夏めくや空は聖母の衣の色
廣岡あかね
「知音」2024年8月号 知音集 より
客観写生にそれぞれの個性を
「知音」2024年8月号 知音集 より
「知音」2024年8月号 知音集 より
湯けむりの丈を競へり冴返る
噴出の湯けむり盛ん寒戻る
薬草湯浴みし我が身のかぎろへる
あるほどの雛見よとて骨董店
老いたればこそ存分の朝寝かな
服薬を忘れてゐたる四温かな
園丁の膝当て幾重薔薇芽吹く
一握の春の土盛り移植鏝
その人と思ふ老人彼岸寒
春宵のオスカー光る凶器めく
死に支度晏如よかりし山笑ふ
卒業をしたいさせたいしたくない
ふたりでもひとりでも同じつてこと四月馬鹿
うそのやうなほんとに笑ひ四月馬鹿
沈丁の闇より踵返しけり
日出づる国の黄砂の日もすがら
藍深き蔵の半纏春灯
時ならぬ雪の梅みてカレー食ふ
呼び合へる鳥を仰げば花辛夷
母子像の背中を撫でて花の風
揚船のワイヤー鳴らし春一番
啓蟄や老にもありし一目惚れ
啓蟄やさつそくに糞転がして
春水を見てをり迷ひなき瞳
雪解風水の匂ひに包まるる
鴨下千尋
笹鳴や竹の耳掻き良く撓り
相場恵理子
金縷梅の梵字散らしに綻びぬ
山田まや
下萌やふつと尽きたる引込線
井出野浩貴
納札幸も不幸も綯ひ交ぜに
池浦翔子
滑りつつ凍りし道の早歩き
伊藤織女
梅三分絵馬に大きく志望校
小塚美智子
白梅やひたと開かぬ長屋門
帶屋七緒
光にも重さありけり返り花
竹見かぐや
白髪の光愛しみ初鏡
佐瀬はま代
自転車の籠に破魔矢の鈴鳴らし
松井秋尚
頰刺や昭和生まれとひとくくり
井出野浩貴
踏み出せば立春の風頰を刺す
牧田ひとみ
溜息の数だけ老いてはや二月
佐瀬はま代
煤逃も買物連れも喫茶店
高橋桃衣
走り根のくねりて乾き寒の内
大橋有美子
鉄棒も竹馬も駄目本が好き
影山十二香
いつよりか一人が楽し龍の玉
松枝真理子
福笹の鯛のぺこぺこ裏がへる
米澤響子
愛犬もシャンプーカット春を待つ
黒羽根睦美
七十代最後の年を迎えた作者の本音。高浜虚子の享年は八十五だったので、その年までは生きたい、しかもその春までは句を残している虚子を見習いたい、と願うのは俳人ならではの思いだろう。
昭和三十四年の四月八日に亡くなった虚子の最後の作は、
独り句の推敲をして遅き日を
だった。鎌倉の婦人子供会館は、最後の句会をしたところであり、そこの看板は虚子の筆である。私達も鎌倉の句会で、そこへ行くたびに虚子を思い、寿福寺のお墓に参る人も少なくない。
相撲好きな作者ならではの作。相撲はスポーツというよりは興行であると私は思っている。ただ強ければいい、勝てばいいというわけではなく、美意識や品格を求めたいものだ。最近のお相撲さんで錦絵のような関取というと、遠藤とか大の里辺りだろうか。怪我をしても、包帯やサポーターを巻かないで土俵に上る美意識も貴重だと思う。
この句は、豆撒きに関取を招くような格のある場所なのだろう。立ち居振舞や顔立ちなどが錦絵のようだというのは、最高の誉め言葉だ。
日当りてほはと烟りぬ枯木立
影山十二香
枯木立を詠んでいるが、春が近い季節であることがわかる。芽吹きが近くなると、梢がほんのり色づき、けぶるようになる。見たままを詠んでいるにすぎないのだが、こうした微妙な季節の移り行きに気づくには、常に俳句を作ろうと自然に向き合っている姿勢が大切だ。
「知音」2024年8月号 知音集 より
「知音」2024年7月号 窓下集 より
「知音」2024年7月号 窓下集 より
「知音」2024年7月号 窓下集 より
「知音」2024年7月号 窓下集 より
「知音」2024年8月号 知音集 より
「知音」2024年8月号 知音集 より