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井出野浩貴句集
『孤島』
2023/5/1刊行
朔出版


第一句集『驢馬つれて』以降、2014年から2021年までの8年間の句を収めた待望の第二句集。

<著者略歴>
井出野浩貴(いでの・ひろたか)
1965年 埼玉県生まれ
2007年 「知音」入会
2013年 青炎賞(知音新人賞)受賞
2014年 句集『驢馬つれて』上梓
2015年 第38回俳人協会新人賞受賞・川口市芸術奨励賞受賞
2021年 知音賞受賞
現在  「知音」同人 俳人協会幹事
翻訳書 『ミシシッピ=アメリカを生んだ大河』(ジェームス・M・バーダマン著、講談社)ほか

◆帯より
虫の夜の孤島めきたる机かな
宇宙的空想から共に生きる者たちへの共感まで幅広い世界へ読み手をいざなう。
鋭敏な五感で生活者の実感をこまやかに詠じた作品は寡黙だが季語が多くを語っている。
俳人協会新人賞受賞から八年  人生経験は創作者を鍛えた。(西村和子


◆自選 12句

つばめ来る東京いまだ普請中
春燈や微恙の床に唐詩選
花の影とどめて水のとどまらず
くるぶしにかひなに茅花流しかな
祭鱧逢ふときいつも雨もよひ
草笛の鳴るも鳴らぬも捨てらるる
太陽系第三惑星星祭
ルビを振ることに始まる夜学かな
また来てと母に言はれて秋の暮
小春日の龍太の留守を訪ひにけり
あのころは実学蔑し冬木立
湯豆腐や父逝き母逝き戦後逝き

 

◆あとがきより
八年は生涯の十分の一ほどでしょうか。この間に、父を見送り、母を見送りました。つい最近生まれたような気がする息子は、学校を卒え社会人となりました。私自身の仕事も引き時が近づいています。「時は過ぎてく瞬く間に」と、一九七八年に浜田省吾が歌ったとおりです。(井出野浩貴)


春 動 く  西村和子

吊橋の彼方は鉄都春動く

つちふるやかつて石炭積出し港

西国の山々まろし春夕焼

料峭の篁を攻む山気かな

手水鉢紅白梅の影沈め

籠れるは怒気か怖気か袋角

袋角どつくんどつくん血の通ふ

鶯に普請の音の活気づく

 

齋藤愼爾永眠  行方克巳
令和五年三月二十八日 昭和十四年八月二十五日生れ(満八十三歳)

花の雨飲食厭になりにけり

花冷の補聴器とれしまま眠る

しんちやんこつち/\と杏子花の昼

断末魔ありしともなく花の昼

湯上りのやうな死顔花の昼

雛壇に齋藤愼爾もう居ない

喪ごころのこの一椀の蜆汁

さくら咲きさくら散りわれ老いにけり

 

木 の 芽 時  中川純一

うららかやパンの角からジャムこぼれ

思ひ出し笑ひに応へ水温む

雛流すセーラー服の膝ついて

花ミモザ老嬢ジャンヌひとり棲む

花の雨ポニーテイルの裸像濡れ

楓の芽窓探し当て触れもする

芽吹きをり上皇后の名の薔薇も

寝姿の羅漢の仰ぐ木の芽かな

 

 

◆窓下集- 5月号同人作品 - 中川 純一 選

通されて小声になりぬ冬座敷
大橋有美子

二千年前より愚かクリスマス
井出野浩貴

歌かるた坊主の歌をまづ覚え
山近由起子

微笑みの自づとこぼれ大熊手
谷川邦廣

立春の空に消ぬべく夕烟
中田無麓

帯結ぶ鏡の中の余寒かな
山田まや

甘え寄る馬の睫毛に春の雪
池浦翔子

初糶の片手に持てぬ出世魚
前田星子

間取図のパステルカラー春隣
中津麻美

いくばくの余命頂く寒卵
折居慶子

 

 

◆知音集- 5月号雑詠作品 - 西村和子 選

三門に上れば近し春の山
松枝真理子

人混みにをりて一人の師走かな
山田まや

春浅しこの道やがて岐れ道
小倉京佳

大寒やぴつと人差指を切る
高橋桃衣

縁側へ声かけて買ふ寒卵
小池博美

生涯の後半戦へ初日差す
吉田林檎

三方も撒く勢ひや福は内
三石知佐子

ふるさとの丸餅焼飛魚届きけり
大野まりな

日脚伸ぶ里より来たる箒売
吉澤章子

家事室の遺影の母へまづ御慶
石原佳津子

 

 

◆紅茶の後で- 知音集選後評 -西村和子

焼いもや難しいこと考へず
松枝真理子

上五の切字が効果的な句。この切字によって「難しいこと考えず」との間に大きな断層があることを示している。表面的にはこう言っているが、実は直前まで難しいことを考えていたのではないか。しかし焼いもを食べるときぐらい眉間に皺を寄せず、このおいしさと温かさを単純に楽しもうという思いを読み取った。
冬の季語である焼いもは、江戸時代に現れたという。だいたい女子供の好物と思われてきたが、歳時記には男性の例句が多い。現代は焼いもばかりでなく、スウィーツ好きの男性も恥ずかしい思いをしない時代になったが、焼いもが大好きな女性こそ、実際に食べてこそ、いい句ができるに違いないと、男性たちの例句を読むにつけて思う。
湯気を立てているほくほくの焼いもを食べてこそできる、こういう句を、女性たちよ、目指そう。

 


もう風を感じてをらず枯蓮
山田 まや

枯蓮にもいろいろな段階があって、冷たい風に吹かれて寒そうだとか、心許なさそうだとか思ううちは、まだ感覚が残っているように思える。しかし、枯れ切ってしまって風に抗ったり跳ね返したりする力も無くなったような枯蓮は、何も感じていないようだ。それを「もう風を感じてをらず」と表現した点に、きめ細かな描写力が出ている。大雑把に枯蓮を眺めていては、こうした句は詠めないだろう。大いに学ぶべき写生句。

 

 

鷽替やはつたり多き我が一世
小倉京佳

「はつたり」とは「実情よりも誇大に言ったり、ふるまったりすること」と広辞苑にある。「鷽替」は天神様の境内で、過去の嘘を取り替える行事だ。小さな木彫の鷽という鳥を、宮司や巫女さんまで巻き込んで、「替えましょう、替えましょう、うそ替えましょう」と唱えながら見知らぬ人たちと取り替える行事に、私も大阪の天神さんで加わったことがある。
はったりを利かすとは、自分を鼓舞する場合にも必要だし、嘘というわけではない。しかし心のうちにやましいものが残る。「鷽替」という季語に託して、心中を明かした句として注目した。このような本音を託す句を、この作者には期待している。

 

 

◆特選句 西村 和子 選

春暑しガラガラ声のフラミンゴ
千明朋代
動物園のフラミンゴを想像した。フラミンゴの色はきれいではあるが、見方によっては少しどぎつい感じがするものである。そのフラミンゴが「ガラガラ声」で鳴いている様子は、春ののんびりとした動物園で異彩を放っているように思われ、「春暑し」と響き合う。また、中七下五のラ音、ガ行の音の韻が調子よく、楽しい句に仕上がっている。(松枝真理子)

 

シャンパンの泡の消え行く春の宵
鎌田由布子
お祝いの席でいただくことが多いシャンパン。グラスに注いで泡が生じたところを、つい詠みたくなるものである。だが、作者は泡が消えてゆくところに着目しており、そこに詩心が感じられる。華やかな席、グラスに透かしたシャンパンの色、泡の消えていく儚さなどが、「春の宵」の艶やかな感じとよく合っている。(松枝真理子)

 

蓬摘むデニムの腿のぱんと張り
小山良枝
蓬を摘んでいる人物を、「デニムの腿のぱんと張り」と具体的な描写で表現した。これだけで性別、年齢、体格、服装などが見えてくる。また、「ぱんと」がよく効き、若々しさを強調している。(松枝真理子)

 

土佐水木よりその色の蝶一羽
箱守田鶴
土佐水木は、株立ち状に伸びているものをよく見かける。それぞれの枝にたくさん花をつけ、黄色い房状の花がひらくと、辺りがぱっと明るくなったように感じる。その中から、同じ色の蝶が一羽飛び出てきたというのだ。蝶の色は言わなくてもわかるし、満開の土佐水木の見事な咲きようまで想像できる。同時に、作者の一瞬の心躍りも表現されている。(松枝真理子)

 

春燈やモビールの影遊ばせて
森山栄子
絶えずゆらゆらしているモビール。春燈に照らされて生じた淡い影は幻想的で、作者の視線はそちらへと向けられている。そして揺れているモビールの影を「遊ばせて」と表現したところに工夫がみられる。モビールそのものを描かず、影を詠んで成功した句。(松枝真理子)

 

来年の約束もして花見酒
田中優美子
若い作者であるから、以前は来年の約束をするようなことはなかったのだろう。日常生活が戻りつつあるにもかかわらず、来年もこの桜の下で同じ人たちと酒を酌み交わすことができるだろうかと思うのは、疫病が流行したこの3年間を経たからこそであり、誰もが共感するところである。「年酒」「月見酒」「おでん酒」「熱燗」など酒に関する季語はたくさんあるが、この句は「花見酒」が動かない。(松枝真理子)

 

雨雫吊り下がりたる木の芽かな
小山良枝

 

風光る麒麟は風を反芻し
中山亮成

 

花冷えや空行くものの何もなく
山田紳介

 

これやこの節分草にひざまづき
千明朋代

 

 

◆入選句 西村 和子 選

春夕べ見知らぬ人と海眺め
(春夕べ見知らぬ人と海眺む)
杉谷香奈子

春めくや岸壁に寄す波音も
小野雅子

天井はステンドグラス花曇り
木邑杏

こんもりと国東半島霞みけり
森山栄子

太陽のまあるく滲む夕霞
平田恵美子

山門をあふるる枝垂桜かな
(山門よりあふるる枝垂桜かな)
五十嵐夏美

丁字の香托鉢の鈴遠ざかる
奥田眞二

春夕旦過市場の早仕舞
小野雅子

碇泊の軍艦二隻夕桜
鈴木ひろか

潮満つる波のまばゆし雛の家
三好康夫

暮るるほど白きはまれり花辛夷
松井洋子

マネキンはのつぺらぼうや春の宵
(マネキンにのつぺらぼうも春の宵)
森山栄子

蕗味噌を練りつつ山へ行く話
小野雅子

ロードショウ見ての日比谷の朧月
長谷川一枝

雨催ひ白木蓮の空に溶け
穐吉洋子

去年とは違ふ色咲きフリージア
飯田静

花見船花ある限りのぼり行く
箱守田鶴

一斉に灯るマンション朧なる
(一斉に灯るマンション朧濃し)
松井洋子

人生の褒美の春の旅三日
小野雅子

カーテンをそっと開ければ初音止む
水田和代

紙雛朱塗の盆にひとつづつ
(紙雛朱塗の盆にひとつずつ)
森山栄子

平和通りへ春昼のモノレール
小野雅子

せせらぎへ枝を差し伸べ朝桜
飯田静

小流れのゆつたりとろり春眠し
五十嵐夏美

喜びに不安に震へ初桜
田中優美子

鶯の盛んや朝の深呼吸
平田恵美子

奈良漬のこつくり甘く花の昼
田中優美子

水温む背びれ尾びれにおこる波
三好康夫

掌に受けて確かめ春の雪
(掌で受けて確かめ春の雪)
西山よしかず

渡良瀬の青空濁し蘆を焼く
田中花苗

ピアノ弾く背にミモザの光かな
森山栄子

花万朶警笛鳴らし南武線
飯田静

算数が好きな子となり進級す
鎌田由布子

梅林やふはりと天守浮かびたる
(梅林にふはりと天守浮かびたる)
藤江すみ江

ちらちらと覗く火の舌蘆を焼く
(チラチラと覗く火の舌蘆を焼く)
田中花苗

初蝶のふあと現れふあと消ゆ
鎌田由布子

春雨の雫蕾にひとつづつ
鈴木ひろか

手のひらにとまることなく春の雪
(手のひらに降ることなく降る春の雪)
辻敦丸

街灯の幽かに照らす夕桜
鈴木ひろか

遠がすみ船みな空に浮かびをり
松井伸子

春の野を分けてディーゼル列車の黄
森山栄子

めらめらと野心燃ゆるや春暖炉
千明朋代

初蝶の何か捜してゐるごとし
(初蝶の何か捜しているごとし)
田中花苗

暖かやみやげに貰ふ鳩サブレ
若狭いま子

芽柳や風水色に透きとほり
木邑杏

亀鳴くやこの頃探し物ばかり
(探し物ばかりこの頃亀の鳴く)
飯田静

せせらぎに目覚めし辛夷咲き競ふ
若狭いま子

五分咲きの花美しき雨の降る
水田和代

枝を延べ大島桜おほらかに
松井伸子

芽柳の空をくすぐるごとく揺れ
木邑杏

黒黒と幹ごつごつと梅古木
藤江すみ江

 

 

◆今月のワンポイント

「辞書をこまめに」

入選句の中に、仮名遣いの間違いを指摘されている句がありました。選に入らなかった句も含めれば、もう少し多いと思います。
清記された自句に傍線が引かれ、「ママ」と書かれていた経験は筆者にもあります。たいていはうろ覚えの言葉を使い、締切ぎりぎりにあわてて出した句です。自業自得といえばそれまでなのですが、清記用紙が回ってきたときの恥ずかしさは言いようがありません。先生の選に入った句があったとしても、その喜びより辞書をひかなかった後悔の方が大きいほどです。
漢字の間違いも同じですが、これは辞書をひけば回避できるものです。知らない言葉はもちろん、知っている言葉も辞書で確認するくらいの心持ちでいたいものです。

松枝真理子