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◆特選句 西村 和子 選

まだ土の乾ききらざる刈田かな
小山良枝
「刈田」は稲を刈った後の田んぼのこと。枯れ色になった切株が並んでいる風景は写真などでもよく見かけますが、この句の眼目は、まだ土が乾ききっていないという点。
稲刈の前に田の水を落としても、稲を刈った直後はまだ湿っているでしょう。稲刈りをして間もない田であることに、作者は実際に見て気づいたのです。
細やかな観察眼によって、刈田がこれから徐々に乾き、雨に濡れてはまた乾いて冬田になっていくまでの時間が、読者に想像させることができます。(高橋桃衣)

 

吸呑みの真水きらきら秋澄めり
松井伸子
川や池や身の回りのいろいろな水が透き通って見える秋ですが、この句は「吸呑み」の水が澄んでいるというのです。この一語で、作者か、あるいは家族か、病んで臥している人が見えてきます。その枕元の吸呑みに入れた新鮮な水が、透けて、きらきら輝いているというのですから、枕辺も部屋も爽やかで、病状も回復に向かっているように思われます。(高橋桃衣)

 

冬めくや雨連れて来し風の音
板垣もと子
作者は先程まで聞こえていた乾いた風音に、雨音が混じってきたことに気づいたのでしょう。晩秋ともなると、風の強い日は寂しく寒くなってきます。雨が降ればなおさらのこと。冬がそこまで来ていることを聴覚で捉えた句です。(高橋桃衣)

 

道路標識むなしく立てり秋出水
奥田眞二
台風でしょうか、昨今は大雨の被害が尋常でなくなってきています。
この句は、「道路標識」という物で、そこが本来は道路であるはず、ということを描いています。どこが道路だかすらわからなくなっている洪水の情況が、眼前に広がります。(高橋桃衣)

 

漆黒の松の影より月の客
松井洋子
満月の光はとても明るいので、木々は地に黒々と影を落とします。名月を見ようと歩いている人が、松が落としている影を横切った、その瞬間を切り取った句で、とても印象的で、美しい光景です。松の木が影を落としているようなところですから、庭園など由緒あるところでしょう。影の暗さを言うことで、月の明るさも感じます。「月の客」という季語も情趣に富んでいます。(高橋桃衣)

 

大粒も小粒も甘し里の栗
小野雅子
観光農園の栗は元より大粒ですが、故郷の山になる栗は大粒のものもあれば小粒のものもあるでしょう。特に山栗は小粒ですがとても甘いもの。手間はかかっても、剥いた後の喜びは一入です。
「里」は、人里ともとれますが、この句は故郷と鑑賞する方が、作者の思いがより感じられます。
味覚による郷愁の句。(高橋桃衣)

 

ほめられて近所に配る百目柿
若狭いま子
百匁はあるからという「百目柿」は、釣鐘のような形をした立派な柿。甲州の初冬の日差しに干されている吊し柿の景色はつとに有名ですが、これは作者の庭になっている百目柿であることがわかります。このように言われると、柿の立派ななりようから、ご近所のつき合い方まで見えてきます。百目柿は渋柿ですから、渋の抜き方や干柿の作り方など話が続いたことでしょう。(高橋桃衣)

 

玉川上水存外速し蔦紅葉
五十嵐夏美
江戸地代に東京西部の羽村から江戸市中まで引いた玉川上水。距離はフルマラソンほどあります。
「存外速し」ということは、もっとゆっくり流れていると作者は思っていたということです。確かに高低差がないことが上水を作る時の困難の一つだったことを、教科書で読んだ方もいるでしょうし、太宰治が入水した三鷹辺りも辺りはなだらかです。
そのようなところで蔦紅葉にふと足を止め、覗いてみた上水の足早で澄んだ流れに、作者は深秋を感じたことでしょう。(高橋桃衣)

 

大川のさざ波光る十三夜
若狭いま子

 

大阪の夕空高く遠く雁
平田恵美子

 

手探りで掴むドアノブ残る虫
小野雅子

 

校庭の金木犀を教卓に
板垣もと子

 

 

◆入選句 西村 和子 選

運動会空を引つ張るソーラン節
五十嵐夏美

一番星揚げておしろい咲き揃ふ
三好康夫

紅葉は遅れ観光客早々
荒木百合子

島人の夜更けは早し蚯蚓鳴く
(島人の夜更けは早く蚯蚓鳴く)
巫依子

ピアニカの音揃ひたり糸瓜棚
(糸瓜棚ピアニカの音揃ひたり)
鏡味味千代

新松子二人の話聞いてゐる
(新松子二人の話を聞いてゐる)
深澤範子

稲架掛けの少し傾く学習田
(稲架掛けの少し斜めや学習田)
飯田静

遠く海眺めて一人なめこ汁
(遠くに海眺めて一人なめこ汁)
平田恵美子

地下を出で秋夕焼に足止まる
板垣もと子

湖畔まで迫る山々薄紅葉
飯田静

白秋や仙人住まふ奥の院
福原康之

閉園を知らせるやうに赤蜻蛉
(蜻蛉の閉園を知らせるやうに)
小山良枝

木の実降るひとり遊びの少年に
松井伸子

瀬の音に蟬の声のせ峡の道
千明朋代

流鏑馬の宗家ひときは馬肥ゆる
福原康之

凋みゆく花に隣りて酔芙蓉
藤江すみ江

朝寒や碗のポタージュ吹きくぼめ
小野雅子

口笛を吹いてゐるやう秋の雲
長谷川一枝

話し声絶えぬ家なり柿簾
宮内百花

神木の根方あかるし曼珠沙華
松井洋子

秋暑しバイク爆音これでもか
(これでもかとバイク爆音秋暑し)
藤江すみ江

駅ごとに木犀の香のローカル線
(駅ごとに木犀香るローカル線)
若狭いま子

重陽や暗赤色の月上り
(重陽や暗赤色の月登り)
穐吉洋子

献杯のあとの一曲秋深し
(献杯のあとの一曲秋深み)
巫依子

どこからか煮炊きの匂ひ秋の暮
(どこからか煮炊きの香り秋の暮)
鎌田由布子

運動会敬老席を勧められ
鎌田由布子

うろくづの影のさ走る水の秋
田中花苗

病室を覗く蜻蛉に励まされ
松井伸子

寝転んで窓いつぱいの鰯雲
平田恵美子

朝寒や誰かが猫と話しをる
(朝寒や誰かが猫と話してる)
箱守田鶴

濯ぎもの金木犀の香へ広ぐ
小野雅子

月渡る将軍ゆかりの堂伽藍
(月渡る将軍ゆかりの伽藍堂)
福原康之

曼珠沙華溶けしごとくに枯れゐたり
小山良枝

旅の荷の存外軽し秋さびし
森山栄子

秋暁の筑波に二本雲白き
(秋暁の筑波に二本白き雲)
穐吉洋子

夕空を流るるやうに秋茜
長谷川一枝

硝子戸の磨きぬかれし秋気かな
小山良枝

虫の音も虫の知らせも宵の闇
福原康之

蚯蚓鳴く眠りの浅き母へ鳴く
小野雅子

ぶかぶかの学ラン着たる案山子かな
小山良枝

溝蕎麦や湧水濁るひとところ
飯田静

人生の午後は長しと生御霊
鏡味味千代

わが庭の草花も供花秋彼岸
鈴木ひろか

黄葉や偕楽園に二人きり
(黄葉や偕楽園は二人きり)
深澤範子

木犀の香に振り返る夜道かな
飯田静

蜻蛉や龍の根城のこの辺り
福原康之

雨に摘みし庭の秋草仏前へ
千明朋代

あっ流れ星父と同時に声発し
(あっ流れ星と父と同時に声発し)
若狭いま子

ぬばたまの闇木犀の香の満てり
巫依子

デパートに十字路幾つ秋の暮
三好康夫

深みゆく秋レコードに針置かむ
巫依子

散りきらぬ萩揺れてをり泣いてをり
田中優美子

ペンダント少し重たき冬隣
森山栄子

躱しつつ吹かれてゆきぬ秋の蝶
松井洋子

嬰抱き月見てをれば乳張り来
(やや抱き月見てをれば乳張り来)
箱守田鶴

子どもとは愛想なきもの山粧ふ
宮内百花

秋桜娘が来れば夫饒舌
(娘が来れば夫饒舌に秋桜)
鈴木ひろか

今年酒たつぷり注ぎ江戸切子
(江戸切子にたつぷり注ぎ今年酒)
深澤範子

菊日和母へ購ふ串団子
田中優美子

松茸の在り処祖父のみ知つてをり
若狭いま子

破蓮日差し明るき水の底
中山亮成

 

 

 

◆今月のワンポイント

「定型を身につけよう

今回、字余りの句で、助詞を取っても情景が伝わる句、語順を変えれば字余りにならない句が幾つもありました。

字余りが全ていけない、ということはありません。字余りの名句もたくさんあります。
でも、まずは定型に収めるよう工夫をしましょう。語順を変えてみるのも一案です。

皆さんお持ちのテキスト『添削で俳句入門』の181ページのコラム「定型の魅力」、第21章「字余り、字足らず」を是非お読みください。

高橋桃衣