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◆特選句 西村 和子 選

冴返る無人のままの観覧車
緒方恵美
【講評】一見、どこにでもあるような光景を描いた、客観写生のようですが、不思議なパワーを秘めた一句になりました。近未来の黙示録的な世界のようで凄味があります。
「冴返る」時期なので、観覧車に乗る人もないだろう、という形而下的な解釈はこの句にはふさわしくありません。震災、疫禍、気候変動など、末法を感じさせる時代の流れが背景にあり、その象徴としての無人の観覧車なのでしょう。掲句の場合、決して飛躍した解釈ではないはずです。(中田無麓)

 

菜の花の村を通つて無言館
木邑 杏
【講評】無言館とは、長野県上田市にある戦没画学生の絵を集めた、小さな美術館です。日本画、洋画、絵の巧拙を問わない展示ながら、共通しているのは画学生の多くが20代の若さで戦死しているという、冷厳な事実です。コンクリート打ちっぱなしのモダンな建築ですが、絵を見てゆくうちに防空壕に飾られている気がすると、訪れたことがある人から聞いたことがあります。
そこまでの道筋が菜の花の村だったと掲句は語っています。その平和な風景と展示物のリアリティの落差が、一句を成すきっかけになったことでしょう。
この句の素晴らしさは、個人の主観や感情を表立って表さず、菜の花というモノに託しきったところにあります。その態度は潔く、俳句の骨法に適っています。(中田無麓)

 

ラメ入りの靴下届く聖夜かな
深澤範子
【講評】事実を淡々と述べているようでいて、クリスマスに贈られた靴下とは、いささか意味深でもあります。
元来、靴下はサンタさんからの贈り物を受け取る容器です。それを送ったというところに、送り主の洒落っ気が垣間見えてきます。ちゃっかりとおねだりするような、エスプリが利いているのです。そのきらりと光る機知が、ラメに巧みに表現されています。
贈り物を受け取った作者の微苦笑も見えてきませんか?(中田無麓)

 

春の虹くれなゐいつまでも残り
田中優美子
【講評】単に「虹」と言えば夏の季語になりますが、それ以外でも、季節の名を冠して、季題として立項されています。秋の虹、冬の虹と言った具合です。いずれの季節においても、夏とは異なる微妙なニュアンスの違いがありますが、「春の虹」には、夏の虹より淡く、儚く消えるという本意があります。
その「春の虹」に紅だけが、消えずに残っていると一句では語っています。では、このくれなゐの正体は何でしょうか? 筆者は希望と解釈しました。消えゆく虹の色の中で、最後まで残るくれなゐは、春という季節と相まって、好日的で、前向きな気分や勇気を読み手に提供してくれます。(中田無麓)

 

オブラートほどの明るさ春暁
小山良枝
【講評】オブラートとは、今ではすっかり懐かしいものになってしまいました。「オブラートに包む」という慣用句も通じなくなるかもしれません。
それはそれとして、比喩の働きがこの上なく巧みな一句になりました。けっして主張することのない柔らかな光の加減、皮膜のような薄さをオブラートとは、蓋し、言い得て妙です。凡そ美とは遠い存在の化学製品が、格調を持ってイメージされるのも技ありです。
比喩がずばり的を得ていますが、比喩の工夫を生かすも殺すも、比喩の叙法次第です。たとえば、「ごとく」とあからさまに言ってしまえば、興趣は半減します。といって、まるっきり暗喩にしても、表現上の飛躍が伴ってしまいます。直喩と暗喩の中間の微妙な表現での「ほど」という助詞を用いたところに、隠れた工夫があります。文字通りの「ほどのよい」選択だと思います。(中田無麓)

 

火を焚けば風のあつまる二月かな
緒方恵美
【講評】もとより容易に用いられる季題などはありませんが、「二月」は難季題の部類に入るでしょう。陰暦では仲春でも、陽暦では厳しい寒さが続きます。それでも陽光はすでに春色です。一見二律背反のように見えるこの両者を一句の中でどのように昇華させるか、ここに詠み手の力量が問われます。
掲句も、そんな行き合いの季節感が巧みに描き出されています。ポイントは中七。「あつまる」という動詞にあります。風を主語に据えた動詞の述部は数少なく、せいぜい、吹くか舞う、猛るくらいが関の山でしょう。その意味でもあつまるは、新鮮ですし、何よりも、物理現象を超えた人格まで感じることができます。
火にあつまる風は、まだまだ寒風ですが、てんでの向きの風は、ダイナミズムを感じさせます。そしてそれ自体が春の蠢動なのでしょう。(中田無麓)

 

朝のうち雪見障子を少し開け
深澤範子
【講評】雪見障子は障子の傍題として立項されていますが、作例は決して多くはありません。雪がほとんど降らない西国はもちろんのこと、多くの家屋には縁遠い存在であり、せいぜい神社仏閣でお目にかかる程度です。これでは、絵葉書俳句の域を出ることは困難です。
一方、掲句の雪見障子は生活に根差しています。少し開け、という主体的な動作から類推できます。と同時に、障子内で、筆者がなにをしているのか想像を逞しくもできます。
少し開けて外の風景を見るには、おそらく畳に端座している姿勢ではないかと推察されます。文机で書き物か読み物をしているのでしょうか。その間、ときおり目を外に移すと夜のうちに降り積もった雪が朝日に輝いているというのです。平穏で満ち足りた北国の生活のヒトコマが、格調高く切り取られています。(中田無麓)

 

そのひとつ悲鳴のごとく囀れる
梅田実代
【講評】囀りとは元来、繁殖期を迎えた雄鳥の求愛行動の一つです。その音声は、種類によってさまざまで、フルートのような美しい音色から、カケスのような耳障りなものまで、まさに多彩です。このようなアンサンブルの中にあって、悲鳴とは穏やかではありません。
掲句の良いところは、現象を結果として見るだけではなく、原因まで踏み込んでいる洞察にあります。そして読み手は、命をつなぐための懸命の行為に胸を打たれるのです。(中田無麓)

 

雛飾る下段にちよんとテディベア
小野雅子
【講評】誰もが知っているクマのぬいぐるみとお雛様、材料はたったこれだけのいたってシンプルな構造の一句です。しかし、掲句には時間的な経過の中に材料を置くという工夫があります。それによって、読み手には飾り手の動きがありありと見えてきます。
季題は「雛飾る」ですから、現在進行形の行為です。おそらくお母さんと小さな娘さんの共同作業なのでしょう。その作業の締めくくりとして、娘さんが最後に据えたのがテディベア。画龍点睛のように、お気に入りにぬいぐるみを置いて初めて、彼女の雛飾りは完成の域に達します。
時間の流れの中に一句を置くと、彼女のテディベアに対する思いはより、ひしと伝わってきます。すでに完成されたひな壇に置かれているテディベアを詠んでも掲句ほどの熱量は伝わってこないでしょう。(中田無麓)

 

梅の香へキスするやうに近づきて
松井洋子
【講評】特段の説明など必要としない、簡潔極まりない一句ですが、歳時記の数多の例句でも、梅の香を詠んだものは意外にも、取り上げられる例はあまりないようです。あまりにも常識の内にあり、作品が予定調和に行き着いてしまうこともその一因かと思われます。
掲句は、その難しい領域に一歩踏み込んで、古風な「梅の香」に清新なイメージを付加しました。中七のキスが一句のキーワード。ここから、梅への親しさ、愛情が、爽やかに表現されています。
「そう言えば、そうだな」と誰もが納得できる比喩は、簡単なように見えて難しく、熟考を経た結果の産物なのです。(中田無麓)

 

小包の中の小包蕗の薹
緒方恵美
【講評】蕗の薹の到来ものとは嬉しいものですね。梱包を開けるときの心躍りが伝わってくるようです。しかも、開梱してみれば、また小包が入っていると言います。ロシアのマトリョーシカのように。掲句はこの一瞬を鋭く捉えています。
ネット通販などでは、蕗の薹は、新聞紙で簡易包装した上で、ダンボール詰めにして発送することが多いようですが、ご丁寧にも小包につめた小包に慎重に格納して送られてきたと言うのです。
送り手が先様を思う心づくしと、それを素直に受け取る受け手の心の働きが一つになった素敵な瞬間を掲句は捉えて、間然しません。
そんな心の通い合う季節感として、蕗の薹ほど見事に適った季題はありません。(中田無麓)

 

珈琲を待つ間も楽し桃の花
水田和代
【講評】品種にもよりますが、桜と開花が重なりながら、その花期は桜よりかなり長いのが桃の花。散り急ぐことで妙に哲学的な桜と異なり、身近に感じられます。従って、勢いきって花見に出かけるというより、日常の中で、気づけば咲いていた…。そんな立ち位置の似合う花だと言えましょう。
掲句も、そんな日常の一コマのなかでの気づきをケレン味なく、素直に詠んで、季題のある一面の本意が押さえられています。桃の花が庭木なのか、果樹園のそれか、活けてあるのかは定かではありませんが、そこを詮索するのは野暮というものでしょう。(中田無麓)

 

◆入選句 西村 和子 選
( )内は原句

雪催ロシア料理が食べたくなる
(雪催ロシア料理が恋しかり)
深澤範子

子育ての記憶曖昧鳥雲に
鏡味味千代
母親ほどの実感がありませんが、なるほどそうだなあと思いました。「鳥雲に」という季題が実によく効いています。

春兆す夫の口癖ありがてえ
(ありがてえは夫の口癖春兆す)
千明朋代

うすらひや告げたきことを告げぬまま
長谷川一枝

春いちご今抜けし歯を見せくるる
梅田実代

佐保姫の息にふくらむ海の面
(佐保姫の息にふくらむ海面かな)
小山良枝

滅茶苦茶に朝日を乱し恋雀
三好康夫
「恋雀」の必死ぶりが伝わってきます。中七のような若干オーバー目の表現でちょうどいいと思います。あまり俳句には登場しない、滅茶苦茶という口語表現も、掲句の句想に適っています。

冬尽きて湯呑みの影の寸詰まり
辻 敦丸

消えかかり灯る電球寒夜かな
中村道子

山茱萸の花満開と独り言つ
水田和代
連れだって見に行くこともない山茱萸の花の本質が、下五の「独り言つ」という措辞に巧みに表現されています。

薄氷や餓鬼大将と子分たち
牛島あき

野火負ひて走る倒るるまで走る
小野雅子

声を掛けつつ寒肥を撒きにけり
(声掛けをしつつ寒肥撒きにけり)
深澤範子

夢でなく未来の話冬銀河
鏡味味千代

赤き蕾より白き梅開きたる
田中優美子

詫び状の遅くなりたり冴返る
宮内百花

手の中の土筆たちまち黒ずみぬ
小山良枝

産土の風のつめたき針供養
千明朋代

鉛直を身体は感じ大根引
宮内百花

豆撒や終の住処と決めし家
飯田 静

父の忌の蜜柑凍つてをりにけり
山内 雪

もう誰も住んでないのか梅の花
山田紳介

店頭に蠟梅ミシュラン二つ星
(店前に蠟梅ミシュラン二つ星)
島野紀子

春立ちぬ緊急事態続きつつ
(春立ちぬ緊急事態続きをり)
穐吉洋子

鳩は恩感じてをらぬ遅日かな
(鳩は恩感じてをらぬらし遅日)
稲畑とりこ

水底に渦の影揺れ春の川
松井洋子

枝先のつぼみのかたき野梅かな
千明朋代

春の海サルベージ船のゴジラめく
鎌田由布子

甘味処確かこの路地梅ふふむ
飯田 静

残雪を載せ八ヶ岳晴れがまし
(残雪を頂に八ヶ岳晴れがまし)
奥田眞二

すれ違ふ人悉く息白し
深澤範子

言の葉に刃ありけり冴返る
鏡味味千代

大寒の固き日弾く黒瓦
中山亮成

それぞれの燭をともして卒業す
梅田実代
「それぞれの燭」にひとりひとり異なる、行くと決めた道の寓意のように感じられ、卒業の句にふさわしいです。

薪割りに見とれてをりぬ寒鴉
山内 雪

きりぎしに波唸り来る実朝忌
辻 敦丸

まんさくや高嶺に添へる 雲ひとつ
(まんさくや高嶺に添ひし雲ひとつ)
緒方恵美

松明に闇の響動めくお水取
小野雅子

北風や負けじと歩幅大きくす
深澤範子

恋猫のラピスラズリのひとみかな
長谷川一枝

耳の底曇つてをりぬ黄砂降る
宮内百花

梅日和路面電車のよく軋み
松井洋子
伊予鉄の市内線ですね。「軋む」を不快ではなく、春への蠢動と感じたところに、心の弾みが窺えます。

手を繋ぐ先生真ん中梅ふふむ
木邑 杏

受験子を見送る星の残る朝
小山良枝

かたかごの妖精の羽根閃きて
藤江すみ江

梵鐘の余韻地を這ふ余寒かな
緒方恵美

初蝶や信号無視して消えゆけり
穐吉洋子

のんどりとぜんまい奥つ城の斜面
にしむらみづほ

春しぐれ聖母の髪を濡らすほど
牛島あき

雨粒の大きさ違へ春の雨
森山栄子

山手線巡る東京うららけし
中山亮成

草餅や引越の荷を待ちながら
小山良枝

托鉢の脚絆真つ白梅日和
(托鉢の脚絆真白や梅日和)
奥田眞二

白梅の蕾は赤き不思議かな
田中優美子

無言館行バスに三人のどけしや
(無言館へバスに三人のどけしや)
木邑 杏

樹木医の撫でて叩いて春来たる
飯田 静

息白し仔牛の名前エリザベス
(エリザベスてふ名の仔牛息白し)
山内 雪

駅裏に回つてみるや春の昼
山田紳介

犬駆けて沈丁の香を散らしけり
長坂宏実

寝ねがての雨垂れを聴く二月かな
(寝ねがてに雨垂れを聴く二月かな)
森山栄子

春一番軒のジーパン翻り
松井洋子

海賊の島の昔よ遠霞
巫 依子

ドラム缶滾り和布の変身す
木邑 杏

道草の渚に拾ふ桜貝
小山良枝

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選
薄氷の解けしところより漣     雅子
梅日和路面電車のよく軋み     松井洋子
生まれ来るものみな濡れて春の星  実代
小包の中の小包蕗の薹       恵美
☆何しても許されさうな春の昼   紳介
感覚的ではありますが、それほど長閑で気持ち良い春の午後だったのでしょう。類想の無い作品だと思いました。

 

■山内雪 選
雪催ロシア料理が食べたくなる   範子
冴返る無人のままの観覧車     恵美
春光をふはりと纏ひ鉋屑      真徳
駅裏に回つてみるや春の昼     紳介
☆卒業すインテグラルつて何だつけ みづほ
ついついのせられてしまった。一言でいえば共感である。

 

■飯田静 選
子の担ふ一人二役鬼やらひ     栄子
菜の花の村を通って無言館     杏
春光や半熟卵に銀の匙       雅子
海賊の島の昔よ遠霞        依子
☆受験子を見送る星の残る朝    良枝
受験のために早朝でかける子と見送る母、双方の緊張感が伝わってきます。

 

■鏡味味千代 選
春一番急げ最新刊発売       優美子
梵鐘の余韻地を這ふ余寒かな    恵美
切岸の無縁の墓も彼岸かな     眞二
犬駆けて沈丁の香を散らしけり   宏実
☆手を繋ぐ先生真ん中梅ふふむ   杏
年老いた先生を真ん中に、寄り添うように歩いているのか。もしくは保育園で子供が先生と手を繋いでいるのか。いずれにせよ、梅ふふむ で、手を繋いだ人の嬉しい気持ちがわかります。

 

■千明朋代 選
明日のこと大丈夫かも梅の花    優美子
文香を句集に挟み春近し      栄子
透明の花入れに挿す山茱萸黄    和代
グレンミラー聴きし針ども納めしや 田鶴
☆装丁の色合い淡く春めける    静
最近買った本で、とてもさわやかに思いました。そのことを、句にするとこの句なのかと感心しました。

 

■辻 敦丸 選
菜の花の村を通って無言館     杏
甘味処確かこの路地梅ふふむ    静
爪先に春の寒さの残りたる     由布子
梵鐘の余韻地を這ふ余寒かな    恵美
☆小包の中の小包蕗の薹      恵美
伯耆大山から友が送ってくれた朝取りの蕗の薹は、こんな梱包がしてあった。

 

■三好康夫 選
ヒヤシンス淡き光の根を垂らし   真徳
枝先のつぼみのかたき野梅かな   朋代
ぷつつりと便りなき友寒戻る    朋代
老梅の蕾に矜持ありにけり     眞二
☆般若心経唱へ写経や梅真白    一枝
心が洗われました。

 

■森山栄子 選
産土の風のつめたき針供養     朋代
火を焚けば風のあつまる二月かな  恵美
胎内の記憶あらねど春暁      良枝
消毒に手のひら濡らす余寒かな   あき
☆生まれ来るものみな濡れて春の星 実代
なるほど人間も動物も生まれてくるものは濡れている。春の星はた水の地球という感覚とも通じ合うような広がりのある句だと思う。

 

■小野雅子 選
春兆す夫の口癖ありがてえ     朋代
ヒヤシンス淡き光の根を垂らし   真徳
梵鐘の余韻地を這ふ余寒かな    恵美
枝垂梅切り揃へたる前髪に     栄子
☆生まれ来るものみな濡れて春の星 実代
春は生き物の生まれる季節。命のいとおしさ、未来への希望と祈りが詠まれています。
敬虔な気持ちになりました。

 

■長谷川一枝 選
二ン月の光ありけり聖ピエタ    眞二
ひそと水舐む後朝の浮かれ猫    眞二
切岸の無縁の墓も彼岸かな     眞二
樹木医の撫でて叩いて春来たる   静
☆大寒の固き日弾く黒瓦      亮成
大寒の固き日の表現が上手いなあと思い、それに続いての弾く黒瓦も目に浮かんできました。

 

■藤江すみ江 選
春光や半熟卵に銀の匙       雅子
めじろ目白ふらここ楽し蜜甘し   百合子
虚空飛ぶ鷹のようなる祖父なりき  朋代
小包の中の小包蕗の薹       恵美
☆犬駆けて沈丁の香を散らしけり  宏実
沈丁の香りは甘くつよい。犬が走ってそれを散らすという句です。犬の可愛らしさも同時に表現されています。

 

■箱守田鶴 選
細長く海峡の寒明けにけり     依子
産土の風のつめたき針供養     朋代
水底に渦の影揺れ春の川      松井洋子
雛飾る下段にちよんとテディベア  雅子
☆子育ての記憶曖昧鳥雲に     味千代
子育ては振り返ると反省の連続です。親は子どもと一緒に育って親になるのだから当然です。曖昧なのは立派に育てたからです。鳥雲に がよいですね。

 

■深澤範子 選
ひと椀に大粒ふたつ寒蜆      一枝
もう誰も住んでないのか梅の花   紳介
生まれ来るものみな濡れて春の星  実代
枝垂梅切り揃へたる前髪に     栄子
☆小包の中の小包蕗の薹      恵美
春一番の香り、蕗の薹が送られて来た。小包の中にさらに大事に小さい箱にまるで宝石のように包まれて。送った側と送られた側の喜びが伝わってきます。春の香りを楽しみながら、天ぷらにでもして召し上がった
のでしょうか? ありがとうのお礼の電話の様子まで想像されます。

 

■中村道子 選
子育ての記憶曖昧鳥雲に      味千代
樹木医の撫でて叩いて春来たる   静
寂寞と母亡き後の冬座敷      由布子
冴返る無人のままの観覧車     恵美
☆小包の中の小包蕗の薹      恵美
届いた小包の中から、また小包。大事に届けられた蕗の薹の香りが辺りに広がったことでしょう。「小包の中の小包」とたたみかけ、そのリズム感が作者の驚きと喜びを表現していると感じました。

 

■島野紀子 選
しりとりの「は」を欲しがる子春きざす 味千代
薪割りに見とれてをりぬ寒鴉    雪
春一番急げ最新刊発売       優美子
着膨れて他人の絵馬を読んでをり  田鶴
☆受験子を見送る星の残る朝    良枝
前泊せず試験開始一時間前着を目指すと、まだ星が残る早朝に家を出ますね。試験場に着くまでに疲れますね。それも受験の試練です。家事手付かずの一日を過ごされたと思います。私もです。共感の一句でしたので頂きました。

 

■山田紳介 選
そのひとつ悲鳴のごとく囀れる   実代
生まれ来るものみな濡れて春の星  実代
春眠や頰触れゆくは風ならむ    真徳
春の日の窓辺に開く手紙かな    優美子
☆梅の香へキスするやうに近づきて 松井洋子
目を瞑って、腰をかがめて・・。言われてみると、そっくり。

 

■松井洋子 選
ひそと水舐む後朝の浮かれ猫    眞二
たし算の指と相談春炬燵      味千代
梵鐘の余韻地を這ふ余寒かな    恵美
着膨れて他人の絵馬を読んでをり  田鶴
☆生まれ来るものみな濡れて春の星 実代
とても瑞々しい句。生れたての命と「春の星」がよく響きあっている。

 

■緒方恵美 選
魞を挿す舟の孤影に入日かな    亮成
春の雨艶増す黒き大甍       亮成
老梅の蕾に矜持ありにけり     眞二
犬駆けて沈丁の香を散らしけり   宏実
☆春光をふはりと纏ひ鉋屑     真徳
鉋屑という意外なものを主役にしたところが斬新。

 

■田中優美子 選
滅茶苦茶に朝日を乱し恋雀     康夫
樹木医の撫でて叩いて春来たる   静
梅の香へキスするやうに近づきて  松井洋子
小包の中の小包蕗の薹       恵美
☆しりとりの「は」を欲しがる子春きざす 味千代
答えに詰まって「は、は……」と探している子。窓の外を見ればうららかな陽気。ほら、気づいて、「はる」だよと思わず言いたくなります。一句の中に物語があって素敵です。

 

■長坂宏実 選
朝のうち雪見障子を少し開け    範子
胸のボタンひとつはづして春を待つ 一枝
春一番急げ最新刊発売       優美子
珈琲にウヰスキー足す余寒かな   依子
☆小包の中の小包蕗の薹      恵美
大事に包まれて渡された蕗の薹が春を運んでくれたような、明るい気持ちになります。

 

■チボーしづ香 選
冴返る無人のままの観覧車     恵美
女教師ふと薄氷を撫でてをり    栄子
受験子を見送る星の残る朝     良枝
七色の一脚と化し春嵐       敦丸
☆五歳児の腹なほまるく朧かな   百花
夜寝ている子の腹を見てまだ赤子と思い可愛さが増す気持ちが伝わってくる。

 

■黒木康仁 選
寂寞と母亡き後の冬座敷      由布子
雛飾る下段にちよんとテディベア  雅子
春の雨艶増す黒き大甍       亮成
観梅や気づけばかくも高くまで   実代
☆薄氷や餓鬼大将と子分たち    あき
ドラえもんに出てくる昭和の空き地が眼に浮かぶようです。

 

■矢澤真徳 選
うすらひや告げたきことを告げぬまま 一枝
うららかや封筒に貼る花切手    一枝
鉛直を身体は感じ大根引      百花
托鉢の脚絆真つ白梅日和      眞二
☆駅裏に回つてみるや春の昼    紳介
鄙びた田舎の、人影まばらなやや古びた駅舎を想像した。列車を待つ「半端な」時間に、他にすることもなく、用もないのに駅の裏に回ってみた、というところだろうか。秋でも夏でも冬でもない、のどかで平和な春の昼。それを満喫している作者の気分が伝わってくる。

 

■奥田眞二 選
般若心経唱へ写経や梅真白     一枝
ノーサイド冷めた紅茶の沁みる喉  敦丸
黙祷と車掌の号令花の坂      田鶴
着膨れて他人の絵馬を読んでをり  田鶴
☆春兆す夫の口癖ありがてえ    朋代
季語の選択がお上手だと思います。 東京は下町育ち、「ひ」の言えない粋なご主人さま、ほのぼのとした幸せを感じます。

 

■中山亮成 選
高階は帆のかたちして春の海    実可子
形見分けドレスに仕立て寒紅梅   一枝
托鉢の脚絆真つ白梅日和      眞二
春一番軒のジーパン翻り      松井洋子
☆甘味処確かこの路地梅ふふむ   静
やっとらしき所に行けた弾む心がリズムよく季語の梅ふふむで語られております。

 

■髙野 新芽 選
子育ての記憶曖昧鳥雲に      味千代
言の葉に刃ありけり冴返る     味千代
火を焚けば風のあつまる二月かな  恵美
七色の一脚と化し春嵐       敦丸
☆生まれ来るものみな濡れて春の星 実代
生命の神秘と春に生まれる命を感じられました。

 

■巫 依子 選
またひとり釣り糸垂るる日永かな  和代
受験子を見送る星の残る朝     良枝
生まれ来るものみな濡れて春の星  実代
火を焚けば風のあつまる二月かな  恵美
☆小包の中の小包蕗の薹      恵美
早春のある日に届いた小包。開くと、色々なものが入っている・・・その中には、またまた小包。開いてみると、なんと蕗の薹。日常の中のささやかな喜び。嬉しいとかなんにも書かれていないけれど、小包のリフレインと、大切に大切に届けられたその早春の産物から、十分に作者の感動が伝わって来ます。一句添えてお礼状が出せますね。

 

■佐藤清子 選
豆撒や終の住処と決めし家     静
産土の風のつめたき針供養     朋代
梅日和路面電車のよく軋み     松井洋子
うららかや息子は妻を贔屓して   とりこ
☆春光をふはりと纏ひ鉋屑     真徳
春光を浴びた鉋屑の柔らかさや匂いが伝わってきて感銘しました。
子供時代の日常にありふれた光景でしたから更に懐かしさも感じます。

 

■西村みづほ 選
草餅や引越の荷を待ちながら    良枝
春雷やケーキへ蠟のしたたりぬ   良枝
春光をふはりと纏ひ鉋屑      真徳
春光や半熟卵に銀の匙       雅子
☆樹木医の撫でて叩いて春来たる  静
樹木医の植物に対する愛情と、そして、医師としての厳しさが表れている佳句だと思いました。季語がよく効いていると思いました。完了の「たる」がよく句を引き締めていて、医師の人柄に繋がっていると思いました。

 

■水田和代 選
ヒヤシンス淡き光の根を垂らし   真徳
明日のこと大丈夫かも梅の花    優美子
磯に寄す潮より春の立ちにけり   眞二
樹木医の撫でて叩いて春来たる   静
☆小包の中の小包蕗の薹      恵美
丁寧に包まれた蕗の薹をいただいた嬉しさが伝わってきます。

 

■稲畑とりこ 選
父の忌の蜜柑凍つてをりにけり   雪
地下道をころげ余寒の紙袋     あき
草萌や海へ向きたる乳母車     良枝
春の日の窓辺に開く手紙かな    優美子
☆冬尽きて湯呑みの影の寸詰まり  敦丸
湯呑みの台形の影が、どうも寸詰まりに思える。それだけを写生した句だと思うのですが、「フユ尽きて」との取り合わせによって、湯呑みの冷たさと影の長さを感じさせるとともに、長い冬の終わりがいたることころにあることを気づかせてくれます。

 

■稲畑実可子 選
生まれ来るものみな濡れて春の星  実代
樹木医の撫でて叩いて春来たる   静
長子には長子の歩幅大試験     紀子
小包の中の小包蕗の薹       恵美
☆草萌や海へ向きたる乳母車    良枝
草の緑と海の青に、親と子の白のイメージが加わります。爽やかで瑞々しい一句。

 

■梅田実代 選
夏みかん酸っぱしこの世甘酸っぱ  朋代
二ン月の光ありけり聖ピエタ     眞二
まんさくや高嶺に添ひし雲ひとつ  恵美
草餅や引越の荷を待ちながら    良枝
☆言の葉に刃ありけり冴返る    味千代
人の何気ない言葉でも傷つくことはある。自分も知らず知らずのうちに誰かを傷つけているかもしれない。上五中七に共感、そして季語が動かないと思っていただきました。

 

■木邑杏 選
春光をふはりと纏ひ鉋屑      真徳
春一番軒のジーパン翻り      松井洋子
龍笛の音色に曳かれ梅見かな    清子
珈琲を待つ間も楽し桃の花     和代
☆寂寞と母亡き後の冬座敷     由布子
ひっそりとしてもの寂しい冬座敷。母上亡き後の冬座敷はまさに寂寞としているのでしょう。

 

■鎌田由布子 選
冴返る無人のままの観覧車     恵美
ひそと水舐む後朝の浮かれ猫    眞二
息白し仔牛の名前エリザベス    雪
雛飾る下段にちよんとテディベア  雅子
☆春光や半熟卵に銀の匙      雅子
柔かい春の光が朝食のテーブルを包み幸福感に満ちた句と思いました。

 

■牛島あき 選
ひそと水舐む後朝の浮かれ猫    眞二
ドラム缶滾り和布の変身す     杏
火を焚けば風のあつまる二月かな  恵美
小包の中の小包蕗の薹       恵美
☆春光をふはりと纏ひ鉋屑     真徳
くるりと生まれる鉋屑。透き通るようなその薄さ、木の香りを思い出させ、幸せな気分にしてくれた句。

 

■荒木百合子 選
ヒヤシンス淡き光の根を垂らし   真徳
梵鐘の余韻地を這ふ余寒かな    恵美
小包の中の小包蕗の薹       恵美
うららかや息子は妻を贔屓して   とりこ
☆菜の花の村を通って無言館    杏
春という字を絵にしたような菜の花の村を通って行った先は、戦没画学生の遺作を収集展示している無言館。思い余りて言葉足らずにならないところが好きです。私も行きたいと以前から思っているところです。

 

■宮内百花 選
冴返る焦土の痕跡壁一枚      田鶴
松明に闇の響動めくお水取     雅子
浅春のあえかなるもの息はじめ   新芽
長子には長子の歩幅大試験     紀子
☆生まれ来るものみな濡れて春の星 実代
読んだ瞬間に、とても幸せな気持ちになる一句でした。羊水から生まれ出るものは実際に濡れているということもありますが、それ以外の虫や植物にしても、命がこの世に誕生する奇跡の瞬間は、まるで濡れているかのように感じられます。そのことを、春の星というやわらかくしっとりとした季語がさらに詩へと昇華しています。

 

■穐吉洋子 選
湖は大白鳥のものとなり      清子
魞を挿す舟の孤影に入日かな    亮成
山手線巡る東京うららけし     亮成
虚空飛ぶ鷹のようなる祖父なりき  朋代
☆言の葉に刃ありけり冴え返る   味千代
刃の傷は治るが言葉から受けた傷は治らないと言われる程、言葉の刃は怖いですね。言葉を発する時は刃にならない様に気を付けたいものですね。

■鈴木紫峰人 選
ひそと水舐む後朝の浮かれ猫    眞二
きりぎしに波唸り来る実朝忌    敦丸
梅匂ふ恋貫きし人とゐて      紳介
寝ねがての雨垂れを聴く二月かな  栄子
☆うすらひや告げたきことを告げぬまま 一枝
告げたいことがあるのに、言えなかった自分の心の揺らぎ、迷いは、まるであの薄氷のように儚く弱いことだ。うすらひの季語の持つ危うさが句を生かしている。

 

◆今月のワンポイント

「モノに託す」

芭蕉に「言ひおほせて何かある」という有名な言葉があります。去来が其角の句を「言い尽くしている」と絶賛したのに答え、芭蕉が「言い尽くして何になるんだ」と言った言葉です。余情、余韻の美学を表現した言葉です。心の動きや感情を直接的に表現するのではなく、モノに託すことで、余情を生む、これもまた「言ひおほせて何かある」の一環と言えましょう。
今月の特選句には、モノが一句の中でよく働いているものが多く見受けられました。菜の花、ラメ入りの靴下、テディベア、小包等々。いずれも身の回りに転がっているものですが、一句の中で、心の動きを巧みに表現する触媒のような働きをしています。
俳句は畢竟、感情表現ですが、それを直接的に伝えるのは、メッセージに過ぎず、詩ではありません。十七音という制約をいかに豊かな世界にするかは、託すモノにかかっていると言っても過言ではありません。(中田無麓)

◆特選句 西村 和子 選

弟の彼女現る三日かな
鏡味味千代
【講評】正月三が日の元旦はしめやかに過ごし、二日は親しきが集まり打ち興じる(今年は別として)のが、大方の現在の正月のイメージだと思います。では、三日と言えば、そのどちらでもないある種独特の感懐のある一日だと言えましょう。祝祭と日常、即ち、「ハレ」と「ケ」の間、マージナルな一日でもあります。
そんな日に訪れたのが、「弟の彼女」という、何とも微妙な存在。親族と他人の中間に位置する、まさに境界人、マージナルマンだと言えます。三日の登場人物としてふさわしい選択です。
この句は、淡々と事象を述べているように見えて、季題が計算され尽くされています。と言っても、決して技巧や作為は全くありません。とても繊細な季題感覚が、自ずと湧いて出たような気分が滲み出ています。(中田無麓)

 

かばかりを小声で囃し若菜粥
小野雅子
【講評】さまざまな解釈が成立する句です。それは囃すという言葉の多義性にあります。囃すという意味は、文字通りお囃子を奏する、音曲の調子を取ることのほかに、盛んに言い立てるという意味があります。さらに転用して、うまくその気にさせるという意味も生じています。筆者は囃すを最後の「その気にさせる」と受け取りました。
囃すことでよりうまく物事が運ぶという妻の才覚が嫌味なく感じられます。そんな夫婦間の出来事であることや少しずつ前に進むという明るさも一句から見えてきます。慎ましさと希望、二つのニュアンスをくみ取って、若菜粥という季題が大きな存在感を示しています。(中田無麓)

 

初メール沖にいますと返信来
山内 雪
【講評】一読して圧倒的なリアリティに目を覚まされました。漁師さんでしょうか、漁に年末年始なんてないということでしょう。中七が秀逸です。「沖にいます」という簡潔明瞭にして余計な修飾のない言葉は、穏やかな関西の風土で寝正月を決め込んでいた筆者などからは、金輪際出てこない言葉です。やはり事実には想像を超えた力があります。
深読みに過ぎることは承知の上で、筆者が注目したのは、「返信来」という下五の収め方です。「来」から想像するのは、「群来」という言葉です。北の海へ大挙して押し寄せる鰊の群れを彷彿とさせ、「沖」が決して瀬戸内の穏やかな海ではなく、厳しい絶海であることがそれとなく想像できて巧みです。(中田無麓)

 

二条より上(かみ)は雪らし寒の雨
西村みづほ
【講評】上五中七の言葉の流れが潔く、格調高い句姿になりました。一見、推量をこっそりと声にしたような表現の中に、京都を象徴する大景が広がって見えてきます。貴船、鞍馬、桟敷が岳、雲取山と重なる、雪に烟った山並みが見えてきます。蓋し、句柄の大きな叙景句だと言えましょう。
地名の選択も秀逸です。二条通りを渡り、北すればほどなく上京。北山もより一歩近づき、眼前に立ち現れてきます。京都の市街地は平らかなようで、北へゆくほど標高が上がります。そういう肌感覚が身についていれば、「二条より上」とは、諾えるし、共感できる地名の選択です。
蛇足ながら、JR京都駅は標高約28m。金閣寺は同約100mに立地しています。ついでに言えば、二条通は標高約42mです。(中田無麓)

 

凧揚げの鴟尾より高く上がりけり
荒木百合子
【講評】鴟尾(しび)とは、古代の宮殿や仏殿の天辺に据えられた飾り物を指します。後世には鬼瓦や鯱鉾などに取って代わられます。勢い、奈良とその近郊がイメージされることになります。東大寺、唐招提寺、興福寺といった大寺が専ら代表選手と言ったところでしょう。高さを推定する物差しに、この鴟尾を持ってきたところが技ありです。凧の高さも相当なもので、碧空の広がりと奥行きが無限です。
スケール感ばかりではありません。読み手には奈良の風景が即座に立ち上がってきます。どこで凧を揚げているかと想像すれば、筆者は東大寺なら広大な飛火野、唐招提寺なら西の京の田畑を思い浮かべます。このように奈良という土地からは凧の高さに見合った、野の広がりも見えてくるのです。
一見、何のケレン味もない、平明な写生句に見えて、鴟尾という一語がとても饒舌に背景を語ってくれているのです。仮に鴟尾を塔に置き換えてみればどうでしょう? 改めて、一語の持つ力に思いが至るでしょう。(中田無麓)

 

物言ひも水入りも無く正月場所
箱守田鶴
【講評】正月場所の句と言えば、厳かで、清らかで、前向きなニュアンスを持つのが通り相場ですが、この句にはそういった類想イメージがありません。それどころか、観客の誰もが期待する土俵上のドラマである、物言いも水入りもないと言うのです。だが、そこが却って新鮮です。
特筆する取り組みもなく、淡々と過ぎる十五日間は、果たして退屈な時間なのでしょうか? 否、作者はかなり肯定的に捉えていると筆者は考えます。物言いは、行司生命を脅かしかねません。また、物言いも心理的、肉体的な負荷を力士に与えます。そんなリスクもなく、無事場所が終わったことへの安堵、平穏が何より尊いという思いが上五中七に込められているようにも思います。
それは、神事を嚆矢とする相撲の祈りに通じるものかもしれません。疫禍にあって尚更そんな気がします。(中田無麓)

 

女正月故郷はよく笑ふ町
島野紀子
【講評】つくづく俳句は季題に語らせる文芸だということが、この句を鑑賞すれば納得させられます。一句の中に先鋭な主張も、研ぎ澄まされた感覚もあるわけではありません。むしろ、俳句としては敬遠されるむきのある、どちらかと言えば抽象的な一句ですが、それでいて印象鮮やかなのは、女正月という季題の選択が絶妙だからです。古風な季題ですが、小正月の主婦の解放感は今に通じるところがあります。そこに市井の人の日常が息づいていることで、読み手は共感を覚えます。
この季題を活かすための余韻が中七下五と解釈すれば、一句の構成は極めて巧みです。よく笑う町とは、笑芸で著名な某大都市でなくても一向に構いません。どこにでもある庶民的な街角であればよいのです。深い抱擁に包まれているような町であれば。(中田無麓)

 

節穴の銃眼めける日向ぼこ
牛島あき
【講評】日向ぼこは、平穏の象徴というイメージがありますが、歳時記の例句を見れば、老いはともかくとして、意外にも病や死といったシリアスな主題に近い句も多いことに驚かされます。
この句も、平穏に潜む危機を比喩によって巧みに言い留めています。日溜まりへ銃口が狙いを定めていると言いますから、これは穏やかではありません。
おそらくは実景であり、客観写生に徹した表現ではありますが、銃眼という連想ですでに、作者の心情が顕在化されているとみます。文字通り、現代はだれもが知らず知らずのうちに銃口を向けられている…。そんな時代なのかもしれません。(中田無麓)

 

積ん読の天辺に猫煤払ひ
山内 雪
【講評】煤払は、古くは、神棚など神宿る場所から始める習わしだったとも言われます。堆く積まれた書物は、作者にとっては神棚の寓意でもあり、一句からは静穏で文を好む作者の人柄が偲ばれます。
一方で、煤払を面倒だと思う人間臭さも同居しています。乱暴に箒を掛ければ、積ん読の塔はすぐに崩れてしまいかねません。結構厄介なものです。そこに猫がいるおかげで、「職務放棄」の口実ができたわけで、ある意味猫様様です。積ん読の天辺に居る猫は、一時、作者にとっての神様にあたるわけです。
一瞬の心情の機微が、ささやかな諧謔味を伴って、描き出されている好句だと感じ入りました。(中田無麓)

 

園庭に声のちらかる五日かな
梅田実代
【講評】園庭には、文字通り庭や庭園と、保育園や幼稚園の遊び場という二つの意味がありますが、どちらに取っても一句は成立します。筆者は後者と受け取りました。
「五日」とは現代では、かなりの難季題です。延々と正月行事が続いていた昔ならともかく、今ではすでに仕事が始まっているところが大半です。そんなとりとめもない一日を巧みに詠まれました。
一句のポイントは「ちらかる」という動詞にあります。「ちらかる」とは、「物が乱雑に広がる」など、どちらかと言えば負のニュアンスの色濃い言葉です。ところが、この句にはそのようなマイナスイメージが一切ありません。むしろ、戻ってきた活気を好意的に受け止めています。「ちらかる」とかなで表記したこともその現れでしょう。子どもたちの様子を優しく見守る目が穏やかです。(中田無麓)

 

◆入選句 西村 和子 選
( )内は原句

航跡の光乱るる久女の忌
小山良枝
久女の句風と生き方が、十七音のなかに巧みに描かれています。上五中七の大景からは写生に徹して秀麗な句風が窺えます。また「光乱るる」から、決して順風とは言えなかった生涯が垣間見えます。忌日の俳句は、こう詠みたいものです。

門松の大仰にして人をらず
小野雅子

悴みてまた履歴書を破りけり
田中優美子

励まさる母の編みたるセーターに
(母編みしセーター着ては励まされ)
荒木百合子

春風や声出して読む中也の詩
山田紳介
中原中也の詩は、感傷的ながら難解で、しかもネガティブなものが多いので、音読には多少の勇気が要りますよね。でも、中也ファンの背中を押してくれるのが春風だったら、思わず声に出してしまいます。季題の力です。因みに筆者は、「朝の歌」や「早春散歩」かな? と思いました。そういう想像の楽しみもあります。

書き入れて落着く居間の初暦
(予定書き落着く居間の初暦)
中村道子
何か予定がないと落ち着かないとは、いかにも日本人らしい性ではありますね。誰しもが共感できることと思います。本当は自身が落ち着いたのですが、それをカレンダーに仮託したところも巧みです。

湯ざめして何の答も見つからず
(湯ざめして何の答えも見つからず)
矢澤真徳

眉太く描いて華やぐ初鏡
佐藤清子

冷たき手温めて襁褓替へにけり
稲畑実可子

雪ふはり私信ことりと届きけり
小山良枝

捨てかぬるもののひとつに歌がるた
奥田眞二

冬麗の大寺の門広やかに
荒木百合子

大寒や波蹴立て来る警戒船
梅田実代

この町に四半世紀や初御空
飯田 静

冬薔薇いま人生を折り返す
深澤範子

切り岸の龍王神へ初詣
巫 依子

風花や生駒山系雲黒き
(風花や生駒山系黒き雲)
中山亮成

初日射したる本棚の無門関
(初日影射したる棚の無門関)
三好康夫

何処からかスラブ舞曲や春の風
山田紳介

蝋梅や花とびとびに置くごとく
緒方恵美

小春日やお日様の香を纏ひたる
長坂宏実

秣食む瞳大きく息白く
牛島あき

初場所の柝の音冴えけりことのほか
奥田眞二

雑踏を縫つて真赤なショールかな
深澤範子

土曜日の砂場にぎやか目白来る
松井洋子

どつかりと冬田ぽつかり昼の月
田中優美子

年酒注ぎくれよ檜の香をあふれしめ
梅田実代

白鳥のひと掻き強し迫り来る
宮内百花

コンビニの塀の裏より羽子の音
松井洋子

自衛隊演習冬の空揺らし
鏡味味千代

御降の消えゆく海の暗さかな
巫 依子

菅笠の顎紐締めて初稽古
長谷川一枝

借景の富士のぼんやり小六月
鎌田由布子

童顔の中也よ春の雪ふはり
山田紳介

金屏風開けば蘭陵王の舞ふ
長坂宏実
何とも絢爛豪華な色彩世界ですね。一読して眩いばかりの極彩色が目に飛び込んできます。客観写生に徹して、名詞の力を100%ひきだすことができました。

初鏡眉に白髪の混じりをり
穐吉洋子

餅ふくらむひつくりかへりさうなほど
(ひつくりかへりさうなほど餅ふくらめり)
小山良枝

寒禽の声に磨かれ空の青
小野雅子
動詞をいかに適切に用いるかは、作句の要諦の一つですが、簡単そうでなかなかの難題です。この句は、「磨く」という動詞の選択が実に適切です。このたった一語の働きによって、一句に生命が宿り、躍動感と煌めきが生まれました。

新聞をじつくり読んで女正月
森山栄子

起き出してともあれ母に御慶かな
田中優美子

普段着のままに迎へしお正月
長谷川一枝

一面の雪となりけり駐機場
鎌田由布子

弾初の息をゆたかに遣ひけり
小山良枝

やはらかき音たて俎板始かな
(やはらかき音して俎板始かな)
小野雅子

牡蠣打ち(割り)のおばちやん五人衆元気
(牡蠣小屋のおばちやん五人衆元気)
深澤範子

初旅は雪の草津と決めてをり
(初旅は雪の草津と決めてある)
千明朋代

出囃子は真室川音頭初高座
長谷川一枝

指十本もてぴしぱしとずわい蟹
木邑 杏

鴨川の飛石伝ひ冬日和
鎌田由布子

朝刊に折り畳まれし寒気かな
(朝刊に折り畳まれし寒さかな)
緒方恵美

日脚伸ぶ定時退社の人まばら
長坂宏実

幼子の道草を待つ春を待つ
稲畑とりこ

乾きものちよこちよこ並べ女正月
小山良枝

リモートの画面へお辞儀初講座
松井洋子

どんど火の風打ちはらひ打ちはらひ
巫 依子

退庁の背に降りかかる霙かな
田中優美子

雪止むを待ちて離陸とアナウンス
(止む雪を待ちて離陸とアナウンス)
鎌田由布子

嫁が君尻たくましく走り去り
小山良枝

湯気立てて島の嫗の頼もしき
森山栄子

埋み火を起こして母の朝始まる
(埋み火を起こして母の朝始む)
箱守田鶴

優勝の男泣き見て泣初め
松井洋子

今さらと言ふたび寒き唇よ
(今さらと言ふたび寒し唇よ)
田中優美子

寒鴉河内弁でも習うたか
黒木康仁

闇汁や納所坊主なっしょぼうずは嘘付かず
島野紀子

侘助の小さくなりたる花零す
水田和代

春遅々と仕掛絵本のかちと閉ぢ
(春遅々と仕掛絵本のかちと閉じ)
稲畑とりこ

風花や母の生家の在りし駅
稲畑実可子

寒明やチェロの低音よくひびき
小山良枝

追羽子の空で一息ついて落つ
箱守田鶴

七福神五福巡りて祝酒
中山亮成

下校の子銀輪連ね日脚伸ぶ
長谷川一枝

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選
図書館の蔵書検索冬深し      一枝
大寒の夜をサイレンの赤き音    優美子
家計簿へその日のメニュー初日記  静
毛糸編むやうやく心整うて     栄子
☆新聞をじつくり読んで女正月   栄子
特別なことをしなくても、新聞を隅々までじっくり読める時間の余裕、心の余裕が女正月に叶っていると思いました。実感のこもった作品です。

 

■山内雪 選
大寒や波蹴立て来る警戒船     実代
両の手に白菜双子の如く抱き    清子
自衛隊演習冬の空揺らし      味千代
切り出され泳ぐ天然氷かな     あき
☆葉牡丹のゆるびなき日の続きけり 和代
ゆるびなき日と詠んでとても寒い日である事が分かる。

 

■飯田静 選
弟の彼女現る三日かな       味千代
春風や声出して読む中也の詩    紳介
乾きものちよこちよこ並べ女正月  良枝
野水仙活けて去来の二畳の間    恵美
朝刊に折り畳まれし寒気かな    恵美
朝刊を手にとると冷たいのですが、未明から新聞を折り畳む作業をし配達をする人の苦労を重ね合わせました。

 

■鏡味味千代 選
羅漢笑む赤の千両黄の千両     眞二
どんど火の風打ちはらひ打ちはらひ 依子
街の灯や冬夕焼を追ひ抜いて    新芽
一面の雪いちめんの月明かり    恵美
☆幼子の道草を待つ春を待つ    とりこ
子の道草を待つ時間の流れと、春を待つ時間の流れが、確かにとても似ていると思いました。子を待っている間に、周りを見渡すと、風や匂いに小さな春の訪れを予感したのでしょう。

 

■千明朋代 選
大寒や桟敷へ突っ込む負け力士   田鶴
金屏風開けば蘭陵王の舞ふ     宏実
小腔の不気味さ寒の骨拾ひ     みづほ
只管打坐修するごとく寒の鯉    眞二
☆餅ふくらむひつくりかへりさうなほど 良枝
ふっくらと膨らんでいる様子が見事に表しているのでいただきました。

 

■辻 敦丸 選
かばかりを小声で囃し若菜粥    雅子
雪ふはり私信ことりと届きけり   良枝
眉太く描いて華やぐ初鏡      清子
風花や母の生家の在りし駅     実可子
☆邪の文字のど真ん中へと弓始   すみ江
彼是の蔓延る邪、そのど真ん中を射るべし。

 

■三好康夫 選
風花やパン屋の薄き木の扉     とりこ
白鳥のひと掻き強し迫り来る    百花
初メール沖にいますと返信来    雪
追羽子の空で一息ついて落つ    田鶴
☆賀状書くだけの付き合ひ二十年  一枝
この距離感、良いじゃないですか。幸せならば……。

 

■森山栄子 選
冬の雨静かに大地起こしけり    和代
風花や義母の持ち来し古写真    とりこ
退庁の背に降りかかる霙かな    優美子
朝刊に折り畳まれし寒気かな    恵美
☆大寒や世は釣鐘のごとしづか   真徳
銘文の刻まれた釣鐘を思うと、宙に浮いている地球の今のように感じられた。大寒という季語が一句をきりりと引き締めている。

 

■小野雅子 選
悴みてまた履歴書を破りけり    優美子
冷たき手温めて襁褓替へにけり   実可子
弾初の息をゆたかに遣ひけり    良枝
朝刊に折り畳まれし寒気かな    恵美
☆一面の雪いちめんの月明り    恵美
雪はすべてを被い、醜い汚いものは純白の雪の下に隠される。そこには皓々と月の光があるばかり。月光に照らされた雪景色より美しいものを私は知らない。

 

■長谷川一枝 選
大寒の夜をサイレンの赤き音    優美子
羅漢笑む赤の千両黄の千両     眞二
追羽子の空で一息ついて落つ    田鶴
邪の文字のど真ん中へと弓始    すみ江
☆雪吊のサインコサインタンジェント 杏
何と言ってもサインコサインタンジェントのリズムの良さに惹かれました。

 

■藤江すみ江 選
初春の乳歯のごとき白さかな    とりこ
指十本もてぴしぱしとずわい蟹   杏
寒明やチェロの低音よくひびき   良枝
初句会猫にもらひし一句提げ    雪
☆朝刊に折り畳まれし寒気かな   恵美
早朝の掌の実感が詠まれている触覚より生まれた句で読み手にも寒さが伝わる。

 

■箱守田鶴 選
賀状書くだけの付き合ひ二十年   一枝
冬薔薇いま人生を折り返す     範子
冬眠の蟇でありけり掘り出され   あき
初句会猫にもらひし一句提げ    雪
☆まあるくて白くて甘い京雑煮   紀子
話にはいつも聞いているが食べたことのないお雑煮です。憧れています。

 

■深澤範子 選
友恋し友煩はし年の暮       朋代
目の覚めるやうな白飯はや三日   朋代
湯ざめして何の答も見つからず   真徳
一面の雪いちめんの月明かり    恵美
☆冬の雨静かに大地起こしけり   和代
冬の雨が、春の芽吹きに備えて、大地に生命力を与えてくれていることを上手く詠まれていると感じました。

 

■中村道子 選
赤べこの軽き頷きのどけしや    すみ江
朝刊に折り畳まれし寒気かな    恵美
幼子の道草を待つ春を待つ     とりこ
顔上げて笑ふ羅漢に初時雨     眞二
☆追羽子の空で一息ついて落つ   田鶴
打ち方により空に留まるようにして落ちる羽根の一瞬を「一息ついて」と表現されたことに共感しました。羽根突きをした頃の情景を懐かしく思い出します。

 

■島野紀子 選
門松の大仰にして人をらず     雅子
寒禽の声に磨かれ空の青      雅子
しぐるゝや歴史全集査定ゼロ    康仁
うら寂し二つ一つと冬灯消え    新芽
☆あいうえお表を片手に子は賀状  百花
懐かしく愛おしくそんな時あったなと。「お」のくるりが反対向きます。そばで教えられるときは意外に短い、楽しんでください。

 

■山田紳介 選
両の手に白菜双子の如く抱き    清子
秣食む瞳大きく息白く       あき
餅ふくらむひつくりかへりさうなほど 良枝
青空に剥がしてみたき冬の月    味千代
☆弟の彼女現る三日かな      味千代
ドラマチックな一句。正月に登場する彼女だから、将来を約束した仲でしょうか。家の者は皆あれこれと気を遣い、特にお父さんは一日中鏡ばかり見るかも知れない。何だか向田邦子のホームドラマみたいだ。

 

■松井洋子 選
弟の彼女現る三日かな       味千代
即発の犬引き離す冬帽子      雅子
弾初の息をゆたかに遣ひけり    良枝
追羽子の空で一息ついて落つ    田鶴
☆節穴の銃眼めける日向ぼこ    あき
銃眼という緊張感のある言葉を使いながら、のどかな縁側での日向ぼこを詠っている。板塀の節穴を銃眼に見立てるという遊び心が動くほどの上天気だったのだろう。

 

■緒方恵美 選
大仏のおん眼差しや初雀      眞二
寒梅や願ひ重なる絵馬の数     敦丸
御降の消えゆく海の暗さかな    依子
反り橋を仰ぎて渡る淑気かな    康夫
☆街の灯や冬夕焼を追ひ抜いて   新芽
冬の夕焼はたちまちに薄れてゆく。街の灯はそれ以上に一斉に点る。「追い抜いて」の措辞が、的確にその光景を捉えた写生句となっている。

 

■田中優美子 選
大仏のおん眼差しや初雀      眞二
雪ふはり私信ことりと届きけり   良枝
包丁を離さぬままに初電話     良枝
山茶花の袋小路に迷ひ込み     雅子
はつゆきの光をかへし冬の蝶    真徳
☆湯ざめして何の答も見つからず  真徳
入浴中、一日のあれこれや明日の不安をつい考える。風呂から上がって、湯ざめをするまで考えても、結局答えは出なかったけれど、それでも明日はやってくる。もどかしさと切なさを感じました。

 

■長坂宏実 選
友恋し友煩はし年の暮       朋代
とんど焼灰と捨てたき事ばかり   康仁
隣国は近くて遠し雑煮椀      実代
月光の忘れ物かも霜柱       眞二
☆図書館の蔵書検索冬深し     一枝
広くて人気のない図書館の様子が目に浮かびます。

 

■チボーしづ香 選
雪道を一途に通ひ四十年      範子
かるたとり坊主めくりに悲鳴あげ  一枝
ゆっくりと港へ入りぬ春の月    紳介
ばらばらに唄ふ園児や春近し    実可子
☆リモートの画面にお辞儀初講義  松井洋子
コロナで画面講義がここ一年余儀なくされているている今日この頃。画面にお辞儀する礼儀正しさが微笑ましいのと今の非常事態がよく読まれている。

 

■黒木康仁 選
かばかりを小声で囃し若菜粥    雅子
寒禽の声に磨かれ空の青      雅子
大仏のおん眼差しや初雀      眞二
薄氷のじわじわほぐれ十一時    すみ江
☆白鳥のひと掻き強し迫りくる   百花
白鳥伝説が思い浮かびました。何か意思があって近づいてきたかのような。

 

■矢澤真徳 選
ストーブ背に引つ詰め髪の女香具師 松井洋子
病み祓ひ日干し七種八分粥     敦丸
朝刊に折り畳まれし寒気かな    恵美
山茶花の袋小路に迷ひ込み     雅子
☆春風や声出して読む中也の詩   紳介
ふっと口から出てきたような中也の詩は、長い推敲の末の賜物だと言う。
そこに中也の才能があるのだろう。どこからともなく柔らかく吹く春風にも、作者は同じような印象を持たれたのかも知れない。

 

■奥田眞二 選
門松の大仰にして人をらず     雅子
弟の彼女現る三日かな       味千代
寒鴉河内弁でも習うたか      康仁
一面の雪いちめんの月明かり    恵美
☆起き出してともあれ母に御慶かな 優美子
幸せの情景が浮かびます。もしかすると介護をされているご母堂かもしれませんが、可愛がってくださった方にご挨拶、なにはともあれ、に優しさを感じます。

 

■中山亮成 選
寒卵こつん甘めの出し巻に     雅子
帰京する吾子へカレーを炊く三日  松井洋子
下校の子銀輪連ね日脚伸ぶ     一枝
風花や母の生家の在りし駅     実可子
☆熱燗を2合半と決め金曜日    康仁

明日休みで、飲みすぎないよう自重する可笑しさ、安堵した金曜日の風景が
感じられます。

 

■髙野 新芽 選
次の世に住む星捜す冬北斗     朋代
冬夕焼赤茜黄の緑青        味千代
曇天に小さき灯ともし冬桜     百合子
明らかに嘘の返事や冬木の芽    百花
☆弾かれざる黒鍵いくつ春隣    実代
ピアノの軽やかな音色と春への期待が伝わってきました。

 

■巫 依子 選
弟の彼女現る三日かな       味千代
餅ふくらむひつくりかへりさうなほど 良枝
積ん読の天辺に猫煤払ひ      雪
園庭に声のちらかる五日かな    実代
☆明らかに嘘の返事や冬木の芽   百花
目の前の景に、じっと冬の寒さを耐え忍んでいる木の芽という真(まこと)があるからこそ、今返された言葉の微かなブレに、それが明らかに嘘の返事だと気づいてしまう…。心にくい取合せの一句ですね。

 

■佐藤清子 選
数へ日の仕事さておきパイを焼き  朋代
涸沼の地肌の粘土赤らびて     亮成
野水仙活けて去来の二畳の間    恵美
ゆつくりと港へ入りぬ春の月    紳介
☆麻の葉の模様の刺し子冬籠    静
刺し子に夢中になって気がつくと家に籠もっていたのでしょうか。麻の葉のということはご家族の健やかな成長に願いを込めておられるのですね。刺し子している時の楽しさに共感します。

 

■西村みづほ 選
友恋し友煩はし年の暮       朋代
リモートの画面へお辞儀初講座   松井洋子
喰積をつつつき夫婦にはあらず   依子
つかの間は母でない我枇杷の花   百花
☆初句会猫にもらひし一句提げ   雪
「猫の句を詠んだ」と記述しないで、「猫にもらひし」とされたところが巧みだなと感心しました。「提げ」も懐に温めておられる景がよく表現なされていて素晴らしいと思いました。初句会のワクワク感や目出度さ、作者の気持ちも出ていて俳味があって感銘をうけました。
17文字すべて美しく季語もよく効いていて秀句と拝読致しました。
勉強させて頂きました。大好きな句です。

 

■水田和代 選
灯台の明滅著き去年今年      依子
冷たき手温めて襁褓替へにけり   実可子
ゆつくりと港へ入りぬ春の月    紳介
寒風に踏ん張る吾子の赤き靴    穐吉洋子
☆毛糸編むやうやく心整うて    栄子
毛糸を編んでいる最中に、予期しないことがあったのでしょうか。ようやくで時間の経過がわかります。

 

■稲畑とりこ 選
包丁を離さぬままに初電話     良枝
猫の足よぎりし譜面弾き始む    実代
指十本もてぴしぱしとずわい蟹   杏
行儀よく犬も並びて初詣      道子
☆初日記赤字で記する備忘欄    道子
何かとても大事なあるいは嬉しいことを書いたのでしょう。色を描いただけなのに、内容まで想像できる素敵な句だと思いました。

 

■稲畑実可子 選
電線の影ひつそりと冬田かな    優美子
水道管破裂をちこち寒の入     依子
初詣孫に借りたるお賽銭      杏
大寒や波蹴立て来る警戒船     実代
☆さくら色の通知のうすく春隣   実代
届いたのはさくら色の薄い封筒。なにかよき知らせだったことが伝わってきます。一句を通しての淡い色合いに、静かに湧き上がる喜びと、新生活への不安と期待が滲みます。

 

■梅田実代 選
赤べこの軽き頷きのどけしや    すみ江
食べ終へし大皿の如古暦      康夫
整へる二重叶結や雪催       実可子
春遅々と仕掛絵本のかちと閉じ   とりこ
☆弾初の息をゆたかに遣ひけり   良枝
楽器を弾く上で呼吸は大切です。演奏の主役ではない息に焦点を当てたこと、それをゆたかに遣ったという表現に惹かれました。

 

■木邑杏 選
両の手に白菜双子の如く抱き    清子
どんど火の風打ちはらひ打ちはらひ 依子
朝刊に折り畳まれし寒気かな    恵美
横町の薄き箒目淑気満つ      松井洋子
☆初春の乳歯のごとき白さかな   とりこ
真っ白な乳歯は生命に満ち溢れている。初春を迎える喜びもまた。

 

■鎌田由布子 選
雑踏を縫つて真赤なショールかな  範子
二条より上は雪らし寒の雨     みづほ
短日や獣道めく女坂        栄子
行儀よく犬も並びて初詣      道子
☆初雪や東茶屋街石畳       杏
初雪に日ごろの喧騒がかき消された東茶屋街が目に浮かぶようでした。

 

■牛島あき 選
この町に四半世紀や初御空     静
初凪や置きたるごとき富士の山   眞二
天網のつひに破れたる夜の雪    松井洋子
目の覚めるやうな白飯はや三日   朋代
☆夜半の冬ヘッドライトが道描き  新芽
ヘッドライトに照らし出されて道が現れる。寒さを感じながら目を凝らして運転する集中力が伝わってきた。

 

■荒木百合子 選
白鳥のひと掻き強し迫り来る    百花
両の手に白菜双子の如く抱き    清子
御降の消えゆく海の暗さかな    依子
日脚伸ぶ夕方よりの畑仕事     和代
☆寒禽の声に磨かれ空の青     雅子
冬空の美しい青さには唯々見入ってしまいますが、あれは寒禽の声が磨いているのだとおっしゃるのですね。空の青が一層魅力的になります。

 

■宮内百花 選
弟の彼女現る三日かな       味千代
冷たき手温めて襁褓替へにけり   実可子
湯気立てて島の嫗の頼もしき    栄子
女正月橋を渡れば旅のごと     栄子
☆寒禽の声に磨かれ空の青     雅子
身の引き締まるような冷たい空気を震わす、雄鶏の明けの鋭い鳴き声。
その声に空が磨かれ、一層青さを増していくという表現の巧みさや捉え方に大変惹かれました。

 

■穐吉洋子 選
悴みてまた履歴書を破りけり    優美子
初日射したる本棚の無門関     康夫
猫だけが自由に外出ロックダウン  しづ香
下校の子銀輪連ね日脚伸ぶ     一枝
☆秣食む瞳大きく息白く      あき
今年は丑年、酪農家で牛を飼っている人でなければ中々読めない句、牛に対する愛着も良く表れていると思います。

 

◆今月のワンポイント

「大景を詠む」

絵に静物画、人物画、風景画など、さまざまなジャンルがあるのと同じで、俳句にも人事句、叙景句、行事の句といった、複数のジャンルがあります。どれが良いかという優劣はつけられませんが、最近は大景を詠んだ句が少なくなっているという声をよく耳にします。大景を詠んだ句とは、「荒海や佐渡に横たふ天の川(芭蕉)」や「駒ヶ岳凍てて巌を落しけり(前田普羅)」などが、好例です。名句と言われるだけあって、格調が高く、しかも鮮やかな情景再現力が素晴らしいです。今月の特選句には、大景を描いて、しかも緊張感を失わない作例がいくつかありました。曰く、「初メール沖にいますと返信来」、「二条より上(かみ)は雪らし寒の雨」、「凧揚げの鴟尾より高く上がりけり」。いずれの句も、1点を起点に空間の広がりが豊かに感じられます。以下は私見ですが、大景に接すると、人は謙虚に、敬虔になります。知らず知らずのうちに本質をつかむ訓練ができます。結果、無理・無駄のない端正な句姿が生まれます。皆様の俳句のジャンルの一つとして、大景を詠むことをお勧めします。(中田無麓)

◆特選句 西村 和子 選

角打ちの足早に去る師走かな
緒方恵美
(角打ちの足速に去る師走かな)
【講評】「角打ち」とは、酒屋さんの店頭に設けられた立ち飲みスペースで、一杯ひっかけることを意味します。「かくうち」と読み、清酒が樽で流通されていた頃からある古い言葉ですが、粋な飲み方として再び注目されたのは、近年のことだと思います。そのため語感としては新しく、鮮度の高い句材と言えましょう。蓋し、師走の季感に適う行為であると思います。
この句の良さは、情景再現力が豊かなことにあります。店内の佇まい、客や店主の顔つきや話題、飲んでいる酒の種類など、様々なことに想像がふくらみます。切羽詰まった時期のそれぞれの人間模様が描けています。(中田無麓)

 

小三治の噺に惚れて葱鮪鍋
奥田眞二
【講評】飄飄とした味わいのある小三治師匠の、およそ面白くもないような表情と庶民的な葱鮪鍋が、絶妙なバランスで響き合っています。関西人の筆者には憧れでもある、「江戸の粋」の滲み出た、味わいがあります。
一句の中で注目したいのは「惚れる」という動詞です。一般に俳句の中では、過度に感情の先走った言葉は、避ける方がいいと言われます。「言いおほせて何かある」の範疇に含まれるからです。
下手に使うと「ド演歌」になってしまう危うさを持った言葉が生きているのも、「江戸の粋」という一句のコンセプトに忠実だからこそです。その意味で「惚れる」という言葉を用いることは巧みだと言えます。
因みに小三治師匠は「土茶(どさ)」の俳号を持つ俳人でもあります。
(中田無麓)

 

とどまればそこが故郷浮寝鳥
緒方恵美
【講評】一見、眼前の「浮寝鳥」の様子を写生しただけのように見えて、実はその内側に、時空の重層の厚みを感じさせる一句になりました。
「とどまればそこが故郷」とは、日本人なら、誰もが一度はあこがれる境地でしょう。西行、蕉翁を先達として、山下清画伯、そしてフーテンの寅さんに至るまで、さまざまな人とその境涯が思い浮かびます。そして、浮寝鳥もまたそんな風狂の境地の住人である、という思いに至るに及んで、ほのかな俳味が滲み出てくるのもこの句の魅力です。
(中田無麓)

 

突然に娘来て去る十二月
小野雅子
【講評】巧みなのが中七です。シンプルこの上ない叙述の中に、いろいろな想像がふくらんできます。
娘さんはおそらく、1分とて留まらなかったのでしょう。忙しい年末、お互いにゆっくりする暇などないはずです。そこをおして、せめて顔だけでも出そうという気持ちが伝わってきます。一瞬でも元気な顔を見せることこそ親孝行。一見、ぶっきらぼうに見えて細やかな愛情表現と受け止めました。「来て去る」という、愛想もなにもない表現が、かえって一句の完成度を高めていることも巧みです。(中田無麓)

 

ふはふはのパーマもふもふのセーター
巫 依子
【講評】一見してわかるように、技巧を尽くした一句です。ひらがなのオノマトペ、カタカナ語のリフレインで、言葉の構造美が生まれました。二句一章の句姿に、一分の隙もありません。
でもこの句の裏側に隠れているのは、暖かな字面とは裏腹の心象風景です。ふわふわ、もふもふの何かで鎧わなければならない何らかの事情も垣間見えてきます。パーマにセーターを合わせたのか、セーターにパーマを合わせたのか、どちらが先かはわかりませんが、過剰とも思える「暖かさの演出」の裏に、若干の危うさが含まれているような…。些か深読みに過ぎるとそしりも免れないとは思いますが、筆者はそのように解釈しました。(中田無麓)

 

街中の空気の重く十二月
千明朋代
【講評】昨年の歳末風景はまさしくそうでしたね。その雰囲気を、何一つ飾ることなく、「空気が重い」とそのまま有体に伝えたところが、この句の真骨頂と言えます。
一般に、十二月と言えば、忙しくも華やかなイメージを思い浮かべることが多いでしょう。それはそうなのですが、先の戦争の開戦日も十二月ですし、ケネディ暗殺も十一月の下旬でした。そして、年によっては、月別死者数が最も多くなる月でもあります。
そういうあれやこれやがオーバーラップしてくるところにこの句の深みがあります。そこに単に疫禍に留まらない普遍性が獲得できています。師走や極月ではなく、淡々と十二月と語っていることも凄味です。(中田無麓)

 

落日や枯野の果ての風車群
山内 雪
【講評】オランダかスペインあたりの海外詠とも、国内の風力発電の風車群とも、一句からは二通りの絵が浮かび上がってきますが、いずれにしても大景を描いて間然するところがありません。昨今、このような句柄の大きな句は貴重です。因みに筆者は、サロベツ原野にあるような、壮大な風車群をイメージしました。
風力発電の風車は、人間のスケールを超越した構造物です。単なる人工物の範疇を超え、神話の神々のような畏怖さえ感じます。そういった卓越した存在感を原野に置くことにより、黙示録のような世界観を読み手に示唆してくれています。その意味でも季題の「枯野」は雄弁です。(中田無麓)

 

とくと見る欄間の天女煤払ひ
森山栄子
【講評】いつも身近にありながら、普段は注意を払うこともない…。欄間等その最たるものでしょう。もちろんそこに天女が在しますことなど、はなから知りようもないケースも多いでしょう。年に一度そこへの橋渡しをするのが季題の「煤払ひ」です。一句の目線誘導が自然で、無理・無駄がありません。
「忙中閑あり」を端的に切り取った手際が鮮やかであるとともに、そこはかとなくとぼけた俳味があることがこの句の持ち味です。大阪弁で言えば「忙しいんか閑なんか、どっちやねん?」というツッコミを入れたくなる、上質な笑いの成分が含まれていることも魅力です。(中田無麓)

 

水鳥の百の矢印水脈曳いて
小野雅子
【講評】水鳥の存在を矢印と捉えた、比喩が絶妙です。もっとも受け取り方は様々で、水鳥の陣形とも、一羽ごとの形態とも、足の形状とも、読み手によって異なるでしょう。ただ、そんな解釈の違いを払拭して、共通して言えることは、水鳥の指向性です。渡りの方向、水面の雁行陣、一定の方向をひたむきに目指している姿が、即ち矢印なのだと思います。作者の本意かどうかは定かではありませんが、この比喩が形而下から形而上に躍り出た時、水脈もまた形而上の新たな意味を獲得します。
このような些か穿った見方をせずとも、この句を字義通りに解釈すれば、高みから見下ろした、スケール感のある一句になります。渺渺とした琵琶湖の湖面に、無数に浮かぶ鴨の陣。端正で大きな句柄には、読み手をして句世界に誘なってくれる描写力があります。(中田無麓)

 

スパイスティーきりり芝生の霜きらり
田中優美子
【講評】対句表現が見事に決まった一句です。しかも、味覚の「きりり」と視覚の「きらり」をわずか一字の違いで表現し分けた鋭敏な言語感覚が素敵です。
二句一章仕立ての句ですが、「スパイス」と「芝生」のS音の韻を踏んでいることも、一句を音読して心地よい理由の一つです。
ついつい技法に目が行きがちですが、この句が素晴らしいのは、時間と空間を具体的に説明することなく、描写できているところにあります。霜ですから時間帯は朝、「きらり」から天気は晴れ、窓越しに見ている作者は、暖かい部屋でお茶を楽しんでいる…。こういった情景が無理なく想像できます。どれだけのことを「モノ」に語らせるか…。作句の重要な眼目の一つです。(中田無麓)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

( )内は原句

毛糸編む母の十指のやはらかし
小山良枝

ふる里はストーブ列車走る頃
小野雅子

たれもかも攫はれ独り冬茜
箱守田鶴
攫ふとは、鬼籍に入った人を指すメタファーと受け取りました。さまざまなもの、こと、ひとを失い続ける年代の心象を、冬茜が的確に言い留めています。

窓を開け頬を冷まさむクリスマス
巫 依子
(窓を開け頬を冷まさむ聖夜かな)

降る雪や橋でつながる過疎の村
山内 雪
(降る雪や橋でつながる過疎二つ)
モノクロームの風景が鮮明に脳裏に浮かびます。原句の下五は、「過疎二つ」でしたが、些か抽象的です。実体のあるものに置き換える方が、イメージはよりくっきりとしてきます。

羽撃きてのちは悠然鶚舞ふ
藤江すみ江

クリスマスイブの車内の芳しき
長坂宏実
句意はいたって明瞭。情景再現性の高い一句です。注目したいのは「芳しき」です。香りや匂いが良いという意味だけではなく、美しいという意味にもなります。ビビッドなクリスマスカラーはもちろん、「今宵会うひとみな美しき」に通じるものがあります。

還暦と米寿の母娘たぬき汁
西村みづほ

ポインセチア昼の数だけ夜のあり
小山良枝
(昼の数だけ夜のあるポインセチア)

寒鴉悠々と飛び里を出ず
松井洋子

ビル谷間掛軸の幅寒オリオン
鏡味味千代
(ビル谷間掛軸のごと寒オリオン)
ビルの谷間を掛け軸と捉えた比喩が秀逸です。宵の口か明け方の景ですね。掛け軸の幅にちょうど収まった、三ッ星が無機質のビル街の格好のアクセントとして効いています。

打ちて消すハートの絵文字クリスマス
田中優美子
(打ちては消すハートの絵文字クリスマス)

除夜の鐘ローストビーフ焼ける頃
奥田眞二
(ローストビーフ焼ける頃なり除夜の鐘)

コスモスに山風遊ぶ遠野かな
深澤範子
(コスモスに遊ぶ山風遠野郷)

丼の縁欠けしまま去年今年
鏡味味千代
(丼の縁欠けてをり去年今年)

地球儀の青剥げてをり冱ててをり
田中優美子

セロリ食ふいちばん大きな音立てて
山田紳介
(セロリ食ぶいちばん大きな音立てて)

スケジュール増えては減りし師走かな
森山栄子

冬の川乾び水音いづこより
松井洋子

お燈明あげればかすか除夜の鐘
奥田眞二

初時雨あけぼの杉のほの明し
森山栄子

踏みしめて小気味良きかな霜柱
中山亮成

大作の点訳仕上げ十二月
長谷川一枝

大方はうつ伏してゐる落葉かな
三好康夫
(大方のうつ伏してゐる落葉かな)

初雪にして本降りとなりにけり
山田紳介

月を得て雪山ひとつ抽んでて
緒方恵美
(月を得て雪山ひとつ抽んづる)

荒らかに竹竿振つて柚子落とす
佐藤清子
(荒らかに竹竿振つて柚子落とし)

揚羽子や元禄袖の蝶のごと
西村みづほ

クリスマス星の煌めく音に似て
鏡味味千代
(ク・リ・ス・マ・ス星の煌めく音に似て)

短日の屋上庭園日の溢れ
中山亮成

ふた言目こそ本音なれ室の花
田中優美子
自然のようでどこか人工的な、そして常に仮面をかぶっているような室の花。その本質に迫る配合が魅力的な一句になりました。

来る人を待つあてもなく椿挿す
千明朋代
(来る人を待つあてもなく挿す椿)

出来ないと言ひ訳ばかり闇夜汁
長谷川一枝

園児等へ絵本貸し出し冬あたたか
飯田静

どんぐりを五つ数へて窓に置く
深澤範子

悴みて指消毒の列につく
山内 雪

病院に呼び出されけり冬夕焼
黒木康仁
(病院に呼び出され見る冬夕焼)

屋根裏の足音微か冬ごもり
チボーしづ香
(屋根裏の微かな足音冬ごもり)

窓ガラスさつと一拭き冬夕焼
長坂宏実

新酒酌むネット句会に託けて
佐藤清子
(託けてネット句会に新酒酌む)

インバネス翻るとき翳放ち
小山良枝

クリスマスイブの銀座の鴉かな
奥田眞二
(クリスマスイブの銀座のからすかな)

籠りゐし日々の空欄古暦
松井洋子

寒波来告ぐや船内アナウンス
巫 依子

冬星座見んとてしかと身ごしらへ
長谷川一枝
(冬星座見んとてしかと身繕ひ)

カレンダーゆつくり外し年惜しむ
奥田眞二

まとめ髪帰りは解いて冬菫
森山栄子

東天へ始発機光る霜の朝
松井洋子
大景を詠んで、しかも切れ味の鋭い一句。透徹した空気感も素敵です。

雑踏にケーキを買つてクリスマス
中山亮成
(雑踏でケーキを買つてクリスマス)

歳問はれそうか喜寿かと小六月
長谷川一枝

作業場はかつて繭倉藪柑子
飯田 静

忌籠りのはずが入院とは寒し
山内 雪

雪催バックミラーに救急車
島野紀子

つつぬけの冬空骨のごと機影
矢澤真徳

故郷より文左衛門の箱みかん
西村みづほ

おでん薄味東男に嫁げども
小山良枝

鐘楼を囲む高張り年用意
箱守田鶴

聞き返すマスクの医師の診断を
長谷川一枝
(マスク越し医師の診断聞き返す)

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選
数へ日や急な点訳頼まれて     一枝
揚羽子や元禄袖の蝶のごと     みづほ
屋根裏は子等の隠れ処竜の玉    静
作業場はかつて繭倉藪柑子     静
☆とくと見る欄間の天女煤払ひ   栄子
煤払いをしたことで、今まで間近に見たことのなかった欄間の天女をじっくり見ることが出来たのでしょう。楽しい煤払いですね。

 

■山内雪 選
寒鴉悠々と飛び里を出ず      洋子
月を得て雪山ひとつ抽んでて    恵美
白足袋のやうなひとひら山茶花散る 栄子
雪催バックミラーに救急車     紀子
☆クリスマスイブの銀座の鴉かな  眞二
銀座という場所の何を詠むか、それが鴉である所に惹かれた。

 

■飯田静 選
降る雪や橋でつながる過疎の村   雪
山眠る図書館蔵書の息遣ひ     田鶴
ふる里はストーブ列車走る頃    雅子
剃りあげし頭並びて御講凪     雅子
☆籠りゐし日々の空欄古暦     洋子
昨年は誰もが不毛かつ不安な一年を送りましたが。空欄という語がそれを物語っていると思いました。

 

■鏡味味千代 選
鯛焼の赤信号にさめゆきぬ     良枝
鋸の音返しくる冬の空       田鶴
始めるも辞めるも迷ふ年の内    宏実
ふた言目こそ本音なれ室の花    優美子
☆剃りあげし頭並びて御講凪    雅子
絵葉書のような句だと思いました。実際は違うのでしょうが、一人一人いろいろな表情をした御住職達が並んでしるような、、御講凪という季語でこんなにユーモラスな句ができるのですね。

 

■千明朋代 選
日の遠き庭の一枝冬紅葉      和代
クリスマス星の煌めく音に似て   味千代
月を得て雪山ひとつ抽んでて    恵美
また言葉足らずね君は室の花    優美子
☆除夜の鐘ローストビーフ焼ける頃 眞二
おいしそうな香りが漂ってきました。

 

■辻 敦丸 選
植替へて華やぐ鉢や年用意     道子
コロナ禍の帰る子を待ち布団干   洋子
剃りあげし頭並びて御講凪     雅子
落ちるまじ力込めたる冬紅葉    朋代
☆彫り深き忠魂碑あり朴落葉    康夫
何処の何方の碑か、寂寞感ひしひしとあり。

 

■三好康夫 選
数へ日や急な点訳頼まれて     一枝
聞き返すマスクの医師の診断を   一枝
インバネス翻るとき翳放ち     良枝
冬日さす柱の傷の深さかな     良枝
☆雑踏にケーキを買つてクリスマス 亮成
雑踏の中での自分の行動、自分の生活がきちんと詠まれている。

 

■森山栄子 選
ポインセチア昼の数だけ夜のあり  良枝
小麦粉に力いろいろ冬籠      良枝
鋸の音返しくる冬の空       田鶴
今生の選ばざる道枯木星      依子
☆地球儀の青剥げてをり冱ててをり 優美子
古くなった地球儀を見るうちに、あたかも地球を俯瞰しているような感覚をおぼえたのではないだろうか。日常から大景へと観念が大きく移動する様に魅力を感じた。

 

■小野雅子 選
クリスマス星の煌めく音に似て   味千代
角打ちの足早に去る師走かな    恵美
月を得て雪山ひとつ抽んでて    恵美
白鳥のいつも横向きなる孤高    恵美
☆屋根裏の足音微か冬ごもり    しづ香
身にしむ冬ごもり。そんな中屋根裏で微かな足音が、もしかして座敷童?春が待たれます。

 

■長谷川一枝 選
角打ちの足早に去る師走かな    恵美
この小路七戸三人きり霜夜     紀子
秋風や父と見紛ふベレー帽     範子
年賀欠礼寂しさやつと追ひつきて  味千代
☆発条の遺愛の時計冬銀河     静
ゼンマイ時計のカチカチ微かな音と、チカチカ瞬く冬銀河が響き、亡き人と交流しているように思いました。

 

■藤江すみ江 選
毛糸編む母の十指のやはらかし   良枝
植替へて華やぐ鉢や年用意     道子
黒々と光る新海苔今朝の膳     範子
雪虫や祖母の秘めたる恋を知り   味千代
☆秋風や父と見紛ふベレー帽    範子
私にも現実よく起こる事を 季語の秋風を生かし 上手に詠まれていると思います。

 

■箱守田鶴 選
風花の気のむくままに旅をして   新芽
毛糸編む母の十指のやはらかし   良枝
連弾の兄を泣かせてクリスマス   良枝
クリスマスイブの銀座の鴉かな   眞二
☆除夜の鐘ローストビーフ焼ける頃 眞二
ローストビーフの仕上がりと除夜の鐘を重ねる余裕、こんな大晦日をすごしたい。
お洒落な年の暮ですね。

 

■深澤範子 選
短日の屋上庭園日の溢れ      亮成
露天湯の内輪話や冬の月      道子
寒禽の口遊むやう歌ふやう     雅子
雪催バックミラーに救急車     紀子
☆小麦粉に力いろいろ冬籠     良枝
コロナで家に籠ることの多いこの頃。小麦粉を使った料理、パンやデザートを作ることも多くなっていることでしょう。小麦粉にも薄力粉、中力粉、強力粉とかいろいろありますよね?日常の何気ないところをピックアップして詠まれたところが素晴らしいと思いました。

 

■中村道子 選
降る雪や橋でつながる過疎の村   雪
ふる里はストーブ列車走る頃    雅子
毛糸編む母の十指のやはらかし   良枝
上州はかかあ天下ぞ根深汁     栄子
☆夜の闇ちよつとそこまでちやんちやんこ 宏実
寒い冬に暖かく動きやすいちゃんちゃんこは私も愛用しています。着替えるのも面倒だしすぐ近くだから。暗い夜なら知った人にも会わないだろうと、そのまま出かける。
ちゃんちゃんこの親しみやすい感じが出て楽しい句だと思いました。

 

■島野紀子 選
突然に娘来て去る十二月      雅子
鯛焼の赤信号にさめゆきぬ     良枝
始めるも辞めるも迷ふ年の内    宏実
出来上がり三時と書きて石焼藷   田鶴
☆還暦と米寿の母娘たぬき汁    みづほ
長寿日本の景、たぬき汁がとぼけていて和やか。
先日母上も娘さんも後期高齢者という保険証2枚を見てつくづく長寿国だと実感。

 

■山田紳介 選
連弾の兄を泣かせてクリスマス   良枝
インバネス翻るとき翳放ち     良枝
どんぐりを五つ数へて窓に置く   範子
ふはふはのパーマもふもふのセーター 依子
☆クリスマスもつを煮立たせ罪深く 依子
ケーキでも七面鳥でもなく、黙々ともつを煮込む。この季節行事が明るければ明るい程、自分には馴染めないと思っている人は多いのかも・・。

 

■松井洋子 選
冬ざるる作者無慈悲に死を与へ   味千代
突然に娘来て去る十二月      雅子
インバネス翻るとき翳放ち     良枝
聞き返すマスクの医師の診断を   一枝
☆ふるさとの新聞解いて冬林檎   栄子
真っ赤な林檎を包んでいた故郷の新聞。思わず手に取り、懐かしい地名の載った紙面に
見入ってしまう。その時の喜びを冬林檎がよく表している。

 

■緒方恵美 選
ビル谷間掛軸の幅寒オリオン    味千代
落日や枯野の果ての風車群     雪
気に入りのピアスまた失せ十二月  依子
籠りゐし日々の空欄古暦      洋子
☆降る雪や橋でつながる過疎の村  雪
上五の「降る雪や」は草田男の名句でお馴染みだが、続く中七・下五の何気ない言い回しが良く、まるで小津映画のワンシーンを観ているような情感の漂う写生句に仕上がっている。

 

■田中優美子 選
ポインセチア昼の数だけ夜のあり  良枝
ふるさとの新聞解いて冬林檎    栄子
丼の縁欠けしまま去年今年     味千代
初雪にして本降りとなりにけり   紳介
☆今生の選ばざる道枯木星     依子
もしもあのとき別の道を選んでいたら……。そんな、誰にでもある後悔を滲ませながらも、枯木の合間から見える星の明かりが、やはり自分の選んだ道はこれでよかったのだと諭してくれている句だと思いました。

 

■長坂宏実 選
ひとところ定まらず浮く柚子湯かな 優美子
鯛焼の赤信号にさめゆきぬ     良枝
独り居の集ふリモートクリスマス  依子
村中の人動き出す四温かな     和代
☆露天湯の内輪話や冬の月     道子
他の人がいない露天風呂で内輪話をひっそりとしている様子が浮かんできます。

 

■チボーしづ香 選
窓ガラスさつと一拭き冬夕焼    宏実
パソコンを閉ぢることなく聖夜明け 依子
反古を焚く朱文字ひときは年惜しむ 恵美
収まらぬ疫病に倦みて冬籠     洋子
☆一文字の五本括らる百八円    敦丸
スーパーで目に飛び込んできた様子が浮かび上がるシンプルでとても良い句。

 

■黒木康仁 選
降る雪や橋でつながる過疎の村   雪
侘助や障子に映る薄明かり     亮成
マスクからはみ出した目のきらきらと 田鶴
晩年を渡船の船長冬うらら     洋子
☆雪虫や祖母の秘めたる恋を知り  味千代
祖母の遺品を整理していたのでしょうか。雪虫に祖母の霊を感じました。

 

■矢澤真徳 選
毛糸編む母の十指のやはらかし   良枝
鯛焼の赤信号にさめゆきぬ     良枝
ふるさとの新聞解いて冬林檎    栄子
秋風や父と見紛ふベレー帽     範子
☆マスクからはみ出した目のきらきらと 田鶴
街に出ても会うのはマスクの人ばかり。目と耳しか出ておらず、どれも同じような顔かと思いきや、特に目は、その人の顔を想像させるに十分な情報を持っている。「はみ出した」とあるから子供か女性なのだろう。マスクをすればいたずらっ子の目は余計に光るし、マスクをしても美人は美人、なのだ。

 

■奥田眞二 選
冬ざるる作者無慈悲に死を与へ   味千代
年賀欠礼寂しさやつと追ひつきて  味千代
露天湯の内輪話や冬の月      道子
雪催バックミラーに救急車     紀子
☆反古を焚く朱文字ひときは年惜しむ 恵美
習字の朱筆添削であろうか。火に舞うひと時に一年回顧の思いが伝わる。

 

■中山亮成 選
降る雪や橋でつながる過疎の村   雪
打ちて消すハートの絵文字クリスマス 優美子
まとめ髪帰りは解いて冬菫     栄子
東天へ始発機光る霜の朝      洋子
☆作業場はかつて繭倉藪柑子    静

繭倉後ですから、古い建物ですが今も作業場として使っている。昔から今も続く人の営みが受け継がれる。藪柑子の控え目な雰囲気と相まってさびを感じます。

 

■髙野 新芽 選
日のあたる落葉の海を手に掬ふ   康夫
日溜りの吐息かすかな冬の蜂    敦丸
とどまればそこが故郷浮寝鳥    恵美
落日や枯野の果ての風車群     雪
☆海鳥を雲を滲ませ波の花     良枝
波の花という表現で、情景への想像を掻き立てられました。

 

■巫 依子 選
ふる里はストーブ列車走る頃    雅子
発条の遺愛の時計冬銀河      静
月を得て雪山ひとつ抽んでて    恵美
年賀状ポストに落つる音重き    宏実
☆籠りゐし日々の空欄古暦     洋子
コロナ禍の年の思い出の一句とも。空白ではなく空欄。わざわざ書き留める程のことは無かったかもしれないけれど、そこにも確かに日々の営みはあり、決して空白の日々では無い。

 

■佐藤清子 選
雪催義母の言の葉とがりたる    紀子
忌籠りのはずが入院とは寒し    雪
作業場はかつて繭倉藪柑子     静
母の声母の香りの黒コート     範子
☆月を得て雪山ひとつ抽んでて   恵美
月が出てきて雪山にかかった映像が想像できて美しさに感動しました。
「得て」と「抽んでて」の使い方が心地良く感じました。

 

■西村みづほ 選
クイーンの音量上げて師走入り   清子
言の葉を凍る指先にて綴る     新芽
独り居の集ふリモートクリスマス  依子
作業場はかつて繭倉藪柑子     静
☆落日や枯野の果の風車群     雪
琵琶湖に向かって並ぶ風車の景が浮かびました。風車の白や落日の枯野の色、よく見えてきます。

 

■水田和代 選
植替へて華やぐ鉢や年用意     道子
初時雨あけぼの杉のほの明し    栄子
作業場はかつて繭倉藪柑子     静
まとめ髪帰りは解いて冬菫     栄子
☆また言葉足らずね君は室の花   優美子
私がいつも思うことを句にされていて、一番に選びました。室の花がいいですね。

 

◆今月のワンポイント

「直喩と暗喩」

どちらも比喩ですが、「ごと」、「似て」、「さながら」などを用いて、例えるものと例えられるものの関係を明らかにする修辞法を直喩と呼びます。一方、そういった語を用いずに例えるのを暗喩(もしくは隠喩)と呼びます。
俳句で比喩の句は無数にありますが、多くは直喩です。直喩はわかりやすいのですが、言葉と言葉の間の緊張感が緩むという難点もあります。それでも、通じないのではという不安を払拭するために、どうしても直喩にしてしまうのです。
ただ、「ごとく」を外してみても案外一句の意味は通じるものです。言葉の切れ味が鋭く、力のある暗喩の効果を活かせられるものです。全部が全部ではありませんが、可能な句には、「ごとくを外す」という試みを実践してみましょう。(中田無麓)

◆特選句 西村 和子 選

母が袖持ちて御手洗七五三
三好康夫

【講評】シーンの切り取りがとても鮮やかです。歌川広重の江戸百のような、大胆な構図も魅力的で、袖の文様まで鮮やかに見えてきます。観察眼が行き届いています。一句の焦点が絞り込まれ、情景再現性が高いです。一般に七五三の句は、周囲の情景を盛り込みすぎて、印象散漫になりがちな傾向がありますが、その点でも潔い句になりました。(中田無麓)

 

木守や薄くなりたる母の肩
松井洋子

【講評】「木守」の季題がとても効果的に用いられています。徐々に萎え、錆色を深めてゆく姿を、ご母堂に重ね合わせたところに、深い慈愛の目が注がれています。句中、”薄い”という形容詞に注目しました。普通、薄いと言えば胸板を想像しますが、それを肩に用いることで、鎖骨あたりの筋肉まで、思いが至ります。蓋し、独創のある用い方と言えましょう。(中田無麓)

 

枯はちす往生際といふをふと
小野雅子

【講評】枯蓮から受ける印象は、人によって大きく異なります。ある人は潔いと感じる反面、ある人は刀折れ、矢尽きた無念のさまを感じ取ります。大方は、自らの感覚に引き寄せて、その見方で一句にしますが、この句は、その見方が偏らないところに独創があります。一段高いところから観察した上での客観性が光っており、そこがこの句を怜悧にしています。テクニカルな面では、「往生際」という強い言葉の後を「いふをふと」と穏やかな和語で引き取っているところが巧みです。(中田無麓)

 

北窓の光を好み一葉忌
森山栄子

【講評】夭折の文豪の慎み深い生涯が「北窓の光」に余すところなく、表現されています。美しく儚い光の有様がレンブラントの絵のようで、聖なる感覚まで引き起こされます。忌日の句は、往々にして季感に乏しくなりがちですが、季重なりになることなく、一葉忌の頃の季感が一句に滲み出ています。一句の言葉の選択にも、一切の無理、無駄がなく、句姿も非常に端正です。(中田無麓)

 

ベランダに立待月の二人かな
深澤範子

【講評】十六夜、立待、更待と一夜ごとの月の変化を詠み分けることは至難の業ですが、掲句は、立待らしさが活かされています。その一因は、ベランダというそれほど広くはない空間にあります。十五夜ほど満を持して対峙するものではなく、月の出にふと気が付けば、たまたま立待だった。そんなさりげなさが季題に適っています。二人の関係も、そんなさりげない阿吽の呼吸があるようで、素敵な一句になりました。(中田無麓)

 

正面にいつも父をる炬燵かな
小山良枝

【講評】解釈が分かれる句ではあります。「父」を家父長制下の尊厳あるものと受け取れる反面、行き場所とてない邪魔な存在と捉えることも可能です。その両義性を包含しながら掲句が力を持つのは、曖昧ではあっても圧倒的な存在感を放つ「父」に対しての作者の敬慕が現れているからです。その所以は季題の「炬燵」にあります。日本独特の曖昧な暖房具は、家族の象徴とも言えます。そう考えれば、「父」を通じて家族史を詠んでいるのでは? という思いに至りました。平明な詠みぶりのなかに時間的な重量が読み手の胸に迫ってきます。(中田無麓)

 

落葉道さらに落葉の降りしきる
山田紳介

【講評】平明、簡潔な写生に徹して、言葉に無理・無駄がありません。句の主題が夾雑物のない一景に収斂され、間然するところがありません。が、掲句の良さは写生に留まりません。心象風景としての「落葉道」とは、言わば心の澱を溜めた道。快くないあれやこれやが重なる時勢、季節にあって、落葉は決して、客観的な事物に留まってはいないはずです。(中田無麓)

 

青空といふほどでなく冬桜
小山良枝

【講評】「冬桜」の咲くころの気候のありようが、さらりとした詠みぶりの中に的確に表現されています。碧空に咲き誇る桜ではなく、慎ましやかな「冬桜」には、はんなりとした諧調のある空模様こそ似合います。掲句で注目したいのは一句の呼吸の豊かさです。17音のうち10音が、のびやかな響きのa音とo音で占められています。そこに明るさが生まれ、一句の情趣をより深いものにしています。(中田無麓)

 

冬めくや散歩の夫の背小さし
中村道子

【講評】夫婦の立ち位置に注目しました。夫の背が見えているとは、妻が数歩遅れて歩んでいるということですね。ここから、作者の年代、世代、そしてその佳き一面も垣間見えてきます。「背小さし」と感じたほんの一瞬に、夫婦の長い年月も感じられます。変化へのちょっとした戸惑いが「冬めく」という行き合いの微妙な季節感と呼応して、味わい深い一句になりました。(中田無麓)

 

上方の言葉やはらか年暮るる
箱守田鶴

【講評】自らの感じたことを素直に詠めば佳句になる、という見本のような一句です。一句に格段のことは語られ知ませんが、はんなりとした風情の中に、心を遊ばせていることが中七から明瞭に見えてきます。音韻も一句を通じてやわらかく、上方といういささか古風な言い回しと相まって、安息が感じ取れます。(中田無麓)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

( )内は原句
下り梁掛けてひとしほ水青し
森山栄子
(下り梁掛けてひとしほ水の青)

顔ほどの大きな梨の届きけり
深澤範子

菰巻や草加松原六百本
箱守田鶴

北へ北へバイクを飛ばし冬の海
巫 依子
(北へ北へバイク飛ばし冬の海)

菊くべて残り香淡く立ちにけり
中山亮成

新しき橋の架かれる枯野かな
山内雪

手水鉢空を映して冬に入る
緒方恵美

立山を見晴らすカフェや冬に入る
飯田 静

実南天雨の雫をつなぎたり
小山良枝

(実南天雨の雫をつなぎとめ)
実南天の赤と雫の透明感の色彩の対比が美しい一句です。下五「とめ」と静止状態で収められていますが、ここは、流れる状態のまま、一句を収める方が美しいでしょう。

大銀杏降る万の葉の無音かな
深澤範子

(大銀杏降る万葉の無音かな)

秋の日の木斛の葉を磨き上げ
中山亮成

(秋の日の磨き上げたる木斛の葉)
やがて落葉となる木斛の最後のきらめきを詠んで、深い感懐があります。原句では、修飾・被修飾の関係が一本調子になっていて、一句が木斛の葉の説明に終始するきらいがあります。下五の動詞連用形で収め、軽く余韻を残すと良いでしょう。

冬うらら歩いて通ふ整骨院
長谷川一枝

父母の淡くなりけり花ひひらぎ
小山良枝

すすき原賢治の声がどつとどど
深澤範子

菰巻の仕上げ確かむ一歩退き
箱守田鶴

幻のごとく柊咲きにけり
田中優美子

身に入むや特攻遺書の文字美しき
長谷川一枝

参道にちやんばらごつこ七五三
三好康夫

校庭の銀杏落葉へボール蹴る
中村道子

(校庭の銀杏落葉にボール蹴る)

腹満ちて膝を折る鹿冬暖か
島野紀子

湧水の初めは暗し末枯るる
小山良枝

わが庵のどの木も老いぬ小春空
千明朋代

(わが庵のどの木も老木小春空)

木枯や赤ちやうちんに八つ当り
奥田眞二

街角の公園四角桐は実に
箱守田鶴

(街角の四角な公園桐は実に)
そういえばそうだなと改めて納得。都会の公園は所詮人工物である、というややシニカルなニュアンスにも俳味があります。一句の感懐の主題は「公園」ではなく、「四角」だと思います。語順を入れ替えて、主題を明らかにすると良いです。

冬の月東京タワーに捕らはれて
鏡味味千代

花八手原子のやうな形して
千明朋代

団栗を踏みしだき行く天邪鬼
黒木康仁

落葉地に触るる音はた駈ける音
藤江すみ江 

猫の毛のもこもこ増ゆる冬来たる
チボーしづ香

(猫の毛のもこもこ増える冬来たる)

幸せはここにあるなり羽布団
長坂宏実

川と川出会ふ公園冬に入る
飯田 静

僧堂の軒をあかるく銀杏散る
松井洋子

炉開きや母の残せし小紋きて
千明朋代

(炉開きや母の残した小紋きて)

秋惜しむ黄昏時の大甍
飯田 静

初時雨板戸に閉店案内かな
奥田眞二

時勢の影響でしょうが、なんとも切ないですね。下五の「かな」は詠嘆として少し強すぎる印象があります。一句の後半を「店を閉づ報せ」ぐらいに抑制のきいた表現にしても良いかもしれません。

目の前を飛んできちきちばつたかな
深澤範子

滑り台冷たし子らの声高し
鏡味味千代

柊の花香りくる夕まぐれ
田中優美子

馬鈴薯掘る働かざる者食ふなかれ
山内雪

(働かざる者は食ふなと馬鈴薯掘る)
類想のあまりない、面白い一句です。「馬鈴薯」だからこそです。助詞の「と」は俳句の文法の上では、ちょっと曲者です。言葉同士を関連付けてしまい、理屈っぽくなってしまいます。潔く省いても一句は成立します。

走り去る後輪に舞ふ落葉かな
中村道子

神護寺の磴百段の散紅葉
西村みづほ

秋霖やジェット機発ちて水尾残す
松井洋子

(秋霖のジェット機発ちて水尾残す)

冬晴の八海山と対峙せり
鏡味味千代

夫の所作年寄めきて冬来たる
飯田 静

(冬来たる年寄めきて夫の所作)

掛け替へし杉玉濡らす初時雨
奥田眞二

落葉踏む訃報来たりし夜の明けて
箱守田鶴

(落ち葉踏む訃報来たりし夜の明けて)

心音良し肺の音良し天高し
山内雪

(心音良し肺音良しと天高し)

大けやき身震ひ一つ秋の暮
黒木康仁

コンビニの玉子サンドや文化の日
山田紳介

見つむれば見つめられたり星月夜
矢澤真徳

漱石忌教員室は伏魔殿
西村みづほ

(漱石忌教員室てふ伏魔殿)

冬ざれの陸橋渡るほかはなく
小山良枝

大木に当てし手のひら今朝の冬
森山栄子

吟行の二つ並びて冬帽子
松井洋子

(吟行らし二つ並びて冬帽子)

夢覚めて夢の中なる冬籠
田中優美子

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選
オーストラリア シドニー、50代、知音歴5年
幻のごとく柊咲きにけり      優美子
捨畑は何処も黄金泡立草      洋子
小春日の差し込むドールハウスかな  依子
滑り台冷たし子らの声高し     味千代
☆冬の月東京タワーに捕らはれて  味千代
東京タワーにひっかかるように出ている月を、捕らわれていると捉えたところに、
瑞々しい感性があります。作者の心象風景とも重なるような気がしました。

 

■山内雪 選
北海道天塩郡、60代、知音歴3年
室咲や半幅帯の娘どち       雅子
言葉てふ面倒事よ落葉踏む     優美子
かへるさはバスにたよらず野路の秋  依子
初時雨板戸に閉店案内かな     眞二
☆磔刑の如き案山子へ夕日かな   栄子
磔刑といえばイエスを連想するが、そこに案山子が出てくるおかしさにひかれた。

 

■飯田静 選
東京都練馬区、60代、知音歴9年
花八手原子のやうな形して     朋代
僧堂の軒をあかるく銀杏散る    洋子
柊の花香りくる夕まぐれ      優美子
焼芋の味恋しくも異国の地     しづ香
☆架け替へし杉玉濡らす初時雨   眞二
今年酒の出来上がり真新しい杉玉を 濡らす時雨に時の移り変わりを感じました

 

■鏡味味千代 選
東京都足立区、40代、俳句歴9年
大銀杏降る万の葉の無音かな    範子
身に入むや特攻遺書の文字美しき 一枝
十三夜地球に乗りて我は旅     朋代
北窓の光を好み一葉忌       栄子
☆僧堂の軒をあかるく銀杏散る   洋子
銀杏の葉がまるで光を放っているかのような美しい光景が目の前に広がりました。
穏やかな暖かい日なのでしょう。

 

■千明朋代 選
群馬県みどり市、70代、知音歴3年
見つむれば見つめられたり星月夜  真徳
髪置や慣れぬ草履のすぐ脱げて   静
架け替へし杉玉濡らす初時雨    眞二
焼芋の味恋しくも異国の地     しづ香
☆静夜思の詩文を吟ず秋の宵    亮成
こういう秋の宵を持ちたいものと思いました。

 

■辻 敦丸 選
東京都新宿区、80代、知音歴4年10ヶ月
戻したき時間のいくつ銀杏枯る   味千代
大根も透き通りゆく二人鍋     真徳
ねんねこの乳の匂を袖畳み     雅子
大木に当てし手のひら今朝の冬   栄子
☆焼芋の味恋しくも異国の地    しづ香
異国の・・・、昔むかし実感した彼是を思い出させてくれる句です。

 

■三好康夫 選
香川県丸亀市、70代、知音歴13年
新しき橋の架かれる枯野かな    雪
遠足の子どもら過ぎて鵙の声    康仁
漂ふは彷徨ふに似て雪蛍      恵美
川と川出会ふ公園冬に入る     静
☆木守や薄くなりたる母の肩    洋子
感謝の気持ちが溢れている。

 

■森山栄子 選
宮崎県延岡市、40代、知音歴10年
実南天雨の雫をつなぎたり     良枝
霜月や向き合ふことの山ほどに   範子
鳥居より鳩のこぼれて七五三    恵美
馬鈴薯掘る働かざる者食ふなかれ  雪
☆見つむれば見つめられたり星月夜  真徳
星を仰ぐうちに、ふと星々に見つめられているように感じたのだろうか。
光年という長い時間をかけて届いた光への畏敬と、懐かしいような、温かいような感覚。作者は明日への何かを蓄えることが出来たかもしれない。
星月夜という季語が人間のささやかな幸せと照らし合っている。

 

■小野雅子 選
滋賀県栗東市、70代、知音歴7年
云ひ了へて図星と知りし夜寒かな  栄子
湧水の里の豆腐屋冬に入る     栄子
冬ざれの陸橋渡るほかはなく    良枝
その中に速き一雲神の旅      恵美
☆大銀杏降る万の葉の無音かな   範子
京都御所にある大銀杏の黄葉がうかびました。水分の多い銀杏は降る時も積もる時も無音です。

 

■長谷川一枝 選
埼玉県久喜市、70代、知音歴6年
捨畑は何処も黄金泡立草      洋子
落葉地に触るる音はた駈ける音   すみ江
かへるさはバスにたよらず野路の秋  依子
漱石忌教員室は伏魔殿       みづほ
☆ねんねこの乳の匂を袖畳み    雅子
若き日の子育ての頃を懐かしく出し、乳の匂を袖畳の表現に惹かれました。

 

■藤江すみ江 選
愛知県豊橋市、60代、知音歴23年
哀しみのきつとこの色冬の海    味千代
葉を落とす力も滅し立ち枯るる   紀子
僧堂の軒をあかるく銀杏散る    洋子
見つむれば見つめられたり星月夜  真徳
☆花八手原子のやうな形して    朋代
ハ手の花を見るなり出来上がった句のように思えます。純真な素直な句ですね。

 

■箱守田鶴 選
東京都台東区、80代、知音歴20年
室咲や半幅帯の娘どち       雅子
大縄に子らの増えゆく冬日向    洋子
神護寺の磴百段の散紅葉      みづほ
青空といふほどでなく冬桜     良枝
☆あふられて富士より高く冬鴉   一枝
遠景の富士山、近景の冬鴉、あふられて富士より高く飛ぶはめになった鴉とは面白いですね。こんな瞬間を句にするのは難しいです。

 

■深澤範子 選
岩手県盛岡市、60代、知音歴約10年
ままごとの仕切屋のゐて赤のまま  静
冬の月東京タワーに捕らはれて   味千代
幸せはここにあるなり羽布団    宏実
吟行の二つ並びて冬帽子     洋子
☆十三夜地球に乗りて我は旅    朋代
地球に乗りてとは、なんと壮大な発想でしょうか? ここに感心致しました。

 

■中村道子 選
神奈川県大和市、80代、知音歴2年7か月
立山を見晴らすカフェや冬に入る  静
正面にいつも父をる炬燵かな    良枝
花八手原子のやうな形して     朋代
架け替へし杉玉濡らす初時雨    眞二
☆僧堂の軒をあかるく銀杏散る   洋子
日に当たり金色に輝きながら、はらはらと舞い落ちる銀杏の葉。僧堂の中から眺めている美しい映像は飽きることなく、さぞ心が和むことでしょう。

 

■島野紀子 選
京都府京都市、50代、知音歴9年
ままごとの仕切屋のゐて赤のまま  静
「ひ」の言えぬ親爺の〆や酉の市  眞二
秋雨やレクイエム聞く一日あり   朋代
焼芋の味恋しくも異国の地     しづ香
☆捨畑は何処も黄金泡立草     洋子
帰化植物の生命力の強さには圧倒されるがその代表格。
人の手の入らなくなった捨畑なら尚更。寂しくも美しい景色が浮かびます。

 

■山田紳介 選
岡山県津山市、団塊の世代、知音歴20年
今日からの赤はポインセチアの赤  田鶴
インバネス脱げば奈落の闇ならん  雅子
寂しさにキャンディ一つ秋の空   味千代
橋過ぎてすぐの十字路初時雨    恵美
☆大木に当てし手のひら今朝の冬  栄子
冬の大木に触れてみると、何処となくなつかしく、あたたかい。
世界の何処へでもつながっているような気がして来る。

 

■松井洋子 選
愛媛県松山市、60代、知音歴3年
菰巻の仕上げ確かむ一歩退き    田鶴
鰡の一撃離宮の静寂破りけり    亮成
ねんねこの乳の匂を袖畳み     雅子
その中に速き一雲神の旅      恵美
☆大銀杏降る万の葉の無音かな   範子
とめどなく降り頻る大銀杏。更にそれが無音であることに詠み手の心が動いた。
美しい静謐な景色が読み手の目前にも広がる。

 

■緒方恵美 選
静岡県磐田市、70代、知音歴6ヶ月
菊くべて残り香淡く立ちにけり   亮成
下り梁掛けてひとしほ水の青    栄子
神護寺の磴百段の散紅葉      みづほ
一口の白湯を味はふ冬の朝     味千代
☆湧水の里の豆腐屋冬に入る    栄子
豆腐は水で決まるとも言われる。冬に入り、冷たさの増した水の豆腐はさぞかし美味であろう。微妙な季節の移り変わりを言い得て妙。

 

■田中優美子 選
栃木県宇都宮市、20代、知音歴14年
新しき橋の架かれる枯野かな    雪
北へ北へバイクを飛ばし冬の海   依子
正面にいつも父をる炬燵かな    良枝
心音良し肺の音良し天高し     雪
☆滑り台冷たし子らの声高し    味千代
寒さもなんのその、むしろ「冷たい冷たい」とはしゃぐ子どもたち。あのエネルギーは
どこからくるのかな、と遠い目になりました。目の前の子どもたちと、かつては子どもだったはずの自分を重ね合わせて感じ入る句でした。

 

■長坂宏実 選
東京都文京区、30代、知音歴1年
冬の月東京タワーに捕らはれて   味千代
寂しさにキャンディ一つ秋の空   味千代
足裏をくすぐり合ふて冬日向    味千代
団栗を踏みしだき行く天邪鬼    康仁
☆焼芋の味恋しくも異国の地    しづ香
外国にいらっしゃるのでしょうか。寒い冬になると、特に日本の味が恋しくなるのだろうなぁと思いました。早く元の世界にもどりますように。

 

■チボーしづ香 選
フランス ボルドー、70代、知音歴3年
茶の花や噂話を又聞きす      味千代
父と手をつなぎ下げたる千歳飴   一枝
目の前を飛んできちきちばつたかな  範子
じじばばの語りに残る鉢叩き    敦丸
☆ ままごとの仕切屋のゐて赤のまま  静
選んだ句全て良いと思いましたが、この句は子の可愛さを上手に表現していて好きです。

 

■黒木康仁 選
兵庫県川西市、70代、知音歴4年
枯はちす往生際といふをふと    雅子
あふられて富士より高く冬鴉    一枝
架け替へし杉玉濡らす初時雨    眞二
漱石忌教員室は伏魔殿       みずほ
☆大根も透き通りゆく二人鍋    真徳
緩やかに過ぎゆくときと二人の物静かさが伝わってきました。

 

■矢澤真徳 選
東京都文京区、50代、知音歴1年
手水鉢空を映して冬に入る     恵美
神官の脇を走りて七五三      康夫
大けやき身震ひ一つ秋の暮     康仁
滑り台冷たし子らの声高し     味千代
☆戻したき時間のいくつ銀杏枯る  味千代
秋は時間を意識させる季節。もう一度味わいたい時間なのか、違うものにしたい時間なのか、もし時間を戻せる世界があるとしたら、それはどんな世界だろうか。

 

■奥田眞二 選
神奈川県藤沢市、80代、知音歴8ヶ月
今日からの赤はポインセチアの赤  田鶴
枯はちす往生際といふをふと    雅子
コンビニの玉子サンドや文化の日  紳介
大けやき身震ひ一つ秋の暮     康仁
☆焼芋の味恋しくも異国の地    しづ香
ザルツブルグの街角で焼き栗を求めたとき妻が「でも美味しい焼き芋が美味しいわ」と
変な呟きをしていたのを思い出しました。
味恋しくも、に異国暮らしの女性のノスタルジアをふつふつと感じます。(作者女の方でしょうね)。

 

■中山亮成 選
東京都渋谷区、70代、知音歴8年
庭の柚木ゆず湯にジャムにおすましに  朋代
身に入むや特攻遺書の文字美しき  一枝
大木に当てし手のひら今朝の冬   栄子
一遍の仮寓の跡も花野なか     洋子
☆捨畑は何処も黄金泡立草     洋子

担い手のない農村の現状を捉えていると思いました。

 

■髙野 新芽 選
東京都世田谷区、30代、知音歴2ヶ月
葉を落とす力も滅し立ち枯るる   紀子
父母の淡くなりけり花ひひらぎ   良枝
湧水の初めは暗し末枯るる     良枝
十三夜地球に乗りて我は旅     朋代
☆大木に当てし手のひら今朝の冬  栄子
手のひらから自然を感じる世界観が好きでした。

 

■巫 依子 選
広島県尾道市、40代、知音歴20年
架け替へし杉玉濡らす初時雨    眞二
咲きながら枯れてゆくなり山茶花は  優美子
幻のごとく柊咲きにけり      優美子
一遍の仮寓の跡も花野なか     洋子
☆霜月や向き合ふことの山ほどに  範子
霜が降り目に見えて季節の移ろいを感じる頃、今年もだんだん終わりに近づいて来ていると実感するも、あれもこれも自分はいったい…と、自分自身を内省し焦燥感にかられたりするのは、確かにこの頃なのかもしれないなと納得させられた。しかして、そう頭ではわかっていても、すぐにまた師走を迎え、実際何も向き合うことのできぬままに新しい年を迎えてしまったりすることも…なんだけれども。

 

■佐藤清子 選
群馬県水戸市、60代、知音歴2か月
亡きひとの声をたしかに石蕗の花  優美子
しぐるるや一撞一礼輪王寺     一枝
ままごとの仕切屋のゐて赤のまま  静
炉開きや母の残せし小紋きて    朋代
☆枯はちす往生際といふをふと   雅子
まるで死んだような枯れはちすの池である。だが、来年も池を膨らませて紅蓮が咲くことを確信してる余裕がおもいろいほど伝わってきました。

 

■西村みづほ 選
京都府京都市、60代、知音歴2か月
漂ふは彷徨ふに似て雪蛍      恵美
湧水の里の豆腐屋冬に入る     栄子
滝の糸一条の光を引きぬ      亮成
青空といふほどでなく冬桜     良枝
☆ねんねこの乳の匂を袖畳み    雅子
袖だたみと言う言葉が、赤ちゃんが待っているので素早く畳まれた景がうかがえて、
そして匂いと共に愛情も感じられて素敵な句だと思いました。

 

◆今月のワンポイント

「助詞を正しく用いる」

俳句の中で助詞を正しく用いることは、要諦の一つでもありますが、省いた方が良いことも、往々にしてあります。特に気を付けたいのは「に」と「と」。言葉の間の関係を明瞭にするために、入れたくなることも多いのですが、それが却って、知に働きすぎるという結果を招いてしまいます。
今月の句にもいくつか見受けられました。ことばの間に間を取り、両者の緊張関係を作り出すことが、韻文では大切です。省けるか否か、一句の推敲の時に、ぜひ、チェックしてみてください。(中田無麓)

◆特選句 西村 和子 選

心地良き言葉ばかりやそぞろ寒
鏡味味千代

【講評】「心地良き言葉」とは、社交辞令のようなうわべだけの言葉のことでしょう。「ばかり」に否定のニュアンスがある上に、季語「そぞろ寒」が心情を代弁しています。作者が求めているのは、真実を穿つ言葉、触れれば血の出るような言葉なのでしょう。俳句も「心地良き言葉ばかり」になってはいけませんね。(井出野浩貴)

 

水底にしんと日の射す初もみぢ
緒方恵美

【講評】上五中七から秋の澄んだ水が見えてきます。「初もみぢ」を見てから水底をのぞきこんだのか、それとも水影から「初もみぢ」に気がついたのか、いずれにしても、秋の高く青い空までおのずと思い浮かびます。(井出野浩貴)

 

転びても泣かぬ児を褒め草紅葉
松井洋子

【講評】木々の紅葉は美しいものですが、さまざまな草の色づきにもしみじみとした味わいがあります。「草紅葉」という地面に近いところにあるゆかしい季語が、「転びても泣かぬ児」の低い視線と響きあうようです。(井出野浩貴)

 

何処からか羽根のふはりと秋の空
鏡味味千代

【講評】どんな鳥の羽根かは明確にされていません。ふわりと落ちてきた羽根は、青く澄んだ秋の空のはるかな高みから来たのかもしれません。折しも、北の地から渡り鳥がやってくる季節です。はるかなるものにふと思いを馳せたのでしょう。(井出野浩貴)

 

啄木鳥の音のジャズめきニューヨーク
小山良枝

【講評】セントラルパークの啄木鳥でしょうか。啄木鳥が木を突く音の形容として、新鮮でおもしろい句です。言われてみれば、そんなふうに聞こえるかもしれません。「啄木鳥」と「ニューヨーク」という意外な組み合わせが詩を生みました。思えば、ジャズも異文化の混淆から生まれた音楽でした。(井出野浩貴)

 

新米の光こぼさぬやうよそふ
小山良枝

【講評】炊く前の新米を掌にすくう場面はよく描かれますが、この句は炊き立ての新米です。「光こぼさぬやう」という表現に、杓文字をそっと扱う手つきが表現できました。(井出野浩貴)

 

豆畑の枯れそめ山は藍深め
小野雅子

【講評】豆は熟れると茎を土から引き抜いて収穫します。「枯れそめ」ということは、収穫されないまま冬を迎えたものかもしれません。そのうら寂しい畑を見下ろしている山の色が藍を深めたようだったというのです。季節のゆきあいの微妙なところを表現できました。(井出野浩貴)

 

魂迎遠くで父の声がする
深澤範子

【講評】盆の夕方、戸口で迎え火を焚いているのでしょう。虚子に「風が吹く仏来給ふけはひあり」という句があります。この句の場合は「仏」ではなく「父」ですから、いっそう身近に「けはひ」ではなく「声」を感じたわけです。なぜか「母の声」では成り立ちそうもありません。(井出野浩貴)

 

蜻蛉や空に結界あるがごと
黒木康仁

【講評】蜻蛉は自由に空を飛んでいるように見えますが、じっくり見ていると急に方向転換したり引き返したりしていることがわかります。生物学的にはテリトリーということでしょうが、それを「結界のごと」と表現した点がおもしろい句です。(井出野浩貴)

 

星ひとつふたつ流れて中也の忌
緒方恵美

【講評】中原中也の忌日は十月二十二日です。「星ひとつふたつ流れて」は、その季節の澄んだ夜空を思わせ、奔放な青春を過ごし三十歳で早世した中也の生涯と響きあうようです。(井出野浩貴)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

( )内は原句
鹿尻を振りつつ車止めにけり
奥田眞二

星月夜夢判断の書の古りて
森山栄子

午後の日の移るは早し曼珠沙華
松井洋子

台風のあとを追ふかに上京す
山内 雪

師と仰ぐ人すでに亡し彼岸花
黒木康仁
(師と仰ぐ人すでになし彼岸花)

歩を進め行くほど鰯雲壮大
藤江すみ江
(鰯雲歩を進め行くほど壮大)

すぢ雲やはや届きたる今年米
辻 敦丸
(すじ雲やはや届きけり今年米)

色鳥や京はせいぜい五階建
島野紀子

夜更けまでビルの灯消えず秋の雨
飯田 静

新走り酌む莫逆の差し向ひ
奥田眞二

(あら走り酌む莫逆の差し向ひ)

盆の月めがね橋より出(い)で来たる
深澤範子

(盆の月めがね橋より出て来たる)
文語「来たる」に合わせて文語「出(い)づ」を使いましょう。

言葉交はすだけで嬉しき秋日和
鏡味味千代

(言葉交はすだけで嬉しや秋日和)

ままごとの皿にこんもり櫟の実
飯田 静

スマホ手に尻を牡鹿に小突かるる
奥田眞二

(手にスマホ尻をさ鹿に小突かるる)

秋の航宮居に舳先向けしより
森山栄子

(秋の航お宮に舳先向けしより)

紫苑剪る握りつやめく花鋏
松井洋子

女といふ重荷脱ぎ捨て秋桜
鏡味味千代

(女性とふ重荷脱ぎ捨て秋桜)
「女性」は社会的文脈で使う言葉です。有島武郎の小説は『或る女』でしょうか、それとも『或る女性』でしょうか。

身を捩る鮭の遡上を岸辺より
小野雅子

色なき風出土の杯のざらついて
森山栄子

台風の真つ只中に電話来る
深澤範子

秋の朝花見小路に塵の無く
鏡味味千代

縮緬を展べて耀ひ秋の水
藤江すみ江

(縮緬を展べて耀ひ水の秋)

身に入むや武人埴輪の向かう傷
辻 敦丸

(身に入むや武人埴輪の向かひ傷)

山葡萄甘しよ帰り道遠し
山田紳介

(山葡萄甘きよ帰り道遠し)

釣堀の水の流るる藤袴
千明朋代

手捻りの一子相伝小鳥来る
飯田 静

引く波は泡を残して秋の声
小山良枝

(去る波は泡を残して秋の声)

ワッと叫ぶやうに開きし海桐の実
奥田眞二

曼殊沙華女体神社の名もをかし
箱守田鶴

(曼殊沙華女体神社と名もをかし)

風に揺るる長さに剪りて秋桜
松井洋子

(風に揺る長さに剪りて秋桜)
「長さ」という体言を修飾しているので連体形「揺るる」に。

喧噪に紛ふことなく秋の蝉
中山亮成

いつせいに鷗散りけり海桐の実酒
小山良枝

竜胆の蕾きりきり左巻き
小野雅子

考に似し人に歩を止め秋の暮
松井洋子

村人の立てし幟に蜻蛉来
山内 雪

大空を使ひ切つたる鵙の声
緒方恵美

細長く風吹きゆけり芒原
矢澤真徳

糸屑のやうに果てけり曼殊沙華
千明朋代

漬物の重石に由来秋日和
森山栄子

見沼野にはぐれて聞くや荻の声
箱守田鶴

(見沼野にはぐれて聞くや荻野声)

茶の花や箒目みだし寺の猫
松井洋子

言ふべきを呑み込みにけり暮の秋
鏡味味千代

癌検査再検査とぞそぞろ寒
中山亮成

蔦絡む塀の長々大使館
飯田静

ありなしの風に揺れそむ藤袴
小野雅子

(ありなしの風に揺れそみ藤袴)

目につくは鴉ばかりや秋の暮
山内 雪

焼栗の煙目にしむ鼻にしむ
黒木康仁

(焼栗の煙が目にしむ鼻にしむ)

武者窓を突き抜け走る稲つるび
辻 敦丸

(武者窓へ突き抜け走る稲つるび)

山葡萄採る時兄の逞しき
山田紳介

水音に少し遅れて添水鳴る
緒方恵美

議事堂を浮かび上がらせ秋灯
飯田静

コスモスの親しき高さ南阿蘇
森山栄子

寝しづまる甍今宵の月に映え
松井洋子

音もなく星も流れて遠花火
巫 依子

不在なる母の軒先秋の薔薇
三好康夫

雨脚の強くなりけり山葡萄
山田紳介

木犀や朝を知らせる街の音
長坂宏実

(金木犀朝を知らせる街の音)
上五も下五も名詞という型もありえますが、上五を「や」で切る型の方が効果的なことが多いようです。

我が窓に飛んできたりぬいぼむしり
千明朋代

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選
オーストラリア在住、50代、知音歴5年
畦を行くちちろの声を踏まぬやう  田鶴
人生にピリオド幾つ水引草     依子
煙立つ一つ一つの墓の秋      真徳
何処からか羽根のふはりと秋の空  味千代
☆牛蒡引く田舎の父の匂ひする   範子
牛蒡の土の匂いと無骨な様を、お父さんに重ねたのでしょう。
飾り気のない素直な表現と季語が良く合っていると思いました。

 

■山内雪 選
北海道天塩郡在住、60代、知音歴3年
畦を行くちちろの声を踏まぬやう  田鶴
細長く風吹きゆけり芒原      真徳
「座禅中禁入門」木の実落つ    眞二
議事堂を浮かび上がらせ秋灯    静
☆糸屑のやうに果てけり曼朱沙華  朋代
なるほど枯れたら糸屑のようになりそう。当たり前のことかもしれないが、新鮮だった。

 

■飯田静 選
東京都練馬区、60代、知音歴9年
畦を行くちちろの声を踏まぬやう  田鶴
午後の日の移るは早し曼珠沙華   洋子
鈴鳴らす人の歩かぬ栗の道     宏実
啄木鳥の音のジャズめきニューヨーク  良枝
☆大空を使い切つたる鵙の声    恵美
雲一つない青空に鵙の甲高い声が響いている景を思い浮かべます。

 

■鏡味味千代 選
東京都足立区在住、40代、知音歴9年
冷やかや朝の雨音しろじろと    康夫
虫の音のふと聞こえふと消えてをり  優美子
手捻りの一子相伝小鳥来る     静
新米の光こぼさぬやうよそふ    良枝
☆「座禅中禁入門」木の実落つ   眞二
木ノ実が落ちる音を感じられるくらい、その場がしんとしているのでしょう。
ただ、入門を禁じている人間世界には関係なく、木ノ実は音を立てて落ちているのだと、可笑しみも感じました。

 

■千明朋代 選
群馬県みどり市在住、70代、知音歴3年
稲架かけてお天道さまの匂かな   田鶴
新米の光こぼさぬやうよそふ    良枝
寝しづまる甍今宵の月に映え    洋子
星ひとつふたつ流れて中也の忌   恵美
☆吹き寄せや黄瀬戸の土鍋冬ぬくし  すみ江
暖かいおいしそうな吹き寄せが現れました。

 

■辻 敦丸 選
東京都新宿区在住、80代、知音歴4年10ヶ月
転びても泣かぬ児を褒め草紅葉   洋子
茶の花や箒目みだし寺の猫     洋子
糸屑のやうに果てけり曼殊沙華   朋代
新米の重さつくづく水の国     栄子
☆そしてまた金木犀の香る頃    依子
時の流れの速さを実感する。

 

■三好康夫 選
香川県丸亀市在住、70代
大空を使ひ切つたる鵙の声     恵美
秋水の細くこぼるる音重し     洋子
雨脚の強くなりけり山葡萄     紳介
洗車する親子の会話天高し     道子
☆台風の真つ只中に電話来る    範子
台風に電話の音。緊張感が見事に詠まれている。

 

■森山栄子 選
宮崎県延岡市在住、40代、知音歴10年
十月や大歳時記を取り出して    一枝
虫の音のふと聞こえふと消えてをり  優美子
星ひとつふたつ流れて中也の忌   恵美
木犀や朝を知らせる街の音     宏実
☆手捻りの一子相伝小鳥来る    静
ひたむきに作陶に打ち込む姿、柔らかな光が差し込んでいる窓。小鳥来るという季語に希望を感じます。

 

■小野雅子 選
滋賀県栗東市在住、70代、知音歴7年
水底にしんと日の射す初もみぢ   恵美
台風の真つ只中に電話来る     範子
漬物の重石に由来秋日和      栄子
柿たわわここふるさとと決めやうか  田鶴
☆稲架けてお天道さまの匂かな   田鶴
実りの秋への賛歌。「お天道さま」の措辞に自然への畏怖と感謝が感じられます。

 

■長谷川一枝 選
埼玉県久喜市在住、70代、知音歴6年
あら走り酌む莫逆の差し向ひ    眞二
色鳥や京はせいぜい五階建     紀子
新米の光こぼさぬやうよそふ    良枝
名月よと掛け来る電話父さん子   すみ江
☆そしてまた金木犀の香る頃    依子
17文字の中に物語がひとつ潜んでいるような感じを持ちました。

 

■藤江 すみ江 選
愛知県豊橋市在住、60代、知音歴23年
赤蜻蛉の赤も寂しき峡の秋     真徳
啄木鳥の音のジャズめきニューヨーク  良枝
ありなしの風に揺れそむ藤袴    雅子
茶の花や箒目みだし寺の猫     洋子
☆畦を行くちちろの声を踏まぬやう  田鶴
声を踏まぬやう この表現上手だなあと感心しました。
通りすがりに聞こえ来る虫の音 邪魔をしたくないという作者のやさしさを感じます。

 

■箱守田鶴 選
東京都台東区在住、80代
転びても泣かぬ児を褒め草紅葉   洋子
新米の重さつくづく水の国     栄子
山葡萄採る時兄の逞しき      紳介
議事堂を浮かび上がらせ秋灯    静
☆売れぬかも知れぬ牛行き秋終はる  雪
大切に育てた牛を売りに出した。乳牛として食肉として最後には皮革として人間の役に立つ牛が哀れだ-売れても売れなくても。

 

■深澤範子 選
岩手県盛岡市在住、60代、知音歴約10年
水底にしんと日の射す初もみぢ   恵美
冬近し遠見の富士に白きもの    眞二
人生にピリオド幾つ水引草     依子
竜胆の蕾きりきり左巻き      雅子
☆新米の光こぼさぬやうよそふ   良枝
新米のつややかさが伝わってきます。美味しいにおい、湯気も感じられます。

 

■中村道子 選
神奈川県大和市在住、80代、知音歴2年7か月
夜更けまでビルの灯消えず秋の雨  静
稲架かけてお天道さまの匂かな   田鶴
大空を使ひ切つたる鵙の声     恵美
売れぬかもしれぬ牛行き秋終はる  雪
☆コンビニの主役も変はりおでん鍋  新芽
気が付くといつの間にかコンビニのカウンター近くにおでん鍋が湯気を立てている。
季節の移り変わりを実感させる句だと思いました。

 

■島野紀子 選
京都府京都市在住、50代、知音歴9年
「座禅中禁入門」木の実落つ    眞二
水音に少し遅れて添水鳴る     恵美
午後の日の移るは早し曼珠沙華   洋子
道端の終はり知らずの胡桃採り   しづ香
☆売れぬかもしれぬ牛行き秋終はる  雪
珍しい牛の市場の景、新年を前に牛を高値で売りたいがどうなるんだろうという不安が、秋終わる落ち葉の中で思案するのが浮かぶ。

 

■山田紳介 選
岡山県津山市在住、団塊の世代、知音歴20年
銀杏の落ちて校舎の静けさよ    宏実
漬物の重石に由来秋日和      栄子
糸瓜に相談しても埒の明かず    良枝
海めざし転がつてゆく檸檬かな   良枝
☆そしてまた金木犀の香る頃    依子
何があっても季節だけは前へ進んで行く。「そしてまた」と付け加えるだけで、万感が籠る。

 

■松井洋子 選
愛媛県松山市在住、60代、知音歴3年
境界線「陸軍」とあり大花野    一枝
大空を使ひ切つたる鵙の声     恵美
日溜りを拾ひつつゆく花野かな   良枝
引く波は泡を残して秋の声     良枝
☆新米の光こぼさぬやうよそふ   良枝
湯気立ててつやつやに炊き上がった新米のご飯。中七で詠み手の心情まで十分に伝わってくる。

 

■緒方恵美 選
静岡県磐田市在住、70代、知音歴6ヶ月
柏槙の葉越しに秋の陽の欠片    眞二
忘れ得ぬことの数々水引草     依子
縮緬を展べて耀ひ秋の水      すみ江
日溜りを拾ひつつゆく花野かな   良枝
☆新米の光こぼさぬやうよそふ   良枝
平明で簡潔な言い回しの中に、新米の艶・美味しさ更に香りまでを巧みに表現した一句。

 

■田中優美子 選
栃木県宇都宮市在住、20代、知音歴14年
星月夜夢判断の書の古りて     栄子
犬と人と猫のごろごろ日向ぼこ   新芽
新米の光こぼさぬやうよそふ    良枝
その中の一花閉ぢざり濃竜胆    雅子
☆心地良き言葉ばかりやそぞろ寒  味千代
聞こえだけがよく中身の伴わない言葉の、胸の奥が冷えていく感覚が表されていると思いました。

 

■長坂宏実 選
東京都文京区在住、30代、知音歴1年
畦を行くちちろの声を踏まぬやう  田鶴
蔦絡む塀の長々大使館       静
売れぬかもしれぬ牛行き秋終はる  雪
コンビニの主役も変はりおでん鍋  新芽
☆日溜りを拾ひつつゆく花野かな  良枝
少し寒い中にも暖かさを感じ、秋の花の香りも伝わってきます。
そんな花野に行ってみたいと思いました。

 

■チボーしづ香 選
フランスボルドー在住、70代
ままごとの皿にこんもり櫟の実   静
夜を寒み来し方の悔いふたつみつ  雅子
細長く風吹きゆけり芒原      真徳
不在なる母の軒先秋の薔薇     康夫
☆啄木鳥の音のジャズめきニュ―ヨーク  良枝
啄木鳥とジャズ面白い組み合わせとニュ―ヨークで閉めておしゃれな句。

 

■黒木康仁 選
兵庫県川西市在住、70代、知音歴4年
色鳥や京はせいぜい五階建     紀子
大空を使ひ切つたる鵙の声     恵美
細長く風吹きゆけり芒原      真徳
松手入鋏の捌き小気味好し     亮成
☆海めざし転がってゆく檸檬かな  良枝
海の青色、レモンの黄色、空の青さもみえてきて、檸檬のいきおいに爽やかさも感じられます。

 

■矢澤真徳 選
東京都文京区在住、50代、知音歴1年
畦を行くちちろの声を踏まぬやう  田鶴
転びても泣かぬ児を褒め草紅葉   洋子
大空を使ひ切つたる鵙の声     恵美
ミルクティーに生姜ぷかりと日曜日  栄子
☆不在なる母の軒先秋の薔薇    康夫
不在なるがゆえにいっそう母が大切に育てた秋の薔薇に母の存在を感じ、
薔薇の美しさが鮮やかに目に入ってくる。

 

■奥田眞二 選
神奈川県藤沢市在住、80代、知音歴8ヶ月
色鳥や京はせいぜい五階建     紀子
目につくは鴉ばかりや秋の暮    雪
夫の歩を待ちたる道の草の花    道子
洗車する親子の会話天高し     道子
☆啄木鳥の音のジャズめきニューヨーク  良枝
お洒落な句ですね。コロナ禍のN.Yにこのような刻が流れると良いですが。

 

■中山亮成 選
東京都渋谷区在住、70代、知音歴8年
曼殊沙華明日香の里は畦かさね   雅子
熟柿剥くこのペティナイフ人刺さず  眞二
夫の夜具そつと見にゆく夜寒かな  道子
茶の花や箒目みだし寺の猫     洋子
☆星月夜夢判断の書の古りて    栄子

ロマンの溢れる一句です。

 

■髙野 新芽 選
東京都世田谷区在住、30代、知音歴2ヶ月
言葉交はすだけで嬉しき秋日和   味千代
秋うらら見沼田んぼのドッグラン  田鶴
啄木鳥の音のジャズめきニューヨーク  良枝
ミルクティーに生姜ぷかりと日曜日  栄子
☆音もなく星も流れて遠花火    依子
シンプルな中に綺麗な情景が目に浮かびました。

 

■巫 依子 選
広島県尾道市在住、40代、知音歴20年
吹き寄せや黄瀬戸の土鍋冬ぬくし  すみ江
畦を行くちちろの声を踏まぬやう  田鶴
細長く風吹きゆけり芒原      真徳
新米の光こぼさぬやうよそふ    良枝
☆星月夜夢判断の書の古りて    栄子
星の明るい夜空を見上げていると、誰しもが日常の次元から乖離しがち。とかく若い頃はその感も強く、日常の次元ではあり得ないようなことが登場する夢を見るにつけても、夢判断に心惹かれ、そうした本に夢中になってみたり。この句の作者も、年を経た今、星月夜を見上げ、もう今となっては古びてしまったそうした書籍を開くこともない自分に、若かりし頃の自分を思い出し、ちょっとした感傷に浸っているのではないでしょうか。それもまた、星月夜ゆえのノスタルジーとも。

 

◆今月のワンポイント

「季語が動く」

季語が動く、という評を受けることが誰にでもあるでしょう。取り合わせの句では起こりがちなことです。では、動かぬ季語を見つけるにはどうしたらよいのでしょうか。捷径があろうはずがありませんが、先人の名句をたくさん読み、いわく言い難い呼吸を体に染みこませることが一番ではないかと思います。

生涯のいま午後何時鰯雲  行方克巳

うつしみは涙の器鳥帰る  西村和子

人生のある感慨を季語に託している点、空を仰いでいる点が共通していますが、この両句の季語を交換することはできるでしょうか。

答えは言わないでおきましょう。大切なのは、人の句を読むときも、自分の句を推敲するときも、その季語が最適かどうか常に考え続けることでしょう。(井出野浩貴)

※連絡
・2021年1月号から西村和子先生が「知音集」の選を担当されます。入選句を中心に必ず投句をしましょう。

・12月の「NHK俳句」に知音の仲間が出演するので是非ご覧ください。
Eテレ
12月20日(日)午前6:35~7:00

12月23日(水)午後3:00~3:25

◆特選句 西村 和子 選

静かなる時間もありて運動会
山田紳介

【講評】喚声と音楽でにぎやかな「運動会」ですが、にぎやかさや活気を詠もうとすると常識的な発想に陥り、うまくいかないものです。この句はふと訪れた「静かな時間」に着目し、そういえばそういうこともあったなあと読み手の記憶を蘇らせてくれます。季語の力によって、おのずと澄んだ秋の空気や秋空の高さなども感じられます。(井出野浩貴)

 

天翔ける羽衣のごと秋の雲
長谷川一枝

【講評】見立てがおもしろい句です。羽衣伝説は世界各地に存在するそうですが、天女は白鳥の化身とされていることが多いようです。冬にやって来る白鳥のさきがけとしての秋の雲といったところでしょうか。雲の白さのみならず、空の青さが見えてきます。(井出野浩貴)

 

グランドを猫が走るや運動会
山田紳介

【講評】「静かなる時間」の句と同様、意外な一場面を切り取り成功しました。猫はただグランドを横切っただけで、トラックを走っているわけではないでしょうが、どことなくおかしみがあります。(井出野浩貴)

 

背中みな遠くなりゆく花野かな
小山良枝

【講評】だれの背中でしょうか。吟行をともにしている仲間の背中でしょうか。それとも、これまでかかわりがあり、すでに鬼籍に入った人たちの背中でしょうか。筆者にはどうも後者のように感じられます。美しい「花野」は、遠からず冬を迎え「枯野」となっていきます。作者は去りゆく影に目を凝らしているのかもしれません。(井出野浩貴)

 

毬栗や走り出したら止まらぬ子
鏡味味千代

【講評】元気よく親よりも先を走り、呼んでも走りやめない子と、地べたに落ちている毬栗とが、気持ちよい秋の空気を伝えてくれます。動いているものと静止しているものとの対照が効いています。(井出野浩貴)

 

覚えなき痣のひとつも台風禍
森山栄子

【講評】台風という、人智によっては制御できない自然の猛威に身をすくめ、家に籠もっていると、いつのまにか痣ができていたことに気づいた。理屈上はこの痣と台風とは関係がないのかもしれませんが、微妙な心理が伝わってきます。台風に苦しめられる九州の人ならではの句です。無事に台風の季節が終わることを祈ります。(井出野浩貴)

 

銀座にも名のなき通り小鳥くる
小山良枝

【講評】「銀座にも名のなき通り」があるというちょっとした発見が、「小鳥くる」によって詩にふくらみました。日比谷公園なども近くですから「小鳥」(アトリやジョウビタキなどの渡り鳥)を見かけることもあるのかもしれませんが、実際にどうかということよりも、「小鳥」が来るころの季節の空気を感じます。季語が抜群に効いています。(井出野浩貴)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

( )内は原句
新涼やポテトサラダに酢を足して
飯田 静

話また途切れて秋の扇かな
奥田眞二

倦むでなく慣れ合ふでなく秋の潮
鏡味味千代

潮騒の透き通りたる秋の昼
辻 敦丸

敬老の日や父在さば盤寿なり
島野紀子
(父在さば盤寿なりけり敬老の日)

江の島の路地のら猫とねこじやらし
奥田眞二
(江の島の蜑路地猫とねこじやらし)
「蜑路地」は「蜑の路地」と言うべきでしょう。ただし、観光地としてにぎわう江ノ島ですからただの「路地」が適切でしょう。

茫茫のハーブ刈る手に赤とんぼ
小野雅子

墓碑の名を継ぐ手立て無く秋彼岸
箱守田鶴
(墓石の名継ぐ手立て無く秋彼岸)

積読のまたも増えたる残暑かな
松井洋子

白き鳩一羽交じりて園の秋
鏡味味千代

(白き鳩一羽交じりて秋の園)

西空に弓張り月の影淡き
中山亮成

(西の空弓張り月の影淡き)

もとほれば音色の変はり虫の原
小野雅子

(もとほれば曲想変はり虫の原)
「曲想」はやや擬人化が過ぎました。

新涼や朝餉の菜のひとつ増え
松井洋子

朝食の紅茶熱々秋深し
田中優美子

そぞろ寒早起きの顔洗ひをり
三好康夫

枕辺の本の増えゆく夜長かな
中村道子

(枕辺に本の増えゆく夜長かな)
「の」でも「に」でも通じるときは、たいてい「の」の方がよいようです。「に」は場所の説明になってしまうからです。

金の風銀の風吹く芒かな
矢澤真徳

ゆく夏や有給休暇余りたる
長坂宏実

(ゆく夏や余りたる有給休暇)
五七五のリズムを基本にしましょう。

エプロンを染めて頬張る黒葡萄
飯田 静

だんまりを決めてひたすら栗を剥く
森山栄子

蜜豆が一番人気山のカフェ
深澤範子

(蜜豆の一番人気山のカフェ)

心臓の形に湧きて秋の雲
田中優美子

寄り道をせずに帰らむ草の花
飯田 静

土器をもろ手に受けて菊の酒
小野雅子

置いてきぼりくらつたやうな秋夕焼
田中優美子

曼珠沙華老いの坂にも交差点
黒木康仁

水澄みて水の深さを失へり
緒方恵美

自販機のコーンポタージュ夏の果
長坂宏実

(自販機のコンポタージュや夏の果)

くすぐりて百日紅を悶えさす
小野雅子

鬼城忌の窓をも揺らす豪雨かな
鏡味味千代

夕さりて句集閉づればかなかなかな
小野雅子

数珠玉や子らはゲームに夢中なる
松井洋子

(数珠玉や子らはゲームの話して)
「話して」では冷静な感じですね。

勉強が好きになりさう涼新た
田中優美子

千円の理髪に足りて涼新た
山内 雪

(千円のカットに足りて涼新た)

控へ目な香り気高き茗荷の子
藤江すみ江

(控へ目な気高き香り茗荷の子)
原句は、「香り」を修飾する語句がやや長すぎるようです。

群がりてゐてひそやかに吾亦紅
緒方恵美

秋時雨アルハンブラのなつかしき
千明朋代

群青に眠れる町や月今宵
松井洋子

秋の日やどの舟も人待つやうに
小山良枝

数珠玉や宅地となりし水源池
松井洋子

どうしても好きになれずよ秋海棠
田中優美子

(どうしても好きになれずに秋海棠)

天来の叫び声もて鵙来たる
三好康夫

(天来の叫び声もて初鵙来)

途中から調子変はりし虫の声
中村道子

(途中からリズムの変はる虫の声)

むらさきの東京タワー九月尽
矢澤真徳

満開の紅をこぼして萩の風
飯田 静

海近き闇が音たて野分かな
奥田眞二

(海近き闇が音する野分かな)
「音がする」は口語的です。「かな」止めのときは文語がいいでしょう。

てのひらの梨よき名前よき重み
森山栄子

露けしや腹まで濡れて犬帰る
松井洋子

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選
灯を消してちちろと同じ闇にゐる  恵美
静かなる時間もありて運動会    紳介
新涼や朝餉の菜のひとつ増え    洋子
むらさきの東京タワー九月尽    真徳
☆魂送熾火はすでに闇の色     栄子
夜の闇の静けさの中に、先祖の霊を無事に送り終えた後の余韻が漂っているようです。。

 

■山内雪 選
無知といふ悔しさ今も流れ星    優美子
銀座にも名のなき通り小鳥くる   良枝
蝿が来て指を舐めだす親の家    康仁
どこまでも一直線の夏野かな    範子
☆亡骸のまぶた下ろしてより白夜  優美子
白夜とはあの世のことかもと思った。そんな感動のある句だった。

 

■飯田静 選
子供には子供の秘密鳳仙花     良枝
心臓の形に湧きて秋の雲      優美子
滴りや山より出づる命水      範子
群青に眠れる町や月今宵      洋子
☆水澄みて水の深さを失へり    恵美
透明なことばかりに意識がいってしまいますが、ふとその深さに意識を映した作者の発見を感じました。

 

■鏡味味千代 選
話また途切れて秋の扇かな     眞二
一滴の一書に滲む夜の秋      栄子
てのひらの梨よき名前よき重み   栄子
秋夕焼渋谷の街に混ざり合ふ    洋
☆亡骸のまぶた下ろしてより白夜  優美子
白夜がきいていると思いました。こういう白夜の使い方もあるのだな、と。
とても個人的な句で、逆に選んでしまって良いのかと迷うほど。遺された方、逡巡したあげくの、心の穏やかさを感じました。

 

■千明朋代 選
もとほれば音色の変はり虫の原   雅子
山の端に落ちる夕日や葉月潮    亮成
一滴の一書に滲む夜の秋      栄子
知らぬ間にスキップするや運動会  紳介
☆鳥威湖国の空に跳ね返る     雅子
鳥威の音が響いている様子が、目の前に浮かびました。

 

■辻 敦丸 選
倦むでなく慣れ合ふでなく秋の潮  味千代
灯を消してちちろと同じ闇にゐる  恵美
静かなる時間もありて運動会    紳介
覚えなき痣のひとつも台風禍    栄子
☆だんまりを決めてひたすら栗を剥く  栄子
今夜は栗ご飯と言われ唯々栗を剝いた覚えがある。

 

■三好康夫 選
背中みな遠くなりゆく花野かな   良枝
朝獲れの若狭秋鯖昼の酒      眞二
踏切の音高らかに秋の昼      道子
群がりてゐてひそやかに吾亦紅   恵美
☆坂道の歩みゆつくり萩の花    静
坂道がいいわけでもよい。萩の花に甘えてゆっくり歩こう。

 

■森山栄子 選
新涼や朝餉の菜のひとつ増え    洋子
柳散る街の季節の移るべく     田鶴
水澄みて水の深さを失へり     恵美
鳥威湖国の空に跳ね返る      雅子
☆王座なき王座の間なり星月夜   すみ江
ヨーロッパの王宮の栄枯盛衰を思い浮かべました。広間の闇にはさまざまな時代の煌めくような出来事が込められている。そんな想像が膨らみます。

 

■小野雅子 選
子供には子供の秘密鳳仙花     良枝
墓洗ふ父の戦歴読みながら     道子
群青に眠れる町や月今宵      洋子
秋の日やどの舟も人待つやうに   良枝
☆曼殊沙華老いの坂にも交差点   康仁
曼殊沙華は死人花ともいいイマージがよくなかったが、広辞苑によると梵語では天井に咲く花の名という。曼殊沙華と老いの坂との取り合わせが深い含みとなって感じられる。

 

■長谷川一枝 選
月代や空に汀のある如し      栄子
覚えなき痣のひとつも台風禍    栄子
魂送熾火はすでに闇の色      栄子
水澄みて水の深さを失へり     恵美
☆話また途切れて秋の扇かな    眞二
久し振りに集まったクラス会、仲の良かった方とは遠い席。
お隣さんとは話題が続かず間が持てなく、つい扇子に手がいってしまいがち・・・。

 

■藤江 すみ江 選
茫茫のハーブ刈る手に赤とんぼ   雅子
灯を消してちちろと同じ闇にゐる  恵美
群青に眠れる町や月今宵      洋子
利尻嶺を雲の目隠し夕とんぼ    雪
☆毬栗や走り出したら止まらぬ子  味千代
快活な子供の映像と 季語の毬栗が良く調和した句と思います。

 

■箱守田鶴 選
灯を消してちちろと同じ闇にゐる  恵美
仰臥漫録未だ戻らず獺祭忌     一枝
毬栗や走り出したら止まらぬ子   味千代
やはらかに野菜干し上ぐ秋日かな  洋子
☆勉強が好きになりさう涼新た   優美子
やっと涼しくなるとさあやろうという気分になる学生時代は勉強を、である、今だって何かしそびれていたことを、そう思いながら齢をとってしまった、思うところを簡潔に表現されている。

 

■深澤範子 選
勉強が好きになりそう涼新た    優美子
無知といふ悔しさ今も流れ星    優美子
どうしても好きになれずよ秋海棠  優美子
水澄みて水の深さを失へり     恵美
☆栗を剥く年に一度と唱へつつ   味千代
栗ご飯の準備でしょうか?本当に栗を剥くのは大変!
私も先日、大変な思いをしたばかりで、実感がこもっていたので頂きました。

 

■中村道子 選
灯を消してちちろと同じ闇にゐる  恵美
天翔ける羽衣のごと秋の雲     一枝
海光の照らす網元今朝の秋     栄子
曼珠沙華老いの坂にも交差点    康仁
☆子供には子供の秘密鳳仙花    良枝
子供の頃鳳仙花の種を取って面白がって遊んだ。
鳳仙花には子供の秘密が隠れているような気がしてきた。

 

■島野紀子 選
秋夕焼渋谷の街に混ざり合ふ    洋
「倶会一処」古ぶ墓石や草の花   眞二
無知といふ悔しさ今も流れ星    優美子
水澄みて水の深さを失へり     恵美
☆マチネーの跳ねて秋暑の街騒へ  洋子
堪能した夢の世界から現実に戻る戻される暑さ。
束の間だったけど夢の時を過ごせた感慨が伝わります。

 

■山田紳介 選
茸飯そこはかとなく土の色     良枝
白萩の揺るるを上がり框より    田鶴
心臓の形に湧きて秋の雲      優美子
出口なき恋よ台風圏のごと     優美子
☆その房の顔ほどもありマスカット  静
「顔ほども」が生々しく独創的な比喩。
この句を読んで以来、マスカットを食べるたびに人の顔を思い出してしまう。

 

■松井洋子 選
月代や空に汀のある如し      栄子
ひとつ家にふたつの厨夕月夜    恵美
鳥威湖国の空に跳ね返る      雅子
背中みな遠くなりゆく花野かな   良枝
☆銀座にも名のなき通り小鳥くる  良枝
コロナ禍で人通りが減ったからだろうか、銀座にも無名の通りがあったことにふと気付いた。その詠み手の心情を季語がよく語っている。

 

■緒方恵美 選
敗荷や有髪の僧の南無阿弥陀    眞二
飲み余すワインに募りゆく秋思   眞二
海近き闇が音する野分かな     眞二
鳥威湖国の空に跳ね返る      雅子
☆月代や空に汀のある如し     栄子
中七から下五に到る大胆な比喩が見事。壮大な一句。

 

■田中優美子 選
樹木葬それもありねと敬老日    田鶴
うるうると月昇り来て固まりぬ   田鶴
秋の日やどの舟も人待つやうに   良枝
覚えなき痣のひとつも台風禍    栄子
☆一滴の一書に滲む夜の秋     栄子
思わず零れた涙が頁に滲む。センチメンタルな様子と、夏の終わりをしみじみ感じる「夜の秋」が調和していると思いました。

 

■長坂宏実 選
秋を待つ稲は直立不動なり     康仁
だんまりを決めてひたすら栗を剥く  栄子
樹木葬それもありねと敬老日    田鶴
金の風銀の風吹く芒かな      真徳
☆子は来たり子は帰りたり秋彼岸  朋代
お彼岸に祖母の家に遊びに行った日々を思い出しました。
たった1日でしたが楽しみに待っていてくれていたなあと、懐かしく感じました。

 

■チボーしづ香 選
話また途切れて秋の扇かな     眞二
孫の茶の客となるなり敬老日    眞二
旅疲れ色なき風の五番街      敦丸
鳴く虫も刺す虫もみな百花園    田鶴
☆夏の夜の座敷わらしのひたひたと  範子
夏には欠かせぬお化け話とても雰囲気が出ています。

 

■黒木康仁 選
だんまりを決めてひたすら栗を剥く  栄子
うるうると月昇り来て固まりぬ   田鶴
水澄みて水の深さを失へり     恵美
滴りや山より出づる命水      範子
☆毬栗や走りだしたら止まらぬ子  味千代
毬栗に元気な幼子を重ねて見ているような、ほのぼのとした秋の昼下がりの気分ですね。

 

■矢澤真徳 選
茸飯そこはかとなく土の色     良枝
爽やかや机は空の明るさに     良枝
ひと夜さの主役の変はり法師蝉   静
群がりてゐてひそやかに吾亦紅   恵美
☆倦むでなく慣れ合ふでなく秋の潮  味千代
夏の後、冬の前の海が目の前に広がるように感じた。

 

■奥田眞二 選
くらげくらげ海月だらけの水族館  範子
邪を嘲笑ふごと石榴裂け      雅子
父と児の動画の電話小鳥来る    静
うるうると月昇り来て固まりぬ   田鶴
☆置いてきぼりくらつたやうな秋夕焼  優美子
どうして秋の空の暗くなるのは早いのだろう、夕焼けがまだ光って居たいのに、取り残された夕焼け、置いてきぼりとは上手な表現で感心しました。

 

■中山亮成 選
灯を消してちちろと同じ闇にゐる  恵美
小鳥来て仏具みがきの案内も来   雪
「倶会一処」古ぶ墓石や草の花   眞二
数珠玉や子らはゲームに夢中なる  洋子
☆やはらかに野菜干し上ぐ秋日かな  洋子

穏やかな秋の日に野菜を干しているところが、やはらかにという表現に上手く言いえてると思いました。

 

■髙野 洋 選
子供には子供の秘密鳳仙花     良枝
グランドを猫が走るや運動会    紳介
自販機のコーンポタージュ夏の果  宏実
木陰にも綻び見つけ秋に入る    味千代
☆水澄みて水の深さを失へり    恵美
「深さを失う」という言葉で水の透明さ、美しさの情景を表すことが面白いと感じました。

 

◆今月のワンポイント

「常識のラインから一歩ずれる」

特選句「静かなる時間もありて運動会」は、運動会はにぎやかなものという常識から少しずれたことで佳句となりました。逆に、架空の句ですが「暮るるまで元気いっぱい運動会」のような常識まみれの句に対しては、「だから何なんですか」という感想しか湧かないことでしょう。ということは、自分の句に対しても「だから何なんですか」と批判的な目で読み返すように心がければ、自選力が高まりますし、知らず知らず作句力も高まるのではないでしょうか。
(井出野浩貴)

◆特選句 西村 和子 選

( )内は原句

生き急げ生き急げとて法師蟬
田中優美子

【講評】八月下旬から九月にかけてやかましく鳴きつのる法師蟬に、夏が終わったことを実感する人は多いでしょう。秋は滅びへと向かう季節であり、蟬の成虫としての命の短さもあり、おもしろい鳴き声であるがゆえに、かえってあわれをそそられます。「生き急げ」と訴えてくるように聞こえるのは、作者自身の心の反映でもあるでしょう。<繰事のつくつく法師殺しに出る>と詠んだのは三橋鷹女。俳句は、季語におのれを反射させる装置のようです。(井出野浩貴)

 

落蟬の羽ばたき土をうつばかり
三好康夫

(落ち蟬の羽ばたき土をうつばかり)
【講評】死にゆく秋の蟬を観察して過不足のない言葉で描写しています。「羽ばたき土をうつばかり」のリズムがよいために、読み終わったあとも、落蟬の翅が土を打つ音がくりかえし聞こえてくるように感じられます。「羽搏き」ではなく「羽ばたき」、「打つ」ではなく「うつ」と平仮名を適切に配したことも効果的です。(井出野浩貴)

 

人体は水より成れる夏の森
山田紳介

【講評】汗をかいては水を飲み、また汗をかいては水を飲む暑い夏でした。「人体は水より成れる」に実感がこもっています。下五は一見したところ上五中七と無関係なようですが、雨が降るたびに水は大地に吸収さえ、「夏の森」では絶えず草木が水を吸い上げています。「夏の森」もまた、ひとつの生命体であるかのようです。アニミズム的な感覚が魅力の一句です。(井出野浩貴)

 

一軒のために橋あり盆の月
緒方恵美

【講評】ふたとおり考えられます。ひとつは対岸に一軒だけある家のために、橋がかかっている場合。もうひとつは、小川に沿って家並みが続き、各戸へ渡るための小さな橋がかかっている場合です。読者はそのどちらを思い描いてもいいのですが、「盆の月」という季語から、前者を思い浮かべる人が多いかもしれません。村はずれにぽつりと立った一軒の家が盆の月に照らされている光景が浮かびあがります。季語が効いています。(井出野浩貴)

 

火襷の瓶に一輪涼新た
緒方恵美
【講評】火襷の入った素朴な備前焼の花瓶に、秋の花が一輪差されています。静かで押しつけがましくない美しさが、初秋の涼しさと通いあいます。「びん」「いちりん」の音もすがすがしく、内容と調べが調和しています。(井出野浩貴)

 

秋めくや藪蘭揺らす日の影も
小野雅子
【講評】秋の日が藪蘭を揺らしているように感じられた一瞬です。光に満ちていても、どこかに衰えの兆しがあり、影もこれまでとはどこか違って弱々しい。いよいよ秋らしくなってきたなあと実感したのです。あるときふと感じられた季節の移ろいを、さりげなく表現しました。(井出野浩貴)

 

水打つて今日の診療始まりぬ
深澤範子
【講評】打水というと、家や店の前に水を打つ姿がまず思い浮かびますが、この句は病院の前への打水ですから類例がなさそうです。大病院ではなく、自宅に隣接して開業している医院であることや、おそらく何代か続いているか、一代目にしても開業して久しい医院であろうということ、街の人に親しまれている医院であろうことが想像できます。このように、場所や人のたたずまいが浮かんでる句には魅力があります。(井出野浩貴)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

( )内は原句
草むらの虫の音ちから増えし朝
小野雅子
(草むらの虫の音ちから増す朝)
「増す」だとどんどん力強くなっていくような印象をあたえそうです。

無条件といふも条件終戦日
箱守田鶴

何度でも告げたき言葉夏の星
田中優美子

トロンボーン半音なめらか夏の森
山田紳介

予備校の避難訓練秋暑し
島野紀子

和紙に透く明かり八月十五日
緒方恵美

新しき墓石は一字雨蛙
森山栄子

花街の簾を叩く大夕立
飯田静

今朝の秋小豆をさつと茹でこぼし
小山良枝

夕焼や居間の窓より海が見え
山内雪

青田にも広報放送響きけり
黒木康仁
(青田にも市の広報の響きけり)
「広報」だけではまず「広報紙」を思い浮かべてしまうでしょう。

明け方の屋根叩く雨梅雨明ける
中村道子

冷えきらぬままの麦茶を飲み干せり
長坂宏実

流灯の手放してより美しく
小山良枝

夜の秋電話の声の少し嗄れ
田中優美子

(夜の秋電話の声の少し枯れ)

閉園の日まで夜毎の花火かな
飯田静

オーブンの窓覗きゐる颱風圏
小山良枝

夕菅や裏の家より子らの声
森山栄子

大き目のブローチ選び夏至夕べ
深澤範子

冷麦にみどりうすべにニタ三筋
藤江 すみ江

(冷麦にみどりうすべにニ糸三糸)
「二糸三糸」は無理があるようです。

耳裏に風が歌ふよ夏帽子
矢澤真徳

(耳裏で風が歌ふよ夏帽子)
音読してどちらが心地よいか試してみましょう。

呟きてつくつく法師去りにけり
奥田眞二

束ねても寂しかりけり盆花は
小野雅子

法師蟬浮世つまらんつまらんと
田中優美子
(法師蟬浮世はつまらんつまらんと)
原句は字余りでした。

布袋草分けて通るや利根の風
長谷川一枝

梨剥くや今日は外出せぬと決め
長坂宏実

(梨剥くや今日は外には出ぬと決め)
「外には出ぬ」では庭にも出ないように思えます。

駅を出てすぐに参道蟬時雨
森山栄子

死人花畦を行進するごとく
箱守田鶴

円窓の影も歪みぬ大西日
鏡味味千代

信号待ちの間も扇子忙しなし
藤江すみ江

(信号待ちせし間も扇子忙しなし)
「せし」は過去ですが、現在形がよいでしょう。

小鋏の鈴を鳴らして今朝の秋
緒方恵美

遠雷や止まらぬジェットコースター
長坂宏実

霧の朝なれば珈琲濃く熱く
小山良枝

腹切りやぐらかなかなの輪唱す
奥田眞二
(腹切りのやぐらかなかな輪唱す)
「腹切りやぐら」という言葉を崩さないようにしましょう。

白猫の不意に浮かびぬ夜の秋
松井洋子

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■森山栄子 選
雑草にひらく鳴声きりぎりす    康夫
木漏れ日を暗号として夏木立    康夫
診療所前を住処に雨蛙       範子
夜の秋電話の声の少し嗄れ     由美子
☆揚げられて嫌はれてゐる海月かな  洋子

最近では水族館でも人気の海月だが、揚げられてだらしなく広がっている様は、漁師や釣り人を更に落胆させるのだろう。揚げられて嫌はれてという繰り返しが効いていて、リズム良く読みくだすことができる。


■小山良枝 選

盆用意せつかちな父はや夢に    雅子
爽やかや林檎酒の泡たちのぼり   雅子
聞き上手頷き上手吾亦紅      田鶴
和紙に透く明かり八月十五日    恵美
☆小鋏の鈴を鳴らして今朝の秋   恵美

小鋏を使う音と鈴のかすかな音の重なりが心地よく、秋を呼び寄せたかのようです。作者の丁寧な暮らしぶりも伝わってきました。


■山内雪 選

青柿や抱つこ嫌がる歳となり    味千代
長き夜やまだ小説の中に居て    味千代
叩かれて西瓜は音を買はれけり   恵美
不機嫌の欠片残さず髪洗ふ     洋子
☆みつ豆や都会に出る気まるで無く  栄子

みつ豆の時代感がとてもよく出ていると思う。


■飯田静 選

流灯の手放してより美しく     良枝
空揺らし玉蜀黍をもぎにけり    良枝
布袋草分けて通るや利根の風    一枝
円窓の影も歪みぬ大西日      味千代
☆小鋏の鈴を鳴らして今朝の秋   恵美

愛用の鋏で育てた花を切って生けるのが日課なのでしょうか。


■鏡味味千代 選

和紙に透く明かり八月十五日    恵美
一軒のために橋あり盆の月     恵美
梨剥くや今日は外出せぬと決め   宏実
空揺らし玉蜀黍をもぎにけり    良枝
☆流灯の手放してより美しく    良枝

あの世の人のために灯を流すのだと聞く。手放してから美しくなるのであれば、それはきっと手放したことで灯が既にあの世のものになってしまったのだ。
故人との思い出もずっと美しい。


■千明朋代 選

固唾呑み引揚げ話聴く猛暑     一枝
米寿てふ未知の余生や星月夜    眞二
冷麦にみどりうすべにふた三筋   すみ江
父母のまなざし背ナに盆用意    雅子
☆全開の窓一幅の蝉時雨      栄子
蝉時雨という音を、一幅の絵に見立てたことにこういう見方もあるのかと思いました。


■辻 敦丸 選

土用波崩るるまでをせり上がり   真徳
落蝉の羽ばたき土をうつばかり   康夫
聞き上手頷き上手吾亦紅      田鶴
叩かれて西瓜は音を買はれけり   恵美
☆小鋏の鈴を鳴らして今朝の秋   恵美

やんちゃ坊主のシャツの綻びや釦をつけているお袋を思い出す。


■三好康夫 選

峰雲や久しく街に出てをらず    良枝
呟きてつくつく法師去りにけり   眞二
火襷の瓶に一輪涼新た       恵美
何処へとも言はず出かけぬ洗ひ髪  洋子
☆辛きこと語らぬ妣や終戦日    朋代

季語「終戦日」の重さが哀しい。

 

■小野雅子 選
門火焚く素焼の皿に跡重ね     栄子
ページ繰る音かすかなりそれも秋  敦丸
長き夜やまだ小説の中に居て    味千代
思ひ出の中の百日紅とは違ふ    伸介
☆一軒のために橋あり盆の月    恵美

滋賀の北には名水が多く、醒ヶ井の地蔵川は、まさにこの風景。「盆の月」に、何代も受け継いできた、川とともにある暮らしが見えてきます。


■長谷川一枝 選

久々の家族団らん西瓜切る     しづ香
なほ奥に黒子の如き夏木立     康夫
地蔵堂ねきの闇より秋の蝶     眞二
風を描くための登高画板負ふ    紀子
☆門火焚く素焼の皿に跡重ね    栄子

毎年大事な方をお迎えする門火、下五の「跡かさね」の描写に心打たれました。


■藤江 すみ江 選

一軒のために橋あり盆の月     恵美
降りそめし雨にくず咲く切通    眞二
炎天や宅配の荷も熱帯びて     味千代
祈る夏「被爆ピアノ」の音色かな  道子
☆流灯の手放してより美しく    良枝

思い出の流灯と重なり 同感し 上手に詠まれていると思いました。

 

■箱守田鶴 選
土用波崩るるまでをせり上がり   真徳
叩かれて西瓜は音を買はれけり   恵美
水戸に行く土用鰻を食べに行く   範子
思ひ出の中の百日紅とは違ふ    伸介
☆遠雷や止まらぬジェットコースター  宏実
最近のジェットコースターは非常に高い処から落下するので、ここで遠い雷を
同じ高さで感じる、そのスリルをたのしもう。


■深澤範子 選
何度でも告げたき言葉夏の星    由美子
ページ繰る音かすかなりそれも秋  敦丸
叩かれて西瓜は音を買はれけり   恵美
山形のだしをかけたる冷奴     朋代
☆さつちやんのお鼻はここよ天花粉  田鶴
さっちやんの可愛らしさが目に浮かびます。そして、お孫ちゃんでしょうか?さっちゃんが、みんなに愛されている様子も伝わってきます。

 

■中村道子 選
さつちゃんのお鼻はここよ天花粉  田鶴
閉園の日まで夜毎の花火かな    静
木漏れ日を暗号として夏木立    康夫
海原へ壜送りだす星月夜      良枝
☆叩かれて西瓜は音を買はれけり  恵美
「音を買はれ」に、確かに…と合点。今はカットした西瓜を買っていますが、一個の西瓜を買うときはいつも叩いて音を確かめていました。

 

■島野紀子 選
門火焚く素焼の皿に跡重ね     栄子
青田にも広報放送響きけり     康仁
人体は水より成れる夏の森     伸介
何処へとも言はず出かけぬ洗ひ髪  洋子
☆書を曝し親に話せぬ暮し向き   雪
思春期の母として複雑な思いで採った句ではあるが、何か好きなもの、何か惹かれてやまぬものがあるのは最上の幸せだとも再認識した一句。


■山田紳介 選
星ひとつ溢すや真夜の天の川    眞二
無花果の掌に雛ほどの重さかな   良枝
空揺らし玉蜀黍をもぎにけり    良枝
失くしたくなきものばかり夏の暮  由美子
☆和紙に透く明かり八月十五日   恵美
8月15日はどうしても炎天下を想像しがちだが、どの家にもこんな夜が来たに違いない。

 

■松井洋子 選
一族の要ゆるがず生身魂,      雅子
羽搏きの無音を曳きて黒揚羽    真徳
布袋草分けて通るや利根の風    一枝
一軒のために橋あり盆の月     恵美
☆叩かれて西瓜は音を買はれけり  恵美
西瓜は少々の大きさの違いや見目よりも、完熟の澄んだ音のものが好まれる。その価値ある音を買われているという俳味のある句。

 

■緒方恵美 選
一族の要ゆるがず生身魂      雅子
夕闇の迫る道のべおけら鳴く    敦丸
不機嫌の欠片残さず髪洗ふ     洋子
降りそめし雨にく葛咲く切通    眞二
☆流灯の手放してより美しく    良枝

水面を流れる灯籠は、本来の幽玄さに加え哀れに美しい。簡潔な表現の中に情感の漂う一句。

 

■田中優美子 選
叩かれて西瓜は音を買はれけり   恵美
一軒のために橋あり盆の月     恵美
聞き上手頷き上手吾亦紅      田鶴
空揺らし玉蜀黍をもぎにけり    良枝
☆オーブンの窓覗きゐる颱風圏   良枝
せっかくの休日なのに台風。今日はお菓子でも焼こうかしら、と声が聞こえてきそうです。風吹き荒れる実際の窓の外の風景と温かいオーブンの窓の中の対比が印象的です。年々被害が激しくなる台風ですが、この句にはどこかほっとする雰囲気があって救われる気がします。

 

■長坂宏実 選
青空へ玉蜀黍の刺さりさう     雅子
死人花畦を行進するごとく     田鶴
海原へ壜送りだす星月夜      良枝
水打つて今日の診療始まりぬ    範子
☆長き夜やまだ小説の中に居て   味千代
秋の涼しい夜、夢中になって小説を読んでいる姿が浮かび、共感を覚えました。

 

■チボーしづ香 選
閉園の日まで夜毎の花火かな    静
豊かなる最期の髪を洗ひけり    洋子
草取りに追はれてますとメール来る  田鶴
秋風やアラブに風は天の息     紀子
☆霧の朝なれば珈琲濃く熱く    良枝
瞬間を簡潔に読む俳句の表現がしっかりとしている上に情景を浮かび上がらせている。

 

■黒木康仁 選
叩かれて西瓜は音を買はれけり   恵美
夜の秋電話の声の少し嗄れ     由美子
なほ奥に黒子の如き夏木立     康夫
朝焼や路上に猫の欠伸して     一枝
☆辛きこと語らぬ妣や終戦日    朋代
96才の母は健在ですが、全く同じです。

 

■矢澤真徳  選
久々の家族団らん西瓜切る     しづ香
濡れながら秋夕焼の窓磨く     良枝
空揺らし玉蜀黍をもぎにけり    良枝
木漏れ日を暗号として夏木立    康夫
☆火襷の瓶に一輪涼新た      恵美
高温で焼かれた備前の壺の静けさと一輪の花のみずみずしさ。静けさも涼のうちなのだと思う。

 

■奥田眞二  選
新しき墓石は一字雨蛙       栄子
長き夜やまだ小説の中に居て    味千代
炎天のいづこにありや夏の芯    真徳
夏期手当出せる喜び診療所     範子
☆木漏れ日を暗号として夏木立   康夫
陽の欠片が葉のそよぎにチカチカ動きます。SOSでないとよいですが。

 

◆今月のワンポイント

「ひとり吟行のすすめ」

新型コロナウイルス蔓延のため、吟行句会は減りました。それならば、人混みを避け、ひとりで吟行をしてみましょう。電車の混む時間帯を避け、ひとりで野山を歩いていれば安心です。インターネット句会の参加者のみなさんの中には、前から実践している人が多いかもしれませんが。ひとりで吟行していて困るのは、花や鳥や虫の名を教えてくれる人がいないことです。そのかわり、だれにも気兼ねすることなく、気に入った場所に長居をすることができます。最大の問題は、出句の締切時間がないため、集中力を高めにくいことです。これは、「きょうは5句」「きょうは10句」とノルマを決めて自分に鞭打つしかないでしょうね。
(井出野浩貴)

◆特選句 西村 和子 選

シャッターの降りしままなり梅雨晴間
箱守田鶴

【講評】久しぶりの「梅雨晴間」に買い物に出かけたところ、シャッターを降ろしたままの店に気づいたのでしょう。今年詠まれた句なので、新型コロナウイルス感染拡大防止のために営業自粛をしている店や、それに伴う経営難で閉店を余儀なくされた店のことが連想されます。もちろんそのような状況を無理に読み取る必要はありません。「梅雨晴間」の明るさとシャッターを降ろしたままの店とのコントラストが効いています。(井出野浩貴)

 

仕切り屋の姉に任せてかき氷
森山栄子

【講評】「みんな、小豆でいいわね。あ、〇〇ちゃんは莓だったわね」というような声が聞こえてきます。性格は何十年経っても変わりません。かき氷くらいのことですから、みんな「まあ、いいか」と苦笑し、姉に任せる気楽さを楽しんでもいるのでしょう。季語「かき氷」が場の雰囲気や「仕切り屋の姉」の人物像を語っています。さりげなく置かれた季語がよく働いています。(井出野浩貴)

 

ソーダ水負けず嫌ひでありし頃
田中優美子
【講評】「一生の楽しきころのソーダ水」(富安風生)はこの季語の特性を見事に活かした句ですが、この句を詠んだとき風生は六十代でした。実際には若い頃は楽しいことばかりではないということを、この句の「負けず嫌ひでありし頃」は語っています。「ありし」という過去形が、過ぎゆく青春を振り返る気配を漂わせています。「ソーダ水」の泡のように、みんな消えていくのでしょう。(井出野浩貴)

 

林間学校シスター袖をたくし上げ
奥田眞二

【講評】ミッション系の学校でしょうか。シスターが肌を人目にさらすことは通常はまずないことと思われますが、林間学校ということで、袖をたくし上げてテントを張りや飯盒炊爨を生徒と一緒にしているのでしょう。「林間学校」は、類想から抜け出すのが難しい季語ですが、観察の目が利いた新鮮な句となりました。(井出野浩貴)

 

注ぎわけて少し足らざる麦茶かな
小山良枝
【講評】こういうこと確かにあるなあと読み手に思わせてくれます。意外に詠まれていない場面で虚を突かれました。麦茶もペットボトルで買う家庭が増えていますが、この句の「少し足らざる」からは、家で煮出して冷やしたものではないかと想像されます。過不足のない言葉運びで「麦茶」と、「麦茶」の出される場面を巧みに表現しています。(井出野浩貴)

 

夏空の遠く夏潮なほ遠く
田中優美子
【講評】リフレインが寄せては返す波の音を思わせ、内容と一致して効果を上げています。この句は今年詠まれたことで、実際には違うのかもしれませんが、新型コロナウイルス感染拡大防止のために閉鎖された海水浴場を思わせます。やがて疫病の記憶が薄れていったとしても、青春時代の「夏空」「夏潮」を詠んだ句として鑑賞できるはずです。すなわち、普遍的な詩情がこの句には宿っています。(井出野浩貴)

 

観音も病み上がりなり梅雨晴間
黒木康仁
【講評】人を苦しみや災厄から救ってくださるという観音様のお顔が「病み上がり」のように見えたというのです。「病み上がり」だからこそ、いっそう慈愛に満ちているのでしょう。「梅雨晴間」も人をほっとさせてくれという点で、慈悲深い観音様と響きあうようです。新型コロナウイルス蔓延の今年であればなおさらです。(井出野浩貴)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

( )内は原句
なすび漬庫裡の板の間磨きあげ
小野雅子

烏賊干してひときは沖の青さかな
森山栄子

小満や昨日と違ふ山の青
深澤範子

大いなる蝶羽撃かせ夏の雲
藤江すみ江

ソーダ水思ひ出少しづつ戻る
山田紳介

足もとの闇這ひのぼりビヤホール
小野雅子

遠野郷かなたこなたに懸り藤
深澤範子

木下闇沼の匂ひの何処より
小山良枝

水溜まりみたいな釣堀金魚釣る
箱守田鶴

模擬試験始まりぬ汗ひかぬまま
島野紀子

古書店の間口一間夏の月
緒方 恵美

夏衣真一文字にルージュ引く
鏡味味千代

(夏衣真一文字に引くルージュ)
「引くルージュ」は名詞句、「ルージュ引く」は動詞句。後者の方が臨場感があります。

雨受けよ光放てよ夏木立
田中優美子

幾条の地層晒して滝落つる
飯田 静

(幾千の地層晒して滝落つる)

涼しさや点されてゆく滑走路
小山良枝

夜濯の母の二の腕仄白き
松井洋子

自らの影と知れるか蜻蛉は
藤江すみ江

(自らの影と知りしか蜻蛉は)
「知りしか」は「知っていたのか」、「知れるか」は「知っているのか」。この句の場合は現在形で表現したほうがよいでしょう。

に出ても同じ暗さや梅雨の寺
矢澤真徳

(外も内も同じ暗さや梅雨の寺)
「も」があれば、「内」は不要です。

梅雨落暉赤城の山に抱かれて
千明朋代

梅雨深し水滴伝ふジャムの瓶
飯田 静

島人と間違へられし日焼かな
小山良枝

(島人と間違はれたる日焼かな)
原則として「間違ふ」は自動詞、「間違へる」は他動詞として使いましょう。

我が町の上を空路や夕薄暑
飯田 静

(我が町の上に空路や夕薄暑)
助動詞「を」は「に」よりも広がりを感じさせます。たとえば<炎天を槍のごとくに涼気過ぐ>(飯田蛇笏)。

隠れたる小流れいくつ紫陽花園
松井洋子

夏場所や化粧廻しの波しぶき
箱守田鶴

軽鳧の子や時には親を従へて
長谷川一枝

水影に凭れて終の未草
緒方 恵美

暮れなづむ中禅寺湖や赤蜻蛉(または銀やんま)
千明朋代

(暮れなずむ中禅寺湖や蜻蛉とぶ)
飛んでいるのは明らかなので、名詞だけで表現した方が引き締まります。

一切の水を集めて滝碧し
飯田 静

梅雨晴や番瀝青ペンキ屋は白ひろげゆく
小山良枝

(梅雨晴や番瀝青屋は白ひろげゆく)

ゑぐられし淵の轟音出水川
松井洋子

(ゑぐられし淵の轟音出水後)
「出水後」は説明的に感じられます。

夜濯やふと後悔の記憶など
鏡味味千代

(夜濯ぎやふと後悔の記憶など)

弟の樟脳舟の傾ぎけり
小山良枝

夏帽子あみだにかぶり島の橋
奥田眞二
(夏帽子ちよつとあみだに島の橋)
「あみだかぶり」の「かぶり」は省略したくないところ。逆に「ちよつと」はなくてもよいでしょう。

金魚赤しアクロバットが得意なり
深澤範子

露天湯の外は内海くらげ浮く
松井洋子

亡き父の主治医へ送る夏見舞
田中優美子

夕焼に明日のことを頼みをり
山内 雪
(夕焼に明日のことを頼んでる)
口語が効果的なこともありますが。

一人来て白蓮を撮る女かな
三好康夫

曉の雲綻びて梅雨の星
辻 敦丸

花の如く揺れて漂ひサーファー等
山田紳介

スピーチに泡の消えゆくビールかな
森山栄子

流木の屍のごとし出水後
松井洋子

何の日かわからぬ連休今日大暑
箱守田鶴

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選
夏館太平洋の波静か        静
挨拶を少しためらふサングラス   道子
サーファーの獲物追ふごと波を見て  伸介
亡き父の主治医へ送る夏見舞    由美子
☆林間学校シスター袖をたくし上げ  眞二
普段は物静かなシスターの、林間学校でのなり振りかまわない奮闘ぶりが伝わってきました。シスターが効いていて、俳諧味のある作品です。


■チボーしづ香 選

五月晴寄席密やかに再開す     味千代
燃え尽きし送り火かこひ込み独り  田鶴
自らの影と知れるか蜻蛉は     すみ江
注ぎわけて少し足らざる麦茶かな  良枝
☆共犯の目くばせ母と昼ビール   雅子

女性が昼にビールを飲む時ちょっと気遅れするのを、軽く目配せで救った感じがよく出ている。


■山内雪 選

仕切り屋の姉に任せてかき氷    栄子
島人と間違へられし日焼かな    良枝
注ぎわけて少し足らざる麦茶かな  良枝
何の日かわからぬ連休今日大暑   田鶴
☆ソーダ水思ひ出少しづづ戻る   伸介
ソーダ水の泡が少しづづ消えるように過去を思いだす。


■深澤範子 選

形代の行方はいづこ川流る     道子
島人と間違へられし日焼かな    良枝
夏帽子あみだにかぶり島の橋    眞二
スピーチに泡の消えゆくビールかな  栄子
☆流木の屍のごとし出水後     洋子
本当に今年もあちこちで洪水が発生、その惨状が良く読まれていると思いました。


■山田紳介 選

ゆるやかに団扇あふぎて聞き上手  恵美
ソーダ水負けず嫌ひでありし頃   由美子
梅雨晴や番瀝青ペンキ屋は白ひろげゆく  良枝
積読の本の百冊梅雨に入る     範子
☆舟虫の邪心のごとく散りにけり  栄子

追いやっても追いやっても、何事もなかったように何処からか湧いて来る舟虫、「邪心のごとく」の直喩が素晴らしい。


■飯田静 選

梅雨寒や話すに遠し椅子の距離   敦丸
夜濯の母の二の腕仄白き      洋子
ゆるやかに団扇あふぎて聞き上手  恵美
水影に凭れて終の未草       恵美
☆古書店の間口一間夏の月     恵美
間口一間で細々商いを続けている店の、奥まで月の光が差し込んでいる景を思い浮かべました。


■三好康夫 選

挨拶を少しためらふサングラス   道子
夏場所や化粧廻しの波しぶき    田鶴
サーファーの獲物追ふごと波を見て  伸介
弟の樟脳舟の傾ぎけり       良枝
☆古書店の間口一間夏の月     恵美

「市中は物のにほひや夏の月 凡兆」を思い出しました。「間口一間」がいいですね。


■鏡味味千代 選

雲の色空の色して四葩かな     由美子
涼しさや点されてゆく滑走路    良枝
星涼しそこそこ安穏なる一生    雅子
寅さんは振られて旅へ月見草    すみ江
☆いざ六方踏まむと夏の雲湧けり  眞二

夏の力強い雲と、六方を踏む役者さんの力強さ。しなやかさと若々しさが、確かによく似ていると思いました。


■森山栄子 選

蛇衣を脱ぐまなこ二つ残しつつ   朋代
万緑に埋み微笑の摩崖仏      雅子
古書店の間口一間夏の月      恵美
涼しさや点されてゆく滑走路    良枝
☆軽鳧の子や時には親を従へて   一枝
可愛らしい軽鳧の子が成長していく過程の一場面。自分の経験と合わせて感じ入りました。


■奥田眞二 選

五月晴寄席密やかに再開す     味千代
骨一本折れたる傘や大夕立     宏実
雨受けよ光放てよ夏木立      由美子
雨もよい急ぐでもなく蝸牛     雅子
☆風鈴や通し土間ある蕎麦処    恵美
蕎麦処がぴったりの情景描写で、涼しさの漂う表現に感服です。


■千明朋代 選

手探りの暮し改革朝曇       静
梅雨寒や話すに遠し椅子の距離   敦丸
水影に凭れて終の未草       恵美
夏空の青は海とは違ふ青      由美子
☆遠野郷かなたこなたに懸り藤   範子

木に懸かった藤の情景が、遠野郷という場所で一層美しく目に浮かびます。とても幻想的で絵のようだと思いました。


■藤江 すみ江 選

スマホ見てはしやぐ少女ら凌霄花  道子
満開の石楠花の道秋田駒      範子
ゑぐられし淵の轟音出水川     洋子
烏賊干してひときは沖の青さかな  栄子
☆青葉雨絵筆の擦れる音かすか   栄子

とても繊細な音への気付きと 青葉雨の音がマッチしています。

 

■箱守田鶴 選
涼しさや点されてゆく滑走路    良枝
サーファーの獲物追ふごと波を見て  伸介
鍬形の脚ふんばつて採られけり   真徳
流木の屍のごとし出水後      洋子
☆葉の海の育てたるもの蓮の花   康夫
不忍の蓮の池で此の句と全く同じ情景を目にした、何とか句にしようとこころみたができない、こうゆう表現もあるのだと共感した。


■小野雅子 選
ゆるやかに団扇あふぎて聞き上手  恵美
水中花最後の泡を放ちけり     洋子
ソーダ水思ひ出少しづつ戻る    伸介
林間学校シスター袖をたくし上げ  眞二
☆涼しさや点されてゆく滑走路   良枝
濃紺に暮れてゆく夏。滑走路に点々と青や黄の誘導灯が点ってゆく。夜間飛行の気分がよくでていると思います。

 

■島野紀子 選
木下闇沼の匂ひの何処より     良枝
仕切り屋の姉に任せてかき氷    栄子
呼び水の一滴として雨蛙      栄子
夜濯やふと後悔の記憶など     味千代
☆飽きられてなほも咲きたる水中花  洋子
命のなきものは何故か飽きる、確かにそうだと再認識した。咲き続ける水中花が美しくそして悲しい。

 

■長谷川一枝 選
亡き父の主治医へ送る夏見舞    由美子
仕切り屋の姉に任せてかき氷    栄子
古書店の間口一間夏の月      恵美
風鈴や通し土間ある蕎麦処     恵美
☆ゆるやかに団扇あふぎて聞き上手  恵美
言い淀んでいると、風を送りながら「そう、そうなの・・・」とやさしく聞いてもらい胸のつかえがとれたような・・・。


■田中優美子 選
いざ六方踏まむと夏の雲湧けり   眞二
もしかして世話女房かも胡瓜揉み  眞二
幾条の地層晒して滝落つる     静
みんみんの脱殻探す四連休     宏実
☆まだ恋を知らぬコーヒーゼリーかな  良枝
中学生~高校生くらいの少年を想像しました。具体的な描写がなくても、コーヒーゼリーの甘さとほろ苦さがじわじわと効いてくる不思議な魅力のある句でした。

 

■松井洋子 選
烏賊干してひときは沖の青さかな  栄子
幾条の地層晒して滝落つる     静
燃え尽きし送り火かこひ込み独り  田鶴
梅雨寒や話すに遠し椅子の距離   敦丸
☆いざ六方踏まむと夏の雲湧けり  眞二
上五中七で雲の様子がありありと目に浮かんでくる。夏雲に投影された、詠み手の中に漲る生命力が感じられる。

 

■辻 敦丸 選
幾条の地層晒して滝落つる     静
風鈴や通し土間ある蕎麦処     恵美
夏帽子あみだにかぶり島の橋    眞二
挨拶を少しためらふサングラス   道子
☆登りたる天狗の山の落し文    道子

邑楽の天狗山ですか、奥三河の天狗の奥山ですか。落し文も見なくなりました。懐かしい思いの句です。

 

■中村道子 選
飽きられてなほも咲きたる水中花  洋子
もがきたる獲物引き摺り蟻の道   味千代
灼熱の庭の木陰に猫涼む      しづ香
亡き父の主治医へ送る夏見舞    由美子
☆ゆるやかに団扇あふぎて聞き上手  恵美
ゆっくりと団扇を動かしながら話を聞いて下さる人の容姿が見えるようです。身近にこういう方がいたら私も話を聞いていただきたいです。

 

■緒方恵美 選
いざ六方踏まむと夏の雲湧けり   眞二
紅さして白髪もよし五月晴     道子
万緑に埋み微笑の摩崖仏      雅子
一切の水を集めて滝碧し      静
☆曉の雲綻びて梅雨の星      敦丸
そう言えば、今年の梅雨は長かった。偶然にも目にした早暁の星は作者にとって、きっと「心の晴間」だったのだろう。温かい一句。

 

■黒木康仁 選
いざ六方踏まむと夏の雲湧けり   眞二
古書店の間口一間夏の月      恵美
舟虫の邪心のごとく散りにけり   栄子
烏賊干してひときは沖の青さかな  栄子
☆ほの白し茅の輪をとほる道一本  栄子
茅の輪くぐりをするとき、なぜか人は神妙になる。それを白き道と見ておられたのがおもしろく思いました。

 

■矢澤真徳 選
ゆるやかに団扇あふぎて聞き上手  恵美
かちわりや注ぐスコッチ己が時   眞二
もがきたる獲物引き摺り蟻の道   味千代
舟虫の邪心のごとく散りにけり   栄子
☆烏賊干してひときは沖の青さかな  栄子
獲ってきたばかりの烏賊を干しながら、一息つこうとふと遠くの海を眺めると、白い色ばかり見ていた目に輝くような海の青が鮮やかに入ってきた。白と青、近と遠、夏の浜辺を舞台にコントラストがはっきりしたリアルな情景が描かれている。

 

■長坂 宏実 選
ソーダ水思ひ出少しづつ戻る    伸介
名残雨ぽつり弾けし山法師     敦丸
注ぎわけて少し足らざる麦茶かな  良枝
月見草若き役者の命絶ち      静
☆ゆるやかに団扇あふぎて聞き上手  恵美
木陰で世間話をしている情景が目に浮かびます。

 

 

◆今月のワンポイント

「余計な説明をしない」

今回の特選句<シャッターの降りしままなり梅雨晴間><夏空の遠く夏潮なほ遠く><観音も病み上がりなり梅雨晴間>は、新型コロナウイルス蔓延という状況下で詠まれた句かと思われますが、もしかしたらまったく関係ないのかもしれません。詠まれた背景が曖昧なのは、きわめて短い俳句という文芸形式では当然のことであり、決してマイナスにはなりません。逆に、たとえば「コロナ禍」のような状況を説明する語を使うと、常識的な結論に誘導されてしまい、詩としてのふくらみが失われるおそれが大きくなるでしょう。例外はもちろんありますが、原則として余計な説明は控え、いつの時代にも通用する句を詠みましょう。

(井出野浩貴)

◆特選句 西村 和子 選

達人は腰を下ろさず登山帽
島野紀子

【講評】上五中七までなんのことか明かさず溜めを作り、下五の季語で決めるという形が功を奏しています。腰を下ろさないのは山登りしている人なのですが、「登山帽」に焦点を当てたところが巧みです。年季の入った登山帽と、日焼けした顔が見えてきます。(井出野浩貴)

 

蚊遣香書庫に亡父の気配ふと
松井洋子

【講評】匂いが記憶を呼び起こす作用をしています。「蚊遣香」「書庫」「亡父」が響きあい、リアリティがあります。もうすぐお盆が来るころの、夏の終わりの空気を感じます。季語は民族の記憶庫なのだということを再認識させられます。(井出野浩貴)

 

風音のして絵の中の夏木立
藤江すみ江
【講評】絵の中の風景を詠むのは難しいものです。この句は、絵の中に風が吹いているように見えたのでしょうが、現実の世界でも風が吹いていたのかもしれません。外の世界の「夏木立」と絵の中の「夏木立」が共鳴しあっているように感じられます。「風音」が現実と絵の中の世界を媒介する役割を果たしています。(井出野浩貴)

 

靴音を吸ひこむ夏至のロビーかな
小山良枝

【講評】一年でいちばん昼間の長い「夏至」は梅雨のさなかですが、それでも陽光がおのずと思い浮かびます。いっぽう、「靴音を吸ひこむロビー」は歴史のある重厚なホテルの暗がりを思わせます。嫌みなく対照の妙を効かせ、余韻のある句に仕立てました。(井出野浩貴)

 

紫陽花や人と別れて人の中
緒方恵美
【講評】都会で暮らしていると、親疎はさまざまですが、毎日何人もの人と会って別れます。ふだんは意識しないことですが、作者はそのことにふと気づいたのでしょう。「紫陽花」はほどよく心理的な陰翳を受け止めてくれます。取り合わせがほどよいと思います。(井出野浩貴)

 

父の日かさうかワインの届きけり
奥田眞二
【講評】音読するとリズムのよさがわかります。「さうか」の力の抜き方は、真似しようと思ってもなかなかできないでしょう。「父の日」や「母の日」に何かが届くという類想句はごまんとありますが、この「さうか」で生きた句になりました。<卒業といふ卒業かとも思ふ>(行方克巳)に通ずるものがあります。(井出野浩貴)

 

半夏生愛でて庭師に褒めらるる
箱守田鶴
【講評】「半夏生」は葉の一部が白くなるため「片白草」の別名も持つ不思議な草です。とはいえ花は目立たず地味ですから、まじまじと見つめるのは俳人くらいかもしれません。思いがけず、庭師に目が高いと褒められたのでしょう。ほかの草花ではこういうことはなさそうです。季語の動かない句です。(井出野浩貴)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

( )内は原句
梅雨に入るテールランプの連なりも
小山良枝

枝折戸の奥紫陽花の養生中
箱守田鶴

我に喝夏至の朝の茶熱く濃く
三好康夫

梅雨晴間芝刈ロボット作業中
藤江すみ江

吹かれては水に触るるや合歓の花
山田紳介
(風吹けば水に触るるや合歓の花)
原句は「風」と「合歓の花」と主語が二つあります。受け身を使って主語を統一するとわかりやすくなるという好例です。

草の香を振り撒き過ぐる草刈機
中村道子

河鹿笛一村すでに眠り落つ
緒方恵美

青竹を突くやすらりと水羊羹
小野雅子

竹皮を脱ぎてこの世のうす緑
奥田眞二

芍薬の一花冷たき掌
小野雅子

海桐咲く摩文仁の波はレクイエム
奥田眞二
(摩文仁の波はレクイエム海桐咲く)
原句七五五から五七五への添削です。計十七音であっても七五五はぎこちないので七七五の字余りのほうがよいくらいです。もちろん五七五がベストです。

今日こそとメロンの尻を押してみる
森山栄子

札幌に着いてより掛けサングラス
山内 雪

遠くから誰か呼ぶなり合歓の花
山田紳介

雨音に負けじと蟇のこゑ高し
中村道子

奥の間の柱に蛇の衣留めて
小野雅子

泰山木咲いて休校解かれたる
飯田 静

あしらひの葉のみづみづし夏料理
小山良枝

難しい話はあとでソーダ水
深澤範子

血縁も地縁も増えて溝浚ふ
松井洋子

殿様の愛でしこの庭花菖蒲
飯田 静

何か言ひたげにきらめき春の星
深澤範子

明日は良き母になりたし星涼し
鏡味味千代
(明日は良き母になりたや星涼し)
「なりたや」は文法的には「なりたしや」が正しいでしょう。それでは字余りですから「なりたし」が適切というわけです。ちなみに、「人生劇場」(佐藤惣之助作詞)という歌に「おれも生きたや仁吉のように」とありますが、これも「生きたし」か「生きたしや」であるべきでしょう。ついでに言うと、同じ歌の「やると思えばどこまでやるさ」は「どこまでもやるさ」でなくてはなりません。

郭公や丘より牛の降りてきし
山内 雪

菩提樹の花ひと夜さの雨に降り
長谷川一枝
(ひと夜さの雨に降りしく菩提の花)
たしかに歳時記の傍題に「菩提の花」もありますが、「菩提樹の花」のほうが上等でしょう。

雷鳴や頭上を走り家揺らし
中村道子

葉柳や雨の匂の風となり
小野雅子

十薬や気が付けば歯を食ひしばり
飯田 静

灯涼し団地の窓の瞬きて
森山栄子

夏帯をきりり酔うてはならぬ日の
小野雅子

ブロックに雨しみとほる桜桃忌
森山栄子

またひとつ想ひ閉ぢ込め濃紫陽花
田中優美子

今月も句会は休み五月闇
山内 雪

黒南風や中止延期の報届く
長谷川一枝

目をそらす人には蛇も目をそらす
三好康夫

引き返すこともありけり道をしへ
緒方恵美

助手席に忘れてきたる夏手套
小山良枝

まなかひに鎌倉の海茅の輪くぐる
奥田眞二
(茅の輪くぐるや鎌倉の海はまなかひ)
原句は七八四ですから無理がありました。

若葉して同じ緑の見当たらず
鏡味味千代

夕暮れの空の色より夏来る
田中優美子

まだ誰も入らぬプールの青さかな
小山良枝

苔の花咲き初め雨を呼びにけり
奥田眞二

子の髪を結はふ朝や梅雨に入る
森山栄子
(子の髪を結はふ朝やけふ梅雨入)
「梅雨に入る」とすっきり言うだけで、今日のことを表せますね。

五月来る何かいいことありさうな
深澤範子

走馬灯伊勢物語読みふけり
長谷川一枝

夏燕今日はまつりか婚礼か
黒木康仁

見るだけで痒くなりたる合歓の花
山田紳介

杖となり磁針となりて登山の子
島野紀子

夏の蝶竹百幹の中に消ゆ
緒方恵美

囀りもどこか忙しき六本木
矢澤真徳

灯涼し萬年筆の影淡く
小山良枝

梅雨に入る返すあてなき女傘
奥田眞二

飛花落花北上川の橋の上
深澤範子

花びらを揺らさず菖蒲風に揺れ
松井洋子

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。


■矢澤真徳 選

梅雨に入るテールランプの連なりも 良枝
靴音を吸ひこむ夏至のロビーかな  良枝
紫陽花や人と別れて人の中     恵美
梅雨に入る返すあてなき女傘    眞二
☆病葉の落ちて艶めく仏蘭西車   良枝
車には不思議とお国柄が出る。個性を競う仏蘭西車はどこか女性的な感じがあるので、病葉は一点の紅だったのかもしれない。
現代の車ではなく、シャンソンが似合う少しクラシックな車を想像してみた。


■鏡味味千代 選

外つ国の言葉で歌ひ巴里祭     伸介
丸き地球四角に区切り田を植うる  洋子
親友と呼べるひとゐて聖五月    由美子
囀りもどこか忙しき六本木     真徳
☆風が風呼んで抜けゆく夏座敷   恵美

開け放した座敷に心地よい風が吹いてくる。風が風を呼ぶという表現に、座っている女性の髪のたなびく様も見えるよう。


■小山良枝 選

引き返すこともありけり道をしへ  恵美
魔法のごと子を眠らせて若葉風   栄子
目をそらす人には蛇も目をそらす  康夫
血縁も地縁も増えて溝浚ふ     洋子
☆蚊遣香書庫に亡父の気配ふと   洋子
静かな夜の書庫に、お父様を偲んでおられる作者を、蚊遣の仄かな香りが包んでいるようです。


■三好康夫 選

蚊遣香書庫に亡父の気配ふと    洋子
一斉に舞ふ蛍火の静寂かな     洋子
六月や不足なけれど人恋し     雅子
木道を幾つも辿り雲の峰      栄子
☆風が風呼んで抜けゆく夏座敷   恵美
調べが良くて、明るい。


■飯田静 選

芍薬の一花冷たき掌        雅子
一斉に舞ふ蛍火の静寂かな     洋子
またひとつ想ひ閉ぢ込め濃紫陽花  由美子
木道を幾つも辿り雲の峰      栄子
☆明日は良き母となりたし星涼し  味千代

子育ては忙しい。仕事を持っていれば尚更である。つい言葉を荒げることも多くなるが、寝顔を見ながら明日は優し母になろうと思う日々なのであろう。


■藤江すみ江 選

あしらひの葉のみづみづし夏料理  良枝
拡幅の道辺泰山木の花       康夫
魔法のごと子を眠らせて若葉風   栄子
丸き地球四角に区切り田を植うる  洋子
☆夏燕今日はまつりか婚礼か    康仁
夏燕の燥いで飛び回る姿を的確に表現している句です。


■小野雅子 選

歓声や夏空ブルーインパルス    宏実
血縁も地縁も増えて溝浚ふ     洋子
一斉に舞ふ蛍火の静寂かな     洋子
紫陽花や人と別れて人の中     恵美
☆父の日かさうかワインの届きけり 眞二

母の日に比べて影のうすい父の日。思いがけなく好物が届いて、ニマニマされているお顔が見えます。


■森山栄子 選

まだ誰も入らぬプールの青さかな  良枝
紫陽花や人と別れて人の中     恵美
父の日かさうかワインの届きけり  眞二
よく光る身を持てあまし大蛍    洋子
☆血縁も地縁も増えて溝浚ふ    洋子

地域総出で溝浚いをしている景でしょうか。その土地にもすっかり馴染み、愛着をもって逞しく働いている姿を想像しました。


■深澤範子 選

遠くから誰か呼ぶなり合歓の花   伸介
休憩に伸ばす筋肉登山道      紀子
冷やし飴句会帰りの甘さかな    田鶴
梅雨に入る返すあてなき女傘    眞二
☆くちびるを触れてはならぬ花氷  良枝
花氷のひんやりした美しさにくちびるを触れてみたい気が逆に良く伝わってきました。


■山内雪 選

難しい話はあとでソーダ水     範子
魔法のごと子を眠らせて若葉風   栄子
夏帯をきりり酔うてはならぬ日の  雅子
草刈の男追ひかけ蝶一頭      真徳
☆達人は腰を下ろさず登山帽    紀子
達人の登山帽を眩しく見上げる作者が見える。


■奥田眞二 選

明日は良き母になりたし星涼し   味千代
夏帯をきりり酔うてはならぬ日の  雅子
見るだけで痒くなりたる合歓の花  伸介
夜濯ぎや幾度と調子外る歌     味千代
☆山小屋のとば口侍る藤寝椅子   すみ江

一日の行程を終えた達成感の安らぎを、山小屋とは異質の藤寝椅子を配したことに感服。


■中村道子 選

夕暮の所在無さ気の立葵      静
見つからぬガラスの欠片梅雨曇   栄子
風が風呼んで抜けゆく夏座敷    恵美
夜濯ぎや幾度と調子外る歌     味千代
☆難しい話はあとでソーダ水    範子

汗を拭きながら暑い外から入った喫茶店。冷たいソーダ水を飲んで一息ついてから難しい話を聞きましょう、という雰囲気がストレートに伝わってきます。ソーダ水は喉も身体も心も癒してくれる。軽快な句。それほど深刻な話ではないのかも…。

 

■辻 敦丸 選
夕暮の所在無さ気の立葵      静
泰山木咲いて休校解かれたる    静
夏潮のリズムに合はせたらい舟   味千代
またひとつ想ひ閉ぢ込め濃紫陽花  由美子
☆朽ち果てし戦車デイゴの花のもと  眞二
これは沖縄ですか。それとも...。
戦後75年、此の戦車に乗っていた若人に思いを馳せずにいられない。
     


■箱守田鶴 選
梅雨晴間芝刈ロボット作業中    すみ江
泰山木咲いて休校解かれたる    静
幼児の額に汗して外遊び      静
白黒の午後の名画座梅雨に入る   静
☆梅雨に入る返すあてなき女傘   眞二
突然の雨、傘を拝借して帰宅した。うっかりしている内梅雨に入ってしまった。
時間がたつと返しずらい。しかも女傘である。気持ちがよくわかる。

 

■山田紳介 選
竹皮を脱ぎてこの世のうす緑    眞二
あしらひの葉のみづみづし夏料理  良枝
郭公や丘より牛の降りてきし    雪
葉柳や雨の匂の風となり      雅子
☆ブロックに雨しみとほる桜桃忌  栄子
「桜桃忌」と呟く時、過ぎ去った自分自身の若かった頃に思いを重ねているような気がする。今年もまたあの長雨の季節になった。

 

■黒木康仁 選
徒な余生許せよ沖縄忌       眞二
竹皮を脱ぎてこの世のうす緑    眞二
遠くから誰か呼ぶなり合歓の花   伸介
郭公や丘より牛の降りてきし    雪
☆シャワーきつく愛想笑ひを刮げとる  雅子
汗を流すだけのシャワーではなく、その日は何があったのか。「刮げとる」に悔しさが伝わってきました。


■松井洋子 選
梅雨に入るテールランプの連なりも  良枝
河鹿笛一村すでに眠り落つ     恵美
芍薬の一花冷たき掌        雅子
ブロックに雨しみとほる桜桃忌   栄子
☆紫陽花や人と別れて人の中    恵美
親しい人と紫陽花を見た帰りだろうか。下五で雑踏の中の孤独が端的に表されている。その孤独感と季題の紫陽花がよく響きあっていると思う。

 

■田中優美子 選
泰山木咲いて休校解かれたる    静
丸き地球四角に区切り田を植うる  洋子
若葉して同じ緑の見当たらず    味千代
囀りもどこか忙しき六本木     真徳
☆何か言ひたげにきらめき春の星  範子
春のしっとりとした闇に浮かぶ星は、少し潤んで見えます。まるで意思を持って光っているかのように。作者がそれを「何か言いたげ」と捉えたのは、作者自身に秘めた思いがあるからなのではと想像が膨らみました。

 

■緒方恵美 選
夕暮の所在無さ気の立葵      静
白黒の午後の名画座梅雨に入る   静
一斉に舞ふ蛍火の静寂かな     洋子
見つからぬガラスの欠片梅雨曇   栄子
☆丸き地球四角に区切り田を植うる  洋子

天体規模の大きさとその一部の営みの対比が面白い。

 

■島野紀子 選
泰山木咲いて休校解かれたる    静
風が風呼んで抜けゆく夏座敷    恵美
紫陽花や人と別れて人の中     恵美
草刈の男追ひかけ蝶一頭      真徳
☆血縁も地縁も増えて溝浚ふ    洋子
見知らぬ街に住むことになった作者の、当時の不安もすっかり消えたすがすがしい一句。すっかり土地の人が溝浚へで伝わります。

 

■長谷川一枝 選
徒な余生許せよ沖縄忌       眞二
父の日かさうかワインの届きけり  眞二
血縁も地縁も増えて溝浚ふ     洋子
明日は良き母になりたし星涼し   味千代
☆夜濯ぎや幾度と調子外る歌    味千代
明日は早朝の新幹線、今晩のうちに洗濯を片付けて、久し振りの旅に気が付くと歌っている自分に子供みたいと・・・。

 

■長坂 宏実 選
青竹を突くやすらりと水羊羹    雅子
ダンガリーシャツ似合ふ男の釣忍  雅子
白シャツの胸に葡萄酒こぼしけり  良枝
まだ誰も入らぬプールの青さかな  良枝
☆ほうたるの闇を動かぬカメラマン  洋子
暗闇の中の蛍の淡い光と、草陰で息を潜めているカメラマンの様子がよくわかります。

 

■チボーしづ香 選
青竹を突くやすらりと水羊羹    雅子
散水に戯る庭の野菜かな      味千代
雨音に負けじと蟇のこゑ高し    道子
囀りもどこか忙しき六本木     真徳
☆まだ誰も入らぬプールの青さかな  良枝
夏の暑さとプールの水の清涼感をうまく表現している

 

 

◆今月のワンポイント

「声に出して推敲を」

特選句七句に共通することはなんでしょうか。それは、調べがいいということです。音読したとき無理がなく心地よいということです。
歌人吉野秀雄はこんなふうに書いています。

シラベが人を打つか打たぬかで、歌の勝負は決まる(内容の是非はあまりにも当然事だからわざと触れない)。人を打つシラベは作者の「全人間」を示す。ただその示し方が、事務的でなく、象徴的であるから、詩歌的感覚に欠けた者には、ほんとうの評価がしにくいというだけの話だ。
(「歌よみのひとりごと」)

歌を俳句に置き換えても、まったく同じことだと思います。調べとは音韻を整えるだけのことではありませんが、最低限投句の前に声に出して読み返し、何度でも推敲しましょう。
(井出野浩貴)

◆特選句 西村 和子 選

ハンカチをぱんと叩いて明日へ干す
小山良枝

【講評】「ぱんと叩いて」ですから、縁をレースで飾ったおしゃれ用のものではないでしょう。一日の 汗を吸ったハンカチではあるまいかと想像されます。「ハンカチ」と「ぱんと」で韻を踏みリズムよ く詠まれています。「明日へ干す」に生活の手応えがあります。「明日へ」の「へ」は<運動会午後へ 白線引き直す>(西村和子)の「へ」と同じ使い方です。このように、助詞の使い方を名句から学び たいものです(井出野浩貴)

 

少年の静脈透けて衣更
小野雅子

【講評】中学生でしょうか。季語から白の半袖ワイシャツから出る細い腕が想像されます。この年頃 には、同世代の少女よりも華奢で繊細な少年がいるものです。幼虫が蛹を経て成虫となるように、十 年後にはまったく違う青年となっているかもしれません。そこにもののあわれがあります。現代では、「衣更」よりも「更衣」の表記のほうが一般的でしょう。(井出野浩貴)

 

裸ん坊羽交ひ締めして爪を切る
鏡味味千代
【講評】 臨場感のある句です。親の覚悟のようなものを感じます。「羽交ひ締め」という言葉に一瞬ぎょっとし ますが、怪我をさせないように利かん坊の爪を切るのは、たいへんなことでしょう。いま「利かん 坊」という言葉を使いましたが、この句は「裸の子」ではなく「裸ん坊」という少し突き放した言葉 を使った点が効果的です。押しつけがましくなく愛情がにじみ出ています。(井出野浩貴)

 

野遊びや俳句初心者引き連れて
山内雪

【講評】「野遊び」という、世の中から距離を置いたゆったりした季語が生きています。「俳句初心 者」が初々しい気持で草花や野鳥の名を覚え、句帳に認めている様子が見えてきます。「引き連れて」 ですから、作者はこのグループのリーダーなのでしょう。リーダーだからといって肩肘張ることなく、 この句のように自然体で詠みづづけるとよいでしょう。(井出野浩貴)

 

風薫る音楽室に忘れ物
山田紳介
【講評】音楽室はたいてい校舎の最上階の奥にあり、見晴しがよいものです。忘れ物は筆箱かリコー ダーか。すぐに取りに来ないところを見ると、貴重品ではないのでしょう。その忘れ物も、窓から 入ってくる薫風に吹かれています。この句はたいしたことを言おうとしていないのですが、季語と物と が響きあって、ひとつの世界を作っています。だいたいにおいて、俳句ではたいしたことを言おうとし ないほうがよいようです。(井出野浩貴)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

( )内は原句
紫陽花の埋め尽くさんと遊女の碑
箱守田鶴

自らの花粉に汚れ百合の花
小山良枝

一段と色濃く掲げ山桜
深澤範子

青嵐メタセコイアの毛振りかな
黒木康仁

母の日の母の願ひのたわいなく
山田紳介

姫女苑ほめられもせず咲きにけり
緒方恵美

本に身の入らぬ卯の花腐しかな
小山良枝

本棚の隅に聖書や月朧
飯田 静

ガレージを無断借用水鉄砲
島野紀子

礼状に御の字いくつ柿の花
緒方恵美

京ことば新茶ゆるゆる注ぎ分けて
小野雅子

さざなみのひろがるやうに貌佳草
小山良枝

魂の話などして粽解く
奥田眞二

オーデコロン犬にそつぽを向かれをり
小野雅子

麦秋の中へ単線消えゆけり
松井洋子

墨の香の心地良きかな朧の夜
飯田 静

風薫る父の癖字のなつかしき
山田紳介

スケボーの子ら飛び上がる蝶の昼
中村道子

その影も群を曳きゆく目高かな
森山栄子

はつなつの碧を深めて潮満つ
松井洋子

入学式まづ讃美歌を歌ひけり
鏡味味千代

この辻はいつも風ある夏柳
緒方恵美

かはほりや空に余光の熱りなほ
小野雅子

ソーダ水飲むたび顔をしかめたり
鏡味味千代

夕闇のもの言ひたげな額の花
小山良枝

ひととせの早きを嘆じ新茶汲む
奥田眞二

この森の王の如くに黒揚羽
山田紳介

飛びさうな蒲公英の絮チャイム鳴る
中村道子

飲み干して最後の甘きレモン水
長坂宏実

山鳩のこゑひとしきり余花の谷
緒方恵美

子らに声掛けて串打つ初鰹
松井洋子

老鶯や朝の水面の乱反射
小山良枝

乗客の眼鏡曇らす梅雨湿り
(乗客みな眼鏡曇らす梅雨湿り)
長坂宏実
字余りにしてまで「みな」を言う必要があるかどうか。眼鏡をかけていない乗客もいるはず。

素手濡らしつつ紫陽花を剪りにけり
(紫陽花を剪る素手を濡らしつつ)
箱守田鶴
原句は五五五の字足らずです。できた句は一度声に出して読んでみましょう。 リズムがおかしいときはすぐにわかります。

老桜芭蕉句碑ある豆腐店
(老桜芭蕉碑のある豆腐店)
千明朋代
「芭蕉碑」はいささか無理な省略です。

疫病を知らぬごとくに耕せり
(疫病を知らぬかのごと耕せり)
山内 雪
声に出して読めば、どちらが調べがよいかわかります。

気の早き蛙鳴き初む日照雨かな
(気の早き蛙鳴き初む日照雨して)
松井洋子
虚子の<遠山に日の当りたる枯野かな>の型です。「15音の名詞節+かな」と いう型を活用しましょう。なお、「鳴き初むる」と連体形にすべきところです が、音数を重視して終止形「鳴き初む」で代用しています。

祭笛聞こえず風の音ばかり
(祭り笛聞こえず風の音ばかり)
箱守田鶴

祭果つ待つてゐたかに父逝きぬ
(祭り果つ待つてゐたかに父逝きぬ)
千明朋代
送り仮名の問題です。「神田祭り」「葵祭り」ならば、ちょっとおかしいなと 感じますね。

児の熱を払はむ団扇ゆるゆると
(児の熱を払ふ団扇のゆるゆると)
箱守田鶴
「払はむ」と意志の「む」を入れることによって、親の願いが伝わります。

草の棘木の棘怖し夏はじめ
(草の棘木の棘怖や夏はじめ)
三好康夫
終止形「怖し」で切れますから、無理に「や」を使う必要はありません。

夏立つやいささか重き旅衣
(夏立つやいささか重し旅衣)
辻 敦丸
立つや/いささか重き旅衣」と上五で一度切ります。終止形「重し」のまま だと、「夏立つや/いささか重し/旅衣」と三段切れになってしまいます。

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■山内雪 選
魂の話などして粽解く       眞二
麦の秋ショッピングモール囲ひけり  洋子
信号のあふれ渋谷の薄暑かな    良枝
その影も群を曳きゆく目高かな   栄子
☆老桜芭蕉句碑ある豆腐店     朋代
芭蕉碑のある豆腐店に一気に引き込まれた。老桜が句を包み込んでいると思う。

■鏡味味千代 選
自らの花粉に汚れ百合の花     良枝
江戸風鈴造りて佐竹通りなる    田鶴
寝転べば空の降りくる清和かな   栄子
この辻はいつも風ある夏柳     恵美
☆麦秋や一人高ぶる心の音     康夫
昔の思い出か、いつけ読んだ物語の風景か。金色になった麦の風景に、何かを思い出して心を熱くする。
私は特に麦の畑には縁遠く、麦畑はなんだか西洋の風景のように思えて、この句に共鳴した。

■三好康夫 選
落つる日のひと時座する植田かな  敦丸
紫陽花の埋め尽くさんと遊女の碑  田鶴
ソーダ水飲むたび顔をしかめたり  味千代
陽炎の坂帰らねば帰らねば     栄子
☆茶畑の畝ふかぶかと暮れゆけり  栄子
かたじけなさに涙こぼるる。

■小野雅子 選
母の日の母の願ひのたわいなく   伸介
母の日の母正論を吐きにけり    伸介
自らの花粉に汚れ百合の花     良枝
小でまりに花びらほどの虫とまる  道子
☆茶畑の畝ふかぶかと暮れゆけり  栄子
茶畑は整然と刈りこまれ、畝の間は人ひとり通れる程の幅しかない。暮れかかると、まず畝が黒々と沈んでゆく。景が見えてきます。

■小山良枝 選
茶畑の畝ふかぶかと暮れゆけり   栄子
校章の臙脂きはだち更衣      洋子
礼状に御の字いくつ柿の花     恵美
山鳩のこゑひとしきり余花の谷   恵美
☆風薫る音楽室に忘れ物      伸介
学生時代の一場面を思い出しているのでしょうか。音楽室に忘れものを取りに戻ったところ、皆の歌声やピアノの音の余韻が残っていたのかもしれません。爽やかな風が感じられる作品でした。

■奥田眞二 選
荒れ果てし庭の片隅松の芯     静
京ことば新茶ゆるゆる注ぎ分けて  雅子
柿若葉口とがらせて文句言ひ    一枝
ふらここや姉より妹高く振れ    範子
☆朝な朝な花と戯れ夏に入る    静
手塩にかけて育てられているさまを、戯れとは素敵です。
疎ましいこと多き昨今ほのぼのとした気持ちを頂きました。

■中村道子 選
裸ん坊羽交ひ締めして爪を切る   味千代
児の熱を払はむ団扇ゆるゆると   田鶴
その影も群を曳きゆく目高かな   栄子
山鳩のこゑひとしきり余花の谷   恵美
☆落つる日のひと時座する植田かな  敦丸
まだ植えて間もない細い苗が並ぶ田。水面に斜めに映る夕日の色と静寂。情景が目に見えるようです。
「ひと時座する」の表現が気に入りました。その田植えをした方ならば、安堵の思いを抱いて眺めているのかも知れません。

■山田紳介 選
魂の話などして粽解く       眞二
芍薬の危きほどにゆるびけり    良枝
その影も群を曳きゆく目高かな   栄子
かはほりや空に余光の熱りなほ   雅子
☆この辻はいつも風ある夏柳    恵美
さらに堀があり、白壁があり、そしてそこに行けば懐かしい人達に会えそうな気がする。私は倉敷のとある辻のことを思い出してしまった。  

■辻 敦丸 選
小でまりに花びらほどの虫とまる  道子
茶畑の畝ふかぶかと暮れゆけり   栄子
一瞥が縁の始まり金魚玉      康夫
この辻はいつも風ある夏柳     恵美
☆芍薬の危きほどにゆるびけり   良枝
見事に開いた芍薬、落ちる時は潔い。その寸前を詠んでいる。

■黒木康仁 選
革命のエチュード街は青嵐     雅子
かはほりや空に余光の熱りなほ   雅子
この森の王の如くに黒揚羽     伸介
子らに声掛けて串打つ初鰹     洋子
☆麦秋の中へ単線消えゆけり    洋子
麦畑の中ローカル線の単線がどこまでも一直線に… 

■森山栄子 選
落つる日のひと時座する植田かな  敦丸
小橋古り袂最も緑濃し       すみ江
ソーダ水飲むたび顔をしかめたり  味千代
飛びさうな蒲公英の絮チャイム鳴る  道子
☆魂の話などして粽解く      眞二
粽解くという季語の斡旋に惹かれた。
転生という言葉が脳裏に浮かんだが、詠みぶりが飄々としているのも魅力。

■松井洋子 選
母の日の母の願ひのたわいなく   伸介
スケボーの子ら飛び上がる蝶の昼  道子
入学式まづ讃美歌を歌ひけり    味千代
忘れゐし出会ひと別れ余花の雨   一枝
☆この辻はいつも風ある夏柳    恵美
 一読して爽やかな初夏の風が感じられた。美しい葉柳も眩しいばかりである。

■箱守田鶴 選
母の日の花束笑顔の配達員     雅子
かはほりや空に余光の熱り顔    雅子
B29飛行機雲や麦の秋        眞二
囀りや鞍掛山の大合唱       範子
☆入学式まず讃美歌を歌ひけり   味千代
中学高校一貫のミッションスクール、希望して入学を果たしたとはいえ、入学式に讃美歌をまず歌うのにびっくりしている様子がうかがえる。これから新しい体験を沢山することだろう。       

■藤江 すみ江 選
墨の香の心地良きかな朧の夜    静  
信号のあふれ渋谷の薄暑かな    良枝  
この辻はいつも風ある夏柳     恵美  
この森の王の如くに黒揚羽     伸介  
☆茶畑の畝ふかぶかと暮れゆけり  栄子
夕暮に続く茶畑の景色が ありありと浮かんできて好きな句です。

■チボーしづ香 選
夏の虫網戸の穴をすり抜けて    宏実  
祭笛聞こえず風の音ばかり     田鶴  
風薫る音楽室に忘れ物       伸介  
よちよちの吹き飛ばされし夏帽子  すみ江  
☆落つる日のひと時座する植田かな  敦丸
庭仕事が好きで没頭している間にふと気づくと日が落ち始め一息つく一瞬に自然の壮大さや美しさに心身共に包み込まれる。そんな感じが出ている。

■緒方恵美 選
落つる日のひと時座する植田かな  敦丸  
茶畑の畝ふかぶかと暮れゆけり   栄子  
芍薬の危きほどにゆるびけり    良枝  
かはほりや空に余光の熱りなほ   雅子  
☆小橋古り袂最も緑濃し      すみ江
平明でリズムの良い句である。「小橋古り」の措辞により、橋に覆い被さるような新緑の景が浮かぶ。
毎年見られる光景ではあるが、自然の尊さを改めて実感させられる。

■深澤範子 選
京ことば新茶ゆるゆる注ぎ分けて  雅子  
本棚の隅に聖書や月朧       静  
この森の王の如くに黒揚羽     伸介  
夫に子に小満の夜の静かなり    栄子  
☆寝ころべば空の降りくる清和かな  栄子
のどかな清和の様子が伝わってきました。

■島野紀子 選
紫陽花の埋め尽くさんと遊女の碑  田鶴  
ふらここや姉より妹高く振れ    範子  
箱庭の浜に貝殻増えゆけり     良枝  
本に身の入らぬ卯の花腐しかな   良枝  
☆信号のあふれ渋谷の薄暑かな   良枝
夏の暑さと、重なり合う信号の暑苦しさ。
それも町の賑わい・熱気とした気持ちが季語に生かされている。

■長谷川一枝 選
母の日の花束笑顔の配達員     雅子
紫陽花の埋め尽くさんと遊女の碑  田鶴
山門へ新種をならべ牡丹寺     洋子
風薫る音楽室に忘れ物       伸介
☆この森の王の如くに黒揚羽    伸介

日盛りでも薄暗き森の中をゆうゆうと過ぎる大きな蝶を思い浮かべました。

■長坂 宏実 選
スプリンクラー箱庭ほどの虹架かり  味千代  
ごめんねと言ひつつ今日も冷奴   雅子  
おのがこと鯉と思ひゐる金魚    田鶴  
子らに声掛けて串打つ初鰹     洋子  
☆信号のあふれ渋谷の薄暑かな   良枝
車や人が多い渋谷の様子が浮かんできます。信号を待つときの人混みの中の暑さを思い出しました。

■飯田静 選
スプリンクラー箱庭ほどの虹架かり  味千代
ごめんねと言ひつつ今日も冷奴   雅子
おのがこと鯉と思ひゐる金魚    田鶴
子らに声掛けて串打つ初鰹     洋子
☆信号のあふれ渋谷の薄暑かな   良枝
車や人が多い渋谷の様子が浮かんできます。信号を待つときの人混みの中の暑さを思い出しました。

 

◆今月のワンポイント

「ひとつまみのスパイスを」

たとえば、
<春宵の夫婦たまには手をつなぎ>
という句があるとします。それは結構なのですが、 作品としては善人すぎてあまりおもしろくないようです。
<春宵の夫の莨を盗み吸ふ>(西村和子)
と 比べてみてください。
今回の特選句
<裸ん坊羽交ひ締めして爪を切る>
に注目しました。「羽交ひ締め」などという、すわ虐待かと誤解されそうな表現が、親の必死な形相を想像させ、巧まざるユーモアを生んでいます。か わいい、かわいいとは言っていないのに、愛情が伝わってきます。
(井出野浩貴)