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2021年11月のネット句会の結果を公開しました。

◆特選句 西村 和子 選

コスモスは白思ひ出は遠ざかり
田中優美子
【講評】最近は臙脂色のコスモスが結構盛んに栽培されているけれど、ピンクが一番コスモスらしいと私は思っている。白コスモスはそれ自体が群生しているのではなくて、ピンクや赤の中に混じっていることで存在感がある。作者は赤やピンクの中の白に目をとめたのだ。色彩を失った、音のない思い出のように。(中川純一)

 

トロ箱を卓に昼餉や雁渡し
梅田実代
【講評】漁師飯であろうか。ビル街などではない空のひらけた漁港のようなところである。そういう空間の広さと気取らない方言でも大声で話しながら飯を掻っ込む健康な労働者が見える。(中川純一)

 

唇に指立て芒折りくれし
箱守田鶴
【講評】芒を折ってはいけないところみたい。しーっと言いながら折っている。乱暴に折るのではなくこっそりと。(中川純一)

 

コスモスを振り返りつつ風の中
田中優美子
【講評】白コスモスと同じ状況のようだ。別れた人との時は優しく明るい日々だった。もう戻らないと分かっているのに、振り返る。女性のほうが引きずらないと一般に言われるけれど、それは人による。互いが優しい思いでいたのに、別れざるを得なかったケースのようである。そういう優しさがあれば別の人にまた会えそうであるけれど、現時点ではそんな言葉は聞きたくない。(中川純一)

 

草原の羊は眠り銀河濃し
宮内百花
【講評】
かなり広い土地で放し飼いになっている。日本ではないみたいな気がする。イギリスにもスペインにもこんなところがあった。ただ銀河が濃いというとスペインとかオーストラリアか。(中川純一)

 

朝顔の忘れし頃の二三輪
梅田実代
【講評】
咲き始めは毎朝見ているのだが、花期が長いのでそのうち存在感がなくなってきた。それでもふと目にしたら可憐な花が固まっている。朝顔らしい。(中川純一)

 

幾たびも指さされ白彼岸花
牛島あき
【講評】
赤い曼殊沙華は目につくけれど、沢山あるので、素通りだが、白は珍しいので皆が指さすというのであろう。人通りがある道で他に赤い彼岸花も沢山咲いているような田舎を思わせる。(中川純一)

 

すいすいと迷ひ来たりし赤蜻蛉
チボーしづ香
【講評】
迷いこんだように人間は感じている。だからすいすいと調子よく飛んでいて気楽なものだなあと見えるのだ。でもトンボには本能的な行動様式があるのだから迷ったのではない。一見目的もなくあちこち街をうろつくフランス男みたいだと愛らしく思ったのかも。(中川純一)

 

天道虫もろとも稲を掛けにけり
梅田実代
【講評】
稲架にどさっと稲を掛けた際の動きと重量感をそういう言葉を使わずに、しかも色彩を一点入れて表現している。上首尾の句である。(中川純一)

 

新蕎麦や箱階段の黒光り
緒方恵美
【講評】
箱を積み上げた階段、それぞれは材料や道具入れとして役立っている、間口の狭い職人好みの作り。黒光りというから明治期からの蕎麦屋なのか。受け継いで守ってきた味わいが粋なのであろう。(中川純一)

 

丑三つを過ぎて変はりし虫の声
巫 依子
【講評】
午前二時過ぎ、虫も疲れて声が変わったとも、また深夜に鳴く種類になったともとれる。でもそんな時刻まで起きていて眠れずにいる作者の心持がそうさせているということであろう。何かの気がかりについて悩んでいたのを、取りあえず一旦忘れて安堵して虫の声がよく聞こえるようになったのかもしれない。(中川純一)

 

新宿も穂高も照らし今日の月
矢澤真徳
【講評】
新宿と穂高岳は同時に見える光景ではない。つまり作者の心象風景というわけだ。どちらの月も語りかけてくるようだった。(中川純一)

 

ふるふるとふるへふくらみ芋の露
小野雅子
【講評】
芋の葉の大きな起伏にいくつもの露がついていて、風で葉が揺れると、揺れるのだか、そのとき籠っている光の加減で膨らむようにみえる。このように解説するとつまらないが、句には「ふ」と「る」の繰り返しによる心地よいリズムがあるのが効果的で、実体を表している。(中川純一)

 

盛大に嬰のもの干し豊の秋
小山良枝
【講評】
今でも農家は子沢山なのだろうか。田畑を耕す、作物を植え、そして手入れをして、収穫するには人出がいる。機械が増えても、である。その農家がこれからも安心して続くのだと信じさせてくれる豊かな稔りの光があふれている。(中川純一)

 

栗拾ふ我の後より祖父の声
板垣もと子
【講評】
作者の祖父という方がご存命ということはなさそうなので、昔子供の頃に栗拾いに連れていってくれて、いろいろ指示していたおじいさんの声が思い出されるということである。管理された栗拾いではなくて、林の中で自然になっている栗を拾っているのだろう。鳥の声も聞こえてきそうだ。(中川純一)

◆入選句 西村 和子 選
能管の音青空へ曼殊沙華
(曼殊沙華能管の音は青空へ)
黒木康仁

潮風にこゑ攫はるる法師蝉
小松有為子

蜻蛉湧く捨田に今も水の音
(蜻蛉湧く捨田を今も水の音)
牛島あき

団欒の漏れ聞こえくる柿熟るる
(団欒の漏れ聞こえたり柿熟るる)
鏡味味千代

鳴滝の朝顔の紺際立てり
(鳴滝の朝顔の紺際立ちぬ)
板垣もと子

寝たきりの母にも秋蚊打つ力
(寝たきりの母の秋の蚊打つ力)
箱守田鶴

登山杖返したる時掌を合はす
(登山杖返したる時掌を合はし)
巫 依子

鳥渡る空には空の時流れ
(鳥渡る空には空の時間あり)
小山良枝

穂先より色抜けそめし秋の草
吉田林檎

月涼しをのこをみなの双子生る
藤江すみ江

秋蝶の長き尾翅の破れたり
松井洋子

稲雀一群二群翔ちにけり
木邑杏

相関図傍(わき)に夜長の宇治十帖
(相関図横に夜長や宇治十帖)
奥田眞二

鰯雲島に古りたる木のクルス
辻 敦丸

秋晴や師と連れだつてスニーカー
(秋晴るる師と連れだつてスニーカー)
木邑杏

夫の髪ざくざく切れば小鳥来る
(夫の髪ざくざく切れば小鳥くる)
小山良枝

身に入むや同期会また延期なり
長谷川一枝

旅心京見峠に秋の靄
(京見峠秋靄かかり旅心)
荒木百合子

きらめける風の薄の銀の糸
鈴木紫峰人

秋風やパフスリーブの女の子
(秋風にパフスリーブの女の子)
長谷川一枝

木犀の香に理由なき焦りかな
鏡味味千代

水引草沓脱石をさはるかに
板垣もと子

葡萄棚広がる丘のピザハウス
水田和代

天高しダムの放流轟けり
中村道子

靴ひもを結びなほして秋うらら
(靴ひもを結びなおして秋うらら)
黒木康仁

心音を聴いて安心月見草
深澤範子

艇庫閉づ湖にひと刷け晩夏光
辻 敦丸

初秋やるるるとゼリー崩れけり
(初秋やルルルとゼリー崩れけり)
千明朋代

秋気澄むオカリナを吹く二人連れ
中山亮成

比叡いづこ比良に菱採るひとに問ひ
(あれ比叡、比良に菱採るひとに問ひ)
奥田眞二

待宵や助手席の子に語りかけ
(待宵や助手席の子に話しかけ)
鏡味味千代

木星と土星したがへ今日の月
矢澤真徳

今朝の秋羊蹄山を真向かひに
鈴木紫峰人

駅前に理髪店のみ秋暑し
(秋暑し駅前にポツリ理髪店)
岡崎昭彦

二度三度名月を見て眠りけり
(名月を二度三度見て眠りけり)
穐吉洋子

北門を入りしあたりの鉦叩
板垣もと子

日を纏ひ黄花コスモス嬉嬉として
(日纏ひて黄花コスモス嬉嬉として)
藤江すみ江

蓮は実に再会の日の近づきぬ
小山良枝

小刻みに低く飛びゆく秋の蝶
(小刻に低く飛びゆく秋の蝶)
中村道子

おしろいや濠に沿ひゆく石畳
小野雅子

富士山に叢雲かかり秋の夕
鎌田由布子

熊の糞どかと残れる登山道
(熊の糞ドカと残れる登山道)
鈴木紫峰人

草の花蔓に蔓巻き咲きのぼり
長谷川一枝

山の湖真上に白き月を上げ
鏡味味千代

秋の水明るき所過ぎにけり
(秋の水明るき場所を過ぎにけり)
山田紳介

きみの声思ひ出したり秋桜
(きみの声思ひ出しさう秋桜)
田中優美子

しづしづと月下美人の咲く気配
(しずしずと月下美人の咲く気配)
佐藤清子

瑠璃色の尾羽根一枚野分あと
(瑠璃色の尾羽一枚野分あと)
松井洋子

平戸島殊に大きな星流れ
(平戸島へ殊に大きな星流る)
宮内百花

秋霖や工場街を烟らせて
森山栄子

ふるさとに遠く病みたり鳥渡る
(ふるさとに遠く病む身や鳥渡る)
巫 依子

名月や心の芯を照らさるる
田中優美子

髪梳くや金木犀の風入れて
(髪を梳く金木犀の風入れて)
緒方恵美

磯菊の小径下りて六角堂
長谷川一枝

亡霊のごとくビルあり雨の月
田中優美子

散歩より戻れば開き縷紅草
(縷紅草散歩戻れば開きをり)
穐吉洋子

抜け道は今も残れり秋桜
小松有為子

紅萩や沈みては翔つ蜆蝶
木邑 杏

月今宵いつもと違ふ道えらび
松井洋子

三日月を掠め飛行機上昇す
鎌田由布子

遠出せぬ吾子の静かな夏休み
深澤範子

制服を汚さぬやうに葡萄食ふ
山田紳介

水底に鯉の影差す秋日かな
飯田静

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選

名月や心の芯を照らさるる 優美子
新米と空の重箱とどきけり 実代
一回り広くなりたる秋の浜 味千代
手術待つ週末長し小鳥来る 島野紀子
☆瑠璃色の尾羽根一枚野分あと 松井洋子
瑠璃色は、野分あとの澄みきった空を思わせる色ですね。まるで野分がこの羽根を置いて行ったかのよう。詩情豊かな作品だと思いました。

 

■飯田 静 選

重箱を提げて母来る運動会 栄子
遠出せぬ吾子の静かな夏休み 深澤範子
魂棚にぷつくり肥えし茄子の馬 朋代
登校の一列にゆく花野みち 雅子
☆長き夜や選句あれこれ三百余 眞二
ネット句会の選句は楽しみながらも時間を要します。家事を済ませてからまとまった時間のとれる夜に選句することがままあります。季語が効いていると思いました。

 

■鏡味味千代 選

たわいなきうはさをあてにぬくめ酒 一枝
新宿も穂高も照らし今日の月 真徳
亡き人の俤薄れゆき無月 雅子
星月夜言葉より数が好きなんだ 百花
☆艇庫閉づ湖にひと刷け晩夏光 敦丸
絵画のような句ですね。ひと刷けなので、きっとすぐに夕闇になってしまったのでしょうが、その美しい一瞬をうまく捉えていると思いました。

 

■千明朋代 選

高原の野菜生ハム秋のピザ 和代
登高す決めるべきこと決めるため 味千代
水引草沓脱石をさはるかに もと子
頬張つてしばらく噛まずマスカット 林檎
☆富士はるか咲き残りたる月見草
富士山の大きな姿が目に浮かびました。

 

■辻 敦丸 選

手料理に少し散らされ鷹の爪 新芽
湿原の名もなき橋や糸とんぼ 栄子
炊事の手止めて聴き入る虫時雨 紫峰人
新米と空の重箱とどきけり 実代
☆朝顔の忘れし頃の二三輪 実代
拙宅の朝顔も同じ、気象か栄養不足か加齢か・・・。

 

■三好康夫 選

野仏のまなざしの先秋の蝶 一枝
天高しダムの放流轟けり 道子
コスモスや三つ編み指を逃げたがる 実代
秋暑く幼の髪の湿りをる
☆蓮は実に再会の日の近づきぬ 良枝
「蓮は実に」の季節に逢い、来年も逢いましょうと約束されたのでしょう。楽しみですね。

 

■森山栄子 選

髪梳くや金木犀の風入れて 恵美
幾たびも指さされ白彼岸花 あき
潮の香に暮らす冥加や鰯裂く 眞二
烏瓜昔の手紙出てきたり 良枝
☆新宿も穂高も照らし今日の月 真徳
大都会と大自然という対照的な二つの地点。旅の帰路、或いは親しい人の住む土地を思う句かもしれない。月は様々な暮らしを優しく照らしてくれているのだとしみじみ思う。

 

■小野雅子 選

大花野分けて夢二のアトリエへ 一枝
紅萩や沈みては翔つ蜆蝶
秋の水明るき所過ぎにけり 紳介
盛大に嬰のもの干し豊の秋 良枝
☆髪梳くや金木犀の風入れて 恵美
金木犀の香が好きだ。家々の庭を眺めながらの外歩きも楽しい。金木犀の風に髪を梳くなんて素敵。苦労を知らない娘とも人生を経験した女性とも読めてイメージが膨らみます。

 

■長谷川一枝 選

女郎花更地に残る門一対, 恵美
抜け道は今も残れり秋桜 有為子
今朝の秋ていねいに作るすまし汁 昭彦
ひよんの笛あるかも大学植物園 百合子
☆新宿も穂高も照らし今日の月 真徳
新宿の高層ビル群に観る満月から、いつか登った穂高の山並での光景を連想したのでしょうか。

 

■藤江すみ江 選

葦舟に祈りを結はへ秋まつり 依子
トロ箱を卓に昼餉や雁渡し 実代
重箱を提げて母来る運動会 栄子
コスモスの薄紅溶かす夕の風 優美子
☆かをりまで写りこみそう金木犀 一枝
金木犀はカメラを向けている間も 甘い香りが漂ってきます その実感が詩になっています おそらく 瞬間に出来た句でしょう?

 

■箱守田鶴 選

心音を聴いて安心月見草 深澤範子
髪を梳く金木犀の風入れて 恵美
昼の虫赤穂浪士の眠る墓
立ち話してゐて聞こゆ鉦叩 もと子
☆盛大に嬰嬰のもの干し豊の秋 良枝
晴天に可愛い嬰やのものが一面に広がる。お母さんの仕合せはここにあり。「豊の秋」と詠んで みんなに幸せを分けてくれました。

 

■深澤範子 選

鳥渡る空には空の時流れ 良枝
からうじて上向くものも敗れ荷 良枝
幾たびも指さされ白彼岸花 あき
きみの声思ひ出したり秋桜 優美子
☆湿原の名もなき橋や糸とんぼ 栄子
いつか見たような光景を思いださせてくれました。

 

■中村道子 選

ふるふるとふるへふくらみ芋の露 雅子
ねこじゃらし風を光を遊ばせて 雅子
ふるさとに遠く病みたり鳥渡る 依子
名月や心の芯を照らさるる 優美子
☆寝たきりの母にも秋蚊打つ力 田鶴
寝たきりのお母さんの体に秋の蚊が止まった。気づいて打つお母さんの力の入らない手。体力の衰えを作者は寂しく感じとったのでしょう。

 

山田紳介 選

拾つてと言はむばかりの銀杏の実 百合子
山の湖真上に白き月を上げ 味千代
瑠璃色の尾羽根一枚野分あと 松井洋子
次々と稲穂飲み込むコンバイン 穐吉洋子
☆月涼しをのこをみなの双子生る すみ江
二人の赤ちゃんは、あのお月様からやって来たのかも知れない。「をのこをみな」のリフレインが心地よい。

 

■松井洋子 選

鰯雲島に古りたる木のクルス 敦丸
手術待つ週末長し小鳥来る 島野紀子
トロ箱を卓に昼餉や雁渡し 実代
潮風にこゑ攫はるる法師蝉 有為子
☆蜻蛉湧く捨田に今も水の音 あき
田としての役目を終え、自然へ戻ろうとしている捨田。その脇を流れる水路の水音。 水のある所には命が沢山ある。湧いてくる蜻蛉の群はその象徴のようだ。

 

■緒方恵美 選

夕空はいにしへの色吾亦紅 良枝
鰯雲島に古りたる木のクルス 敦丸
亡き人の俤薄れゆき無月 雅子
更待の月けもの径照らしをり 和代
☆野仏のまなざしの先秋の蝶 一枝
御仏の優しい眼差し・ゆっくりとした蝶の動き。簡潔にして平明な表現ながらその瞬間を見事に切取った写生句。

 

■田中優美子 選

読み終へて現に戻る虫時雨 恵美
まだ漕げぬ白き自転車初紅葉 すみ江
ねこじゃらし風を光を遊ばせて 雅子
夕空はいにしへの色吾亦紅 良枝
☆制服を汚さぬやうに葡萄食ふ 紳介
学校から帰ってきた中学生か高校生を想像しました。制服を汚さないように気遣う人物の人柄に惹かれると同時に、よく熟れた葡萄の瑞々しさも伝わってきます。

 

■長坂宏実 選

湯豆腐の恋しき頃となりにける
寝たきりの母にも秋蚊打つ力 田鶴
コスモスのいちばん似合ふひととゐて 優美子
限定の文字に誘はれ栗また栗 新芽
☆畦道の秋風まさに黄金色 新芽
稲の音が聞こえてきて、とてもさわやかな句だと思いました。

 

■チボーしづ香 選

次々と稲穂飲み込むコンバイン 穐吉洋子
バッカスのしもべ揃ひて葡萄集む 眞二
鳴滝の朝顔の紺際立てり もと子
中天に日の高高と処暑の節 亮成
☆秋の蝉人老いゆれば声太く 島野紀子
季節終わりの蝉が声を張り上げて鳴く様子と人の老いゆく姿をうまく声という言葉で重ねて上手く読んでいる。

 

■黒木康仁 選

秋の蟬人の老ゆれば声太く 島野紀子
点滴の滴見ている秋の朝 穐吉洋子
ふるさとに遠く病みたり鳥渡る 依子
野仏のまなざしの先秋の蝶 一枝
☆新蕎麦の講釈長き亭主かな 一枝
いるんですよね。やれ今年は雨が少なかったから出来が……とかね。でもそれが楽しいんじゃないですか?

 

■矢澤真徳 選

湿原の名もなき橋や糸とんぼ 栄子
心音を聴いて安心月見草 深澤範子
烏瓜昔の手紙出てきたり 良枝
紅萩や沈みては翔つ蜆蝶
☆レマン湖に駆け降る青きぶだう棚 眞二
ラヴォーの葡萄畑は真っ青なレマン湖に転げ落ちそうな斜面に広がっています。その迫力満点の風景を、駆け降る、と動きで表現したところがおもしろいと思いました。が、何より程よく冷えたスイスの白ワイン が飲みたくなりましたが…。

 

■奥田眞二 選

カルメンを踊り出しさうカンナの緋 朋代
長き夜の見るともなしのたなごころ 林檎
ここに入るは我で最後や墓洗ふ
みんみんや広沢虎造彼の調子 康夫
☆月涼しをのこをみなの双子生る すみ江
身ごもられてから誕生までのご苦労は私には想像の世界ですが大変なものでしょう。暑苦しい夏がすぎて清冷な月のような安寧が読み取れます。 季語の選択がお上手だと思います。 双子ちゃんおめでとうございます。

 

■中山亮成 選

小鳥来る古へ人の墳処
バッカスのしもべ揃ひて葡萄集む 眞二
トロ箱を卓に昼餉や雁渡し 実代
向日葵の一つ目小僧仁王立ち 穐吉洋子
☆鰯雲島に古りたる木のクルス 敦丸
五島列島あたりの教会を想像します。

 

■髙野新芽 選

かをりまで写りこみさう金木犀 一枝
寝入りたる仔犬の息も秋の声 栄子
きらめける風の薄の銀の糸 紫峰人
海の香に吾を包みゆく鰯雲 有為子
☆名月や生きとし生けるもの鳴きぬ 依子
秋の夜に聞こえてくる、生命が発する音を感じた素敵な句でした。

 

■巫 依子 選

穂先より色抜けそめし秋の草 林檎
寝たきりの母にも秋蚊打つ力 田鶴
コスモスや三つ編み指を逃げたがる 実代
髪梳くや金木犀の風入れて 恵美
☆黒葡萄空のすき間に剪る重さ あき
すき間の空ではなく、空のすき間という表現が新鮮でした。

 

■佐藤清子 選

点となり仙人草の昇天す もと子
潮の香に暮らす冥加や鰯裂く 眞二
袋田の三段の滝見に行かむ 深澤範子
心音を聴いて安心月見草 深澤範子
☆名月や心の芯を照らさるる 優美子
心の芯が名月に照らされているという発想がたまらないです。夜の広い空間の中にあってシンプルで深くて、語られていない胸中にも心が惹かれます。

 

■水田和代 選

蓮は実に再会の日の近づきぬ 良枝
草原へ駆け出してをり天高し 百花
重箱を提げて母来る運動会 栄子
山の湖真上に白き月を上げ 味千代
☆白萩の噴水めきて宙泳ぐ 百合子
豊かな枝ぶりの白萩を噴水のようだと思われたこと、なるほどです。

 

■梅田実代 選

重箱を提げて母来る運動会 栄子
長き夜の見るともなしのたなごころ 林檎
草原の羊は眠り銀河濃し 百花
寝たきりの母にも秋蚊打つ力 田鶴
☆かをりまで写りこみさう金木犀 一枝
庭の金木犀を撮影しているのか、それとも木のそばで記念写真でしょうか。爽やかな秋の風景です。

 

■木邑 杏 選

ふるふるとふるへふくらみ芋の露 雅子
ねこじゃらし風を光を遊ばせて 雅子
ひとつかみ姉に持たせり山椒の実 栄子
湿原の名もなき橋や糸とんぼ 栄子
☆潮の香に暮らす冥加や鰯裂く 眞二
潮の香りの中で暮らしている幸せ、新鮮な鰯の美味しいこと。しみじみありがたいなぁ…。

 

■鎌田由布子 選

オーソレミオ,ナポリ娘や葡萄熟る 眞二
寝入りたる仔犬の息も秋の声 栄子
葡萄棚広がる丘のピザハウス 和代
鰯雲島に古りたる木のクルス 敦丸
☆ねこじゃらし風を光を遊ばせて 雅子
よく見かけるねこじゃらしですが、「風を光を遊ばせて」なんと素敵な表現でしょう。

 

■牛島あき 選

瑠璃色の尾羽根一枚野分あと 松井洋子
野仏のまなざしの先秋の蝶 一枝
読み終へて現に戻る虫時雨 恵美
山の湖真上に白き月を上げ 味千代
☆コスモスを振り返りつつ風の中 優美子
コスモスに風はつきものですが、この句ではそれを言わず、風に吹かれながら振り返る作者の姿を詠むことによって、美しい景色が彷彿とする仕組になっているのに感心しました。

 

■荒木百合子 選

湿原の名もなき橋や糸とんぼ 栄子
秋暑く幼の髪の湿りをる
紅萩や沈みては翔つ蜆蝶
艇庫閉づ湖にひと刷け晩夏光 敦丸
☆二度三度名月を見て眠りけり 穐吉洋子
いいものを見たという余韻を胸に眠るというこの句に誘われて、大野林火の旅の花火の句がふと思い出されます。その一方掲句にはより日常的な自宅での感慨がとてもさりげなく語られていると思います。

 

■宮内百花 選

月涼しをのこをみなの双子生る すみ江
露草の藍も群るれば眩しかり 島野紀子
潮の香に暮らす冥加や鰯裂く 眞二
天道虫もろとも稲を掛けにけり 実代
☆熊の糞どかと残れる登山道 紫峰人
熊の糞をついぞ目にしたことはないが、まざまざとその光景を思い浮かべることの出来る一句。作者は糞を観察して、熊が何を食べたのか、真新しい糞なのかなど、熊の情報を読み取ったに違いない。

 

■鈴木紫峰人 選

身ぢろがず夏の暁見てゐたり 深澤範子
読み終へて現に戻る虫時雨 恵美
名月や心の芯を照らさるる 優美子
天道虫もろとも稲を掛けにけり 実代
☆野仏のまなざしの先秋の蝶 一枝
野にあって、人々を見守る仏像の優しいまなざしは、命の終わりを迎える秋の蝶にも、慈しむように優しいまなざしを送っている。静かな心安らぐ句ですね。

 

■吉田林檎 選

鰯雲島に古りたる木のクルス 敦丸
女郎花更地に残る門一対 恵美
ふるさとに遠く病みたり鳥渡る 依子
丑三つを過ぎて変はりし虫の声 依子
☆草原の羊は眠り銀河濃し 百花
場所柄がよく描かれています。広大な草原を思います。牧場の銀河はさぞかし濃いことでしょう。北海道や海外でしょうか。私には絵画のような非日常の句でした。

 

■小松有為子 選

膨よかに秋風まとい天日干し 昭彦
秋雨や茅葺の香のいよよ濃く
読み終へて現に戻る虫時雨 恵美
艇庫閉づ湖にひと刷け晩夏光 敦丸
☆大寺に門あまたあり破蓮 良枝
広い境内への出入り口が沢山にあるというところを詠まれた視点が素晴らしいです。

 

■岡崎昭彦 選

穂先より色抜けそめし秋の草 林檎
分け入りて茗荷の花の白に遇ふ 実代
水底に鯉の影差す秋日かな
菩提寺の桜紅葉がひざまづき 康仁
☆読み終へて現に戻る虫時雨 恵美
本の世界から抜け出した途端、気付かなかった事が不思議な程に虫が鳴き競っている事に気付く。

 

■山内雪 選

抜け道は今も残れり秋桜 有為子
鰯雲島に古りたる木のクルス 敦丸
富士に肩並べ夕星厄日果つ 眞二
夕空はいにしへの色吾亦紅 良枝
☆金継ぎを神に成されし今日の月 依子
名月の美しさを神の成した金継ぎとはなるほど。

 

■穐吉洋子 選

月今宵いつもと違ふ道えらび 松井洋子
かをりまで写りこみさう金木犀 一枝
和尚亡き今年の萩の伏しまろぶ 百合子
あはあはと花も葉も揺れ秋桜 優美子
☆重箱を提げて母来る運動会 栄子
お孫さんの運動会を楽しみに朝早く起きて弁当を作ったのでしょうね、重箱にはどんな御馳走が詰まっているのでしょうか。

 

■島野紀子 選

蟷螂の構へに木戸を開けられず 有為子
重箱を提げて母来る運動会 栄子
相関図傍に夜長の宇治十帖 眞二
コスモスや三つ編み指を逃げたがる 実代
☆登山杖返したる時掌を合はす 依子
無事の下山と、杖に守られた道中、また来ますの気持ちが伝わりました。

 

■板垣もと子 選

かはらけの杯見せ合ひて菊の酒 雅子
長き夜の見るともなしのたなごころ 林檎
光ありかご一杯の秋茄子 朋代
読み終へて現に戻る虫時雨 恵美
☆からうじて上向くものも敗れ荷 良枝
「からうじて」と「も」から全体が見え人の句ではないが人のことを思ってしまう。

 

◆今月のワンポイント

「季題と季節感、季重なり」

私は北海道に住んでいたので、季節感が関東地方と優に二か月は違っていると感じていました。つまり春は遅く、冬は早いのです。桜が咲くのは五月の連休の一週間ほど後、それもソメイヨシノは寒冷すぎて育たないのでエゾヤマザクラです。紅葉は九月に始まりますし、ストーブも九月の末に入れます。こういうことをどう考えるか。私は、草木虫魚の場合、咲いている、あるいは活動しているのならば歳時記の分類上の記載時期とずれていても、そういう気候環境の中に置かれている作者の気持ちを表す背景として問題ないと思っています。これに対して、人事やお祭りの日程、正月、クリスマス、お盆などは暦の上で決まっています。人事にまつわる心持は同じですけれど、その環境は大分異なります。クリスマスは南半球では真夏でTシャツですから、サンタのおじさんどんな格好なのか?正月、七夕も新暦、旧暦では日取りも違います。日本で正月は一月一日にほぼ決まっていますけれど、中国なら二月でしょうし、日本でも昔は旧暦です。これらをあまり深刻に考えても仕方ないことです。

季重なりについてはどうでしょう。

文章では、「夏だから暑くて汗が沢山出る」というのは問題ないですけれど、俳句で

夏が来て暑くて汗がとまらない

というのでは、ばっかじゃないの?ということになってしまいます。季題で、しかも同じ意味合いのものが三つあるということで、興ざめするわけです。では絶対に季語が二つはいっているとダメかというと著名な句でもたくさんあります。

蝶低し葵の花の低ければ  富安風生

この句は風生歳時記で葵の花の項にあります。句の中で葵の鮮やかな大きな花が長い茎についているのが明白ですが、蝶の模様などは想像できません。けれども、蝶がいて、低いところを飛んでいるといわれると、葵の茎がかなり高い、そしてまず下から咲いていることが描かれています。蝶の動きに誘われて、鑑賞者の目が動くのです。更に言うと、「花と蝶」は演歌ではないけれど切り離すこと自体無理です。この句では主体が葵で、蝶は小道具ですけれども、なくてはならないわけです。

不必要に季語を重ねると興ざめですけれども、必要であれば、それはどちらかが主体である、あるいは、切っても切れない関係であれば目くじらを立てるのはむしろ句意を理解していないことだと言うことです。

皆さんは初心者というよりもすこしレベルが高いのですが、こんなこと考えたことありますか?ボンボヤージュ句会ではよく問題になっています。

(中川純一)