行方克巳第五句集『阿修羅』
2010刊行

阿修羅像わが汗の手は何なさむ
うすらひや天地もまた浮けるもの
夜桜の大きな繭の中にゐる
神輿舁く男は拉げたるがよき
羅や氏より育ちされど氏
電線につながれて枯れ深む家
鯛焼は一寸泳がせてから食べる
蝌蚪群るるN極とS極とあり
はつなつや声をはだけて少女らは
憂国じゃ死をまぬがれず曼珠沙華
(自選十句)
客観写生にそれぞれの個性を

阿修羅像わが汗の手は何なさむ
うすらひや天地もまた浮けるもの
夜桜の大きな繭の中にゐる
神輿舁く男は拉げたるがよき
羅や氏より育ちされど氏
電線につながれて枯れ深む家
鯛焼は一寸泳がせてから食べる
蝌蚪群るるN極とS極とあり
はつなつや声をはだけて少女らは
憂国じゃ死をまぬがれず曼珠沙華
(自選十句)

若き日の俳句と、俳人論を収録
俳句に出会うまでの瑞々しい青春の航跡。
俳人・行方克己のあらゆる萌芽を宿している
若き日の作品をすべて収録。
同時収録の中村草田男・西東三鬼・橋本多佳子・森澄雄・西村和子論は、
それぞれの作家像に肉迫する渾身の俳人論である。
●目次より
瑕瑾集
灰汁の花
汗駄句駄句
I 慶大俳句以後
II 『無言劇』
蒟蒻問答集
草田男諄々
三鬼燦々
多佳子津々
澄雄沈々
胸の高さに―西村和子の俳句


女の一生の中で最も輝かしく、ドラマに満ちた子育ての日々。時には育児日記として、時には心の記録として、17字の季節詩に刻む楽しさを、若い母たちにも味わって欲しいと願う著者の実践的俳句入門。

◆ 第一句集
雪螢とはまことに
あえかなる存在である
しかし、その小さないのちには
思いがけない強さがある
ピーター・パンの冒険心と
ニンフの若々しさをあわせ持つ
作者の詩ごころが
『雪螢』一巻の随処に
ちりばめられている
(行方克巳)
「月探す表参道交差点」都会の賑やかな交差点で、信号を待ちながら、或いは歩いている途中でも、ふと月を探す。その思いは日常に詩を求める思いに似ている。雑踏の中の一人でありながら、中空の月を心に持つ時、人は句ごころを胸に抱く。
(西村和子)
◇行方克巳選
もう前も後ろもなくて芒原
元気あとは山の絵の暑中見舞
日本も寒いらしいねと初便
かはい気のなくて結構春の風邪
葉桜や眩しげに訳聞かれたる
目覚めても目覚めても夜風邪の床
踏ん張つて蜥蜴の尻尾再生中
約束を悔やむ手袋なきを悔やむ
月探す表参道交差点
式典の空も会場原爆忌


◆ 第一句集
少し淋しげで
少しつまらなそうな
詩を書く若い女性が
俳句と出会って
退屈しなくなった
よき伴侶を得て
ほんとうの詩人になった
彼女に訪れた風を
祝福したい
(帯・西村和子)
「太テエ女ト言ハレタ書イタ一葉忌」
一葉の素顔を説く多くの評論家は、彼女のなかなかのしたたかさを指摘する。しかし、誰が何と言おうと一葉は一葉であり、その文学の芳しいことに何ら変わるところはない。(序・行方克巳)
太テエ女ト言ハレタ書イタ一葉忌
夢ばかり見てゐる初夢もなく
白地着て風を迎へにゆく日かな
猫はタマ犬はタローよ福寿草
浜昼顔見てさびしくて手をつなぐ
かなかなや断ち切るごとくテレビつけ
薔薇咲かせ母の美しかつた頃
息かけてビル倒さうか小六月
生きてゐることに気づかぬ雛かな
鳴神の訪れたりし夫の留守
(西村和子選)

源氏物語は季節すなわち春秋の物語であると言えよう。物語の筋を縦糸とするならば、季節描写は横糸となって背景を織り成している。それが出来事に豊かな彩りと深い奥行きとを与え、季節の風や雨や雪が、人々の心のうちを象徴することにもなる。ここに鏤められた季節の言葉に、のちの俳諧の季題、現代の俳句の季語の源を見る思いがする。 --季語という視点から源氏物語を読み解いた本邦初の画期的内容 。
初音―六条院の新春
花紅葉―初恋の人
雪明り―凍る思い
汀の氷―ひき離された母娘
毛皮―末摘花は石長姫
紅梅―知る人ぞ知る
垂氷―雪の中の逢瀬
若菜―緑の生命力
沫雪―閉め出された源氏
深山の桜―走り出てきた美少女〔ほか〕

◆ 俳句入門書
選は創作なり・・虚子
「知音」一10年間の秀句をあたたかく丁寧に解説。実作を志し、更なる俳句の上達を望む人へ向けた魅力溢れる入門書。 季題別索引付
ここにはおのずから私たちの俳句観が語られている。毎月寄せられた各自の自信作の中から、秀句と認めた作品を丁寧に鑑賞することで、私たちの目指すべき俳句を説くよう努めた。私たちが考えている秀句の具体例がここに集められたと言ってもいい。作者は言うまでもなく、これから俳句を学ぼうとする仲間たちも、ここに取り上げられた作品を道しるべとして、歩んで行っていただきたい。(あとがきより)
母が待つ小さき駅の秋日和
胸のすく音の駆け抜け競べ馬