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2021年12月のネット句会の結果を公開しました。

◆特選句 西村 和子 選

秋ともし心弱れば句も弱り
小野雅子
俳句実作者、それもかなり本気の作者の感慨ですね。弱らなくても、イライラしたり、忙しすぎると句が弱りますね。心が弱ったときになぐさめてくれるのは自然界の花鳥です。人事を詠むのが得意であるとしても、いっとき心を自然界に遊ばせると慰められると思います。(中川純一)

 

少しばかり採れて明日は零余子飯
千明朋代
少しばかり、という言葉がきいています。職業的にむかごを採取したのではなくて、年に一度位場所を知っていてそれを採取したけれど少しだったというわけです。でも明日はむかご飯にしよう、季節を味わおうというわけです。(中川純一)

 

自転車の離陸できさう秋日和
田中優美子
自転車が飛ぶというと、ETという映画を思い出しますけれど、あれとは別に気持ちのよい秋空に飛び上がって紅葉の山々を見下ろす鳥のような気分をふと味わう気がしたのでしょう。離陸できそう、という言い方に工夫がある、というのか、ひらめきがありますね。(中川純一)

 

小鳥来るそろそろ旅の話など
長谷川一枝
コロナで旅行がずっとできなかったけれど、最近感染者数が減ってきて、出かけようかという気分に。仲間内でも話題になったということでしょう。(中川純一)

 

この糞は熊かもしれず茸狩
山内雪
熊の糞はべたーっと広がった形だったとおもいます。コロコロうんちではありません。それがあったら近くに熊がいるということですから、長居はしないほうがよいです。茸刈で熊に襲われた人が今年は沢山いました。(中川純一)

 

コスモスの角を曲がりて胸騒ぎ
巫 依子
コスモスで胸騒ぎというのは唐突です。角を曲がった、というところがくせものです。楽しい気分でいたのが急に景色が変わったことが心に棘のように刺さったのでしょう。(中川純一)

 

帰れなくなつてもいいか大花野
田中優美子
気持ちがとても大きくなって、ずっとこのままいたいという花野です。癒される、こだわりから解放される気持ちでしょう。ずっといたい、というのではなくて、リスクがあってもここにいたいという少しだけ思いつめた様子もあります。若さでしょう。(中川純一)

 

背伸びして足のつりたる夜寒かな
奥田眞二
わびしいかんじです。でも克巳先生もよく寝ていて足がつるのだから俳人の素質です。とくに寒いとつりやすいようです。また、何かの金属を薬で補充すると改善するということもききました。(中川純一)

 

風の無い時をコスモス力溜め
巫 依子
風に吹かれるてなすがまま、そうみえるコスモスですが、風のない時には自立していると見立てています。少しわかりにくい言い方ですけれど、そう表現しないと言えないと作者は感じているようです。(中川純一)

 

躙り口まで月光に導かれ
緒方恵美
茶室の入り口でしょうか?とても静かな月明りを感じます。古典的なシーンですね。(中川純一)

 

休業のはずが閉店昼の虫
山内 雪
日限を決めずに休業とかいた紙が貼ってあったのでしょう。少し具合が悪いのかと思っていたら閉店という表示になってしまった。健康問題なのか、経済的なことなのか、両方か。若い店主ではないと思われます。長く通った店だったとわかります。(中川純一)

 

 

◆入選句 西村 和子 選

かばかりの風をとらへて萩ゆるる
佐藤清子

 

かへりみて積丹ブルー秋の海
鈴木紫峰人
何々ブルーという海はあちこちにあるけれど、しゃこたん岬はとても有名です。

 

こほろぎや何処からとなく父の声
(こほろぎや何処からともなく父の声)
深澤範子
コオロギの声に耳を貸していると、ふとお父様の声がしたように感じたということでしょう。

 

稲光一瞬遠きビル現るる
若狭いま子

 

解体の都営住宅月照らす
(月照らす解体の都営住宅)
中山亮

 

行く秋や御手洗の杓割れしまま
板垣もと子

 

自画像に一筆加へすがれ虫
辻 敦丸

 

子規句集書き終へにけり暮の秋
(子規句集書き終へたるは暮れの秋)
穐吉洋子
筆写しているのでしょうか。素晴らしい試みですね。それが完結したのが秋の暮れであったところが子規の忌とも少し重なって感慨深いというわけでしょう。

 

秋晴や演歌流るる造船所
(秋晴れて演歌流るる造船所)
松井洋子

 

色変へぬ松の威容も浜離宮
木邑 杏

 

青空にぶらさがりたる榠櫨の実
梅田実代

 

大仏の手のふつくらと菊日和
緒方恵美
大仏の手はいつだってふっくらしているけれど、菊の盛りの晴れた日には特にそのふっくらした手が親しみを感じさせるということを自然な言い方で表現しています

 

届きたる宛名達筆今年米
(達筆の宛名で届く今年米)
長谷川一枝

 

能舞台ありし邸や鰯雲
荒木百合子

 

父祖の地をたづね歩くや秋茜
(父祖の地をたづね歩く日秋茜)
千明朋代

 

旅心誘ふ機影や秋澄めり
中村道子

 

きのこ飯一人暮らしの娘来て
岡崎昭彦
学業のためか、仕事のためか、未婚だけれども一人暮らしをしている娘さんが久しぶりにお父さんを訪ねてきたので、きのこ飯を作ってもてなしたというわけです。同じような気持ちを私も最近 茸飯帰りの遅き娘待ち という句で詠みましたので、親しみを覚えます。

 

林檎園延々岩木山浮かべ
(岩木山浮かべ林檎園延々)
小野雅子

 

飛行機の音軽やかに菊日和
(飛行機の軽やかな音菊日和)
箱守田鶴

 

十月や句会の後のロシアティー
深澤範子

 

秋うらら鞄枕にひと眠り
(秋うらら鞄枕にひと寝入り)
飯田静

 

星今宵ボート漕ぎ出す二人かな
中山亮成
なんだか天の川の織姫と彦星みたい。ロマンチックでよいですね。

 

たれかれに撫でさせる猫秋うらら
梅田実代
普通は犬です。猫は嫌な人にはふーっといいますよね。でもこの猫は人慣れしていて、それに年取っているのだろうと思います。子猫ではない。それが秋うららというところに表れています。

 

禅林の空より一枝初紅葉
板垣もと子

 

海風に墓碑銘薄れ秋深し
(海風に薄る墓碑銘秋深し)
木邑 杏

 

秋寒や郵便局にひと休み
松井伸子
一休みするところとして、郵便局というのは珍しい。都会ではなくてのんびりしたところでしょう。

 

雨の日の石蕗ことさらに黄なりけり
水田和代

 

身にしむや塀に解体予定表
荒木百合子

 

内海の鏡のやうな秋日和
鎌田由布子

 

群青の海に一条月明り
鎌田由布子

 

とんかちの音のいつまで秋の暮
藤江すみ江

 

秋の雨宇治十帖を閉ぢたれば
小野雅子

 

ドア越しに胡桃割る音父の部屋
(ドアのむかう胡桃割る音父の部屋)
矢澤真徳

 

実紫夕べの雨に艶増せり
穐吉洋子

 

むせかへることも醍醐味燗熱く
(飲みむせぶことも醍醐味燗熱く)
島野紀子
酒豪ですねえ。

 

ちちろ鳴く書架に未読の歎異抄
奥田眞二

 

解散におうと応へて鰯雲
箱守田鶴

 

行く秋を蝶きらきらと縫ひゆけり
松井伸子
行く秋を縫うという言いかたを見出したのが手柄です。

 

蜜柑剥くマニキュア塗りしこともなく
(蜜柑剥く爪を飾りしこともなく)
森山栄子

 

冷まじや一茶旧居に窓一つ
緒方恵美

 

木の実落つ観音堂に人待てば
小野雅子

 

配達の人の胸にも赤い羽根
小山良枝
コロナで配達人はとても忙しいですね。でもその胸に赤い羽根をつけている人ならイライラしたかんじではないということが伝わります。

 

虫時雨またたく星に呼応して
小野雅子

 

秋の山聞きおぼえなき鳥のこゑ
岡崎昭彦

 

街灯の切れしままなり月今宵
藤江すみ江

 

三姉妹南瓜煮るにも姦しく
佐藤清子
女性は姦しいということで、ストレス発散できて長生きできるのだと思います。

 

ひそひそとこつんと木の実落ち急ぐ
三好康夫

 

天高し三角屋根の風見鶏
飯田静

 

筑波嶺のすつきり見えて柿日和
長谷川一枝

 

手の甲の静脈青しそぞろ寒
板垣もと子
自分の手の甲の静脈が青く浮き出ていることがふとわびしく思われたのでしょう。手がふっくらしていた娘ざかりはとうに過ぎてしまったという寂しさ。男性は頭頂の髪に感じる。

 

高層のビルより低く夕月夜
鎌田由布子

 

天高しホテルの窓の海を向き
鎌田由布子

 

見上ぐれば飯桐の実の真紅
(見上げれば飯桐の実の真紅)
中山亮成

 

蟷螂の首をもたげて何か言ふ
深澤範子

 

茜空雑念忘れ心澄む
(茜空雑念忘れ澄む心)
板垣源蔵

 

むかご採るほろとこぼれて逃げにけり
荒木百合子

 

菊供養小菊の束をもて参ず
箱守田鶴

 

甘藷蒸すたび聞かさるる疎開悲話
(疎開悲話甘藷蒸すたび聞かさるる)
島野紀子
現在では甘藷は繊維も多く、健康食だといわれていますが戦時には米を得られないので代用食という意味合いで、腹を膨らませるためにわびしく食べていたという気分です。もちろん現在売られている甘藷のように甘かったのではないでしょう。疎開で嫌な思いをしていたときみじめな気持ちで食べたものは戦後70年を経ても嫌な思い出につながるので嫌いだという人が多いです。田舎暮らしに慣れていたのではなくて、都会から田舎に疎開した人です。

 

干し柿の間より顔出す峡の人
穐吉洋子

 

パソコンを窓辺に運ぶ良夜かな
吉田林檎
仕事は夜も終わらないけれども、名月が出ているのだからそれを時には見たいという俳人らしい気持ちが自然に詠まれています

 

眼裏に鞍馬のもみじ燃えにけり
(眼裏に鞍馬のもみじ燃えて旅)
奥田眞二
11月末に鞍馬山登山に誘われていて楽しみにしています。伝説の山ですけれども、紅葉はとてもきれいだそうです。

 

一瞬を永遠として星流る
矢澤真徳

 

絵描き歌はたと途切れて秋入日
宮内百花

 

秋の朝魔女の掃き目の箒雲
(秋の朝魔女の掃き目か箒雲)
辻 敦丸

 

短日や食事の刻のすぐに来る
箱守田鶴

 

秋深き大桟橋に「飛鳥Ⅱ」
木邑 杏

 

観覧車一周釣瓶落しかな
鏡味味千代

 

葛の花威勢よき葉に見え隠れ
(葛の花威勢よき葉に見へ隠れ)
小松有為子

 

冬温かひざ掛けをまた落としたる
(冬温かしひざ掛けをまた落としたる)
チボーしづ香
庭にでているのでしょうか?ひざ掛けをしているけれど、それほど寒くはないので、おしゃべりに夢中になるとすぐにずり落ちてしまう。ちょっとしたことですが、季節感があります。

 

星となる者を運ぶや月の舟
(星とならむ者ら運ぶや月の舟)
矢澤真徳

 

稲雀一羽残らず電線に
長谷川一枝

 

照紅葉振り向く君の頬赤く
髙野新芽

 

爽やかに荷の重ければ置けよとぞ
吉田林檎

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選

境内の光集むる椿の実 穐吉洋子
十月や句会の後のロシアティー 深澤範子
自転車の離陸できさう秋日和 優美子
休暇明あおえんぴつをあたらしく 実代
☆ふうはりと帽子にしたき朝の月 有為子
うっすら浮かぶ、柔らかそうな月だったのでしょうね。月を帽子にしたいという発想が新鮮でした。

 

■飯田 静 選

秋晴や演歌流るる造船所 松井洋子
茸山毒なきものの慎ましく 雅子
軒に干す今日は百個の蜂屋柿 伸子
パソコンを窓辺に運ぶ良夜かな 林檎
☆新米や故郷自慢少しだけ 田鶴
新米の頃お米の話題になったのでしょうか。思わず故郷のお米の美味しさを口にしたのでしょう。遠慮がちに。

 

■鏡味味千代 選

霧の海進むべき道閉ざされて 新芽
三姉妹南瓜煮るにも姦しく 清子
塗剥げし鳥居冬日の撫で上げて 島野紀子
石仏の小さきてのひら木の実降る 恵美
☆大仏の手のふつくらと菊日和 恵美
良き日に大仏様にお参りしたのですね。天気も良く、お参りに行ってみたら菊祭りが開催されていたのでしょうか。大きな大仏様の手が、いつもよりふっくらと見えたことで、満たされた幸せな気持ちがわかります。

 

■千明朋代 選

むかご採るほろとこぼれて逃げにけり 百合子
秋天へスケルトンのエレベーター 由布子
虚ろなる目の老人よ秋の雨 チボーしづ香
はちきれんばかりの栗の下ぶくれ 伸子
☆星となる者を運ぶや月の舟 真徳
メルヘンのようで、悲しい句だと思いました。

 

■辻 敦丸 選

七五三社殿横切る緋の袴
柿の実の灯りたるごと熟したり 味千代
秋時雨明日は元気になるつもり 紳介
曼珠沙華ひとつ黄色の道しるべ 百花
☆鰯雲無口になりし逆上がり 百花
逆上がりを頑張っている様子がありありと。応援したくなります。

 

■三好康夫 選

大仏の手のふつくらと菊日和 恵美
かばかりの風をとらへて萩ゆるる 清子
秋の雨宇治十帖を閉ぢたれば 雅子
ぬくき乳搾る体験草の花 あき
☆いつまでも引つこみ思案芙蓉の実 良枝
わかるなあ!

 

■森山栄子 選

月影や鳩の足跡夥し 依子
くの字くの字枯蟷螂の歩きけり
休業のはずが閉店昼の虫
新米や故郷自慢少しだけ 田鶴
☆躙り口まで月光に導かれ 恵美
月光を頼りに茶室へと進んでゆく。躙口を開けるとどんな宇宙が待っているのだろうかと想像が膨らむ句。

 

■小野雅子 選

手を入れて里の温みや今年米 松井洋子
ペグを打つ音の響いて秋の山 宏実
秋霖や愛の言葉を刻む墓碑
石仏の小さきてのひら木の実降る 恵美
☆躙り口まで月光に導かれ 恵美
夜の茶事である。躙り口まで導くのは月光。静寂。幽玄のひととき。

 

■長谷川一枝 選

秋興や一区間てふ旅の窓 依子
虚栗小さき山に積まれをり 道子
頃合にコーヒーの出る良夜かな 栄子
冷まじや一茶旧居に窓一つ 恵美
☆甘藷蒸すたび聞かさるる疎開悲話 島野紀子
身内には辛い思い出があるので、絶対に甘藷を食さない人がいます。

 

■藤江すみ江 選

届きたる宛名達筆今年米 一枝
パソコンを窓辺に運ぶ良夜かな 林檎
稲刈の鎌の子縄の子喋りの子 百花
胸にちよと手を振り返し運動会 実代
☆子の急に手を離したる花野かな 良枝
広々とした花野に誘われたかのような子供の一瞬  解放感 躍動感に溢れている句です

 

■箱守田鶴 選

ざはざはと山猫軒の秋の風 紫峰人
休業のはずが閉店昼の虫
秋うらら影見て直す寝癖かな 一枝
少しばかり採れて明日は零余子飯 朋代
☆実家より鈴虫分けて貰ひけり 良枝
実家から貰うのは日用品とか食べるものとか 実用的なものが普通なのに、鈴虫とは風流で面白いですね

 

■深澤範子 選

蜜柑剥くマニキュア塗りしこともなく 栄子
積ん読の一冊開く夜長かな 由布子
きのこ飯一人暮らしの娘来て 昭彦
帰れなくなつてもいいか大花野 優美子
☆小鳥来るそろそろ旅の話など 一枝
コロナも少し減ってきて、今時の感じが良く表わされていると思いました。

 

■中村道子 選

手を入れて里の温みや今年米 松井洋子
小鳥来るそろそろ旅の話など 一枝
静けさやひとり朝餉の新豆腐 昭彦
人ひとり会はぬ山路や草紅葉 紫峰人
☆大仏の手のふつくらと菊日和 恵美
秋晴れの温かい陽射しの中、大仏様の大きなふっくらとした手に抱かれてみたい……

 

■山田紳介 選

焼き立てのバゲットを抱く秋思かな 良枝
子の急に手を離したる花野かな 良枝
頃合にコーヒーの出る良夜かな 栄子
蜜柑剥くマニキュア塗りしこともなく 栄子
☆大き桃大きな箱で届きけり 深澤範子
小学生が作った様な一句、それを訳知りの大の大人が詠む。こんなに何でもないことを、切れ字まで入れて言い切ると不思議な魅力が生まれる。

 

■松井洋子 選

冷まじや一茶旧居に窓一つ 恵美
晩秋や同居の話突然に 和代
パソコンを窓辺に運ぶ良夜かな 林檎
ゆく秋の水輪とどかぬ向かふ岸 実代
☆休暇明あをえんぴつをあたらしく 実代
青鉛筆をいっぱい使った夏休みの子どもの絵日記。青い空や海の広がる所へたくさん連れて行ってもらったのだろう。健やかで楽しい夏の景が読み手にも浮かんでくる。繰り返す「あ」の音がリズミカルで心地よい。

 

■緒方恵美 選

静けさやひとり朝餉の新豆腐 昭彦
パノラマを車窓に広げ鰯雲 新芽
川音に心遊ばせゐのこづち 朋代
秋夕焼ため息の色塗り替えて 源蔵
☆頃合にコーヒーの出る良夜かな 栄子
簡潔な言い回しの中に、お洒落な雰囲気の漂う句。上五の「頃合に」が効いている。

 

■田中優美子 選

走る背をあと少し押す律の風 新芽
行く秋を蝶きらきらと縫いゆけり 伸子
小鳥来るそろそろ旅の話など 一枝
「よくねる」の宿題すませ秋の朝 実代
☆休暇明あをえんぴつをあたらしく 実代
夏休みに、青い空や海の絵をたくさん描いたのだろうなと思います。夏の思い出と、次なる秋の「青」の爽やかさも感じる、可愛らしくも清々しい句だと思いました。

 

■チボーしづ香 選

目覚むれば六腑重たき夜寒かな 林檎
むかご採るほろとこぼれて逃げにけり 百合子
曼珠沙華ひとつ黄色の道しるべ 百花
かばかりの風をとらへて萩ゆるる 清子
☆芋の露ときをり風をころがして あき
芋の上のつゆが風に落ちる様を美しく表現している

 

■黒木康仁 選

行く秋の猫逝きし夜へ付箋貼る 雅子
何もかも見て来たやうな秋の蝶 紳介
くの字くの字枯蟷螂の歩きけり
芋の露ときをり風をころがして あき
☆稲光一瞬遠きビル現るる いま子
都会での孤独でしょうか。稲光の中遠くを見る、音のない光だけの世界。

 

■矢澤真徳 選

ふうはりと帽子にしたき朝の月 有為子
晩秋や同居の話突然に 和代
天高しホテルの窓の海を向き 由布子
流木に腰を降ろして秋の海 由布子
☆恋をして風に抗ふ蜻蛉かな 栄子
あやうい様子に力強さを感じるのは、不安があっても迷いはないからだろう。

 

■奥田眞二 選

晩秋や同居の話突然に 和代
子の急に手を離したる花野かな 良枝
筆圧の弱き手紙よ小鳥来る 依子
鰯雲無口になりし逆上がり 百花
☆水澄みて空澄みて橋うつくしき 伸子
河童橋の光景が、四万十川の何もない沈下橋が目に浮かびました。読んで心地よい詩的な素晴らしい句と鑑賞しました。

 

■中山亮成 選

甘藷蒸すたび聞かさるる疎開悲話 島野紀子
秋ともし心弱れば句も弱り 雅子
草紅葉寒立馬の脚太きかな 田鶴
一遍の仮寓の跡も花野なか 松井洋子
☆大仏の手のふつくらと菊日和 恵美
大仏を拝む心持ちが「手のふつくら」に表れています。菊日和の穏やかな空気が良く合っています。

 

■髙野新芽 選

ロゼの色にしぼみて朝の酔芙蓉
風呂敷のリボン結びの新酒かな 一枝
鯨ひぞむ地球岬や秋の波 紫峰人
旅心誘ふ機影や秋澄めり 道子
☆秋夕焼ため息の色塗り替えて 源蔵
季節の情景と心象が融合された心地よい好きな句でした

 

■巫 依子 選

頃合にコーヒーの出る良夜かな 栄子
観覧車一周釣瓶落しかな 味千代
ちちろ鳴く書架に未読の歎異抄 眞二
小鳥来る気ままな二人暮らしかな 眞二
☆ざはざはと山猫軒の秋の風 紫峰人
ざはざはというオノマトペがいいですね!宮沢賢治の世界に飛び込んだような気分ですね。

 

■佐藤清子 選

大仏の手のふつくらと菊日和 恵美
色変へぬ松へ経読むそびらかな もと子
筑波嶺のすつきり見えて柿日和 一枝
内海の鏡のやうな秋日和 由布子
☆観覧車一周釣瓶落しかな 味千代
観覧車一周で360°パノラマの風景が見えてくるようです。ゆっくり回転しているのに対し釣瓶がすとん!ときて惹かれました。

 

■水田和代 選

新米の俵むすびよ母の手よ 眞二
日本晴りんご食べさす信濃牛
禅林の空より一枝初紅葉 もと子
小鳥来るそろそろ旅の話など 一枝
☆筑波嶺のすつきり見えて柿日和 一枝
澄み切った秋空に筑波嶺が遠く見え、近景の柿が実っている様子が目に見えるようです。気持ちのいい秋の日が詠まれていると思いました。

 

■梅田実代 選

かばかりの風をとらへて萩ゆるる 清子
条幅の一画ごとの秋気かな 雅子
冷やかや後ろ姿の肖像画 良枝
子の急に手を離したる花野かな 良枝
☆届きたる宛名達筆今年米 一枝
ただでさえ楽しみに待っている今年米、それが達筆の宛名で届く喜び。

 

■木邑 杏 選

少しばかり採れて明日は零余子飯 朋代
秋のこえ朝湯の湯気のやや熱く 昭彦
積ん読の一冊開く夜長かな 由布子
筑波嶺のすつきり見えて柿日和 一枝
☆この町のポスト小さき小鳥来る
住人が片寄せあって住んでいる町の小さなポスト町を出て行った家族の便りがもう来る頃か

 

■鎌田由布子 選

木の実落つ観音堂に人待てば 雅子
空堀や赤のまんまの風に揺れ
かばかりの風をとらへて萩ゆるる 清子
天高し菊の御紋の御用邸 一枝
☆石仏の小さきてのひら木の実降る 恵美
木の実の落ちる音が聞こえてきそうです。

 

■牛島あき 選

大仏の手のふつくらと菊日和 恵美
曼珠沙華ひとつ黄色の道しるべ 百花
はちきれんばかりの栗の下ぶくれ 伸子
萩は実にパンツの裾に靴紐に 一枝
☆恋をして風に抗ふ蜻蛉かな 栄子
恋は恋でも蜻蛉の恋は人間と違う。造化の神の意のままの蜻蛉は、本能さながらに風に抗っている。その哀れさのなんと美しいこと!

 

■荒木百合子 選

山里の夕影長し藁ぼっち 穐吉洋子
秋蝶は死にたり翅を閉ぢぬまま 百花
草紅葉寒立馬の脚太きかな 田鶴
霧立ちて朱の欄干の彼の世めく 栄子
☆手を入れて里の温みや今年米 松井洋子
新米には陽光がなお残っているような温みがあると思いますが、それがお里から送られてきたというので更に心理的な温かみも加わっているのですね。しみじみとした嬉しさ、幸せが感じられます。

 

■宮内百花 選

からつぽの心からつぽの刈田道 優美子
石蕗の花日陰にありて尚明かし すみ江
とんぼうや村の人口一人減り
行商を終ふる挨拶秋の暮 松井洋子
☆秋晴や演歌流るる造船所 松井洋子
秋晴れの気持ちの良い空の下、船の建造音に交じり流れる演歌の歌声。小さな造船所なのか、はたまた大型客船を造る造船所なのか。気の抜けない作業の中にも、造船所の和やかな雰囲気が伝わってくる。

 

■鈴木紫峰人 選

燻製を仕込む香りや小鳥来る
解散におうと応へて鰯雲 田鶴
旅心誘ふ機影や秋澄めり 道子
石仏の小さきてのひら木の実降る 恵美
☆絵描き歌はたと途切れて秋入日 百花
子どもたちが絵描き歌を歌っていたのに、その歌が途切れた。不思議におもって外を見ると秋の太陽が燃えんばかりに今、まさに沈もうとしている。子どもたちは沈む太陽の美しさに、思わず見とれてしまったのだろう。歌声と美しい入日のハーモニーが心に残る句です。

 

■吉田林檎 選

鰯雲無口になりし逆上がり 百花
天高し三角屋根の風見鶏
秋寒や郵便局にひと休み 伸子
秋晴れて演歌流るる造船所 松井洋子
☆風呂敷のリボン結びの新酒かな 一枝
一升瓶を風呂敷で包むのもお洒落ですね。きれいに結んであることと思います。そういう方が選んだ新酒なら美味しいと思います。味を形で表現した一句。

 

■小松有為子 選

躙り口まで月光に導かれ 恵美
絵描き歌はたと途切れて秋入日 百花
稲光一瞬遠きビル現るる いま子
甘藷蒸すたび聞かさるる疎開悲話 島野紀子
☆茸山毒なきものの慎ましく 雅子
毒茸はほとんどが派手な色をしていますよね。人生にも通じるご心境かとも思われて惹かれました。

 

■岡崎昭彦 選

人ひとり会はぬ山路や草紅葉 紫峰人
名月や一句を得たる得意顔 優美子
たれかれに撫でさせる猫秋うらら 実代
小鳥来るそろそろ旅の話など 一枝
☆秋桜一眼レフの連写音
音と色と空気感を感じる句と思いました。

 

■山内雪 選

頃合にコーヒーの出る良夜かな 栄子
自転車の離陸できさう秋日和 優美子
筆圧の弱き手紙よ小鳥来る 依子
大仏の手のふつくらと菊日和 恵美
☆身にしむや塀に解体予定表 百合子
解体される建物が季語身にしむにより想像できた。

 

■穐吉洋子 選

手の甲の静脈青しそぞろ寒 もと子
七五三社殿横切る緋の袴
今日の月離宮の松に影落とし 亮成
大仏の手のふつくらと菊日和 恵美
☆軒に干す今日は百個の蜂屋柿 伸子
秋の日に映える柿簾、一日に百個剥くのも大変ですね、そろそろ干し柿も店先に並ぶ頃かな?

 

■板垣もと子 選

掘り立ての芋供えられ元興寺 康仁
行く秋を蝶きらきらと縫ひゆけり 伸子
秋草のささめく庭に彳みぬ 朋代
とんかちの音のいつまで秋の暮 すみ江
☆勝つほどに怖くなりけり海縲廻し 良枝
「怖くなりけり」で、この勝負をしている作者と共に怖くなりそうな気がした

 

■若狭いま子 選

「熊出るぞそれでも行くか」茸狩
秋深し「駒形どぜう」に舌を焼き
はちきれんばかりの栗の下ぶくれ 伸子
水澄みて空澄みて橋うつくしき 伸子
☆パソコンを窓辺に運ぶ良夜かな 林檎
パソコンをしながらのお月見、まさに今風ですね。名月に魅せられる思いは、いつの世も同じようですね。

 

■松井伸子 選

蜜柑剥くマニキュア塗りしこともなく 栄子
少しばかり採れて明日は零余子飯 朋代
川音に心遊ばせゐのこづち 朋代
旅心誘ふ機影や秋澄めり 道子
☆霧立ちて朱の欄干の彼の世めく 栄子
薄霧の街に降り立ちてふと不思議の街にいる!とこの秋強く思いました。共感致しました。

 
 
 

◆今月のワンポイント

「写生句にこそにじみでてくる本当の個性とは」

皆さん写生ということをよく言われるし、意識もすると思います。花鳥諷詠・客観写生というと、草花や鳥を丁寧にデッサンするだけのように聞こえますけれど、人間も自然界の一員ですから、心を写生するということもあります。

ただ、絵を本気でやろうとする人が、写生で物の形や光の加減、素材感の表現をはじめに叩きこまれるように、あるいはピアニストが毎日ハノンを弾くように、俳句でも言葉による正確な写生が大切だといわれます。

写生にも有情と非情(非人情)があるとされます。一時期、やたらに感情をあらわして形の崩れた俳句が流行った時期に虚子が非人情の句を提唱して、自らも例を示したことがあったそうです。

その穴は日除の柱立てる穴  高浜虚子

はその代表的なものです。当時の弟子の間で、これほど乾いた表現をする弟子がそれほどいたわけではありません。むしろ逆だったかもしれません。清崎敏郎先生は、虚子晩年の弟子ですけれども、弟子の中では花鳥諷詠を重んじてそれを通した作家です。試しに似たような趣の写生句を上げると、

年木樵る音か続きてゐしがやむ  清崎敏郎

先日奥多摩の山登りをしていて、斧の音というよりは電動のこぎりの音がずっとしていましたが、そのとき頭に浮かんだのがこの句です。虚子は穴について述べていて、敏郎は音について詠んでいます。ですが虚子が非人情句としていると感じるのは、「日除の穴」というのが人間生活の中での行いだとわかっていても、非常に乾燥した言い方であることです。一方、敏郎の句は「木を樵る音」だけしか言っていないのですが、正月むけの薪を切る山人の暮らしを感じさせます。つまり非人情ではないと感じられるのです。それは作者の心が表れているからです。

このように俳句表現は、敢えて感情を表に出さなくても、気持ちを表すことができるのが不思議なところです。

気持ちを対象に向けるとき、あるいは対象からのメッセージを受ける心のありようが表現に表れてくるのはその作者の表現のスタイルが独自なものかどうかという点につながっています。

皆さんには、そういう独自のスタイルをだんだんに見つけていってほしいと思っています。俳句は中断することなく作り続けることが望ましいので、また知音投句なども毎月締め切りがあります。今回の作品でも、心が弱ると俳句も弱るというのがありました。調子が悪いときには無理しなくてもよいのです。ですが、少しずつでも自分だけの表現や見方を探していってください。それは各人異なっているはずで、個性となるものです。

技巧が目について誰が詠んでも同じという気がするが、ちょっと技のある句は目を引きやすいのです。そういう句から表現の幅を広げるために必要な技を学ぶこともあってよいのですが、やはり最終的には自分の表現、つまり心が表れてくる表現を発見してください。

半年間でしたけれど、皆さんの俳句を拝見できて楽しかったです。
またいつか皆さんの句をどこかで拝見することを楽しみにしています。

中川純一