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知音 2019年2月号を更新しました

◆窓下集- 2月号同人作品 - 西村和子 選

冬麗の光押し分け出航す 吉田林檎
片空に雲はひしめき冬隣 井出野浩貴
小六月茅葺の堂膨らみて 高橋桃衣
葦原のそよと揺るればなべて揺れ 栃尾智子
ベランダは散髪日和小鳥来る 久保隆一郎
時差に目覚めて船窓の寝待月 江口井子
疑ふを知らぬ純白芙蓉咲く 影山十二香
昼の虫はたと止みたる静寂かな 石山紀代子
垢抜けて外人墓地の四十雀 中川純一
塔頭の門の簡素に石蕗の花 安部川翔

◆知音集- 2月号雑詠作品 - 行方克巳 選

征きし日のままのパレット秋灯下 島田藤江
福島の此の面彼の面に白木槿 小沢麻結
更待やドナウの流れ銀波敷き 江口井子
長月の夕べだんだん急ぎ足 佐竹凛凛子
虚空より風の便りの木の葉かな 吉田林檎
ジャズ少し好きになりたる夜長かな 中津麻美
裏返すごとくに陰り冬の海 原川雀
小春日の父もポッキー食べ歩き 中川純一
障子貼る母の気の上向きますやう 島野紀子
被服科の全身モデル文化祭 小林月子

◆紅茶の後で- 知音集選後評 -行方克巳

藍の濃き陶片踏めば小鳥来る 島田藤江

わが国には、何々窯何々窯といって多くの陶器を製造する名産地がある。現在でも盛んに仕事をしている処もあれば、すでに廃れてしまって昔日の面影が失われてしまっている場合もある。作者は既に用いられなくなってしまった登り窯の周辺に、ちらばっている陶片を踏みこの窯の往時をしのびながら歩いたのであろう。深い藍色の陶片は、かつてのその窯から産出した陶器を思うのに充分な美しさを秘めているのである。「小鳥くる」という季がまことにふさわしい。

白桃や風評拭ひても風評 小沢麻結

東北大地震、津波そして原発事故―――。大地震も津波も想定外の規模であったという。しかしこのような天災に想定外というのはないであろう。原発事故もまた想定外だというが、我が国のような地震国の、それも海岸に隣接して設置された原発に、このような事故が起きる可能性があるのは明白な事実である。あの時の政府の発表はひどかった。テレビの前の誰もがとんでもない事態が発生していることを感じ取っていたのにもかかわらす、何でもない、安心していいを繰り返していた。そのくせ早々と自分の家族には安全対策を怠らなかったということを知るとなおのこと、である。

日本人は比較的他の人のことを慮る民族だとは思うが、しかし、いざとなると案外そうではない。例えば汚染土の捨て場は絶対自分の住環境の近くはダメ、という類いである。

風評被害ということにも考えさせられる。厳密な検査をへて安全とされた食物でも買い控える。福島の白桃がどのようなものか私は知らないのだが、恐らくこの風評被害に直面したのだろう。桃が霊力のある食べ物であることは、古事記の伊邪那岐・伊邪那美のエピソードでも知られている。<桃ほかすそばから黄泉醜女が手>はそれからヒントを得たものだろう。

船足を早めたるらし鳥渡る 江口井子

ドナウ河の船旅での句である。次々と移り変わる両岸の景色―――。古城あり、葡萄畑あり、空を見上げると竿をなして鳥が渡るのが見える。移りゆく景色が少しばかり変化してきたのはどうやら船がスピードを上げてきたらしい。