2016年9月号

窓下集 - 9月号同人作品 – 西村和子 選

救護支援任務完遂ビール干す  三石知左子
うたた寝の車窓ときをり新樹光  吉田 林檎
人の世に欠伸してみる蜥蜴かな  久保隆一郎
美術館ガラスの壁も梅雨湿り  植田とよき
ランボオの弊衣蓬髪麦熟るる  井出野浩貴
文芸の悩み忘れてさくらんぼ  八木澤 節
先生と呼ばれてパナマ帽小粋  影山十二番
糠雨や鹿の子のふと憂ひ顔  藤田 銀子
青柳越しや彼岸の阿彌陀堂  江口 井子
杉山の霧に磨かれ句碑涼し  吉田あや子

知音集 - 9月号雑詠作品 – 行方克巳 選

春の夢醒め不整脈をさまらず  黒山茂兵衛
江戸の風肥後の風吹く花菖蒲  立花 湖舟
海峡の色に咲きけり額の花  中野のはら
アルバムの頁より抜け春の夢  佐竹凛凛子
蜘蛛の巣のテーブルクロス魔女の家  小池 博美
鍵かけぬ暮しの網戸閉てにけり  栃尾 智子
はつ夏の躰のどこか水の音  島田 藤江
軽鳧の子の睡る仔猫のごと睡る  吉澤 章子
青白く化粧ひたるなり今年竹  鈴木 庸子
兄やさし妹強し大西日  西野きらら

紅茶の後で - 9月号知音集選後評 -行方克巳

春の夢醒め不整脈をさまらず  黒山茂兵衛

春の夢というとまずははかないという印象があるのだが、楽しさ、悲しさ、あやしさなど様々に詠ってもよいのである。この句の作者は一体どのような夢を見ていたのであろう。夢が覚めた後も不整脈が収まらなかったというのだから、よほど辛い夢か、あるいはその反対にどきどきする程素敵な夢だったのかも知れないのだが、私はやはり前者であると思う。
とても悲しい夢であって、目覚めてほっとした後でも胸の動悸がなかなか尋常にはもどらなかったのである。

江戸の風肥後の風吹く花菖蒲  立花 湖舟

花菖蒲には五百年程の栽培の歴史があるというが、江戸系、肥後系、そして伊勢系の三つに大別される。作者が眼前にしているのはそのうちの江戸系と肥後系の花菖蒲なのである。それぞれの株が吹かれている様子を、江戸の風と肥後の風に吹かれているよと洒落たのである。いわゆるウイットの句であるがなかなかの切れ味が感じられる。

海峡の色に咲きけり額の花  中野のはら

額の花の際立った瑠璃色の美しさを、海峡の色と表現した。海峡の色とは曖昧な表現なのだけれど、鑑賞者の側にある、それぞれのイメージが喚起されて一句の色付けがなされることになる。つまりこの一句は、読者それぞれの感性によって完結する作品ということなのである。

2016年8月号

窓下集 - 8月号同人作品 – 西村和子 選

退院の目に紫木蓮飛び込んで  田中久美子
鎌倉の海山青し夏燕  石山紀代子
牡丹の報ひのごとく崩れけり  岩本 隼人
わたなかのウィンドサーフィン駒のごと  大橋有美子
おとうとが本家を守り花は葉に  大野まりな
花樗さゆらげば色見えてきし  江口 井子
草も木も伸びる膨るる風薫る  井内 俊二
角力絵の怒濤のごとし柏餅  中川 純一
五月闇白鳳仏の黒光り  谷川 邦廣
卯月波少年の背の薄つぺら  小倉 京佳

知音集 - 8月号雑詠作品 – 行方克巳 選

折れさうな心をつなぎ牡丹の芽  前田 沙羅
四五尺の棒の先つぽ楤芽吹く  中野 トシ子
麦秋や無言館へと坂がかり  江口 井子
風にのり風に逆らひ野に遊ぶ  井戸ちゃわん
見上げゐる黒猫よそに鳥の恋  帯屋 七緒
シェーカーを振る音ひとつ春の宵  月野木若葉
初夏の空へ突き抜け登窯  中田 無麓
白鼻心の夜の置土産夏来る  本宿 伶子
生き別れ死に別れして花に逢ふ  立花 湖舟
づかづかと風青蘆を踏んでゆき  井内 俊二

紅茶の後で - 8月号知音集選後評 -行方克巳

折れさうな心をつなぎ牡丹の芽  前田 沙羅

いつも穏やかな微笑みを浮かべていても浮世は憂き世、誰にも他人にははかり知れない辛いことだってあるだろう。ともすればポッキリと折れてしまいそうな気持ちをせいぜい取り繕って生きてゆかざるを得ないのが日常というもの。牡丹のたのもしい芽ごしらえに、日頃の憂さをしばし忘れている作者なのである。

四五尺の棒の先つぽ楤芽吹く  中野トシ子

何の変哲もない、まさに棒切れの先っぽみたいなところから楤は独特の芽を出す。その若芽がいわゆる楤の芽であり、天婦羅などにして食べるのである。野草などを摘んで生活としている人たちは、必ず何がしかの芽は摘まないで残しておく。全部摘み尽くしてしまったら、楤は全滅してしまうのだ。折角残してあるその芽をそんなことを知らない素人が摘んでしまうことがある。そういう場所は、棒状の木だけが何本か残っているという無残なていたらくとなる。

シェーカーを振る音ひとつ春の宵  月野木若葉

夜明けのバーのカウンターに、カクテルグラスを手に一人座っているのが作者である。大きな声で話をする客も居らず静かな時間が過ぎてゆく。物音と言えばバーテンダーが客の注文のカクテルを作るシェーカーの音ばかり。きっと夜遅くまで仕事に追われていたに違いない、そんな作者にはこのような心を休ませる時間が是非とも必要なのである。