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2021年6月のネット句会の結果を公開しました。

◆特選句 西村 和子 選

春風を乗せて各駅停車出づ
水田和代
【講評】文字通り駘蕩とした一句になりました。「春風」の季題が微動だにせず、東風にも、薫風にも置き換えが効きません。一句では各駅停車としか語られていませんが、おそらく読み手は、田園地帯を走る単線のローカル線をイメージすることでしょう。
長い停車時間の間はドア全開。おそらく窓も手動で開け閉てできるようなレトロ感溢れる車輛でしょう。駅でたっぷり春風を容れた列車がゆっくり動き出す…。そのスピードは春風と的確にシンクロしています。
一見誰にでも詠めそうな句に見えますが、夾雑物を省いて的確に景を描き出すことは、とても難しいことです。(中田無麓)

 

家中の時計合はせる日永かな
小野雅子
【講評】
日永」と時計の配合自体珍しく、筆者の知る限りでは<日永しと止まれる振子時計かな(三橋敏雄)>ぐらいです。ましてや家中の時計を合わせるという句想には、おそらく類想がなく、独創性の高い一句になりました。日永は夜長と並んで、情緒的、気分的表現と言われますが、掲句も日永の気分が、良い塩梅で滲み出ています。
ちょっと長くなった日を建設的なことに使おうという前向きな気持ちが素敵です。それでいて、家中の時計を合わせるという行為には、若干の自虐を伴なった滑稽味があります。
その微妙なアンサンブルこそが掲句独特の持ち味と言えます。(中田無麓)

 

鶯やアイロン掛けの手を休め
田中優美子
【講評】
解説の必要がない、至って句意の明瞭な句です。難しい言葉や衒学的な言い回しも全く見当たりません。それでいて一読後、どこかホッとした気持ちになるのは、作者の経験に裏打ちされた実感、春が来たことへの喜びが、字間、行間に籠められているからです。
一句の句材は、大方の経験することですが、とくに子育て真っ最中のお母さん(お父さん)には気を抜ける時がありません。そんな中、家事のさなかのわずかな時でも、手を止められることは無上の喜びだと思います。このひと時は鶯に向き合うことに集中したい…。季題に向き合う真摯な姿勢もまた素敵です。(中田無麓)

 

顔見知り多き老犬桃の花
松井洋子
【講評】
捉えどころがとてもユニークで面白く、思わず微苦笑を禁じ得ません。ご近所の誰彼となく、知られ、愛されているワンちゃんなのでしょう。それを「顔見知り多き」と表現したところに工夫があり、絶妙な詩心と俳味に昇華されています。
老犬と桃の花の取り合わせにも、何とも言えない妙味があります。邪気を払うとされる桃は、由来の中国的色彩をほのかに帯びています。老犬とは言えど、胡服をまとった仙人のイメージも被さってきて、杜子春の世界に遊ぶような豊かさを読み手に与えてくれるような心持ちにもなります。(中田無麓)

 

蕨出て薇の出て忙しき
牛島あき
【講評】
蕨も薇も春が来た喜びを感じさせてくれる山菜ですが、掲句にもその喜びが、少し工夫のある表現で描かれています。一句のポイントは「忙しき」。うれしいとか喜ばしいなど、直接的な感情表現では収まらない思いが「忙しき」に籠められています。アクを抜き、茹で、調理して、盛り付け、そしていただく…。作者は蕨や薇を見て、一瞬にしてそのプロセスを楽しんでいるのです。その結果が「忙しき」という一語に集約されているのです。忙しいという形容詞は、ひまがない、用が多いなど事実を客観的に伝える言葉に過ぎませんが、現状を肯定的にも、否定的にも用いられるという複雑な側面もあります。
掲句は季題と一つの形容詞だけで構成されている、極めてシンプルな構造です。省略を究めて、季題の力を存分に発揮させた試みは、大胆であり、巧みです。(中田無麓)

 

西行の捨てし都の桜かな
奥田眞二
【講評】
わずか17音で、時空の彼方に心を遊ばせることができる…。つくづくと俳句のよろしさを教えられる一句になりました。北面の武士というエリート職を捨て漂泊者となった西行の透徹したニヒリズムが、一句からまざまざと感じ取れます。
鑑賞のポイントは、「西行が何を捨てたか」を読み取ることにあります。西行が捨てたものとは、句面からは、「都」そのものとも、「都の桜」とも読むことが可能です。筆者は後者だと解釈しました。「西行と桜」と言えば、付き過ぎの極みですが、それを捨てるとなれば逆に西行の並々ならぬ意志が感じられます。
別離の思いを背負っているからこそ「都の桜」はひときわ冴え冴えとした美を放っています。その美意識は連綿と、掲句のような形で息づいています。(中田無麓)

 

四方よりさへづり降り来登城口
松井洋子
【講評】
描写力に富んだ一句になりました。囀が四方から降ってくるということで、おびただしい音量が容易に想像できます。この表現自体がまずもって素晴らしいのですが、その舞台が登城口であるというところも、心にくい設定です。登城口というからには、松山城のような山城でしょう。本丸までの道程への期待感が、囀に象徴されています。
音読すればわかる通り、掲句には「り」の音の連綿が効果的に働いています。四方よりの「り」、さへづりの「り」、降り来の「り」。快いR音の重なりが、読み手にも心地よく響いてきます。最初から作為的に用いると、往々にしてうまくはゆきませんが、好句には結果として、こういった余禄が付いてくるものです。(中田無麓)

 

水底は今日も晴れたり蜷の道
松井洋子
【講評】
「俳句とは尽きるところ表現である」ことを掲句から改めて教えたもらった気がします。通常、蜷の道で水底と来れば、常識的符合、即ちつきすぎで終ってしまいます。これだと単なる観察レポートにすぎません。一句を一編の詩たらしめているのが、「水底が晴れる」という捉え方です。「水浸しなのに晴れはないだろう」と余計なつっこみの一つも入れたくなる一見矛盾した叙し方に見えなくもないですが、おそらくほとんどの人がこの表現に納得できるでしょう。
水底まで遍く行き渡る日の光、そして澄んだ水…。そういった水中世界だけでなく、明るい日差しの地上の風景まで見えてくるところに工夫があり、巧みです。
大胆な独創表現は小難しい言葉を用いることではありません。小学生でもわかる言葉を用いても独創は生まれる…。この事実を掲句は証明しています。(中田無麓)

 

フライトも列車も逃し春の夢
田中優美子
【講評】
どちらかと言えば、心地よい寝心地をバックボーンとすることが多い「春の夢」の季題の句の中で、掲句は些か異彩を放っています。夢にもいろいろな種類があるそうですが、掲句の夢に近いのは、象徴夢、つまり現実追認の夢です。フロイトでもない筆者の勝手な想像ですが、疫禍の下、旅行すら満足にできないという現状認識が、このような夢を見させたのかもしれません。
掲句の句想がもしそこにあるなら、普遍的な素材を用いて現況を描ききられたところが巧みです。異色の春の夢は、疫禍が歴史に変わった時に、モニュメンタルな存在感を放つことでしょう。
あるいは疫禍にこだわる必要は無いのかもしれません。掲句の字面を追うだけで、屈託に満ちた青春性の一面を衒いなく詠んだ一句として成立します。(中田無麓)

 

桜蘂ふる少しづつうちとけて
小山良枝
【講評】
「桜蘂ふる」という季題には、時の移ろいや無常観と言ったニュアンスが色濃くにじみ出ています。そんなイメージを句意に反映させた作例も少なくありません。こういった概念を打破し、桜蘂ふるに新しい解釈を加えたのが掲句には、新鮮なものの見方があります。
地域によって異なりますが、入学や入社など、初顔合わせでお互いに緊張を解けずにいるのが、花の盛りの頃。それが桜蘂がふる頃になれば、多少なりともお互いが分かりかけてきます。文字通り、「うちとけて」くるのです。
滅びの美学であると同時に、より前向きになる象徴としての桜蘂。見方を少し変えるだけで、新しい世界が見えてくることを掲句から教わりました。(中田無麓)

 

雨音やきのふの花も散りをらむ
荒木百合子
【講評】
実体としての「花」は、一句の中に実在していません。作者の想念の中にのみ存在するものです。それが眼前に見たものの残像であっても…。それでも、掲句は客観写生の力強さ、確かな存在感を保っています。その理由は、作者の花への思いの強さに他なりません。
愛惜の情が、読み手にもひしひしと伝わってくるからです。
あまたの句の中で、すでに詠みつくされた感のある花の句に、新味を加えることは至難の業です。どの角度から詠んでも、類想の壁に跳ね返されます。そんな中で掲句が光を放つのは、花という季題が包含するものを全て咀嚼しながら、想念の中で平易に再構成させたところにあります。沈潜した静かなリズムを刻みながら、散りゆく花だけをキャンバスに描いて見せた表現力が確かです。(中田無麓)

 

花冷えや聞き返さるること増えて
小野雅子
【講評】
個人的なことで恐縮ですが、筆者も家内との会話で聞き返すことが多くなりました。原因はもちろん、加齢による聴覚の衰えです。掲句はこの現象を妻側から見たものです。その小さな恐れが、季題の「花冷え」に的確に昇華されています。さらに言えば、単に夫を案じているだけではなく、夫婦共通の課題として捉えていることが、字間から感じ取られ、温かみのある一句なりました。
花冷えという季題は、華やぎの中に潜む一縷の不安というニュアンスを包含します。季題の適切な斡旋によって、日常生活の中の機微を描き出したところに、掲句のいぶし銀のような魅力があります。(中田無麓)

 

囀を仰ぎひつくり返りさう
吉田林檎
【講評】
「こんなにシンプルでいいの?」と、掲句を読んで感じた方もおられるでしょう。その通り、句姿はシンプルこの上ない構造。一句の視覚的句材は、森の中に立っている作者のみ。それでいて、囀の高さと厚みに圧せられているような迫力を、読み手にまざまざと感じさせてくれます。事実作者は転倒寸前まで、視線を高みに据えています。
一句の後半部、口語のような表現には、一見稚拙に見えて、誇張を伴った俳味がにじみ出ています。ここが実は重要な鑑賞ポイントです。そこには芭蕉が行き着いた境地の一つ、「軽み」に通じる、俳句の一つの本質が潜んでいるように思います。(中田無麓)

 

◆入選句 西村 和子 選
( )内は原句

初端午父の兜も飾りけり
深澤範子

犬吠えて遠足の列膨らめり
松井洋子
観察の行き届いた句です。ひとくくりの集団に見えて、怖がる子、ちょっかいをかける子など、個々の子どもの諸相が自ずからイメージできることも巧みです。

動物園咆哮切なき春の暮
荒木百合子

姫女苑グリーンベルトに戦ぎたり
鎌田由布子

夏蝶の影に夏蝶従ひぬ
山田紳介
客観写生に徹しながら、前衛絵画のような幾何学的造形美に満ちた一句になりました。エッシャーのだまし絵を見ているようです。鑑賞するほどに実体と影の区別がなくなるような…。「夏蝶」の存在感が独創的に表現されています。

うららかや木漏れ日を縫ふ三輪車
長坂宏実

山吹やベンチのひとつづつ埋まり
稲畑実可子
薔薇ならカメラ好きも俳人も、こぞりたてるでしょう。が、山吹はそんな興奮とは無縁です。控え目で慎まやかな花の本質が描き切れています。

風に乗り雨にこぼるる雪柳
小松有為子

築地塀続く坂道春深し
飯田 静

うつすらと緑おびたる残花かな
小山良枝

桜散る聖女のやうな白孔雀
千明朋代

追ひかけて追ひかけられてしゃぼん玉
鎌田由布子

公園の移動販売木の芽風
飯田 静

鳥声や疎水に桜しべ頻り
小野雅子

水影のゆらぎゆらげる飛花落花
長谷川一枝

霾や広目天は筆を執り
(霾や広目天が筆を執り)
黒木康仁
忿怒の形相ながら、筆や巻物を持つ広目天。文武両道の象徴とも言えなくありません。その特異な存在感に注目した眼力にまず敬服いたします。インドから中国を経て東漸した四天王の来歴を語る「霾」という季題が生かされています。

植木鉢出しては入れて冴え返る
(冴え返り出しては入れる植木鉢)
チボーしづ香

春空やパラグライダー風つかみ
中村道子

二限目は実験畑に風光る
(二限目は実験畑に師風光る)
島野紀子

春日射窓を開けば遺影にも
(窓開けば春光射しぬ遺影にも)
龝吉洋子

残雪の峰々を越え鳥帰る
鈴木紫峰人

山の水沸かし珈琲桜散る
吉田林檎

肩に胸に風の軽さの春ショール
小野雅子

温かやゆつくり歩めば犬もまた
箱守田鶴

壁剥げし土蔵そこここ村の春
(壁欠けし土蔵そこここ村の春)
荒木百合子

春風へふはりシーツを干しにけり
木邑 杏
シーツの持つ量感と質感が「春風」と心地よく呼応しています。ふはりというオノマトペも、春風に相応しいです。一句にはあからさまに表現されていませんが、シーツの純白と空の青の対比にも、清潔感が満ちあふれています。

大鍋に湯の滾りをり筍堀
(大鍋に湯の煮えてをり筍堀)
梅田実代

男の子集ふパン屋や木の芽雨
(男の子等の集ふパン屋や木の芽雨)
飯田 静

糸桜午後の光にあはあはと
長谷川一枝

杉襖背に山桜いよよ照り
(山桜杉襖背にいよよ照り)
荒木百合子

公園のベンチに鴉春の昼
鎌田由布子

紙風船つけば思ひ出よみがへる
中村道子

われもまだ旅の途中や鳥帰る
(われもまだ旅ゆく途中鳥帰る)
矢澤真徳

名を呼ぶは誰そ春昼の大マスク
西村みづほ

五歳児に肩こりなくて春休
(五歳子の肩こりなくて春休)
稲畑実可子

早口の英語のごとく囀れる
小山良枝

老いの荷は軽きがよけれ涅槃西風
小野雅子

草若葉家族の歩幅まちまちに
(草若葉家族の歩幅それぞれに)
森山栄子

藤浪や誰も帰らぬままの家
巫 依子

春雷や龍の目光る天井画
中山亮成

風光る眉濃く引きてマスクして
長谷川一枝

弟は母にやさしく桜餅
(弟の母にやさしく桜もち)
小山良枝

曇る日は水のにほひの花蘇枋
小野雅子

T字路に車見送る落花かな
(T字路で車見送る落花かな)
鏡味味千代

明日は蝶になるやも知れず豆の花
(豆の花明日は蝶になるらしく)
田中優美子

蒲公英や点描画めく大草原
(蒲公英の点描画めく大草原)
鎌田由布子

洗濯物昼には乾く虚子忌かな
三好康夫

爪先に当たりからから春落葉
中村道子

風のふとゆるめば香る沈丁花
緒方恵美

ゆつたりと鯉の寄りくる日永かな
水田和代

花時や風車のまはる向う岸
稲畑実可子

アネモネや少女漫画の目の愁ひ
奥田眞二

矢絣もイスラム帽も卒園す
梅田実代

目印は三角屋根と花水木
飯田 静

風音の静まりてより花吹雪
松井洋子

懐かしの名曲喫茶春惜しむ
中山亮成

対岸も菜の花畠や渡し船
(対岸も菜の花畠や利根渡船)
長谷川一枝

散る花の下亡き父の帰り来る
(逝きし父散る花の下帰り来る)
黒木康仁

雉の鳴く家に泥棒入(い)りしとか
(雉の鳴く家に泥棒入りけり)
三好康夫

雲の端の透けて八十八夜寒
緒方恵美

春の夜別れののちの風ひえびえ
(友と別れ風ひえびえと春の夜)
矢澤真徳

春空へ抱き上げ旅に連れ出して
(春の空抱き上げ旅に連れ出して)
高野新芽

母の日のかな八文字の子の手紙
西村みづほ

春愁や鉛筆削りに屑あふれ
(春愁鉛筆削りに屑あふれ)
小野雅子

出港を見送る人も陽炎へる
巫 依子

人気なき修道院や桜散る
千明朋代

 

 

◆互選

各人が選んだ五句のうち、一番の句(☆印)についてのコメントをいただいています。

■小山良枝 選

躑躅咲く子育てに休みは無くて とりこ
蕨出て薇の出て忙しき あき
花の雨路上ライブに人ひとり
ゲルニカの図柄纏ひし大浅蜊 敦丸
☆明日は蝶になるやもしれず豆の花 優美子
豆の花の今にも翅を広げそうな形を言い得ています。また、幼い子供が成長していつかは蝶のように翔んでゆく日が来ることを予感しているようにも感じられ、奥行きのある作品だと思いました。

 

■飯田静 選

老幹の芯に脈あり山桜 松井洋子
合併に消ゆる村の名竹の秋 あき
かたかごを踏まずば行けぬ峡の家 穐吉洋子
囀りや色鉛筆の十二色 恵美
☆花冷や売りゆく牛に名は付けず 百花
生業とはいえ手塩に掛けて育てた牛を売ることの切なさを感じます。

 

■鏡味味千代 選

花冷や売りゆく牛に名は付けず 百花
寡黙なる野球少年若布干す 良枝
囀りや色鉛筆の十二色 恵美
出港を見送る人も陽炎へる 依子
☆ゲルニカの図柄纏ひし大浅蜊 敦丸
大きいといえど浅利。その浅利の殻にゲルニカの図柄を見たという視点が面白かった。ゲルニカは決して幸福な絵ではないけれど、ここでは「有名な絵を見た」程の扱いなので、浅利の味も満足のいくものだったことを伺わせる。

 

■千明朋代 選

面白き老い願ふなり花の塵 眞二
絶頂を剥がされにけりチューリップ 味千代
初桜散るとは知らぬ花いくつ 優美子
われもまだ旅の途中や鳥帰る 真徳
☆朧夜の銅のくびれし絵らふそく 恵美
美しい光景が、眼に浮かびました。

 

■辻 敦丸 選

犬吠えて遠足の列膨らめり 松井洋子
壁剥げし土蔵そこここ村の春 百百合子
囀りや色鉛筆の十二色 恵美
春炬燵払ひて居場所定まらず 田鶴
☆かたかごを踏まずば行けぬ峡の家 穐吉洋子
植物学的に興味深い花。群生は素晴らしい。

 

■三好康夫 選

築地塀続く坂道春深し
論語読む生涯講座春深し
動物園咆哮切なき春の暮 百合子
春愁や鉛筆削りに屑あふれ 雅子
☆鶯やアイロン掛けの手を休め 優美子
鶯の声に、アイロンをかける手を止める。手を休めるとなく次の声を待っている。ここに貴重な美がある。

 

■森山栄子 選

青空へあふるるばかり花水木 一枝
犬吠えて遠足の列膨らめり 松井洋子
フライトも列車も逃し春の夢 優美子
春の昼映画の中の海青し 優美子
☆花冷や売りゆく牛に名は付けず 百花
切ない内容ですが、牛の持つ湿り気を帯びた質感と花冷という季語の取り合わせに惹かれました。

 

■小野雅子 選

追ひかけて追ひかけられてしゃぼん玉 由布子
春炬燵払ひて居場所定まらず 田鶴
ゆつたりと鯉の寄りくる日永かな 和代
出港を見送る人も陽炎へる 依子
☆顔見知り多き老犬桃の花 松井洋子
道から見えるところに、いつも寝そべっている老犬。登校時や通院、通勤の皆が声をかけて行く。平和で穏やかな暮らしの一コマです。「桃の花」で幸福感倍増。

 

■長谷川一枝 選

うららかや木漏れ日を縫ふ三輪車 宏実
風に乗り雨にこぼるる雪柳 有為子
山藤の吹きなぶらるる高さかな 実代
夜桜の闇の奥にもまたさくら 松井洋子
☆花冷や売りゆく牛に名は付けず 百花
手許には置けない牛、名を付けると別れが辛くなるのでしょうね・・・。

 

■藤江すみ江 選

ひとひらの落葉影なす春障子 雅子
囀りや色鉛筆の十二色 恵美
犬吠えて遠足の列膨らめり 松井洋子
風音の静まりてより花吹雪 松井洋子
☆花冷や売りゆく牛に名は付けず 百花
季語の花冷と内容が調和しています。敢えて名は付けないというところに作者のやさしさ、切なさ、辛さ全てが含まれ、ドナドナの歌まで聞こえてきました。

 

■箱守田鶴 選

論語読む生涯講座春深し
曇る日は水の匂ひの花蘇枋 雅子
囀や色鉛筆の十二色 恵美
弁当持つ小さき膝に藤の花 松井洋子
☆顔見知り多き老犬桃の花 松井洋子
老犬ともなると飼い主の知らぬ人とだって挨拶を交わします。交際の広さに負けてしまいますね。桃の花とともに周囲の温かさやさしさがあふれています。大好きな切り口です。

 

■深澤範子 選

追ひかけて追ひかけられてしゃぼん玉 由布子
母の日のかな八文字の子の手紙 みづほ
牡丹の花のひとつに葉のあまた 依子
初桜散るとは知らぬ花いくつ 優美子
☆寄り合ひて地に寄り添ひて芝桜 優美子
芝桜の密にきれいに咲いている状況が上手く表現されていると思いました。寄り合ひて寄り添ひてのリフレインが効いています。

 

■中村道子 選

犬吠えて遠足の列膨らめり 松井洋子
寡黙なる野球少年若布干す 良枝
春雷や龍の目光る天井画 亮成
老いの荷は軽きがよけれ涅槃西風 雅子
☆母の日のかな八文字の子の手紙 みづほ
少し文字を覚え始めた幼子からの母の日の手紙。何て書いてあったのだろう…と、指を折りながら想像しました。私は少しですが子供たちからの手紙を大事にとってあります。肩たたき券もあります。もっと若い時から俳句を始めていたら、いろいろな思い出の句を残せたかもしれないと、いつも残念に思っています。楽しみですね。

 

■島野紀子 選

大鍋に湯の滾りをり筍堀 実代
日曜に店出す花屋春たけなは
田起しや額にきりり豆絞り
明日は蝶になるやもしれず豆の花 優美子
☆山の水沸かし珈琲桜散る 林檎
桜を見がてら訪れた山の湧水を汲んで帰ってのコーヒーはさぞかし美味しい事だろう。我が家の近くの大文字山にもペットボトル持参で登る方多いです。

 

■山田紳介 選

牡丹にうつつをぬかす家系かな 清子
名を呼ぶは誰そ春昼の大マスク みづほ
花の雨路上ライブに人ひとり
春愁や鉛筆削りに屑あふれ 雅子
☆桜蕊ふるすこしづつうちとけて 良枝
人と人が打ち解けるには、心の深いところで通じ合わなければならない。桜蕊が降り続くように、人間関係もまたひっそりと深まって行く。

 

■松井洋子 選

初蝶の風の誘ひに乗りきれず 恵美
草若葉家族の歩幅まちまちに 栄子
花冷や売りゆく牛に名は付けず 百花
鶯の破調に畝を平らにす 百花
☆窓といふ窓は運河へ初つばめ 実代
小樽の風景だろうか、とても気持ちの良い句。運河に向けて開かれる窓、そしてその運河を颯爽と飛ぶ初燕。春の小樽へまた行ってみたくなった。

 

■緒方恵美 選

桜蕊降るを払はぬ孤独かな 味千代
アネモネや少女漫画の目の愁ひ 眞二
春炬燵払ひて居場所定まらず 田鶴
音不意に耳をかすめて春蚊出づ 道子
☆咲き満ちてまだ咲き足らぬ花蘇枋 雅子
確かに蘇枋の花はびっしりと咲く。単純な言い回しで、その感を一層際立てた巧みな句である。

 

■田中優美子 選

家中の時計合はせる日永かな 雅子
囀りや色鉛筆の十二色 恵美
飛花落花六百五十本絶唱 味千代
ゲルニカの図柄纏ひし大浅蜊 敦丸
☆袴取る手間も愛ほし土筆煮る あき
手間すら愛おしいという言葉に、季節の味を心から楽しみにしていることが伝わります。

 

■長坂宏実 選

家中の時計合はせる日永かな 雅子
植木鉢出しては入れて冴え返る しづ香
春雷や龍の目光る天井画 亮成
風のふとゆるめば香る沈丁花 恵美
☆春風を乗せて各駅停車出づ 和代
夏や冬の各駅停車は本当に辛いものがありますが、唯一春だけはのんびりと気持ち良い時間を過ごすことができます。毎日長い時間電車に乗っているので、とても共感しました。

 

■チボーしづ香 選

稽古場に師匠の笑顔春袷 康仁
冴返るゴジラの睨む歌舞伎町 亮成
近寄れば息を潜める蛙かな 宏実
夜桜の闇の奥にもまたさくら 松井洋子
☆春炬燵払ひて居場所定まらず 田鶴
春に炬燵をしまったばかりの時は身の置き場が無くなる様子が良く詠われている。

 

■黒木康仁 選

泥まみれの蟇と目が合ふ夕まぐれ 朋代
人類と共存選ぶつばくらめ 新芽
春雷や龍の目光る天井画 亮成
ドアノブの袋の中に春筍 実代
☆残雪の峰々を越え鳥帰る 紫峰人
信州安曇野あたりの風景が目に浮かびそうです。コハクチョウの群がだんだん遠くへ。見送る人々の温かい眼差しも。

 

■矢澤真徳 選

自転車のペダル軋むや春の雷 優美子
うららかや木漏れ日を縫ふ三輪車 宏実
大鍋に湯の滾りをり筍堀 実代
紫木蓮少女の不意の沈思かな 依子
☆囀りや色鉛筆の十二色 恵美
いろいろな音色の囀りにいろいろな色の並ぶ色鉛筆を連想したのだろうか、あるいは、囀りの頃は万物が色を豊かにしていく季節だから、ふと色鉛筆で絵を描いてみたくなったのかもしれない。囀りと色鉛筆に共通するのは「心の華やぎ」ではないだろうか。

 

■奥田眞二 選

背少し曲がる歯科医師花曇 康夫
山藤の吹きなぶらるる高さかな 実代
明日は蝶になるやもしれず豆の花 優美子
化粧にも通学にも慣れ四月尽
☆里若葉みどりの諧調尽くしたる 百合子
緑、萌黄、若緑、など緑色に20種以上の呼称があるのは日本語だけだそうです。 この季節ことに雨あがりの日の光に映える林の遠望にこの句が身に沁みるのは日本人だからでしょうか。

 

■中山亮成 選

論語読む生涯講座春深し
遠出せぬ静かな日々や梅見月 範子
二月尽ピンクのリボン胸につけ 範子
知りたるはなんじゃもんじゃにかそけき香 すみ江
☆囀りや色鉛筆の十二色 恵美
様々な囀りを色鉛筆の十二色に例えたことに、感銘を覚えました。

 

■髙野 新芽 選

老いの荷は軽きがよけれ涅槃西風 雅子
名をつけし雛育ちけり鳥雲に 紫峰人
とどめなき春落葉掃く異人かな
初恋に時効なかりし花は葉に 優美子
☆合併に消ゆる村の名竹の秋 あき
憂いが、季語の哀愁と相まって感じられました。

 

■巫 依子 選

鶯や窓開け放ち開け放ち 優美子
咲き満ちてまだ咲き足らぬ花蘇枋 雅子
囀りや色鉛筆の十二色 恵美
話し合ひ途切れ途切れに花吹雪 宏実
☆母の日のかな八文字の子の手紙 みづほ
かな八文字の手紙は、「いつもありがとう」これしかない!!と。ちょっと考えさせられるところがまたユニーク。

 

■佐藤清子 選

窓といふ窓は運河へ初つばめ 実代
とつとつと余水零るる花の昼 康夫
野蒜掘る媼はひもじき記憶吐く 百花
蕗味噌をかの国夫に届けたし 穐吉洋子
☆大嘘を吹かれて笑ひ春の宵 範子
面白い大きな嘘を考えて大成功して笑いが取れたのでしょうね。皆を笑わせたご本人、笑いが止まらないでしょうね。こんな時期ですしいたずら心とエネルギーが伝わってきてスカッとします。

 

■水田和代 選

うつすらと緑おびたる残花かな 良枝
如月や鶯色の和菓子店 亮成
風のふとゆるめば香る沈丁花 恵美
対岸も菜の花畠や渡し船 一枝
☆息弾むかたくりの花山窪に 一枝
山登りで高鳴る息と、かたくりの花を見つけて弾む心がよく現わされてされていると思います。

 

■稲畑実可子 選

花冷や新居の窓に海すこし 良枝
囀やペンを滑らす紙コップ 実代
白藤や波風立たぬ日々を得て 依子
顔見知り多き老犬桃の花 松井洋子
☆犬吠えて遠足の列膨らめり 松井洋子
犬に吠えられて驚き寄り集まった様子を「列が膨らむ」と写生したところがすごいと思いました。子どもたちの年齢も、年少さんくらいかなあとなんとなく想像がつきますよね。

 

■梅田実代 選

犬吠えて遠足の列膨らめり 松井洋子
合併に消ゆる村の名竹の秋 あき
新人の手枕に待つ花筵 栄子
曇る日は水のにほひの花蘇枋 雅子
☆咲き満ちてまだ咲き足らぬ花蘇枋 雅子
たしかに、びっしりと花をつける花蘇枋は咲き満ちても咲き足らないように見えますね。リズムもよい。

 

■木邑杏 選

鶯やアイロン掛けの手を休め 優美子
明日は蝶になるやもしれず豆の花 優美子
大鍋に湯の滾りをり筍堀 実代
二月尽ピンクのリボン胸につけ 範子
☆泥団子艶やかなりて春深し 百花
泥団子を艶やかになるまで一生懸命に磨いた日、戸外にいてもずいぶん暖かくなりましたね。

 

■鎌田由布子 選

犬吠えて遠足の列膨らめり 松井洋子
霾や広目天は筆を執り 康仁
初蝶の風の誘ひに乗りきれず 恵美
対岸も菜の花畠や渡し船 一枝
☆老いの荷は軽きがよけれ涅槃西風 雅子
断捨離を心がける毎日、作者と同じ気持ちです。

 

■牛島あき 選

水底は今日も晴れたり蜷の道 松井洋子
弁当待つ小さき膝へ藤の花 松井洋子
紅椿落つや天狗の肩をよけ 林檎
囀を仰ぎひつくり返りさう 林檎
☆とつとつと余水零るる花の昼 康夫
「とつとつと」が作者ならではの静かな世界。雫の眩しさに「花の昼」の背景が広がる美しい句。

 

■荒木百合子 選

花冷や売りゆく牛に名は付けず 百花
合併に消ゆる村の名竹の秋 あき
春の虹八幡平の山覆ふ 範子
紫木蓮少女の不意の沈思かな 依子
☆夜桜の闇の奥にもまたさくら 松井洋子
昼と夜で違う表情を見せる桜。昼間の色を失った夜桜の持つ妖しさが、奥のもう一本の桜に気付くことで増幅されていく過程が極僅かな言葉で表現されていて感じ入ります。

 

■宮内百花 選

薬師寺の鴟尾に明星鐘おぼろ 眞二
老いの荷は軽きがよけれ涅槃西風 雅子
紫木蓮少女の不意の沈思かな 依子
行く春を敷きつめて売る道の駅 宏実
☆寡黙なる野球少年若布干す 良枝
野球部の練習を終えたユニフォームのまま、家業の若布干しを黙々と手伝っている島の中学生。島には高校がないので、中学校を卒業すると島を離れる、それまでの僅かな期間の島の暮らしの情景が淡々と語られているように感じました。

 

■穐吉洋子 選

再会の明日に待たるる月おぼろ 依子
出港を見送る人も陽炎へる 依子
平仮名のおさらひ続き花は葉に 由布子
野蒜掘る媼はひもじき記憶吐く 百花
☆風光る眉濃く引きてマスクして 一枝
自粛して家籠りが続き、化粧もほとんどしない事が多い、でもせめて眉を濃く引きマスクして、さあころなに負けず今日も一日頑張ろと気を引き締めている様子が伺えます。

 

■鈴木紫峰人 選

窓といふ窓は運河へ初つばめ 実代
春風へふはりシーツを干しにけり
小さき指鶴を上手に春の昼 由布子
われもまだ旅の途中や鳥帰る 真徳
☆さくらさくら江戸つ子気風の師の墓に 眞二
尊敬する気風の良い師を偲び、お墓参りに来た時、そこには桜が爛漫と咲いており、散り際の良い桜と師をかさねあわせ、さらに懐かしさが広がっていく。私も母が亡くなったばかりで、桜の咲くころには、母を思い出すことでしょう。桜の美しさが心に残る俳句です。

 

■吉田林檎 選

鶯やアイロン掛けの手を休め 優美子
夏蝶の影に夏蝶従ひぬ 紳介
公園のベンチに鴉春の昼 由布子
出港を見送る人も陽炎へる 依子
☆ゆつたりと鯉の寄りくる日永かな 和代
鯉は一年中泳いでいますが、季節によって見え方が全く違います。春の気分で見るとゆったり進んでいるように見えます。季語は「日永」なので、それはそれはゆったりと寄ってきていることがわかります。この句に出てくるのは日永という時候の季語と鯉。あれこれと詰め込んでいない点も「ゆったり」に通じます。

 

■小松有為子 選

うららかや木漏れ日を縫ふ三輪車 宏実
名をつけし雛育ちけり鳥雲に 紫峰人
雨音やきのふの花も散りをらむ 百合子
花冷えや聞き返さるること増えて 雅子
☆春風を乗せて各駅停車出づ 和代
コロナウイルスとの長い戦いに疲れた心をそっと包まれた様な気がしました。有難うです♡

 

 

◆今月のワンポイント

「平易に叙す」

今月の特選句を概観して改めて感じさせられたことがありました。すべての句に共通していますが、季題は別にして、小学生でもわかる平易な表現で叙されていたことです。
「各駅停車出づ」、「アイロン掛けの手を休める」、「家中の時計を合わせる」etc…。いずれもごく日常的で、誰にでもわかる叙述になっています。それでいてそれぞれが一編の詩たり得ています。
その理由は何かといえば、ひとつには季題への信頼が挙げられます。季題がしっかり理解できていれば、極端に言えば、あとは平易な表現で事足りるのです。
しかしながら、平易な表現とは、それはそれで非常に難しいことです。言葉を選び抜く努力と言葉の引き出しの豊かさが求められるからです。
小難しい言葉で句を飾りたてるのではなく、平易で的確な言葉を選び抜くことが大切だ…。自戒の念を多々込めながら、改めてそう思います。(中田無麓)