2016年12月号

窓下集 - 12月号同人作品 – 西村和子 選

看護婦の笑顔もくすり冬日和  佐貫 亜美
十六夜やわが処女句集届きたる  松枝真理子
蓮開く豊葦原の国にして  江口 井子
今生の午後を大事に吾亦紅  井出野浩 貴
口べたな漢を演じ衣被  久保隆一郎
秋夕焼一葦の水を染め上げし  島田 藤江
天高し働く人は背を丸め  大橋有美子
嘘を吐くことも孝行衣被  影山十二香
一湾の色を違へて野分波  大野まりな
天平の甍皓皓良夜かな  小倉 京佳

知音集 - 12月号雑詠作品 – 行方克巳 選

路地裏の隠れ踊りも風の盆  原 川雀
露の世に太刀笄の蒔絵かな  田久保 夕
国境の村の魔除けのたうがらし くにしちあき
早紅葉の一葉栞りて旅終る  江口 井子
ゆつくりと二百十日の没り日かな 片桐 啓之
神々は健やかなりや新松子  島田 藤江
月光をはらひ胡服の袖袂  中田 無麓
子規庵の玻璃戸に歪む糸瓜かな  田代 重光
魑魅らは闇に退き月今宵  井内 俊二
午後五時の西日に向ひつつ歩む 岩田 道子

紅茶の後で - 12月号知音集選後評 -行方克巳

路地裏の隠れ踊りも風の盆  原 川雀

今、風の盆の人気はすさまじく、その日ばかりは宿泊するホテルや旅宿も満杯状態であるという。私も三度ほど出かけたが、その時からすでに町中が旅客であふれ返るような状況であった。カメラが好きな私は、一旦カメラ目線になると居ても立ってもいられなくなる。カメラ小僧となって踊り子を追いかけてしまい、踊りの列の前の方に体を乗り出してしまう。
ある時、提灯をかざして踊りを先導していた若いのが、「邪魔だ、邪魔だ。写真なら絵葉書を買えばいい」と私をどなり付けた。余程ケンカをしてやろうと思ったけれど、同行の仲間もいることだし、黙って引き下がった。それ以来、風の盆からは遠ざかってしまったのだが、今回の川雀さんの五句で目が覚めたような気持を味わった。
風の盆の隠れ踊りということを寡聞にして私は知らないが、多分町内の踊りの正式なメンバーから外れた何人かが、遠くから聞こえてくる三味線や胡弓に合わせて自分達だけで踊っているのではないかと思う。大勢の観光客に囲まれてまるでスターのように踊る、そのおわら節とは違った路地裏の景に、むしろ風の盆らしさを強く感じるのである。

露の世に太刀笄の蒔絵かな  田久保 夕

一般的に露の世にはいわゆる季語としての働きはない。太刀の鞘とか笄には美事な蒔絵を施したものが多く現存する。いにしえの匠の技は美事としか言いようがない。私は日本刀を愛好しているが、何百年も前に鍛えられた刀身が現在わが前に氷のような光を放つのである。現在でこそ優れた匠達は人間国宝などと高い地位を与えられているが、昔は親の跡をひたすら守って現在まで残るような作品を作り続けてきたのである。どんなことが起り、世の中がどのように変わってゆくかも分からないこの世において永らえている、銘品の一つ一つが私たちの胸に強く印象されて来る。明け方になればホロリと散ってしまう露、その露に例えられる現世に、誰が作ったかも分からない蒔絵の逸品、その秋草の文様にも白露がほのかに光るような、そんな思いがする。この句の「露の世」は単にはかないものという比喩ではなく、ある働きがあることが理解されるだろう。

国境の村の魔除けのたうがらし くにしちあき

唐辛はつんつん天を向いて熟すので「天井まもり」ともいう。「まもり」はもともと目守ルということで、それが守る、護るという意になってきた。我が国ではこの唐辛子が魔除のように飾られることは多いのだが、この句のように外国でも同様に用いられていることはおもしろい。

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