十六夜の月を仰ぎてより寝まる
江口井子
「知音」2025年1月号 窓下集 より
客観写生にそれぞれの個性を
「知音」2025年1月号 窓下集 より
トテ馬車の鞭は荒縄草紅葉
虻払ひトテ馬車を曳く尻立派
赤とんぼ連れトテ馬車はアンダンテ
オルゴールひかり鏤め星月夜
秋水や夢二の女声ほそき
さみしさを糧と生きけむ草の花
露草の露の干ぬ間に訪ねばや
草の根に邯鄲ひそみをらざるや
三伏や五欲のほかの物思ひ
今朝の秋無伴奏チェロいづくより
あの頃といふ頃ありし草の花
大谷石ほろほろ欠くる展墓かな
夕蜩一善も一も一悪もなく
戦なき空のありけり赤とんぼ
月光をからころ踏んで踊りけり
踊り唄はてなく踊りはてしなく
みんみんも我もいささか鼻づまり
並び来る女児の背高き夏帽子
思ひ出のやうに病葉降つてくる
墓参りして母に告ぐ父に問ふ
初秋のフランス詩集袋綴じ
肘枕して蜩に溶け入りぬ
初嵐小田急線を平手打ち
行く秋の船医の旧き顕微鏡
百日のはじまる今日のさるすべり
山田まや
鰻食ぶ運転免許返納日
田代重光
麦秋や黒猫ほどのリュック負ひ
米澤響子
蜘蛛ぶつけ女教師を泣かせけり
𠮷澤章子
巴里祭シャツから覗く胸毛濃し
影山十二香
梅雨明や手の鳴る方へ鯉寄り来
佐瀬はま代
夏祓洗ひたてなる巫女の髪
前田沙羅
ケバブ削ぐ刃ぎらぎら不死男の忌
井出野浩貴
吸ひ了へて揚羽は吻を巻きなほす
稲畑航平
雲を踏むやうに蜘蛛ゆく石の上
小山良枝
見回りのナイチンゲール灯涼し
三石知左子
世辞ひとつ言へずビールを持て余す
井出野浩貴
泰山木天に還りし人へ咲き
中野のはら
船降りてより夏潮の匂ひけり
牧田ひとみ
白南風や駅のホームは川の上
辰巳淑子
大阪の街夏の灯を惜しみなく
立川六珈
景気のいい話をしよう初鰹
藤田銀子
山滴る耳を澄ませば虚子の声
松枝真理子
声やがて言の葉となり昼寝覚
吉田林檎
診察の取り調べめく夕立かな
稲畑未可子
現代の社会で、現役で働いている作者の作品。会議が最高潮になって、室内も熱気に満ち溢れてきたのだろう。「冷房を強に」しようというのは、現代人の知恵である。
議論が盛り上がってくると、脳や体の熱も上がる。しばらく頭を冷やそうとか、客観的に議題を考え直そうということになったのだろう。こうした働き盛りの俳句が、もっと見たいものだ。
夏休みの家庭風景。育ち盛りの子供がいる家庭は夏休みになると、三度三度の食事の支度が大仕事になる。普段は整然としている冷蔵庫の中が、あれもこれも詰め込んでパンクしそうなのだ。たった十七音で夏休みであること、家族構成までもがわかるのは、冷蔵庫という「もの」に即して描写がなされているからだ。
ひっきりなしに扉が開け閉めされ、麦茶や西瓜や昨日の残り物などが出し入れされていることも想像がつく、活気のある句。
橋桁は未だかからず草いきれ
辰巳淑子
「工事中」などという言葉に、安易に頼っていない点がいい。草ぼうぼうの河原に橋が架けられることになったのだが、その工事の進み具合はまだこんな段階なのだ。河原には立派な完成予想図が掲げられているのだろう。しかしまだ橋桁さえもかかっていない。「草いきれ」に自然の勢いが、あるがまま描かれている。
「知音」2025年1月号 知音集 より
「知音」2025年1月号 窓下集 より
「知音」2025年1月号 知音集 より
「知音」2025年1月号 知音集 より
「知音」2025年1月号 知音集 より
「知音」2025年1月号 知音集 より
「知音」2025年1月号 知音集 より
「知音」2025年1月号 知音集 より