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◆特選句 西村 和子 選

食べぬ日もあるさと笑ひ月涼し
宮内百花
「月涼し」は、猛暑の昼が終わってほっと見上げた月が涼し気に見えるということであるが、人生を達観したような心の涼しさをも感じさせてくれる。
食べられないのではなく、食べないと笑い飛ばしているところに、この人物の矜持を読み取りたい。(高橋桃衣)

 

透けながら重なりながら若楓
牛島あき
初夏の楓を下から見上げると、光に透けた葉は薄く柔らかく、重なり合っているところは少し濃く見える。どちらも形も色も光も美しい。このような情景を詠む人は多いが、この句の眼目は「ながら」のリフレインにある。透けたり重なったりしているという、風に揺れる葉の動きも、昨日よりも今日、今日よりも明日と徐々に青楓となっていく様も想像できる。(高橋桃衣)

 

噴水を見てをり心晒しつつ
荒木百合子
昨今はさまざまな仕掛けの噴水があるが、そうは言っても次々と上がっては落ちてくる水を眺めるものである。その繰り返しに、私達は見ているようで見ていない、水音を聞いているようで聞いていないといった無我の境地になったり、取り留めもなく考え始めたりする。それはまた、心が素となる時でもある。
作者は噴水を涼しく眺めているうちに、そんな自分の心に気づいた。嬉しいことも悲しいこともわだかまりも、誰にも気兼ねせず好きなだけ噴水に心を開いて、ひとりの時間を過ごしている自分に。(高橋桃衣)

 

玄関の涼しかりけり父母の家
矢澤真徳
一読、土間のような日本古来の入り口を思い浮かべるが、そうでなくてもいい。玄関が涼しいということから、玄関の静けさも、すっきりとした設いも、落ち着いた家の佇まいまでも見えてこよう。
暑い中を訪ねて行って涼しいなあと思ったのか、思い出の中の涼しさか、どちらにしても実感に裏打ちされた「涼し」である。
実家と言わずに「父母の家」としたことで、作者が別所帯となってからも、自分達のペースで日々を送っているご両親の様子が思い浮かべられる。(高橋桃衣)

 

ピッチャーは少女五月の風に立つ
鈴木紫峰人
今は、高校野球以外は男女の差無く公式戦に出られるのだそうだから、男女混合の試合はよく見られる光景となっているのかもしれない。それでも数多の男子を凌いでマウンドに立ったのが少女であったことに、作者は感動したのだ。
「は」という助詞からその発見と感動が、「五月」から輝かしい光と若さが、「風に立つ」から凛々しさが伝わってくる。(高橋桃衣)

 

蕺菜に家がじわじわ囲まるる
若狭いま子
十薬とも言われ古くから民間薬として知られる蕺菜は、梅雨のころに穢れのない白い十字の花を掲げていると心を奪われるが、あの蔓延り方はすごい。しっかり根を取り去らないと、とんでもないところまで這って行って繁茂する。
庭に蕺菜が生えている家に住んでいる作者から見ると、蕺菜が日に日に周囲をかため、攻め寄ってくるように思えるというのだ。「囲まるる」という受け身の言い方でその圧迫感が、「じわじわ」で繁茂するスピードが、実感としてよく伝わってくる。(高橋桃衣)

 

薫風の抜けて子の部屋がらんだう
松井洋子
「薫風」は新緑の香りを届けてくれるような心地よい風であるから、薫風が抜けていく部屋に不満があるわけではない。でも、風がさあっと吹き抜けてゆくほど片付けられて主のいなくなった子供部屋は、やはりどこか空虚だ。「がらんだう」は母の心の空虚さでもある。でも季語は「薫風」。離れたところで今、子供は生き生きとした日々を送っていることを諾う作者である。(高橋桃衣)

 

梅雨きざす三味線半音狂ひたり
鏡味味千代

 

朴の花終の一花は雲となる
緒方恵美

 

対岸の羽田空港大夕焼
鎌田由布子

 

母の日の赤き造花を今も捨てず
鈴木紫峰人

 

母の日の花舗の外まで色溢れ
松井洋子

 

 

 

◆入選句 西村 和子 選

夏来る瞬間移動の魚(さかな)追ひ
(夏来る瞬間移動の魚を追ひ)
宮内百花
もちろん魚は“うお”と読みますが、「…の…を…する」という言い方は説明的ですので、一つでも助詞を省けるよう工夫しましょう。

葉桜やとんがり屋根に風見鶏
岡崎昭彦

白き帆の消えては浮かぶ卯波かな
緒方恵美

自転車の制服かすめ夏燕
小野雅子

雨水を弾き梅の実端正に
宮内百花

昼寝覚め今ここどこと分かるまで
箱守田鶴

老鶯に耳濯がるる堂の朝
小野雅子

風の道人間の道蛇の道
山田紳介

隊列のⅤ字際やか鶴帰る
藤江すみ江

母の日の黄金色なるワインかな
小山良枝

江戸切子グラス磨きて夏に入る
(江戸切子のグラス磨きて夏に入る)
千明朋世

若葉雨降り残したる楡の下
長谷川一枝

ざる蕎麦を待てば老鶯谷渡り
鈴木ひろか

観音のまぶたぴくぴく若葉風
黒木康仁

着付師の汗に曇れる眼鏡かな
小山良枝

薫風や口笛の音外づれたり
藤江すみ江

濠端の柳絮舞ふ中人走る
(濠端の柳絮舞ふ中走る人)
辻敦丸

通勤の遠く近くに懸り藤
(通勤路遠く近くに懸り藤)
深澤範子

新緑の古墳や鷺の巣のいくつ
(新緑の古墳や鷺の巣の数多)
飯田 静

竹落葉大寺の門朽ち果てて
飯田 静

高々と雨にけぶりて花楝
緒方恵美

桐の花高し磐梯山遥か
若狭いま子

パイナップル一本芯の通りたる
森山栄子

太陽が大きくなつてきて立夏
松井伸子

垂直の火の見櫓よ夏きたる
岡崎昭彦

山裾の風のこまやか花卯木
(山裾の風こまやかに花卯木)
緒方恵美

夏帽子斜めにかぶる銀座かな
鏡味味千代

信号はピヨピヨカッコウ若葉風
三好康夫

手つかずの畑となりけり栗の花
水田和代

三門の眼下一面若楓
小野雅子

青葉若葉迫り来カーブ曲るたび
藤江すみ江

夜の青葉大きな月の登りけり
荒木百合子

老松は地を這ひ芯は天を指し
小野雅子

屋上庭園しんと卯の花腐しかな
若狭いま子

磴上る法衣筍抱へゐる
鈴木ひろか

一羽また一羽とびたつ花は実に
牛島あき

トンネルを出るや伊那谷若葉風
黒木康仁

鉢植に水を弾みて立夏かな
三好康夫

夏きたる朝湯の窓を開け放ち
岡崎昭彦

花樗盛りの空の仄暗く
小山良枝

花時計植ゑ替へられて夏に入る
(花時計植ゑ替へられて夏はじめ)
鎌田由布子

白薔薇に秘密打ち明けたくなりぬ
田中優美子

春の猫モディリアーニの女の目
(モディリアーニの女の目をして春の猫)
矢澤真徳

水色のショーウインドウ夏兆す
(水色のショーウィンドウ夏初め)
松井洋子

緑さすフルーツサンド専門店
田中優美子

子らの声はづみ胡桃の花そよぐ
鈴木紫峰人

春の雨医師のことばに励まされ
千明朋代

禅林の生き生き四方の山滴る
小野雅子

夕時の一声真近時鳥
水田和代

磨かれし玻璃戸の歪み新樹光
飯田 静

東山椎の若葉の噴き暴れ
荒木百合子

飛び石にまた降る雨や花菖蒲
辻 敦丸

愚痴を聞くだけは得意よ水羊羹
(愚痴を聞くだけは得意と水羊羹)
鏡味味千代

緑蔭を抜けて明るき瀬音かな
松井洋子

喉元に葉先鋭き菖蒲風呂
辻 敦丸

奥つ城を鎮め卯の花腐しかな
鈴木ひろか

菖蒲湯に浸りて生まれ変はりたる
千明朋代

俄雨草葉に隠れむら雀
(俄雨草葉に隠るむら雀)
辻 敦丸

単線の一両電車若葉風
飯田 静

花束のやうにパセリを括りけり
鈴木ひろか

青葉若葉へ晋山の矢を放ち
巫 依子

花胡桃揺れて舞妓の挿頭めく
鈴木紫峰人

茉莉花の香に包まるる廃墟かな
飯田 静

一回り小さくなりぬ夏の富士
鎌田由布子

初夏や高く遠くに子等の声
深澤範子

茄子の苗植ゑて菜園らしくなり
佐藤清子

金堂の屋根の勾配若楓
飯田 静

藤の花大きく揺れて留守の家
深澤範子

乳母車春風に頬染めて行く
鈴木紫峰人

警備員詰所閉ざされ桜の実
小野雅子

樟若葉奥より鴉飛び出しぬ
三好康夫

青空へ若葉に浮力ありにけり
小山良枝

 

 

◆今月のワンポイント

「歳時記を読む・調べる・確かめる」

今回「夏初め」で詠んだ句が2句ありました。
夏に入った頃、という季節感ですが、その頃の季語には、「夏に入る」「「夏兆す」「夏めく」「夏浅し」などあり、それぞれ少しずつニュアンスが違います。
何となく知っているから使うというのではなく、他にどのような季語があるのか、どこが違うのか、どの季語が詠もうとしていることにぴったりなのか考えましょう。
また立項されている季語(一番最初に載っている季語)と傍題(その後に載っている季語)は、関連はしていても全く同じ意味とも限りません。歳時記の説明をよく読み、例句を鑑賞しましょう。
電子辞書は、ピンポイントで季語を調べるにはすばやく重宝ですが、本の歳時記は、引いたページの前後の季語も目に入ります。似たようでもアプローチの違う季語、知らない季語に出会うこともできます。
時間のある時、推敲する時は、是非本の歳時記を開いてみましょう。

高橋桃衣

青 嵐  行方克巳

青嵐天文台の森閑と

山椒魚のやうに息して息とめて

バードウィーク托卵といふ生きざまも

大南風はぐぐむ何もなかりけり

俑のごときつはものはあれ青嵐

いちまいの屏風仕立の白雨かな

木 馬 亭
書割の大川端に涼みけり

旅いつかいづくにか果つ青嵐

 

北 上  西村和子

山襞の奥も余さず田水張る

鹿踊り渦巻き渦解き青嵐

万緑や大河は音もなく走り

文学に敵も味方も晶子の忌

黒揚羽詩人の魂はこび来し

異界より呼ばふか蝦夷春蟬は

朴の花鬼剣ばいの白面ぞ

田植終へみちのく今日も上天気

 

初 夏  中川純一

稿了へて出る初夏の雨上がり

初夏や髪乾く間は海を見て

ゼラニウムあふれ中立国の窓

桜の実拾つて捨てて下校の子

あたふたと風呂の蠅虎けふも

酔ふ父も今は懐かし烏賊大根

烏賊一杯あれば一人の昼餉足り

寝て覚めて忘るるほどの青葉鬱

 

 

◆窓下集- 7月号同人作品 - 中川 純一 選

その先はただならぬ闇花篝
米澤響子

パスポート空白のまま西行忌
山田まや

明日咲く桜大樹の微熱かな
佐瀬はま代

花散るや五十回忌を淡淡と
前田沙羅

少年の脚また伸びて青き踏む
加藤 爽

春寒しワニ革ベルト吊し売り
前山真理

一日中雨の天気図桜餅
若原圭子

牡丹に飽かず佇み小糠雨
御子柴明子

うららかや岬めぐりの切符買ひ
藤田銀子

里山の風に乗りくる初音かな
前田いづみ

 

 

◆知音集- 7月号雑詠作品 - 西村和子 選

木香薔薇咲かせ鎌倉婦人館
前山真理

せがれにも外面あらむ蜆汁
井出野浩貴

麗かや本を枕に猫眠る
谷川邦廣

ユニホーム校門に待つ春休み
黒須洋野

剪定の今日はクレーンより高く
大橋有美子

花桃や婆や姉やのをりし頃
くにしちあき

川ふたつ超えれば旅や春の雲
牧田ひとみ

春の雲わが永住の地は未定
吉田林檎

春光に踏み出す一歩退職日
成田守隆

座布団も回しもピンク三月場所
中野のはら

 

 

◆紅茶の後で- 知音集選後評 -西村和子

初花や子等と遊びし日の遠く
前山真理

桜の花が咲き始める頃、陽気も春らしく安定し、人々の心も明るくなる。初めて咲いた桜の花を目にして、子育ての頃を思い出した句。
二人、三人と子供を育てていた最中は、毎日があっというまに過ぎて、時間的にも経済的にも心の余裕もなかった。しかしやっと外で遊べるようになった季節は、子供達と庭や公園で遊んだものだ。子供がおかあさんと遊ぶことを喜ぶ時期はほんのわずかだったと過ぎてみて思う。小学校に上がると友達と遊ぶほうが楽しくなり、中学に上ると男の子は母親から離れたがる。そんな思いを詠んだ作品として子育て経験のある誰もが共感を覚える。


ユニホーム校門に待つ春休み
黒須洋野

運動部のユニホーム姿であろう。授業のあるときはユニホーム姿で登校することはない。しかし春休み中なので家からユニホームを着て仲間を校門で待っているのだ。春休みに限ったことではなく、夏休みでも冬休みでもよさそうに思えるがそうではない。夏は暑いからもっと軽快な私服を着てくるだろう。冬は寒いからコートやジャンパーを着ているに違いない。時間的な余裕や宿題のない心のゆとりを考えると、この「春休み」は動かないのである。事実を見たままに詠んだ句であるが、季語が語っているところを存分に味わいたい。

 

花桃や婆や姉やのをりし頃
くにしちあき

桜でも梅でもなく桃の花から発想した句。どこかやぼったく親しみのある桃の花を見ていると、ひと昔前の時代へ心が誘われていく。
この句は自分の家に婆やや姉やがいたということを言っているのではなく、日本の中流階級に「婆や」や「姉や」と呼ばれる家事手伝いや子守がいた時代そのものを詠んでいるのだ。今では「お手伝いさん」とか「ヘルパーさん」、「ベビーシッター」という呼び方をしなけれならないのだろうが、「婆や」「姉や」という柔らかな親しみのある呼び名は捨てたものではない。