産土の誉れの藤を見にゆかむ
黒須洋野
「知音」2020年8月号 窓下集 より
客観写生にそれぞれの個性を
「知音」2020年8月号 窓下集 より
『句集 晩緑』 朔出版 2019年刊 より
「知音」2020年8月号 窓下集 より
「知音」2020年8月号 窓下集 より
「知音」2020年8月号 窓下集 より
「知音」2020年8月号 窓下集 より
『句集 晩緑』 朔出版 2019年刊 より
『句集 わが桜』 角川書店 2020年刊 より
冴返る無人のままの観覧車
緒方恵美
【講評】一見、どこにでもあるような光景を描いた、客観写生のようですが、不思議なパワーを秘めた一句になりました。近未来の黙示録的な世界のようで凄味があります。
「冴返る」時期なので、観覧車に乗る人もないだろう、という形而下的な解釈はこの句にはふさわしくありません。震災、疫禍、気候変動など、末法を感じさせる時代の流れが背景にあり、その象徴としての無人の観覧車なのでしょう。掲句の場合、決して飛躍した解釈ではないはずです。(中田無麓)
菜の花の村を通つて無言館
木邑 杏
【講評】無言館とは、長野県上田市にある戦没画学生の絵を集めた、小さな美術館です。日本画、洋画、絵の巧拙を問わない展示ながら、共通しているのは画学生の多くが20代の若さで戦死しているという、冷厳な事実です。コンクリート打ちっぱなしのモダンな建築ですが、絵を見てゆくうちに防空壕に飾られている気がすると、訪れたことがある人から聞いたことがあります。
そこまでの道筋が菜の花の村だったと掲句は語っています。その平和な風景と展示物のリアリティの落差が、一句を成すきっかけになったことでしょう。
この句の素晴らしさは、個人の主観や感情を表立って表さず、菜の花というモノに託しきったところにあります。その態度は潔く、俳句の骨法に適っています。(中田無麓)
ラメ入りの靴下届く聖夜かな
深澤範子
【講評】事実を淡々と述べているようでいて、クリスマスに贈られた靴下とは、いささか意味深でもあります。
元来、靴下はサンタさんからの贈り物を受け取る容器です。それを送ったというところに、送り主の洒落っ気が垣間見えてきます。ちゃっかりとおねだりするような、エスプリが利いているのです。そのきらりと光る機知が、ラメに巧みに表現されています。
贈り物を受け取った作者の微苦笑も見えてきませんか?(中田無麓)
春の虹くれなゐいつまでも残り
田中優美子
【講評】単に「虹」と言えば夏の季語になりますが、それ以外でも、季節の名を冠して、季題として立項されています。秋の虹、冬の虹と言った具合です。いずれの季節においても、夏とは異なる微妙なニュアンスの違いがありますが、「春の虹」には、夏の虹より淡く、儚く消えるという本意があります。
その「春の虹」に紅だけが、消えずに残っていると一句では語っています。では、このくれなゐの正体は何でしょうか? 筆者は希望と解釈しました。消えゆく虹の色の中で、最後まで残るくれなゐは、春という季節と相まって、好日的で、前向きな気分や勇気を読み手に提供してくれます。(中田無麓)
オブラートほどの明るさ春暁
小山良枝
【講評】オブラートとは、今ではすっかり懐かしいものになってしまいました。「オブラートに包む」という慣用句も通じなくなるかもしれません。
それはそれとして、比喩の働きがこの上なく巧みな一句になりました。けっして主張することのない柔らかな光の加減、皮膜のような薄さをオブラートとは、蓋し、言い得て妙です。凡そ美とは遠い存在の化学製品が、格調を持ってイメージされるのも技ありです。
比喩がずばり的を得ていますが、比喩の工夫を生かすも殺すも、比喩の叙法次第です。たとえば、「ごとく」とあからさまに言ってしまえば、興趣は半減します。といって、まるっきり暗喩にしても、表現上の飛躍が伴ってしまいます。直喩と暗喩の中間の微妙な表現での「ほど」という助詞を用いたところに、隠れた工夫があります。文字通りの「ほどのよい」選択だと思います。(中田無麓)
火を焚けば風のあつまる二月かな
緒方恵美
【講評】もとより容易に用いられる季題などはありませんが、「二月」は難季題の部類に入るでしょう。陰暦では仲春でも、陽暦では厳しい寒さが続きます。それでも陽光はすでに春色です。一見二律背反のように見えるこの両者を一句の中でどのように昇華させるか、ここに詠み手の力量が問われます。
掲句も、そんな行き合いの季節感が巧みに描き出されています。ポイントは中七。「あつまる」という動詞にあります。風を主語に据えた動詞の述部は数少なく、せいぜい、吹くか舞う、猛るくらいが関の山でしょう。その意味でもあつまるは、新鮮ですし、何よりも、物理現象を超えた人格まで感じることができます。
火にあつまる風は、まだまだ寒風ですが、てんでの向きの風は、ダイナミズムを感じさせます。そしてそれ自体が春の蠢動なのでしょう。(中田無麓)
朝のうち雪見障子を少し開け
深澤範子
【講評】雪見障子は障子の傍題として立項されていますが、作例は決して多くはありません。雪がほとんど降らない西国はもちろんのこと、多くの家屋には縁遠い存在であり、せいぜい神社仏閣でお目にかかる程度です。これでは、絵葉書俳句の域を出ることは困難です。
一方、掲句の雪見障子は生活に根差しています。少し開け、という主体的な動作から類推できます。と同時に、障子内で、筆者がなにをしているのか想像を逞しくもできます。
少し開けて外の風景を見るには、おそらく畳に端座している姿勢ではないかと推察されます。文机で書き物か読み物をしているのでしょうか。その間、ときおり目を外に移すと夜のうちに降り積もった雪が朝日に輝いているというのです。平穏で満ち足りた北国の生活のヒトコマが、格調高く切り取られています。(中田無麓)
そのひとつ悲鳴のごとく囀れる
梅田実代
【講評】囀りとは元来、繁殖期を迎えた雄鳥の求愛行動の一つです。その音声は、種類によってさまざまで、フルートのような美しい音色から、カケスのような耳障りなものまで、まさに多彩です。このようなアンサンブルの中にあって、悲鳴とは穏やかではありません。
掲句の良いところは、現象を結果として見るだけではなく、原因まで踏み込んでいる洞察にあります。そして読み手は、命をつなぐための懸命の行為に胸を打たれるのです。(中田無麓)
雛飾る下段にちよんとテディベア
小野雅子
【講評】誰もが知っているクマのぬいぐるみとお雛様、材料はたったこれだけのいたってシンプルな構造の一句です。しかし、掲句には時間的な経過の中に材料を置くという工夫があります。それによって、読み手には飾り手の動きがありありと見えてきます。
季題は「雛飾る」ですから、現在進行形の行為です。おそらくお母さんと小さな娘さんの共同作業なのでしょう。その作業の締めくくりとして、娘さんが最後に据えたのがテディベア。画龍点睛のように、お気に入りにぬいぐるみを置いて初めて、彼女の雛飾りは完成の域に達します。
時間の流れの中に一句を置くと、彼女のテディベアに対する思いはより、ひしと伝わってきます。すでに完成されたひな壇に置かれているテディベアを詠んでも掲句ほどの熱量は伝わってこないでしょう。(中田無麓)
梅の香へキスするやうに近づきて
松井洋子
【講評】特段の説明など必要としない、簡潔極まりない一句ですが、歳時記の数多の例句でも、梅の香を詠んだものは意外にも、取り上げられる例はあまりないようです。あまりにも常識の内にあり、作品が予定調和に行き着いてしまうこともその一因かと思われます。
掲句は、その難しい領域に一歩踏み込んで、古風な「梅の香」に清新なイメージを付加しました。中七のキスが一句のキーワード。ここから、梅への親しさ、愛情が、爽やかに表現されています。
「そう言えば、そうだな」と誰もが納得できる比喩は、簡単なように見えて難しく、熟考を経た結果の産物なのです。(中田無麓)
小包の中の小包蕗の薹
緒方恵美
【講評】蕗の薹の到来ものとは嬉しいものですね。梱包を開けるときの心躍りが伝わってくるようです。しかも、開梱してみれば、また小包が入っていると言います。ロシアのマトリョーシカのように。掲句はこの一瞬を鋭く捉えています。
ネット通販などでは、蕗の薹は、新聞紙で簡易包装した上で、ダンボール詰めにして発送することが多いようですが、ご丁寧にも小包につめた小包に慎重に格納して送られてきたと言うのです。
送り手が先様を思う心づくしと、それを素直に受け取る受け手の心の働きが一つになった素敵な瞬間を掲句は捉えて、間然しません。
そんな心の通い合う季節感として、蕗の薹ほど見事に適った季題はありません。(中田無麓)
珈琲を待つ間も楽し桃の花
水田和代
【講評】品種にもよりますが、桜と開花が重なりながら、その花期は桜よりかなり長いのが桃の花。散り急ぐことで妙に哲学的な桜と異なり、身近に感じられます。従って、勢いきって花見に出かけるというより、日常の中で、気づけば咲いていた…。そんな立ち位置の似合う花だと言えましょう。
掲句も、そんな日常の一コマのなかでの気づきをケレン味なく、素直に詠んで、季題のある一面の本意が押さえられています。桃の花が庭木なのか、果樹園のそれか、活けてあるのかは定かではありませんが、そこを詮索するのは野暮というものでしょう。(中田無麓)
雪催ロシア料理が食べたくなる
(雪催ロシア料理が恋しかり)
深澤範子
子育ての記憶曖昧鳥雲に
鏡味味千代
母親ほどの実感がありませんが、なるほどそうだなあと思いました。「鳥雲に」という季題が実によく効いています。
春兆す夫の口癖ありがてえ
(ありがてえは夫の口癖春兆す)
千明朋代
うすらひや告げたきことを告げぬまま
長谷川一枝
春いちご今抜けし歯を見せくるる
梅田実代
佐保姫の息にふくらむ海の面
(佐保姫の息にふくらむ海面かな)
小山良枝
滅茶苦茶に朝日を乱し恋雀
三好康夫
「恋雀」の必死ぶりが伝わってきます。中七のような若干オーバー目の表現でちょうどいいと思います。あまり俳句には登場しない、滅茶苦茶という口語表現も、掲句の句想に適っています。
冬尽きて湯呑みの影の寸詰まり
辻 敦丸
消えかかり灯る電球寒夜かな
中村道子
山茱萸の花満開と独り言つ
水田和代
連れだって見に行くこともない山茱萸の花の本質が、下五の「独り言つ」という措辞に巧みに表現されています。
薄氷や餓鬼大将と子分たち
牛島あき
野火負ひて走る倒るるまで走る
小野雅子
声を掛けつつ寒肥を撒きにけり
(声掛けをしつつ寒肥撒きにけり)
深澤範子
夢でなく未来の話冬銀河
鏡味味千代
赤き蕾より白き梅開きたる
田中優美子
詫び状の遅くなりたり冴返る
宮内百花
手の中の土筆たちまち黒ずみぬ
小山良枝
産土の風のつめたき針供養
千明朋代
鉛直を身体は感じ大根引
宮内百花
豆撒や終の住処と決めし家
飯田 静
父の忌の蜜柑凍つてをりにけり
山内 雪
もう誰も住んでないのか梅の花
山田紳介
店頭に蠟梅ミシュラン二つ星
(店前に蠟梅ミシュラン二つ星)
島野紀子
春立ちぬ緊急事態続きつつ
(春立ちぬ緊急事態続きをり)
穐吉洋子
鳩は恩感じてをらぬ遅日かな
(鳩は恩感じてをらぬらし遅日)
稲畑とりこ
水底に渦の影揺れ春の川
松井洋子
枝先のつぼみのかたき野梅かな
千明朋代
春の海サルベージ船のゴジラめく
鎌田由布子
甘味処確かこの路地梅ふふむ
飯田 静
残雪を載せ八ヶ岳晴れがまし
(残雪を頂に八ヶ岳晴れがまし)
奥田眞二
すれ違ふ人悉く息白し
深澤範子
言の葉に刃ありけり冴返る
鏡味味千代
大寒の固き日弾く黒瓦
中山亮成
それぞれの燭をともして卒業す
梅田実代
「それぞれの燭」にひとりひとり異なる、行くと決めた道の寓意のように感じられ、卒業の句にふさわしいです。
薪割りに見とれてをりぬ寒鴉
山内 雪
きりぎしに波唸り来る実朝忌
辻 敦丸
まんさくや高嶺に添へる 雲ひとつ
(まんさくや高嶺に添ひし雲ひとつ)
緒方恵美
松明に闇の響動めくお水取
小野雅子
北風や負けじと歩幅大きくす
深澤範子
恋猫のラピスラズリのひとみかな
長谷川一枝
耳の底曇つてをりぬ黄砂降る
宮内百花
梅日和路面電車のよく軋み
松井洋子
伊予鉄の市内線ですね。「軋む」を不快ではなく、春への蠢動と感じたところに、心の弾みが窺えます。
手を繋ぐ先生真ん中梅ふふむ
木邑 杏
受験子を見送る星の残る朝
小山良枝
かたかごの妖精の羽根閃きて
藤江すみ江
梵鐘の余韻地を這ふ余寒かな
緒方恵美
初蝶や信号無視して消えゆけり
穐吉洋子
のんどりとぜんまい奥つ城の斜面
にしむらみづほ
春しぐれ聖母の髪を濡らすほど
牛島あき
雨粒の大きさ違へ春の雨
森山栄子
山手線巡る東京うららけし
中山亮成
草餅や引越の荷を待ちながら
小山良枝
托鉢の脚絆真つ白梅日和
(托鉢の脚絆真白や梅日和)
奥田眞二
白梅の蕾は赤き不思議かな
田中優美子
無言館行バスに三人のどけしや
(無言館へバスに三人のどけしや)
木邑 杏
樹木医の撫でて叩いて春来たる
飯田 静
息白し仔牛の名前エリザベス
(エリザベスてふ名の仔牛息白し)
山内 雪
駅裏に回つてみるや春の昼
山田紳介
犬駆けて沈丁の香を散らしけり
長坂宏実
寝ねがての雨垂れを聴く二月かな
(寝ねがてに雨垂れを聴く二月かな)
森山栄子
春一番軒のジーパン翻り
松井洋子
海賊の島の昔よ遠霞
巫 依子
ドラム缶滾り和布の変身す
木邑 杏
道草の渚に拾ふ桜貝
小山良枝
各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。
■小山良枝 選
薄氷の解けしところより漣 雅子
梅日和路面電車のよく軋み 松井洋子
生まれ来るものみな濡れて春の星 実代
小包の中の小包蕗の薹 恵美
☆何しても許されさうな春の昼 紳介
感覚的ではありますが、それほど長閑で気持ち良い春の午後だったのでしょう。類想の無い作品だと思いました。
■山内雪 選
雪催ロシア料理が食べたくなる 範子
冴返る無人のままの観覧車 恵美
春光をふはりと纏ひ鉋屑 真徳
駅裏に回つてみるや春の昼 紳介
☆卒業すインテグラルつて何だつけ みづほ
ついついのせられてしまった。一言でいえば共感である。
■飯田静 選
子の担ふ一人二役鬼やらひ 栄子
菜の花の村を通って無言館 杏
春光や半熟卵に銀の匙 雅子
海賊の島の昔よ遠霞 依子
☆受験子を見送る星の残る朝 良枝
受験のために早朝でかける子と見送る母、双方の緊張感が伝わってきます。
■鏡味味千代 選
春一番急げ最新刊発売 優美子
梵鐘の余韻地を這ふ余寒かな 恵美
切岸の無縁の墓も彼岸かな 眞二
犬駆けて沈丁の香を散らしけり 宏実
☆手を繋ぐ先生真ん中梅ふふむ 杏
年老いた先生を真ん中に、寄り添うように歩いているのか。もしくは保育園で子供が先生と手を繋いでいるのか。いずれにせよ、梅ふふむ で、手を繋いだ人の嬉しい気持ちがわかります。
■千明朋代 選
明日のこと大丈夫かも梅の花 優美子
文香を句集に挟み春近し 栄子
透明の花入れに挿す山茱萸黄 和代
グレンミラー聴きし針ども納めしや 田鶴
☆装丁の色合い淡く春めける 静
最近買った本で、とてもさわやかに思いました。そのことを、句にするとこの句なのかと感心しました。
■辻 敦丸 選
菜の花の村を通って無言館 杏
甘味処確かこの路地梅ふふむ 静
爪先に春の寒さの残りたる 由布子
梵鐘の余韻地を這ふ余寒かな 恵美
☆小包の中の小包蕗の薹 恵美
伯耆大山から友が送ってくれた朝取りの蕗の薹は、こんな梱包がしてあった。
■三好康夫 選
ヒヤシンス淡き光の根を垂らし 真徳
枝先のつぼみのかたき野梅かな 朋代
ぷつつりと便りなき友寒戻る 朋代
老梅の蕾に矜持ありにけり 眞二
☆般若心経唱へ写経や梅真白 一枝
心が洗われました。
■森山栄子 選
産土の風のつめたき針供養 朋代
火を焚けば風のあつまる二月かな 恵美
胎内の記憶あらねど春暁 良枝
消毒に手のひら濡らす余寒かな あき
☆生まれ来るものみな濡れて春の星 実代
なるほど人間も動物も生まれてくるものは濡れている。春の星はた水の地球という感覚とも通じ合うような広がりのある句だと思う。
■小野雅子 選
春兆す夫の口癖ありがてえ 朋代
ヒヤシンス淡き光の根を垂らし 真徳
梵鐘の余韻地を這ふ余寒かな 恵美
枝垂梅切り揃へたる前髪に 栄子
☆生まれ来るものみな濡れて春の星 実代
春は生き物の生まれる季節。命のいとおしさ、未来への希望と祈りが詠まれています。
敬虔な気持ちになりました。
■長谷川一枝 選
二ン月の光ありけり聖ピエタ 眞二
ひそと水舐む後朝の浮かれ猫 眞二
切岸の無縁の墓も彼岸かな 眞二
樹木医の撫でて叩いて春来たる 静
☆大寒の固き日弾く黒瓦 亮成
大寒の固き日の表現が上手いなあと思い、それに続いての弾く黒瓦も目に浮かんできました。
■藤江すみ江 選
春光や半熟卵に銀の匙 雅子
めじろ目白ふらここ楽し蜜甘し 百合子
虚空飛ぶ鷹のようなる祖父なりき 朋代
小包の中の小包蕗の薹 恵美
☆犬駆けて沈丁の香を散らしけり 宏実
沈丁の香りは甘くつよい。犬が走ってそれを散らすという句です。犬の可愛らしさも同時に表現されています。
■箱守田鶴 選
細長く海峡の寒明けにけり 依子
産土の風のつめたき針供養 朋代
水底に渦の影揺れ春の川 松井洋子
雛飾る下段にちよんとテディベア 雅子
☆子育ての記憶曖昧鳥雲に 味千代
子育ては振り返ると反省の連続です。親は子どもと一緒に育って親になるのだから当然です。曖昧なのは立派に育てたからです。鳥雲に がよいですね。
■深澤範子 選
ひと椀に大粒ふたつ寒蜆 一枝
もう誰も住んでないのか梅の花 紳介
生まれ来るものみな濡れて春の星 実代
枝垂梅切り揃へたる前髪に 栄子
☆小包の中の小包蕗の薹 恵美
春一番の香り、蕗の薹が送られて来た。小包の中にさらに大事に小さい箱にまるで宝石のように包まれて。送った側と送られた側の喜びが伝わってきます。春の香りを楽しみながら、天ぷらにでもして召し上がった
のでしょうか? ありがとうのお礼の電話の様子まで想像されます。
■中村道子 選
子育ての記憶曖昧鳥雲に 味千代
樹木医の撫でて叩いて春来たる 静
寂寞と母亡き後の冬座敷 由布子
冴返る無人のままの観覧車 恵美
☆小包の中の小包蕗の薹 恵美
届いた小包の中から、また小包。大事に届けられた蕗の薹の香りが辺りに広がったことでしょう。「小包の中の小包」とたたみかけ、そのリズム感が作者の驚きと喜びを表現していると感じました。
■島野紀子 選
しりとりの「は」を欲しがる子春きざす 味千代
薪割りに見とれてをりぬ寒鴉 雪
春一番急げ最新刊発売 優美子
着膨れて他人の絵馬を読んでをり 田鶴
☆受験子を見送る星の残る朝 良枝
前泊せず試験開始一時間前着を目指すと、まだ星が残る早朝に家を出ますね。試験場に着くまでに疲れますね。それも受験の試練です。家事手付かずの一日を過ごされたと思います。私もです。共感の一句でしたので頂きました。
■山田紳介 選
そのひとつ悲鳴のごとく囀れる 実代
生まれ来るものみな濡れて春の星 実代
春眠や頰触れゆくは風ならむ 真徳
春の日の窓辺に開く手紙かな 優美子
☆梅の香へキスするやうに近づきて 松井洋子
目を瞑って、腰をかがめて・・。言われてみると、そっくり。
■松井洋子 選
ひそと水舐む後朝の浮かれ猫 眞二
たし算の指と相談春炬燵 味千代
梵鐘の余韻地を這ふ余寒かな 恵美
着膨れて他人の絵馬を読んでをり 田鶴
☆生まれ来るものみな濡れて春の星 実代
とても瑞々しい句。生れたての命と「春の星」がよく響きあっている。
■緒方恵美 選
魞を挿す舟の孤影に入日かな 亮成
春の雨艶増す黒き大甍 亮成
老梅の蕾に矜持ありにけり 眞二
犬駆けて沈丁の香を散らしけり 宏実
☆春光をふはりと纏ひ鉋屑 真徳
鉋屑という意外なものを主役にしたところが斬新。
■田中優美子 選
滅茶苦茶に朝日を乱し恋雀 康夫
樹木医の撫でて叩いて春来たる 静
梅の香へキスするやうに近づきて 松井洋子
小包の中の小包蕗の薹 恵美
☆しりとりの「は」を欲しがる子春きざす 味千代
答えに詰まって「は、は……」と探している子。窓の外を見ればうららかな陽気。ほら、気づいて、「はる」だよと思わず言いたくなります。一句の中に物語があって素敵です。
■長坂宏実 選
朝のうち雪見障子を少し開け 範子
胸のボタンひとつはづして春を待つ 一枝
春一番急げ最新刊発売 優美子
珈琲にウヰスキー足す余寒かな 依子
☆小包の中の小包蕗の薹 恵美
大事に包まれて渡された蕗の薹が春を運んでくれたような、明るい気持ちになります。
■チボーしづ香 選
冴返る無人のままの観覧車 恵美
女教師ふと薄氷を撫でてをり 栄子
受験子を見送る星の残る朝 良枝
七色の一脚と化し春嵐 敦丸
☆五歳児の腹なほまるく朧かな 百花
夜寝ている子の腹を見てまだ赤子と思い可愛さが増す気持ちが伝わってくる。
■黒木康仁 選
寂寞と母亡き後の冬座敷 由布子
雛飾る下段にちよんとテディベア 雅子
春の雨艶増す黒き大甍 亮成
観梅や気づけばかくも高くまで 実代
☆薄氷や餓鬼大将と子分たち あき
ドラえもんに出てくる昭和の空き地が眼に浮かぶようです。
■矢澤真徳 選
うすらひや告げたきことを告げぬまま 一枝
うららかや封筒に貼る花切手 一枝
鉛直を身体は感じ大根引 百花
托鉢の脚絆真つ白梅日和 眞二
☆駅裏に回つてみるや春の昼 紳介
鄙びた田舎の、人影まばらなやや古びた駅舎を想像した。列車を待つ「半端な」時間に、他にすることもなく、用もないのに駅の裏に回ってみた、というところだろうか。秋でも夏でも冬でもない、のどかで平和な春の昼。それを満喫している作者の気分が伝わってくる。
■奥田眞二 選
般若心経唱へ写経や梅真白 一枝
ノーサイド冷めた紅茶の沁みる喉 敦丸
黙祷と車掌の号令花の坂 田鶴
着膨れて他人の絵馬を読んでをり 田鶴
☆春兆す夫の口癖ありがてえ 朋代
季語の選択がお上手だと思います。 東京は下町育ち、「ひ」の言えない粋なご主人さま、ほのぼのとした幸せを感じます。
■中山亮成 選
高階は帆のかたちして春の海 実可子
形見分けドレスに仕立て寒紅梅 一枝
托鉢の脚絆真つ白梅日和 眞二
春一番軒のジーパン翻り 松井洋子
☆甘味処確かこの路地梅ふふむ 静
やっとらしき所に行けた弾む心がリズムよく季語の梅ふふむで語られております。
■髙野 新芽 選
子育ての記憶曖昧鳥雲に 味千代
言の葉に刃ありけり冴返る 味千代
火を焚けば風のあつまる二月かな 恵美
七色の一脚と化し春嵐 敦丸
☆生まれ来るものみな濡れて春の星 実代
生命の神秘と春に生まれる命を感じられました。
■巫 依子 選
またひとり釣り糸垂るる日永かな 和代
受験子を見送る星の残る朝 良枝
生まれ来るものみな濡れて春の星 実代
火を焚けば風のあつまる二月かな 恵美
☆小包の中の小包蕗の薹 恵美
早春のある日に届いた小包。開くと、色々なものが入っている・・・その中には、またまた小包。開いてみると、なんと蕗の薹。日常の中のささやかな喜び。嬉しいとかなんにも書かれていないけれど、小包のリフレインと、大切に大切に届けられたその早春の産物から、十分に作者の感動が伝わって来ます。一句添えてお礼状が出せますね。
■佐藤清子 選
豆撒や終の住処と決めし家 静
産土の風のつめたき針供養 朋代
梅日和路面電車のよく軋み 松井洋子
うららかや息子は妻を贔屓して とりこ
☆春光をふはりと纏ひ鉋屑 真徳
春光を浴びた鉋屑の柔らかさや匂いが伝わってきて感銘しました。
子供時代の日常にありふれた光景でしたから更に懐かしさも感じます。
■西村みづほ 選
草餅や引越の荷を待ちながら 良枝
春雷やケーキへ蠟のしたたりぬ 良枝
春光をふはりと纏ひ鉋屑 真徳
春光や半熟卵に銀の匙 雅子
☆樹木医の撫でて叩いて春来たる 静
樹木医の植物に対する愛情と、そして、医師としての厳しさが表れている佳句だと思いました。季語がよく効いていると思いました。完了の「たる」がよく句を引き締めていて、医師の人柄に繋がっていると思いました。
■水田和代 選
ヒヤシンス淡き光の根を垂らし 真徳
明日のこと大丈夫かも梅の花 優美子
磯に寄す潮より春の立ちにけり 眞二
樹木医の撫でて叩いて春来たる 静
☆小包の中の小包蕗の薹 恵美
丁寧に包まれた蕗の薹をいただいた嬉しさが伝わってきます。
■稲畑とりこ 選
父の忌の蜜柑凍つてをりにけり 雪
地下道をころげ余寒の紙袋 あき
草萌や海へ向きたる乳母車 良枝
春の日の窓辺に開く手紙かな 優美子
☆冬尽きて湯呑みの影の寸詰まり 敦丸
湯呑みの台形の影が、どうも寸詰まりに思える。それだけを写生した句だと思うのですが、「フユ尽きて」との取り合わせによって、湯呑みの冷たさと影の長さを感じさせるとともに、長い冬の終わりがいたることころにあることを気づかせてくれます。
■稲畑実可子 選
生まれ来るものみな濡れて春の星 実代
樹木医の撫でて叩いて春来たる 静
長子には長子の歩幅大試験 紀子
小包の中の小包蕗の薹 恵美
☆草萌や海へ向きたる乳母車 良枝
草の緑と海の青に、親と子の白のイメージが加わります。爽やかで瑞々しい一句。
■梅田実代 選
夏みかん酸っぱしこの世甘酸っぱ 朋代
二ン月の光ありけり聖ピエタ 眞二
まんさくや高嶺に添ひし雲ひとつ 恵美
草餅や引越の荷を待ちながら 良枝
☆言の葉に刃ありけり冴返る 味千代
人の何気ない言葉でも傷つくことはある。自分も知らず知らずのうちに誰かを傷つけているかもしれない。上五中七に共感、そして季語が動かないと思っていただきました。
■木邑杏 選
春光をふはりと纏ひ鉋屑 真徳
春一番軒のジーパン翻り 松井洋子
龍笛の音色に曳かれ梅見かな 清子
珈琲を待つ間も楽し桃の花 和代
☆寂寞と母亡き後の冬座敷 由布子
ひっそりとしてもの寂しい冬座敷。母上亡き後の冬座敷はまさに寂寞としているのでしょう。
■鎌田由布子 選
冴返る無人のままの観覧車 恵美
ひそと水舐む後朝の浮かれ猫 眞二
息白し仔牛の名前エリザベス 雪
雛飾る下段にちよんとテディベア 雅子
☆春光や半熟卵に銀の匙 雅子
柔かい春の光が朝食のテーブルを包み幸福感に満ちた句と思いました。
■牛島あき 選
ひそと水舐む後朝の浮かれ猫 眞二
ドラム缶滾り和布の変身す 杏
火を焚けば風のあつまる二月かな 恵美
小包の中の小包蕗の薹 恵美
☆春光をふはりと纏ひ鉋屑 真徳
くるりと生まれる鉋屑。透き通るようなその薄さ、木の香りを思い出させ、幸せな気分にしてくれた句。
■荒木百合子 選
ヒヤシンス淡き光の根を垂らし 真徳
梵鐘の余韻地を這ふ余寒かな 恵美
小包の中の小包蕗の薹 恵美
うららかや息子は妻を贔屓して とりこ
☆菜の花の村を通って無言館 杏
春という字を絵にしたような菜の花の村を通って行った先は、戦没画学生の遺作を収集展示している無言館。思い余りて言葉足らずにならないところが好きです。私も行きたいと以前から思っているところです。
■宮内百花 選
冴返る焦土の痕跡壁一枚 田鶴
松明に闇の響動めくお水取 雅子
浅春のあえかなるもの息はじめ 新芽
長子には長子の歩幅大試験 紀子
☆生まれ来るものみな濡れて春の星 実代
読んだ瞬間に、とても幸せな気持ちになる一句でした。羊水から生まれ出るものは実際に濡れているということもありますが、それ以外の虫や植物にしても、命がこの世に誕生する奇跡の瞬間は、まるで濡れているかのように感じられます。そのことを、春の星というやわらかくしっとりとした季語がさらに詩へと昇華しています。
■穐吉洋子 選
湖は大白鳥のものとなり 清子
魞を挿す舟の孤影に入日かな 亮成
山手線巡る東京うららけし 亮成
虚空飛ぶ鷹のようなる祖父なりき 朋代
☆言の葉に刃ありけり冴え返る 味千代
刃の傷は治るが言葉から受けた傷は治らないと言われる程、言葉の刃は怖いですね。言葉を発する時は刃にならない様に気を付けたいものですね。
■鈴木紫峰人 選
ひそと水舐む後朝の浮かれ猫 眞二
きりぎしに波唸り来る実朝忌 敦丸
梅匂ふ恋貫きし人とゐて 紳介
寝ねがての雨垂れを聴く二月かな 栄子
☆うすらひや告げたきことを告げぬまま 一枝
告げたいことがあるのに、言えなかった自分の心の揺らぎ、迷いは、まるであの薄氷のように儚く弱いことだ。うすらひの季語の持つ危うさが句を生かしている。
「モノに託す」
芭蕉に「言ひおほせて何かある」という有名な言葉があります。去来が其角の句を「言い尽くしている」と絶賛したのに答え、芭蕉が「言い尽くして何になるんだ」と言った言葉です。余情、余韻の美学を表現した言葉です。心の動きや感情を直接的に表現するのではなく、モノに託すことで、余情を生む、これもまた「言ひおほせて何かある」の一環と言えましょう。
今月の特選句には、モノが一句の中でよく働いているものが多く見受けられました。菜の花、ラメ入りの靴下、テディベア、小包等々。いずれも身の回りに転がっているものですが、一句の中で、心の動きを巧みに表現する触媒のような働きをしています。
俳句は畢竟、感情表現ですが、それを直接的に伝えるのは、メッセージに過ぎず、詩ではありません。十七音という制約をいかに豊かな世界にするかは、託すモノにかかっていると言っても過言ではありません。(中田無麓)
「知音」2020年7月号 知音集 より