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窓下集 - 9月号同人作品 - 西村和子 選

救護支援任務完遂ビール干す  三石知左子
うたた寝の車窓ときをり新樹光  吉田 林檎
人の世に欠伸してみる蜥蜴かな  久保隆一郎
美術館ガラスの壁も梅雨湿り  植田とよき
ランボオの弊衣蓬髪麦熟るる  井出野浩貴
文芸の悩み忘れてさくらんぼ  八木澤 節
先生と呼ばれてパナマ帽小粋  影山十二香
糠雨や鹿の子のふと憂ひ顔  藤田 銀子
青柳越しや彼岸の阿彌陀堂  江口 井子
杉山の霧に磨かれ句碑涼し  吉田あや子

知音集 - 9月号雑詠作品 - 行方克巳 選

春の夢醒め不整脈をさまらず  黒山茂兵衛
江戸の風肥後の風吹く花菖蒲  立花 湖舟
海峡の色に咲きけり額の花  中野のはら
アルバムの頁より抜け春の夢  佐竹凛凛子
蜘蛛の巣のテーブルクロス魔女の家  小池 博美
鍵かけぬ暮しの網戸閉てにけり  栃尾 智子
はつ夏の躰のどこか水の音  島田 藤江
軽鳧の子の睡る仔猫のごと睡る  吉澤 章子
青白く化粧ひたるなり今年竹  鈴木 庸子
兄やさし妹強し大西日  西野きらら

紅茶の後で - 9月号知音集選後評 -行方克巳

春の夢醒め不整脈をさまらず  黒山茂兵衛

春の夢というとまずははかないという印象があるのだが、楽しさ、悲しさ、あやしさなど様々に詠ってもよいのである。この句の作者は一体どのような夢を見ていたのであろう。夢が覚めた後も不整脈が収まらなかったというのだから、よほど辛い夢か、あるいはその反対にどきどきする程素敵な夢だったのかも知れないのだが、私はやはり前者であると思う。
とても悲しい夢であって、目覚めてほっとした後でも胸の動悸がなかなか尋常にはもどらなかったのである。

江戸の風肥後の風吹く花菖蒲  立花 湖舟

花菖蒲には五百年程の栽培の歴史があるというが、江戸系、肥後系、そして伊勢系の三つに大別される。作者が眼前にしているのはそのうちの江戸系と肥後系の花菖蒲なのである。それぞれの株が吹かれている様子を、江戸の風と肥後の風に吹かれているよと洒落たのである。いわゆるウイットの句であるがなかなかの切れ味が感じられる。

海峡の色に咲きけり額の花  中野のはら

額の花の際立った瑠璃色の美しさを、海峡の色と表現した。海峡の色とは曖昧な表現なのだけれど、鑑賞者の側にある、それぞれのイメージが喚起されて一句の色付けがなされることになる。つまりこの一句は、読者それぞれの感性によって完結する作品ということなのである。

松枝真理子句集『薔薇の芽』
2016/09/22刊行

◆第一句集
ぐらぐらの歯を自慢してチューリップ
やがて
キャンプから帰りてもまだ歌ひをり
そして
マフラーを後ろできゆつと結ぶ子よ
お母さんと一緒にここまで成長してきた女の子は、これからは一人の女性として自分自身の道を歩み始めるだろう。そして園子と足並を揃えてきたお母さんには新しい地平が見えてくるはずだ。『薔薇の芽』に続く真理子さんの俳句の展開を見守ってゆきたい。
(帯より・行方克巳)

◆行方克巳抄出十句
亀の子の手足てんでんばらばらに
脇見してにこにこ走り運動会
マフラーを無理矢理巻いて送り出し
帰り来て遠足の地図辿りをる
人見知りしても人好きさくらんぼ
浴衣着て甘え上手になりにけり
凍星や悔し泣きの子誉めてやる
秋蝶の芝すれすれにすれ違ひ
赤ちやんがこんなにゐるよ秋日和
五十メートルとぶよと飛蝗見せくれし

西村和子著『季語で読む徒然草』
2016/9刊行

兼好法師の無常観は四季の移りゆきから生じたのだ。季語という視点で古典を読み解く、シリーズ第3弾!

目次

門松―改まる人心の妙
双六―「負けじと打つ」
さぎちょう―松明けの火祭
稽古始―未熟なうちから
雪の朝―心通う人は
霜―若き日の兼好
嚔―兼好の女性観
追儺―節分の豆撒き
雪解―いかに生きるか
朧月―恋の思い出〔ほか〕