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浅 春  行方克巳

孫弟子のわれも傘寿や風生忌

死出の旅も三日の旅も春浅き

菜の花に泛きぬ沈みぬしてふたり

春の闇ひとりつきりぢゃないつてこと

この半畳踏めば奈落か春の闇

勿とわれ倶利迦羅紋々春の夢

一蓮托生とはぼう/\と火の目刺

愚に近く大愚はるけし目刺焼く

 

乾 坤  西村和子

夜逃の荷嗅ぎまはりをり冬の蠅

冬の蠅鬼の獅子鼻舐りをり

冬の蠅博物館の死臭恋ひ

冬の蠅動かず定説覆る

春聯の乾坤の二字淋漓たり

ターミナル春装旅装入り乱れ

表彰の舞台へ雪沓の少女

スカートに靴に春色いちはやき

 

風生忌  中川純一

自転車の鍵に鈴つけ春隣

玄米の炊くる香りも春立ちぬ

枝垂梅目白を呼んで人呼んで

長閑けしや犬が寝言でキャンと吠え

我いまだ古稀のひよつこ風生忌

その顔施がんせいまも心に風生忌

且つて我をとみかう見せし風生忌

さうかねと目が笑ひをり風生忌

 

 

◆窓下集- 4月号同人作品 - 中川 純一 選

墨の香に満ちゆく朝初硯
佐瀬はま代

無為と言ふひと日よかりし十二月
福地 聰

杯洗の所作美しき年酒かな
藤田銀子

寒紅をさしてひとりの今日始まる
山田まや

母の事やうやく泣けて年の酒
山本智恵

夫在さばと四代のクリスマス
村地八千穂

初日の出額真つ直ぐに射抜かるる
小野雅子

三日はやいつものハノン聞こえ来る
佐藤二葉

店番のやかん湯気立て築地市場
茂呂美蝶

うたた寝の間に初雪の降りて消え
佐竹凛凛子

 

 

◆知音集- 4月号雑詠作品 - 西村和子 選

群青の海の広ごり初句会
前山真理

流行歌如きに泣けて室の花
井出野浩貴

名優の衰へまざと初芝居
佐貫亜美

綿虫の滝音に吸ひ込まれゆく
影山十二香

簡潔に言書き換へ除夜の鐘
折居慶子

極月の駅にランプを売る男
中津麻美

日に透けて蔭を孕みて寒牡丹
牧田ひとみ

雛選ぶ兜の似合ひさうな子へ
高橋桃衣

神頼みしてより向かふ初句会
藤田銀子

御慶そこそこ問診の始まりぬ
廣岡あかね

 

 

◆紅茶の後で- 知音集選後評 -西村和子

日の差して絹の輝き寒牡丹
前山真理

写生の基本を踏まえた句。ものを描こうと思って寒牡丹に取り組むとき、何句も作ってみることが大切。第一印象の句が成功する場合もあるし、九句目、十句目に何かを発見する場合もある。
この句の場合は、最初に見たときには日が翳っていたのだろう。同じ花の前に腰を据えていたところ、日が差して来た。その時、花の色が鮮やかに輝いた。まるで絹織物のようだと思った時、この句ができたに違いない。「絹の輝き」は見ていない人にも色艶が伝わる美しい比喩だ。絹のようだとか、絹みたいだと直喩になっていない点も学びたい。

 

 

眼裏に焼きつくは白寒牡丹
佐貫亜美

同じ寒牡丹を詠んでいるが、これは眼前のものではなく、少し前に見た印象を詠んだもの。色とりどりの寒牡丹が、まさに妍を競うように咲き誇っていたが、最も瞼に残った、つまり心に残ったのは白であったという点がポイント。科学的に見たら、鮮やかな赤や牡丹色が目裏には残るのだろうが、この句はそういった現象を言っているのではない。寒牡丹の美に触れた後でも心に残ったのは、清潔で儚げな白である。

 

春近し宇宙基地とは段ボール
影山十二香

子供の遊びを描いた句。宇宙基地から発進するとか、宇宙基地に戻れとか言っているので覗いてみたら、それは段ボールのことだった。季語から察するに、おそらく家の中で遊んでいるのだろう。幼い子供というものは、こうした小さな入れ物を、宇宙基地とか秘密基地とか船などの乗り物に見立てて遊ぶのが大好きだ。春になったら外で遊ぶにちがいない子供の空想力と生命力が感じられる。