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◆特選句 西村 和子 選

母の日の常より長き電話かな
小山良枝
【講評】お母さんは時々電話してくる。でも普段は娘も忙しいのだからとあまり長くは話さない。本当はできるだけ声を聴きたいのに。でも母の日はお互い遠慮なく長話をする。内容が複雑なわけではないのは言うまでもない。(中川純一)

 

噴水のためらひながら上がりけり
山田紳介
【講評】噴水に真向かう時の気分。今日はためらいながら上がっているように見える。それは心の反映だ。作者にもわだかまりがあるからそこに目が留まるのだ。若き恋のためらいなどではなくて、解決策のない中年のわだかまり。(中川純一)

 

からたちの棘しなしなと夏来る
牛島あき
【講評】生えたての枝のとげは柔らかいが、すぐに固くなって、誤って摑むと痛い目に合う。まだ若い、しなしなした緑の葉ととげ。これから夏が来る張りもある。(中川純一)

 

歓声を遠くこどもの日のベンチ
森山栄子
【講評】自分の関係者はいない。孫もコロナのために来てくれないのだ。引きこもっていても気鬱になるので、出かけた公園で子供の日の賑わいと若い親子を黙ってみている、ほのかな寂しさ。

上のように書いたところ、桃衣さんから森山栄子さんはまだ子育て中の若いお母さんで、お孫さんはいないとの注意をいただきました。
ただ、句に現れている文言だけですと、子供の日なのに、お母さんが離れてベンチにいて、「遠く声を聞いている」というのは何故なのだろう?というかんじ。これも特選に採った和子先生なら「子育てには、そんな時あるのよ!」ということがあるのかもしれないが、評者にはわからない。特に「遠く」という表現が自分と関係ないように聞こえるのだ。公園では、遊具で危ない真似をするかもしれないからそっぽを向いているのではないし。コロナ時代の昨今、くっつきあうのも気になるし。
栄子様失礼しました(中川純一)

 

衣更へて波止場に人を待つてをり
梅田実代
【講評】船が着くのを出迎える。会いたかった人を迎えに。今日は良い天気でもあるし、初夏の光がまぶしい。更衣した夏服の襟ぐりも大きくて、海風が胸にはいってくる。作者は若い女性だということがはっきりわかる句。(中川純一)

 

蛍の上がり切ることなかりけり
山田紳介
【講評】上の噴水の句と似ているが、作者は同じ。悩める世代。ふらふらと上がってゆく螢の光。空高く雌がいるわけではないから当然上がり下がりするのだが、それを見ていても、何か成し遂げられなかった運命みたいな気分になる。わかります~。と申し上げては失礼か?(中川純一)

 

子の声の響くトンネル夏来たる
稲畑とりこ
【講評】歩いて通るトンネル。鎌倉あたりにある。そこで共鳴する元気な子供たちの声。ああ夏が来た。そういう解放感。トンネルの向こうにはまぶしい光が小さく見えている。(中川純一)

 

キャンプ張る犬の相手をする係
梅田実代
【講評】キャンプを張る手順は大して込み入ってはいないけれど、要領の良くない人はいるものだ。慣れないところにきて、キャンキャンいっている犬でもなだめていて、そう言われて悪びれもしない、キャンプの楽しい風景。(中川純一)

 

額の花ちよいと持ち上げ勝手口
鏡味味千代
【講評】お勝手口の戸になだれかかるように額の花の枝が伸びている。それをちょいともたげてドアをあける小粋な姉さん。作者の姿を想像すると楽しい句になるのは、句のリズムがよいから。うっかりすると品位をそこねがちな「ちよいと」をうまく使った。(中川純一)

 

すき通るはなびら外れチューリップ
千明朋代
【講評】我が無粋を告白すると、「透き通る花びら」とは、どんなものなのか想像できない。チューリップの花びらは厚手で色も深いという表面的観察しかしてこないで馬齢を重ねた評者なのである。そこで和子先生にどうしてこの句が特選なのかお聞きしてみた。以下は回答。

若い頃、オフィスにチューリップを活けて毎日見ていた。するとチューリップの最後は「散る」とか「枯れる」とかではなくて、花びらが水分を失って薄くなって透けて、機械の部品のようにボトっと落ちることを観察した。これをじっと見ていた同僚の女性は悲しくなってきたと言った。彼女は画家志望で退社してスペインに絵を学びに行った。結婚祝いにスペインの木椅子を送ってくれてそれは現在でもリビングにある。
はじめは妙な句だと思ったが、よく読んでみると、その眼目は透き通って「外れる」という表現だと気づいた。採択するかどうか、選者を迷わせる句というのは、ほとんどないがこの句はそれにあたる。こういう句を投句の中に見るのは選者として嬉しいことなのだ。

というわけで、来年は自分でチューリップを活けて観察しなさいとの宿題までいただきました。それも黄色などではダメで、真っ赤なチューリップでなくてはと。(中川純一)

 

◆入選句 西村 和子 選
( )内は原句

尖塔の空へ空へと聖五月
飯田 静

白薔薇を髪にスー・チー氏の瞳
(白薔薇を髪挿すスー・チー氏の瞳)
森山栄子

父似なる眉生え揃ひ初節句
松井洋子
母親は、生まれたばかりの赤ちゃんは自分に似ているほうがずっと嬉しいようである。男の子は特に。でも、初節句を迎えて、改めてまじまじと見ると、父親に眉毛が似ていて、それが揃っているというのは、なかなか凛々しいもので、喜びがわいてくる。「生え揃ひ」が生きている。

夏隣なんぢやもんぢやの木と吹かれ
千明朋代

花マロニエ空港の朝はじまりぬ
木邑 杏

憲法記念日鬱々として和巳の忌
(憲法記念の日鬱々として和巳の忌)
黒木康仁

薔薇の香や目を細めては素描して
藤江すみ江
薔薇は複雑な形をしていて、絵の題材に好まれる。ただ、色が鮮やかなので、どうしてもそこにひかれてしまう。しっかりそれぞれの花びらの形状と光の当たり具合と影のでき方を描写しないと、つまらない絵になる。秘訣は目を細めて明暗を際立たせることなのである。

新緑や門扉のペンキ塗りなほす
中村道子

牡丹の一弁崩れたる音か
佐藤清子

風出でて枝垂桜に妖気ふと
鈴木紫峰人

児には児の言ひ分のあり若楓
飯田 静

夏鴨の羽にぎつしり雨の粒
小山良枝

自転車の少年すいと夏に入る
田中優美子

育てたるミニトマト詰めお弁当
木邑 杏
家庭菜園の収穫物か、朝採のものはとても美味しいし、無農薬なので健康にも安心。子供の弁当にそのつやつやしたミニトマトを詰めると色合いも元気になるし、蓋を開けてにっこりするのが想像できる。

絆創膏指になじまぬ薄暑かな
梅田実代

病室へニコライの鐘聖五月
飯田 静

先生と呼ばれし翁松の芯
森山栄子

店先に戸板一枚芹を売る
箱守田鶴

花は葉に自転車通学にも慣れて
長谷川一枝

朝五時の海のきらきら光り夏
矢澤真徳

厨窓開け放つ日の花菖蒲
水田和代

卯の花腐し明かりの消えぬ厚労省
奥田眞二

天窓へ夏月かかる午前二時
小野雅子

ときどきはわれも弱気に吊忍
長谷川一枝

梅雨入りや一年生は雨合羽
黒木康仁

たかが苺つぶすに奥歯かみしめて
奥田眞二

右旋回して一望の麦の秋
松井洋子

麦の秋各駅停車カタンコトン
木邑 杏

母の好み娘の好み更衣
梅田実代

船底に揺られ上京昭和の日
穐吉洋子

瀬戸内海見晴らす天守五月来ぬ
三好康夫

新緑のうねり溢るる東山
辻 敦丸

夏帽子わが白髪にふさはしき
中村道子

籐椅子の出されしままの隣家かな
矢澤真徳

夏蝶の思ひもよらぬ速さかな
稲畑とりこ

8の字に雨垂れくぐる夏燕
(8の字にくぐる雨垂れ夏燕)
牛島あき

祖母のこと知らず仕舞や著莪の花
森山栄子

石積みの波止の古りたる浦うらら
巫 依子

若葉風たまには夫と連れ立つて
長谷川一枝

新しき木の階段も梅雨に入る
(新しき木の階段も梅雨にいる)
木邑 杏

夏料理切子の鉢をまづ冷やし
鎌田由布子

橋挟み聖堂二つ風薫る
飯田 静

老いたれどをのこの日なり柏餅
奥田眞二

ひらがなの手紙猫宛茗荷の子
小野雅子

髪の毛のうねる広がる梅雨に入る
藤江すみ江

ビール干す決めねばならぬこと数多
山田紳介

鈍色の空に日のありらいてう忌
緒方恵美

雨水をたたへ眩しき代田かな
吉田林檎

蔦茂る島の産業遺跡かな
巫 依子

桜蘂降るさよならもなく別れ
田中優美子
読んでいて泣いちゃう。

初夏やぱりぱりと剥ぐ包装紙
小山良枝

葉桜の騒ぐ夜なりポストまで
箱守田鶴

母の日や不揃ひパンケーキうま
(母の日や不揃いうましパンケーキ)
鏡味味千代

風五月髪かきあげる指細き
木邑 杏

団子坂下にバス待つ薄暑かな
梅田実代

サングラスかけて大人の仲間入り
チボーしづ香

マネキンの横顔つんと夏帽子
緒方恵美

湖に写りて緑濃かりけり
佐藤清子

日の匂ひして連翹のまつさかり
鈴木紫峰人

せせらぎを遡りきて黴の宿
吉田林檎

長男のここぞと来たる田植かな
森山栄子

新築の家は真四角つばめ飛ぶ
松井洋子

名古屋城袈裟がけしたりつばくらめ
千明朋代

ほどほどの長さがよろし藤の花
長谷川一枝

紫陽花や布巾を吊るす給食室
梅田実代

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選

歓声を遠くこどもの日のベンチ 栄子
祖母のこと知らず仕舞や著莪の花 栄子
老鶯や字体ゆかしき消火栓 林檎
新築の家は真四角つばめ飛ぶ 洋子
☆ウイニングボールは母に聖五月 島野紀子
水量が豊富で清らかな柿田川を思い出させる句です。生み継ぐ、という表現が巧みだと思います。

 

■飯田静 選

新緑の島のあはひの水平線 依子
緑蔭に木椅子を並べカフェテラス 亮成
文字のなき異国の絵本夏兆す 実可子
床の間の軸掛け替へて夏座敷 由布子
☆万緑や水を生み継ぐ柿田川 有為子
水量が豊富で清らかな柿田川を思い出させる句です。生み継ぐ、という表現が巧みだと思います。

 

■鏡味味千代 選

頼家の面の話や余花の寺 飯田静
娘への要らぬ心配胡瓜揉む 飯田静
万緑や水を生み継ぐ柿田川 有為子
一病に春を味はひ春惜しむ 朋代
☆借景の富士の小さく夏座敷 由布子
小さいけれど富士が見えているということは、よく晴れ渡った気持ちの良い日なのでしょう。富士の見える座敷という矜持と、時節柄窓を開け放ちているのでしょうか、その清々しさを感じます。広重の絵のような一句です。

 

■千明朋代 選

尖塔の空へ空へと聖五月 飯田静
慶喜の楽水の書や松の花 清子
先生と呼ばれし翁松の芯 栄子
親鳥の来れば燕のさんざめく 栄子
☆木漏れ日の緑の先にある未来 新芽
夢のある未来が見えてきました。

 

■辻 敦丸 選

自転車の少年すいと夏に入る 優美子
ままごとの客なるママの夏帽子 穐吉洋子
ときどきはわれも弱気に吊忍 一枝
尻取のつづくバス停桐の花 松井洋子
☆右旋回して一望の麦の秋 松井洋子
セスナで飛んだ在りし日の米国生活を回想しました。

 

■三好康夫 選

自転車の少年すいと夏に入る 優美子
噴水のためらひながら上がりけり 紳介
花は葉に自転車通学にも慣れて 一枝
高尾山新樹の香り解き放ち
☆母の日の常より長き電話かな 良枝
情愛がある。

 

■森山栄子 選

尖塔の空へ空へと聖五月 飯田静
噴水のためらひながら上がりけり 紳介
右旋回して一望の麦の秋 松井洋子
突風を胸で返して夏つばめ 松井洋子
☆額の花ちよいと持ち上げ勝手口 味千代
額の花の楚々とした美しさと日常のさりげない仕草が生き生きと調和している句だと思います。

 

■小野雅子 選

粽解く母と娘にまた戻り 松井洋子
雪渓に触れきし蝶と思ひけり 良枝
牡丹の一弁崩れたる音か 清子
自転車の少年すいと夏に入る 優美子
☆好きという呪い解かれず夏に入る 優美子
切ない。人を好きになるのは理屈ではなく、まさに呪い。気が付けばもう夏。そんなこともあったなあと暫し感慨に浸る七十路の私でした。

 

■長谷川一枝 選

サングラスかけて大人の仲間入り チボーしづ香
店先に戸板一枚芹を売る 田鶴
老いたれどをのこの日なり柏餅 眞二
お休みを消して廃業夏に入る 味千代
☆白日傘二つ分なる小径かな 味千代
狭い路地を向こうから日傘をさして歩いてくる人、すれ違うときにお互いに日傘を傾ける。そんな光景が目に浮かびました。

 

■藤江すみ江 選

自転車の少年すいと夏に入る 優美子
たかが苺つぶすに奥歯かみしめて 眞二
逆転の人生学び山笑ふ 深澤範子
玩具屋の明日で閉店子供の日 穐吉洋子
☆噴水のためらひながら上がりけり 紳介
確かにそうだなあと読み手も納得する句です。素直さを感じます。

 

■箱守田鶴 選

鳥曇ワクチン接種一回目 深澤範子
鳥籠の鸚鵡争ふ愛鳥日 雅子
花は葉に自転車通学にも慣れて 一枝
キャンプ張る犬の相手をする係 実代
☆団子坂下にバス亭薄暑かな 実代
団子坂下 へ実際いったことがないのに目にうかび、薄暑を体感します。響きが良いのでしょうか。

 

■深澤範子 選

母の日の常より長き電話かな 良枝
子は父に仕舞ひしままの武者人形 雅子
噴水のためらひながら上がりけり 紳介
新築の家は真四角つばめ飛ぶ 松井洋子
☆尻取のつづくバス停桐の花 松井洋子
おばあちゃんとお孫さんでしょうか?バスを待っている間に尻取を楽しんでいる情景が浮かんできます。

 

■中村道子 選

花茨シャツに残りし刺の痕 百合子
キャンプ張る犬の相手をする係 実代
ままごとの客なるママの夏帽子 穐吉洋子
老いたれどをのこの日なり柏餅 眞二
☆万緑や水を生み継ぐ柿田川 有為子
日本三大清流の一つと言われている柿田川湧水地に行ったのは三年前の六月でした。富士山や箱根山、愛鷹山などに降った雨や雪が地下水となり湧き出し河川をつくっていると説明がありました。たくさんの木々や植物に囲まれた柿田川の風景は万緑という季語がぴったりだと感動しました。

 

■山田紳介 選

青葡萄鳴りだしさうな朝なりけり 良枝
太宰忌の変圧器より低き音 良枝
雪渓に触れきし蝶と思ひけり 良枝
祖母のこと知らず仕舞や著莪の花 栄子
☆青き日の青き恋はも苺はも 眞二
まさに宝塚調!(勿論誉め言葉です。)とはいえ中々ここまでは言えないです。「苺」の瑞々しさが際立つ。

 

■松井洋子 選

豆の花夫とは違ふ散歩道 道子
子の声の響くトンネル夏来たる とりこ
万緑や水を生み継ぐ柿田川 有為子
娘への要らぬ心配胡瓜揉む 飯田静
☆店先に戸板一枚芹を売る 田鶴
豊かな湧水の里の景色だろう。中七で店の構え等がよくわかる。瑞々しい芹の白い根っこまで見えてくるようだ。

 

■緒方恵美 選

芍薬の薄絹幾重ひらきそむ 雅子
川風に押し戻さるる石鹸玉 飯田静
娘への要らぬ心配胡瓜揉む 飯田静
日の匂ひして連翹のまつさかり 紫峰人
☆芥子の花ひらくを待たず風に溶け 優美子
芥子の花の繊細さを見事に表現し、詩に昇華させている。

 

■田中優美子 選

ぼうたんの花のひとつの破天荒 依子
噴水のためらひながら上がりけり 紳介
ままごとの客なるママの夏帽子 穐吉洋子
夏料理切子の鉢をまづ冷やし 由布子
☆髪の毛のはねて遊んで五月雨 宏実
天然パーマには辛い季節!起きるたびにあちこちへはねている髪にげんなりしていました。そんな癖っ毛を逆手にとった「はねて遊んで」の表現に楽しい気分になれました。切り取り方と表現次第で、何でも句材になる俳句の面白さを改めて感じました

 

■長坂宏実 選

新しき木の階段も梅雨に入る
夏料理切子の鉢をまづ冷やし 由布子
桜蘂降るさよならもなく別れ, 優美子
サングラスかけて大人の仲間入り チボーしづ香
☆ていねいに入れし新茶のみどりかな 道子
新茶の香りや温かさが伝わってきます。

 

■チボーしづ香 選

青梅や大井戸涸れしニの曲輪 栄子
船底に揺られ上京昭和の日 穐吉洋子
橋挟み聖堂二つ風薫る 飯田静
きざはしを百段登り花見かな 深澤範子
☆突風を胸で返して夏つばめ 松井洋子
状況が見える句。

 

■黒木康仁 選

口への字天を仰ぎし武者人形 敦丸
ビール干す決めねばならぬこと数多 紳介
鈍色の空に日のありらいてう忌 恵美
万緑や水を生み継ぐ柿田川 有為子
☆蜥蜴の背蛍光一閃消え去りぬ 百合子
蛍光一閃 この言葉にびっくりしました。ぴったりですね。蜥蜴の色だけでなく動きまであらわに。

 

■矢澤真徳 選

粽解く母と娘にまた戻り 松井洋子
鳥の舞ふ空の奥まで夕焼かな 新芽
初夏の空を湛へる田水かな 優美子
カーネーション売りつつおのが母のこと 田鶴
☆青葡萄鳴りだしさうな朝なりけり 良枝
一読して八木重吉の『素朴な琴』を思ったが、『素朴な琴』は、秋の美しさに感動し、琴が鳴り出だすことを想像しながら、自らも琴のように鳴り出だしたいと願う、純粋さに憧れる詩であろう。この句には、透明感のただよう秋にはない、むんむんとした青い生命力を湛える季節への素直な驚きがあり、その後ろにはやはりその季節のすばらしさに共鳴し、憧れる作者がいるのだと思う。

 

■奥田眞二 選

老鶯や字体ゆかしき消火栓 林檎
カーネーション売りつつおのが母のこと 田鶴
夏うぐひす忽那七島落暉中 松井洋子
草テニスまづは蚯蚓をつまみ出す あき
☆白薔薇を髪にスー・チー氏の瞳 栄子
先の大戦中ミュンヘンの学生達が反ナチスの白薔薇運動をおこし、ビラを撒いただけでギロチン刑になったことを思い出しました。おぞましいことのないよう願っています。

 

■中山亮成 選

青梅や大井戸涸れしニの曲輪 栄子
突風を胸で返して夏つばめ 松井洋子
蜥蜴の背螢光一閃消え去りぬ 百合子
屈む子や雀隠れに宝箱 百花
☆出刃光る胸板厚き初鰹 百花
省略されている情景が浮かび殺気さえ感じます。

 

■髙野 新芽 選

ただごとで無きてふ記憶出水川 田鶴
暫し聴け篠突く雨のほととぎす 敦丸
森を恋ふこころに添はぬ蝮草 有為子
寝の浅き旅の一日に汲む新茶 眞二
☆好きといふ呪ひ解かれず夏に入る 優美子
甘酸っぱい思い出に連れていってくれました。

 

■巫 依子 選

子の声の響くトンネル夏来たる とりこ
緑陰のベンチに開く「赤毛のアン」 一枝
桜蘂降るさよならもなく別れ 優美子
マネキンの横顔つんと夏帽子 恵美
☆葉桜や誰かに借りしままの傘 恵美
花の頃の華やいだ浮かれ気味の日々も過ぎ去り、いつもの日常に戻る時分でもある葉桜に変わる頃、ふと買った覚えのない・・・傘に目がいく。身に覚えのあるひとコマ。

 

■佐藤清子 選

ネモフィラの海のごとくにひたちなか 深澤範子
娘への要らぬ心配胡瓜揉む 飯田静
葱坊主それぞれひとりぼっちかな 朋代
新緑や門扉のペンキ塗りなほす 道子
☆豆の花夫とは違ふ散歩道 道子
一人散歩が良いとき寂し時があるように夫婦での散歩も気の合う時ばかりではないですね。ですが、年を重ねるごとに一緒に散歩できる人がいてくれるのは幸せなことです。

 

■水田和代 選

床の間の軸掛け替へて夏座敷 由布子
ベランダに打ち上げられし鯉のぼり 味千代
草も木も息切れしさう穀雨まつ 朋代
突風を胸で返して夏つばめ 松井洋子
☆父似なる眉生え揃ひ初節句 松井洋子
赤ちゃんの顔を見ては、誰々に似てると言って可愛がっていた様子が見えてきます。初節句の頃には眉が生え揃って父に似てきたのですね。愛情いっぱいの句で素敵です。

 

■稲畑とりこ 選

自転車の少年すいと夏に入る 優美子
すぐ飽きて憲法記念日の映画 良枝
たかが苺つぶすに奥歯かみしめて 眞二
夏帽子わが白髪にふさはしき 道子
☆テーブルを拭き紫陽花の向き正す 和代
紫陽花に正面はないけれど、美しく見える角度があるのですね。季節の中の生活を楽しんでいる作者に共感しました。

 

■稲畑実可子 選

噴水のためらひながら上がりけり 紳介
牡丹の一弁崩れたる音か 清子
玩具屋の明日で閉店子供の日 穐吉洋子
氷菓食ひインターネット不安定 林檎
☆麦飯を食ふただならぬ雨音に 林檎
麦飯なので定食屋さんか何処かでしょうか。窓の外の激しい土砂降りに驚くも、慌てても仕方ないかと食事を続ける。流れる時間の豊かさを感じました。麦飯と雨音の取り合わせも妙味があってよいと思いました。

 

■梅田実代 選

歓声を遠くこどもの日のベンチ 栄子
いにしへの覇府に葉桜そよぎけり 眞二
もう一人産めばと言はれ西日濃く 味千代
すぐ飽きて憲法記念日の映画 良枝
☆雪渓に触れきし蝶と思ひけり 良枝
ふと見かけた蝶が雪渓を思わせる涼やかさだったのでしょう。詩を感じました。

 

■木邑杏 選

からたちの棘しなしなと夏来る あき
出刃光る胸板厚き初鰹 百花
薄衣白檀の香の開きをり 味千代
サンダルの素足まぶしき雨上がり 真徳
☆娘への要らぬ心配胡瓜揉む 飯田静
もう娘も大人だからと思うのだけれど、胡瓜揉みをしているとやっぱり娘のことが心配になる。母親ですね、胡瓜揉みが効いている。

 

■鎌田由布子 選

突風を胸で返して夏つばめ 松井洋子
病室へニコライの鐘聖五月 飯田静
夏雲を映して田水さざめきぬ 優美子
子の声の響くトンネル夏来たる とりこ
☆緑蔭に木椅子を並べカフェテラ ス 亮成
緑蔭をぬける気持ち良い風を感じることができました。

 

■牛島あき 選

絆創膏指になじまぬ薄暑かな 実代
子の声の響くトンネル夏来たる とりこ
ベランダに打ち上げられし鯉のぼり 味千代
テーブルを拭き紫陽花の向き正す 和代
☆海亀の深き轍を横切りぬ 良枝
産卵場所を目指す海亀の姿を思いました。抑制のきいた写生表現で、命を繋ぐための渾身の足取りが熱く印象的です。

 

■荒木百合子 選

芍薬の薄絹幾重ひらきそむ 雅子
子は父に仕舞ひしままの武者人形 雅子
鳥の舞ふ空の奥まで夕焼かな 新芽
豆の花夫とは違ふ散歩道 道子
☆粽解く母と娘にまた戻り 松井洋子
懐かしい光景。そして母亡き今の私にとってはほんのりと羨ましい景色です。

 

■宮内百花 選

破れ巣を繕ふ蜘蛛は身重なり 康仁
夏の夜魔女の箒を納戸より 雅子
突風を胸で返して夏つばめ 松井洋子
青楓とんぼのやうな赤き翅 亮成
☆一病に春を味わひ春惜しむ 朋代
長い闘病生活にあっても、春を存分に味わい尽くす作者に共感を覚えます。

 

■穐吉洋子 選

夏うぐひす忽那七島落暉中 松井洋子
鍵盤を分かつ兄妹夏浅し 実可子
夏料理切子の鉢をまづ冷やし 由布子
雨上がり男を上げし松の芯 康仁
☆菜種梅雨マルコポーロを茶の友に 朋代
コロナ禍と長雨で家籠り、お茶を片手にマルコポーロと共に世界一周、無事世界一周できましたか?

 

■鈴木紫峰人 選

ぼうたんの花のひとつの破天荒 依子
汗となり子の乳となり我が血潮 百花
桜蘂降るさよならもなく別れ 優美子
捕虫網持ちて遠くへ駆けにけり 実可子
☆粽解く母と娘にまた戻り 松井洋子
もう自分は子を持つ母となっているが、実家に帰り、母のそばで粽をほどいていると、昔の様に自分が娘となっている。母を亡くしたばかりなので、この句は、涙を誘います。

 

■吉田林檎 選

歓声を遠くこどもの日のベンチ 栄子
長男のここぞと来たる田植かな 栄子
初夏やぱりぱりと剥ぐ包装紙 良枝
母の忌や香水の香の仄として 由布子
☆子の声の響くトンネル夏来たる とりこ
トンネルではどんな時にも声が響きますが、「子の声」「夏来たる」からそのトンネルを抜けると夏になるかのように感じられて言葉選びが効果的です。これからたくさん遊ぶぞ!とわくわくの止まらない子供達がトンネルに声を響かせて楽しむという経験は私にもありますが、それはやはり子供の頃の話。そういう楽しみ方を久しく忘れていました

 

■小松有為子 選

破れ巣を繕ふ蜘蛛は身重なり 康仁
万緑へ絵筆のうごき早まりて すみ江
突風を胸で返して夏つばめ 松井洋子
出刃光る胸板厚き初鰹 百花
☆借景の富士の小さく夏座敷 由布子
開け放たれた夏座敷に見える富士が小さいというところが良いですね。

 

◆今月のワンポイント

「自分らしい表現を」

ネット句会の皆様、はじめまして、中川純一です。これから半年間講評担当となります。自他ともに認めるがんこ爺ですから、多少厳しいコメントが書き散らしてあっても気にしないでよいです。
初めて皆さんの句を拝見した印象は、程度の違いこそあれ、型にはまらない俳句を心がけているようだということです。いいことです。みんな持っている遺伝子も、性別、年齢、人生経験が異なっているのですから、それぞれ他の人とは違う個性があります。それを他人が納得するように短い俳句で表現するのには、表現という行為に集中する必要があります。ですから表現というのは、始めこそ有名な句とか、先輩を真似ることから学んでいくのですが、早いうちに自分らしい表現を目指しましょう。それは風景や風物の写生でも、心中の表現でもあてはまります。期待しています。
(中川純一)

◆特選句 西村 和子 選

春風を乗せて各駅停車出づ
水田和代
【講評】文字通り駘蕩とした一句になりました。「春風」の季題が微動だにせず、東風にも、薫風にも置き換えが効きません。一句では各駅停車としか語られていませんが、おそらく読み手は、田園地帯を走る単線のローカル線をイメージすることでしょう。
長い停車時間の間はドア全開。おそらく窓も手動で開け閉てできるようなレトロ感溢れる車輛でしょう。駅でたっぷり春風を容れた列車がゆっくり動き出す…。そのスピードは春風と的確にシンクロしています。
一見誰にでも詠めそうな句に見えますが、夾雑物を省いて的確に景を描き出すことは、とても難しいことです。(中田無麓)

 

家中の時計合はせる日永かな
小野雅子
【講評】
日永」と時計の配合自体珍しく、筆者の知る限りでは<日永しと止まれる振子時計かな(三橋敏雄)>ぐらいです。ましてや家中の時計を合わせるという句想には、おそらく類想がなく、独創性の高い一句になりました。日永は夜長と並んで、情緒的、気分的表現と言われますが、掲句も日永の気分が、良い塩梅で滲み出ています。
ちょっと長くなった日を建設的なことに使おうという前向きな気持ちが素敵です。それでいて、家中の時計を合わせるという行為には、若干の自虐を伴なった滑稽味があります。
その微妙なアンサンブルこそが掲句独特の持ち味と言えます。(中田無麓)

 

鶯やアイロン掛けの手を休め
田中優美子
【講評】
解説の必要がない、至って句意の明瞭な句です。難しい言葉や衒学的な言い回しも全く見当たりません。それでいて一読後、どこかホッとした気持ちになるのは、作者の経験に裏打ちされた実感、春が来たことへの喜びが、字間、行間に籠められているからです。
一句の句材は、大方の経験することですが、とくに子育て真っ最中のお母さん(お父さん)には気を抜ける時がありません。そんな中、家事のさなかのわずかな時でも、手を止められることは無上の喜びだと思います。このひと時は鶯に向き合うことに集中したい…。季題に向き合う真摯な姿勢もまた素敵です。(中田無麓)

 

顔見知り多き老犬桃の花
松井洋子
【講評】
捉えどころがとてもユニークで面白く、思わず微苦笑を禁じ得ません。ご近所の誰彼となく、知られ、愛されているワンちゃんなのでしょう。それを「顔見知り多き」と表現したところに工夫があり、絶妙な詩心と俳味に昇華されています。
老犬と桃の花の取り合わせにも、何とも言えない妙味があります。邪気を払うとされる桃は、由来の中国的色彩をほのかに帯びています。老犬とは言えど、胡服をまとった仙人のイメージも被さってきて、杜子春の世界に遊ぶような豊かさを読み手に与えてくれるような心持ちにもなります。(中田無麓)

 

蕨出て薇の出て忙しき
牛島あき
【講評】
蕨も薇も春が来た喜びを感じさせてくれる山菜ですが、掲句にもその喜びが、少し工夫のある表現で描かれています。一句のポイントは「忙しき」。うれしいとか喜ばしいなど、直接的な感情表現では収まらない思いが「忙しき」に籠められています。アクを抜き、茹で、調理して、盛り付け、そしていただく…。作者は蕨や薇を見て、一瞬にしてそのプロセスを楽しんでいるのです。その結果が「忙しき」という一語に集約されているのです。忙しいという形容詞は、ひまがない、用が多いなど事実を客観的に伝える言葉に過ぎませんが、現状を肯定的にも、否定的にも用いられるという複雑な側面もあります。
掲句は季題と一つの形容詞だけで構成されている、極めてシンプルな構造です。省略を究めて、季題の力を存分に発揮させた試みは、大胆であり、巧みです。(中田無麓)

 

西行の捨てし都の桜かな
奥田眞二
【講評】
わずか17音で、時空の彼方に心を遊ばせることができる…。つくづくと俳句のよろしさを教えられる一句になりました。北面の武士というエリート職を捨て漂泊者となった西行の透徹したニヒリズムが、一句からまざまざと感じ取れます。
鑑賞のポイントは、「西行が何を捨てたか」を読み取ることにあります。西行が捨てたものとは、句面からは、「都」そのものとも、「都の桜」とも読むことが可能です。筆者は後者だと解釈しました。「西行と桜」と言えば、付き過ぎの極みですが、それを捨てるとなれば逆に西行の並々ならぬ意志が感じられます。
別離の思いを背負っているからこそ「都の桜」はひときわ冴え冴えとした美を放っています。その美意識は連綿と、掲句のような形で息づいています。(中田無麓)

 

四方よりさへづり降り来登城口
松井洋子
【講評】
描写力に富んだ一句になりました。囀が四方から降ってくるということで、おびただしい音量が容易に想像できます。この表現自体がまずもって素晴らしいのですが、その舞台が登城口であるというところも、心にくい設定です。登城口というからには、松山城のような山城でしょう。本丸までの道程への期待感が、囀に象徴されています。
音読すればわかる通り、掲句には「り」の音の連綿が効果的に働いています。四方よりの「り」、さへづりの「り」、降り来の「り」。快いR音の重なりが、読み手にも心地よく響いてきます。最初から作為的に用いると、往々にしてうまくはゆきませんが、好句には結果として、こういった余禄が付いてくるものです。(中田無麓)

 

水底は今日も晴れたり蜷の道
松井洋子
【講評】
「俳句とは尽きるところ表現である」ことを掲句から改めて教えたもらった気がします。通常、蜷の道で水底と来れば、常識的符合、即ちつきすぎで終ってしまいます。これだと単なる観察レポートにすぎません。一句を一編の詩たらしめているのが、「水底が晴れる」という捉え方です。「水浸しなのに晴れはないだろう」と余計なつっこみの一つも入れたくなる一見矛盾した叙し方に見えなくもないですが、おそらくほとんどの人がこの表現に納得できるでしょう。
水底まで遍く行き渡る日の光、そして澄んだ水…。そういった水中世界だけでなく、明るい日差しの地上の風景まで見えてくるところに工夫があり、巧みです。
大胆な独創表現は小難しい言葉を用いることではありません。小学生でもわかる言葉を用いても独創は生まれる…。この事実を掲句は証明しています。(中田無麓)

 

フライトも列車も逃し春の夢
田中優美子
【講評】
どちらかと言えば、心地よい寝心地をバックボーンとすることが多い「春の夢」の季題の句の中で、掲句は些か異彩を放っています。夢にもいろいろな種類があるそうですが、掲句の夢に近いのは、象徴夢、つまり現実追認の夢です。フロイトでもない筆者の勝手な想像ですが、疫禍の下、旅行すら満足にできないという現状認識が、このような夢を見させたのかもしれません。
掲句の句想がもしそこにあるなら、普遍的な素材を用いて現況を描ききられたところが巧みです。異色の春の夢は、疫禍が歴史に変わった時に、モニュメンタルな存在感を放つことでしょう。
あるいは疫禍にこだわる必要は無いのかもしれません。掲句の字面を追うだけで、屈託に満ちた青春性の一面を衒いなく詠んだ一句として成立します。(中田無麓)

 

桜蘂ふる少しづつうちとけて
小山良枝
【講評】
「桜蘂ふる」という季題には、時の移ろいや無常観と言ったニュアンスが色濃くにじみ出ています。そんなイメージを句意に反映させた作例も少なくありません。こういった概念を打破し、桜蘂ふるに新しい解釈を加えたのが掲句には、新鮮なものの見方があります。
地域によって異なりますが、入学や入社など、初顔合わせでお互いに緊張を解けずにいるのが、花の盛りの頃。それが桜蘂がふる頃になれば、多少なりともお互いが分かりかけてきます。文字通り、「うちとけて」くるのです。
滅びの美学であると同時に、より前向きになる象徴としての桜蘂。見方を少し変えるだけで、新しい世界が見えてくることを掲句から教わりました。(中田無麓)

 

雨音やきのふの花も散りをらむ
荒木百合子
【講評】
実体としての「花」は、一句の中に実在していません。作者の想念の中にのみ存在するものです。それが眼前に見たものの残像であっても…。それでも、掲句は客観写生の力強さ、確かな存在感を保っています。その理由は、作者の花への思いの強さに他なりません。
愛惜の情が、読み手にもひしひしと伝わってくるからです。
あまたの句の中で、すでに詠みつくされた感のある花の句に、新味を加えることは至難の業です。どの角度から詠んでも、類想の壁に跳ね返されます。そんな中で掲句が光を放つのは、花という季題が包含するものを全て咀嚼しながら、想念の中で平易に再構成させたところにあります。沈潜した静かなリズムを刻みながら、散りゆく花だけをキャンバスに描いて見せた表現力が確かです。(中田無麓)

 

花冷えや聞き返さるること増えて
小野雅子
【講評】
個人的なことで恐縮ですが、筆者も家内との会話で聞き返すことが多くなりました。原因はもちろん、加齢による聴覚の衰えです。掲句はこの現象を妻側から見たものです。その小さな恐れが、季題の「花冷え」に的確に昇華されています。さらに言えば、単に夫を案じているだけではなく、夫婦共通の課題として捉えていることが、字間から感じ取られ、温かみのある一句なりました。
花冷えという季題は、華やぎの中に潜む一縷の不安というニュアンスを包含します。季題の適切な斡旋によって、日常生活の中の機微を描き出したところに、掲句のいぶし銀のような魅力があります。(中田無麓)

 

囀を仰ぎひつくり返りさう
吉田林檎
【講評】
「こんなにシンプルでいいの?」と、掲句を読んで感じた方もおられるでしょう。その通り、句姿はシンプルこの上ない構造。一句の視覚的句材は、森の中に立っている作者のみ。それでいて、囀の高さと厚みに圧せられているような迫力を、読み手にまざまざと感じさせてくれます。事実作者は転倒寸前まで、視線を高みに据えています。
一句の後半部、口語のような表現には、一見稚拙に見えて、誇張を伴った俳味がにじみ出ています。ここが実は重要な鑑賞ポイントです。そこには芭蕉が行き着いた境地の一つ、「軽み」に通じる、俳句の一つの本質が潜んでいるように思います。(中田無麓)

 

◆入選句 西村 和子 選
( )内は原句

初端午父の兜も飾りけり
深澤範子

犬吠えて遠足の列膨らめり
松井洋子
観察の行き届いた句です。ひとくくりの集団に見えて、怖がる子、ちょっかいをかける子など、個々の子どもの諸相が自ずからイメージできることも巧みです。

動物園咆哮切なき春の暮
荒木百合子

姫女苑グリーンベルトに戦ぎたり
鎌田由布子

夏蝶の影に夏蝶従ひぬ
山田紳介
客観写生に徹しながら、前衛絵画のような幾何学的造形美に満ちた一句になりました。エッシャーのだまし絵を見ているようです。鑑賞するほどに実体と影の区別がなくなるような…。「夏蝶」の存在感が独創的に表現されています。

うららかや木漏れ日を縫ふ三輪車
長坂宏実

山吹やベンチのひとつづつ埋まり
稲畑実可子
薔薇ならカメラ好きも俳人も、こぞりたてるでしょう。が、山吹はそんな興奮とは無縁です。控え目で慎まやかな花の本質が描き切れています。

風に乗り雨にこぼるる雪柳
小松有為子

築地塀続く坂道春深し
飯田 静

うつすらと緑おびたる残花かな
小山良枝

桜散る聖女のやうな白孔雀
千明朋代

追ひかけて追ひかけられてしゃぼん玉
鎌田由布子

公園の移動販売木の芽風
飯田 静

鳥声や疎水に桜しべ頻り
小野雅子

水影のゆらぎゆらげる飛花落花
長谷川一枝

霾や広目天は筆を執り
(霾や広目天が筆を執り)
黒木康仁
忿怒の形相ながら、筆や巻物を持つ広目天。文武両道の象徴とも言えなくありません。その特異な存在感に注目した眼力にまず敬服いたします。インドから中国を経て東漸した四天王の来歴を語る「霾」という季題が生かされています。

植木鉢出しては入れて冴え返る
(冴え返り出しては入れる植木鉢)
チボーしづ香

春空やパラグライダー風つかみ
中村道子

二限目は実験畑に風光る
(二限目は実験畑に師風光る)
島野紀子

春日射窓を開けば遺影にも
(窓開けば春光射しぬ遺影にも)
龝吉洋子

残雪の峰々を越え鳥帰る
鈴木紫峰人

山の水沸かし珈琲桜散る
吉田林檎

肩に胸に風の軽さの春ショール
小野雅子

温かやゆつくり歩めば犬もまた
箱守田鶴

壁剥げし土蔵そこここ村の春
(壁欠けし土蔵そこここ村の春)
荒木百合子

春風へふはりシーツを干しにけり
木邑 杏
シーツの持つ量感と質感が「春風」と心地よく呼応しています。ふはりというオノマトペも、春風に相応しいです。一句にはあからさまに表現されていませんが、シーツの純白と空の青の対比にも、清潔感が満ちあふれています。

大鍋に湯の滾りをり筍堀
(大鍋に湯の煮えてをり筍堀)
梅田実代

男の子集ふパン屋や木の芽雨
(男の子等の集ふパン屋や木の芽雨)
飯田 静

糸桜午後の光にあはあはと
長谷川一枝

杉襖背に山桜いよよ照り
(山桜杉襖背にいよよ照り)
荒木百合子

公園のベンチに鴉春の昼
鎌田由布子

紙風船つけば思ひ出よみがへる
中村道子

われもまだ旅の途中や鳥帰る
(われもまだ旅ゆく途中鳥帰る)
矢澤真徳

名を呼ぶは誰そ春昼の大マスク
西村みづほ

五歳児に肩こりなくて春休
(五歳子の肩こりなくて春休)
稲畑実可子

早口の英語のごとく囀れる
小山良枝

老いの荷は軽きがよけれ涅槃西風
小野雅子

草若葉家族の歩幅まちまちに
(草若葉家族の歩幅それぞれに)
森山栄子

藤浪や誰も帰らぬままの家
巫 依子

春雷や龍の目光る天井画
中山亮成

風光る眉濃く引きてマスクして
長谷川一枝

弟は母にやさしく桜餅
(弟の母にやさしく桜もち)
小山良枝

曇る日は水のにほひの花蘇枋
小野雅子

T字路に車見送る落花かな
(T字路で車見送る落花かな)
鏡味味千代

明日は蝶になるやも知れず豆の花
(豆の花明日は蝶になるらしく)
田中優美子

蒲公英や点描画めく大草原
(蒲公英の点描画めく大草原)
鎌田由布子

洗濯物昼には乾く虚子忌かな
三好康夫

爪先に当たりからから春落葉
中村道子

風のふとゆるめば香る沈丁花
緒方恵美

ゆつたりと鯉の寄りくる日永かな
水田和代

花時や風車のまはる向う岸
稲畑実可子

アネモネや少女漫画の目の愁ひ
奥田眞二

矢絣もイスラム帽も卒園す
梅田実代

目印は三角屋根と花水木
飯田 静

風音の静まりてより花吹雪
松井洋子

懐かしの名曲喫茶春惜しむ
中山亮成

対岸も菜の花畠や渡し船
(対岸も菜の花畠や利根渡船)
長谷川一枝

散る花の下亡き父の帰り来る
(逝きし父散る花の下帰り来る)
黒木康仁

雉の鳴く家に泥棒入(い)りしとか
(雉の鳴く家に泥棒入りけり)
三好康夫

雲の端の透けて八十八夜寒
緒方恵美

春の夜別れののちの風ひえびえ
(友と別れ風ひえびえと春の夜)
矢澤真徳

春空へ抱き上げ旅に連れ出して
(春の空抱き上げ旅に連れ出して)
高野新芽

母の日のかな八文字の子の手紙
西村みづほ

春愁や鉛筆削りに屑あふれ
(春愁鉛筆削りに屑あふれ)
小野雅子

出港を見送る人も陽炎へる
巫 依子

人気なき修道院や桜散る
千明朋代

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選

躑躅咲く子育てに休みは無くて とりこ
蕨出て薇の出て忙しき あき
花の雨路上ライブに人ひとり
ゲルニカの図柄纏ひし大浅蜊 敦丸
☆明日は蝶になるやもしれず豆の花 優美子
豆の花の今にも翅を広げそうな形を言い得ています。また、幼い子供が成長していつかは蝶のように翔んでゆく日が来ることを予感しているようにも感じられ、奥行きのある作品だと思いました。

 

■飯田静 選

老幹の芯に脈あり山桜 松井洋子
合併に消ゆる村の名竹の秋 あき
かたかごを踏まずば行けぬ峡の家 穐吉洋子
囀りや色鉛筆の十二色 恵美
☆花冷や売りゆく牛に名は付けず 百花
生業とはいえ手塩に掛けて育てた牛を売ることの切なさを感じます。

 

■鏡味味千代 選

花冷や売りゆく牛に名は付けず 百花
寡黙なる野球少年若布干す 良枝
囀りや色鉛筆の十二色 恵美
出港を見送る人も陽炎へる 依子
☆ゲルニカの図柄纏ひし大浅蜊 敦丸
大きいといえど浅利。その浅利の殻にゲルニカの図柄を見たという視点が面白かった。ゲルニカは決して幸福な絵ではないけれど、ここでは「有名な絵を見た」程の扱いなので、浅利の味も満足のいくものだったことを伺わせる。

 

■千明朋代 選

面白き老い願ふなり花の塵 眞二
絶頂を剥がされにけりチューリップ 味千代
初桜散るとは知らぬ花いくつ 優美子
われもまだ旅の途中や鳥帰る 真徳
☆朧夜の銅のくびれし絵らふそく 恵美
美しい光景が、眼に浮かびました。

 

■辻 敦丸 選

犬吠えて遠足の列膨らめり 松井洋子
壁剥げし土蔵そこここ村の春 百百合子
囀りや色鉛筆の十二色 恵美
春炬燵払ひて居場所定まらず 田鶴
☆かたかごを踏まずば行けぬ峡の家 穐吉洋子
植物学的に興味深い花。群生は素晴らしい。

 

■三好康夫 選

築地塀続く坂道春深し
論語読む生涯講座春深し
動物園咆哮切なき春の暮 百合子
春愁や鉛筆削りに屑あふれ 雅子
☆鶯やアイロン掛けの手を休め 優美子
鶯の声に、アイロンをかける手を止める。手を休めるとなく次の声を待っている。ここに貴重な美がある。

 

■森山栄子 選

青空へあふるるばかり花水木 一枝
犬吠えて遠足の列膨らめり 松井洋子
フライトも列車も逃し春の夢 優美子
春の昼映画の中の海青し 優美子
☆花冷や売りゆく牛に名は付けず 百花
切ない内容ですが、牛の持つ湿り気を帯びた質感と花冷という季語の取り合わせに惹かれました。

 

■小野雅子 選

追ひかけて追ひかけられてしゃぼん玉 由布子
春炬燵払ひて居場所定まらず 田鶴
ゆつたりと鯉の寄りくる日永かな 和代
出港を見送る人も陽炎へる 依子
☆顔見知り多き老犬桃の花 松井洋子
道から見えるところに、いつも寝そべっている老犬。登校時や通院、通勤の皆が声をかけて行く。平和で穏やかな暮らしの一コマです。「桃の花」で幸福感倍増。

 

■長谷川一枝 選

うららかや木漏れ日を縫ふ三輪車 宏実
風に乗り雨にこぼるる雪柳 有為子
山藤の吹きなぶらるる高さかな 実代
夜桜の闇の奥にもまたさくら 松井洋子
☆花冷や売りゆく牛に名は付けず 百花
手許には置けない牛、名を付けると別れが辛くなるのでしょうね・・・。

 

■藤江すみ江 選

ひとひらの落葉影なす春障子 雅子
囀りや色鉛筆の十二色 恵美
犬吠えて遠足の列膨らめり 松井洋子
風音の静まりてより花吹雪 松井洋子
☆花冷や売りゆく牛に名は付けず 百花
季語の花冷と内容が調和しています。敢えて名は付けないというところに作者のやさしさ、切なさ、辛さ全てが含まれ、ドナドナの歌まで聞こえてきました。

 

■箱守田鶴 選

論語読む生涯講座春深し
曇る日は水の匂ひの花蘇枋 雅子
囀や色鉛筆の十二色 恵美
弁当持つ小さき膝に藤の花 松井洋子
☆顔見知り多き老犬桃の花 松井洋子
老犬ともなると飼い主の知らぬ人とだって挨拶を交わします。交際の広さに負けてしまいますね。桃の花とともに周囲の温かさやさしさがあふれています。大好きな切り口です。

 

■深澤範子 選

追ひかけて追ひかけられてしゃぼん玉 由布子
母の日のかな八文字の子の手紙 みづほ
牡丹の花のひとつに葉のあまた 依子
初桜散るとは知らぬ花いくつ 優美子
☆寄り合ひて地に寄り添ひて芝桜 優美子
芝桜の密にきれいに咲いている状況が上手く表現されていると思いました。寄り合ひて寄り添ひてのリフレインが効いています。

 

■中村道子 選

犬吠えて遠足の列膨らめり 松井洋子
寡黙なる野球少年若布干す 良枝
春雷や龍の目光る天井画 亮成
老いの荷は軽きがよけれ涅槃西風 雅子
☆母の日のかな八文字の子の手紙 みづほ
少し文字を覚え始めた幼子からの母の日の手紙。何て書いてあったのだろう…と、指を折りながら想像しました。私は少しですが子供たちからの手紙を大事にとってあります。肩たたき券もあります。もっと若い時から俳句を始めていたら、いろいろな思い出の句を残せたかもしれないと、いつも残念に思っています。楽しみですね。

 

■島野紀子 選

大鍋に湯の滾りをり筍堀 実代
日曜に店出す花屋春たけなは
田起しや額にきりり豆絞り
明日は蝶になるやもしれず豆の花 優美子
☆山の水沸かし珈琲桜散る 林檎
桜を見がてら訪れた山の湧水を汲んで帰ってのコーヒーはさぞかし美味しい事だろう。我が家の近くの大文字山にもペットボトル持参で登る方多いです。

 

■山田紳介 選

牡丹にうつつをぬかす家系かな 清子
名を呼ぶは誰そ春昼の大マスク みづほ
花の雨路上ライブに人ひとり
春愁や鉛筆削りに屑あふれ 雅子
☆桜蕊ふるすこしづつうちとけて 良枝
人と人が打ち解けるには、心の深いところで通じ合わなければならない。桜蕊が降り続くように、人間関係もまたひっそりと深まって行く。

 

■松井洋子 選

初蝶の風の誘ひに乗りきれず 恵美
草若葉家族の歩幅まちまちに 栄子
花冷や売りゆく牛に名は付けず 百花
鶯の破調に畝を平らにす 百花
☆窓といふ窓は運河へ初つばめ 実代
小樽の風景だろうか、とても気持ちの良い句。運河に向けて開かれる窓、そしてその運河を颯爽と飛ぶ初燕。春の小樽へまた行ってみたくなった。

 

■緒方恵美 選

桜蕊降るを払はぬ孤独かな 味千代
アネモネや少女漫画の目の愁ひ 眞二
春炬燵払ひて居場所定まらず 田鶴
音不意に耳をかすめて春蚊出づ 道子
☆咲き満ちてまだ咲き足らぬ花蘇枋 雅子
確かに蘇枋の花はびっしりと咲く。単純な言い回しで、その感を一層際立てた巧みな句である。

 

■田中優美子 選

家中の時計合はせる日永かな 雅子
囀りや色鉛筆の十二色 恵美
飛花落花六百五十本絶唱 味千代
ゲルニカの図柄纏ひし大浅蜊 敦丸
☆袴取る手間も愛ほし土筆煮る あき
手間すら愛おしいという言葉に、季節の味を心から楽しみにしていることが伝わります。

 

■長坂宏実 選

家中の時計合はせる日永かな 雅子
植木鉢出しては入れて冴え返る しづ香
春雷や龍の目光る天井画 亮成
風のふとゆるめば香る沈丁花 恵美
☆春風を乗せて各駅停車出づ 和代
夏や冬の各駅停車は本当に辛いものがありますが、唯一春だけはのんびりと気持ち良い時間を過ごすことができます。毎日長い時間電車に乗っているので、とても共感しました。

 

■チボーしづ香 選

稽古場に師匠の笑顔春袷 康仁
冴返るゴジラの睨む歌舞伎町 亮成
近寄れば息を潜める蛙かな 宏実
夜桜の闇の奥にもまたさくら 松井洋子
☆春炬燵払ひて居場所定まらず 田鶴
春に炬燵をしまったばかりの時は身の置き場が無くなる様子が良く詠われている。

 

■黒木康仁 選

泥まみれの蟇と目が合ふ夕まぐれ 朋代
人類と共存選ぶつばくらめ 新芽
春雷や龍の目光る天井画 亮成
ドアノブの袋の中に春筍 実代
☆残雪の峰々を越え鳥帰る 紫峰人
信州安曇野あたりの風景が目に浮かびそうです。コハクチョウの群がだんだん遠くへ。見送る人々の温かい眼差しも。

 

■矢澤真徳 選

自転車のペダル軋むや春の雷 優美子
うららかや木漏れ日を縫ふ三輪車 宏実
大鍋に湯の滾りをり筍堀 実代
紫木蓮少女の不意の沈思かな 依子
☆囀りや色鉛筆の十二色 恵美
いろいろな音色の囀りにいろいろな色の並ぶ色鉛筆を連想したのだろうか、あるいは、囀りの頃は万物が色を豊かにしていく季節だから、ふと色鉛筆で絵を描いてみたくなったのかもしれない。囀りと色鉛筆に共通するのは「心の華やぎ」ではないだろうか。

 

■奥田眞二 選

背少し曲がる歯科医師花曇 康夫
山藤の吹きなぶらるる高さかな 実代
明日は蝶になるやもしれず豆の花 優美子
化粧にも通学にも慣れ四月尽
☆里若葉みどりの諧調尽くしたる 百合子
緑、萌黄、若緑、など緑色に20種以上の呼称があるのは日本語だけだそうです。 この季節ことに雨あがりの日の光に映える林の遠望にこの句が身に沁みるのは日本人だからでしょうか。

 

■中山亮成 選

論語読む生涯講座春深し
遠出せぬ静かな日々や梅見月 範子
二月尽ピンクのリボン胸につけ 範子
知りたるはなんじゃもんじゃにかそけき香 すみ江
☆囀りや色鉛筆の十二色 恵美
様々な囀りを色鉛筆の十二色に例えたことに、感銘を覚えました。

 

■髙野 新芽 選

老いの荷は軽きがよけれ涅槃西風 雅子
名をつけし雛育ちけり鳥雲に 紫峰人
とどめなき春落葉掃く異人かな
初恋に時効なかりし花は葉に 優美子
☆合併に消ゆる村の名竹の秋 あき
憂いが、季語の哀愁と相まって感じられました。

 

■巫 依子 選

鶯や窓開け放ち開け放ち 優美子
咲き満ちてまだ咲き足らぬ花蘇枋 雅子
囀りや色鉛筆の十二色 恵美
話し合ひ途切れ途切れに花吹雪 宏実
☆母の日のかな八文字の子の手紙 みづほ
かな八文字の手紙は、「いつもありがとう」これしかない!!と。ちょっと考えさせられるところがまたユニーク。

 

■佐藤清子 選

窓といふ窓は運河へ初つばめ 実代
とつとつと余水零るる花の昼 康夫
野蒜掘る媼はひもじき記憶吐く 百花
蕗味噌をかの国夫に届けたし 穐吉洋子
☆大嘘を吹かれて笑ひ春の宵 範子
面白い大きな嘘を考えて大成功して笑いが取れたのでしょうね。皆を笑わせたご本人、笑いが止まらないでしょうね。こんな時期ですしいたずら心とエネルギーが伝わってきてスカッとします。

 

■水田和代 選

うつすらと緑おびたる残花かな 良枝
如月や鶯色の和菓子店 亮成
風のふとゆるめば香る沈丁花 恵美
対岸も菜の花畠や渡し船 一枝
☆息弾むかたくりの花山窪に 一枝
山登りで高鳴る息と、かたくりの花を見つけて弾む心がよく現わされてされていると思います。

 

■稲畑実可子 選

花冷や新居の窓に海すこし 良枝
囀やペンを滑らす紙コップ 実代
白藤や波風立たぬ日々を得て 依子
顔見知り多き老犬桃の花 松井洋子
☆犬吠えて遠足の列膨らめり 松井洋子
犬に吠えられて驚き寄り集まった様子を「列が膨らむ」と写生したところがすごいと思いました。子どもたちの年齢も、年少さんくらいかなあとなんとなく想像がつきますよね。

 

■梅田実代 選

犬吠えて遠足の列膨らめり 松井洋子
合併に消ゆる村の名竹の秋 あき
新人の手枕に待つ花筵 栄子
曇る日は水のにほひの花蘇枋 雅子
☆咲き満ちてまだ咲き足らぬ花蘇枋 雅子
たしかに、びっしりと花をつける花蘇枋は咲き満ちても咲き足らないように見えますね。リズムもよい。

 

■木邑杏 選

鶯やアイロン掛けの手を休め 優美子
明日は蝶になるやもしれず豆の花 優美子
大鍋に湯の滾りをり筍堀 実代
二月尽ピンクのリボン胸につけ 範子
☆泥団子艶やかなりて春深し 百花
泥団子を艶やかになるまで一生懸命に磨いた日、戸外にいてもずいぶん暖かくなりましたね。

 

■鎌田由布子 選

犬吠えて遠足の列膨らめり 松井洋子
霾や広目天は筆を執り 康仁
初蝶の風の誘ひに乗りきれず 恵美
対岸も菜の花畠や渡し船 一枝
☆老いの荷は軽きがよけれ涅槃西風 雅子
断捨離を心がける毎日、作者と同じ気持ちです。

 

■牛島あき 選

水底は今日も晴れたり蜷の道 松井洋子
弁当待つ小さき膝へ藤の花 松井洋子
紅椿落つや天狗の肩をよけ 林檎
囀を仰ぎひつくり返りさう 林檎
☆とつとつと余水零るる花の昼 康夫
「とつとつと」が作者ならではの静かな世界。雫の眩しさに「花の昼」の背景が広がる美しい句。

 

■荒木百合子 選

花冷や売りゆく牛に名は付けず 百花
合併に消ゆる村の名竹の秋 あき
春の虹八幡平の山覆ふ 範子
紫木蓮少女の不意の沈思かな 依子
☆夜桜の闇の奥にもまたさくら 松井洋子
昼と夜で違う表情を見せる桜。昼間の色を失った夜桜の持つ妖しさが、奥のもう一本の桜に気付くことで増幅されていく過程が極僅かな言葉で表現されていて感じ入ります。

 

■宮内百花 選

薬師寺の鴟尾に明星鐘おぼろ 眞二
老いの荷は軽きがよけれ涅槃西風 雅子
紫木蓮少女の不意の沈思かな 依子
行く春を敷きつめて売る道の駅 宏実
☆寡黙なる野球少年若布干す 良枝
野球部の練習を終えたユニフォームのまま、家業の若布干しを黙々と手伝っている島の中学生。島には高校がないので、中学校を卒業すると島を離れる、それまでの僅かな期間の島の暮らしの情景が淡々と語られているように感じました。

 

■穐吉洋子 選

再会の明日に待たるる月おぼろ 依子
出港を見送る人も陽炎へる 依子
平仮名のおさらひ続き花は葉に 由布子
野蒜掘る媼はひもじき記憶吐く 百花
☆風光る眉濃く引きてマスクして 一枝
自粛して家籠りが続き、化粧もほとんどしない事が多い、でもせめて眉を濃く引きマスクして、さあころなに負けず今日も一日頑張ろと気を引き締めている様子が伺えます。

 

■鈴木紫峰人 選

窓といふ窓は運河へ初つばめ 実代
春風へふはりシーツを干しにけり
小さき指鶴を上手に春の昼 由布子
われもまだ旅の途中や鳥帰る 真徳
☆さくらさくら江戸つ子気風の師の墓に 眞二
尊敬する気風の良い師を偲び、お墓参りに来た時、そこには桜が爛漫と咲いており、散り際の良い桜と師をかさねあわせ、さらに懐かしさが広がっていく。私も母が亡くなったばかりで、桜の咲くころには、母を思い出すことでしょう。桜の美しさが心に残る俳句です。

 

■吉田林檎 選

鶯やアイロン掛けの手を休め 優美子
夏蝶の影に夏蝶従ひぬ 紳介
公園のベンチに鴉春の昼 由布子
出港を見送る人も陽炎へる 依子
☆ゆつたりと鯉の寄りくる日永かな 和代
鯉は一年中泳いでいますが、季節によって見え方が全く違います。春の気分で見るとゆったり進んでいるように見えます。季語は「日永」なので、それはそれはゆったりと寄ってきていることがわかります。この句に出てくるのは日永という時候の季語と鯉。あれこれと詰め込んでいない点も「ゆったり」に通じます。

 

■小松有為子 選

うららかや木漏れ日を縫ふ三輪車 宏実
名をつけし雛育ちけり鳥雲に 紫峰人
雨音やきのふの花も散りをらむ 百合子
花冷えや聞き返さるること増えて 雅子
☆春風を乗せて各駅停車出づ 和代
コロナウイルスとの長い戦いに疲れた心をそっと包まれた様な気がしました。有難うです♡

 

 

◆今月のワンポイント

「平易に叙す」

今月の特選句を概観して改めて感じさせられたことがありました。すべての句に共通していますが、季題は別にして、小学生でもわかる平易な表現で叙されていたことです。
「各駅停車出づ」、「アイロン掛けの手を休める」、「家中の時計を合わせる」etc…。いずれもごく日常的で、誰にでもわかる叙述になっています。それでいてそれぞれが一編の詩たり得ています。
その理由は何かといえば、ひとつには季題への信頼が挙げられます。季題がしっかり理解できていれば、極端に言えば、あとは平易な表現で事足りるのです。
しかしながら、平易な表現とは、それはそれで非常に難しいことです。言葉を選び抜く努力と言葉の引き出しの豊かさが求められるからです。
小難しい言葉で句を飾りたてるのではなく、平易で的確な言葉を選び抜くことが大切だ…。自戒の念を多々込めながら、改めてそう思います。(中田無麓)

◆特選句 西村 和子 選

比良比叡一望にして麦を踏む
小野雅子
【講評】湖東には一面に麦畑が広がります。そこからの光景と見ました。大景が余すところなく描けていて、句柄の大きな一句となりました。言葉の選択にも無理無駄がなく、調べも美しく整っています。
黄金に輝く麦秋も捨てがたい光景ですが、「麦を踏む」頃の季節感もまた格別です。浅春の冷たい風の中での農作業は、のどかに見えて、根気のいる労働でもあります。そんな中、凛然と聳える連嶺は、作業の励みであり、尊崇の存在でもあります。透徹した空気を隔てて望む比良連峰には、おそらく残雪が輝いていることでしょう。一句から、想像がどんどん広がってゆきます。(中田無麓)

 

をさな児に紅取り分くるはうれん草
宮内百花
【講評】ほうれん草の象徴とも言える、赤い根元には糖分が多く、ほのかな甘みがありますが、これは在来種である東洋の品種に特有なものだそうです。最近では、西洋の品種や改良型が幅を利かせ、ほうれん草の紅を店頭で見かけることも少なくなりました。そんな貴重な紅の部分を幼い子どものために特別に取っておく…。そこには包み隠さぬ母心が滲み出ていて、読み手の心を打ちます。
ことさら滋養の面を取り上げなくても、「彩りから子どもの食欲をそそるように…」という風にも解釈できます。むしろ後者の方が自然かもしれません。いずれにしても、子を思う母の気持ちの解釈に優劣はありません。(中田無麓)

 

卒業や跳箱五段飛べぬまま
中村道子
【講評】「卒業の句は、明らかに語らずとも、小中高大のいずれかが自ずとわかる句がよい」。和子先生は常々そうおっしゃっていますが、掲句はそのお手本といえます。中七の表現から、卒業生は小学生であることが明白です。
小中高大いずれの教程であれ、例句に見る「卒業」の句は、当日の点景や感懐、あるいは将来の抱負といったものがモチーフになっている場合が多いです。が、掲句はいささか趣が異なります。どちらかと言えば、ネガティブなこと、即ち、ささやかな忸怩と悔恨がモチーフになっています。このような内省的な句想は「卒業」の句にあって却って新鮮です。少年少女期らしい屈託もまた、卒業の一面であることを読者に考えさせてくれます。(中田無麓)

 

閉校の知らせを添へし花便り
巫 依子
【講評】手書き文字でさえすっかり物珍しくなった昨今、「花便り」とは、古風で奥ゆかしいものになってしまいました。そのゆかしき「花便り」は、郷土から、それとも曾遊の地から届いたものでしょうか? いずれにしても、発信者、受信者双方にとって親しき土地からのものでしょう。その便りに閉校という一大事件が添えられているというのです。
人口減に伴う閉校は、都会ですら珍しいものではなくなってきました。ですが、掲句からは、磨き抜かれて黒光りする廊下を持つ木造校舎が見えてきます。満開の桜の下、かつては入学子で華やいだことでしょう。だが今は、花だけが咲き誇っているのです。
淡々と語る一句の叙法から、単なる郷愁や感傷に終らず、事実を真っ直ぐに見つめる作者の眼差しを感じます。(中田無麓)

 

蝶々の触れ合ひすぐに離れけり
山田紳介
【講評】誰もが一度ならず目にしたことがある光景ではありますが、それで一句を成すとなれば全く別。鋭い観察眼と強靭な観察力が必要です。掲句はその果実とも言えましょう。
素人の推測に過ぎませんが、蝶々の求愛活動の一環と見ました。求愛の相手が同性だったのか、はたまた見事にフラれてしまったのか? 想像をたくましくすると、その行為は極めて人間臭く、読後の微苦笑を禁じ得ません。
擬人化した深読みはともかく、触れ合って離れるという、活発で変化にとんだ動きは、ものみな躍動する春の風景の点景でもあり、そのシンプルな描出は巧みだと言えます。(中田無麓)

 

先付のさみどり美しき梅日和
梅田実代
【講評】句意はいたって平明ですが、この上ない眼福を頂戴したようで、読後感が爽やかです。さみどりの正体は、一句からは明らかではありませんが、「梅日和」の頃の季感から、菜の花やほうれん草がイメージできるでしょう。
掲句はあくまでモノに語らせながら、二重の喜びに溢れています。一つは、先付からくる、次々に出てくるであろう品々への期待感。今一つは、快い季節を迎える喜びです。この重層性が、一句の内容をより豊かなものにしてくれています。
加えて、さみどりに対する、梅の花の色。紅梅を想像すれば、その色彩効果は、より印象鮮やかです。(中田無麓)

 

人去るを待ちて母子の雛流し
小野雅子
【講評】ご存じの通り、雛とはもともとは、穢れや災厄を託した形代であり、「雛流し」は、その形代を流すことで穢れや災厄を追い払う風習です。雛流しを原型とする雛祭りが明るいものに変わったように、「雛流し」も現在では、華やかな行事に移り変わってきていますが、人が去るのを待って、母子だけで行うという掲句の「雛流し」からは、古のような敬虔な信仰が感じられます。
一句には語られていませんが、それには深い理由があるのでしょう。雛が背負った穢れや災厄の重みが「人去るを待ちて」という表現に巧みに映し出されています。言ってみれば「時間をずらした」ことだけを述べていながら、その奥底にある心模様まで滲み出させた、奥行きのある一句になりました。(中田無麓)

 

赤子にも老婆にも似てチューリップ
山田紳介
【講評】「チューリップ」の句に老婆が登場することに、まず意表を衝かれました。おそらく歳時記の例句には掲載がないでしょう。蓋し独創的な一句と言えましょう。
一見玄学的な雰囲気を醸し出す掲句ですが、赤子と老婆を象徴として捉えれば、赤子は無垢であり、老婆は爛熟と読み替えることもできます。多彩な色合い、蕾から落下に至る花の諸相…。当節流行りの言葉で言えば、作者は「チューリップ」にダイバーシティを見て取ったのだと思います。「チューリップ」の中に見た老婆とは、ケレンとは異なる冷静な直感なのでしょう。そこに医師である作者の透徹した視線を感じます。(中田無麓)

 

折紙の好きな手の摘む雛霰
奥田眞二
【講評】とりどりの色の重なりに妙味のある、華やぎに満ちた一句になりました。カラフルなことでは甲乙つけがたい、折紙と「雛霰」。万華鏡を覗くようなわくわく感があり、その煌めくような小さな色彩世界が、あどけない女の子の心の弾みを伝えることに、ひと役買っています。
視覚以外にも掲句を特徴づける感覚が触覚です。「雛霰」をつまむこと、折紙を折ること、いずれも、とても細やかな指先の動きです。この器用さを描くことによって、主役である女の子の人となりを巧みに表現しています。(中田無麓)

 

隣国の遠くて近し黄砂来る
飯田 静
【講評】日中国交正常化当時、両国の関係の枕詞として、「一衣帯水」という言葉が、盛んに用いられていたことを記憶されてる方も多いと思います。物理的距離と心理的距離が共に近接していた当時と今では事情は異なってきていますが、二千年に及ぶ両国の関係を言い当てているのが、中七の「遠くて近し」という表現です。
天気図の中では仲良く納まる、かの国の存在を改めて気付かせてくれるのが「黄砂」という現象です。掲句はそのような実感を何ひとつ衒うことなく素直に語って、共感できます。(中田無麓)

 

◆入選句 西村 和子 選
( )内は原句

春寒し窓の数ほど人住まず
箱守田鶴
高度成長期に一斉に建てられた団地でしょうか? 夢のLDKともてはやされた時代は遠く去り、人口減から空き家ばかりが目立っている…。そんなうら寂しい光景を「窓の方が数が多い」と表現しているところが巧みです。

落椿いまだ面会叶はざり
松井洋子

春塵や毘盧遮那仏の台座にも
長谷川一枝

水温む金管の音のいづこより
梅田実代

清明や花屋の多き町に嫁し
(清明や花屋の多き町に嫁す)
島野紀子

次の角曲がつてみたき春の宵
矢澤真徳
日常の中での心の軽い弾みを率直に述べて一句になりました。目的へ一直線に向かうのではなく、心を遊ばせながら過ごしたいという思いが共感を呼びます。一見無為とも見えるこんな時間こそが、値千金なのでしょう。 

一頭を先立て四人青き踏む
牛島あき

拝謁の大使の車列緑立つ
飯田 静

寸にして華秘むるなり牡丹の芽
奥田眞二

入園の子や振り返ることのなく
(入園の子の振り返ることのなく)
鏡味味千代
原句では「入園の子の」でしたが、和子先生が「入園の子や」に添削なさいました。どちらの表現でも、入園子の「気弱さを伴った凛々しさ」は、言い得ているのですが、一本調子になりがちな前者に比べて、後者では子どもの胸を張った姿勢が、よりイメージ豊かに読み手に伝わってきます。 

楠の上まで飛びてしやぼん玉
鎌田由布子

水仙のそよりともせぬひとところ
梅田実代

落日をとどめんばかり囀れる
(落日をとどめんとばかり囀れる)
箱守田鶴

雲ひとつなく初蝶の白さかな
巫 依子

高野槙色吹き返す雨水かな
長谷川一枝

電話口春の雨ねと吾子の声
(電話口「春の雨ね」と吾子の声)
鎌田由布子

母はあの窓より見るや春の空
黒木康仁
一句の内容は、この上なくシンプルですが、その内容は濃く、思いが深く籠められています。母君は、施設か病棟におられるのでしょう。その窓より見る風景やいかに…。同じような状況にあっても、常にそう思いを寄せる人は決して多くはないはずです。そこに作者の優しさと同時に、どうすることもできないという、忸怩の念も一句から感じられて、心を揺さぶられます。 

茶をはこぶからくり人形あたたかし
緒方恵美

月の水花大根を濡らしをり
矢澤真徳

十年の記録映像震災忌
佐藤清子

桐箱の肌やはらかし雛納め
稲畑実可子

手を振りておーい元気か春の雲
(おーい元気かと手を振り春の雲)
鈴木紫峰人

桜蘂ふる新しきキーホルダー
小山良枝

坪庭のにはかに翳り吊し雛
森山栄子

白龍のうねりや尾根の花明り
巫 依子

一斉に楠めがけしやぼん玉
鎌田由布子

逃水へ子はブレーキを踏まぬまま
小山良枝

なで牛の春たけなはを蹲る
箱守田鶴

春の園泣く子笑ふ子ねんねの子
鎌田由布子

鶯のほほほと助走してをりぬ
藤江すみ江

このカフェにしようかミモザに誘はれて
(このカフェにしやうかミモザに誘はれて)
島野紀子

辛夷の芽空にゆるびのなかりけり
緒方恵美
きっぱりと言い切った、潔さが身上の一句です。春の到来とは名ばかりの季節感が、直線的な句姿の中に、鮮やかに描写されています。中七下五の一切の飾りをそぎ落とした徐放の清々しさを学びたいものです。 

すつぽりと抜ける楽しさ野蒜採る
牛島あき

かつんかつんけん玉の音春日和
小松有為子

吊し雛嫗もつとも喜べり
森山栄子

証書置きもうどこへやら卒業子
松井洋子

仰ぎたる島の天蓋桜かな
巫 依子

鶴引くや夢の終りか始まりか
千明朋代

東京は近くて遠く春寒し
長谷川一枝

貝寄風やわたつみの秘す磁器陶器
(貝寄風やわたつみに秘す磁器陶器)
小野雅子

振り向けばあまりに怖し夕桜
田中優美子

摘みきたる緑鮮やか嫁菜飯
(摘みきたる緑の鮮度嫁菜飯)
木邑 杏

菜の花の咲きて海浜小学校
鎌田由布子

陽炎や路面電車の音のして
中村道子

三月や古稀よく似合ふ疋田染
(夢見月古稀よく似合ふ疋田染)
島野紀子

仕舞ふとき向ひ合せに内裏雛
緒方恵美

春炬燵書き写したる句を覚え
穐吉洋子

幼子の沈み込みさう芝桜
(幼きの沈み込みさう芝桜)
水田和代

菜の花や犀の尿のだうだうと
稲畑とりこ

帆柱をきらきら揺らし春の鳥
小山良枝

夕桜囁きほどのクラクション
鏡味味千代

春の雨演奏会の人まばら
千明朋代

匂鳥小枝を揺らし飛び立てり
鎌田由布子

風光るリボン結びはまだ苦手
森山栄子

葦焼の火や地平線舐めつくす
(葦焼の火の地平線舐めつくす)
箱守田鶴

春夕焼浮桟橋にひとり待つ
巫 依子

二十六聖人発ちぬ春の浜
宮内百花

坂道を急ぐ靴音春の闇
中村道子

擂鉢の音のこりこり木の芽和
(擂鉢の音こりこりと木の芽和)
緒方恵美

捨て鉢の隅にもものの芽のふたつ
西村みづほ

石垣のパズルの如く緑立つ
飯田 静

木瓜の花こんなに咲いてしまひけり
森山栄子

つちふるや島の鏝絵に日章旗
巫 依子

キューピーの泥まみれなり池普請
(池普請キューピー人形泥まみれ)
中山亮成

春兆す貫入の音小気味よき
(春兆す貫入音の小気味よさ)
長谷川一枝

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選

比良比叡一望にして麦を踏む 雅子
電話口春の雨ねと吾子の声 由布子
滑走路跡はキャンパス朝桜 実代
一頁残し下車せり花の雨 林檎
☆手水よりまた落ちてゆく落花かな 味千代
一枚の花びらを追う作者の目の動き、心の動きが見えてきます。風や水の流れのままに落ちてゆく花びらにある種の無常観を感じました。

 

■飯田静 選

閉校の知らせを添へし花便り 依子
幌たたみ春風乗せて人力車 田鶴
風光るリボン結びはまだ苦手 栄子
こぢんまり咲くもさだかに丁字の香 林檎
☆子の呉るる野花三月十一日 実可子
東日本大震災の時にはまだ生まれていなかったかもしれない子から貰う野花。癒えぬ震災の傷跡を忘れてはならないと思いました。

 

■鏡味味千代 選

持ち物の名前大きく新入生
風光るグラブ叩きてポジションへ 雅子
蕗の薹刻めば苦し父のこと 雅子
春の園泣く子笑ふ子ねんねの子 由布子
☆辛夷の芽空にゆるびのなかりけり 恵美
ぎゅっとした辛夷の蕾を見ようと空を仰ぐ。まだ寒さの残る早春。その寒さを表すかのようにゆるびない空。辛夷の芽と響き合って、この季節の空をよく表していると思いました。

 

■千明朋代 選

先付のさみどり美しき梅日和 実代
朽ちてより命の匂ふ椿かな 林檎
フリージアこの沈黙の心地よく 良枝
土筆煮る首のくたりよほろ苦き
☆桜さくらハチ公の瞳の寂しかり
満開の桜の下で寂しいハチ公の瞳に注目したのが心を打ちました。

 

■辻 敦丸 選

閉校の知らせを添へし花便り 依子
人去るを待ちて母子の雛流し 雅子
帰り来てまだよそゆきや春灯 実代
擂鉢の音のこりこり木の芽和 恵美
☆賽銭を放ちてぬくきたなごころ 優美子
落とさない様に握りしめていたお賽銭、お参りをした後のひと時を思い出します。

 

■三好康夫 選

落椿いまだ面会叶はざり 松井洋子
卒業や微分積分知らぬまま 一枝
山笑ふゴルフボールを吸ひ込みて 新芽
境内をひとまはりして梅日和 栄子
☆閉校の知らせを添へし花便り 依子
花便りと閉校の取り合わせがよかった。

 

■森山栄子 選

山笑ふゴルフボールを吸ひ込みて 新芽
風光るグラブ叩きてポジションへ 雅子
一頁残し下車せり花の雨 林檎
フリージアこの沈黙の心地よく 良子
☆夕桜囁きほどのクラクション 味千代
大気は水分を含み、景が優しくぼやけていくような桜の夕べ。クラクションさえ囁きのように感じられたのだろう。

 

■小野雅子 選

春の夜の夢は杖なく愚痴もなく 眞二
母はあの窓より見るや春の空 康仁
野に遊ぶ何もなかつたやうにまた 実代
遠足のあのねあのねの終はるまで 味千代
☆流れ来し土嚢に咲ける花菜かな 松井洋子
水害の跡でしょうか。土嚢が流れるのは余程のこと。そこに咲く花菜。希望が感じられる好きな句です。

 

■長谷川一枝 選

沈丁花どの通りにも売家あり 松井洋子
初桜肩車して背伸びして 味千代
風光るグラブ叩きてポジションへ 雅子
つちふるや島の鏝絵に日章旗 依子
☆野の花の卓布を広げ立子の忌 栄子
「まま事の飯もおさいも土筆かな」の句がすぐに浮かんできました。

 

■藤江すみ江 選

閉校の知らせを添へし花便り 依子
なで牛の春たけなはを蹲る 田鶴
花の蜜ラッパ飲みして雀の子 新芽
乳房へと話しかくる子木瓜の花 百花
☆入園の子や振り返ることのなく 味千代
すっかり親離れして新しい世界へ溶け込もうとしている我が子。反対にまだ子のことが心配で離れられない気持ち、親の気持ちが手にとるようにわかります。

 

■箱守田鶴 選

菜の花の咲きて海浜小学校 由布子
他人事のある日我が事花粉症
満を持し聖林寺仏出開帳 一枝
春場所や三番稽古の兄いもと 百花
☆夕桜囁きほどのクラクション 味千代
仕事帰りの車の中で見事な夕桜を目にした。静かに咲いて豪華である。家にいる妻にも知らせよう。散らさないようにクラクションを囁くように鳴らした。心優しい良い句ですね。

 

■深澤範子 選

春寒し窓の数ほど人住まず 田鶴
朽ちてより命の匂ふ椿かな 林檎
証書置きもうどこへやら卒業子 松井洋子
地のものとなりて椿のなほ光る 紳介
☆初桜肩車して背伸びして 味千代
お父さんにでしょうか? 肩車をしてもらって、初桜を愛でる様子が見えてきます。初桜の色、暖かい空気も伝わってきます。喜んで、はしゃいでいる様子も見えてきます。

 

■中村道子 選

比良比叡一望にして麦を踏む 雅子
人去るを待ちて母子の雛流し 雅子
幌たたみ春風乗せて人力車 田鶴
梅見客あしらふる猫社務所詰め 百合子
☆眼下にす多摩連山の山桜
たたみかけるような心地よいリズム感が良いと思いました。多摩の山々と満開の山桜の風景が広がります。

 

■島野紀子 選

春寒し窓の数ほど人住まず 田鶴
長閑しや風に虎舎の声混り 松井洋子
持ち物の名前大きく新入生
手水よりまた落ちて行く落花かな 味千代
☆仕舞ふとき向ひ合せに内裏雛 恵美
並んで飾られ、向かい合わせに片付けられ、内裏雛は本当に仲がよい。

 

■山田紳介 選

清明や花屋の多き町に嫁し 紀子
揚幕より一歩朧の世界へと 百合子
夕桜囁きほどのクラクション 味千代
花冷や玄関に箱積み上がり 良枝
☆フリージアこの沈黙の心地よく 良枝
黙っていても心が通じ合っている。或いは沈黙とは、この花自身の静けさとも読める。季語がぴったり。

 

■松井洋子 選

野の花の卓布を広げ立子の忌 栄子
凪の日の半旗の触るる花辛夷 とりこ
一頁残し下車せり花の雨 林檎
へうきんは隔世遺伝ひなあられ 実代
☆つちふるや島の鏝絵に日章旗 依子
戦前のものだろうか、島におめでたい日章旗の鏝絵。絵に込められた思いは今も見る者に伝わってくる。鏝絵の経た年月を季語が想い起こさせる。

 

■緒方恵美 選

仮縫ひの花嫁衣裳初桜
幌たたみ春風乗せて人力車 田鶴
夕桜囁きほどのクラクション 味千代
稜線の影ほのぼのと雪解風 雅子
☆春兆す貫入の音小気味よき 一枝
陶器の窯出しの際の写生句。貫入音は美しい音できっと小気味よかったのであろう。季語「春兆す」とぴったりである。

 

■田中優美子 選

雲ひとつなく初蝶の白さかな 依子
母はあの窓より見るや春の空 康仁
朽ちてより命の匂ふ椿かな 林檎
他人事のある日我が事花粉症
☆ライオンの立てば歓声いぬふぐり 味千代
立っただけで歓声を浴びる動物園の人気者。百獣の王と小さな小さないぬふぐりの対比が、のどかな一コマを際立たせていると思いました。

 

■長坂宏実 選

沈丁花どの通りにも売家あり 松井洋洋子
風立ちて大き帆となる白木蓮 百合子
花の蜜ラッパ飲みして雀の子 新芽
雪柳おとぎの国となる小路 味千代
☆春を待つハチ公像の花飾り 亮成
皆が来てくれるのをハチ公が待っているようで、とても優しい句だと思いました。

 

■チボーしづ香 選

梅林は帳のごとし何を秘す 朋代
人去るを待ちて母子の雛流し 雅子
春場所や三番稽古の兄いもと 百花
坂道を急ぐ靴音春の闇 道子
☆沈丁花どの通りにも売家あり 松井洋子
春の彼岸頃に咲く沈丁花と売家のコントラストで寂しさが感じられる。

 

■黒木康仁 選

路地うらら手押し車のたまり場に 依子
稜線の影ほのぼのと雪解風 雅子
坂道を急ぐ靴音春の闇 道子
浅間嶺にゆるりと並び春満月 真徳
☆帰り来てまだよそゆきや春灯 実代
何が始まるのでしょうか。日常から非日常への転換を暗示させる春灯。まだがいいのでしょうね。

 

■矢澤真徳 選

母はあの窓より見るや春の空 康仁
人去るを待ちて母子の雛流し 雅子
正体なく砂を抜かれし浅蜊かな 栄子
一頁残し下車せり花の雨 林檎
☆フリージアこの沈黙の心地よく 良枝
花がそうであるように人間もまた、言葉では伝えられないものを言葉以外の方法で伝えることができるのかも知れない。

 

■奥田眞二 選

仮縫ひの花嫁衣裳初桜
ふらここの双子姉妹よ空を蹴り 範子
春兆す貫入の音小気味よき 一枝
畦を来て出交はす雉のたぢろがず 有為子
☆朝寝して獏に喰はれし句の欲しき 有為子
このような諧謔味のあるしかも身につまされる句が好きである。脳の皴の減ってゆく昨今、メモ帳を置いておくが、朝見ると大体がっかりする。失礼、私の場合。

 

■中山亮成 選

茎立や幼早くも反抗期
風光るグラブ叩きてポジションへ 雅子
春の園泣く子笑ふ子ねんねの子 由布子
風光るリボン結びはまだ苦手 栄子
☆山茱萸や黄の渇筆の自在なる 百合子
春の彼岸頃に咲く沈丁花と売家のコントラストで寂しさが感じられる。

 

■髙野 新芽 選

白龍のうねりや尾根の花明り 依子
幼きの沈み込みさう芝桜 和代
一歩から春の光の一万歩 あき
葦焼の火の地平線舐めつくす 田鶴
☆朽ちてより命の匂ふ椿かな 林檎
朽ちることで、命が匂うという描写がとても新鮮で、気づきをくれました。

 

■巫 依子 選

落椿いまだ面会叶はざり 松井洋子
持ち物の名前大きく新入生
初桜肩車して背伸びして 味千代
遠足のあのねあのねの終はるまで 味千代
☆入園の子や振り返ることのなく 味千代
親と子の初めての別れでもある「入園」。泣くかなぐずるかな・・・と、親の方が気が気でなく身構えていたりするその日の朝。意外にも、振り返ることもなく園に消えて行った我が子に、親の方がポッツンと置いてきぼりにされたような、狐につままれた感じが伝わってきて、クスッとおかしみを感じてしまいました。

 

■佐藤清子 選

いつときは恋したことも桃の花 一枝
鶯のほほほと助走してをりぬ すみ江
遠足のあのねあのねの終はるまで 味千代
擂鉢の音のこりこり木の芽和 恵美
☆四阿に春告鳥のケキョケキョと 由布子
ままならない日々、春の穏やかな風景の中でケキョケキョが新鮮で滑稽で癒されます。数日前に行った涸沼の光景そのものでしたので共感もしました。

 

■西村みづほ 選

へうきんは隔世遺伝ひなあられ 実代
薄氷溶け出して空映したる しづ香
凪の日の半旗の触るる花辛夷 とりこ
三鬼忌やソプラノ音を外したる 紳介
☆地のものとなりて椿のなほ光る 紳介
落ち椿の一層の紅の美しさが描けている素晴らしい写生句と思い特選とさせて頂きました。 落ち椿お家のものとなるという風に描写したのは卓越だと感銘を受けました。

 

■水田和代 選

寸にして華秘むるなり牡丹の芽 眞二
比良比叡一望にして麦を踏む 雅子
永き日や層うつくしくモダン焼 良枝
たんぽぽの首ずらしつつ咲きにけり 林檎
☆仮縫ひの花嫁衣裳初桜
初桜の頃に花嫁衣装の仮縫いに手を通している、幸せいっぱいの句に、幸せのおすそ分けをいただきました。

 

■稲畑とりこ 選

賽銭を放ちてぬくきたなごころ 優美子
持ち物の名前大きく新入生
手水よりまた落ちて行く落花かな 味千代
デパートの幟の長し春の夕 実可子
☆春風やけふも貼り来し絆創膏 実可子
いつも絆創膏を貼っている春風のような人。取り合わせがなんとも爽快で惹かれました。

 

■稲畑実可子 選

持ち物の名前大きく新入生
境内をひとまはりして梅日和 栄子
春の園泣く子笑ふ子ねんねの子 由布子
夕桜囁きほどのクラクション 味千代
☆玻璃越しに花束の影春の宵 すみ江
玄関ドアの曇りガラス越しに、花束を手に帰宅したご主人の姿が見えたのでしょう。お誕生日か、はたまた結婚記念日か。微笑ましい景だと思いました。

 

■梅田実代 選

比良比叡一望にして麦を踏む 雅子
春寒し窓の数ほど人住まず 田鶴
石坂に倦み春泥の獣道 松井洋子
遠足のあのねあのねの終はるまで 味千代
☆つちふるや島の鏝絵に日章旗 依子
島の歴史、日本の歴史。そして季語から中国との歴史を想像させます。

 

■木邑杏 選

山茱萸や黄の渇筆の自在なる 百合子
風光るグラブ叩きてポジションへ 雅子
陽炎や路面電車の音のして 道道子
浅間嶺にゆるりと並び春満月 真徳
☆何よりも会へる喜び卒業す 新芽
卒業の今日みんなに会えることが何より嬉しい。コロナはつらかったですね。

 

■鎌田由布子 選

決心をひとつマフラーぎゆつと締め 優美子
ピノキオが踊りだしさう春の雪 朋代
卒業や微分積分知らぬまま 一枝
持ち物の名前大きく新入生
☆仮縫ひの花嫁衣裳初桜
結納を終えいよいよ嫁ぐ日が間近になった経過と期待と多少の不安が季語から感じられました。

 

■牛島あき 選

桜蘂ふる新しきキーホルダー 良枝
花の蜜ラッパ飲みして雀の子 新芽
夕桜囁きほどのクラクション 味千代
賽銭を放ちてぬくきたなごころ 優美子
☆古書店の看板の跡おぼろ月 優美子
かつてはよくお世話になった古書店だが、時代の趨勢で閉店してしまったのだろう。看板のあった所を見遣る作者の愛惜の念に、おぼろ月が優しい。

 

■荒木百合子 選

卒業や跳箱五段飛べぬまま 道子
桐箱の肌やはらかし雛納め 実可子
手際よき母の健在雛納め 実可子
雲の面にきつと居る筈初雲雀 康夫
☆畦を来て出交はす雉のたぢろがず 有為子
私にも似た経験。何年も前、京都大原の北の農道の前方にひょっこりと雉が出現。徐行、停車する先を悠々と横切り去りました。これは何?野生の威厳?と呆れていました。

 

■宮内百花 選

流れ来し土嚢に咲ける花菜かな 松井洋子
茎立や幼早くも反抗期
鶴引くや夢の終りか始まりか 朋代
辛夷の芽空にゆるびのなかりけり 恵美
☆南無阿弥陀目刺一連托生す 眞二
竹串や藁で連ねられた目刺が、運命を共にする仲間であるというその発想が面白いですね。また小さな目刺一匹一匹にも大切な命があることを改めて思い起こさせられる一句です。

 

■穐吉洋子 選

母似かな笑む目糸の目ひひなの目 眞二
春の園泣く子笑ふ子ねんねの子 由布子
つちふるや島の鏝絵に日章旗 依子
ウイッグをつけて不安や春一番 有為子
☆桃の花咲き満つ頃ぞ甲斐や今 雅子
甲斐の桃の花は有名ですよね。桃の花の咲き満つる頃は濃いピンクの絨毯を敷きつめた様に、まさに桃源郷です。今年はコロナで行けないのが残念ですね。

 

■鈴木紫峰人 選

南無阿弥陀目刺一連托生す 眞二
次の角曲がつてみたき春の宵 真徳
決心をひとつマフラーぎゆつと締め 優美子
あたたかや鳥居に長き一礼し 優美子
☆桐箱の肌やはらかし雛納め 実可子
雛を納める時の快い疲れと、桐の箱の肌触りのやはらかさにナルシシズムを感ずる。

 

■吉田林檎 選

水温む金管の音のいづこより 実代
蒲鉾の紅のふちどり春の雪 恵美
パイ生地にあんこたつぷり山笑ふ 和代
落第や音立てて食ふカレー煎 とりこ
☆春寒し窓の数ほど人住まず 田鶴
団地は取り壊すために住人を追い出すことはせず、自然と住人がいなくなるのを待っているのだそうです。確かに二世帯くらいしか住んでいる気配のない団地をたまに見かけます。別荘として売り出された豪華なマンションの可能性もありますが、「春寒し」からは前述のような団地が連想されます。夜になってもぽつりぽつりとしか灯らないような状況が中七下五の表現ですっきり伝わってくるのは、表現のうまさもありますが主観が入っていないからだと思います。作者の気分は「春寒し」に託されており、季語の力を信じた一句である点に魅力を感じました。

 

■小松有為子 選

つちふるや島の鏝絵に日章旗 依子
車座になりし花見の懐かしく
一頁残し下車せり花の雨 林檎
春の雷撤収早きキッチンカー 松井洋子
☆卒業や跳箱五段飛べぬまま 道子
私も同様でしたが、さらりと詠まれていて好感がもてますね。

 
 

◆今月のワンポイント

「主題を絞る」

作者が詠みたいものは何か? 作句の上で何よりも大切なのはこの一事ですが、実はこれが意外に難しいことなのです。もちろん、一句で最も重要なのは季題ですが、季題だけでは、それに含まれるイメージ、事物やその範囲、印象や色彩を追記することにしかなりません。即ち、既存の理解の範囲を超えられない、つまり、独創がないという結果に終わります。そこで、季題と並び立つテーマが必要になります。そしてそのテーマは往々にして一つのキーワードで表現できることが多いのです。逆に言えば、そのキーワードを見つけることこそ、主題を絞る大切なアプローチともなる訳です。
今月の特選句は、それぞれ明白な主題があり、それが一句を潔いものにしています。さらにそれぞれの句には、主題を解き明かす一語が包含されています。一望、紅、飛べぬ、閉校、さみどりと言った言葉です。季語と並び立つワン・ワードを探すこと。これもまた、作句の一つの方法論ではないかと筆者は考えています。(中田無麓)

◆特選句 西村 和子 選

冴返る無人のままの観覧車
緒方恵美
【講評】一見、どこにでもあるような光景を描いた、客観写生のようですが、不思議なパワーを秘めた一句になりました。近未来の黙示録的な世界のようで凄味があります。
「冴返る」時期なので、観覧車に乗る人もないだろう、という形而下的な解釈はこの句にはふさわしくありません。震災、疫禍、気候変動など、末法を感じさせる時代の流れが背景にあり、その象徴としての無人の観覧車なのでしょう。掲句の場合、決して飛躍した解釈ではないはずです。(中田無麓)

 

菜の花の村を通つて無言館
木邑 杏
【講評】無言館とは、長野県上田市にある戦没画学生の絵を集めた、小さな美術館です。日本画、洋画、絵の巧拙を問わない展示ながら、共通しているのは画学生の多くが20代の若さで戦死しているという、冷厳な事実です。コンクリート打ちっぱなしのモダンな建築ですが、絵を見てゆくうちに防空壕に飾られている気がすると、訪れたことがある人から聞いたことがあります。
そこまでの道筋が菜の花の村だったと掲句は語っています。その平和な風景と展示物のリアリティの落差が、一句を成すきっかけになったことでしょう。
この句の素晴らしさは、個人の主観や感情を表立って表さず、菜の花というモノに託しきったところにあります。その態度は潔く、俳句の骨法に適っています。(中田無麓)

 

ラメ入りの靴下届く聖夜かな
深澤範子
【講評】事実を淡々と述べているようでいて、クリスマスに贈られた靴下とは、いささか意味深でもあります。
元来、靴下はサンタさんからの贈り物を受け取る容器です。それを送ったというところに、送り主の洒落っ気が垣間見えてきます。ちゃっかりとおねだりするような、エスプリが利いているのです。そのきらりと光る機知が、ラメに巧みに表現されています。
贈り物を受け取った作者の微苦笑も見えてきませんか?(中田無麓)

 

春の虹くれなゐいつまでも残り
田中優美子
【講評】単に「虹」と言えば夏の季語になりますが、それ以外でも、季節の名を冠して、季題として立項されています。秋の虹、冬の虹と言った具合です。いずれの季節においても、夏とは異なる微妙なニュアンスの違いがありますが、「春の虹」には、夏の虹より淡く、儚く消えるという本意があります。
その「春の虹」に紅だけが、消えずに残っていると一句では語っています。では、このくれなゐの正体は何でしょうか? 筆者は希望と解釈しました。消えゆく虹の色の中で、最後まで残るくれなゐは、春という季節と相まって、好日的で、前向きな気分や勇気を読み手に提供してくれます。(中田無麓)

 

オブラートほどの明るさ春暁
小山良枝
【講評】オブラートとは、今ではすっかり懐かしいものになってしまいました。「オブラートに包む」という慣用句も通じなくなるかもしれません。
それはそれとして、比喩の働きがこの上なく巧みな一句になりました。けっして主張することのない柔らかな光の加減、皮膜のような薄さをオブラートとは、蓋し、言い得て妙です。凡そ美とは遠い存在の化学製品が、格調を持ってイメージされるのも技ありです。
比喩がずばり的を得ていますが、比喩の工夫を生かすも殺すも、比喩の叙法次第です。たとえば、「ごとく」とあからさまに言ってしまえば、興趣は半減します。といって、まるっきり暗喩にしても、表現上の飛躍が伴ってしまいます。直喩と暗喩の中間の微妙な表現での「ほど」という助詞を用いたところに、隠れた工夫があります。文字通りの「ほどのよい」選択だと思います。(中田無麓)

 

火を焚けば風のあつまる二月かな
緒方恵美
【講評】もとより容易に用いられる季題などはありませんが、「二月」は難季題の部類に入るでしょう。陰暦では仲春でも、陽暦では厳しい寒さが続きます。それでも陽光はすでに春色です。一見二律背反のように見えるこの両者を一句の中でどのように昇華させるか、ここに詠み手の力量が問われます。
掲句も、そんな行き合いの季節感が巧みに描き出されています。ポイントは中七。「あつまる」という動詞にあります。風を主語に据えた動詞の述部は数少なく、せいぜい、吹くか舞う、猛るくらいが関の山でしょう。その意味でもあつまるは、新鮮ですし、何よりも、物理現象を超えた人格まで感じることができます。
火にあつまる風は、まだまだ寒風ですが、てんでの向きの風は、ダイナミズムを感じさせます。そしてそれ自体が春の蠢動なのでしょう。(中田無麓)

 

朝のうち雪見障子を少し開け
深澤範子
【講評】雪見障子は障子の傍題として立項されていますが、作例は決して多くはありません。雪がほとんど降らない西国はもちろんのこと、多くの家屋には縁遠い存在であり、せいぜい神社仏閣でお目にかかる程度です。これでは、絵葉書俳句の域を出ることは困難です。
一方、掲句の雪見障子は生活に根差しています。少し開け、という主体的な動作から類推できます。と同時に、障子内で、筆者がなにをしているのか想像を逞しくもできます。
少し開けて外の風景を見るには、おそらく畳に端座している姿勢ではないかと推察されます。文机で書き物か読み物をしているのでしょうか。その間、ときおり目を外に移すと夜のうちに降り積もった雪が朝日に輝いているというのです。平穏で満ち足りた北国の生活のヒトコマが、格調高く切り取られています。(中田無麓)

 

そのひとつ悲鳴のごとく囀れる
梅田実代
【講評】囀りとは元来、繁殖期を迎えた雄鳥の求愛行動の一つです。その音声は、種類によってさまざまで、フルートのような美しい音色から、カケスのような耳障りなものまで、まさに多彩です。このようなアンサンブルの中にあって、悲鳴とは穏やかではありません。
掲句の良いところは、現象を結果として見るだけではなく、原因まで踏み込んでいる洞察にあります。そして読み手は、命をつなぐための懸命の行為に胸を打たれるのです。(中田無麓)

 

雛飾る下段にちよんとテディベア
小野雅子
【講評】誰もが知っているクマのぬいぐるみとお雛様、材料はたったこれだけのいたってシンプルな構造の一句です。しかし、掲句には時間的な経過の中に材料を置くという工夫があります。それによって、読み手には飾り手の動きがありありと見えてきます。
季題は「雛飾る」ですから、現在進行形の行為です。おそらくお母さんと小さな娘さんの共同作業なのでしょう。その作業の締めくくりとして、娘さんが最後に据えたのがテディベア。画龍点睛のように、お気に入りにぬいぐるみを置いて初めて、彼女の雛飾りは完成の域に達します。
時間の流れの中に一句を置くと、彼女のテディベアに対する思いはより、ひしと伝わってきます。すでに完成されたひな壇に置かれているテディベアを詠んでも掲句ほどの熱量は伝わってこないでしょう。(中田無麓)

 

梅の香へキスするやうに近づきて
松井洋子
【講評】特段の説明など必要としない、簡潔極まりない一句ですが、歳時記の数多の例句でも、梅の香を詠んだものは意外にも、取り上げられる例はあまりないようです。あまりにも常識の内にあり、作品が予定調和に行き着いてしまうこともその一因かと思われます。
掲句は、その難しい領域に一歩踏み込んで、古風な「梅の香」に清新なイメージを付加しました。中七のキスが一句のキーワード。ここから、梅への親しさ、愛情が、爽やかに表現されています。
「そう言えば、そうだな」と誰もが納得できる比喩は、簡単なように見えて難しく、熟考を経た結果の産物なのです。(中田無麓)

 

小包の中の小包蕗の薹
緒方恵美
【講評】蕗の薹の到来ものとは嬉しいものですね。梱包を開けるときの心躍りが伝わってくるようです。しかも、開梱してみれば、また小包が入っていると言います。ロシアのマトリョーシカのように。掲句はこの一瞬を鋭く捉えています。
ネット通販などでは、蕗の薹は、新聞紙で簡易包装した上で、ダンボール詰めにして発送することが多いようですが、ご丁寧にも小包につめた小包に慎重に格納して送られてきたと言うのです。
送り手が先様を思う心づくしと、それを素直に受け取る受け手の心の働きが一つになった素敵な瞬間を掲句は捉えて、間然しません。
そんな心の通い合う季節感として、蕗の薹ほど見事に適った季題はありません。(中田無麓)

 

珈琲を待つ間も楽し桃の花
水田和代
【講評】品種にもよりますが、桜と開花が重なりながら、その花期は桜よりかなり長いのが桃の花。散り急ぐことで妙に哲学的な桜と異なり、身近に感じられます。従って、勢いきって花見に出かけるというより、日常の中で、気づけば咲いていた…。そんな立ち位置の似合う花だと言えましょう。
掲句も、そんな日常の一コマのなかでの気づきをケレン味なく、素直に詠んで、季題のある一面の本意が押さえられています。桃の花が庭木なのか、果樹園のそれか、活けてあるのかは定かではありませんが、そこを詮索するのは野暮というものでしょう。(中田無麓)

 

◆入選句 西村 和子 選
( )内は原句

雪催ロシア料理が食べたくなる
(雪催ロシア料理が恋しかり)
深澤範子

子育ての記憶曖昧鳥雲に
鏡味味千代
母親ほどの実感がありませんが、なるほどそうだなあと思いました。「鳥雲に」という季題が実によく効いています。

春兆す夫の口癖ありがてえ
(ありがてえは夫の口癖春兆す)
千明朋代

うすらひや告げたきことを告げぬまま
長谷川一枝

春いちご今抜けし歯を見せくるる
梅田実代

佐保姫の息にふくらむ海の面
(佐保姫の息にふくらむ海面かな)
小山良枝

滅茶苦茶に朝日を乱し恋雀
三好康夫
「恋雀」の必死ぶりが伝わってきます。中七のような若干オーバー目の表現でちょうどいいと思います。あまり俳句には登場しない、滅茶苦茶という口語表現も、掲句の句想に適っています。

冬尽きて湯呑みの影の寸詰まり
辻 敦丸

消えかかり灯る電球寒夜かな
中村道子

山茱萸の花満開と独り言つ
水田和代
連れだって見に行くこともない山茱萸の花の本質が、下五の「独り言つ」という措辞に巧みに表現されています。

薄氷や餓鬼大将と子分たち
牛島あき

野火負ひて走る倒るるまで走る
小野雅子

声を掛けつつ寒肥を撒きにけり
(声掛けをしつつ寒肥撒きにけり)
深澤範子

夢でなく未来の話冬銀河
鏡味味千代

赤き蕾より白き梅開きたる
田中優美子

詫び状の遅くなりたり冴返る
宮内百花

手の中の土筆たちまち黒ずみぬ
小山良枝

産土の風のつめたき針供養
千明朋代

鉛直を身体は感じ大根引
宮内百花

豆撒や終の住処と決めし家
飯田 静

父の忌の蜜柑凍つてをりにけり
山内 雪

もう誰も住んでないのか梅の花
山田紳介

店頭に蠟梅ミシュラン二つ星
(店前に蠟梅ミシュラン二つ星)
島野紀子

春立ちぬ緊急事態続きつつ
(春立ちぬ緊急事態続きをり)
穐吉洋子

鳩は恩感じてをらぬ遅日かな
(鳩は恩感じてをらぬらし遅日)
稲畑とりこ

水底に渦の影揺れ春の川
松井洋子

枝先のつぼみのかたき野梅かな
千明朋代

春の海サルベージ船のゴジラめく
鎌田由布子

甘味処確かこの路地梅ふふむ
飯田 静

残雪を載せ八ヶ岳晴れがまし
(残雪を頂に八ヶ岳晴れがまし)
奥田眞二

すれ違ふ人悉く息白し
深澤範子

言の葉に刃ありけり冴返る
鏡味味千代

大寒の固き日弾く黒瓦
中山亮成

それぞれの燭をともして卒業す
梅田実代
「それぞれの燭」にひとりひとり異なる、行くと決めた道の寓意のように感じられ、卒業の句にふさわしいです。

薪割りに見とれてをりぬ寒鴉
山内 雪

きりぎしに波唸り来る実朝忌
辻 敦丸

まんさくや高嶺に添へる 雲ひとつ
(まんさくや高嶺に添ひし雲ひとつ)
緒方恵美

松明に闇の響動めくお水取
小野雅子

北風や負けじと歩幅大きくす
深澤範子

恋猫のラピスラズリのひとみかな
長谷川一枝

耳の底曇つてをりぬ黄砂降る
宮内百花

梅日和路面電車のよく軋み
松井洋子
伊予鉄の市内線ですね。「軋む」を不快ではなく、春への蠢動と感じたところに、心の弾みが窺えます。

手を繋ぐ先生真ん中梅ふふむ
木邑 杏

受験子を見送る星の残る朝
小山良枝

かたかごの妖精の羽根閃きて
藤江すみ江

梵鐘の余韻地を這ふ余寒かな
緒方恵美

初蝶や信号無視して消えゆけり
穐吉洋子

のんどりとぜんまい奥つ城の斜面
にしむらみづほ

春しぐれ聖母の髪を濡らすほど
牛島あき

雨粒の大きさ違へ春の雨
森山栄子

山手線巡る東京うららけし
中山亮成

草餅や引越の荷を待ちながら
小山良枝

托鉢の脚絆真つ白梅日和
(托鉢の脚絆真白や梅日和)
奥田眞二

白梅の蕾は赤き不思議かな
田中優美子

無言館行バスに三人のどけしや
(無言館へバスに三人のどけしや)
木邑 杏

樹木医の撫でて叩いて春来たる
飯田 静

息白し仔牛の名前エリザベス
(エリザベスてふ名の仔牛息白し)
山内 雪

駅裏に回つてみるや春の昼
山田紳介

犬駆けて沈丁の香を散らしけり
長坂宏実

寝ねがての雨垂れを聴く二月かな
(寝ねがてに雨垂れを聴く二月かな)
森山栄子

春一番軒のジーパン翻り
松井洋子

海賊の島の昔よ遠霞
巫 依子

ドラム缶滾り和布の変身す
木邑 杏

道草の渚に拾ふ桜貝
小山良枝

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選
薄氷の解けしところより漣     雅子
梅日和路面電車のよく軋み     松井洋子
生まれ来るものみな濡れて春の星  実代
小包の中の小包蕗の薹       恵美
☆何しても許されさうな春の昼   紳介
感覚的ではありますが、それほど長閑で気持ち良い春の午後だったのでしょう。類想の無い作品だと思いました。

 

■山内雪 選
雪催ロシア料理が食べたくなる   範子
冴返る無人のままの観覧車     恵美
春光をふはりと纏ひ鉋屑      真徳
駅裏に回つてみるや春の昼     紳介
☆卒業すインテグラルつて何だつけ みづほ
ついついのせられてしまった。一言でいえば共感である。

 

■飯田静 選
子の担ふ一人二役鬼やらひ     栄子
菜の花の村を通って無言館     杏
春光や半熟卵に銀の匙       雅子
海賊の島の昔よ遠霞        依子
☆受験子を見送る星の残る朝    良枝
受験のために早朝でかける子と見送る母、双方の緊張感が伝わってきます。

 

■鏡味味千代 選
春一番急げ最新刊発売       優美子
梵鐘の余韻地を這ふ余寒かな    恵美
切岸の無縁の墓も彼岸かな     眞二
犬駆けて沈丁の香を散らしけり   宏実
☆手を繋ぐ先生真ん中梅ふふむ   杏
年老いた先生を真ん中に、寄り添うように歩いているのか。もしくは保育園で子供が先生と手を繋いでいるのか。いずれにせよ、梅ふふむ で、手を繋いだ人の嬉しい気持ちがわかります。

 

■千明朋代 選
明日のこと大丈夫かも梅の花    優美子
文香を句集に挟み春近し      栄子
透明の花入れに挿す山茱萸黄    和代
グレンミラー聴きし針ども納めしや 田鶴
☆装丁の色合い淡く春めける    静
最近買った本で、とてもさわやかに思いました。そのことを、句にするとこの句なのかと感心しました。

 

■辻 敦丸 選
菜の花の村を通って無言館     杏
甘味処確かこの路地梅ふふむ    静
爪先に春の寒さの残りたる     由布子
梵鐘の余韻地を這ふ余寒かな    恵美
☆小包の中の小包蕗の薹      恵美
伯耆大山から友が送ってくれた朝取りの蕗の薹は、こんな梱包がしてあった。

 

■三好康夫 選
ヒヤシンス淡き光の根を垂らし   真徳
枝先のつぼみのかたき野梅かな   朋代
ぷつつりと便りなき友寒戻る    朋代
老梅の蕾に矜持ありにけり     眞二
☆般若心経唱へ写経や梅真白    一枝
心が洗われました。

 

■森山栄子 選
産土の風のつめたき針供養     朋代
火を焚けば風のあつまる二月かな  恵美
胎内の記憶あらねど春暁      良枝
消毒に手のひら濡らす余寒かな   あき
☆生まれ来るものみな濡れて春の星 実代
なるほど人間も動物も生まれてくるものは濡れている。春の星はた水の地球という感覚とも通じ合うような広がりのある句だと思う。

 

■小野雅子 選
春兆す夫の口癖ありがてえ     朋代
ヒヤシンス淡き光の根を垂らし   真徳
梵鐘の余韻地を這ふ余寒かな    恵美
枝垂梅切り揃へたる前髪に     栄子
☆生まれ来るものみな濡れて春の星 実代
春は生き物の生まれる季節。命のいとおしさ、未来への希望と祈りが詠まれています。
敬虔な気持ちになりました。

 

■長谷川一枝 選
二ン月の光ありけり聖ピエタ    眞二
ひそと水舐む後朝の浮かれ猫    眞二
切岸の無縁の墓も彼岸かな     眞二
樹木医の撫でて叩いて春来たる   静
☆大寒の固き日弾く黒瓦      亮成
大寒の固き日の表現が上手いなあと思い、それに続いての弾く黒瓦も目に浮かんできました。

 

■藤江すみ江 選
春光や半熟卵に銀の匙       雅子
めじろ目白ふらここ楽し蜜甘し   百合子
虚空飛ぶ鷹のようなる祖父なりき  朋代
小包の中の小包蕗の薹       恵美
☆犬駆けて沈丁の香を散らしけり  宏実
沈丁の香りは甘くつよい。犬が走ってそれを散らすという句です。犬の可愛らしさも同時に表現されています。

 

■箱守田鶴 選
細長く海峡の寒明けにけり     依子
産土の風のつめたき針供養     朋代
水底に渦の影揺れ春の川      松井洋子
雛飾る下段にちよんとテディベア  雅子
☆子育ての記憶曖昧鳥雲に     味千代
子育ては振り返ると反省の連続です。親は子どもと一緒に育って親になるのだから当然です。曖昧なのは立派に育てたからです。鳥雲に がよいですね。

 

■深澤範子 選
ひと椀に大粒ふたつ寒蜆      一枝
もう誰も住んでないのか梅の花   紳介
生まれ来るものみな濡れて春の星  実代
枝垂梅切り揃へたる前髪に     栄子
☆小包の中の小包蕗の薹      恵美
春一番の香り、蕗の薹が送られて来た。小包の中にさらに大事に小さい箱にまるで宝石のように包まれて。送った側と送られた側の喜びが伝わってきます。春の香りを楽しみながら、天ぷらにでもして召し上がった
のでしょうか? ありがとうのお礼の電話の様子まで想像されます。

 

■中村道子 選
子育ての記憶曖昧鳥雲に      味千代
樹木医の撫でて叩いて春来たる   静
寂寞と母亡き後の冬座敷      由布子
冴返る無人のままの観覧車     恵美
☆小包の中の小包蕗の薹      恵美
届いた小包の中から、また小包。大事に届けられた蕗の薹の香りが辺りに広がったことでしょう。「小包の中の小包」とたたみかけ、そのリズム感が作者の驚きと喜びを表現していると感じました。

 

■島野紀子 選
しりとりの「は」を欲しがる子春きざす 味千代
薪割りに見とれてをりぬ寒鴉    雪
春一番急げ最新刊発売       優美子
着膨れて他人の絵馬を読んでをり  田鶴
☆受験子を見送る星の残る朝    良枝
前泊せず試験開始一時間前着を目指すと、まだ星が残る早朝に家を出ますね。試験場に着くまでに疲れますね。それも受験の試練です。家事手付かずの一日を過ごされたと思います。私もです。共感の一句でしたので頂きました。

 

■山田紳介 選
そのひとつ悲鳴のごとく囀れる   実代
生まれ来るものみな濡れて春の星  実代
春眠や頰触れゆくは風ならむ    真徳
春の日の窓辺に開く手紙かな    優美子
☆梅の香へキスするやうに近づきて 松井洋子
目を瞑って、腰をかがめて・・。言われてみると、そっくり。

 

■松井洋子 選
ひそと水舐む後朝の浮かれ猫    眞二
たし算の指と相談春炬燵      味千代
梵鐘の余韻地を這ふ余寒かな    恵美
着膨れて他人の絵馬を読んでをり  田鶴
☆生まれ来るものみな濡れて春の星 実代
とても瑞々しい句。生れたての命と「春の星」がよく響きあっている。

 

■緒方恵美 選
魞を挿す舟の孤影に入日かな    亮成
春の雨艶増す黒き大甍       亮成
老梅の蕾に矜持ありにけり     眞二
犬駆けて沈丁の香を散らしけり   宏実
☆春光をふはりと纏ひ鉋屑     真徳
鉋屑という意外なものを主役にしたところが斬新。

 

■田中優美子 選
滅茶苦茶に朝日を乱し恋雀     康夫
樹木医の撫でて叩いて春来たる   静
梅の香へキスするやうに近づきて  松井洋子
小包の中の小包蕗の薹       恵美
☆しりとりの「は」を欲しがる子春きざす 味千代
答えに詰まって「は、は……」と探している子。窓の外を見ればうららかな陽気。ほら、気づいて、「はる」だよと思わず言いたくなります。一句の中に物語があって素敵です。

 

■長坂宏実 選
朝のうち雪見障子を少し開け    範子
胸のボタンひとつはづして春を待つ 一枝
春一番急げ最新刊発売       優美子
珈琲にウヰスキー足す余寒かな   依子
☆小包の中の小包蕗の薹      恵美
大事に包まれて渡された蕗の薹が春を運んでくれたような、明るい気持ちになります。

 

■チボーしづ香 選
冴返る無人のままの観覧車     恵美
女教師ふと薄氷を撫でてをり    栄子
受験子を見送る星の残る朝     良枝
七色の一脚と化し春嵐       敦丸
☆五歳児の腹なほまるく朧かな   百花
夜寝ている子の腹を見てまだ赤子と思い可愛さが増す気持ちが伝わってくる。

 

■黒木康仁 選
寂寞と母亡き後の冬座敷      由布子
雛飾る下段にちよんとテディベア  雅子
春の雨艶増す黒き大甍       亮成
観梅や気づけばかくも高くまで   実代
☆薄氷や餓鬼大将と子分たち    あき
ドラえもんに出てくる昭和の空き地が眼に浮かぶようです。

 

■矢澤真徳 選
うすらひや告げたきことを告げぬまま 一枝
うららかや封筒に貼る花切手    一枝
鉛直を身体は感じ大根引      百花
托鉢の脚絆真つ白梅日和      眞二
☆駅裏に回つてみるや春の昼    紳介
鄙びた田舎の、人影まばらなやや古びた駅舎を想像した。列車を待つ「半端な」時間に、他にすることもなく、用もないのに駅の裏に回ってみた、というところだろうか。秋でも夏でも冬でもない、のどかで平和な春の昼。それを満喫している作者の気分が伝わってくる。

 

■奥田眞二 選
般若心経唱へ写経や梅真白     一枝
ノーサイド冷めた紅茶の沁みる喉  敦丸
黙祷と車掌の号令花の坂      田鶴
着膨れて他人の絵馬を読んでをり  田鶴
☆春兆す夫の口癖ありがてえ    朋代
季語の選択がお上手だと思います。 東京は下町育ち、「ひ」の言えない粋なご主人さま、ほのぼのとした幸せを感じます。

 

■中山亮成 選
高階は帆のかたちして春の海    実可子
形見分けドレスに仕立て寒紅梅   一枝
托鉢の脚絆真つ白梅日和      眞二
春一番軒のジーパン翻り      松井洋子
☆甘味処確かこの路地梅ふふむ   静
やっとらしき所に行けた弾む心がリズムよく季語の梅ふふむで語られております。

 

■髙野 新芽 選
子育ての記憶曖昧鳥雲に      味千代
言の葉に刃ありけり冴返る     味千代
火を焚けば風のあつまる二月かな  恵美
七色の一脚と化し春嵐       敦丸
☆生まれ来るものみな濡れて春の星 実代
生命の神秘と春に生まれる命を感じられました。

 

■巫 依子 選
またひとり釣り糸垂るる日永かな  和代
受験子を見送る星の残る朝     良枝
生まれ来るものみな濡れて春の星  実代
火を焚けば風のあつまる二月かな  恵美
☆小包の中の小包蕗の薹      恵美
早春のある日に届いた小包。開くと、色々なものが入っている・・・その中には、またまた小包。開いてみると、なんと蕗の薹。日常の中のささやかな喜び。嬉しいとかなんにも書かれていないけれど、小包のリフレインと、大切に大切に届けられたその早春の産物から、十分に作者の感動が伝わって来ます。一句添えてお礼状が出せますね。

 

■佐藤清子 選
豆撒や終の住処と決めし家     静
産土の風のつめたき針供養     朋代
梅日和路面電車のよく軋み     松井洋子
うららかや息子は妻を贔屓して   とりこ
☆春光をふはりと纏ひ鉋屑     真徳
春光を浴びた鉋屑の柔らかさや匂いが伝わってきて感銘しました。
子供時代の日常にありふれた光景でしたから更に懐かしさも感じます。

 

■西村みづほ 選
草餅や引越の荷を待ちながら    良枝
春雷やケーキへ蠟のしたたりぬ   良枝
春光をふはりと纏ひ鉋屑      真徳
春光や半熟卵に銀の匙       雅子
☆樹木医の撫でて叩いて春来たる  静
樹木医の植物に対する愛情と、そして、医師としての厳しさが表れている佳句だと思いました。季語がよく効いていると思いました。完了の「たる」がよく句を引き締めていて、医師の人柄に繋がっていると思いました。

 

■水田和代 選
ヒヤシンス淡き光の根を垂らし   真徳
明日のこと大丈夫かも梅の花    優美子
磯に寄す潮より春の立ちにけり   眞二
樹木医の撫でて叩いて春来たる   静
☆小包の中の小包蕗の薹      恵美
丁寧に包まれた蕗の薹をいただいた嬉しさが伝わってきます。

 

■稲畑とりこ 選
父の忌の蜜柑凍つてをりにけり   雪
地下道をころげ余寒の紙袋     あき
草萌や海へ向きたる乳母車     良枝
春の日の窓辺に開く手紙かな    優美子
☆冬尽きて湯呑みの影の寸詰まり  敦丸
湯呑みの台形の影が、どうも寸詰まりに思える。それだけを写生した句だと思うのですが、「フユ尽きて」との取り合わせによって、湯呑みの冷たさと影の長さを感じさせるとともに、長い冬の終わりがいたることころにあることを気づかせてくれます。

 

■稲畑実可子 選
生まれ来るものみな濡れて春の星  実代
樹木医の撫でて叩いて春来たる   静
長子には長子の歩幅大試験     紀子
小包の中の小包蕗の薹       恵美
☆草萌や海へ向きたる乳母車    良枝
草の緑と海の青に、親と子の白のイメージが加わります。爽やかで瑞々しい一句。

 

■梅田実代 選
夏みかん酸っぱしこの世甘酸っぱ  朋代
二ン月の光ありけり聖ピエタ     眞二
まんさくや高嶺に添ひし雲ひとつ  恵美
草餅や引越の荷を待ちながら    良枝
☆言の葉に刃ありけり冴返る    味千代
人の何気ない言葉でも傷つくことはある。自分も知らず知らずのうちに誰かを傷つけているかもしれない。上五中七に共感、そして季語が動かないと思っていただきました。

 

■木邑杏 選
春光をふはりと纏ひ鉋屑      真徳
春一番軒のジーパン翻り      松井洋子
龍笛の音色に曳かれ梅見かな    清子
珈琲を待つ間も楽し桃の花     和代
☆寂寞と母亡き後の冬座敷     由布子
ひっそりとしてもの寂しい冬座敷。母上亡き後の冬座敷はまさに寂寞としているのでしょう。

 

■鎌田由布子 選
冴返る無人のままの観覧車     恵美
ひそと水舐む後朝の浮かれ猫    眞二
息白し仔牛の名前エリザベス    雪
雛飾る下段にちよんとテディベア  雅子
☆春光や半熟卵に銀の匙      雅子
柔かい春の光が朝食のテーブルを包み幸福感に満ちた句と思いました。

 

■牛島あき 選
ひそと水舐む後朝の浮かれ猫    眞二
ドラム缶滾り和布の変身す     杏
火を焚けば風のあつまる二月かな  恵美
小包の中の小包蕗の薹       恵美
☆春光をふはりと纏ひ鉋屑     真徳
くるりと生まれる鉋屑。透き通るようなその薄さ、木の香りを思い出させ、幸せな気分にしてくれた句。

 

■荒木百合子 選
ヒヤシンス淡き光の根を垂らし   真徳
梵鐘の余韻地を這ふ余寒かな    恵美
小包の中の小包蕗の薹       恵美
うららかや息子は妻を贔屓して   とりこ
☆菜の花の村を通って無言館    杏
春という字を絵にしたような菜の花の村を通って行った先は、戦没画学生の遺作を収集展示している無言館。思い余りて言葉足らずにならないところが好きです。私も行きたいと以前から思っているところです。

 

■宮内百花 選
冴返る焦土の痕跡壁一枚      田鶴
松明に闇の響動めくお水取     雅子
浅春のあえかなるもの息はじめ   新芽
長子には長子の歩幅大試験     紀子
☆生まれ来るものみな濡れて春の星 実代
読んだ瞬間に、とても幸せな気持ちになる一句でした。羊水から生まれ出るものは実際に濡れているということもありますが、それ以外の虫や植物にしても、命がこの世に誕生する奇跡の瞬間は、まるで濡れているかのように感じられます。そのことを、春の星というやわらかくしっとりとした季語がさらに詩へと昇華しています。

 

■穐吉洋子 選
湖は大白鳥のものとなり      清子
魞を挿す舟の孤影に入日かな    亮成
山手線巡る東京うららけし     亮成
虚空飛ぶ鷹のようなる祖父なりき  朋代
☆言の葉に刃ありけり冴え返る   味千代
刃の傷は治るが言葉から受けた傷は治らないと言われる程、言葉の刃は怖いですね。言葉を発する時は刃にならない様に気を付けたいものですね。

■鈴木紫峰人 選
ひそと水舐む後朝の浮かれ猫    眞二
きりぎしに波唸り来る実朝忌    敦丸
梅匂ふ恋貫きし人とゐて      紳介
寝ねがての雨垂れを聴く二月かな  栄子
☆うすらひや告げたきことを告げぬまま 一枝
告げたいことがあるのに、言えなかった自分の心の揺らぎ、迷いは、まるであの薄氷のように儚く弱いことだ。うすらひの季語の持つ危うさが句を生かしている。

 

◆今月のワンポイント

「モノに託す」

芭蕉に「言ひおほせて何かある」という有名な言葉があります。去来が其角の句を「言い尽くしている」と絶賛したのに答え、芭蕉が「言い尽くして何になるんだ」と言った言葉です。余情、余韻の美学を表現した言葉です。心の動きや感情を直接的に表現するのではなく、モノに託すことで、余情を生む、これもまた「言ひおほせて何かある」の一環と言えましょう。
今月の特選句には、モノが一句の中でよく働いているものが多く見受けられました。菜の花、ラメ入りの靴下、テディベア、小包等々。いずれも身の回りに転がっているものですが、一句の中で、心の動きを巧みに表現する触媒のような働きをしています。
俳句は畢竟、感情表現ですが、それを直接的に伝えるのは、メッセージに過ぎず、詩ではありません。十七音という制約をいかに豊かな世界にするかは、託すモノにかかっていると言っても過言ではありません。(中田無麓)

◆特選句 西村 和子 選

弟の彼女現る三日かな
鏡味味千代
【講評】正月三が日の元旦はしめやかに過ごし、二日は親しきが集まり打ち興じる(今年は別として)のが、大方の現在の正月のイメージだと思います。では、三日と言えば、そのどちらでもないある種独特の感懐のある一日だと言えましょう。祝祭と日常、即ち、「ハレ」と「ケ」の間、マージナルな一日でもあります。
そんな日に訪れたのが、「弟の彼女」という、何とも微妙な存在。親族と他人の中間に位置する、まさに境界人、マージナルマンだと言えます。三日の登場人物としてふさわしい選択です。
この句は、淡々と事象を述べているように見えて、季題が計算され尽くされています。と言っても、決して技巧や作為は全くありません。とても繊細な季題感覚が、自ずと湧いて出たような気分が滲み出ています。(中田無麓)

 

かばかりを小声で囃し若菜粥
小野雅子
【講評】さまざまな解釈が成立する句です。それは囃すという言葉の多義性にあります。囃すという意味は、文字通りお囃子を奏する、音曲の調子を取ることのほかに、盛んに言い立てるという意味があります。さらに転用して、うまくその気にさせるという意味も生じています。筆者は囃すを最後の「その気にさせる」と受け取りました。
囃すことでよりうまく物事が運ぶという妻の才覚が嫌味なく感じられます。そんな夫婦間の出来事であることや少しずつ前に進むという明るさも一句から見えてきます。慎ましさと希望、二つのニュアンスをくみ取って、若菜粥という季題が大きな存在感を示しています。(中田無麓)

 

初メール沖にいますと返信来
山内 雪
【講評】一読して圧倒的なリアリティに目を覚まされました。漁師さんでしょうか、漁に年末年始なんてないということでしょう。中七が秀逸です。「沖にいます」という簡潔明瞭にして余計な修飾のない言葉は、穏やかな関西の風土で寝正月を決め込んでいた筆者などからは、金輪際出てこない言葉です。やはり事実には想像を超えた力があります。
深読みに過ぎることは承知の上で、筆者が注目したのは、「返信来」という下五の収め方です。「来」から想像するのは、「群来」という言葉です。北の海へ大挙して押し寄せる鰊の群れを彷彿とさせ、「沖」が決して瀬戸内の穏やかな海ではなく、厳しい絶海であることがそれとなく想像できて巧みです。(中田無麓)

 

二条より上(かみ)は雪らし寒の雨
西村みづほ
【講評】上五中七の言葉の流れが潔く、格調高い句姿になりました。一見、推量をこっそりと声にしたような表現の中に、京都を象徴する大景が広がって見えてきます。貴船、鞍馬、桟敷が岳、雲取山と重なる、雪に烟った山並みが見えてきます。蓋し、句柄の大きな叙景句だと言えましょう。
地名の選択も秀逸です。二条通りを渡り、北すればほどなく上京。北山もより一歩近づき、眼前に立ち現れてきます。京都の市街地は平らかなようで、北へゆくほど標高が上がります。そういう肌感覚が身についていれば、「二条より上」とは、諾えるし、共感できる地名の選択です。
蛇足ながら、JR京都駅は標高約28m。金閣寺は同約100mに立地しています。ついでに言えば、二条通は標高約42mです。(中田無麓)

 

凧揚げの鴟尾より高く上がりけり
荒木百合子
【講評】鴟尾(しび)とは、古代の宮殿や仏殿の天辺に据えられた飾り物を指します。後世には鬼瓦や鯱鉾などに取って代わられます。勢い、奈良とその近郊がイメージされることになります。東大寺、唐招提寺、興福寺といった大寺が専ら代表選手と言ったところでしょう。高さを推定する物差しに、この鴟尾を持ってきたところが技ありです。凧の高さも相当なもので、碧空の広がりと奥行きが無限です。
スケール感ばかりではありません。読み手には奈良の風景が即座に立ち上がってきます。どこで凧を揚げているかと想像すれば、筆者は東大寺なら広大な飛火野、唐招提寺なら西の京の田畑を思い浮かべます。このように奈良という土地からは凧の高さに見合った、野の広がりも見えてくるのです。
一見、何のケレン味もない、平明な写生句に見えて、鴟尾という一語がとても饒舌に背景を語ってくれているのです。仮に鴟尾を塔に置き換えてみればどうでしょう? 改めて、一語の持つ力に思いが至るでしょう。(中田無麓)

 

物言ひも水入りも無く正月場所
箱守田鶴
【講評】正月場所の句と言えば、厳かで、清らかで、前向きなニュアンスを持つのが通り相場ですが、この句にはそういった類想イメージがありません。それどころか、観客の誰もが期待する土俵上のドラマである、物言いも水入りもないと言うのです。だが、そこが却って新鮮です。
特筆する取り組みもなく、淡々と過ぎる十五日間は、果たして退屈な時間なのでしょうか? 否、作者はかなり肯定的に捉えていると筆者は考えます。物言いは、行司生命を脅かしかねません。また、物言いも心理的、肉体的な負荷を力士に与えます。そんなリスクもなく、無事場所が終わったことへの安堵、平穏が何より尊いという思いが上五中七に込められているようにも思います。
それは、神事を嚆矢とする相撲の祈りに通じるものかもしれません。疫禍にあって尚更そんな気がします。(中田無麓)

 

女正月故郷はよく笑ふ町
島野紀子
【講評】つくづく俳句は季題に語らせる文芸だということが、この句を鑑賞すれば納得させられます。一句の中に先鋭な主張も、研ぎ澄まされた感覚もあるわけではありません。むしろ、俳句としては敬遠されるむきのある、どちらかと言えば抽象的な一句ですが、それでいて印象鮮やかなのは、女正月という季題の選択が絶妙だからです。古風な季題ですが、小正月の主婦の解放感は今に通じるところがあります。そこに市井の人の日常が息づいていることで、読み手は共感を覚えます。
この季題を活かすための余韻が中七下五と解釈すれば、一句の構成は極めて巧みです。よく笑う町とは、笑芸で著名な某大都市でなくても一向に構いません。どこにでもある庶民的な街角であればよいのです。深い抱擁に包まれているような町であれば。(中田無麓)

 

節穴の銃眼めける日向ぼこ
牛島あき
【講評】日向ぼこは、平穏の象徴というイメージがありますが、歳時記の例句を見れば、老いはともかくとして、意外にも病や死といったシリアスな主題に近い句も多いことに驚かされます。
この句も、平穏に潜む危機を比喩によって巧みに言い留めています。日溜まりへ銃口が狙いを定めていると言いますから、これは穏やかではありません。
おそらくは実景であり、客観写生に徹した表現ではありますが、銃眼という連想ですでに、作者の心情が顕在化されているとみます。文字通り、現代はだれもが知らず知らずのうちに銃口を向けられている…。そんな時代なのかもしれません。(中田無麓)

 

積ん読の天辺に猫煤払ひ
山内 雪
【講評】煤払は、古くは、神棚など神宿る場所から始める習わしだったとも言われます。堆く積まれた書物は、作者にとっては神棚の寓意でもあり、一句からは静穏で文を好む作者の人柄が偲ばれます。
一方で、煤払を面倒だと思う人間臭さも同居しています。乱暴に箒を掛ければ、積ん読の塔はすぐに崩れてしまいかねません。結構厄介なものです。そこに猫がいるおかげで、「職務放棄」の口実ができたわけで、ある意味猫様様です。積ん読の天辺に居る猫は、一時、作者にとっての神様にあたるわけです。
一瞬の心情の機微が、ささやかな諧謔味を伴って、描き出されている好句だと感じ入りました。(中田無麓)

 

園庭に声のちらかる五日かな
梅田実代
【講評】園庭には、文字通り庭や庭園と、保育園や幼稚園の遊び場という二つの意味がありますが、どちらに取っても一句は成立します。筆者は後者と受け取りました。
「五日」とは現代では、かなりの難季題です。延々と正月行事が続いていた昔ならともかく、今ではすでに仕事が始まっているところが大半です。そんなとりとめもない一日を巧みに詠まれました。
一句のポイントは「ちらかる」という動詞にあります。「ちらかる」とは、「物が乱雑に広がる」など、どちらかと言えば負のニュアンスの色濃い言葉です。ところが、この句にはそのようなマイナスイメージが一切ありません。むしろ、戻ってきた活気を好意的に受け止めています。「ちらかる」とかなで表記したこともその現れでしょう。子どもたちの様子を優しく見守る目が穏やかです。(中田無麓)

 

◆入選句 西村 和子 選
( )内は原句

航跡の光乱るる久女の忌
小山良枝
久女の句風と生き方が、十七音のなかに巧みに描かれています。上五中七の大景からは写生に徹して秀麗な句風が窺えます。また「光乱るる」から、決して順風とは言えなかった生涯が垣間見えます。忌日の俳句は、こう詠みたいものです。

門松の大仰にして人をらず
小野雅子

悴みてまた履歴書を破りけり
田中優美子

励まさる母の編みたるセーターに
(母編みしセーター着ては励まされ)
荒木百合子

春風や声出して読む中也の詩
山田紳介
中原中也の詩は、感傷的ながら難解で、しかもネガティブなものが多いので、音読には多少の勇気が要りますよね。でも、中也ファンの背中を押してくれるのが春風だったら、思わず声に出してしまいます。季題の力です。因みに筆者は、「朝の歌」や「早春散歩」かな? と思いました。そういう想像の楽しみもあります。

書き入れて落着く居間の初暦
(予定書き落着く居間の初暦)
中村道子
何か予定がないと落ち着かないとは、いかにも日本人らしい性ではありますね。誰しもが共感できることと思います。本当は自身が落ち着いたのですが、それをカレンダーに仮託したところも巧みです。

湯ざめして何の答も見つからず
(湯ざめして何の答えも見つからず)
矢澤真徳

眉太く描いて華やぐ初鏡
佐藤清子

冷たき手温めて襁褓替へにけり
稲畑実可子

雪ふはり私信ことりと届きけり
小山良枝

捨てかぬるもののひとつに歌がるた
奥田眞二

冬麗の大寺の門広やかに
荒木百合子

大寒や波蹴立て来る警戒船
梅田実代

この町に四半世紀や初御空
飯田 静

冬薔薇いま人生を折り返す
深澤範子

切り岸の龍王神へ初詣
巫 依子

風花や生駒山系雲黒き
(風花や生駒山系黒き雲)
中山亮成

初日射したる本棚の無門関
(初日影射したる棚の無門関)
三好康夫

何処からかスラブ舞曲や春の風
山田紳介

蝋梅や花とびとびに置くごとく
緒方恵美

小春日やお日様の香を纏ひたる
長坂宏実

秣食む瞳大きく息白く
牛島あき

初場所の柝の音冴えけりことのほか
奥田眞二

雑踏を縫つて真赤なショールかな
深澤範子

土曜日の砂場にぎやか目白来る
松井洋子

どつかりと冬田ぽつかり昼の月
田中優美子

年酒注ぎくれよ檜の香をあふれしめ
梅田実代

白鳥のひと掻き強し迫り来る
宮内百花

コンビニの塀の裏より羽子の音
松井洋子

自衛隊演習冬の空揺らし
鏡味味千代

御降の消えゆく海の暗さかな
巫 依子

菅笠の顎紐締めて初稽古
長谷川一枝

借景の富士のぼんやり小六月
鎌田由布子

童顔の中也よ春の雪ふはり
山田紳介

金屏風開けば蘭陵王の舞ふ
長坂宏実
何とも絢爛豪華な色彩世界ですね。一読して眩いばかりの極彩色が目に飛び込んできます。客観写生に徹して、名詞の力を100%ひきだすことができました。

初鏡眉に白髪の混じりをり
穐吉洋子

餅ふくらむひつくりかへりさうなほど
(ひつくりかへりさうなほど餅ふくらめり)
小山良枝

寒禽の声に磨かれ空の青
小野雅子
動詞をいかに適切に用いるかは、作句の要諦の一つですが、簡単そうでなかなかの難題です。この句は、「磨く」という動詞の選択が実に適切です。このたった一語の働きによって、一句に生命が宿り、躍動感と煌めきが生まれました。

新聞をじつくり読んで女正月
森山栄子

起き出してともあれ母に御慶かな
田中優美子

普段着のままに迎へしお正月
長谷川一枝

一面の雪となりけり駐機場
鎌田由布子

弾初の息をゆたかに遣ひけり
小山良枝

やはらかき音たて俎板始かな
(やはらかき音して俎板始かな)
小野雅子

牡蠣打ち(割り)のおばちやん五人衆元気
(牡蠣小屋のおばちやん五人衆元気)
深澤範子

初旅は雪の草津と決めてをり
(初旅は雪の草津と決めてある)
千明朋代

出囃子は真室川音頭初高座
長谷川一枝

指十本もてぴしぱしとずわい蟹
木邑 杏

鴨川の飛石伝ひ冬日和
鎌田由布子

朝刊に折り畳まれし寒気かな
(朝刊に折り畳まれし寒さかな)
緒方恵美

日脚伸ぶ定時退社の人まばら
長坂宏実

幼子の道草を待つ春を待つ
稲畑とりこ

乾きものちよこちよこ並べ女正月
小山良枝

リモートの画面へお辞儀初講座
松井洋子

どんど火の風打ちはらひ打ちはらひ
巫 依子

退庁の背に降りかかる霙かな
田中優美子

雪止むを待ちて離陸とアナウンス
(止む雪を待ちて離陸とアナウンス)
鎌田由布子

嫁が君尻たくましく走り去り
小山良枝

湯気立てて島の嫗の頼もしき
森山栄子

埋み火を起こして母の朝始まる
(埋み火を起こして母の朝始む)
箱守田鶴

優勝の男泣き見て泣初め
松井洋子

今さらと言ふたび寒き唇よ
(今さらと言ふたび寒し唇よ)
田中優美子

寒鴉河内弁でも習うたか
黒木康仁

闇汁や納所坊主なっしょぼうずは嘘付かず
島野紀子

侘助の小さくなりたる花零す
水田和代

春遅々と仕掛絵本のかちと閉ぢ
(春遅々と仕掛絵本のかちと閉じ)
稲畑とりこ

風花や母の生家の在りし駅
稲畑実可子

寒明やチェロの低音よくひびき
小山良枝

追羽子の空で一息ついて落つ
箱守田鶴

七福神五福巡りて祝酒
中山亮成

下校の子銀輪連ね日脚伸ぶ
長谷川一枝

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選
図書館の蔵書検索冬深し      一枝
大寒の夜をサイレンの赤き音    優美子
家計簿へその日のメニュー初日記  静
毛糸編むやうやく心整うて     栄子
☆新聞をじつくり読んで女正月   栄子
特別なことをしなくても、新聞を隅々までじっくり読める時間の余裕、心の余裕が女正月に叶っていると思いました。実感のこもった作品です。

 

■山内雪 選
大寒や波蹴立て来る警戒船     実代
両の手に白菜双子の如く抱き    清子
自衛隊演習冬の空揺らし      味千代
切り出され泳ぐ天然氷かな     あき
☆葉牡丹のゆるびなき日の続きけり 和代
ゆるびなき日と詠んでとても寒い日である事が分かる。

 

■飯田静 選
弟の彼女現る三日かな       味千代
春風や声出して読む中也の詩    紳介
乾きものちよこちよこ並べ女正月  良枝
野水仙活けて去来の二畳の間    恵美
朝刊に折り畳まれし寒気かな    恵美
朝刊を手にとると冷たいのですが、未明から新聞を折り畳む作業をし配達をする人の苦労を重ね合わせました。

 

■鏡味味千代 選
羅漢笑む赤の千両黄の千両     眞二
どんど火の風打ちはらひ打ちはらひ 依子
街の灯や冬夕焼を追ひ抜いて    新芽
一面の雪いちめんの月明かり    恵美
☆幼子の道草を待つ春を待つ    とりこ
子の道草を待つ時間の流れと、春を待つ時間の流れが、確かにとても似ていると思いました。子を待っている間に、周りを見渡すと、風や匂いに小さな春の訪れを予感したのでしょう。

 

■千明朋代 選
大寒や桟敷へ突っ込む負け力士   田鶴
金屏風開けば蘭陵王の舞ふ     宏実
小腔の不気味さ寒の骨拾ひ     みづほ
只管打坐修するごとく寒の鯉    眞二
☆餅ふくらむひつくりかへりさうなほど 良枝
ふっくらと膨らんでいる様子が見事に表しているのでいただきました。

 

■辻 敦丸 選
かばかりを小声で囃し若菜粥    雅子
雪ふはり私信ことりと届きけり   良枝
眉太く描いて華やぐ初鏡      清子
風花や母の生家の在りし駅     実可子
☆邪の文字のど真ん中へと弓始   すみ江
彼是の蔓延る邪、そのど真ん中を射るべし。

 

■三好康夫 選
風花やパン屋の薄き木の扉     とりこ
白鳥のひと掻き強し迫り来る    百花
初メール沖にいますと返信来    雪
追羽子の空で一息ついて落つ    田鶴
☆賀状書くだけの付き合ひ二十年  一枝
この距離感、良いじゃないですか。幸せならば……。

 

■森山栄子 選
冬の雨静かに大地起こしけり    和代
風花や義母の持ち来し古写真    とりこ
退庁の背に降りかかる霙かな    優美子
朝刊に折り畳まれし寒気かな    恵美
☆大寒や世は釣鐘のごとしづか   真徳
銘文の刻まれた釣鐘を思うと、宙に浮いている地球の今のように感じられた。大寒という季語が一句をきりりと引き締めている。

 

■小野雅子 選
悴みてまた履歴書を破りけり    優美子
冷たき手温めて襁褓替へにけり   実可子
弾初の息をゆたかに遣ひけり    良枝
朝刊に折り畳まれし寒気かな    恵美
☆一面の雪いちめんの月明り    恵美
雪はすべてを被い、醜い汚いものは純白の雪の下に隠される。そこには皓々と月の光があるばかり。月光に照らされた雪景色より美しいものを私は知らない。

 

■長谷川一枝 選
大寒の夜をサイレンの赤き音    優美子
羅漢笑む赤の千両黄の千両     眞二
追羽子の空で一息ついて落つ    田鶴
邪の文字のど真ん中へと弓始    すみ江
☆雪吊のサインコサインタンジェント 杏
何と言ってもサインコサインタンジェントのリズムの良さに惹かれました。

 

■藤江すみ江 選
初春の乳歯のごとき白さかな    とりこ
指十本もてぴしぱしとずわい蟹   杏
寒明やチェロの低音よくひびき   良枝
初句会猫にもらひし一句提げ    雪
☆朝刊に折り畳まれし寒気かな   恵美
早朝の掌の実感が詠まれている触覚より生まれた句で読み手にも寒さが伝わる。

 

■箱守田鶴 選
賀状書くだけの付き合ひ二十年   一枝
冬薔薇いま人生を折り返す     範子
冬眠の蟇でありけり掘り出され   あき
初句会猫にもらひし一句提げ    雪
☆まあるくて白くて甘い京雑煮   紀子
話にはいつも聞いているが食べたことのないお雑煮です。憧れています。

 

■深澤範子 選
友恋し友煩はし年の暮       朋代
目の覚めるやうな白飯はや三日   朋代
湯ざめして何の答も見つからず   真徳
一面の雪いちめんの月明かり    恵美
☆冬の雨静かに大地起こしけり   和代
冬の雨が、春の芽吹きに備えて、大地に生命力を与えてくれていることを上手く詠まれていると感じました。

 

■中村道子 選
赤べこの軽き頷きのどけしや    すみ江
朝刊に折り畳まれし寒気かな    恵美
幼子の道草を待つ春を待つ     とりこ
顔上げて笑ふ羅漢に初時雨     眞二
☆追羽子の空で一息ついて落つ   田鶴
打ち方により空に留まるようにして落ちる羽根の一瞬を「一息ついて」と表現されたことに共感しました。羽根突きをした頃の情景を懐かしく思い出します。

 

■島野紀子 選
門松の大仰にして人をらず     雅子
寒禽の声に磨かれ空の青      雅子
しぐるゝや歴史全集査定ゼロ    康仁
うら寂し二つ一つと冬灯消え    新芽
☆あいうえお表を片手に子は賀状  百花
懐かしく愛おしくそんな時あったなと。「お」のくるりが反対向きます。そばで教えられるときは意外に短い、楽しんでください。

 

■山田紳介 選
両の手に白菜双子の如く抱き    清子
秣食む瞳大きく息白く       あき
餅ふくらむひつくりかへりさうなほど 良枝
青空に剥がしてみたき冬の月    味千代
☆弟の彼女現る三日かな      味千代
ドラマチックな一句。正月に登場する彼女だから、将来を約束した仲でしょうか。家の者は皆あれこれと気を遣い、特にお父さんは一日中鏡ばかり見るかも知れない。何だか向田邦子のホームドラマみたいだ。

 

■松井洋子 選
弟の彼女現る三日かな       味千代
即発の犬引き離す冬帽子      雅子
弾初の息をゆたかに遣ひけり    良枝
追羽子の空で一息ついて落つ    田鶴
☆節穴の銃眼めける日向ぼこ    あき
銃眼という緊張感のある言葉を使いながら、のどかな縁側での日向ぼこを詠っている。板塀の節穴を銃眼に見立てるという遊び心が動くほどの上天気だったのだろう。

 

■緒方恵美 選
大仏のおん眼差しや初雀      眞二
寒梅や願ひ重なる絵馬の数     敦丸
御降の消えゆく海の暗さかな    依子
反り橋を仰ぎて渡る淑気かな    康夫
☆街の灯や冬夕焼を追ひ抜いて   新芽
冬の夕焼はたちまちに薄れてゆく。街の灯はそれ以上に一斉に点る。「追い抜いて」の措辞が、的確にその光景を捉えた写生句となっている。

 

■田中優美子 選
大仏のおん眼差しや初雀      眞二
雪ふはり私信ことりと届きけり   良枝
包丁を離さぬままに初電話     良枝
山茶花の袋小路に迷ひ込み     雅子
はつゆきの光をかへし冬の蝶    真徳
☆湯ざめして何の答も見つからず  真徳
入浴中、一日のあれこれや明日の不安をつい考える。風呂から上がって、湯ざめをするまで考えても、結局答えは出なかったけれど、それでも明日はやってくる。もどかしさと切なさを感じました。

 

■長坂宏実 選
友恋し友煩はし年の暮       朋代
とんど焼灰と捨てたき事ばかり   康仁
隣国は近くて遠し雑煮椀      実代
月光の忘れ物かも霜柱       眞二
☆図書館の蔵書検索冬深し     一枝
広くて人気のない図書館の様子が目に浮かびます。

 

■チボーしづ香 選
雪道を一途に通ひ四十年      範子
かるたとり坊主めくりに悲鳴あげ  一枝
ゆっくりと港へ入りぬ春の月    紳介
ばらばらに唄ふ園児や春近し    実可子
☆リモートの画面にお辞儀初講義  松井洋子
コロナで画面講義がここ一年余儀なくされているている今日この頃。画面にお辞儀する礼儀正しさが微笑ましいのと今の非常事態がよく読まれている。

 

■黒木康仁 選
かばかりを小声で囃し若菜粥    雅子
寒禽の声に磨かれ空の青      雅子
大仏のおん眼差しや初雀      眞二
薄氷のじわじわほぐれ十一時    すみ江
☆白鳥のひと掻き強し迫りくる   百花
白鳥伝説が思い浮かびました。何か意思があって近づいてきたかのような。

 

■矢澤真徳 選
ストーブ背に引つ詰め髪の女香具師 松井洋子
病み祓ひ日干し七種八分粥     敦丸
朝刊に折り畳まれし寒気かな    恵美
山茶花の袋小路に迷ひ込み     雅子
☆春風や声出して読む中也の詩   紳介
ふっと口から出てきたような中也の詩は、長い推敲の末の賜物だと言う。
そこに中也の才能があるのだろう。どこからともなく柔らかく吹く春風にも、作者は同じような印象を持たれたのかも知れない。

 

■奥田眞二 選
門松の大仰にして人をらず     雅子
弟の彼女現る三日かな       味千代
寒鴉河内弁でも習うたか      康仁
一面の雪いちめんの月明かり    恵美
☆起き出してともあれ母に御慶かな 優美子
幸せの情景が浮かびます。もしかすると介護をされているご母堂かもしれませんが、可愛がってくださった方にご挨拶、なにはともあれ、に優しさを感じます。

 

■中山亮成 選
寒卵こつん甘めの出し巻に     雅子
帰京する吾子へカレーを炊く三日  松井洋子
下校の子銀輪連ね日脚伸ぶ     一枝
風花や母の生家の在りし駅     実可子
☆熱燗を2合半と決め金曜日    康仁

明日休みで、飲みすぎないよう自重する可笑しさ、安堵した金曜日の風景が
感じられます。

 

■髙野 新芽 選
次の世に住む星捜す冬北斗     朋代
冬夕焼赤茜黄の緑青        味千代
曇天に小さき灯ともし冬桜     百合子
明らかに嘘の返事や冬木の芽    百花
☆弾かれざる黒鍵いくつ春隣    実代
ピアノの軽やかな音色と春への期待が伝わってきました。

 

■巫 依子 選
弟の彼女現る三日かな       味千代
餅ふくらむひつくりかへりさうなほど 良枝
積ん読の天辺に猫煤払ひ      雪
園庭に声のちらかる五日かな    実代
☆明らかに嘘の返事や冬木の芽   百花
目の前の景に、じっと冬の寒さを耐え忍んでいる木の芽という真(まこと)があるからこそ、今返された言葉の微かなブレに、それが明らかに嘘の返事だと気づいてしまう…。心にくい取合せの一句ですね。

 

■佐藤清子 選
数へ日の仕事さておきパイを焼き  朋代
涸沼の地肌の粘土赤らびて     亮成
野水仙活けて去来の二畳の間    恵美
ゆつくりと港へ入りぬ春の月    紳介
☆麻の葉の模様の刺し子冬籠    静
刺し子に夢中になって気がつくと家に籠もっていたのでしょうか。麻の葉のということはご家族の健やかな成長に願いを込めておられるのですね。刺し子している時の楽しさに共感します。

 

■西村みづほ 選
友恋し友煩はし年の暮       朋代
リモートの画面へお辞儀初講座   松井洋子
喰積をつつつき夫婦にはあらず   依子
つかの間は母でない我枇杷の花   百花
☆初句会猫にもらひし一句提げ   雪
「猫の句を詠んだ」と記述しないで、「猫にもらひし」とされたところが巧みだなと感心しました。「提げ」も懐に温めておられる景がよく表現なされていて素晴らしいと思いました。初句会のワクワク感や目出度さ、作者の気持ちも出ていて俳味があって感銘をうけました。
17文字すべて美しく季語もよく効いていて秀句と拝読致しました。
勉強させて頂きました。大好きな句です。

 

■水田和代 選
灯台の明滅著き去年今年      依子
冷たき手温めて襁褓替へにけり   実可子
ゆつくりと港へ入りぬ春の月    紳介
寒風に踏ん張る吾子の赤き靴    穐吉洋子
☆毛糸編むやうやく心整うて    栄子
毛糸を編んでいる最中に、予期しないことがあったのでしょうか。ようやくで時間の経過がわかります。

 

■稲畑とりこ 選
包丁を離さぬままに初電話     良枝
猫の足よぎりし譜面弾き始む    実代
指十本もてぴしぱしとずわい蟹   杏
行儀よく犬も並びて初詣      道子
☆初日記赤字で記する備忘欄    道子
何かとても大事なあるいは嬉しいことを書いたのでしょう。色を描いただけなのに、内容まで想像できる素敵な句だと思いました。

 

■稲畑実可子 選
電線の影ひつそりと冬田かな    優美子
水道管破裂をちこち寒の入     依子
初詣孫に借りたるお賽銭      杏
大寒や波蹴立て来る警戒船     実代
☆さくら色の通知のうすく春隣   実代
届いたのはさくら色の薄い封筒。なにかよき知らせだったことが伝わってきます。一句を通しての淡い色合いに、静かに湧き上がる喜びと、新生活への不安と期待が滲みます。

 

■梅田実代 選
赤べこの軽き頷きのどけしや    すみ江
食べ終へし大皿の如古暦      康夫
整へる二重叶結や雪催       実可子
春遅々と仕掛絵本のかちと閉じ   とりこ
☆弾初の息をゆたかに遣ひけり   良枝
楽器を弾く上で呼吸は大切です。演奏の主役ではない息に焦点を当てたこと、それをゆたかに遣ったという表現に惹かれました。

 

■木邑杏 選
両の手に白菜双子の如く抱き    清子
どんど火の風打ちはらひ打ちはらひ 依子
朝刊に折り畳まれし寒気かな    恵美
横町の薄き箒目淑気満つ      松井洋子
☆初春の乳歯のごとき白さかな   とりこ
真っ白な乳歯は生命に満ち溢れている。初春を迎える喜びもまた。

 

■鎌田由布子 選
雑踏を縫つて真赤なショールかな  範子
二条より上は雪らし寒の雨     みづほ
短日や獣道めく女坂        栄子
行儀よく犬も並びて初詣      道子
☆初雪や東茶屋街石畳       杏
初雪に日ごろの喧騒がかき消された東茶屋街が目に浮かぶようでした。

 

■牛島あき 選
この町に四半世紀や初御空     静
初凪や置きたるごとき富士の山   眞二
天網のつひに破れたる夜の雪    松井洋子
目の覚めるやうな白飯はや三日   朋代
☆夜半の冬ヘッドライトが道描き  新芽
ヘッドライトに照らし出されて道が現れる。寒さを感じながら目を凝らして運転する集中力が伝わってきた。

 

■荒木百合子 選
白鳥のひと掻き強し迫り来る    百花
両の手に白菜双子の如く抱き    清子
御降の消えゆく海の暗さかな    依子
日脚伸ぶ夕方よりの畑仕事     和代
☆寒禽の声に磨かれ空の青     雅子
冬空の美しい青さには唯々見入ってしまいますが、あれは寒禽の声が磨いているのだとおっしゃるのですね。空の青が一層魅力的になります。

 

■宮内百花 選
弟の彼女現る三日かな       味千代
冷たき手温めて襁褓替へにけり   実可子
湯気立てて島の嫗の頼もしき    栄子
女正月橋を渡れば旅のごと     栄子
☆寒禽の声に磨かれ空の青     雅子
身の引き締まるような冷たい空気を震わす、雄鶏の明けの鋭い鳴き声。
その声に空が磨かれ、一層青さを増していくという表現の巧みさや捉え方に大変惹かれました。

 

■穐吉洋子 選
悴みてまた履歴書を破りけり    優美子
初日射したる本棚の無門関     康夫
猫だけが自由に外出ロックダウン  しづ香
下校の子銀輪連ね日脚伸ぶ     一枝
☆秣食む瞳大きく息白く      あき
今年は丑年、酪農家で牛を飼っている人でなければ中々読めない句、牛に対する愛着も良く表れていると思います。

 

◆今月のワンポイント

「大景を詠む」

絵に静物画、人物画、風景画など、さまざまなジャンルがあるのと同じで、俳句にも人事句、叙景句、行事の句といった、複数のジャンルがあります。どれが良いかという優劣はつけられませんが、最近は大景を詠んだ句が少なくなっているという声をよく耳にします。大景を詠んだ句とは、「荒海や佐渡に横たふ天の川(芭蕉)」や「駒ヶ岳凍てて巌を落しけり(前田普羅)」などが、好例です。名句と言われるだけあって、格調が高く、しかも鮮やかな情景再現力が素晴らしいです。今月の特選句には、大景を描いて、しかも緊張感を失わない作例がいくつかありました。曰く、「初メール沖にいますと返信来」、「二条より上(かみ)は雪らし寒の雨」、「凧揚げの鴟尾より高く上がりけり」。いずれの句も、1点を起点に空間の広がりが豊かに感じられます。以下は私見ですが、大景に接すると、人は謙虚に、敬虔になります。知らず知らずのうちに本質をつかむ訓練ができます。結果、無理・無駄のない端正な句姿が生まれます。皆様の俳句のジャンルの一つとして、大景を詠むことをお勧めします。(中田無麓)

◆特選句 西村 和子 選

角打ちの足早に去る師走かな
緒方恵美
(角打ちの足速に去る師走かな)
【講評】「角打ち」とは、酒屋さんの店頭に設けられた立ち飲みスペースで、一杯ひっかけることを意味します。「かくうち」と読み、清酒が樽で流通されていた頃からある古い言葉ですが、粋な飲み方として再び注目されたのは、近年のことだと思います。そのため語感としては新しく、鮮度の高い句材と言えましょう。蓋し、師走の季感に適う行為であると思います。
この句の良さは、情景再現力が豊かなことにあります。店内の佇まい、客や店主の顔つきや話題、飲んでいる酒の種類など、様々なことに想像がふくらみます。切羽詰まった時期のそれぞれの人間模様が描けています。(中田無麓)

 

小三治の噺に惚れて葱鮪鍋
奥田眞二
【講評】飄飄とした味わいのある小三治師匠の、およそ面白くもないような表情と庶民的な葱鮪鍋が、絶妙なバランスで響き合っています。関西人の筆者には憧れでもある、「江戸の粋」の滲み出た、味わいがあります。
一句の中で注目したいのは「惚れる」という動詞です。一般に俳句の中では、過度に感情の先走った言葉は、避ける方がいいと言われます。「言いおほせて何かある」の範疇に含まれるからです。
下手に使うと「ド演歌」になってしまう危うさを持った言葉が生きているのも、「江戸の粋」という一句のコンセプトに忠実だからこそです。その意味で「惚れる」という言葉を用いることは巧みだと言えます。
因みに小三治師匠は「土茶(どさ)」の俳号を持つ俳人でもあります。
(中田無麓)

 

とどまればそこが故郷浮寝鳥
緒方恵美
【講評】一見、眼前の「浮寝鳥」の様子を写生しただけのように見えて、実はその内側に、時空の重層の厚みを感じさせる一句になりました。
「とどまればそこが故郷」とは、日本人なら、誰もが一度はあこがれる境地でしょう。西行、蕉翁を先達として、山下清画伯、そしてフーテンの寅さんに至るまで、さまざまな人とその境涯が思い浮かびます。そして、浮寝鳥もまたそんな風狂の境地の住人である、という思いに至るに及んで、ほのかな俳味が滲み出てくるのもこの句の魅力です。
(中田無麓)

 

突然に娘来て去る十二月
小野雅子
【講評】巧みなのが中七です。シンプルこの上ない叙述の中に、いろいろな想像がふくらんできます。
娘さんはおそらく、1分とて留まらなかったのでしょう。忙しい年末、お互いにゆっくりする暇などないはずです。そこをおして、せめて顔だけでも出そうという気持ちが伝わってきます。一瞬でも元気な顔を見せることこそ親孝行。一見、ぶっきらぼうに見えて細やかな愛情表現と受け止めました。「来て去る」という、愛想もなにもない表現が、かえって一句の完成度を高めていることも巧みです。(中田無麓)

 

ふはふはのパーマもふもふのセーター
巫 依子
【講評】一見してわかるように、技巧を尽くした一句です。ひらがなのオノマトペ、カタカナ語のリフレインで、言葉の構造美が生まれました。二句一章の句姿に、一分の隙もありません。
でもこの句の裏側に隠れているのは、暖かな字面とは裏腹の心象風景です。ふわふわ、もふもふの何かで鎧わなければならない何らかの事情も垣間見えてきます。パーマにセーターを合わせたのか、セーターにパーマを合わせたのか、どちらが先かはわかりませんが、過剰とも思える「暖かさの演出」の裏に、若干の危うさが含まれているような…。些か深読みに過ぎるとそしりも免れないとは思いますが、筆者はそのように解釈しました。(中田無麓)

 

街中の空気の重く十二月
千明朋代
【講評】昨年の歳末風景はまさしくそうでしたね。その雰囲気を、何一つ飾ることなく、「空気が重い」とそのまま有体に伝えたところが、この句の真骨頂と言えます。
一般に、十二月と言えば、忙しくも華やかなイメージを思い浮かべることが多いでしょう。それはそうなのですが、先の戦争の開戦日も十二月ですし、ケネディ暗殺も十一月の下旬でした。そして、年によっては、月別死者数が最も多くなる月でもあります。
そういうあれやこれやがオーバーラップしてくるところにこの句の深みがあります。そこに単に疫禍に留まらない普遍性が獲得できています。師走や極月ではなく、淡々と十二月と語っていることも凄味です。(中田無麓)

 

落日や枯野の果ての風車群
山内 雪
【講評】オランダかスペインあたりの海外詠とも、国内の風力発電の風車群とも、一句からは二通りの絵が浮かび上がってきますが、いずれにしても大景を描いて間然するところがありません。昨今、このような句柄の大きな句は貴重です。因みに筆者は、サロベツ原野にあるような、壮大な風車群をイメージしました。
風力発電の風車は、人間のスケールを超越した構造物です。単なる人工物の範疇を超え、神話の神々のような畏怖さえ感じます。そういった卓越した存在感を原野に置くことにより、黙示録のような世界観を読み手に示唆してくれています。その意味でも季題の「枯野」は雄弁です。(中田無麓)

 

とくと見る欄間の天女煤払ひ
森山栄子
【講評】いつも身近にありながら、普段は注意を払うこともない…。欄間等その最たるものでしょう。もちろんそこに天女が在しますことなど、はなから知りようもないケースも多いでしょう。年に一度そこへの橋渡しをするのが季題の「煤払ひ」です。一句の目線誘導が自然で、無理・無駄がありません。
「忙中閑あり」を端的に切り取った手際が鮮やかであるとともに、そこはかとなくとぼけた俳味があることがこの句の持ち味です。大阪弁で言えば「忙しいんか閑なんか、どっちやねん?」というツッコミを入れたくなる、上質な笑いの成分が含まれていることも魅力です。(中田無麓)

 

水鳥の百の矢印水脈曳いて
小野雅子
【講評】水鳥の存在を矢印と捉えた、比喩が絶妙です。もっとも受け取り方は様々で、水鳥の陣形とも、一羽ごとの形態とも、足の形状とも、読み手によって異なるでしょう。ただ、そんな解釈の違いを払拭して、共通して言えることは、水鳥の指向性です。渡りの方向、水面の雁行陣、一定の方向をひたむきに目指している姿が、即ち矢印なのだと思います。作者の本意かどうかは定かではありませんが、この比喩が形而下から形而上に躍り出た時、水脈もまた形而上の新たな意味を獲得します。
このような些か穿った見方をせずとも、この句を字義通りに解釈すれば、高みから見下ろした、スケール感のある一句になります。渺渺とした琵琶湖の湖面に、無数に浮かぶ鴨の陣。端正で大きな句柄には、読み手をして句世界に誘なってくれる描写力があります。(中田無麓)

 

スパイスティーきりり芝生の霜きらり
田中優美子
【講評】対句表現が見事に決まった一句です。しかも、味覚の「きりり」と視覚の「きらり」をわずか一字の違いで表現し分けた鋭敏な言語感覚が素敵です。
二句一章仕立ての句ですが、「スパイス」と「芝生」のS音の韻を踏んでいることも、一句を音読して心地よい理由の一つです。
ついつい技法に目が行きがちですが、この句が素晴らしいのは、時間と空間を具体的に説明することなく、描写できているところにあります。霜ですから時間帯は朝、「きらり」から天気は晴れ、窓越しに見ている作者は、暖かい部屋でお茶を楽しんでいる…。こういった情景が無理なく想像できます。どれだけのことを「モノ」に語らせるか…。作句の重要な眼目の一つです。(中田無麓)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

( )内は原句

毛糸編む母の十指のやはらかし
小山良枝

ふる里はストーブ列車走る頃
小野雅子

たれもかも攫はれ独り冬茜
箱守田鶴
攫ふとは、鬼籍に入った人を指すメタファーと受け取りました。さまざまなもの、こと、ひとを失い続ける年代の心象を、冬茜が的確に言い留めています。

窓を開け頬を冷まさむクリスマス
巫 依子
(窓を開け頬を冷まさむ聖夜かな)

降る雪や橋でつながる過疎の村
山内 雪
(降る雪や橋でつながる過疎二つ)
モノクロームの風景が鮮明に脳裏に浮かびます。原句の下五は、「過疎二つ」でしたが、些か抽象的です。実体のあるものに置き換える方が、イメージはよりくっきりとしてきます。

羽撃きてのちは悠然鶚舞ふ
藤江すみ江

クリスマスイブの車内の芳しき
長坂宏実
句意はいたって明瞭。情景再現性の高い一句です。注目したいのは「芳しき」です。香りや匂いが良いという意味だけではなく、美しいという意味にもなります。ビビッドなクリスマスカラーはもちろん、「今宵会うひとみな美しき」に通じるものがあります。

還暦と米寿の母娘たぬき汁
西村みづほ

ポインセチア昼の数だけ夜のあり
小山良枝
(昼の数だけ夜のあるポインセチア)

寒鴉悠々と飛び里を出ず
松井洋子

ビル谷間掛軸の幅寒オリオン
鏡味味千代
(ビル谷間掛軸のごと寒オリオン)
ビルの谷間を掛け軸と捉えた比喩が秀逸です。宵の口か明け方の景ですね。掛け軸の幅にちょうど収まった、三ッ星が無機質のビル街の格好のアクセントとして効いています。

打ちて消すハートの絵文字クリスマス
田中優美子
(打ちては消すハートの絵文字クリスマス)

除夜の鐘ローストビーフ焼ける頃
奥田眞二
(ローストビーフ焼ける頃なり除夜の鐘)

コスモスに山風遊ぶ遠野かな
深澤範子
(コスモスに遊ぶ山風遠野郷)

丼の縁欠けしまま去年今年
鏡味味千代
(丼の縁欠けてをり去年今年)

地球儀の青剥げてをり冱ててをり
田中優美子

セロリ食ふいちばん大きな音立てて
山田紳介
(セロリ食ぶいちばん大きな音立てて)

スケジュール増えては減りし師走かな
森山栄子

冬の川乾び水音いづこより
松井洋子

お燈明あげればかすか除夜の鐘
奥田眞二

初時雨あけぼの杉のほの明し
森山栄子

踏みしめて小気味良きかな霜柱
中山亮成

大作の点訳仕上げ十二月
長谷川一枝

大方はうつ伏してゐる落葉かな
三好康夫
(大方のうつ伏してゐる落葉かな)

初雪にして本降りとなりにけり
山田紳介

月を得て雪山ひとつ抽んでて
緒方恵美
(月を得て雪山ひとつ抽んづる)

荒らかに竹竿振つて柚子落とす
佐藤清子
(荒らかに竹竿振つて柚子落とし)

揚羽子や元禄袖の蝶のごと
西村みづほ

クリスマス星の煌めく音に似て
鏡味味千代
(ク・リ・ス・マ・ス星の煌めく音に似て)

短日の屋上庭園日の溢れ
中山亮成

ふた言目こそ本音なれ室の花
田中優美子
自然のようでどこか人工的な、そして常に仮面をかぶっているような室の花。その本質に迫る配合が魅力的な一句になりました。

来る人を待つあてもなく椿挿す
千明朋代
(来る人を待つあてもなく挿す椿)

出来ないと言ひ訳ばかり闇夜汁
長谷川一枝

園児等へ絵本貸し出し冬あたたか
飯田静

どんぐりを五つ数へて窓に置く
深澤範子

悴みて指消毒の列につく
山内 雪

病院に呼び出されけり冬夕焼
黒木康仁
(病院に呼び出され見る冬夕焼)

屋根裏の足音微か冬ごもり
チボーしづ香
(屋根裏の微かな足音冬ごもり)

窓ガラスさつと一拭き冬夕焼
長坂宏実

新酒酌むネット句会に託けて
佐藤清子
(託けてネット句会に新酒酌む)

インバネス翻るとき翳放ち
小山良枝

クリスマスイブの銀座の鴉かな
奥田眞二
(クリスマスイブの銀座のからすかな)

籠りゐし日々の空欄古暦
松井洋子

寒波来告ぐや船内アナウンス
巫 依子

冬星座見んとてしかと身ごしらへ
長谷川一枝
(冬星座見んとてしかと身繕ひ)

カレンダーゆつくり外し年惜しむ
奥田眞二

まとめ髪帰りは解いて冬菫
森山栄子

東天へ始発機光る霜の朝
松井洋子
大景を詠んで、しかも切れ味の鋭い一句。透徹した空気感も素敵です。

雑踏にケーキを買つてクリスマス
中山亮成
(雑踏でケーキを買つてクリスマス)

歳問はれそうか喜寿かと小六月
長谷川一枝

作業場はかつて繭倉藪柑子
飯田 静

忌籠りのはずが入院とは寒し
山内 雪

雪催バックミラーに救急車
島野紀子

つつぬけの冬空骨のごと機影
矢澤真徳

故郷より文左衛門の箱みかん
西村みづほ

おでん薄味東男に嫁げども
小山良枝

鐘楼を囲む高張り年用意
箱守田鶴

聞き返すマスクの医師の診断を
長谷川一枝
(マスク越し医師の診断聞き返す)

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選
数へ日や急な点訳頼まれて     一枝
揚羽子や元禄袖の蝶のごと     みづほ
屋根裏は子等の隠れ処竜の玉    静
作業場はかつて繭倉藪柑子     静
☆とくと見る欄間の天女煤払ひ   栄子
煤払いをしたことで、今まで間近に見たことのなかった欄間の天女をじっくり見ることが出来たのでしょう。楽しい煤払いですね。

 

■山内雪 選
寒鴉悠々と飛び里を出ず      洋子
月を得て雪山ひとつ抽んでて    恵美
白足袋のやうなひとひら山茶花散る 栄子
雪催バックミラーに救急車     紀子
☆クリスマスイブの銀座の鴉かな  眞二
銀座という場所の何を詠むか、それが鴉である所に惹かれた。

 

■飯田静 選
降る雪や橋でつながる過疎の村   雪
山眠る図書館蔵書の息遣ひ     田鶴
ふる里はストーブ列車走る頃    雅子
剃りあげし頭並びて御講凪     雅子
☆籠りゐし日々の空欄古暦     洋子
昨年は誰もが不毛かつ不安な一年を送りましたが。空欄という語がそれを物語っていると思いました。

 

■鏡味味千代 選
鯛焼の赤信号にさめゆきぬ     良枝
鋸の音返しくる冬の空       田鶴
始めるも辞めるも迷ふ年の内    宏実
ふた言目こそ本音なれ室の花    優美子
☆剃りあげし頭並びて御講凪    雅子
絵葉書のような句だと思いました。実際は違うのでしょうが、一人一人いろいろな表情をした御住職達が並んでしるような、、御講凪という季語でこんなにユーモラスな句ができるのですね。

 

■千明朋代 選
日の遠き庭の一枝冬紅葉      和代
クリスマス星の煌めく音に似て   味千代
月を得て雪山ひとつ抽んでて    恵美
また言葉足らずね君は室の花    優美子
☆除夜の鐘ローストビーフ焼ける頃 眞二
おいしそうな香りが漂ってきました。

 

■辻 敦丸 選
植替へて華やぐ鉢や年用意     道子
コロナ禍の帰る子を待ち布団干   洋子
剃りあげし頭並びて御講凪     雅子
落ちるまじ力込めたる冬紅葉    朋代
☆彫り深き忠魂碑あり朴落葉    康夫
何処の何方の碑か、寂寞感ひしひしとあり。

 

■三好康夫 選
数へ日や急な点訳頼まれて     一枝
聞き返すマスクの医師の診断を   一枝
インバネス翻るとき翳放ち     良枝
冬日さす柱の傷の深さかな     良枝
☆雑踏にケーキを買つてクリスマス 亮成
雑踏の中での自分の行動、自分の生活がきちんと詠まれている。

 

■森山栄子 選
ポインセチア昼の数だけ夜のあり  良枝
小麦粉に力いろいろ冬籠      良枝
鋸の音返しくる冬の空       田鶴
今生の選ばざる道枯木星      依子
☆地球儀の青剥げてをり冱ててをり 優美子
古くなった地球儀を見るうちに、あたかも地球を俯瞰しているような感覚をおぼえたのではないだろうか。日常から大景へと観念が大きく移動する様に魅力を感じた。

 

■小野雅子 選
クリスマス星の煌めく音に似て   味千代
角打ちの足早に去る師走かな    恵美
月を得て雪山ひとつ抽んでて    恵美
白鳥のいつも横向きなる孤高    恵美
☆屋根裏の足音微か冬ごもり    しづ香
身にしむ冬ごもり。そんな中屋根裏で微かな足音が、もしかして座敷童?春が待たれます。

 

■長谷川一枝 選
角打ちの足早に去る師走かな    恵美
この小路七戸三人きり霜夜     紀子
秋風や父と見紛ふベレー帽     範子
年賀欠礼寂しさやつと追ひつきて  味千代
☆発条の遺愛の時計冬銀河     静
ゼンマイ時計のカチカチ微かな音と、チカチカ瞬く冬銀河が響き、亡き人と交流しているように思いました。

 

■藤江すみ江 選
毛糸編む母の十指のやはらかし   良枝
植替へて華やぐ鉢や年用意     道子
黒々と光る新海苔今朝の膳     範子
雪虫や祖母の秘めたる恋を知り   味千代
☆秋風や父と見紛ふベレー帽    範子
私にも現実よく起こる事を 季語の秋風を生かし 上手に詠まれていると思います。

 

■箱守田鶴 選
風花の気のむくままに旅をして   新芽
毛糸編む母の十指のやはらかし   良枝
連弾の兄を泣かせてクリスマス   良枝
クリスマスイブの銀座の鴉かな   眞二
☆除夜の鐘ローストビーフ焼ける頃 眞二
ローストビーフの仕上がりと除夜の鐘を重ねる余裕、こんな大晦日をすごしたい。
お洒落な年の暮ですね。

 

■深澤範子 選
短日の屋上庭園日の溢れ      亮成
露天湯の内輪話や冬の月      道子
寒禽の口遊むやう歌ふやう     雅子
雪催バックミラーに救急車     紀子
☆小麦粉に力いろいろ冬籠     良枝
コロナで家に籠ることの多いこの頃。小麦粉を使った料理、パンやデザートを作ることも多くなっていることでしょう。小麦粉にも薄力粉、中力粉、強力粉とかいろいろありますよね?日常の何気ないところをピックアップして詠まれたところが素晴らしいと思いました。

 

■中村道子 選
降る雪や橋でつながる過疎の村   雪
ふる里はストーブ列車走る頃    雅子
毛糸編む母の十指のやはらかし   良枝
上州はかかあ天下ぞ根深汁     栄子
☆夜の闇ちよつとそこまでちやんちやんこ 宏実
寒い冬に暖かく動きやすいちゃんちゃんこは私も愛用しています。着替えるのも面倒だしすぐ近くだから。暗い夜なら知った人にも会わないだろうと、そのまま出かける。
ちゃんちゃんこの親しみやすい感じが出て楽しい句だと思いました。

 

■島野紀子 選
突然に娘来て去る十二月      雅子
鯛焼の赤信号にさめゆきぬ     良枝
始めるも辞めるも迷ふ年の内    宏実
出来上がり三時と書きて石焼藷   田鶴
☆還暦と米寿の母娘たぬき汁    みづほ
長寿日本の景、たぬき汁がとぼけていて和やか。
先日母上も娘さんも後期高齢者という保険証2枚を見てつくづく長寿国だと実感。

 

■山田紳介 選
連弾の兄を泣かせてクリスマス   良枝
インバネス翻るとき翳放ち     良枝
どんぐりを五つ数へて窓に置く   範子
ふはふはのパーマもふもふのセーター 依子
☆クリスマスもつを煮立たせ罪深く 依子
ケーキでも七面鳥でもなく、黙々ともつを煮込む。この季節行事が明るければ明るい程、自分には馴染めないと思っている人は多いのかも・・。

 

■松井洋子 選
冬ざるる作者無慈悲に死を与へ   味千代
突然に娘来て去る十二月      雅子
インバネス翻るとき翳放ち     良枝
聞き返すマスクの医師の診断を   一枝
☆ふるさとの新聞解いて冬林檎   栄子
真っ赤な林檎を包んでいた故郷の新聞。思わず手に取り、懐かしい地名の載った紙面に
見入ってしまう。その時の喜びを冬林檎がよく表している。

 

■緒方恵美 選
ビル谷間掛軸の幅寒オリオン    味千代
落日や枯野の果ての風車群     雪
気に入りのピアスまた失せ十二月  依子
籠りゐし日々の空欄古暦      洋子
☆降る雪や橋でつながる過疎の村  雪
上五の「降る雪や」は草田男の名句でお馴染みだが、続く中七・下五の何気ない言い回しが良く、まるで小津映画のワンシーンを観ているような情感の漂う写生句に仕上がっている。

 

■田中優美子 選
ポインセチア昼の数だけ夜のあり  良枝
ふるさとの新聞解いて冬林檎    栄子
丼の縁欠けしまま去年今年     味千代
初雪にして本降りとなりにけり   紳介
☆今生の選ばざる道枯木星     依子
もしもあのとき別の道を選んでいたら……。そんな、誰にでもある後悔を滲ませながらも、枯木の合間から見える星の明かりが、やはり自分の選んだ道はこれでよかったのだと諭してくれている句だと思いました。

 

■長坂宏実 選
ひとところ定まらず浮く柚子湯かな 優美子
鯛焼の赤信号にさめゆきぬ     良枝
独り居の集ふリモートクリスマス  依子
村中の人動き出す四温かな     和代
☆露天湯の内輪話や冬の月     道子
他の人がいない露天風呂で内輪話をひっそりとしている様子が浮かんできます。

 

■チボーしづ香 選
窓ガラスさつと一拭き冬夕焼    宏実
パソコンを閉ぢることなく聖夜明け 依子
反古を焚く朱文字ひときは年惜しむ 恵美
収まらぬ疫病に倦みて冬籠     洋子
☆一文字の五本括らる百八円    敦丸
スーパーで目に飛び込んできた様子が浮かび上がるシンプルでとても良い句。

 

■黒木康仁 選
降る雪や橋でつながる過疎の村   雪
侘助や障子に映る薄明かり     亮成
マスクからはみ出した目のきらきらと 田鶴
晩年を渡船の船長冬うらら     洋子
☆雪虫や祖母の秘めたる恋を知り  味千代
祖母の遺品を整理していたのでしょうか。雪虫に祖母の霊を感じました。

 

■矢澤真徳 選
毛糸編む母の十指のやはらかし   良枝
鯛焼の赤信号にさめゆきぬ     良枝
ふるさとの新聞解いて冬林檎    栄子
秋風や父と見紛ふベレー帽     範子
☆マスクからはみ出した目のきらきらと 田鶴
街に出ても会うのはマスクの人ばかり。目と耳しか出ておらず、どれも同じような顔かと思いきや、特に目は、その人の顔を想像させるに十分な情報を持っている。「はみ出した」とあるから子供か女性なのだろう。マスクをすればいたずらっ子の目は余計に光るし、マスクをしても美人は美人、なのだ。

 

■奥田眞二 選
冬ざるる作者無慈悲に死を与へ   味千代
年賀欠礼寂しさやつと追ひつきて  味千代
露天湯の内輪話や冬の月      道子
雪催バックミラーに救急車     紀子
☆反古を焚く朱文字ひときは年惜しむ 恵美
習字の朱筆添削であろうか。火に舞うひと時に一年回顧の思いが伝わる。

 

■中山亮成 選
降る雪や橋でつながる過疎の村   雪
打ちて消すハートの絵文字クリスマス 優美子
まとめ髪帰りは解いて冬菫     栄子
東天へ始発機光る霜の朝      洋子
☆作業場はかつて繭倉藪柑子    静

繭倉後ですから、古い建物ですが今も作業場として使っている。昔から今も続く人の営みが受け継がれる。藪柑子の控え目な雰囲気と相まってさびを感じます。

 

■髙野 新芽 選
日のあたる落葉の海を手に掬ふ   康夫
日溜りの吐息かすかな冬の蜂    敦丸
とどまればそこが故郷浮寝鳥    恵美
落日や枯野の果ての風車群     雪
☆海鳥を雲を滲ませ波の花     良枝
波の花という表現で、情景への想像を掻き立てられました。

 

■巫 依子 選
ふる里はストーブ列車走る頃    雅子
発条の遺愛の時計冬銀河      静
月を得て雪山ひとつ抽んでて    恵美
年賀状ポストに落つる音重き    宏実
☆籠りゐし日々の空欄古暦     洋子
コロナ禍の年の思い出の一句とも。空白ではなく空欄。わざわざ書き留める程のことは無かったかもしれないけれど、そこにも確かに日々の営みはあり、決して空白の日々では無い。

 

■佐藤清子 選
雪催義母の言の葉とがりたる    紀子
忌籠りのはずが入院とは寒し    雪
作業場はかつて繭倉藪柑子     静
母の声母の香りの黒コート     範子
☆月を得て雪山ひとつ抽んでて   恵美
月が出てきて雪山にかかった映像が想像できて美しさに感動しました。
「得て」と「抽んでて」の使い方が心地良く感じました。

 

■西村みづほ 選
クイーンの音量上げて師走入り   清子
言の葉を凍る指先にて綴る     新芽
独り居の集ふリモートクリスマス  依子
作業場はかつて繭倉藪柑子     静
☆落日や枯野の果の風車群     雪
琵琶湖に向かって並ぶ風車の景が浮かびました。風車の白や落日の枯野の色、よく見えてきます。

 

■水田和代 選
植替へて華やぐ鉢や年用意     道子
初時雨あけぼの杉のほの明し    栄子
作業場はかつて繭倉藪柑子     静
まとめ髪帰りは解いて冬菫     栄子
☆また言葉足らずね君は室の花   優美子
私がいつも思うことを句にされていて、一番に選びました。室の花がいいですね。

 

◆今月のワンポイント

「直喩と暗喩」

どちらも比喩ですが、「ごと」、「似て」、「さながら」などを用いて、例えるものと例えられるものの関係を明らかにする修辞法を直喩と呼びます。一方、そういった語を用いずに例えるのを暗喩(もしくは隠喩)と呼びます。
俳句で比喩の句は無数にありますが、多くは直喩です。直喩はわかりやすいのですが、言葉と言葉の間の緊張感が緩むという難点もあります。それでも、通じないのではという不安を払拭するために、どうしても直喩にしてしまうのです。
ただ、「ごとく」を外してみても案外一句の意味は通じるものです。言葉の切れ味が鋭く、力のある暗喩の効果を活かせられるものです。全部が全部ではありませんが、可能な句には、「ごとくを外す」という試みを実践してみましょう。(中田無麓)

◆特選句 西村 和子 選

母が袖持ちて御手洗七五三
三好康夫

【講評】シーンの切り取りがとても鮮やかです。歌川広重の江戸百のような、大胆な構図も魅力的で、袖の文様まで鮮やかに見えてきます。観察眼が行き届いています。一句の焦点が絞り込まれ、情景再現性が高いです。一般に七五三の句は、周囲の情景を盛り込みすぎて、印象散漫になりがちな傾向がありますが、その点でも潔い句になりました。(中田無麓)

 

木守や薄くなりたる母の肩
松井洋子

【講評】「木守」の季題がとても効果的に用いられています。徐々に萎え、錆色を深めてゆく姿を、ご母堂に重ね合わせたところに、深い慈愛の目が注がれています。句中、”薄い”という形容詞に注目しました。普通、薄いと言えば胸板を想像しますが、それを肩に用いることで、鎖骨あたりの筋肉まで、思いが至ります。蓋し、独創のある用い方と言えましょう。(中田無麓)

 

枯はちす往生際といふをふと
小野雅子

【講評】枯蓮から受ける印象は、人によって大きく異なります。ある人は潔いと感じる反面、ある人は刀折れ、矢尽きた無念のさまを感じ取ります。大方は、自らの感覚に引き寄せて、その見方で一句にしますが、この句は、その見方が偏らないところに独創があります。一段高いところから観察した上での客観性が光っており、そこがこの句を怜悧にしています。テクニカルな面では、「往生際」という強い言葉の後を「いふをふと」と穏やかな和語で引き取っているところが巧みです。(中田無麓)

 

北窓の光を好み一葉忌
森山栄子

【講評】夭折の文豪の慎み深い生涯が「北窓の光」に余すところなく、表現されています。美しく儚い光の有様がレンブラントの絵のようで、聖なる感覚まで引き起こされます。忌日の句は、往々にして季感に乏しくなりがちですが、季重なりになることなく、一葉忌の頃の季感が一句に滲み出ています。一句の言葉の選択にも、一切の無理、無駄がなく、句姿も非常に端正です。(中田無麓)

 

ベランダに立待月の二人かな
深澤範子

【講評】十六夜、立待、更待と一夜ごとの月の変化を詠み分けることは至難の業ですが、掲句は、立待らしさが活かされています。その一因は、ベランダというそれほど広くはない空間にあります。十五夜ほど満を持して対峙するものではなく、月の出にふと気が付けば、たまたま立待だった。そんなさりげなさが季題に適っています。二人の関係も、そんなさりげない阿吽の呼吸があるようで、素敵な一句になりました。(中田無麓)

 

正面にいつも父をる炬燵かな
小山良枝

【講評】解釈が分かれる句ではあります。「父」を家父長制下の尊厳あるものと受け取れる反面、行き場所とてない邪魔な存在と捉えることも可能です。その両義性を包含しながら掲句が力を持つのは、曖昧ではあっても圧倒的な存在感を放つ「父」に対しての作者の敬慕が現れているからです。その所以は季題の「炬燵」にあります。日本独特の曖昧な暖房具は、家族の象徴とも言えます。そう考えれば、「父」を通じて家族史を詠んでいるのでは? という思いに至りました。平明な詠みぶりのなかに時間的な重量が読み手の胸に迫ってきます。(中田無麓)

 

落葉道さらに落葉の降りしきる
山田紳介

【講評】平明、簡潔な写生に徹して、言葉に無理・無駄がありません。句の主題が夾雑物のない一景に収斂され、間然するところがありません。が、掲句の良さは写生に留まりません。心象風景としての「落葉道」とは、言わば心の澱を溜めた道。快くないあれやこれやが重なる時勢、季節にあって、落葉は決して、客観的な事物に留まってはいないはずです。(中田無麓)

 

青空といふほどでなく冬桜
小山良枝

【講評】「冬桜」の咲くころの気候のありようが、さらりとした詠みぶりの中に的確に表現されています。碧空に咲き誇る桜ではなく、慎ましやかな「冬桜」には、はんなりとした諧調のある空模様こそ似合います。掲句で注目したいのは一句の呼吸の豊かさです。17音のうち10音が、のびやかな響きのa音とo音で占められています。そこに明るさが生まれ、一句の情趣をより深いものにしています。(中田無麓)

 

冬めくや散歩の夫の背小さし
中村道子

【講評】夫婦の立ち位置に注目しました。夫の背が見えているとは、妻が数歩遅れて歩んでいるということですね。ここから、作者の年代、世代、そしてその佳き一面も垣間見えてきます。「背小さし」と感じたほんの一瞬に、夫婦の長い年月も感じられます。変化へのちょっとした戸惑いが「冬めく」という行き合いの微妙な季節感と呼応して、味わい深い一句になりました。(中田無麓)

 

上方の言葉やはらか年暮るる
箱守田鶴

【講評】自らの感じたことを素直に詠めば佳句になる、という見本のような一句です。一句に格段のことは語られ知ませんが、はんなりとした風情の中に、心を遊ばせていることが中七から明瞭に見えてきます。音韻も一句を通じてやわらかく、上方といういささか古風な言い回しと相まって、安息が感じ取れます。(中田無麓)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

( )内は原句
下り梁掛けてひとしほ水青し
森山栄子
(下り梁掛けてひとしほ水の青)

顔ほどの大きな梨の届きけり
深澤範子

菰巻や草加松原六百本
箱守田鶴

北へ北へバイクを飛ばし冬の海
巫 依子
(北へ北へバイク飛ばし冬の海)

菊くべて残り香淡く立ちにけり
中山亮成

新しき橋の架かれる枯野かな
山内雪

手水鉢空を映して冬に入る
緒方恵美

立山を見晴らすカフェや冬に入る
飯田 静

実南天雨の雫をつなぎたり
小山良枝

(実南天雨の雫をつなぎとめ)
実南天の赤と雫の透明感の色彩の対比が美しい一句です。下五「とめ」と静止状態で収められていますが、ここは、流れる状態のまま、一句を収める方が美しいでしょう。

大銀杏降る万の葉の無音かな
深澤範子

(大銀杏降る万葉の無音かな)

秋の日の木斛の葉を磨き上げ
中山亮成

(秋の日の磨き上げたる木斛の葉)
やがて落葉となる木斛の最後のきらめきを詠んで、深い感懐があります。原句では、修飾・被修飾の関係が一本調子になっていて、一句が木斛の葉の説明に終始するきらいがあります。下五の動詞連用形で収め、軽く余韻を残すと良いでしょう。

冬うらら歩いて通ふ整骨院
長谷川一枝

父母の淡くなりけり花ひひらぎ
小山良枝

すすき原賢治の声がどつとどど
深澤範子

菰巻の仕上げ確かむ一歩退き
箱守田鶴

幻のごとく柊咲きにけり
田中優美子

身に入むや特攻遺書の文字美しき
長谷川一枝

参道にちやんばらごつこ七五三
三好康夫

校庭の銀杏落葉へボール蹴る
中村道子

(校庭の銀杏落葉にボール蹴る)

腹満ちて膝を折る鹿冬暖か
島野紀子

湧水の初めは暗し末枯るる
小山良枝

わが庵のどの木も老いぬ小春空
千明朋代

(わが庵のどの木も老木小春空)

木枯や赤ちやうちんに八つ当り
奥田眞二

街角の公園四角桐は実に
箱守田鶴

(街角の四角な公園桐は実に)
そういえばそうだなと改めて納得。都会の公園は所詮人工物である、というややシニカルなニュアンスにも俳味があります。一句の感懐の主題は「公園」ではなく、「四角」だと思います。語順を入れ替えて、主題を明らかにすると良いです。

冬の月東京タワーに捕らはれて
鏡味味千代

花八手原子のやうな形して
千明朋代

団栗を踏みしだき行く天邪鬼
黒木康仁

落葉地に触るる音はた駈ける音
藤江すみ江 

猫の毛のもこもこ増ゆる冬来たる
チボーしづ香

(猫の毛のもこもこ増える冬来たる)

幸せはここにあるなり羽布団
長坂宏実

川と川出会ふ公園冬に入る
飯田 静

僧堂の軒をあかるく銀杏散る
松井洋子

炉開きや母の残せし小紋きて
千明朋代

(炉開きや母の残した小紋きて)

秋惜しむ黄昏時の大甍
飯田 静

初時雨板戸に閉店案内かな
奥田眞二

時勢の影響でしょうが、なんとも切ないですね。下五の「かな」は詠嘆として少し強すぎる印象があります。一句の後半を「店を閉づ報せ」ぐらいに抑制のきいた表現にしても良いかもしれません。

目の前を飛んできちきちばつたかな
深澤範子

滑り台冷たし子らの声高し
鏡味味千代

柊の花香りくる夕まぐれ
田中優美子

馬鈴薯掘る働かざる者食ふなかれ
山内雪

(働かざる者は食ふなと馬鈴薯掘る)
類想のあまりない、面白い一句です。「馬鈴薯」だからこそです。助詞の「と」は俳句の文法の上では、ちょっと曲者です。言葉同士を関連付けてしまい、理屈っぽくなってしまいます。潔く省いても一句は成立します。

走り去る後輪に舞ふ落葉かな
中村道子

神護寺の磴百段の散紅葉
西村みづほ

秋霖やジェット機発ちて水尾残す
松井洋子

(秋霖のジェット機発ちて水尾残す)

冬晴の八海山と対峙せり
鏡味味千代

夫の所作年寄めきて冬来たる
飯田 静

(冬来たる年寄めきて夫の所作)

掛け替へし杉玉濡らす初時雨
奥田眞二

落葉踏む訃報来たりし夜の明けて
箱守田鶴

(落ち葉踏む訃報来たりし夜の明けて)

心音良し肺の音良し天高し
山内雪

(心音良し肺音良しと天高し)

大けやき身震ひ一つ秋の暮
黒木康仁

コンビニの玉子サンドや文化の日
山田紳介

見つむれば見つめられたり星月夜
矢澤真徳

漱石忌教員室は伏魔殿
西村みづほ

(漱石忌教員室てふ伏魔殿)

冬ざれの陸橋渡るほかはなく
小山良枝

大木に当てし手のひら今朝の冬
森山栄子

吟行の二つ並びて冬帽子
松井洋子

(吟行らし二つ並びて冬帽子)

夢覚めて夢の中なる冬籠
田中優美子

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選
オーストラリア シドニー、50代、知音歴5年
幻のごとく柊咲きにけり      優美子
捨畑は何処も黄金泡立草      洋子
小春日の差し込むドールハウスかな  依子
滑り台冷たし子らの声高し     味千代
☆冬の月東京タワーに捕らはれて  味千代
東京タワーにひっかかるように出ている月を、捕らわれていると捉えたところに、
瑞々しい感性があります。作者の心象風景とも重なるような気がしました。

 

■山内雪 選
北海道天塩郡、60代、知音歴3年
室咲や半幅帯の娘どち       雅子
言葉てふ面倒事よ落葉踏む     優美子
かへるさはバスにたよらず野路の秋  依子
初時雨板戸に閉店案内かな     眞二
☆磔刑の如き案山子へ夕日かな   栄子
磔刑といえばイエスを連想するが、そこに案山子が出てくるおかしさにひかれた。

 

■飯田静 選
東京都練馬区、60代、知音歴9年
花八手原子のやうな形して     朋代
僧堂の軒をあかるく銀杏散る    洋子
柊の花香りくる夕まぐれ      優美子
焼芋の味恋しくも異国の地     しづ香
☆架け替へし杉玉濡らす初時雨   眞二
今年酒の出来上がり真新しい杉玉を 濡らす時雨に時の移り変わりを感じました

 

■鏡味味千代 選
東京都足立区、40代、俳句歴9年
大銀杏降る万の葉の無音かな    範子
身に入むや特攻遺書の文字美しき 一枝
十三夜地球に乗りて我は旅     朋代
北窓の光を好み一葉忌       栄子
☆僧堂の軒をあかるく銀杏散る   洋子
銀杏の葉がまるで光を放っているかのような美しい光景が目の前に広がりました。
穏やかな暖かい日なのでしょう。

 

■千明朋代 選
群馬県みどり市、70代、知音歴3年
見つむれば見つめられたり星月夜  真徳
髪置や慣れぬ草履のすぐ脱げて   静
架け替へし杉玉濡らす初時雨    眞二
焼芋の味恋しくも異国の地     しづ香
☆静夜思の詩文を吟ず秋の宵    亮成
こういう秋の宵を持ちたいものと思いました。

 

■辻 敦丸 選
東京都新宿区、80代、知音歴4年10ヶ月
戻したき時間のいくつ銀杏枯る   味千代
大根も透き通りゆく二人鍋     真徳
ねんねこの乳の匂を袖畳み     雅子
大木に当てし手のひら今朝の冬   栄子
☆焼芋の味恋しくも異国の地    しづ香
異国の・・・、昔むかし実感した彼是を思い出させてくれる句です。

 

■三好康夫 選
香川県丸亀市、70代、知音歴13年
新しき橋の架かれる枯野かな    雪
遠足の子どもら過ぎて鵙の声    康仁
漂ふは彷徨ふに似て雪蛍      恵美
川と川出会ふ公園冬に入る     静
☆木守や薄くなりたる母の肩    洋子
感謝の気持ちが溢れている。

 

■森山栄子 選
宮崎県延岡市、40代、知音歴10年
実南天雨の雫をつなぎたり     良枝
霜月や向き合ふことの山ほどに   範子
鳥居より鳩のこぼれて七五三    恵美
馬鈴薯掘る働かざる者食ふなかれ  雪
☆見つむれば見つめられたり星月夜  真徳
星を仰ぐうちに、ふと星々に見つめられているように感じたのだろうか。
光年という長い時間をかけて届いた光への畏敬と、懐かしいような、温かいような感覚。作者は明日への何かを蓄えることが出来たかもしれない。
星月夜という季語が人間のささやかな幸せと照らし合っている。

 

■小野雅子 選
滋賀県栗東市、70代、知音歴7年
云ひ了へて図星と知りし夜寒かな  栄子
湧水の里の豆腐屋冬に入る     栄子
冬ざれの陸橋渡るほかはなく    良枝
その中に速き一雲神の旅      恵美
☆大銀杏降る万の葉の無音かな   範子
京都御所にある大銀杏の黄葉がうかびました。水分の多い銀杏は降る時も積もる時も無音です。

 

■長谷川一枝 選
埼玉県久喜市、70代、知音歴6年
捨畑は何処も黄金泡立草      洋子
落葉地に触るる音はた駈ける音   すみ江
かへるさはバスにたよらず野路の秋  依子
漱石忌教員室は伏魔殿       みづほ
☆ねんねこの乳の匂を袖畳み    雅子
若き日の子育ての頃を懐かしく出し、乳の匂を袖畳の表現に惹かれました。

 

■藤江すみ江 選
愛知県豊橋市、60代、知音歴23年
哀しみのきつとこの色冬の海    味千代
葉を落とす力も滅し立ち枯るる   紀子
僧堂の軒をあかるく銀杏散る    洋子
見つむれば見つめられたり星月夜  真徳
☆花八手原子のやうな形して    朋代
ハ手の花を見るなり出来上がった句のように思えます。純真な素直な句ですね。

 

■箱守田鶴 選
東京都台東区、80代、知音歴20年
室咲や半幅帯の娘どち       雅子
大縄に子らの増えゆく冬日向    洋子
神護寺の磴百段の散紅葉      みづほ
青空といふほどでなく冬桜     良枝
☆あふられて富士より高く冬鴉   一枝
遠景の富士山、近景の冬鴉、あふられて富士より高く飛ぶはめになった鴉とは面白いですね。こんな瞬間を句にするのは難しいです。

 

■深澤範子 選
岩手県盛岡市、60代、知音歴約10年
ままごとの仕切屋のゐて赤のまま  静
冬の月東京タワーに捕らはれて   味千代
幸せはここにあるなり羽布団    宏実
吟行の二つ並びて冬帽子     洋子
☆十三夜地球に乗りて我は旅    朋代
地球に乗りてとは、なんと壮大な発想でしょうか? ここに感心致しました。

 

■中村道子 選
神奈川県大和市、80代、知音歴2年7か月
立山を見晴らすカフェや冬に入る  静
正面にいつも父をる炬燵かな    良枝
花八手原子のやうな形して     朋代
架け替へし杉玉濡らす初時雨    眞二
☆僧堂の軒をあかるく銀杏散る   洋子
日に当たり金色に輝きながら、はらはらと舞い落ちる銀杏の葉。僧堂の中から眺めている美しい映像は飽きることなく、さぞ心が和むことでしょう。

 

■島野紀子 選
京都府京都市、50代、知音歴9年
ままごとの仕切屋のゐて赤のまま  静
「ひ」の言えぬ親爺の〆や酉の市  眞二
秋雨やレクイエム聞く一日あり   朋代
焼芋の味恋しくも異国の地     しづ香
☆捨畑は何処も黄金泡立草     洋子
帰化植物の生命力の強さには圧倒されるがその代表格。
人の手の入らなくなった捨畑なら尚更。寂しくも美しい景色が浮かびます。

 

■山田紳介 選
岡山県津山市、団塊の世代、知音歴20年
今日からの赤はポインセチアの赤  田鶴
インバネス脱げば奈落の闇ならん  雅子
寂しさにキャンディ一つ秋の空   味千代
橋過ぎてすぐの十字路初時雨    恵美
☆大木に当てし手のひら今朝の冬  栄子
冬の大木に触れてみると、何処となくなつかしく、あたたかい。
世界の何処へでもつながっているような気がして来る。

 

■松井洋子 選
愛媛県松山市、60代、知音歴3年
菰巻の仕上げ確かむ一歩退き    田鶴
鰡の一撃離宮の静寂破りけり    亮成
ねんねこの乳の匂を袖畳み     雅子
その中に速き一雲神の旅      恵美
☆大銀杏降る万の葉の無音かな   範子
とめどなく降り頻る大銀杏。更にそれが無音であることに詠み手の心が動いた。
美しい静謐な景色が読み手の目前にも広がる。

 

■緒方恵美 選
静岡県磐田市、70代、知音歴6ヶ月
菊くべて残り香淡く立ちにけり   亮成
下り梁掛けてひとしほ水の青    栄子
神護寺の磴百段の散紅葉      みづほ
一口の白湯を味はふ冬の朝     味千代
☆湧水の里の豆腐屋冬に入る    栄子
豆腐は水で決まるとも言われる。冬に入り、冷たさの増した水の豆腐はさぞかし美味であろう。微妙な季節の移り変わりを言い得て妙。

 

■田中優美子 選
栃木県宇都宮市、20代、知音歴14年
新しき橋の架かれる枯野かな    雪
北へ北へバイクを飛ばし冬の海   依子
正面にいつも父をる炬燵かな    良枝
心音良し肺の音良し天高し     雪
☆滑り台冷たし子らの声高し    味千代
寒さもなんのその、むしろ「冷たい冷たい」とはしゃぐ子どもたち。あのエネルギーは
どこからくるのかな、と遠い目になりました。目の前の子どもたちと、かつては子どもだったはずの自分を重ね合わせて感じ入る句でした。

 

■長坂宏実 選
東京都文京区、30代、知音歴1年
冬の月東京タワーに捕らはれて   味千代
寂しさにキャンディ一つ秋の空   味千代
足裏をくすぐり合ふて冬日向    味千代
団栗を踏みしだき行く天邪鬼    康仁
☆焼芋の味恋しくも異国の地    しづ香
外国にいらっしゃるのでしょうか。寒い冬になると、特に日本の味が恋しくなるのだろうなぁと思いました。早く元の世界にもどりますように。

 

■チボーしづ香 選
フランス ボルドー、70代、知音歴3年
茶の花や噂話を又聞きす      味千代
父と手をつなぎ下げたる千歳飴   一枝
目の前を飛んできちきちばつたかな  範子
じじばばの語りに残る鉢叩き    敦丸
☆ ままごとの仕切屋のゐて赤のまま  静
選んだ句全て良いと思いましたが、この句は子の可愛さを上手に表現していて好きです。

 

■黒木康仁 選
兵庫県川西市、70代、知音歴4年
枯はちす往生際といふをふと    雅子
あふられて富士より高く冬鴉    一枝
架け替へし杉玉濡らす初時雨    眞二
漱石忌教員室は伏魔殿       みずほ
☆大根も透き通りゆく二人鍋    真徳
緩やかに過ぎゆくときと二人の物静かさが伝わってきました。

 

■矢澤真徳 選
東京都文京区、50代、知音歴1年
手水鉢空を映して冬に入る     恵美
神官の脇を走りて七五三      康夫
大けやき身震ひ一つ秋の暮     康仁
滑り台冷たし子らの声高し     味千代
☆戻したき時間のいくつ銀杏枯る  味千代
秋は時間を意識させる季節。もう一度味わいたい時間なのか、違うものにしたい時間なのか、もし時間を戻せる世界があるとしたら、それはどんな世界だろうか。

 

■奥田眞二 選
神奈川県藤沢市、80代、知音歴8ヶ月
今日からの赤はポインセチアの赤  田鶴
枯はちす往生際といふをふと    雅子
コンビニの玉子サンドや文化の日  紳介
大けやき身震ひ一つ秋の暮     康仁
☆焼芋の味恋しくも異国の地    しづ香
ザルツブルグの街角で焼き栗を求めたとき妻が「でも美味しい焼き芋が美味しいわ」と
変な呟きをしていたのを思い出しました。
味恋しくも、に異国暮らしの女性のノスタルジアをふつふつと感じます。(作者女の方でしょうね)。

 

■中山亮成 選
東京都渋谷区、70代、知音歴8年
庭の柚木ゆず湯にジャムにおすましに  朋代
身に入むや特攻遺書の文字美しき  一枝
大木に当てし手のひら今朝の冬   栄子
一遍の仮寓の跡も花野なか     洋子
☆捨畑は何処も黄金泡立草     洋子

担い手のない農村の現状を捉えていると思いました。

 

■髙野 新芽 選
東京都世田谷区、30代、知音歴2ヶ月
葉を落とす力も滅し立ち枯るる   紀子
父母の淡くなりけり花ひひらぎ   良枝
湧水の初めは暗し末枯るる     良枝
十三夜地球に乗りて我は旅     朋代
☆大木に当てし手のひら今朝の冬  栄子
手のひらから自然を感じる世界観が好きでした。

 

■巫 依子 選
広島県尾道市、40代、知音歴20年
架け替へし杉玉濡らす初時雨    眞二
咲きながら枯れてゆくなり山茶花は  優美子
幻のごとく柊咲きにけり      優美子
一遍の仮寓の跡も花野なか     洋子
☆霜月や向き合ふことの山ほどに  範子
霜が降り目に見えて季節の移ろいを感じる頃、今年もだんだん終わりに近づいて来ていると実感するも、あれもこれも自分はいったい…と、自分自身を内省し焦燥感にかられたりするのは、確かにこの頃なのかもしれないなと納得させられた。しかして、そう頭ではわかっていても、すぐにまた師走を迎え、実際何も向き合うことのできぬままに新しい年を迎えてしまったりすることも…なんだけれども。

 

■佐藤清子 選
群馬県水戸市、60代、知音歴2か月
亡きひとの声をたしかに石蕗の花  優美子
しぐるるや一撞一礼輪王寺     一枝
ままごとの仕切屋のゐて赤のまま  静
炉開きや母の残せし小紋きて    朋代
☆枯はちす往生際といふをふと   雅子
まるで死んだような枯れはちすの池である。だが、来年も池を膨らませて紅蓮が咲くことを確信してる余裕がおもいろいほど伝わってきました。

 

■西村みづほ 選
京都府京都市、60代、知音歴2か月
漂ふは彷徨ふに似て雪蛍      恵美
湧水の里の豆腐屋冬に入る     栄子
滝の糸一条の光を引きぬ      亮成
青空といふほどでなく冬桜     良枝
☆ねんねこの乳の匂を袖畳み    雅子
袖だたみと言う言葉が、赤ちゃんが待っているので素早く畳まれた景がうかがえて、
そして匂いと共に愛情も感じられて素敵な句だと思いました。

 

◆今月のワンポイント

「助詞を正しく用いる」

俳句の中で助詞を正しく用いることは、要諦の一つでもありますが、省いた方が良いことも、往々にしてあります。特に気を付けたいのは「に」と「と」。言葉の間の関係を明瞭にするために、入れたくなることも多いのですが、それが却って、知に働きすぎるという結果を招いてしまいます。
今月の句にもいくつか見受けられました。ことばの間に間を取り、両者の緊張関係を作り出すことが、韻文では大切です。省けるか否か、一句の推敲の時に、ぜひ、チェックしてみてください。(中田無麓)

◆特選句 西村 和子 選

心地良き言葉ばかりやそぞろ寒
鏡味味千代

【講評】「心地良き言葉」とは、社交辞令のようなうわべだけの言葉のことでしょう。「ばかり」に否定のニュアンスがある上に、季語「そぞろ寒」が心情を代弁しています。作者が求めているのは、真実を穿つ言葉、触れれば血の出るような言葉なのでしょう。俳句も「心地良き言葉ばかり」になってはいけませんね。(井出野浩貴)

 

水底にしんと日の射す初もみぢ
緒方恵美

【講評】上五中七から秋の澄んだ水が見えてきます。「初もみぢ」を見てから水底をのぞきこんだのか、それとも水影から「初もみぢ」に気がついたのか、いずれにしても、秋の高く青い空までおのずと思い浮かびます。(井出野浩貴)

 

転びても泣かぬ児を褒め草紅葉
松井洋子

【講評】木々の紅葉は美しいものですが、さまざまな草の色づきにもしみじみとした味わいがあります。「草紅葉」という地面に近いところにあるゆかしい季語が、「転びても泣かぬ児」の低い視線と響きあうようです。(井出野浩貴)

 

何処からか羽根のふはりと秋の空
鏡味味千代

【講評】どんな鳥の羽根かは明確にされていません。ふわりと落ちてきた羽根は、青く澄んだ秋の空のはるかな高みから来たのかもしれません。折しも、北の地から渡り鳥がやってくる季節です。はるかなるものにふと思いを馳せたのでしょう。(井出野浩貴)

 

啄木鳥の音のジャズめきニューヨーク
小山良枝

【講評】セントラルパークの啄木鳥でしょうか。啄木鳥が木を突く音の形容として、新鮮でおもしろい句です。言われてみれば、そんなふうに聞こえるかもしれません。「啄木鳥」と「ニューヨーク」という意外な組み合わせが詩を生みました。思えば、ジャズも異文化の混淆から生まれた音楽でした。(井出野浩貴)

 

新米の光こぼさぬやうよそふ
小山良枝

【講評】炊く前の新米を掌にすくう場面はよく描かれますが、この句は炊き立ての新米です。「光こぼさぬやう」という表現に、杓文字をそっと扱う手つきが表現できました。(井出野浩貴)

 

豆畑の枯れそめ山は藍深め
小野雅子

【講評】豆は熟れると茎を土から引き抜いて収穫します。「枯れそめ」ということは、収穫されないまま冬を迎えたものかもしれません。そのうら寂しい畑を見下ろしている山の色が藍を深めたようだったというのです。季節のゆきあいの微妙なところを表現できました。(井出野浩貴)

 

魂迎遠くで父の声がする
深澤範子

【講評】盆の夕方、戸口で迎え火を焚いているのでしょう。虚子に「風が吹く仏来給ふけはひあり」という句があります。この句の場合は「仏」ではなく「父」ですから、いっそう身近に「けはひ」ではなく「声」を感じたわけです。なぜか「母の声」では成り立ちそうもありません。(井出野浩貴)

 

蜻蛉や空に結界あるがごと
黒木康仁

【講評】蜻蛉は自由に空を飛んでいるように見えますが、じっくり見ていると急に方向転換したり引き返したりしていることがわかります。生物学的にはテリトリーということでしょうが、それを「結界のごと」と表現した点がおもしろい句です。(井出野浩貴)

 

星ひとつふたつ流れて中也の忌
緒方恵美

【講評】中原中也の忌日は十月二十二日です。「星ひとつふたつ流れて」は、その季節の澄んだ夜空を思わせ、奔放な青春を過ごし三十歳で早世した中也の生涯と響きあうようです。(井出野浩貴)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

( )内は原句
鹿尻を振りつつ車止めにけり
奥田眞二

星月夜夢判断の書の古りて
森山栄子

午後の日の移るは早し曼珠沙華
松井洋子

台風のあとを追ふかに上京す
山内 雪

師と仰ぐ人すでに亡し彼岸花
黒木康仁
(師と仰ぐ人すでになし彼岸花)

歩を進め行くほど鰯雲壮大
藤江すみ江
(鰯雲歩を進め行くほど壮大)

すぢ雲やはや届きたる今年米
辻 敦丸
(すじ雲やはや届きけり今年米)

色鳥や京はせいぜい五階建
島野紀子

夜更けまでビルの灯消えず秋の雨
飯田 静

新走り酌む莫逆の差し向ひ
奥田眞二

(あら走り酌む莫逆の差し向ひ)

盆の月めがね橋より出(い)で来たる
深澤範子

(盆の月めがね橋より出て来たる)
文語「来たる」に合わせて文語「出(い)づ」を使いましょう。

言葉交はすだけで嬉しき秋日和
鏡味味千代

(言葉交はすだけで嬉しや秋日和)

ままごとの皿にこんもり櫟の実
飯田 静

スマホ手に尻を牡鹿に小突かるる
奥田眞二

(手にスマホ尻をさ鹿に小突かるる)

秋の航宮居に舳先向けしより
森山栄子

(秋の航お宮に舳先向けしより)

紫苑剪る握りつやめく花鋏
松井洋子

女といふ重荷脱ぎ捨て秋桜
鏡味味千代

(女性とふ重荷脱ぎ捨て秋桜)
「女性」は社会的文脈で使う言葉です。有島武郎の小説は『或る女』でしょうか、それとも『或る女性』でしょうか。

身を捩る鮭の遡上を岸辺より
小野雅子

色なき風出土の杯のざらついて
森山栄子

台風の真つ只中に電話来る
深澤範子

秋の朝花見小路に塵の無く
鏡味味千代

縮緬を展べて耀ひ秋の水
藤江すみ江

(縮緬を展べて耀ひ水の秋)

身に入むや武人埴輪の向かう傷
辻 敦丸

(身に入むや武人埴輪の向かひ傷)

山葡萄甘しよ帰り道遠し
山田紳介

(山葡萄甘きよ帰り道遠し)

釣堀の水の流るる藤袴
千明朋代

手捻りの一子相伝小鳥来る
飯田 静

引く波は泡を残して秋の声
小山良枝

(去る波は泡を残して秋の声)

ワッと叫ぶやうに開きし海桐の実
奥田眞二

曼殊沙華女体神社の名もをかし
箱守田鶴

(曼殊沙華女体神社と名もをかし)

風に揺るる長さに剪りて秋桜
松井洋子

(風に揺る長さに剪りて秋桜)
「長さ」という体言を修飾しているので連体形「揺るる」に。

喧噪に紛ふことなく秋の蝉
中山亮成

いつせいに鷗散りけり海桐の実酒
小山良枝

竜胆の蕾きりきり左巻き
小野雅子

考に似し人に歩を止め秋の暮
松井洋子

村人の立てし幟に蜻蛉来
山内 雪

大空を使ひ切つたる鵙の声
緒方恵美

細長く風吹きゆけり芒原
矢澤真徳

糸屑のやうに果てけり曼殊沙華
千明朋代

漬物の重石に由来秋日和
森山栄子

見沼野にはぐれて聞くや荻の声
箱守田鶴

(見沼野にはぐれて聞くや荻野声)

茶の花や箒目みだし寺の猫
松井洋子

言ふべきを呑み込みにけり暮の秋
鏡味味千代

癌検査再検査とぞそぞろ寒
中山亮成

蔦絡む塀の長々大使館
飯田静

ありなしの風に揺れそむ藤袴
小野雅子

(ありなしの風に揺れそみ藤袴)

目につくは鴉ばかりや秋の暮
山内 雪

焼栗の煙目にしむ鼻にしむ
黒木康仁

(焼栗の煙が目にしむ鼻にしむ)

武者窓を突き抜け走る稲つるび
辻 敦丸

(武者窓へ突き抜け走る稲つるび)

山葡萄採る時兄の逞しき
山田紳介

水音に少し遅れて添水鳴る
緒方恵美

議事堂を浮かび上がらせ秋灯
飯田静

コスモスの親しき高さ南阿蘇
森山栄子

寝しづまる甍今宵の月に映え
松井洋子

音もなく星も流れて遠花火
巫 依子

不在なる母の軒先秋の薔薇
三好康夫

雨脚の強くなりけり山葡萄
山田紳介

木犀や朝を知らせる街の音
長坂宏実

(金木犀朝を知らせる街の音)
上五も下五も名詞という型もありえますが、上五を「や」で切る型の方が効果的なことが多いようです。

我が窓に飛んできたりぬいぼむしり
千明朋代

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選
オーストラリア在住、50代、知音歴5年
畦を行くちちろの声を踏まぬやう  田鶴
人生にピリオド幾つ水引草     依子
煙立つ一つ一つの墓の秋      真徳
何処からか羽根のふはりと秋の空  味千代
☆牛蒡引く田舎の父の匂ひする   範子
牛蒡の土の匂いと無骨な様を、お父さんに重ねたのでしょう。
飾り気のない素直な表現と季語が良く合っていると思いました。

 

■山内雪 選
北海道天塩郡在住、60代、知音歴3年
畦を行くちちろの声を踏まぬやう  田鶴
細長く風吹きゆけり芒原      真徳
「座禅中禁入門」木の実落つ    眞二
議事堂を浮かび上がらせ秋灯    静
☆糸屑のやうに果てけり曼朱沙華  朋代
なるほど枯れたら糸屑のようになりそう。当たり前のことかもしれないが、新鮮だった。

 

■飯田静 選
東京都練馬区、60代、知音歴9年
畦を行くちちろの声を踏まぬやう  田鶴
午後の日の移るは早し曼珠沙華   洋子
鈴鳴らす人の歩かぬ栗の道     宏実
啄木鳥の音のジャズめきニューヨーク  良枝
☆大空を使い切つたる鵙の声    恵美
雲一つない青空に鵙の甲高い声が響いている景を思い浮かべます。

 

■鏡味味千代 選
東京都足立区在住、40代、知音歴9年
冷やかや朝の雨音しろじろと    康夫
虫の音のふと聞こえふと消えてをり  優美子
手捻りの一子相伝小鳥来る     静
新米の光こぼさぬやうよそふ    良枝
☆「座禅中禁入門」木の実落つ   眞二
木ノ実が落ちる音を感じられるくらい、その場がしんとしているのでしょう。
ただ、入門を禁じている人間世界には関係なく、木ノ実は音を立てて落ちているのだと、可笑しみも感じました。

 

■千明朋代 選
群馬県みどり市在住、70代、知音歴3年
稲架かけてお天道さまの匂かな   田鶴
新米の光こぼさぬやうよそふ    良枝
寝しづまる甍今宵の月に映え    洋子
星ひとつふたつ流れて中也の忌   恵美
☆吹き寄せや黄瀬戸の土鍋冬ぬくし  すみ江
暖かいおいしそうな吹き寄せが現れました。

 

■辻 敦丸 選
東京都新宿区在住、80代、知音歴4年10ヶ月
転びても泣かぬ児を褒め草紅葉   洋子
茶の花や箒目みだし寺の猫     洋子
糸屑のやうに果てけり曼殊沙華   朋代
新米の重さつくづく水の国     栄子
☆そしてまた金木犀の香る頃    依子
時の流れの速さを実感する。

 

■三好康夫 選
香川県丸亀市在住、70代
大空を使ひ切つたる鵙の声     恵美
秋水の細くこぼるる音重し     洋子
雨脚の強くなりけり山葡萄     紳介
洗車する親子の会話天高し     道子
☆台風の真つ只中に電話来る    範子
台風に電話の音。緊張感が見事に詠まれている。

 

■森山栄子 選
宮崎県延岡市在住、40代、知音歴10年
十月や大歳時記を取り出して    一枝
虫の音のふと聞こえふと消えてをり  優美子
星ひとつふたつ流れて中也の忌   恵美
木犀や朝を知らせる街の音     宏実
☆手捻りの一子相伝小鳥来る    静
ひたむきに作陶に打ち込む姿、柔らかな光が差し込んでいる窓。小鳥来るという季語に希望を感じます。

 

■小野雅子 選
滋賀県栗東市在住、70代、知音歴7年
水底にしんと日の射す初もみぢ   恵美
台風の真つ只中に電話来る     範子
漬物の重石に由来秋日和      栄子
柿たわわここふるさとと決めやうか  田鶴
☆稲架けてお天道さまの匂かな   田鶴
実りの秋への賛歌。「お天道さま」の措辞に自然への畏怖と感謝が感じられます。

 

■長谷川一枝 選
埼玉県久喜市在住、70代、知音歴6年
あら走り酌む莫逆の差し向ひ    眞二
色鳥や京はせいぜい五階建     紀子
新米の光こぼさぬやうよそふ    良枝
名月よと掛け来る電話父さん子   すみ江
☆そしてまた金木犀の香る頃    依子
17文字の中に物語がひとつ潜んでいるような感じを持ちました。

 

■藤江 すみ江 選
愛知県豊橋市在住、60代、知音歴23年
赤蜻蛉の赤も寂しき峡の秋     真徳
啄木鳥の音のジャズめきニューヨーク  良枝
ありなしの風に揺れそむ藤袴    雅子
茶の花や箒目みだし寺の猫     洋子
☆畦を行くちちろの声を踏まぬやう  田鶴
声を踏まぬやう この表現上手だなあと感心しました。
通りすがりに聞こえ来る虫の音 邪魔をしたくないという作者のやさしさを感じます。

 

■箱守田鶴 選
東京都台東区在住、80代
転びても泣かぬ児を褒め草紅葉   洋子
新米の重さつくづく水の国     栄子
山葡萄採る時兄の逞しき      紳介
議事堂を浮かび上がらせ秋灯    静
☆売れぬかも知れぬ牛行き秋終はる  雪
大切に育てた牛を売りに出した。乳牛として食肉として最後には皮革として人間の役に立つ牛が哀れだ-売れても売れなくても。

 

■深澤範子 選
岩手県盛岡市在住、60代、知音歴約10年
水底にしんと日の射す初もみぢ   恵美
冬近し遠見の富士に白きもの    眞二
人生にピリオド幾つ水引草     依子
竜胆の蕾きりきり左巻き      雅子
☆新米の光こぼさぬやうよそふ   良枝
新米のつややかさが伝わってきます。美味しいにおい、湯気も感じられます。

 

■中村道子 選
神奈川県大和市在住、80代、知音歴2年7か月
夜更けまでビルの灯消えず秋の雨  静
稲架かけてお天道さまの匂かな   田鶴
大空を使ひ切つたる鵙の声     恵美
売れぬかもしれぬ牛行き秋終はる  雪
☆コンビニの主役も変はりおでん鍋  新芽
気が付くといつの間にかコンビニのカウンター近くにおでん鍋が湯気を立てている。
季節の移り変わりを実感させる句だと思いました。

 

■島野紀子 選
京都府京都市在住、50代、知音歴9年
「座禅中禁入門」木の実落つ    眞二
水音に少し遅れて添水鳴る     恵美
午後の日の移るは早し曼珠沙華   洋子
道端の終はり知らずの胡桃採り   しづ香
☆売れぬかもしれぬ牛行き秋終はる  雪
珍しい牛の市場の景、新年を前に牛を高値で売りたいがどうなるんだろうという不安が、秋終わる落ち葉の中で思案するのが浮かぶ。

 

■山田紳介 選
岡山県津山市在住、団塊の世代、知音歴20年
銀杏の落ちて校舎の静けさよ    宏実
漬物の重石に由来秋日和      栄子
糸瓜に相談しても埒の明かず    良枝
海めざし転がつてゆく檸檬かな   良枝
☆そしてまた金木犀の香る頃    依子
何があっても季節だけは前へ進んで行く。「そしてまた」と付け加えるだけで、万感が籠る。

 

■松井洋子 選
愛媛県松山市在住、60代、知音歴3年
境界線「陸軍」とあり大花野    一枝
大空を使ひ切つたる鵙の声     恵美
日溜りを拾ひつつゆく花野かな   良枝
引く波は泡を残して秋の声     良枝
☆新米の光こぼさぬやうよそふ   良枝
湯気立ててつやつやに炊き上がった新米のご飯。中七で詠み手の心情まで十分に伝わってくる。

 

■緒方恵美 選
静岡県磐田市在住、70代、知音歴6ヶ月
柏槙の葉越しに秋の陽の欠片    眞二
忘れ得ぬことの数々水引草     依子
縮緬を展べて耀ひ秋の水      すみ江
日溜りを拾ひつつゆく花野かな   良枝
☆新米の光こぼさぬやうよそふ   良枝
平明で簡潔な言い回しの中に、新米の艶・美味しさ更に香りまでを巧みに表現した一句。

 

■田中優美子 選
栃木県宇都宮市在住、20代、知音歴14年
星月夜夢判断の書の古りて     栄子
犬と人と猫のごろごろ日向ぼこ   新芽
新米の光こぼさぬやうよそふ    良枝
その中の一花閉ぢざり濃竜胆    雅子
☆心地良き言葉ばかりやそぞろ寒  味千代
聞こえだけがよく中身の伴わない言葉の、胸の奥が冷えていく感覚が表されていると思いました。

 

■長坂宏実 選
東京都文京区在住、30代、知音歴1年
畦を行くちちろの声を踏まぬやう  田鶴
蔦絡む塀の長々大使館       静
売れぬかもしれぬ牛行き秋終はる  雪
コンビニの主役も変はりおでん鍋  新芽
☆日溜りを拾ひつつゆく花野かな  良枝
少し寒い中にも暖かさを感じ、秋の花の香りも伝わってきます。
そんな花野に行ってみたいと思いました。

 

■チボーしづ香 選
フランスボルドー在住、70代
ままごとの皿にこんもり櫟の実   静
夜を寒み来し方の悔いふたつみつ  雅子
細長く風吹きゆけり芒原      真徳
不在なる母の軒先秋の薔薇     康夫
☆啄木鳥の音のジャズめきニュ―ヨーク  良枝
啄木鳥とジャズ面白い組み合わせとニュ―ヨークで閉めておしゃれな句。

 

■黒木康仁 選
兵庫県川西市在住、70代、知音歴4年
色鳥や京はせいぜい五階建     紀子
大空を使ひ切つたる鵙の声     恵美
細長く風吹きゆけり芒原      真徳
松手入鋏の捌き小気味好し     亮成
☆海めざし転がってゆく檸檬かな  良枝
海の青色、レモンの黄色、空の青さもみえてきて、檸檬のいきおいに爽やかさも感じられます。

 

■矢澤真徳 選
東京都文京区在住、50代、知音歴1年
畦を行くちちろの声を踏まぬやう  田鶴
転びても泣かぬ児を褒め草紅葉   洋子
大空を使ひ切つたる鵙の声     恵美
ミルクティーに生姜ぷかりと日曜日  栄子
☆不在なる母の軒先秋の薔薇    康夫
不在なるがゆえにいっそう母が大切に育てた秋の薔薇に母の存在を感じ、
薔薇の美しさが鮮やかに目に入ってくる。

 

■奥田眞二 選
神奈川県藤沢市在住、80代、知音歴8ヶ月
色鳥や京はせいぜい五階建     紀子
目につくは鴉ばかりや秋の暮    雪
夫の歩を待ちたる道の草の花    道子
洗車する親子の会話天高し     道子
☆啄木鳥の音のジャズめきニューヨーク  良枝
お洒落な句ですね。コロナ禍のN.Yにこのような刻が流れると良いですが。

 

■中山亮成 選
東京都渋谷区在住、70代、知音歴8年
曼殊沙華明日香の里は畦かさね   雅子
熟柿剥くこのペティナイフ人刺さず  眞二
夫の夜具そつと見にゆく夜寒かな  道子
茶の花や箒目みだし寺の猫     洋子
☆星月夜夢判断の書の古りて    栄子

ロマンの溢れる一句です。

 

■髙野 新芽 選
東京都世田谷区在住、30代、知音歴2ヶ月
言葉交はすだけで嬉しき秋日和   味千代
秋うらら見沼田んぼのドッグラン  田鶴
啄木鳥の音のジャズめきニューヨーク  良枝
ミルクティーに生姜ぷかりと日曜日  栄子
☆音もなく星も流れて遠花火    依子
シンプルな中に綺麗な情景が目に浮かびました。

 

■巫 依子 選
広島県尾道市在住、40代、知音歴20年
吹き寄せや黄瀬戸の土鍋冬ぬくし  すみ江
畦を行くちちろの声を踏まぬやう  田鶴
細長く風吹きゆけり芒原      真徳
新米の光こぼさぬやうよそふ    良枝
☆星月夜夢判断の書の古りて    栄子
星の明るい夜空を見上げていると、誰しもが日常の次元から乖離しがち。とかく若い頃はその感も強く、日常の次元ではあり得ないようなことが登場する夢を見るにつけても、夢判断に心惹かれ、そうした本に夢中になってみたり。この句の作者も、年を経た今、星月夜を見上げ、もう今となっては古びてしまったそうした書籍を開くこともない自分に、若かりし頃の自分を思い出し、ちょっとした感傷に浸っているのではないでしょうか。それもまた、星月夜ゆえのノスタルジーとも。

 

◆今月のワンポイント

「季語が動く」

季語が動く、という評を受けることが誰にでもあるでしょう。取り合わせの句では起こりがちなことです。では、動かぬ季語を見つけるにはどうしたらよいのでしょうか。捷径があろうはずがありませんが、先人の名句をたくさん読み、いわく言い難い呼吸を体に染みこませることが一番ではないかと思います。

生涯のいま午後何時鰯雲  行方克巳

うつしみは涙の器鳥帰る  西村和子

人生のある感慨を季語に託している点、空を仰いでいる点が共通していますが、この両句の季語を交換することはできるでしょうか。

答えは言わないでおきましょう。大切なのは、人の句を読むときも、自分の句を推敲するときも、その季語が最適かどうか常に考え続けることでしょう。(井出野浩貴)

※連絡
・2021年1月号から西村和子先生が「知音集」の選を担当されます。入選句を中心に必ず投句をしましょう。

・12月の「NHK俳句」に知音の仲間が出演するので是非ご覧ください。
Eテレ
12月20日(日)午前6:35~7:00

12月23日(水)午後3:00~3:25

◆特選句 西村 和子 選

静かなる時間もありて運動会
山田紳介

【講評】喚声と音楽でにぎやかな「運動会」ですが、にぎやかさや活気を詠もうとすると常識的な発想に陥り、うまくいかないものです。この句はふと訪れた「静かな時間」に着目し、そういえばそういうこともあったなあと読み手の記憶を蘇らせてくれます。季語の力によって、おのずと澄んだ秋の空気や秋空の高さなども感じられます。(井出野浩貴)

 

天翔ける羽衣のごと秋の雲
長谷川一枝

【講評】見立てがおもしろい句です。羽衣伝説は世界各地に存在するそうですが、天女は白鳥の化身とされていることが多いようです。冬にやって来る白鳥のさきがけとしての秋の雲といったところでしょうか。雲の白さのみならず、空の青さが見えてきます。(井出野浩貴)

 

グランドを猫が走るや運動会
山田紳介

【講評】「静かなる時間」の句と同様、意外な一場面を切り取り成功しました。猫はただグランドを横切っただけで、トラックを走っているわけではないでしょうが、どことなくおかしみがあります。(井出野浩貴)

 

背中みな遠くなりゆく花野かな
小山良枝

【講評】だれの背中でしょうか。吟行をともにしている仲間の背中でしょうか。それとも、これまでかかわりがあり、すでに鬼籍に入った人たちの背中でしょうか。筆者にはどうも後者のように感じられます。美しい「花野」は、遠からず冬を迎え「枯野」となっていきます。作者は去りゆく影に目を凝らしているのかもしれません。(井出野浩貴)

 

毬栗や走り出したら止まらぬ子
鏡味味千代

【講評】元気よく親よりも先を走り、呼んでも走りやめない子と、地べたに落ちている毬栗とが、気持ちよい秋の空気を伝えてくれます。動いているものと静止しているものとの対照が効いています。(井出野浩貴)

 

覚えなき痣のひとつも台風禍
森山栄子

【講評】台風という、人智によっては制御できない自然の猛威に身をすくめ、家に籠もっていると、いつのまにか痣ができていたことに気づいた。理屈上はこの痣と台風とは関係がないのかもしれませんが、微妙な心理が伝わってきます。台風に苦しめられる九州の人ならではの句です。無事に台風の季節が終わることを祈ります。(井出野浩貴)

 

銀座にも名のなき通り小鳥くる
小山良枝

【講評】「銀座にも名のなき通り」があるというちょっとした発見が、「小鳥くる」によって詩にふくらみました。日比谷公園なども近くですから「小鳥」(アトリやジョウビタキなどの渡り鳥)を見かけることもあるのかもしれませんが、実際にどうかということよりも、「小鳥」が来るころの季節の空気を感じます。季語が抜群に効いています。(井出野浩貴)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

( )内は原句
新涼やポテトサラダに酢を足して
飯田 静

話また途切れて秋の扇かな
奥田眞二

倦むでなく慣れ合ふでなく秋の潮
鏡味味千代

潮騒の透き通りたる秋の昼
辻 敦丸

敬老の日や父在さば盤寿なり
島野紀子
(父在さば盤寿なりけり敬老の日)

江の島の路地のら猫とねこじやらし
奥田眞二
(江の島の蜑路地猫とねこじやらし)
「蜑路地」は「蜑の路地」と言うべきでしょう。ただし、観光地としてにぎわう江ノ島ですからただの「路地」が適切でしょう。

茫茫のハーブ刈る手に赤とんぼ
小野雅子

墓碑の名を継ぐ手立て無く秋彼岸
箱守田鶴
(墓石の名継ぐ手立て無く秋彼岸)

積読のまたも増えたる残暑かな
松井洋子

白き鳩一羽交じりて園の秋
鏡味味千代

(白き鳩一羽交じりて秋の園)

西空に弓張り月の影淡き
中山亮成

(西の空弓張り月の影淡き)

もとほれば音色の変はり虫の原
小野雅子

(もとほれば曲想変はり虫の原)
「曲想」はやや擬人化が過ぎました。

新涼や朝餉の菜のひとつ増え
松井洋子

朝食の紅茶熱々秋深し
田中優美子

そぞろ寒早起きの顔洗ひをり
三好康夫

枕辺の本の増えゆく夜長かな
中村道子

(枕辺に本の増えゆく夜長かな)
「の」でも「に」でも通じるときは、たいてい「の」の方がよいようです。「に」は場所の説明になってしまうからです。

金の風銀の風吹く芒かな
矢澤真徳

ゆく夏や有給休暇余りたる
長坂宏実

(ゆく夏や余りたる有給休暇)
五七五のリズムを基本にしましょう。

エプロンを染めて頬張る黒葡萄
飯田 静

だんまりを決めてひたすら栗を剥く
森山栄子

蜜豆が一番人気山のカフェ
深澤範子

(蜜豆の一番人気山のカフェ)

心臓の形に湧きて秋の雲
田中優美子

寄り道をせずに帰らむ草の花
飯田 静

土器をもろ手に受けて菊の酒
小野雅子

置いてきぼりくらつたやうな秋夕焼
田中優美子

曼珠沙華老いの坂にも交差点
黒木康仁

水澄みて水の深さを失へり
緒方恵美

自販機のコーンポタージュ夏の果
長坂宏実

(自販機のコンポタージュや夏の果)

くすぐりて百日紅を悶えさす
小野雅子

鬼城忌の窓をも揺らす豪雨かな
鏡味味千代

夕さりて句集閉づればかなかなかな
小野雅子

数珠玉や子らはゲームに夢中なる
松井洋子

(数珠玉や子らはゲームの話して)
「話して」では冷静な感じですね。

勉強が好きになりさう涼新た
田中優美子

千円の理髪に足りて涼新た
山内 雪

(千円のカットに足りて涼新た)

控へ目な香り気高き茗荷の子
藤江すみ江

(控へ目な気高き香り茗荷の子)
原句は、「香り」を修飾する語句がやや長すぎるようです。

群がりてゐてひそやかに吾亦紅
緒方恵美

秋時雨アルハンブラのなつかしき
千明朋代

群青に眠れる町や月今宵
松井洋子

秋の日やどの舟も人待つやうに
小山良枝

数珠玉や宅地となりし水源池
松井洋子

どうしても好きになれずよ秋海棠
田中優美子

(どうしても好きになれずに秋海棠)

天来の叫び声もて鵙来たる
三好康夫

(天来の叫び声もて初鵙来)

途中から調子変はりし虫の声
中村道子

(途中からリズムの変はる虫の声)

むらさきの東京タワー九月尽
矢澤真徳

満開の紅をこぼして萩の風
飯田 静

海近き闇が音たて野分かな
奥田眞二

(海近き闇が音する野分かな)
「音がする」は口語的です。「かな」止めのときは文語がいいでしょう。

てのひらの梨よき名前よき重み
森山栄子

露けしや腹まで濡れて犬帰る
松井洋子

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選
灯を消してちちろと同じ闇にゐる  恵美
静かなる時間もありて運動会    紳介
新涼や朝餉の菜のひとつ増え    洋子
むらさきの東京タワー九月尽    真徳
☆魂送熾火はすでに闇の色     栄子
夜の闇の静けさの中に、先祖の霊を無事に送り終えた後の余韻が漂っているようです。。

 

■山内雪 選
無知といふ悔しさ今も流れ星    優美子
銀座にも名のなき通り小鳥くる   良枝
蝿が来て指を舐めだす親の家    康仁
どこまでも一直線の夏野かな    範子
☆亡骸のまぶた下ろしてより白夜  優美子
白夜とはあの世のことかもと思った。そんな感動のある句だった。

 

■飯田静 選
子供には子供の秘密鳳仙花     良枝
心臓の形に湧きて秋の雲      優美子
滴りや山より出づる命水      範子
群青に眠れる町や月今宵      洋子
☆水澄みて水の深さを失へり    恵美
透明なことばかりに意識がいってしまいますが、ふとその深さに意識を映した作者の発見を感じました。

 

■鏡味味千代 選
話また途切れて秋の扇かな     眞二
一滴の一書に滲む夜の秋      栄子
てのひらの梨よき名前よき重み   栄子
秋夕焼渋谷の街に混ざり合ふ    洋
☆亡骸のまぶた下ろしてより白夜  優美子
白夜がきいていると思いました。こういう白夜の使い方もあるのだな、と。
とても個人的な句で、逆に選んでしまって良いのかと迷うほど。遺された方、逡巡したあげくの、心の穏やかさを感じました。

 

■千明朋代 選
もとほれば音色の変はり虫の原   雅子
山の端に落ちる夕日や葉月潮    亮成
一滴の一書に滲む夜の秋      栄子
知らぬ間にスキップするや運動会  紳介
☆鳥威湖国の空に跳ね返る     雅子
鳥威の音が響いている様子が、目の前に浮かびました。

 

■辻 敦丸 選
倦むでなく慣れ合ふでなく秋の潮  味千代
灯を消してちちろと同じ闇にゐる  恵美
静かなる時間もありて運動会    紳介
覚えなき痣のひとつも台風禍    栄子
☆だんまりを決めてひたすら栗を剥く  栄子
今夜は栗ご飯と言われ唯々栗を剝いた覚えがある。

 

■三好康夫 選
背中みな遠くなりゆく花野かな   良枝
朝獲れの若狭秋鯖昼の酒      眞二
踏切の音高らかに秋の昼      道子
群がりてゐてひそやかに吾亦紅   恵美
☆坂道の歩みゆつくり萩の花    静
坂道がいいわけでもよい。萩の花に甘えてゆっくり歩こう。

 

■森山栄子 選
新涼や朝餉の菜のひとつ増え    洋子
柳散る街の季節の移るべく     田鶴
水澄みて水の深さを失へり     恵美
鳥威湖国の空に跳ね返る      雅子
☆王座なき王座の間なり星月夜   すみ江
ヨーロッパの王宮の栄枯盛衰を思い浮かべました。広間の闇にはさまざまな時代の煌めくような出来事が込められている。そんな想像が膨らみます。

 

■小野雅子 選
子供には子供の秘密鳳仙花     良枝
墓洗ふ父の戦歴読みながら     道子
群青に眠れる町や月今宵      洋子
秋の日やどの舟も人待つやうに   良枝
☆曼殊沙華老いの坂にも交差点   康仁
曼殊沙華は死人花ともいいイマージがよくなかったが、広辞苑によると梵語では天井に咲く花の名という。曼殊沙華と老いの坂との取り合わせが深い含みとなって感じられる。

 

■長谷川一枝 選
月代や空に汀のある如し      栄子
覚えなき痣のひとつも台風禍    栄子
魂送熾火はすでに闇の色      栄子
水澄みて水の深さを失へり     恵美
☆話また途切れて秋の扇かな    眞二
久し振りに集まったクラス会、仲の良かった方とは遠い席。
お隣さんとは話題が続かず間が持てなく、つい扇子に手がいってしまいがち・・・。

 

■藤江 すみ江 選
茫茫のハーブ刈る手に赤とんぼ   雅子
灯を消してちちろと同じ闇にゐる  恵美
群青に眠れる町や月今宵      洋子
利尻嶺を雲の目隠し夕とんぼ    雪
☆毬栗や走り出したら止まらぬ子  味千代
快活な子供の映像と 季語の毬栗が良く調和した句と思います。

 

■箱守田鶴 選
灯を消してちちろと同じ闇にゐる  恵美
仰臥漫録未だ戻らず獺祭忌     一枝
毬栗や走り出したら止まらぬ子   味千代
やはらかに野菜干し上ぐ秋日かな  洋子
☆勉強が好きになりさう涼新た   優美子
やっと涼しくなるとさあやろうという気分になる学生時代は勉強を、である、今だって何かしそびれていたことを、そう思いながら齢をとってしまった、思うところを簡潔に表現されている。

 

■深澤範子 選
勉強が好きになりそう涼新た    優美子
無知といふ悔しさ今も流れ星    優美子
どうしても好きになれずよ秋海棠  優美子
水澄みて水の深さを失へり     恵美
☆栗を剥く年に一度と唱へつつ   味千代
栗ご飯の準備でしょうか?本当に栗を剥くのは大変!
私も先日、大変な思いをしたばかりで、実感がこもっていたので頂きました。

 

■中村道子 選
灯を消してちちろと同じ闇にゐる  恵美
天翔ける羽衣のごと秋の雲     一枝
海光の照らす網元今朝の秋     栄子
曼珠沙華老いの坂にも交差点    康仁
☆子供には子供の秘密鳳仙花    良枝
子供の頃鳳仙花の種を取って面白がって遊んだ。
鳳仙花には子供の秘密が隠れているような気がしてきた。

 

■島野紀子 選
秋夕焼渋谷の街に混ざり合ふ    洋
「倶会一処」古ぶ墓石や草の花   眞二
無知といふ悔しさ今も流れ星    優美子
水澄みて水の深さを失へり     恵美
☆マチネーの跳ねて秋暑の街騒へ  洋子
堪能した夢の世界から現実に戻る戻される暑さ。
束の間だったけど夢の時を過ごせた感慨が伝わります。

 

■山田紳介 選
茸飯そこはかとなく土の色     良枝
白萩の揺るるを上がり框より    田鶴
心臓の形に湧きて秋の雲      優美子
出口なき恋よ台風圏のごと     優美子
☆その房の顔ほどもありマスカット  静
「顔ほども」が生々しく独創的な比喩。
この句を読んで以来、マスカットを食べるたびに人の顔を思い出してしまう。

 

■松井洋子 選
月代や空に汀のある如し      栄子
ひとつ家にふたつの厨夕月夜    恵美
鳥威湖国の空に跳ね返る      雅子
背中みな遠くなりゆく花野かな   良枝
☆銀座にも名のなき通り小鳥くる  良枝
コロナ禍で人通りが減ったからだろうか、銀座にも無名の通りがあったことにふと気付いた。その詠み手の心情を季語がよく語っている。

 

■緒方恵美 選
敗荷や有髪の僧の南無阿弥陀    眞二
飲み余すワインに募りゆく秋思   眞二
海近き闇が音する野分かな     眞二
鳥威湖国の空に跳ね返る      雅子
☆月代や空に汀のある如し     栄子
中七から下五に到る大胆な比喩が見事。壮大な一句。

 

■田中優美子 選
樹木葬それもありねと敬老日    田鶴
うるうると月昇り来て固まりぬ   田鶴
秋の日やどの舟も人待つやうに   良枝
覚えなき痣のひとつも台風禍    栄子
☆一滴の一書に滲む夜の秋     栄子
思わず零れた涙が頁に滲む。センチメンタルな様子と、夏の終わりをしみじみ感じる「夜の秋」が調和していると思いました。

 

■長坂宏実 選
秋を待つ稲は直立不動なり     康仁
だんまりを決めてひたすら栗を剥く  栄子
樹木葬それもありねと敬老日    田鶴
金の風銀の風吹く芒かな      真徳
☆子は来たり子は帰りたり秋彼岸  朋代
お彼岸に祖母の家に遊びに行った日々を思い出しました。
たった1日でしたが楽しみに待っていてくれていたなあと、懐かしく感じました。

 

■チボーしづ香 選
話また途切れて秋の扇かな     眞二
孫の茶の客となるなり敬老日    眞二
旅疲れ色なき風の五番街      敦丸
鳴く虫も刺す虫もみな百花園    田鶴
☆夏の夜の座敷わらしのひたひたと  範子
夏には欠かせぬお化け話とても雰囲気が出ています。

 

■黒木康仁 選
だんまりを決めてひたすら栗を剥く  栄子
うるうると月昇り来て固まりぬ   田鶴
水澄みて水の深さを失へり     恵美
滴りや山より出づる命水      範子
☆毬栗や走りだしたら止まらぬ子  味千代
毬栗に元気な幼子を重ねて見ているような、ほのぼのとした秋の昼下がりの気分ですね。

 

■矢澤真徳 選
茸飯そこはかとなく土の色     良枝
爽やかや机は空の明るさに     良枝
ひと夜さの主役の変はり法師蝉   静
群がりてゐてひそやかに吾亦紅   恵美
☆倦むでなく慣れ合ふでなく秋の潮  味千代
夏の後、冬の前の海が目の前に広がるように感じた。

 

■奥田眞二 選
くらげくらげ海月だらけの水族館  範子
邪を嘲笑ふごと石榴裂け      雅子
父と児の動画の電話小鳥来る    静
うるうると月昇り来て固まりぬ   田鶴
☆置いてきぼりくらつたやうな秋夕焼  優美子
どうして秋の空の暗くなるのは早いのだろう、夕焼けがまだ光って居たいのに、取り残された夕焼け、置いてきぼりとは上手な表現で感心しました。

 

■中山亮成 選
灯を消してちちろと同じ闇にゐる  恵美
小鳥来て仏具みがきの案内も来   雪
「倶会一処」古ぶ墓石や草の花   眞二
数珠玉や子らはゲームに夢中なる  洋子
☆やはらかに野菜干し上ぐ秋日かな  洋子

穏やかな秋の日に野菜を干しているところが、やはらかにという表現に上手く言いえてると思いました。

 

■髙野 洋 選
子供には子供の秘密鳳仙花     良枝
グランドを猫が走るや運動会    紳介
自販機のコーンポタージュ夏の果  宏実
木陰にも綻び見つけ秋に入る    味千代
☆水澄みて水の深さを失へり    恵美
「深さを失う」という言葉で水の透明さ、美しさの情景を表すことが面白いと感じました。

 

◆今月のワンポイント

「常識のラインから一歩ずれる」

特選句「静かなる時間もありて運動会」は、運動会はにぎやかなものという常識から少しずれたことで佳句となりました。逆に、架空の句ですが「暮るるまで元気いっぱい運動会」のような常識まみれの句に対しては、「だから何なんですか」という感想しか湧かないことでしょう。ということは、自分の句に対しても「だから何なんですか」と批判的な目で読み返すように心がければ、自選力が高まりますし、知らず知らず作句力も高まるのではないでしょうか。
(井出野浩貴)

◆特選句 西村 和子 選

( )内は原句

生き急げ生き急げとて法師蟬
田中優美子

【講評】八月下旬から九月にかけてやかましく鳴きつのる法師蟬に、夏が終わったことを実感する人は多いでしょう。秋は滅びへと向かう季節であり、蟬の成虫としての命の短さもあり、おもしろい鳴き声であるがゆえに、かえってあわれをそそられます。「生き急げ」と訴えてくるように聞こえるのは、作者自身の心の反映でもあるでしょう。<繰事のつくつく法師殺しに出る>と詠んだのは三橋鷹女。俳句は、季語におのれを反射させる装置のようです。(井出野浩貴)

 

落蟬の羽ばたき土をうつばかり
三好康夫

(落ち蟬の羽ばたき土をうつばかり)
【講評】死にゆく秋の蟬を観察して過不足のない言葉で描写しています。「羽ばたき土をうつばかり」のリズムがよいために、読み終わったあとも、落蟬の翅が土を打つ音がくりかえし聞こえてくるように感じられます。「羽搏き」ではなく「羽ばたき」、「打つ」ではなく「うつ」と平仮名を適切に配したことも効果的です。(井出野浩貴)

 

人体は水より成れる夏の森
山田紳介

【講評】汗をかいては水を飲み、また汗をかいては水を飲む暑い夏でした。「人体は水より成れる」に実感がこもっています。下五は一見したところ上五中七と無関係なようですが、雨が降るたびに水は大地に吸収さえ、「夏の森」では絶えず草木が水を吸い上げています。「夏の森」もまた、ひとつの生命体であるかのようです。アニミズム的な感覚が魅力の一句です。(井出野浩貴)

 

一軒のために橋あり盆の月
緒方恵美

【講評】ふたとおり考えられます。ひとつは対岸に一軒だけある家のために、橋がかかっている場合。もうひとつは、小川に沿って家並みが続き、各戸へ渡るための小さな橋がかかっている場合です。読者はそのどちらを思い描いてもいいのですが、「盆の月」という季語から、前者を思い浮かべる人が多いかもしれません。村はずれにぽつりと立った一軒の家が盆の月に照らされている光景が浮かびあがります。季語が効いています。(井出野浩貴)

 

火襷の瓶に一輪涼新た
緒方恵美
【講評】火襷の入った素朴な備前焼の花瓶に、秋の花が一輪差されています。静かで押しつけがましくない美しさが、初秋の涼しさと通いあいます。「びん」「いちりん」の音もすがすがしく、内容と調べが調和しています。(井出野浩貴)

 

秋めくや藪蘭揺らす日の影も
小野雅子
【講評】秋の日が藪蘭を揺らしているように感じられた一瞬です。光に満ちていても、どこかに衰えの兆しがあり、影もこれまでとはどこか違って弱々しい。いよいよ秋らしくなってきたなあと実感したのです。あるときふと感じられた季節の移ろいを、さりげなく表現しました。(井出野浩貴)

 

水打つて今日の診療始まりぬ
深澤範子
【講評】打水というと、家や店の前に水を打つ姿がまず思い浮かびますが、この句は病院の前への打水ですから類例がなさそうです。大病院ではなく、自宅に隣接して開業している医院であることや、おそらく何代か続いているか、一代目にしても開業して久しい医院であろうということ、街の人に親しまれている医院であろうことが想像できます。このように、場所や人のたたずまいが浮かんでる句には魅力があります。(井出野浩貴)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

( )内は原句
草むらの虫の音ちから増えし朝
小野雅子
(草むらの虫の音ちから増す朝)
「増す」だとどんどん力強くなっていくような印象をあたえそうです。

無条件といふも条件終戦日
箱守田鶴

何度でも告げたき言葉夏の星
田中優美子

トロンボーン半音なめらか夏の森
山田紳介

予備校の避難訓練秋暑し
島野紀子

和紙に透く明かり八月十五日
緒方恵美

新しき墓石は一字雨蛙
森山栄子

花街の簾を叩く大夕立
飯田静

今朝の秋小豆をさつと茹でこぼし
小山良枝

夕焼や居間の窓より海が見え
山内雪

青田にも広報放送響きけり
黒木康仁
(青田にも市の広報の響きけり)
「広報」だけではまず「広報紙」を思い浮かべてしまうでしょう。

明け方の屋根叩く雨梅雨明ける
中村道子

冷えきらぬままの麦茶を飲み干せり
長坂宏実

流灯の手放してより美しく
小山良枝

夜の秋電話の声の少し嗄れ
田中優美子

(夜の秋電話の声の少し枯れ)

閉園の日まで夜毎の花火かな
飯田静

オーブンの窓覗きゐる颱風圏
小山良枝

夕菅や裏の家より子らの声
森山栄子

大き目のブローチ選び夏至夕べ
深澤範子

冷麦にみどりうすべにニタ三筋
藤江 すみ江

(冷麦にみどりうすべにニ糸三糸)
「二糸三糸」は無理があるようです。

耳裏に風が歌ふよ夏帽子
矢澤真徳

(耳裏で風が歌ふよ夏帽子)
音読してどちらが心地よいか試してみましょう。

呟きてつくつく法師去りにけり
奥田眞二

束ねても寂しかりけり盆花は
小野雅子

法師蟬浮世つまらんつまらんと
田中優美子
(法師蟬浮世はつまらんつまらんと)
原句は字余りでした。

布袋草分けて通るや利根の風
長谷川一枝

梨剥くや今日は外出せぬと決め
長坂宏実

(梨剥くや今日は外には出ぬと決め)
「外には出ぬ」では庭にも出ないように思えます。

駅を出てすぐに参道蟬時雨
森山栄子

死人花畦を行進するごとく
箱守田鶴

円窓の影も歪みぬ大西日
鏡味味千代

信号待ちの間も扇子忙しなし
藤江すみ江

(信号待ちせし間も扇子忙しなし)
「せし」は過去ですが、現在形がよいでしょう。

小鋏の鈴を鳴らして今朝の秋
緒方恵美

遠雷や止まらぬジェットコースター
長坂宏実

霧の朝なれば珈琲濃く熱く
小山良枝

腹切りやぐらかなかなの輪唱す
奥田眞二
(腹切りのやぐらかなかな輪唱す)
「腹切りやぐら」という言葉を崩さないようにしましょう。

白猫の不意に浮かびぬ夜の秋
松井洋子

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■森山栄子 選
雑草にひらく鳴声きりぎりす    康夫
木漏れ日を暗号として夏木立    康夫
診療所前を住処に雨蛙       範子
夜の秋電話の声の少し嗄れ     由美子
☆揚げられて嫌はれてゐる海月かな  洋子

最近では水族館でも人気の海月だが、揚げられてだらしなく広がっている様は、漁師や釣り人を更に落胆させるのだろう。揚げられて嫌はれてという繰り返しが効いていて、リズム良く読みくだすことができる。


■小山良枝 選

盆用意せつかちな父はや夢に    雅子
爽やかや林檎酒の泡たちのぼり   雅子
聞き上手頷き上手吾亦紅      田鶴
和紙に透く明かり八月十五日    恵美
☆小鋏の鈴を鳴らして今朝の秋   恵美

小鋏を使う音と鈴のかすかな音の重なりが心地よく、秋を呼び寄せたかのようです。作者の丁寧な暮らしぶりも伝わってきました。


■山内雪 選

青柿や抱つこ嫌がる歳となり    味千代
長き夜やまだ小説の中に居て    味千代
叩かれて西瓜は音を買はれけり   恵美
不機嫌の欠片残さず髪洗ふ     洋子
☆みつ豆や都会に出る気まるで無く  栄子

みつ豆の時代感がとてもよく出ていると思う。


■飯田静 選

流灯の手放してより美しく     良枝
空揺らし玉蜀黍をもぎにけり    良枝
布袋草分けて通るや利根の風    一枝
円窓の影も歪みぬ大西日      味千代
☆小鋏の鈴を鳴らして今朝の秋   恵美

愛用の鋏で育てた花を切って生けるのが日課なのでしょうか。


■鏡味味千代 選

和紙に透く明かり八月十五日    恵美
一軒のために橋あり盆の月     恵美
梨剥くや今日は外出せぬと決め   宏実
空揺らし玉蜀黍をもぎにけり    良枝
☆流灯の手放してより美しく    良枝

あの世の人のために灯を流すのだと聞く。手放してから美しくなるのであれば、それはきっと手放したことで灯が既にあの世のものになってしまったのだ。
故人との思い出もずっと美しい。


■千明朋代 選

固唾呑み引揚げ話聴く猛暑     一枝
米寿てふ未知の余生や星月夜    眞二
冷麦にみどりうすべにふた三筋   すみ江
父母のまなざし背ナに盆用意    雅子
☆全開の窓一幅の蝉時雨      栄子
蝉時雨という音を、一幅の絵に見立てたことにこういう見方もあるのかと思いました。


■辻 敦丸 選

土用波崩るるまでをせり上がり   真徳
落蝉の羽ばたき土をうつばかり   康夫
聞き上手頷き上手吾亦紅      田鶴
叩かれて西瓜は音を買はれけり   恵美
☆小鋏の鈴を鳴らして今朝の秋   恵美

やんちゃ坊主のシャツの綻びや釦をつけているお袋を思い出す。


■三好康夫 選

峰雲や久しく街に出てをらず    良枝
呟きてつくつく法師去りにけり   眞二
火襷の瓶に一輪涼新た       恵美
何処へとも言はず出かけぬ洗ひ髪  洋子
☆辛きこと語らぬ妣や終戦日    朋代

季語「終戦日」の重さが哀しい。

 

■小野雅子 選
門火焚く素焼の皿に跡重ね     栄子
ページ繰る音かすかなりそれも秋  敦丸
長き夜やまだ小説の中に居て    味千代
思ひ出の中の百日紅とは違ふ    伸介
☆一軒のために橋あり盆の月    恵美

滋賀の北には名水が多く、醒ヶ井の地蔵川は、まさにこの風景。「盆の月」に、何代も受け継いできた、川とともにある暮らしが見えてきます。


■長谷川一枝 選

久々の家族団らん西瓜切る     しづ香
なほ奥に黒子の如き夏木立     康夫
地蔵堂ねきの闇より秋の蝶     眞二
風を描くための登高画板負ふ    紀子
☆門火焚く素焼の皿に跡重ね    栄子

毎年大事な方をお迎えする門火、下五の「跡かさね」の描写に心打たれました。


■藤江 すみ江 選

一軒のために橋あり盆の月     恵美
降りそめし雨にくず咲く切通    眞二
炎天や宅配の荷も熱帯びて     味千代
祈る夏「被爆ピアノ」の音色かな  道子
☆流灯の手放してより美しく    良枝

思い出の流灯と重なり 同感し 上手に詠まれていると思いました。

 

■箱守田鶴 選
土用波崩るるまでをせり上がり   真徳
叩かれて西瓜は音を買はれけり   恵美
水戸に行く土用鰻を食べに行く   範子
思ひ出の中の百日紅とは違ふ    伸介
☆遠雷や止まらぬジェットコースター  宏実
最近のジェットコースターは非常に高い処から落下するので、ここで遠い雷を
同じ高さで感じる、そのスリルをたのしもう。


■深澤範子 選
何度でも告げたき言葉夏の星    由美子
ページ繰る音かすかなりそれも秋  敦丸
叩かれて西瓜は音を買はれけり   恵美
山形のだしをかけたる冷奴     朋代
☆さつちやんのお鼻はここよ天花粉  田鶴
さっちやんの可愛らしさが目に浮かびます。そして、お孫ちゃんでしょうか?さっちゃんが、みんなに愛されている様子も伝わってきます。

 

■中村道子 選
さつちゃんのお鼻はここよ天花粉  田鶴
閉園の日まで夜毎の花火かな    静
木漏れ日を暗号として夏木立    康夫
海原へ壜送りだす星月夜      良枝
☆叩かれて西瓜は音を買はれけり  恵美
「音を買はれ」に、確かに…と合点。今はカットした西瓜を買っていますが、一個の西瓜を買うときはいつも叩いて音を確かめていました。

 

■島野紀子 選
門火焚く素焼の皿に跡重ね     栄子
青田にも広報放送響きけり     康仁
人体は水より成れる夏の森     伸介
何処へとも言はず出かけぬ洗ひ髪  洋子
☆書を曝し親に話せぬ暮し向き   雪
思春期の母として複雑な思いで採った句ではあるが、何か好きなもの、何か惹かれてやまぬものがあるのは最上の幸せだとも再認識した一句。


■山田紳介 選
星ひとつ溢すや真夜の天の川    眞二
無花果の掌に雛ほどの重さかな   良枝
空揺らし玉蜀黍をもぎにけり    良枝
失くしたくなきものばかり夏の暮  由美子
☆和紙に透く明かり八月十五日   恵美
8月15日はどうしても炎天下を想像しがちだが、どの家にもこんな夜が来たに違いない。

 

■松井洋子 選
一族の要ゆるがず生身魂,      雅子
羽搏きの無音を曳きて黒揚羽    真徳
布袋草分けて通るや利根の風    一枝
一軒のために橋あり盆の月     恵美
☆叩かれて西瓜は音を買はれけり  恵美
西瓜は少々の大きさの違いや見目よりも、完熟の澄んだ音のものが好まれる。その価値ある音を買われているという俳味のある句。

 

■緒方恵美 選
一族の要ゆるがず生身魂      雅子
夕闇の迫る道のべおけら鳴く    敦丸
不機嫌の欠片残さず髪洗ふ     洋子
降りそめし雨にく葛咲く切通    眞二
☆流灯の手放してより美しく    良枝

水面を流れる灯籠は、本来の幽玄さに加え哀れに美しい。簡潔な表現の中に情感の漂う一句。

 

■田中優美子 選
叩かれて西瓜は音を買はれけり   恵美
一軒のために橋あり盆の月     恵美
聞き上手頷き上手吾亦紅      田鶴
空揺らし玉蜀黍をもぎにけり    良枝
☆オーブンの窓覗きゐる颱風圏   良枝
せっかくの休日なのに台風。今日はお菓子でも焼こうかしら、と声が聞こえてきそうです。風吹き荒れる実際の窓の外の風景と温かいオーブンの窓の中の対比が印象的です。年々被害が激しくなる台風ですが、この句にはどこかほっとする雰囲気があって救われる気がします。

 

■長坂宏実 選
青空へ玉蜀黍の刺さりさう     雅子
死人花畦を行進するごとく     田鶴
海原へ壜送りだす星月夜      良枝
水打つて今日の診療始まりぬ    範子
☆長き夜やまだ小説の中に居て   味千代
秋の涼しい夜、夢中になって小説を読んでいる姿が浮かび、共感を覚えました。

 

■チボーしづ香 選
閉園の日まで夜毎の花火かな    静
豊かなる最期の髪を洗ひけり    洋子
草取りに追はれてますとメール来る  田鶴
秋風やアラブに風は天の息     紀子
☆霧の朝なれば珈琲濃く熱く    良枝
瞬間を簡潔に読む俳句の表現がしっかりとしている上に情景を浮かび上がらせている。

 

■黒木康仁 選
叩かれて西瓜は音を買はれけり   恵美
夜の秋電話の声の少し嗄れ     由美子
なほ奥に黒子の如き夏木立     康夫
朝焼や路上に猫の欠伸して     一枝
☆辛きこと語らぬ妣や終戦日    朋代
96才の母は健在ですが、全く同じです。

 

■矢澤真徳  選
久々の家族団らん西瓜切る     しづ香
濡れながら秋夕焼の窓磨く     良枝
空揺らし玉蜀黍をもぎにけり    良枝
木漏れ日を暗号として夏木立    康夫
☆火襷の瓶に一輪涼新た      恵美
高温で焼かれた備前の壺の静けさと一輪の花のみずみずしさ。静けさも涼のうちなのだと思う。

 

■奥田眞二  選
新しき墓石は一字雨蛙       栄子
長き夜やまだ小説の中に居て    味千代
炎天のいづこにありや夏の芯    真徳
夏期手当出せる喜び診療所     範子
☆木漏れ日を暗号として夏木立   康夫
陽の欠片が葉のそよぎにチカチカ動きます。SOSでないとよいですが。

 

◆今月のワンポイント

「ひとり吟行のすすめ」

新型コロナウイルス蔓延のため、吟行句会は減りました。それならば、人混みを避け、ひとりで吟行をしてみましょう。電車の混む時間帯を避け、ひとりで野山を歩いていれば安心です。インターネット句会の参加者のみなさんの中には、前から実践している人が多いかもしれませんが。ひとりで吟行していて困るのは、花や鳥や虫の名を教えてくれる人がいないことです。そのかわり、だれにも気兼ねすることなく、気に入った場所に長居をすることができます。最大の問題は、出句の締切時間がないため、集中力を高めにくいことです。これは、「きょうは5句」「きょうは10句」とノルマを決めて自分に鞭打つしかないでしょうね。
(井出野浩貴)