抱き上ぐ外葉踏みしだき 洋子
冬うらら櫟と楢の林抜け 一枝
ハート抱く硝子の天使クリスマス 飯田静
☆突然のスローモーション初雪は 真徳
そう言われてみれば確かに! 非凡な表現力に心を掴まれました。


■荒木百合子 選

残業や窓の向かうはクリスマス 優美子
病む人の両手で啜る玉子酒 真徳
煮えきらぬ難波男や近松忌 眞二
犬の子の半額セールクリスマス 由布子
☆霜晴やしだいしだいに海の色 依子
京都に生まれ育ち、山は毎日見るけれど海は非日常の私。車窓に海が見えると「あっ。海!」と新鮮です。この句は未だ見たことのない景ながら、きっとそうでしょうと私に思わせるのです。


■宮内百花 選

極月を鳴いて気の済む鴉かな 恵美
塗箸の貝きらきらと十二月 恵美
病む夫の喜寿の朝なり霜の華 有為子
窓という窓を綺麗に冬夕焼 宏実
☆白葱の光の棒や籠の中 紫峰人
日差しを浴びて、白い部分がほんのりと透き通っているように感じられる。「光の棒」としたことで、土籠からはみ出た白葱が、冬の太陽の柔らかな日や雪に埋まっていた白い部分が、思う存分太陽の恵みを受け、喜んでいるようだ。


■鈴木紫峰人 選

見送りて振り向きたれば雪螢 いま子
煮えきらぬ難波男や近松忌 眞二
冬の虹古墳の丘へ触れにけり 栄子
冬椿身ほとりそつと温めて 百合子
☆光りつつ千木の聳ゆる冬夕焼 朋代
荘厳な冬の風景が描かれ、夕焼けの色が心に広がります。


■吉田林檎 選

いにしへの唄口遊む息白し 昭彦
この波の彼方の島もクリスマス 伸子
初雪の機内放送着陸す 由布子
ハープより始まる二幕聖夜劇 味千代
☆短日の重きカーテン引きにけり 雅子
太陽が昇っている時間があまりに短いのでカーテンを閉めるのも憂鬱。そのカーテンの重さからは物理的なものだけではなく心理的な重さも感じられます。


■小松有為子 選

凍星や秘めたるままが良きことも 味千代
年忘れ鬼も華やぐ大歌舞伎 昭彦
行ってみたきものに古書市年惜しむ
黄落や古道と伝ふ石まろく 栄子
☆仰がずに居れぬ青空より木の葉 あき
景の大きさと色彩、自然のいたずら。楽しい御句ですね。


■岡崎昭彦 選

鴨もぐり小鴨がもぐり水蒼き 朋代
今更のことの治まる小春の日 有為子
霜晴やしだいしだいに海の色 依子
老い桜はや冬の芽の溢れけり 眞二
☆寒風に吹きしぼらるる船の旗
「吹きしぼらるる」に惹かれました。


■山内雪 選

一つづつ過去へ消えゆく除夜の鐘 眞二
だましだまし眼使ひて冬籠 雅子
教会の大掃除して年暮るる チボーしづ香
冬ざれや自転車に蔓絡みつき 良枝
☆花八手通ひなれたる貸本屋 一枝
一読なつかしさでいっぱいになった。花八手の例句を読んでみて益々この句が好きになった。


■穐吉洋子 選

建てつけの悪き玄関虎落笛
冬夕焼セピアカラーに街を染め 由布子
山呼べば冬の支度と又三郎 敦丸
セロテープ褪せし字引や冬に入る 栄子
☆蜜柑剥くラメのマニキュア母の指 飯田静
女性は幾つになってもおしゃれはしたいものですよね。ラメ入りのマニキュアにお洒落なお母さま様子が伺えます。


■板垣もと子 選

朝まだきカーブミラーに霜の花 一枝
一塵の迷ひも捨てよ寒昴 優美子
セロテープ褪せし字引や冬に入る 栄子
耳飾り揺れてセーター真くれなゐ 伸子
☆夜祭をむささびが見下ろしている 伸子
ムササビの寂しさと夜祭の賑やかさとが1句の中にあり、物語のようです。


■若狭いま子 選

むせび泣く女の所作も近松忌 眞二
一つづつ過去へ消えゆく除夜の鐘 眞二
指のごと風切り羽を広げ鷹 百合子
コート衿立てゐれば直し呉るる人 百合子
☆竈の火絶やさず一日味噌作る 和代
この句より、かつて味噌作りをしていた体験が甦ってきました。麹や大豆の調達から塩加減まで忙しく過ごしました。手間をかけて仕上がった味噌は手前味噌ながら、香りもよくおいしく感じました。今は既製品しか味わえませんので、とても羨ましく思います。


■松井伸子 選

帰り来し遺骨に障子開け放ち 依子
風邪の子の染み一つなき肌かな 味千代
皮手套選る節くれの指伸ばし 洋子
師の選に初めて入りし納め句座
☆包丁に体重のせてけふ冬至 あき
何と戦っているのか目に見えるようです。一番初めに印象に残りました。


■長坂宏実 選

冬晴れや揺らぐことなき水たまり 昭彦
冬ぬくしマリア観音像に艶 百花
番犬の大きな欠伸冬ぬくし 由布子
ガシガシの冬至南瓜を切る音か もと子
☆日記買ふ手間も嬉しき銀座かな 味千代
来年への期待や銀座でのお買い物のわくわくした気持ちを感じました。

 

 

◆今月のワンポイント

「類句について」

先生から類句のご指摘がありましたので、みなさんと共有したいと思います。

白葱の光の棒や籠の中

白葱の光の棒をいま刻む   黒田杏子

俳句は十七音の短詩であり、たくさんの句を作っていく上で類句は避けられないものです。
もし指摘されたら、難しく考える必要はありません。単に引っ込めるだけのことです。つまり、その句を結社誌や俳句大会などに投句しなければよいのです。
類句は誰にでもありうることですが、句会に出せば選者や仲間がきちんと指摘してくれますので、恐れずに句を作り続けていくことが大切です。

松枝真理子

◆特選句 西村 和子 選

ひと雨のあとの日ごとの柿落葉
緒方恵美
雨があがり、柿の葉の落葉に気づいた作者。きれいに色づいたまま散る柿の葉は、ことさら目をひく。一度散り始めると、落葉はどんどん加速していくが、その様子を「日ごとの」と表現した。柿落葉の鮮やかな色が、かえって冬のうら寂しい感じを際立たせている。(松枝真理子)

 

万国旗低きに張りて運動会
小松有為子
運動会の定番の万国旗だが、この句のポイントは「低きに張りて」である。わざわざ低くするということは、運動会の主役は小さい子どもたち、幼稚園か保育園の運動会なのだろう。子どもたちの精一杯の姿だけでなく、心を砕いて準備をしてきた先生や保護者の姿も見えてくる。(松枝真理子)

 

底冷えの駅に一番星きれい
小野雅子
しんしんと足元から冷える日、作者は一日の予定を終えて帰路につくべく電車を待っている。ふと仰いだ空には一番星が瞬いていて、思いがけないプレゼントのように感じられた。「きれい」という素直な表現が、一番星と響き合って効果的である。足元から頭上、星空の彼方へと視線が大きく広がっていく。(松枝真理子)

 

芋茎ゆで煮付酢の物炒め物
千明朋代
たくさんの芋茎を少しも無駄にはしないという、作者の主婦としての矜持が感じられる。「料理上手な人は俳句もうまい」というのは師のことばであるが、作者のような人のことであろう。旬の野菜などの季語で同じような句ができるかもしれないが、芋茎が成功している。音読してもリズムのよい句である。(松枝真理子)

 

カメラマン屈んでばかり七五三
鏡味味千代
少し前までは、家庭での行事でシャッターを押すのは父の役目であったが、この頃の七五三参りでは、プロのカメラマンを帯同している家族をよく見かける。この句もそんな光景を詠んでいるのであろう。「屈んでばかり」に作者の観察の目が利いている。着飾っている子どもを追うカメラマンの懸命な様子が見えてくる。(松枝真理子)

 

木の葉髪くすり飲んだと声掛けて
長谷川一枝
ある程度年齢を重ねた夫婦の光景であろう。夫が薬を飲み忘れていると気付いた作者。賢明な作者は、ストレートに指摘するのではなく、「薬飲んだ?」とさりげなく尋ねるふりをしているのだ。季語の木の葉髪から、夫婦の年齢だけでなく、暮らしぶりなどまで想像できる。(松枝真理子)

 

カーテンの房の豊かに冬館
小山良枝
カーテンは部屋の防寒の重要なアイテムである。房飾りの立派なカーテンは、庭に面した大きな窓にかけられていて、ひだのたっぷりとられた厚手で重厚なものだと想像できる。カーテンの房を詠むことで、カーテンのかけられた部屋の様子、そして冬支度を終えた洋館のたたずまいが見えてくる。さらにはクリスマスの飾りで彩られる様子にまで想像が広がる。(松枝真理子)

 

草枯れて枯れて幾何学的模様
松井伸子
土手や野原の枯草の様子を想像した。「枯れて」を重ね、草の枯れきった様子を表現したところに工夫がある。それらの草が折れたり傾いたりしている様が、作者には「幾何学的模様」に見えたのである。幾何学的模様が人為的な形だけに、破調の形も成功している。また、Kの音の連なりが小気味よい。(松枝真理子)

 

かへりみし処にまたも雪螢
巫依子
どのような場面かはわからないが、ふと振り返ったときに雪螢を見つけた作者。つい今しがた自分が歩いてきたあたりを雪螢が浮遊しているのである。また前を向いて歩き出すが、雪螢の姿はまったく見られない。だが、再び振り返ると同じように雪螢がふわふわしているのだ。予期せぬ時に遭遇する雪螢は、探そうと思うとなかなか見つけられないものである。雪螢の特性をうまく表現している。(松枝真理子)

 

閻王の口中真赤冬紅葉
三好康夫

 

七五三ついでに母も褒められて
梅田実代

 

立冬やペダル踏むとき深呼吸
松井伸子

 

素うどんの湯気や勤労感謝の日
梅田実代

 

大鳥居再建未だ七五三
穐吉洋子

 

吾が影を連れて初冬植物園
飯田静

 

◆入選句 西村 和子 選

誇るべき何ものもなし冬の虹
山田紳介

大いなる洗濯板よ秋の雲
小松有為子
(大いなる洗濯板や秋の雲)

山茶花や父の好みし白一重
荒木百合子

空港に別れて一人雪もよひ
鎌田由布子

ランドセル落葉を蹴つて楽しさう
鎌田由布子
(落葉蹴つて楽しき頃やランドセル)

ベランダの月光集めハーモニカ
箱守田鶴
(ベランダの月光をハーモニカに集め)

銀杏黄葉並木かつては滑走路
飯田静
(銀杏黄葉並木のかつて滑走路)

数字より大切なこと冬銀河
田中優美子

秋の日やふふんふふんと夫の留守
長谷川一枝
(秋の日や鼻唄ふふんと夫の留守)

深秋の誰にも会はぬ散歩かな
森山栄子

藁焼きの煙むらさき冬隣
辻敦丸
(藁焼きの紫立ちぬ冬隣)

椅子の皮張り替へ冬に入りにけり
小山良枝

冬の靄スワンボートは尻並べ
松井洋子

加茂川の飛石渡る小春空
木邑杏
(飛石で渡る加茂川小春空)

蒲の絮弾けてよりのむくつけき
牛島あき
(むくつけく弾けてよりの蒲の絮)

甘藷掘の畑一枚賑やかに
佐藤清子

加茂川の流れ大らか草紅葉
木邑杏

ひとつづつ肩の荷下ろし冬仕度
田中優美子
(ひとつづつ肩の荷下ろし冬用意)

峡もみぢトロッコ列車最徐行
荒木百合子
(峡はもみぢトロッコ列車は最徐行)

秋茜石の温みに翅を伏せ
中山亮成

冬の夜をつんざき走る赤色灯
田中優美子

ことのほか山暮れ易し地酒酌む
小山良枝
(ことのほか山暮易し地酒酌む)

焙煎の香の芳しき小六月
飯田静

茸狩り声掛け合ひて山に入る
穐吉洋子

ゆで卵きれいに剥けて今朝の冬
長谷川一枝

しぐるるやただいまと言ひ部屋灯す
吉田林檎
(しぐるるやただいまと言ひ灯す部屋)

白壁の旧家さざんくわ散り敷ける
水田和代

黄落や朽ちゆくものに日の当たり
牛島あき

庭椅子に主のをらず冬に入る
鎌田由布子

冬服のボタン全開男の子どち
吉田林檎

ゆうらりと皇帝ダリア垣根越し
佐藤清子

街の灯の瞬き残る冬の朝
穐吉洋子

飛騨望む合掌造り冬支度
奥田眞二
(飛騨望む合掌造りの冬支度)

冬めくやがさがさ畳む包装紙
若狭いま子

秋の薔薇おつかれさまと声掛けて
長谷川一枝

公園の砂場埋められ年の暮
鎌田由布子

自転車を連ね登校豊の秋
森山栄子
(自転車を連ね通学豊の秋)

ファミレスの隅に句談義小鳥来る
山内雪

紅葉且つ散る草庵に待ち侘びぬ
巫依子

夜の雨いつしか霰屋根を打ち
鈴木紫峰人
(夜の雨いつか霰の屋根を打ち)

大利根を渡りて武蔵冬に入る
穐吉洋子

遠まはりして柊の花の道
緒方恵美

茸取れば掌に吸ひ付いてくる湿り
荒木百合子

黄昏の街へコートを翻し
小野雅子
(黄昏の街へコートを翻す)

おはやうと言へる幸せ今朝の冬
田中優美子

来年の暦を売りに消防士
チボーしづ香
(消防士来年の暦売りに来る)

温室の硝子磨かれ冬に入る
飯田静

不用品仕分け時かけ冬隣
千明朋代
(不用品の仕分け時かけ冬隣)

冬ぬくし猫の守れる登り窯
松井洋子
(冬ぬくし猫の守りたる登り窯)

綿虫の水色となる近さまで
小野雅子

物置の木馬も時に日向ぼこ
松井伸子

冬の虹見るため車止めにけり
山田紳介

冬紅葉隙の青空結晶す
三好康夫

乗り合はす三つ子の白き毛糸帽
若狭いま子
(乗り合はす三つ子や白き毛糸帽

落人の祠は小さし空つ風
緒方恵美

朝露や何か動いて牧草地
深澤範子

茶の花や表札いまも旧町名
長谷川一枝

柚子ひとつ貰ふつもりが二十ほど
佐藤清子

パンプスの響きも乾き冬の月
吉田林檎

ジェット機の爆音籠る冬の雲
松井洋子

猟銃音牛舎へ牛を追ひをれば
山内雪

焼きたてのベビーカステラ酉の市
箱守田鶴

風吹いて地蔵のつむり寒さうな
松井伸子
(風吹いて地蔵のつむの寒さうな)

並びたる祖父母の若く七五三
千明朋代

山茶花や雨戸を繰りて今日はじまる
梅田実代

冬晴や影のはみ出すかくれんぼ
飯田静
(冬晴や影のはみ出すかくれんぼう)

朴散るや女工哀史の峠路
奥田眞二

秋の昼カステラへ刃をゆつくりと
森山栄子
(カステラへ刃をゆつくりと秋の昼)

私は私主張しづかに石蕗の花
荒木百合子
(「私は斯う」主張しづかに石蕗の花)

将来と未来の違ひ銀杏散る
田中優美子
(「将来」と「未来」の違ひ銀杏散る)

旅先のスーパーに買ふ冬林檎
小山良枝

綿虫の行方受話器を持つたまま
小野雅子

かりがねや野末に遅き月出て
松井洋子

冬の雨池の形に発光す
板垣もと子
(冬の雨池の形に白光す)

篠笛のまにまに紅葉散りにけり
木邑杏
〈篠笛のまにまに紅葉散り行けり〉

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 

柚子ひとつ貰ふつもりが二十ほど 清子
鯛焼きを割つて喧嘩の始まりぬ 林檎
パンプスの響きも乾き冬の月 林檎
チョコレート移動販売十二月 和代
☆冬晴や影のはみ出すかくれんぼ 飯田静
隠れたつもりでも、影で分かってしまうところが微笑ましいですね。子供たちの明るい声が聞こえてきそうです。


■飯田 静 選

哺乳瓶を放さぬ仔牛小鳥来る
朴散るや女工哀史の峠路 眞二
水鳥やしづかに進む私小説 良枝
職人は光を残し松手入 優美子
☆落人の祠は小さし空つ風 恵美
平家の落人でしょうか。人目を避けているために堂々と先祖を祀ることができない寂しさを感じます。


■鏡味味千代 選

凩や客ぞんざいに入り来る 松井洋子
職人は光を残し松手入 優美子
褒めらるることを嫌がり七五三 実代
街の灯の瞬き残る冬の朝 穐吉洋子
☆茶の花や表札いまも旧町名 一枝
昔は花を愛で、また自宅用の茶を採取するため、隣家との境界に茶の木を植えていたと聞きました。きっとそれは旧町名の頃。言葉にはしなくとも、家も昔ながらの建物であり、住んでいる方の様子も伺えます。でもきっとこの表札が変えられる時、茶の木も一緒になくなってしまうような、そんな危うさもあります。


■千明朋代 選

銀杏落葉今日といふ日を歩みたり 百花
秋の薔薇おつかれさまと声掛けて 一枝
ひそひそとひそひそひそと落葉散る 恵美
水鳥やしづかに進む私小説 良枝
☆いにしへのいしの暖炉は日を忘れ 良枝
かねがねさびしく思っていた使われない暖炉、こういう表現を見てとてもうれしくなりました。


■辻 敦丸 選

光悦寺しじま笹鳴き止みしかば 眞二
夜の雨いつしか霰屋根を打ち 紫峰人
冬の川一筋の意地貫きて 新芽
蝦蟇口に護符を忍ばせ神の留守 味千代
☆冬の海異国の文字を運び来て 味千代
船便、懐かしい言葉。冬の港には世界中からクリスマスの贈り物、カードが運ばれて来た。


■三好康夫 選

新蕎麦の喉の奥まで香りたり 真徳
小春日の電車に父と幼子と 雅子
冷まじや林武の絵具箱 依子
お返しと泥付き大根二本呉れ 一枝
☆りんご剥く妻の眼鏡の赤き縁 昭彦
赤が印象的、お元気な奥様の動きが見えるようです。


■森山栄子 選

小春日の電車に父と幼子と 雅子
神渡し湖を磨いてゆきにけり 良枝
父がゐて母ゐて熊手もつ子ゐて 眞二
冬日差す父の形見の顕微鏡 紳介
☆アラビアの街を見て来し月冴ゆる もと子
アンデルセンの「絵のない絵本」のように、月が人々の暮らしを眺めながら巡っている情景を思い浮かべました。月冴ゆるという季語とモスクの尖塔のイメージが響き合い、スケールの大きな一句と感じ入りました。


■小野雅子 選

ひと雨のあとの日ごとの柿落葉 恵美
帯解けば安堵の息や七五三 味千代
小夜時雨祇園白川巽橋 眞二
猟銃音牛舎へ牛を追ひをれば
☆落葉掻くまた掻くその日来るまでは 依子
その日が来るまでは生きなければならない。落葉掻くという日々の仕事を淡々とこなしていく姿に真実があると思いました。


■長谷川一枝 選

しぐるるやただいまと言ひ部屋灯す 林檎
加茂川の飛石渡る小春空
冬晴や影のはみ出すかくれんぼ 飯田静
綿虫の行方受話器を持ったまま 雅子
☆凩や客ぞんざいに入り来る 松井洋子
句を読んで、なるほどなそんなふうに入って来る様子にクスリとしました。


■藤江すみ江 選

加茂川の飛石渡る小春空
ことのほか山暮れ易し地酒酌む 良枝
蒲の絮弾けてよりのむくつけき あき
子犬の耳跳ねてもみぢのドッグラン 百合子
☆冬晴や影のはみ出すかくれんぼ 飯田静
幼い影にちがいありません 映像が 自然に浮かんでくる佳い句と思います。


■箱守田鶴 選

遠回りして柊の花の道 恵美
牛待たせベンチに寝たる案山子かな 百花
ポケットにあげると木の実差し込まれ 百花
退院の母に緋木瓜の帰り花 いま子
☆素うどんの湯気や勤労感謝の日 実代
質素な素うどん、 でも うどんを本当に味わうにはこれが一番でしょう。あつあつを食べながら元気に働けることを感謝する、まさに勤労感謝の日にぴったりの昼餉、と感じます。


■深澤範子 選

物置の木馬も時に日向ぼこ 伸子
空港に別れて一人雪もよひ 由布子
ゆで卵きれいに剥けて今朝の冬 一枝
ひとつづつ肩の荷下ろし冬仕度 優美子
☆おはやうと言へる幸せ今朝の冬 優美子
平凡な幸せを噛みしめている様子が、良く表れている句だと思いました。


■山田紳介 選

冷まじや林武の絵具箱 依子
哺乳瓶を放さぬ仔牛小鳥来る
水鳥やしづかに進む私小説 良枝
ほろほろと日がな山茶花零れけり いま子
☆深秋の誰にも会はぬ散歩かな 栄子
本当は会いたいのか、会いたくないのか。或はそのどちらでもあるのかも知れない。


■松井洋子 選

乗り合はす三つ子の白き毛糸帽 いま子
身ぬちより灯ともるやうに柿熟るる 百合子
神渡し湖を磨いてゆきにけり 良枝
職人は光を残し松手入 優美子
☆りんご剥く妻の眼鏡の赤き縁 昭彦
新婚家庭だろうか。間近から妻を眺めているその視線に愛情が溢れている。とても微笑ましい句。


■緒方恵美 選

紅葉狩寺の大門額となし
冬の川一筋の意地貫きて 新芽
寒菊の風は鞴の風のやう 伸子
黄昏の街へコートを翻し 雅子
☆街の灯の瞬き残る冬の朝 穐吉洋子
誰もが出会った事のある普遍的な日常を、さりげなく詩に昇華している。


■田中優美子 選

焼きたてのベビーカステラ酉の市 田鶴
冬日差す父の形見の顕微鏡 紳介
りんご剥く妻の眼鏡の赤き縁 昭彦
七五三ついでに母も褒められて 実代
☆褒めらるることを嫌がり七五三 実代
子ど私も、「かわいいね」などと言われると、からかわれている気がして無性に恥ずかしくなりそっぽを向くような子だった。しかし時が経てば、それすらも甘えることのできた、微笑ましい時分の思い出だったのだと思う。リアリティのある句は、記憶を呼び覚ますと同時に、そのときの気持ちを客観的に見つめさせてくれる。


■チボーしづ香 選

乗り合はす三つ子の白き毛糸帽 いま子
ポケットにあげると木の実差し込まれ 百花
柚子の苗大地に託し冬籠 伸子
古びたる文庫蔵裏柿たわわ 清子
☆空港に別れて一人雪もよひ 由布子
空港で一人見あげる空が雪模様と一人薄ら寒い様子が感じられる。


■黒木康仁 選

役を終へ足音を待つ冬田かな 新芽
冬晴や影のはみ出すかくれんぼ 飯田静
銀杏落葉今日といふ日を歩みたり 百花
風待つてゐても飛べぬぞ渡り鳥 優美子
☆鉄塔に絡みつきたる冬夕焼 松井洋子
冬の寒々とした鉄塔に冬の夕焼が絡みつくという表現に驚きがありました。


■矢澤真徳 選

大鳥居再建未だ七五三 穐吉洋子
冬ぬくし猫の守れる登り窯 松井洋子
ひとつづつ肩の荷下ろし冬仕度 優美子
焼きたてのベビーカステラ酉の市 田鶴
☆素うどんの湯気や勤労感謝の日 実代
素うどん、という言葉と、湯気と、勤労感謝の日、という言葉が、互いが互いの触媒となって、若々しさや、さらには希望まで溢れ出てくるような気がした。


■奥田眞二 選

椅子の皮張り替へ冬に入りにけり 良枝
草枯れて枯れて幾何学的模様 伸子
商店街てふ花道を七五三 実代
りんご剥く妻の眼鏡の赤き縁 昭彦
☆尾根歩くための青空小六月 あき
起伏の少ない尾根歩きは楽しいものです。それも冬の温かい晴れた日、この青空われのもの、尾根歩くため、の表現がお上手だと思います。


■中山亮成 選

子犬の耳跳ねてもみぢのドッグラン 百合子
冬晴や影のはみ出すかくれんぼ 飯田静
ポケットにあげると木の実差し込まれ 百花
焼きたてのベビーカステラ酉の市 田鶴
☆どんぐりを埋めて未来思うらし 栄子
子供のころ同じようなことをしたような。


■髙野新芽 選

銀杏落葉今日といふ日を歩みたり 百花
くれなづむ光紅葉をほどきゆく 優美子
冬の雨土の匂ひを呼び覚ます 味千代
冬の海異国の文字を運び来て 味千代
☆ねぶた来る武者は悪鬼を踏み潰し 亮成
ねぶた祭りの迫力と祭りの意味合いの両方が伝わってくる素敵な句だなと思いました。


■巫 依子 選

菊花展入場券を栞とす 一枝
冬日差す父の形見の顕微鏡 紳介
褒めらるることを嫌がり七五三 実代
底冷えの駅に一番星きれい 雅子
☆綿虫の水色となる近さまで 雅子
何処からともなく現れて宙を舞っている綿虫。白くボーッとした感じは、雪螢とも呼ばれる綿虫。でも、近づいた時、それは白ではなく仄かに青みがかっている。水色となる近さという表現が、言い得て妙。


■佐藤清子 選

冬日差す父の形見の顕微鏡 紳介
わだかまり水に流してカンナ咲く 範子
藁焼きの煙むらさき冬隣 敦丸
あとがきを終へしペン先十三夜 敦丸
☆柚子の苗大地に託し冬籠 伸子
鉢植えを地植えにしたのでしょうか。柚子への愛着が伝わってきます。柚子仕事も楽しみですね。私は前の住処に置いてきた柚子の木への思いが重なり愛おしく感じました。


■水田和代 選

ランドセル落葉を蹴つて楽しさう 由布子
哺乳瓶を放さぬ仔牛小鳥来る
猟銃音牛舎へ牛を追ひをれば
ひそひそとひそひそひそと落葉散る 恵美
☆何度でも立ち上がれとぞ冬落暉 雅子
思いどうりにいかないことがあるときも、冬の夕日を見ていて勇気づけられることがあります。


■梅田実代 選

自転車を連ね登校豊の秋 栄子
大いなる洗濯板よ秋の雲 有為子
冬日差す父の形見の顕微鏡 紳介
ひと雨のあとの日ごとの柿落葉 恵美
☆遠まはりして柊の花の道 恵美
柊のように目立たないけれども可憐な花のために遠回りする作者の心持ちに惹かれました。

 

■鎌田由布子 選

山茶花の生垣つづく京の町 いま子
冬晴や影のはみ出すかくれんぼ 飯田静
冬日差す父の形見の顕微鏡 紳介
白壁の旧家さざんか散り敷ける 和代
☆自転車を連ね登校豊の秋 栄子
長閑な通学風景が映画のようでした。


■牛島あき 選

黄昏の街へコートを翻し 雅子
柚子ひとつ貰ふつもりが二十ほど 清子
秋茜石の温みに翅を伏せ 亮成
空港に別れて一人雪もよひ 由布子
☆素うどんの湯気や勤労感謝の日 実代
「素うどん」という懐かしい言葉と、長くて難しい季語との組み合わせが、見事に決まっていると思います。


■荒木百合子 選

綿虫の水色となる近さまで 雅子
柚子ひとつ貰ふつもりが二十ほど 清子
父がゐて母ゐて熊手もつ子ゐて 眞二
藁焼きの煙むらさき冬隣 敦丸
☆シュトラウスの音符のごとく落葉舞ふ 真徳
昔、シュトラウスの子孫の方の指揮でワルツやポルカを聞くコンサートがあり、その指揮者の軽やかで優雅な身のこなしをこの句で思い出しました。


■宮内百花 選

職人は光を残し松手入 優美子
蜻蛉のふはりと浮きて光りたり 昭彦
褒めらるることを嫌がり七五三 実代
自転車を連ね登校豊の秋 栄子
☆焼きたてのベビーカステラ酉の市 田鶴
焼きたてのベビーカステラ。甘くて温かくてふわふわとしていて、幸せの色である黄色。それだけしか言っていないのに、酉の市の賑わいが見え聞こえてくるようです。


■鈴木紫峰人 選

もうこんなにこまっしゃくれて七五三 百合子
あとがきを終へしペン先十三夜 敦丸
たじろがぬ魚影や冬の五十鈴川 味千代
篠笛のまにまに紅葉散りにけり
☆パレットも遺作のひとつ冬灯 依子
画家の苦悩や熱情が残るパレット。冬灯が優しく包んでいる。このように詠まれて、画家は嬉しいだろうなとおもいました。


■吉田林檎 選

カーテンの房の豊かに冬館 良枝
パレットも遺作のひとつ冬灯 依子
冬めくやがさがさ畳む包装紙 いま子
柚子ひとつ貰ふつもりが二十ほど 清子
☆身ぬちより灯ともるやうに柿熟るる 百合子
熟した柿の色を内側から灯がともっていると感じた作者。「身ぬちより」で始まるから作者自身のことと思ったら柿のことだったという意外性とその見立ての説得力で心地よく読み終わります。


■小松有為子 選

寒風に出るなり曇る眼鏡かな チボーしづ香
錦なす楓紅葉の遅速かな もと子
秋の暮見知らぬ猫に懐かれて 松井洋子
温室の硝子磨かれ冬に入る 飯田静
☆パンプスの響きも乾き冬の月 林檎
寒い夜の乾く靴音が聞こえます。「き」の韻を踏むことの巧みさ。


■岡崎昭彦 選

母の家を辞したる朝の冬の虹 実代
一面の昨日と違ふ苅田かな 範子
フルートのやがて滑らか冬ぬくし 雅子
ひと雨のあとの日ごとの柿落葉 恵美
☆素うどんの湯気や勤労感謝の日 実代
「素うどん」の潔い感じがとても良いと思いました。


■山内雪 選

商店街てふ花道を七五三 実代
褒めらるることを嫌がり七五三 実代
冬ぬくし猫の守れる登り窯 松井洋子
あとがきを終へしペン先十三夜 敦丸
☆空港に別れて一人雪もよひ 由布子
空港とあるから、簡単には会えぬ人を見送ったのであろうか。季語がせつない。


■穐吉洋子 選

冬晴や影のはみ出すかくれんぼ 飯田静
月蝕や冬の空行く金の船 もと子
筥迫の今にも落ちさう七五三 田鶴
おはやうと言へる幸せ今朝の冬 優美子
☆朴散るや女工哀史の峠路 眞二
「あゝ野麦峠」を思い出します。朴の朽ちて行く様はまるで主人公「みね」を象徴したかの様です。


■板垣もと子 選

カーテンの房の豊かに冬館 良枝
ジェット機の爆音籠る冬の雲 松井洋子
鉄塔に絡みつきたる冬夕焼 松井洋子
綿虫の水色となる近さまで 雅子
☆尾根歩くための青空小六月 あき
小六月の青空を歩いているような感じがする。


■若狭いま子 選

八掛はマスタード色冬ぬくし 雅子
カーテンの房の豊かに冬館 良枝
パンプスの響きも乾き冬の月 林檎
ランドセル落葉を蹴つて楽しさう 由布子
☆自転車を連ね登校豊の秋 栄子
稔り田の広がる田園の道を学生が軽快にペダルを踏んで走り行く。通行人に会うとどちらからともなく挨拶を交わす。そのような朝は清々しい気分になれます。前途洋々の若人や実りの秋の風景が好きです。


■松井伸子 選

ゆで卵きれいに剥けて今朝の冬 一枝
遠まはりして柊の花の道 恵美
綿虫の水色となる近さまで 雅子
紅葉の木立ちの向こう郵便車 昭彦
あとがきを終へしペン先十三夜 敦丸
丁寧な作業のあとの解放感が十三夜とひびき合ってホッとします。


■板垣源蔵 選

黄昏の街へコートを翻し 雅子
朝風呂の湯やや熱く秋深し 昭彦
千歳飴ぎゅっと抱へて人力車 田鶴
秋茜石の温みに翅を伏せ 亮成
☆水鳥やしづかに進む私小説 良枝
ゆったりとした時間の流れとそれを思う存分楽しんでいる様子が伝わって来ました。


■長坂宏実 選

焼きたてのベビーカステラ酉の市 田鶴
黄昏の街へコートを翻し 雅子
ゆで卵きれいに剥けて今朝の冬 一枝
七五三ついでに母も褒められて 実代
☆鯛焼きを割つて喧嘩の始まりぬ 林檎
うまく半分に割れずに、大きい方が欲しいと喧嘩をする様子が微笑ましいです。

◆今月のワンポイント

「音読をしよう」

句帳に書き留めたことばをそのまま投句することはまれで、多くの場合は推敲をすることになります。助詞を変えたり、順番を入れ替えてみたり、ああでもないこうでもないとやっていると、どんどんわからなくなってくるものです。
そんなときは、音読をしてみるのがおすすめです。
例として、今回の入選句から抜き出してみます。

原句:ベランダの月光をハーモニカに集め

添削句:ベランダの月光集めハーモニカ

原句:飛石で渡る加茂川小春空

添削句:加茂川の飛石渡る小春空

いずれもまったく同じ内容ですが、声に出して読んでみるとその違いがおわかりになるかと思います。一方、特選句の

閻王の口中真赤冬紅葉

芋茎ゆで煮付酢の物炒め物

などは、音読するとリズムがよく、定型詩の良さが感じられる句です。
次回からはぜひ、音読をしてから投句してみてください。

松枝真理子

◆特選句 西村 和子 選

秋ともし心弱れば句も弱り
小野雅子
俳句実作者、それもかなり本気の作者の感慨ですね。弱らなくても、イライラしたり、忙しすぎると句が弱りますね。心が弱ったときになぐさめてくれるのは自然界の花鳥です。人事を詠むのが得意であるとしても、いっとき心を自然界に遊ばせると慰められると思います。(中川純一)

 

少しばかり採れて明日は零余子飯
千明朋代
少しばかり、という言葉がきいています。職業的にむかごを採取したのではなくて、年に一度位場所を知っていてそれを採取したけれど少しだったというわけです。でも明日はむかご飯にしよう、季節を味わおうというわけです。(中川純一)

 

自転車の離陸できさう秋日和
田中優美子
自転車が飛ぶというと、ETという映画を思い出しますけれど、あれとは別に気持ちのよい秋空に飛び上がって紅葉の山々を見下ろす鳥のような気分をふと味わう気がしたのでしょう。離陸できそう、という言い方に工夫がある、というのか、ひらめきがありますね。(中川純一)

 

小鳥来るそろそろ旅の話など
長谷川一枝
コロナで旅行がずっとできなかったけれど、最近感染者数が減ってきて、出かけようかという気分に。仲間内でも話題になったということでしょう。(中川純一)

 

この糞は熊かもしれず茸狩
山内雪
熊の糞はべたーっと広がった形だったとおもいます。コロコロうんちではありません。それがあったら近くに熊がいるということですから、長居はしないほうがよいです。茸刈で熊に襲われた人が今年は沢山いました。(中川純一)

 

コスモスの角を曲がりて胸騒ぎ
巫 依子
コスモスで胸騒ぎというのは唐突です。角を曲がった、というところがくせものです。楽しい気分でいたのが急に景色が変わったことが心に棘のように刺さったのでしょう。(中川純一)

 

帰れなくなつてもいいか大花野
田中優美子
気持ちがとても大きくなって、ずっとこのままいたいという花野です。癒される、こだわりから解放される気持ちでしょう。ずっといたい、というのではなくて、リスクがあってもここにいたいという少しだけ思いつめた様子もあります。若さでしょう。(中川純一)

 

背伸びして足のつりたる夜寒かな
奥田眞二
わびしいかんじです。でも克巳先生もよく寝ていて足がつるのだから俳人の素質です。とくに寒いとつりやすいようです。また、何かの金属を薬で補充すると改善するということもききました。(中川純一)

 

風の無い時をコスモス力溜め
巫 依子
風に吹かれるてなすがまま、そうみえるコスモスですが、風のない時には自立していると見立てています。少しわかりにくい言い方ですけれど、そう表現しないと言えないと作者は感じているようです。(中川純一)

 

躙り口まで月光に導かれ
緒方恵美
茶室の入り口でしょうか?とても静かな月明りを感じます。古典的なシーンですね。(中川純一)

 

休業のはずが閉店昼の虫
山内 雪
日限を決めずに休業とかいた紙が貼ってあったのでしょう。少し具合が悪いのかと思っていたら閉店という表示になってしまった。健康問題なのか、経済的なことなのか、両方か。若い店主ではないと思われます。長く通った店だったとわかります。(中川純一)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

かばかりの風をとらへて萩ゆるる
佐藤清子

 

かへりみて積丹ブルー秋の海
鈴木紫峰人
何々ブルーという海はあちこちにあるけれど、しゃこたん岬はとても有名です。

 

こほろぎや何処からとなく父の声
(こほろぎや何処からともなく父の声)
深澤範子
コオロギの声に耳を貸していると、ふとお父様の声がしたように感じたということでしょう。

 

稲光一瞬遠きビル現るる
若狭いま子

 

解体の都営住宅月照らす
(月照らす解体の都営住宅)
中山亮

 

行く秋や御手洗の杓割れしまま
板垣もと子

 

自画像に一筆加へすがれ虫
辻 敦丸

 

子規句集書き終へにけり暮の秋
(子規句集書き終へたるは暮れの秋)
穐吉洋子
筆写しているのでしょうか。素晴らしい試みですね。それが完結したのが秋の暮れであったところが子規の忌とも少し重なって感慨深いというわけでしょう。

 

秋晴や演歌流るる造船所
(秋晴れて演歌流るる造船所)
松井洋子

 

色変へぬ松の威容も浜離宮
木邑 杏

 

青空にぶらさがりたる榠櫨の実
梅田実代

 

大仏の手のふつくらと菊日和
緒方恵美
大仏の手はいつだってふっくらしているけれど、菊の盛りの晴れた日には特にそのふっくらした手が親しみを感じさせるということを自然な言い方で表現しています

 

届きたる宛名達筆今年米
(達筆の宛名で届く今年米)
長谷川一枝

 

能舞台ありし邸や鰯雲
荒木百合子

 

父祖の地をたづね歩くや秋茜
(父祖の地をたづね歩く日秋茜)
千明朋代

 

旅心誘ふ機影や秋澄めり
中村道子

 

きのこ飯一人暮らしの娘来て
岡崎昭彦
学業のためか、仕事のためか、未婚だけれども一人暮らしをしている娘さんが久しぶりにお父さんを訪ねてきたので、きのこ飯を作ってもてなしたというわけです。同じような気持ちを私も最近 茸飯帰りの遅き娘待ち という句で詠みましたので、親しみを覚えます。

 

林檎園延々岩木山浮かべ
(岩木山浮かべ林檎園延々)
小野雅子

 

飛行機の音軽やかに菊日和
(飛行機の軽やかな音菊日和)
箱守田鶴

 

十月や句会の後のロシアティー
深澤範子

 

秋うらら鞄枕にひと眠り
(秋うらら鞄枕にひと寝入り)
飯田静

 

星今宵ボート漕ぎ出す二人かな
中山亮成
なんだか天の川の織姫と彦星みたい。ロマンチックでよいですね。

 

たれかれに撫でさせる猫秋うらら
梅田実代
普通は犬です。猫は嫌な人にはふーっといいますよね。でもこの猫は人慣れしていて、それに年取っているのだろうと思います。子猫ではない。それが秋うららというところに表れています。

 

禅林の空より一枝初紅葉
板垣もと子

 

海風に墓碑銘薄れ秋深し
(海風に薄る墓碑銘秋深し)
木邑 杏

 

秋寒や郵便局にひと休み
松井伸子
一休みするところとして、郵便局というのは珍しい。都会ではなくてのんびりしたところでしょう。

 

雨の日の石蕗ことさらに黄なりけり
水田和代

 

身にしむや塀に解体予定表
荒木百合子

 

内海の鏡のやうな秋日和
鎌田由布子

 

群青の海に一条月明り
鎌田由布子

 

とんかちの音のいつまで秋の暮
藤江すみ江

 

秋の雨宇治十帖を閉ぢたれば
小野雅子

 

ドア越しに胡桃割る音父の部屋
(ドアのむかう胡桃割る音父の部屋)
矢澤真徳

 

実紫夕べの雨に艶増せり
穐吉洋子

 

むせかへることも醍醐味燗熱く
(飲みむせぶことも醍醐味燗熱く)
島野紀子
酒豪ですねえ。

 

ちちろ鳴く書架に未読の歎異抄
奥田眞二

 

解散におうと応へて鰯雲
箱守田鶴

 

行く秋を蝶きらきらと縫ひゆけり
松井伸子
行く秋を縫うという言いかたを見出したのが手柄です。

 

蜜柑剥くマニキュア塗りしこともなく
(蜜柑剥く爪を飾りしこともなく)
森山栄子

 

冷まじや一茶旧居に窓一つ
緒方恵美

 

木の実落つ観音堂に人待てば
小野雅子

 

配達の人の胸にも赤い羽根
小山良枝
コロナで配達人はとても忙しいですね。でもその胸に赤い羽根をつけている人ならイライラしたかんじではないということが伝わります。

 

虫時雨またたく星に呼応して
小野雅子

 

秋の山聞きおぼえなき鳥のこゑ
岡崎昭彦

 

街灯の切れしままなり月今宵
藤江すみ江

 

三姉妹南瓜煮るにも姦しく
佐藤清子
女性は姦しいということで、ストレス発散できて長生きできるのだと思います。

 

ひそひそとこつんと木の実落ち急ぐ
三好康夫

 

天高し三角屋根の風見鶏
飯田静

 

筑波嶺のすつきり見えて柿日和
長谷川一枝

 

手の甲の静脈青しそぞろ寒
板垣もと子
自分の手の甲の静脈が青く浮き出ていることがふとわびしく思われたのでしょう。手がふっくらしていた娘ざかりはとうに過ぎてしまったという寂しさ。男性は頭頂の髪に感じる。

 

高層のビルより低く夕月夜
鎌田由布子

 

天高しホテルの窓の海を向き
鎌田由布子

 

見上ぐれば飯桐の実の真紅
(見上げれば飯桐の実の真紅)
中山亮成

 

蟷螂の首をもたげて何か言ふ
深澤範子

 

茜空雑念忘れ心澄む
(茜空雑念忘れ澄む心)
板垣源蔵

 

むかご採るほろとこぼれて逃げにけり
荒木百合子

 

菊供養小菊の束をもて参ず
箱守田鶴

 

甘藷蒸すたび聞かさるる疎開悲話
(疎開悲話甘藷蒸すたび聞かさるる)
島野紀子
現在では甘藷は繊維も多く、健康食だといわれていますが戦時には米を得られないので代用食という意味合いで、腹を膨らませるためにわびしく食べていたという気分です。もちろん現在売られている甘藷のように甘かったのではないでしょう。疎開で嫌な思いをしていたときみじめな気持ちで食べたものは戦後70年を経ても嫌な思い出につながるので嫌いだという人が多いです。田舎暮らしに慣れていたのではなくて、都会から田舎に疎開した人です。

 

干し柿の間より顔出す峡の人
穐吉洋子

 

パソコンを窓辺に運ぶ良夜かな
吉田林檎
仕事は夜も終わらないけれども、名月が出ているのだからそれを時には見たいという俳人らしい気持ちが自然に詠まれています

 

眼裏に鞍馬のもみじ燃えにけり
(眼裏に鞍馬のもみじ燃えて旅)
奥田眞二
11月末に鞍馬山登山に誘われていて楽しみにしています。伝説の山ですけれども、紅葉はとてもきれいだそうです。

 

一瞬を永遠として星流る
矢澤真徳

 

絵描き歌はたと途切れて秋入日
宮内百花

 

秋の朝魔女の掃き目の箒雲
(秋の朝魔女の掃き目か箒雲)
辻 敦丸

 

短日や食事の刻のすぐに来る
箱守田鶴

 

秋深き大桟橋に「飛鳥Ⅱ」
木邑 杏

 

観覧車一周釣瓶落しかな
鏡味味千代

 

葛の花威勢よき葉に見え隠れ
(葛の花威勢よき葉に見へ隠れ)
小松有為子

 

冬温かひざ掛けをまた落としたる
(冬温かしひざ掛けをまた落としたる)
チボーしづ香
庭にでているのでしょうか?ひざ掛けをしているけれど、それほど寒くはないので、おしゃべりに夢中になるとすぐにずり落ちてしまう。ちょっとしたことですが、季節感があります。

 

星となる者を運ぶや月の舟
(星とならむ者ら運ぶや月の舟)
矢澤真徳

 

稲雀一羽残らず電線に
長谷川一枝

 

照紅葉振り向く君の頬赤く
髙野新芽

 

爽やかに荷の重ければ置けよとぞ
吉田林檎

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選

境内の光集むる椿の実 穐吉洋子
十月や句会の後のロシアティー 深澤範子
自転車の離陸できさう秋日和 優美子
休暇明あおえんぴつをあたらしく 実代
☆ふうはりと帽子にしたき朝の月 有為子
うっすら浮かぶ、柔らかそうな月だったのでしょうね。月を帽子にしたいという発想が新鮮でした。

 

■飯田 静 選

秋晴や演歌流るる造船所 松井洋子
茸山毒なきものの慎ましく 雅子
軒に干す今日は百個の蜂屋柿 伸子
パソコンを窓辺に運ぶ良夜かな 林檎
☆新米や故郷自慢少しだけ 田鶴
新米の頃お米の話題になったのでしょうか。思わず故郷のお米の美味しさを口にしたのでしょう。遠慮がちに。

 

■鏡味味千代 選

霧の海進むべき道閉ざされて 新芽
三姉妹南瓜煮るにも姦しく 清子
塗剥げし鳥居冬日の撫で上げて 島野紀子
石仏の小さきてのひら木の実降る 恵美
☆大仏の手のふつくらと菊日和 恵美
良き日に大仏様にお参りしたのですね。天気も良く、お参りに行ってみたら菊祭りが開催されていたのでしょうか。大きな大仏様の手が、いつもよりふっくらと見えたことで、満たされた幸せな気持ちがわかります。

 

■千明朋代 選

むかご採るほろとこぼれて逃げにけり 百合子
秋天へスケルトンのエレベーター 由布子
虚ろなる目の老人よ秋の雨 チボーしづ香
はちきれんばかりの栗の下ぶくれ 伸子
☆星となる者を運ぶや月の舟 真徳
メルヘンのようで、悲しい句だと思いました。

 

■辻 敦丸 選

七五三社殿横切る緋の袴
柿の実の灯りたるごと熟したり 味千代
秋時雨明日は元気になるつもり 紳介
曼珠沙華ひとつ黄色の道しるべ 百花
☆鰯雲無口になりし逆上がり 百花
逆上がりを頑張っている様子がありありと。応援したくなります。

 

■三好康夫 選

大仏の手のふつくらと菊日和 恵美
かばかりの風をとらへて萩ゆるる 清子
秋の雨宇治十帖を閉ぢたれば 雅子
ぬくき乳搾る体験草の花 あき
☆いつまでも引つこみ思案芙蓉の実 良枝
わかるなあ!

 

■森山栄子 選

月影や鳩の足跡夥し 依子
くの字くの字枯蟷螂の歩きけり
休業のはずが閉店昼の虫
新米や故郷自慢少しだけ 田鶴
☆躙り口まで月光に導かれ 恵美
月光を頼りに茶室へと進んでゆく。躙口を開けるとどんな宇宙が待っているのだろうかと想像が膨らむ句。

 

■小野雅子 選

手を入れて里の温みや今年米 松井洋子
ペグを打つ音の響いて秋の山 宏実
秋霖や愛の言葉を刻む墓碑
石仏の小さきてのひら木の実降る 恵美
☆躙り口まで月光に導かれ 恵美
夜の茶事である。躙り口まで導くのは月光。静寂。幽玄のひととき。

 

■長谷川一枝 選

秋興や一区間てふ旅の窓 依子
虚栗小さき山に積まれをり 道子
頃合にコーヒーの出る良夜かな 栄子
冷まじや一茶旧居に窓一つ 恵美
☆甘藷蒸すたび聞かさるる疎開悲話 島野紀子
身内には辛い思い出があるので、絶対に甘藷を食さない人がいます。

 

■藤江すみ江 選

届きたる宛名達筆今年米 一枝
パソコンを窓辺に運ぶ良夜かな 林檎
稲刈の鎌の子縄の子喋りの子 百花
胸にちよと手を振り返し運動会 実代
☆子の急に手を離したる花野かな 良枝
広々とした花野に誘われたかのような子供の一瞬  解放感 躍動感に溢れている句です

 

■箱守田鶴 選

ざはざはと山猫軒の秋の風 紫峰人
休業のはずが閉店昼の虫
秋うらら影見て直す寝癖かな 一枝
少しばかり採れて明日は零余子飯 朋代
☆実家より鈴虫分けて貰ひけり 良枝
実家から貰うのは日用品とか食べるものとか 実用的なものが普通なのに、鈴虫とは風流で面白いですね

 

■深澤範子 選

蜜柑剥くマニキュア塗りしこともなく 栄子
積ん読の一冊開く夜長かな 由布子
きのこ飯一人暮らしの娘来て 昭彦
帰れなくなつてもいいか大花野 優美子
☆小鳥来るそろそろ旅の話など 一枝
コロナも少し減ってきて、今時の感じが良く表わされていると思いました。

 

■中村道子 選

手を入れて里の温みや今年米 松井洋子
小鳥来るそろそろ旅の話など 一枝
静けさやひとり朝餉の新豆腐 昭彦
人ひとり会はぬ山路や草紅葉 紫峰人
☆大仏の手のふつくらと菊日和 恵美
秋晴れの温かい陽射しの中、大仏様の大きなふっくらとした手に抱かれてみたい……

 

■山田紳介 選

焼き立てのバゲットを抱く秋思かな 良枝
子の急に手を離したる花野かな 良枝
頃合にコーヒーの出る良夜かな 栄子
蜜柑剥くマニキュア塗りしこともなく 栄子
☆大き桃大きな箱で届きけり 深澤範子
小学生が作った様な一句、それを訳知りの大の大人が詠む。こんなに何でもないことを、切れ字まで入れて言い切ると不思議な魅力が生まれる。

 

■松井洋子 選

冷まじや一茶旧居に窓一つ 恵美
晩秋や同居の話突然に 和代
パソコンを窓辺に運ぶ良夜かな 林檎
ゆく秋の水輪とどかぬ向かふ岸 実代
☆休暇明あをえんぴつをあたらしく 実代
青鉛筆をいっぱい使った夏休みの子どもの絵日記。青い空や海の広がる所へたくさん連れて行ってもらったのだろう。健やかで楽しい夏の景が読み手にも浮かんでくる。繰り返す「あ」の音がリズミカルで心地よい。

 

■緒方恵美 選

静けさやひとり朝餉の新豆腐 昭彦
パノラマを車窓に広げ鰯雲 新芽
川音に心遊ばせゐのこづち 朋代
秋夕焼ため息の色塗り替えて 源蔵
☆頃合にコーヒーの出る良夜かな 栄子
簡潔な言い回しの中に、お洒落な雰囲気の漂う句。上五の「頃合に」が効いている。

 

■田中優美子 選

走る背をあと少し押す律の風 新芽
行く秋を蝶きらきらと縫いゆけり 伸子
小鳥来るそろそろ旅の話など 一枝
「よくねる」の宿題すませ秋の朝 実代
☆休暇明あをえんぴつをあたらしく 実代
夏休みに、青い空や海の絵をたくさん描いたのだろうなと思います。夏の思い出と、次なる秋の「青」の爽やかさも感じる、可愛らしくも清々しい句だと思いました。

 

■チボーしづ香 選

目覚むれば六腑重たき夜寒かな 林檎
むかご採るほろとこぼれて逃げにけり 百合子
曼珠沙華ひとつ黄色の道しるべ 百花
かばかりの風をとらへて萩ゆるる 清子
☆芋の露ときをり風をころがして あき
芋の上のつゆが風に落ちる様を美しく表現している

 

■黒木康仁 選

行く秋の猫逝きし夜へ付箋貼る 雅子
何もかも見て来たやうな秋の蝶 紳介
くの字くの字枯蟷螂の歩きけり
芋の露ときをり風をころがして あき
☆稲光一瞬遠きビル現るる いま子
都会での孤独でしょうか。稲光の中遠くを見る、音のない光だけの世界。

 

■矢澤真徳 選

ふうはりと帽子にしたき朝の月 有為子
晩秋や同居の話突然に 和代
天高しホテルの窓の海を向き 由布子
流木に腰を降ろして秋の海 由布子
☆恋をして風に抗ふ蜻蛉かな 栄子
あやうい様子に力強さを感じるのは、不安があっても迷いはないからだろう。

 

■奥田眞二 選

晩秋や同居の話突然に 和代
子の急に手を離したる花野かな 良枝
筆圧の弱き手紙よ小鳥来る 依子
鰯雲無口になりし逆上がり 百花
☆水澄みて空澄みて橋うつくしき 伸子
河童橋の光景が、四万十川の何もない沈下橋が目に浮かびました。読んで心地よい詩的な素晴らしい句と鑑賞しました。

 

■中山亮成 選

甘藷蒸すたび聞かさるる疎開悲話 島野紀子
秋ともし心弱れば句も弱り 雅子
草紅葉寒立馬の脚太きかな 田鶴
一遍の仮寓の跡も花野なか 松井洋子
☆大仏の手のふつくらと菊日和 恵美
大仏を拝む心持ちが「手のふつくら」に表れています。菊日和の穏やかな空気が良く合っています。

 

■髙野新芽 選

ロゼの色にしぼみて朝の酔芙蓉
風呂敷のリボン結びの新酒かな 一枝
鯨ひぞむ地球岬や秋の波 紫峰人
旅心誘ふ機影や秋澄めり 道子
☆秋夕焼ため息の色塗り替えて 源蔵
季節の情景と心象が融合された心地よい好きな句でした

 

■巫 依子 選

頃合にコーヒーの出る良夜かな 栄子
観覧車一周釣瓶落しかな 味千代
ちちろ鳴く書架に未読の歎異抄 眞二
小鳥来る気ままな二人暮らしかな 眞二
☆ざはざはと山猫軒の秋の風 紫峰人
ざはざはというオノマトペがいいですね!宮沢賢治の世界に飛び込んだような気分ですね。

 

■佐藤清子 選

大仏の手のふつくらと菊日和 恵美
色変へぬ松へ経読むそびらかな もと子
筑波嶺のすつきり見えて柿日和 一枝
内海の鏡のやうな秋日和 由布子
☆観覧車一周釣瓶落しかな 味千代
観覧車一周で360°パノラマの風景が見えてくるようです。ゆっくり回転しているのに対し釣瓶がすとん!ときて惹かれました。

 

■水田和代 選

新米の俵むすびよ母の手よ 眞二
日本晴りんご食べさす信濃牛
禅林の空より一枝初紅葉 もと子
小鳥来るそろそろ旅の話など 一枝
☆筑波嶺のすつきり見えて柿日和 一枝
澄み切った秋空に筑波嶺が遠く見え、近景の柿が実っている様子が目に見えるようです。気持ちのいい秋の日が詠まれていると思いました。

 

■梅田実代 選

かばかりの風をとらへて萩ゆるる 清子
条幅の一画ごとの秋気かな 雅子
冷やかや後ろ姿の肖像画 良枝
子の急に手を離したる花野かな 良枝
☆届きたる宛名達筆今年米 一枝
ただでさえ楽しみに待っている今年米、それが達筆の宛名で届く喜び。

 

■木邑 杏 選

少しばかり採れて明日は零余子飯 朋代
秋のこえ朝湯の湯気のやや熱く 昭彦
積ん読の一冊開く夜長かな 由布子
筑波嶺のすつきり見えて柿日和 一枝
☆この町のポスト小さき小鳥来る
住人が片寄せあって住んでいる町の小さなポスト町を出て行った家族の便りがもう来る頃か

 

■鎌田由布子 選

木の実落つ観音堂に人待てば 雅子
空堀や赤のまんまの風に揺れ
かばかりの風をとらへて萩ゆるる 清子
天高し菊の御紋の御用邸 一枝
☆石仏の小さきてのひら木の実降る 恵美
木の実の落ちる音が聞こえてきそうです。

 

■牛島あき 選

大仏の手のふつくらと菊日和 恵美
曼珠沙華ひとつ黄色の道しるべ 百花
はちきれんばかりの栗の下ぶくれ 伸子
萩は実にパンツの裾に靴紐に 一枝
☆恋をして風に抗ふ蜻蛉かな 栄子
恋は恋でも蜻蛉の恋は人間と違う。造化の神の意のままの蜻蛉は、本能さながらに風に抗っている。その哀れさのなんと美しいこと!

 

■荒木百合子 選

山里の夕影長し藁ぼっち 穐吉洋子
秋蝶は死にたり翅を閉ぢぬまま 百花
草紅葉寒立馬の脚太きかな 田鶴
霧立ちて朱の欄干の彼の世めく 栄子
☆手を入れて里の温みや今年米 松井洋子
新米には陽光がなお残っているような温みがあると思いますが、それがお里から送られてきたというので更に心理的な温かみも加わっているのですね。しみじみとした嬉しさ、幸せが感じられます。

 

■宮内百花 選

からつぽの心からつぽの刈田道 優美子
石蕗の花日陰にありて尚明かし すみ江
とんぼうや村の人口一人減り
行商を終ふる挨拶秋の暮 松井洋子
☆秋晴や演歌流るる造船所 松井洋子
秋晴れの気持ちの良い空の下、船の建造音に交じり流れる演歌の歌声。小さな造船所なのか、はたまた大型客船を造る造船所なのか。気の抜けない作業の中にも、造船所の和やかな雰囲気が伝わってくる。

 

■鈴木紫峰人 選

燻製を仕込む香りや小鳥来る
解散におうと応へて鰯雲 田鶴
旅心誘ふ機影や秋澄めり 道子
石仏の小さきてのひら木の実降る 恵美
☆絵描き歌はたと途切れて秋入日 百花
子どもたちが絵描き歌を歌っていたのに、その歌が途切れた。不思議におもって外を見ると秋の太陽が燃えんばかりに今、まさに沈もうとしている。子どもたちは沈む太陽の美しさに、思わず見とれてしまったのだろう。歌声と美しい入日のハーモニーが心に残る句です。

 

■吉田林檎 選

鰯雲無口になりし逆上がり 百花
天高し三角屋根の風見鶏
秋寒や郵便局にひと休み 伸子
秋晴れて演歌流るる造船所 松井洋子
☆風呂敷のリボン結びの新酒かな 一枝
一升瓶を風呂敷で包むのもお洒落ですね。きれいに結んであることと思います。そういう方が選んだ新酒なら美味しいと思います。味を形で表現した一句。

 

■小松有為子 選

躙り口まで月光に導かれ 恵美
絵描き歌はたと途切れて秋入日 百花
稲光一瞬遠きビル現るる いま子
甘藷蒸すたび聞かさるる疎開悲話 島野紀子
☆茸山毒なきものの慎ましく 雅子
毒茸はほとんどが派手な色をしていますよね。人生にも通じるご心境かとも思われて惹かれました。

 

■岡崎昭彦 選

人ひとり会はぬ山路や草紅葉 紫峰人
名月や一句を得たる得意顔 優美子
たれかれに撫でさせる猫秋うらら 実代
小鳥来るそろそろ旅の話など 一枝
☆秋桜一眼レフの連写音
音と色と空気感を感じる句と思いました。

 

■山内雪 選

頃合にコーヒーの出る良夜かな 栄子
自転車の離陸できさう秋日和 優美子
筆圧の弱き手紙よ小鳥来る 依子
大仏の手のふつくらと菊日和 恵美
☆身にしむや塀に解体予定表 百合子
解体される建物が季語身にしむにより想像できた。

 

■穐吉洋子 選

手の甲の静脈青しそぞろ寒 もと子
七五三社殿横切る緋の袴
今日の月離宮の松に影落とし 亮成
大仏の手のふつくらと菊日和 恵美
☆軒に干す今日は百個の蜂屋柿 伸子
秋の日に映える柿簾、一日に百個剥くのも大変ですね、そろそろ干し柿も店先に並ぶ頃かな?

 

■板垣もと子 選

掘り立ての芋供えられ元興寺 康仁
行く秋を蝶きらきらと縫ひゆけり 伸子
秋草のささめく庭に彳みぬ 朋代
とんかちの音のいつまで秋の暮 すみ江
☆勝つほどに怖くなりけり海縲廻し 良枝
「怖くなりけり」で、この勝負をしている作者と共に怖くなりそうな気がした

 

■若狭いま子 選

「熊出るぞそれでも行くか」茸狩
秋深し「駒形どぜう」に舌を焼き
はちきれんばかりの栗の下ぶくれ 伸子
水澄みて空澄みて橋うつくしき 伸子
☆パソコンを窓辺に運ぶ良夜かな 林檎
パソコンをしながらのお月見、まさに今風ですね。名月に魅せられる思いは、いつの世も同じようですね。

 

■松井伸子 選

蜜柑剥くマニキュア塗りしこともなく 栄子
少しばかり採れて明日は零余子飯 朋代
川音に心遊ばせゐのこづち 朋代
旅心誘ふ機影や秋澄めり 道子
☆霧立ちて朱の欄干の彼の世めく 栄子
薄霧の街に降り立ちてふと不思議の街にいる!とこの秋強く思いました。共感致しました。

 
 
 

◆今月のワンポイント

「写生句にこそにじみでてくる本当の個性とは」

皆さん写生ということをよく言われるし、意識もすると思います。花鳥諷詠・客観写生というと、草花や鳥を丁寧にデッサンするだけのように聞こえますけれど、人間も自然界の一員ですから、心を写生するということもあります。

ただ、絵を本気でやろうとする人が、写生で物の形や光の加減、素材感の表現をはじめに叩きこまれるように、あるいはピアニストが毎日ハノンを弾くように、俳句でも言葉による正確な写生が大切だといわれます。

写生にも有情と非情(非人情)があるとされます。一時期、やたらに感情をあらわして形の崩れた俳句が流行った時期に虚子が非人情の句を提唱して、自らも例を示したことがあったそうです。

その穴は日除の柱立てる穴  高浜虚子

はその代表的なものです。当時の弟子の間で、これほど乾いた表現をする弟子がそれほどいたわけではありません。むしろ逆だったかもしれません。清崎敏郎先生は、虚子晩年の弟子ですけれども、弟子の中では花鳥諷詠を重んじてそれを通した作家です。試しに似たような趣の写生句を上げると、

年木樵る音か続きてゐしがやむ  清崎敏郎

先日奥多摩の山登りをしていて、斧の音というよりは電動のこぎりの音がずっとしていましたが、そのとき頭に浮かんだのがこの句です。虚子は穴について述べていて、敏郎は音について詠んでいます。ですが虚子が非人情句としていると感じるのは、「日除の穴」というのが人間生活の中での行いだとわかっていても、非常に乾燥した言い方であることです。一方、敏郎の句は「木を樵る音」だけしか言っていないのですが、正月むけの薪を切る山人の暮らしを感じさせます。つまり非人情ではないと感じられるのです。それは作者の心が表れているからです。

このように俳句表現は、敢えて感情を表に出さなくても、気持ちを表すことができるのが不思議なところです。

気持ちを対象に向けるとき、あるいは対象からのメッセージを受ける心のありようが表現に表れてくるのはその作者の表現のスタイルが独自なものかどうかという点につながっています。

皆さんには、そういう独自のスタイルをだんだんに見つけていってほしいと思っています。俳句は中断することなく作り続けることが望ましいので、また知音投句なども毎月締め切りがあります。今回の作品でも、心が弱ると俳句も弱るというのがありました。調子が悪いときには無理しなくてもよいのです。ですが、少しずつでも自分だけの表現や見方を探していってください。それは各人異なっているはずで、個性となるものです。

技巧が目について誰が詠んでも同じという気がするが、ちょっと技のある句は目を引きやすいのです。そういう句から表現の幅を広げるために必要な技を学ぶこともあってよいのですが、やはり最終的には自分の表現、つまり心が表れてくる表現を発見してください。

半年間でしたけれど、皆さんの俳句を拝見できて楽しかったです。
またいつか皆さんの句をどこかで拝見することを楽しみにしています。

中川純一

◆特選句 西村 和子 選

コスモスは白思ひ出は遠ざかり
田中優美子
【講評】最近は臙脂色のコスモスが結構盛んに栽培されているけれど、ピンクが一番コスモスらしいと私は思っている。白コスモスはそれ自体が群生しているのではなくて、ピンクや赤の中に混じっていることで存在感がある。作者は赤やピンクの中の白に目をとめたのだ。色彩を失った、音のない思い出のように。(中川純一)

 

トロ箱を卓に昼餉や雁渡し
梅田実代
【講評】漁師飯であろうか。ビル街などではない空のひらけた漁港のようなところである。そういう空間の広さと気取らない方言でも大声で話しながら飯を掻っ込む健康な労働者が見える。(中川純一)

 

唇に指立て芒折りくれし
箱守田鶴
【講評】芒を折ってはいけないところみたい。しーっと言いながら折っている。乱暴に折るのではなくこっそりと。(中川純一)

 

コスモスを振り返りつつ風の中
田中優美子
【講評】白コスモスと同じ状況のようだ。別れた人との時は優しく明るい日々だった。もう戻らないと分かっているのに、振り返る。女性のほうが引きずらないと一般に言われるけれど、それは人による。互いが優しい思いでいたのに、別れざるを得なかったケースのようである。そういう優しさがあれば別の人にまた会えそうであるけれど、現時点ではそんな言葉は聞きたくない。(中川純一)

 

草原の羊は眠り銀河濃し
宮内百花
【講評】
かなり広い土地で放し飼いになっている。日本ではないみたいな気がする。イギリスにもスペインにもこんなところがあった。ただ銀河が濃いというとスペインとかオーストラリアか。(中川純一)

 

朝顔の忘れし頃の二三輪
梅田実代
【講評】
咲き始めは毎朝見ているのだが、花期が長いのでそのうち存在感がなくなってきた。それでもふと目にしたら可憐な花が固まっている。朝顔らしい。(中川純一)

 

幾たびも指さされ白彼岸花
牛島あき
【講評】
赤い曼殊沙華は目につくけれど、沢山あるので、素通りだが、白は珍しいので皆が指さすというのであろう。人通りがある道で他に赤い彼岸花も沢山咲いているような田舎を思わせる。(中川純一)

 

すいすいと迷ひ来たりし赤蜻蛉
チボーしづ香
【講評】
迷いこんだように人間は感じている。だからすいすいと調子よく飛んでいて気楽なものだなあと見えるのだ。でもトンボには本能的な行動様式があるのだから迷ったのではない。一見目的もなくあちこち街をうろつくフランス男みたいだと愛らしく思ったのかも。(中川純一)

 

天道虫もろとも稲を掛けにけり
梅田実代
【講評】
稲架にどさっと稲を掛けた際の動きと重量感をそういう言葉を使わずに、しかも色彩を一点入れて表現している。上首尾の句である。(中川純一)

 

新蕎麦や箱階段の黒光り
緒方恵美
【講評】
箱を積み上げた階段、それぞれは材料や道具入れとして役立っている、間口の狭い職人好みの作り。黒光りというから明治期からの蕎麦屋なのか。受け継いで守ってきた味わいが粋なのであろう。(中川純一)

 

丑三つを過ぎて変はりし虫の声
巫 依子
【講評】
午前二時過ぎ、虫も疲れて声が変わったとも、また深夜に鳴く種類になったともとれる。でもそんな時刻まで起きていて眠れずにいる作者の心持がそうさせているということであろう。何かの気がかりについて悩んでいたのを、取りあえず一旦忘れて安堵して虫の声がよく聞こえるようになったのかもしれない。(中川純一)

 

新宿も穂高も照らし今日の月
矢澤真徳
【講評】
新宿と穂高岳は同時に見える光景ではない。つまり作者の心象風景というわけだ。どちらの月も語りかけてくるようだった。(中川純一)

 

ふるふるとふるへふくらみ芋の露
小野雅子
【講評】
芋の葉の大きな起伏にいくつもの露がついていて、風で葉が揺れると、揺れるのだか、そのとき籠っている光の加減で膨らむようにみえる。このように解説するとつまらないが、句には「ふ」と「る」の繰り返しによる心地よいリズムがあるのが効果的で、実体を表している。(中川純一)

 

盛大に嬰のもの干し豊の秋
小山良枝
【講評】
今でも農家は子沢山なのだろうか。田畑を耕す、作物を植え、そして手入れをして、収穫するには人出がいる。機械が増えても、である。その農家がこれからも安心して続くのだと信じさせてくれる豊かな稔りの光があふれている。(中川純一)

 

栗拾ふ我の後より祖父の声
板垣もと子
【講評】
作者の祖父という方がご存命ということはなさそうなので、昔子供の頃に栗拾いに連れていってくれて、いろいろ指示していたおじいさんの声が思い出されるということである。管理された栗拾いではなくて、林の中で自然になっている栗を拾っているのだろう。鳥の声も聞こえてきそうだ。(中川純一)

◆入選句 西村 和子 選
能管の音青空へ曼殊沙華
(曼殊沙華能管の音は青空へ)
黒木康仁

潮風にこゑ攫はるる法師蝉
小松有為子

蜻蛉湧く捨田に今も水の音
(蜻蛉湧く捨田を今も水の音)
牛島あき

団欒の漏れ聞こえくる柿熟るる
(団欒の漏れ聞こえたり柿熟るる)
鏡味味千代

鳴滝の朝顔の紺際立てり
(鳴滝の朝顔の紺際立ちぬ)
板垣もと子

寝たきりの母にも秋蚊打つ力
(寝たきりの母の秋の蚊打つ力)
箱守田鶴

登山杖返したる時掌を合はす
(登山杖返したる時掌を合はし)
巫 依子

鳥渡る空には空の時流れ
(鳥渡る空には空の時間あり)
小山良枝

穂先より色抜けそめし秋の草
吉田林檎

月涼しをのこをみなの双子生る
藤江すみ江

秋蝶の長き尾翅の破れたり
松井洋子

稲雀一群二群翔ちにけり
木邑杏

相関図傍(わき)に夜長の宇治十帖
(相関図横に夜長や宇治十帖)
奥田眞二

鰯雲島に古りたる木のクルス
辻 敦丸

秋晴や師と連れだつてスニーカー
(秋晴るる師と連れだつてスニーカー)
木邑杏

夫の髪ざくざく切れば小鳥来る
(夫の髪ざくざく切れば小鳥くる)
小山良枝

身に入むや同期会また延期なり
長谷川一枝

旅心京見峠に秋の靄
(京見峠秋靄かかり旅心)
荒木百合子

きらめける風の薄の銀の糸
鈴木紫峰人

秋風やパフスリーブの女の子
(秋風にパフスリーブの女の子)
長谷川一枝

木犀の香に理由なき焦りかな
鏡味味千代

水引草沓脱石をさはるかに
板垣もと子

葡萄棚広がる丘のピザハウス
水田和代

天高しダムの放流轟けり
中村道子

靴ひもを結びなほして秋うらら
(靴ひもを結びなおして秋うらら)
黒木康仁

心音を聴いて安心月見草
深澤範子

艇庫閉づ湖にひと刷け晩夏光
辻 敦丸

初秋やるるるとゼリー崩れけり
(初秋やルルルとゼリー崩れけり)
千明朋代

秋気澄むオカリナを吹く二人連れ
中山亮成

比叡いづこ比良に菱採るひとに問ひ
(あれ比叡、比良に菱採るひとに問ひ)
奥田眞二

待宵や助手席の子に語りかけ
(待宵や助手席の子に話しかけ)
鏡味味千代

木星と土星したがへ今日の月
矢澤真徳

今朝の秋羊蹄山を真向かひに
鈴木紫峰人

駅前に理髪店のみ秋暑し
(秋暑し駅前にポツリ理髪店)
岡崎昭彦

二度三度名月を見て眠りけり
(名月を二度三度見て眠りけり)
穐吉洋子

北門を入りしあたりの鉦叩
板垣もと子

日を纏ひ黄花コスモス嬉嬉として
(日纏ひて黄花コスモス嬉嬉として)
藤江すみ江

蓮は実に再会の日の近づきぬ
小山良枝

小刻みに低く飛びゆく秋の蝶
(小刻に低く飛びゆく秋の蝶)
中村道子

おしろいや濠に沿ひゆく石畳
小野雅子

富士山に叢雲かかり秋の夕
鎌田由布子

熊の糞どかと残れる登山道
(熊の糞ドカと残れる登山道)
鈴木紫峰人

草の花蔓に蔓巻き咲きのぼり
長谷川一枝

山の湖真上に白き月を上げ
鏡味味千代

秋の水明るき所過ぎにけり
(秋の水明るき場所を過ぎにけり)
山田紳介

きみの声思ひ出したり秋桜
(きみの声思ひ出しさう秋桜)
田中優美子

しづしづと月下美人の咲く気配
(しずしずと月下美人の咲く気配)
佐藤清子

瑠璃色の尾羽根一枚野分あと
(瑠璃色の尾羽一枚野分あと)
松井洋子

平戸島殊に大きな星流れ
(平戸島へ殊に大きな星流る)
宮内百花

秋霖や工場街を烟らせて
森山栄子

ふるさとに遠く病みたり鳥渡る
(ふるさとに遠く病む身や鳥渡る)
巫 依子

名月や心の芯を照らさるる
田中優美子

髪梳くや金木犀の風入れて
(髪を梳く金木犀の風入れて)
緒方恵美

磯菊の小径下りて六角堂
長谷川一枝

亡霊のごとくビルあり雨の月
田中優美子

散歩より戻れば開き縷紅草
(縷紅草散歩戻れば開きをり)
穐吉洋子

抜け道は今も残れり秋桜
小松有為子

紅萩や沈みては翔つ蜆蝶
木邑 杏

月今宵いつもと違ふ道えらび
松井洋子

三日月を掠め飛行機上昇す
鎌田由布子

遠出せぬ吾子の静かな夏休み
深澤範子

制服を汚さぬやうに葡萄食ふ
山田紳介

水底に鯉の影差す秋日かな
飯田静

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選

名月や心の芯を照らさるる 優美子
新米と空の重箱とどきけり 実代
一回り広くなりたる秋の浜 味千代
手術待つ週末長し小鳥来る 島野紀子
☆瑠璃色の尾羽根一枚野分あと 松井洋子
瑠璃色は、野分あとの澄みきった空を思わせる色ですね。まるで野分がこの羽根を置いて行ったかのよう。詩情豊かな作品だと思いました。

 

■飯田 静 選

重箱を提げて母来る運動会 栄子
遠出せぬ吾子の静かな夏休み 深澤範子
魂棚にぷつくり肥えし茄子の馬 朋代
登校の一列にゆく花野みち 雅子
☆長き夜や選句あれこれ三百余 眞二
ネット句会の選句は楽しみながらも時間を要します。家事を済ませてからまとまった時間のとれる夜に選句することがままあります。季語が効いていると思いました。

 

■鏡味味千代 選

たわいなきうはさをあてにぬくめ酒 一枝
新宿も穂高も照らし今日の月 真徳
亡き人の俤薄れゆき無月 雅子
星月夜言葉より数が好きなんだ 百花
☆艇庫閉づ湖にひと刷け晩夏光 敦丸
絵画のような句ですね。ひと刷けなので、きっとすぐに夕闇になってしまったのでしょうが、その美しい一瞬をうまく捉えていると思いました。

 

■千明朋代 選

高原の野菜生ハム秋のピザ 和代
登高す決めるべきこと決めるため 味千代
水引草沓脱石をさはるかに もと子
頬張つてしばらく噛まずマスカット 林檎
☆富士はるか咲き残りたる月見草
富士山の大きな姿が目に浮かびました。

 

■辻 敦丸 選

手料理に少し散らされ鷹の爪 新芽
湿原の名もなき橋や糸とんぼ 栄子
炊事の手止めて聴き入る虫時雨 紫峰人
新米と空の重箱とどきけり 実代
☆朝顔の忘れし頃の二三輪 実代
拙宅の朝顔も同じ、気象か栄養不足か加齢か・・・。

 

■三好康夫 選

野仏のまなざしの先秋の蝶 一枝
天高しダムの放流轟けり 道子
コスモスや三つ編み指を逃げたがる 実代
秋暑く幼の髪の湿りをる
☆蓮は実に再会の日の近づきぬ 良枝
「蓮は実に」の季節に逢い、来年も逢いましょうと約束されたのでしょう。楽しみですね。

 

■森山栄子 選

髪梳くや金木犀の風入れて 恵美
幾たびも指さされ白彼岸花 あき
潮の香に暮らす冥加や鰯裂く 眞二
烏瓜昔の手紙出てきたり 良枝
☆新宿も穂高も照らし今日の月 真徳
大都会と大自然という対照的な二つの地点。旅の帰路、或いは親しい人の住む土地を思う句かもしれない。月は様々な暮らしを優しく照らしてくれているのだとしみじみ思う。

 

■小野雅子 選

大花野分けて夢二のアトリエへ 一枝
紅萩や沈みては翔つ蜆蝶
秋の水明るき所過ぎにけり 紳介
盛大に嬰のもの干し豊の秋 良枝
☆髪梳くや金木犀の風入れて 恵美
金木犀の香が好きだ。家々の庭を眺めながらの外歩きも楽しい。金木犀の風に髪を梳くなんて素敵。苦労を知らない娘とも人生を経験した女性とも読めてイメージが膨らみます。

 

■長谷川一枝 選

女郎花更地に残る門一対, 恵美
抜け道は今も残れり秋桜 有為子
今朝の秋ていねいに作るすまし汁 昭彦
ひよんの笛あるかも大学植物園 百合子
☆新宿も穂高も照らし今日の月 真徳
新宿の高層ビル群に観る満月から、いつか登った穂高の山並での光景を連想したのでしょうか。

 

■藤江すみ江 選

葦舟に祈りを結はへ秋まつり 依子
トロ箱を卓に昼餉や雁渡し 実代
重箱を提げて母来る運動会 栄子
コスモスの薄紅溶かす夕の風 優美子
☆かをりまで写りこみそう金木犀 一枝
金木犀はカメラを向けている間も 甘い香りが漂ってきます その実感が詩になっています おそらく 瞬間に出来た句でしょう?

 

■箱守田鶴 選

心音を聴いて安心月見草 深澤範子
髪を梳く金木犀の風入れて 恵美
昼の虫赤穂浪士の眠る墓
立ち話してゐて聞こゆ鉦叩 もと子
☆盛大に嬰嬰のもの干し豊の秋 良枝
晴天に可愛い嬰やのものが一面に広がる。お母さんの仕合せはここにあり。「豊の秋」と詠んで みんなに幸せを分けてくれました。

 

■深澤範子 選

鳥渡る空には空の時流れ 良枝
からうじて上向くものも敗れ荷 良枝
幾たびも指さされ白彼岸花 あき
きみの声思ひ出したり秋桜 優美子
☆湿原の名もなき橋や糸とんぼ 栄子
いつか見たような光景を思いださせてくれました。

 

■中村道子 選

ふるふるとふるへふくらみ芋の露 雅子
ねこじゃらし風を光を遊ばせて 雅子
ふるさとに遠く病みたり鳥渡る 依子
名月や心の芯を照らさるる 優美子
☆寝たきりの母にも秋蚊打つ力 田鶴
寝たきりのお母さんの体に秋の蚊が止まった。気づいて打つお母さんの力の入らない手。体力の衰えを作者は寂しく感じとったのでしょう。

 

山田紳介 選

拾つてと言はむばかりの銀杏の実 百合子
山の湖真上に白き月を上げ 味千代
瑠璃色の尾羽根一枚野分あと 松井洋子
次々と稲穂飲み込むコンバイン 穐吉洋子
☆月涼しをのこをみなの双子生る すみ江
二人の赤ちゃんは、あのお月様からやって来たのかも知れない。「をのこをみな」のリフレインが心地よい。

 

■松井洋子 選

鰯雲島に古りたる木のクルス 敦丸
手術待つ週末長し小鳥来る 島野紀子
トロ箱を卓に昼餉や雁渡し 実代
潮風にこゑ攫はるる法師蝉 有為子
☆蜻蛉湧く捨田に今も水の音 あき
田としての役目を終え、自然へ戻ろうとしている捨田。その脇を流れる水路の水音。 水のある所には命が沢山ある。湧いてくる蜻蛉の群はその象徴のようだ。

 

■緒方恵美 選

夕空はいにしへの色吾亦紅 良枝
鰯雲島に古りたる木のクルス 敦丸
亡き人の俤薄れゆき無月 雅子
更待の月けもの径照らしをり 和代
☆野仏のまなざしの先秋の蝶 一枝
御仏の優しい眼差し・ゆっくりとした蝶の動き。簡潔にして平明な表現ながらその瞬間を見事に切取った写生句。

 

■田中優美子 選

読み終へて現に戻る虫時雨 恵美
まだ漕げぬ白き自転車初紅葉 すみ江
ねこじゃらし風を光を遊ばせて 雅子
夕空はいにしへの色吾亦紅 良枝
☆制服を汚さぬやうに葡萄食ふ 紳介
学校から帰ってきた中学生か高校生を想像しました。制服を汚さないように気遣う人物の人柄に惹かれると同時に、よく熟れた葡萄の瑞々しさも伝わってきます。

 

■長坂宏実 選

湯豆腐の恋しき頃となりにける
寝たきりの母にも秋蚊打つ力 田鶴
コスモスのいちばん似合ふひととゐて 優美子
限定の文字に誘はれ栗また栗 新芽
☆畦道の秋風まさに黄金色 新芽
稲の音が聞こえてきて、とてもさわやかな句だと思いました。

 

■チボーしづ香 選

次々と稲穂飲み込むコンバイン 穐吉洋子
バッカスのしもべ揃ひて葡萄集む 眞二
鳴滝の朝顔の紺際立てり もと子
中天に日の高高と処暑の節 亮成
☆秋の蝉人老いゆれば声太く 島野紀子
季節終わりの蝉が声を張り上げて鳴く様子と人の老いゆく姿をうまく声という言葉で重ねて上手く読んでいる。

 

■黒木康仁 選

秋の蟬人の老ゆれば声太く 島野紀子
点滴の滴見ている秋の朝 穐吉洋子
ふるさとに遠く病みたり鳥渡る 依子
野仏のまなざしの先秋の蝶 一枝
☆新蕎麦の講釈長き亭主かな 一枝
いるんですよね。やれ今年は雨が少なかったから出来が……とかね。でもそれが楽しいんじゃないですか?

 

■矢澤真徳 選

湿原の名もなき橋や糸とんぼ 栄子
心音を聴いて安心月見草 深澤範子
烏瓜昔の手紙出てきたり 良枝
紅萩や沈みては翔つ蜆蝶
☆レマン湖に駆け降る青きぶだう棚 眞二
ラヴォーの葡萄畑は真っ青なレマン湖に転げ落ちそうな斜面に広がっています。その迫力満点の風景を、駆け降る、と動きで表現したところがおもしろいと思いました。が、何より程よく冷えたスイスの白ワイン が飲みたくなりましたが…。

 

■奥田眞二 選

カルメンを踊り出しさうカンナの緋 朋代
長き夜の見るともなしのたなごころ 林檎
ここに入るは我で最後や墓洗ふ
みんみんや広沢虎造彼の調子 康夫
☆月涼しをのこをみなの双子生る すみ江
身ごもられてから誕生までのご苦労は私には想像の世界ですが大変なものでしょう。暑苦しい夏がすぎて清冷な月のような安寧が読み取れます。 季語の選択がお上手だと思います。 双子ちゃんおめでとうございます。

 

■中山亮成 選

小鳥来る古へ人の墳処
バッカスのしもべ揃ひて葡萄集む 眞二
トロ箱を卓に昼餉や雁渡し 実代
向日葵の一つ目小僧仁王立ち 穐吉洋子
☆鰯雲島に古りたる木のクルス 敦丸
五島列島あたりの教会を想像します。

 

■髙野新芽 選

かをりまで写りこみさう金木犀 一枝
寝入りたる仔犬の息も秋の声 栄子
きらめける風の薄の銀の糸 紫峰人
海の香に吾を包みゆく鰯雲 有為子
☆名月や生きとし生けるもの鳴きぬ 依子
秋の夜に聞こえてくる、生命が発する音を感じた素敵な句でした。

 

■巫 依子 選

穂先より色抜けそめし秋の草 林檎
寝たきりの母にも秋蚊打つ力 田鶴
コスモスや三つ編み指を逃げたがる 実代
髪梳くや金木犀の風入れて 恵美
☆黒葡萄空のすき間に剪る重さ あき
すき間の空ではなく、空のすき間という表現が新鮮でした。

 

■佐藤清子 選

点となり仙人草の昇天す もと子
潮の香に暮らす冥加や鰯裂く 眞二
袋田の三段の滝見に行かむ 深澤範子
心音を聴いて安心月見草 深澤範子
☆名月や心の芯を照らさるる 優美子
心の芯が名月に照らされているという発想がたまらないです。夜の広い空間の中にあってシンプルで深くて、語られていない胸中にも心が惹かれます。

 

■水田和代 選

蓮は実に再会の日の近づきぬ 良枝
草原へ駆け出してをり天高し 百花
重箱を提げて母来る運動会 栄子
山の湖真上に白き月を上げ 味千代
☆白萩の噴水めきて宙泳ぐ 百合子
豊かな枝ぶりの白萩を噴水のようだと思われたこと、なるほどです。

 

■梅田実代 選

重箱を提げて母来る運動会 栄子
長き夜の見るともなしのたなごころ 林檎
草原の羊は眠り銀河濃し 百花
寝たきりの母にも秋蚊打つ力 田鶴
☆かをりまで写りこみさう金木犀 一枝
庭の金木犀を撮影しているのか、それとも木のそばで記念写真でしょうか。爽やかな秋の風景です。

 

■木邑 杏 選

ふるふるとふるへふくらみ芋の露 雅子
ねこじゃらし風を光を遊ばせて 雅子
ひとつかみ姉に持たせり山椒の実 栄子
湿原の名もなき橋や糸とんぼ 栄子
☆潮の香に暮らす冥加や鰯裂く 眞二
潮の香りの中で暮らしている幸せ、新鮮な鰯の美味しいこと。しみじみありがたいなぁ…。

 

■鎌田由布子 選

オーソレミオ,ナポリ娘や葡萄熟る 眞二
寝入りたる仔犬の息も秋の声 栄子
葡萄棚広がる丘のピザハウス 和代
鰯雲島に古りたる木のクルス 敦丸
☆ねこじゃらし風を光を遊ばせて 雅子
よく見かけるねこじゃらしですが、「風を光を遊ばせて」なんと素敵な表現でしょう。

 

■牛島あき 選

瑠璃色の尾羽根一枚野分あと 松井洋子
野仏のまなざしの先秋の蝶 一枝
読み終へて現に戻る虫時雨 恵美
山の湖真上に白き月を上げ 味千代
☆コスモスを振り返りつつ風の中 優美子
コスモスに風はつきものですが、この句ではそれを言わず、風に吹かれながら振り返る作者の姿を詠むことによって、美しい景色が彷彿とする仕組になっているのに感心しました。

 

■荒木百合子 選

湿原の名もなき橋や糸とんぼ 栄子
秋暑く幼の髪の湿りをる
紅萩や沈みては翔つ蜆蝶
艇庫閉づ湖にひと刷け晩夏光 敦丸
☆二度三度名月を見て眠りけり 穐吉洋子
いいものを見たという余韻を胸に眠るというこの句に誘われて、大野林火の旅の花火の句がふと思い出されます。その一方掲句にはより日常的な自宅での感慨がとてもさりげなく語られていると思います。

 

■宮内百花 選

月涼しをのこをみなの双子生る すみ江
露草の藍も群るれば眩しかり 島野紀子
潮の香に暮らす冥加や鰯裂く 眞二
天道虫もろとも稲を掛けにけり 実代
☆熊の糞どかと残れる登山道 紫峰人
熊の糞をついぞ目にしたことはないが、まざまざとその光景を思い浮かべることの出来る一句。作者は糞を観察して、熊が何を食べたのか、真新しい糞なのかなど、熊の情報を読み取ったに違いない。

 

■鈴木紫峰人 選

身ぢろがず夏の暁見てゐたり 深澤範子
読み終へて現に戻る虫時雨 恵美
名月や心の芯を照らさるる 優美子
天道虫もろとも稲を掛けにけり 実代
☆野仏のまなざしの先秋の蝶 一枝
野にあって、人々を見守る仏像の優しいまなざしは、命の終わりを迎える秋の蝶にも、慈しむように優しいまなざしを送っている。静かな心安らぐ句ですね。

 

■吉田林檎 選

鰯雲島に古りたる木のクルス 敦丸
女郎花更地に残る門一対 恵美
ふるさとに遠く病みたり鳥渡る 依子
丑三つを過ぎて変はりし虫の声 依子
☆草原の羊は眠り銀河濃し 百花
場所柄がよく描かれています。広大な草原を思います。牧場の銀河はさぞかし濃いことでしょう。北海道や海外でしょうか。私には絵画のような非日常の句でした。

 

■小松有為子 選

膨よかに秋風まとい天日干し 昭彦
秋雨や茅葺の香のいよよ濃く
読み終へて現に戻る虫時雨 恵美
艇庫閉づ湖にひと刷け晩夏光 敦丸
☆大寺に門あまたあり破蓮 良枝
広い境内への出入り口が沢山にあるというところを詠まれた視点が素晴らしいです。

 

■岡崎昭彦 選

穂先より色抜けそめし秋の草 林檎
分け入りて茗荷の花の白に遇ふ 実代
水底に鯉の影差す秋日かな
菩提寺の桜紅葉がひざまづき 康仁
☆読み終へて現に戻る虫時雨 恵美
本の世界から抜け出した途端、気付かなかった事が不思議な程に虫が鳴き競っている事に気付く。

 

■山内雪 選

抜け道は今も残れり秋桜 有為子
鰯雲島に古りたる木のクルス 敦丸
富士に肩並べ夕星厄日果つ 眞二
夕空はいにしへの色吾亦紅 良枝
☆金継ぎを神に成されし今日の月 依子
名月の美しさを神の成した金継ぎとはなるほど。

 

■穐吉洋子 選

月今宵いつもと違ふ道えらび 松井洋子
かをりまで写りこみさう金木犀 一枝
和尚亡き今年の萩の伏しまろぶ 百合子
あはあはと花も葉も揺れ秋桜 優美子
☆重箱を提げて母来る運動会 栄子
お孫さんの運動会を楽しみに朝早く起きて弁当を作ったのでしょうね、重箱にはどんな御馳走が詰まっているのでしょうか。

 

■島野紀子 選

蟷螂の構へに木戸を開けられず 有為子
重箱を提げて母来る運動会 栄子
相関図傍に夜長の宇治十帖 眞二
コスモスや三つ編み指を逃げたがる 実代
☆登山杖返したる時掌を合はす 依子
無事の下山と、杖に守られた道中、また来ますの気持ちが伝わりました。

 

■板垣もと子 選

かはらけの杯見せ合ひて菊の酒 雅子
長き夜の見るともなしのたなごころ 林檎
光ありかご一杯の秋茄子 朋代
読み終へて現に戻る虫時雨 恵美
☆からうじて上向くものも敗れ荷 良枝
「からうじて」と「も」から全体が見え人の句ではないが人のことを思ってしまう。

 

◆今月のワンポイント

「季題と季節感、季重なり」

私は北海道に住んでいたので、季節感が関東地方と優に二か月は違っていると感じていました。つまり春は遅く、冬は早いのです。桜が咲くのは五月の連休の一週間ほど後、それもソメイヨシノは寒冷すぎて育たないのでエゾヤマザクラです。紅葉は九月に始まりますし、ストーブも九月の末に入れます。こういうことをどう考えるか。私は、草木虫魚の場合、咲いている、あるいは活動しているのならば歳時記の分類上の記載時期とずれていても、そういう気候環境の中に置かれている作者の気持ちを表す背景として問題ないと思っています。これに対して、人事やお祭りの日程、正月、クリスマス、お盆などは暦の上で決まっています。人事にまつわる心持は同じですけれど、その環境は大分異なります。クリスマスは南半球では真夏でTシャツですから、サンタのおじさんどんな格好なのか?正月、七夕も新暦、旧暦では日取りも違います。日本で正月は一月一日にほぼ決まっていますけれど、中国なら二月でしょうし、日本でも昔は旧暦です。これらをあまり深刻に考えても仕方ないことです。

季重なりについてはどうでしょう。

文章では、「夏だから暑くて汗が沢山出る」というのは問題ないですけれど、俳句で

夏が来て暑くて汗がとまらない

というのでは、ばっかじゃないの?ということになってしまいます。季題で、しかも同じ意味合いのものが三つあるということで、興ざめするわけです。では絶対に季語が二つはいっているとダメかというと著名な句でもたくさんあります。

蝶低し葵の花の低ければ  富安風生

この句は風生歳時記で葵の花の項にあります。句の中で葵の鮮やかな大きな花が長い茎についているのが明白ですが、蝶の模様などは想像できません。けれども、蝶がいて、低いところを飛んでいるといわれると、葵の茎がかなり高い、そしてまず下から咲いていることが描かれています。蝶の動きに誘われて、鑑賞者の目が動くのです。更に言うと、「花と蝶」は演歌ではないけれど切り離すこと自体無理です。この句では主体が葵で、蝶は小道具ですけれども、なくてはならないわけです。

不必要に季語を重ねると興ざめですけれども、必要であれば、それはどちらかが主体である、あるいは、切っても切れない関係であれば目くじらを立てるのはむしろ句意を理解していないことだと言うことです。

皆さんは初心者というよりもすこしレベルが高いのですが、こんなこと考えたことありますか?ボンボヤージュ句会ではよく問題になっています。

(中川純一)

◆特選句 西村 和子 選

尾を立てて犬も潜れる茅の輪かな
松井洋子
【講評】ご主人と一緒について茅の輪くぐりのワンちゃん。嬉しくて尾が立っている。周りの皆が笑ってみている、そんな光景。(中川純一)

 

灯して過ごす一日秋黴雨
飯田 静
【講評】秋という言葉の印象は、秋晴れの高い空、澄んだ空気。でも今年は長雨の秋であった。その上、新型コロナウィルスの流行で外出できず、家にいる時間が長い。薄暗い中でずっと本を読むと目に悪い、そう親から言われたのは今でも気になる。でもそんな日が毎日続いて慣れてしまったような穏やかな響きがこの句にはある。(中川純一)

 

鳳梨切るその細腕の勇ましき
長坂宏実
【講評】鳳梨はほうり、普通そうは言わず、パイナップルのこと。皮がとても固い。実は私も毎日ヨーグルトと一緒にパイナップルを食べている。切り身になったのを買うのではなくて、丸ごと一つ買ってきて自分でさばいている。かぼちゃほどではないけれど、難しいのは皮をどのくらいの厚さに切るかということ。薄いと、茶色い縁が残るが切りすぎるともったいない。芯をどのくらい切り捨てるかも同様に大切。大ざっぱに縦に4つ切込みをいれるのが、まあスリルのあるところである。それをなんなくこなすエレガントな女性。見ている方が怖い、ということ。私が見ていると口を出して嫌がられそうに思える。(中川純一)

 

無邪気とも無神経ともカンナの黄
梅田実代
【講評】カンナの黄色。あけらかんと明るい。翳りというものが感じられない。第一印象は無邪気。でもなんだか無神経な気もしてきた。作者の脳裏に何をいっても動じないような人の顔が一瞬浮かび上がったのかも。(中川純一)

 

地蔵盆知らぬ子一人混じりをり
小山良枝
【講評】村の子は皆小さいころからお爺ちゃんに連れられて地蔵盆に来ていた。そこへ都会から来た子が今年は混じっていて、いちいち目を見張っている。でも周りの子供は、これはこういう意味なんだとか、色々教えてやっている様子が見える。(中川純一)

 

落蟬のいまだ眼光失はず
松井洋子
【講評】これを書いている机の上のパソコンの横にも、拾ってきた落蟬がいる。それは仰向けで足を閉じて死んでいるのではなくて、生きたままのような形でいたので、興味を持ったのだ。そう、眼光を失っていない。(中川純一)

 

そこここに団扇残され考の書庫
松井洋子
【講評】 浅学にして「考の書庫」というのがどういう意味なのかわからないと、ずいぶん悩みました。でもある方が、それは「かう」と読んで、「亡き父」という意味の言葉なのだと親切に教えてくださいました。そうすると、とてもよくわかります。つまりお父様は生前本が好きなインテリで、書庫に沢山の立派な本が残されている。しかも、ところどころに団扇が残されている。冷房などない時代だから、読みたい本があるとそこで座って団扇で仰ぎながら読んでいて、終わるとそのまま団扇を置いて書庫を出たお父様だったのでしょう。夢中で読んでいたということもわかる。とても懐かしい、そしてお父様のお人柄と時代背景が、まるで日本映画のように彷彿とされるのでした。聞き慣れない言葉ですが、この場合はお父様の人柄を言い表しているのでしょう。この場合はぴったりですが、あまり一般的でない言葉は注意して使うべきだとは思います。(中川純一)

 

名人は短く速く捕虫網
矢澤真徳
【講評】虫取りに慣れている人は、無駄に網を振り回したりせず、最短距離、つまり最短時間で狙った昆虫をとらえる。それも獲物には傷をつけないように。「昆虫すごいぜ」の香川照之のみならず、子供でも練達の子はそういう動作をする。(中川純一)

 

秋の初風乗りこなし一輪車
牛島あき
【講評】「あきのはつかぜ」という7文字が上に来ている。そのあとは5+5という構成になっている。そのリズムの危なっかしさで一輪車を表現しようという野心的な試みと見えます。きっと乗っているのは子供か若い女性なのでしょう。筋肉男子とは思えません。この句会にはなかなかの冒険句があります。(中川純一)

 

マジックで爪を塗りをり夏休
梅田実代
【講評】小さな女の子。夏休みでお母さんの真似をして、マニキュアごっこの時間。マジックインクを使うところが子供。だが、洗い落とすのは大変でお母さんの仕事になってしまう。けれども、成長を嬉しそうに見ている若いお母さんである。(中川純一)

 

真夜中のサイレン遠き秋出水
小野雅子
【講評】今年は、というよりも最近数年間、気象庁の予想をはるかに越える大雨が発生して、被害がでている。真夜中のサイレン。真っ暗なのにどうやって避難するのであろうか。ただ、その音は幸い、かなり遠い。しかし相手は洪水である。不安な夜。(中川純一)

 

 

◆入選句 西村 和子 選
( )内は原句

おほかたの家事を済ませて月涼し
飯田 静
きっとよい奥様なのだろう。次から次に何かの家事があって片づけないとならない。まあ、今日のところはここまで、として差支えないという時刻になってお月さまがきれいな夜空を見上げる。

バスの中通り抜けゆく秋の風
髙野新芽
バスは新型コロナウィルスの流行で、窓を開けていることが多い。冷房とは違う自然な秋風が通ってくるのは気持ちがよい。

銀輪の駆け抜けたるや蟬しぐれ
岡崎昭彦

豪雨去り庭にさやかな虫の声
小野雅子

秋の夜の酔客の歌もの悲し
(秋の夜酔客の歌物悲し)
 鏡味味千代
悲恋の歌であろうか。酔って歌っているというのは、決して沈み込んでいるお客さんではない。けれども歌っているのは、何やらわびしい歌。加山雄三みたいな歌ではない。石川さゆりあたりか

秋暑し三分間を待ち切れず
山田紳介
即席ラーメンではなかろう。何かの検査キットであろうか。

終電の遠ざかりゆく夜の秋
(終電の遠ざかるなり夜の秋)
森山栄子

梨を剥く住めば都と思ひつつ
(住めば都と思ひつつ梨を剥く)
木邑 杏
梨が旨い地方に移り住んだ作者なのだろう。知音集でお名前を探すと東京在住のようだが。ということは忙しなくて人の住む所ではないとは思えないような東京暮らしだけれども、日本中の食べ物が集まっているのも事実ということか。私の家族の一人は、わざわざ網走から魚を取り寄せても、東京で売っている魚が一番新鮮で旨いといって歯牙にかけない。

杉の根の香りもろとも岩清水
森山栄子
旨そうな水である。私は北海道に住んだので、河や山の水を飲まない方がよいと叩きこまれているけれど、なんといっても本来清水は長い地層を通るうちにろ過されていて、きれいな上に、ミネラルもあるし、それに森の香まであるのが自然で極上。ちなみに網走の水道の水はとても旨い。その源泉を見学したけれど、それこそ山清水であった。

青空の膜剥がれたる今朝の秋
田中優美子
青空の膜が剥がれる、とは、大胆な表現。心の膜もはがれたような気がしたのであろう。

台風の近づく街の雲速し
穐吉洋子

浜晩夏足裏の砂さらはるる
(浜晩夏足裏の砂のさらはるる)
箱守田鶴

葉脈に茎に血の筋槍鶏頭
三好康夫
槍鶏頭の花というのは鶏冠のような形ではなくて槍の穂先のような形。種類が沢山あるようだが、ものによっては茎も真っ赤、そして葉の葉脈は毒々しいまでに真っ赤に走っている。それを血の筋と言ったわけであるが、まさにその通りの種類の槍鶏頭がある。

螺旋階段にて秋風とすれ違ふ
長谷川一枝
言うまでもないけれど、避難階段のらせんではなかろう。由緒正しい屋敷だろうか。秋風とすれ違うというのは、そこを歩いた貴族とすれ違っている気分を感じさせる。そう取りたい私なのでした。

キッチンの床軋みをる残暑かな
小野雅子

チョコレートぱきんと割りて涼新た
田中優美子

姥捨の眼下に諏訪湖水の秋
木邑 杏

空蟬の風にからころ石畳
中山亮成

山麓の風のまにまに青芒
鈴木紫峰人

舌垂るる犬と目の合ふ残暑かな
(舌垂るる犬と目合はす残暑かな)
奥田眞二

犬は気孔がないからいつもはあはあしている。それでも暑いと涎をたらして哀れである。そんな犬がこちらを見上げた時に目が合った。添削された形のほうが無意識なしぐさがかえって生生しい

猪肉を買ひどら焼きも持たさるる
梅田実代

朝霧に触れて曇れる庭鋏
矢澤真徳
早起きして庭木の手入れか、はたまた何かの秋の花枝を切っているのか。鋏自体も外にあったので冷たくなっていて曇りやすいような季節感。

判定はアウト秋暑の土煙
牛島あき
夏の甲子園とは言うけれど、暦の上で秋となっても野球試合は行われている。果敢な滑り込みだがアウトと審判の拳が伸ばされた。

木々よりも草に鳴くもの増えて秋
緒方恵美
この句を頭に近所を歩いてみると、実は木の上で鳴く虫のなんと多いことか、気づかされた。

オルゴールの中に仕舞へり鍬形虫
(オルゴールの箱に仕舞へり鍬形虫)
宮内百花
子供にとって、クワガタムシは宝物。オルゴールの箱といっても音を出す部分と何かを容れる部分が分かれている高級オルゴールである。クワガタが眠る箱から、どんな音楽が流れるのであろうか?想像すると楽しい。

夏の月ゆつくり出でて遠野郷
深澤範子

カフェの椅子避暑の腕を軽く乗せ
森山栄子

かき氷爆心地より戻り来て
宮内百花
重い。爆弾が落ちたというのは、原爆のことだとすぐに想像できる。

強情を隠しおほせし単帯
(強情を隠しおほして単帯)
森山栄子

手ぬぐひに堂々と紋秋祭
(手ぬぐひに紋の堂々秋祭)
鏡味味千代

終戦日父の戦死も知らぬまま
中村道子

存分に鳴いて身の透く法師蝉
緒方恵美

釣り人は何を見つむる秋の波
(釣り人は何見つむるか秋の波)
髙野新芽

側溝の水音高く今朝の秋
長谷川一枝

無言館出れば現し世蝉時雨
(無言館出れば現し身蝉時雨)
黒木康仁

ぐんぐんと海から丘へ野分雲
鎌田由布子

レース終へ涙まじりの汗ぬぐふ
長谷川一枝
フィールドで走る競技であろう。色々あるけれど、足で走る本来の競走のかんじ。

雨音のだんだん勝り秋風鈴
小山良枝

夏の川吾子はざぶざぶ先を行く
(夏の川ざぶざぶ先を行きし吾子)
宮内百花

花火果つはらからいつかたれか欠け
(花火果つ親族のいつかたれか欠け)
千明朋代

寄る波の音やはらかに今朝の秋
緒方恵美
地味だが、気持ちは抵抗なく伝わる。

熱々のはうじ茶一杯秋深し
(秋深むほうじ茶を一杯熱々を)
木邑 杏

青きまま枝に朽ちたるトマトかな
チボーしづ香
そういうこともあるのか。若死にした人を思わせる。自然界であれば、人間以外のものは、大人になって子孫を残せる割合はむしろ少ない。一部植物のほうがその割合は多いけれど、天候不順を避けるすべはない。

地祭の祝詞の声の涼しけれ
藤江すみ江

朝顔の蕾より濃く咲きにけり
田中優美子

秋黴雨赴任地へ父送り出し
飯田 静

夏草やビデオショップのありし場所
長坂宏実

金糸草長々伏せる雨の日々
小松有為子

いにしへの祭祀めきたり大文字
(古への祭祀めきたる大文字)
荒木百合子

刻まれし父の戦歴墓洗ふ
中村道子
軍隊では位の高い人であったのか、あるいは色々な地で戦われたのか。記憶のお父様は物静かであったのか。いろいろ想像が膨らむ。

手作りの句集仕上がり夏の月
千明朋代
それはよかったです。私もあるグループでは表紙版画をいちいち刷ったりして作っています。

秋風に紙垂ひらひらと地鎮祭
藤江すみ江

秋霖の中やドクターヘリ待機
小野雅子

手花火の子らも交じりて魂迎
森山栄子
家族で集まっている。子供たちは退屈してしまうので、線香花火を与えるとよろこんでいる。昔からの風景。

初秋や艇庫久しく開かぬまま
松井洋子

水羊羹正座苦手な男の子
深澤範子

天の川乳飲み子の息確かむる
宮内百花

入つてはならぬ部屋あり夏館
山田紳介
よほど大きな格式高い館なのであろう。

半日を失せ物捜し汗しとど
長谷川一枝

風鈴の鳴らず揺れをり夕浅間
矢澤真徳

夕蟬のジジとつぶやく庫裡の窓
辻 敦丸

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選

チョコレートぱきんと割りて涼新た 優美子
手も爪も父に似通ひ鳳仙花 栄子
ピタゴラスイッチに鍬形虫のよく動く 清子
野分だつ風に混じりぬバジルの香
☆無邪気とも無神経ともカンナの黄 実代
無邪気も一つ間違えれば無神経と取られかねません。明るいけれど、見方によっては毒々しいカンナの黄色との取り合わせが鮮やかでした。

 

■飯田 静 選

銀輪の駆け抜けたるや蝉しぐれ 昭彦
前略と置きて思案やつくつくし 眞二
無言館出れば現し世蟬時雨 康仁
水羊羹正座苦手な男の子 深澤範子
☆手花火の子らも交じりて魂迎 栄子
迎火に親子三代揃って賑やかに集っている景を浮かべました。

 

■鏡味味千代 選

無言館扉の先に夏の庭 康仁
前略と置きて思案やつくつくし 眞二
判定はアウト秋暑の土煙 あき
かき氷爆心地より戻り来て 百花
☆先頭の少年会釈精霊船 百花
夏だからでしょうか。生と死のコントラストの見える句を多く選んでしまいました。死者を送る精霊船の列の先頭にいるのは生に満ち溢れる少年。その少年がペコリと頭を下げた。動作を入れることで、より生が際立ち、生と死のコントラストも鮮やかに描かれます。列の先頭を務めるのは喪主であると聞きました。お辞儀をすることで、まだ少年であるのに、一家の代表としての振る舞いを身につけてきている様子も、句の背後のストーリーを感じさせます。

 

■千明朋代 選

名前なき夏の星にも願ひかけ 味千代
風鈴の短冊くるりくるくるり 味千代
雷除けお札三角衿に差し 田鶴
青空の呼吸に触るる秋の朝 優美子
☆この人の父母眠る墓拝む 依子
義理の関係の微妙なところを「この人」で言い当てて感心しました。

 

■辻 敦丸 選

釣り人は何を見つむる秋の波 新芽
八月の空を見てゐる観覧車 恵美
手作りの句集仕上がり夏の月 朋代
あの夏に残すものあり画学生 康仁
☆青きまま枝に朽ちたるトマトかな チボーしづ香
地球規模の自然災異でしょうか。昨日、此の3年葡萄の出来が思う様に出来ないと言ってきた。2か月前にカリフォルニアの友人が植物の成育が悪いと電話を掛けてきた。如何すべきか。

 

■三好康夫 選

一台は爺にあてがひ扇風機
夏の川吾子はざぶざぶ先を行く 百花
舌垂るる犬と目の合ふ残暑かな 眞二
長身の一歩一歩や登山靴 百合子
☆無言館出れば現し世蟬時雨 康仁
個性ある写生俳句です。

 

■森山栄子 選

倍々に増えて一丁新豆腐 あき
アイスコーヒー含みて立てる喪服かな 実代
木々よりも草に鳴くもの増えて秋 恵美
八月の空を見てゐる観覧車 恵美
☆雨音のだんだん勝り秋風鈴 良枝
秋風鈴の物悲しい音色に被さる雨音。次第に風鈴の音色は途切れがちになり存在感を失っていく。雨音、秋風鈴という二つの音を表現し、そこには静かな時間が流れていて、しみじみと感じ入りました。

 

■小野雅子 選

その事も秋の扇にたたみけり 恵美
尾を立てて犬も潜れる茅の輪かな 松井洋子
螺旋階段にて秋風とすれ違ふ 一枝
前略と置きて思案やつくつくし 眞二
☆地蔵盆知らぬ子一人混じりをり 良枝
夏休みの最後の楽しみは地蔵盆。お坊様のお説教は足が痛いが、それが終わればおやつや友達との遊びが待っている。みんな顔見知りのはずなのに知らない子がひとり。夏休み中に引っ越ししてきたのか、それとも…。あの世この世を超えて子供はみんな友達なのだ。

 

■長谷川一枝 選

おしやべりの途切るる間なし盆用意 松井洋子
そこここに団扇残され考の書庫 松井洋子
コスモスを引き起こし綱回しけり 康夫
前略と置きて思案やつくつくし 眞二
☆大門の鋲に西日の溜まりたる 百合子
中々沈まない夏季の西日、その様子を大門の鋲によく詠まれていると感心しました。

 

■藤江すみ江 選

門の鍵あけつぱなしや石榴の実 良枝
満天の星を肴にビール酌む
雨脚の闇に遠のき揚花火 チボーしづ香
身を反らし流るる川や鮎の簗 真徳
☆ほほづきや初めて鳴らせたるあの日 田鶴
遠い日の同じ体験を思い出しました。ほほづきを口に含み鳴らすに至るには、種を上手に取り除くという根気が必要。しかも鳴らすことも大変。難しかったことを懐かしく思い出す一句です。

 

■箱守田鶴 選

夏草やビデオショップのありし場所 宏実
かき氷爆心地より戻り来て 百花
青虫の食べ残したる葉も茹でて 紫峰人
バスの中通り抜けゆく秋の風 新芽
☆供花すべて鬼灯とせり七回忌 有為子
故人は鬼灯がよほどお好きだったのでしょう。鬼灯だけを供えて皆さんで偲んでいる様子がよくわかります。

 

■深澤範子 選

蜩や皿洗ふ窓にいつも来て 田鶴
朝顔の蕾より濃く咲きにけり 優美子
満天の星を肴にビール酌む
桔梗の莟へこます出来心 あき
☆落蝉のいまだ眼光失はず 松井洋子
情景がよく見えてきます。

 

■中村道子 選

八月の空を見てゐる観覧車 恵美
盆の月寝むづかる児を宥めつつ 有為子
豪雨去り庭にさやかな虫の声 雅子
地蔵盆知らぬ子一人混じりをり 良枝
☆レース終へ涙まじりの汗ぬぐふ 一枝
今年はオリンピックが開催されいつもよりたくさんの汗が流された。その汗とともに流れる涙には、たくさんの意味と感情が含まれているだろうことを想像します。

 

■山田紳介 選

刻まれし父の戦歴墓洗ふ 道子
アイスコーヒー含みて立てる喪服かな 実代
天の川乳飲み子の息確かむる 百花
覗きみて石榴に美しき奈落 良枝
☆梨を剥く住めば都と思ひつつ
こう言う諺を呟きたくなるのは、寧ろ新しい土地に馴染めないでいる時で、57の破調はその満たされない気分の故でしょうか。心の中の屈託とは無関係に、手先だけは目の前の作業に集中している。

 

■松井洋子 選

真夜中のサイレン遠き秋出水 雅子
カフェの椅子避暑の腕を軽く乗せ 栄子
広げたるおもちゃ二部屋秋暑し
語り部に三角座りの子らに汗 百花
☆箱眼鏡下唇は川の中 百花
子どもの姿だろう。川の中の世界に夢中になるあまり、唇まで浸かっていることに気づいていない。その様子を微笑ましくも頼もしく見ている親の気持ちまで読める。

 

■緒方恵美 選

手ぬぐひに堂々と紋秋祭 味千代
朝霧に触れて曇れる庭鋏 真徳
空蟬の風にからころ石畳 亮成
名前なき夏の星にも願ひかけ 味千代
☆飛び跳ねてみんな妖精秋夕焼 新芽
一般的には、秋夕焼は淡く、儚いものとされる。それを踏まえた上で、元気な子供たちを「妖精」と喩えた作者の感性で素晴らしい詩に昇華されている。

 

■田中優美子 選

夏痩せのあるじ癖毛の得手勝手 百合子
かき氷爆心地より戻り来て 百花
落蟬の片羽は青空を差し 実代
今生の縁に洗ふ墓のあり 依子
☆だれかれと告げたくなりし秋の虹 一枝
夏と違い、青空の勢いが少し衰えた頃の虹は、美しさとともにどこか寂しさも覚えます。独りでその儚い美しさと出会った作者の中にも、何かしらの寂寥があったのでしょうか。心象風景にはっとする句だと思いました。

 

■長坂宏実 選

寝るまでの自由な時間秋の雨
マニュキュアの剥げて疲れて秋の暮れ
友だちにすぐになりけり夏館 紳介
一台は爺にあてがひ扇風機
☆女子会と言ふ婆たちのあつぱつぱ
おばあちゃん達の楽しそうな様子が浮かんできます。「女子会」と「あっぱっぱ」の組合せにユーモアを感じました。

 

■チボーしづ香 選

舌垂るる犬と目の合ふ残暑かな 眞二
向日葵のブーケの届く誕生日 由布子
秋の夜の酔客の歌もの悲し 味千代
雲の峰虫取りの子ら隊を組み 味千代
☆風鈴の短冊くるりくるくるり 味千代
短冊がくるり揺れる状況を素直にすっきり表現されている。

 

■黒木康仁 選

前略と置きて思案やつくつくし 眞二
おしやべりの途切るる間なし盆用意 松井洋子
強情を隠しおほせし単帯 栄子
八月の空を見てゐる観覧車 恵美
☆朝採りのきうりがぶりと出勤す 深澤範子
「がぶり」に若さ、勢いが見えてきます。そして胡瓜の青臭さも伝わってきました。

 

■矢澤真徳 選

バスの中通り抜けゆく秋の風 新芽
覗きみて石榴に美しき奈落 良枝
大門の鋲に西日の溜まりたる 百合子
舌垂るる犬と目の合ふ残暑かな 眞二
☆アイスティーレノンの座りしベンチにて 朋代
どんなベンチだろう、なぜアイスティーなんだろう、想像を膨らませた先に居るのはレノンに思いを馳せる人である。想像の構造が二重にも三重にもなって面白い。レノンはどんな思いでそのベンチに座っていたのだろうか。

 

■奥田眞二 選

あの夏に残すものあり画学生 康仁
炎日や音取り戻す夕餉時 松井洋子
鳳梨切るその細腕の勇ましき 宏実
秋霖や礼状を書く手暗がり
☆判定はアウト秋暑の土煙 あき
甲子園の状況でしょう。判定はアウト、と切って読むと、土煙に一年間の練習の末の悲喜が読み取れます。

 

■中山亮成 選

チョコレートぱきんと割りて涼新た 優美子
雨音のだんだん勝り秋風鈴 良枝
姥捨の眼下に諏訪湖水の秋
冷たさの一撃眉間にアイスバー 田鶴
☆舌垂るる犬と目の合ふ残暑かな 眞二
散歩の折、同感いたします。

 

■髙野新芽 選

人柱星の手向けに眠らしめ 依子
今生の縁に洗ふ墓のあり 依子
青空の膜剥がれたる今朝の秋 優美子
言の葉を尽くすよりこの蟬時雨 優美子
☆一粒の青葉時雨や小さき庭 昭彦
青葉の上に拡がる小さな世界がとても可愛らしく、句から情景が浮かんできました。

 

■巫 依子 選

秋黴雨赴任地へ父送り出し
地蔵盆知らぬ子一人混じりをり 良枝
病床の仮の住まいや秋立ちぬ 穐吉洋子
盆の月寝むづかる児を宥めつつ 有為子
☆その事も秋の扇にたたみけり 恵美
どうやら世間には「言わずもがなのこと」というのがあるようですね。ただ「その事も」とのみ語り、それを「秋の扇」にたたむ・・・必要最小限の言葉の選択にして、なんとも意味深な感じが滲み出ています。

 

■佐藤清子 選

戦争を語る媼や夾竹桃 由布子
寄る波の音やはらかに今朝の秋 恵美
その事も秋の扇にたたみけり 恵美
とろとろの煮びたしの茄子益子鉢 敦丸
☆おほかたの家事を済ませて月涼し
「おほかたの」の使い方が好きです。さらさらと沢山の家事を片付けた後、月を眺めたのでしょう。とても品格のある句だと感じました。

 

■水田和代 選

山百合や眼下に里の開けきて 栄子
木々よりも草に鳴くもの増えて秋 恵美
いにしえの色と思へり百日草 朋代
判定はアウト秋暑の土煙 あき
☆語り部に三角座りの子らに汗 百花
戦争の語り部の話を聞く体育館の暑さと真剣さが汗でよく現わされています。

 

■梅田実代 選

灯して過ごす一日秋黴雨
八月の火を使はざる夕餉かな 良枝
朝採りのきうりがぶりと出勤す 深澤範子
寄る波の音やはらかに今朝の秋 恵美
☆その事も秋の扇にたたみけり 恵美
女性が失った恋を忘れようとしているのでしょうか。その事、としか言わないことで想像をかき立てられます。

 

■木邑 杏 選

女子会と言ふ婆たちのあつぱつぱ
八月の空を見てゐる観覧車 恵美
飛び跳ねてみんな妖精秋夕焼 新芽
浜晩夏足裏の砂さらはるる 田鶴
☆覗き見て柘榴に美しき奈落 良枝
柘榴の実の何とも言えない美しさ、奈落に引き込まれていく。

 

■鎌田由布子 選

千羽鶴死者の群れめく原爆忌 百合子
夏痩せの顔の寂しと紅を引く 百合子
刻まれし父の戦歴墓洗ふ 道子
わが鼓動ほどの地震あり盆の月 林檎
☆おしやべりの途切るる間なし盆用意 松井洋子
久しぶりに実家に帰っての盆用意、懐かしい面々とおしゃべりの尽きない様子が目に浮かびます。

 

■牛島あき 選

稔り田の一粒一粒の一枚 林檎
青虫の食べ残したる葉も茹でて 紫峰人
すがりつく浮き輪の匂い次の波 昭彦
尾を立てて犬も潜れる茅の輪かな 松井洋子
☆進みけり西日に向かふ一本道 味千代
やがて沈む西日に向かう一本道は残り少ない人生の象徴にも思え、昂然と進む作者の姿に憧れます。的外れだったらごめんなさい!

 

■荒木百合子 選

舌垂るる犬と目の合ふ残暑かな 眞二
前略と置きて思案やつくつくし 眞二
杉の根の香りもろとも岩清水 栄子
雨音のだんだん勝り秋風鈴 良枝
☆子の恋の淡々しさや夏期講座 朋代
子は別の人格という一方で、遺伝子の共有部分もあります。この句の感情の揺れ具合と微妙な距離感に共感致します。

 

■宮内百花 選

墓洗ふ男の指の薄よごれ 依子
敗残の世に露草の夜明けあり 眞二
無言館出れば現し世蟬時雨 康仁
落蝉のいまだ眼光失はず 松井洋子
☆繋ぎし手今年はクロールしてをりぬ 味千代
母親と長男の間柄でしょうか。去年まではよく繋いでいた手も、今年はクロールをするほどに成長し、少し恥ずかしさも出てきたのか、あまり手も繋がなくなった。子の成長は嬉しいけれど、少し切ない母の心情。

 

■鈴木紫峰人 選

言の葉を尽くすよりこの蟬時雨 優美子
秋涼し妣の羽織を身ほとりに 雅子
初秋や艇庫久しく開かぬまま 松井洋子
紫蘇刻む香り一入涼新た 眞二
☆地蔵盆知らぬ子一人混じりをり 良枝
地蔵様が子どもになって、みんなと遊んでいるような、座敷童が一緒に遊びたいと来ているような、不思議な可愛らしさを感じました。

 

■吉田林檎 選

長身の一歩一歩や登山靴 百合子
朝顔の蕾より濃く咲きにけり 優美子
終電の遠ざかりゆく夜の秋 栄子
地蔵盆知らぬ子一人混じりをり 良枝
☆存分に鳴いて身の透く法師蝉 恵美
法師蟬はどんな時でも翅が美しく透き通っていますが、作者は存分に鳴いたからと感じ取った。「身の透く」とあるので翅だけではなく全身透いたと感じたのかもしれない。秋の蝉ではあるが夏の名残を背負った法師蝉のありようが具体と詩情をもって描かれていると思います。

 

■小松有為子 選

手も爪も父に似通ひ鳳仙花 栄子
ニューバランス履きてバイクの盆僧来 松井洋子
青田風写真の中を吹くも良し 康仁
存分に鳴いて身の透く法師蝉 恵美
☆その事も秋の扇にたたみけり 恵美
十人十色百人百様とか、実に様々な事柄を経たその後に静かに扇をたたむという「悟り」に近いご心境でしょうか・・・。

 

■岡崎昭彦 選

杉の根の香りもろとも岩清水 栄子
水音も風音も秋吹かれゆく 和代
風鈴の短冊くるりくるくるり 味千代
青空の呼吸に触るる秋の朝 優美子
☆終電の遠ざかりゆく夜の秋 栄子
やや涼しさを含んだ南風に乗って微かに聞こえる終電の音に、暑かった夏の終わりを感じる。

 

■山内雪 選

前略と置きて思案やつくつくし 眞二
夏草やビデオショップのありし場所 宏実
わが鼓動ほどの地震あり盆の月 林檎
二度三度獄の塀越え大揚羽 松井洋子
☆蜩の蜂起の山となりにけり あき
その声を蜩の蜂起と表現したところに惹かれた。

 

■穐吉洋子 選

ニューバランス履きてバイクの盆僧来 松井洋子
千羽鶴死者の群れめく原爆忌 百合子
語り部に三角座りの子らに汗 百花
前略と置きて思案やつくつくし 眞二
☆「赤毛のアン」のそばかすのごと梨の肌
「アン」のそばかすは梨の斑点と似ていますよね、以前小4の子に「ばあちゃんの西瓜切る手は皺だらけ黒い点々西瓜と同じ」と詠まれた事を思い出しました。

 

◆今月のワンポイント

「言葉遣いについて」

今回の特選句に、亡きお父様のことを「考」(こう)と読ませた句がありました。亡き母のことは、「妣」(ひ、訓読みでは、はは)と読ませます。この妣は良く俳句で見かけますが、考は最近の句会のはやりでしょうか。先日両方が一句に入っている句を見ました。まあ、意味がわからなくはないけれど、音読してみると、気分でないなあということは参加者皆さんの一致した意見。そういう難しい言葉が好きな選者もいます。逆に反感を覚える人もいるとおもいます。大学院のころ、一生懸命前もって調べて教授と討論したときに、「おりこうさんだね」と馬鹿にされたことが悔しかったことを今でも覚えています。虚子は、難しい知らない言葉を使われると、調べないとならないので、時間をつかうけれど、まあそれで新しい知識を得たのだからよしとするということを書いています。風生はもともと大変な知識人ですから、それでも知らない言葉を使われると、反感を覚えざるを得なかったようです。子規はどうだったのか。聞いてみたいです。

ようするに「鼻につく」使い方をすると、読者の胸に落ちないということがあります。昔19歳のころ「若葉」にはいって誌面をみると、知らない言葉、知らない字が沢山あって、驚きました。そのころの自分はまだ知らないことが沢山あるのはあたり前ですから、だんだんに学んでいきました。そして、年齢を重ねて自分なりに勉強してもさらに小難しい言葉がでてくると、もうあきらめるしかないなあと思います。

平明で味わいのある句が一番であるのは明白です。でも短い俳句では、季語だけでなくて、色々な意味を包含する言葉をつかうのもよいケースは多々あります。秋櫻子が万葉集などの古典からいろいろ使ったとか、逆に誓子は現代語を使ったとか、旧来のやり方でない言い方で俳句の枠組みを広げたともいえます。

一方、このごろは俳句を一般に広めるために、あえて若者やタレントさんの使う言葉を入れるのも流行っているようです。私としては一番嫌なのは妙な略語です。「軽トラ」は軽自動車のトラックという意味ですけれど、季語などは時代を経て磨かれている言葉が多いのに、こういう言葉が同居すると、興ざめします。オリパラなどという言い方も参加選手を馬鹿にしているように思います。

そこで、皆さんに最近得た情報を一つ最後にお知らせします。

網走川の河口部にもあって、船着き場ではあったし、眺めもよくて駐車場も広く待ち合わせにも都合がよいので、よく行ったのが「網走道の駅」でした。鉄道の駅とは結構離れていました。北海道では車で移動するので、あちこちにそういう「〇〇道の駅」があることを知りました。すべて売店があって、地元の特産物を売っています。この「道の駅」はわれらがネット句会選者の和子先生が大嫌いな言葉だそうです。この言葉がはいっている句は必ず落とすそうです。本人から聞いたのではないけれど、どうも確かな情報のようです。お気をつけあそばせ!

(中川純一)

◆特選句 西村 和子 選
( )内は原句

煮えきらぬ音ひきずつて梅雨の雷
牛島あき
【講評】煮え切らない音、それはどんな音だろうか。特に雷の場合。言葉とすれば、一般的には人の発言がきっぱりしていないことに使われる。しかも、ひきずるというからには、どうもみっともないなあという感じだ。ガラガラピッシャーンという勇ましくて、さも大雷という風ではないということであろう。ずるずるひきずって、一体いつになったら結論をだすのだろうというような。とすると、これは作者が何か割り切れない気持ちを抱えていて、それが投影されているとみるべきだろう。(中川純一)

 

身代を潰してしまひ更衣
鎌田由布子
【講評】一代で苦労を重ねて築いた身代、というよりも、親から引き継いだ身代のようだ。なぜなら自分が築いた身代を潰したのであれば、優雅に更衣などと洒落ている気分ではないだろうから。もしそうなら、それはすごいけれど。第一印象としては、どちらかというと、懲りない性分の二代目で、身代を自分の放蕩で潰したけれども、季節の変わり目だから夏物のお洒落な涼しい服でもだして、鰻でも食べて、気持ちを切りかえようというようなかんじ。つまり、好感をもってその人物を見ている。(中川純一)

 

取つて置きグラスに注ぐ冷酒かな
鎌田由布子
【講評】いいですねえ。冷酒であるから、おちょこではなくて、グラスに注ぐ。それもワイングラスではなくて、切子ガラスかなにか相当に凝ったガラス。江戸切子とか、値段もとんでもなく高価な、家宝のようなものもあるらしい。そういう気分を味わうというわけである。冷でこそ味を楽しめる銘醸酒であることは言うまでもない。(中川純一)

 

七夕の役所忙しや入籍す
髙野新芽
【講評】おめでとうございます!七夕に入籍なんて、ロマンチック!そのお役所は、なんだか忙しそうでめでたいゆったりした雰囲気ではない。ちょっとしたことだけれども、自分たち二人だけが世の中で幸せなこの瞬間ということが際立ってくるわけである。(中川純一)

 

梅雨の駅車輌一灯だにもなし
巫 依子
【講評】これはどういうことだろうか。長い車輛のどこにも明かりがついていないということか?雨で薄暗いのに、まだ昼だということで明かりがついていないことが不満だということなのか。都会の電車であれば、痴漢防止とか、スマホを見る人々のために、昼間でも電気をつけているように思うが、島の電車は顔見知りが多くて、そもそも短いし、節約していて昼は灯さない。ただ、「だにもなし」というのがなにか、憎々しい、投げつけるような言いざまであるところがひっかかる。島ののんびりした光景というわけでもなさそうである。この「だしもなし」が単に全くないということと感じるのであれば、だれも人がいない駅ということだが、評者にはあまり面白くはない。この評には、依子さんから激しいダメ出しがくるか?(中川純一)

 

朗らかや朝一番の蝉の声
三好康夫
【講評】朝から明るい気分になる蝉声なのであろう。こういう朝はご本人も気持ちがよい。寝不足で蝉がうるさくて起きたというのではなくて、すでに早起きしていると、蝉が丁度鳴き始めて挨拶のように聞きなしたということだ。こんな朝を迎えるという事は作者の生活態度もきっちりと朗らかなのである。(中川純一)

 

梔子の花耳たぶの柔らかさ
箱守田鶴
【講評】くちなしはそれほど背が高いわけでなく、花に触れることができるので、その花びらに触れてみた。すると耳たぶのように柔らかいという。色合いも優しい白で、手触りに厚みもあるということが表現されている。(中川純一)

 

アイスティー乾して人いきれの中へ
(アイスティー干して人いきれの中へ)
田中優美子
【講評】束の間の休憩。暑さしのぎと水分補給、それに糖分も。それを飲み干すと、即座に人いきれの中へ仕事に出るという、若い女性。最近よく見かけるテレビのCMではアイスクリームをたべてから、よしっと肩慣らしをして仕事にかかる女優さんがいるが、それよりも動きがあって活動的だ。(中川純一)

 

白日傘太平洋へひらきけり
緒方恵美
【講評】明るい句です。絵画のように、白と青い海と晴れた空が広がっている。ひらきけり、という表現がすぐれている。ここに人の動作があるのみならず、光景が開けることも描けている。「白日傘」、と「ひらきけり」が音の上でも共鳴していて、その間に太平洋がある配置も絶好。(中川純一)

 

夕立あと天使の羽のごとき雲
田中優美子
【講評】天使の羽のごとき雲とは、まあ素敵ではないか。何か希望を感じさせるようだ。(中川純一)

 

冷房に誘はれ要らぬもの買ひて
(冷房に誘はれいらぬもの買ひて)
髙野新芽
【講評】新婚家庭のお買い物だろうか。エアコンを買いにいったともとれるけれど、電気屋でなくともよい。冷房がきいていて、気分がよくなって、ちょっと気の利いたようなものを衝動買いしてしまったわけだ。でも買い物の楽しさというのはそれ自体、気持ちがよいということも含まれる。下世話な例で恐縮だが、素敵なしゃもじだと、けっこう高価なのをつい買ってきて、結局いつもの使い慣れたしゃもじをいつも使っていて、飾り物になっているというのがあって、苦笑を禁じ得ない。(中川純一)

 

戸に粽厨に護符の大暑かな
島野紀子
【講評】粽は京都の祇園祭りの時期に八坂神社で売られる厄除けのお守りで、この句の内容からすると、端午の節句で食べるものとは違う。玄関先にかけておく茅の小さな飾りのようだ。台所には護符もあり、大暑、疫病のこの夏の感じがある。(中川純一)

 

横断の足の縺るる溽暑かな
小山良枝
【講評】おっと危ない。このごろいらいらした運転者が増えているようで毎日のようにテレビのニュースで乱暴運転の映像が流れる。まあそういう車には遭遇しなかったので、事なきを得た。それにしても暑くてぼ~っとしてしまう。踏切でなくてよかった。(中川純一)

 

遠ざかる船のごとくに夏入日
矢澤真徳
【講評】真っ赤な入日が真正面に見えている光景。光の筋が自分の目からずっと続いて水平線の入日まで航跡のように伸びている。それを遠ざかる船とみなしたのは、青春性を含んでいよう。今日は入日が何か暗示的な姿に見えるというわけだ。(中川純一)

 

 

◆入選句 西村 和子 選
( )内は原句

七月の机上の帆走カリブ海
(七月や机上の帆走カリブ海)
辻 敦丸
カリブ海には一度だけ行ったことがある。アルーバ島というオランダ領の島だったと思う。ハワイとちがって飛行機も乗り継ぎで簡単には行けない。陽ざしが肌に痛いほど強い。帆走したら気持ちがよかろう。といってもコロナ全盛のこの時期、気分だけでも味わうなにかの画像を見ているのであろう。カレンダーかもしれないけれど。

餌を運ぶ蟻の交代せはしなき
(餌を運ぶ蟻の交代せはしなく)
小野雅子
なるほど。一つの蟻が大きな蝉の羽などを運んでいるのは記憶にあるけれど、交代してまで運ぶというのは一つのものでは運べない大物か。社会性に優れて生き延びてきた蟻は、独り占めなど考えないで皆で運んで、皆で恩恵を味わうのだが、上から見ていると、何やら不憫という気持ちのようだ。

門川に弥勒のごとく海芋咲く
中山亮成

夏帽子森の中なるパン屋まで
長坂宏実
素敵なパン屋ですね。手作りの香りたかい発酵パン。

ムール貝開けばハート巴里祭
宮内百花
そもそも真っ黒な貝なのだが、開けば白というか、輝きと光沢もあるムール貝。それがハートの形だとみなすのは、まあ、浮かれているパリジャン、パリジェンヌらしい。

真つ新の氷旗吊り梅雨晴間
松井洋子

風鈴や忘れたころの余り風
(風鈴へ忘れたころの余り風)
黒木康仁

声出せば涙となりぬ夏の星
小野雅子

跳び箱を七段とんで靴白し
(七段の跳び箱をとぶ靴白し)
松井洋子
小学校も高学年の体操が得意な男の子。みんな驚くジャンプだ。ちなみに、私はこれをやって転げて腕の骨を折りました。

沙羅の花こぼれて朝のすがすがし
(沙羅の花こぼれて朝のすがしけれ)
佐藤清子

茅萱の穂や雲上の舞台めく
(雲上の舞台のごとし茅萱の穂)
千明朋代

夏に入る今の自分に向き合ひて
(今の自分向き合ひながら夏に入る)
深澤範子
定年後に診療所を開設し、休みには登山にいそしむ元気印満々の範子さん。その多忙の中、無理し過ぎては長続きしないということを自戒の言葉として大切にしていらっしゃる様子だ。具体的な夏の食べ物だとか、野山の景色ではなくて、「夏に入る」というところがよい。

サーカスの空を旋回夏つばめ
森山栄子

坂道のだらだら続く油照
小山良枝

水天の濃鼠迫り梅雨に入る
(濃鼠の水天迫り梅雨に入る)
鎌田由布子

遠野郷河鹿の声のいづこより
(いづこより河鹿の声か遠野郷)
深澤範子

梅雨出水帰るに帰れなくなりぬ
巫 依子
電車が動かなくなっているということか?停電で一灯もなく。

溝萩を束ねて水を含ませて
箱守田鶴

万緑や濠に向きたる千の窓
梅田実代
大手町の御堀端の大きなビルのようだ。大きな光景をうまくまとめて描いている。千の窓という言い方がとても生きている。

投げやりしままの眼鏡や夏の風邪
田中優美子
コロナでなくてよかった。でもやる気が何も起きない。

五月雨や卍に狂ふおろち川
黒木康仁

防波堤覆さむと夏怒涛
鈴木紫峰人
激しいです。今年はこういう光景がニュースで沢山流れています。

片蔭に執して歩き遊びけり
(片影に執して歩き遊びめく)
荒木百合子

表札に一筋ひかる蜘蛛の糸
中村道子

遠き日の記憶はつかに百日草
長谷川一枝

青ぶだう畑の中をローカル線
(青ぶだう畑中抜けるローカル線)
長谷川一枝

夏霞橋の尖端白灯す
(夏霞架橋の尖端白灯す)
中山亮成

沢蟹採る子らの短パン水びたし
(沢蟹採る子らの短パンみな濡れて)
松井洋子
この句の原句の下五は「みな濡れて」であるのだが、和子先生が添削すると「水びたし」となって、とても映像がはっきりしてくる。意味は同じなのにこれほど印象が変わるということを注視しなくてはならない。「みな濡れて」は状況の説明であり、「水びたし」はかっちりした描写である。その違いを鑑賞しながら、かつ学びたい。

風来てはうら返りゆく青田波
(来ては風うら返りゆく青田波)
牛島あき

沢蟹の蟹の骸を越えて行き
鏡味味千代
自然界では死は身近である。それもすぐに食べられてしまうのだが、この骸はさらされている。それを何事もないように越えて歩く同類の沢蟹。なまじ海よりも清流であるために、凄惨である。

一番の馳走なりけり滝の音
千明朋代
滝見茶屋での実感。

店の子が横をすり抜け金魚玉
梅田実代

いま一度気を張り生きむ土用太郎
(いま一度気を張り暮らす土用太郎)
島野紀子

腕組みて茅の輪をくぐり老夫婦
(腕組みて茅の輪くぐれり老夫婦)
中村道子
たがいにいつお迎えがくるかわからないけれど、それまでなるべく元気で仲良く暮らそうね、という素晴らしいご夫婦ですね。心の持ちようが健康維持にも大切。

渓谷をゆく鬼百合に見下ろされ
森山栄子
鬼百合の花はとても目につく。渓谷を歩きながら見上げる旅にそれが仰がれる。ずいぶんと谷が深い様子も表している。

濁流に中洲呑まるる梅雨の末
小松有為子

足もとに眠る犬撫で夏の月
(足もとで眠る犬撫で夏の月)
長坂宏実

色褪せし母の形見の黒日傘
(母形見色の褪せたる黒日傘)
穐吉洋子
白や明るい色の日傘ではなくて、黒の日傘。実は黒が一番日を遮る効果は高いので実用的でもあり、また独特の風格もある傘なのであろう。その色が褪せているというのは、長い時間の、そしてその間の苦労なども想像させる。

こんな奴どこにもゐるよやぶからし
(やぶからしどこにもゐるよこんな奴)
長谷川一枝

ワイパーがぐいつと拭ふ大夕焼
矢澤真徳

ところてん少し違ふと気持覚め
(少し違ふと気持の覚めてところてん)
荒木百合子

振り売りの媼炎暑にたぢろがず
奥田眞二

夏風邪や出窓の光わづらはし
田中優美子

叡山の黒く静もり大夕焼
(叡山の黒く静もり大夕焼け)
小野雅子
京都の句は、なんでも歴史の重みを感じさせる。季語だけでなくて、さらなる追加の舞台設定がありますね。「黒く静もり」がよい。

火起こしの香の残りたる団扇かな
長坂宏実

トラクターはたと止まりぬ落し角
(落し角はたと止まりぬトラクター)
山内雪
大きくて音もすごいトラクター。人間味はないと見えていたそれがはたと止まった。なんとそのわけは、存在感のある鹿の角が行く手に、転がっていたから。運転しているのは人間なのだから。

貴婦人の館なりけり花柘榴
千明朋代

風入れの紋付に未だ仕付け糸
箱守田鶴

思ひ出での帝国ホテル夏炉燃ゆ
(夏炉燃ゆ帝国ホテル思ひ出で)
千明朋代

波音のやはらかくなる梅酒かな
小山良枝
ほろ酔い気分が素敵。

綿菓子のやうにふんはり夏の月
鎌田由布子

水に触れ石段に触れ黒揚羽
山田紳介

青葉雨橋の上にて別れたる
小野雅子

冷し酒夫の弱音を聞いてをり
(冷酒酌みつつ夫の弱音を聞いてをり)
小野雅子
大人の女性にとっては、男ってなんて馬鹿なの?ということ。それは腕力とか、体力とか強いのは確かだし、また精神力・忍耐力だって強いと思う時もある。だが、安心して話せる相手が妻だからといって、せっかくの酒がまずくなる不満と弱音の数々。自分で解決しろよっ!だがそれを聞くのも“良妻”の役目か。そういう場面もこれからの社会ではなくなっていくのかもしれない。逆に疲れている夫にご近所の不満とか色々言ってさらに疲れさせる奥さんというのもテレビドラマなどでは出てくるが。

子と母に緑蔭の時止まりたる
藤江すみ江

観音の滝と呼ばれて閑かなり
巫 依子

梅雨の月目掛け飛行機上昇す
鎌田由布子

溽暑なり思考能力停止中
(溽暑なる思考能力停止中)
鎌田由布子

海の日の波打ち際の音激し
水田和代

どくだみへ濁流嵩を増しゆけり
小野雅子

まだ少し空の映れる青田かな
長谷川一枝
大分伸びてきた田んぼのかんじ。面白い把握と表現である。

水一筋真夏の森を貫きて
山田紳介

土用芽に雨上がりたる雫かな
牛島あき

病院の西日眩しき談話室
穐吉洋子

サンドレス肩のきれいな小麦色
荒木百合子

鶏の土を蹴散らす暑さかな
小山良枝

おたまじゃくし見ぬ間にゐなくなりにけり
(おたまじゃくし見ぬ間にいなくなりにけり)
チボーしづ香
お散歩コースの池か、ご自宅の庭か。だんだん大きくなるなあと見守っていたのに急に全くいなくなった。蛙になったら水から出てあちこち散らばって生きてゆくのだから当然であるけれど、あんなに沢山いたのが、見えないというのが自然界の不思議である。ま、よく探せば小さな蛙が草むらに紛れていたのかもしれないけれど、第一印象はこの句の感じ。

ビーチボール投げくれし歯の白さかな
梅田実代
見るからに健康そうな日焼けのお兄さん!

夏雲の広ごるばかり遠野郷
深澤範子

紫陽花の光を得たり備前焼
(紫陽花てふ光を得たり備前焼)
森山栄子

白蓮の散りかけて持ちこたへゐる
(散りかけて持ちこたへゐる白き蓮)
荒木百合子

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選

蛇の衣まだ柔らかき腹あたり
向日葵も首くたびれてをりぬべし 林檎
蝶の脚ふんはりとあり合歓の花 すみ江
煮えきらぬ音ひきずつて梅雨の雷 あき
☆表札に一筋ひかる蜘蛛の糸 道子
力強い写生句です。たった一筋の蜘蛛の糸をも見逃さない、俳人の目を感じました。

 

■飯田 静 選

漆黒の海に連なり烏賊釣火 由布子
火起こしの香の残りたる団扇かな 宏実
四股を踏む子の膝高し半ズボン 百花
跳び箱を七段とんで靴白し 松井洋子
☆柄の太き考の傘借る白雨かな 松井洋子
ご実家に行かれ帰り際に振り出したにわか雨。亡くなられた父上の傘を借りしばし思い出に浸られたのでしょう。

 

■鏡味味千代 選

野萱草漢の唄の哀しくて 一枝
まだ少し空の映れる青田かな 一枝
あれもこれももののはづみやほたるの夜 朋代
子の数の長靴干され梅雨明くる 松井洋子
☆病院の西日眩しき談話室 穐吉洋子
西日というとあまり良いイメージを抱かないのだが、ここは病院。時間も季節も建物の外でいつの間にか過ぎてしまう。しかし西日はそんな病院の中にも入り込み、季節と時間の実感を与えてくれる。それが談話室であることに楽しさを感じ、また「眩しき」にも疎ましさを感じず、まるで喜んでいるかのような印象を受ける。蛍の句も、蛍の持つ悲しみのイメージではなく蛍のマイペースな惚けたような様子が表れていて好き。

 

■千明朋代 選

息絶えし毛虫絢爛たる衣 百合子
短夜や独りの部屋は泣くために 雅子
白日傘太平洋へひらきけり 恵美
風鈴や忘れたころの余り風 康仁
☆新茶汲む九十五歳の母と汲む 深澤範子
輝ける今の一瞬を映した素晴らしい句だと思いました。

 

■辻 敦丸 選

池底の濁りを脱ぎて白蓮
七夕や今宵宴は雲の上 穐吉洋子
表札に一筋ひかる蜘蛛の糸 道子
風鈴や忘れたころの余り風 康仁
☆蟬の声我を童へ引き戻し 康仁
蝉の種類も少なくなった様ですが、初蟬の声と共に遠い昔を回想します。

 

■三好康夫 選

沢蟹の蟹の骸を越えて行き 味千代
子の数の長靴干され梅雨明くる 松井洋子
新茶汲む九十五歳の母と汲む 深澤範子
言葉なく眼で笑ふソーダ水 深澤範子
☆大寺の案内の僧の日焼顔
日焼けした案内僧の単純な笑い顔、大きな声が頼もしい。

 

■森山栄子 選

戸に粽厨に護符の大暑かな 島野紀子
牛が来る海霧の襖をすり抜けて
ワイパーがぐいつと拭ふ大夕焼 真徳
大地蹴り夏空を蹴り逆上がり 味千代
☆短夜や萬年筆に指汚し 良枝
暑さもやわらぎ、ひとりごころを得て筆が走るようになる頃にはもう夜明けが近づいている。

 

■小野雅子 選

誰彼の背遠ざかる夏木立 康夫
戸に粽厨に護符の大暑かな 島野紀子
子の数の長靴干され梅雨明くる 松井洋子
火起こしの香の残りたる団扇かな 宏実
☆夏蝶とおんなじ風に吹かれけり 紳介
夏の炎天下ありなしの風を蝶と分け合っていると読みました。小さな蝶も人間も同じ生き物、自然と一体です。

 

■長谷川一枝 選

曇天の厚きを低く夏燕 実可子
明け易し閃きたるや朝の膳 昭彦
病院の西日眩しき談話室 穐吉洋子
サーカスの空を旋回夏つばめ 栄子
☆ややありて夫も夕焼を言つてをり 実代
微妙な間合いに、日常のお二人の関係が垣間見られたように思いました。

 

■藤江すみ江 選

煮えきらぬ音ひきずつて梅雨の雷 あき
跳び箱を七段とんで靴白し 松井洋子
大地蹴り夏空を蹴り逆上がり 味千代
打水の静寂過る一刹那 由布子
☆老猫の小さき骨壷梅雨あがる 雅子
梅雨あがるという季語が良いです。天寿を全うした愛猫を誉め称える気持ち、ペットロスに負けないからっとした気持ちを感じます。

 

■箱守田鶴 選

風鈴や忘れたころの余り風 康仁
新茶汲む九十五歳の母と汲む 深澤範子
ビーチボール投げくれし歯の白さかな 実代
大地蹴り夏空を蹴り逆上がり 味千代
☆達筆の遺書や知覧に合歓の花 眞二
合歓の花の盛りに知覧を飛び立つ特攻機、遺書を残して。きっと母上へ宛ててでしょう。若いのに達筆であるのがいっそう哀しい。戦争は何も解決しないのになくならない。人間はあまりに愚かです。

 

■深澤範子 選

砂利道の小さな点よ雨蛙 しづ香
子の数の長靴干され梅雨明くる 松井洋子
ひと夏をうつろのままに蛍籠 栄子
病院の西日眩しき談話室 穐吉洋子
☆鳥に夏空人間に握り飯 林檎
情景も見えますし、ユーモア溢れる面白い句だと思いました。

 

■中村道子 選

自転車の少女立ち漕ぎサンドレス 雅子
大地蹴り夏空を蹴り逆上がり 味千代
緑濃き国立競技場眠る 亮成
熱の児の身のやり場なき大暑かな 松井洋子
☆子の数の長靴干され梅雨明くる 松井洋子
我が家の前の家にも小さい長靴が干してありました。子供さんの数だけ干された大小の長靴は家庭の温もりを感じますね。梅雨の明けた喜びとともに。

 

■山田紳介 選

蹠に石の丸さや夏の河 松井洋子
汕頭のハンカチいまだ封切らず 一枝
新茶汲む九十五歳の母と汲む 深澤範子
金魚玉ひとり娘で育てられ 恵美
☆白日傘太平洋へひらきけり 恵美
光と影、空と海、無限と微小、現在と過去、在るものと無いもの。単純な構造の一句だが、その単純さ故か想像はどこまでも広がって行く。

 

■松井洋子 選

店の子が横をすり抜け金魚玉 実代
牛が来る海霧の襖をすり抜けて,
鉄骨は巨大な積木雲の峰 あき
星一つ落ちて摩文仁の夜光虫 眞二
☆白日傘太平洋へひらきけり 恵美
多くを語らず、白日傘と太平洋を対比させて端的に詠まれた大きな景の句。一読して真っ白な砂浜と透き通った海が見えてくる。

 

■緒方恵美 選

坂道のだらだら続く油照 良枝
隠れ世の闇より出づる梅雨の月 依子
ひと夏をうつろのままに蛍籠 栄子
とうすみの蝶の羽影に釣られ飛び すみ江
☆七夕や今宵宴は雲の上 穐吉洋子
時事句はめったに選ばないが、さすがににコロナ・豪雨と続くと共感する。雲上では、3密・ノーマスク・お酒・カラオケetcとさぞ無礼講なのでしょう。

 

■田中優美子 選

ムール貝開けばハート巴里祭 百花
夜濯のハンガーぽつと掛けにけり 林檎
七夕の短冊背より上に吊り 味千代
こんな奴どこにもゐるよやぶからし 一枝
☆ワイパーがぐいつと拭ふ大夕焼 真徳
大粒の雨のあと、ワイパーで拭えばフロントガラス一面の夕焼。「ぐいつと」という言葉の勢いと大夕焼のダイナミックさに心が洗われます。車中から夕焼を楽しむという視点も好きです。

 

■長坂宏実 選

自転車の少女立ち漕ぎサンドレス 雅子
声出せば涙となりぬ夏の星 雅子
夕涼やひとつふたつと庭灯る 昭彦
病院の西日眩しき談話室 穐吉洋子
☆大地蹴り夏空を蹴り逆上がり 味千代
勢いがあって、若々しさがとてもよく表現できていると思いました。

 

■チボーしづ香 選

いつの間に雨音止みて瑠璃の声 すみ江
蠅払ふ牛のしっぽのタクトかな 穐吉洋子
網戸ごしぬるき光の夏の月 優美子
大地蹴り夏空を蹴り逆上がり 味千代
☆うれしきこと言ふ母の亡く夜の秋 紫峰人
母親の死の寂しさを秋の寂しさに掛けて今の作者の心がよく読めている。

 

■黒木康仁 選

紫陽花の光を得たり備前焼 栄子
一番の馳走なりけり滝の音 朋代
凌霄や通るばかりの無人駅 良枝
しづかさや夏蝶の来て草揺れて 恵美
☆柄の太き考の傘借る白雨かな 松井洋子
実家へ行き、帰らなければならぬのに夕立にあい、亡父の傘を借りた。恐らく母を一人実家に残して。後ろめたさを感じつつといった風景が見えそうですね。

 

■矢澤真徳 選

鶏の土を蹴散らす暑さかな 良枝
沢蟹採る子らの短パンみな水びたし 松井洋子
輪になつて蕎麦を啜るや子供の日 深澤範子
子と母に緑蔭の時止まりたる すみ江
☆大地蹴り夏空を蹴り逆上がり 味千代
夏空を蹴っているということは、まだ出来ない逆上がりの練習中でしょうか。次こそ、と応援したくなってきます。

 

■奥田眞二 選

ネックレス汗の鎖骨に波打ちて 栄子
立ち話長々サマードレスかな しづ香